(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-24
(45)【発行日】2023-03-06
(54)【発明の名称】心臓シミュレータ
(51)【国際特許分類】
G09B 23/30 20060101AFI20230227BHJP
G09B 9/00 20060101ALI20230227BHJP
【FI】
G09B23/30
G09B9/00 Z
(21)【出願番号】P 2018226404
(22)【出願日】2018-12-03
【審査請求日】2021-09-10
(73)【特許権者】
【識別番号】390030731
【氏名又は名称】朝日インテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160691
【氏名又は名称】田邊 淳也
(74)【代理人】
【識別番号】100157277
【氏名又は名称】板倉 幸恵
(72)【発明者】
【氏名】浪間 聡志
(72)【発明者】
【氏名】中田 昌和
【審査官】前地 純一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/075732(WO,A1)
【文献】実開平05-050477(JP,U)
【文献】特開2012-068505(JP,A)
【文献】特開2011-064918(JP,A)
【文献】特開2008-237304(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0027345(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 1/00- 9/56
G09B 17/00-19/26
G09B 23/00-29/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
心臓シミュレータであって、
心臓を模した心臓モデルと、
前記心臓モデルに隣接して配置された心臓血管モデルと、
前記心臓血管モデルの先端の開口付近に設けられ、前記開口から流出した流体を拡散させることによって、心臓表面の毛細血管を模擬した拡散流路を形成する流路形成部と、
を備え
、
前記流路形成部は、複数の細孔を有する多孔質体を備える、心臓シミュレータ。
【請求項2】
請求項
1に記載の心臓シミュレータであって、
前記流路形成部は、さらに、
前記多孔質体の前記細孔に充填された弾性体を備える、心臓シミュレータ。
【請求項3】
請求項
1または請求項
2に記載の心臓シミュレータであって、
前記流路形成部は、さらに、
前記心臓モデルの表面を覆う膜状の心膜部を備え、
前記心臓血管モデルの先端と、前記多孔質体とは、前記心膜部の内面と前記心臓モデルの表面との間の空間に収容されている、心臓シミュレータ。
【請求項4】
請求項
3に記載の心臓シミュレータであって、
前記心臓血管モデルの少なくとも一部は、前記心膜部の内面に固定されている、心臓シミュレータ。
【請求項5】
請求項
1から請求項
4のいずれか一項に記載の心臓シミュレータであって、
前記流路形成部の前記多孔質体における前記細孔の密度は、基端側よりも先端側の方が高密度である、心臓シミュレータ。
【請求項6】
請求項1に記載の心臓シミュレータであって、
前記流路形成部は、
前記心臓血管モデルの先端を収容して前記心臓モデルの表面を覆う膜状の心膜部と、
前記心膜部の内面と前記心臓モデルの表面との間の空間に配置された複数の粒状体と、
を備える、心臓シミュレータ。
【請求項7】
請求項
6に記載の心臓シミュレータであって、
前記心臓血管モデルの少なくとも一部は、前記心膜部の内面に固定されている、心臓シミュレータ。
【請求項8】
請求項
6または請求項
7に記載の心臓シミュレータであって、
前記流路形成部の前記粒状体の径が不均一である、心臓シミュレータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心臓シミュレータに関する。
【背景技術】
【0002】
循環器系や消化器系等の生体管腔内への低侵襲な治療または検査のために、カテーテル等の医療用デバイスが使用されている。例えば、特許文献1~3には、医師等の術者が、これらの医療用デバイスを用いた手技を模擬することが可能なシミュレータ(模擬人体や模擬血管)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-68505号公報
【文献】特開2014-228803号公報
【文献】特開2017-53897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、カテーテルを用いた治療または検査においては、血流速度や血液の粘性といった循環動態、あるいは血管の閉塞状態等を把握するために、血管造影が用いられることがある。血管造影では、血管内に挿入されたカテーテルからX線透過度の低い造影剤を注入して、X線撮影を行う。術者は、得られたX線画像(静止画像または動画像)におけるコントラストの変化から、造影剤の流れの様子を観察することで、循環動態や血管状態を把握することができる。
【0005】
このため、シミュレータ(模擬人体や模擬血管)において造影剤を用いる場合、造影剤の流れを実際の生体に近づけることが求められる。この点、特許文献1に記載の模擬人体では、模擬左冠動脈及び模擬右冠動脈を心臓モデル内部の貯留空間へ接続することで、貯留空間において造影剤を希釈している。しかし、特許文献1に記載の技術では、高濃度の造影剤が希釈されるまでは時間がかかるという課題があった。また、特許文献2に記載のシミュレータでは、静脈を模した形状に形成された流路へと造影剤を誘導している。しかし、特許文献2に記載の技術では、造影剤が希釈されずに高濃度のまま流路へと流れ込むため、観察する角度によっては実際とかけ離れた像が得られるという課題があった。また、特許文献3に記載の模擬血管では、造影剤の使用について何ら考慮されていない。
【0006】
本発明は、上述した課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、造影剤使用時における造影剤の流れを実際の生体に似せた心臓シミュレータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態として実現することが可能である。
【0008】
(1)本発明の一形態によれば、心臓シミュレータが提供される。この心臓シミュレータは、心臓を模した心臓モデルと、前記心臓モデルに隣接して配置された心臓血管モデルと、前記心臓血管モデルの先端の開口付近に設けられ、前記開口から流出した流体を拡散させることによって、心臓表面の毛細血管を模擬した拡散流路を形成する流路形成部と、を備える。
【0009】
この構成によれば、心臓シミュレータは、心臓血管モデルの先端の開口から流出した流体を拡散させることによって、心臓表面の毛細血管を模擬した拡散流路を形成する流路形成部を備える。このため、本構成の心臓シミュレータでは、造影剤使用時における造影剤の流れ(X線画像)を、心臓表面の細動脈に沿って拡がったのち細静脈に拡散して消える、という実際の生体に似せることができる。
【0010】
