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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-27
(45)【発行日】2023-03-07
(54)【発明の名称】口腔内細菌増殖抑制組成物
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/105 20160101AFI20230228BHJP
   A23L 11/50 20210101ALI20230228BHJP
   A61K 36/48 20060101ALI20230228BHJP
   A61K 36/06 20060101ALI20230228BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20230228BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20230228BHJP
【FI】
A23L33/105
A23L11/50
A61K36/48
A61K36/06 A
A61P1/02
A61P31/04
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019544488
(86)(22)【出願日】2018-09-05
(86)【国際出願番号】 JP2018032798
(87)【国際公開番号】W WO2019065124
(87)【国際公開日】2019-04-04
【審査請求日】2021-09-01
(31)【優先権主張番号】P 2017184274
(32)【優先日】2017-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000210067
【氏名又は名称】池田食研株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】100216286
【弁理士】
【氏名又は名称】篠崎 史典
(72)【発明者】
【氏名】青木 秀之
(72)【発明者】
【氏名】二井 広平
(72)【発明者】
【氏名】宮島 彩
(72)【発明者】
【氏名】高柴 正悟
(72)【発明者】
【氏名】伊東 孝
(72)【発明者】
【氏名】伊東 昌洋
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-097039(JP,A)
【文献】Book of Abstracts International Conference on Drug Discovery & Development (ICDDD 2017),2017年09月12日,p.34
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 33/00-33/29
A23L 11/50
A61P 1/02
A61P 31/04
FSTA/CAplus/AGRICOLA/BIOSIS/
MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾプス属に属する糸状菌を用いてなる大豆発酵物の、水溶液による水抽出物を有効成分とする口腔内細菌増殖抑制組成物。
【請求項2】
リゾプス属に属する糸状菌が、リゾプス ミクロスポラス(Rhizopus microsporus)、リゾプス オリゼ(Rhizopus oryzae)及びリゾプス ストロニファー(Rhizopus stolonifer)の少なくとも一種である、請求項1に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
【請求項3】
口腔内細菌増殖抑制が、バイオフィルム形成抑制によるものである、請求項1又は2に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
【請求項4】
口腔内細菌増殖抑制組成物が飲食品である、請求項1~3に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
【請求項5】
