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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】鋼線及びアルミ被覆鋼線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230221BHJP
   C22C 38/22 20060101ALI20230221BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20230221BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20230221BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20230221BHJP
   H01B 5/08 20060101ALI20230221BHJP
   C23C 2/12 20060101ALI20230221BHJP
   C23C 2/38 20060101ALI20230221BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230221BHJP
   C21D 9/52 20060101ALN20230221BHJP
   C22C 21/00 20060101ALN20230221BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/22
C22C38/54
H01B1/02 Z
H01B5/02 A
H01B5/08
C23C2/12
C23C2/38
C21D8/06 A
C21D9/52 103B
C22C21/00 E
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019083307
(22)【出願日】2019-04-24
(65)【公開番号】P2020180330
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2021-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】手島 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 敏之
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/069955(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/069954(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/186701(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/119241(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/079781(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/164015(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
H01B 1/02
H01B 5/00 - 5/16
C23C 2/12 - 2/40
C21D 8/06
C21D 9/52
C22C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で
C:0.40%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.15%以下、
Mn:0.10%以上0.30%以下、
Cr:0.003%以上0.30%未満、
Mo:0.01%以上0.20%以下、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
N:0.0060%以下、並びに
残部:Fe及び不純物元素
であり、かつ、Mo含有量とCr含有量との合計が0.14%以上であり、
パーライト組織を有し、
フェライト中に固溶するCが質量基準で500ppm以下であり、
鋼線の直径をDとしたときに、前記鋼線の中心軸からD/10以内の領域において、前記鋼線の長手方向に平行であり、かつ中心軸を含む断面における前記パーライト組織の平均ラメラ間隔が50nm以下であり、フェライトの前記鋼線の長手方向に対して平行となる<110>方位の集積度が2.0以上である鋼線。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Al:0.070%以下、
Ti:0.050%以下、
Nb:0.050%以下、
V:0.10%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Ca:0.0040%以下、
Mg:0.0040%以下、及び
B:0.0030%以下、
からなる群から選ばれる1種または2種以上をさらに満たす請求項1の鋼線。
【請求項3】
前記鋼線の長手方向に垂直な断面において、前記中心軸からD/10以内の領域における前記パーライト組織の面積率が、90%以上である請求項1又は請求項2に記載の鋼線。
【請求項4】
前記化学組成が、質量%で、
Al:0.005%以上0.070%以下を満たし、
さらに、
Ti:0.005%以上0.050%以下、Nb:0.002%以上0.050%以下、
及びV:0.002%以上0.10%以下、からなる群から選ばれる1種または2種以上を満たす請求項2又は請求項3に記載の鋼線。
【請求項5】
前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.05%以上0.50%以下、及びNi:0.05%以上0.50%以下、からなる群から選ばれる1種または2種を満たす請求項2~請求項4のいずれか一項に記載の鋼線。
【請求項6】
前記化学組成が、質量%で、
Ca:0.0002%以上0.0040%以下、及びMg:0.0002%以上0.0040%以下、からなる群から選ばれる1種または2種を満たす請求項2~請求項5のいずれか一項に記載の鋼線。
【請求項7】
前記化学組成が、質量%で、
B:0.0001%以上0.0030%以下を満たす請求項2~請求項6のいずれか一項に記載の鋼線。
【請求項8】
請求項1~請求項7のいずれか一項に記載の鋼線と、前記鋼線の少なくとも一部を被覆するアルミニウム含有層と、を備えるアルミ被覆鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼線及びアルミ被覆鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
送電線などに使用される鋼心アルミニウムより線(aluminum conductor steel-reinforced cable、以下「ACSR」と称する場合がある。)は、導電体としてアルミニウムを用いたケーブルである。ACSRは、一般に、亜鉛めっき鋼線の単線或いは撚り線を芯材として、外側にアルミ線を撚り合わせた構造を有する。
このような構造のACSRを海岸地帯等の湿度の高い地域で使用した場合には、雨水などを電解液として、電極電位の異なる亜鉛とアルミニウムとの接触部分で亜鉛が腐食し、さらに暴露した鉄とアルミニウムとが接触してアルミニウムが腐食するという欠点がある。そのため、これらの地域では、亜鉛めっき鋼線の代わりにアルミ被覆鋼線(aluminum-clad steel wire、以下「AC線」と称する場合がある。)が使用されている。
【0003】
AC線は、JIS規格のSWRS72B、SWRS82Bなどのピアノ鋼線の外周にアルミニウムを被覆したものである。AC線を、ACSRの構成要素として使用すると、電流はAC線にも流れるため、送電効率が向上する。よって、AC線の電気抵抗を低減させることが求められている。
