(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-22
(45)【発行日】2023-03-03
(54)【発明の名称】凍結保存用治具
(51)【国際特許分類】
C12M 3/04 20060101AFI20230224BHJP
【FI】
C12M3/04 Z
(21)【出願番号】P 2019074671
(22)【出願日】2019-04-10
【審査請求日】2021-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000005980
【氏名又は名称】三菱製紙株式会社
(72)【発明者】
【氏名】吉田 翔
【審査官】松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/230477(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/004300(WO,A1)
【文献】特開2014-183757(JP,A)
【文献】特開2017-060457(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/10
A01N 1/00- 65/48
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔性の保存液吸収体を有する凍結保存用治具であって、該保存液吸収体は、細胞また
は組織を載置する載置部と、
前記した細胞または組織は載置されず該載置部よりも高吸収性の隣接部を有し、該載置部の全光線透過率が40%以上であることを特徴とする凍結保存用治具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞または組織を凍結保存する凍結保存用治具に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞または組織の優れた保存技術は、様々な産業分野で求められている。例えば、牛の胚移植技術においては、胚を凍結保存し、受胚牛の発情周期に合わせて胚を融解し、移植することが行われている。また、ヒトの不妊治療においては、母体から卵子または卵巣を採取後、移植に適したタイミングに合わせるために凍結保存しておき、移植時に融解して用いる手技がなされている。
【0003】
一般に、生体内から採取された細胞または組織は、たとえ培養液の中であっても、次第に活性が失われていくことから、生体外での長期間の培養は好ましくない。そのため、生体活性を失わせずに長期間保存するための技術が重要になる。優れた保存技術により、採取された細胞または組織を、より正確に分析することが可能になる。また、優れた保存技術により、より高い生体活性を保ったまま、細胞または組織を移植に用いることが可能となり、移植後の生着率の向上が望める。さらには、生体外で培養した培養皮膚、生体外で構築した、いわゆる細胞シートのような移植のための人工の組織を、順次生産、保存しておき、必要な時に使用することも可能となり、医療、産業の両面において大きなメリットが期待できる。
【0004】
細胞または組織の保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、例えば、リン酸緩衝生理食塩水などの生理的溶液に耐凍剤を含有させることで得られた保存液に、細胞または組織を浸漬する。該耐凍剤としては、グリセロール、エチレングリコールなどの化合物が用いられる。該保存液に、細胞または組織を浸漬後、比較的遅い冷却速度(例えば0.3~0.5℃/分の速度)で、-30~-35℃まで冷却すると、細胞内外または組織内外の保存液が十分に冷却され、粘性が高くなる。このような状態で、該保存液中の細胞または組織を、さらに液体窒素の温度(-196℃)まで冷却すると、細胞内または組織内とその外の周囲の微少溶液が、いずれも非結晶のまま固体となるガラス化が起こる。ガラス化により、細胞内外または組織内外が固化すると、実質的に分子の動きがなくなるので、ガラス化された細胞または組織を液体窒素中に保存することで、半永久的に保存できると考えられる。
【0005】
例えば、特許文献1には緩慢凍結法によってブタ胚を凍結保存することが記載され、特許文献2にはウシ胚を緩慢凍結法によって保存することが記載されている。
【0006】
しかしながら緩慢凍結法は、比較的遅い冷却速度で細胞または組織を冷却することから、凍結保存のための操作に時間を要する。また冷却速度を制御するための装置、または治具を必要とする問題がある。加えて細胞外または組織外の保存液中に氷晶が形成されるので、細胞または組織が該氷晶により物理的に損害を受けるおそれがある。
【0007】
一方、上記した緩慢凍結法における問題点を解消する保存方法として、ガラス化凍結法が知られている。ガラス化凍結法とは、グリセロール、エチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)などの耐凍剤を多量に含む保存液の凝固点降下により、氷点下であっても氷晶ができにくくなる原理を用いたものである。この保存液を、急速に液体窒素中で冷却させると、氷晶を生じさせないまま固体化させることができる。このように固体化することをガラス化凍結という。ガラス化凍結に用いられる耐凍剤を多量に含む保存液は、ガラス化液と呼称される。
【0008】
