(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-24
(45)【発行日】2023-03-06
(54)【発明の名称】パワーステアリングシステムの感覚を向上させるための操舵トルクに応じたドリフトゲインの調整
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20230227BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20230227BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20230227BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D101:00
B62D119:00
(21)【出願番号】P 2020517139
(86)(22)【出願日】2018-09-24
(86)【国際出願番号】 FR2018052334
(87)【国際公開番号】W WO2019058081
(87)【国際公開日】2019-03-28
【審査請求日】2021-08-05
(32)【優先日】2017-09-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】511110625
【氏名又は名称】ジェイテクト ユーロップ
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ムレール パスカル
(72)【発明者】
【氏名】ミシェリ アンドレ
(72)【発明者】
【氏名】ゴダン セルジュ
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-291481(JP,A)
【文献】特開2008-273352(JP,A)
【文献】特開2001-328553(JP,A)
【文献】特開2010-111253(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 101/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両用のパワーステアリング装置(1)であって、
ステアリングホイール(2)と、
車両の運転者に操舵トルク(T2)を加えるアシストモータ(3)と、
前記アシストモータ(3)を制御すると共に、前記操舵トルクを調整する少なくとも1つの閉ループ制御則を含むコントローラ(4)とを備え、
前記閉ループ制御則は、少なくとも1つのフィードバックブランチ(13)を含み、
前記フィードバックブランチ(13)は、
前記ステアリングホイール(2)に加わる操舵トルクに対応す
る実荷重パラメータ(T2_actual)を測定または評価し、
次に前記実荷重パラメータの時間微分値を計算し、
次に前記時間微分値に微分ゲイン(Kd)を乗じて、
微分成分(Cd)を計算し、
前記コントローラ(4)が、
一方では前記実荷重パラメータ(T2_actual)の関数として前記微分ゲイン(Kd)を調整し、
他方では車
両縦速度(V_vehic)の関数として前記微分ゲイン(Kd)を調整するために、
三次元マッピング(15)を用いる
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記三次元マッピング(15)は、
車両縦速度がゼロから、ゼロではない
車両縦速度閾値(V_thresh)まで広が
り、前記実荷重パラメータ(T2_actual)が増加すると前記微分ゲイン(Kd)が増加する第1の領域
(D1)と、前記
車両縦速度閾値(V_thresh)を越えて広が
り、前記実荷重パラメータ(T2_actual)が増加すると前記微分ゲイン(Kd)が減少する第2の領域
(D2)とを含
む
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項2において、
前記
第1の領域(D1)と前記
第2の領域(D2)との間の境界であることを示す前記
車両縦速度閾値(V_thresh)は、5km/h以
下である
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項2または3において、
前記三次元マッピング(15)は、
前記第1の領域(D1)と前記
第2の領域(D2)との間の境界に位置する少なくとも1つの反転ポイント(P0)を含み、
車両縦速度(V_vehic)の増加と実荷重パラメータ(T2_actual)の減少を前記三次元マッピング(15)が示す場合には、
前記反転ポイント(P0)から前記微分ゲイン(Kd)が増加し、
車両縦速度(V_vehic)と実荷重パラメータ(T2_actual)
