(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-22
(45)【発行日】2023-03-03
(54)【発明の名称】脂肪酸ジルコニウム、脂肪酸ジルコニウム組成物および酸化ジルコニウム形成用材料
(51)【国際特許分類】
C11C 3/00 20060101AFI20230224BHJP
B01J 20/291 20060101ALI20230224BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
C11C3/00
B01J20/291
G01N30/88 H
(21)【出願番号】P 2019116904
(22)【出願日】2019-06-25
【審査請求日】2021-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097490
【氏名又は名称】細田 益稔
(74)【代理人】
【識別番号】100097504
【氏名又は名称】青木 純雄
(72)【発明者】
【氏名】板子 典史
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-257406(JP,A)
【文献】特開平04-265225(JP,A)
【文献】特開2004-161665(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 1/00-15/00
C11C 1/00- 5/02
C07C51/00-53/50
C07F 7/00
C01G25/00-99/00
C23C18/00-20/08
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル浸透クロマトグラフィー測定により求められるクロマトグラムから算出されるW
0.05とW
0.5が式(1)を満たす、炭素数4~10の脂肪酸ジルコニウム
であって、
前記脂肪酸ジルコニウムは、ジルコニウムテトラアルコキシドに対して脂肪酸を添加して得られ、この際前記脂肪酸の全量の添加に要する時間の3分の2以上で脂肪酸全量の3分の1以下の量を添加して得られる反応生成物である、脂肪酸ジルコニウム。
4.0≦W
0.05/W
0.5≦8.0 ・・・・(式(1))
(前記クロマトグラムにおいて、屈折率強度が最大となる極大点KからベースラインBへの垂線の長さをLとし、前記極大点に対応する溶出時間をT
Kとし、屈折率強度が0.05Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT
0.05とし、屈折率強度が0.5Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT
0.5としたとき、
W
0.05はT
KとT
0.05との間隔であり、
W
0.5はT
KとT
0.5との間隔である。)
【請求項2】
請求項1記載の脂肪酸ジルコニウム1質量部に対し、炭素数4~10の脂肪酸と炭素数2~8の脂肪族アルコールとのエステルを0.3~10質量部含むことを特徴とする、脂肪酸ジルコニウム組成物。
【請求項3】
請求項1記載の脂肪酸ジルコニウムを含むことを特徴とする、酸化ジルコニウム形成用材料。
【請求項4】
請求項2記載の脂肪酸ジルコニウム組成物を含むことを特徴とする、酸化ジルコニウム形成用材料。
【請求項5】
ジルコニウムテトラアルコキシドに対して脂肪酸を添加して反応させるのに際して、前記脂肪酸の全量の添加に要する時間の3分の2以上で脂肪酸全量の3分の1以下の量を添加することで、炭素数4~10の脂肪酸ジルコニウムを生成させることによって、ゲル浸透クロマトグラフィー測定により求められるクロマトグラムから算出されるW
0.05
とW
0.5
が式(1)を満たす脂肪酸ジルコニウムを製造する、脂肪酸ジルコニウムの製造方法。
4.0≦W
0.05
/W
0.5
≦8.0 ・・・・(式(1))
(前記クロマトグラムにおいて、屈折率強度が最大となる極大点KからベースラインBへの垂線の長さをLとし、前記極大点に対応する溶出時間をT
K
