(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-21
(45)【発行日】2023-03-02
(54)【発明の名称】残留塩素測定装置の校正方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/26 20060101AFI20230222BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20230222BHJP
【FI】
G01N27/26 381A
G01N27/416 316Z
(21)【出願番号】P 2018189520
(22)【出願日】2018-10-04
【審査請求日】2021-09-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000219451
【氏名又は名称】東亜ディーケーケー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100106057
【氏名又は名称】柳井 則子
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100153763
【氏名又は名称】加藤 広之
(72)【発明者】
【氏名】浦田 美由貴
(72)【発明者】
【氏名】増山 文博
【審査官】萩田 裕介
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-034741(JP,A)
【文献】特開2017-032502(JP,A)
【文献】米国特許第07985377(US,B2)
【文献】特開2001-349866(JP,A)
【文献】国際公開第2017/161407(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26 - 27/49
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液に浸漬される検知極及び対極と、
前記検知極と対極との間に、印加電圧を与える加電圧機構と、
前記検知極と対極との間に流れる酸化還元電流を測定する電流計とを具備する残留塩素測定装置
を、遊離塩素校正液と全塩素校正液を用いて校正する校正方法であって、
前記遊離塩素校正液は、遊離塩素を含み実質的に結合塩素を含まない
ものであり、
前記全塩素校正液は、前記遊離塩素校正液に、遊離塩素のすべてが結合塩素となる量
を上回る量のアンモニア性窒素を添加して得た
ものであり、
前記遊離塩素校正液の遊離残留塩素濃度を、ジエチル-p-フェニレンジアミン比色法により確認し、
前記全塩素校正液の全残留塩素濃度を、ジエチル-p-フェニレンジアミン比色法により確認することなく、前記アンモニア性窒素を添加する前の前記遊離塩素校正液のジエチル-p-フェニレンジアミン比色法により確認した遊離残留塩素濃度と、前記アンモニア性窒素を添加する前の前記遊離塩素校正液の体積及び前記アンモニア性窒素の添加により増加した体積とから求めることを特徴とする、残留塩素測定装置の校正方法。
【請求項2】
前記遊離塩素校正液は、高濃度の次亜塩素酸ナトリウムを含む次亜塩素酸ナトリウム原液を、水道水を活性炭で処理し塩素を除去して得られる脱塩素水で希釈して調製したものである、請求項1に記載の残留塩素測定装置の校正方法。
【請求項3】
前記遊離塩素校正液を複数用い、前記複数の遊離塩素校正液の内、最も高い濃度で遊離塩素を含む遊離塩素校正液についてジエチル-p-フェニレンジアミン比色法により遊離残留塩素濃度を確認し、他の遊離塩素校正液については、前記最も高い濃度で遊離塩素を含む遊離塩素校正液を希釈して調製し、その希釈倍率と前記最も高い濃度で遊離塩素を含む遊離塩素校正液の遊離残留塩素濃度とから、遊離残留塩素濃度を求める、請求項1又は2に記載の残留塩素測定装置の校正方法。
【請求項4】
前記アンモニア性窒素の添加により増加した体積を無視することにより、前記全塩素校正液の全残留塩素濃度を、前記アンモニア性窒素を添加する前の前記遊離塩素校正液の遊離残留塩素濃度と同じと見做す、請求項1~3のいずれかに記載の残留塩素測定装置の校正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は残留塩素測定装置の校正方法に関する。さらに詳しくは、残留塩素濃度を測定可能なポーラログラフ法の残留塩素測定装置の校正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
