IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 青木 勇の特許一覧

<>
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図1
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図2
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図3
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図4
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図5
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図6
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図7
  • 特許-依存症の予防及び/又は治療薬 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】依存症の予防及び/又は治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/12 20060101AFI20230221BHJP
   A61K 31/7034 20060101ALI20230221BHJP
   A61K 31/718 20060101ALI20230221BHJP
   A61P 25/30 20060101ALI20230221BHJP
   A61P 25/32 20060101ALI20230221BHJP
   A61P 25/36 20060101ALI20230221BHJP
   A61P 25/34 20060101ALI20230221BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20230221BHJP
   A61K 47/24 20060101ALN20230221BHJP
【FI】
A61K31/12
A61K31/7034
A61K31/718
A61P25/30
A61P25/32
A61P25/36
A61P25/34
A23L33/105
A61K47/24
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020519893
(86)(22)【出願日】2019-05-15
(86)【国際出願番号】 JP2019019316
(87)【国際公開番号】W WO2019221177
(87)【国際公開日】2019-11-21
【審査請求日】2022-05-16
(31)【優先権主張番号】P 2018093573
(32)【優先日】2018-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018093576
(32)【優先日】2018-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (その1) ウェブサイトの掲載日 2017年11月15日 ウェブサイトのアドレス https://www.aeplan.co.jp/conbio2017/index.html (その2) 開催日 2017年12月6日から2017年12月9日 集会名、開催場所 2017年度 生命科学系学会合同年次大会(ConBio2017) 神戸国際展示場 1号館2階(兵庫県神戸市中央区港島中町6丁目11-1)
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】519168538
【氏名又は名称】青木 勇
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】濱田 博喜
(72)【発明者】
【氏名】中山 高宏
(72)【発明者】
【氏名】内田 紀之
【審査官】福山 則明
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-073329(JP,A)
【文献】特表2015-522038(JP,A)
【文献】特開2005-312325(JP,A)
【文献】日薬理誌,2003年,Vol. 122,pp. 301-308
【文献】International Journal of Molecular Sciences,2014年,Vol.15, No.5,pages 8795 to 8807
【文献】Neuropharmacology,2014年,Vol.85,pages 67 to 72
【文献】Toxins,2018年01月,Vol.10, No.1, Article No.25,pages 1 to 18
【文献】浦上財団研究報告書,2006年,Vol.14,pages 71 to 81
【文献】Frontiers in Pharmacology,2016年,Vol.7, Article No.261,pages 1 to 12
【文献】Journal of Natural Products,2011年,Vol.74, No.4,pages 664 to 669
【文献】Pharmacology,2018年08月10日,Vol.102, No.3-4,pages 223 to 232
【文献】科学研究費助成事業 研究成果報告書,2017年06月23日,課題番号:26860357
【文献】クルクミンはCCL2発現抑制を介してメタンフェタミン精神依存形成を減弱させる,平成28年度日本アルコール・アディクション医学会学術総会 プログラム・講演抄録集,2016年,第154頁,O-2-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61K 45/00
A23L 33/00-33/29
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるクルクミン化合物又はその修飾体を含有し、脳内のstx1aタンパク質の亢進により中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症(但し、ニコチン依存及びメタンフェタミン依存を除く)を発症した対象(但し、脳内にPPARγタンパク質を発現した動物を除く)に対して投与されることを特徴とし、該依存症の予防及び/又は治療の為に用いられる組成物であって、
前記修飾体が配糖体及び脂質修飾体からなる少なくとも一種である
組成物;
【化1】
(式中、R~Rは、同一又は異なって、水酸基、水素原子、又はメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、イソブトキシ基、又はtert-ブトキシ基である。但し、R~Rの少なくとも1つは水酸基である。)。
【請求項2】
前記依存症が、アルコール、マリファナ、オピオイドアゴニスト、ベンゾジアゼピン、バルビツレート、及び精神刺激薬からなる群より選択される少なくとも一種の嗜癖性物質に対する依存症又はギャンブル、過食、電子デバイスの使用、電子ビデオゲームの使用、電子通信デバイスの使用、強迫性障害、ポルノ依存、セックス依存、間欠性爆発性障害、盗み癖、放火癖、及び抜毛癖からなる群より選択される少なくとも一種の衝動制御障害を呈する依存症である、請求項1に記載の組成物
【請求項3】
前記式(1)で表されるクルクミン化合物が、クルクミン、デメトキシクルクミン、及びビスデメトキシクルクミンからなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1又は2に記載する組成物。
【請求項4】
前記式(1)で表されるクルクミンの修飾体が、下記式(4)で表される、請求項1~3の何れか一項に記載する組成物;
【化2】
(式中、フェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β結合である。式中のnは、0~8の整数である。式中のグルコース間の(1-4)グリコシド結合は、全てα結合である。)。
【請求項5】
下記式(1)で表されるクルクミン化合物の配糖体又は脂質修飾体を含有する組成物であって、ニコチン依存症の予防及び/又は治療の為に用いられる組成物;
【化3】
(式中、R~Rは、同一又は異なって、水酸基、水素原子、又はメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、イソブトキシ基、又はtert-ブトキシ基である。但し、R~Rの少なくとも1つは水酸基である。)。
【請求項6】
飲食品組成物又は医薬組成物である、請求項1~の何れか一項に記載する組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療薬等に関する。また、本発明は、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は方法等に関する
【背景技術】
【0002】
日本におけるアルコール依存症患者は、1000万人程度、ニコチン依存症患者は、1500万人程度、ギャンブル依存症患者は、300万人程度、及び薬物依存症患者は、1500人程度に達するとされる。また、4万人程度のアルコール依存症に罹患する患者が、医療機関にて治療を受けている。アルコール依存症とは、飲酒行動に伴うアルコール摂取による薬理作用に強く囚われ、自らの意思で飲酒行動を制御できなくなり、その結果、強迫的に飲酒行為を繰り返す、との精神障害を呈する。その症状は、精神的依存と身体的依存とから成り立っている。精神的依存とは、自分の意志で飲酒行動を制御できなくなる症状であり、身体的依存とは、振戦せん妄(Delirium tremens;DT)等の退薬症状(アルコール離脱症候群)である。
