(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-17
(45)【発行日】2023-02-28
(54)【発明の名称】カルボン酸インジウムの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 51/41 20060101AFI20230220BHJP
C07C 53/126 20060101ALI20230220BHJP
C07F 5/00 20060101ALI20230220BHJP
【FI】
C07C51/41
C07C53/126
C07F5/00 J
(21)【出願番号】P 2019077974
(22)【出願日】2019-04-16
【審査請求日】2022-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000230593
【氏名又は名称】日本化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中對 一博
(72)【発明者】
【氏名】續石 大気
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0137360(US,A1)
【文献】国際公開第17/201967(WO,A1)
【文献】FRANKE, D. et al.,The unexpected influence of precursor conversion rate in the synthesis of III-V quantum dots,Angew. Chem. Int. Ed.,2015年,Vol.54, No.48,pp.14299-14303
【文献】HU,Y. et al.,The synthesis and characterization of organoindium complexes with phenol or chlorocarboxylate ligand,Hecheng Huaxue,2000年,Vol.8, No.1,pp.79-82
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
C07F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の式(1)
In(RCOO)
3-x(OH)
x (1)
(式中、Rは水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基であり、xは0超3未満の数である。)で表される水酸基含有カルボン酸インジウムと、
下記の式(2)
R’COOH (2)
(式中、R’は水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基であり、該脂肪族基中の水素原子は、その少なくとも1つがハロゲン原子で置換されていてもよい。)で表される低級カルボン酸とを反応させて生成物を得、次いで
前記生成物と、炭素原子数12以上の高級カルボン酸とを反応させる、カルボン酸インジウムの製造方法。
【請求項2】
Rが、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の飽和脂肪族基である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記水酸基含有カルボン酸インジウムと前記低級カルボン酸とを加熱下に反応させる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記水酸基含有カルボン酸インジウムと前記低級カルボン酸とを、該低級カルボン酸と同種又は異種のカルボン酸の無水物の存在下に反応させる、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記生成物と前記高級カルボン酸とを、0.1Pa以上10kPa以下、20℃以上300℃以下の条件で反応させる、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記高級カルボン酸が、炭素原子数12以上20以下である直鎖の飽和又は不飽和カルボン酸である請求項1ないし5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
ラウリン酸インジウム、トリデシル酸インジウム、ミリスチン酸インジウム、ペンタデシル酸インジウム、パルミチン酸インジウム、マルガリン酸インジウム、ステアリン酸インジウム、ノナデシル酸インジウム、アラキジン酸インジウム又はオレイン酸インジウムを製造する請求項1ないし6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記低級カルボン酸が、前記水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCOO基を有する請求項1ないし7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記低級カルボン酸が、前記水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCOO基(ただし、Rにおける水素原子の少なくとも1つがハロゲン原子で置換されている。)を有する請求項1ないし7のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカルボン酸インジウムの製造方法に関する。本発明の方法で製造されたカルボン酸インジウムは、例えばInP量子ドットの原料として有用である。