残留塩素とは、塩素処理の結果水中に残留した消毒作用のある有効塩素のことで、次亜塩素酸などの遊離残留塩素と、クロラミンのような結合残留塩素に区分される。いずれも酸化による殺菌力を有している。
【0003】
この内、遊離残留塩素は主として塩素剤が水と反応して生成する次亜塩素酸(HClO)と、これが解離した次亜塩素酸イオン(ClO-)と、分子状塩素(Cl2)の3種類の形態をとる。上水等の通常のpHにおいては、ほとんどの遊離残留塩素が次亜塩素酸又は次亜塩素酸イオンとして存在する。
一方、結合残留塩素は、水中のアンモニア、アミン類、アミノ酸類と遊離残留塩素が反応して生成するもので、モノクロラミン(NH2Cl)、ジクロラミン(NHCl2)、トリクロラミン(NCl3)の三種類の形態をとる。上水等の通常のpHにおいては、ほとんどの結合残留塩素が、モノクロラミン又はジクロラミンとして存在する。モノクロラミンとジクロラミンは、遊離残留塩素に比較すると圧倒的に弱いものの殺菌力を有している。
【0004】
我が国の水道法施行規則では、充分な殺菌力を確保する観点で、給水栓における水が、遊離残留塩素であれば0.1mg/L以上、結合残留塩素であれば0.4mg/L以上の残留塩素を保持すべきことを定めている。このように、殺菌力の違いを考慮して、保持すべき残留塩素の濃度も遊離残留塩素の場合と結合残留塩素の場合とで異なる。したがって、浄水場等においては、全残留塩素濃度だけでなく、遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度とを区別して把握することが必要である。
また、不連続点処理による効率的な遊離残留塩素濃度の管理において、結合残留塩素と遊離残留塩素を区別して把握することが必要である。
【0005】
遊離残留塩素と結合残留塩素とを区別して測定することは、種々の方法で行われている。たとえば、o-トリジン比色法(OT法)では試薬添加から測定するまでの時間を変えることにより、ジエチル-p-フェニレンジアミン比色法(DPD法)では、添加する試薬を代えることにより、全残留塩素濃度(遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度の合計)と遊離残留塩素濃度を各々測定できる。
【0006】
一方、連続測定や自動化に適した方法として、検知極と対極との間に電圧を印加した際に、両電極間に流れる酸化還元電流を測定するポーラログラフ法が知られている。
たとえば、特許文献1には、遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度の双方を、実用に耐える精度で測定可能な具体的な条件が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ポーラログラフ法で残留塩素を測定する場合は、校正作業が必要である。
校正作業は、従来、測定現場の試料液を校正液として使用し、この校正液の遊離残留塩素濃度や結合残留塩素濃度をDPD法により求めると共に、その校正液を測定装置で測定した際の酸化還元電流を得、測定装置で得られる酸化還元電流と残留塩素濃度のDPD法による手分析値との関連を測定装置に記憶させることにより行われてきた。
【0009】
しかし、測定現場の試料液だけでは、遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度が様々に異なる校正液を得ることが難しいため、測定現場の試料液に、次亜塩素酸ナトリウム溶液や、塩化アンモニウム溶液を適宜添加して複数の校正液を得ることが行われている。
ところが、測定現場の試料液に、たとえ既知濃度の次亜塩素酸ナトリウム溶液等を添加したとしても、添加後の残留塩素濃度は、通常添加前の残留塩素濃度と添加した次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度等から計算した通りとはならない。
そのため、校正液として用いる試料液の残留塩素濃度を、DPD法により確認するだけでなく、次亜塩素酸ナトリウム溶液や、塩化アンモニウム溶液を適宜添加した複数の校正液各々についても、DPD法により残留塩素濃度を測定する必要があった。
