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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-24
(45)【発行日】2023-03-06
(54)【発明の名称】セレノネインモノマーの分離方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 11/00 20060101AFI20230227BHJP
   B01J 20/10 20060101ALI20230227BHJP
   B01D 15/32 20060101ALI20230227BHJP
   B01D 15/34 20060101ALI20230227BHJP
   B01J 20/22 20060101ALI20230227BHJP
   B01J 20/34 20060101ALI20230227BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20230227BHJP
   B01J 20/283 20060101ALI20230227BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20230227BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20230227BHJP
   B01J 20/287 20060101ALI20230227BHJP
   B01J 20/288 20060101ALI20230227BHJP
【FI】
C07F11/00 Z
B01J20/10 D
B01D15/32
B01D15/34
B01J20/22 C
B01J20/34 G
G01N30/88 E
B01J20/283
G01N30/26 A
G01N30/06 Z
B01J20/287
B01J20/288
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019016704
(22)【出願日】2019-02-01
(65)【公開番号】P2020125243
(43)【公開日】2020-08-20
【審査請求日】2021-12-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年3月26日 平成30年度日本水産学会春季大会において、文書をもって発表。 平成30年7月7日 The 43▲rd▼ FEBS congress 2018において、文書をもって発表。
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】世古 卓也
(72)【発明者】
【氏名】内田 肇
(72)【発明者】
【氏名】山下 由美子
(72)【発明者】
【氏名】石原 賢司
(72)【発明者】
【氏名】今村 伸太朗
(72)【発明者】
【氏名】山下 倫明
【審査官】松澤 優子
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-121914(JP,A)
【文献】国際公開第2017/026173(WO,A1)
【文献】特開2017-225368(JP,A)
【文献】国際公開第2017/150679(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/159725(WO,A1)
【文献】COSMOSIL High Performance Liquid Chromatography 高速液体クロマトグラフィー CATALOG 2018,ナカライテスク株式会社,2018年,pp.1-38
【文献】JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY,2010年,Vol.285, No.24,pp.18134-18138,SUPPLEMENTAL DATA
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
C07F
B01J
B01D
C12N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動相として酢酸水、酢酸アンモニウム水、ギ酸水、ギ酸アンモニウム水及び水を用い、固定相としてペンタブロモベンジル基結合型シリカゲルを用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程を含む、セレノネイン含有溶液からのセレノネインモノマーの分離方法。
【請求項2】
分子排除クロマトグラフィーを行う工程をさらに含む、請求項1に記載されるセレノネインモノマーの分離方法。
【請求項3】
セレノネインを熱水抽出する工程をさらに含む、請求項1または2に記載のセレノネインモノマーの分離方法。
【請求項4】
固定相としてアルキル基結合型シリカゲルを用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程をさらに含む、請求項1ないしのいずれか一項に記載のセレノネインモノマーの分離方法。