(2)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記流路形成部は、複数の細孔を有する多孔質体を備えていてもよい。この構成によれば、流路形成部は、複数の細孔を有する多孔質体を備える。多孔質体は、心臓血管モデルに流れ込んだ造影剤の圧力及び流速を分散させる拡散流路(緩衝流路)として機能するため、造影剤使用時における造影剤の流れを、心臓表面の細動脈に沿って拡がったのち細静脈に拡散して消える、という実際の生体に似せることができる。
【0011】
(3)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記流路形成部は、さらに、前記多孔質体の前記細孔に充填された弾性体を備えていてもよい。この構成によれば、流路形成部は、さらに、多孔質体の細孔に充填された弾性体を備えるため、心臓血管モデル内の圧力が低い間は多孔質体の各細孔を封止し、造影剤の流入によって心臓血管モデル内の圧力が高まった際には多孔質体の各細孔を開放することができる。このため、本構成によれば例えば、心臓シミュレータを流体(水や生理食塩水等)に浸した湿潤状態で使用する場合において、心臓シミュレータの周囲を満たす流体が、多孔質体の各細孔から心臓血管モデル内へと逆流することを抑制できる。
【0012】
(4)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記流路形成部は、さらに、前記心臓モデルの表面を覆う膜状の心膜部を備え、前記心臓血管モデルの先端と、前記多孔質体とは、前記心膜部の内面と前記心臓モデルの表面との間の空間に収容されていてもよい。この構成によれば、流路形成部は、さらに、心臓モデルの表面を覆う膜状の心膜部を備え、心臓血管モデルの先端と多孔質体とは、心膜部の内面と心臓モデルの表面との間の空間に収容されている。このため、本構成の流路形成部によれば、心膜部によって、実際の生体における側壁心膜及び線維性心膜を模擬すると共に、心膜部の内面と心臓モデルの表面との間の空間によって、実際の生体における心膜腔を模擬できる。このため、本構成の心臓シミュレータでは、造影剤使用時における造影剤の流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0013】
(5)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記心臓血管モデルの少なくとも一部は、前記心膜部の内面に固定されていてもよい。この構成によれば、心臓血管モデルの少なくとも一部は、心膜部の内面に固定されているため、心臓血管モデルと心膜部との位置関係を所望の位置に維持できる。
【0014】
(6)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記流路形成部の前記多孔質体における前記細孔の密度は、基端側よりも先端側の方が高密度であってもよい。この構成によれば、多孔質体における細孔の密度は、基端側よりも先端側の方が高密度とされているため、造影剤の流出及び拡散量を、基端側よりも先端側においてより多くできる。このため、本構成の心臓シミュレータでは、造影剤使用時における造影剤の流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0015】
(7)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記流路形成部は、前記心臓血管モデルの先端を収容して前記心臓モデルの表面を覆う膜状の心膜部と、前記心膜部の内面と前記心臓モデルの表面との間の空間に配置された複数の粒状体と、を備えていてもよい。この構成によれば、流路形成部は、心臓血管モデルの先端を収容して心臓モデルの表面を覆う膜状の心膜部と、心膜部の内面と心臓モデルの表面との間の空間に配置された複数の粒状体と備える。複数の粒状体は、心臓血管モデルの先端から流出した造影剤を、その表面や各粒状体の隙間を伝って拡散させる拡散流路として機能するため、造影剤使用時における造影剤の流れを、心臓表面の細動脈に沿って拡がったのち細静脈に拡散して消える、という実際の生体に似せることができる。
【0016】
(8)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記心臓血管モデルの少なくとも一部は、前記心膜部の内面に固定されていてもよい。この構成によれば、心臓血管モデルの少なくとも一部は、心膜部の内面に固定されているため、心臓血管モデルと心膜部との位置関係を所望の位置に維持できる。
【0017】
(9)上記形態の心臓シミュレータにおいて、前記流路形成部の前記粒状体の径が不均一であってもよい。この構成によれば、流路形成部の粒状体の径が不均一であるため、造影剤の拡散流路も同様に不均一とすることができる。このため、本構成の心臓シミュレータでは、造影剤使用時における造影剤の流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0018】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、心臓モデル、心臓血管モデル、心臓モデルと心臓血管モデルとを含む心臓シミュレータ、これらの少なくとも一部を含む人体シミュレーション装置、人体シミュレーション装置の制御方法などの形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】人体シミュレーション装置の概略構成を示す図である。
【
図2】人体シミュレーション装置の概略構成を示す図である。
【
図6】心臓シミュレータの概略構成を示す図である。
【
図7】心臓シミュレータの概略構成を示す図である。
【
図10】第2実施形態の心臓シミュレータの概略構成を示す図である。
【
図11】第2実施形態の心臓シミュレータの概略構成を示す図である。
【
図13】第3実施形態の心臓シミュレータの概略構成を示す図である。
【
図14】第4実施形態の流路形成部が備える多孔質体の説明図である。
【
図15】第5実施形態の流路形成部が備える多孔質体の説明図である。
【
図16】第6実施形態の流路形成部が備える多孔質体の説明図である。
【
図17】第7実施形態の流路形成部における造影剤の拡散の様子を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<第1実施形態>
図1及び
図2は、人体シミュレーション装置1の概略構成を示す図である。本実施形態の人体シミュレーション装置1は、人体の循環器系、消化器系、呼吸器系等の生体管腔内に対する、カテーテルやガイドワイヤ等の、低侵襲な治療または検査のための医療用デバイスを用いた治療または検査の手技を模擬するために使用される装置である。人体シミュレーション装置1は、モデル10と、収容部20と、制御部40と、入力部45と、脈動部50と、拍動部60と、呼吸動作部70とを備えている。
【0021】
図2に示すように、モデル10は、人体の心臓を模した心臓モデル110と、肺を模した肺モデル120と、横隔膜を模した横隔膜モデル170と、脳を模した脳モデル130と、肝臓を模した肝臓モデル140と、下肢を模した下肢モデル150と、大動脈を模した大動脈モデル160とを備えている。以降、心臓モデル110、肺モデル120、横隔膜モデル170、脳モデル130、肝臓モデル140、及び下肢モデル150を総称して「生体モデル」とも呼ぶ。肺モデル120と横隔膜モデル170とを総称して「呼吸器モデル」とも呼ぶ。肺モデル120と横隔膜モデル170とを除く各生体モデルは、大動脈モデル160に接続されている。モデル10の詳細は後述する。
