IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-ホットスタンプ成形体 図1
  • 特許-ホットスタンプ成形体 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230221BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230221BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20230221BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20230221BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20230221BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20230221BHJP
   C21D 1/34 20060101ALN20230221BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301W
C22C38/60
C22C18/00
C21D9/46 J
C21D9/46 U
C21D9/00 A
C21D1/18 C
C21D1/34 H
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021522193
(86)(22)【出願日】2020-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2020019129
(87)【国際公開番号】W WO2020241260
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2019101985
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】前田 大介
(72)【発明者】
【氏名】戸田 由梨
(72)【発明者】
【氏名】田中 智仁
(72)【発明者】
【氏名】匹田 和夫
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-197505(JP,A)
【文献】特開2012-233249(JP,A)
【文献】国際公開第2013/132816(WO,A1)
【文献】特開2016-125101(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 18/00
C21D 1/18
C21D 9/00
C21D 9/46
C23C 2/00- 2/40
C25D 5/00- 7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.15%以上、0.70%未満、
Si:0.005%以上、0.250%以下、
Mn:0.30%以上、3.00%以下、
sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.150%以下、
Ti:0%以上、0.150%以下、
Mo:0%以上、1.000%以下、
Cr:0%以上、1.000%以下、
B :0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.010%以下および
REM:0%以上、0.30%以下
を含有し、
残部がFe及び不純物からなる鋼板と、
前記鋼板の表面に、付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層とを有し、
前記鋼板の前記表面~前記表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径が10.0μm以下であり、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度が1.5質量%/μm以上であり、
Vノッチを付与した試験片に負荷荷重を切欠き底の断面積で除して算出した公称応力で900MPaを付与した後、室温にて、チオシアン酸アンモニウム3g/lを3%食塩水に溶かした水溶液に12時間浸漬しても破断が無いことを特徴とするホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.010%以上、0.150%以下、
Ti:0.010%以上、0.150%以下、
Mo:0.005%以上、1.000%以下、
Cr:0.005%以上、1.000%以下、
B :0.0005%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0005%以上、0.010%以下および
REM:0.0005%以上、0.30%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。具体的には、本発明は、耐水素脆化特性が必要とされる自動車または構造物の構造部材および補強部材に適用される、強度および耐水素脆化特性に優れたホットスタンプ成形体に関する。
本願は、2019年5月31日に、日本に出願された特願2019-101985号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び省資源化の観点から自動車車体の軽量化が求められており、自動車用部材への高強度鋼板の適用が加速している。自動車用部材はプレス成形によって製造されるが、鋼板の高強度化に伴い成形荷重が増加するだけでなく、成形性が低下する。そのため、高強度鋼板においては、複雑な形状の部材への成形性が課題となる。このような課題を解決するため、鋼板が軟質化するオーステナイト域の高温まで加熱した後にプレス成形を実施するホットスタンプ技術の適用が進められている。ホットスタンプは、プレス加工と同時に、金型内において焼入れ処理を実施することで、自動車用部材への成形と強度確保とを両立する技術として注目されている。
【0003】
しかしながら、一般に、鋼材の転位密度が高くなると、水素脆化感受性が高くなり、わずかな水素量で水素脆化割れが生じるようになるため、従来のホットスタンプ成形体では、耐水素脆化特性の向上が大きな課題とされる場合がある。
【0004】
特許文献1には、熱間圧延工程における仕上げ圧延から巻取りまで冷却速度を制御することにより、ベイナイト中の結晶方位差を5~14°に制御して、伸びフランジ性等の変形能を向上させる技術が開示されている。
【0005】
特許文献2には、熱間圧延工程の仕上げ圧延から巻取りまでの製造条件を制御することにより、フェライト結晶粒のうち特定の結晶方位群の強度を制御して、局部変形能を向上させる技術が開示されている。
【0006】
特許文献3には、ホットスタンプ用鋼板を熱処理して表層にフェライトを形成させることにより、熱間プレス前の加熱時にZnOと鋼板との界面やZnOとZn系めっき層との界面に生成する空隙を低減させて、穴あき耐食性等を向上させる技術が開示されている。
【0007】
特許文献4には、表層部が軟質層、内部が硬質層、該軟質層と該硬質層との間が遷移層である鋼組織と、を有し、上記軟質層は、上記軟質層全体に対する体積率で90%以上のフェライトを有する、ホットプレス部材が開示されている。
【0008】
しかし、より高い車体軽量化効果を得るためには、さらに優れた強度および耐水素脆化特性が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2016/132545号