とし、屈折率強度が0.05Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT
0.05
とし、屈折率強度が0.5Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT
0.5
としたとき、
W
0.05
はT
K
とT
0.05
との間隔であり、
W
0.5
はT
K
とT
0.5
との間隔である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸ジルコニウム、脂肪酸ジルコニウム組成物および酸化ジルコニウム形成用材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化ジルコニウムは化学的耐久性が高く、高屈折率、酸素イオン導電性を示す有益な材料であり、その薄膜は光学材料や燃料電池の固体電解質として用いられている。酸化ジルコニウム薄膜の形成方法としては、ジルコニウムを含有する溶液を塗布液とした塗布焼成法が挙げられ、ジルコニウムテトラアルコキシドや脂肪酸ジルコニウムが広く用いられている。
【0003】
しかし、これらの薄膜形成用材料は水との反応性が高く、水の影響を大きく受けるために、水の影響を受けにくくする工夫が検討されてきた。特にジルコニウムテトラアルコキシドは水の影響を受けやすく、比較的水の影響を受けにくい脂肪酸ジルコニウムが塗布法の薄膜形成材料として好適に使用されている。しかし、脂肪酸ジルコニウムであっても水に対する安定性は十分とは言えず、安定性のさらなる改良が検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1(特開平2-22476)では、ジルコニウムテトラブトキシドまたはオクチル酸ジルコニウムに特定のアセチル化合物を添加することにより、水により白濁や沈殿の発生を抑制する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、添加剤の使用は用途や処理条件等により制限を受ける場合があり、特に焼成工程では加熱を伴うため、添加剤との反応物や添加剤の変性物等が生じる虞がある。このため、脂肪酸ジルコニウム化合物自体の水に対する安定性が改良された、薄膜形成用材料が求められる。
【0007】
本発明の課題は、水に対して安定な、脂肪酸ジルコニウムおよび脂肪酸ジルコニウム組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特定のGPC特性を示す脂肪酸ジルコニウムが、水への安定性が高いことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のものである。
(1) ゲル浸透クロマトグラフィー測定により求められるクロマトグラムから算出されるW0.05とW0.5が式(1)を満たす、炭素数4~10の脂肪酸ジルコニウムであって、
前記脂肪酸ジルコニウムは、ジルコニウムテトラアルコキシドに対して脂肪酸を添加して得られ、この際前記脂肪酸の全量の添加に要する時間の3分の2以上で脂肪酸全量の3分の1以下の量を添加して得られる反応生成物である脂肪酸ジルコニウム。
4.0≦W0.05/W0.5≦8.0 ・・・・(式(1))
(前記クロマトグラムにおいて、屈折率強度が最大となる極大点KからベースラインBへの垂線の長さをLとし、前記極大点に対応する溶出時間をTKとし、屈折率強度が0.05Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT0.05とし、屈折率強度が0.5Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT0.5としたとき、
W0.05はTKとT0.05との間隔であり、
W0.5はTKとT0.5との間隔である。)
(2) (1)の脂肪酸ジルコニウム1質量部に対し、炭素数4~10の脂肪酸と炭素数2~8の脂肪族アルコールとのエステルを0.3~10質量部含むことを特徴とする、脂肪酸ジルコニウム組成物。
(3) (1)の脂肪酸ジルコニウムを含むことを特徴とする、酸化ジルコニウム形成用材料。
