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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】細胞培養方法および細胞培養装置
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/074 20100101AFI20230221BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20230221BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20230221BHJP
【FI】
C12N5/074
C12N1/00 B
C12M3/00 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018155328
(22)【出願日】2018-08-22
(65)【公開番号】P2020028245
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-04-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000226242
【氏名又は名称】日機装株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】北川 文彦
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-072129(JP,A)
【文献】特開2018-000130(JP,A)
【文献】国際公開第2013/161885(WO,A1)
【文献】特開2008-043301(JP,A)
【文献】特開2018-117593(JP,A)
【文献】OUYANG, A et al.,Long-Term Culturing of Undifferentiated Embryonic Stem Cells in Conditioned Media and Three-Dimensio,STEM CELLS,2007年,Vol.25,pp.447-454,ISSN 1549-4918
【文献】TOMOTSUNE, D et al.,Enrichment of Pluripotent Stem Cell-Derived Hepatocyte-Like Cells by Ammonia Treatment,PLOS ONE,2016年,Vol.11,e0162693,ISSN 1932-6203, 特にAbstract
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5mMを基準として定まる上限値を乳酸濃度が上回ったとき培養液中の乳酸の除去処理を実行すること、および2.5mMを基準として定まる上限値をアンモニア濃度が上回ったとき前記培養液中のアンモニアの除去処理を実行することの少なくとも一方により、以下の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たす培養液中で細胞を培養する工程を含むことを特徴とする細胞培養方法。
条件(I):前記培養液中の乳酸濃度が培養期間中5mM以下に維持される。
条件(II):前記培養液中のアンモニア濃度が培養期間中2.5mM未満に維持される。
【請求項2】
7.5mMを基準として定まる上限値を乳酸濃度が上回ったとき培養液中の乳酸の除去処理を実行すること、および2.5mMを基準として定まる上限値をアンモニア濃度が上回ったとき前記培養液中のアンモニアの除去処理を実行することの両方により、以下の条件(I)および条件(II)の両方を満たす培養液中で、細胞を培養する工程を含むことを特徴とする細胞培養方法。
条件(I):前記培養液中の乳酸濃度が培養期間中7.5mM未満に維持される。
条件(II):前記培養液中のアンモニア濃度が培養期間中2.5mM未満に維持される。
【請求項3】
前記条件(II)におけるアンモニア濃度は、1mM以下である請求項1または2に記載の細胞培養方法。
【請求項4】
細胞および培養液を収容する培養容器と、
5mMを基準として定まる上限値を乳酸濃度が上回ったとき培養液中の乳酸の除去処理を実行すること、および2.5mMを基準として定まる上限値をアンモニア濃度が上回ったとき前記培養液中のアンモニアの除去処理を実行することの少なくとも一方により、以下の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液を調整する調整部と、
を備えることを特徴とする細胞培養装置。
条件(I):前記培養液中の乳酸濃度が5mM以下に維持される。
条件(II):前記培養液中のアンモニア濃度が2.5mM未満に維持される。
【請求項5】
細胞および培養液を収容する培養容器と、
7.5mMを基準として定まる上限値を乳酸濃度が上回ったとき培養液中の乳酸の除去処理を実行すること、および2.5mMを基準として定まる上限値をアンモニア濃度が上回ったとき前記培養液中のアンモニアの除去処理を実行することの両方により、以下の条件(I)および条件(II)の両方を満たすように培養液を調整する調整部と、
を備えることを特徴とする細胞培養装置。
条件(I):前記培養液中の乳酸濃度が培養期間中7.5mM未満に維持される。
条件(II):前記培養液中のアンモニア濃度が培養期間中2.5mM未満に維持される。
【請求項6】
前記調整部は、
補充液を貯蔵する貯蔵容器と、
前記貯蔵容器から前記培養容器へ前記補充液を送る供給ポンプと、
前記培養液中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する濃度センサと、
前記濃度センサの検知結果に基づいて前記供給ポンプを駆動する制御部と、