との増加を前記三次元マッピング(15)が示す場合には、前記微分ゲイン(Kd)が減少する
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項5】
請求項2から4の何れか1つにおいて、
前記
第2の領域(D2)が、
前記実荷重パラメータ(T2_actual)の値がゼロから
第1の荷重の閾値(T_thresh_low)まで広が
り、前記微分ゲイン(Kd)が、
第1のゲイン閾値
(Kd_high)よりも大きく保たれる第1の部分領域
(D2_1)と、
前記第1の荷重の閾値(T_thresh_low)よりも大きい
第2の荷重の閾値(T_thresh_high)からそれを超えて広が
り、前記微分ゲイン(Kd)が、前記
第1のゲイン閾値(Kd_high)よりも
小さい
第2のゲイン閾値よりも小さく保たれる第2の部分領域
(D2_2)と、
前記第1の荷重の閾値(T_thresh_low)から前記第2の荷重の閾値(T_thresh_high)まで広が
り、
所定の
車両縦速度(V_vehic)において前記実荷重パラメータ(T2_actual)が増加すると、前記微分ゲイン(Kd)が前記
第1のゲイン閾値(Kd_high)から前記
第2のゲイン閾値」(Kd_low)へ減少する第3の部分領域
(D2_3)と、を含む
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項6】
請求項5において、
前記
第2のゲイン閾値」(Kd_low)は、前記
車両縦速度(V_vehic)がその
車両縦速度閾値(V_thresh)の方向へ、該
車両縦速度閾値(V_thresh)よりも大き
い境界前閾値(V2)よりも下がるまで低下したときに大きくな
る
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項7】
請求項1から6の何れか1つにおいて、
前記
三次元マッピング(15)は、結果として生じる前記微分ゲイン(Kd)が、前記操舵トルク(T2)の変動を引き起こす運転者の操作のトリガーと、その操作に起因する車両のヨーレートの実際の変化との間に、
50ms
と、300ms
との間
の遅延を生じさせるように構成される
ことを特徴とするパワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パワーステアリング装置に関する。
【0002】
本発明は、特に、運転者が「操舵トルク」と呼ばれる操作力を加えることができるステアリングホイールを備え、この操舵トルクを調整量として用いることで、コントローラがステアリング機構のサーボ制御を行うパワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0003】
このようなコントローラは、ますます高効率になり、車両の動作の状況に特に適した操舵トルクを得ることが可能になっている。
【0004】
そのために、前記コントローラには、特に、次第に多くの複雑な電子機能及びソフトウェア機能が組み込まれる。
【0005】
しかしながら、このようにより複雑になると、コントローラを構成するのがますます困難になり、場合によっては、これらのコントローラによって運転者にかなり人工的な運転感覚が与えられ、その感覚が不快であったり直感的でなかったりするおそれもある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、前述の欠点を克服し、パワーステアリングシステムの安定性、応答性、及び正確さを確保しつつ、一方では運転者に優れた運転快適性を与え、他方では前記パワーステアリングシステムの挙動についての感覚も前記ステアリング機構と道路の相互関係についての感覚も、最も自然で最も有用な情報になり得る、新しいタイプのコントローラを提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的は、運転者が操舵トルクと呼ばれる操作力を加えることができるステアリングホイールと、前記操舵トルクを確実に調整する少なくとも1つの閉ループ制御則を用いるコントローラによって制御されるアシストモータとを備えたパワーステアリング装置によって達成される。前記コントローラは、「微分ブランチ」と呼ばれる少なくとも1つのフィードバックブランチを含み、前記フィードバックブランチは、実操舵トルクに対応するか、またはその値及び変動が前記実操舵トルクの値及び変動にそれぞれ関連する実操舵トルクの像すなわち大きさに対応する実荷重パラメータを測定または評価し、次に前記実荷重パラメータの時間微分値を計算し、次に前記時間微分値に微分ゲインを乗じて、「微分成分」と呼ばれる成分を計算する。この装置は、コントローラが、一方では実荷重パラメータの関数として微分ゲインを調整し、他方では車両の縦速度の関数として微分ゲインを調整するために、三次元マッピングを用いることを特徴とする。