ガラス化凍結法では、ガラス化液に細胞または組織を浸漬させ、その後、液体窒素の温度(-196℃)で急速に冷却する。ガラス化凍結法は、このような簡便かつ迅速な工程であるために、凍結保存のための操作に長い時間を必要としないほか、温度制御をするための装置または治具を必要としないという利点がある。
【0009】
ガラス化凍結法を用いた細胞または組織の凍結保存については、様々な方法で、様々な種類の細胞または組織を用いた例が示されている。例えば、特許文献3では、動物、ヒトの生殖細胞または体細胞へのガラス化凍結法の適用が、極めて有用であることが示されている。非特許文献1では、ショウジョウバエの胚の保存に、ガラス化凍結法が有効であることが示されている。さらに特許文献4では、植物培養細胞や組織の保存において、ガラス化凍結法が有効であることが示されている。
【0010】
しかしながら、ガラス化液に含まれる高濃度の耐凍剤には化学的毒性がある。このため細胞または組織の凍結保存時には、細胞または組織の周囲に存在するガラス化液は少ない方が望ましく、細胞が保存液に暴露される時間、つまり凍結までの時間が短時間であることが望ましい。さらには、解凍後ただちに保存液を希釈する必要がある。
【0011】
特許文献5、特許文献6には、短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを卵付着保持用ストリップとして有する凍結保存用治具が記載されている。かかる文献では該ストリップの幅を制限することにより、細胞または組織の周囲に存在するガラス化液量を低減している。
【0012】
特許文献7には、金網、紙などの天然物や、合成樹脂からなるフィルム状物で貫通孔を有した保存液除去材を有する凍結保存用治具が記載されている。かかる文献において卵子または胚は、ガラス化液と共に保存液除去材上に載置され、卵子または胚の周囲に付着した余分なガラス化液は、保存液除去材の下部から吸引することで取り除かれる。
【0013】
余分なガラス化液を下部から吸引せずとも取り除くことが可能で、細胞を載置する際の作業性が改善された凍結保存用治具として、特許文献8には特定のヘーズ値を有する保存液吸収体を利用した凍結保存用治具が、特許文献9には、特定の屈折率を有する保存液吸収体を利用した凍結保存用治具が、特許文献10には、特定の平均繊維径を有する素材で形成された多孔質構造体を保存液吸収体として有する凍結保存用治具がそれぞれ記載されている。
【0014】
また、上記したような保存液吸収体を有する凍結保存用治具について、特許文献11には、保存液吸収体と支持体が、部分的に接着層が存在しない形で接着されている例が記載されている。さらに、特許文献12には、短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを卵付着保持用ストリップとして有し、さらに該フィルム上の一部に吸水部(保存液吸収体)に取り囲まれた欠損部が設けられることにより、過剰なガラス化液の除去操作が不要な凍結保存用治具の例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開平9-122158号公報
【文献】特開2005-261413号公報
【文献】特許第3044323号公報
【文献】特開2008-5846号公報
【文献】特開2002-315573号公報
【文献】特開2006-271395号公報
【文献】国際公開第2011/070973号パンフレット
【文献】特開2014-183757号公報
【文献】国際公開第2015/064380号パンフレット
【文献】特開2015-188405号公報
【文献】特開2016-10359号公報
【文献】国際公開第2019/004300号パンフレット
【非特許文献】
【0016】
【文献】Steponkus et al.,Nature 345:170-172(1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
特許文献5、6に記載されている凍結保存用治具では、卵子または胚を載置するフィルムの幅を制限することにより、少ない量のガラス化液とともに卵子又は胚を凍結保存する方法が記載されている。該方法では、作業者の操作によって、極少量のガラス化液とともに、卵子又は胚をフィルム上に載置するが、フィルムが顕微鏡観察下で視認しづらく、載置箇所の幅が狭いため、操作の難度が高いといった問題があった。また該方法をもとにしたクライオトップ(登録商標)法では、より少ない量のガラス化液と共に卵子又は胚を凍結保存するために、一度ガラス化液とともに卵子又は胚をフィルム上に載せた後に、余分なガラス化液を吸引してフィルム上から除去するといった煩雑な操作がなされることもあった。
【0018】
特許文献7に記載されている凍結保存用治具では、ガラス化液除去材によって卵子又は胚の周囲に付着した余分なガラス化液を除くことにより、優れた生存率でこれらの生殖細胞を凍結保存させる方法が提案されている。該方法では、余分なガラス化液を除く際に、下部からの吸引操作を必要とするため、煩雑な操作となり、短時間でガラス化凍結保存操作を行うことは困難であった。
【0019】