を備える請求項4または5に記載の細胞培養装置。
【請求項7】
前記調整部は、
物質交換膜および成分調整液を収容し、前記培養液が供給されることで前記物質交換膜を介して前記成分調整液と前記培養液との間で物質交換を行う物質交換器と、
前記培養容器と前記物質交換器との間で前記培養液を循環させる循環ポンプと、
前記培養液中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する濃度センサと、
前記濃度センサの検知結果に基づいて前記循環ポンプを駆動する制御部と、
を備える請求項4または5に記載の細胞培養装置。
【請求項8】
前記調整部は、
前記培養液中の乳酸およびアンモニアの少なくとも一方を吸着する吸着剤を備える請求項4または5に記載の細胞培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養方法および細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品製造や再生医療などの分野において、細胞や微生物を人工的に効率よく大量培養することが求められている。大量培養が求められる細胞としては、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)等の抗体産生細胞、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞等が挙げられる。これらの細胞を長期間安定的に大量培養できれば、モノクローナル抗体等の生体物質や多能性幹細胞由来の分化誘導組織を、効率よく生産することができる。
【0003】
細胞を工業的に大量培養する方法としては、スピナーフラスコ等の培養槽を用いた浮遊攪拌培養が考えられる。一方、浮遊攪拌培養では設備規模が大きくなる傾向がある。したがって、コストの削減を図るために、培養時の細胞密度を高めることが有効である。しかしながら、細胞密度を高めていくと、細胞の増殖が抑えられることが知られている。これは、細胞の高密度化によって培養液(液体培地)中の老廃物(代謝物)の濃度が上昇し、これにより細胞の増殖活性が低下するためである。細胞に影響を与える老廃物の代表的なものとしては、乳酸やアンモニアが知られている。
【0004】
したがって、細胞を高密度状態で安定的に増殖させるためには、培養液中に蓄積する乳酸やアンモニアを除去することが望ましい。これに対し、例えば特許文献1には、濃度差に依存して成分を透過させる培養液成分調整膜を設けた送液ラインによって、細胞培養槽と成分調整液槽とを接続した細胞培養装置が開示されている。この細胞培養装置では、培養液中に蓄積した老廃物は、成分調整液側に移動することで培養液中での濃度が低下する。同時に、培養中に濃度が低下した栄養分は、成分調整液から培養液へ移動して補充される。これにより、培養液中の環境が細胞培養に適した状態に維持される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/122528号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示される細胞培養装置は、透析の原理を利用して培養液から老廃物を除去していた。したがって、十分な老廃物の除去を実現するために、成分調整液槽の容積を細胞培養槽の容積の10倍以上に設定していた。また、培養液中の乳酸やアンモニアの濃度はモニタリングしていなかった。つまり、乳酸濃度やアンモニア濃度を調整する観点で、細胞培養槽から成分調整液槽へ培養液を送るタイミングや量等について十分な検討がなされていなかった。このため、必要な液量が莫大でコストがかかるという課題があった。特に、成分調整液に培養液そのものを用いる場合には、高価な培地を大量に消費することになり、より一層のコストがかかってしまう。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、低コスト化を図りながら細胞を大量培養する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある態様は細胞培養方法である。この細胞培養方法は、以下の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たす培養液中で細胞を培養する工程を含む。
条件(I):培養液中の乳酸濃度が7.5mM未満である。
条件(II):培養液中のアンモニア濃度が2.5mM未満である。
この態様によれば、低コスト化を図りながら細胞を大量培養することができる。
【0009】
上記態様において、細胞は、多能性幹細胞であってもよい。また、条件(I)における乳酸濃度は、5mM以下であってもよい。また、条件(II)におけるアンモニア濃度は、1mM以下であってもよい。
【0010】
本発明の別の態様は、細胞培養装置である。当該細胞培養装置は、細胞および培養液を収容する培養容器と、以下の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液を調整する調整部と、を備える。
条件(I):培養液中の乳酸濃度が7.5mM未満である。
条件(II):培養液中のアンモニア濃度が2.5mM未満である。
【0011】
上記態様において、調整部は、補充液を貯蔵する貯蔵容器と、貯蔵容器から培養容器へ補充液を送る供給ポンプと、培養液中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する濃度センサと、濃度センサの検知結果に基づいて供給ポンプを駆動する制御部と、を備えてもよい。また、調整部は、物質交換膜および成分調整液を収容し、培養液が供給されることで物質交換膜を介して成分調整液と培養液との間で物質交換を行う物質交換器と、培養容器と物質交換器との間で培養液を循環させる循環ポンプと、培養液中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する濃度センサと、濃度センサの検知結果に基づいて循環ポンプを駆動する制御部と、を備えてもよい。また、調整部は、培養液中の乳酸およびアンモニアの少なくとも一方を吸着する吸着剤を備えてもよい。