口腔内細菌増殖抑制組成物が口腔ケア用品である、請求項1~4に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
【請求項6】
リゾプス属に属する糸状菌を用いて大豆を発酵させることにより大豆発酵物を製造する工程を含む、請求項1~5に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口腔内細菌増殖抑制組成物(又は、「口腔内細菌増殖抑制用組成物」)等に関する。
【背景技術】
【0002】
戦後、医療の進歩、食生活の改善等に伴い、日本人の平均寿命は急速に伸び、現在日本はWHO加盟国の中で上位の平均寿命となっている。一方、近年、日常生活を送る上において介護を必要とせず、自分で生活ができる生存期間である健康寿命が重要視されるようになり、この健康寿命と平均寿命の差、即ち不健康期間が長いことが問題となっている。健康寿命を延伸する要因として、歯の本数との関係が報告されている。歯の本数の多い人は少ない人と比べ、認知症発症や転倒する危険性が低いとされている。そこで、日本国内において、80歳で20本以上の歯を残すことを目的とした運動、即ち8020運動が展開され、歯の多く残る人が増加している。しかし、8020運動の結果として、歯が残っているものの、オーラルケアが困難な要介護者が増加しており、歯に形成されたバイオフィルム由来の口腔内細菌による誤嚥性肺炎が問題(日本の死因の3位)となっている。
【0003】
う蝕原因菌とも呼ばれる、ストレプトコッカス ミュータンス(Streptococcus mutans(以下、「S.mutans」と略記))は、う蝕の原因となる、う蝕原因菌の一種で、スクロースを基質としてグルカンを産生し、産生されたグルカンにより菌は歯への付着能を有し、バイオフィルムを形成する。形成されたバイオフィルムに誤嚥性肺炎の起因菌等が繁殖した状態となり、これらの細菌が気管、肺へと入り、誤嚥性肺炎を引き起こすとされている。
【0004】
現在、S.mutansの予防方法として抗菌剤が使用されている。しかしながら、抗菌剤での殺菌は、抗菌剤に不感受性の菌が繁殖する菌交代現象の発生や抗菌剤に耐性のある菌の発現リスク等の問題点がある。このことから、既存の抗菌剤と同等以上の抗菌力価を有し、生体に安全な抗菌物質のニーズが高まっている。他のS.mutansの生育あるいはバイオフィルムの形成を抑制する為の方法として、以下が報告されている。
【0005】
例えば大豆あるいは大豆発酵食品を使用したS.mutansの生育抑制効果に関しては、納豆、納豆分離菌、及び納豆分離菌培養濾液を有効成分とするS.mutans由来のバイオフィルム形成抑制剤について報告されている。これらは、S.mutans由来のバイオフィルム形成抑制効果は有するが、S.mutansの生育は抑制できない。また、納豆を使用した場合には、納豆特有の臭いが問題であるとされている(特許文献1)。
更に、紅麹菌、テンペ菌、酵母菌、クモノスカビ、ケカビ及びコウジ等による大豆発酵物のオートインデューサー-2阻害によるS.mutansの生育抑制について報告されているが、ヘキサン抽出物を有効成分とし、水、50%エタノール抽出物では有効でないとされており、有効成分が水溶性物質でないため使用範囲が限定される問題がある(特許文献2)。
【0006】
また、大豆有効成分のS.mutans抑制効果に関しては、7Sグロブリンやダイズタンパク質のサーモリシン分解物等について報告されている。分子量サイズは50~75kDaである7Sグロブリンに関しては、クオラムセンシングのコントロール因子であるCompetens stimulating peptide(CSP)の働きを阻害することで、S.mutansによるバイオフィルム形成を抑制するが、S.mutansの生育は抑制できない(特許文献3)。また、ダイズタンパク質のサーモリシン分解物に関しては、ダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物である分子量0.3~10kDaのペプチド(LEHA)がう蝕原因菌及び歯垢形成を抑制するとされているが、ダイズタンパク質を加水分解するために独特な苦味や異臭が発生する課題がある(特許文献4)。
【0007】