特許文献8~11に記載されている凍結保存用治具では、上記いずれの課題も解決しており、細胞または組織の凍結保存作業を容易にかつ確実に行う上で有効である。これらの凍結保存用治具では、余分な保存液を、凍結保存用治具が有する保存液吸収体が吸収するため、上記した他の凍結保存用治具のように煩雑な操作を必要としない。また、保存液吸収体が元来有するヘーズにより、透過型顕微鏡観察下において、細胞または組織を載置する載置箇所の視認性に優れ、さらに特許文献9に記載される凍結保存用治具では、保存液吸収体の全光線透過率が保存液の吸収に伴い高まることで、載置された細胞または組織の視認性も良好となる。しかしながら、これらの凍結保存用治具に用いられている保存液吸収体は、細胞または組織を載置する際に、細胞または組織を保存液とともに載置箇所に滴下するために用いるピペット先端の像が保存液吸収体の像に隠れてしまい、ピペット先端の状況が把握しづらいという問題があった。
【0020】
特許文献12に記載されている凍結保存用治具では、細胞または組織の載置箇所に保存液吸収体は存在せず、ピペット先端の状況は確認しやすいものの、載置された細胞または組織の下部領域が保存液の吸収性能を有さないことから、余分なガラス化液が残存しやすいという問題があった。
【0021】
しかるに本発明は、顕微鏡観察下において、細胞または組織を保存液とともに凍結保存用治具の載置部上に滴下する際、載置部とピペット先端の視認性に優れ、かつ載置部の細胞または組織周辺の余分な保存液を除く作業が不要な凍結保存用治具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の構成を有する凍結保存用治具によって、上記課題を解決できることを見出した。
【0023】
多孔性の保存液吸収体を有する凍結保存用治具であって、該保存液吸収体は、細胞また
は組織を載置する載置部と、前記した細胞または組織は載置されず該載置部よりも高吸収性の隣接部を有し、該載置部の全光線透過率が40%以上であることを特徴とする凍結保存用治具。
【発明の効果】
【0024】
上記の発明によれば、顕微鏡観察下において、細胞または組織を保存液とともに凍結保存用治具の載置部上に滴下する際、載置部とピペット先端の視認性に優れ、かつ載置部の細胞または組織周辺の余分な保存液を除く作業が不要な凍結保存用治具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の凍結保存用治具の一例を示す全体図である。
【
図2】
図1の凍結保存用治具における載置部を、細胞または組織を載置する載置面側から見た概略図である。
【
図3】
図1の凍結保存用治具における載置部の断面構造概略図である。
【
図4】本発明の凍結保存用治具における載置部の別の一例である。
【
図5】本発明の凍結保存用治具における載置部のまた別の一例である。
【
図6】本発明の凍結保存用治具における載置部のまた別の一例である。
【
図7】本発明の凍結保存用治具における載置部の断面構造概略図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の凍結保存用治具を詳細に説明する。
【0027】
本発明の凍結保存用治具は、細胞または組織を凍結保存する際に用いられるものである。かかる凍結保存のプロトコルとしては、前記した緩慢凍結法や、ガラス化凍結法を挙げることができるが、本発明は特にガラス化凍結法において好適である。
【0028】
本願明細書中で、細胞とは、単一の細胞のみならず、複数の細胞からなる細胞集団を含むものである。複数の細胞からなる細胞集団とは、単一の種類の細胞から構成される細胞集団でも良いし、複数の種類の細胞から構成される細胞集団でも良い。また、本願明細書中で、組織とは、単一の種類の細胞から構成される組織でも良いし、複数の種類の細胞から構成される組織でも良く、細胞以外に細胞外マトリックスのような非細胞性の物質を含むものでも良い。
【0029】
本発明の凍結保存用治具を用いて凍結保存することができる細胞として、例えば、哺乳類(例えば、人(ヒト)、牛、豚、馬、ウサギ、ラット、マウスなど)の卵子、胚、精子などの生殖細胞;人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞が挙げられる。また、初代培養細胞、継代培養細胞、及び細胞株細胞などの培養細胞が挙げられる。また細胞は、一または複数の実施形態において、線維芽細胞、膵ガン・肝ガン細胞などのガン由来細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、軟骨細胞、組織幹細胞、及び免疫細胞などの接着性細胞が挙げられる。さらに、凍結保存することができる組織として、同種または異種の細胞からなる組織、例えば、卵巣、皮膚、角膜上皮、歯根膜、心筋などの組織が挙げられる。本発明の凍結保存用治具は、特にシート状構造を有する組織(例えば、細胞シート、皮膚組織など)の凍結保存に好適である。本発明の凍結保存用治具は、直接生体から採取した組織だけでなく、例えば、生体外で培養し増殖させた培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シート、特開2012-205516号公報で提案されている三次元構造を有する組織モデルのような、人工の組織の凍結保存についても好適に用いることができる。本発明は、上記のような細胞または組織の凍結保存方法において好適に用いられる。
【0030】
本発明の凍結保存用治具は、多孔性の保存液吸収体を有する。本発明における「多孔性」とは、気孔(細孔)を有する構造体であることを意味し、保存液吸収体表面及び内部に連続的な気孔を有することがより好ましい。該保存液吸収体としては、繊維からなるシート、多孔性樹脂シートなどの各種シートが例示される。