【0008】
有利なことに、微分ゲインのマッピングに、複数の入力パラメータ、ここでは少なくとも2つの入力パラメータ、すなわち実荷重パラメータと縦速度のパラメータを使用することにより、車両の動きの状況を正確かつ完全に表す複数の入力パラメータに応じて微分ゲインの自動調整を最適化できる。
【0009】
このように、微分ゲインは、検討される動きの状況に最も適するパワーステアリングシステムの挙動と感覚に有利に働くように、車両のそれぞれ異なる動きの状況に対して正確に適応させることができる。
【0010】
したがって、本発明により、マッピングを構成するのに用いられる異なった入力パラメータによって正しく表される車両のそれぞれの動きの状況に、検討される状況における種々の安定性、快適性、正確性、応答性、及び感覚に関する質的な要件の間の最善の組み合わせに対応する微分ゲインを関連付けることが可能になる。
【0011】
本発明の他の目的、特徴及び効果は、以下の説明、さらには単なる例示であって限定的ではない添付の図を参照することにより、より明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明に係るパワーステアリング装置を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、本発明において微分ゲインの調整を可能にするマッピングを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明はパワーステアリング装置1に関する。
【0014】
前記装置は、それ自体は知られているように、そして
図1に示すように、運転者が「操舵トルク」T2と呼ばれる操作力を加えることができるステアリングホイール2を有する。
【0015】
また、前記装置1は、コントローラ4によって制御されるアシストモータ3を有する。
【0016】
アシストモータ3は、例えばブラシレスタイプの電動モータであるのが好ましい。
【0017】
このコントローラ4は、操舵トルクT2を確実に調整する少なくとも1つの閉ループ制御則を用いる。
【0018】
コントローラ4は、実際には、検討時間における車両の動作の状況を表しうる異なるパラメータから、その検討される状況において運転者が本来ステアリングホイール2に感じるべきトルクに対応する操舵トルク設定値T2_setを決定する。
【0019】
次に、コントローラ4は、前記トルク設定値T2_setと実操舵トルクT2_actualとの間の偏差(差分)ΔT2=T2_set-T2_actualを検討し、そこから適切なアシスト則を用いて、実操舵トルクT2_actualが操舵トルク設定値T2_setに収斂するように、前記コントローラがアシストモータ3に与えるアシスト設定値を導き出す。
【0020】
言うまでもなく、パワーステアリング装置1は、操向ホイール、好ましくは少なくとも2つの操向ホイール5,6の方向を変えることができる、それ自体は知られたステアリング機構を有していてよい。
【0021】
そのために、ステアリング機構は、ステアリングケーシング内で平行移動するようガイドされるラック7を有することができる。ラックの端部は、ホイール5,6を支持するスタブアクスルのヨー方向を制御するステアリングロッド8,9に接続されている。
【0022】
ステアリングホイール2は、駆動ピニオン11を支持するステアリングコラム10によって、ラック7に噛み合うようにするのが好ましい。
【0023】
アシストモータ3は、ステアリング機構を、より好ましくはラック7を、ギア減速型またはボールねじ型のトランスミッション部材12を介してステアリングコラム10に噛み合わせるか、またはラック7に直接噛み合わせることにより駆動できる。
【0024】
コントローラ4は、「微分成分」Cdと呼ばれる成分を計算する「微分ブランチ」と呼ばれる少なくとも1つのフィードバックブランチ13を含み、
フィードバックブランチ13は、
実操舵トルクT2_actualに対応するか、またはその値及びその変動が前記実操舵トルクT2_actualの値及び変動にそれぞれ関連する実操舵トルクT2_actualの像すなわち大きさに対応する実荷重パラメータを測定または評価し、
次に前記実荷重パラメータの時間微分値d(T2_actual)/dtを計算し、
次に前記時間微分値に微分ゲインKdを乗じることにより、
Cd=Kd×d(T2_actual)/dtとする。
【0025】