一方、インドネシアを代表する発酵食品であるテンペ調製に使用するリゾプス オリゴスポラス(「Rhizopus oligosporus」、現在、「リゾプス ミクロスポラス「Rhizopus microsporus」に統合)の培養液から精製した分子量が約5.5kDaのペプチドにグラム陰性菌に対する抗菌活性が認められたとの報告があるが、S.mutansの増殖抑制やバイオフィルム形成抑制効果については確認されていない(非特許文献1)。また、糸状菌であるアスペルギルス テレウス(Aspergillus terreus)培養液から精製した物質「ムタステイン」は、バイオフィルム形成阻害があることが報告されているが、S.mutansの生育は抑制しない(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-227355
【文献】特開2012-97039
【文献】特開2015-166334
【文献】特開2009-219403
【文献】特開昭61-47515
【非特許文献】
【0009】
【文献】Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry Vol.56,No.1(1992), 94-98
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、口腔内細菌の生育阻害とバイオフィルム形成抑制効果等がある大豆発酵物を有効成分とする口腔内細菌増殖抑制組成物を提供すること、及び、該口腔内細菌増殖抑制組成物の製造方法、摂取方法、使用方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、微生物による発酵物に着目し、鋭意研究を重ねた結果、インドネシアの伝統的発酵食品として知られるリゾプス属の糸状菌を用いる大豆発酵物が、優れた口腔内細菌の生育阻害効果(抗菌効果)やバイオフィルム形成抑制効果を示し、その結果、該大豆発酵物を含む組成物に口腔内細菌増殖抑制作用があることを初めて見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、リゾプス(Rhizopus)属の糸状菌を用いて発酵することにより得られる大豆発酵物又はその抽出物を有効成分として含有する口腔内細菌増殖抑制組成物等に関する。
【0013】
本発明は、以下の[1]~[7]の態様に関する。
[1]リゾプス属に属する糸状菌を用いてなる大豆発酵物又はその抽出物を有効成分とする口腔内細菌増殖抑制組成物。
[2]リゾプス属に属する糸状菌が、リゾプス ミクロスポラス(Rhizopus microsporus)、リゾプス オリゼ(Rhizopus oryzae)及びリゾプス ストロニファー(Rhizopus stolonifer)の少なくとも一種である、[1]に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
[3]口腔内細菌増殖抑制が、う蝕原因菌、歯周病菌又は日和見感染菌を含む口腔内細菌の生育阻害によるものである、[1]~[2]に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
[4]口腔内細菌増殖抑制が、バイオフィルム形成抑制によるものである、[1]~[3]に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
[5]口腔内細菌増殖抑制組成物が飲食品である、[1]~[4]に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
[6]口腔内細菌増殖抑制組成物が口腔ケア用品である、[1]~[5]に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物。
[7]リゾプス属に属する糸状菌を用いて大豆を発酵させることにより大豆発酵物を製造する工程を含む、[1]~[6]に記載の口腔内細菌増殖抑制組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の大豆発酵物又はその抽出物を有効成分として含む口腔内細菌増殖抑制組成物は、口腔内細菌の生育阻害とバイオフィルム形成抑制効果等を奏し、該組成物は口腔内環境改善等に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。本発明は、リゾプス属を含む糸状菌を用いてなる大豆発酵物又はその抽出物を有効成分とする口腔内細菌増殖抑制組成物に係る。
