(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-22
(45)【発行日】2023-03-03
(54)【発明の名称】老化抑制剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20230224BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230224BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20230224BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230224BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20230224BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230224BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230224BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/68
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/02
C12N15/09 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2018240198
(22)【出願日】2018-12-21
【審査請求日】2021-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】加治屋 健太朗
(72)【発明者】
【氏名】高垣 知輝
(72)【発明者】
【氏名】渡部 徹郎
(72)【発明者】
【氏名】吉松 康裕
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-048582(JP,A)
【文献】特表2018-533633(JP,A)
【文献】国際公開第2017/082701(WO,A1)
【文献】特開2011-147371(JP,A)
【文献】B. S. Fleenor, et al.,Replicative Aging Induces Endothelial to Mesenchymal Transition in Human Aortic Endothelial Cells: Potential Role of Inflammation,Journal of Vascular Research,2012年,Vol. 49, No. 1,59-64
【文献】Dae-Young Park, et al.,Lymphatic regulator PROX1 determines Schlemm's canal integrity and identity,The Journal of Clinical Investigation,2014年,vol. 124, no. 9,3960-3974
【文献】X. Cai, at al.,Mesenchymal status of lymphatic endothelial cell: enlightening treatment of lymphatic malformation,International Journal of Clinical and Experimental Medicine,2015年,Vol. 8, No. 8,12239-12251
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
採取後の生体試料におけるリンパ管の内皮間葉移行を指標とする,皮膚リンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法
であって,
前記生体試料は皮膚リンパ管の内皮細胞である方法。
【請求項2】
採取後の生体試料に候補薬剤を添加すること;
前記生体試料における間葉系細胞マーカー又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量を測定すること;
測定した間葉系細胞マーカー又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量から候補薬剤の皮膚リンパ管老化抑制効果を決定すること;
を含む,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記候補薬剤を添加する際に,前記生体試料に内皮間葉移行を促進する物質を添加することを更に含む,請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記内皮間葉移行を促進する物質は,TGF-β(transforming growth factor β)である,請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記決定することは,候補薬剤を添加しない状態に比べて,前記候補薬剤を添加した場合に,間葉系細胞マーカーの発現量が低いとき及び/又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量が高いとき,前記候補薬剤は皮膚リンパ管老化抑制効果があると判断することである,請求項2~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記間葉系細胞マーカーは,SM22αである,請求項2~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記リンパ管内皮細胞マーカーは,LYVE1,Prox1,又はVEGFR3である,請求項2~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記発現量は,RT-PCRにより測定される,請求項2~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記皮膚リンパ管老化抑制剤は,皮膚のリンパ管の内皮間葉移行を抑制することにより皮膚リンパ管の老化を抑制する,請求項1~