【背景技術】
【0002】
近年、発光材料として量子ドットの開発が進んでいる。代表的な量子ドットとしては、優れた発光特性などからCdSe、CdTe、CdS等のカドミウム系量子ドットが知られており、これらの量子ドットの開発が進められている。しかし、カドミウムは毒性及び環境負荷が高いことからカドミウムフリーの量子ドットの開発が期待されている。
【0003】
カドミウムフリーの量子ドットの一つとしてInP(インジウムリン)量子ドットが挙げられる。InP量子ドットの製造においては、原料の一つであるリン成分としてホスフィン、アミノホスフィン化合物、シリルホスフィン化合物等が用いられることが多い。これに対してインジウム成分としてはミリスチン酸インジウムやオレイン酸インジウムといった脂肪族カルボン酸インジウムが用いられることが多い。この理由としては、脂肪族カルボン酸インジウムは酸素や水分によって劣化し難いことや、溶媒中で脂肪族カルボン酸がInP量子ドットのコロイド安定化剤としての役割を果たせることが挙げられる。
【0004】
脂肪族カルボン酸インジウムの製造方法については、これまでいくつかの方法が提案されている。例えば特許文献1には、インジウムアルコキシドと有機カルボン酸無水物とを反応させることで、簡易に且つ工業的に有利に脂肪族カルボン酸インジウムを製造し得ることが記載されている。また一般的な方法として、酢酸インジウムとミリスチン酸とを溶媒中で反応させることによって、ミリスチン酸インジウムを得る方法が知られている(非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Daniel Franke, Dr. Daniel K. et al., Angewandte Chemie, 2015, 54(48), 14299-14303
【文献】Fudong Wang, Heng Yu et al., J. Am. Chem. Soc., 2007, 129 (46), 14327-14335
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1及び非特許文献2に記載されているような、短鎖カルボン酸インジウムと長鎖カルボン酸との反応によって長鎖脂肪族カルボン酸インジウムを得る方法は簡易的な方法で良く用いられる手法である。しかしこの方法には、得られる脂肪族カルボン酸インジウムの品質に問題があった。その結果、この方法を用いて得られた脂肪族カルボン酸インジウムを原料とするInP量子ドットはその品質に問題があった。したがって本発明の課題は、従来知られている方法よりも高品質なカルボン酸インジウムを製造し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、短鎖カルボン酸インジウムは不安定であり、劣化により水酸基含有カルボン酸インジウムが生成することを知見した。この知見に基づき本発明者は更に研究を重ねた結果、劣化によって生じた短鎖カルボン酸インジウム中の水酸基を低減させてから反応に供することによって、高品質なカルボン酸インジウムが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は前記の知見に基づきなされたものであり、下記の式(1)
In(RCOO)3-x(OH)x (1)
(式中、Rは水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基であり、xは0超3未満の数である。)で表される水酸基含有カルボン酸インジウムと、
下記の式(2)
R’COOH (2)
(式中、R’は水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基であり、該脂肪族基中の水素原子はハロゲン原子で置換されていてもよい。)で表される低級カルボン酸とを反応させて生成物を得、次いで
前記生成物と、炭素原子数12以上の高級カルボン酸とを反応させる、カルボン酸インジウムの製造方法を提供することによって前記の課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高品質な高級カルボン酸インジウムを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1(a)は、実施例1において原料として用いた水酸基含有酢酸インジウムのIRスペクトルであり、
図1(b)は、実施例1の第1工程の生成物である酢酸インジウムのIRスペクトルである。
【
図2】
図2は、実施例1の第2工程の生成物であるミリスチン酸インジウムのIRスペクトルである。
【
図3】
図3は、比較例1の生成物である水酸基含有ミリスチン酸インジウムのIRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、高級カルボン酸のインジウム塩を製造する方法に係るものである。本発明にいう高級カルボン酸とは、炭素原子数が12以上である飽和又は不飽和脂肪族のカルボン酸のことである。前記のインジウム塩はIn(III)の塩のことである。
【0013】
本発明の製造方法は、以下の2工程に大別される。
・第1工程
下記の式(1)
