(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】位相再生型光同期検波器
(51)【国際特許分類】
H04B 10/61 20130101AFI20230221BHJP
H01L 31/10 20060101ALI20230221BHJP
H04J 14/00 20060101ALI20230221BHJP
【FI】
H04B10/61
H01L31/10 A
H04J14/00
(21)【出願番号】P 2019036636
(22)【出願日】2019-02-28
【審査請求日】2022-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】吉田 悠来
(72)【発明者】
【氏名】梅沢 俊匡
(72)【発明者】
【氏名】菅野 敦史
(72)【発明者】
【氏名】山本 直克
【審査官】前田 典之
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-252851(JP,A)
【文献】特開2018-042104(JP,A)
【文献】特表2012-533915(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 10/61
H01L 31/10
H04J 14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光信号を受信し,光位相を含む情報を検出するためのシステム(1)であって,
前記光信号を散乱させ
て散乱光を得て、前記光信号及び前記散乱光にランダムな干渉を引き起こすための干渉要素(3)と,
前記干渉要素(3)により干渉が生じた前記光信号の光強度を測定するための複数の検波器(5)を含む,検波器アレイ(7)と,
前記検波器アレイ(7)が測定した光強度に関する情報を用いて,前記光信号の位相情報を回復するための処理回路(9)と,を含むシステム。
【請求項2】
請求項1に記載のシステムであって,
前記複数の検波器(5)の数をNrとし,前記光信号のチャネル数をNtとすると,NrはNtの4倍以上である,システム。
【請求項3】
請求項1に記載のシステムであって,
前記処理回路(9)は,前記光信号の離散性に関する要素を用いて,前記光信号の位相情報を回復する,システム。
【請求項4】
請求項1に記載のシステムであって,
前記処理回路(9)は,既知信号を用いて,前記干渉要素(3)のランダムさに関する要素を推測し,推測した前記干渉要素(3)のランダムさに関する要素を用いて,前記光信号の位相情報を回復する,システム。
【請求項5】
光信号を受信し,光位相を含む情報を検出するための方法であって,
干渉要素(3)が,
前記光信号を散乱させ
て散乱光を得て、前記光信号及び前記散乱光にランダムな干渉を引き起こす工程と,
複数の検波器(5)を含む,検波器アレイ(7)が,前記干渉要素(3)により干渉が生じた前記光信号の光強度を測定する工程と,
処理回路(9)が,前記検波器アレイ(7)が測定した光強度に関する情報を用いて,前記光信号の位相情報を回復する工程と,を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,光信号を受信し,光位相を含む情報を検出するためのシステムや方法に関する。より詳しく説明すると,この発明は,光信号に干渉を引き起こし,干渉後の光信号強度の観測結果をもとに、位相回復技術を適用することで,光信号の光位相情報を再生できるシステムや方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日,基幹系光通信網で広く用いられる偏波ダイバーシチ型の光コヒーレント受信機においては,偏波多重信号の分離のための偏波ビームスプリッタ,また同期検波のための局発(ローカル)光,及び複雑な光学素子によって構成される光IQミキシングのための光90度ハイブリッドなどが光前処理回路として必要となる。また,複数のファイバモードなどを用いた,大容量光空間多重伝送方式においては、空間チャネル数分それら光前処理回路が必要であり,さらに空間チャネル分離のための光学系が追加的に必要となる。
【0003】
次世代の光コヒーレント受信技術においては,光空間多重伝送に向けた空間的拡張性,アクセス網への応用に向けた簡素化などが新たに求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】K. Kikuchi, “Fundamentals of coherent optical fiber communications,” J. Lightwave Technol., vol. 34, no. 1, pp. 157~179, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は,簡素化した装置構成により光位相情報を回復し,コヒーレント受信を可能とするシステムや方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は,基本的には,位相回復(Phase retrieval)技術に基づく新たなコヒーレント受信技術に基づくシステムや方法を提供する。このシステムは,光信号チャネル数以上の多数の素子からなる直接検波器アレイを用い,空間的に冗長な観測を行うことで,直接検波により失われた光位相情報を信号処理的に回復する。これにより,複雑な光学的前処理なしに,光空間多重信号の一括コヒーレント受信を実現できる。