【0031】
本発明において、保存液吸収体として用いる繊維からなるシートとしては、不織布が例示される。該不織布が含有する繊維としては、セルロース繊維、セルロース繊維からなる再生繊維であるレーヨン繊維やキュプラ繊維、さらにはセルロース繊維からの半合成繊維であるアセテート繊維、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、アクリル繊維、ポリプロピレン繊維、ポリエチレン繊維、ポリ塩化ビニル繊維、ビニリデン繊維、ポリウレタン繊維、ビニロン(ポリビニルアルコール)繊維、ガラス繊維、絹繊維等が挙げられ、これら繊維を各種混合した不織布も用いることができる。中でもセルロース繊維、セルロース繊維由来の繊維でセルロース再生繊維であるレーヨン繊維やキュプラ繊維、更にはセルロース繊維からの半合成繊維であるアセテート繊維が好ましい。
【0032】
前記した不織布は、密度が0.1~0.4g/cm3であり、坪量が10~130g/m2の不織布であることが好ましい。特に密度が0.12~0.3g/cm3であり、坪量が10~100g/m2である不織布は、保存液の吸収性に優れ、さらには細胞又は組織の視認性に優れた凍結保存用治具を提供することが可能となるため好ましい。
【0033】
不織布は、バインダー等の結着剤成分の不織布に占める割合が10質量%以下である不織布が好ましく、より好ましくは5質量%以下であり、更に3質量%以下である不織布が好ましい。特に結着剤を含有しない不織布が好ましい。
【0034】
不織布は紙と異なり様々な製造方法があるが、上記した結着剤成分が低減された不織布としては、スパンボンド法、メルトブロー法で製造された不織布、更には湿式法又は乾式法で繊維を並べた後、水流交絡法又はニードルパンチ法で製造された不織布が好適に使用できる。また上記した通り、本発明において不織布が含有する好ましい繊維としては、セルロース繊維、セルロース繊維由来の繊維でセルロース再生繊維であるレーヨン繊維やキュプラ繊維、更にはセルロース繊維からの半合成繊維であるアセテート繊維が挙げられるが、これら繊維を用いて製造する場合は、湿式法、乾式法関わらず水流交絡法又はニードルパンチ法での製造方法が好適である。
【0035】
本発明において保存液吸収体として用いる多孔性樹脂シートとしては、例えば特公昭42-13560号公報や、特開平08-283447号公報に記載される、少なくとも一軸方向に延伸し、樹脂の融点以上に加熱し焼結することで得た微細繊維状構造により多孔質構造を形成した樹脂シート、特開2009-235417号公報に記載される、乳化重合又は粉砕等の方法によって得られた熱可塑性樹脂の固体粉末を金型に充填し、加熱、焼結して粉末粒子表面を融着させて冷却することにより、多孔質構造を形成した樹脂シート等が挙げられる。多孔性樹脂シートを保存液吸収体として用いた場合、保存液の吸収性に優れ、さらには細胞又は組織の視認性に優れた凍結保存用治具を提供することが可能となるため、より好ましい。
【0036】
上記した多孔性樹脂シートを形成する樹脂としては、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子ポリエチレン等の各種ポリエチレンやポリプロピレン、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレンやポリビニルジフロライド等のフッ素樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリアミド、スチレン-アクリロニトリル共重合体、スチレン-ブタジエン-アクリロニトリル三元共重合体、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。中でもポリテトラフルオロエチレンやポリビニリデンジフロライド等のフッ素樹脂の多孔性樹脂シートは、細胞又は組織を保存液とともに該樹脂シート上に載置した場合、透過顕微鏡観察下での細胞又は組織の視認性が飛躍的に高まり、細胞または組織の視認性にとりわけ優れた凍結保存用治具を提供することが可能となるため好適である。また多孔性樹脂シートとしては、理化学実験用途や研究用途として市販されている、濾過用のメンブレンフィルターも使用できる。
【0037】
本発明の凍結保存用治具は、前述した多孔性の保存液吸収体を有し、該保存液吸収体は、細胞または組織を載置する載置部と、前記した細胞または組織は載置されず該載置部よりも高吸収性の隣接部を有する。本発明における細胞または組織を載置する載置部とは、細胞または組織が保存液とともに載置される部分に相当する箇所であり、本発明では該載置部の隣接箇所に、該載置部よりも高吸収性の隣接部を配置したことを特徴とする。該隣接部は、載置部を取り囲むように配置されていてもよいし、載置部の一部に隣接するよう配置されていてもよい。隣接部が載置部の一部に隣接する具体的な例としては、載置部を細胞または組織を載置する載置面から見た際の形状が多角形の場合、該多角形の一辺に隣接部が接している状態、載置部が円形の場合、該円周の一部に隣接部が接している状態が例示されるが、少なくとも載置部を中心として対向する二方向に隣接部が接していることが好ましい。
【0038】
