(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-24
(45)【発行日】2023-03-06
(54)【発明の名称】ポリイミド前駆体溶液
(51)【国際特許分類】
C08G 73/10 20060101AFI20230227BHJP
C08L 79/08 20060101ALI20230227BHJP
【FI】
C08G73/10
C08L79/08 A
(21)【出願番号】P 2019053238
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2022-01-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000004503
【氏名又は名称】ユニチカ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山田 祐己
(72)【発明者】
【氏名】杉本 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】吉田 猛
(72)【発明者】
【氏名】繁田 朗
(72)【発明者】
【氏名】越後 良彰
【審査官】堀内 建吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-078095(JP,A)
【文献】特開2020-152791(JP,A)
【文献】特開2016-199728(JP,A)
【文献】特開昭52-078237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 73/10
C08L 79/08
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下を特徴とするポリイミド(PI)前駆体溶液。
1)溶質が、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸ジエステル(s-BPAE)およ
び2,3,3′,4′-ビフェニルテトラカルボン酸ジエステル(a-BPAE)と、4,4′-オキシジアニリン(ODA)との塩
を含有する。
2)溶媒が、アミド系溶媒を実質的に含有しない。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリイミド(PI)前駆体溶液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PIは、耐熱性、耐薬品性、電気的特性、機械的特性などの特性が優れているので、電気・電子部品等で広く用いられている。なかでも、PI前駆体として、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(s-BPDA)と、4,4′-オキシジアニリン(ODA)とを重合反応させた高重合度のポリアミック酸(PAA)を含有する溶液から得られるPIフィルムは、耐熱性、寸法安定性、力学的特性等に、特に優れていることから、電子素子の表面保護膜、シ-ルド膜、層間絶縁膜等や、複写機の定着ベルト、中間転写ベルト等として、広く用いられている。このPI前駆体溶液は、高重合度のPAAを使用しているため、溶液のPAA濃度を約5~20質量%程度にしなければ、粘度が高くなり過ぎて、取り扱いが著しく困難になるという問題があった。
【0003】
このような問題点を解決するために、特許文献1~3には、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸ジエステル(s-BPAE)および2,3,3′,4′-ビフェニルテトラカルボン酸ジエステル(a-BPAE)と、ODAとの塩およびN-メチル-2-ピロリドン(NMP)等のアミド系溶媒からなる溶液を、PI前駆体溶液として用いる方法が開示されている。このような塩をPI前駆体として用いることにより、高濃度のPI前駆体溶液とすることができるが、これらの溶液においては、溶媒としてNMP等のアミド系溶媒を用いることが必要であった。また、これらの溶液においては、a-BPAEが必須成分であり、特許文献1の[0026]、特許文献2の[0029]には、「上記非対称性芳香族テトラカルボン酸ジエステルにおける2個のエステルとしては、ジ低級アルキルエステル、好ましくはジメチルエステル、ジエチルエステル、ジプロピルエステル等のC1-3アルキルエステル(特に、ジメチルエステル)が挙げられる」と記載されている。この理由として、特許文献1の[0037]および特許文献2の[0040]には、「対称性の芳香族テトラカルボン酸ジエステル、すなわちs-BPAEのみでは、得られるPIフィルムが結晶性を発現するため加熱処理中に被膜が粉化してしまいフィルム化することが出来ないためである」と記載されている。また、特許文献3の比較例1には、「s-BPAEとODAとからなる塩を含有するNMP溶液を用いて実施例1の処方と同様にポリイミド膜を形成しようとしたところ、熱処理中150℃付近から塗膜が粉化しはじめ最終的に粉状の被膜となったため、物性測定等は行えなかった」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許4803963号公報
【文献】特許4993846号公報
【文献】特許3534151号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1~3に開示されたPI前駆体溶液において用いられているNMP等のアミド系溶媒は、EU(欧州連合)のREACH(Registration,Evaluation,Authorisation and Restriction of Chemicals)規則において、SVHC(Substance of Very High Concern)、すなわち、高懸念物質リストに掲載されていることから、環境適合性の観点から問題のある溶媒であった。また、前記したように、対称性のs-BPDEのみとODAとの塩を含むPI前駆体溶液であって、結晶性のPIフィルムを得ることができるPI前駆体溶液は知られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明は、前記課題を解決するものであって、NMP等のアミド系溶媒を実質的に含有しない、高濃度の前記PI前駆体溶液の提供を目的とする。