【0003】
特許文献1は、アルコール依存症患者に断酒作用(嫌酒化作用)を発揮させる目的に用いることができるアルデヒドデヒドロゲナーゼ阻害剤に関する発明を開示する。特許文献2は、ウコン抽出物を有効成分として含む、二日酔いの回復剤に関する発明を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-073329号
【文献】特開2012-031080号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1が断酒作用を期待すると開示するアルデヒドデヒドロゲナーゼ阻害剤は、アルコール分解を抑制する効果を発揮し、これを投与されたヒトは、飲酒行動後の「酔い」が早くなる。ここで、「酔い」とは、気持ち悪くなる又は頭が痛くなる等の症状を例示できる。しかし、アルコール依存症に罹患する患者は、そもそも自分の意思で飲酒行動を制御できない。したがって、たとえ「酔い」の症状を早めたとしても、アルコール依存症に罹患する患者に対する断酒作用は、期待できない。また、酔いを早めることは、結果として摂取したアルコールによる薬理作用からの回復、すなわち「素面」に戻るまでの時間が早くなることにつながる。よって、アルコール依存症に罹患する患者が素面に戻ると、飲酒行動を繰り返すことが容易に想像できる。
【0006】
特許文献2は、ウコン抽出物の投与によって二日酔いの症状を回復させる技術を開示する。二日酔いとは、飲酒行動をした後に生じる「酔い」の症状である。よって、二日酔いの症状を回復させることは、禁酒作用を誘導することと、全く異なる。また、ウコン抽出物の投与によって二日酔いが回復することは、結果として「素面」に戻ることが容易に想起され、そもそも自分の意志で飲酒行動を制御できないアルコール依存症に罹患する患者が、飲酒行動を繰り返すことが容易に想像できる。
【0007】
よって、アルコール依存症又はニコチン依存症等を典型例とする各種依存症、特に、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の効果的な予防及び/又は治療手段が発見されているとは到底いえない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記する課題に鑑み、本発明者が鋭意研究を重ねた結果、P300阻害剤又はその修飾体の典型例である、クルクミン化合物、その配糖体若しくは脂質修飾体、又はアナカルジン酸の配糖体を、アルコール依存症モデルマウス又はニコチン依存症マウスに投与する実験を行った結果、これらのP300阻害剤又はその修飾体が、アルコール依存症又はニコチン依存症に対して予防及び治療効果を発揮することを見出した。また、これらのP300阻害剤又はその修飾体は、脳内のドーパミン(DA)小胞からのDA放出の低下を誘導し、そのDA放出の低下が、脳内のstx1aの発現抑制に基づくことも見出した。
【0009】
本発明は、斯かる知見に基づいて完成されたものであり、下記に示す態様の発明を、広く包含するものである。
【0010】
項1 P300阻害剤又はその修飾体を含有する、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療の為に用いられる組成物。
項2 前記P300阻害剤又はその修飾体が、下記式(1)で表されるクルクミン化合物、アナカルジン酸、カテキン化合物、ガルシノール、NK13650、C646、EML425、PU139、PU141、A-485、L002、及びDCH36_06からなる群より選択される少なくとも一種である、上記項1に記載する組成物;
【化1】
(式中、R~Rは、同一又は異なって、水酸基、水素原子、又は低級アルコキシ基である。但し、R~Rの少なくとも1つは水酸基である。)。
項3 前記P300阻害剤又はその修飾体が、クルクミン、デメトキシクルクミン、及びビスデメトキシクルクミンからなる群より選択される少なくとも一種である、上記項1又は2に記載する組成物。
項4 前記P300阻害剤又はその修飾体が、配糖体、脂質修飾体、及びペプチド修飾体からなる群より選択される、少なくとも一種である、上記項1~項3の何れか一項に記載する組成物。
項5 前記P300阻害剤又はその修飾体が、糖がO-グルコシド結合した構造を有する化合物である、上記項1~項4の何れか一項に記載する組成物。
項6 前記O-グルコシド結合がβ-O-グルコシド結合である、上記項5に記載する組成物。
項7 前記糖が、単糖及び/又は多糖である、上記項5又は項6に記載する組成物。
項8 前記単糖が、オシキロース環、オキセトース環、ピラノース環、フラノース環、セプタノース環、又はオクタノース環構造を取り得る、アルドース、ケトース、及びデオキシ糖からなる群より選択される少なくとも一種の単糖である、上記項7に記載する組成物。
項9 前記P300阻害剤又はその修飾体が、下記式(2)で表される、上記項1~項8の何れか一項に記載する組成物;
【化2】
(式中、フェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β結合である。)。
項10 前記P300阻害剤又はその修飾体が、下記式(3)で表される、上記項1~項8の何れか一項に記載する組成物;
【化3】
(式中、フェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β結合である。)。
項11 前記多糖が、オシキロース環、オキセトース環、ピラノース環、フラノース環、セプタノース環、又はオクタノース環構造を取り得る、アルドース、ケトース、及びデオキシ糖からなる群より選択される少なくとも一種以上の単糖が、互いにグリコシド結合した多糖である、上記項7に記載する組成物。
項12 前記P300阻害剤又はその修飾体が、下記式(4)で表される、上記項1~項7、又は項11の何れか一項に記載する組成物;
【化4】
(式中、フェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β結合である。式中のnは、0~8の整数である。式中のグルコース間の(1-4)グリコシド結合は、全てα結合である。)。
項13 前記P300阻害剤又はその修飾体が、下記式(5)で表される、上記項1~項7、又は項11に記載する組成物;
【化5】
(式中、フェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β結合である。式中のnは、0~8の整数である。式中のグルコース間の(1-4)グリコシド結合は、全てα結合である。)。
項14 前記中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症が、嗜癖性物質に対する依存症又は衝動制御障害を呈する依存症である、上記項1~項13の何れか一項に記載する組成物。
項15 前記嗜癖性物質が、ニコチン、マリファナ、タバコ、オピオイドアゴニスト、ベンゾジアゼピン、バルビツレート、及び精神刺激薬からなる群より選択される少なくとも一種である、上記項14に記載する組成物。
項16 前記衝動制御障害が、ギャンブル、過食、電子デバイスの使用、電子ビデオゲームの使用、電子通信デバイスの使用、強迫性障害、ポルノ依存、セックス依存、間欠性爆発性障害、盗み癖、放火癖、及び抜毛癖からなる群より選択される少なくとも一種である、上記項14に記載する組成物。
項17 飲食品組成物である、上記項1~項16の何れか一項に記載する組成物。
項18 医薬組成物である、上記項1~項16の何れか一項に記載する組成物。
項19 中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症に罹患する患者に対して、P300阻害剤又はその修飾体を含有する組成物を投与する工程を含む、該依存症の予防及び/又は治療方法。
項20 前記中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症が、嗜癖性物質に対する依存症、又は衝動制御障害を呈する疾患である、上記項19に記載する予防及び/又は治療方法。
項21 前記嗜癖性物質が、ニコチン、マリファナ、タバコ、オピオイドアゴニスト、ベンゾジアゼピン、バルビツレート、及び精神刺激薬からなる群より選択される少なくとも一種である、上記項20に記載する予防及び/又は治療方法。
項22 前記衝動制御障害が、ギャンブル、過食、拒食、電子デバイスの病的使用、電子ビデオゲームの使用、電子通信デバイスの使用、強迫性障害、ポルノ依存、セックス依存、間欠性爆発性障害、盗み癖、放火癖、及び抜毛癖からなる群より選択される少なくとも一種である、上記項20に記載する予防及び/又は治療方法。
項23 P300阻害剤又はその修飾体を含有する、stx1aの発現抑制剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、P300阻害剤又はその修飾体を有効成分として含有する中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療の為に用いられる組成物を提供することができる。特に、前記する本発明の組成物に含有される有効成分が、ヒトにとって食経験のある植物体に含有される化合物又はその配糖体である場合は、これをヒトに投与しても副作用を生じさせる可能性が極めて低いとのメリットを享受できる。