In(RCOO)3-x(OH)x (1)
で表される水酸基含有カルボン酸インジウムと、
下記の式(2)
R’COOH (2)
(式中、R’は水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基であり、該脂肪族基中の水素原子は、その少なくとも1つがハロゲン原子で置換されていてもよい。)で表される低級カルボン酸とを反応させて生成物を得る工程。
・第2工程
第1工程で得られた前記生成物と、炭素原子数12以上の高級カルボン酸とを反応させる工程。
以下、各工程について詳細に説明する。
【0014】
第1工程において用いられるIn(RCOO)3-x(OH)xで表される水酸基含有カルボン酸インジウムにおいて、Rは水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基を表す。炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基としては、飽和又は不飽和の脂肪族基を用いることができる。例えばRとして、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の飽和脂肪族基を用いることができる。具体的にはギ酸、酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、酪酸、イソ吉草酸、吉草酸又はカプロン酸から誘導される基を用いることができる。
【0015】
式(1)で表される水酸基含有カルボン酸インジウムは、In(RCOO)3(式中、Rの定義は前記と同じである。)で表されるカルボン酸インジウムの劣化によって生成するものである。In(RCOO)3の劣化は、この化合物を常温、大気下の通常の雰囲気に置いておくことでも起こるが、冷暗室等の保管に適した環境下でも経時的に起こる。劣化の程度は、In(RCOO)3におけるRCOO基がOH基に置換される程度で評価できる。すなわち式(1)におけるxの値に基づきIn(RCOO)3の劣化の程度を評価できる。xの値は0超3未満の任意の値をとり、xの数が大きいほどIn(RCOO)3の劣化が進行していることを意味する。またIn(RCOO)3それ自体は、高純度品を商業的に容易に入手可能である。
【0016】
第1工程においては、In(RCOO)3-x(OH)xで表される水酸基含有カルボン酸インジウムと、R’COOHで表される低級カルボン酸とを反応させる。本発明において「低級カルボン酸」とは、炭素原子数が5以下である飽和又は不飽和のカルボン酸を意味する。「低級カルボン酸」はR’COOHで表される一価のカルボン酸のことであり、R’COOHの塩やエステルなどの各種誘導体は、低級カルボン酸に包含されない。R’は水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基である。R’が炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基である場合、該脂肪族基としては、飽和又は不飽和の脂肪族基を用いることができる。例えばR’として、水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の飽和脂肪族基を用いることができる。具体的にはギ酸、酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、酪酸、イソ吉草酸、吉草酸又はカプロン酸から誘導される基を用いることができる。
【0017】
R’が脂肪族基である場合、該脂肪族基中の水素原子は、その少なくとも1つがハロゲン原子で置換されていてもよい。ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素又はヨウ素を用いることができる。R’中に1種類のみのハロゲン原子が存在していてもよく、2種類以上のハロゲン原子が存在していてもよい。ハロゲン原子は電子吸引性を有することから、R’中の水素原子がハロゲン原子で置換されていることによって、式(2)で表される低級カルボン酸の酸性が高まる。その結果、式(2)で表される低級カルボン酸と、式(1)で表される水酸基含有カルボン酸インジウムとの反応が促進される。この利点を一層顕著なものとする観点から、R’における脂肪族基中の水素原子のうちの少なくとも一つがフッ素で置換されていることが好ましく、該脂肪族基中のすべての水素原子がフッ素で置換されていることがより好ましい。
【0018】
また、このような酸性の高まった低級カルボン酸を、反応促進を目的として、触媒的に微量に添加してもよい。ハロゲン原子で置換された低級カルボン酸を触媒的に添加する場合には、その添加量は、水酸基含有カルボン酸インジウム中の水酸基1モルに対して0.01モル以上10モル以下とすることが好ましく、0.05モル以上5モル以下とすることが更に好ましく、0.1モル以上1モル以下とすることが一層好ましい。
【0019】
第1工程においては、In(RCOO)3-x(OH)xで表される水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCOO基を有する低級カルボン酸を用いることが好ましい。In(RCOO)3-x(OH)xと同じRCOOを有する低級カルボン酸とは、例えば水酸基含有カルボン酸インジウムがIn(CH3COO)3-x(OH)xで表される場合、低級カルボン酸としてCH3COOHを用いるという意味である。式(1)で表される水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCOOを有する低級カルボン酸とを反応させることには、第1工程での品質確認が容易となる、後述する第2工程での低級カルボン酸と高級カルボン酸の置換反応の進捗確認が容易となる等の利点がある。