実荷重パラメータは、実操舵トルクT2_actualであることが好ましい。このような選択をすると、特に、運転者がステアリングホイール2から即座に、そして直接的に感じるものに実際に対応する操舵トルクのパラメータT2を直接扱うことによって、装置1の設定と調整を容易に行える。
【0026】
実操舵トルクT2_actualは、例えば、好ましくはステアリングコラム10に設けられるトルクセンサ14で測定してもよいし、あるいは適切な推定アルゴリズムによって他のパラメータから推定してもよい。
【0027】
説明の便宜上、実荷重パラメータと実操舵トルクT2_actualは、どのような場合でも以下のように同じにすることができる。
【0028】
しかし、その代わりに、微分ブランチ13においては、実荷重パラメータとして、実操舵トルクT2_actualの実際の像を表すもの、例えばよく知られているアシスト則によって実操舵トルクT2_actualに相関するものの大きさを用いて、(検討時間の)前記実荷重パラメータの値が、前記実操舵トルクT2_actualの値を表し、所定の時間間隔にわたる前記実荷重パラメータの値の変動が、同じ時間間隔での前記実操舵トルクT2_actualの値の変動を表すようにすることが可能である。
【0029】
したがって、例えば、ラック7がロッド8,9に加える引張荷重/圧縮荷重に対応するラック荷重、またはアシストモータ3によって発生するトルク、または実操舵トルクT2_actualに応じたアシスト則によって決定されるアシスト設定値を、実荷重パラメータT2_actualとして用いることができる。
【0030】
時間微分は、ここでは、実荷重パラメータT2_actualの値の変動d(T2_actual)の商に等しい第1微分に対応し、この変動は、前記検討される時間間隔dtで所定の時間間隔dtにわたって監視される。
【0031】
ここで用いられる前記の時間間隔dtは、好ましくは、微分ブランチ13の更新期間(繰り返しの期間)に該当し、より一般的には、閉ループの制御則の更新期間に該当する。
【0032】
本発明によれば、コントローラ4は、一方では実荷重パラメータT2_actual(マッピングの第1入力)の関数として微分ゲインKdを調整し、他方では車両の縦速度V_vehic(マッピングの第2入力)の関数として微分ゲインKdを調整するために、三次元マッピング15を用いる。
【0033】
本発明者らは、微分成分Cd、したがって微分ゲインKdが、特に以下のような様々な現象に影響を及ぼすことを実際に見出し、それらの現象には、
閉ループの制御則によって実行される操舵トルクのサーボ制御の安定性、特に、外乱ないし「ステアリングホイールリップル」に対する安定性、すなわち特に運転者がステアリングホイール2から手を離したときにステアリングホイールに生じるリップル(一般的には、20Hzから40Hzの間の周波数)の傾向に対する安定性、
運転者の操舵に対応するステアリング機構の運転快適性と機械的挙動感であって、特に摩擦の感覚、粘りの感覚、ステアリング機構の慣性の感覚、リフトオフ(つまり、運転者がステアリング機構を動作させるために必要な力のしきい値)の感覚を含み、さらには、運転者の操舵によって制御される微分トルクT2の変動と、それに対応する車両のヨーレートの実際且つかなりの変化に繋がる車両の反応との間の運転精度及び「位相変化」(つまり、起こりうる位相遅れ)の感覚をも含む、運転者の操作に対応するステアリング機構の操作快適性と機械的挙動感、
車両の外部環境、及びステアリング機構(及び特にホイール5、6)と車両の環境との間の相互作用、特にタイヤと道路との間の相互作用、及び特にステアリングホイールが回転したときに中心に向かうリターントルクの感覚、さらには路面によってホイールに生じる振動を通じた道路の凹凸の感覚に関する、ステアリング機構及びステアリングホイール2を介する知覚、
が含まれる。
【0034】
車両の動きの状況に応じて、その動きの状況を少なくとも2つの入力パラメータ(ここでは、少なくとも実荷重パラメータT2_actualと車両の速度V_vehic)によって表すように、微分ゲインKdをケースバイケースで調整すると、監視される動きの状況との関連において最も重要でしかも最も有用であると判断される挙動になるように、コントローラ4の動作を最適化することが可能になって効果的である。
【0035】
三次元マッピング15は、
図2に示すように、車両の縦速度がゼロ(V_vehic=0)から、ゼロではない所定の縦速度閾値V_threshまで広がる「駐車領域」D1と呼ばれる第1の領域D1と、前記縦速度閾値V_threshを越えて広がる「走行領域」D2と呼ばれる第2の領域D2とを含むことが望ましい。
【0036】
走行領域D2では、実荷重パラメータT2_actualが増加すると微分ゲインKdが減少し、駐車領域D1では、実荷重パラメータT2_actualが増加すると微分ゲインKdが増加する。