例えば、クルクミン化合物は、ウコン(ターメリック)に含有される成分であり、スパイス又は着色料として食品業界で多用される化合物である。アナカルジン酸は、カシューナッツに含まれていることが知られ、カテキン化合物は、茶に含まれる化合物である。よって、これらの有効成分を含む本発明の組成物を摂取したヒトが副作用を訴える可能性は、極めて低い。また、ガルシノールを含有するガルシニアは、そのエキスが健康食品(タブレット)として販売されているので、ガルシノールを摂取したヒトも、副作用を訴える可能性は、極めて低い。
【0012】
本発明の組成物に含有される有効成分の典型例であるクルクミンの配糖体等は、血液脳関門(BBB)を通過することが強く示唆されるので、そのまま(例えば、受容体介在性トランスサイトーシス(RMT)又は膜透過性ペプチド等を利用することなく)、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療の為に用いることができる。
【0013】
後記する様に、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症におけるドーパミン神経の亢進は、stx1a発現の亢進に伴うことが知られる。P300阻害剤又はその修飾体の典型例であるクルクミン化合物の配糖体は、実施例に示すように、stx1aの発現を抑制する効果を発揮する。したがって、本発明の組成物は、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の治療及び/又は予防剤として好適に用いることができる。
【0014】
本発明は、stx1aの発現抑制剤を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施例1の実験結果を示す図である。(A)のグラフ縦軸は、クルクミン投与群及びPBS投与群マウスの、一日当たりのマウス重量に対するエタノール消費量を表し、グラフ横軸は、試験開始からの日数を表す。(B)のグラフ縦軸は、(A)で示したマウス重量に対するエタノール消費量の、6日間の総量である。(C)のグラフ縦軸は、クルクミン投与群及びPBS投与群マウスの、一日当たりのエタノール嗜好性割合(%)を表し、グラフ横軸は、試験開始からの日数である。(D)のグラフ縦軸は、(C)で示した6日間の実験期間の総量にて算出した、エタノール嗜好性割合(%)である。なお、図中の**は、p<0.005を意味する。他の図の**も、同じである。
図2図2は、実施例2の実験結果を示す図である。(A)のグラフ縦軸は、クルクミン投与群及びPBS投与群マウスの、一日当たりのマウス重量に対するエタノール消費量を表し、横軸は、試験開始からの日数を表す。Preは、測定開始の前日を意味する。(B)のグラフ縦軸は、(A)で示したマウス重量に対するエタノール消費量の、6日間の総量である。(C)のグラフ縦軸は、クルクミン投与群及びPBS投与群マウスの、一日当たりのエタノール嗜好性割合(%)を表し、横軸は、試験開始からの日数を表す。(D)のグラフ縦軸は、(C)で示した6日間の実験期間の総量にて算出した、エタノール嗜好性割合(%)である。なお、図中の*は、p<0.01を意味する。他の図の*も、同じである。
図3図3は、実施例3の実験結果を示す図である。(A)~(D)のグラフ縦軸及び横軸は、図1と同様である。
図4図4は、実施例4の実験結果を示す図である。(A)~(D)のグラフ縦軸及び横軸は、図2と同様である。
図5図5は、実施例5の実験結果を示す図である。(A)~(D)のグラフ縦軸及び横軸は、図2と同様である。
図6図6は、実施例6の実験結果を示す図である。(A)~(D)のグラフ縦軸及び横軸は、図2と同様である。
図7図7は、実施例8の実験結果を示す。(A)は、配糖化クルクミン投与群マウス及びPBS投与群マウスの海馬における、stx1aの発現量を確認するためのウエスタンブロット像である。(B)は、(A)に示す結果を、デンシトメトリーにて定量化したグラフである。(B)に示すグラフの縦軸は、陰性対象実験であるα-チューブリンの発現量に対するstx1aの発現量である。
図8図8は実施例9の実験結果を示す図である。(A)は、配糖化クルクミン投与群マウス及びPBS投与群マウスの視床下部における、ホモバニール酸(HVA)をECD-HPLCにて定量した数値であり、(B)は、ドーパミン(DA)をECD-HPLCにて定量した数値である。(C)は両者の割合である。(A)及び(B)にて示すグラフの縦軸は、共に視床下部の総タンパク質量に対するHVA又はDAの量である。(C)示すグラフの縦軸は、(B)にて示すDAの量に対する(A)に示すHVAの量である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書において使用する「含む」との用語は、「本質的にからなる」及び「からなる」との意味を包含する。
【0017】
組成物
本発明の組成物は、P300阻害剤又はその修飾体を有効成分として含み、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療の為に用いられる。P300は、ヒト染色体22番13.2領域(22q13.2)に遺伝子座位を持つアミノ酸のリジン残基にアセチル基を転移する酵素活性を持つ転写因子である。なお、P300は、これと類似の酵素活性を持つものの、ヒト染色体16番13.3領域(16p13.3)に遺伝子座位を持つ転写因子であるCBPとは異なる分子である。また、P300とCBPとは、それぞれ異なるプロモーターDNA配列及び共役タンパク質への結合を介して異なる下流標的遺伝子へ作用する。
【0018】
上記するP300阻害剤は、P300が有する機能を阻害し、且つ、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、クルクミン化合物、アナカルジン酸、カテキン化合物、ガルシノール、NK13650、C646、EML425、PU139、PU141、A-485、L002、又はDCH36_06等の化合物を挙げることができる。これらの中でも、ヒトに対して副作用を与えないことが知られる、食経験のある動植物体に含有される物質であることが好ましい。具体的には、クルクミン化合物、アナカルジン酸、カテキン化合物、又はガルシノール等を挙げることができる。特に好ましくは、クルクミン化合物又はアナカルジン酸であり、クルクミンが最も好ましい。
【0019】
また、抗P300抗体、P300遺伝子より転写されるmRNAに対するアンチセンスRNA(siRNA)、ASO、miRNA、アプタマー、及びデコイ等も、上記するP300阻害剤に包含される。なお、上記するP300阻害剤は、単独で、又は他のP300阻害剤と組み合わせて用いることもできる。
【0020】
本発明の組成物は、上記するP300阻害剤の修飾体を有効成分として含有する。斯かる修飾体は、P300阻害剤が細胞に吸収されやすくなること、生体内で分解されないようにすること、又はBBBを透過しやすくなること等が期待されるものとすることができ、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、配糖体、脂質修飾体、又はペプチド修飾体等を挙げることができる。これらの中でも、配糖体又は脂質修飾体を、上記するP300阻害剤の修飾体の好ましい態様として挙げることができる。
【0021】
以下に、本発明の組成物に含有されるP300阻害剤として例示したものについて詳述する。なお、本発明の組成物には、P300阻害剤又はその修飾体を単独で、又は二種以上を組み合わせて含有されることができる。また、後記するP300阻害剤又はその修飾体は、市場から購入することで得ることもできるし、P300阻害剤に対して公知の方法によって修飾を施すことによって得ることもできる。
【0022】
例えば、P300阻害剤の配糖体であれば、配糖化を所望する適当な糖とP300阻害剤とを、所定の条件下で混合する手段、又は、P300阻害剤に対して、上記糖と共に、必要であれば生体適合性を有するリンカーを介して、ケーニッヒ・クノール反応、光延反応、糖転移酵素、又は植物培養細胞を利用するバイオトランスフォーメーション等の化学的に結合させる手段を施すことにより、当業者であれば容易にP300阻害剤の配糖体を得ることができる。
【0023】
例えば、P300阻害剤の脂質修飾体であれば、脂質修飾を所望する適当な脂質とP300阻害剤とを、所定の条件下で混合する手段、又は、上記脂質とP300阻害剤とを、必要であれば生体適合性を有するリンカーを介して化学的に結合させる手段等を施すことにより、当業者であれば容易にP300阻害剤の脂質修飾体を得ることができる。なお、上記脂質は、公知の方法により脂質集合体とすることもできる。
【0024】
例えば、P300阻害剤のペプチド修飾体であれば、ペプチド修飾を所望する適当なペプチドとP300阻害剤とを、所定の条件下で混合する手段、又は、上記ペプチドと、P300阻害剤とを、必要であれば生体適合性を有するリンカーを介して、化学的に結合させる手段等を施すことにより、当業者であれば容易にP300阻害剤のペプチド修飾体を得ることができる。
【0025】
<クルクミン化合物>
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤として例示するクルクミン化合物は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。具体的には、下記式(1)で表される化合物を挙げることができる。
