(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-21
(45)【発行日】2023-03-02
(54)【発明の名称】水溶性切削加工液
(51)【国際特許分類】
C10M 173/02 20060101AFI20230222BHJP
C10M 129/08 20060101ALI20230222BHJP
C10M 129/16 20060101ALI20230222BHJP
C10M 169/04 20060101ALI20230222BHJP
C10M 105/14 20060101ALN20230222BHJP
C10N 30/18 20060101ALN20230222BHJP
C10N 40/22 20060101ALN20230222BHJP
【FI】
C10M173/02
C10M129/08
C10M129/16
C10M169/04
C10M105/14
C10N30:18
C10N40:22
(21)【出願番号】P 2019155195
(22)【出願日】2019-08-28
【審査請求日】2022-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】391045668
【氏名又は名称】パレス化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001612
【氏名又は名称】弁理士法人きさらぎ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼梨 慎也
(72)【発明者】
【氏名】石井 翔大
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-111728(JP,A)
【文献】特開平11-302681(JP,A)
【文献】特開平04-331291(JP,A)
【文献】特開2010-269390(JP,A)
【文献】特開2007-031502(JP,A)
【文献】特開2014-116557(JP,A)
【文献】特開2011-068884(JP,A)
【文献】特開2002-115090(JP,A)
【文献】特開平05-195283(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M101/00-177/00
B24B3/00-3/60
B24B21/00-39/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(a)で表されるポリオキシエチレンナフチルエーテルを含む非イオン性界面活性剤を含有する水溶性切削加工液。
【化1】
(上記式中、nは2以上の整数である。)
【請求項2】
前記ポリオキシエチレンナフチルエーテルの含有量は、前記水溶性切削加工液全体の0.3~35質量%である請求項1記載の水溶性切削加工液。
【請求項3】
前記水溶性切削加工液は、グリコール類と水とを含有し、前記水の量は前記水溶性切削加工液全体の40質量%以下である請求項2記載の水溶性切削加工液。
【請求項4】
前記グリコール類は、グリコール、ポリオキシアルキレングリコール、グリコールエーテルからなる群から選択される請求項3記載の水溶性切削加工液。
【請求項5】
有機酸塩および無機酸塩の少なくとも一方をさらに含有する請求項1~4のいずれか記載の水溶性切削加工液。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか記載の水溶性切削加工液と砥粒とを含有するスラリー。
【請求項7】
請求項6記載のスラリーを用いて被切削物を切断することを特徴とする切断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤーソーやバンドソー等を用いてシリコン単結晶や多結晶、その他化合物半導体やセラミックス等のインゴット等を切断するために用いられる水溶性切削加工液、およびその水溶性切削加工液を用いた切断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、半導体基板材料用の単結晶等のインゴット切断用の切削加工液としては、主に鉱物油を主成分とする非水溶性切削液が用いられている。この切削液に、SiCやダイヤモンド等の砥粒を混合・分散させたスラリーは、インゴット切断面を走るワイヤー細線にからませて押し当てて切断する装置(ワイヤーソー)に用いられる。切断された物品(ウエハー)は、次工程として洗浄工程に回される。
【0003】