【0016】
本発明で使用される微生物である糸状菌は、リゾプス属に属する糸状菌であり、例えば、リゾプス ミクロスポラス(Rhizopus microsporus) 、リゾプス オリゼ(Rhizopus oryzae)、及び、リゾプス ストロニファー(Rhizopus stolonifer) 等が挙げられる。特に口腔内細菌の生育抑制やバイオフィルム形成抑制効果の高いリゾプス ストロニファー(Rhizopus stolonifer)が望ましい。本発明で使用される糸状菌に属する具体的な菌株は、NBRC 及びATCCなどの公的な寄託機関又は法人に寄託されており、これらから容易に入手可能である。このような糸状菌株の好適例として、例えば、実施例で使用されているような、受託番号:NBRC4716、受託番号:NBRC30816、及び、受託番号:NBRC32002が付されて寄託されている糸状菌株が挙げられる。更に、本発明に於ける「リゾプス ストロニファー(Rhizopus stolonifer)、リゾプス オリーゼ(Rhizopus oryzae)、リゾプス ミクロスポラス(Rhizopus microsporus)」には、これら糸状菌株から当業者に公知の任意の方法・手段で誘導される変異株であって、前記のように口腔内環境改善作用効果を有する糸状菌も含まれる。大豆の発酵に際してはこれら糸状菌株の一種を単独又はそれらを組合せて使用してもよい。尚、リゾプス属の微生物は、インドネシアの伝統的発酵食品として知られるテンペの製造に古くから使われてきた糸状菌類であり、極めて安全な微生物であることが特徴である。
【0017】
本発明による大豆発酵物は、主原料である大豆の種類や製造方法、形状、添加物の種類等は特定のものに限定されるものではない。原料の大豆は、糸状菌が発酵できるものであればよく、産地としては、例えば日本産、中国産、北米産、南米産の大豆等いずれもが使用できる。大豆発酵物の製造方法としては、まず大豆を酸性条件下で浸漬を行った後、脱皮を行う。浸漬時に使用する酸は、酢酸、クエン酸、乳酸、酒石酸等、食用の有機酸であればいずれも使用可能である。添加濃度は、リゾプス属糸状菌の生育を阻害しない濃度であればよく、例えば酢酸であれば約0.2~0.5重量%が好ましく、より好ましくは約0.5重量%である。浸漬処理した大豆について脱皮を行うが、原料中に大豆の外皮が残存しないことが望ましい。また、原料大豆に脱皮大豆を使用することにより、脱皮工程を省くことも可能である。このようにして得られた浸漬処理済み脱皮大豆は、酸性液中で水煮又は、圧力蒸煮を行うが、水煮の時間は約15~90分程度が好ましく、より好ましくは約15~30分である。加圧蒸煮条件は約110~125℃ 、約2~5分間加圧蒸煮が好ましく、より好ましくは約121℃ 、約2~3分間である。該加圧蒸煮した大豆を冷却後、リゾプス属糸状菌の胞子懸濁液若しくは凍結乾燥菌体等を植菌する。胞子懸濁液、凍結乾燥菌体等の添加量は、約0.1~5.0重量% が好ましく、より好ましくは約0.2~3.0重量% である。種菌添加後、よく混合し、これを表面に数十カ所穴を開けたポリ袋に厚さ約1.5c m 程度となるように充填する、若しくは同様の厚さにステンレストレー上に充填し、発酵する。発酵条件としては、温度は約20~45℃ 、好ましくは約25~40 ℃ である。また、湿度はRH約60~98%で、好ましくはRH約70~90%である。初発pHは約3.0~7.0で、好ましくは約5.0~6.0である。発酵時間は約10~120時間で、好ましくは約24~72時間である。該条件で発酵させることにより、口腔内細菌生育阻害やバイオフィルム形成抑制効果を有する大豆発酵物を得ることができる。
また、大豆発酵物の製造方法として、脱皮大豆、浸漬処理済み脱皮大豆、蒸煮大豆及び/又は、その粉砕物に加水後、発酵することができる。水の割合は、脱皮大豆、浸漬処理済み脱皮大豆、蒸煮大豆及び/又は、その粉砕物を1とした場合、好ましくは0.5以上、より好ましくは1以上、さらに好ましくは2以上である。発酵条件としては、温度は約20~45℃ 、好ましくは約25~40 ℃ である。また、初発pHは約3.0~7.0で、好ましくは約5.0~6.0である。発酵時間は約10~120時間で、好ましくは約24~72時間である。該条件で発酵させることにより、口腔内細菌生育阻害やバイオフィルム形成抑制効果を有する大豆発酵物を得ることができる。