【0022】
収容部20は、水槽21と、被覆部22とを備える。水槽21は、上部が開口した略直方体状の水槽である。
図1に示すように、水槽21の内部に流体を満たした状態で、水槽21の底面にモデル10が裁置されることで、モデル10が流体内に没する。本実施形態では流体として水(液体)を使用するため、モデル10を実際の人体と同様に湿潤状態に保つことできる。なお、流体としては他の液体(例えば、生理食塩水、任意の化合物の水溶液等)を採用してもよい。水槽21に充填された流体は、モデル10の大動脈モデル160等の内部に取り込まれ、血液を模擬した「模擬血液」として機能する。
【0023】
被覆部22は、水槽21の開口を覆う板状の部材である。被覆部22の一方の面を流体に接触させ、他方の面を外気に接触させた状態で被覆部22を裁置することにより、被覆部22は波消し板として機能する。これにより、水槽21の内部の流体が波打つことによる視認性の低下を抑制できる。本実施形態の水槽21及び被覆部22は、X線透過性を有すると共に透明性の高い合成樹脂(例えばアクリル樹脂)で形成されているため、外部からのモデル10の視認性を向上できる。なお、水槽21及び被覆部22は他の合成樹脂を用いて形成されていてもよく、水槽21と被覆部22とが異なる材料で形成されていてもよい。
【0024】
制御部40は、図示しないCPU、ROM、RAM、及び記憶部を備え、ROMに格納されているコンピュータプログラムをRAMに展開して実行することにより、脈動部50、拍動部60、及び呼吸動作部70の動作を制御する。入力部45は、利用者が人体シミュレーション装置1に対して情報を入力するために使用される種々のインターフェースである。入力部45としては、例えば、タッチパネル、キーボード、操作ボタン、操作ダイヤル、マイク等を採用できる。以降、入力部45としてタッチパネルを例示する。
【0025】
脈動部50は、大動脈モデル160に対して脈動させた流体を送出する「流体供給部」である。具体的には、脈動部50は、
図1において白抜き矢印で示すように、水槽21内の流体を循環させて、モデル10の大動脈モデル160へと供給する。本実施形態の脈動部50は、フィルタ55と、循環ポンプ56と、脈動ポンプ57とを備えている。フィルタ55は、管状体31を介して水槽21の開口21Oと接続されている。フィルタ55は、フィルタ55を通過する流体を濾過することで、流体中の不純物(例えば、手技で使用された造影剤等)を除去する。循環ポンプ56は、例えば、非容積式の遠心ポンプであり、水槽21から管状体31を介して供給される流体を、一定の流量で循環させる。
【0026】
脈動ポンプ57は、例えば、容積式の往復ポンプであり、循環ポンプ56から送出された流体に脈動を加える。脈動ポンプ57は、管状体51を介してモデル10の大動脈モデル160と接続されている(
図2)。このため、脈動ポンプ57から送出された流体は、大動脈モデル160の内腔へと供給される。なお、脈動ポンプ57としては、往復ポンプに代えて、低速運転させた回転ポンプを利用してもよい。また、フィルタ55及び循環ポンプ56は省略してもよい。管状体31及び管状体51は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)で形成された可撓性を有するチューブである。
【0027】
拍動部60は、心臓モデル110を拍動させる。具体的には、拍動部60は、
図1において斜線ハッチングを付した矢印で示すように、心臓モデル110の内腔に流体の送出を行うことで心臓モデル110を拡張させ、心臓モデル110の内腔の流体の吸出を行うことで心臓モデル110を収縮させる。拍動部60は、これら送出及び吸出動作を繰り返すことで、心臓モデル110の拍動動作(拡張及び収縮動作)を実現する。拍動部60において使用される流体(以降、「拡張媒体」とも呼ぶ)としては、模擬血液と同様に、液体が使用されてもよく、例えば空気等の気体が使用されてもよい。拡張媒体は、ベンゼン、エタノール等の有機溶媒や、水等の放射線透過性の液体であることが好ましい。拍動部60は、例えば、容積式の往復ポンプを用いて実現できる。拍動部60は、管状体61を介してモデル10の心臓モデル110と接続されている(
図2)。管状体61は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)で形成された可撓性を有するチューブである。
【0028】
呼吸動作部70は、肺モデル120及び横隔膜モデル170に呼吸動作を模擬した動作をさせる。具体的には、呼吸動作部70は、
図1においてドットハッチングを付した矢印で示すように、肺モデル120の内腔と横隔膜モデル170とに対する流体の送出を行うことで、肺モデル120を拡張させると共に横隔膜モデル170を収縮させる。また、呼吸動作部70は、肺モデル120の内腔と横隔膜モデル170とから流体の吸出を行うことで、肺モデル120を収縮させると共に横隔膜モデル170を弛緩させる。呼吸動作部70は、これら送出及び吸出動作を繰り返すことで、肺モデル120及び横隔膜モデル170の呼吸動作を実現する。呼吸動作部70において使用される流体としては、模擬血液と同様に、液体が使用されてもよく、例えば空気等の気体が使用されてもよい。呼吸動作部70は、例えば、容積式の往復ポンプを用いて実現できる。呼吸動作部70は、管状体71を介してモデル10の肺モデル120と接続され、管状体72を介して横隔膜モデル170と接続されている(
図2)。管状体71,72は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)で形成された可撓性を有するチューブである。
【0029】
図3は、大動脈モデル160の概略構成を示す図である。大動脈モデル160は、人体の大動脈を模した各部、すなわち、上行大動脈を模した上行大動脈部161と、大動脈弓を模した大動脈弓部162と、腹部大動脈を模した腹部大動脈部163と、総腸骨大動脈を模した総腸骨大動脈部164とで構成されている。
【0030】
大動脈モデル160は、上行大動脈部161の端部において、心臓モデル110を接続するための第2接続部161Jを備えている。同様に、大動脈弓部162の近傍において、脳モデル130を接続するための第1接続部162Jを備え、腹部大動脈部163の近傍において、肝臓モデル140を接続するための第3接続部163Jaを備え、総腸骨大動脈部164の端部において、左右の下肢モデル150を接続するための2つの第4接続部164Jを備えている。なお、第2接続部161Jは上行大動脈部161またはその近傍に配置されていれば足り、第4接続部164Jは総腸骨大動脈部164またはその近傍に配置されていれば足りる。以降、これらの第1~第4接続部161J~164Jを総称して「生体モデル接続部」とも呼ぶ。また、大動脈モデル160は、腹部大動脈部163の近傍において、脈動部50を接続するための流体供給部接続部163Jbを備えている。なお、流体供給部接続部163Jbは、腹部大動脈部163の近傍に限らず、上行大動脈部161の近傍や、脳血管モデル131(例えば、総頸動脈)の近傍等の任意の位置に配置されてよい。また、大動脈モデル160は、異なる位置に配置された複数の流体供給部接続部163Jbを備えてもよい。