8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
間葉系細胞マーカー及び/又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量を決定するための試薬を含む,請求項1~
9のいずれか1項に記載のスクリーニング方法を実施するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は老化抑制剤のスクリーニング方法,特に,生体試料におけるリンパ管の内皮間葉移行を指標とするリンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リンパ管は,細胞のすき間から炎症性細胞・タンパク質・水分といった老廃物を回収するという排水管としての役割を担う。一方,老化によりリンパ管の機能が損なわれると,老廃物の排出が滞り,むくみといった各種問題が生じることが知られている。よって,リンパ管の老化を予防/改善する物質の探索する方法が望まれる。
【0003】
特許文献1は,リンパ管細胞特異的な転写調節領域として作用しうるポリヌクレオチドを開示する。特許文献2は,リンパ管の炎症性細胞誘引作用及び/又は炎症性細胞の遊走能を活性化させる候補薬剤を抗老化剤として選定する抗老化剤のスクリーニング方法を開示する。特許文献3は,抗TGF-β1剤を含む浮腫の治療のための組成物及び方法を開示する。
【0004】
また,近年,眼球では,リンパ管様のシュレム管の内皮細胞が間葉系細胞に分化転換し,房水排出機能が損なわれる結果,老化に伴う緑内障を引き起こすことが報告された(非特許文献1)。また,血管内皮細胞の内皮間葉移行が腫瘍の進展に関与することも報告されている。しかしながら,皮膚等の器官におけるリンパ管の老化に内皮細胞の内皮間葉移行が関与するか否かは不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-48582号公報
【文献】特開2011-147371号公報
【文献】特表2018-504436号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】The Journal of Clinical Investigation, 2017;127(10):3877-3896
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は,リンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは,皮膚等の器官においても,リンパ管内皮細胞の間葉系細胞への分化転換がリンパ管の老化に関与することを確認した。よって,リンパ管の内皮細胞の間葉系細胞への分化転換を抑制できれば,体の各器官のリンパ管の老化が抑制され,ひいては,当該器官の老化抑制に寄与することが期待される。そこで,本発明者らは鋭意研究の結果,リンパ管の内皮間葉移行を指標とするリンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法を開発し以下の発明を完成するに至った:
(1)採取後の生体試料におけるリンパ管の内皮間葉移行を指標とする,皮膚リンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法。
(2)採取後の生体試料に候補薬剤を添加すること;
前記生体試料における間葉系細胞マーカー又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量を測定すること;
測定した間葉系細胞マーカー又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量から候補薬剤の皮膚リンパ管老化抑制効果を決定すること;
を含む,(1)に記載の方法。
(3)前記候補薬剤を添加する際に,前記生体試料に内皮間葉移行を促進する物質を添加することを更に含む,(2)に記載の方法。
(4)前記内皮間葉移行を促進する物質は,TGF-β(transforming growth factor β)である,(3)に記載の方法。
(5)前記決定することは,候補薬剤を添加しない状態に比べて,前記候補薬剤を添加した場合に,間葉系細胞マーカーの発現量が低いとき及び/又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量が高いとき,前記候補薬剤は皮膚リンパ管老化抑制効果があると判断することである,(2)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6)前記間葉系細胞マーカーは,SM22αである,(2)~(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7)前記リンパ管内皮細胞マーカーは,LYVE1,Prox1,又はVEGFR3である,(2)~(6)のいずれか1項に記載の方法。
(8)前記発現量は,RT-PCRにより測定される,(2)~(7)のいずれか1項に記載の方法。
(9)前記生体試料は皮膚リンパ管の内皮細胞である,(1)~(8)のいずれか1項に記載の方法。
(10)前記皮膚リンパ管老化抑制剤は,皮膚のリンパ管の内皮間葉移行を抑制することにより皮膚リンパ管の老化を抑制する,(1)~(9)のいずれか1項に記載の方法。