【0007】
本発明は下記を趣旨とするものである。
以下を特徴とするPI前駆体溶液。
1)溶質が、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸ジエステル(s-BPAE)および2,3,3′,4′-ビフェニルテトラカルボン酸ジエステル(a-BPAE)と、4,4′-オキシジアニリン(ODA)との塩を含有する。
3)溶媒が、アミド系溶媒を実質的に含有しない。
【発明の効果】
【0008】
本発明のPI前駆体溶液はNMP等のアミド系溶媒を実質的に含有しないので、環境適合性が良好である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0010】
本発明のPI前駆体溶液は、溶質が、s-BPAEおよびa-BPAEと、ODAとの塩を含有する。
溶質として、s-BPAE単独のODA塩を用いることにより結晶性のPIフィルムを得ることができる。
ODAは、p-フェニレンジアミン、m-フェニレンジアミン、3,4′-オキシジアニリン、4,4′-ジアミノジフェニルメタン、4,4′-ジアミノジフェニルチオエ-テル、4,4′-ジアミノジフェニルスルホン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、4,4′-(4-アミノフェノキシ)ジフェニルスルホン、4,4′-(4-アミノフェノキシ)ビフェニル等他のジアミンと併用することができる。これら他のジアミンは、ジアミン全体に対し、30モル%以下とすることが好ましい。
s-BPAEおよびa-BPAEと、ODAとの塩は、s-BPAEおよびa-BPAEと、ジアミン(ODAまたはODAと他のジアミンとの混合物)とのモル比を、1.05/0.95~0.95/1.05((s-BPAEおよびa-BPAE)/ODA)とすることにより形成させることができる。
【0011】
本発明のPI前駆体溶液は、溶媒が、NMP等のアミド系溶媒を実質的に含有しない。ここで「実質的に含有しない」とは、アミド系溶媒の含有量が、全溶媒質量に対し、5質量%以下であることをいう。アミド系溶媒の含有量は1質量%以下であることが好ましく、0質量%であることがより好ましい。
このようにすることにより、良好な環境適合性を得ることができる。なお、アミド系溶媒とは、NMP以外に、N-エチル-2-ピロリドン、N-シクロヘキシル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等アミド結合を有する溶媒をいう。
【0012】
本発明のPI前駆体溶液においては、アミド系溶媒を実質的に含有しない溶媒としてアルコール系溶媒を用いることが好ましく、なかでも、溶媒100℃以上のアルコール系溶媒(以下、「アルコールA」と略記することがある)を用いることが好ましい。 アルコールAの具体例としては、エチレングリコール(EG)、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、2-ブテン-1,4-ジオール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、グリセリン、2-エチル-2-ヒドロキシメチル-1,3-プロパンジオール、1,2,6-ヘキサントリオール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ブタノール、ヘプタノール、ヘキサノール、オクタノール、ペンタノール等を挙げることができる。これらの中で、EG、ジエチレングルコールが好ましい。
これらは単独あるいは混合して用いることができる。また、アルコール系溶媒とエーテル系溶媒、エステル系溶媒とを混合して用いることもできる。エーテル系溶媒の具体例としては、グライム、ジグライム、トリグライム、テトラグライム等を挙げることができる。エステル系溶媒の具体例としては、γ―ブチロラクトン、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等を挙げることができる。PI前駆体溶液を構成する溶媒としてアルコール溶媒Aを用いることにより、s-BPAEを用いた場合であっても、この前駆体溶液から、強靭な結晶性PIフィルムを得ることができる。
【0013】
本発明のPI前駆体溶液の溶質を構成するs-BPAEおよびa-BPAEは、公知の方法を用い、s-BPDAおよびa-BPAEと過剰のアルコールとを、加熱して反応させることにより得られる。ここで用いられるアルコールに制限はなく、前記したアルコールA以外に、メタノール、エタノール、プロパノール等沸点が100℃未満のアルコールも用いることができる。s-BPDAとアルコールとを反応させる際には、前記したエーテル系溶媒、エステル系溶媒等が共存していてもよい。
【0014】
また、前記エステル化反応に際しては、反応を促進する目的で触媒(エステル化触媒)を配合することができる。触媒の具体例としては、トリエチルアミン、ジメチルアミノエタノール、2-メチルイミダゾ-ル、ε-カプロラクタム、シュウ酸、リン酸、リン酸トリフェニル等の酸またはそのエステル化物等を挙げることができる。これらの配合量は、塩質量に対し、0.01~20質量%が好ましい。なお、これらエステル化触媒は、後述する重合、イミド化の際の触媒としても作用する。
【0015】
このようにして得られた、s-BPAEおよびa-BPAE溶液に、前記したODAまたはこれを含むジアミン混合物を、s-BPAEおよびa-BPAEと塩を形成するように加え、30~100℃で1~10時間攪拌して均一に溶解させることにより、本発明のPI前駆体溶液を得ることができる。この際、必要に応じ、溶媒の希釈または濃縮をすることができる。 なお、s-BPAEおよびa-BPAEは別途合成して単離したものを用いてもよい。
【0016】