(4) (2)の脂肪酸ジルコニウム組成物を含むことを特徴とする、酸化ジルコニウム形成用材料。
(5) ジルコニウムテトラアルコキシドに対して脂肪酸を添加して反応させるのに際して、前記脂肪酸の全量の添加に要する時間の3分の2以上で脂肪酸全量の3分の1以下の量を添加することで、炭素数4~10の脂肪酸ジルコニウムを生成させることによって、ゲル浸透クロマトグラフィー測定により求められるクロマトグラムから算出されるW
0.05
とW
0.5
が式(1)を満たす脂肪酸ジルコニウムを製造する、脂肪酸ジルコニウムの製造方法。
4.0≦W
0.05
/W
0.5
≦8.0 ・・・・(式(1))
(前記クロマトグラムにおいて、屈折率強度が最大となる極大点KからベースラインBへの垂線の長さをLとし、前記極大点に対応する溶出時間をT
K
とし、屈折率強度が0.05Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT
0.05
とし、屈折率強度が0.5Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT
0.5
としたとき、
W
0.05
はT
K
とT
0.05
との間隔であり、
W
0.5
はT
K
とT
0.5
との間隔である。)
【発明の効果】
【0010】
本発明の脂肪酸ジルコニウムおよびこれを含有する脂肪酸ジルコニウム組成物は、ジルコニウム含有量が高く、水に対する安定性が高いため、酸化ジルコニウム形成材料に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、W
0.05およびW
0.5を説明するためのクロマトグラムのモデル図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、さらに詳細を説明する。
(脂肪酸ジルコニウム)
ジルコニウムは4価の陽イオンとなるために、1つのジルコニウム原子に1、2、3または4個の脂肪酸が結合する。またジルコニウムは酸素と交互に結合を繰り返すジルコノキサン結合(―Zr―O―)を形成できる。そのため脂肪酸ジルコニウムは、ジルコニウムに結合する脂肪酸の数やジルコノキサン結合の量により、様々な分子構造を示す。
【0013】
本発明で用いられる脂肪酸ジルコニウムは、炭素数4~10(4以上、10以下)の脂肪酸のジルコニウム塩である。ジルコニウムに結合する脂肪酸の数は1、2、3または4個であり、1~3個が好ましい。また、同じジルコニウム原子に対して、異なる脂肪酸がついていても良い。
【0014】
脂肪酸ジルコニウムの重量を100重量部としたとき、灰分(二酸化ジルコニウム換算)は15~60質量部が好ましく、20~50質量部が更に好ましい。
【0015】
脂肪酸ジルコニウムを構成する脂肪酸は、炭素数4~10の1価の脂肪酸である。この脂肪酸の炭素数が3以下であると、得られる脂肪酸ジルコニウムの水との反応性が高すぎて沈殿を作りやすくなるので、炭素数を4以上とするが、5以上が好ましく、6以上が更に好ましい。また、本脂肪酸の炭素数が11以上であるとジルコニウム含有量が低下するので、脂肪酸の炭素数を10以下とするが、9以下が好ましく、8以下がさらに好ましい。
【0016】
この脂肪酸は、飽和もしくは不飽和のいずれであってもよく、単独で、又は2種類以上のものを併用して用いてもよい。該脂肪酸の例として、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、カプロン酸、2-エチル酪酸、エナント酸、カプリル酸、2-エチルヘキサン酸、ペラルゴン酸、カプリン酸などが挙げられる。
【0017】
(脂肪酸ジルコニウムのGPC曲線)
本発明の脂肪酸ジルコニウムは、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)において、示差屈折率計を用いて得られたクロマトグラムによって規定される。このクロマトグラムとは、屈折率強度と溶出時間との関係を表すグラフである。本発明の脂肪酸ジルコニウムでは、式(1)の関係を満たす。