【請求項5】
請求項1ないしのいずれか一項に記載のセレノネインモノマーの分離方法を含むセレノネインモノマーの製造方法。
【請求項6】
請求項1ないしのいずれか一項に記載のセレノネインモノマーの分離方法を含むセレノネインモノマーの分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレノネイン含有溶液からセレノネインモノマーを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セレンは、マグロ類やカジキ類などの魚類組織中に高濃度で含まれており、がんや心臓病等の生活習慣病や老化の予防等に有効であると期待されている。しかし、魚類組織に含まれる低分子量のセレン含有化合物は、これまで充分に利用されてこなかった。これは、魚介類の血合肉や内臓には有機重金属のメチル水銀やカドミウムが含まれることがあるので、医薬品や食品等への利用に適さないからである。
そのため、魚介類組織由来の濃縮物からセレン含有化合物を抽出して物質を特定すること、及び、濃縮物からセレン含有化合物を分離・精製して高純度物品を製造することは、セレン含有化合物に様々な用途が考えられるため従来から強く望まれていた。
【0003】
本出願の発明者らは、有機セレンを多く含む魚の血合いから抽出したセレン含有化合物の構造を解明し、新規セレン化合物として物質特許を出願した(特許文献1)。その後、この新規セレン化合物は、エルゴチオネインのチオケトン基がセレノケトン基に置き換わった化合物であることから「セレノネイン」と命名されている。
【0004】
セレノネインには、下記構造式1A,1Bで表されるセレノネインモノマー、及び、化合物1Aが二つ結合した化合物1Cで表されるセレノネインダイマー(酸化型セレノネイン)の異性体が存在する。
【0005】
【化1】
【0006】
セレノネインは強力な抗酸化能を有していることをはじめとして、人体に有益な様々な特性を有することが報告されており、セレノネインを利用した食品、化粧品、飼料、試薬等の開発が進められている。
【0007】
上記特許文献1では、セレノネインの分離は、高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography ; HPLC)により、ゲルろ過カラムとアルキル基結合型カラムを併用して行なった。しかし、この方法では、他のセレン化合物からセレノネインを精製することができるが、セレノネインの硫黄アナログであるエルゴチオネイン(下記構造式(2)参照)との十分な分離はできていなかった。
【0008】
【化2】
【0009】
また、非特許文献1には、HPLC法において、C6フェニルカラムを使用してエルゴチオネインとセレノネインを分離し検出することが記載されている。しかし、このカラムを用いた場合のエルゴチオネインとセレノネインとの保持時間の差は約24秒しかなく、また、セレノネインのピークは後続するエルゴチオネインのピークの裾と重なるため、両者を分離するための精製には適していない。
【0010】
非特許文献2には、同じくHPLC法により酸化型セレノネイン(ダイマー)とエルゴチオネイン(モノマー)を分離する方法が記載されており、得られた酸化型セレノネインの純度は98%という高純度のものが得られている。
しかし、この方法では、セレノネインの抽出にメタノールを用いるため、エタノール中でセレノネインはダイマー化してしまい、高純度の酸化型セレノネインは得られても、高純度のセレノネインのモノマーを得ることができない。生体内で反応するのはセレノネインのモノマーなので、メタノール等の有機溶媒を用いてセレノネインモノマーを抽出することは適切ではない。また、この方法では、試料中のセレノネインモノマーはセレノネインダイマーとして検出されるため、試料中のセレノネインモノマーの含有量を分析することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第5669056号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Nina Kroepfl et al., Quantitative determination of the sulfur-containing antioxidant ergothioneine by HPLC/ICP-QQQ-MS, Journal of Analytical Atomic Spectometry, 2017, 32, 1571-1581
【0013】
【文献】Nikolaus G. Turrini et al., Biosynthesis and isolation of selenoneine from genetically modified fission yeast, Metallomics, 2018.10. 1532-1538, The Royal Society of Chemistry 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、セレノネイン含有溶液から、セレノネインをダイマー化することなくモノマーとして分離・精製する方法に関する。