(11)間葉系細胞マーカー及び/又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量を決定するための試薬を含む,(1)~(10)のいずれか1項に記載のスクリーニング方法を実施するためのキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば,リンパ管における内皮間葉移行を指標とすることによりリンパ管老化抑制剤を探索することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は,若年群と高齢群のLYVE1およびSM22αの発現を示す。上図は,若年群と高齢群の皮膚リンパ管の内皮細胞におけるLYVE1およびSM22αの発現を示す代表的な図である。下図は,若年群と高齢群におけるLYVE1とSM22αの発現量の比率(EndMT ratio)を示すグラフである(n=8)(ステューデントのt検定,*p<0.05)。
【
図2】
図2は,ヒト皮膚由来リンパ管内皮細胞(HDLEC)におけるProx1(上図)とVEGFR3(下図)の発現量を培養世代ごとに示したグラフである。縦軸は,第五継代細胞(kk2 p5)における発現量を100とし,その後の各培養世代における発現量の割合を示す(%)。横軸は,第五継代細胞からの培養世代を示す。
【
図3】
図3は,HDLECにおけるLYVE1とSM22αの発現量を示す。各グラフにおいて,それぞれ,左からSB431542(SB),対照として0.1%BSA/4mM HCl(Ctrl),TGF-β(TGF-β)を添加した結果を示す(T検定,***p<0.001)。
【
図4】
図4は,各種試料によるTGF-βの阻害効果を示す。PBSのみ(cont),TGF-βのみ(TGFb),TGF-β+SB431542(TGFb+SB),TGF-β+各種試料(1~18)を添加した結果を示す。13はグアバ葉抽出物,15は桑白皮抽出物を示す。
【
図5】
図5は,HDLECにおけるLYVE1およびProx1の発現量をRT-PCRにより測定した結果を示す。左図はLYVE1の発現量を示し,右図はProx1の発現量を示す。各図において,それぞれ,左から順にPBSのみ,TGF-βのみ,SB431542のみ,SB431542+TGF-β,桑白皮抽出物のみ,TGF-β+桑白皮抽出物を添加した場合を示す。
【
図6】
図6は,HDLECにおけるSM22αの発現量をRT-PCRにより測定した結果を示す。左から順にPBSのみ,TGF-βのみ,SB431542のみ,SB431542+TGF-β,桑白皮抽出物のみ,TGF-β+桑白皮抽出物を添加した場合を示す。
【
図7】
図7は,桑白皮およびTGF-βの添加によるHDLECの形態の変化を示す。上図の左から順にSBのみ(SB),BSA/4mM HClのみ(mock),TGF-β(TGF-β),下図の左から順にSB431542+TGF-β(SB+TGF-β),桑白皮抽出物のみ(抽出液),桑白皮抽出物+TGF-β(抽出液+TGF-β)を添加した場合を示す。
【
図8】
図8は,HDLECの透過性を測定したアッセイの結果を示す。左から,添加物無(con),並びにTGF-βのみ(TGF-β2),TGF-β+SB431542(TGF-β2+SB),TGF-β+桑白皮抽出物(TGF-β2+15)を添加した結果を示す(ダネットの多重検定,*p<0.01)。縦軸は,各群のinsertから漏出したFITC-Dextranの吸光度を,無添加の場合を1とした相対値で示す。
【
図9】
図9は,SM22αの発現量をRT-PCRにより測定した結果を示す。左から,PBSのみ(control),TGF-βのみ(TGF-β),TGF-β+SB431542(TGF-β+SB),TGF-β+グアバ葉抽出物(TGF-β+グアバ葉)を添加した結果を,controlを添加した場合を100とした相対値で示す(ダネットの多重検定, **p<0.001)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は,採取後の生体試料におけるリンパ管の内皮間葉移行を指標とする,皮膚リンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法を提供する。
【0012】
本発明のリンパ管老化抑制剤は,リンパ管の内皮間葉移行を抑制することによりリンパ管の老化を抑制する。
【0013】
リンパ管の内皮間葉移行とは,リンパ管の内皮細胞が間葉系細胞に分化転換(以下,endothelial-mesenchymal transition:以下EndMTと略記する場合がある)することを言う。リンパ管の内皮間葉移行は,リンパ管内皮細胞における内皮細胞マーカー(以下,リンパ管内皮細胞マーカー又は内皮細胞マーカーと略記する場合がある)の発現量の減少,間葉系細胞マーカーの発現量の増加,並びに,内皮細胞マーカーに対する間葉系細胞マーカーの発現量の比率(EndMT ratio:下記式1の方法で算出)の増加等で測定可能である。内皮細胞マーカーとしてはLYVE1,Prox1,VEGFR3;間葉系細胞マーカーとしてはSM22α等が挙げられるがこれらに限定されず,任意の内皮細胞マーカーや間葉系細胞マーカーが使用でき,それらの比率であるEndMT ratioも上記マーカーに応じて任意である。また,内皮細胞が間葉系細胞へ分化転換すると,例えば線維化等といった形態の変化が見られるため(
図7),細胞を形態的に観察することによって測定することも可能である。更に,内皮細胞が間葉系細胞へ分化転換すると,リンパ管内皮細胞の数が減少する,あるいはリンパ管内皮細胞としての性質を維持できないといった理由により,リンパ管の機能が損なわれリンパ管内を流れる液体が漏出してしまう。このようなリンパ管の機能の悪化は,例えば,実施例で示すような透過性アッセイによりリンパ管内皮細胞が形成されたインサートの透過性を測定することにより確認できる。つまり,リンパ管の内皮間葉移行は,透過性アッセイによる透過性の亢進により確認することが可能である。
【数1】
【0014】
リンパ管の内皮間葉移行抑制とは,リンパ管の内皮細胞が間葉系細胞に分化転換することを抑制すること言う。
【0015】