【文献】日本国特開2012-172203号公報
【文献】日本国特許第5861766号公報
【文献】日本国特許第5861766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術の課題に鑑み、優れた強度および耐水素脆化特性を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決する方法について鋭意検討した結果、以下の知見を得た。
【0012】
本発明者らは、ホットスタンプ成形体を構成する鋼板の表面~表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を10.0μm以下とし、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度を1.5質量%/μm以上とすることで、粒界の応力緩和能を上昇させることができ、従来よりも優れた耐水素脆化特性を有するホットスタンプ成形体が得られることを見出した。
【0013】
本発明は上記の知見に基づき、さらに検討を進めてなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0014】
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ成形体は、化学組成が、質量%で、
C :0.15%以上、0.70%未満、
Si:0.005%以上、0.250%以下、
Mn:0.30%以上、3.00%以下、
sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.150%以下、
Ti:0%以上、0.150%以下、
Mo:0%以上、1.000%以下、
Cr:0%以上、1.000%以下、
B :0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.010%以下および
REM:0%以上、0.30%以下
を含有し、
残部がFe及び不純物からなる鋼板と、
前記鋼板の表面に、付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層とを有し、
前記鋼板の前記表面~前記表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径が10.0μm以下であり、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度が1.5質量%/μm以上であり、
Vノッチを付与した試験片に負荷荷重を切欠き底の断面積で除して算出した公称応力で900MPaを付与した後、室温にて、チオシアン酸アンモニウム3g/lを3%食塩水に溶かした水溶液に12時間浸漬しても破断が無い
(2)上記(1)に記載のホットスタンプ成形体は、前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.010%以上、0.150%以下、
Ti:0.010%以上、0.150%以下、
Mo:0.005%以上、1.000%以下、
Cr:0.005%以上、1.000%以下、
B :0.0005%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0005%以上、0.010%以下および
REM:0.0005%以上、0.30%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高強度でありながら、従来よりも優れた耐水素脆化特性を有するホットスタンプ成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】平均結晶方位差が5°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度の測定に用いる試験片を示す図である。
図2】実施例の耐水素脆化特性の評価に使用した試験片を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の特徴は、以下の通りである。
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、ホットスタンプ成形体を構成する鋼板の表面~前記表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を10.0μm以下とし、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度を1.5質量%/μm以上として粒界の応力緩和能を上昇させることを特徴とする。本発明者らは鋭意検討の結果、以下の方法により上記組織が得られることを知見した。
【0018】
第一段階として、熱間圧延工程において、1050℃以上の温度域において40%以上の累積圧下率で粗圧延を行うことにより、オーステナイトの再結晶を促進させる。次に、A点以上の温度域において5%以上、20%未満の最終圧下率で仕上げ圧延を行うことにより、再結晶完了後のオーステナイトに微量の転位を導入する。仕上げ圧延終了後は0.5秒以内に冷却を開始し、且つ650℃以下の温度域までの平均冷却速度を30℃/s以上とする。これにより、オーステナイトに導入された転位を維持したまま、オーステナイトからベイニティックフェライトへの変態を開始させることができる。
【0019】
次に、550℃以上、650℃未満の温度域でオーステナイトからベイニティックフェライトへと変態させる。当該温度域では、ベイニティックフェライトへの変態が遅延しやすく、通常、0.15質量%以上のCを含むような鋼板では、ベイニティックフェライトへの変態速度が遅くなるため、所望量のベイニティックフェライトを得ることは難しい。本実施形態では、圧延工程では鋼板の表層に転位(ひずみ)を導入し、且つ転位が導入されたオーステナイトから変態させる。これにより、ベイニティックフェライトへの変態が促進され、鋼板の表層領域において、所望量のベイニティックフェライトを得ることができる。
【0020】
550℃以上、650℃未満の温度域では、1℃/s以上、10℃/s未満の平均冷却速度で緩冷却することにより、オーステナイトからベイニティックフェライトへの変態を促進し、ベイニティックフェライトの粒界の平均結晶方位差を0.4°以上、3.0°以下に制御することができる。初期のベイニティックフェライトは、平均結晶方位差が5°以上の粒界を持つが、Feが拡散可能な温度域(550℃以上、650℃未満の温度域)で緩冷却を行うことにより、ベイニティックフェライトの粒界近傍において転位の回復が起こり、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下となる亜粒界が生成する。この際、鋼中のCは、亜粒界よりも周囲の大傾角粒界へと拡散するため、亜粒界におけるCの偏析量は減少する。
【0021】
次に、550℃以下の温度域を40℃/s以上の平均冷却速度で冷却することにより、ベイニティックフェライトに含有しているCが亜粒界へと拡散することを抑制する。
【0022】
第二段階として、10~25質量%のNiを含むZn系めっき層を、付着量が10~90g/mとなるように形成させて、ホットスタンプ用鋼板とする。
【0023】
第三段階として、ホットスタンプ加熱時の昇温速度を制御することにより、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下の亜粒界がNiの拡散を促進させて、鋼板表層の結晶粒内にNiを含有させることができる。