例えば、特許文献1には、送電用ケーブルのAl導線を機械的に補強するために使用されるAC線の製造方法を提供することを目的とし、C:0.9~1.2重量%、Si:1.0~1.5重量%、Mn:0.4~0.6重量%、Cr:0.2~0.7重量%、S:0.015重量%以下、P:0.015重量%以下を含有する鋼線を亜鉛メッキ槽にて一次メッキし、亜鉛アルミニウムメッキ槽にて二次メッキし、鉄―亜鉛―アルミニウム合金層が鉄―亜鉛―アルミニウム合金層と亜鉛―アルミニウム合金層の合計厚さの40%ないし60%であることを満たし、電気抵抗が低い架空送電線補強用高強度メッキ鋼線の製造方法が開示されている。
【0004】
一方、電流はアルミニウムの部分だけでなく、鋼線の部分にも流れる。鋼材に関し、電気伝導性の向上が求められる場合がある。
例えば、特許文献2には、寸法精度の良好な冷間鍛造が行えるとともに、優れた電気伝導性を確保することのできる電気部品用鋼材として、質量%で、C:0.02%以下(0%を含む)、Si:0.1%以下(0%を含まない)、Mn:0.1~0.5%、P:0.02%以下(0%を含む)、S:0.02%以下(0%を含む)、Al:0.01%以下(0%を含む)、N:0.005%以下(0%を含む)、O:0.02%以下(0%を含む)を満たし、金属組織がフェライト単相組織である、冷間鍛造性及び電気伝導性に優れた電気部品用鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-076482号公報
【文献】特開2003-226938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1又は特許文献2で開示されている技術では、電気抵抗率の低減と引張強さの向上を両立する鋼線を得ることは困難である。
【0007】
本開示はこのような課題を解決するために、電気抵抗率の低減と引張強さの向上の両立を可能とする鋼線及び前記鋼線を備えるアルミ被覆鋼線を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
[1] 化学組成が、質量%で
C:0.40%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.15%以下、
Mn:0.10%以上0.30%以下、
Cr:0.003%以上0.30%未満、
Mo:0.01%以上0.20%以下、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
N:0.0060%以下、並びに
残部:Fe及び不純物元素
であり、かつ、Mo含有量とCr含有量との合計が0.14%以上であり、
パーライト組織を有し、
フェライト中に固溶するCが質量基準で500ppm以下であり、
鋼線の直径をDとしたときに、前記鋼線の中心軸からD/10以内の領域において、前記鋼線の長手方向に平行であり、かつ中心軸を含む断面における前記パーライト組織の平均ラメラ間隔が50nm以下であり、フェライトの前記鋼線の長手方向に対して平行となる<110>方位の集積度が2.0以上である鋼線。
[2] 前記化学組成が、質量%で
Al:0.070%以下、
Ti:0.050%以下、
Nb:0.050%以下、
V:0.10%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Ca:0.0040%以下、
Mg:0.0040%以下、及び
B:0.0030%以下、
からなる群から選ばれる1種または2種以上をさらに満たす[1]に記載の鋼線。
[3] 前記鋼線の長手方向に垂直な断面において、前記中心軸からD/10以内の領域における前記パーライト組織の面積率が、90%以上である前記[1]又は[2]に記載の鋼線。
[4] 前記化学組成が、質量%で、
Al:0.005%以上0.070%以下を満たし、さらに、
Ti:0.005%以上0.050%以下、Nb:0.002%以上0.050%以下、及びV:0.002%以上0.10%以下、からなる群から選ばれる1種または2種以上を満たす前記[2]又は[3]に記載の鋼線。
[5] 前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.05%以上0.50%以下、及びNi:0.05%以上0.50%以下、からなる群から選ばれる1種または2種を満たす前記[2]~[4]のいずれか1つに記載の鋼線。
[6] 前記化学組成が、質量%で、
Ca:0.0002%以上0.0040%以下、及びMg:0.0002%以上0.0040%以下、からなる群から選ばれる1種または2種を満たす前記[2]~[5]のいずれか1つに記載の鋼線。
[7] 前記化学組成が、質量%で、
B:0.0001%以上0.0030%以下を満たす前記[2]~[6]のいずれか1つに記載の鋼線。
[8] 前記[1]~[7]のいずれか1つに記載の鋼線と、前記鋼線の少なくとも一部を被覆するアルミニウム含有層と、を備えるアルミ被覆鋼線。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、電気抵抗率の低減と引張強さの向上の両立を可能とする鋼線及び前記鋼線を備えるアルミ被覆鋼線が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書中、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書中、成分(元素)の含有量を示す「%」、「ppm」は、質量基準である。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0011】
[鋼線]
本実施形態の鋼線は、
化学組成が、質量%で
C:0.40%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.15%以下、
Mn:0.10%以上0.30%以下、
Cr:0.003%以上0.30%未満、
Mo:0.01%以上0.20%以下、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
N:0.0060%以下、並びに
残部:Fe及び不純物元素
であり、かつ、Mo含有量とCr含有量との合計が0.14%以上であり、
パーライト組織を有し、
フェライト中に固溶するCが質量基準で500ppm以下であり、
鋼線の直径をDとしたときに、前記鋼線の中心軸からD/10以内の領域において、前記鋼線の長手方向に平行であり、かつ中心軸を含む断面における前記パーライト組織の平均ラメラ間隔が50nm以下であり、フェライトの前記鋼線の長手方向に対して平行となる<110>方位の集積度が2.0以上である。
また、本実施形態の鋼線の化学組成は、質量%で
Al:0.070%以下、
Ti:0.050%以下、
Nb:0.050%以下、
V:0.10%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Ca:0.0040%以下、
Mg:0.0040%以下、及び
B:0.0030%以下、
からなる群から選ばれる1種または2種以上をさらに満たしてもよい。
【0012】
本実施形態の鋼線は、引張強さに優れ、かつ、電気抵抗率が低減されている。
本明細書において、鋼線の電気抵抗率は、室温(例えば20℃)における、鋼線の長手方向の電気抵抗率を意味する。
本明細書において、鋼線の引張強さは、室温(例えば20℃)における、鋼線の長手方向の引張強さを意味する。
【0013】
本実施形態の鋼線の前述した効果(即ち、引張強さの向上と電気抵抗率の低減)は、上記化学組成と、上記金属組織と、の組み合わせによって達成される。
例えば、本実施形態に係る鋼線の化学組成では、Si、Mn、Cr,Mo等の含有量が、各元素の含有量の上限値以下に低減されている。これによって、電気抵抗率が低減されている。また、0.40%以上のCを含み、中心部(中心軸からD/10以内の領域)における平均ラメラ間隔が50nm以下とされていることで引張強さが向上されている。これらの構成により、鋼線の引張強さの向上及び電気抵抗率の低減が達成される。