【0037】
本明細書では、特に記載しない限り、「増加」という用語は絶対値の増加(すなわち、ゼロから外れて行くこと)を表し、「減少」という用語は絶対値の減少(すなわち、ゼロへ接近すること)を表す。
【0038】
このマッピング15では、領域D1,D2を分けることにより、異なるタイプの動きの状況を認識して管理することができ、且つ検討されるそれぞれの領域に応じて微分ゲインKdを別々に調整することができる点で効果的である。
【0039】
さらに詳しくは、微分ゲインKdは、所定の速度V_vehicにおいて閾値V_threshより大きいと、その縦速度V_vehicに関係なく、好ましくは実荷重パラメータT2_actualの単調減少関数に従って減少し、より優先的には実操舵トルクT2_actualの単調減少関数に従って減少する。
【0040】
この減少関数は、走行領域D2に属する異なった動きの状況の間での滑らかな変化に有利に働くように、連続的である(つまり、少なくともC0の連続する類関数に対応する)ことが好ましい。
【0041】
同様に、駐車領域D1では、微分ゲインKdは、所定の速度V_vehicにおいては、検討される縦速度V_vehic(閾値V_threshより小さい)に関係なく、実荷重パラメータT2_actualの単調連続関数に従って増加することが好ましい。
【0042】
実操舵トルクT2_actualで微分ゲインKdを増加させるこのような増加関数は、駐車状況において、したがってホイール5,6を操作するために大きな操舵トルクが必要になり得る状況において、及び/または特に車両の始動時に地面の性質(乾燥した、湿った、凍った地面など)に応じたホイール5,6の種々の粘着状況に対処し得る状況において、パワーステアリングシステム1の安定性を高めることができる点で有利である。
【0043】
また、このような関数により、振動現象が発生した場合にアシストを強くして、その結果としてステアリングホイールのリップルを制限しやすくなる。
【0044】
言うまでもなく、縦速度閾値V_threshは、実際には、車両が静止しているかまたは駐車の動作中でゆっくりと動いている一つの状況と、車両が走行している他の状況との間の境界に対応するように選択される。
【0045】
駐車領域D1と走行領域D2との間の境界であることを示す縦速度閾値(V_thresh)は、(絶対値が)5km/h以下であることが好ましく、3km/h以下であることがより好ましく、2km/h以下であることがさらに好ましい。
【0046】
ここで、
図2においてV_thresh=2km/hを選択したとする。
【0047】
パワーステアリングシステム1の不安定な動作、またはぎくしゃくした動作を避けるために、このマッピングでは、駐車領域D1と走行領域D2との間での移行に一定の連続性が得られ、それにより、縦速度閾値V_threshで表される境界を通過するときの滑らかな動作が保証されることが好ましい。
【0048】
このため、三次元マッピング15は、グラフに示すように、好ましくは駐車領域D1と走行領域D2の間の境界に位置する(すなわち、その縦速度の座標が速度閾値V_threshと等しい)「反転ポイント」P0と呼ばれるポイントを含み、そこから縦速度V_vehicの絶対値の増加と実荷重パラメータT2_actualの絶対値の減少をマッピング15が示す場合には、微分ゲインKdの絶対値が増加し(
図2のマッピング上のベクトルF1)、実荷重パラメータT2_actualの絶対値が増加するが縦速度V_vehicの絶対値の常時増加をマッピング15が示す場合には、微分ゲインKdの絶対値が減少する(
図2のマッピング上のベクトルF2)。
【0049】
反転ポイントP0は、グラフ上で、速度閾値V_threshと等しい縦速度V_vehicに対応し、したがって、走行領域D2における実操舵トルクT2_actualによって決まる微分ゲインKdを処理する一方の減少関数と、駐車領域D1における同じ実操舵トルクT2_actualによってきまる微分ゲインKdを処理する他方の増加関数の交点での、V_vehic=V_threshで定められる投影面内の標準投影に対応する。
【0050】
逆に、反転ポイントP0に対して駐車領域D1側に位置する他の「傾斜面」では、この反転ポイントP0から縦速度V_vehicが減少するとともに実操舵トルクT2_actualが減少すると微分ゲインKdが減少することになり、速度V_vehicが減少するとともに実操舵トルクT2_actualが増加すると微分ゲインKdが増加することになる。
【0051】
図2に示すように、走行領域D2は複数の部分領域を含むことが好ましく、その部分領域は、