【0024】
ホットスタンプ成形工程における平均加熱速度を100℃/s以上、200℃未満に制御した場合、めっき層に含有するNiが鋼板表層の亜粒界を経路として鋼板内部に拡散し、そのままNiが粒界へと偏析する。これは、加熱速度が速いために、結晶粒界から結晶粒内への拡散が困難であることに起因する。加熱温度がA点以上に到達すると、オーステナイトへの逆変態が完了するが、加熱速度が速いために、旧亜粒界にNiが偏析したまま、オーステナイトから下部ベイナイト、マルテンサイト、または焼き戻しマルテンサイトへの変態が起こる。Niはオーステナイト安定化元素であるため、Niが濃化した領域からの相変態は起こりにくく、Niの偏析サイトは、下部ベイナイト、マルテンサイト、または焼き戻しマルテンサイトのパケット境界やブロック境界として残存する。その結果、鋼板の表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を10.0μm以下とし、且つ平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度を1.5質量%/μm以上に制御することができる。Niはパイエルスポテンシャルを低下させ、転位の易動度を上昇させる効果を持つため、粒界の応力緩和能が高く、鋼中へ侵入した水素が粒界に蓄積されても粒界からの脆性破壊を抑制することができる。その結果、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が向上する。
【0025】
以下、本実施形態に係るホットスタンプ成形体およびその製造方法について詳細に説明する。まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板の化学組成の限定理由について説明する。
なお、以下に記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての%は全て質量%を示す。
【0026】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.15%以上、0.70%未満、Si:0.005%以上、0.250%以下、Mn:0.30%以上、3.00%以下、sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下、P:0.100%以下、S:0.1000%以下、N:0.0100%以下、並びに、残部:Fe及び不純物を含む。
【0027】
「C:0.15%以上、0.70%未満」
Cは、ホットスタンプ成形体において1500MPa以上の引張強さを得るために重要な元素である。C含有量が0.15%未満では、マルテンサイトが軟らかく、1500MPa以上の引張強さを確保することが困難である。そのため、C含有量は0.15%以上とする。C含有量は、好ましくは0.18%以上、0.19%以上、0.20%超、0.23%以上、または0.25%以上である。一方、C含有量が0.70%以上では、粗大な炭化物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下する。そのため、C含有量は0.70%未満とする。C含有量は、好ましくは0.50%以下、0.45%以下、または0.40%以下である。
【0028】
「Si:0.005%以上、0.250%以下」
Siは、オーステナイトからベイニティックフェライトへの相変態を促進させる元素である。Si含有量が0.005%未満では上記効果が得られず、ホットスタンプ用鋼板の表層領域において所望の金属組織が得られなくなる。その結果、ホットスタンプ成形体において所望のミクロ組織が得られなくなる。そのため、Si含有量は0.005%以上とする。好ましくは、0.010%以上、0.050%以上、または0.100%以上である。一方、0.250%超のSiを含有させても上記効果が飽和するため、Si含有量は0.250%以下とする。好ましくは0.230%以下、または0.200%以下である。
【0029】
「Mn:0.30%以上、3.00%以下」
Mnは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素である。Mn含有量が0.30%未満では、固溶強化能が乏しくマルテンサイトが軟らかくなり、ホットスタンプ成形体において1500MPa以上の引張強さを得ることが困難である。そのため、Mn含有量は0.30%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.70%以上、0.75%以上、または0.80%以上である。一方、Mn含有量を3.00%超とすると、鋼中に粗大な介在物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下する。そのため、Mn含有量は3.00%以下とする。好ましくは、2.50%以下、2.00%以下、または1.50%以下である。
【0030】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下する。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.050%以下、または0.020%以下である。P含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、P含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0031】
「S:0.1000%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する元素である。S含有量が0.1000%を超えると、鋼中に多量の介在物が生成し、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下する。そのため、S含有量は0.1000%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0050%以下、0.0030%以下、または0.0020%以下である。S含有量の下限は特に限定しないが、0.00015%未満に低減すると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、S含有量は0.00015%以上としてもよい。
【0032】
「sol.Al:0.0002%以上、0.500%以下」
Alは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。sol.Al含有量が0.0002%未満では、脱酸が十分に行われないため、sol.Al含有量は0.0002%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.0010%以上である。一方、sol.Al含有量が0.500%を超えると、鋼中に粗大な酸化物が生成し、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下する。そのため、sol.Al含有量は0.500%以下とする。好ましくは、0.400%以下、0.200%以下または0.100%以下である。