【0018】
該大豆発酵物はそのままの形態でも利用可能であるが、更に加熱殺菌、マイクロ波殺菌等を行っても利用可能である。また、必要に応じてこれらをペースト状にしたり、凍結乾燥、風乾等による乾燥品としたり、さらに粉砕後、粉末状にしたり、ペースト状にしたり、熱水及びリン酸緩衝生理食塩水、酸性溶液、アルカリ性溶液等の各種の水溶液等による水抽出を行って得られる水抽出液としても利用可能である。さらに該大豆発酵物の水抽出液を酸沈殿、硫酸アンモニウム沈殿、加熱処理等による部分精製品としても利用可能である。酸沈殿の条件としては、該大豆発酵物の水抽出液のpHを塩酸などでpHを約2.0~6.0、好ましくは約3.0~5.0で調整することにより、口腔内細菌生育阻害やバイオフィルム形成抑制効果を有する組成物が沈殿して得ることができる。硫酸アンモニウム沈殿の条件としては、該大豆発酵物の水抽出液中の最終的な硫酸アンモニウム濃度を20%以上、30%以上、50%以上、70%以上、90%以上で行うことで、口腔内細菌生育阻害やバイオフィルム形成抑制効果を有する組成物が沈殿して得ることができる。加熱処理の条件としては、該大豆発酵物の水抽出液を約40℃~90℃処理、好ましくは約60~85℃処理することで口腔内細菌生育阻害やバイオフィルム形成抑制効果を有する組成物を上清に得ることができる。さらに酸沈殿、硫酸アンモニウム沈殿、加熱処理した部分精製品を限外濾過やゲル濾過等により高度に精製した精製品としての利用も可能である。
【0019】
本発明の大豆発酵物又はその抽出物を有効成分として含む口腔内細菌増殖抑制組成物は、口腔内細菌生育阻害やバイオフィルム形成抑制効果等を有する組成物のことである。口腔内細菌としては、当業者に公知の任意の細菌、例えば、う蝕原因菌であれば、Streptococcus mutans、Streptococcus sobrinus、Streptococcus mitis、Lactobacillus sp.等が挙げられる。歯周病菌であれば、Porphyromonas gingivalis、Tannerella forsythia、Fusobacterium nucleatum、Actinobacillus actinomycetemcomitans等が挙げられる。日和見感染菌であれば、Staphylococcus aureus、Klebsiella pneumoniae、Pseudomonas sp.、Streptococcus salivarius等が挙げられる。バイオフィルムの初期付着に関わる菌として、Streptococcus mitis、Streptococcus salivarius、Streptococcus gordoni等が挙げられる。
従って、本発明は、「口腔内細菌増殖抑制」若しくは上記の少なくともいずれか一つの効果、又はそれらと実質的に同義の作用・効果を有する旨の表示が付された口腔内細菌増殖抑制組成物にも係る。
【0020】
本発明の口腔内細菌増殖抑制組成物は、任意の形態の飲食品として提供することが出来る。例えば、豆乳、コーヒー等の飲料、ビスケット、キャンディ、チョコレート等の菓子、ハンバーグ、コロッケ等の惣菜、ヨーグルト、チーズ等の乳製品、味噌、醤油等の調味料のほか、タブレット、カプセル、顆粒等の健康食品に使用できる。また、本発明の口腔内細菌増殖抑制組成物は、任意の形態の口腔内ケア用品として提供することが出来る。例えば、歯磨き粉、マウスウオッシュ等の口腔内ケア用品に使用することができる。なお、該口腔内細菌増殖抑制組成物の用途・利用方法に関しては、上記の飲食品や口腔内ケア用品の事例になんら限定されるものではない。
【0021】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0022】