4.0≦W0.05/W0.5≦8.0 ・・・・(式(1))
(前記クロマトグラムにおいて、屈折率強度が最大となる極大点KからベースラインBへの垂線の長さをLとし、前記極大点に対応する溶出時間をTKとし、屈折率強度が0.05Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT0.05とし、屈折率強度が0.5Lとなる二点のうち、溶出が早いほうの溶出時間をT0.5としたとき、
W0.05はTKとT0.05との間隔であり、
W0.5はTKとT0.5との間隔である。)
【0018】
ここで、
図1は、脂肪酸ジルコニウムのゲル浸透クロマトグラフィーにより得られるクロマトグラムのモデル図であり、横軸は溶出時間を、縦軸は示差屈折率計を用いて得られた屈折率強度を示す。
ゲル浸透クロマトグラフに試料溶液を注入して展開すると、最も分子量の高い分子から溶出が始まり、屈折率強度の増加に伴い、溶出曲線が上昇していく。その後、屈折率強度が最大となる極大点Kを過ぎると、溶出曲線は下降していく。
【0019】
また、本発明の脂肪酸ジルコニウムのゲル浸透クロマトグラフィーにおいて、クロマトグラムの屈折率強度の極大点が複数ある場合は、それらのうち屈折率強度が最も大きい点を極大点Kとする。さらに同じ屈折率強度の極大点が複数ある場合は、溶出時間の遅いほうを屈折率強度の極大点Kとする。この際、ゲル浸透クロマトグラフィーに使用した展開溶媒などに起因するピークや、使用したカラムや装置に起因するベースラインの揺らぎによる疑似ピークは除く。
【0020】
W0.05/W0.5は、それぞれ、以下のようにしてクロマトグラムから算出する。
(1) クロマトグラム上の屈折率強度の極大点KからベースラインBへ垂線を引き、垂線の長さをLとする。極大点に対応する溶出時間をTKとする。
(2) 屈折率強度がL×n(n=0.05または0.5)となるクロマトグラム上の2点のうち、溶出が早いほう(ピーク立ち上がり側)の溶出時間Tnから極大点に対応する溶出時間をTKまでの距離をWnとする。
【0021】
本発明の脂肪酸ジルコニウムは、W0.05/W0.5が4.0≦W0.05/W0.5≦8.0を満たすものである。W0.05/W0.5は、溶出曲線のピーク(極大点)から見て溶出の早い側(低分子量側)の裾の引きかたを示す度合いであり、低分子量成分と高分子量成分とのバランスを示す度合いである。W0.05/W0.5が8.0より大きくなると、高分子量な脂肪酸ジルコニウムが過剰となり、溶剤溶解性が低下する。この観点から、W0.05/W0.5を8.0以下とするが、6.0以下とすることが更に好ましい。W0.05/W0.5が4.0より小さくなると、低分子量な脂肪酸ジルコニウムが過剰となり、水との反応性が高くなる。この観点からは、W0.05/W0.5を4.0以上とするが、4.2以上とすることが更に好ましい。
【0022】
(脂肪酸ジルコニウムの製造方法)
本発明で用いられる脂肪酸ジルコニウムの製造方法に特に制限はないが、ジルコニウムテトラアルコキシドと脂肪酸を反応させる方法が好ましい。
【0023】
ジルコニウムテトラアルコキシドと脂肪酸の反応では、脂肪酸ジルコニウムの他に、アルコキシ基と脂肪酸によるエステル化反応で脂肪酸エステルと水が生成する。ここで生じた水は、ジルコニウムテトラアルコキシドや反応途中の脂肪酸ジルコニウムを加水分解し、次いでジルコニウム水酸化物の重縮合が発生し、ジルコノキサン結合を生じる。これらの反応を制御することで、様々な分子構造や分子量の脂肪酸ジルコニウムを合成することが可能である。
【0024】
本発明で用いられる脂肪酸ジルコニウムの製造方法としては、ジルコニウムテトラアルコキシドに脂肪酸を少量ずつ加えて反応させる方法が好ましい。過剰のジルコニウムテトラアルコキシドに添加された脂肪酸は、反応で即座に消費され、脂肪酸が部分的に結合したジルコニウムアルコキシドとエステルおよび水が生成される。また生成された水はジルコニウムアルコキシドの加水分解および重縮合を促して、ジルコノキサン結合を形成させる。そのため、脂肪酸の添加方法を制御することで、脂肪酸ジルコニウムの分子構造や分子量の制御が容易となる。この観点から、製造時にジルコニウムテトラアルコキシドに脂肪酸を加える方法としては、脂肪酸全量の添加に要する工程時間の3分の2以上で脂肪酸全量の3分の1以下の量を加えることがさらに好ましい。