【0014】
<鋼線の化学組成>
以下、本実施形態に係る鋼線の化学組成について説明する。
本実施形態に係る鋼線の化学組成は、必須元素が、C:0.40%以上1.10%以下、Si:0.005%以上0.15%以下、Mn:0.10%以上0.30%以下、Cr:0.003%以上0.30%未満、Mo:0.01%以上0.20%以下であり、不純物元素が、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.0060%以下であり、任意元素が、Al:0.070%以下、Ti:0.050%以下、Nb:0.050%以下、V:0.10%以下、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Ca:0.0040%以下、Mg:0.0040%以下、B:0.0030%以下、であり、残部がFe及び不純物元素(P、S、N以外)であり、かつ、Mo含有量とCr含有量との合計が0.14%以上である。
以下、本実施形態に係る鋼線の化学組成を、「本実施形態における化学組成」ということがある。以下、本実施形態における化学組成の各元素の含有量について説明する。
【0015】
C:0.40~1.10%
Cは、鋼線の引張強さを高めるために有効な元素である。C含有量が0.40%未満であると、鋼線の引張強さが不足する場合がある。このため、C含有量は0.40%以上である。C含有量は、好ましくは0.45%以上である。
一方、C含有量が1.10%を超えると、セメンタイト分率が上昇し、鋼線の電気抵抗率が低下する場合がある。従って、C含有量は、1.10%以下である。C含有量は、好ましくは1.05%以下であり、より好ましくは1.00%以下である。
【0016】
Si:0.005~0.15%
Siは、固溶強化によって鋼線の引張強さを高めるのに有効な元素であり、また脱酸剤としても必要な元素である。しかしながら、Si含有量が0.005%未満では、これらのSiの添加効果が十分でない場合がある。このため、Si含有量は、0.005%以上である。これらのSiの添加効果をより安定して享受する観点からは、Si含有量は、好ましくは0.01%以上である。
一方、Siは鋼線の電気抵抗率を増大させる元素である。Si含有量が0.15%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。従って、Si含有量は、0.15%以下である。Si含有量は、好ましくは0.10%以下であり、より好ましくは0.070%以下である。
【0017】
Mn:0.10~0.30%
Mnは、鋼線の引張強さを高める作用を有する元素である。Mnは、鋼中のSをMnSとして固定することにより、線材圧延時の熱間脆性を防止する作用を有する元素でもある。しかしながら、Mn含有量が0.10%未満ではこれらの作用が十分でない場合がある。このため、Mn含有量は0.10%以上である。さらに、鋼線の引張強さ確保及び熱間脆性の防止をより高いレベルで実現するためには、Mn含有量は、好ましくは0.13%以上であり、より好ましくは0.15%以上である。
一方、Mnには、鋼線の電気抵抗率を大きくする作用がある。このため、Mn含有量が0.30%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。従って、Mn含有量は、0.30%以下である。Mn含有量は、好ましくは0.25%以下である。
【0018】
Cr:0.003~0.30%未満
Crは焼き入れ性の向上元素である。このため、後述するMoとの複合添加によりパーライト組織の面積率を高め、引張強さを向上させる元素である。また、Crはパーライト組織のラメラ間隔を小さくして鋼線の引張強さを高める元素でもある。この効果を得るためには、Cr含有量を0.003%以上にする必要がある。Cr含有量は、より好ましくは0.01%以上である。さらに好ましくは0.05%以上である。
Cr含有量が0.30%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。この理由は、パーライト変態時にCrのフェライトへの分配が十分でない製造条件で製造した場合、Crが電気抵抗率を低減させる可能性がある。鋼線の電気抵抗率の過度の上昇を抑制する観点から、Cr含有量は0.30%以下である。Cr含有量はより好ましくは0.25%以下である。
【0019】
Mo:0.01~0.20%
Moは焼き入れ性の向上元素である。このため、前述するCrとの複合添加によりパーライト組織の面積率を高め、引張強さを向上させる元素である。この効果を得るためには0.01%以上にする必要がある。
一方、Mo含有量が0.20%を超えると、線材の焼き入れ性が過度に大きくなる場合がある。この場合、パテンティング中のパーライト変態が不十分となり、パーライト組織の面積率が減少し、伸線加工後の捻回特性が減少する恐れがある。鋼線の製造性の観点から、Mo含有量は0.20%以下である。より好ましくはMo含有量は0.16%以下である。
【0020】
Mo+Cr:0.14%以上
MoとCrの複合添加の効果をより発揮させる観点から、Mo含有量とCr含有量の合計が、質量%で、0.14%以上である必要がある。Mo含有量とCr含有量の合計は、好ましくは0.15%以上であり、より好ましくは0.17%以上である。
Mo含有量とCr含有量の合計の上限は、各元素の上限値の合計、すなわち0.50%未満である。パーライト面積率の観点から、Mo含有量とCr含有量の合計の上限は、0.40%以下でもよく、0.35%以下でもよい。
【0021】
P:0.030%以下
Pは、鋼の結晶粒界に偏析して電気抵抗率を上昇させる元素である。P含有量が0.030%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。このため、P含有量は0.030%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、P含有量は、好ましくは0.025%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。
但し、製造コスト(脱燐コスト)の低減の観点から、P含有量は、0%超であってもよく、0.0005%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよい。
【0022】
S:0.030%以下
Sは、鋼線の電気抵抗率を上昇させる元素である。S含有量が0.030%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。このため、S含有量は、0.030%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、S含有量は、好ましくは0.020%以下であり、より好ましくは0.015%以下である。
但し、製造コスト(脱硫コスト)の低減の観点から、S含有量は、0%超であってもよく、0.002%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。
【0023】
N:0.0060%以下
Nは、鋼線の電気抵抗率を上昇させる元素である。このため、N含有量が0.0060%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。このため、N含有量は、0.0060%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、N含有量は、好ましくは0.0050%以下である。
Nは、冷間での伸線加工中に転位を固着させることにより、鋼線の引張強さを上昇させる元素でもある。かかる効果の観点から、N含有量は、0%超であってもよく、0.0010%以上であってもよく、0.0020%以上であってもよい。
【0024】
Al:0.070%以下
Alは、任意の元素である。即ち、Al含有量は、0%であってもよい。
