IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-方向性電磁鋼板及びその製造方法 図1
  • 特許-方向性電磁鋼板及びその製造方法 図2
  • 特許-方向性電磁鋼板及びその製造方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230221BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20230221BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230221BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C21D8/12 D
H01F1/147 175
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020569646
(86)(22)【出願日】2020-01-28
(86)【国際出願番号】 JP2020002983
(87)【国際公開番号】W WO2020158732
(87)【国際公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-07-05
(31)【優先権主張番号】P 2019012090
(32)【優先日】2019-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】新井 聡
(72)【発明者】
【氏名】岩城 将嵩
(72)【発明者】
【氏名】溝上 雅人
(72)【発明者】
【氏名】濱村 秀行
(72)【発明者】
【氏名】荒牧 毅郎
(72)【発明者】
【氏名】多田 裕俊
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-092191(JP,A)
【文献】特開平10-204533(JP,A)
【文献】国際公開第2012/172624(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/099272(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/116893(WO,A1)
【文献】特開平08-269562(JP,A)
【文献】特開2017-145432(JP,A)
【文献】特開平10-298654(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/12
C21D 9/46
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、
任意に、前記鋼板上に形成された絶縁被膜と、
を有し、
800℃で2時間保定する熱処理を行った場合に、
1.7Tまで励磁した時の時間-磁歪波形(t-λ波形)について、50Hzの周波数での前記熱処理前の前記時間-磁歪波形から前記熱処理後の前記時間-磁歪波形を差し引いた差分波形のピーク値が、0.01×10-6以上、0.15×10-6以下であり、
50Hzの周波数で1.7Tの磁束密度振幅の正弦波で励磁した場合の、前記熱処理後の鉄損から前記熱処理前の鉄損を差し引いた差分が、0.03W/kg以上、0.17W/kg以下である、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
少なくとも前記鋼板の表面に前記鋼板の圧延方向と交差する方向に導入された線状あるいは断続した線状の歪が存在する、請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板を製造する方法であって、
方向性電磁鋼板の表面にレーザビームまたは電子ビームを線状に照射することを特徴とする、方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心に好適に用いられる方向性電磁鋼板及びその製造方法に関する。更に詳しく述べると、鉄心の低鉄損化のみならず低騒音化にも寄与する、低鉄損、低騒音の方向性電磁鋼板及びその製造方法に関する。
本願は、2019年01月28日に、日本に出願された特願2019-012090号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、トランスなどの電磁応用機器にも騒音や振動の低減がますます要請されるようになり、トランスの鉄心に使われる方向性電磁鋼板には、低鉄損と共に、低騒音や低振動に適した材料であることが求められる様になってきた。トランスの騒音や振動に対する素材における原因の一つとして、方向性電磁鋼板の磁歪があるといわれている。ここでいう磁歪とは、方向性電磁鋼板を交流で励磁したときに、その磁化の強さの変化に伴って方向性電磁鋼板の外形がわずかに変化することによる、方向性電磁鋼板の圧延方向に見られる振動のことである、この磁歪の大きさは、10-6オーダーの非常に小さなものであるが、その磁歪が鉄心に振動を発生させ、それが変圧器のタンクなどの外部構造物に伝搬して騒音となる。