【0007】
換言すると,本発明のシステムは,局発光との干渉(ヘテロダイン,あるいはホモダイン)による光電界位相の抽出ではなく,例えば,位相変調信号光同士の時空間的にランダムな干渉による光強度の揺らぎから,信号処理的に位相を含む光電界情報を再生する。
【0008】
この明細書に記載される態様のひとつは,光信号を受信し,光位相を含む情報を検出するためのシステム1に関する。
このシステム1は,干渉要素3と,複数の検波器5を含む検波器アレイ7と,処理回路9と,を含む。
干渉要素3は,光信号を散乱させ,干渉を引き起こすための要素である。
検波器5は,干渉要素3により干渉が生じた光信号の光強度を測定するための要素である。
処理回路9は,検波器アレイ7が測定した光強度に関する情報を用いて,光信号の位相情報を回復するための要素である。
【0009】
上記のシステムのある態様は,干渉要素3が,光信号にランダムな干渉を生じさせるものである。
【0010】
上記のシステムのある態様は,複数の検波器5の数をNrとし,光信号のチャネル数をNtとすると,NrはNtの4倍以上であるものである。
【0011】
上記のシステムのある態様は,処理回路9は,光信号の離散性に関する要素を用いて,光信号の位相情報を回復するものである。
【0012】
上記のシステムのある態様は,処理回路9は,既知信号を用いて,干渉要素3のランダムさに関する要素を推測し,推測した干渉要素3のランダムさに関する要素を用いて,光信号の位相情報を回復するものである。
【0013】
この明細書に記載される態様のひとつは,光信号を受信し,光位相を含む情報を検出するための方法である。
この方法は,干渉要素3が,光位相変調信号を散乱させ干渉を引き起こす工程(S101)と,
複数の検波器5を含む,検波器アレイ7が,干渉要素3により干渉が生じた光信号の光強度を測定する工程(S102)と,
処理回路9が,検波器アレイ7が測定した光強度に関する情報を用いて,光信号の位相情報を回復する工程(S103)と,を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明は,簡素化した装置構成により光位相情報を回復し,コヒーレント受信を可能とするシステムや方法を提供できる。本発明のシステムは,位相回復型コヒーレントレシーバとして機能し,構成が簡易であり空間的拡張性に優れるので,メトロ―アクセス網や,光空間通信,光センシングといった,ユーザにより身近な領域への光コヒーレント技術の展開を加速するものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は,本発明のシステムの基本構成例を示すブロック図である。
【
図2】
図2は,本発明の原理を説明するための図である。
【
図3】
図3(a)は,実施例におけるシステムの構成例を示す概念図である。
図3(b)は,32ピクセル2次元PDアレイ部分の拡大図である。
【
図4】
図4は,チャネル応答の推測例を示す図面に代わるグラフである。
【
図5】
図5は,単一送信チャネルの場合の異なるN
rについての,ビット誤り率(BER)特性に対する,信号の離散性を考慮した重み付き最急降下型位相再生アルゴリズム(DRAF)の反復数Nを示す図面に代わるグラフである。
【
図6】
図6は,2チャンネルの空間多重伝送の場合の異なるN
rに対する,ビット誤り率(BER)特性対DRAFの反復数Nを示す図面に代わるグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜修正したものも含む。
【0017】
図1は,本発明のシステムの基本構成例を示すブロック図である。
図1に示されるように,このシステム1は,干渉要素3と,複数の検波器5を含む検波器アレイ7と,処理回路9と,を含む。このシステム1は,光信号を受信し,その光信号に含まれる光位相を含む情報を検出するためのシステムに関する。
【0018】