【0010】
また、ポーラログラフ法で遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度とを各々測定しようとすると、DPD法で、遊離残留塩素濃度と全残留塩素濃度の双方を測定する必要がある。
そのため、DPD法による手分析も各々複数の校正液について行わなければならず、校正作業の負担が大きかった。
特に、測定精度を高めるため多数の校正液を用いる場合の作業負担が大きかった。
さらに、測定現場の試料液の成分は一定しないため、校正作業を利用して測定装置の繰り返し再現性などを確認することも困難であった。
【0011】
本発明は上記事情に鑑み、ポーラログラフ法の残留塩素測定装置において、遊離残留塩素濃度及び全残留塩素濃度を少ない作業負担で校正することが可能で、しかも、測定装置の繰り返し再現性などの確認も容易な校正方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
[1]試料液に浸漬される検知極及び対極と、
前記検知極と対極との間に、印加電圧を与える加電圧機構と、
前記検知極と対極との間に流れる酸化還元電流を測定する電流計と、
演算制御部とを具備する残留塩素測定装置の校正方法であって、
濃度既知の遊離塩素を含み実質的に結合塩素を含まない遊離塩素校正液を試料液とした際に前記検知極と対極との間に流れる酸化還元電流と、前記遊離塩素校正液の遊離残留塩素濃度との関係を、前記演算制御部に記憶させると共に、
前記遊離塩素校正液に、遊離塩素のすべてが結合塩素となる量のアンモニア性窒素を添加して全塩素校正液とし、
前記全塩素校正液を試料液とした際に前記検知極と対極との間に流れる酸化還元電流と、前記遊離塩素校正液の遊離残留塩素濃度から求められる前記全塩素校正液の全残留塩素濃度との関係を、前記演算制御部に記憶させることを特徴とする、残留塩素測定装置の校正方法。
[2]前記残留塩素測定装置が、試料液に対してハロゲンイオンを含む試薬を添加しない無試薬式残留塩素測定装置である、[1]に記載の残留塩素測定装置の校正方法。
[3]前記検知極が金製であり、前記対極が白金製であり、前記全塩素校正液を試料液とする際に前記検知極と対極との間に与える印加電圧が、-830~-870mVの範囲から、選択される、[1]又は[2]に記載の残留塩素測定装置の校正方法。
[4]試料液に浸漬される検知極及び対極と、
前記検知極と対極との間に、印加電圧を与える加電圧機構と、
前記検知極と対極との間に流れる酸化還元電流を測定する電流計とを具備する残留塩素測定装置の校正方法であって、
濃度既知の遊離塩素を含み実質的に結合塩素を含まない遊離塩素校正液と、前記遊離塩素校正液に、遊離塩素のすべてが結合塩素となる量のアンモニア性窒素を添加して得た全塩素校正液とを用いることを特徴とする、残留塩素測定装置の校正方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の残留塩素測定装置の校正方法によれば、ポーラログラフ法の残留塩素測定装置において、遊離残留塩素濃度及び全残留塩素濃度を少ない作業負担で校正することができる。また、測定装置の繰り返し再現性などの確認も容易である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の校正方法で校正する残留塩素測定装置の一例である。
【
図2】遊離残留塩素濃度について、本発明の校正方法により求めた演算式に従って得られた演算値をDPD値と対比したグラフである。
【
図3】全残留塩素濃度について、本発明の校正方法により得られた検量線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[残留塩素測定装置]
本発明の校正方法で校正する残留塩素測定装置の一例について
図1を用いて説明する。
図1の残留塩素測定装置は無試薬式の残留塩素測定装置で、センサ部1と本体部20とから概略構成されている。
【0016】
センサ部1は、試料液Sが導入される測定セル11、下部が試料液Sに浸漬される検知極支持体12、検知極支持体12の先端面に取り付けられた検知極13、下部が試料液Sに浸漬された対極支持体14、対極支持体14の下端側外周面に取り付けられた対極15、検知極13を円運動状に振動させるためのモーター16、検知極支持体12を保持する軸受け17、試料液S中に投入された検知極13洗浄用の多数のビーズ18を有している。なお、測定セル11には、検知極13と対極15との間を仕切るメッシュ状の仕切り板11aが設けられており、ビーズ18が、対極15側に流出しないようになっている。