特に、セレノネインの硫黄アナログであるエルゴチオネインは、セレノネインと化学的な性質が類似し、セレノネインと共存する場合、従来の方法で両者を分離することは困難であった。これは、上記のとおり、セレノネインとエルゴチオネインとは、構造的にはチオケトン基がセレノケトン基に置き換わったことのみが相違するため、極性、分子量等の諸特性において、両者を分離するための有意な相違がないからである。
【0015】
しかし、セレノネインはエルゴチオネインの約1000倍、水溶性ビタミンEの約500倍のラジカル消去活性を示すといわれている。また、セレノネインは特異的なトランスポーターを介して培養細胞の培地から速やかに細胞内に取り込まれ、過酸化水素による酸化ストレス条件下でも細胞増殖能を増強する。
したがって、セレノネインを、エルゴチオネインから分離して精製することの技術的な意味は、極めて大きいものがある。
【0016】
本発明は、化学的特性の類似するエルゴチオネインが共存していても、 セレノネイン含有溶液からセレノネインモノマーをダイマー化することなく分離することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本開示は、上記課題を解決するにあたり、次の構成からなる方法を採用するものである。
〔1〕固定相としてペンタブロモベンジル基結合型シリカゲル(構造式(3)参照)を用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程を含む、セレノネイン含有溶液からのセレノネインモノマーの分離方法。
【化3】
〔2〕移動相媒体として水系溶液を用いる〔1〕に記載されるセレノネインモノマーの分離方法。
〔3〕分子排除クロマトグラフィーを行う工程をさらに含む、〔1〕または〔2〕に記載されるセレノネインモノマーの分離方法。
〔4〕セレノネインを熱水抽出する工程をさらに含む、〔1〕ないし〔3〕のいずれかに記載のセレノネインモノマーの分離方法。
〔5〕固定相としてアルキル基結合型シリカゲルを用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程をさらに含む、〔1〕ないし〔4〕のいずれかに記載のセレノネインモノマーの分離方法。
〔6〕〔1〕ないし〔5〕のいずれかに記載のセレノネインモノマーの分離方法を含むセレノネインモノマーの製造方法。
〔7〕〔1〕ないし〔5〕のいずれかに記載のセレノネインモノマーの分離方法を含むセレノネインモノマーの分析方法。
【発明の効果】
【0018】
本開示に係るセレノネインモノマーの分離方法によれば、化学的性質が類似して分離が難しかったエルゴチオネインを含有するセレノネイン含有溶液から、セレノネインモノマーを分離することが可能となった。
また、高純度のセレノネインモノマーが得られたことから、化学・生化学実験用試薬や分析用標準品の開発が可能となった。
さらに、分子排除カラムを組み合わせれば、セレノネインモノマー含有溶液に含まれる分子サイズの異なる不純物を分離し、セレノネインモノマーの純度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】C30カラムを用いたときのUV(260nm)クロマトグラム
図2】PBrカラムを用いたときのUV(260nm)クロマトグラム
図3】エルゴチオネイン標準品のICP-MSクロマトグラム(SO-47.967)
図4】精製セレノネインのICP-MSクロマトグラム(SO-47.967)
図5】精製セレノネインのICP-MSクロマトグラム(SeO-95.9114)
図6】精製セレノネイン(濃縮後)のUVクロマトグラム (260nm, PBrカラム)
図7】精製セレノネインのUVクロマトグラム(260nm, Ultrahydrogel 120カラム)
図8】高純度セレノネインのUVクロマトグラム(260nm, Ultrahydrogel 120カラム)
図9】C6フェニルカラムを用いたときのUV(260nm)クロマトグラム(カラム以外は実施例1と同一条件)
図10】C6フェニルカラムを用いたときのUV(260nm)クロマトグラム(カラム及びグラジエント条件以外は実施例1と同一条件)
【発明を実施するための形態】
【0020】
本開示のセレノネイン含有溶液からのセレノネインモノマーの分離方法は、固定相としてペンタブロモベンジル基結合型シリカゲルを用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程を含む。
本開示において、セレノネインモノマーとは、前記構造式1A,1Bで表される異性体を含むが、前記構造式1Cである酸化型セレノネイン(二量体)は含まない。
【0021】
本開示の分離方法では、液相クロマトグラフィーによりセレノネインモノマーを分離する。液相クロマトグラフィーでは、分離目的に応じて様々なカラムが準備されているが、これらのカラムは、充填材による分類や分離モードによる分類がなされている。