光信号の例は,位相を情報として有している位相変調信号である。具体的な光信号の例は,光QAM(直角位相振幅変調)信号,光PSK(位相偏移変調)信号,光OFDM(直交周波数分割多重)変調信号である。光PSK(位相偏移変調)信号の例は,光二位相偏移変調(BPSK)信号,光四位相偏移変調(QPSK)信号,及び光振幅位相偏移変調 (APSK)信号である。光位相を含む情報の例は,これら光信号に載せられた変調信号である。光信号は,データ伝送速度が高いものであることが好ましい。データ伝送速度の例は,1Gbps以上100Tbps以下であり,10Gbps以上100Tbps以下でもよいし,50Gbps以上50Tbps以下でもよい。光信号は,高速のデータ通信に対応するため光ファイバや自由空間を経由したものであることが好ましい。
【0019】
干渉要素3は,光信号を散乱させ,干渉を引き起こすための要素である。干渉要素3は,光信号を散乱させ,干渉を引き起こすことができる要素であれば特に限定されない。干渉要素3により,光信号は,例えば,時間的及び空間的にランダムに干渉しあうこととなる。干渉要素3は,光学素子であってもよいし,光学素子を含む要素であってもよい。干渉要素3の例は,マルチモードファイバ,空間光変調器,ホログラフィープレート,拡散板,及び光集積回路である。光信号の通信路自体が干渉を引き起こす場合は,通信路自体が干渉要素3として機能してもよい。干渉要素3は,光信号にランダムな干渉を生じさせるものが好ましい。散乱とは,光信号が複数方向へ進行することを意味する。また,ランダムな干渉とはすべての光信号に同じ干渉が生じるのではないことを意味する。
【0020】
検波器5は,干渉要素3により干渉が生じた光信号の光強度を測定するための要素である。複数の検波器5は,干渉要素3による時間的及び空間的な光強度の揺らぎを受信する。検波器5の例は,高速光検出器(PD: Photo detector)である。光検出器は,集積されていることが好ましい。複数の検波器5の数をNrとし,光信号のチャネル数をNtとすると,NrはNtの4倍以上であるものであることが好ましく,NrはNtの4倍+1以上でもよく,NrはNtの6倍以上でもよいし,NrはNtの8倍以上でもよい。もっとも,検波器の数が膨大となると,装置が複雑化するので,NrはNtの50倍以下がよく,10倍以下でもよいし,8倍以下でもよい。このように,多数の検波器5子からなる直接検波器アレイを用い,空間的に冗長な観測を行うことで,直接検波により失われた光位相情報を信号処理的に回復することができる。これにより,複雑な光学的前処理なしに,空間多重信号の一括コヒーレント受信を実現できることとなる。
【0021】
処理回路9は,検波器アレイ7が測定した光強度に関する情報を用いて,光信号の位相情報を回復するための要素である。処理回路は,処理の迅速のためハードウェアのみのより実装してもよいし,ハードウェア及びソフトウェアを用いて実装してもよい。ソフトウェアは,所定の処理を行うためのプログラムであってもよい。処理回路9は,複数の検波器5からの光電界強度情報の組に関する情報を受け取り,例えば,位相再生(Phase Retrieval)手法により,信号処理的に光信号の位相情報を再生する。このように,信号に干渉を生じさせ,複数の干渉信号からもとの光信号の位相情報を再生(回復)する方法は,公知である。そのため,処理回路9は,公知の位相回復アルゴリズムを実装し,光信号の位相情報を回復すればよい。具体的な位相回復アルゴリズムとしては,Gerchberg-Saxton法などの反復的誤差修正法,PhaseLiftなどの半正定値計画法,Wirtingerフローなどの非凸最適化手法,alternating direction method of multipliers (ADMM)や近似メッセージ伝搬(AMP)などの凸最適化手法である。
【0022】
この際,光信号は,例えば2値(0,π),4価(0,π/2,π,3π/2)といったように,離散的な変調が施されている。このため,処理回路9は,光信号の離散性に関する要素を用いて,光信号の位相情報を回復することが好ましい。光位相情報を再生する際に,光信号の変調様式に関する情報を受け取って,その変調様式に合わせ,位相を推測したうえで,位相情報を回復することが望ましい。例えば,光信号が2値(0,π)の位相変調信号であった場合,光信号の位相は,0又はπであるから,位相情報を再生する際には,そのいずれかであるという事前知識のもとで,位相情報再生の精度や頑強性を向上することができる。このように,光信号の離散性に関する要素を用いて,光信号の位相情報を回復することで,信号処理量を大幅に軽減でき,迅速に光信号の位相情報を回復できることとなる。
【0023】
処理回路9は,干渉要素3のランダムさに関する要素を用いて,光信号の位相情報を回復するものであることが好ましい。その干渉要素3のランダムさに関する要素は,既知信号を用いて,干渉要素3のランダムさに関する要素を求め,その求めた要素を推測値として用いればよい。
【0024】