リンパ管の内皮間葉移行抑制は,例えば,リンパ管内皮細胞における間葉系細胞マーカーの発現量やEndMT ratioの増加,内皮細胞マーカーの発現量の減少を,リンパ管の内皮間葉移行抑制剤を添加すると,添加しない場合と比べて抑制することを意味する場合がある。抑制は,例えば,有意水準を5%とした統計学的有意差(例えばスチューデントのt検定)を有する減少であってもよく,及び/又は,例えば10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,60%以上,70%以上,80%以上,90%以上,100%の抑制であってもよい。
【0016】
本発明の方法は,採取後の生体試料に候補薬剤を添加すること;前記生体試料における間葉系細胞マーカー若しくはリンパ管内皮細胞マーカーの発現量又はEndMT ratioを測定すること;及び/又は、測定した間葉系細胞マーカー若しくはリンパ管内皮細胞マーカーの発現量又はEndMT ratioから候補薬剤の皮膚リンパ管老化抑制効果を決定すること;を含んでもよい。
【0017】
上記決定することは,候補薬剤を添加しない状態に比べて,前記候補薬剤を添加した場合に,間葉系細胞マーカーの発現量又はEndMT ratioが低いとき,又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量が高いとき,候補薬剤は皮膚リンパ管老化抑制効果があると判断することであってもよい。間葉系細胞マーカーの発現量又はEndMT ratioが低いとは,例えば,有意水準を5%とした統計学的有意差(例えばスチューデントのt検定)を有する減少であってもよく,及び/又は,例えば10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,60%以上,70%以上,80%以上,90%以上,100%の抑制であってもよい。同様に,内皮細胞マーカーの発現量が高いとは,例えば,有意水準を5%とした統計学的有意差(例えばスチューデントのt検定)を有する増加であってもよく,及び/又は,例えば10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,60%以上,70%以上,80%以上,90%以上,100%以上の増加であってもよい。
【0018】
本発明の方法は,候補薬剤を添加する際に,生体試料に内皮間葉移行を促進する物質を添加することを更に含んでもよい。生体試料に内皮間葉移行を促進する物質は,TGF-βであってもよい。
【0019】
TGF-βは,線維芽細胞の形質転換を促進する因子として同定されたホモ二量体(分子量約25kDa)の多機能性サイトカインであり,ヒトなどの哺乳動物では,類似する構造を有する3種類のサブタイプ(TGF-β1~3)が存在する。TGF-βは,細胞膜上の受容体に結合することによって細胞増殖,分化,発生の制御といった多様な作用を発揮する。また,TGF-βは,上皮細胞,血管内皮細胞,リンパ球等の各種細胞に対する増殖を抑制することも知られており,癌や腎線維化など様々な病態に関係していると考えられている。ここで,TGF-βは,内皮間葉移行を誘導し,リンパ管形成を抑制する因子としても報告されている。
【0020】
よって,本発明の方法において,各種薬剤のリンパ管の内皮間葉移行抑制による老化抑制効果を測定する際に,例えば,生体試料にTGF-β等の内皮間葉移行を促進する物質の添加によってリンパ管の内皮間葉移行を促進してもよい。例えば,上記間葉系細胞マーカーの発現量やEndMT ratioの増加,リンパ管内皮細胞マーカーの発現量の減少を,TGF-βにより促進し,候補薬剤を添加しない状態に比べて,前記候補薬剤を添加した場合に,間葉系細胞マーカーの発現量又はEndMT ratioが低い場合,又はリンパ管内皮細胞マーカーの発現量が高い場合に,候補薬剤は皮膚リンパ管老化抑制効果があると判断してもよい。
【0021】
上述のように,TGF-βは,内皮間葉移行を誘導する因子としても報告されているため,TGF-β阻害剤を探索することにより,TGF-βシグナルの阻害を介した内皮間葉移行を抑制する物質を探索し,リンパ管老化抑制剤をスクリーニングする方法も考えられる。例えば,TGF-β阻害効果を検出するために,分泌型アルカリフォスファターゼ(SEAP)活性を用いたレポーターシステムが確立されている(例えば,Invivogen社のHEKTM-Blue TGF-β cells)。しかしながら,下記に詳述するように,このシステムは血清の濃度や種類により影響を受けてしまうことがある。また,全てのTGF-β阻害剤が実際にリンパ管内皮細胞の内皮間葉移行を抑制できるとは必ずしも言えない。例えば,以下の実施例で示すように,TGF-β阻害効果がみられた物質であっても,内皮間葉移行をむしろ促進する物質が存在した。さらに,TGF-β阻害効果がみられたものの,細胞毒性を示し,リンパ管内皮細胞自体の生存が困難となる物質も存在した。実際にリンパ管内皮細胞といった生体試料を使用し内皮間葉移行を抑制する物質をスクリーニング可能な方法が求められる。
【0022】
本発明者らは,加齢によりリンパ管内皮細胞における内皮細胞マーカーの発現量が減少すること,間葉系細胞マーカーの発現量やEndMT ratioが上昇すること,リンパ管内皮細胞の数が減少すること,内皮細胞の形態が変化すること等を確認した。したがって,リンパ管の老化とは,加齢により,リンパ管内皮細胞におけるLYVE1,Prox1,VEGFR3といった内皮細胞マーカーの発現量が減少すること,及び/又はSM22αなどの間葉系細胞マーカーの発現量やEndMT ratioが上昇することを指してもよく,リンパ管内皮細胞が減少あるいは硬化することを指してもよく,リンパ管の内皮細胞の形態の変化(例えば線維芽細胞様への変化)を指してもよく,リンパ管の内皮細胞が減少及び/又は硬化することによりリンパ管の機能が損なわれることを指してもよい。なお,内皮細胞マーカー,間葉系細胞マーカー,EndMT ratioは上述と同様に限定されない。
【0023】
リンパ管老化抑制は,上述のようなリンパ管の老化を抑制することを指し,リンパ管の内皮間葉移行の抑制を介するものであってもよい。
【0024】