実荷重パラメータの値がゼロ(T2_actual=0)から第1の所定の荷重の閾値(T2_actual=T_thresh_low)まで広がる「直進近傍部分領域」と呼ばれる第1の部分領域D2_1であって、微分ゲインKdが、「上限閾値」Kd_highと呼ばれる第1ゲイン閾値よりも絶対値が大きく保たれる第1の部分領域D2_1と、
第1の荷重の閾値T_thresh_lowよりも(絶対値が)大きい第2の所定の荷重の閾値T_thresh_highからそれを超えて広がる「旋回部分領域」と呼ばれる第2の部分領域D2_2であって、微分ゲインKdが、上限閾値Kd_highよりも絶対値が完全に小さい「下限閾値」Kd_lowと呼ばれる第2のゲイン閾値よりも小さく保たれる第2の部分領域D2_2と、
第1の荷重の閾値T_thresh_lowから第2の荷重の閾値T_thresh_highまで広がる、「移行部分領域」と呼ばれる中間部の第3の部分領域D2_3であって、所定の縦速度V_vehicにおいて実荷重パラメータT2_actualが増加すると、微分ゲインKdの絶対値が上限閾値Kd_highから下限閾値Kd_lowへ減少する第3の部分領域D2_3と、
を含む。
【0052】
走行領域D2の部分領域D2_1,D2_2,D2_3は、その速さが60km/h以上、さらには90km/h以上になる縦速度V_vehicの範囲にまで広がることが好ましい。
【0053】
好ましくは、前記部分領域D2_1,D2_2,D2_3は、少なくとも、60km/hの(またはそれより小さい)低速の(絶対)縦速度V_vehicleと、例えば最大車速に対応し得る、及び/または例えば少なくとも150km/h、または少なくとも180km/hにまでなり得る高速の縦速度との間に広げることができる。
【0054】
走行領域D2における部分領域D2_1,D2_2,D2_3の全体形状を表す一般的な原則は、連続性の理由から、駐車領域D1との境界を表す速度閾値V_threshまで、縦速度の広範囲にわたって守られるのが好ましい。このことは、
図2に示すように、縦速度V_vehicが、予め定められた境界前の閾値(例えば、Kd_lowの場合にはV2)よりも(絶対値が)減少して、速度閾値V_threshに近づくときに、微分ゲインKdの下限閾値Kd_low及び/または上限閾値Kd_highが、それぞれ増加及び減少して調整される場合であっても同様である。
【0055】
直進近傍部分領域D2_1、ないし「中心の」部分領域は、車両がまっすぐな線またはほぼまっすぐな線上を走行し、ステアリングホイール2、より一般的にはステアリング機構が中心位置にある状況に対応する。
【0056】
したがって、運転者から加えられる操舵トルクT2、すなわち実荷重パラメータT2_actualは比較的小さくなり、実質的にはゼロにもなる。
【0057】
さらに、十分に大きい微分ゲインKd、この場合は上限閾値Kd_highよりも大きい微分ゲインKdが、中心位置からの操作の快適性を高めるために選択され、特に、一方ではステアリング機構を左または右へ動かすために運転者が実行することが必要なリフトオフ力を制限し、及び/または他方では操作中の抵抗に起因する不快感を低減させるために選択される。したがって、その位置はマッピング15の上端へ向かう。
【0058】
しかし、微分ゲインKdもまた、運転者がステアリングホイール2をちょうど操作し始めた状態でヨーレートを変化させることにより、位相の急変を生じさせないように、すなわち、車両が方向転換に急に反応しすぎないように、十分に緩やかな値(十分に小さい値)が選択される。
【0059】
旋回部分領域D2_2、すなわち「中心から外れた」部分領域は、前記車両を湾曲軌道に乗せるために、ステアリングホイールを実際にゼロでない相当に大きな操舵角にして車両が走行する旋回状況に対応する。
【0060】
このような状況では、「路面感覚」、言い換えるとホイール5,6のタイヤと道路との間の路面の凹凸の感覚及び相互作用の感覚、特に粘着の感覚が高められる。
【0061】
したがって、この目的のために、十分に小さい微分ゲインKd、この場合には下限閾値Kd_low以下の微分ゲインKd、より一般的には直進近傍で用いられる微分ゲインよりも小さい微分ゲインKdが、操舵トルクの急速な変化(その周波数は一般に2Hzから20Hz、さらに30Hzの間に含まれる)を過度に補正し、結果的にこれらの変化によりもたらされる情報を過度に減じて(除去して)路面感覚を低下させる過大なアシストが付与されるのを避けるために選択される。
【0062】
しかしながら、微分ゲインKdは、タイヤの「スティックスリップ」現象に過敏になるのを避けるために十分に大きく保たれ、それによってタイヤは、操作の開始時に突然にリフトオフするよりも地面に強く食いつく傾向になる。
【0063】