【0012】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低コスト化を図りながら細胞を大量培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施の形態1に係る細胞培養装置の模式図である。
図2】実施の形態2に係る細胞培養装置の模式図である。
図3】実施の形態3に係る細胞培養装置の模式図である。
図4】実施の形態4に係る細胞培養装置の模式図である。
図5】乳酸濃度と細胞密度との関係を示す図である。
図6】乳酸添加培地で培養した細胞の光学顕微鏡画像である。
図7】乳酸濃度と遺伝子発現量との関係を示す図である。
図8】アンモニア濃度と細胞密度との関係を示す図である。
図9】アンモニア添加培地で培養した細胞の光学顕微鏡画像である。
図10】アンモニア濃度と遺伝子発現量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0016】
本発明者は、代表的な老廃物である乳酸およびアンモニアが細胞に与える影響について鋭意検討を重ね、細胞が悪影響を受ける乳酸濃度およびアンモニア濃度を見出した。また、さらに詳細な検討を重ねた結果、細胞が多能性幹細胞である場合、乳酸およびアンモニアが細胞の増殖と未分化状態とのそれぞれに、異なる濃度で影響を与えることを見出した。
【0017】
(実施の形態1)
本実施の形態に係る細胞培養方法は、以下の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たす培養液中で細胞を培養する工程を含む。
条件(I):培養液中の乳酸濃度が7.5mM(7.5×10-3mol/L)未満である。
条件(II):培養液中のアンモニア濃度が2.5mM未満である。
【0018】
培養液に乳酸が含まれる場合、乳酸濃度が7.5mM未満であるとき、細胞の増殖が阻害されることを抑制することができる。また、乳酸による培養液のpH低下によって細胞の増殖が阻害されることも、抑制することができる。また、乳酸濃度が10mM未満であるとき、細胞を未分化状態に維持することができる。したがって、条件(I)を満たす培養液を用いて細胞を培養することで、細胞の増殖と未分化状態との両方について、乳酸から受ける影響を低減することができる。
【0019】
培養液にアンモニアが含まれる場合、アンモニア濃度が10mM未満であるとき、細胞の増殖が阻害されることを抑制することができる。また、アンモニア濃度が2.5mM未満であるとき、細胞を未分化状態に維持することができる。したがって、条件(II)を満たす培養液を用いて細胞を培養することで、細胞の増殖と未分化状態との両方について、アンモニアから受ける影響を低減することができる。
【0020】
好ましくは、条件(I)における乳酸濃度は、5mM以下である。これにより、乳酸によって細胞の増殖が阻害されることを、より抑制することができる。また、好ましくは、条件(II)におけるアンモニア濃度は、1mM以下である。これにより、細胞の未分化状態をより維持することができる。
【0021】
培養液で培養される細胞は、例えばヒトiPS細胞、ヒトES細胞、ヒトMuse細胞等の多能性幹細胞;間葉系幹細胞(MSC細胞)、ネフロン前駆細胞等の体性幹細胞;ヒト近位尿細管上皮細胞、ヒト遠位尿細管上皮細胞、ヒト集合管上皮細胞等の組織細胞;ヒト胎児腎細胞(HEK293細胞)等の抗体産生細胞株;チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、昆虫細胞(SF9細胞)等のヒト以外の動物由来の抗体産生細胞株等が挙げられる。好ましくは、細胞は、多能性幹細胞である。
【0022】
細胞は、浮遊培養することが好ましい。浮遊培養用の培養容器としては、スピナーフラスコ、大型ステンレス培養槽、細胞培養ボトル、細胞培養バッグ等を用いることができる。培養液は、培養する細胞に応じて適宜選択することができる。
【0023】
(細胞培養装置)
続いて、本実施の形態に係る細胞培養装置について説明する。図1は、実施の形態1に係る細胞培養装置の模式図である。細胞培養装置1は、培養容器2と、調整部6と、を主な構成として備える。培養容器2は、細胞8および培養液10を収容するバイオリアクターである。調整部6は、上述の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10を調整する。本実施の形態の調整部6は、貯蔵容器12と、供給ポンプ14と、濃度センサ4と、制御部16と、を備える。
【0024】
貯蔵容器12は、補充液18を貯蔵する。補充液18は、培養容器2中の培養液10と同一であってもよいし、培養液10を濃縮した高濃度培養液であってもよい。また、補充液18は、細胞8の種類に応じて成分を調合した、培地以外の溶液であってもよい。
【0025】
貯蔵容器12と培養容器2とは、供給管20で連結される。供給管20の途中には、供給ポンプ14が接続される。供給ポンプ14としては、ペリスタポンプやダイヤフラムポンプ等の、公知のポンプを用いることができる。
【0026】