Alは、脱酸作用を有する元素であり、また、Alは、鋼線中に窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化することでパーライトブロック粒径を小さくする元素である。Alは鋼線中の酸素量低減のために添加してもよい。かかる作用の観点から、Al含有量は、0%超であってもよく、0.005%以上であってもよく、0.030%以上であってもよい。
一方、Al含有量が0.070%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。この理由は、Al含有量が0.070%を超えると、鋼線中に粗大な酸化物系介在物が過度に形成され易くなるためと考えられる。このため、Al含有量は、0.070%以下である。鋼線の電気抵抗率をより抑制する観点から、Al含有量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.035%以下である。
【0025】
Ti:0.050%以下
Tiは、任意の元素である。即ち、Ti含有量は、0%であってもよい。
Tiは、鋼線中に炭化物又は炭窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化することでパーライトブロック粒径を小さくする元素である。これにより、鋼線の延性の向上が図られる。かかる作用の観点から、Ti含有量は、0%超であってもよく、0.005%以上であってもよく、0.007%以上であってもよい。
一方、Ti含有量が0.050%を超えると、炭化物又は炭窒化物が多量となり、オーステナイト粒径を微細化し過ぎるため焼き入れ性が悪くなり、引張強さが低下する。このため、Ti含有量は、0.050%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、Ti含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0026】
Nb:0.050%以下
Nbは、任意の元素である。即ち、Nb含有量は、0%であってもよい。
Nbは、鋼線中に炭化物又は炭窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化することでパーライトブロック粒径を小さくする元素である。これにより、鋼線の延性の向上が図られる。かかる作用の観点から、Nb含有量は、0%超であってもよく、0.002%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。
一方、Nb含有量が0.050%を超えると、炭化物又は炭窒化物が多量となり、オーステナイト粒径を微細化し過ぎるため焼き入れ性が悪くなり、引張強さが低下する。このため、Nb含有量は、0.050%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、Nb含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0027】
V:0.10%以下
Vは、任意の元素である。即ち、V含有量は、0%であってもよい。
Vは、鋼線中に炭化物又は炭窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化することでパーライトブロック粒径を小さくする元素である。これにより、鋼線の延性の向上が図られる。かかる作用の観点から、V含有量は、0%超であってもよく、0.002%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。
一方、V含有量が0.10%を超えると、炭化物又は炭窒化物が多量となり、オーステナイト粒径を微細化し過ぎるため焼き入れ性が悪くなり、引張強さが低下する。このため、V含有量は、0.10%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、V含有量は、好ましくは0.080%以下である。
【0028】
鋼線の延性をより向上する観点から、本実施形態に係る鋼線は、化学組成が、質量%で、Al:0.005%以上0.070%以下を満たし、さらに、Ti:0.005%以上0.050%以下、Nb:0.002%以上0.05%以下、及びV:0.002%以上0.10%以下、からなる群から選ばれる1種または2種以上を満たすことが好ましい。
【0029】
Cu:0.50%以下
Cuは、任意の元素である。即ち、Cu含有量は、0%であってもよい。
Cuは鋼の焼き入れ性を向上させる元素である。鋼の焼き入れ性を高めることで変態温度を安定化させ、鋼線の強度を向上させることができる。かかる作用の観点から、Cu含有量は、0%超であってもよく、0.05%以上であってもよく、0.10%以上であってもよく、0.20%以上であってもよい。
一方、Cuの含有量が0.50%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。鋼線の電気抵抗率の過度の上昇を抑制する観点から、Cu含有量は0.40%以下である。Cr含有量はより好ましくは0.35%以下である。
【0030】
Ni:0.50%以下
Niは、任意の元素である。即ち、Ni含有量は、0%であってもよい。
Niは鋼の焼き入れ性を向上させる元素である。鋼の焼き入れ性を高めることで変態温度を安定化させ、鋼線の強度を向上させることができる。かかる作用の観点から、Ni含有量は、0%超であってもよく、0.05%以上であってもよく、0.10%以上であってもよく、0.20%以上であってもよい。
一方、Niの含有量が0.50%を超えると、鋼線の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。鋼線の電気抵抗率の過度の上昇を抑制する観点から、Ni含有量は0.40%以下である。Ni含有量はより好ましくは0.35%以下である。
【0031】
引張強さを向上させる観点から、本実施形態に係る鋼線は、化学組成が、質量%で、Cu:0.05%以上0.50%以下、及びNi:0.05%以上0.50%以下、からなる群から選ばれる1種または2種を満たすことが好ましい。
【0032】
Ca:0.0040%以下
Caは、任意の元素である。即ち、Ca含有量は、0%であってもよい。
CaはMnS中に固溶し、MnSを微細に分散する効果がある。MnSを微細に分散させることで、伸線加工中の割れを抑制し、高強度の鋼線まで加工することができる。かかる作用の観点から、Ca含有量は、0%超であってもよく、0.0002%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。
一方、Ca含有量が0.0040%を超えても、その効果は飽和する。さらに、酸化物を形成するために、かえって鋼線の延性を低下させる。このため、Ca含有量は、0.0040%以下である。鋼線の延性をより向上する観点から、Ca含有量は、好ましくは0.0030%以下である。
【0033】
Mg:0.0040%以下
Mgは、任意の元素である。即ち、Mg含有量は、0%であってもよい。
MgはMnS中に固溶し、MnSを微細に分散する効果がある。MnSを微細に分散させることで、伸線加工中の割れを抑制し、高強度の鋼線まで加工することができる。かかる作用の観点から、Mg含有量は、0%超であってもよく、0.0002%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。
一方、Mg含有量が0.0040%を超えても、その効果は飽和する。さらに、酸化物を形成するために、かえって鋼線の延性を低下させる。このため、Mg含有量は、0.0040%以下である。鋼線の延性をより向上する観点から、Mg含有量は、好ましくは0.0030%以下である。
【0034】
鋼線の延性をより向上する観点から、本実施形態に係る鋼線は、化学組成が、質量%で、Ca:0.0002%以上0.0040%以下、及びMg:0.0002%以上0.0040%以下、からなる群から選ばれる1種または2種を満たすことが好ましい。
【0035】
B:0.0030%以下
Bは、任意の元素である。即ち、B含有量は、0%であってもよい。