【0033】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性を劣化させる元素である。N含有量が0.0100%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成して、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0075%以下、または0.0060%以下である。N含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、N含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0034】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
また、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板は、実質的にNiを含有せず、その含有量は0.005%未満である。Niは高価な元素であるため、本実施形態では、Niを意図的に含有させてNi含有量を0.005%以上とした場合に比べて、コストを低く抑えることができる。
【0035】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板は、Feの一部に代えて、任意元素として、以下の元素を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0036】
「Nb:0%以上、0.150%以下」
Nbは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Nbを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Nb含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.035%以上である。一方、0.150%を超えてNbを含有させても上記効果は飽和するので、Nb含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.120%以下である。
【0037】
「Ti:0%以上、0.150%以下」
Tiは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Tiを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Ti含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Ti含有量は、好ましくは0.020%以上である。一方、0.150%を超えて含有させても上記効果は飽和するので、Ti含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.120%以下である。
【0038】
「Mo:0%以上、1.000%以下」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Moを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Mo含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.010%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Mo含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0039】
「Cr:0%以上、1.000%以下」
Crは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Crを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cr含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.100%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cr含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0040】
「B:0%以上、0.0100%」
Bは、粒界に偏析して粒界の強度を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Bを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、B含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。B含有量は、好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0100%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、B含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0075%以下である。
【0041】
「Ca:0%以上、0.010%以下」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、Ca含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Ca含有量は0.010%以下することが好ましい。
【0042】
「REM:0%以上、0.30%以下」
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、REM含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、0.30%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、REM含有量は0.30%以下とすることが好ましい。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指す。本実施形態では、REMの含有量とはこれらの元素の合計含有量を指す。
【0043】
上述したホットスタンプ用鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。sol.Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-AESによって測定すればよい。ホットスタンプ用鋼板が表面にめっき層を備える場合は、機械研削により表面のめっき層を除去してから、化学組成の分析を行えばよい。
【0044】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板のミクロ組織およびこれに適用されるホットスタンプ用鋼板を構成する鋼板のミクロ組織について説明する。
【0045】
<ホットスタンプ用鋼板>
「鋼板の表面~前記表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒の内部に、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒を面積%で80%以上」
鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上3.0°以下である結晶粒を面積%で80%以上とすることにより、ホットスタンプ加熱時において、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下の亜粒界がNiの拡散を促進させて、鋼板表層の結晶粒内にNiを含有させることができる。上述したように、鋼板表層にフェライトを生成させる従来の方法では、亜粒界が形成されないため、Niの拡散を促進させることが難しい。しかし、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板では、表層領域に上記結晶粒を面積%で80%以上含むため、亜粒界をNiの拡散パスとして利用することで、鋼板表層にNiを拡散することができる。