ワイヤーソーにおいては、ダイヤモンドを電着によってワイヤーに付着させた工具を用いて加工が行われる。しかしながら、こうした方法での加工は、ウエハー表面に与えるダメージが大きい。このため、砥粒を切削加工液に分散させたスラリーを用いる遊離砥粒方式が採用されている。切削性能を常に一定に保つためには、切削加工液中に砥粒が良好に分散していることが求められる。
【0004】
砥粒が良好に分散していれば、沈降した砥粒によりハードケーキが発生することは抑制される。ハードケーキの抑制については、珪酸コロイド粒子が分散媒中に安定化された水性組成物と砥粒とを混合することによって、ハードケーキ化の防止を可能とした水性切削液が得られることが開示されている(例えば特許文献1)。また、所定の合成基材にグラフト共重合体を添加することによって、砥粒の沈降を抑制してハードケーキの生成を防止したワイヤーソー用切削油剤が開示されている(例えば特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-302681号公報
【文献】特開2006-111728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
対象となる被切削物を高精度に切削加工するためには、スラリーを安定に供給する必要がある。スラリーの泡立ちは安定な供給を妨げてしまうので、ハードケーキの生成に加えて泡立ちの発生も極力抑えることが求められる。
そこで本発明は、ハードケーキの生成が抑制され、泡立ちが低減したスラリーを調製できる水溶性切削加工液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る水溶性切削加工液は、下記式(a)で表されるポリオキシエチレンナフチルエーテルを含む非イオン性界面活性剤を含有することを特徴とする。
【化1】
(上記式中、nは2以上の整数である。)
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ハードケーキの生成が抑制され、泡立ちが低減したスラリーを調製できる水溶性切削加工液を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
本発明の水溶性切削加工液(以下、単に加工液とも称する)は、非イオン性界面活性剤として上記式(a)で表されるポリオキシエチレンナフチルエーテルを含有する。このポリオキシエチレンナフチルエーテルは、スラリー中の砥粒の分散安定性を高めるので、ハードケーキの生成を抑制することができる。また、ポリオキシエチレンナフチルエーテルの優れた抑泡性に起因して、スラリーの泡立ちが抑制される。ポリオキシエチレンナフチルエーテルは、スラリーの増粘を抑制する作用も有する。
【0010】
ポリオキシエチレンナフチルエーテルの効果を損ねない範囲であれば、他の非イオン性界面活性剤が含有されていてもよい。スラリーの泡立ちやハードケーキの生成を確実に抑制するためには、本発明の水溶性切削加工液には、ポリオキシエチレンナフチルエーテルのみが非イオン性界面活性剤として含有されることが好ましい。
【0011】
上記式(a)中、nはエチレンオキサイドの付加モル数を表し、2以上の整数である。付加モル数は、所望される効果に応じて適宜選択することができる。例えば、付加モル数が3以上の場合には、洗浄時の浸透性が高められる。また、付加モル数が15以下の場合には、消泡性が向上する。ナフチル基へのエチレンオキサイドの付加位置は特に限定されず、α位およびβ位のいずれでもよい。構造の異なるポリオキシエチレンナフチルエーテルを、2種以上組み合わせて用いることもできる。
【0012】
ポリオキシエチレンナフチルエーテルの含有量は、水溶性切削加工液全体の0.3~35質量%であることが好ましい。0.3%未満では効果が発揮しにくく、過剰に含有されても効果の顕著に向上しないためである。加工液価格の観点から、ポリオキシエチレンナフチルエーテルの含有量は、0.3~10質量%であることがより好ましく、0.5~5質量%であることがさらに好ましい。
【0013】
本発明の水溶性切削加工液には、グリコール類と水との混合物が基材として含有される。こうした混合物を基材として用いることは、加工後の被削材や装置の水洗を容易にし、含有される水分の蒸発を抑制できる点で有利である。引火性が低く適切な粘度の加工液を得るために、水溶性切削加工液全体における水の含有量は、3~98質量%であることが好ましい。水の蒸発による物性の変化を防止するためには、水の含有量は50質量%以下であることがより好ましく、3~40質量%であることがさらに好ましい。
【0014】