【0026】
【化6】
【0027】
また、上記式(1)のケト構造を、エノール構造にした下記式(1)’
【0028】
【化7】
【0029】
で表される化合物も、上記する式(1)と同一の化合物とみなす。上記する式(1)において、R~Rは、同一又は異なって、水酸基、水素原子、又は低級アルコキシ基である。上記する式(1)’において、R~Rは、上記する式(1)と同じである。
【0030】
上記する低級アルコキシ基とは、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、イソブトキシ基、又はtert-ブトキシ基を挙げることができる。
【0031】
上記するクルクミン化合物の中でも、ヒトが食経験のあるウコン等の植物体に含有される化合物が好ましい。具体的には、クルクミン、デメトキシクルクミン、又はビスデメトキシクルクミンを挙げることができる。斯かるクルクミン化合物の中でも、クルクミンが最も好ましい。なお、上記するクルクミン化合物は、単独で、又は他のクルクミン化合物と組み合わせて用いることもできる。このようなクルクミン化合物は、粉砕処理された形態や脂質修飾されたものを使用することもでき、特に限定されない。例えば、セラバリューズ社が販売するセラクルミン、Verdure Sciences社が販売するLongvida、又はVidya Herbs社が販売するVi-Activeターメリック等を挙げることができる。
【0032】
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤の配糖体の典型例であるクルクミン化合物の配糖体は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。クルクミン化合物と糖とが、グリコシド結合した配糖体を挙げることができる。斯かる配糖体は、必要に応じて、生体適合性リンカーを介してグリコシド結合したものとすることもできる。
【0033】
なお、上記するグリコシド結合は、O-グリコシド結合には限定されず、C-グリコシド結合、N-グリコシド結合、又はS-グリコシド結合とすることもできる。上記する糖の入手のしやすさ又はクルクミン化合物を簡便に配糖化すること等に鑑みて、O-グリコシド結合とすることが好ましい。すなわち、上記式(1)で表されるクルクミン化合物が有し得る、1個の水酸基、2個の水酸基、3個の水酸基、又は4個の水酸基を介して、糖がO-グリコシド結合した構造を有する化合物を、好ましいクルクミン化合物の配糖体として挙げることができる。
【0034】
上記するクルクミン化合物の配糖体において、クルクミン化合物に結合する糖は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、単糖とすることもできるし、多糖とすることもできる。斯かる単糖は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、オシキロース環、オキセトース環、ピラノース環、フラノース環、セプタノース環、又はオクタノース環構造を取り得る、アルドース、ケトース、又はデオキシ糖を挙げることができる。斯かる単糖として、具体的にグルコース、マルトース、又はガラクトース等を挙げることができ、グルコースが好ましい。なお、上記する単糖は、ウロン酸、アルドン酸、又はアルダル酸等の酸化体、アルジトール等の還元化体とすることもできる。このような単糖は、単独又は2種以上の異なる単糖を組み合わせることもできる。
【0035】
上記する多糖は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、オシキロース環、オキセトース環、ピラノース環、フラノース環、セプタノース環、又はオクタノース環構造を取り得る、アルドース、ケトース、又はデオキシ糖より選択される少なくとも2個以上の単糖が、互いにグリコシド結合した構造を有する多糖を挙げることができる。上記する多糖を構成する単糖は、全て同一であっても、それぞれ異なっていてもよい。上記クルクミン化合物を簡便に配糖化することに鑑みて、多糖を構成する単糖は、全て、同一とすることが好ましい。
【0036】
上記する多糖を構成する単糖は、クルクミン化合物の配糖体において、クルクミン化合物に結合する上記の単糖と同様にすることができる。上記する多糖における、2個以上の単糖間のグリコシド結合の態様は、O-グリコシド結合には限定されず、C-グリコシド結合、N-グリコシド結合、又はS-グリコシド結合とすることもできる。上記する糖の入手のしやすさ又はクルクミン化合物を簡便に配糖化することに鑑みて、O-グリコシド結合とすることが好ましい。また、上記する2個以上の単糖間のグリコシド結合の態様は、必ずしも全てが同一である必要はなく、それぞれ異なった態様とすることもできる。上記クルクミン化合物を簡便に配糖化することに鑑みて、全ての、同一の結合態様とすることが好ましい。
【0037】
上記する多糖における、2個以上の単糖間のグリコシド結合のアノマーの結合態様は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、α-グリコシド結合とすることもでき、β-グリコシド結合とすることもできる。好ましくは、α-グリコシド結合である。また、斯かるグリコシド結合のアノマーの結合態様は、必ずしも全てが同一である必要はなく、それぞれ異なった結合態様とすることもできる。上記クルクミン化合物の配糖体の簡便な製造に鑑みて、全て、同一の結合態様とすることが好ましい。
【0038】
上記する多糖における、2個以上の単糖間のグリコシド結合の単糖の炭素番号間の結合態様は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、(1-1)グリコシド結合、(1-2)グリコシド結合、(1-3)グリコシド結合、(1-4)グリコシド結合、又は(1-6)グリコシド結合を挙げることができる。上記するクルクミン化合物の配糖体の簡便な製造に鑑みて、(1-4)グリコシド結合とすることが好ましい。斯かる炭素番号間の結合態様は、全て同一である必要はなく、それぞれ異なった炭素番号間の結合態様とすることもできる。上記するクルクミン化合物の配糖体の簡便な製造に鑑みて、全て、同一の結合態様とすることが好ましい。
【0039】
上記するクルクミン化合物の配糖体において、糖とクルクミン化合物とのグリコシド結合におけるアノマーの結合態様は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、α-グリコシド結合とすることもでき、β-グリコシド結合とすることもできる。上記するクルクミン化合物の配糖体の構造安定性に鑑みて、β-グリコシド結合とすることが好ましい。
【0040】
上記するクルクミン化合物の配糖体として、クルクミン化合物の水酸基に、1~10個程度の糖がα-(1-4)-O-グリコシド結合した多糖、又は単糖が、β-O-グリコシド結合した化合物が好ましい。更に好ましい化合物として、具体的に、下記式(2)又は式(4)で表される化合物を挙げることができ、下記式(4)で表される化合物が、より好ましい。
【化8】
【化9】
【0041】
上記する式(2)及び式(4)のフェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β-O-グリコシド結合である。上記する式(4)のnは、0~8の整数である。上記する式(4)のグルコース間のO-(1-4)グリコシド結合は、全てα-グリコシド結合である。
【0042】
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤の修飾体の典型例であるクルクミン化合物の脂質修飾体は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、P300阻害剤と脂質とを含有する脂質複合体、又は、P300阻害剤と脂質とが、必要に応じて生体適合性を有するリンカーを介して化学結合した脂質結合体を挙げることができる。これらのクルクミン化合物の脂質修飾体でも、脂質複合体が好ましい。
【0043】
上記するクルクミン化合物の脂質は、上記するクルクミン化合物の分子が、上記する脂質集合体を構成する脂質に突き刺さった状態で存在すること(該クルクミン化合物の一部の分子が、該脂質内に存在すること)もできるし、該クルクミン化合物分子が該脂質に内包された状態で存在すること(該クルクミン化合物分子の全てが、該脂質内に存在すること)もできる。
【0044】
上記する脂質集合体は、リポソーム等に代表される、特定の形状を有する脂質集合体を形成することが好ましい。斯かる形状は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、球状、楕円状、円盤状、円柱状、又はチューブ状等の分子形状を挙げることができる。上記する脂質集合体の分子サイズは、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には1~1000nm程度とすることができる。好ましくは1~500nm程度、より好ましくは1~300nm程度、更に好ましくは1~100nm程度であり、1~50nm程度が最も好ましい。このような分子サイズは、その形状によって異なるが、その形状の最も長い部分のサイズとすることもできるし、最も短い部分のサイズとすることもできる。
【0045】
