(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-22
(45)【発行日】2023-03-03
(54)【発明の名称】糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル実験動物
(51)【国際特許分類】
A01K 61/10 20170101AFI20230224BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20230224BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230224BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
A01K61/10
A01K67/027
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
(21)【出願番号】P 2018173609
(22)【出願日】2018-09-18
【審査請求日】2021-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2017177416
(32)【優先日】2017-09-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304024865
【氏名又は名称】学校法人杏林学園
(73)【特許権者】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】苣田 慎一
(72)【発明者】
【氏名】杉山 晶彦
【審査官】大澤 元成
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-034945(JP,A)
【文献】特表2007-519394(JP,A)
【文献】特表2010-529947(JP,A)
【文献】特開2014-147378(JP,A)
【文献】特開2017-109944(JP,A)
【文献】特開2004-321098(JP,A)
【文献】国際公開第2007/096985(WO,A1)
【文献】特開2001-346480(JP,A)
【文献】特開2002-058486(JP,A)
【文献】特開2008-220329(JP,A)
【文献】苣田 慎一,レプチン受容体KOメダカの解析―摂餌制御系、摂餌量、成長、脂肪蓄積に関して―,Vol.40 No.152,日本,2014年05月,p.101-103,URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/nl2008jsce/40/152/40_101/_pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/10
A01K 67/027
G01N 33/50
G01N 33/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レプチン受容体の機能的欠損を有する
メダカを、孵化してから孵化後6週齢までの任意の時期から孵化後20週齢以上にわたり、孵化後週齢と給餌量との関係が下記式を満たすように給餌して飼育することを特徴とする、前記
メダカに糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症を発症させる方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.96
【請求項2】
孵化後週齢と給餌量との関係が下記式を満たすように給餌して飼育する、請求項1に記載の方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =1.0~1.96(孵化後19週齢まで。但し孵化後4週齢を除く)、0.69~1.34(孵化後4週齢、及び孵化後20週齢以降)
【請求項3】
レプチン受容体の機能的欠損が、レプチン受容体欠損ホモ接合体である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
レプチン受容体の機能的欠損を有する
メダカを、孵化してから孵化後6週齢までの任意の時期から孵化後20週齢以上にわたり、孵化後週齢と給餌量との関係が下記式を満たすように給餌して飼育することを特徴とする、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル
メダカの製造方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.96
【請求項5】
孵化後週齢と給餌量との関係が下記式を満たすように給餌して飼育する、請求項
4に記載の方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =1.0~1.96(孵化後19週齢まで。ただし孵化後4週齢を除く)、0.69~1.34(孵化後4週齢、及び孵化後20週齢以降)
【請求項6】
レプチン受容体の機能的欠損を有する
メダカを、孵化してから孵化後6週齢までの任意の時期から孵化後20週齢以上にわたり、孵化後週齢と給餌量との関係が下記式:
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.96
を満たすように給餌して飼育することにより、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル
メダカを作製し、当該
メダカに候補物質を接触させることを特徴とする、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症の治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル実験動物に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病網膜症は糖尿病の三大合併症の一つであり、成人の主要な失明原因である。臨床診断や病理解剖により症状の進展や治療の効果を確認することはできる。しかし、糖尿病網膜症の病理学的特徴や進展のメカニズムの解明はできていない。糖尿病網膜症を分子細胞レベルで深く理解するためにも同様な症状を示す実験動物はとても重要である。