B含有量が0.0030%を超えると、鋼線中に粗大な炭化物又は炭窒化物が形成され易くなり、鋼線の電気抵抗率が上昇するおそれがある。このため、B含有量は、0.0030%以下である。鋼線の電気抵抗率をより低減する観点から、B含有量は、好ましくは0.0025%以下である。
一方、Bは、鋼線中にBNを形成し、固溶Nを低減することで、鋼線の電気抵抗率を低減させる元素である。かかる作用の観点から、B含有量は、0%超であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。
【0036】
鋼線の電気抵抗率をより低減させる観点から、本実施形態に係る鋼線は、化学組成が、質量%で、B:0.0001%以上0.0030%以下を満たすことが好ましい。
【0037】
残部:Fe及び不純物元素
本実施形態における化学組成において、前述した各元素を除いた残部は、Fe及び不純物元素である。
ここで、不純物元素とは、原材料に含まれる成分、又は、製造の工程で混入する成分であって、意図的に鋼に含有させたものではない成分を指す。
不純物元素としては、前述した元素以外のあらゆる元素が挙げられる。不純物としての元素は、1種のみであっても2種以上であってもよい。
【0038】
本実施形態に係る鋼線は、上述した成分範囲に制御することで高い引張強さと、低い電気抵抗率を両立できる。さらに任意元素の添加によって優れた延性を発揮させることもできる。
【0039】
<鋼線の金属組織>
次に、本実施形態に係る鋼線の金属組織について説明する。
本実施形態に係る鋼線は、ラメラセメンタイトを有するパーライト組織を有している。本実施形態においてラメラセメンタイトを有するパーライト組織とは、伸線加工前の線材に存在するパーライト又は擬似パーライトに由来する組織であって、セメンタイト相(ラメラセメンタイト)とフェライト相とが層状に交互に繰り返し重なった組織である。言い換えれば、本実施形態におけるラメラセメンタイトを有するパーライト組織とは、直線状、曲線状、又は断片的に存在するセメンタイトと、セメンタイト間に存在するフェライト相とを含む組織である。
【0040】
本実施形態に係る鋼線は、直径をDとした場合、中心軸からD/10以内の領域の断面内の金属組織においてパーライト組織を70面積%以上含むことが好ましく、90面積%以上含むことがより好ましい。特にパーライト組織が90面積%以上になると、十分な引張強さが得られる。パーライト組織は、95面積%以上がさらに好ましく、97面積%以上が特に好ましく、100面積%でもよい。
本実施形態に係る鋼線は、パーライト組織以外に非パーライト組織(フェライト組織、ベイナイト組織、マルテンサイト組織)を含んでもよい。しかしながら、非パーライト組織が10面積%を超えると、パーライト組織の面積率が低下し、引張強さが低下するので、非パーライト組織は10面積%以下に制限することが好ましい。なお、非パーライト組織のうち、フェライト組織は、パーライト組織中に含まれるフェライト相とは区別される。また、本明細書において単に「フェライト」と記した場合は、パーライト組織中のフェライト相と非パーライト組織中のフェライト相の両方を意味する。
【0041】
-パーライト組織の面積率の測定方法-
鋼線の長手方向に垂直な断面(すなわち鋼線の横断面)を鏡面研磨した後、ピクラールで腐食し、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて倍率2000倍で中心からD/10以内の領域の任意の位置におけるそれぞれ5箇所を観察し、写真撮影する。1視野あたりの面積は、2.7×10-3mm(縦0.045mm、横0.060mm)とする。
【0042】
次いで、得られた各写真に透明シート、例えばOHP(Over Head Projector)シートを重ねる。この状態で、各透明シートにおける「非パーライト組織」に色を塗る。次いで、各透明シートにおける「色を塗った領域」の面積率を画像解析ソフト(例えばimage―J)により求め、その平均値を非パーライト組織の面積率の平均値として算出する。得られた非パーライト組織の面積率を100%から差し引くことでパーライト組織の面積率を算出し、5視野の平均値をパーライト組織の平均面積率とする。
【0043】
(フェライト中に固溶するCの量)
本実施形態に係る鋼線は、フェライト中に固溶するCの量(本明細書において「固溶C濃度」又は「固溶C量」という場合がある。)が、質量基準で500ppm以下である。
鋼線は、圧延線材(本明細書では単に「線材」という場合がある。)を伸線加工して得られる。本実施形態に係る鋼線を製造するための線材の組織は、主に、ラメラセメンタイトがランダムな方向を向いたパーライト組織であり、電気の流れる方向に対してラメラセメンタイトが種々な方向を向いているために電気抵抗率が高くなる。線材に伸線加工を施すにしたがってラメラセメンタイトは鋼線の長手方向にそろい、すなわち電気の流れる方向と平行になる。これによって鋼線の電気抵抗率は線材の電気抵抗率よりも大きく低下する。しかし、さらに伸線加工を施すとラメラセメンタイトがフェライト中に強制固溶していく。フェライト中に固溶するCは鋼線の電気抵抗率を著しく上昇させるので、固溶炭素(C)濃度を上記のように規定する。
フェライト中に固溶するCの濃度が500ppm以下であることで電気抵抗率の低下を図ることができる。フェライト中に固溶するCの濃度は、好ましくは400ppm以下であり、さらに好ましくは300ppm以下である。なお、固溶C濃度の下限値は特に限定されないが、鋼線の強度をより向上させる観点から、10ppm以上であってもよく、30ppm以上であってもよい。
【0044】
-固溶C濃度の測定方法-
鋼線中のフェライトに固溶するC量(固溶C濃度)は、以下のように引張試験、時効処理、引張試験から求めることができる。
鋼線を340mmの長さに切断し、上下70mmをくさびチャックで固定し、中心50mmに伸び計を取り付けて引張試験αを行う。この際に2%変形した段階で試験を止め、鋼線が曲がらないように注意して荷重を除荷する。得られた最大荷重を断面積で除することで応力αを算出する。
その後、鋼線を100℃の炉内で1時間保持し、時効処理を施す。加熱後は放冷で冷却を行う。再度、鋼線の上下70mmをくさびチャックで固定し、中心50mmに伸び計を取り付けて引張試験βを行い、破断させる。引張試験βで得られた0.2%耐力を求め、応力βとする。0.2%耐力を算出する際に使用するヤング率は、0.4~0.7TSの範囲の伸び計から得られるひずみを用いて算出する。TSは引張強さ(MPa)を意味する。このとき、応力βと応力αの差分応力δは固溶C濃度に依存した値をとることが知られている。
本実施形態に係る鋼線の場合、固溶C濃度(質量基準、質量%)=応力δ(MPa)/5000、として得ることができる。上記の試験を5回行い、その平均値を固溶C濃度とする。
【0045】
上記の試験を行うためには、伸線加工での最終線径の加工後から引張試験αまでを1日以内に行うことが好ましい。1日より長く経過した場合には、曲率を鋼線径Dの10倍までローラーなどで曲げを与え、さらに逆巻になるように鋼線径Dの10倍までローラーなどで曲げを与え、上記工程を2度行う必要がある。これによって転位に固着したCを再度固溶させることができ、上記の試験で固溶炭素濃度を測定することができる。
【0046】
なお、固溶C濃度は、応力δ/500~1000程度で算出することが多いが、本実施形態に係る鋼線においては、3D―アトムプローブでの測定値と比較し、固溶C濃度は応力δ/5000が妥当であると判断した。なお、3D―アトムプローブでは場所によるばらつきも大きいため、本手法を用いている。
【0047】
(平均ラメラ間隔)