【0020】
第1工程においては、In(RCOO)3-x(OH)xで表される水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCOO基(ただし、Rにおける水素原子の少なくとも1つがハロゲン原子で置換されている。)を有する低級カルボン酸を用いることも好ましい。ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素又はヨウ素を用いることができる。R中に1種類のみのハロゲン原子が存在していてもよく、2種類以上のハロゲン原子が存在していてもよい。R中の水素原子がハロゲン原子で置換されていることの利点は上述したとおりである。式(2)で表される低級カルボン酸と、式(1)で表される水酸基含有カルボン酸インジウムとの反応を促進させる観点から、R中の水素原子のうちの少なくとも一つがフッ素で置換されていることが好ましく、R中のすべての水素原子がフッ素で置換されていることが好ましい。
【0021】
水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸との反応は、水酸基含有カルボン酸インジウムに対して等量以上の低級カルボン酸を存在させた条件下に行うことが好ましい。このような条件下に反応を行うことで、水酸基含有カルボン酸インジウムにおける水酸基と、低級カルボン酸におけるR’COO基との置換反応が進行しやすくなり、カルボン酸インジウムであるIn(RCOO)3-x(R’COO)xが首尾よく生成する。この利点を一層顕著なものとする観点から、低級カルボン酸の量は、水酸基含有カルボン酸インジウム中の水酸基1モルに対して13モル以上3000モル以下とすることが好ましく、1モル以上1000モル以下とすることが更に好ましく、1モル以上500モル以下とすることが一層好ましい。低級カルボン酸の量は、実際に添加する低級カルボン酸の量と、後述する酸無水物を用いる場合には、該酸無水物と水との反応によって生成する低級カルボン酸の量との総和である。
【0022】
水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸とを反応させるときには、水酸基含有カルボン酸インジウム中に低級カルボン酸を一括で又は逐次で添加してもよく、逆に低級カルボン酸中に水酸基含有カルボン酸インジウムを一括で又は逐次で添加してもよい。あるいは両者を同時に一括で又は逐次で添加してもよい。どのような添加形態を採用する場合であっても、反応は室温、すなわち非加熱下で行うか、又は加熱下に行うことができる。加熱下で反応を行う場合、反応温度は、使用する低級カルボン酸にもよるが、反応効率を高める観点から、30℃以上200℃以下とすることが好ましく、50℃以上150℃以下とすることが更に好ましく、80℃以上120℃以下とすることが一層好ましい。このときの反応時間は、十分な収率を得る観点から、5分以上600分以下とすることが好ましく、15分以上300分以下とすることが更に好ましく、30分以上180分以下とすることが一層好ましい。加熱下で反応を行う場合には、還流させながら反応を行うことが、高い収率を得る観点から好ましい。
【0023】
水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸との反応を首尾よく反応を進める観点から、反応は、非プロトン性有機溶媒中で、又は求核性が低いプロトン性有機溶媒中で行ってもよい。プロトン性有機溶媒としては、例えばニトロメタン等が挙げられる。非プロトン性有機溶媒としては、例えばアセトン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、トルエン、キシレン、アセトニトリル、ジブチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、クロロベンゼン等が挙げられる。
【0024】
第1工程における水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸との反応は以下の式にしたがって進行する。
In(RCOO)3-x(OH)x+nR’COOH⇔In(RCOO)3-y(R’COO)y+xH2O
(式中、xは前記と同じである。yは0超3以下の数である。nはx以上の数である。)