グリコール類は特に制限されず、例えば、グリコール、ポリオキシアルキレングリコール、グリコールエーテル等を用いることができる。具体的には、グリコールとしてはエチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ジプロピレングリコール、およびトリプロピレングリコールが挙げられ、ポリオキシアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体、およびエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体等が挙げられる。
【0015】
グリコールエーテルとしては、ジエチレングリコールモノブチルエーテルおよびジエチレングリコールモノメチルエーテル等のグリコールモノアルキルエーテル、およびエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの共重合体のメチルエーテル、エチルエーテルおよびブチルエーテル等が挙げられる。
上述したようなグリコール類は、単独でも2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
なお、水は特に制限されず、水道水、工業用水、蒸留水、または脱イオン水を使用することができる。
【0017】
本発明の水溶性切削加工液には、スラリー中の砥粒の沈降によるハードケーキの生成をより確実に抑制するために、有機酸塩または無機酸塩を配合することができる。例えば、有機酸または無機酸を、アミン類やアルカリ金属水酸化物などで中和した状態で配合することができ、ベンゾトリアゾールを用いてもよい。有機酸としては、例えば、芳香族カルボン酸、脂肪酸、カルボン酸、およびヒドロキシ酸等が挙げられ、無機酸としては、例えば亜硝酸等が挙げられる。
【0018】
有機酸塩または無機酸塩は、単独でも2種以上を組み合わせて用いてもよい。水溶性切削加工液中に0.05質量%程度の量で含有されていれば、その効果を得ることができる。過剰に含有されたところで、効果が顕著に向上するわけでもないため、有機酸塩または無機酸塩の含有量は、最大でも2質量%程度とすることが望まれる。
有機酸塩または無機酸塩は、ワイヤーソーやブレードソー装置のワイヤー等の工具の防錆性を維持する作用も有している。
【0019】
本発明の水溶性切削加工液は、ポリオキシエチレンナフチルエーテル、グリコール類、水、および必要に応じて有機酸塩等を配合し、均一に混合して調製することができる。水溶性切削加工液に砥粒を加えて攪拌することで、本発明のスラリーが調製される。砥粒の量は、例えば水溶性切削加工液1容量部に対して、0.1~2質量部程度とすることができる。
【0020】
上述したように本発明の水溶性切削加工液は、砥粒の分散安定性を高めるポリオキシエチレンナフチルエーテルを含有しているので、#2000以上の細かい砥粒でも良好に分散させてスラリーを得ることができる。使用し得る砥粒としては、具体的にはGC#2000(緑色炭化珪素#2000)およびGC#2500(緑色炭化珪素#2500)が挙げられる。
【0021】
スラリーは、25℃における粘度が、100mPa・s~400mPa・sであることが望ましい。粘度が100mPa・s未満のスラリーは、ワイヤーへ付着し難いためにウエハーの切削精度が低下して、断面に傷などが発生するという問題がある。一方、粘度が400mPa・sを超えたスラリーは、供給用のポンプから供給される量が安定せず、ワイヤーの断線やウエハーの割れなど引き起こす。
細かい砥粒を配合して所望の粘度のスラリーが得られるように、水溶性切削加工液におけるポリオキシエチレンナフチルエーテル、グリコール類、および水の含有量を決定することが望まれる。
【0022】
本発明のスラリーは、ハードケーキの生成や泡立ちが抑制され、適切な粘度を有し、しかも細かい砥粒を含有することができる。こうした本発明のスラリーは、被切削物を切断するためのワイヤーソーやバンドソーに好適に用いることができる。被切削物の材質は、シリコン単結晶や多結晶、炭化珪素、窒化アルミニウム、窒化ガリウム、水晶、タンタル酸リチウム、およびニオブ酸リチウム等の脆性材料が挙げられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明の水溶性切削加工液を具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0024】
下記表1に示す処方で、実施例1~9の水溶性切削加工液を調製した。表中の数値は、質量部を表す。なお、水としては水道水を用い、分散剤としては、マリアリムAKM-0531(日油(株))を用いた。
【0025】
【0026】