載置部の空隙率は、保存液に対する吸収性の観点から、1容量%以上であることが好ましく、より好ましくは5容量%以上である。上限は35容量%未満であることが好ましい。また、保存液吸収体内部の気孔は、厚み方向のみならず、厚み方向に対して垂直な方向に対しても連続的な構造であることが好ましい。このような構造を有すると、多孔体内部の気孔を有効に用いることができるために、保存液の高い吸収性能が得られる。載置部の保存液吸収体の厚みや多孔体の空隙容量は、用いる細胞または組織の種類や細胞または組織とともに滴下される保存液の滴下量などに応じて、適宜選択することができる。
【0039】
上記した空隙率は、以下の式で定義される。ここで空隙容量Vは水銀ポロシメーター(測定器名称 Autopore II 9220 製造者 micromeritics instrument corporation)を用い測定・処理された、保存液吸収体における細孔半径3nmから400nmまでの累積細孔容積(ml/g)に、保存液吸収体の乾燥固形分量(g/平方メートル)を乗ずることで、単位面積(平方メートル)当たりの数値として求めることができる。
P=(V/T)×100(%)
P:空隙率(%)
V:空隙容量(ml/m2)
T:厚み(μm)
【0040】
載置部の細孔径は、0.01~10μmであることが好ましく、より好ましくは0.01~2μmである。なお、該細孔径は、多孔性樹脂シートの場合には、バブルポイント試験により測定される最も大きい細孔の直径である。
【0041】
載置部は、全光線透過率が40%以上である。載置部の全光線透過率が40%未満の場合、細胞または組織を保存液とともに凍結保存用治具の載置部上に滴下する際、透過型顕微鏡観察下において、ピペット先端の良好な視認性が得られない場合がある。載置部の全光線透過率は、JIS-K-7361-1:1997に準拠して、例えば、スガ試験機(株)のヘーズメーターHZ-V3により測定することができる。
【0042】
本発明の凍結保存用治具は、上記した載置部周辺に、保存液に対してより高吸収性の隣接部を有する。
【0043】
隣接部の空隙率は、保存液に対する吸収性の観点から、35容量%以上であることが好ましく、より好ましくは50容量%以上である。上限は、90容量%未満であることが好ましい。隣接部に用いる保存液吸収体内部の気孔も、厚み方向のみならず、厚み方向に対して垂直な方向に対して連続的な構造であることが好ましい。隣接部の保存液吸収体の厚みや多孔体の空隙率も、用いる細胞または組織の種類や細胞または組織とともに滴下される保存液の滴下量などに応じて、適宜選択することができる。隣接部の空隙率も、前述した載置部の空隙率と同様の方法で求めることができる。
【0044】
隣接部の細孔径は、0.02~20μmであることが好ましく、より好ましくは0.02~5μmである。
【0045】
載置部、隣接部各部の面積は、細胞または組織と共に滴下される保存液の滴下量などに応じて適宜設定すればよく、特に限定されないが、例えば、滴下する保存液1μlにつき1mm2以上とすることが好ましく、2~400mm2とすることがより好ましい。載置部は、保存液吸収体上のいずれかの場所にあればよく、その面積は保存液吸収体の面積に準じる。
【0046】
載置部、隣接部を構成する保存液吸収体の厚みは、10μm~5mmであることが好ましく、より好ましくは20μm~2.5mmである。該保存液吸収体の厚みは、載置部または隣接部のいずれかが有する保存液吸収体の最大厚みである。
【0047】
本発明の凍結保存用治具において、保存液吸収体を有する部位は、保存液吸収体のみで構成することも可能であるが、保存液吸収体を支持する支持体として、光透過性支持体を有することが好ましい。かかる光透過性支持体としては保存液吸収体と積層した際に載置部の全光線透過率を低下させないものが好ましく、全光線透過率が80%以上である光透過性支持体が好ましい。このような光透過性支持体としては、各種樹脂フィルム、ガラス、ゴム等が例示され、本発明の効果を損なわない限り、2種以上の光透過性支持体を組み合わせて用いてもよい。上記した中でも、樹脂フィルムは、取扱いがしやすく、好適に用いられる。樹脂フィルムの具体的な例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレートなどのポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリメチルメタクリレート、メチルメタクリレート-スチレン共重合体、メチルメタクリレート-ポリカーボネート共重合体などのアクリル樹脂、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレンなどの各種ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレンやポリビニルジフロライドなどのフッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂などが例示される。上記した全光線透過率は、JIS-K-7361-1:1997に準拠して、例えば、前述したスガ試験機(株)のヘーズメーターHZ-V3により測定することができる。
【0048】