濃度センサ4は、培養液10中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する。濃度センサ4としては、培地成分アナライザー等の公知のセンサを用いることができる。また、乳酸濃度およびアンモニア濃度の検出方法は、所定の測定試薬を用いた比色法、酵素の基質特異性を利用する酵素電極法、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等の公知の方法を採用することができる。濃度センサ4と培養容器2とは、サンプリング管5で連結される。培養容器2中の培養液10は、サンプリング管5を介して濃度センサ4に採取される。サンプリング管5における培養容器2に接続される側の端部には、図示しないフィルタが設けられる。これにより、細胞8がサンプリング管5内に吸い込まれることが抑制される。濃度センサ4は、所定間隔で培養液10をサンプリングし、成分測定を実施する。例えば、サンプリング管5には電磁弁5aが設けられる。制御部16によって電磁弁5aの開閉が制御されることで、濃度センサ4への培養液10の流入と遮断とが切り替えられる。
【0027】
制御部16は、濃度センサ4の検知結果に基づいて、供給ポンプ14を駆動する。具体的には、濃度センサ4が乳酸濃度を検知する場合、条件(I)を満たすように供給ポンプ14を制御する。濃度センサ4がアンモニア濃度を検知する場合、条件(II)を満たすように供給ポンプ14を制御する。濃度センサ4が両方の濃度を検知する場合、条件(I)および条件(II)を満たすように供給ポンプ14を制御する。なお、濃度センサ4が両方の濃度を検知する場合であっても、制御部16は、いずれか一方の条件のみを満たすように供給ポンプ14を制御してもよい。
【0028】
制御部16は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、図1では適宜、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。この機能ブロックはハードウェア、ソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0029】
制御部16によって供給ポンプ14が駆動されると、供給管20を介して貯蔵容器12から培養容器2へ補充液18が送られる。これにより、貯蔵容器12中の補充液18が培養容器2に充填される。培養容器2中の培養液10には、細胞8から排出された乳酸やアンモニアが蓄積している。一方、補充液18は、培養液10よりも乳酸濃度およびアンモニア濃度が低い溶液である。好ましくは、補充液18は、乳酸およびアンモニアを含有しない。このため、補充液18が培養液10に添加されることで、培養液10における乳酸濃度およびアンモニア濃度が低下する。また、細胞8の培養に必要なグルコースやタンパク質等の培地成分が培養液10に補充される。
【0030】
制御部16は、濃度センサ4の検知結果に基づいて、培養液10が条件(I)および/または条件(II)を満たすように供給ポンプ14をフィードバック制御する。具体的には、制御部16は、所定のタイミングで繰り返し濃度センサ4の検知結果を受領する。制御部16は、条件(I)を満たすように培養液10を調整する場合、濃度センサ4の検知結果に基づいて、培養液10中の乳酸濃度が7.5mM未満であるか判断する。制御部16は、乳酸濃度が7.5mM以上であると供給ポンプ14を駆動させる。そして、乳酸濃度が7.5mM未満となったときに供給ポンプ14の駆動を停止する。
【0031】
好ましくは、しきい値である7.5mMに所定のマージンを設けた濃度範囲が定められる。そして、制御部16は、この濃度範囲を上回ったときに供給ポンプ14を駆動し、この濃度範囲を下回ったときに供給ポンプ14を停止させる。より好ましくは、濃度範囲は上限が7.5mMとなるように定められる。つまり、制御部16は、乳酸濃度が7.5mMよりも所定値だけ低い濃度に下がったときに、供給ポンプ14の駆動を停止する。
【0032】
また、制御部16は、条件(II)を満たすように培養液10を調整する場合、濃度センサ4の検知結果に基づいて、培養液10中のアンモニア濃度が2.5mM未満であるか判断する。制御部16は、アンモニア濃度が2.5mM以上であると供給ポンプ14を駆動させる。そして、アンモニア濃度が2.5mM未満となったときに供給ポンプ14の駆動を停止する。
【0033】
好ましくは、しきい値である2.5mMに所定のマージンを設けた濃度範囲が定められる。そして、制御部16は、この濃度範囲を上回ったときに供給ポンプ14を駆動し、この濃度範囲を下回ったときに供給ポンプ14を停止させる。より好ましくは、濃度範囲は上限が2.5mMとなるように定められる。つまり、制御部16は、アンモニア濃度が2.5mMよりも所定値だけ低い濃度に下がったときに、供給ポンプ14の駆動を停止する。
【0034】
制御部16は、条件(I)および条件(II)の両方を満たすように培養液10を調整する場合、両方の条件が満たされているとき供給ポンプ14の駆動を停止し、いずれか一方および両方の条件が満たされていないとき供給ポンプ14を駆動する。
【0035】
培養容器2は、排出管22を介して、図示しない廃液槽に接続される。排出管22の途中には、排出ポンプ24が接続される。排出ポンプ24としては、供給ポンプ14と同様に公知のポンプを用いることができる。制御部16は、排出ポンプ24の駆動も制御する。制御部16は、供給ポンプ14の駆動に伴って排出ポンプ24を駆動させる。排出ポンプ24の駆動により、培養容器2中の培養液10が排出管22を介して廃液槽に送り出される。これにより、培養容器2中の液量を一定に保つことができる。排出管22における培養容器2に接続される側の端部には、図示しないフィルタが設けられる。これにより、細胞8が排出管22内に吸い込まれることが抑制される。排出管22は、サンプリング管5として利用することもできる。この場合、濃度センサ4は、排出管22を介して培養液10を採取する。
【0036】