アルキル基結合型逆相固定相カラムは逆相モードを用いる逆相カラムであり、シリカゲルに官能基が結合したものがカラム中に充填されている。逆相カラムでは、試料がカラムに注入されると、試料中の各成分は高極性のものから順に溶出されることにより分離が行なわれる。
【0022】
本開示で使用するカラムは、親水性化合物を逆相モードで分離する機能を有する、微細なシリカゲルをペンタブロモベンジル基で修飾した、ペンタブロモベンジル基結合型のカラムである(以下「PBrカラム」という)。
【0023】
本開示は、液相クロマトグラフィーにPBrカラムを用いることで、従来法で用いられていたC6フェニルカラムよりも、セレノネインとエルゴチオネインを効率的に分離することができる、という新たな知見に基づいてなされたものである。
【0024】
一般的に、ペンタブロモベンジル基とC6フェニル基(構造式(4)参照)は共に芳香環を備え、化学構造が類似しているため、C6フェニルカラムの特性で分離できないものはPBrカラムでも分離ができないと予測される。すなわちPBrカラムを用いることにより、C6フェニルカラムよりも、セレノネインモノマーとエルゴチオネインモノマーの分離度(Resolution、以下 Rと称する場合がある。)を高くすることができることを予測することは困難であった。
ここで、分離度とは、あるピークが隣接するピークからどの程度分離しているかを示すものである。分離度は数式(1)のように表される。

【化4】
【式1】
【0025】

【0026】
本開示の分離方法では、固定相としてPBrカラムを用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程において、移動相として、水系溶液を用いることが好ましい。本発明において、水系溶媒とは、水を主成分とする溶媒であれば、特に制限はないが、(酢酸水)、(酢酸アンモニウム水)、(ギ酸水)、ギ酸アンモニウム水及び水であることが好ましく、水であるとより好ましい。
【0027】
本開示の分離方法では、固定相としてPBrカラムを用いて(逆相)クロマトグラフィーを行う工程において、クロマトグラフィーはセレノネインモノマーとエルゴチオネインモノマーをよく分離することができれば特に制限はなく、オープンカラム、フラッシュカラム、HPLCなどを用いることができるが、HPLCであることが好ましい。移動相の流速は使用するカラムのサイズなどにより適宜調整すればよい。
【0028】
本開示で処理の対象とするセレノネイン含有溶液は、セレノネインが含まれていればどのような溶液であってよい。セレノネインは、マグロ類やカジキ類などの魚類組織や、鯨肉中に高濃度で含まれているため、これらを抽出処理して得られた溶離液等が、本発明において主に対照とする被処理物である。また、魚類や鯨類の組織以外のものでも広く処理の対象とすることができ、例えば、ニワトリ肝臓、ブタ腎臓等が挙げられる。
【0029】
また、自然物以外でも、遺伝子組換えされた分裂酵母株を培養して得られたセレノネイン含有培養液や菌体抽出液なども対象となる。
【0030】
セレノネイン含有混合物中には、エルゴチオネインのほかにも種々雑多な夾雑物が含まれる。このため、セレノネインの分離においては、下記抽出法や、クロマトグラフィーにおける各種のカラムを併用して、それぞれの特徴に応じて、各種の夾雑物を除去することで、セレノネインモノマーの精製をより効率よく行うことができる。
【0031】
本開示の分離方法はさらに、固定相としてアルキル基結合型逆相固定相カラムを用いて夾雑物を除去する工程を有することが好ましい。アルキル基結合型逆相固定相カラムには特に制限はないが、C6~C30のアルキル基を結合したシリカゲルを充填したカラムを用いることができ、特にC8、C18、C30カラムであることが好ましく、C30カラムであるとより好ましい。これを用いればセレノネインとは極性が異なる夾雑物(主に疎水性化合物)を除去することができる。
【0032】
また、本開示の分離方法はさらに、分子排除クロマトグラフィーを行う工程を有していることが好ましい。多孔質球状シリカゲルが充填された分子排除カラムを用いる分離では、試料を構成する各成分の分子の大きさの違いにより分離することができる。これは、シリカゲルには微細な孔が開いており、小さい分子はその孔に入り込むため、大きい分子より遅く溶出される現象を利用するものである。
【0033】
本開示の分離方法はさらに、セレノネインを熱水抽出する工程を有することが好ましい。熱水抽出することで、セレノネインを効率的に抽出できるとともに、熱水に不溶性の夾雑物を効率的に除去することができる。
【0034】
また、本開示の方法で処理する前に、あるいは処理の途中工程において、セレノネイン含有混合物をロータリーエバポレーターで加熱しながら濃縮する等の処理をして、セレノネイン含有濃度を高めておくことが処理効率を上げる上で好ましい。
本発明の分離方法を用いることにより、より高純度なセレノネインモノマーを製造すること、及び、より正確にセレノネインモノマー含有量を定量することが可能となる。