糖尿病性腎症も三大合併症の一つであり、代表的な二次性糸球体疾患である。日本では1998年以来慢性透析療法導入症例疾患の第1位となっている。糖尿病網膜症と同様に、病理生理学的特徴や進展のメカニズムに不明な点が多く、予防や治療のためにも分子細胞レベルで深く理解する必要がある。
II型糖尿病性腎症の部分的特徴を示す代表的な実験動物は、C57BL/6Jマウスをストレプトゾトシン処理により膵臓を破壊し、又FVBマウスを遺伝的にI型糖尿病にし、又II型糖尿病になり易いdb/dbマウスを利用し、又遺伝的背景としてインスリン抵抗性の性質をもつBlack and tan, branchyury(BTBR)マウスを利用し、それらの糖尿病の特徴をもつマウスを遺伝子操作により高血圧体質にしたマウス、又は1対の腎臓のうち1つを外科的に除去することで腎機能を低下させ、1つの腎臓への負荷が増加したマウスとされている(Betz&Conway, Recent advances in animal models of diabetic nephropathy. Nephron Experimental Nephropathy 2014;126,191-195)。以上のII型糖尿病性腎症モデルマウスはヒトの糖尿病性腎症の初期の病変を示し、病変の原因解明において貢献できる実験動物であるが、病変が起こるまでに薬剤処理、遺伝子操作、外科的処置といったヒトと明らかに異なる経緯があり、生活習慣病とは異なるという問題が生じている。
近年,動物実験における3R(使用数の削減[Reduce],苦痛の軽減[Refinement],代替法の活用[Replacement])は実験動物福祉の国際原則として広く認知され,哺乳動物の利用は厳しく規制され始めた。代替法の一つとして,小型魚類の利用が勧められている。特に医薬品開発などの産業の分野では小型魚類の重要性が増している。例えば、新薬候補化合物を選出する化合物スクリーニング法の次世代の手法として、whole-animal drug screening法が普及し始めており、それにゼブラフィッシュが利用されている。
ゼブラフィッシュを用いた網膜症モデルの報告がある(非特許文献1)。ゼブラフィッシュとヒトの眼は構造において大きな類似性があり、眼の発達や視力障害に関する研究に広く利用されている(非特許文献2)。体長が3cm以下の小型魚類であり、実験動物げっ歯類よりも低コストで小スペースで維持できる利点がある。ゲノム編集及び遺伝子組換えも比較的容易に行え(非特許文献3)、糖尿病網膜症の形態学的解析だけでなく、それに関連する変異系統の利用により原因遺伝子の特定に貢献できると期待される。
同様に、ゼブラフィッシュを用いた糖尿病性腎症に関する報告がある(Olsen AS, Sarras MP, Intine RV. Limb regeneration is impaired in an adult zebrafish model of diabetes mellitus Wound Repair Regen 2010,18(5):532-542.)。ゼブラフィッシュとメダカを含む魚類も、腎臓の構造についてヒトやげっ歯類と類似性があり、モデル生物作製の試みや、腎症に関する遺伝子の機能を解析する研究に利用される(Seman NA, He B, Ojala JRM, Mohamud WNW, Ostenson CG, Brismar K, Gu HF. Genetic and biological effects of sodium-chloride cotranspoter (SLC12A3) in diabetic nephropathy. American Journal of Nephropathy 201440:408-416)。
メダカも現在ではゼブラフィッシュの有用さに並ぶ実験小型魚類であり、ゲノム編集及び遺伝子組換えも比較的容易に行える(非特許文献3)。
しかしながら、ヒトの糖尿病網膜症及び又白内障又腎症の症状のうち全てを示すモデル実験動物はない。
ところで、レプチン受容体は食欲抑制ホルモンであるレプチンの受容体である。Tartagliaら及びLeeらによって遺伝性肥満(db/db)マウスの病因遺伝子として同定された(非特許文献5、5)。本発明者は、TILLING法によりレプチン受容体欠損(LepRKO)メダカを作出し、LepRKOメダカが野生型メダカと比べて摂餌量が多く、成長が早いことを報告した(非特許文献6、7、特許文献1)。また、糖代謝に異常を示し、特定の給餌量(表1)による飼育下において空腹時高血糖を示すことを報告した(非特許文献8、9、10、11、12)。
ゼブラフィッシュを用いた網膜症モデルの報告では、ゼブラフィッシュを高濃度グルコース液に浸すことで全身を高血糖状態に保ち、網膜内顆粒層の菲薄化を誘導することができる(非特許文献1)。ただしその他の症状は出ていない。
メダカでは、高脂肪食給餌後に空腹時高血糖を示した報告があるが、糖尿病が関与する網膜症及び白内障の報告はない(非特許文献13)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Gleeson M, et al., Acta Diabetologica, 44(3):157-163, 2007
【文献】Goldsmith P and Harris WA, Seminars in Cell and Developmental Biology 14(1):11-18, 2003
【文献】Kawahara A, et al., Chapter 8 in Targeted genome editing using site-specific nucleases, 119-131, 2014
【文献】Tartaglia LA, et al., Cell, 83: 1263-1271,1995
【文献】Lee GH, et a., Nature, 379:632-635,1996
【文献】苣田慎一, 比較内分泌学会学術誌, 40(152):101~103, 2014
【文献】Chisada S, et al., Gen Comp Endocrinol, 195: 9-20,2014
【文献】Chisada S, et al., Abstracts of 7th Aquatic Animal Models for Human Disease Conference, 152 page, 2014