以上説明したように、本実施の形態に係る細胞培養方法は、以下の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たす培養液10中で細胞を培養する工程を含む。
条件(I):培養液10中の乳酸濃度が7.5mM未満である。
条件(II):培養液10中のアンモニア濃度が2.5mM未満である。
【0037】
また、本実施の形態に係る細胞培養装置1は、細胞8および培養液10を収容する培養容器2と、上述の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10を調整する調整部6と、を備える。
【0038】
条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10を調整することで、乳酸およびアンモニアの少なくとも一方が細胞に与える悪影響を軽減することができる。これにより、細胞8を高密度に大量培養することができる。また、条件(I)および条件(II)の両方を満たすように培養液10を調整することで、乳酸およびアンモニアの両方が細胞に与える悪影響を軽減することができる。これにより、より確実に細胞8を高密度に大量培養することができる。
【0039】
また、本実施の形態では、乳酸およびアンモニアのそれぞれについて細胞8が影響を受ける濃度を特定し、この値をモニタリングして培養液10を調整している。これにより、従来の細胞培養装置のように闇雲に培養液を透析する場合に比べて、成分調整液や培養液の消費量を減らすことができる。これにより、低コスト化を図ることができる。したがって、本実施の形態によれば、低コスト化を図りながら細胞8を大量培養することができる。
【0040】
また、細胞8が多能性幹細胞である場合には、乳酸濃度および/またはアンモニア濃度の低減によって細胞8の高密度大量培養が可能となることに加え、細胞8が未分化の状態、つまり細胞8の多分化能(分化多能性)を維持することができる。よって、分化誘導組織作製に好適な細胞8を大量に得ることができる。このように、状態の均一な細胞集団を得ることができ、分化誘導効率の低下を抑制することができるため、細胞医薬品製造や再生医療に要するコストを削減することができる。
【0041】
また、本実施の形態の細胞培養装置1において、調整部6は、補充液18を貯蔵する貯蔵容器12と、貯蔵容器12から培養容器2へ補充液18を送る供給ポンプ14と、培養液10中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する濃度センサ4と、濃度センサ4の検知結果に基づいて、供給ポンプ14を駆動する制御部16と、を備える。補充液18を培養液10に添加することで、培養液10中の乳酸濃度およびアンモニア濃度を低減することができる。また、制御部16は、供給ポンプ14とともに排出ポンプ24も駆動して、培養容器2から培養液10を排出する。つまり、本実施の形態では、古い培地を除去しながら新鮮な培地を添加する連続培養によって、老廃物濃度の上昇を抑制している。
【0042】
(実施の形態2)
実施の形態2は、細胞培養装置の構造が異なる点を除き、実施の形態1と共通の構成を有する。以下、本実施の形態について実施の形態1と異なる構成を中心に説明し、共通する構成については簡単に説明するか、あるいは説明を省略する。図2は、実施の形態2に係る細胞培養装置の模式図である。
【0043】
本実施の形態に係る細胞培養装置1は、培養容器2と、調整部6と、を主な構成として備える。培養容器2には、細胞8および培養液10が収容される。調整部6は、上述の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10を調整する。本実施の形態の調整部6は、貯蔵容器12と、供給ポンプ14と、濃度センサ4と、制御部16と、を備える。
【0044】
貯蔵容器12は、補充液18を貯蔵する。貯蔵容器12と培養容器2とは、供給管20で連結される。供給管20の途中には、供給ポンプ14が接続される。濃度センサ4は、培養液10中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する。制御部16は、濃度センサ4の検知結果に基づいて、供給ポンプ14を駆動する。制御部16によって供給ポンプ14が駆動されると、供給管20を介して貯蔵容器12から培養容器2へ補充液18が送られる。これにより、貯蔵容器12中の補充液18が培養容器2に充填される。制御部16による供給ポンプ14の駆動タイミングは、実施の形態1と同様である。
【0045】
実施の形態1とは異なり、本実施の形態の細胞培養装置1は、排出管22および排出ポンプ24を有しない。したがって、培養容器2中の液量は徐々に増加していく。つまり、本実施の形態では、培養容器2に補充液18を供給し続ける流加培養によって、老廃物濃度の上昇を抑制している。この構成では、培養期間の経過に伴って細胞数と培養容器2中の培養液量との両方が増加していく。このため、培養液10における細胞密度を一定に保つことができる。なお、培養容器2は、細胞8の培養期間、培養開始時に培養容器2に収容される培養液10の量、補充液18の添加量等を考慮して設定される。本実施の形態によっても、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。
【0046】
(実施の形態3)
実施の形態3は、細胞培養装置の構造が異なる点を除き、実施の形態1と共通の構成を有する。以下、本実施の形態について実施の形態1と異なる構成を中心に説明し、共通する構成については簡単に説明するか、あるいは説明を省略する。図3は、実施の形態3に係る細胞培養装置の模式図である。
【0047】
本実施の形態に係る細胞培養装置1は、培養容器2と、調整部6と、を主な構成として備える。培養容器2には、細胞8および培養液10が収容される。調整部6は、上述の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10を調整する。本実施の形態の調整部6は、物質交換器26と、循環ポンプ28と、濃度センサ4と、制御部16と、を備える。