脱皮大豆100gに対して、5倍量の重量の3%醸造酢水溶液を加え、室温で一晩、浸漬処理を行った。浸漬処理後、水切りすることにより、浸漬大豆160gを得た。浸漬大豆160gに水道水320gを加え、圧力鍋を使用して、100℃にて10分間蒸煮処理を行った。蒸煮処理後、水切りし、蒸煮大豆200gを得た。調製した蒸煮大豆100gに対して、リゾプス ストロニファー(Rhizopus stolonifer(以下、「R. stolonifer」と略記)) NBRC30816の胞子懸濁液を1×10個の胞子数になるように添加し、十分に混合することにより種付処理を行った。これを穴開き袋に充填し、32℃に設定した恒温槽内で、40時間発酵処理を行った。発酵処理後、90℃、30分間の殺菌を行い、さらに凍結乾燥を行い、大豆発酵物粉末を得た。大豆発酵物粉末2.5gに対し、リン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSと略記)15mLを加え、室温、1時間、振盪抽出した後に、遠心分離することで得られた上清を50mL容量のメスフラスコに回収した。これを3回繰り返し、PBSを用いて50mLにメスアップすることで大豆発酵物抽出液である実施品1を得た。
【実施例2】
【0023】
実施例1と同様に、リゾプス ミクロスポラス(Rhizopus microsporus(以下、「R. microsporus」と略記))NBRC32002の胞子懸濁液を使用することにより、大豆発酵物抽出液である実施品2を得た。
【実施例3】
【0024】
実施例1と同様に、リゾプス オリゼ(Rhizopus oryzae(以下、「R. oryzae」と略記)) NBRC4716の胞子懸濁液を使用することにより、大豆発酵物抽出液である実施品3を得た。
【0025】
[比較例1]
実施例1と同様な方法で得られた蒸煮大豆を凍結乾燥することで、蒸煮大豆粉末を得た。蒸煮大豆粉末2.5gに対し、リン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSと略記)15mLを加え、室温で1時間、振盪抽出した後に、遠心分離することで得られた上清を50mL容量のメスフラスコに回収した。これを3回繰り返し、PBSを用いて50mLにメスアップすることで大豆抽出液である比較例1を得た。
【0026】
[比較例2~4]
市販のフリーズドライ納豆粉末又は緑茶粉末又は甘草根粉末2.5gに対し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)15mLを加え、室温で1時間、振盪抽出した後に、遠心分離することで得られた上清を50mL容量のメスフラスコに回収した。これを3回繰り返し、PBSを用いて50mLにメスアップすることで納豆抽出液(比較例2)、緑茶抽出液(比較例3)及び、甘草根抽出液(比較例4)を得た。
【0027】
[比較例5]
マヌカハニー(MGO400+、固形分約80%)3.1gをPBSに溶解させ50mLにメスアップすることでマヌカハニー抽出液を得た(比較例5)。
【実施例4】
【0028】
(実施品1、実施品2、実施品3、比較品1及び比較品2のう蝕原因菌に対する抗菌活性の強さ)
12穴プレートにブレインハートインヒュージョンブロス3.2mL、比較品1~2、又は、実施品1~3を0.08mL、PBS0.32mL及び、1×107CFU/mLとなるよう調整したS.mutans菌懸濁液0.4mLを加え、37℃で培養した。培養18時間後における培養液の菌量を比較した。菌量は濁度(吸光度660nm)で評価した。その結果、表1に示されるように、蒸煮大豆及び納豆と比較し、リゾプス属の大豆発酵物において強いS.mutansに対する抗菌効果が認められた。
【0029】
【表1】
【実施例5】
【0030】
(抗菌スペクトル)
12穴プレートにブレインハートインヒュージョンブロス2.8mL及び、実施品1を0.8mL及び、1×107CFU/mLとなるよう調整したStaphylococcus aureus(以下、「S.aureus」と略記)、Candida albicans(以下、「C.albicans」と略記)、Porphyromonas gingivalis(以下、「P.gingivalis」と略記)、Streptococcus mitis(以下、「S.mitis」と略記)、Streptococcus gordonii(以下、「S.gordonii」と略記)、Streptococcus salivarius(以下、「S.salivarius」と略記)の菌懸濁液0.4mLを加え、37℃で培養した。