このスティックスリップ現象は、縦速度V_V_vehicが小さいときに生じやすく、微分ゲインKdの下限閾値Kd_lowは、縦速度V_vehicが低下したときに、特に縦速度V_vehicがその縦速度の閾値V_threshの方向へ(したがって、駐車領域D1に近づくときに)縦速度の閾値V_threshよりも大きい特定の境界前閾値V2よりも下がるまで低下したときに大きくなることが好ましい。ここで、この境界前閾値V2は、
図2に示すように、例えば60km/hと30km/hの間に含まれる。
【0064】
一般に、旋回部分領域D2_2_2は、マッピング15内で凹んだ形状になり得る。
【0065】
次に、移行の部分領域D2_3は、直進状況から旋回状況への変化、またはその逆の変化を許容する移行状況に対応する。
【0066】
この移行部分領域D2_3において、微分ゲインKdは、下限閾値Kd_lowと上限閾値Kd_highの間で徐々に調整される。
【0067】
運転者がステアリングホイール2を中心に戻すようにステアリングホイール2を放すか、または運転者がステアリングホイール2を中心に戻すようにステアリングホイール2を操作する「カウンターステアリング」の状況では、戻るときのアシストトルクの作用を助けるように微分ゲインkdが選択される。
【0068】
このようにして、微分ゲインKdを特に比較的高めにすることができる。実際、ステアリングホイールを中心位置にするために、運転者がステアリングホイール2を放すか、またはその初期の旋回操作に対して逆の操作をすると、操舵トルクT2の、したがって実荷重パラメータT2_actualの、急速でほとんど瞬間的な低下が生じる。
【0069】
したがって、時間微分dT2_actual/dtが特に大きくなる。
【0070】
また、微分ゲインKdが大きくなると微分成分Cdの算出値の減少が大きくなり、そのときまでは運転者が望む旋回方向の操舵角を維持するか、または強める傾向にあった従来のアシスト力が、より急速に低下する。
【0071】
この初期アシストが作用した方向とは逆の方向へ生じるべきステアリングホイールの中心への戻り、そしてこの初期アシストが継続した場合は妨げられるステアリングホイールの中心への戻りが、強められた微分ゲインkdを適用することで促進される。
【0072】
逆に、ステアリングを操作している状況では、運転者は旋回するために操舵角を強める。
【0073】
特に、運転者は素早い操舵が可能になり、操舵トルクT2,T2_actualの「段階入力」をほぼ実行できる。
【0074】
実際、このような「段階入力」の操作は、150deg/sと300deg/sの間の閾値以上のステアリングホイールの回転速度によって特徴付けることができ、特に障害物を避けるための緊急の操作に対応できる。
【0075】
このような状況では、ステアリングホイール2の操作と車両のヨーレートの実際の変化完了との間に十分な反応性、したがって適度な位相遅れが生じる微分ゲインKdを選択することが適しており、逆に運転者を驚かせるような速すぎる反応は生じない。
【0076】
このような旋回操作状況、特に「段階入力」の状況では、ステアリングアシストによって思いがけず走路から外れるのを阻止するため、微分ゲインKdを車両の縦速度V_V_vehicに応じて、高速時の反応性が低速時よりも低下するように調整するのが好ましい。
【0077】
特に、直進近傍の状況(部分領域D2_1)及び/または「段階入力」の状況(部分領域D2_3に対応するステアリングホイールの回転)に適切に対処するため、3次元マッピング15は、結果として生じる微分ゲインKdが、操舵トルクT2,T2_actualの変動を引き起こす運転者の操作のトリガーと、その操作に起因する車両のヨーレートの実際の変化との間に、少なくとも50ms、好ましくは少なくとも100ms、多くとも300ms、好ましくは多くとも200msの間の位相の遅延を生じさせるように構成されることが好ましい。
【0078】
100msより小さく(一般的な「スポーツ」設定)、さらに50msより小さいと、パワーステアリング装置1は、予想されるよりも速い反応で運転者5を驚かせるおそれがある。
【0079】
200ms(一般的な「快適」設定)より大きく、さらに300msより大きいと、特に障害物を回避するときまたは連続して旋回するときに、車両の反応と運転者によるステアリングホイール2の動きとが良好に同期すべき状況で、パワーステアリングシステム1が「ソフト」つまり応答性と正確性に欠けていると認識して不利になることがある。
【0080】
微分ゲインのマッピング15は、例えば、試験の実施及び/または数値的なシミュレーションによって確立できる。
【0081】
言うまでもなく、本発明は前述した一つの例に限られない。当業者であれば、特に一つまたは他の特徴を単独で用いたり、または自由に組み合わせたりすることができる。