【文献】Chisada S, et al., 第20回小型魚類研究会要旨集,42 page, 2014
【文献】Chisada S, et al., 第21回小型魚類研究会要旨集,33 page, 2015
【文献】Chisada S, et al., Abstracts of 9th European zebrafish meeting, P2-O32, 2015
【文献】Chisada S, et al., Abstracts of Aquatic model organisms for human disease and toxicology research, 22 page, 2016
【文献】Mastumoto et al., Disease Models & Mechanisms, 3:431-440, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような状況のもと、糖尿病網膜症、白内障、腎症などのモデル実験動物の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、レプチン受容体が欠損された小型実験魚類を所定の給餌法で飼育することにより、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル実験動物を作出することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)レプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類を、孵化してから孵化後6週齢までの任意の時期から孵化後20週齢以上にわたり、孵化後週齢と給餌量との比が下記値の範囲内となるように給餌して飼育することを特徴とする、前記実験用小型魚類に糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症を発症させる方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.96
(2)孵化後週齢と給餌量との比が下記値の範囲内となるように給餌して飼育する、(1)に記載の方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =1.0~1.96(孵化後19週齢まで。ただし孵化後4週齢を除く)、0.69~1.34(孵化後4週齢、及び孵化後20週齢以降)
(3)レプチン受容体の機能的欠損が、レプチン受容体欠損ホモ接合体である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)実験用小型魚類がメダカ又はゼブラフィッシュである(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5)(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法で作製された、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル魚類。
(6)レプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類を、孵化してから孵化後6週齢までの任意の時期から孵化後20週齢以上にわたり、孵化後週齢と給餌量との比が下記値の範囲内となるように給餌して飼育することを特徴とする、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル魚類の製造方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.96
(7)孵化後週齢と給餌量との比が下記値の範囲内となるように給餌して飼育する、(6)に記載の方法。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =1.0~1.96(孵化後19週齢まで。ただし孵化後4週齢を除く)、0.69~1.34(孵化後4週齢、及び孵化後20週齢以降)
(8)(5)に記載のモデル魚類に候補物質を接触させることを特徴とする、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症の治療薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症モデル(糖尿病網膜症、白内障、腎症、又はこれらの組み合わせのモデル)の実験動物が提供される。本発明の実験動物(例えば20週齢から28週齢のLepRKOメダカ)を用いて、小スペース・低費用で多数の薬剤スクリーニングを行うことが可能となる。
本発明は、II型糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症を示すメダカの提供を含む。II型糖尿病網膜症メダカは既存のモデル動物と同様にヒトで認められている部分的な糖尿病網膜症の所見を持つ。しかし、既存のモデル動物より早期に、そして顕著な網膜症、白内障及び/又は腎症を示す。そして、小型魚類を用いた最初のII型糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症の病理組織学的特徴を持つメダカである。本発明により実験動物福祉の国際原則として広く認知される動物実験3Rも克服でき,つまり、哺乳動物の利用の規制、及び小型魚類への代替に対応でき、研究の推進や薬剤スクリーニング等の分野でも大きな意義を持つ。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】症状を誘発する特定の給餌量、症状を誘発しない給餌量、及び各週齢の平均体重を示す図である。 太線:症状を誘発する特定の給餌量(平均)であり、表1に相当。斜線領域:症状を誘発する特定の給餌量の下限及び上限量域。灰色領域:症状を誘発しなかった給餌量。破線:症状を誘発する特定の給餌量(平均)を給餌した際の体重値。
【
図2】本発明の方法により飼育されたLepRKOメダカと野生型メダカの空腹時血糖値を示す図である。黒色カラム:野生型メダカ、白色カラム:LepRKOメダカを示す。*p<0.001