【0048】
物質交換器26は、物質交換膜30および成分調整液32を収容する。そして、物質交換器26は、培養容器2の培養液10が供給されることで物質交換膜30を介して成分調整液32と培養液10との間で物質交換を行う。物質交換膜30は、中空糸等の公知の物質交換膜を用いることができる。成分調整液32は、補充液18と同様に、培養容器2中の培養液10と同一であってもよいし、培養液10を濃縮した高濃度培養液であってもよい。また、細胞8の種類に応じて成分を調合した、培地以外の溶液であってもよい。
【0049】
培養容器2と物質交換器26とは、循環路34で連結される。循環路34は、一端が培養容器2に接続され、他端が物質交換器26に接続される往路部34aと、一端が物質交換器26に接続され、他端が培養容器2に接続される復路部34bとを含む。往路部34aおよび復路部34bの物質交換器26側の端部は、物質交換膜30で連結される。物質交換膜30は、成分調整液32に浸漬されている。
【0050】
循環ポンプ28は、培養容器2と物質交換器26との間で培養液10を循環させる。具体的には、循環ポンプ28は、第1ポンプ28aと第2ポンプ28bとを有する。第1ポンプ28aは、往路部34aの途中に接続され、培養液10を培養容器2から物質交換器26の物質交換膜30に送る。第2ポンプ28bは、復路部34bの途中に接続され、培養液10を物質交換膜30から培養容器2に送る。
【0051】
濃度センサ4は、培養液10中の乳酸濃度およびアンモニア濃度の少なくとも一方を検知する。制御部16は、濃度センサ4の検知結果に基づいて、循環ポンプ28を駆動する。制御部16によって循環ポンプ28が駆動されると、循環路34を介して培養容器2と物質交換器26との間で培養液10が循環する。この過程で、物質交換膜30を介して培養液10と成分調整液32との間の物質交換が行われる。この結果、培養液10中の乳酸およびアンモニアは成分調整液32に移動し、成分調整液32中のグルコースやタンパク質等の培地成分は培養液10に移動する。制御部16による循環ポンプ28の駆動タイミングは、実施の形態1における供給ポンプ14の駆動タイミングと同様である。
【0052】
この結果、培養液10における乳酸濃度およびアンモニア濃度が低下する。また、細胞8の培養に必要なグルコースやタンパク質等の培地成分が培養液10に補充される。なお、往路部34aにおける培養容器2に接続される側の端部には、図示しないフィルタが設けられる。これにより、細胞8が排出管22内に吸い込まれることが抑制される。また、物質交換器26には、老廃物の吸着剤を投入してもよい。これにより、物質交換に必要な成分調整液32の量を減らすことができる。吸着剤としては、乳酸およびアンモニアの少なくとも一方を吸着可能な、シリカ、活性炭等の公知の吸着剤を用いることができる。
【0053】
つまり、本実施の形態では、培養容器2から物質交換器26中の物質交換膜30に培養液10を流して物質交換処理を施し、物質交換器26の成分調整液32中に老廃物を排出することで、老廃物濃度の上昇を抑制している。本実施の形態によっても、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。
【0054】
(実施の形態4)
実施の形態4は、細胞培養装置の構造が異なる点を除き、実施の形態1と共通の構成を有する。以下、本実施の形態について実施の形態1と異なる構成を中心に説明し、共通する構成については簡単に説明するか、あるいは説明を省略する。図4は、実施の形態4に係る細胞培養装置の模式図である。
【0055】
本実施の形態に係る細胞培養装置1は、培養容器2と、調整部6と、を備える。培養容器2には、細胞8および培養液10が収容される。調整部6は、上述の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10を調整する。本実施の形態の調整部6は、吸着剤36を備える。
【0056】
吸着剤36としては、シリカ、活性炭等の公知の吸着剤を用いることができる。吸着剤36は、乳酸とアンモニアの両方を吸着する単一種類の吸着剤であってもよいし、乳酸を吸着する第1の吸着剤とアンモニアを吸着する第2の吸着剤との混合物であってもよい。培養液10に吸着剤36を接触させることで、上述の条件(I)および条件(II)の少なくとも一方を満たすように培養液10が調整される。条件(I)および/または条件(II)を満たすために要する吸着剤36の量は、当業者が適宜設定することができる。なお、吸着剤36は細胞8に対する毒性が低いものを選択することが好ましい。
【0057】
吸着剤36は、例えば粒子状であり、培養容器2に収容される。吸着剤36は、培養容器2内で、培養液10中に分散、沈降あるいは浮遊している。この場合、培養液10は、細胞8に貪食されることを防ぐために、所定サイズ以上、例えば10μm以上の大きさであることが好ましい。培養液10が吸着剤36に接触することで、培養液10中の乳酸および/またはアンモニアが吸着剤36に吸着する。これにより、培養液10中の乳酸濃度および/またはアンモニア濃度が低減され、条件(I)および/または条件(II)が満たされる。したがって、本実施の形態によっても、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。
【0058】
調整部6は、培養容器2と接続される図示しない吸着カラムに吸着剤36が充填された構造を有してもよい。この場合、培養容器2中の培養液10は、吸着カラムに送られて吸着剤36に接触させられる。あるいは、調整部6は、培養容器2の内壁面に吸着剤36が支持された構造を有してもよい。培養容器2の内壁面に吸着剤36を支持させる方法としては、例えば、吸着剤36を培養容器2の内壁面に接着させる方法や、培養容器2が樹脂製である場合には、予め吸着剤36を混合した樹脂で培養容器2を成形する方法が挙げられる。