【実施例1】
【0035】
<工程1>セレノネイン含有試料の調製
遺伝子組換えされた分裂酵母株 (P3nmt1-egt1+) を培養し、セレノネインを合成させた。分裂酵母株は大阪市立大学大学院理学研究科酵母遺伝資源センターから分讓されたものを用いた。菌株の培養には分裂酵母の培養に一般的に用いられるEMM-2培地を利用した。アガロース含有YES培地上でP3nmt1-egt1+を培養し、シングルコロニーを100mLのEMM-2培地に溶解し、バッフル付きの振盪三角フラスコを用いて28℃で48時間振盪培養し、酵母培養液とした。新しいバッフル付きの振盪三角フラスコにEMM2培地100mLを加えた後、酵母培養液1mLと100mMセレン酸水溶液10μL(終濃度10μM)を加えた。同様の組成のものを10本用意し、28℃で48時間振理培養した。
【0036】
<工程2>セレノネイン含有エキスの抽出
10μMセレン酸で培養した培養液約1000mLを250mLずつ遠心用ボトルに分注し、5000rpm、4℃で15分間遠心分離した。培地をデカンテーションにより除去し、得られた菌塊に100mLの超純水を加え、菌塊を溶解した。菌塊溶解液を含む遠心用ボトルを沸騰水中で15分間加熱した。室温で冷却した後、5000rpm、4℃で15分間遠心分離した。上清を0.22μmのメンブレンフィルター (AGCテクノグラス株式会社) でろ過減菌し、セレノネイン含有エキスを得た。このセレノネイン含有エキス中のセレノネイン量は4.59μmolであった。
【0037】
<工程3>セレノネインの粗精製
工程2で得られたセレノネイン含有エキスを50℃で加熱しながらロータリーエバポレーターにより濃縮した。濃縮液を褐色バイアルに分注し、HPLC-UV-vis (Agilent社 製)に50μL供した。カラムはC30カラム(Develosil C30-UG-5 column、4.6×50mm、5μm、野村化学株式会社)をカラムオーブンで40℃に加温して用いた。溶出は2種の移動相を徐々に混合するバイナリーグラジエントモードで行い、移動相には0.1%酢酸水(A)と0.1%酢酸のアセトニトリル溶液(B)を用いた。グラジエント条件と流速は表1に記した。分析開始から2.6~6.0分に0.1%酢酸水のみで溶出された液をフラクションコレクターでガラスバイアル(アジレント・テクノロジー株式会社)回収した。セレノネイン含有エキス全量をHPLCに供し、得られた画分を混合してセレノネイン粗精製液とした。前記濃縮液を前記条件でC30カラムに供した時のUV(260nm)クロマトグラムを図1に示す。セレノネインが含まれる画分が網掛け部分である。
【0038】
【表1】
【0039】
<工程4>セレノネインの精製
工程3で得られたセレノネイン粗精製液を50℃で加熱しながらロータリーエバポレーターを用いて濃縮した。濃縮液をバイアルに分注し、HPLC-UV1200 series(アジレント・テクノロジー株式会社)に15μL供した。カラムはPBrカラム(Cosmosil PBr packed column、4.6x250mn、5μm、ナカライテスク株式会社)を40℃に加温して用いた。溶出は2種の移動相を徐々に混合するバイナリーグラジエントモードで行い、移動相には水(C)とアセトニトリル(D)を用いた。グラジエント条件と流速は表2に記した。分析開始から16.1~18.0分に水のみで溶出される液をフラクションコレクターでガラスバイアルに回収した。ピークが隣接するピークからどの程度分離しているかを示す値である分離度をエルゴチオネインとセレノネインのピークについて計算すると、4.16であり、日本薬局方においてピークの完全分離と定められている分離度1.5を大きく上回っていた。セレノネイン粗精製液を全量HPLCに供し、得られた画分を混合し、ロータリーエバポレーターを用いて濃縮した。これを精製セレノネイン溶液とし、超純水で200μLとなるように調製した。前記工程3で得られたセレノネイン粗精製液を前記条件でPBrカラムに供した時のUV(260nm)クロマトグラムを図2に示す。網掛け部分はセレノネインが含まれる画分を示す。
【0040】
【表2】
【0041】
<工程5>セレノネインの分析
工程4で得られた精製セレノネイン溶液を、LC-ICP-MS、LC-PDA-MSで分析した。ICP-MSの分析条件は特許文献1及び非特許文献1を参考とした。すなわち、HPLCポンプ(Pu712,GLサイエンス株式会社)、サンプルインジェクター(9725i, Rheodyne 社)、カラムオーブン(C0631A、GLサイエンス株式会社)、ゲルろ過カラム (Ultrahydrogel 120,内径7.8mm×カラム長300mm,Waters Co.)、ICP-MS (ELAN DRCII,Perkin-Elmer社) を連結した装置に、0.1M酢酸アンモニウム水溶液を流速1.0 m Lで流した。カラムは0.1 M酢酸アンモニウム水溶液で平衡化し、カラムオーブンで40℃に加温して用いた。ICP-MSのダイナミックリアクションセル (DRC) 内に反応ガスとして酸素を導入し、硫黄-32の酸化物であるSO (分子量47.967) とセレン-80の酸化物であるSeO (分子量95.9114) をモニターした。