上記する脂質集合体に含有される脂質は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、アシルグリセロール、蝋、又はセラミド等の単純脂質;スフィンゴリン脂質又はグリセロリン脂質等を包含するリン脂質、スフィンゴ糖脂質又はグリセロ糖脂質等を包含する糖脂質、リポタンパク質又はスルホ脂質等の複合脂質;又は脂肪酸、テルペノイド、ステロイド、又はカロテノイドの誘導脂質を挙げることができる。上記に挙げた脂質は、単独で、又は二種以上の脂質を組合せて使用することができる。これらの脂質の中でも、リン脂質が好ましい。
【0046】
上記するリン脂質は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、水素化大豆ホスホチジルコリン、1,2-ジデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジエルコイル-sn-グリセロ-3-リン酸、1,2-ジエライドイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジエルコイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1,2-ジエライドイル-ホスファチジルグリセロール、1,2-ジリノレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジラウロイル-sn-グリセロ-3-リン酸、1,2-ジラウロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジラウロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1,2-ジラウロイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルグリセロール、1,2-ジラウロイル-sn-グリセロ-3-ホスホセリン、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-リン酸、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルグリセロール、1,2-ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホセリン、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-リン酸、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルグリセロール、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホセリン、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-リン酸、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルグリセロール、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホセリン、1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-リン酸、1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルグリセロール、1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホセリン、1-ミリストイル-2-パルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1-ミリストイル-2-ステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1-パルミトイル-2-ミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン、1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルグリセロール、1-パルミトイル-2-ステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1-ステアロイル-2-ミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、1-ステアロイル-2-オレオイル-sn-リセロ-3-ホスホコリン、又は1-ステアロイル-2-パルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリンを挙げることできる。これらのリン脂質は、様々な分子量のポリアルキレングリコール等で修飾されることもできる。上記に挙げたリン脂質は、単独で、又は二種以上のリン脂質を組合せて使用することができる。これらのリン脂質の中でもアニオン性リン脂質が好ましく、中でも、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-フォスファチジルグリセロールが好ましい。
【0047】
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤の修飾体の典型例であるクルクミン化合物のペプチド修飾体は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、P300阻害剤とペプチドとの複合体、又は、P300阻害剤とペプチドとが、必要に応じて生体適合性を有するリンカーを介して化学的に結合した化合物等を挙げることができる。これらのクルクミン化合物のペプチド修飾体でも、P300阻害剤とペプチドとが化学的に結合した化合物とすることが好ましい。上記するペプチドは、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、細胞透過性を付与するシグナルペプチド、ポリアルギニン等を挙げることができる。
【0048】
<アナカルジン酸>
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤として例示するアナカルジン酸は、カシューナッツに代表されるウルシ科の植物に含有される化合物であり、カルボキシル基及び水酸基を有する脂溶性サリチル酸誘導体である。
【0049】
本発明の組成物にされるP300阻害剤の配糖体の典型例であるアナカルジン酸の配糖体は、上記するクルクミン化合物の配糖体と同様とすることができ、特に限定されない。斯かるアナカルジン酸の配糖体として、下記式(3)又は(5)で表される化合物を好ましい態様として挙げることができ、下記式(5)で表される化合物が、更に好ましい。
【化10】
【化11】
【0050】
上記する式(3)及び式(5)のフェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β-O-グリコシド結合である。上記する式(5)のnは、0~8の整数である。上記する式(5)のグルコース間のO-(1-4)グリコシド結合は、全てα-グリコシド結合である。本発明の組成物に含有されるP300阻害剤の修飾体の典型例である、アナカルジン酸の脂質修飾体及びペプチド修飾体は、それぞれ、上記するクルクミン化合物の脂質修飾体及びペプチド修飾体と同様とすることができる。
【0051】
<カテキン化合物>
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤として例示するカテキン化合物は、茶等の天然に存在する成分として知られ、3-オキシフラバンのポリオキシ誘導体である限り、特に限定されない。例えば、遊離型カテキンであるカテキン、エピカテキン、ガロカテキン、若しくはエピガロカテキン、又はエステル型(ガレート型)カテキンであるカテキンガレート、エピカテキンガレート、ガロカテキンガレート、若しくはエピガロカテキンガレート等を挙げることができる。本発明の組成物に含有されるP300阻害剤の修飾体の典型例である、カテキン化合物の配糖体、脂質修飾体、及びペプチド修飾体は、それぞれ、上記するクルクミン化合物の配糖体、脂質修飾体、及びペプチド修飾体と同様とすることができる。
【0052】
<ガルシノール>
本発明の組成物に含有されるP300阻害剤として例示するガルシノールは、オトギリソウ科のガルシニアカンボジアに含有される化合物であり、3個の水酸基を有するベンゾフェノン誘導体である。本発明の組成物に含有されるP300阻害剤の修飾体の典型例である、ガルシノールの配糖体、脂質修飾体、及びペプチド修飾体は、それぞれ、上記するクルクミン化合物の配糖体、脂質修飾体、及びペプチド修飾体と同様とすることができる。
【0053】
上記するP300阻害剤を含有する本発明の組成物は、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療に用いることができる。「依存」との用語は、中毒、嗜癖、又は乱用と言いかえることもできる。また、本発明の組成物が、予防及び/又は治療対象とする依存症との用語には、急性依存症(急性中毒等)、及び慢性依存症(慢性中毒等)との意味も包含する。
【0054】
本発明の組成物が予防及び/又は治療対象とする、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症として、例えば、嗜癖性物質に対する依存症又は衝動制御障害を呈する依存症等を挙げることができる。
【0055】