【0031】
また、大動脈モデル160の内部には、上述した生体モデル接続部及び流体供給部接続部(第1接続部162J、第2接続部161J、第3接続部163Ja、2つの第4接続部164J、流体供給部接続部163Jb)においてそれぞれ開口した内腔160Lが形成されている。内腔160Lは、脈動部50から供給された模擬血液(流体)を、心臓モデル110、脳モデル130、肝臓モデル140、及び下肢モデル150へと輸送するための流路として機能する。
【0032】
本実施形態の大動脈モデル160は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えば、ポリビニルアルコール(PVA)、シリコン等)により形成されている。特に、PVAを使用する場合、PVAの親水性によって、液体内に没した大動脈モデル160の触感を、実際の人体の大動脈の触感に似せることができる点で好ましい。
【0033】
大動脈モデル160は、例えば、次のようにして作製できる。まず、人体の大動脈の形状を模した型を準備する。型は、実際の人体のコンピュータ断層撮影(CT:Computed Tomography)画像や、核磁気共鳴画像法(MRI:Magnetic Resonance Imaging)画像等を解析して生成された人体モデルデータのうち、大動脈に相当する部分のデータを、例えば3Dプリンタに入力して印刷することによって作製できる。型は、石膏であってもよく、金属であってもよく、樹脂であってもよい。次に、準備した型の内側に、液状にした合成樹脂材料を塗布し、合成樹脂材料が冷え固まったのち脱型する。このようにすれば、内腔160Lを有する大動脈モデル160を、簡単に作製できる。
【0034】
図4及び
図5は、モデル10の概略構成を示す図である。
図4に示すように、心臓モデル110は、心臓を模した形状であり、内部には内腔110Lが形成されている。本実施形態の心臓モデル110は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えば、シリコン等)により形成され、大動脈モデル160と同様に、人体モデルデータから作製された型の内側に合成樹脂材料を塗布し脱型することで作製し得る。また、心臓モデル110は、心臓血管モデル111に接続されると共に、管状体115を備えている。心臓血管モデル111は、上行大動脈の一部と冠動脈とを模した管状の血管モデルであり、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えば、PVA、シリコン等)により形成されている。管状体115は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)で形成された可撓性を有するチューブである。管状体115は、先端115Dが心臓モデル110の内腔110Lに連通するよう接続され、基端115Pが拍動部60へと繋がる管状体61に連通するよう接続されている。
【0035】
肺モデル120は、右肺及び左肺をそれぞれ模した形状であり、内部には、右肺と左肺とが連通した状態の1つの内腔120Lが形成されている。肺モデル120は、心臓モデル110の左右を覆う配置とされている。肺モデル120の作製に採用し得る材料及び製法は、心臓モデル110と同様である。肺モデル120の材料と心臓モデル110の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、肺モデル120は、気管の一部を模した管状のモデルである気管モデル121を備えている。気管モデル121は、心臓モデル110の管状体115と同様の材料で作製できる。気管モデル121の材料と管状体115の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。気管モデル121は、先端121Dが肺モデル120の内腔120Lに連通するよう接続され、基端121Pが呼吸動作部70へと繋がる管状体71に連通するよう接続されている。
【0036】
横隔膜モデル170は、横隔膜を模した形状であり、内部には内腔170Lが形成されている。横隔膜モデル170は、心臓モデル110の下方(換言すれば、心臓モデル110を挟んで脳モデル130とは逆方向)に配置されている。横隔膜モデル170の作製に採用し得る材料及び製法は、心臓モデル110と同様である。横隔膜モデル170の材料と心臓モデル110の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、横隔膜モデル170には、横隔膜モデル170の内腔170Lと管状体72の内腔とを連通させた状態で、呼吸動作部70へと繋がる管状体72が接続されている。
【0037】
脳モデル130は、脳を模した形状であり、内腔を有さない中実形状である。脳モデル130は、心臓モデル110の上方(換言すれば、心臓モデル110を挟んで横隔膜モデル170とは逆方向)に配置されている。脳モデル130の作製に採用し得る材料及び製法は、心臓モデル110と同様である。脳モデル130の材料と心臓モデル110の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、脳モデル130は、左右で一対の総頸動脈から左右で一対の椎骨動脈を含む主要動脈のうち少なくとも一部を模した管状の血管モデルである脳血管モデル131に接続されている。脳血管モデル131は、心臓モデル110の心臓血管モデル111と同様の材料で作製できる。脳血管モデル131の材料と心臓血管モデル111の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、図示していないが、脳血管モデル131は動脈だけでなく、上大脳静脈や直静脈洞を含む主要静脈を模擬していてもよい。
【0038】
なお、脳モデル130は、ヒトの頭蓋及び頸椎を模した骨モデルをさらに備えた複合体であってもよい。例えば、頭蓋は、頭頂骨、側頭骨、後頭骨、蝶形骨を模擬した硬質樹脂ケースと、前頭骨を模擬した蓋と、を有し、頸椎は、内部に血管モデルが通過可能な貫通孔を有する矩形の樹脂体を複数有していてもよい。骨モデルを備える場合、骨モデルは血管モデル、脳モデル等の臓器モデルとは硬度の異なる樹脂で作製され、例えば、頭蓋をアクリル樹脂、椎骨をPVAで作製することができる。
【0039】
脳血管モデル131は、先端131Dが脳モデル130に接続され、基端131Pが大動脈モデル160の第1接続部162J(例えば、ヒトにおける腕頭動脈、鎖骨下動脈、またはその近傍)に接続されている。脳血管モデル131の先端131Dは、椎骨を通過する椎骨動脈および脳モデル130の表面及び/または内部へと配設された他の血管(例えば、後大脳動脈、中大脳動脈)を模していてもよく、さらに後交通動脈を模して総頸動脈末梢部と接続してもよい。また、脳血管モデル131の基端131Pは、脳血管モデル131の内腔と、大動脈モデル160の内腔160Lとを連通させた状態で、第1接続部162Jに接続されている。
【0040】