本実施形態に係る鋼線は、前述したように、フェライトとセメンタイトとが層状のラメラ構造になっているパーライト組織を有する。鋼線の平均パーライトラメラ間隔(平均ラメラ間隔)を小さくすることで引張強さを向上させることができる。なお、平均ラメラ間隔が電気抵抗率に与える影響はあまり大きくないため、引張強さの向上と電気抵抗率の低減のバランスを高めるためには、平均ラメラ間隔を小さくするとよい。かかる観点から鋼線の長手方向に平行な断面(縦断面)において鋼線の直径をDとした場合の中心軸からD/10以内の領域におけるラメラ間隔の平均値(平均ラメラ間隔)は50nm以下とし、より好ましくは45nm以下であり、さらに好ましくは40nm以下である。これにより、鋼線の引張強さがより向上する。
なお、平均ラメラ間隔は狭いほど引張強さが向上するため特に下限は無いが、伸線加工中のセメンタイト分解抑制の観点から、10nm以上であってもよく、15nm以上であってもよい。
【0048】
-ラメラ間隔の測定方法-
鋼線の長手方向に平行であり、かつ中心軸を含む断面(すなわち鋼線の縦断面)を鏡面研磨した後、ピクラールで腐食し、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて倍率10000倍で中心軸からD/10以内の領域の任意の位置におけるそれぞれ5箇所を観察し、写真撮影する。具体的には、各視野の写真を用いて視野内でパーライトラメラの向きが揃っている範囲において、ラメラ5間隔分が測定可能で、かつ最もラメラ間隔が小さい場所、及び2番目にラメラ間隔が小さい場所について、ラメラに垂直に直線を引いて、ラメラ5間隔分の長さを求めて、それを5で割ることで各箇所のパーライトラメラ間隔を求めることができる。このように求めた各視野におけ10箇所のラメラ間隔の平均値をその試料の「ラメラ間隔の平均値」(平均ラメラ間隔)とすることができる。
【0049】
(<110>の集積度)
本実施形態に係る鋼線は、長手方向に垂直な断面(横断面)において、鋼線の直径をDとした場合の中心からD/10以内の領域における鋼線の長手方向に対して平行となる<110>方位の集積度(以下、単に「<110>の集積度」と記す場合がある。)が2.0以上である。ここで、<110>の集積度とは、方位<110>を有する結晶粒の存在頻度が、完全にランダムな方位分布を持つ組織(この場合、集積度は1)に対して何倍であるかを示す指標である。
本実施形態の鋼線は、中心軸からD/10以内の領域における鋼線の長手方向に対して平行となる<110>の集積度が2.0以上であることで、鋼線の強度を十分に向上させることができる。かかる観点から、本実施形態の鋼線は、中心軸からD/10以内の領域における<110>の集積度が2.1以上であることが好ましく、2.2以上であることがより好ましい。
【0050】
<110>の集積度は伸線加工ひずみと相関があり、集積度が低い場合、強度が低く、また、ラメラ組織が鋼線の長手方向にそろっていないため、引張強さと電気導電率のバランスが悪くなる。一方、集積度が高い場合、伸線加工ひずみが大きく、多くのセメンタイトが分解し、炭素がフェライト中に強制固溶することになる。
なお、中心軸からD/10以内の領域における<110>の集積度の上限は特に限定されないが、伸線加工時の断線抑制の観点から、4.0以下であることが好ましく、3.8以下であることがより好ましい。
【0051】
-<110>集積度の測定方法-
中心軸からD/10以内の領域における鋼線の長手方向に対して平行となる<110>の集積度は、以下のように測定して求める。
鋼線の長手方向に垂直な断面(すなわち鋼線の横断面)を鏡面研磨した後、コロイダルシリカで研磨し、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて倍率1000倍以上で中心軸から半径D/10以内の領域の任意の位置において各4視野を観察し、EBSD測定(電子線後方散乱回折法による測定)を行う。測定時のステップは0.1μmとする。
次いで、鋼線の長手方向から見た<110>の集積度を算出する。例えば、OIM analysis(株式会社TSLソリューションズのEBSD解析ソフト、OIM:Orientation Imaging Microscopy)を用いることで<110>の集積度を得ることができる。OIM analysisを用いる場合、CI値が0.1以下のピクセルおよび9個以下のピクセルの塊はノイズとみなし、除外する。
【0052】
-電気抵抗率の測定方法-
本実施形態に係る鋼線は、電気抵抗率が低減された鋼線であり、鋼線の電気抵抗率は以下の手順で測定を行うことができる。
鋼線の表層の潤滑剤を除去し、矯正して直棒とした後、鋼線の長手方向の電気抵抗値を、温度20℃にて4端子法によって測定する。得られた電気抵抗値に試験片の横断面(即ち、試験片の長手方向に垂直な断面)の面積を乗じ、得られた値を試験片の電圧降下距離で除することにより、試験片の長手方向の電気抵抗率(μΩm)を算出する。ここで、電圧降下距離とは4端子のうち内側2端子間の距離である。なお、表層の潤滑剤の除去はサンドブラストやサンドぺーパーなどで機械的に除去してもよく、塩酸などで化学的に除去してもよい。
【0053】
[アルミ被覆鋼線]
アルミ被覆鋼線は、前述した鋼線の少なくとも一部を被覆するAl含有層を備える。
アルミ被覆鋼線に使用される鋼線の直径は特に限定されないが、好ましくは1.0mm以上5.0mm以下である。
アルミ被覆鋼線に使用される鋼線の直径が1.0mm以上である場合には、伸線加工によってアルミ被覆鋼線を得る場合の伸線加工をより安定的に行うことができる。
アルミ被覆鋼線に使用される鋼線の直径が5.0mm以下である場合には、伸線加工中のセメンタイトの分解及びこの分解による電気抵抗の上昇をより抑制できる。
Al含有層は、Alを主成分とする層であることが好ましい。
ここで、Alを主成分とする層とは、含有量(質量%)が最も多い成分として、Alを含有する層を意味する。
Al含有層におけるAlの含有量は、50質量%以上が好ましく、80質量%以上が更に好ましく、90質量%以上が特に好ましい。
Al含有層としては、Al(即ち、純Al)からなるAl層、又は、Al合金からなるAl合金層が好ましい。
Al合金としては、Alと、Mg、Si、Zn、及びMnからなる群から選択される少なくとも1種と、を含むAl合金が好ましい。Al合金におけるAlの含有量は、50質量%以上が好ましく、80質量%以上が更に好ましく、90質量%以上が特に好ましい。好ましいAl合金として、具体的には、国際アルミニウム合金名における3000番台~7000番台のAl合金が挙げられる。
ここでいうAlからなるAl層は、Al以外に不純物を含んでいてもよい。同様に、ここでいうAl合金からなるAl合金層は、Al合金以外に不純物元素を含んでいてもよい。
【0054】
[鋼線及びアルミ被覆鋼線の製造方法]
次に、本実施形態に係る鋼線の製造方法を説明する。本実施形態に係る鋼線の製造方法は特に限定されないが、好ましい製造方法として、例えば、前記成分組成を有する鋳片を鋳造する工程と;前記鋳片を加熱する工程と;前記加熱後の前記鋳片を熱間圧延して熱延鋼を得る工程と;前記熱延鋼を水冷し、巻き取る工程と;前記巻き取り後の熱延鋼を冷却する工程と;前記熱延鋼をパテンティングする工程と;前記パテンティング後の熱延鋼を冷却し、線材とする工程と;前記線材に潤滑皮膜処理を行う工程と;前記潤滑皮膜処理をした線材を伸線加工する工程と;を有する方法が挙げられる。
また、本実施形態に係る鋼線を用いてアルミ被覆鋼線を製造する場合は、上記工程を経て製造した鋼線の少なくとも一部にAl含有層を被覆する工程を行えばよい。
本実施形態に係る鋼線及びアルミ被覆鋼線の好ましい製造条件について以下に詳細に述べる。なお、鋳片を鋳造する工程から線材に潤滑皮膜処理を行う工程までを圧延工程として説明する。
【0055】
<圧延工程>
(鋳造)
本実施形態に係る鋼線の製造方法では、まず、鋼を溶製した後、連続鋳造等によって、本実施形態に係る鋼線の化学成分を有する鋳片を製造する。後述される熱間圧延の前に、鋳片に分塊圧延を行って鋼片を得てもよい。
【0056】
(加熱)
鋳片は、熱間圧延の前に、その断面の平均温度が1150~1250℃の範囲内にある加熱温度まで加熱されることが好ましい。なお、加熱における鋳片の最大温度を加熱温度と称する。加熱温度が1150℃未満の場合、熱間圧延の際の反力が上昇してしまい、1250℃を超える場合には脱炭が短時間で大きく進行してしまうためである。