【
図3】本発明の方法により飼育されたLepRKOメダカと野生型メダカの摂餌1時間後の血漿インスリン濃度を示す図である。黒色カラム:野生型メダカ、白色カラム:LepRKOメダカを示す。*p<0.001
【
図4】孵化後28週齢に観察された不透明な水晶体を持つLepRKOメダカの写真である。A:野生型メダカ、B:LepRKOメダカを示す。
【
図5】不透明な水晶体を持つLepRKOメダカの水晶体の組織学的な観察像を示す図である。A1, A2:野生型メダカ、B1, B2:LepRKOメダカ、アスタリスク:水腫、黒▲:モルガニー小体、A1, B1のスケール:100 um 、A2, B2のスケール:50 umを示す。
【
図6】不透明な水晶体を持つLepRKOメダカの網膜の組織学的な観察像を示す図である。A:野生型メダカ、B:LepRKOメダカ、a:網膜色素上皮細胞層、b:メラニン色素層、c:視細胞層、d:外顆粒層、e:外網状層、f:内顆粒層、g:内網状層、h:視神経細胞層、i:視神経線維、アスタリスク:毛細血管のうっ血を示す。
【
図7】特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるLepRKOメダカと野生型メダカの血中クレアチニン濃度を示す。黒色カラム:野生型、白色カラム:LepRKOメダカを示す。aの差は、Studentのt検定によりp<0.05で、bの差はマン・ホイットニーのU検定によりp<0.01で統計的に有意差があることを示す。
【
図8】特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるLepRKOメダカと野生型メダカの20週齢の腎臓の組織学的な観察像を示す。A:野生型メダカ、B:LepRKOメダカを示す。スケールは20umを示す。
【
図9】特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるLepRKOメダカと野生型メダカの30週齢の腎臓の組織学的な観察像を示す。A:野生型メダカ、BとC:LepRKOメダカを示す。
図Bの黒▲:糸球体毛細血管腔、
図Bのアスタリスク:輸入・出動脈の拡張、
図9Cの矢印:メサンギウム基質の増生、
図9Cの黒▲:硝子様物質、スケールは20umを示す。
【
図10】特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるLepRKOメダカと野生型メダカの40週齢の腎臓の組織学的な観察像を示す。A:野生型メダカ、B:LepRKOメダカを示す。
図10B、アスタリスク:ボーマン嚢腔の拡張、
図10B、黒▲:糸球体毛細血管腔の拡張、スケールは20umを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.概要
本発明者は、レプチン受容体欠損メダカを特定の給餌量により飼育し、そのメダカの血糖値及びインスリン濃度を測定することにより、II型糖尿病様症状を持つことを示した。さらに、そのメダカが糖尿病網膜症・白内障モデル動物、及び糖尿病性腎症モデル動物として有用性であることを見出した。本発明は、これらの知見により完成された発明である。
【0011】
本発明は、II型糖尿病から網膜症、白内障及び/又は腎症を再現する新規病態モデル実験動物、及びその作出方法、そして新規病態モデル実験動物の利用方法を提供することを目的とする。本発明者らは、上記目的に鑑み、鋭意検討を行った結果、LepRKOメダカが、特定の給餌量(表1、
図1)による飼育下で、空腹時高血糖、及び網膜症、白内障及び/又は腎症の病理組織学的特徴を維持することを見出した。
【表1】
【0012】
更に驚くべきことに、既存のII型糖尿病網膜症の症状を持つ実験動物と比較して、LepRKOメダカで得られた病変は、比較的早期に誘発され、かつその病変は顕著であることを見出した。その病変は、視神経線維層に走行する血管の顕著なうっ血、それによる網膜実質の圧排、網膜の重度の菲薄化、網膜剥離、水晶体線維の変性などの病理組織学的特徴と不透明な水晶体の形成などであった。例えば、本発明では、LepRKOメダカは28週齢に水晶体の変性(白内障)を発症した。これは既存のモデル動物と比較して明らかに早期に発症する。例えば、これまでの報告では、モデルげっ歯類は40週齢や76週齢で水晶体が変性する。
腎病変に関しては、既存のモデルげっ歯類と比べて特別に早期に病変が観察されるわけではない。げっ歯類で早期に糖尿病性腎症の病変を示すのは、Black and tan, branchyury(BTBR)マウスが例としてあげられ、その病変は22週齢に観察される(Betz&Conway, Recent advances in animal models of diabetic nephropathy. Nephron Experimental Nephropathy 2014;126,191-195)。しかし、BTBRマウスを含む多くの既存のモデルげっ歯類がヒトと異なるのは、正常な血中クレアチニン濃度にもかかわらず腎病変を示すことである。ヒトでは通常、糖尿病性腎症になると腎機能が低下し、クレアチニンを体外に排出できず血中クレアチニン濃度が上昇する。LepRKOメダカは、II型糖尿病の特徴をもつとともに、孵化後20週齢から血中クレアチニン濃度が上昇し、腎臓の著変は認められないが、30週齢以降には野生型メダカと比較して、血中クレアチニン濃度が有意に上昇し、ヒトやモデルげっ歯類で観察される糖尿病性腎症で特徴的な病変も観察される。さらに既存のモデルげっ歯類は、糖尿病の性質をもたせ、かつ遺伝子操作により高血圧の性質をもたせる必要がある。一方、LepRKOメダカは、特定の給餌量(表1、
図1)のみで、高血圧が原因と推測される糸球体毛細血管腔、ボーマン嚢腔の拡張等が観察される。また、本発明では、レプチン受容体が機能的に欠損している小型魚類であれば、薬剤、外科的処理又は遺伝子操作することなく、特定の給餌量(表1、
図1)による飼育のみで空腹時高血糖、及び網膜症、白内障及び/又は腎症の病理組織学的特徴を維持することが可能となる。
【0013】
2.白内障、網膜症及び/又は腎症モデル魚類の作製