【0017】
本体部20は、演算制御部21、加電圧機構22、電流計23、表示装置24を有している。検知極13と演算制御部21との間は配線L1で、対極15と演算制御部21との間は配線L2で、モーター16と演算制御部21との間は配線L3で各々接続されている。電流計23は配線L1の途中に、加電圧機構22は配線L2の途中に、各々設けられている。
【0018】
検知極13は金製である。また、対極15は白金製である。検知極支持体12は傾斜状態に配置されており、その長さ方向中間部所定箇所が軸受け17によって保持され、軸受け17による保持箇所を支点として歳差運動できるようになっている。また、検知極支持体12の基端部12aとモーター16の回転軸16aは偏心して係合している。そのため、モーター16の回転軸16aを回転させることにより基端部12aが円運動すると共に、検知極支持体12の先端部に取り付けられた検知極13も振動(円運動)するようになっている。また、配線L1は、検知極支持体12内を通って軸受け17による保持箇所近傍から、検知極13を円運動させても、ねじれたりせずに引き出せるようになっている。
【0019】
ビーズ18は、検知極13の近傍に非固定状態で多数配置されている。ビーズ18は、振動(円運動)する検知極13に接触して、検知極13を研磨するようになっている。ビーズ18の材質としては、セラミックまたはガラスが好ましい。
【0020】
検知極13および対極15は、汚れ成分の組成に応じた薬液を用いて洗浄することかできる。例えば、シュウ酸、塩酸、過酸化水素水などを使用した薬液洗浄を行うことができる。また、オゾン洗浄を行ってもよい。また、薬液洗浄等に代えて、若しくは薬液洗浄等と共に、ブラシ洗浄等の物理洗浄を施してもよい。
また、検知極13の清浄を保つため、ビーズ18による機械的研磨に加えて、電解研磨を行うことが好ましい。電解研磨は、検知極と対極との間に測定時とは逆向きに電流が流れるようになっていればよく、適宜周知の方法を採用することができる。
図1の無試薬式残留塩素測定装置は、対極15や検知極13の洗浄を行うための自動洗浄機構を備えていてもよい。その場合、定期的な洗浄を自動的に行うことができる。
【0021】
加電圧機構22は、検知極13と対極15との間に異なる複数の印加電圧を順次与えるようになっている。例えば、第1の印加電圧V1、第2の印加電圧V2、及び第3の印加電圧V3を順次与えるようになっている。
電圧を印加する時間は、試料液の特性と応答速度に応じて適宜設定すればよい。一つの値の電圧を印加する時間は、10~120秒であることが好ましい。
なお、第1の印加電圧V1、第2の印加電圧V2、及び第3の印加電圧V3を与える順番に特に限定はないが、電圧変化によるノイズを排除するために昇順または降順で切り替えて行くことが好ましい。
【0022】
第1の印加電圧V1は、-730~-770mVの範囲から選択され、-740~-760mVの範囲から選択されることが好ましく、-745~-755mVの範囲から選択されることがより好ましい。
第2の印加電圧V2は、-780~-820mVの範囲から選択され、-790~-810mVの範囲から選択されることが好ましく、-795~-805mVの範囲から選択されることがより好ましい。
第3の印加電圧V3は、-830~-870mVの範囲から選択され、-840~-860mVの範囲から選択されることが好ましく、-845~-855mVの範囲から選択されることがより好ましい。
【0023】
電流計23は、検知極13と対極15との間に、加電圧機構22が印加電圧を与えた際に検知極13と対極15との間に流れる酸化還元電流を測定するようになっている。例えば、加電圧機構22が第1の印加電圧V1、第2の印加電圧V2、及び第3の印加電圧V3を順次与える場合は、加電圧機構22が第1の印加電圧V1を与えた際に検知極13と対極15との間に流れる第1の酸化還元電流I(V1)と、加電圧機構22が第2の印加電圧V2を与えた際に検知極13と対極15との間に流れる第2の酸化還元電流I(V2)と、加電圧機構22が第3の印加電圧V3を与えた際に検知極13と対極15との間に流れる第3の酸化還元電流I(V3)とを、各々測定するようになっている。