培養12時間後における培養液の菌量をATP量で比較した。ATP量は、ATP測定キット(キッコーマンバイオケミファ製)を使用して測定を行った。その結果、表2に示されるように、コントロールと比較し、リゾプス属の大豆発酵物において、日和見感染菌の一種であるS.aureusや歯周病菌の一種であるP.gingivalisに対する抗菌効果が認められた。特にバイオフィルムの初期形成の代表的な菌であるS.mitisやS.gordonii、敗血症や心内膜炎の原因菌の一種であるS.salivariusに対し、強い抗菌活性が認められた。
【0031】
【表2】
【実施例6】
【0032】
(バイオフィルム形成抑制試験)
12穴プレートの底面にガラスプレート(10×10×1mm)を置き、1%スクロース添加トリプティカーゼソイブロス(表3)2.8mL及び、実施品1又は、0.05%塩化セチルピリジニウム(以下、「CPC」と略記)を0.8mL及び、1×107CFU/mLとなるよう調整したS.mutans菌懸濁液0.4mLを加え、37℃で培養した。培養12時間後におけるガラスプレート上の菌量を実施例5と同様にATP量で評価した。その結果、表4に示されるように、コントロールと比較し、リゾプス属の大豆発酵物においてS.mutans由来のバイオフィルム形成抑制が認められた。また、リゾプス属の大豆発酵物のバイオフィルム形成抑制は、市販のS.mutansの殺菌剤である0.05%CPCと同等の強さであった。
【0033】
【表3】
【0034】
【表4】
【実施例7】
【0035】
(既存のう蝕原因菌に抗菌作用のある各種食品素材及び薬剤との抗菌活性の比較)
12穴プレートにブレインハートインヒュージョンブロス3.2mL及び、実施品1又は比較品3~5を0.4mL及び、1×107CFU/mLとなるよう調整したS.mutans菌液0.4mLを加え、37℃で培養した。培養12時間後における培養液の菌量を実施例5と同様にATP量で評価した。その結果、表5に示されるように、S.mutansに抗菌効果がある緑茶、甘草、マヌカハニーと比較し、リゾプス属の大豆発酵物においてS.mutansへの強い抗菌効果が認められた。また、リゾプス属の大豆発酵物の抗菌効果は、市販のS.mutansの殺菌剤である0.05%CPCと同等の強さであった。
【0036】
【表5】
【実施例8】
【0037】
(各種発酵条件(温度、時間)で発酵した大豆発酵抽出液の調製)
実施例1と同様な方法で発酵温度と発酵時間を変え、発酵温度28℃及び発酵時間24時間の大豆発酵物の抽出液(実施品4)、発酵温度28℃及び発酵時間48時間の大豆発酵物の抽出液(実施品5)、発酵温度28℃及び発酵時間72時間の大豆発酵物の抽出液(実施品6)、発酵温度32℃及び発酵時間24時間の大豆発酵物の抽出液(実施品7)、発酵温度32℃及び発酵時間48時間の大豆発酵物の抽出液(実施品8)、発酵温度32℃及び発酵時間72時間の大豆発酵物の抽出液(実施品9)の各大豆発酵物の抽出液を調製した。尚、各大豆発酵物の抽出液は実施例1に従って調製した。
【実施例9】
【0038】
(各種発酵条件(温度、時間)で発酵した大豆発酵抽出液のう蝕原因菌に対する抗菌活性の強さ)
試験管にトリプティカーゼソイイーストエキストラクト(表6)ブロス3.2mL及び、比較品1、又は、PBS、又は、実施品4~9の大豆発酵抽出液0.4mL及び、1×10CFU/mLとなるよう調整したS.mutans菌懸濁液0.4mLを加え、37℃で培養した。培養24時間後における培養液の菌量を実施例4と同様に濁度(吸光度660nm)で評価した。その結果、表7に示されるように、コントロールと比較し、いずれの発酵温度で調製されたリゾプス属の大豆発酵物においても、発酵時間の長い大豆発酵物ほどS.mutansへの強い抗菌効果が認められた。
【0039】
【表6】
【0040】
【表7】
【実施例10】
【0041】
(増殖抑制効果の持続性)
試験管にトリプティカーゼソイイーストエキストラクトブロス3.2mL及び、実施品6の大豆発酵抽出液 又は、PBSを0.4mL及び、1×10CFU/mLとなるよう調整したS.mutans菌懸濁液0.4mLを加え、37℃で培養した。培養液の濁度(吸光度660nm)を経時的に測定し、各検体の抗菌活性を評価した。その結果、表8に示されるように、コントロールと比較し、リゾプス属の大豆発酵物において14日間、S.mutansの生育阻害効果が認められた。