【0046】
ホットスタンプ成形工程における平均加熱速度を100℃/s以上、200℃未満に制御した場合、めっき層中のNiが鋼板表層の亜粒界を経路として鋼板内部に拡散し、そのままNiが粒界に偏析する。Niの偏析サイトは、下部ベイナイト、マルテンサイト、または焼き戻しマルテンサイトの粒界として残存する。これにより、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性を高めることができる。
【0047】
上記効果を得るためには、鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒は面積%で80%以上とする必要がある。そのため、鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒は面積%で80%以上とする。好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上である。
【0048】
鋼板中央部のミクロ組織は特に限定されないが、通常は、フェライト、上部ベイナイト、下部ベイナイト、マルテンサイト、焼き戻しマルテンサイト、残留オーステナイト、鉄炭化物および合金炭化物の1種以上である。
組織観察は、電解放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)および電子後方散乱回折法(EBSD)等を用いて、通常の方法により行えばよい。
【0049】
次に、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の面積分率の測定方法について説明する。
まず、表面に垂直な断面(板厚断面)が観察できるようにサンプルを切り出す。サンプルは、測定装置にもよるが、圧延方向に10mm程度観察できる大きさとする。サンプルの断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。
【0050】
サンプル断面の長手方向の任意の位置において、長さ50μm、鋼板の表面(めっき層と鋼板との界面)~鋼板の表面から深さ50μm位置の領域を、0.2μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kv、照射電流レベルは13、電子線の照射時間は0.5秒/点とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Misorientation」機能を用いて解析する。この機能では、体心立方構造を持つ結晶粒について、隣接する測定点間の結晶方位差を算出した後、結晶粒内の全ての測定点について平均値(平均結晶方位差)を求めることが可能である。平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の面積分率は、得られた結晶方位情報に対して、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた領域を結晶粒と定義し、「Grain Average Misorientation」機能により、結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下の領域を面積分率として算出する。これにより、表層領域における、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の面積分率を得る。
【0051】
「付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板は、鋼板の表面に、付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層を有する。これにより、ホットスタンプ時に平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下の亜粒界がNiの拡散を促進させて、ホットスタンプ成形体を構成する鋼板の表層領域に結晶粒内にNiを含有させることができる。
【0052】
付着量が10g/m未満、またはめっき層中のNi含有量が10質量%未満であると、鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi含有量を1.5質量%/μm以上とすることができず、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性を向上することができない。一方、付着量が90g/mを超える場合、またはめっき層中のNi含有量が25質量%を超える場合、めっき層と鋼板との界面においてNiが過剰に濃化し、めっき層と鋼板との密着性が低下し、めっき層中のNiを鋼板表層へと供給することが難しくなり、ホットスタンプ後のホットスタンプ成形体において所望のミクロ組織を得ることができない。めっき層の付着量は、30g/m以上、または40g/m以上が好ましい。また、めっき層の付着量は、70g/m以下、または60g/m以下が好ましい。めっき層中のNi含有量は、12質量%以上、または14質量%以上が好ましい。また、めっき層中のNi含有量は、20質量%以下、または18質量%以下が好ましい。
【0053】
めっき付着量とめっき層中のNi含有量は、以下の方法により測定する。
めっき付着量は、JIS H 0401:2013に記載の試験方法に従って、ホットスタンプ用鋼板の任意の位置から試験片を採取して測定する。めっき層中のNi含有量は、ホットスタンプ用鋼板の任意の位置から、JIS K 0150:2009に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、めっき層の全厚の1/2位置のNi含有量を測定する。得られたNi含有量をホットスタンプ用鋼板におけるめっき層のNi含有量とする。
【0054】
ホットスタンプ用鋼板の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.5~3.5mmとすることが好ましい。
【0055】
次に、上述のホットスタンプ用鋼板を用いて製造した、本実施形態に係るホットスタンプ成形体について説明する。
【0056】
「鋼板の表面~前記表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径が10.0μm以下」
ホットスタンプ成形体を構成する鋼板の表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径が10.0μm以下であれば、ホットスタンプ成形体において良好な耐水素脆化特性を得ることができる。鋼中に水素が侵入し、材料に応力が付与されると、粒界は破壊が助長されるが、この際、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径が細粒であれば、亀裂の伝播を抑制することができる。そのため、鋼板の表層領域における旧オーステナイト粒の平均結晶粒径は10.0μm以下とする。表層領域における旧オーステナイト粒の平均結晶粒径は、好ましくは8.0μm以下、7.0μm以下、6.5μm以下、または6.0μm以下である。亀裂の伝播を抑制させる観点では、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径は小さい程好ましく、下限は特に定めないが、現在の実操業で0.5μm以下にすることは困難でるため、0.5μmが実質の下限値となる。そのため、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径は0.5μm以上としてもよく、1.0μm以上、3.0μm以上、または4.0μm以上としてもよい。