印加電圧を切り替えた直後は、酸化還元電流の値が不安定になるので、第1~第3の酸化還元電流は、各々電流値が安定したのを確認してから、測定値として取得することが好ましい。
【0024】
演算制御部21は、本発明の校正方法で得られた校正情報に基づき、酸化還元電流から残留塩素濃度を求めるようになっている。例えば、第1の酸化還元電流I(V1)と、第2の酸化還元電流I(V2)と、第3の酸化還元電流I(V3)に基づき、遊離残留塩素濃度Nfを求めるようになっている。また、第3の酸化還元電流I(V3)に基づき、全残留塩素濃度Ntを求めるようになっている。また、全残留塩素濃度Ntと遊離残留塩素濃度Nfとの差から、結合残留塩素濃度Ncを求めるようになっている。
全残留塩素濃度Ntと遊離残留塩素濃度Nfと結合残留塩素濃度Ncの具体的な求め方については後述する。
【0025】
演算制御部21が求めた残留塩素濃度、例えば全残留塩素濃度Ntと遊離残留塩素濃度Nfと結合残留塩素濃度Ncは、信号D1として表示装置24に与えられ、表示装置24にこれらの濃度が表示されるようになっている。また、これらの濃度は、信号D2として、外部の記録計、データロガー、メモリ、プリンター、コンピュータ等に伝達されるようになっている。なお、信号D2は、デジタル信号でもアナログ信号でもよい。また、有線で伝達されてもよいし、無線で伝達されてもよい。
【0026】
また、演算制御部21は、電流計23からの電流値を、外部コンピュータに信号D2として出力してもよい。その場合、当該外部コンピュータにおいて、酸化還元電流から残留塩素濃度を求めるようにしてもよい。
また、演算制御部21は、電流計23からの各電流値を、信号D1として表示装置24に出力してもよい。
【0027】
演算に用いる酸化還元電流については、温度補正することが好ましい。そのため、本発明に用いる無試薬式残留塩素測定装置は、温度センサを備えることが好ましい。試料液温度が充分に一定に保たれている場合や、要求される測定精度が低い場合は、温度補正は省略してもよい。
温度補正とは、酸化還元電流測定の温度依存性を考慮して、基準温度(例えば25℃)における酸化還元電流に換算することを意味する。基準温度が25℃の場合、具体的には以下の式(4)により温度補正を行う。
I(V)25=I(V)t /(1+(α×(t-25)/100)) ・・・(4)
t:測定時の試料液温度(℃)
I(V)t :試料液温度t℃において得られた電圧Vにおける酸化還元電流値
I(V)25:基準温度25℃で温度補正された電圧Vにおける酸化還元電流値
α:1℃当りの電極出力変化量(%)
【0028】
[無試薬式残留塩素測定方法]
測定対象となる試料液Sに特に限定はなく、試料液Sが水道水である場合の他、臭素(臭素イオンまたは臭素酸)を含む海水である場合や、ボイラー冷却水等の海水を含む場合にも好適に適用できる。
測定にあたって、試料液Sには、ハロゲンイオンを含む試薬は添加しない。
【0029】
演算制御部21は、例えば、下記式(1)に基づき試料液Sの遊離残留塩素濃度Nfを求める。
Nf=A×I(V1)+B×I(V2)+C×I(V3)+D ・・・(1)
(ただし、式(1)において、A、B、C、Dは定数である。)
【0030】
演算制御部21は、また、例えば、下記式(2)に基づき試料液Sの全残留塩素濃度Ntを求める。
Nt=E×I(V3)+F・・・(2)
(ただし、式(2)において、E、Fは定数である。)
【0031】
演算制御部21は、また、下記式(3)に基づき試料液Sの結合残留塩素濃度Ncを求める。
Nc=Nt-Nf・・・(3)
なお、演算制御部21は、遊離残留塩素濃度Nfと全残留塩素濃度Ntのみを求めてもよい。また、遊離残留塩素濃度Nfのみを求めてもよい。
【0032】
[校正方法]
前記無試薬式残留塩素測定方法を行うためには、校正液の遊離残留塩素濃度や全残留塩素濃度をDPD法により求めると共に、その校正液を測定装置で測定して、測定装置で得られる酸化還元電流と残留塩素濃度のDPD法による手分析値との関連を測定装置に記憶させる校正作業が必要である。
校正作業は、濃度既知の遊離塩素を含み、実質的に結合塩素を含まない遊離塩素校正液R1と、遊離塩素校正に用いた遊離塩素校正液R1に、遊離塩素のすべてが結合塩素となる量のアンモニア性窒素を添加して得た全塩素校正液R2とを用いて行う。
【0033】