本発明の方法においては、レプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類を飼育する。「レプチン受容体の機能的欠損」とは、レプチン受容体が本来有する正常な機能を十分に発揮できない状態を意味し、レプチン受容体がノックアウトされたことも含まれる。レプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類は、ゲノムDNAの変異、もしくは組換えを伴う遺伝子変異魚、もしくは遺伝子改変魚であり、また他の遺伝子の変異・改変の有無を問わない。
【0014】
飼育の対象魚類、すなわちレプチン受容体の機能的欠損を有する魚類は、実験用小型魚類であり、例えばメダカ、ゼブラフィッシュ、又はキンギョである。本発明においては、使用する魚類がレプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類であれば特に限定されるものではなく、例えばレプチン受容体がノックアウトされたメダカ(LepRKOメダカ)、レプチン受容体がノックアウトされたゼブラフィッシュなどを挙げることができる。
【0015】
レプチン受容体をノックアウトックアウトされたメダカの作製手法は公知であり(Chisada S, et al., Gen Comp Endocrinol, 195: 9-20,2014、Taniguchi et al, Genome Biol, 7(12):R116, 2006)、この方法により作製されたメダカを使用することができる。但し、これらの公知手法に限定されるものではない。
また、レプチン受容体をノックアウトックアウトされたゼブラフィッシュは、ゲノム編集技術(Kawahara A, et al., Chapter 8 in Targeted genome editing using site-specific nucleases, 119-131, 2014)を用いることにより比較的容易に作製できる。
このようにして得られたレプチン受容体欠損魚類を、所定範囲を伴う特定の給餌量(表1、
図1)、及び個体密度で飼育する。
【0016】
「所定範囲」とは、孵化後の各週齢において、表1に示す給餌量(mg)の20%以上20%以下の範囲であり、レプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類を、孵化後週齢と給餌量との関係(比)が下記式Iを満たすように給餌して飼育することを特徴とする。
給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.96 (I)
上記式Iを満たす範囲は、
図1では斜線で示す範囲となり、この値は、腹の十分な膨らみを維持する量の指標となる。
本発明においては、19週齢までのいずれか1つの週齢、または19週齢までの週齢のうち2~4つの週齢において、給餌量を減らすことができる。減量するときの給餌量と孵化後週齢との比(式Iの値)は、0.69~1.34である。
減量する週齢は、魚の腹の膨らみ、腹持ち、餌の粒径、給餌した餌の水槽外の流出などの要素を考慮して適宜決定することができる。メダカの腹を十分に膨らました状態を維持するためには、粒径の大きい餌の給餌に比べて、粒径の小さい餌の場合には多めに給餌する必要がある。これは、粒径が小さい場合は、水面に浮遊してる時間が長く流出しやすい(水槽は循環水槽)、あるいは、消化が早い(フンが出るのが早い)等の影響が予測されるためである。上記比を満たす給餌は、減量行為であっても、メダカにとっては「腹の十分な膨らみを維持する量」を与えられ続けていることを意味する。
例えば、孵化後4週齢や8週齢では前週齢と比べて大きい粒径の餌を使用し始めることから、この週齢(4週齢、8週齢、又は両方の週齢)において上記比が0.69~1.34の範囲となるように給餌する。同様に、12週齢、13週齢及び20週齢以降も、4週齢及び8週齢のときと同様に考えることができる。
従って、本発明の好ましい態様では、孵化後19週齢までは、基本的には式Iの値が1.0~1.96となるように給餌するが、孵化後4週齢、8週齢、12週齢及び13週齢のうち少なくとも1つの週齢、並びに20週齢以降は、0.69~1.34となるように給餌する。好ましくは、基本的に式Iの値が1.0~1.96となるように給餌するが、孵化後4週齢及び20週齢以降は0.69~1.34となるように給餌する。
【0017】
給餌の開始時期は、孵化してから孵化後6週齢までの任意の時期であり、給餌の終了時期は孵化後20週齢以降の任意の時期である。
具体的給餌量は、例えば、6週齢では、1日1尾あたり8.4mg±1.2mgであり、16週齢では、1日1尾あたり20.0mg±4.0mgである。20週齢の給餌量は、1日1尾あたり22.3mg±4.3mgであり、28週齢では23.3±2.7mgである。29週齢以降は式I(給餌量(mg/尾/日)/ 孵化後週齢 =0.69~1.34)に従い給餌する。
【0018】
1日の給餌量は、4回以上(例えば4回~6回)に分けて給餌する。1回の給餌後は、1時間以上時間を開ける。
個体密度は、1リットルあたり1尾~4尾である。
上記以外の飼育環境は、一般的な方法と同じであり、例えばメダカの場合、水温25-28℃、pH6.8-7.5、電気伝導率200-450μS/cm、0.2 mg NH4+/L以下、0.1 mg NO2-/L以下、20 mg NO3-/L以下、硬度20-100 mg CaCO3/L以下、循環型ろ過付き集合水槽の使用、明期/暗期=14時間/10時間である(Naruse et al, Exp Anim, 59(1):13-23, 2010)。
餌はタンパク質、脂質、食物繊維、粗灰分、Ca、リンを含む一般的な水産用飼料と同様な餌で良い。表1、
図1ではおとひめA[タンパク質53%以上、脂質8%以上、食物繊維3%以下、粗灰分16%以下、Ca2.3%以上、リン1.5%以上]及びB1,B2[タンパク質50%以上、脂質10%以上、食物繊維3%以下、粗灰分16%以下、Ca2.0%以上、リン1.5%以上](日清丸紅飼料株式会社)の量を示した。
【0019】
この方法で給餌することにより、高血糖、網膜症、白内障、腎症、又はこれらの疾患の2つ以上の組合せが発症する。これらの症状の発症時期は限定されるものではない。
なお、メダカの場合、例えば以下のア~オに該当するとII型糖尿病から網膜症、白内障及び又は腎症を再現することが難しいため、これらに該当しないようにする。
【0020】
ア.