用いたポリオキシエチレンナフチルエーテルは、それぞれ以下のとおりである。
(E0=10) ノイゲンEN-10(第一工業製薬(株))
(E0=6) ノイゲンEN(第一工業製薬(株))
(E0=3) ブラウノンBN-3(青木油脂工業(株))
【0027】
また、下記表2に示す処方で、比較例1~7の水溶性切削加工液を調製した。比較例1~7の水溶性切削加工液は、いずれもポリオキシエチレンナフチルエーテルを含有していない。これらのうち、比較例2,5,6の水溶性切削加工液には、ポリオキシエチレンナフチルエーテル以外の非イオン性界面活性剤(アセチレングリコール、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、又はポリオキシエチレンアリールフェニルルエーテル)が含有されている。
【0028】
用いた非イオン性界面活性剤は、それぞれ以下のとおりである。
アセチレングリコール:オルフィンE-1004(日信化学(株))
ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル:
ノイゲンEA-80(第一工業製薬(株))
ポリオキシエチレンアリールフェニルルエーテル:
パイオニンD-6414(竹本油脂(株))
【0029】
【0030】
上述のように得られた水溶性切削加工液1容量部に対し、砥粒GC#2500(緑色炭化珪素#2500)1重量部の割合で混合し、1200rpmで1時間攪拌してスラリーを調製した。攪拌にあたっては、プロペラ型の攪拌翼を装着した攪拌機(スリーワンモーターBLh1200)を用いた。
【0031】
調製されたスラリーは、以下のように粘度を測定し、ハードケーキの生成や泡の発生について調べた。
<粘度1>
B型粘度計RB-85L(東機産業(株)製)を用い、回転数60rpm、ローターNo.2、液温25℃で測定して、粘度1とした。
【0032】
<粘度2>
粘度1を測定したスラリーに対し、砥粒GC#10000を混入させた。ここでの砥粒の含有量は、全体の10質量%とした。こうした砥粒を含有するスラリーは、切削加工によって切屑が発生したスラリーを想定したものである。
B型粘度計RB-85L(東機産業(株)製)を用い、回転数60rpm、ローターNo.2、液温25℃で測定して、粘度2とした。
粘度1および粘度2のうち、いずれか一方が400mPa・sを超えると、ポンプ負荷が大きくなるので安定な供給が困難となる。あるいは、ウエハーの脱落が発生する場合がある。
【0033】
<ハードケーキの生成>
100mLのスラリーを容量100mLのメスシリンダーに収容して静置した。48時間後、メスシリンダー内のスラリーに、ガラス棒(直径6mm)を自由落下にて挿し込んで、スラリー内のガラス棒の状態を目視により確認した。ガラス棒の先端がメスシリンダーの底に到達した場合には、ハードケーキの生成がないと判断し、ガラス棒の先端がメスシリンダーの底に到達しない場合には、ハードケーキの生成があるものと判断する。
ハードケーキが生成すると、加工後にウエハー間に凝集物が発生して洗浄が困難になる。凝集物は、ワイヤーとローラとの間に詰まって、ワイヤーの断線を引き起こす原因とある。ハードケーキが生成すると、砥粒を再度分散させることは困難であるため、攪拌を停止したスラリーは、その後使用することができなくなる。
【0034】
<泡立ち抑制>
8Lのスラリーをタンクに充填したワイヤーソー加工機WSD-1A(タカトリ(株)製)を用いて、単結晶シリコンのインゴット(直径4インチ)をスライス加工した。加工開始より6時間かけてインゴットをスライスしてウエハーを作製した際、タンク内における泡の有無を目視により確認した。
その結果を、粘度1、粘度2およびハードケーキの発生の結果とともに、下記表にまとめる。
【0035】
【0036】
【0037】
上記表に示されるように、ポリオキシエチレンナフチルエーテルを含有する水溶性切削加工液を用いた実施例のスラリーは、いずれもハードケーキが生成せず、泡立ちも抑制されている。しかも、粘度1および粘度2は、全てのスラリーについて400mPa・sを超えることがなく、安定した粘度を維持することがわかる。
【0038】
一方、ポリオキシエチレンナフチルエーテルを含有しない水溶性切削加工液を用いた場合には、ハードケーキの生成と泡立ちを同時に抑制したスラリーが得られないことが、比較例の結果に示されている。比較例2,5,6の結果から、ポリオキシエチレンアリールフェニルエーテル、アセチレングリコール、およびポリオキシエチレンノニルフェニルエーテルといった非イオン性界面活性剤が含有されても、ハードケーキの生成と泡立ちを同時に抑制できないことがわかる。