上記する嗜癖性物質とは、特に限定されない。例えば、アルコール、ニコチン、マリファナ、タバコ、オピオイドアゴニスト、ベンゾジアゼピン、バルビツレート、及び精神刺激薬等を挙げることができる。これらの嗜好性物質に対する依存症が、中脳辺縁系のドーパミン神経が亢進する状態を発症機序とすることは、以下に示すように既に公知である。
【0056】
例えば、アルコールを嗜好性物質にした依存症(アルコール依存症)は、BoileauらのSynapse,(2003)49(4):226-31又はGilmanらのJ Neurosci.(2008)28:4583-91に、アルコールが中脳辺縁系ドーパミン回路を活性化することが実証されている。ニコチンを嗜好性物質したタバコ依存症(ニコチン依存症)は、Di ChiaraらのProc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,(1988)85,5274-8又はRice MEらのNat Neurosci.(2004)7(6):583-4に、これらの関係が記載されている。大麻(マリファナ)、アヘン、モルヒネ、ヘロイン、コデイン、オキシコドン、フェンタニル、メサドン、ペチジン等に代表されるオピオイドアゴニストを嗜好性物質とした依存症(オピオイドアゴニスト依存症)は、SpanagelらのProc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.(1992)89(6):2046-50、WiseらのSynapse,(1995)21,140-8又はSteidlらのNeurosci Biobehav Rev.(2017)83:72-82に、これらの関係が記載されている。ベンゾジアゼピンを嗜好性物質した依存症(ベンゾジアゼピン依存症)は、TanらのNature(2010)463,p769-74に、これらの関係が記載されている。バルビツレートを嗜好性物質した依存症(バルビツレート依存症)は、Di ChiaraらのAnn.NY.Acad.Sci.(1986)473:367-81に、これらの関係が記載されている。アンフェタミン、コカイン等の精神刺激薬を嗜好性物質した依存症(精神刺激薬依存症)は、Di ChiaraらのProc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,(1988)85,5274-8、HurdらのSynapse,(1989)3,48-54又はCarboniらのNeuroscience,(1989)28,653-61に、これらの関係が記載されている。
【0057】
上記する衝動制御障害とは、特に限定されない。例えば、ギャンブル、過食、拒食、電子デバイスの使用、電子ビデオゲームの使用、電子通信デバイスの使用、強迫性障害、ポルノ依存、セックス(性行為)依存、間欠性爆発性障害、盗み癖、放火癖及び抜毛癖等を挙げることができる。
【0058】
これらの衝動制御障害を呈する依存症が、中脳辺縁系のドーパミン神経が亢進する状態を発症機序とすることは、既にGrall-BronnecらのDrug Saf.(2018);41(1):19-75に公知である。ギャンブルを衝動制御障害とする依存症(ギャンブル依存症)は、JoutsaらのNeuroimage(2012)60:1992-9に、これらの関係が記載されている。
【0059】
本発明の組成物は、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の、治療及び/又は予防できることを期待して、飲食品又は食品添加物等を包含する飲食品組成物、又は医薬品若しくは医薬部外品等を含む医薬組成物の態様とすることができる。
【0060】
飲食品組成物
本発明の飲食品組成物に含有される有効成分である、P300阻害剤又はその修飾体の量は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、100質量%の飲食品組成物に対するP300阻害剤又はその修飾体の含有量を、0.001~100質量%程度とすることができる。
【0061】
本発明の飲食品組成物には、特定保健用食品、機能性表示食品、及び栄養機能食品等の保健機能食品(飲料を含む);栄養補助食品、健康補助食品、及び栄養調整食品等;並びに一般食品(飲料を含む)の何れもが包含されるものとすることができる。これらの飲食品組成物は、慣用の飲食物の形状を有していればよく、例えば、一般の食品、飲料の形態(明らか食品)のほか、好ましくは、中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症を改善する効果を奏することを、飲食品の機能として謳うことのできる特定保健用食品、又は機能性表示食品とすることができる。具体的に、本発明の飲食品組成物は、アルコール、タバコ、セックス、ギャンブル、薬物、ゲーム、若しくはポルノ依存、過食又は拒食にお困りの方に等と謳うことができる。
【0062】
本発明の飲食品組成物の形状は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果実飲料、乳酸飲料等の飲料;アイスクリーム、かき氷等の冷菓;ガム、チョコレート、飴、錠菓、スナック菓子、ゼリー、ジャム、クリーム、グミ等の菓子;そば、うどん、即席麺、中華麺等の麺;かまぼこ、ハム、ソーセージ等の水産又は畜産加工食品;加工乳、発酵乳等の乳製品;サラダ油、マヨネーズ、ホイップクリーム、ドレッシング等の油脂、又は油脂加工食品;ソース、たれ等の調味料;スープ、サラダ、惣菜、漬物、パン、又はシリアル等を挙げることができる。
【0063】
本発明の飲食品組成物は、例えば、粉末、顆粒、カプセル、トローチ、又は錠剤(タブレット)等の固形製剤;シロップ又はドリンク等の液体製剤等の、一般にサプリメントとして提供される製剤形態とすることもできる。
【0064】
本発明の飲食品組成物の摂取量は、適用対象者の性別、年齢、当該飲食品組成物の適用形態、所望する効果の程度等に基づいて適宜設定することができ、特に限定されない。例えば、体重60kgのヒト成人であれば、P300阻害剤又はその修飾体の量を、一日当たり、0.001nmol~100mmol程度となる量で投与することができる。斯かる投与量は、P300阻害剤に換算した投与量とすることもできる。
【0065】
医薬組成物
本発明の医薬組成物に含有される有効成分である、P300阻害剤又はその修飾体の量は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、100質量%の医薬組成物に対するP300阻害剤又はその修飾体の含有量を、通常は0.001~100質量%程度とすることができる。
【0066】
本発明の医薬組成物は、有効成分であるP300阻害剤又は修飾体と、薬学分野の組成物を製造する際に使用される、薬学的に許容可能な公知の担体又は添加物とを配合することによって、製造することができる。斯かる担体又は添加物は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。例えば、任意の担体、希釈剤、賦形剤、懸濁剤、潤滑剤、アジュバント、媒体、送達システム、乳化剤、錠剤分解物質、吸収剤、保存剤、界面活性剤、着色剤、香料、又は甘味料等を挙げることができる。
【0067】
本発明の医薬組成物は、上記する担体又は添加物を適宜組み合わせた、あらゆる剤形とすることができる。よって、本発明の医薬組成物の剤形は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、輸液剤、埋め込み注射剤、マイクロニードル、又は持続性注射剤等の注射剤;腹膜透析用剤又は血液透析用剤等の透析用剤;口腔内崩壊錠、チュアブル錠、発泡錠、分散錠、又は溶解錠等の錠剤;硬カプセル錠又は軟カプセル錠等のカプセル剤;発泡顆粒剤、徐放性顆粒剤、又は腸溶性顆粒剤等を含有する顆粒剤;散剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、又はリモナーデ剤等の経口液剤;シロップ剤、経口ゼリー剤、トローチ剤、舌下錠、バッカル錠、付着錠、又はガム剤等の口腔用錠剤;口腔用スプレー剤、口腔用半固形剤、含嗽剤、吸入粉末剤、吸入液剤、又は吸入エアゾール剤等の吸入剤;眼軟膏剤等の点眼剤;点耳剤;点鼻粉末剤又は点鼻液剤等の点鼻剤;坐剤、直腸用半固形剤、注腸剤、膣錠、膣用坐剤、又は外用散剤等の外用固形剤;リニメント剤又はローション剤等の外用液剤;外用エアゾール剤又はポンプスプレー剤等のスプレー剤;軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、テープ剤、又はパップ剤等の貼付剤等を挙げることができる。
【0068】
本発明の医薬組成物の投与方法は、上記する各剤形に最適化される公知の投与方法である限り、特に限定されない。具体的には、経口投与、筋肉内投与、静脈内投与、動脈内投与、蜘蛛膜下腔内投与、皮内投与、腹腔内投与、鼻腔内投与、肺内投与、眼内投与、腟内投与、頸部内投与、直腸内投与、又は皮下投与等を挙げることができる。
【0069】
本発明の医薬組成物の投与量は、本発明の効果を奏する範囲において、特に限定されない。具体的には、適用対象者の性別や年齢、当該医薬組成物の適用形態、所望する効果の程度などに基づいて、適宜設定することができる。例えば、体重60kgのヒト成人であれば、P300阻害剤又はその修飾体の量を、一日当たり、0.001nmol~100mmol程度となる量で投与することができる。斯かる投与量は、P300阻害剤に換算した投与量とすることもできる。