本発明のスクリーニング法は,生体試料を使用する。生体試料は,リンパ管の内皮細胞であってもよい。例えば,ヒト,サル,ラット等の動物から採取された皮膚,腸,腎臓,脳,神経系等の各器官におけるリンパ管の内皮細胞,例えば,皮膚リンパ管の内皮細胞が挙げられる。例えば,生体試料として,ヒトの皮膚リンパ管の内皮細胞を用いてもよい。生体試料を使用することにより,細胞毒性がなく安全であり実際の生体試料に効果がある物質をスクリーニングすることが可能である。
【0025】
皮膚リンパ管とは、ヒト,サル,ラット等の動物の皮膚の真皮や皮下組織に存在するリンパ管を指す。
【0026】
さらに,本発明のスクリーニング法において,リンパ管の内皮間葉移行をRT-PCRにより測定することができる。より具体的には,リンパ管内皮細胞マーカー及び/又は間葉系細胞マーカーの発現量,及び/又はEndMT ratioの増減をRT-PCRにより測定できる。RT-PCRにより測定すると,発現量の経時的な変化を測定可能である。
【0027】
ある実施形態では,例えば,本発明は,採取後の皮膚リンパ管などの器官の内皮細胞にTGF-βなどの内皮間葉移行を促進する物質及び候補薬剤を添加すること;上記内皮細胞におけるSM22αの発現量,又はEndMT ratio,又はLYVE1,Prox1,若しくはVEGFR3の発現量をRT-PCRにより測定すること;内皮間葉移行を促進する物質を添加し候補薬剤を添加しない状態に比べて,内皮間葉移行を促進する物質及び候補薬剤を添加した場合に,SM22αの発現量又はEndMT ratioが低い,あるいはLYVE1,Prox1,若しくはVEGFR3の発現量が高い場合に,前記候補薬剤は皮膚リンパ管老化抑制効果があると判断すること;を含む,皮膚リンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法であってもよい。
【0028】
また,本発明は,上述の間葉系細胞マーカー及び/又は内皮細胞マーカーの発現量を決定するための試薬を含む,本発明のスクリーニング方法を実施するためのキットも提供する。試薬は,SM22α,LYVE1,Prox1,及び/又はVEGFR3を検出するための抗体を含んでもよい。
【0029】
さらに,本発明は,本発明の方法により得られた皮膚リンパ管老化抑制剤またはそれを含有する組成物を,それを必要とする対象に投与することによるリンパ管の老化を予防するための方法も提供する。また,本発明は皮膚リンパ管老化抑制剤またはそれを含有する組成物を対象に提案することを含む,対象の美容行為を支援する美容カウンセリング方法も提供する。本発明の方法は,美容を目的とする方法であり,医師や医療従事者による治療ではないことがある。本発明のリンパ管老化抑制剤を投与する場合,その投与量は,それらの種類,目的,形態,利用方法などに応じて,適宜決めることができる。本発明の有効成分を皮膚リンパ管内皮間葉移行抑制効果および老化抑制効果が十分発揮されるような量で含有させることが好ましい。
【実施例】
【0030】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお,本発明はこれにより限定されるものではない。
【0031】
実験1:皮膚リンパ管内皮細胞の老化によるin vivoの変化
22歳以上の健康な男女の被験者を採用し余剰皮膚を取得した。これらの被験者を,22歳以上40歳以下の若者からなる8名の若年群と,40歳超73歳以下の高齢者からなる8名の高齢群に分けた。内皮細胞マーカーとしてはLYVE1を,間葉系細胞マーカーとしてはSM22αを利用した。
抗LYVE-1(Reliatech社)と抗SM22alpha抗体(Abcam社),並びに対応する蛍光標識2次抗体を用いた蛍光免疫組織学的染色により各群の皮膚リンパ管における内皮細胞試料を作成し,共焦点レーザー顕微鏡(カールツァイス社)により内皮細胞におけるLYVE1とSM22αの発現を可視化した。また,LYVE1とSM22αの発現量の比率(EndMT ratio)を下記式2に従って算出した。統計的有意差検定には,ステューデントのt検定を用いた。
【数2】
【0032】
結果を
図1に示す。下図は,実験1の結果である,LYVE1とSM22αの発現量の比率(EndMT ratio)を各群ごとに示したグラフである。この図より,高齢群におけるEndMT ratioは,若年群に対し有意差をもって上昇していた(p<0.05),つまり,高齢者ほど,LYVE1に対するSM22αの発現量が増加していることがわかる。また,リンパ管を撮影した蛍光顕微鏡写真でも,若年群ではLYVE1の発現が多く見られるものの,高齢群ではLYVE1の発現(赤色)が減りSM22αの発現(緑色)が多く見られるようになった(
図1の上図)。これらの結果より,高齢者ほど皮膚のリンパ管の内皮細胞が間葉系細胞へ分化転換していることが確認された。
【0033】
実験2:ヒト皮膚リンパ管内皮細胞(HDLEC)の老化によるin vitroの変化
2-1:ヒト皮膚リンパ管内皮細胞の培養
試料は,Kajiya et al., EMBO J. 2005 Aug 17; 24(16): 2885-2895に記載の方法に従い,包皮から単離したヒト皮膚リンパ管内皮細胞(HDLEC細胞:Human Dermal Lymphatic Endothelial Cells)を使用した。このHDLEC細胞にEGMTM-2MV Microvascular Endothelial Cell Growth Medium-2 BulletKitTM(Lonza社,C-3202)を用いて当該キットに付属のBasal Medium(CC-3156)にSingleQuotsTMsupplements(CC-4147)を添加した培地(以下EBM2(+)培地と略記)を加えて培養した。内皮細胞マーカーとしてProx1とVEGFR3を用いることで細胞の状態を確認し,継代を繰り返した。
Prox1とVEGFR3の発現量は,applied biosystems社のTaqMan Gene Expression Assaysを用い以下に詳述する定量的RT-PCRにより測定した。