校正に当たっては、ゼロ校正のために、遊離塩素及び結合塩素の双方を実質的に含まない脱塩素水についても、酸化還元電流を測定しておくことが好ましい。
なお、純水は、電気導電率が低くポーラログラフ法の測定に支障が生じるため、ゼロ校正に使用することはできない。
脱塩素水は、水道水を活性炭で処理して、塩素を除去した水を使用することが、適度な導電率を確保できるため好ましい。
【0034】
遊離塩素校正液R1は、高濃度の次亜塩素酸ナトリウムを含む次亜塩素酸ナトリウム原液を、脱塩素水で適宜希釈して用いることが好ましい。
また、希釈は、次亜塩素酸ナトリウム原液を低倍率で希釈した高濃度の遊離塩素校正液R1を、さらに、適宜の倍率で再希釈する多段希釈であってもよい。
多段希釈の場合は、高濃度の遊離塩素校正液R1についてのみDPD法による手分析値(遊離残留塩素濃度及び全残留塩素濃度)を求め、再希釈後の遊離塩素校正液R1の遊離残留塩素濃度等はDPD法による手分析値と再希釈の倍率から計算により求めてもよい。
【0035】
全塩素校正液R2は、遊離塩素校正液R1に、遊離塩素校正液R1中の遊離塩素のすべてが結合塩素となるために必要な量を上回る量のアンモニア性窒素を添加して調製する。具体的には、塩化アンモニウム溶液を添加することが好ましい。
全塩素校正液R2は、塩素要求量として遊離塩素校正液R1の遊離残留塩素濃度を上回るアンモニア性窒素を添加し、すぐに使用することができるが、添加から測定までの時間は一定に定めることが好ましい。
【0036】
遊離塩素校正液R1中の遊離塩素のすべてが結合塩素となるのに必要なアンモニア性窒素の量は、少なくとも、遊離塩素校正液R1中の遊離塩素1モルに対して、1モル以上である。
遊離塩素校正液R1中の遊離塩素1モルに対して、添加するアンモニア性窒素量は、1.0~1.1モルであることが好ましい。
【0037】
遊離塩素校正液R1中の遊離塩素のすべてが結合塩素となるために必要な量を上回るアンモニア性窒素を添加するのは、遊離塩素の一部が残存すると、結合塩素の校正液としては不適当であり、残存した遊離塩素が結合塩素の分解に寄与するため結合残留塩素濃度が変化するためである。
全塩素校正液R2においては、遊離塩素校正液R1中の遊離塩素の、実質的にすべてが結合塩素(主としてジクロラミンであると考えられる。)となっている。そして、もはや遊離塩素は残留していないので、全塩素校正液R2における全残留塩素量は、遊離塩素校正液R1における遊離残留塩素量と実質的に等しい。
【0038】
従って、全塩素校正液R2における全残留塩素濃度は、遊離塩素校正液R1における遊離残留塩素濃度と、遊離塩素校正液R1の体積及びアンモニア性窒素として添加する塩化アンモニウム溶液の体積とから計算できる。
すなわち、全塩素校正液R2における全残留塩素濃度は、DPD法により確認する必要がない。
【0039】
また、アンモニア性窒素として添加する塩化アンモニウム溶液を高濃度で調製し、添加する体積を、遊離塩素校正液R1の体積と比べて極めて小さくすれば、得られる全塩素校正液R2の体積は、遊離塩素校正液R1の体積と実質的に等しい。
その場合、全塩素校正液R2における全残留塩素濃度は、遊離塩素校正液R1における遊離残留塩素濃度と実質的に等しい。
すなわち、全塩素校正液R2における全残留塩素濃度は、DPD法により確認する必要がないばかりでなく、体積の変化を考慮して再度計算し直す必要もない。
【0040】
遊離塩素校正液R1と全塩素校正液R2とは、アンモニア性窒素以外の塩素と反応する成分を実質的に含まないため、長時間安定してその濃度を維持しやすい。そのため、これらの校正液を用いて、測定装置の繰り返し再現性を確認することも可能である。
また、遊離塩素校正液R1と全塩素校正液R2とは、いずれも残留塩素量を、ほぼ意図した濃度に調製することが可能である。そのため、前回の校正時とほぼ同じ残留塩素濃度の校正液を用いて、測定装置の出力安定性を確認することも可能である。
【0041】
例えば、校正により、前記式(1)(2)における定数を求める場合は、以下のように行うことができる。
前記式(1)における定数A、B、C、Dは、DPD法により遊離残留塩素濃度を確認した複数の校正液Rについて、第1の酸化還元電流I(V1)と、第2の酸化還元電流I(V2)と、第3の酸化還元電流I(V3)を測定し、得られた複数の測定データから、重回帰分析と単回帰分析により求めることができる。