【0057】
(熱間圧延)
鋳片圧延後に一度冷却され、再度加熱保持された鋼片は、熱間圧延されて熱延鋼となる。熱間圧延では、仕上圧延出側の温度を950℃超とすることが好ましい。仕上圧延出側の温度が950℃以下では、熱間圧延の際の反力が上昇してしまうためである。また、仕上圧延出側の温度の上限は1100℃以下が好ましい。1100℃超の場合、次の水冷で狙いの温度まで冷却できない可能性があるためである。
【0058】
(水冷及び巻取)
次に、仕上げ圧延後の熱延鋼は水冷され、巻き取られる。水冷停止温度及び巻取温度は800℃以上で行う。水冷停止温度及び巻取温度の上限は900℃以下が好ましい。水冷停止温度及び巻取温度が800℃未満の場合、オ-ステナイト粒径の成長を抑制して、オーステナイト粒径を微細に保つために焼き入れ性を悪化させる場合がある。焼き入れ性が悪化すると鋼線のラメラ間隔が大きくなって強度が低くなり、鋼線の強度が低下する恐れがある。水冷停止温度及び巻取温度が900℃超の場合には、フェライトやセメンタイトが析出するため900℃以下が好ましい。なお、水冷は熱間圧延終了の直後に開始される。
【0059】
(冷却及びパテンティング)
次いで、巻き取られた熱延鋼は、巻き取り後から溶融塩への浸漬までの間に700~750℃の範囲に冷却されることが好ましい。
冷却到達温度が700℃未満となる場合には、フェライト変態が進行するため、700℃以上に制御することが好ましい。一方、冷却到達温度が750℃超の場合には溶融塩に浸漬される際の鋼材温度が高くなり、溶融塩の温度を上昇させる場合があるため、750℃以下が好ましい。
700~750℃の範囲に冷却後、600℃以下の温度の溶融塩に浸漬することによりパテンティングを行う。溶融塩温度の下限は480℃以上が好ましい。なお、溶融塩の浸漬時間は10秒~60秒で行うことが一般的である。
溶融塩温度が480℃未満である場合、ベイナイト組織の形成が支配的になるためパーライト組織率が減少する。そのため、溶融塩温度は480℃以上が好ましい。一方、溶融塩温度の上限は600℃以下とする。600℃超の場合、鋼線のラメラ間隔が大きくなって強度が低くなり、鋼線の強度が低下する恐れがあるためである。
【0060】
(水冷)
溶融塩でのパテンティング処理が終了後、水冷することが好ましい。水冷によって残存した溶融塩を除去できるためである。以上の工程を経てパーライト組織を有する線材を得ることができる。
【0061】
(潤滑皮膜処理)
線材は伸線時加工時の潤滑効果を上げるために、前もって潤滑皮膜処理を行うことが好ましい。潤滑皮膜処理方法は、石灰皮膜やほう砂皮膜のように物理的に皮膜を付着させてもよく、りん酸塩皮膜のように鉄との化学反応によって生成付着させてもよい。
【0062】
<伸線工程>
次に、上記線材に伸線加工を施して鋼線を得る。伸線加工は線材を、線材直径よりも細径のダイス穴をもつダイスに通して線材の直径を細くし、線材の長さを長くしていく加工であり、複数回行って狙いの線径まで細くする加工である。ここでは、一度の伸線加工をパス、と呼ぶこととし、一度のパスの断面積の変化量を減面率とよぶ。減面率Rは加工前の横断面の面積をS、加工後の横断面の面積をSとした場合、R=(S-S)/S×100として計算できる。
また、複数回のパスで累積するひずみは伸線加工ひずみと呼ぶ。伸線加工ひずみεは、線材の直径をd、鋼線の直径をDとしたときにε=2×ln(D/d)で求めることができる。減面率と伸線加工ひずみを使い分けている理由は、減面率は断面積変化量であるため直感的に理解しやすいが加算できない。そのため累積するひずみは加算できる伸線加工ひずみとして表現する。
【0063】
伸線加工では、線材に対して1.5~3.5の伸線加工ひずみを付与するように伸線加工を行う。好ましくは、伸線加工ひずみが1.7~3.0である。
伸線加工を行うことでラメラセメンタイトが鋼線長手方向にそろうため、電気抵抗率が減少する。電気抵抗率は伸線加工ひずみ1.0~1.5において最小値となるため、伸線加工ひずみを1.5以上とすることが好ましい。また、伸線加工ひずみを1.5以上とするとき中心軸からD/10以内の領域におけるフェライトの<110>集積度が2.0以上となり、また平均ラメラ間隔は50nm以下となる。
一方、伸線加工ひずみ1.5以上の加工でセメンタイトが分解、Cがフェライト中に固溶するために電気抵抗率が徐々に上昇する。したがって、伸線加工ひずみを1.5以上とし、1.5以上の伸線加工時にセメンタイトの分解を抑制する伸線加工方法を行うことで、強度と電気抵抗率の両立が可能となる。しかし、伸線加工ひずみが3.5を超える場合、セメンタイトの分解を抑制する伸線加工を行っても電気抵抗率の低下が大きくなるため、伸線加工ひずみは3.5以下が好ましい。
【0064】
伸線加工中は加工発熱などによって鋼線の温度が上昇する。鋼線温度が高い場合、炭素の拡散が助長されるためセメンタイトの分解、フェライトへのCの固溶が促進され、電気抵抗率が大きく上昇する。したがって、セメンタイトの分解、すなわち固溶炭素の増加を抑制するには、伸線加工中の発熱を抑制する伸線加工条件が重要である。具体的には、鋼線の加工発熱の抑制と、ダイスや鋼線を物理的に冷却する手法の組み合わせが有効である。
【0065】
各パスの減面率は伸線加工ひずみ1.0までは各パスの減面率を19%~28%とし、伸線加工ひずみ1.0~2.0までは各パス間の減面率を14%~23%とし、伸線加工ひずみ2.0~3.5までは各パス間の減面率を10%~18%とすることが好ましい。鋼線の加工硬化に対応して減面率を低下させることで加工発熱を抑制することができる。
さらに伸線加工速度は20m/min以下が好ましい。20m/min以下とすることで冷却の時間を長くとることができる。
ダイス冷却に用いる冷却水は5℃~15℃が好ましい。ダイスの冷却に用いる冷却水の温度が5℃以上であれば凍結を防ぐことができ、15℃以下であればダイスを十分冷却することができる。
ダイス出側での鋼線の水冷に用いる冷却水は5℃~15℃が好ましい。鋼線の水冷に用いる冷却水の温度が5℃以上であれば凍結を防ぐことができ、15℃以下であれば鋼線を十分冷却することができる。なお、鋼線の水冷はダイス出側直後から1秒以上の浸漬、もしくはダイス出側直後へ流量10L/min以上の冷却水を鋼線中心部に狙ってかけることが好ましい。
【0066】
さらに、伸線加工ひずみ1.5以上ではパス間に曲げ直し加工を施してもよい。曲げ直し加工は各パスでの鋼線の線径の20倍以下の曲率を鋼線に与える加工である。曲げ直し加工を行う事で、伸線加工中にセメンタイトに蓄積した転位を動かすことができ、セメンタイトの分解を抑制できる。曲げ直し加工は伸線加工ひずみ1.5~3.5で一回以上行えばよく、各パス間で行ってもよい。
上述の工程を含む製造方法によれば、本実施形態に係る鋼線が好適に製造される。
【0067】
<被覆工程>
次に、得られた鋼線にAl含有層を形成する。上記工程を経て製造した鋼線の少なくとも一部にAl含有層を被覆する工程を行えばよい。Al含有層の形成手段は、電気めっき法、溶融めっき法、クラッド法のいずれでもよい。この時点でのAl含有層の厚みは、鋼線の直径に対して0.7%~50%程度の厚みがよい。
これにより、本実施形態に係るアルミ被覆鋼線が製造される。
この被覆工程は、冷却工程と伸線工程との間に行ってもよく、伸線工程中に行ってもよい。すなわち、線材にAl含有層を形成した後、伸線加工を行っても、本実施形態に係るアルミ被覆鋼線を得ることができる。
【実施例
【0068】
以下、実施例によって本開示の例を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により制限されるものではない。
まず、表1に示す化学組成の(鋼A)を転炉によって溶製した後、通常の方法での分塊圧延によって、122mm角のビレットを得た。なお、表1の各元素の含有量は質量%であり、残部はFe及び不純物元素である。なお、後述の表3についても同様であり、表3において「-」はその元素を含まないことを意味する。
【0069】
【表1】