【0042】
LC-PDA-MS分析はLC-PDAシステムとしてUltimate 3000 (サーモフイッシヤーサイエンティフィック株式会社) システムを用い、カラム温度を30℃に保ったセミミクロカラムCosmosil PBr (内径2.0mm×150 mm、ナカライテスク株式会社) により、0.1%酢酸水溶液を流速0.3mL/minで流したアイソクラティック条件で、セレノネインを分析した。セレノネインの検出はUltimate 3000システム中のPDA検出器ならびにMSシステムとして飛行時間型質量分析計 micrOTOFQII (ブルカージャパン株式会社) で行なった。PDAによる検出は波長195~800 nmの吸収を検出し、セレノネインのイミダゾール環に由来する260nmの吸収をモニターした。MSによる検出は測定データからセレノネインの組成式 C9H15O2N3Seの[M+H]+であるm/z 278.0402を抽出した。
【0043】
ICP-MSによる硫黄とセレンの同時分析により、セレノネインをエルゴチオネインから単離精製したことを確認した。すなわち、SOをモニターした分析で得られたクロマトグラムを示す図4では、図3に示される標準エルゴチオネインのピークはまったく見られず、SeOをモニターした分析で得られたクロマトグラムを示す図5では、明瞭なピークが見られた。
また、LC-MS分析の結果、濃縮前の精製セレノネイン溶液は単量体のセレノネインを含むことが確認できた。また、濃縮後の精製セレノネイン溶液を分析して得られたUVクロマトグラム (260nm、PBrカラム:図6) により、単量体のセレノネインの他に、微量の二量体のセレノネインが含まれていることが確認された。
【0044】
<工程6>セレノネインの定量と回収率の計算
工程4の方法で得られた精製セレノネイン溶液を、特許文献1の新規セレン含有化合物に記載の蛍光法により総セレン濃度を測定した。その結果、総セレン濃度は13.72mMであった。図5のICP-MSクロマトグラムの結果から、総セレン濃度とセレノネイン濃度は等しいため、精製セレノネイン溶液中のセレノネイン量は2.744μmolと計算された。
また、このサンプルの希釈溶液を定量用標準品として、工程2のセレノネイン含有エキス中のセレノネイン量を測定した。その結果、セレノネイン含有エキス中のセレノネイン量は4.59μmo1であった。これらの値から本精製法によるセレノネインの回収率を計算したところ、59.78%の回収率であった。
また、実施例1の工程3のHPLCと、工程5の0.1%酢酸アンモニウム水、Ultrahydrogel 120カラム、LC条件を用いて精製セレノネイン溶液の純度を260nmの吸収で測定したところ、純度は74.4%であった。この、精製セレノネイン溶液の分析で得られたUVクロマトグラムを図7に示す。
【実施例2】
【0045】
<精製セレノネイン溶液の高純度化>
精製セレノネイン溶液をUltrahydrogel 120カラムによって高純度化した。実施例1の工程3で用いたHPLCと実施例2の0.1%酢酸アンモニウム水、Ultrahydrogel 120カラム、LC条件により、保持時間9.8から11.0分の溶出液をフラクションコレクターでガラスバイアルに回収した。79μLの精製セレノネイン溶液をHPLCに供し、溶出液を得た。溶出液をロータリーエバポレーターで50℃に加温しながら濃縮し、35μLの高純度精製セレノネイン溶液とした。実施例1の方法で高純度精製セレノネイン溶液の純度を測定したところ、純度は93.3%であった。この、高純度化セレノネイン溶液の分析で得られたUVクロマトグラムを図8に示す。図7のクロマトグラムに現れた不純物とみられるピークがなくなっているのが判る。また、このときの回収率は57.5%であった。
【0046】
[比較例1]
実施例1において、PBrカラムに代えC6フェニルカラムを使用した以外は同じ条件で行い、得られた試料を分析した結果を図9に示す。
この結果から明らかなようにエルゴチオネインとセレノネインの保持時間はそれぞれ4.822分と5.214分であるが、ベース部分が重なっており分離はできていなかった。また、その差も0.4分、分離度は0.99であり、ピークの完全分離とは認められず、インジェクション量が増えれば分離が困難になることは明らかである。
【0047】
[比較例2]
実施例1において、PBrカラムに代えC6カラムを使用し、その溶出に非特許文献1に記載される以下のグラジエント条件(表3参照)で実施し、得られた試料を分析した結果を図10に示す。
この結果から明らかなようにエルゴチオネインとセレノネインの保持時間はそれぞれ3.741分と4.079分であり分離はできているが、その差は0.3分、分離度は1.09しかなく、ピークの完全分離とは認められず、インジェクション量が増えれば分離が困難になることは明らかである。
【0048】
【表3】

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10