【0003】
磁歪特性は、方向性電磁鋼板の構造や状態、具体的には結晶方位の集積度や絶縁被膜が鋼板に付与する張力、鋼に内在する歪など、様々な因子によって変化する。磁歪特性が変化すると騒音レベルが変化し、場合によっては騒音の低減が可能である。
【0004】
磁歪特性を変化させる処理の一つとして、方向性電磁鋼板の表面に局部的にレーザや電子ビーム等を照射して、磁区を細分化する技術が知られている。一般的には、このレーザ等の照射は鋼板圧延方向に対してほぼ直交する方向に線状に行われ、その結果、照射方向に延伸する還流磁区が形成されて縞状磁区が細分化され、鉄損が低下する。一方で、このレーザ等の照射によって磁歪特性も変化し、騒音レベルも変化しうる。したがって、鉄損を下げ、かつ、騒音を低減できる照射条件が求められる。
【0005】
特許文献1は、トランスの低鉄損と低騒音とを両立する、低鉄損、低騒音の方向性電磁鋼板を提供することを課題としており、飽和磁束密度の磁歪0-p値、飽和磁束密度と1.7Tでの磁歪0-p値の差に着目し、レーザ照射前後でこれらの変化を一定値以下にすることを提示している。
しかしながら、特許文献1の方向性電磁鋼板では、磁歪のピーク強度の差にのみ注目して低騒音の方向性電磁鋼板を造りこんでおり、近年の高い要求に対しては、低鉄損、低騒音が十分とは言えなかった。
【0006】
特許文献2は、変圧器やリアクトルの発する騒音に対して、鉄心の素材となる鋼板の磁歪特性を変化させ、騒音レベルを変化、低減させ得る方向性電磁鋼板を提供することを課題としており、線状歪によって磁区細分化された方向性電磁鋼板を基本周波数fで励磁した時の4f周波数の磁歪成分の振幅を規定すること、およびSRA前後の振幅差分を規定することを提示している。
しかしながら、特許文献2では、4f成分の磁歪は局所への歪導入によって発生する還流磁区の形状に依存するとの知見に基づいて、4f周波数の磁歪成分の振幅が規定されているものの、他の周波数成分については考慮されず、また、鉄損の低減については十分に検討されていなかった。
【0007】
特許文献3は、人間の聴感の大きい高調波を低減することで、効果的に騒音を低減した低騒音トランス用の一方向性電磁鋼板を提供することを課題としており、レーザ照射、被膜張力等により、磁歪λ0-B(磁束密度がBTの時と0Tの時の鋼板の形状の差)を、0≦λ0-B ≦0.5×10-6の範囲とし、磁歪波形変化をなだらかにすることを提示している。
しかしながら、特許文献3の方向性電磁鋼板では、トランスの騒音が低くなることは示されているものの、鉄損については十分に検討されていない。また最大磁束密度Bと0Tでの形状差にのみ着目しており、時間-磁歪波形そのものについての検討はされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特許第4216488号公報
【文献】日本国特開2017-128765号公報
【文献】日本国特許第3500103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の通り、これまでも鉄損を下げ、かつ、騒音を低減できる方向性電磁鋼板について、種々の検討がなされてきたが、近年はさらなる性能の向上が求められている。本発明は、高効率の積鉄心変圧器用途に使用されるレーザ照射材、電子ビーム照射材等の「磁区制御材」を前提として、変圧器でのコア損失と騒音とを同時に低減できる方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明により以下の態様の手段が提供される。
[1]本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、鋼板と、任意に、前記鋼板上に形成された絶縁被膜と、を有し、800℃で2時間保定する熱処理を行った場合に、1.7Tまで励磁した時の時間-磁歪波形(t-λ波形)について、50Hzの周波数での前記熱処理前の前記時間-磁歪波形から前記熱処理後の前記時間-磁歪波形を差し引いた差分波形のピーク値が、0.01×10-6以上、0.15×10-6以下であり、50Hzの周波数で1.7Tの磁束密度振幅の正弦波で励磁した場合の、前記熱処理後の鉄損から前記熱処理前の鉄損を差し引いた差分が、0.03W/kg以上、0.17W/kg以下である。
[2]上記[1]に記載の方向性電磁鋼板では、少なくとも前記鋼板の表面に前記鋼板の圧延方向と交差する方向に導入された線状あるいは断続した線状の歪が存在してもよい。