図1における斜線領域以下の量を給餌し続けた場合。
イ.孵化後6週齢以内に
図1における斜線領域の量(式Iの値が0.69~1.96の範囲外の量)の給餌を開始しなかった場合。
ウ.孵化後6週齢以内に
図1における斜線領域の量(式Iの値が0.69~1.96の範囲内の量)の給餌を開始したとしても、それを孵化後20週齢以降まで継続しなかった場合。
エ.個体密度を5尾/1L以上で飼育した場合。
オ.1日の給餌量を3度以内で給餌した場合。
【0021】
上記「ア-エ」の場合、レプチン受容体欠損メダカは、摂餌量不足、密度効果により成長不良となり、過食による糖尿病症状を示さない。つまり糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症を示さない。「オ」の場合、餌が過剰に水底に残り、水質の悪化により成長不良となり、同様に糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症を示さない。
【0022】
II型糖尿病から網膜症、白内障及び又は腎症を再現するモデル実験動物としてレプチン受容体の機能的欠損を有する実験用小型魚類を選択することによって、特定の給餌量(表1、
図1)による飼育のみで、既存のII型糖尿病網膜症の症状を持つ実験動物と比較して、比較的早期にかつ顕著な糖尿病網膜症及び/又は白内障の病理組織学的特徴の誘発が可能となる。そして既存のII型糖尿病性腎症の症状をもつ実験動物と比較して、特段に遅くない時期に、病理組織学的特徴を誘発し、多くのモデルげっ歯類にない腎機能の低下を誘発することができる。
【0023】
レプチン受容体を機能的に欠損する哺乳動物と異なり、ホモ変異接合体でも繁殖能力を持ち、安定的な系統の維持、及び個体の確保が可能となる。遺伝的背景が均一な系統であるにも関わらず個体差が生じるとしても、統計的に処理するのに十分な個体の確保が容易である。また、糖尿病網膜症のモデルげっ歯類等と比べて、比較的早期に顕著な病理組織学的特徴を示す。従って、比較的早期に経時的な病理組織学的特徴の解析が可能となる。例えば、LepRKOメダカを用いてII型糖尿病から網膜症、白内障及び/又は腎症を再現しつつ、経時的に病変の進行状況を追っていくことによって、病理生理学的メカニズムの解明を短期間(例、28週齢以内)に行うことが可能となる。そして既存のII型糖尿病性腎症の症状をもつ実験動物と比較して、特段に遅くない時期に、特別に薬剤処理と遺伝子操作をすることなく、特定の給餌量(表1、
図1)で飼育することで、病理組織学的特徴を誘発し、多くのモデルげっ歯類にない腎機能の低下を誘発することができる。例えば、II型糖尿病から網膜症、白内障及び又は腎症を再現したLepRKOメダカ、あるいは、特定の給餌量(表1、
図1)で飼育した20週齢から28週齢(網膜症及び/又は白内障の場合)、又は20週齢から40週齢(腎症の場合)のLepRKOメダカを複数尾用いて、げっ歯類と比較して小スペース・低費用で薬剤スクリーニングを行うことが可能となる。
【0024】
本発明のモデル魚類は、糖尿病網膜症のモデルげっ歯類等と比べて、比較的早期に顕著な病理組織学的特徴を示す。従って、II型糖尿病から網膜症、白内障及び/又は腎症を再現したLepRKOメダカ、もしくは、特定の給餌量(表1、
図1)で飼育した20週齢から28週齢のLepRKOメダカを目的の尾数用いて、比較的早期に経時的な病理組織学的特徴の解析が可能となり、さらには、げっ歯類と比較して小スペース・低費用で多数の薬剤スクリーニングを行うことが可能となる。既存の糖尿病性腎症のモデルげっ歯類では糖尿病と高血圧の性質を併発するために複数の処置が必要だが、LepRKOメダカを用いれば、眼病変の観察と同じように、特定の給餌量(表1、
図1)で飼育するだけで経時的に病変の進行を追うことができる。従って、ヒトで言えば、生活習慣病の進行に類似した状況を解析することができる。
【0025】
3.スクリーニング方法
本発明の方法により飼育されたレプチン受容体欠損魚類は、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症のモデル魚類である。従って、当該モデル魚類を用いて、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症の治療薬をスクリーニングすることができる。
したがって、本発明は、前記モデル魚類に候補物質を接触又は投与することを特徴とする、糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0026】
本発明のモデル魚類は、所定期間、所定量の餌を給餌すると、糖尿病網膜症、白内障、腎症、又はこれらの組み合わせの表現型(疾患症状)を呈することを見い出した。この知見に基づき、任意の物質について、当該モデル魚類の糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症を緩和又は軽減する効果を有することを確認できれば、その物質は、抗網膜症薬、抗白内障薬、及び/又は抗腎症薬として使用可能である。