肝臓モデル140は、肝臓を模した形状であり、内腔を有さない中実形状である。肝臓モデル140は、横隔膜モデル170の下方に配置されている。肝臓モデル140の作製に採用し得る材料及び製法は、心臓モデル110と同様である。肝臓モデル140の材料と心臓モデル110の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、肝臓モデル140は、肝動脈の一部を模した管状の血管モデルである肝臓血管モデル141に接続されている。肝臓血管モデル141は、心臓モデル110の心臓血管モデル111と同様の材料で作製できる。肝臓血管モデル141の材料と心臓血管モデル111の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。
【0041】
肝臓血管モデル141は、先端141Dが肝臓モデル140に接続され、基端141Pが大動脈モデル160の第3接続部163Jaに接続されている。肝臓血管モデル141の先端141Dは、肝臓モデル140の表面及び/または内部へと配設された他の血管(例えば、肝動脈)を模していてもよい。また、肝臓血管モデル141の基端141Pは、肝臓血管モデル141の内腔と、大動脈モデル160の内腔160Lとを連通させた状態で、第3接続部163Jaに接続されている。
【0042】
図5に示すように、下肢モデル150は、右足に相当する下肢モデル150Rと、左足に相当する下肢モデル150Lと、を備えている。下肢モデル150R,Lは、左右対称である点を除いて同じ構成を有するため、以降は区別せず「下肢モデル150」として説明する。下肢モデル150は、太腿にある大腿四頭筋や下腿の前脛骨筋、長腓骨筋や長趾伸筋等の主要組織のうち少なくとも一部を模した形状であり、内腔を有さない中実形状である。下肢モデル150の作製に採用し得る材料及び製法は、心臓モデル110と同様である。下肢モデル150の材料と心臓モデル110の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、下肢モデル150は、大腿動脈から足背動脈を含む主要動脈のうち少なくとも一部を模した管状の血管モデルである下肢血管モデル151(下肢血管モデル151R,L)に接続されている。下肢血管モデル151は、心臓モデル110の心臓血管モデル111と同様の材料で作製できる。下肢血管モデル151の材料と心臓血管モデル111の材料は同じであってもよく、相違していてもよい。また、図示していないが、下肢血管モデル151は動脈だけでなく、総骨腸静脈から大伏在静脈を含む主要静脈を模擬していてもよい。
【0043】
下肢血管モデル151は、下肢モデル150の内部を、太腿から下腿側に向かって延伸方向に沿って延びる配置とされている。下肢血管モデル151は、先端151Dが下肢モデル150の下端(足根部から足背部に相当する位置)に露出し、基端151Pが大動脈モデル160の第4接続部164Jに接続されている。ここで、基端151Pは、下肢血管モデル151の内腔と、大動脈モデル160の内腔160Lとを連通させた状態で、第4接続部164Jに接続されている。
【0044】
なお、上述した心臓血管モデル111、脳血管モデル131、肝臓血管モデル141及び下肢血管モデル151を総称して「部分血管モデル」とも呼ぶ。また、部分血管モデルと、大動脈モデル160とを総称して「血管モデル」とも呼ぶ。このような構成とすれば、各生体モデルの表面に配設された部分血管モデルによって、例えば、脳の後大脳動脈、心臓の左冠動脈及び右冠動脈等を模擬できる。また、各生体モデルの内部に配設された部分血管モデルによって、例えば、脳の中大脳動脈、肝臓の肝動脈、下肢の大腿動脈等を模擬できる。
【0045】
本実施形態の人体シミュレーション装置1では、大動脈モデル160に対して、少なくとも1つ以上の生体モデル(心臓モデル110、肺モデル120、横隔膜モデル170、脳モデル130、肝臓モデル140、下肢モデル150)を着脱することで、種々の態様のモデル10を構成することができる。大動脈モデル160に装着される生体モデル(心臓モデル110、肺モデル120、横隔膜モデル170、脳モデル130、肝臓モデル140、下肢モデル150)の組み合わせは、手技に必要な器官に応じて自由に変更できる。例えば、心臓モデル110と下肢モデル150とを装着したモデル10を構成すれば、人体シミュレーション装置1を利用して、PCIの総大腿動脈アプローチ(TFI:Trans-Femoral Intervention)の手技を模擬できる。その他、例えば、下肢モデル150を除く全ての生体モデルを装着してもよく、心臓モデル110と肺モデル120とを装着してもよく、肺モデル120と横隔膜モデル170とを装着してもよく、肝臓モデル140のみを装着してもよく、下肢モデル150のみを装着してもよい。
【0046】
このように、本実施形態の人体シミュレーション装置1によれば、生体モデル接続部(第1接続部162J、第2接続部161J、第3接続部163Ja、第4接続部164J)に人体内の一部を模した生体モデル(心臓モデル110、脳モデル130、肝臓モデル140、下肢モデル150)を接続することによって、循環器系や消化器系など、接続された生体モデルに応じた各器官の生体管腔に対する、カテーテルやガイドワイヤ等の医療用デバイスを用いた様々な手技を模擬することができる。また、生体モデル接続部161J~164Jは、生体モデルを着脱可能に接続することができるため、手技に不要な生体モデルを取り外して別途保存することも可能であり、利便性を向上できる。
【0047】
図6及び
図7は、心臓シミュレータ100の概略構成を示す図である。心臓シミュレータ100は、
図4で説明した心臓モデル110及び心臓血管モデル111に加えてさらに、流路形成部190を備えている。流路形成部190は、ヒトの心臓表面の毛細血管を模擬した拡散流路を形成する構成部であり、多孔質体191と、第1固定部193と、第2固定部194と、心膜部195と、管状体196とを含んでいる。
【0048】
図6及び
図7には、相互に直交するXYZ軸が図示されている。X軸は心臓モデル110の左右方向(幅方向)に対応し、Y軸は心臓モデル110の高さ方向に対応し、Z軸は心臓モデル110の奥行き方向に対応する。
図6及び
図7の上側(+Y軸方向)は「近位側」に相当し、下側(-Y軸方向)は「遠位側」に相当する。心臓血管モデル111及び流路形成部190の各構成部材においては、近位側(+Y軸方向)を「基端側」とも呼び、近位側の端部を「基端部」または単に「基端」とも呼ぶ。同様に、遠位側(-Y軸方向)を「先端側」とも呼び、遠位側の端部を「先端部」または単に「先端」とも呼ぶ。なお、
図6及び
図7では、上述した心臓モデル110の内腔110L、管状体115、及び第1接続部162Jの図示を省略している。
【0049】
心臓シミュレータ100において、心臓血管モデル111は、心臓モデル110に隣接して配置されている(
図7)。心臓血管モデル111の基端111Pは、心臓血管モデル111の内腔111Lと、大動脈モデル160の内腔160Lとを連通させた状態で、大動脈モデル160の第2接続部161Jに接続されている。また、心臓血管モデル111の先端111Dには、内腔111Lに連通する開口111Oが形成されており、開口111Oの近傍には、多孔質体191が設けられている。