【0057】
「旧オーステナイト粒の平均結晶粒径の測定方法」
旧オーステナイト粒の平均結晶粒径は、次のように測定する。
まず、ホットスタンプ成形体を540℃で24hr熱処理する。これにより、旧オーステナイト粒界の腐食が促進される。熱処理は、炉加熱や通電加熱によって行えばよく、昇温速度は0.1~100℃/s、冷却速度は0.1~150℃/sとする。熱処理後のホットスタンプ成形体の中央部(端部を避けた部分)から板面に垂直な断面を切り出し、#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して断面を研磨して観察面とする。その後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して、観察面を鏡面に仕上げる。
【0058】
次に、3~4%硫酸-アルコール(又は水)溶液に観察面を1分間浸漬し、旧オーステナイト粒界を現出させる。この際、腐食作業は排気処理装置内で実施し、作業雰囲気の温度は常温とする。腐食後の試料をアセトンまたはエチルアルコールで洗浄した後に乾燥させ、走査型電子顕微鏡観察に供する。使用する走査型電子顕微鏡は、2電子検出器を装備しているものとする。
9.6×10-5Pa以下の真空において、加速電圧15kV、照射電流レベル13にて試料に電子線を照射し、鋼板の表面(めっき層と鋼板との界面)~鋼板の表面から深さ50μm位置の範囲の二次電子像を撮影する。撮影倍率は横386mm×縦290mmの画面を基準として4000倍とし、撮影視野数は10視野以上とする。撮影した二次電子像においては、旧オーステナイト粒界が明るいコントラストとして撮像される。観察視野に含まれる旧オーステナイト粒の1つについて、最も短い直径と最も長い直径との平均値を算出し、その平均値を当該旧オーステナイト粒の結晶粒径とする。撮影視野の端部等、結晶粒の全体が撮影視野に含まれていない旧オーステナイト粒を除き、全ての旧オーステナイト粒について上記操作を行い、当該撮影視野における全ての旧オーステナイト粒の結晶粒径を求める。撮影視野における旧オーステナイト粒の平均結晶粒径は、得られた旧オーステナイト粒の結晶粒径の総和を、結晶粒径を測定した旧オーステナイト粒の総数で除した値を算出することで得る。この操作を撮影した全ての視野毎に実施して、全撮影視野の旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を算出することで、表層領域における旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を得る。
【0059】
「鋼板の表面~前記表面から深さ50μm位置の領域である表層領域において、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度が1.5質量%/μm以上」
鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度が1.5質量%/μm以上であれば、ホットスタンプ成形体において良好な耐水素脆化特性を得ることができる。Ni濃度は、好ましくは1.8質量%/μm以上、より好ましくは2.0質量%/μm以上である。Ni濃度が高い程上記効果が十分に得られるが、現在の実操業で10.0質量%/μm以上とすることは困難であるため、10.0質量%/μmが実質の上限である。そのため、Ni濃度は10.0質量%/μm以下としてもよく、5.0質量%/μm以下、または3.0質量%/μm以下としてもよい。
【0060】
「Ni濃度の測定方法」
次に、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度の測定方法について説明する。
旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を測定する際に行った熱処理後のホットスタンプ成形体の中央部(端部を避けた部分)から、図1に示す寸法の試験片を作製する。試験片中央部の切れ込みは、厚さ1mmのワイヤーカッターにより挿入し、切れ込み底の結合部は100~200μmに制御する。次に、試験片を20%-チオシアン酸アンモニウム溶液に24~48hr浸漬させる。浸漬完了後0.5hr以内に試験片の表裏面に亜鉛めっきを施す。亜鉛めっき後は、1.5hr以内にオージェ電子発光分光分析に供する。オージェ電子発光分光分析を実施するための装置の種類は特に限定されない。試験片を分析装置内にセッティングし、9.6×10-5Pa以下の真空において、試験片の切れ込み部分から破壊して、平均結晶方位差が15°以上の粒界を露出させる。露出した平均結晶方位差が15°以上の粒界に、1~30kVの加速電圧で電子線を照射し、当該粒界におけるNiの質量%(濃度)を測定する。測定は、10ヶ所以上の平均結晶方位差が15°以上の粒界において実施する。粒界の汚染を防ぐため、破壊後30分以内に測定を完了する。得られたNiの質量%(濃度)の平均値を算出し、単位面積当たりのNi濃度を算出することで、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度を得る。
【0061】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体では、表層領域の金属組織が、85%以上のマルテンサイトであってもよい。残部組織は、残留オーステナイト、フェライト、パーライト、グラニュラーベイナイトおよび上部ベイナイトの1種以上である。
【0062】
マルテンサイトおよび残部組織の面積分率は、以下の方法により測定する。
ホットスタンプ成形体の端面から50mm以上離れた任意の位置から表面に垂直な断面(板厚断面)が観察できるようにサンプルを切り出す。サンプルの大きさは、測定装置にもよるが、圧延方向に10mm程度観察できる大きさとする。
なお、ホットスタンプ成形体の形状により、ホットスタンプ成形体の端面から50mm以上離れた位置からサンプルを採取することができない場合は、可能な範囲で端面から離れた位置からサンプルを採取する。
【0063】
上記サンプルの断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げ、ナイタールエッチングを施す。次いで、観察面における、鋼板の表面(めっき層と鋼板との界面)~鋼板の表面から深さ50μm位置の領域を観察視野として、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)を用いて観察する。
【0064】
マルテンサイトはナイタールエッチングでは充分にエッチングされないため、エッチングされる他の組織とは区別が可能である。ただし、残留オーステナイトもマルテンサイト同様に充分にエッチングされないため、後述の方法で得られる残留オーステナイトの面積%との差分でマルテンサイトの面積%を求める。
なお、残部組織の面積分率は、100%から、マルテンサイトの面積分率を引いた値を算出することで得る。
【0065】