この反応式から明らかなとおり、水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸とが反応すると水が副生する。水の存在は、第1工程での目的物であるIn(RCOO)3-y(R’COO)yの純度に影響を及ぼす可能性がある。したがって、副生物である水を反応系から除去することが有利である。この観点から、水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸とを反応させる場合には、脱水剤を共存させておくことが好ましい。脱水剤としては、特に酸無水物(一価のカルボン酸の無水物)を用いることが、副生する水との反応によって酸無水物から低級カルボン酸が生成し、生成した低級カルボン酸が水酸基含有カルボン酸インジウムと反応できることに起因して、第1工程での目的物であるIn(RCOO)3-y(R’COO)yの純度を高められる観点から好ましい。脱水剤として用いる酸無水物は(R”CO)2Oで表される構造を有する。R”は水素原子又は炭素原子数1~5の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基を表す。R”はR及び/又はR’と同じであってもよく、あるいは異なっていてもよい。つまり、低級カルボン酸と同種又は異種のカルボン酸の無水物を脱水剤として用いることができる。第1工程での目的物であるIn(RCOO)3-y(R’COO)yの純度を一層高める観点からは、R”はR’と同じであることが有利であり、R”はR及びR’と同じであることが有利である。つまり、水酸基含有カルボン酸インジウムがIn(RCOO)3-x(OH)xで表される場合、低級カルボン酸は、水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCOO基を有し、且つ酸無水物は、水酸基含有カルボン酸インジウムと同じRCO基を有することが好ましい。
【0025】
脱水剤として用いる酸無水物の量は、水酸基含有カルボン酸インジウムと低級カルボン酸との反応で副生する水を除去可能な量であればよい。具体的には、水酸基含有カルボン酸インジウムの水酸基1モルに対して、好ましくは1モル以上100モル以下、更に好ましくは1モル以上50モル以下、一層好ましくは1モル以上20モル以下、の酸無水物を反応系に加える。
【0026】
第1工程によって、In(RCOO)3-y(R’COO)yを含む生成物が得られる。次いで、この生成物を高級カルボン酸と反応させる第2工程を行う。第1工程の生成物と高級カルボン酸とを反応させるときには、第1工程の生成物中に高級カルボン酸を一括で又は逐次で添加してもよく、逆に高級カルボン酸中に第1工程の生成物を一括で又は逐次で添加してもよい。あるいは両者を同時に一括で又は逐次で添加してもよい。
【0027】
第2工程においては、高級カルボン酸を反応物として用いることに加えて溶媒としても用いることが有利である。この観点から、第1工程の生成物に含まれるIn(RCOO)3-y(R’COO)yに対して過剰量の高級カルボン酸を存在させた条件下に反応を行うことが好ましい。このような条件下に反応を行うことで、In(RCOO)3-y(R’COO)yにおけるRCOO基及びR’COO基と高級カルボン酸との交換反応を円滑に進行させることが可能となる。この利点を一層顕著なものとする観点から、高級カルボン酸の量は、1モルのIn(RCOO)3-y(R’COO)yに対して3モル以上100モル以下とすることが好ましく、3モル以上50モル以下とすることが更に好ましく、4モル以上30モル以下とすることが一層好ましい。
【0028】
反応は室温、すなわち非加熱下で行うか、又は加熱下に行うことができる。加熱下で反応を行う場合、反応温度は、反応に供する高級カルボン酸にもよるが、首尾よく反応を進める観点から、一般的には20℃以上300℃以下とすることが好ましく、50℃以上250℃以下とすることが更に好ましく、80℃以上200℃以下とすることが一層好ましい。このときの反応時間は、十分な収率を得る観点から、10分以上900分以下とすることが好ましく、30分以上600分以下とすることが更に好ましく、60分以上300分以下とすることが一層好ましい。
【0029】
また、第2工程における反応を首尾よく反応を進める観点から、反応は、非プロトン性有機溶媒中で、又は求核性が低いプロトン性有機溶媒中で行ってもよい。プロトン性有機溶媒としては、例えばニトロメタン等が挙げられる。非プロトン性有機溶媒としては、例えばアセトン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、トルエン、キシレン、アセトニトリル、ジブチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、クロロベンゼン等が挙げられる。
【0030】
第2工程で用いる高級カルボン酸は炭素原子数12以上のものである。高級カルボン酸としては一価カルボン酸又は多価カルボン酸を用いることができる。本製造方法の目的物であるカルボン酸インジウムを量子ドットの原料として用いる場合には、高級カルボン酸として一価カルボン酸を用いることが有利である。
【0031】
一価の高級カルボン酸はR1COOHで表される。式中R1は炭素原子数11以上、好ましくは炭素原子数11以上19以下の直鎖又は分岐鎖の脂肪族基を表す。この脂肪族基としては、飽和又は不飽和の脂肪族基を用いることができる。つまり、高級カルボン酸として、炭素原子数12以上、好ましくは炭素原子数12以上20以下である直鎖の飽和又は不飽和カルボン酸を用いることができる。
【0032】
本製造方法の目的物であるカルボン酸インジウムを量子ドットの原料として用いる場合には、R1として、炭素原子数11以上、特に炭素原子数11以上19以下の直鎖又は分岐鎖の飽和脂肪族基を用いることが好ましい。具体的には、ラウリン酸トリデシル酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデシル酸、アラキジン酸又はオレイン酸を用いることが好ましい。これらの高級カルボン酸は一種を単独で用いることができ、あるいは二種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0033】