【0050】
第1固定部193は、心臓モデル110と心臓血管モデル111との少なくとも一部分同士を固定する。本実施形態では、第1固定部193は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)により形成された帯状部材であり、両端がエポキシ系接着剤などの接着剤によって心臓モデル110に固定され、中央部に心臓血管モデル111を挿通させることによって、心臓モデル110と心臓血管モデル111とを固定している。第1固定部193は任意の構成を採用でき、例えば、心臓モデル110と心臓血管モデル111との隙間に充填された接着剤であってもよい。
【0051】
心膜部195は、心臓モデル110の表面110Sを覆う膜状の部材である。心膜部195は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)により形成された袋状であり、心膜部195の内面と心臓モデル110の表面110Sとの間の空間SPには、心臓血管モデル111の先端側の一部分と、多孔質体191とが収容されている。また、心膜部195の先端側(遠位側)には、管状体196が設けられている。管状体196は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)により形成された可撓性を有するチューブである。管状体196は、基端側が心膜部195の空間SPに連通し、先端側が水槽21(
図1)内に連通するよう接続されている。このため、
図1に示す使用状態において、心膜部195と心臓モデル110との間の空間SPは、管状体196から流れ込んだ流体(水槽21を満たす流体)によって満たされている。
【0052】
第2固定部194は、心膜部195と心臓血管モデル111との少なくとも一部分同士を固定する。本実施形態では、第2固定部194は、X線透過性を有する軟性素材の合成樹脂(例えばシリコン等)により形成された帯状部材であり、両端がエポキシ系接着剤などの接着剤によって心膜部195に固定され、中央部に心臓血管モデル111を挿通させることによって、心膜部195と心臓血管モデル111とを固定している。第2固定部194は任意の構成を採用でき、例えば、心膜部195と心臓血管モデル111との隙間に充填された接着剤であってもよい。このような第2固定部194によって、心臓血管モデル111と心膜部195との位置関係を所望の位置に維持できる。
【0053】
図8は、多孔質体191の説明図である。多孔質体191は、複数の細孔191Pを有する多孔質の部材である。多孔質体191は、例えば、シリコンフォーム、ウレタンフォーム、ゴムスポンジ、アクリルフォーム等の発泡体により形成できる。本実施形態の多孔質体191では、細孔191Pの密度は、基端側(紙面上側、
図6の+Y軸方向)から先端側(紙面下側、
図6の-Y軸方向)にかけて略一定である。また、多孔質体191は、細孔191Pに弾性体192が充填されている。このような多孔質体191は、例えば、液状としたゴムや熱可塑性エラストマー(TPE)に対して、多孔質体191を含浸することで作製できる。
図6及び
図7に示すように、多孔質体191は、心臓血管モデル111の先端111Dに固定されている。固定は種々の方法で実現でき、例えば、心臓血管モデル111の先端側の内腔111Lに多孔質体191を嵌め込んでもよく、エポキシ系接着剤などの接着剤を用いて心臓血管モデル111の先端側に多孔質体191を接合してもよい。また、嵌め込みと接合とを併用してもよい。多孔質体191の長さL1は、求められる造影剤の拡散性能に応じて任意に決定できる。
【0054】
本実施形態の人体シミュレーション装置1において模擬されるカテーテルを用いた治療または検査では、血流速度や血液の粘性といった循環動態、あるいは血管の閉塞状態等を把握するために、血管造影が用いられることがある。血管造影では、例えば総腸骨大動脈部164(
図5)から血管内に挿入され、大動脈モデル160の内腔160Lを伝って心臓血管モデル111へと進められたカテーテルから、X線透過度の低い造影剤を注入してX線撮影を行う。術者は、得られたX線画像(静止画像または動画像)におけるコントラストの変化から、造影剤の流れの様子を観察することで、循環動態や血管状態を把握することができる。
【0055】
ここで、本実施形態の心臓シミュレータ100において、流路形成部190は、心臓血管モデル111の先端111Dの開口111Oから流出した流体(造影剤CA及び模擬血液)を拡散させることによって、ヒトの心臓表面の毛細血管を模擬した拡散流路を形成できる。具体的には、流路形成部190は、複数の細孔191Pを有する多孔質体191を備える。多孔質体191の各細孔191Pは、
図6及び
図7において白抜き矢印で示すように、心臓血管モデル111に流れ込んだ造影剤CAの圧力及び流速を分散させる拡散流路(緩衝流路)として機能するため、造影剤使用時における造影剤CAの流れを、心臓表面の細動脈に沿って拡がったのち細静脈に拡散して消える、という実際の生体に似せることができる。
【0056】
また、本実施形態の心臓シミュレータ100において、流路形成部190は、さらに、心臓モデル110の表面110Sを覆う膜状の心膜部195を備え、心臓血管モデル111の先端111Dと多孔質体191とは、心膜部195の内面と心臓モデル110の表面110Sとの間の空間SPに収容されている。このため、心膜部195によって、実際の生体における側壁心膜及び線維性心膜を模擬すると共に、空間SPによって、実際の生体における心膜腔を模擬できる。また、多孔質体191の各細孔191Pから排出された造影剤CAは、直接、水槽21(
図1)へと排出されずに、一旦空間SP内へと排出されて空間SPを満たす流体により希釈されたのち、心膜部195の先端部に設けられた管状体196を経由して水槽21へと排出され、水槽21を満たす流体により希釈される。これらの結果、本実施形態の心臓シミュレータ100では、造影剤使用時における造影剤CAの流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0057】
図9は、造影剤CAの拡散の様子を示す説明図である。本実施形態の心臓シミュレータ100において、流路形成部190は、さらに、多孔質体191の細孔191Pに充填された弾性体192を備える。このため、例えば、大動脈モデル160に模擬血液のみが循環されており、心臓血管モデル111内(内腔111L)の圧力が低い間は、多孔質体191の各細孔191Pを封止状態とすることができる。また、例えば、心臓血管モデル111に造影剤CAが注入されることによって、心臓血管モデル111内(内腔111L)の圧力が高まった際には、
図9に示すように、多孔質体191の各細孔191Pを開放し、造影剤CAを、心膜部195と心臓モデル110との間の空間SPへと排出することができる。このため、本実施形態の心臓シミュレータ100によれば、上述のように、心臓シミュレータ100を流体(水や生理食塩水等)に浸した湿潤状態で使用する場合において、心臓シミュレータ100の周囲を満たす流体が、多孔質体191の各細孔191Pから心臓血管モデル111内へと逆流することを抑制できる。
【0058】
<第2実施形態>
図10及び
図11は、第2実施形態の心臓シミュレータ100aの概略構成を示す図である。