【0059】
あるいは、調整部6は、培養容器2の内部が多孔質膜等の隔膜によって上段と下段に区切られ、上段に培養液10と細胞8が収容され、下段に培養液10と吸着剤36が収容された構造を有してもよい。培養液10は、隔膜を通過して上段と下段との間を行き来することができる。一方、細胞8および吸着剤36は、隔膜を通過することができない。培養液10が下段に収容された吸着剤36に接触することで、培養液10中の乳酸および/またはアンモニアを吸着剤36に吸着させることができる。
【0060】
また、好ましくは吸着剤36は、ポリビニルアルコール等の樹脂、コラーゲンやアルギン酸、ゼラチン等の生体由来ゲル等で被覆される。これにより、細胞8等に影響を与え得る微粒子が吸着剤36から培養液中に流出することを抑制することができる。あるいは、吸着剤36は、セラミックスバインダー、樹脂バインダー、生体由来ゲル等と、吸着成分とを混練して成形される。これによっても、微粒子の流出を抑制することができる。セラミックスバインダーとしては、アルミナバインダー、コロイダルシリカ等が例示される。樹脂バインダーとしては、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース等が例示される。生体由来ゲルとしては、コラーゲン、アルギン酸、ゼラチン等が例示される。
【0061】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【実施例
【0062】
以下、本発明の実施例を説明するが、実施例は本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0063】
[細胞増殖に影響を与える乳酸濃度の特定]
24ウェルプレート(Corning cellBIND surface:Corning社)に、ヒト多能性幹細胞を1×10個播種し、多能性幹細胞用培地(StemFit:味の素社)を添加して培養した。なお、培養24時間までの培地には、培養基質(iMatrix-511:ニッピ社)を濃度0.5μg/mlとなるように添加し、またROCK阻害剤(Y-27632:富士フイルム和光純薬社)を濃度10μMとなるように添加した。また、培養24時間以降の培地には、乳酸(富士フイルム和光純薬社)を各種の乳酸濃度となるように添加した。乳酸濃度は、0mM、2.5mM、5.0mM、7.5mM、10.0mM、15.0mMとした。
【0064】
乳酸の添加により培地のpHは低下する。そこで、培地のpHを7.2に補正した実験区と、未補正の実験区とを用意した。未補正の実験区において、乳酸濃度5.0mMの培地ではpH6.9、乳酸濃度7.5mMの培地ではpH6.8、乳酸濃度10mMの培地ではpH6.7、乳酸濃度15mMの培地ではpH6.5であった。
【0065】
毎日培地交換して4日間培養した(したがって全培養期間は5日間)。培養5日経過後に、各ウェルにおける細胞数をTC20全自動セルカウンター(バイオラッド社)を用いて測定し、細胞密度を算出した。結果を図5に示す。図5は、乳酸濃度と細胞密度との関係を示す図である。
【0066】
図5に示すように、pH補正の有無にかかわらず、乳酸濃度が7.5mM以上になると細胞密度の著しい低下が見られた。また、pH補正を施した実験区では、乳酸濃度15mMで、乳酸濃度0mMに対して細胞密度が半減した。一方、pH補正を施さなかった実験区では、乳酸濃度10mM以上で、pH補正ありの乳酸濃度15mMでの細胞密度を下回る程に著しく細胞密度が低下した。このことから、乳酸は、それ自体が細胞増殖を阻害するとともに、pH低下を引き起こすことでも細胞増殖を阻害することが確認された。
【0067】
以上より、細胞の増殖が阻害されることを抑制するためには、乳酸濃度を7.5mM未満に維持することが有効であることが確認された。また、乳酸濃度を5mM以下に維持することで、乳酸による細胞の増殖阻害をより確実に抑制できることが確認された。
【0068】
[細胞の未分化状態に影響を与える乳酸濃度の特定]
24ウェルプレート(Corning cellBIND surface:Corning社)に、多能性幹細胞を1×10個播種し、多能性幹細胞用培地(StemFit:味の素社)を添加して培養した。なお、培養24時間までの培地には、培養基質(iMatrix-511:ニッピ社)を濃度0.5μg/mlとなるように添加し、またROCK阻害剤(Y-27632:富士フイルム和光純薬社)を濃度10μMとなるように添加した。また、培養24時間以降の培地には、乳酸(富士フイルム和光純薬社)を各種の乳酸濃度となるように添加した。乳酸濃度は、0mM、1.0mM、2.5mM、5.0mM、7.5mM、10.0mM、15.0mMとした。
【0069】
毎日培地交換して4日間培養した(したがって全培養期間は5日間)。培養5日経過後の各細胞の様子を光学顕微鏡で観察した。図6は、乳酸添加培地で培養した細胞の光学顕微鏡画像である。図6に示すように、乳酸濃度が10mM以上になると、細胞のコロニーが著しく小さくなり、細胞の増殖阻害が確認された。
【0070】
また、RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)を用いて、培養6日経過後の各細胞からmRNAを抽出し、精製した。続いて、QuantiTect Reverse Transcription Kit(QIAGEN社)を用いて、精製したmRNAからcDNAを合成した。これらのcDNAを鋳型とし、Thermal Cycler Dice Real Time System I(タカラバイオ社)を用いて、リアルタイムPCR法にてOct4、Nanog、T、Pax6およびFox2の各遺伝子の発現量を測定した。