【0042】
【表8】
【実施例11】
【0043】
(毒性試験)
ラットの下顎M1頬側歯肉から採取した上皮をコラーゲナーゼタイプI及び、ディスパーゼIIを含む酵素溶液(20%牛胎盤血清含有アルファMEMに溶解)にて60分間処理をした。酵素処理後、遠心分離にて上清を除去し、T-25フラスコに全量播種した。T-25フラスコに播種した細胞について、リン酸緩衝生理液(pH7.2)で2回洗浄、0.05%トリプシンを含むEDTA溶液にて8分間処理後、10%牛胎盤血清含有アルファMEMに懸濁、遠心分離にて上清を除去し、再び10%牛胎盤血清含有アルファMEMに懸濁を行い、細胞数をカウントした。細胞数をカウントした細胞について、アルファMEMにて10倍希釈を行い、60mmのディッシュに播種し、第1継代細胞を調製した。同様な操作を行い3回継代した第4継代細胞を調製した。調製した第4継代細胞を96ウェルプレートに10個となるよう播種し、48時間培養後、コンフルエントな状態になったことを確認し、第4継代細胞の培養培地を実施品1の大豆発酵抽出液を2%含むアルファMEM及び、CPCを0.05%含むアルファMEMに培地交換し、第4継代細胞を37℃、48時間培養した。培養後、セルカウンティングキット-8を用い吸光度450nmを測定し、各検体の細胞生残率を評価した。その結果、表9に示されるように、市販のS.mutansの殺菌剤である0.05%CPCでは、S.mutansの生育阻害効果と共に毒性が認められたが、リゾプス属の大豆発酵物においては、S.mutansの生育阻害効果は認められたが、毒性は認められなかった。
【0044】
【表9】
【0045】
本発明では、実施例4のように、リゾプス属の糸状菌であるR. stolonifer、R. microsporus、R. oryzaeの大豆発酵物においてう蝕原因菌であるS.mutansに強い抗菌作用があることが分かった。しかも実施例4、7のように既存のS.mutansに抗菌作用のある各種食品素材に比べ強い抗菌効果が認められ、さらに市販のS.mutansの殺菌剤である0.05%CPCと同等の強さであることが分かった。また、実施例5では、各種口腔内細菌に対する抗菌効果を調べた結果、日和見感染菌の一種であるS.aureusや歯周病菌の一種であるP.gingivalisに対する抗菌効果が認められた。特にバイオフィルムの初期形成の代表的な菌であるS.mitisやS.gordonii、敗血症や心内膜炎の原因菌の一種であるS.salivariusに対し、強い抗菌活性が認められた。実施例6において、S.mutans由来のバイオフィルム形成抑制効果も認められ、その効果は、市販のS.mutansの殺菌剤である0.05%CPCと同等の強さであった。このことから本発明の口腔内細菌増殖抑制組成物は、S.mutansの抗菌効果と共に、バイオフィルム形成抑制効果もあることが分かった。実施例9、10では、リゾプス属の大豆発酵物において発酵時間の長い発酵物ほどS.mutansへの強い生育阻害効果(抗菌効果)があること、更に、14日間にわたりS.mutansの生育阻害効果が認められ抗菌活性の持続性があることが分かった。また、実施例11では、市販のS.mutansの殺菌剤である0.05%CPCでは、S.mutansの生育阻害効果と共に毒性が認められたが、リゾプス属の大豆発酵物においては、S.mutansの生育阻害効果は認められたが、毒性は認められず、生体に安全な抗菌物質であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
既存のS.mutansの予防方法である抗菌剤による殺菌は、抗菌剤に不感受性の菌が繁殖する菌交代現象の発生や抗菌剤に耐性のある菌の発現リスク等の問題点がある。また、既存の食品素材のS.mutansに対する抗菌効果は、既存の抗菌剤と同等以上の抗菌力価を有していなかった。本発明の口腔内細菌増殖抑制組成物は、既存の抗菌剤と同等以上の抗菌力価を有し、かつ、生体に安全な抗菌物質でありながら、口腔内細菌の増殖抑制とバイオフィルム形成抑制効果を提供できる。