図10及び
図11のXYZ軸は、
図6及び
図7のXYZ軸にそれぞれ対応する。第2実施形態の心臓シミュレータ100aは、第1実施形態で説明した流路形成部190に代えて、流路形成部190aを備えている。流路形成部190aは、第1実施形態と同様に、ヒトの心臓表面の毛細血管を模擬した拡散流路を形成する構成部であり、多孔質体191及び弾性体192(
図6)に代えて、複数の粒状体197を備えている。
【0059】
本実施形態の粒状体197は、X線透過性を有する合成樹脂(例えば、アクリル樹脂、シリコン等)により形成された球状体である。なお、粒状体197は、球状体に限らず多面体であってもよく、中空であってもよく、中実であってもよい。また、各粒状体197の形状は、それぞれ同一であってもよく、相違していてもよい。複数の粒状体197は、心膜部195の内面と心臓モデル110の表面110Sとの間の空間SPに配置(収容)されており、自重により、心臓シミュレータ100の下方(-Y軸方向)に集合している。このため、心臓血管モデル111の先端111Dは、複数の粒状体197の中に埋没した状態とされている(
図10、
図11)。
【0060】
図12は、造影剤CAの拡散の様子を示す説明図である。第2実施形態の心臓シミュレータ100aにおいても、第1実施形態と同様に、流路形成部190aは、心臓血管モデル111の先端111Dの開口111Oから流出した流体(造影剤CA及び模擬血液)を拡散させることによって、ヒトの心臓表面の毛細血管を模擬した拡散経路を形成できる。具体的には、流路形成部190aは、心臓血管モデル111の先端111Dを収容して心臓モデル110の表面110Sを覆う膜状の心膜部195と、心膜部195の内面と心臓モデル110の表面110Sとの間の空間SPに配置された複数の粒状体197と備える。
図12において白抜き矢印で示すように、複数の粒状体197は、心臓血管モデル111の先端111D(開口111O)から流出した造影剤CAを、その表面や各粒状体の隙間を伝って拡散させる拡散流路として機能するため、造影剤使用時における造影剤CAの流れを、心臓表面の細動脈に沿って拡がったのち細静脈に拡散して消える、という実際の生体に似せることができる。
【0061】
また、第2実施形態の流路形成部190aでは、各粒状体197の粒径d1は略同一とされているため、造影剤CAの拡散流路を均一にできる。粒径d1の大きさは任意に決定できる。さらに、第2実施形態の心臓シミュレータ100aにおいても、第1実施形態と同様に心膜部195を備えるため、実際の生体における側壁心膜、線維性心膜、及び心膜腔を模擬すると共に、心臓血管モデル111から排出された造影剤CAを空間SP内で一旦希釈した後、水槽21(
図1)へと排出することができ、造影剤使用時における造影剤CAの流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0062】
<第3実施形態>
図13は、第3実施形態の心臓シミュレータ100bの概略構成を示す図である。
図7で説明した第1実施形態では、心臓モデル110は心膜部195に覆われており、造影剤CAは、心臓モデル110と心膜部195との間の空間SPで希釈されたのち、水槽21へと排出される構成とした。しかし、第3実施形態の流路形成部190bは、心膜部195と、心膜部195に付随する管状体196及び第2固定部194を備えていない。第3実施形態の心臓シミュレータ100bでは、多孔質体191の各細孔191Pから排出された造影剤CAは、直接、水槽21(
図1)へと排出され、水槽21を満たす流体により希釈される。このように、心膜部195、管状体196、及び第2固定部194を省略して、心臓シミュレータ100bを構成してもよい。このような心臓シミュレータ100bにおいても、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0063】
<第4実施形態>
図14は、第4実施形態の流路形成部190cが備える多孔質体191cの説明図である。
図8で説明した第1実施形態では、多孔質体191における細孔191Pの密度は基端側から先端側にかけて略一定であるとした。しかし、第4実施形態の多孔質体191cでは、細孔191Pの密度は、基端側(紙面上側、
図6の+Y軸方向)よりも先端側(紙面下側、
図6の-Y軸方向)の方が高密度である。具体的には、多孔質体191cは、長さL1方向において、基端側に位置する領域A1、略中央部に位置する領域A2、先端側に位置する領域A3を有し、細孔191Pの密度は領域A3>領域A2>領域A1の関係である。なお、
図14の例は、細孔191Pの密度の変化を表す一例に過ぎない。多孔質体191cは、長さL1方向において2つ以上の複数の領域を有し、各領域間で細孔191Pの密度が先端側ほど高密度となるように変化してもよい。また、多孔質体191cは、基端側から先端側にかけて、細孔191Pの密度が連続的に変化してもよい。
【0064】
このような流路形成部190cを備える心臓シミュレータ100cにおいても、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。また、第4実施形態の心臓シミュレータ100cによれば、多孔質体191cにおける細孔191Pの密度は、基端側よりも先端側の方が高密度とされているため、造影剤CAの流出及び拡散量を、基端側よりも先端側においてより多くできる。このため、第4実施形態の心臓シミュレータ100cでは、造影剤使用時における造影剤CAの流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0065】
<第5実施形態>
図15は、第5実施形態の流路形成部190dが備える多孔質体191dの説明図である。
図8で説明した第1実施形態では、多孔質体191の細孔191Pに充填されている弾性体192は同一(一種類)であるとした。しかし、第5実施形態の多孔質体191dにおいて細孔191Pには、基端側(紙面上側、
図6の+Y軸方向)と先端側(紙面下側、
図6の-Y軸方向)とで特性の異なる複数種類の弾性体192dが充填されている。具体的には、多孔質体191dは、長さL1方向において、基端側に位置して弾性体192d1が充填された領域A1と、略中央部に位置して弾性体192d2が充填された領域A2と、先端側に位置して弾性体192d3が充填された領域A3とを有している。弾性体192d1~3はそれぞれ、異なる特性を有している。なお、
図15の例は、多孔質体191dの変化を表す一例に過ぎない。多孔質体191dは、長さL1方向において特性の異なる2種類以上の弾性体192dを有する領域に分けられていてもよい。また、多孔質体191dでは、基端側から先端側にかけて、弾性体192dの特性を連続的に変化させてもよい。このような流路形成部190dを備える心臓シミュレータ100dにおいても、第1及び第4実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0066】
<第6実施形態>
図16は、第6実施形態の流路形成部190eが備える多孔質体191eの説明図である。