【0034】
2-2:細胞の回収とRNAの調製
PBSでウェルを洗浄後,QIAGEN RNeasy Mini KitのRLT Bufferを加え,cell scraperを使って細胞をかきとり,1.5ml容エッペンチューブに移し取った。QIAGEN RNeasy Mini Kitのプロトコルに従い,RNAを抽出した。RNase free water 30μlで溶出した。RNA濃度はNano Drop2000超微量分光光度計で計測し,50nMの濃度になるよう一部を希釈した。
【0035】
2-3:RT-PCRによるmRNAの定量
プローブ検出によるリアルタイムPCRでRNAの発現を測定した。TaqMan RNA-to-C 1Step Kit Applied Biosystemsを使用し,プローブにはProx1,VEGFR3を用いた。計測機器はLight Cycler 480II(Roche)を使用した。PCRのプログラムと組成は下表の通りである。
【表1】
【表2】
【0036】
図2は,実験2の結果である,Prox1(上図)とVEGFR3(下図)の発現量を培養世代ごとに示したグラフである。継代の回数が増すほど,これらの内皮細胞マーカーの発現量が減少していた。したがって,皮膚のリンパ管の内皮細胞は,老化に伴い正常なリンパ管内皮細胞に分化できず,もしくはリンパ管内皮細胞としての性質を維持できずにその数が減少してしまうことが確認された。
【0037】
実験1,2により,皮膚リンパ管の内皮間葉移行は老化と関連があり,内皮間葉移行を抑制できれば,リンパ管の老化を抑制できることが示唆される。そこで,内皮間葉移行を抑制する物質を探索した。
【0038】
実験3:試料の調製
マグワ(Morus alba Linne)の根皮である「ソウハクヒ」を70容量%エタノールで抽出し,得られた抽出液を酢酸エチルで更に抽出したのち,酢酸エチルを留去し,残分を70容量%エタノールで溶解することにより桑白皮抽出物を調製した。
グアバ(Psidium guajava)の葉である「バンジロウ」の葉を70容量%エタノールで抽出し,得られた抽出液を70容量%エタノールにより精製することによりグアバ葉抽出物を調製した。
また,上記試料の他,例えばアロエベラ液汁といった32種の植物を使用し,計34種類の試料を調製した。
【0039】
実験4:ヒト皮膚リンパ管内皮細胞(HDLEC)における内皮細胞マーカーおよび間葉系細胞マーカーの発現に対するTGF-βシグナルの効果
4-1:ヒト皮膚リンパ管内皮細胞の培養およびHDLEC細胞への試料添加
HDLEC細胞(Lonza社,cc-2810)を用い,コラーゲンコートされた6-wellプレートに8×104 cells/wellで播種し37℃で実験2と同じEBM2(+)培地により培養を行った。翌日,TGF-β受容体キナーゼ阻害剤であるSB431542(Wako社,198-16543)(以下,SBと略記)を最終濃度が5μMとなるように,TGF-β2(以下,TGF-βと略記)を最終濃度が1 ng/mlとなるように,そして対照として4 mM HClに溶解した0.1%BSA(Ctrl)を1 μlそれぞれ添加して更に72時間培養した。
【0040】
4-2:細胞の回収とRNAの調製
PBSでウェルを洗浄後,NucleoSpin RNAを用いてRNAを調製し,PrimeScript II(TaKaRaBio)によりrandom hexamer primerを用いてcDNA合成を行った。
【0041】
4-3:RT-PCRによるmRNAの定量
実験4-2で合成したcDNAをテンプレートとして,下表に示すPCRプライマーとFastStart Universal SYBR Green Master(ROX)(Roche)を用いて定量的RT-PCRを行った。β-actinを内因性コントロールとして用いた。PCRのプログラムと組成は下表の通りである。
【表3】
【表4】
【表5】
【0042】
4-4:結果
上述の定量的RT-PCRによりLYVE1とSM22αの発現量を測定した結果を
図3に示す。LYVE1の発現は,TGF-βを添加すると対照よりも有意に減少し,TGF-βの阻害剤を添加すると対照よりも有意に増加した。また,SM22αの発現は,TGF-βを添加すると対照よりも有意に増加し,TGF-βの阻害剤を添加すると対照よりも有意に減少した。
【0043】
実験4の結果より,皮膚リンパ管の内皮間葉移行はTGF-βシグナルにより促進されることがわかり,従って,皮膚リンパ管の老化もTGF-βシグナルにより促進されることが示唆される。よって,TGF-βシグナルによる内皮間葉移行を抑制できれば,リンパ管の老化を抑制できることが示唆される。また,HDLECにおける内皮細胞マーカーおよび間葉系細胞マーカーの発現を利用した評価系を用いることによりリンパ管の老化抑制剤の探索が可能であり,このような評価系にTGF-βシグナルを利用できることがわかる。
【0044】
実験5:各種試料によるTGF-βの阻害効果
実験4の評価系のようなリンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法に供する物質のプレスクリーニングとして,実験3にて調製した各種試料のTGF-βの阻害効果をHEK-Blue TGF-β細胞(InvivoGen社)を用いて吸光度(640nm)を測定することにより調べた。具体的には,実験3で調製した34種の試料のうちの試料番号1~18の試料を用いてTGF-βと共に添加した。対照として,PBSのみ,TGF-βのみ,TGF-β+SBを使用した。24wellプレートにHEK-Blue TGF-β細胞を12×10
4cells/wellで播種した。翌日に下表のようにそれぞれ刺激を行った。SBの添加がある場合は,SBを添加してから2時間後にTGF-β及び各リガンドで刺激した。刺激から24時間後に上清2.5μLを取り基質であるQUANTI-Blue 100μLと混合し37℃で30分間保温し,640nmにおける吸光度を測定した。
【表6】