【0025】
(ジルコニウムテトラアルコキシド)
脂肪酸ジルコニウムの原料となるジルコニウムテトラアルコキシドとしては、アルコキシドの炭素数は、1~6が好ましい。ジルコニウムテトラアルコキシドを構成する4つのアルコキシドは、互いに同一でも異なっていてもよいが、入手の容易さなどの点から、同一のものが好ましく用いられる。各アルコキシドの炭素数は2以上であることが好ましく、3以上であることが更に好ましい。また、各アルコキシドの炭素数は5以下であることが好ましく、4以下であることが更に好ましい。
【0026】
該ジルコニウムテトラアルコキシドの例として、ジルコニウムテトラメトキシド、ジルコニウムテトラエトキシド、ジルコニウムテトラ-n-プロポキシド、ジルコニウムテトライソプロポキシド、ジルコニウムテトラ-n-ブトキシド、ジルコニウムテトライソブトキシド、ジルコニウムテトラ-sec-ブトキシド、ジルコニウムテトラ-n-ペントキシド、ジルコニウムテトラ-n-ヘキソキシドなどが挙げられる。
【0027】
(脂肪酸ジルコニウム組成物)
本発明の脂肪酸ジルコニウムは、特定の脂肪酸エステル化合物と併用することにより、水への安定性をさらに高めることができる。
【0028】
本発明の組成物で用いられる脂肪酸エステルを構成する脂肪酸は、炭素数4~10であり、5~9が好ましく、6~8がさらに好ましい。また、本脂肪酸エステルを構成する脂肪族アルコールは、炭素数2~8であり、3~7が好ましく、3~6が更に好ましい。脂肪酸および脂肪族アルコールの炭素数が上述した範囲より小さい場合には、脂肪酸エステルの脂肪酸ジルコニウム安定化効果が低下して、相溶した脂肪酸ジルコニウムが水と反応しやすくなる。一方、脂肪酸および脂肪族アルコールの炭素数が上述した範囲より大きい場合には、脂肪酸ジルコニウムとの相溶性が低くなり、また脂肪酸エステルの融点が上昇して液体状態を保てなくなる。
【0029】
脂肪酸エステルの合計炭素数は8~16が好ましく、9~14がより好ましい。脂肪酸エステルの合計炭素数が8より小さい場合には、脂肪酸エステルの脂肪酸ジルコニウム安定化効果が低下して、相溶した脂肪酸ジルコニウムが水と反応しやすくなる。一方、脂肪酸エステルの合計炭素数が16より大きい場合には、脂肪酸ジルコニウムとの相溶性が低くなり、また脂肪酸エステルの融点が上昇して液体状態を保てなくなる。脂肪酸エステルは単体でもよく、2種以上を混合してもよい。
【0030】
該脂肪酸エステルの例として、吉草酸-n-プロピル、吉草酸-n-ブチル、吉草酸ペンチル、吉草酸ヘキシル、カプロン酸-n-プロピル、カプロン酸-n-ブチル、カプロン酸ペンチル、カプロン酸ヘキシル、ヘプタン酸-n-プロピル、ヘプタン酸-n-ブチル、ヘプタン酸ペンチル、ヘプタン酸ヘキシル、カプリル酸-n-プロピル、カプリル酸-n-ブチル、カプリル酸-t-ブチル、カプリル酸ペンチル、カプリル酸ヘキシル、2-エチルヘキサン酸-n-プロピル、2-エチルヘキサン酸-n-ブチル、2-エチルヘキサン酸-t-ブチル、2-エチルヘキサン酸ペンチル、2-エチルヘキサン酸ヘキシル、などが挙げられる。
【0031】
脂肪酸エステルの脂肪酸ジルコニウムに対する添加量は、脂肪酸ジルコニウム1.0質量部に対して0.3~10質量部であり、0.5~8質量部が好ましい。脂肪酸エステルが上述した範囲より小さい場合には、脂肪酸エステルが完全に相溶せず、また脂肪酸ジルコニウムが水と反応しやすくなる。一方、脂肪酸エステルが上述した範囲よりも大きい場合には、脂肪酸エステルによる水に対する安定性の向上効果が頭打ちとなり、ジルコニウム含有量が低下する。
【0032】
(酸化ジルコニウム形成材料)
本発明の脂肪酸ジルコニウムおよび脂肪酸ジルコニウム組成物は、ジルコニウム含有量が高く、水に対する安定性が高いため、酸化ジルコニウム形成材料として有用である。酸化ジルコニウム形成材料の使用方法としては特に制限はなく、例えば薄膜形成を目的とした基材への塗布や、酸化ジルコニウム成分としてペースト等への添加などが挙げられる。