干渉要素3による散乱や干渉は一定とは限らず,変化する。このため,干渉要素3が光信号に与える影響(ランダムさ)は,変化する。このため,既知信号を用いて,干渉要素3により拡散や干渉を生じさせ,検波器アレイ7により干渉光の強度の組を検波させ,処理回路9で光信号の位相情報を回復すると,光信号の位相情報が既知であるから,干渉要素3による影響(ランダムさ)を求めることができる。干渉要素3のランダムさは,既知信号を用いた際と,実際の信号光を用いた際とでは,変動しているかもしれないものの,既知信号を用いて求めた干渉要素3のランダムさに関する要素を用いて,信号光の位相情報を再生することで,より迅速に,位相情報を回復できることとなる。
【0025】
次に,上記のシステムを用いた,光位相を含む情報を検出する方法について説明する。
光信号が,光伝送路を経て干渉要素3へと伝わる。なお,光伝送路自体が,干渉要素として機能しても構わない。干渉要素3が,光位相変調信号を散乱させ,散乱された光信号が干渉を引き起こす(S101)。
複数の検波器5を含む,検波器アレイ7が,干渉要素3により干渉が生じた光信号の光強度を測定する(S102)。具体的には,複数の検波器5のそれぞれが受信した光信号の強度を測定する。そして,検波器アレイ7は,複数の検波器5からの光信号の強度情報を処理回路9へと出力する。
処理回路9は,検波器アレイ7が測定した複数の光強度に関する情報を用いて,光信号の位相情報を回復する(S103)。この回復した位相情報を用いて,光信号に載せられた情報を解析し,適宜出力すればよい。
【0026】
理論的説
以下,本発明の位相再生方法に関し,原理例の説明を行う。本発明は,以下の例に限定されるものではない。
図2は,本発明のシステム例を示す概念図である。
図2において,N
tチャネルの光空間多重信号
【数1】
が,N
r個のPD素子により検波されたとする。すると,環境雑音がないと仮定した場合の,時間tにおける第j番目のPDの出力振幅
【数2】
は,式(1)で与えられる。
【数3】
ここで,
【数4】
は,第i番目の送信器と第j番目のPDとの間のチャネルのインパルス応答を示す。ここで,Dは,チャネル遅延広がり(channel delay spread)を示し,
【数5】
である。
【0027】
簡単のため,ベクトルと行列を用いて表すと,式(1)は,以下の式(2)のように表現できる。
【数6】
ここで,
【数7】
であり,
【数8】
は,
【数9】
からなるブロックテプリッツ行列であり,
【数10】
である。
【0028】
なお,ここでは簡便のため,
【数11】
のように表記する。
【0029】
光信号xのコヒーレント検出は,式(2)の連立二次方程式を解くことと等価である。この種の問題は(一般化された)位相回復問題として,X線解析や散乱イメージングなど,科学や工学の多くの分野で知られている(Y. Shechtman et al., IEEE Signal Process. Mag., 32(3), 87 (2015)。
【0030】
それらの分野では,
【数12】
個の強度情報により
【数13】
を正確に再構成するのに十分であることが指摘されている([A. Conca et al., Appl. Comput. Harmon. Anal., 38(2), 346 (2015))。ゲルヒベルク・ザクストンやPhaseLift法(K. Jaganathan, in; Optical Compressive Imaging, CRC, 263 (2015).)といった,従来のPRアルゴリズムの多くは,計算量が大きく,高速通信システムへの応用には適さない。一方,近年,低要求演算量のアルゴリズムとして,非凸最適化手法に基づく手法が提案された(E. J. Candes et al, IEEE Trans. Inf. Theory, 61(4), 1985 (2015). G. Wang et al., IEEE Trans. Signal Process., 66(11), 2818 (2018).)この手法においては,式 (2)を直接解くのではなく,下記式(3)のように,損失関数を最小化することを考える。
【0031】
【数14】
ここで,
【数15】
は,重みベクトルであり,||・||は,ユークリッドノルムを示し,
【数16】
は, 要素ごとの積(アダマール積)を示す。式(3)で示される損失関数は,凸関数ではなく,また滑らかでもないが,wを適切に選ぶことによって広義の勾配を導き出すことができる(E. J. Candes et al, IEEE Trans. Inf. Theory, 61(4), 1985 (2015),G. Wang et al., IEEE Trans. Signal Process., 66(11), 2818 (2018).)。
【0032】
すなわち,
【数17】
【数18】
式(4)を用いることにより,式(3)を
【数19】
(ここでμ
nはステップサイズである。)で示される最急降下法により,効率的に最小化できる。このアルゴリズムは,Reweighted Amplitude Flow(RAF)として知られている.