[3]本発明の別の態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上記[1]または[2]に記載の方向性電磁鋼板を製造する方法であって、方向性電磁鋼板の表面にレーザビームまたは電子ビームを線状に照射する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の上記態様に示す方向性電磁鋼板では、熱処理前の時間-磁歪波形から熱処理後の時間-磁歪波形を差し引いた差分波形のピーク値が0.01×10-6以上、0.20×10-6以下であり、熱処理後の鉄損から熱処理前の鉄損を差し引いた差分が0.03W/kg以上、0.17W/kg以下であることにより、トランスへ適用した場合に低いトランス損失(鉄損)と低いトランス騒音とを同時に達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】歪取焼鈍熱処理(SRA)前の方向性電磁鋼板に対し、50Hzの周波数で1.7Tの磁束密度振幅の正弦波で励磁した場合の、時間-磁歪波形の例を示した図である。
図2】歪取焼鈍熱処理(SRA)後の方向性電磁鋼板に対し、50Hzの周波数で1.7Tの磁束密度振幅の正弦波で励磁した場合の、時間-磁歪波形の例を示した図である。
図3】歪取焼鈍熱処理(SRA)前後の時間-磁歪波形の差分を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一態様による方向性電磁鋼板は、磁区制御を施したものである。
この磁区制御は、縞状磁区を細分化し、鉄損を下げる効果を持つ。磁区制御が施されていることは、縞状磁区が分断されているかどうかを観察することによって、確認することができる。
【0014】
一方で、この磁区制御は磁歪特性も変化させ、この磁歪特性の変化に伴い騒音レベルも変化しうる。なぜなら、磁歪によって構造体に様々な振動モードが発生し、構造体が振動することによって騒音が発生するからである。構造体の振動モードにおいては、基本周波数の振動に加えて、その基本周波数の整数倍の周波数(倍周波)の振動が重なる。基本周波数は、例えば、励磁電流の周波数が50Hzの場合で100Hzとなり、倍周波の周波数は200Hz、300Hz、400Hz・・・となる。
本発明者らは、磁区制御によって磁歪特性を変化させ、騒音レベルを低減することを検討した。
【0015】
本発明者らは、磁区制御による磁歪特性の変化が、磁区制御後の時間-磁歪波形から磁区制御前の時間-磁歪波形を差し引いた差分波形(時間軸同じ)により評価することできること、そして驚くべきことに、磁区制御条件が一定であれば、母サンプルの磁歪波形が異なっていても差分波形がほぼ同じになることを知見した。
また、本発明者らの検討の結果、特定の周波数成分に限定せずに、差分波形自体の形状を評価することで、より高精度に再現性良く鉄損と騒音特性とを同時に制御できることが分かった。
【0016】
上記の新知見について、図1~3を用いて説明する。
本発明者らは、まず、9種類の高磁束密度方向性電磁鋼板(HGO)を用意し、これらに同一条件で磁区制御を行い、時間-磁歪波形を測定した。図1は、測定した各方向性電磁鋼板の波形を重ね合わせたものである。同一の磁区制御条件として、レーザ出力パワーP=250(W)で圧延直角方向と平行にPL(照射線の間隔)=4mm間隔で、照射短軸径dL(圧延方向の径)=0.08mm、照射長軸径dC(圧延直角方向の径)=1.0mmとして、線状にレーザ照射を施した。
その後、磁区制御した方向性電磁鋼板に、熱処理として800℃で2時間の歪取焼鈍(SRA)を行い、時間-磁歪波形を測定した。測定結果を図2に示す。
歪取焼鈍熱処理(SRA)前の時間-磁歪波形(図1)から歪取焼鈍熱処理(SRA)後の時間-磁歪波形(図2)を差し引いた差分波形を、図3に示す。SRA前、またはSRA後の時間-磁歪波形は、それぞれ異なる波形であったにも関わらず、SRA前後の差分波形は、鋼1~9のいずれもほぼ同じ波形である。その理由として、熱処理は、磁区制御の効果を解消するが、粗大な結晶粒径を持つ方向性電磁鋼板の結晶方位等を変動させないと考えられる。元の磁歪波形は結晶方位等の要因で変化するものの、差分波形がほぼ同一であることから、この差分波形は同一条件で施された磁区制御によって生じた磁歪特性の変化量に相当すると考えられる。言い換えると、熱処理前後の磁歪波形の差分に基づいて、磁区制御によって変化する磁歪特性を定量化し、評価することが可能となる。なお、図1~3において、横軸は「励磁1周期分の時間」である。
【0017】
上記のとおり、差分波形から磁区制御による磁歪特性の変化を定量化することが可能となる。ここで、この差分波形のピーク値(振幅)は、磁区制御部分の還流磁区体積に比例すると考えられ、また、差分波形は、主に基本周波数の振動成分から構成されている。したがって、素材の方向性電磁鋼板に、磁区制御による差分波形の磁歪変化を加えると、基本周波数の振動成分は相殺されるが、相対的に倍周波成分が強調され、トランス騒音につながることがある。したがって、この差分波形のピーク値(振幅)の上限を規定することによりトランス騒音が低減できる。具体的には、差分波形のピーク値を、0.20×10-6以下とする。