【0070】
stx1aの発現抑制剤
後記の実施例8から明らかなように、P300阻害剤又はその修飾体の典型例であるクルクミンの配糖体は、stx1aの発現を抑制する効果を奏する。したがって、本発明は、P300阻害剤又はその修飾体を有効成分として含有するstx1aの発現抑制剤も包含される。stx1aの発現抑制剤に含有されるP300阻害剤又はその修飾体は、上記のとおりである。
【0071】
また、stx1aの発現量が低下することにより、中脳辺縁系のドーパミン神経におけるドーパミン小胞の放出が抑制されることが、Mishimaら、Journal of Neuroscience,(2012)32(1):381-9に記載されている。このことは、後記の実施例9にて実証する典型例から明らかである。したがって、上記するP300阻害剤又はその修飾体を含有する組成物は、上記に説明した中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の治療及び/又は予防の為に好適に用いることができる。
【実施例
【0072】
以下に、本発明をより詳細に説明する為の実施例を示す。なお、本発明が以下に示す実施例に限定されないのは言うまでもない。
【0073】
実施例1:クルクミンを用いたエタノール嗜好性実験(予防効果)
8週齢~16週齢のC57BL/6Jマウス(重量:20g~30g程度)を、ジャクソンラボラトリーズから購入した。各マウスの、予防効果を確認するためのエタノール嗜好性実験に影響する偏り(位置的傾向)を削除するために、蒸留水が入った2本のチューブ設置した飼育ゲージ中にて各マウスを給餌する、7日間の準備期間を設けた。この準備期間内の計7回、各24時間毎に、クルクミンの混合物を1.3μmol/kg/dayの量で腹腔内投与した。このようにクルクミンを投与した群のことを、以後、「クルクミン投与群」と呼ぶことがある。一方で、上記する配糖化クルクミンに変えてPBSを投与した群を準備した。このようにPBSを投与した群のことを、以後、「コントロール群」と呼ぶことがある。
【0074】
その後、片方のチューブを10%v/vのエタノール水溶液に変更し、引き続き、各24時間おきに、クルクミンの混合物を各24時間おきに1.3μmol/kg/dayの量で腹腔内投与した。その後、蒸留水及びエタノール水溶液の1日の減少量を、計6日の期間にて計測し、アルコール依存症に対する予防効果を確認した。これらの結果を、図1に示す。
【0075】
(A)に示す、1日あたりの蒸留水及びエタノール水溶液の摂取量の結果から、クルクミン投与群は、コントロール群と比べて、エタノール水溶液の消費量が顕著に減少していることが確認された。また、(B)に示す6日間の総量でも、同様の傾向であることが見て取れる。そして、(C)に示す1日あたりのエタノール水溶液の減少割合についても、クルクミン投与群よりも、コントロール群のほうが高く消費されることが確認された。(D)に示す6日間の結果からも、同様の傾向が見て取れた。したがって、クルクミンの投与は、エタノール水溶液を摂取しないように導く効果を奏することが明らかとなり、配糖化クルクミンは、アルコール依存症の予防効果を発揮することが明らかとなった。
【0076】
実施例2:クルクミンを用いたエタノール嗜好性実験(治療効果)
実施例1の予防効果を確認したPBS投与群マウスを用いて、エタノール依存症の治療効果を確認した。実施例1に示す、6日間のエタノール嗜好性実験を行った後のPBS処理群(これを「アルコール依存症マウス」と呼ぶことがある)に対して、実施例1で使用したクルクミンを腹腔内投与した。一方で、上記するアルコール依存症モデルマウスに対し、クルクミンに変えてPBSを投与した群(これを「PBS投与群」と呼ぶことがある)を準備した。なお、治療効果を確認するためのエタノール嗜好性実験に影響する2本のチューブの位置的傾向を排除するために、2本のチューブ共に蒸留水を入れて飼育する、一定の準備期間を設けた。
【0077】
このようにして準備した両群のマウスを、蒸留水の入ったチューブ及び10%v/vのエタノール水溶液が入ったチューブの2本のチューブを備えたゲージで飼育し、各チューブの減少量を6日間、毎日計測した。なお、6日間の計測期間の毎日同じ時間に、配糖化クルクミン投与群マウスに、32.5μmol/kg/dayとなる量のクルクミンを、腹腔内投与した。そして、クルクミン非投与群マウスには、上記と同様に、PBSを腹腔内投与した。これらの結果を、図2に示す。
【0078】
(A)に示す結果から、Preに示す配糖化クルクミン及びPBSの投与前と比較すると、PBS投与群のエタノールの摂取量は、ほぼ同程度であるのに対して、クルクミン投与群は、エタノールの摂取量が減少していることが見て取れる。これらのエタノール摂取量は、両群共に6日間の計測期間中、ほぼ一定であり、(B)に示す7日間の総量からも、クルクミン投与群のエタノール摂取量が、PBS投与群よりも少ないことが明確に理解できる。また、(C)及び(D)に示すエタノール摂取割合からも、クルクミン投与群がPBS投与群に対して優位であることが見て取れる。したがって、クルクミンの投与は、エタノール依存症マウスが、エタノール水溶液を摂取しないように導く効果を奏することが明らかとなったので、クルクミンの投与により、アルコール依存症の治療効果を発揮することが明らかとなった。
【0079】
実施例3:配糖化クルクミンを用いたエタノール嗜好性実験(予防効果)
実施例1で使用した使用したクルクミンを配糖化クルクミンに代えて、実施例1と同じ実験を行った。本実施例で使用したクルクミンは、下記式(4)で表される配糖化クルクミンの混合物であり、これを1.3μmol/kg/dayの量で腹腔内投与した。
【0080】
【化12】
式(4)のフェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β結合である。式中のnは0~8の整数である。式中のグルコース間の(1-4)グリコシド結合は、全てα結合である。上記する配糖化クルクミンの混合物は、n=0からn=8の各配糖体の混合物であることを意味する。
【0081】
このように配糖体クルクミンを投与した群のことを、以後、「配糖化クルクミン投与群」と呼ぶことがある。一方で、上記する配糖化クルクミンに変えてPBSを投与した群を準備した。これらの結果を、図3に示す。
【0082】
(A)に示す、1日あたりの蒸留水及びエタノール水溶液の摂取量の結果から、配糖化クルクミン投与群は、コントロール群と比べて、エタノール水溶液の消費量が顕著に減少していることが確認された。また、(B)に示す7日間の総量でも、同様の傾向であることが見て取れる。また、(C)及び(D)に示すエタノール摂取割合からも、クルクミン投与群がPBS投与群に対して優位であることが見て取れる。したがって、配糖化クルクミンの投与は、エタノール水溶液を摂取しないように導く効果を奏することが明らかとなり、配糖化クルクミンは、アルコール依存症の予防効果を発揮することが明らかとなった。
【0083】
実施例4:配糖化クルクミンを用いたエタノール嗜好性実験(治療効果)
実施例2で使用した使用したクルクミンを配糖化クルクミンに代えて、実施例2と同じ実験を行った。なお、使用した配糖化クルクミンは、実施例3と同じものを使用した。これらの結果を、図4に示す。
【0084】
(A)に示す結果から、Preに示す配糖化クルクミン及びPBSの投与前と比較すると、PBS投与群のエタノールの摂取量は、ほぼ同程度であるのに対して、配糖化クルクミン投与群は、エタノールの摂取量が減少していることが見て取れる。これらのエタノール摂取量は、両群共に6日間の計測期間中、ほぼ一定であり、(B)に示す6日間の総量からも、配糖化クルクミン投与群のエタノール摂取量が、PBS投与群よりも少ないことが明確に理解できる。また、(C)及び(D)に示すエタノール摂取割合からも、配糖化クルクミン投与群がPBS投与群に対して優位であることが見て取れる。したがって配糖化クルクミンの投与は、エタノール依存症マウスが、エタノール水溶液を摂取しないように導く効果を奏することが明らかとなったので、配糖化クルクミンの投与により、アルコール依存症の治療効果を発揮することが明らかとなった。また1カ月間のエタノールに対する長期依存に陥らせたマウスにおいても同様に、配糖化クルクミンの投与によりアルコール依存症の治療効果を発揮することを確認した(データ示さず)。また、この結果から、配糖化クルクミンはBBBを突破することが強く示唆される。
【0085】
実施例5:脂質修飾クルクミンを用いたエタノール嗜好性実験(治療効果)
実施例2で使用した配糖化クルクミンを脂質修飾クルクミンに代えて、同様の実験を行った。使用した脂質修飾クルクミンは、1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-フォスファチジルグリセロール:クルクミン=10:1の重量比で、所定の時間、混合させて得られた複合体である。このようにして作成した脂質修飾クルクミンを、上記アルコール依存症マウスに、27.3μmol/kg/dayとなる量で腹腔内投与して、実施例2と同様の実験を行った。これらの結果を、図5に示す。
【0086】