【0070】
その後、加熱する工程と、熱間圧延して熱延鋼を得る工程と、熱延鋼を水冷し、巻き取る工程と、巻き取り後の熱延鋼を冷却する工程と、熱延鋼をパテンティングする工程と、伸線加工を行う工程とを、それぞれ表2の(1)~(22)に示す条件で行い、試験水準(A1)~(A22)の鋼線の製造を行った。
なお、表2における伸線加工に関する各項目の意味は以下のとおりである。
(減面率設計)
○:伸線加工ひずみ1.0までは各パスの減面率を19%~28%とし、伸線加工ひずみ1.0~2.0までは各パス間の減面率を14%~23%とし、伸線加工ひずみ2.0~3.5までは各パス間の減面率を10%~18%とした。
×:すべてのパスの減面率を19~23%以内とした。
(伸線加工速度)
伸線加工された鋼線(ダイスを通過した鋼線)の長さを基準とした伸線速度
(水冷流量)
ダイスの出口の鋼線を冷却するためにダイス出口に供給する水量
(曲げ直し加工)
○:最終パス前に鋼線の線径の18倍の曲率を鋼線に与えた。
×:曲げ直し加工を行わなかった。
【0071】
【表2】
【0072】
表3に示す化学成分の鋼(B)~(AF)を用い、試験水準(A1)と同様の方法で試験水準(B1)~(AF1)の鋼線を作製した。表3に示す下線は鋼の化学成分のいずれかが、本開示の範囲外であることを示す。
【0073】
【表3】
【0074】
以上のようにして得られた試験水準(A1)~(A22)および試験水準(B1)~(AF1)の鋼線について、MoとCrの含有量の合計、固溶するC濃度、並びに中心軸からD/10以内の領域におけるフェライトの<110>集積度、パーライト組織の面積率、及びラメラ間隔(平均値)、さらに、引張強さ、電気抵抗率を調査した。それらの結果を以下の表4、表5に示す。なお、表4、5中、下線は特性が望ましい範囲から外れていることを示す。
【0075】
【表4】
【0076】
【表5】
【0077】
鋼線のMoとCrの含有量の合計、固溶するC濃度、並びに、中心軸からD/10以内の領域におけるフェライトの<110>集積度、パーライト組織の面積率、及び平均ラメラ間隔は、それぞれ前述した方法によって測定した。また、鋼線の引張強さ、電気抵抗率はそれぞれ下記に記載する方法によって調査した。
【0078】
-鋼線の引張強さ-
鋼線を340mm長さに切断し、上下70mmをくさびチャックで固定し引張試験を行った。得られた最大荷重を断面積で除することで引張強さ(MPa)を算出した。
【0079】
-鋼線の電気抵抗率-
試験片として鋼線を100mm長さに切断し、酸化スケールを、サンドブラストを用いて除去した。
採取した試験片の長手方向の電気抵抗値を、温度20℃にて4端子法によって測定した。電流端子間距離を50mmとし、電圧降下距離を20mmとした。得られた電気抵抗値に試験片の横断面(即ち、試験片の長手方向に対して直交する断面)の面積を乗じ、得られた値を試験片の電圧降下距離で除することにより、試験片の長手方向の電気抵抗率(μΩm)を算出した。
【0080】
鋼線の引張強さσと電気抵抗率ρの関係が、σ>41000×ρ―5350、かつσ>1500MPaを満たすとき、両者が高位で両立できていると判断し、表4及び表5における「強度/導電率バランス」を「○」とし、いずれか一方でも満たさない場合は「×」とした。さらに、より高位で両立できている水準はσ:1700MPa以上、ρ:0.172μΩm以下、と判断した。
【0081】
以上それぞれ評価した結果を表4、表5にまとめて記載する。
表4から、実施例である(A1)~(A14)の試料は、いずれも本開示の要件を満足していることから、引張強さに優れ、電気抵抗率が低減された問題のない鋼線であった。
これに対して、(A15)の試料では溶融塩温度が高いためラメラ間隔が大きく、引張強さが悪く、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A16)の試料では伸線加工ひずみが低いため、ラメラ間隔が粗大かつ<110>集積度が低く、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A17)の試料では伸線加工ひずみが高いため、多量の炭素がフェライト中に固溶し、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A18)の試料では各パスの減面率が大きかったため、多量の炭素がフェライト中に固溶し、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A19)の試料では巻取温度が低いためオーステナイト粒が微細化し、焼き入れ性が悪く、ラメラ間隔が大きくなり、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A20)の試料では伸線加工速度が大きかったため、多量の炭素がフェライト中に固溶し、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A21)の試料では冷却水温度が高かったため、多量の炭素がフェライト中に固溶し、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(A22)の試料では冷却水量が足りなかったため、多量の炭素がフェライト中に固溶し、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
【0082】
(A1)~(A14)の試料の中でも、直径をDとしたときのD/2を軸としてD/10の範囲をSEMで観察した際のパーライトの面積率が90%以上であることを満たす(A1)および(A3)~(A14)では引張強さが2100MPa以上と高い引張強さであった。
また、曲げ直し加工を最終パス前に1回施した(A3)~(A6)および(A9)は固溶炭素量が200ppm以下に制御できており、電気抵抗率が0.181~0.183μΩmの範囲になっており、安定して低い電気抵抗率であった。
【0083】
また、表5に示す結果から、実施例である試験水準(B1)~(Y1)の試料ではいずれも本開示の要件を満足していることから、引張強さに優れ、電気抵抗率が低減された問題のない鋼線であった。
これに対して、試験番号(Z1)の試料は、Cの含有量が低いためにラメラ間隔が大きく、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
試験番号(AA1)の試料は、Cの含有量が高く、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
試験番号(AB1)の試料は、Siの含有量が高く、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
試験番号(AC1)の試料は、Mnの含有量が高く、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
試験番号(AD1)の試料はCrの含有量が高く、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
試験番号(AE1)の試料は、Moの含有量が高いため、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
試験番号(AF1)の試料は、CrとMoの含有量の合計が0.14%未満であったため、引張強さと電気抵抗率の両立ができなかった。
(B1)~(Y1)の試料の中でも、直径をDとしたときの鋼線の表面からD/2を中心軸としてD/10以内の範囲をSEMで観察した際のパーライトの面積率が90%以上であることを満たす(B1)、(E1)~(K1)、(M1)~(O1)、(Q1)~(S1)、(U1)~(W1)および(Y1)では引張強さが1700MPa以上と高い引張強さを有しており、さらに合金成分が好ましい範囲に制御されている(B1)、(G1)、(H1)、(N1)、(Q1)~(S1)、(U1)~(W1)および(Y1)では1700MPa以上かつ0.172μΩm以下と高い引張強さと低い電気抵抗率を両立できていた。