一方で、差分波形のピーク値(振幅)が小さすぎると、磁区制御効果が十分に現れず、トランス損失が十分に低減できない。そのため、差分波形のピーク値を、0.01×10-6以上とする。
【0018】
磁区制御された本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、熱処理前後の鉄損を測定し、その測定値の差分を求めた場合、その鉄損の差分(熱処理後の鉄損-熱処理前の鉄損)は0.03W/kg以上、0.17W/kg以下となる。
鉄損の差分が0.03W/kg未満では、磁区制御による鉄損特性の改善が不十分であり、0.17W/kg超であると、騒音特性が劣化する。
【0019】
磁区制御の前後の差分波形を定量化する観点から、熱処理は磁区制御による効果を十分に解消するものであることが必要である。そのため、熱処理温度は適切に設定されなければならない。熱処理条件としては、熱処理温度と保定時間とを適宜組み合わせることにより、磁区制御の効果を十分に解消し、且つ方向性電磁鋼板の絶縁被膜を変質させることのない、熱処理条件を設定すればよく、条件は熱処理温度を500~900℃、保定時間を30分~8時間の間で設定すればよい。
熱処理の温度が高すぎると、磁区制御による効果を解消するだけでなく、方向性電磁鋼板の絶縁被膜を変質させてしまうこともある。したがって、熱処理温度の上限を900℃とする。一方、熱処理の温度が低すぎると、磁区制御による効果を解消することができないおそれがある。そのため、熱処理温度の下限を500℃とする。
また、熱処理の保定時間を適宜選択することもできる。ただし、保定時間が長すぎると、磁区制御による効果を解消するだけでなく、方向性電磁鋼板の絶縁被膜を変質させてしまうこともある。したがって、保定時間の上限を8時間としてもよい。また、保定時間が短すぎると、磁区制御による効果を解消することができないおそれがある。そのため、保定時間の下限を30分としてもよい。
適当な熱処理温度と保定時間の組み合わせの例として、780℃や850℃で、30分または4時間等としてもよく、800℃で2時間としてもよい。歪取り焼鈍の効果を安定的に得る点で熱処理温度を800℃、保定時間を2時間とすることが好ましい。
熱処理には、バッチ焼鈍炉や連続焼鈍炉などを用いると良い。焼鈍する方向性電磁鋼板内の温度偏差が過剰とならない冷却時の降温率制限を行うことが好ましい。具体例として、例えばバッチ焼鈍の場合は500℃~800℃で30分~8時間、降温率50℃/時間程度以下、10℃/時間程度以上、例えば30℃/時間程度であることが好ましい。降温率があまり大きいと、試料内に温度偏差が生じて、残留歪が発生してしまい、鉄損値等が劣化するおそれがある。一方、降温率が小さすぎると、熱処理時間が過度に必要になり、また残留歪回避効果も飽和する。そのため、適切な降温率とすることが好ましい。
【0020】
磁区制御する手段は、所望の性状が得られるもの、言い換えると本実施形態で規定する差分波形のピーク値および鉄損差が得られるものであれば特に限定されるものではなく、レーザ照射、電子ビーム照射、機械的な歪導入、等を適宜用いることができる。磁区制御のための各手段の条件は、素材の特性により適正値が若干変動するが、あらかじめ一部の材料で条件を把握し、差分波形が本実施形態で示す良好な範囲になるように操業条件等を調整すれば良い。このような調整は、磁歪を制御するための操業条件の調整を日常的に実行している当業者であればさほど困難なものではない。
【0021】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、少なくとも鋼板の表面(絶縁被膜を有する場合には被膜を除く鋼板部分の表面)に鋼板の圧延方向と交差する方向に導入された、線状(連続した線状あるいは断続した線状)の歪が存在し、これらの線状の歪によって、磁区制御が実現されてもよい。本実施形態で規定する差分波形のピーク値および鉄損差を得ることができるように、鋼板表面にレーザまたは電子ビームを従来に比して低い照射パワー密度で長時間照射してもよい。例えばレーザ出力パワーP(W)に対して、長楕円照射の照射短軸径dL(圧延方向の径)、照射長軸径dC(圧延直角方向の径)を十分に大きくとり、Ip=(4×P)/(π×dL×dC)で表現される照射パワー密度を小さくすることにより、「差分波形のピーク値および鉄損差」を規定範囲内に制御してもよい。レーザ等は鋼板表面に線状に照射してもよい。
【0022】
レーザまたは電子ビームの照射条件を個別に調整してもよい。