(A)に示す結果から、PBS投与群のエタノールの摂取量は、Preと1日目に示す結果においてほぼ同程度であるのに対して、脂質修飾クルクミン投与群は、Preよりも1日目に示すエタノールの摂取量が減少していることが見て取れる。これらのエタノール摂取量は、両群共に6日間の計測期間中、ほぼ一定であり、(B)に示す6日間の総量からも、脂質修飾クルクミン投与群のエタノール摂取量が少ないことが明確に理解できる。また、(C)及び(D)に示すエタノール摂取割合からも、クルクミン投与群がPBS投与群に対して優位であることが見て取れる。以上の結果から、脂質修飾クルクミンの投与は、エタノール依存症マウスがエタノール水溶液を摂取しないように導く効果を奏することが明らかとなり、脂質修飾クルクミンの投与により、アルコール依存症の治療効果を発揮することが明らかとなった。
【0087】
実施例6:配糖化アナカルジン酸を用いたエタノール嗜好性実験(治療効果)
実施例2で使用した配糖化クルクミンを配糖化アナカルジン酸に代えて、同様の実験を行った。使用した配糖化アナカルジン酸は、下記式(5)で表される化合物であり、これを上記アルコール依存症マウスに、53.2μmol/kg/dayとなる量で腹腔内投与した。
【化13】
上記する式(5)のフェノール基及びグルコース間のO-グリコシド結合は、β-O-グリコシド結合であり、nは、0であり、グルコース間のO-(1-4)グリコシド結合は、全てα-グリコシド結合である。
【0088】
配糖化アナカルジン酸を投与した群のことを、「配糖化アナカルジン酸投与群」と呼ぶことがある。一方、上記する配糖化アナカルジン酸に変えてPBSを投与した群を準備した。これらの結果を、図6に示す。
(A)に示す結果から、PBS投与群のエタノールの摂取量は、Preと1日目に示す結果においてほぼ同程度であるのに対して、配糖化アナカルジン酸投与群は、Preよりも1日目に示すエタノールの摂取量が減少していることが見て取れる。これらのエタノール摂取量は、両群共に4日間の計測期間中、ほぼ一定であり、(B)に示す4日間の総量からも、配糖化アナカルジン酸投与群のエタノール摂取量が少ないことが明確に理解できる。また、(C)及び(D)に示すエタノール摂取割合からも、配糖化アナカルジン酸投与群がPBS投与群に対して優位であることが見て取れる。以上の結果から、配糖化アナカルジン酸の投与は、エタノール依存症マウスが、エタノール水溶液を摂取しないように導く効果を奏することが明らかとなり、配糖化アナカルジン酸の投与により、アルコール依存症の治療効果を発揮することが明らかとなった。なお、別種の食品天然化合物であり、イチョウ葉等に含有されるギンコール酸を投与すると、エタノール嗜好性に対する効果は認められなかった(データ示さず)。
【0089】
実施例7:配糖化クルクミンによるニコチン誘導場所嗜好性(CPP)実験
WTマウスを用いた条件付け場所嗜好性実験を6日間の日程にて実施した。実験装置として、床の質感が異なる白及び黒の(白:粗面、黒:滑面)、条件付け調整段階における部屋間の仕切りとして隔壁ドアで分割された、20×20×20cmの部屋を利用した。
【0090】
1日目(馴化日)は上記の隔壁ドアを開け、マウスを15分間自由にローミングさせ、環境に馴化させた。2日目(プレコンディショニング日)に隔壁ドアを開け、マウスを15分間自由にローミングさせ、白部屋と黒部屋とで過ごした時間を記録し、各部屋での滞在時間とベースラインとして測定した。そして、各マウスの初期の滞在部屋に対するバイアスを平均化させた後に、6.5μmol/kgの濃度の配糖化クルクミンを腹腔内投与する配糖化クルクミン投与群と、生理食塩水を腹腔内投与するコントロール群に分けた。3~5日目(調整日)に隔離ドアを閉めて、各マウスに黒部屋で生理食塩水を注射した後に、マウスを15分間のローミングを実施させた。ローミング後、各マウスに白部屋で1mg/kgのニコチンを腹腔内投与した後に、再度、15分間のローミングを実施させた。この工程を1日に2回行い、各日の2回目の工程終了後、コントロール群に生理食塩水を、そして配糖化クルクミン投与群には6.5μmol/kgの濃度で配糖化クルクミンを腹腔内投与した。この条件付け調整を、計3日間行った。6日目(試験日)に隔壁ドアを開けて、各マウスを15分間のローミングを実施させて、各部屋での滞在時間を測定した。
【0091】
各マウスのニコチン嗜好スコアを、試験日の白部屋(ニコチン投与部屋)での滞在時間から、プレコンディショニング日の白部屋で滞在時間として測定したベースラインを引いた差分(秒)として計算した。この結果、生理食塩水投与群のニコチン嗜好スコアは、131.96±32.23秒であったのに対して、配糖化クルクミン投与群のニコチン嗜好スコアは、7.52±25.17秒(p<0.005)であった。この結果からニコチン投与部屋での滞在時間が顕著に少ない配糖化クルクミン投与群は、ニコチン依存症に治療又は予防効果を発揮することが明らかとなった。
【0092】
実施例8:stx1aの発現を確認する実験
実施例3又は4にて使用した配糖化クルクミン投与群及びPBS投与群マウスの海馬の抽出物において発現するstx1aの量を、ウエスタンブロットにて確認する実験を行った。
【0093】
具体的に、実施例1又は2のエタノール嗜好性実験で使用した後のマウスに、上記する実施例3に示す準備期間に腹腔内投与したクルクミン又はPBSを再度同様に投与して育種し、その後、定法に従って海馬を採取し、その抽出物をホモジナイザーにて回収した。回収した海馬の抽出物に含まれるタンパク質量を、それぞれBSAを基にブラッドフォード法にて測定し、それらが同量となるようにSDS-PAGEに供した。その後、抗stx1a抗体(14D8;Kushima et al.,J Mol Neurosci.(1997)8(1):19-27)及びα-チューブリン抗体(DM1A;Sigma-Aldrich)を用いたウエスタンブロッティングを定法に従って行った結果を図7に示す。
【0094】
(A)に示すように、PBS投与群のマウス海馬と比較して、配糖化クルクミン投与群のマウス海馬では、stx1aの発現量が減少していることが確認できた。この結果をデンシトメトリーにて数値化した(B)から、配糖化クルクミン投与群マウスにて発現するstx1aの量は、PBS投与群のマウス海馬にて発現するstx1aの量の、約50%程度であることが明らかとなった。したがって、配糖化クルクミンはstx1aの発現量を抑制する効果を発揮することが明らかとなった。この効果から、stx1a発現量が上昇していることが知られている一部の発達障害(高機能性自閉症;Nakamura et al.,Int.J.Neuropsychopharmacology,(2008)11,8,p1073-84)の治療への応用が期待される。
【0095】
実施例9:ホモバニール酸(HVA)及びドーパミン(DA)の量を測定する実験
実施例3又は4にて使用した配糖化クルクミン投与群マウス及びPBS投与群マウスの視床下部の抽出物において発現するHVA及びDAの量を、ECD-HPLCにて確認する実験を行った。具体的に、実施例3又は4のエタノール嗜好性実験で使用した後のマウスから、定法に従って視床下部を採取し、その抽出物を超音波破砕法にて回収した。回収した抽出物の上清に含まれるタンパク質量を、それぞれBSAを標準物質としたブラッドフォード法にて測定した。上記する視床下部の抽出物の上清に含まれるHVA及びDAの量を、EICOM製のECD-HPLCであるECD300、EP300、及びDG300を使用して測定した。これらの測定値は、定法に従って測定し、上記する回収した視床下部の抽出部の上清に含まれるタンパク質量を用いて測定値を標準化した結果を図8に示す。
【0096】
(B)に示すように、視床下部の抽出物の上清に含まれるDAの量は、配糖化クルクミン投与群マウスのほうが、PBS投与群のマウスの約40%程度にまで減少することが明らかとなった。DA合成の律速酵素であるtyrosine hydroxylase(TH)も、P300類縁体であるCBPにより促進性に発現制御されていることが報告されている(Lim J et al.,Mol Cell Biochem.(2000),212[1-2]:51-60)。
【0097】
したがって、この結果は、配糖化クルクミンによりTH発現が抑制された為にDA合成量が低下した結果であると考えられる。また、(C)に示すように、視床下部の抽出物の上清に含まれるHVA/DA比が、配糖化クルクミン投与群マウスのほうが、PBS投与群マウスの約60%程度にまで減少することが明らかとなった。HVAはDAがシナプス間隙に放出された後の代謝産物であることから、この配糖化クルクミン投与群マウスのHVA/DA比の低下はDA小胞の放出低下を示しており、DA小胞の放出を促進性制御しているstx1a発現の低下に起因するものであることを説明できる。これらの結果は、配糖化クルクミン投与によりドーパミン神経におけるDA合成とDA小胞放出量が共に抑制されることを通じて、中脳辺縁系における報酬系が亢進され難くなっていることを示している。
【0098】
以上の結果から、配糖化クルクミンは中脳報酬系ドーパミンシステムの異常を発症機序とする依存症の予防及び/又は治療に有効に用い得ることが、明らかに実証された。なお、視床下部の抽出物の上清に含まれるノルエフィネフィリン(NE)量及びセロトニン(5HT)放出量も、共に配糖化クルクミン投与群のほうが、PBS投与群よりも減少する傾向であることも確認した(データ示さず)。また8~12週齢のstx1aノックアウトマウスを用いたエタノール嗜好性実験を行った結果、同一週齢の野生型マウスと比較してエタノールの摂取量と摂取割合共に有意に低下することを確認した(データ示さず)。この結果はstx1a発現量の低下によるDA小胞放出の減少がエタノール嗜好性低下に直接的に寄与していることを示している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8