【0033】
前述の位相回復アルゴリズムの導出においては,観測行列Hが既知であることを暗に仮定していた。しかしながら,実システムにおいては,Hもまた,振幅情報のみから推定する必要がある。K個の独立したパイロット系列
【数20】
を送信することを考える。すると式(1)及び(2)は,以下のN
r個の並列した位相回復問題として表現できる。
【0034】
すなわち,
【数21】
ここで,
【数22】
【数23】
である。
【0035】
従って,既知の検出行列Pを用いて各位相回復問題を解くことによって,検出器毎のチャネルhjを推定することができる。なお,hiとhj(i≠j)の間には位相不確定性があるものの,信号検出に用い損失関数l(x;w)には影響がない。
【0036】
一方,前述のRAFを含む既存の位相回復アルゴリズムの多くは,ランダムな観測を前提として提案されているのに対し,現実的なシステムにおいては,十分にランダムな観測を実現することは必ずしも容易ではなく,結果,観測行列Hは特定の構造をもつ場合が多い。前述のように,光空間多重伝送においては,線形畳み込み通信路の応答を表すテプリッツ行列としてHがモデル化される。こうした観測行列が特定の構造を持つ位相回復問題は,必要な観測数や回復アルゴリズムに対する要求がランダム観測に基づく位相回復問題よりも厳しいことが知られている。([Q. Qu et al., arXiv:1712.00716 (2017).)。そこで,この問題を解消するため,光信号の変調方式に関する既知情報を用いることが有益である。ここでは,絶対値和(SOAV)最適化手法を用いることで,信号ベクトルxの要素の離散性を考慮したRAFを提案する(M. Nagahara, IEEE Signal Process. Lett., 22(10), 1575 (2015).)。
【0037】
【数24】
を変調信号の組とすると,離散性を考慮した損失関数
【数25】
は以下の式(5)のように表現できる。
【数26】
【数27】
損失関数の和
【数28】
は近接分離法によって効率的に最小化することができる。ここでは,高速反復収縮しきい値アルゴリズム(FISTA)(A. Beck, M. Teboulle, SIAM J. Imaging Sci., 2, 183 (2009))によって高速化した,離散性を考慮したRAF(DRAF)アルゴリズムを表1に要約する。
【0038】
【0039】
ここでg(x)の近接写像は,例えば,以下で与えられる(R. Hayakawa and K. Hayashi, IEEE Access, 6, 66499 (2018))。
【0040】
【数29】
重みw
nには種々の選択肢が考えられるが,以下では,簡単のため,
【数30】
とする。
ここで,
【数31】
である。またβ
n及びρ
nは,それぞれ重み及びサンプルの取捨選択に関するパラメータである。
【実施例】
【0041】
概念実証として,10Gbaud空間多重QPSK信号の位相回復コヒーレント検波を実証した(
図3(a))。送信機では,波長1550.72nm,線幅0.1kHzの狭線幅レーザーを光IQ変調器によって一般的なQPSKフォーマットで変調した。シングルチャンネル伝送の場合は,10GSa/s任意波形発生器(AWG)で駆動されるIQ変調器,2チャネルの空間多重伝送の場合は,10GSa/sパルスパターン発生器(PPG)を備えた偏波多重IQ変調器(を用いた。。変調信号中の搬送波成分が適切に抑制されており,ヘテロダインまたはKramers-Kronig検波などに用いられるような参照光は使用していない。変調信号の品質はエラーベクター振幅において <12%であった。 QPSK信号を,エルビウムドープトファイバ増幅器(EDFA)を介して19dBmに増幅した。プロトタイプの2-D PDAモジュールにアンプが組み込まれていないため,このような高い光電力が必要であった。 EDFAの出力を,1.6kmのGI50 OM3 MMFに入力した。送信系はシングルモードデバイスからなっているため,,MMFとの接続にはSCコネクタを用いた。このため,直交したファイバモードを使用する一般的なSDM送信とは異なり,ファイバモードがほぼランダムに励起され,ファイバに沿って互いに干渉しあう。本実験では,,位相回復のためにこの干渉を積極的に用いる。すなわち伝送線路自体をスクランブルとして活用した。このため受信機は,2次元PDアレーおよびレンズのみで構成される。 PDアレーは32素子からなり,平均して11GHz帯域幅を持つ。ピクセルサイズは,30μm×30μmであり,そのピッチは44μmであった。(T. Umezawa et al., JLT, 36(7), 3684 (2018).)。