上記した保存液吸収体と支持体との間に、接着層を設けることは好ましい。接着層は後述する水溶性高分子化合物や非水溶性樹脂を含有することが好ましく、あるいは湿気硬化性の接着物質に代表されるような瞬間接着組成物、ホットメルト接着組成物、光硬化性接着組成物などを含有することも可能である。例えば、水溶性高分子化合物としては、ポリビニルアルコール、ヒドロキシセルロース、ポリビニルピロリドン、澱粉糊等が例示され、非水溶性樹脂としては、酢酸ビニル系樹脂、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、エラストマー系樹脂、シアノアクリレート系樹脂、フッ素系樹脂、シリコン系樹脂、ニトロセルロース系樹脂、ニトリルゴム系樹脂、スチレン―ブタジエン系樹脂、ユリア系樹脂、スチレン系樹脂、フェノール系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリエステル系樹脂、ビスマレイミド系樹脂、オレフィン系樹脂、EVA系樹脂などが例示される。接着層は、一種類の樹脂を含有してもよいし、複数種類の樹脂を含有してもよい。接着層の固形分量は、0.01~100g/m2の範囲が好ましく、更に0.1~50g/m2の範囲がより好ましい。
【0049】
上記した接着層は、載置部外の箇所(隣接部)に設けることが好ましい。接着層が載置部と支持体の間に存在する場合、顕微鏡観察下で細胞または組織の視認性に悪影響を与える場合がある。載置部外に接着層を設けるための具体的な一例としては、支持体上にマスキングテープによるマスキングを施し、接着層敷設後にマスキングテープを剥離するなどして、支持体上の隣接部にあたる位置に接着層を設け、支持体上の載置部にあたる箇所に接着層が存在しない部分を設け、該接着層上に保存液吸収体を貼り合わせる方法が例示される。
【0050】
保存液吸収体に載置部と隣接部を形成する方法を例示する。例えば、保存液吸収体の片面に、保存液吸収体よりも長辺、短辺ともにサイズが小さい正方形の金属板をホットプレスし、該保存液吸収体が有する細孔の一部を一軸、加圧方向に圧縮することにより、全光線透過率が40%以上で、保存液に対して低吸収性の載置部と、該載置部よりも高吸収性の隣接部を形成する方法(方法1)が例示される。また、保存液吸収性が異なる2種類以上の多孔性を有する保存液吸収体を、支持体の片面に隣接して配置し、全光線透過率が40%以上で吸収性が低い保存液吸収体を載置部として、吸収性が高い方の保存液吸収体を隣接部として用いる方法(方法2)が例示される。他方法としては、保存液吸収体の細孔の一部に、浸透性や流動性に優れる樹脂や水溶性高分子化合物を浸透させ、一部の細孔を閉塞した状態で樹脂や水溶性高分子化合物を固定化することで、全光線透過率が40%以上の載置部と、該載置部よりも高吸収性の隣接部を形成する方法(方法3)が例示される。また別方法としては、部分的にエンボス加工が施された不織布をトリミングして、該不織布のエンボス加工部を全光線透過率が40%以上の載置部として、未加工部を高吸収性の隣接部として用いる方法(方法4)が例示される。
【0051】
本発明の凍結保存用治具は、把持部を有していても良い。把持部を有すると、凍結保存作業時および融解作業時の作業性が良好になるため好ましい。把持部は、耐液体窒素素材であることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミ、鉄、銅、ステンレス合金などの各種金属、ABS樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素系樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、更にはガラスなどを好適に用いることができる。
【0052】
本発明の凍結保存用治具を用いて細胞または組織を長期凍結保存する場合、細胞または組織を外界と遮断するために凍結保存用治具にキャップを被せる、または、該凍結保存用治具を任意の形状の容器に入れて密閉することが可能である。液体窒素が滅菌されておらず、細胞または組織を直接液体窒素に接触させて凍結させる場合は、凍結保存用治具が滅菌されていても滅菌状態を保証できない場合がある。よって、凍結前に細胞または組織を付着させた保存液吸収体にキャップをする、または凍結保存用治具を容器中に密閉することにより、細胞または組織を直接液体窒素に接触させずに凍結させることがある。上記理由から、キャップおよび容器は耐液体窒素性のある素材である各種金属、各種樹脂、ガラス、セラミックなどで作製することが好ましい。形状としては特に限定されず、例えば、キャップは、鉛筆用のキャップのような半紡錘状またはドーム状などのキャップ、円柱状のストローキャップなど、凍結保存用治具の保存液吸収体と接触せず、細胞または組織を外界と遮断できるような形状ならどのような形状でもよい。容器は、載置された細胞または組織に接触せずに、凍結保存用治具を被包または収納して密閉できるものであればよく、その形状は特に限定されない。
【0053】
本発明の凍結保存用治具は、本発明の効果を損なわない限り、凍結保存用治具を上記したようなキャップ、容器と組み合わせて使用することができる。また、このような、キャップまたは容器と組み合わせて使用される形態の凍結保存用治具も、本発明に包含される。
【0054】
本発明の凍結保存用治具は、例えば、クライオトップ法において好適に用いられるものである。また、従来のクライオトップ法は、通常、単一の細胞または10個未満の少数の細胞の保存に用いられるが、本発明は、より多くの細胞の保存(例えば、10~1000000個の細胞の保存)においても好適に用いることができる。本発明を用いると、細胞または組織周辺に存在する余分な保存液を、保存液吸収体ですばやく除去することが可能である。