【0033】
酸化ジルコニウム形成方法としては、熱分解温度以上に加熱させる焼成法や、高湿度高圧下で強制的に加水分解させる水熱合成法などが挙げられ、基材としてはガラス基板やシリコンウェハ、PET基板などの平板、シリカやアクリルビーズ等の粒子が挙げられる。
【0034】
脂肪酸ジルコニウムおよび脂肪酸ジルコニウム組成物は、複酸化物の形成を目的として他の金属を含む材料と併せてもよく、例えばイットリア安定化ジルコニアを目的物としてイットリウム含有材料を併用したり、チタン酸ジルコン酸鉛を目的物としてチタンまたは鉛含有材料を併用したりすることが可能である。
【0035】
脂肪酸ジルコニウムの溶液および脂肪酸ジルコニウム組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、他の溶剤や添加剤を併用することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
(製造例1)
温度計、窒素導入管、冷却管を取り付けた水分定量受器、撹拌羽を取り付けた4つ口フラスコにジルコニウムテトラ-n-プロポキシド111.2g(0.34mol)を加えて窒素バブリングをしながら、カプリル酸(NAA-82、日油株式会社)を20分かけて49.4g(0.34mol)滴下し、次いで10分かけて98.9g(0.69mol)滴下し、90℃で加熱撹拌した。1時間の反応後に、副成したn-プロパノールとカプリル酸-n-プロピルを減圧留去して、淡黄色固体のカプリル酸ジルコニウム1を得た。
得られたカプリル酸ジルコニウム1の灰分を後述の方法で測定すると、34.2wt%であった。またW0.05/W0.5を後述の方法で測定すると4.6であった。
【0037】
(製造例2)
ジルコニウムテトラ-n-プロポキシドに一度にカプリル酸を加えた以外は製造例1と同様の原料と装置を用いて反応を行い、淡黄色固体のカプリル酸ジルコニウム2を得た。
得られたカプリル酸ジルコニウム2の灰分を後述の方法で測定すると38.3wt%であった。またW0.05/W0.5を後述の方法で測定すると、3.4であった。
【0038】
(灰分)
磁性るつぼに秤量した試料を加え、電熱器上で加熱し、着火して燃焼させた。次に600℃の電気炉で空気下2時間加熱し、試料を灰化させた。得られた灰化物を秤量し、下記数式に従って試料の灰分(二酸化ジルコニウム分)を算出した。
灰分(%)=(灰化物重量/試料重量)×100
【0039】
(GPC)
以下の装置および条件にてGPCを測定し、W0.05/W0.5を算出した。
装置:東ソー(株)社製、HLC-8220
カラム:shodex社製、LF-804
標準物質:ポリスチレン
溶離液:THF(テトラヒドロフラン)
流量:1.0ml/min
カラム温度:40℃
検出器:RI(示差屈折率検出器)
【0040】
(吸湿試験)
取り扱い性の観点から、上記で得られた脂肪酸ジルコニウム1および2に対し、灰分が25.0%となるように、溶剤としてn-デカンを用いて希釈した脂肪酸ジルコニウム溶液を使用した。
直径1.5cm、深さ1.0cmのポリプロピレン製円形皿に灰分25.0%の脂肪酸ジルコニウムを0.1ml加え、気温23℃、湿度50%の部屋に静置した。吸湿により外観に変化が生じるまでに要した時間を5分おきに60分まで計測した。
【0041】
(実施例1)
カプリル酸ジルコニウム1のn-デカン溶液では、吸湿試験では20分間安定であり、その後表面の固化が見られた。
【0042】
(実施例2)
カプリル酸ジルコニウム1溶液のn-デカンを同質量のn-デカン/カプリル酸-n-プロピルの質量比2/1溶液に置き換えると、吸湿試験では30分間安定であり、その後表面の固化が見られた。
【0043】
(実施例3)
カプリル酸ジルコニウム1溶液のn-デカンを同質量のカプリル酸-n-プロピルに置き換えると、吸湿試験で60分以上安定であった。
【0044】
(比較例1)
カプリル酸ジルコニウム2のn-デカン溶液では、吸湿試験では5分で表面の固化が見られた。
【0045】
【0046】