複数の校正液Rは、少なくとも遊離塩素校正液R1を含むことが必要である。また、全塩素校正液R2を含むことがさらに好ましい。
【0042】
また、前記式(2)における定数E、Fは、DPD法により全残留塩素濃度を確認した複数の校正液Rについて、第3の酸化還元電流I(V3)を測定した複数の測定データから、重回帰分析と単回帰分析により求めることができる。
複数の校正液Rは、少なくとも全塩素校正液R2を含むことが必要である。また、遊離塩素校正液R1を含むことがさらに好ましい。
【0043】
[その他の実施形態]
上記実施形態で使用した測定装置におけるセンサ部1は、例えば、特開2018-124130号に記載された第2実施形態または第4実施形態のセンサ部のように、複合化された構造のものに変更されてもよい。
また、センサ部1は、例えば、特開2018-124130号に記載された第3実施形態または第4実施形態のセンサ部のように、試料液Sが流れるフローセルタイプに変更されてもよい。
【0044】
また、上記実施形態では、検知極に接する試料液を検知極表面に対して積極的に流動させる方法によりポーラログラフ法に必要な拡散層の厚みの再現性を得る方法の測定装置を採用したが、検知極に接する狭い範囲の試料液の流動を抑制する方法により、拡散層の厚みの再現性を得る方法を採用してもよい。当該方法を採用した装置としては、例えば、特開2015-34740号に記載された酸化還元電流測定装置が挙げられる。
【0045】
また、上記実施形態では、ハロゲンイオンを含む試薬を添加しない無試薬式残留塩素測定装置の校正について説明したが、本発明の校正方法は、ハロゲンイオンを含む試薬を添加する有試薬式残留塩素測定装置の校正に適用してもよい。
また、本発明の校正方法を適用する残留塩素測定装置は、遊離残留塩素濃度と結合残留塩素濃度を各々測定できる装置に限られず、例えば、遊離残留塩素濃度のみを測定する装置であってもよい。
また、上記実施形態では、加電圧機構が異なる複数の印加電圧を順次与える態様としたが、加電圧機構が与える印加電圧は、単一の印加電圧に固定されていてもよい。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の効果を明らかにするための実験例を示す。
[試験装置]
以下の実験例では、試験装置として、東亜ディーケーケー株式会社製高感度残留塩素計CLH-1610型(センサ部は、検知極、対極及び白金製温度補償センサが複合化された、フローセルタイプである。)を用いた。
ただし、加電圧機構は、電圧を-100mV~-1000mVの範囲で任意に設定でき、かつ連続的に変化させられるように改造した。
また、検知極としては直径2mmの金電極を用い、線速度で約100cm/sが得られる程度の回転を与えた。対極は白金電極とした。
【0047】
[DPD値]
各実験例で求めたDPD値(DPD法による測定値)は、水道法施行規則第十七条第二項の規定に従い、以下の試薬を用い、以下の方法により求めた。
【0048】
(a)DPD試薬
関東化学(株)製DPD指示薬(cat.No10466)。N,N-ジエチル-p-フェニレンジアミン(硫酸塩)の1.0gと無水硫酸ナトリウムの24gを混合した試薬。
(b)りん酸緩衝液
関東化学(株)製りん酸緩衝液DPD法用(cat.No33050)。0.2mol/Lりん酸二水素カリウム溶液の100mL、及び0.2mol/L水酸化ナトリウム溶液の35.4mLを混合した後、これに、1,2-シクロヘキサンジアミン四酢酸(1水塩)の0.13gを溶解させた溶液。
【0049】
(c)遊離残留塩素濃度の測定
りん酸緩衝液2.5mlを、容量50mLの共栓付き比色管に採り、これにDPD試薬0.5gを加える。次に、試料液を加えて50mLとし、混和後、呈色を残留塩素標準比色列と側面から比色して、試料液中の遊離残留塩素濃度を求める。
【0050】
(d)全残留塩素濃度の測定
上記(c)で発色させた溶液にヨウ化カリウム約0.5gを加えて溶かし、約2分間静置後の呈色を残留塩素標準比色列と側面から比色して、試料液中の全残留塩素濃度を求める。
(e)結合残留塩素濃度の測定
全残留塩素濃度と遊離残留塩素濃度との差から、試料液中の結合残留塩素濃度を算定する。
【0051】
[校正例]
検量線作成のため、以下の校正液を調製した。
No.1:有効塩素濃度約12%の次亜塩素酸ナトリウム溶液を、希釈後の濃度が、約1mg/Lとなるように脱塩素水で希釈した。