候補物質は特に限定されず、既存の薬剤(例えば既存の網膜症薬、既存の白内障薬、既存の腎症薬)でもよく、その他に、例えばペプチド、低分子化合物、高分子化合物、これらの塩又は前駆体等のあらゆる形態であってもよい。
【0027】
本発明のスクリーニングは、具体的には以下の工程を含む。
(a)本発明のモデル魚類に候補物質を接触させる工程
(b)前記接触させた魚類の糖尿病網膜症、白内障及び/又は腎症の軽減を検査する工程
本発明のスクリーニング方法において、「接触」とは、候補物質をモデル魚類に投与する態様がある。投与には経口であると非経口であるとを問わない。すなわち、候補物質の投与経路は、薬剤の投与に一般的に採用されている経路であれば、特に限定されるものではなく、例えば経口、経皮、注射等が挙げられる。本発明のモデル魚類を入れた水槽に、候補物質を添加することで、魚類の体表から候補物質が吸収される態様(経皮吸収)も、「接触」に含まれる。
【0028】
工程(b)で検査の対象となる項目は、以下の(i)~(xv)の少なくとも一つである。
(i) 血糖値
(ii) 血中インスリン濃度
(iii) 水晶体線維の空胞化・液状化
(iv) 水晶体線維の水腫の形成
(v) 水晶体線維の変性(モルガニー小体の形成を含む)
(vi) 網膜毛細血管のうっ血、及びそれによる網膜の圧排
(vii) 網膜色素上皮層、視細胞層、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層又は神経線維層における菲薄化
(viii) 視神経細胞数の減少
(ix) 糸球体毛細血管腔及び輸入・出動脈の拡張
(x) 糸球体の腫大
(xi) メサンギウム基質の増生
(xii) 糸球体毛細血管腔内における硝子様物質の貯留
(xiii) ボーマン嚢腔の拡張
(xiv) 糸球体係蹄の萎縮
(xv) 血中クレアチニン濃度
【0029】
前記述べた上記項目の少なくとも1つが、候補物質の接触により改善した場合は、候補物質は、抗網膜症薬、抗白内障薬及び/又は抗腎症薬として選択することができる。
【0030】
実施例
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0031】
[参考例1]
レプチン受容体欠損メダカの作製
LepRKOメダカは、公知方法により作製した(Chisada S, et al., Gen Comp Endocrinol, 195: 9-20,2014)。
【実施例1】
【0032】
特定の給餌量(表1、
図1)によるレプチン受容体欠損メダカの飼育
1.方法
LepRKOメダカとともに対照群として野生型メダカ(Kyoto-Cab系統)を用いた。これらのメダカを水温26±1度、長日条件14時間明期10時間暗期に調整した環境で飼育した。LepRKOメダカは、野生型メダカと比べて、単位時間当たりの摂餌量が1.5-1.7倍多いことを報告している(Chisada S, et al., Gen Comp Endocrinol, 195: 9-20,2014)。従って、LepRKOメダカは表1の通りの量を、野生型メダカにはその66%量を給餌した。1回の給餌量は、水槽内のメダカが30分以内に食べきれる量である。従って、表1、
図1に示す1日当たりの給餌量を給餌する際は、その量を5-7回に分けて給餌した。使用した餌を表2に示す。
【表2】
【実施例2】
【0033】
特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの血糖値
1.方法
LepRKOメダカ及び野生型メダカを用いた。通常、特定の給餌量(表1、
図1)による飼育下ではLepRKOメダカは孵化後5-12週間のうちに空腹時高血糖を示す。空腹時血糖値は、特定の給餌量(表1、
図1)により飼育したメダカを18時間絶食させた後に測定した血糖値である。今回は、肉眼観察的に水晶体が正常な孵化後10週齢と不透明な水晶体を持つ個体を含む28週齢の血糖値を測定した。
【0034】
2.結果
孵化後10週齢においては、LepRKOメダカと野生型メダカの空腹時血糖値に有意な差はなかったが、孵化後28週齢におけるLepRKOメダカの空腹時血糖値は野生型メダカのそれと比べて高く、その差は統計的に有意であった(
図2)。
【実施例3】
【0035】
特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの血漿インスリン濃度
1.方法