【0042】
本実験では,機器の制限により,32個のうち12個のPDのみを使用した。。観測数を実効的に増やすため,20GSa/s 12チャネルデジタルストレージオシロスコープ(DSO)を用い,PD出力を伝送レートの2倍でオーバーサンプリングし,分数間隔サンプルを用いて,測定数を仮想的に2倍に,すなわちNr=12×2=24とした。信号処理はオフラインにおいて行った。DRAFでは,M = 64,D = 12(シンボルレートにおいて),μn= 6,βn=5,ρn= 0.4とした。初期化には加重最大相関初期化法を用いた(G. Wang et al., IEEE Trans. Signal Process., 66(11), 2818 (2018))。
【0043】
図4は,単一チャネルの場合において,RAFにより推定されたチャネルインパルス応答の一例である。
図4に示されるように,MMFにおけるモード結合および分散は,モード間のランダムな干渉を引き起こしている。従来のコヒーレント受信方式においては,この干渉を除去するため,複雑なモードダイバーシティ構成が必要となるが,一方,位相再生型コヒーレント受信機においては,この歪みを光位相を回復するために活用する。
【0044】
図5及び
図6は,それぞれ異なるN
rに対する,ビット誤り率(BER)特性対DRAFの反復数Nを示している。BERは,異なるファイバ状態での200回の試行の平均である。なお,所与のN
rに対して,標準偏差の大きい方からN
rチャネルを選択し,位相回復を行っている。
【0045】
単一送信チャネルの場合(
図5),7%冗長度のFEC(前方誤り訂正)しきい値未満のBER,すなわちBER < 3.8×10
-3が,N
t> 16およびN> 300に対して達成された。20%-FEC(BER閾値2.0×10
-2)を用いた場合,N
r> 10(5 PD),およびN> 400において,エラーフリー伝送が可能であった。一方,従来のRAF,すなわち離散性を考慮しない位相回復手法を用いた場合は,12個のPDすべて(N
r= 24)を用いても,エラーフリー伝送を達成できなかった。これは畳み込み型の観測に従う位相回復問題が困難であることを示している。なお,本実施例に示されているBER特性は,4乗法ベースの位相雑音(PN)除去処理を施した後のものである。位相回復型コヒーレント受信機では,送信側ローカル光の周波数ドリフトは,チャネル応答h
ijの一部として推定・補償される。一方,残留する位相雑音成分は,
図5の挿入図のように位相再生により再構成され,従来のコヒーレント受信機と同様に後処理によって除去することが可能である。このことは,この実験のように極端に狭い線幅のレーザーを使わなくても位相回復型コヒーレント受信機を実現できる可能性を示唆する。最後に,2チャンネルの空間多重伝送のケース(
図6)では,チャネル間の相関によりBER特性が劣化していることがわかる。MMF内のモード結合は弱く,十分にランダムな干渉とまでは言えず,。また,オーバーサンプリング自体もチャネル相関を引き起こしている。しかしながら,N> 400で24チャンネル(すなわち,12PD)を使用することによって20%-FECエラーフリー動作を達成できた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のシステムは,例えば,データセンタやアクセス系における短距離超大容量光空間多重伝送,また光無線通信や光センシングにおける,低コストコヒーレント受信機として利用され得る。このため,本発明は,例えば,情報通信産業において利用され得る。
【符号の説明】
【0047】
1 システム
3 干渉要素
5 検波器
7 検波器アレイ
9 処理回路