【0055】
本発明の凍結保存用治具を用いて細胞または組織を凍結保存する手順は特に限定されない。例を以下に示す。まず、保存液に浸漬した細胞または組織を、保存液とともに載置部上に滴下する。該細胞または該組織の周囲には余分な保存液が付着しているが、載置部および隣接部の保存液吸収体により(特に高吸収性の隣接部により)、余分な保存液が自動的かつ速やかに除かれる。次いで、前記細胞または組織を載置部に保持させたまま液体窒素などの中に浸漬することにより、細胞または組織を凍結する。この時、前記した載置部上の細胞または組織を外界と遮断することができるキャップを保存液吸収体に装着、または凍結保存用治具を前記した容器に密閉して、液体窒素などの中に浸漬することもできる。保存液は、通常卵子、胚などの細胞の凍結のために使用されるものを使用することができ、例えば、リン酸緩衝生理食塩水などの生理的溶液に耐凍剤(グリセロール、エチレングリコールなど)を含有させることで得られた保存液や、グリセロールやエチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)などの各種耐凍剤を多量に(少なくとも保存液の全質量に対して10質量%以上、より好ましくは20質量%以上)含む保存液を使用できる。融解作業の際は、液体窒素などの冷却溶媒中から、該凍結保存用治具を取り出し、凍結された細胞または組織を載せた載置部近傍を融解液中に浸漬させ、必要に応じて保存液吸収体を融解液中で揺するなどして細胞または組織を回収する。
【0056】
以下に、本発明の凍結保存用治具の構造を、図面を用いてより詳細に説明する。
【0057】
図1は、本発明の凍結保存用治具の一例を示す全体図である。
図1において凍結保存用治具6は把持部1を有し、該把持部1には支持体5が接続されており、該支持体5上、把持部1との接続箇所と反対側の端部近傍にあたる箇所に隣接部3に取り囲まれた載置部2を有する。
【0058】
図1中、把持部1は円柱形であるが、その形状は任意である。また、前述したように、細胞または組織を直接液体窒素に接触させないことを目的に、凍結前に細胞または組織を付着させた載置部2にキャップを被せることがあるが、この場合、把持部1を、載置部2を有さない側から、載置部2を有する側に向かって、円柱の径が連続的に小さくなる形状(テーパー状)とすることで、キャップを被せる際の作業性を向上させることも可能である。載置部2の形状は、ハンドリング上、短冊状またはシート状であることが好ましい。
【0059】
図1の把持部1と支持体5の接続方法について説明する。把持部1が樹脂の場合、例えば、成形加工する時にインサート成形により支持体5を把持部1に接続することができる。さらに、把持部1に図示しない構造体挿入部を作製し、接着剤にて支持体5を接続することもできる。接着剤としては様々なものが使用できるが、低温に強いシリコン系やフッ素系の接着剤を好適に用いることができる。
【0060】
図2は、
図1の凍結保存用治具における載置部を、細胞または組織を載置する載置面側から見た概略図であり、隣接部3aに囲まれた正方形状の単一の載置部2aが、図示しない支持体5と貼り合わせられた保存液吸収体中に設けられている。また
図3は、
図1の凍結保存用時治具における載置部の断面構造概略図であり、
図1のA-A′間における断面構造の概略図である。かかる構造の載置部2aを有する凍結保存用治具を得るための方法としては、前述した方法1により保存液吸収体に載置部2aと隣接部3aを形成し、該保存液吸収体を短冊状にトリミングした後、該保存液吸収体と短冊状の支持体5を、支持体5上に形成した接着層4を介して貼り合わせる方法が例示される。
【0061】
図4は、本発明の凍結保存用治具における載置部の別の一例であり、載置部2bを中心として対向する二方向に隣接部3bを設けた概略図である。かかる構造の載置部2bは、例えば、前述した方法1において、ホットプレスに用いる金属板を、一辺が保存液吸収体の短辺よりも長く、もう一辺が保存液吸収体の長辺よりも短いものとすることにより得られる。
【0062】
図5は、本発明の凍結保存用治具における載置部のまた別の一例であり、隣接部3cに囲まれた正方形状の複数の載置部2cが、図示しない支持体5と貼り合わせられた保存液吸収体中に設けられている。かかる構造の載置部2cは、例えば、前述した方法1において、金属板を保存液吸収体の長辺方向に複数回位置をずらしながらホットプレスすることにより得られる。
【0063】
図6は、本発明の凍結保存用治具における載置部のまた別の一例であり、隣接部3dに囲まれた正円の単一の載置部2dを設けた概略図である。かかる構造の載置部2dは、例えば、前述した方法1において、ホットプレスに用いる金属板を、保存液吸収体の短辺よりも直径が小さい正円のものとすることにより得られる。
【0064】
図7は、本発明の凍結保存用治具における載置部の断面構造概略図の一例であり、吸収性の異なる保存液吸収体(2e、3e)が、支持体5上に接着層4を介して貼り合わせられている凍結保存用治具の載置部についての、
図1のB-B′間における断面構造の概略図である。かかる構造の載置部2eは、例えば、前述した方法2により得られる。
【実施例】
【0065】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