「特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの血糖値」測定に用いたメダカと同時に同じ条件で飼育したメダカを用い、それらの摂餌1時間後の血漿インスリン濃度を公知方法(Kubo et al., Exp Eye Res, 73:375-381, 2001)に基づいて測定した。ただし、孵化後10週齢のメダカは採血するには小さいため、孵化後28週齢の血漿インスリン濃度のみを測定した。
【0036】
2.結果
孵化後28週齢におけるLepRKOメダカの摂餌1時間後の血漿インスリン濃度は野生型メダカのそれと比べて明らかに低かった(
図3)。従って、実施例2で得た結果を考慮すると、LepRKOメダカはインスリン分泌不全による高血糖を示し、それらはII型糖尿病様症状と共通することが明らかとなった。
【実施例4】
【0037】
特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの眼の組織学的解析
1.方法
「特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの血糖値」及び「特定の給餌量(表1、
図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの血中クレアチニン濃度」測定に用いたメダカ及びそれと同時に同じ条件で飼育したメダカを用い、ブアン固定液及び10%中性緩衝ホルマリン固定液で固定後、常法によりパラフィン切片とし、ヘマトキシリン・エオシン染色を施して組織学的に観察した。
【0038】
2.眼に関する結果
空腹時高血糖を示し、及び摂餌1時間後の血漿インスリン濃度が低いLepRKOメダカが出現した同一水槽内で、水晶体が白濁したメダカが出現していた(
図4)。眼の組織学的解析の結果、水晶体線維の空胞化・断片化、水腫の形成(
図5アスタリスク)、モルガニー小体(
図5黒三角)の形成を含む顕著な水晶体の変性を観察した。また、網膜視神経層に網膜毛細血管のうっ血を認め(
図6アスタリスク)、管腔拡張した血管による網膜の圧排が観察された。さらに、網膜色素上皮層(
図6a)、視細胞層(
図6c)、外顆粒層(
図6d)、外網状層(
図6e)、内顆粒層(
図6f)、内網状層(
図6g)、神経線維層(
図6i)において菲薄化が見られ、視神経細胞(
図6h)の数も減少していた。
【0039】
網膜毛細血管のうっ血、及びそれによる網膜の圧排はヒトの糖尿病網膜症で認められる重要所見である。本実施例で、空腹時高血糖を示し、及び摂餌1時間後の血漿インスリン濃度が低いLepRKOメダカが出現した同一水槽由来のメダカ6尾のうち2例に水晶体の変性、全例に毛細血管のうっ血、網膜の菲薄化が認められたので、毛細血管のうっ血と網膜の菲薄化は水晶体の変性に先行して発症したと考察できた。
3.腎臓に関する結果
空腹時高血糖を示し、及び摂餌1時間後の血漿インスリン濃度が低いLepRKOメダカが出現した同一水槽内から、20週齢、30週齢、40週齢のLepRKOメダカを回収し、腎臓の組織学的解析を行った。20週齢では、野生型メダカと比較してもLepRKOメダカの腎糸球体には著変は認められなかった(
図8)。30週齢になると、LepRKOメダカの腎臓では糸球体毛細血管腔(
図9B、黒▲)及び輸入・出動脈の拡張(
図9B、アスタリスク)が認められた。また、糸球体の腫大(
図9C)、メサンギウム基質の増生(
図9C、矢印)、糸球体毛細血管腔内における硝子様物質の貯留(
図9C、黒▲)が認められた。40週齢になると、LepRKOメダカの病変が30週齢から進行している様子が認められた。例えば、ボーマン嚢腔の拡張(
図10B、アスタリスク)、糸球体毛細血管腔の拡張(
図10B、黒▲)、糸球体係蹄の委縮(
図10Bの左の糸球体)である。これらはヒトの糖尿病性腎症で認められる重要所見である。本実施例で、空腹時高血糖を示し、及び摂餌1時間後の血漿インスリン濃度が低いLepRKOメダカが出現した同一水槽由来のメダカ6尾のうち5例に糸球体毛細血管腔、ボーマン嚢腔の拡張等、1例にメサンギウム基質の増生、糸球体毛細血管腔内における硝子様物質の貯留が認められた。ヒトでは、前者は糖尿病後の高血圧を原因とし、後者は糖尿病後の新生血管の増殖の前兆に関わる。従って、メダカでは糖尿病、高血圧、新生血管の増殖の順に糖尿病性腎症が引き起こされたと考察できた。また、これらの組織学的解析結果は、血中のクレアチニン濃度の上昇を伴う。
【実施例5】
【0040】
特定の給餌量(表1、図1)による飼育におけるレプチン受容体欠損メダカの血中クレアチニン濃度
1.方法
孵化後20、40週齢のLepRKOメダカ及び野生型メダカを用いた。採血は、特定の給餌量(表1、
図1)により飼育したメダカを18時間絶食させた後に得た血液を用いて測定した。採血後のメダカは、実施例4の方法に従い、腎臓の組織学的解析を行った。
2.結果
孵化後20週齢、40週齢において、LepRKOメダカと野生型メダカの血中クレアチニン濃度の平均値の差は統計的に有意であり、孵化後20週齢から40週齢にかけて差は広がっていた(
図7)。