レーザまたは電子ビームの照射エネルギー(Ua)は、0.1~10mJ/mmとしてもよい。この範囲とすることで、充分な鉄損改善効果の点で好ましい。
レーザ径または電子ビーム径は真円形であれば0.001~0.4mmとしてもよい。楕円形であれば短軸径dLは上記と同等であるが、長軸径dCは0.001~50mmとしても良い。
レーザまたは電子ビームのパルス数、パルス幅、スキャン速度、アンジュレーション条件等を適宜調整してもよい。
レーザまたは電子ビーム照射では、フォーカスレンズまたはフォーカスコイルを上下振動させ、その振動とレーザまたは電子ビームのスキャン速度とを同期させることにより制御してもよい。
【0023】
レーザ照射は、COレーザやYAGレーザ、ファイバーレーザ等を用いて照射できる。鉄損低減の観点からは、磁区制御領域は、鋼板の圧延方向に概略直角に帯状または線状に伸びており、圧延方向には、その領域が周期的に導入されているのが望ましい。
【0024】
また、磁歪特性は、絶縁被膜が鋼板に付与する張力によっても変化する。そのため、方向性電磁鋼板に絶縁被膜を形成して、磁歪特性を調整してもよい。すなわち、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、鋼板の表面上に絶縁被膜が形成された方向性電磁鋼板であってもよい。絶縁被膜の厚さを調整することによって、張力を調整することも可能である。例えば、絶縁被膜を形成する場合、被膜張力を1~20MPaとしてもよい。
【0025】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の板厚は限定されないが、トランスへの適用を考慮した場合、0.10~0.35mmであることが好ましく、0.15~0.27mmであることがより好ましい。
【0026】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法としては、上述した条件で、方向性電磁鋼板の表面にレーザビームまたは電子ビームを線状に照射することが例示される。
【実施例
【0027】
本発明について、以下の実施例を用いて説明する。ただし、本発明は、この実施例に限定して解釈されるべきものではない。
【0028】
通常の方法で製造された板厚0.23mmの高磁束密度方向性電磁鋼板に、レーザ出力パワーP=250(W)で圧延直角方向と平行にPL=4mmの間隔で、照射短軸径dL(圧延方向の径)と照射長軸径dC(圧延直角方向の径)を種々変化させて、線状にレーザ照射を施すことにより、磁区制御を行った。照射エネルギーは、2.1mJ/mm、照射ビームのスキャン速度は30m/sであった。レーザにはファイバーレーザを用いた。レーザ照射後で歪取焼鈍熱処理(SRA)前の方向性電磁鋼板、レーザ照射後で歪取焼鈍熱処理(SRA)後の方向性電磁鋼板の、周波数50Hzで1.7Tまで正弦波励磁した時のそれぞれの時間-磁歪波形を、レーザードップラー方式の磁歪測定装置を用いて、測定した。レーザ-ドップラー測定装置の応答速度は十分に速いので、磁歪を測定する際の励磁周波数は50Hzに限定されるものではなく、100Hzや200Hzのより高い周波数でも測定可能であるが、商用の励磁周波数が50Hzないし60Hzであるため、50Hzの測定とした。
試料作製条件と磁歪測定結果(熱処理前後の差分波形のピーク値)を表1に示す。同表にはSRA前後での鉄損の差分も示す。
【0029】
【表1】
【0030】
表1から分かるように、Ip=(4×P)/(π×dL×dC)が0.66以下である照射条件の材料で製造した磁歪差分波形のピーク値が小さくなった。
一方で、Ipが大きい試料A~Cでは、磁歪差分波形のピーク値が大きくなった。
ただし、試料Gでは、dL×dCが大きくなり、Ipが小さくなったことに伴い、磁区制御効果が不十分となり、磁区幅が広くなったことで、鉄損の差分が過剰に小さくなった。
【0031】
これらの鋼板A~G(レーザ照射後でSRA前のもの)を用いて、400kVAの容量の3相3脚の積鉄心変圧器を製造した。鋼板の幅は最大で180mm、積み枚数は650枚とした。また設計磁束密度はBd=1.7Tであった。騒音の測定結果を表2に示す。同表にはトランス損失も示す。
【0032】
【表2】
【0033】
表2から分かるように、差分波形のピーク値が、0.01×10-6以上、0.20×10-6以下であり、鉄損を差し引いた差分が、0.03W/kg以上、0.17W/kg以下である方向性電磁鋼板D、E、Fを用いた例では、トランス騒音、トランス損失が小さくなった。
一方、A~C、Gの方向性電磁鋼板を用いた例では、トランス騒音、トランス損失のいずれかが劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の方向性電磁鋼板では、低いトランス損失(鉄損)と低いトランス騒音とを同時に達成できる。そのため、産業上の利用可能性が高い。
図1
図2
図3