No.2:No.1の試料液1Lに対して、アンモニア性窒素の濃度が1000mg/Lの塩化アンモニウム溶液の0.2mLを添加した。
No.3:有効塩素濃度約12%の次亜塩素酸ナトリウム溶液を、希釈後の濃度が、約0.5mg/Lとなるように脱塩素水で希釈した。
No.4:有効塩素濃度約12%の次亜塩素酸ナトリウム溶液を、希釈後の濃度が、約0.3mg/Lとなるように脱塩素水で希釈した。
No.5:有効塩素濃度約12%の次亜塩素酸ナトリウム溶液を、希釈後の濃度が、約0.3mg/Lとなるように脱塩素水で希釈した。
No.6:No.3の試料液1Lに対して、アンモニア性窒素の濃度が1000mg/Lの塩化アンモニウム溶液の0.1mLを添加した。
No.7:No.4の試料液1Lに対して、アンモニア性窒素の濃度が1000mg/Lの塩化アンモニウム溶液の0.1mLを添加した。
No.8:No.5の試料液1Lに対して、アンモニア性窒素の濃度が1000mg/Lの塩化アンモニウム溶液の0.1mLを添加した。
No.9:脱塩素水を試料液とした。
【0052】
各校正液について、試験装置を用いて、第1の酸化還元電流I(V1)と、第2の酸化還元電流I(V2)と、第3の酸化還元電流I(V3)を測定した。
第1の印加電圧V1は、-750mV、第2の印加電圧V2は-800mV、第3の印加電圧V3は-850mVとした。
また、各校正液についてDPD法により、遊離残留塩素濃度Nf、全残留塩素濃度Nt、結合残留塩素濃度Ncを求めた。
【0053】
結果を表1に示す。表1において、試料No.2-1は、No.2の試料液を調製(塩化アンモニウム溶液添加)した直後に測定した結果である。また、試料No.2-2は、No.2の試料液を調製(塩化アンモニウム溶液添加)して60分間静置した後に測定した結果である。
試料No.2-1と試料No.2-2の測定結果から、調製(塩化アンモニウム溶液添加)して60分経過すれば、ほぼ、塩素とアンモニア性窒素との反応が終了することが確認できたので、No.6~No.8の試料液については、試料No.2-2と同様に、調製(塩化アンモニウム溶液添加)して60分間静置した後に測定した。
【0054】
【0055】
表1の結果に基づき、重回帰分析と単回帰分析を行い、遊離残留塩素濃度Nfを求める前記式(1)の定数を求めたところ、以下の値が得られた。
A=3.816[mg/L]/[μA]
B=-1.613[mg/L]/[μA]
C=-1.546[mg/L]/[μA]
D=0.1742[mg/L]
すなわち、遊離残留塩素濃度Nf[mg/L]を求める下記式(1a)の検量線が得られた。
Nf=3.816×I(V1)+(-1.613)×I(V2)
+(-1.546)×I(V3)+0.1742 ・・・(1a)
【0056】
得られた式(1a)に基づき演算して求めた各校正液の遊離残留塩素濃度Nf(演算値 Nf)を、DPD法により求めた遊離残留塩素濃度Nf(DPD Nf)と共に、表2に示す。また、演算して求めた各試料液の遊離残留塩素濃度NfをDPD法により求めた遊離残留塩素濃度Nfと対比したグラフを
図2に示す。
表2及び
図2に示すように、両者には高い精度で一致した。
【0057】
【0058】
表1の結果に基づき、全残留塩素濃度Nt度を求める前記式(2)の定数を求めたところ、
図3に示すように、以下の値が得られた。
E=0.7465[mg/L]/[μA]
F=0.0187[mg/L]
すなわち、全残留塩素濃度Nt[mg/L]を求める下記式(2a)の検量線が得られた。
Nt=0.7465×I(V
3)+0.0187・・・(2a)
図3に示すように、結合残留塩素を含むか否かにかかわらず、全残留塩素濃度Ntは、印加電圧-850mVで得られる酸化還元電流と、高い相関関係が得られることが確認できた。
【0059】
以上の実験により、濃度既知の遊離塩素を含み、実質的に結合塩素を含まない遊離塩素校正液と、遊離塩素校正液に、遊離塩素のすべてが結合塩素となる量のアンモニア性窒素を添加して得た全塩素校正液を用いることにより、残留塩素測定装置の校正が可能であることが確認できた。
【符号の説明】
【0060】
1…センサ部、11…測定セル、12…検知極支持体、13…検知極、
14…対極支持体、15…対極、16…モーター、17…軸受け、18…ビーズ、
20…本体部、21…演算制御部、22…加電圧機構、23…電流計、24…表示装置、S…試料液