本発明のPI前駆体溶液の塩濃度としては、25~70質量%とすることが好ましく、30~60質量%とすることがより好ましい。このようにすることにより、良好な塗工性を有する高濃度PI前駆体溶液とすることができる。
【0017】
本発明のPI前駆体溶液には、ファーネスブラック、チャンネルブラック、アセチレンブラック、サーマルブラック等のカーボンブラック(CB)を配合して、均一な分散液とすることができる。
【0018】
本発明のPI前駆体溶液には、前記CB以外のフィラも配合することができる。フィラの種類に制限は無く、有機フィラ、無機フィラおよびその混合物等を用いることができる。有機フィラの具体例としては、スチレン、ビニルケトン、アクリロニトリル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、グリシジルメタクリレート、グリシジルアクリレート、アクリル酸メチル等の単独重合体または2種類以上の共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、4フッ化エチレン-6フッ化プロピレン共重合体、4フッ化エチレン-エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド等の重合体からなる粒子を挙げることができる。有機フィラは、単独または2種以上を混合して用いることができる。無機フィラの具体例としては、アルミナ、シリカ、二酸化チタン、硫酸バリウムまたは炭酸カルシウム等からなる粉体を挙げることができる。無機フィラは、単独または2種以上を混合して用いることができる。
【0019】
本発明のPI前駆体溶液には、必要に応じて、例えば、各種界面活性剤、レベリング剤、シランカップリング剤等、公知の添加物を添加することができる。
【0020】
本発明のPI前駆体溶液は、基材(ガラス基板、金属箔等)に塗布後、熱処理して重合、イミド化することにより、PI前駆体塗膜をPI被膜に変換して積層体とし、しかる後、PIフィルムを基材から剥離することにより、PIフィルムとすることができる。なお、前記積層体は、PI被膜を剥離することなく、積層体として用いることもできる。乾燥、熱硬化に際しては、通常の熱風乾燥器、赤外線ランプ等を用い、40℃から400℃程度まで、徐々に昇温していくことが好ましい。また、乾燥、熱硬化は、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。このようにすることにより、塗膜の発泡等を起こさせることなく、均一な表面のPIフィルムを得ることができる。
【0021】
本発明のPI前駆体溶液は、円筒状の金型に塗工、乾燥、熱硬化し、金型から剥離することにより、シームレスの円筒状PIベルトとすることができる。このようなPIベルトは、複写機用の定着ベルト、中間転写ベルト等として用いることができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0023】
<参考例1>
還流管、窒素ガス導入管、攪拌機付のフラスコに、s-BPDA 179.7g(0.61モル)、EG 400g(6.43モル)を投入し、N2 流通下、80℃で2時間、120℃で2時間攪拌して反応させることにより、均一なs-BPAE溶液を得た。次いで70℃まで冷却後、ODA122.3g(0.61モル)を投入し、5時間攪拌して、固形分濃度が43質量%の粘稠な均一溶液(L-1)を得た。L-1に対し、シリコン系界面活性剤を0.1重量%の割合で添加した溶液を用い、アプリケ-タ-にてガラス板に塗布し、窒素ガス雰囲気下、100℃から350℃まで5時間かけて連続的に昇温後、350℃で2時間加熱処理して、重合、イミド化することにより、厚み20μmのPI被膜を得た。この被膜をガラス板から剥離して、透明で強靭なPIフィルム(F-1)を得た。 これが、PIであることは、IRスペクトルにより確認した。さらに、F-1は、s-BPDAとODAとを反応させて得られる高重合度のポリアミック酸溶液を用いて得られるPIフィルムと同等の力学的特性および耐熱性を有していることを確認した。
【0024】
<参考例2>
「EG 400g」を「EG350gとジグライム50gとからなる混合溶媒」としたこと以外は、参考例1と同様にして均一溶液(L-2)を得た。L-2を用い、参考例1と同様にして成膜、加熱処理し、透明で強靭なPIフィルム(F-2)を得た。F-2は、参考例1で得られたF-1と同等の特性を有していた。
【0025】
<実施例1>
「s-BPDA 0.61モル」を「s-BPDA 0.305モルとa-BPDA 0.305モルとからなる混合物」としたこと以外は、参考例1と同様にして均一溶液(L-3)を得た。L-3を用い、参考例1と同様にして成膜、加熱処理し、透明で強靭なPIフィルム(F-3)を得た。F-3は、s-BPDAとa-BPDAとの当モル混合物とODAとを等モルで反応させて得られる高重合度のポリアミック酸溶液を用いて得られるPIフィルムと同等の力学的特性および耐熱性を有していることを確認した。
【0026】
<参考例3>
「s-BPDA 0.61モル」を「a-BPDA 0.61モル」としたこと以外は、参考例1と同様にして均一溶液(L-4)を得た。L-4を用い、参考例1と同様して成膜、加熱処理し、透明で強靭なPIフィルム(F-4)を得た。F-4は、a-BPDAとODAとを等モルで反応させて得られる高重合度のポリアミック酸溶液を用いて得られるPIフィルムと同等の力学的特性および耐熱性を有していることを確認した。
【0027】
実施例で示したように、本発明のs-BPAEおよびa-BPAEとODAとの塩からなる溶質を含み、溶媒としてアミド系溶媒を含まないPI前駆体溶液から、強靭なPIフィルムが得られることが判る。この溶液は、アミド系溶媒を含まないので、環境適合性に優れていることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のPI前駆体溶液は、高濃度であり、この溶液から、結晶性のPIフィルムを得ることができる。得られたPIフィルムは、電子素子の表面保護膜、シ-ルド膜、層間絶縁膜等や、複写機の定着ベルト、中間転写ベルト等として、好適に用いることができる。