上記試料番号1~18とTGF-βを添加した結果(1~18),並びにPBSのみ(cont),TGF-βのみ(TGFb),TGF-β+SB(TGFb+SB)を添加した結果を
図4に示す。図中,試料番号15は桑白皮抽出物(最終濃度0.01質量%),試料番号13はグアバ葉抽出物(最終濃度0.1質量%)を示す。TGF-βが入っていないcont以外では,吸光度が低いほどTGF-βの阻害効果が高いことを示す。
図4より,桑白皮抽出物(15)およびグアバ葉抽出物(13)についてTGF-βの阻害効果が見られたことがわかる。また,試料番号17にもTGF-βの阻害効果が見られた。よって,これらの試料は,TGF-βによるリンパ管内皮間葉移行を抑制することによりリンパ管の老化を抑制できる物質の候補として考えられる。しかしながら,試料17は,TGF-βの阻害効果があるものの細胞毒性を有することがわかった。したがって,単にTGF-βの阻害効果を見るだけでは不明である細胞毒性といった悪影響をリンパ管に与えず内皮間葉移行を抑制可能であるか否かを,実際の生体試料の内皮細胞を使用して確認できる実験4の評価系のような方法が存在すると有用である。
【0045】
また,本発明のリンパ管老化抑制剤のスクリーニング方法に供する物質のプレスクリーニングとして実験5で使用したHEK-Blue TGF-β細胞(InvivoGen社)は,血清の濃度や種類により影響を受けてしまうことが示された(データ示さず)。これは,血清自体にTGF-β又は類似する活性を有する物質が含まれること,あるいは,TGF-β又は類似する活性を有する物質の発現を誘導する活性を有することが原因となっている可能性が考えられる。
【0046】
実験6:桑白皮抽出物添加による内皮細胞マーカーの発現量の解析
実験5でプレスクリーニングされた桑白皮抽出物を用いて実験4の評価系により内皮細胞マーカーの発現量を解析した。具体的には,実験4と同様にHDLEC細胞をコラーゲンコートされた6-wellプレートに8×10
4 cells/wellで播種し37℃で実験2と同じEBM2(+)培地で培養した。翌日,細胞の接着を確認し,下表のような試験区を設定し各試料を添加した。つまり,対照としてPBSを2 μl,TGF-βを最終濃度が1ng/mLとなるように,SBを最終濃度が5μMとなるように,そして実験3で調製した桑白皮抽出物を(最終濃度が0.1質量%となるように)2 μlをそれぞれ添加して72時間培養した後に実験4と同様の定量的RT-PCRを行った。内皮細胞マーカーLYVE1に加えProx1のPCRプライマーを用い,内因性コントロールとしてβ-アクチンプローブを用いた。LYVE1とβ-アクチンのPCRプライマーは実験4と同じである。Prox1のPCRプライマーを下記に示す。
【表7】
【表8】
【0047】
結果を
図5に示す。TGF-βのみを添加した場合LYVE1およびProx1の発現は減少したが,SBを添加したところ,その発現は上昇した。さらに,桑白皮抽出物を添加するとTGF-βによるLYVE1およびProx1の発現の減少は抑制されており,その上,何も添加しない場合よりもかなり上昇していた。したがって,桑白皮抽出物には,TGF-βにより促進させた内皮間葉移行を抑制する効果に加えリンパ管内皮細胞への分化を促進させる効果もあることが示唆される。つまり,内皮細胞マーカーの発現量を解析する本発明の方法によりスクリーニングされた桑白皮抽出物は,リンパ管内皮細胞の本来の性質を維持して老化を抑制できる物質であることが示唆される。
【0048】
実験7:桑白皮抽出物添加による間葉系細胞マーカーの発現量の解析
内皮細胞マーカーの代わりに間葉系細胞マーカーSM22αの発現量を測定した以外は実験6と同じ試料/方法を行った。
【0049】
結果を
図6に示す。間葉系細胞マーカーSM22αのTGF-βによる発現の上昇は,桑白皮抽出液によって阻害されていた。その阻害効果はSBによるものより強いものであった。したがって,間葉系細胞マーカーの発現量を解析する本発明の方法によりスクリーニングされた桑白皮抽出物は,リンパ管内皮細胞が間葉系細胞へ分化転換することを抑制することにより老化を抑制できる物質であることが示唆される。
【0050】
実験8:桑白皮およびTGF-βの添加によるHDLECの形態の変化
実験4と同様のHDLEC細胞をコラーゲンコートされた6-wellプレートに8×10
4 cells/wellで播種し37℃で実験2と同じEBM2(+)培地で培養した。翌日細胞の接着を確認し,下表のような試験区を設定し各試料を添加した。つまり,SBを最終濃度が5μMとなるように,対照として0.1%BSA/4mM HClを1 μl,TGF-βを最終濃度が1ng/mLとなるように,そして実験3で調製した桑白皮抽出物を(最終濃度が0.1質量%となるように)2 μlをそれぞれ添加し72時間培養した後に蛍光顕微鏡BZ-X710(Keyence社)を用いて細胞の形態を観察した。
【表9】
【0051】
図7に結果を示す。
図7より,TGF-βを添加した場合,細胞の数が著しく減少しその形態も変化していることが分かる。よって,TGF-βにより皮膚リンパ管内皮細胞が影響を受け,リンパ管としての機能も損なわれることが示唆される。しかしながら,TGF-βを添加した場合であっても,SBや桑白皮抽出物も同時に添加すると細胞数の減少や形態の変化が抑制されているのがわかる。よって,本発明の方法によりスクリーニングされた桑白皮抽出物は,リンパ管内皮細胞の細胞数や形態の変化を抑制し老化を抑制できる物質であることが示唆される。
【0052】
実験9:ヒトリンパ管内皮細胞(HDLEC)の透過性アッセイ
PBSで5 μg/mlに希釈したFibronectin(Corning社)をHTS transwell-24well 0.4um(corning社)のinsertに100μlずつ添加し,37度で15分間インキュベートした後アスピレートした(fibronectin coating)。実験2と同様にEBM2(+)培地で培養したHDLECをfibronectin coat済insertに4x104cells/wellで播種し,37度で培養した。