【0071】
Oct4およびNanogは、多能性幹細胞の性質を維持していることを示す未分化マーカーである。T、Pax6およびFox2は、多能性幹細胞の性質を維持していないこと、つまり多能性幹細胞が分化していることを示す分化マーカーである。具体的には、T遺伝子の発現は細胞が中胚葉に分化していることを示し、Pax6の発現は細胞が外胚葉に分化していることを示し、Fox2の発現は細胞が内胚葉に分化していることを示す。
【0072】
各乳酸濃度における各遺伝子の発現量について、乳酸濃度0mMでの発現量に対する比率を算出した。結果を図7に示す。図7は、乳酸濃度と遺伝子発現量との関係を示す図である。図7に示すように、乳酸濃度10mMにおいて、中胚葉分化マーカーであるT遺伝子の発現量が乳酸濃度0mMに対して10倍以上に増加した。このことから、細胞の未分化状態を維持するためには、乳酸濃度を10mM未満に維持することが有効であることが確認された。
【0073】
[細胞増殖に影響を与えるアンモニア濃度の特定]
24ウェルプレート(Corning cellBIND surface:Corning社)に、ヒト多能性幹細胞を1×10個播種し、多能性幹細胞用培地(StemFit:味の素社)を添加して培養した。なお、培養24時間までの培地には、培養基質(iMatrix-511:ニッピ社)を濃度0.5μg/mlとなるように添加し、またROCK阻害剤(Y-27632:富士フイルム和光純薬社)を濃度10μMとなるように添加した。また、培養24時間以降の培地には、塩化アンモニウム(富士フイルム和光純薬社)を各種のアンモニア(アンモニウムイオン)濃度となるように添加した。アンモニア濃度は、0mM、7.5mM、10.0mM、15.0mM、25.0mMとした。
【0074】
毎日培地交換して4日間培養した(したがって全培養期間は5日間)。培養5日経過後に、各ウェルにおける細胞数をTC20全自動セルカウンター(バイオラッド社)を用いて測定し、細胞密度を算出した。結果を図8に示す。図8は、アンモニア濃度と細胞密度との関係を示す図である。
【0075】
図8に示すように、アンモニア濃度が10.0mM以上になると細胞密度の著しい低下が見られた。このことから、細胞の増殖が阻害されることを抑制するためには、アンモニア濃度を10mM未満に維持することが有効であることが確認された。また、アンモニア濃度を7.5mM以下に維持することで、アンモニアによる細胞の増殖阻害をより確実に抑制できることが確認された。
【0076】
[細胞の未分化状態に影響を与えるアンモニア濃度の特定]
24ウェルプレート(Corning cellBIND surface:Corning社)に、多能性幹細胞を1×10個播種し、多能性幹細胞用培地(StemFit:味の素社)を添加して培養した。なお、培養24時間までの培地には、培養基質(iMatrix-511:ニッピ社)を濃度0.5μg/mlとなるように添加し、またROCK阻害剤(Y-27632:富士フイルム和光純薬社)を濃度10μMとなるように添加した。また、培養24時間以降の培地には、塩化アンモニウム(富士フイルム和光純薬社)を各種のアンモニア濃度となるように添加した。アンモニア濃度は、0mM、0.1mM、1.0mM、2.5mM、5.0mM、7.5mM、10.0mM、20.0mMとした。
【0077】
毎日培地交換して4日間培養した(したがって全培養期間は5日間)。培養5日経過後の各細胞の様子を光学顕微鏡で観察した。図9は、アンモニア添加培地で培養した細胞の光学顕微鏡画像である。図9に示すように、アンモニア濃度が2.5mM以上になると、細胞の形態変化が見られた。
【0078】
また、RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)を用いて、培養6日経過後の各細胞からmRNAを抽出し、精製した。続いて、QuantiTect Reverse Transcription Kit(QIAGEN社)を用いて、精製したmRNAからcDNAを合成した。これらのcDNAを鋳型とし、Thermal Cycler Dice Real Time System I(タカラバイオ社)を用いて、リアルタイムPCR法にてOct4、Nanog、T、Pax6およびFox2の各遺伝子の発現量を測定した。
【0079】
各アンモニア濃度における各遺伝子の発現量について、アンモニア濃度0mMでの発現量に対する比率を算出した。結果を図10に示す。図10は、アンモニア濃度と遺伝子発現量との関係を示す図である。図10に示すように、アンモニア濃度2.5mMにおいて、中胚葉分化マーカーであるT遺伝子の発現量、および外胚葉分化マーカーであるPax6遺伝子の発現量が、アンモニア濃度0mMに対して10倍近くまで増加した。このことから、細胞の未分化状態を維持するためには、アンモニア濃度を2.5mM未満に維持することが有効であることが確認された。また、アンモニア濃度を1mM以下に維持することで、アンモニアによる細胞の分化促進をより確実に抑制できることが確認された。
【0080】
以上より、多能性幹細胞を未分化の状態で増殖させるためには、培地中の乳酸濃度を7.5mM未満に維持し、アンモニア濃度を2.5mM未満に維持する必要があることが確認された。
【符号の説明】
【0081】
1 細胞培養装置、 2 培養容器、 4 濃度センサ、 6 調整部、 8 細胞、 10 培養液、 12 貯蔵容器、 14 供給ポンプ、 16 制御部、 18 補充液、 26 物質交換器、 28 循環ポンプ、 30 物質交換膜、 32 成分調整液、 36 吸着剤。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10