上記サンプルの断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。サンプル断面の長手方向の任意の位置において、長さ50μm、鋼板の表面(めっき層と鋼板との界面)~鋼板の表面から深さ50μm位置の領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kv、照射電流レベルは13、電子線の照射時間は0.01秒/点とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Phase Map」機能を用いて、fcc構造である残留オーステナイトの面積%を算出することで、表層領域における残留オーステナイトの面積%を得る。
【0066】
「付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、ホットスタンプ成形体を構成する鋼板の表面に、付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなるめっき層を有する。
【0067】
付着量が10g/m未満、またはめっき層中のNi含有量が10質量%未満であると、鋼板の表層領域に濃化するNi量が少なくなり、ホットスタンプ後の表層領域において所望の金属組織を得ることができない。一方、付着量が90g/mを超える場合、またはめっき層中のNi含有量が25質量%を超える場合、めっき層と鋼板との界面においてNiが過剰に濃化し、めっき層と鋼板との密着性が低下し、めっき層中のNiが鋼板の表層領域に拡散し難くなり、ホットスタンプ成形体において所望の金属組織を得ることができない。
めっき層の付着量は、30g/m以上、または40g/m以上が好ましい。また、めっき層の付着量は、70g/m以下、または60g/m以下が好ましい。めっき層中のNi含有量は、12質量%以上、または14質量%以上が好ましい。また、めっき層中のNi含有量は、20質量%以下、または18質量%以下が好ましい。
【0068】
ホットスタンプ成形体のめっき付着量およびめっき層中のNi含有量は、以下の方法により測定する。
めっき付着量は、JIS H 0401:2013に記載の試験方法に従って、ホットスタンプ成形体の任意の位置から試験片を採取して測定する。めっき層中のNi含有量は、ホットスタンプ成形体の任意の位置から、JIS K 0150:2009に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、めっき層の全厚の1/2位置のNi含有量を測定することで、ホットスタンプ成形体におけるめっき層のNi含有量を得る。
【0069】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の好ましい製造方法について説明する。まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板の製造方法について説明する。
【0070】
<ホットスタンプ用鋼板の製造方法>
「粗圧延」
熱間圧延に供する鋼片(鋼材)は、常法で製造した鋼片であればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造した鋼片であればよい。前述の化学組成を有する鋼材を熱間圧延に供し、熱間圧延工程おいて、1050℃以上の温度域において40%以上の累積圧下率で粗圧延を行うことが好ましい。1050℃未満の温度で圧延した場合、または40%未満の累積圧下率で粗圧延を終了した場合には、オーステナイトの再結晶が促進せず、次工程において過剰に転位を含んだままベイニティックフェライトへの変態が起こってしまい、ホットスタンプ用鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内において、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の割合を面積%で80%以上にすることができない。
【0071】
「仕上げ圧延」
次に、A点以上の温度域において5%以上、20%未満の最終圧下率で仕上げ圧延を行うことが好ましい。A点未満の温度で圧延した場合、または20%以上の最終圧下率で仕上げ圧延を終了した場合、オーステナイトに過剰に転位が含まれたままベイニティックフェライトへの変態が起こってしまい、ベイニティックフェライトの平均結晶方位差が大きくなり過ぎて、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒が生成しなくなる。また、5%未満の最終圧下率で仕上げ圧延を終了すると、オーステナイト中に導入される転位が少なくなり、オーステナイトからベイニティックフェライトへの変態が遅延し、ホットスタンプ用鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内において、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の割合を面積%で80%以上にすることができない。A点は下記式(1)により表される。
【0072】
点=850+10×(C+N)×Mn+350×Nb+250×Ti+40×B+10×Cr+100×Mo・・・(1)
なお、上記式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%での含有量を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0073】
「冷却」
仕上げ圧延終了後は0.5秒以内に冷却を開始し、且つ650℃以下の温度域までの平均冷却速度を30℃/s以上とすることが好ましい。仕上げ圧延終了後、冷却開始までの時間が0.5秒を超える場合、または650℃以下の温度域までの平均冷却速度が30℃/s未満の場合、オーステナイトに導入された転位が回復してしまい、ホットスタンプ用鋼板の表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の割合を面積%で80%以上にすることができない。
【0074】
650℃以下の温度域まで冷却した後、550℃以上、650℃未満の温度域を1℃/s以上、10℃/s未満の平均冷却速度で緩冷却することが好ましい。650℃以上の温度域で緩冷却を行うと、オーステナイトからフェライトへの相変態が起こってしまい、ホットスタンプ用鋼板の表層領域において所望の金属組織を得ることができない。550℃未満の温度域で緩冷却を行うと、変態前のオーステナイトの降伏強度が高いため、変態応力を緩和するために、ベイニティックフェライトにおいて結晶方位差が大きな結晶粒が隣接して生成しやすくなる。そのため、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内において、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒が生成しなくなる。上記温度域における平均冷却速度が1℃/s未満では、ベイニティックフェライトに含有しているCが亜粒界へと偏析してしまい、ホットスタンプの加熱工程において、めっき層中のNiが鋼板表層へと拡散できなくなる。上記温度域における平均冷却速度が10℃/s以上では、ベイニティックフェライトの粒界近傍において転位の回復が起こらず、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内において、平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒が生成しなくなる。上記温度域における平均冷却速度は、5℃/s未満とすることがより好ましい。