第2工程における反応は以下の式にしたがって進行する。
In(RCOO)3-y(R’COO)y+3R1COOH→
In(R1COO)3+(3-y)RCOOH+yR’COOH
この式から明らかなとおり、反応によってRCOOH及びR’COOH、すなわち低級カルボン酸が生成する。したがって、反応系から低級カルボン酸を除去すれば反応が一層促進され、In(R1COO)3の収率が高まる。低級カルボン酸は低沸点の化合物であることが知られているから、反応系から低級カルボン酸を除去するためには、反応系を減圧状態にすることが有利である。こうすることで低級カルボン酸が気化しやすくなり、反応系から容易に除去可能となる。この観点から、第2工程における反応系の圧力を0.1Pa以上10kPa以下、特に0.5Pa以上5kPa以下、とりわけ1Pa以上1kPa以下とすることが好ましい。
【0034】
第2工程の反応が終了したら、貧溶媒であるアセトン等を反応系に添加して、目的とする生成物である高級カルボン酸のインジウム塩であるIn(R1COO)3を沈殿させる。この沈殿物を濾別し、有機溶媒でリパルプ洗浄し、乾燥させることで高純度のカルボン酸インジウムが得られる。このカルボン酸インジウムは、第2工程で用いた高級カルボン酸の種類に応じて、ラウリン酸インジウム、トリデシル酸インジウム、ミリスチン酸インジウム、ペンタデシル酸インジウム、パルミチン酸インジウム、マルガリン酸インジウム、ステアリン酸インジウム、ノナデシル酸インジウム、アラキジン酸インジウム又はオレイン酸インジウムであることが好ましい。
【0035】
このようにして得られたカルボン酸インジウムは、その構造中に水酸基を含有していないので、インジウムを含む量子ドット、例えばInP量子ドットの原料として特に好適に用いることができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0037】
〔実施例1〕
<第1工程>
モデル水酸基含有カルボン酸インジウムとして、劣化した酢酸インジウムを用いた。具体的には、密閉容器入りの市販の試薬用の酢酸インジウムについて当該密閉容器を開封した後に、蓋を閉めた状態で冷暗所に100日程度設置したものを用いた。この劣化酢酸インジウムは、ICP発光分析装置(株式会社島津製作所製)で分析した結果、In(CH
3COO)
2.8(OH)
0.2で表される水酸基含有酢酸インジウムからなるものであった。前記の劣化酢酸インジウム5gと、160gの酢酸と、9gの無水酢酸とをフラスコに入れ、120℃で1.5時間にわたり還流しながら加熱した。反応終了後、窒素雰囲気、室温下に反応生成物を濾別した後、脱水ヘキサン(関東化学株式会社製)でリパルプ洗浄し、更に減圧乾燥に付した。原料として用いた劣化酢酸インジウム、及び反応生成物である酢酸インジウムのIRスペクトルを
図1(a)及び
図1(b)に示す。
図1(a)では、水酸基含有酢酸インジウムの水酸基に由来する吸収(同図中、矢印で示す吸収、1600cm
-1付近)が観察されるのに対して、
図1(b)では当該吸収が観察されないことが判る。したがって、第1工程を行うことによって、原料として用いた劣化酢酸インジウム中の水酸基含有酢酸インジウムから水酸基が除去されたことが確認された。
【0038】
<第2工程>
第1工程で得られた5.1gの酢酸インジウムと、30gのミリスチン酸とをフラスコに入れ、110℃で3時間、続いて150℃で1時間にわたり減圧下に加熱した。反応系の圧力は30Pa以下に設定した。反応終了後、反応系にアセトンを加え、反応生成物であるミリスチン酸インジウムを沈殿させた。次いで窒素雰囲気下に反応生成物を濾別した後、脱水アセトン(関東化学株式会社製)で2回リパルプ洗浄し、続けて脱水アセトン(関東化学株式会社製)でリンス洗浄2回、脱水ヘキサン(関東化学株式会社製)でリンス洗浄1回を行い、更に減圧乾燥に付した。このようにして、目的とするミリスチン酸インジウムを12.6g得た。このミリスチン酸インジウムのIRスペクトルを
図2に示す。同図に示す結果から明らかなとおり、ミリスチン酸インジウムには、水酸基に由来する吸収(1600cm
-1付近)が観察されず、水酸基を含んでいないことが確認された。
【0039】
〔比較例1〕
モデル水酸基含有カルボン酸インジウムとして、実施例1で用いた劣化酢酸インジウムと同様のものを用いた。前記の劣化酢酸インジウムを、実施例1における第1工程に付すことなく、同実施例における第2工程に付した。このようにして得られたミリスチン酸インジウムのIRスペクトルを
図3に示す。同図に示す結果から明らかなとおり、ミリスチン酸インジウムには、水酸基に由来する吸収(同図中、矢印で示す吸収、1600cm
-1付近)が観察され、水酸基を含んでいることが確認された。
【0040】
〔実施例2〕
モデル水酸基含有カルボン酸インジウムとして、実施例1で用いた劣化酢酸インジウムと同様のものを用いた。この劣化酢酸インジウム44gと、1.9gのトリフルオロ酢酸と、139.8gの無水酢酸とをフラスコに入れ、50℃で2時間にわたり加熱した。その後は実施例1と同様の操作を行い、目的とするミリスチン酸インジウムを得た。このミリスチン酸インジウムのIRスペクトルを測定したところ、水酸基に由来する吸収(1600cm-1付近)が観察されず、水酸基を含んでいないことが確認された。