保存液吸収体として、アドバンテック東洋(株)製のポリテトラフルオロエチレン多孔体(細孔径0.2μm、空隙率71%、厚み35μm、全光線透過率28.4%)の片面の一部に、平坦なニッケル板(1mm×1mm)を重ね合わせ、サイトウエンヂニアーズ(株)製のロール式エンボス加工機EMBOSTAR(登録商標)を用いて、250℃の温度条件でホットプレスを施した。ホットプレス後にニッケル板を取り除き、その後1.5mm×10mmにカットし、前述した
図2の形態で載置部2aおよび隣接部3aが形成された保存液吸収体を得た。他方、支持体として、東レ(株)製のポリエチレンテレフタレートフィルムである、ルミラー(登録商標)T60(短辺が1.5mm、長辺が25mmで厚み188μm、全光線透過率88.9%)を準備し、該ポリエチレンテレフタレートフィルムに、(株)寺岡製作所製のマスキングテープ(厚み55μm)を用いて、
図3に示したような形態の接着層4(支持体5上の隣接部3aとの貼り合わせ箇所のみ接着層4が存在)が形成できるようにマスキングを施し、該マスキング後のポリエチレンテレフタレートフィルム上に、接着層4として、ヘンケルジャパン(株)製のホットメルトウレタン樹脂Purmelt(登録商標)QR 170-7141Pを、乾燥時の固形分量が30g/m
2となるように塗布した。接着層4塗布後、マスキングテープを剥離し、接着剤が流動性を有するうちに、上記したホットプレス後の保存液吸収体を、接着層4非塗布部と載置部2aが重なり合うように貼り合わせた。また、保存液吸収体と支持体5の密着性を高めるため、載置部2aにニッケル板を再度軽く押しつけた後、室温で24時間エイジングを行い、接着層4の硬化を促した。その後、保存液吸収体を有していない側の支持体5の一端を、ABS樹脂製の把持部1と接合させ、実施例1の凍結保存用治具を
図1に示すような形態で得た。なお、実施例1の載置部2aの全光線透過率を、JIS-K-7361-1:1997に準拠して、スガ試験機(株)のヘーズメーターHZ-V3により測定したところ、62.9%であった。また、実施例1の載置部2aについて、前述した方法で空隙率を測定したところ、6%であり、隣接部3a(空隙率71%)よりも低吸収性であった。
【0067】
(実施例2)
実施例1において、ホットプレス時の温度条件を150℃とする以外は実施例1と同様にして、実施例2の凍結保存用治具を得た。なお、実施例2の凍結保存用治具における載置部2aの全光線透過率は53.9%、空隙率は18%であった。
【0068】
(実施例3)
実施例1において、ホットプレス時の温度条件を40℃とする以外は実施例1と同様にして、実施例3の凍結保存用治具を得た。なお、実施例3の凍結保存用治具における載置部2aの全光線透過率は43.1%、空隙率は30%であった。
【0069】
(比較例1)
実施例1において、ホットプレスを施していないアドバンテック東洋(株)製のポリテトラフルオロエチレン多孔体(細孔径0.2μm、空隙率71%、厚み35μm、全光線透過率27.3%)を保存液吸収体として用いる以外は、実施例1と同様にして、比較例1の凍結保存用治具を得た。比較例1の凍結保存用治具における載置部の全光線透過率は27.3%、空隙率は71%であった。
【0070】
(比較例2)
実施例1において、載置部2aの保存液吸収体をカッターナイフにより除去し、支持体のポリエチレンテレフタレートフィルムを露出させることにより、比較例2の凍結保存用治具を得た。比較例2の載置部の全光線透過率は88.9%、空隙率は0%であった。
【0071】
<マウス卵子の凍結操作>
実施例1~3および比較例1~2の凍結保存用治具の各々について、保存液として、細胞または組織のガラス化保存のために一般的に用いられている、Irvine Scientific社製Vit Kitガラス化液を使用し、実体顕微鏡観察下で、載置部上にガラス化液0.2μLと、直径約100μmのマウス卵子をマイクロピペットにより滴下する操作を行った。該操作において、以下の基準により、顕微鏡観察下における載置部およびピペット先端の視認性と、マウス卵子周辺の余分なガラス化液に対する保存液吸収体の吸収性を評価した。
【0072】
<載置部およびピペットの視認性の評価基準>
○:顕微鏡観察下において、載置部とピペット先端を明瞭に観察することができた。
×:顕微鏡観察下において、載置部は明瞭に観察できたが、ピペット先端はよく見えなかった。
【0073】
<保存液吸収体の吸収性の評価基準>
○:マウス卵子周辺の余分なガラス化液が、保存液吸収体に10秒未満で吸収された。
×:マウス卵子周辺の余分なガラス化液が、保存液吸収体に10秒以上経っても吸収されず、作業者が余分なガラス化液を吸引除去する必要性を感じた。
【0074】
【0075】
表1の結果から、本発明の凍結保存用治具は、顕微鏡観察下における載置部とピペット先端の視認性が良好で、かつ載置部の細胞または組織周辺の余分な保存液を除く作業が不要な凍結保存用治具であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、牛などの家畜や動物の胚移植や人工授精、人への人工授精などの他、iPS細胞、ES細胞、一般に用いられている培養細胞、生体から採取した検査用または移植用の細胞または組織、生体外で培養した細胞または組織などの凍結保存に用いることができる。
【符号の説明】
【0077】
1 把持部
2、2a~2e 載置部
3、3a~3e 隣接部
4 接着層
5 支持体
6 凍結保存用治具