【0075】
550℃まで緩冷却を行った後、550℃以下の温度域を40℃/s以上の平均冷却速度で冷却することが好ましい。40℃/s未満の平均冷却速度で冷却すると、ベイニティックフェライトに含有しているCが亜粒界へと偏析してしまい、ホットスタンプの加熱工程において、めっき層中のNiが鋼板表層へと拡散できなくなる。上記冷却は、350~500℃の温度域まで行うとよい。
【0076】
「めっき付与」
上記熱間圧延鋼板をそのまま、もしくは、軟質化熱処理を施した後、もしくは、冷間圧延を施した後、付着量が10g/m以上、90g/m以下であり、Ni含有量が10質量%以上、25質量%以下であり、残部がZnおよび不純物からなる含むめっき層を形成する。これにより、ホットスタンプ用鋼板を得る。ホットスタンプ用鋼板の製造においては、めっき付与の前に、その他、酸洗、調質圧延等、公知の製法を含んでもよい。めっき付与の前に冷間圧延を行う場合、冷間圧延における累積圧下率は特に限定しないが、鋼板の形状安定性の観点から、30~70%とすることが好ましい。
【0077】
また、めっき付与の前の軟質化焼鈍では、鋼板表層のミクロ組織を保護する観点から、加熱温度を760℃以下とすることが好ましい。760℃超の温度で焼戻しを施すと、表層領域において、平均結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた結晶粒内の平均結晶方位差が0.4°以上、3.0°以下である結晶粒の面積%を80%以上とすることができず、結果として所望の金属組織を有するホットスタンプ成形体を得ることができない。そのため、C含有量が高い等の理由によりめっき付与の前に焼戻しを施すことが必要な場合は、760℃以下の温度で軟化焼鈍を施す。
【0078】
<ホットスタンプ成形体の製造方法>
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、上記ホットスタンプ用鋼板を、500℃以上、A点以下の温度域を100℃/s以上、200℃/s未満の平均加熱速度で加熱した後、加熱開始から成形までの経過時間が120~260秒となるようにホットスタンプ成形し、成形体を、室温まで冷却することにより製造する。
また、ホットスタンプ成形体の強度を調整するために、ホットスタンプ成形体の一部の領域又は全ての領域を200℃以上、500℃以下の温度で焼戻すことで、軟化領域を形成してもよい。
【0079】
500℃以上A点以下の温度域を100℃/s以上、200℃/s未満の平均加熱速度で加熱した場合、鋼板の表層領域において、旧オーステナイト粒の平均結晶粒径を10.0μm以下とし、平均結晶方位差が15°以上の粒界における単位面積あたりのNi濃度を1.5質量%/μm以上とすることができる。これにより、ホットスタンプ成形体において優れた耐水素脆化特性を得ることができる。平均加熱速度は、好ましくは120℃/s以上である。ホットスタンプ用鋼板に含まれる炭化物の溶解が未完了のままオーステナイトへの変態が促進され、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性の劣化を引き起こすため、200℃/sを上限とする。上記温度域における平均加熱速度は、好ましくは180℃/s未満である。
また、加熱開始から成形(ホットスタンプ成形)までの経過時間は120~260秒とすることが好ましい。加熱開始から成形までの経過時間が120秒未満または260秒超であると、ホットスタンプ成形体において所望の金属組織を得ることができない場合がある。
【0080】
ホットスタンプ時の保持温度は、A点+10℃以上、A点+150℃以下とすることが好ましい。また、ホットスタンプ後の平均冷却速度は10℃/s以上とすることが好ましい。
【実施例
【0081】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0082】
表1~4に示す化学組成の溶鋼を鋳造して製造した鋼片に、表5、7、9および11に示す条件で熱間圧延、冷間圧延、めっきを施して、表6、8、10および12に示すホットスタンプ用鋼板を得た。得られたホットスタンプ用鋼板に、表13、15、17および19に示す熱処理を施して、ホットスタンプ成形を行うことで、ホットスタンプ成形体を得た。また、一部のホットスタンプ成形体については、ホットスタンプ成形体の一部分をレーザー照射して焼戻すことで、部分軟化領域を形成した。レーザー照射による焼戻しの温度は200℃以上、500℃以下とした。
表14、16、18および20に、得られたホットスタンプ成形体のミクロ組織および機械特性を示す。
なお、表中の下線は、本発明の範囲外であること、好ましい製造条件を外れること、特性値が好ましくないことを示す。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
【表6】
【0089】
【表7】
【0090】
【表8】
【0091】
【表9】
【0092】
【表10】
【0093】
【表11】
【0094】
【表12】
【0095】
【表13】
【0096】
【表14】
【0097】
【表15】
【0098】
【表16】
【0099】
【表17】
【0100】
【表18】
【0101】
【表19】
【0102】
【表20】
【0103】
ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体のミクロ組織の測定は、上述の測定方法により行った。また、ホットスタンプ成形体の機械特性は、以下の方法により評価した。
【0104】
「引張強さ」
ホットスタンプ成形体の引張強さは、ホットスタンプ成形体の任意の位置からJIS Z 2201:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求めた。
【0105】
「耐水素脆化特性」
ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性は、以下の方法により評価した。図2に、耐水素脆化特性の評価に用いた試験片の形状を示す。Vノッチを付与した図2の試験片を、試験片に負荷荷重を切欠き底の断面積で除して算出した公称応力で900MPaを付与した後、室温にて、チオシアン酸アンモニウム3g/lを3%食塩水に溶かした水溶液に12時間浸漬し、破断の有無により判定した。表中に、破断無しの場合を合格(OK)、破断有りの場合を不合格(NG)と記載した。
【0106】
引張強さが1500MPa以上であり、かつ、耐水素脆化特性が合格(OK)の場合を、強度および耐水素脆化特性に優れるとして、発明例と判断した。上記2つの性能のうち、何れか一つでも満足しない場合は、比較例と判断した。なお、発明例の表層領域のマルテンサイトは面積%で85%以上であり、残部組織は残留オーステナイト、フェライト、パーライト、グラニュラーベイナイトおよび上部ベイナイトの1種以上であった。
【0107】
表14、16、18および20を見ると、化学組成、めっき組成およびミクロ組織が本発明の範囲内であるホットスタンプ成形体は、優れた強度および耐水素脆化特性を有することが分かる。
一方、化学組成およびミクロ組織のうちいずれか1つ以上が本発明を外れるホットスタンプ成形体は、強度および耐水素脆化特性のうち1つ以上が劣ることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明によれば、高強度でありながら、従来よりも優れた耐水素脆化特性を有するホットスタンプ成形体を提供することができる。
図1
図2