図8で説明した第1実施形態では、多孔質体191の細孔191Pには弾性体192が充填されているとした。しかし、第6実施形態の多孔質体191eには、細孔191Pに弾性体192が充填されていない。このような流路形成部190eを備える心臓シミュレータ100eにおいても、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0067】
<第7実施形態>
図17は、第7実施形態の流路形成部190fにおける造影剤CAの拡散の様子を示す説明図である。
図12で説明した第2実施形態では、各粒状体197の粒径d1は略同一であるとした。しかし、第7実施形態の流路形成部190fにおいて、各粒状体197fは、それぞれ異なる粒径d2を有している。換言すれば、流路形成部190fにおいて、粒状体197fの粒径は不均一とされている。このような流路形成部190fを備える心臓シミュレータ100fにおいても、第2実施形態と同様の効果を奏することができる。また、第7実施形態の心臓シミュレータ100fによれば、流路形成部190fの粒状体197fの径が不均一であるため、
図17において白抜き矢印で示すように、造影剤CAの拡散流路も不均一とすることができる。このため、第7実施形態の心臓シミュレータ100fでは、造影剤使用時における造影剤CAの流れをより一層、実際の生体に似せることができる。
【0068】
<本実施形態の変形例>
本発明は上記の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0069】
[変形例1]
上記第1~7実施形態では、人体シミュレーション装置1の構成の一例を示した。しかし、人体シミュレーション装置の構成は種々の変更が可能である。例えば、人体シミュレーション装置は、水槽と、水槽を被覆する被覆部とのうちの少なくとも一方を備えていなくてもよい。例えば、人体シミュレーション装置は、タッチパネル以外の手段(例えば、音声、操作ダイヤル、ボタン等)による入力部を備えていてもよい。
【0070】
[変形例2]
上記第1~7実施形態では、モデル10の構成の一例を示した。しかし、モデルの構成は種々の変更が可能である。例えば、大動脈モデルは、上述の第1~第4接続部のうちの少なくとも一部を備えていなくてもよい。例えば、大動脈モデルにおける上述の第1~第4接続部の配置は、任意に変更してよく、第1接続部は、大動脈弓またはその近傍に配置されていなくてもよい。同様に、第2接続部は、上行大動脈またはその近傍に配置されていなくてもよく、第3接続部は、腹部大動脈またはその近傍に配置されていなくてもよく、第4接続部は、総腸骨大動脈またはその近傍に配置されていなくてもよい。例えば、大動脈モデルが有する生体モデル接続部の数は任意に変更することが可能であり、上述しない生体モデル(例えば、胃モデル、膵臓モデル、腎臓モデル等)を接続するための新たな生体モデル接続部を備えてもよい。
【0071】
例えば、モデルは、心臓モデル、肺モデル、脳モデル、肝臓モデル、下肢モデル、横隔膜モデルのうちの少なくとも一部を備えていなくてもよい。肺モデルと横隔膜モデルとを省略する場合、呼吸動作部についても併せて省略できる。例えば、モデルは、肋骨、胸骨、胸椎、腰椎、大腿骨、頚骨等、ヒトの骨格の少なくとも一部分を模した骨モデルをさらに備えた複合体として構成されてもよい。例えば、上述した心臓モデル、肺モデル、脳モデル、肝臓モデル、下肢モデル、横隔膜モデルの構成は、任意に変更してよい。例えば、心臓モデルの内腔と、心臓モデルの内腔へ流体を送出する拍動部とは省略されてもよい(
図4)。肺モデルには、左右の肺にそれぞれ個別の内腔が設けられていてもよい(
図4)。下肢モデルにはさらに、大腿筋を覆う皮膚モデルが備えられていてもよい(
図5)。
【0072】
[変形例3]
上記第1~7実施形態では、心臓シミュレータ100,100a~fの構成の一例を示した。しかし、心臓シミュレータの構成は種々の変更が可能である。例えば、心臓シミュレータが備える心臓モデルと、心臓血管モデルとの少なくとも一方は、健康状態の心臓や心臓血管を模擬したモデルと、病変部を有する心臓や心臓血管を模擬したモデルとを有し、これらを相互に付け替え可能であってもよい。例えば、心臓血管モデルは、上行大動脈の一部と冠動脈に加えて、静脈を模擬したモデルを含んでいてもよい。
【0073】
[変形例4]
上記第1~7実施形態では、流路形成部190,190a~fの構成の一例を示した。しかし、流路形成部の構成は種々の変更が可能である。例えば、心膜部に設けられた管状体を省略してもよい。この場合、心膜部の下部(心臓モデルの心尖部近傍)に、心膜部の内外を連通する連通孔を設けて、この連通孔から造影剤や模擬血液を排出させてもよい。例えば、心膜部は、心臓モデルの表面全体を覆わずに、心臓モデルの少なくとも一部(例えば、右心室及び左心室から心尖部にかけての下半分)を覆う態様でもよい。例えば、第1固定部と第2固定部との少なくとも一方は、省略してもよい。
【0074】
例えば、粒状体は、少なくとも心臓血管モデルの先端の開口近傍を埋める配置とされていれば足り、
図11のように心膜部の下部全体に配置されていなくてもよい。例えば、流路形成部は、心臓モデルと心膜部との間の空間内における粒状体の移動を規制する規制部をさらに備えていてもよい。規制部としては、粒状体同士を接着する接着剤、粒状体間に介在して移動を規制する網目状部材、粒状体に形成された貫通孔を通過することで粒状体同士を数珠繋ぎに連結する素線状部材等の任意の構成を採用できる。
【0075】
[変形例5]
第1~7実施形態の人体シミュレーション装置及び心臓シミュレータの構成、及び上記変形例1~4の人体シミュレーション装置及び心臓シミュレータの構成は、適宜組み合わせてもよい。
【0076】
以上、実施形態、変形例に基づき本態様について説明してきたが、上記した態様の実施の形態は、本態様の理解を容易にするためのものであり、本態様を限定するものではない。本態様は、その趣旨並びに特許請求の範囲を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に、本態様にはその等価物が含まれる。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することができる。
【符号の説明】
【0077】
1…人体シミュレーション装置
10…モデル
20…収容部
21…水槽
22…被覆部
31…管状体
40…制御部
45…入力部
50…脈動部
51…管状体
55…フィルタ
56…循環ポンプ
57…脈動ポンプ
60…拍動部
61…管状体
70…呼吸動作部
71…管状体
72…管状体
100,100a~f…心臓シミュレータ
110…心臓モデル
111…心臓血管モデル
115…管状体
120…肺モデル
121…気管モデル
130…脳モデル
131…脳血管モデル
140…肝臓モデル
141…肝臓血管モデル
150,150L,R…下肢モデル
151,151L,R…下肢血管モデル
160…大動脈モデル
161…上行大動脈部
161J…第2接続部
162…大動脈弓部
162J…第1接続部
163…腹部大動脈部
163Ja…第3接続部
163Jb…流体供給部接続部
164…総腸骨大動脈部
164J…第4接続部
170…横隔膜モデル
190,190a~f…流路形成部
191,191c,d,e…多孔質体
192,192d…弾性体
193…第1固定部
194…第2固定部
195…心膜部
196…管状体
197,197f…粒状体