【0053】
24時間後,細胞を4群(対照(control),TGF-β,TGF-β+SB,TGF-β+桑白皮抽出物(15))に分けた。SBを添加する群にはEBM2(+)培地にSBを最終濃度が1μMとなるように,あるいは桑白皮抽出物を添加する群はEBM2(+)培地に桑白皮抽出物を最終濃度が0.1%となるように添加して調製した培地,それ以外の群は無添加のEBM2(+)培地に培地を交換し,37度で培養した。
【0054】
3時間後,すべてのwellについて無添加EBM2(+)培地に培地を交換し,37度で培養した。その24時間後,TGF-βを添加する群にはTGF-βを最終濃度が1ng/mlになるよう添加して調製したEBM2(+)培地に,それ以外の群は無添加EBM2(+)培地に培地を交換し,37度で培養した。24時間後,10mg/mlに調整したFITC-Dextranを50μl添加し,37度で15分間インキュベートした後,insertから漏出したFITC-Dextranをプレートリーダーで測定した。
【0055】
結果を
図8に,各群のinsertから漏出したFITC-Dextranの吸光度を,対照の場合を1とした相対値として示す。TGF-β2のみの添加によってHDLECの透過性が上昇した一方,TGF-β阻害剤であるSBならびに桑白皮抽出物の処理によって,透過性の上昇が抑制された。よって,本発明の方法によりスクリーニングされた桑白皮抽出物は,リンパ管としての機能を維持し老化を抑制できる物質であることが示唆される。
【0056】
実験10:グアバ葉抽出物添加による間葉系細胞マーカーの発現量の解析
10-1:リンパ管内皮細胞の培養
実験5でプレスクリーニングされたグアバ葉抽出物を用いて実験4の評価系により間葉系細胞マーカーSM22αの発現量を解析した。具体的には,LONZA社から得たヒト皮膚微小リンパ管内皮細胞(HDLEC)を実験2と同じEBM2(+)を加え6×104cells/wellで6ウェルプレートに播き,37℃で一晩培養した。翌日細胞の接着を確認し,SBを5 μM,TGF-βを1 ng/mLでそれぞれ刺激してから72時間培養した。
【0057】
10-2:HDLEC細胞への試料添加
上述のように培養したHDLEC細胞をコラーゲンコートされた6ウェルデッシュに,4×10
5cells/wellで播種した。実験2と同じキットに付属のBasal Medium(CC-3156)にSingleQuots
TMsupplements(CC-4147)を添加した培地(EBM2(+)培地)を加え,1ウェルにつき細胞懸濁液が2mlになるようにした。37℃で24時間培養後,当該キットのBasal Medium(CC-3156)(EBM2(-)培地)に0.5%の濃度でFBSを加えた培地に置き換えた。37℃で4時間培養後,下表のような試験区を設定し各試料を添加した。各試料はPBSで希釈して以下の表に記載の濃度になるように加えた。添加後,HDLEC細胞を37℃で20時間培養した。培養後,実験2と同様の定量的RT-PCRによりSM22αの発現量を解析した。
【表10】
【0058】
10-3:結果
結果を
図9に示す。TGF-βのみを添加した場合SM22αの発現は上昇したが,SBを添加したところ,その発現は減少した。さらに,グアバ葉抽出物についてもTGF-βによるSM22αの発現が有意に減少していたことが分かった。したがって,間葉系細胞マーカーの発現量を解析する本発明の方法でスクリーニングされたグアバ葉抽出物も,リンパ管内皮細胞が間葉系細胞へ分化転換することを抑制することにより老化を抑制できる物質であることが示唆される。
【0059】
実験11:他の試料の解析
実験3にて調製した桑白皮及びグアバ葉以外の32種の試料について,試料17,18等についてTGF-β阻害効果がみられた。しかし,実験4と同様の方法により試料18を使用してSM22αの発現を確認したところ,TGF-βのみを添加した場合より,TGF-β+試料18のほうがSM22αの発現が高くなり,内皮間葉移行はむしろ促進されていた。さらに,上述のように,試料17はTGF-β阻害効果がみられたものの細胞毒性が見られた(データ示さず)。一方,本発明のスクリーニング方法は, TGF-βの阻害効果を見るだけでは解明できない細胞毒性等の悪影響なくリンパ管の老化を抑制できる物質を実際の生体試料の内皮細胞を使用して探索可能である。
【0060】
以上の結果により,皮膚リンパ管の内皮間葉移行は老化と関連があり,内皮間葉移行の抑制効果を調べることにより皮膚リンパ管の老化を抑制する物質の探索が可能であることがわかった。本発明者らは,皮膚リンパ管の内皮細胞における内皮細胞マーカー及び/又は間葉系細胞マーカーの発現量をRT-PCRを用いて測定することによる老化抑制剤のスクリーニング法を確立した。本発明の方法は,単にTGF-β阻害効果を有する物質を探索するだけではわからなかった細胞毒性等の影響がない物質を探索することが可能である。また,リンパ管内皮細胞を用いるので,実際に内皮間葉移行を抑制できる物質が探索できる。さらには,RT-PCRを用いることにより内皮細胞マーカー及び/又は間葉系細胞マーカーの発現量の経時的な変化を調べることができる。経時的な変化を調べることにより,スクリーニングされた物質がどのように内皮間葉移行を抑制するかというメカニズムの解明も期待される。
【0061】
本発明は,リンパ管における内皮間葉移行を指標とするというアプローチによりリンパ管の老化抑制剤を探索することができる。また,本発明は,皮膚リンパ管の内皮細胞における内皮細胞マーカー及び/又は間葉系細胞マーカーの発現量,あるいはEndMT ratioを測定することにより皮膚リンパ管の老化抑制剤を探索することができる。本発明の方法によりスクリーニングされた老化抑制剤は,老廃物の排出,むくみの予防又は改善,代謝の促進,並びにリンパ管機能障害の予防又は治療に有用である。例えば,リンパ管の機能が良好に保たれることにより,老廃物の除去,リンパ液の循環等が正常に行われる結果,しみ,しわ,たるみといった皮膚老化の予防が期待される。
【配列表】