(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-27
(45)【発行日】2023-03-07
(54)【発明の名称】切削装置および位置関係特定方法
(51)【国際特許分類】
B23Q 17/22 20060101AFI20230228BHJP
B23Q 15/00 20060101ALI20230228BHJP
【FI】
B23Q17/22 C
B23Q15/00 C
(21)【出願番号】P 2022527196
(86)(22)【出願日】2022-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2022014005
【審査請求日】2022-05-11
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】社本 英二
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】実開昭55-060550(JP,U)
【文献】実開平02-097549(JP,U)
【文献】特開平03-003756(JP,A)
【文献】特開平08-025180(JP,A)
【文献】特開平08-197309(JP,A)
【文献】特開平09-273964(JP,A)
【文献】特開平11-165241(JP,A)
【文献】特開2002-120129(JP,A)
【文献】特開2003-205439(JP,A)
【文献】特開2006-315143(JP,A)
【文献】特開2007-326179(JP,A)
【文献】特開2009-056551(JP,A)
【文献】特開2019-000945(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0282320(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第103170878(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106334972(CN,A)
【文献】国際公開第2020/174585(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/049719(WO,A1)
【文献】特開2021-100784(JP,A)
【文献】国際公開第2019/044911(WO,A1)
【文献】特開2007-290103(JP,A)
【文献】特開2007-320022(JP,A)
【文献】特公昭48-040861(JP,B1)
【文献】特開昭52-013187(JP,A)
【文献】特開2019-217560(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 15/00-15/28
B23Q 17/00-23/00
G05B 19/18-19/416
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削工具または被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、前記切削工具と前記被削材とが接触する方向に前記切削工具を前記被削材に対して相対的に移動させる運動制御部と、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号を取得する取得部と、
前記取得部により取得された信号から、前記切削工具と前記被削材とが接触を開始してから接触を終了するまでの区間を特定して、特定した区間から、前記切削工具と前記被削材の相対的な位置関係を特定する処理部と、を備え
、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号は、時間の経過とともに変化する電気信号であって、パルス状の電気信号を含む、
ことを特徴とする切削装置。
【請求項2】
前記処理部は、特定した区間から、前記切削工具の刃先が前記被削材に切り込んだ深さを導出し、導出した深さを用いて前記切削工具と前記被削材の相対的な位置関係を特定する、
ことを特徴とする請求項1に記載の切削装置。
【請求項3】
前記処理部は、運動周期に対する区間の割合を算出し、算出した割合を用いて切り込んだ深さを導出する、
ことを特徴とする請求項2に記載の切削装置。
【請求項4】
前記処理部は、前記切削工具と前記被削材とが最初に接触したときの区間から、前記切削工具と前記被削材の相対的な位置関係を特定する、
ことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の切削装置。
【請求項5】
前記運動制御部は、
前記切削工具または前記被削材の一方である第1部材が取り付けられた主軸の回転を制御する主軸制御部と、
前記第1部材と、前記切削工具または前記被削材の他方である第2部材との間の相対的な移動を制御する移動制御部と、を有する、
ことを特徴とする請求項1に記載の切削装置。
【請求項6】
前記処理部は、前記取得部により取得された信号の時系列データから、前記第1部材と前記第2部材とが接触している区間を特定して、特定した複数の区間から、前記第1部材の最外周点の回転軌跡円に前記第2部材が達した位置を特定する、
ことを特徴とする請求項5に記載の切削装置。
【請求項7】
前記処理部は、前記主軸の回転周期に対する区間の割合を算出し、複数の区間に対して算出した割合を用いて、前記第1部材の最外周点の回転軌跡円に前記第2部材が達した位置を特定する、
ことを特徴とする請求項6に記載の切削装置。
【請求項8】
前記処理部は、複数の区間に対して算出した割合を回帰分析して求めた回帰曲線を用いて、前記第1部材の最外周点の回転軌跡円に前記第2部材が達した位置を特定する、
ことを特徴とする請求項7に記載の切削装置。
【請求項9】
前記処理部は、複数の区間の長さにもとづいて、前記第1部材の最外周点の回転軌跡円に前記第2部材が達した位置を特定する、
ことを特徴とする請求項6に記載の切削装置。
【請求項10】
前記処理部は、複数の区間の長さを回帰分析して求めた回帰曲線を用いて、前記第1部材の最外周点の回転軌跡円に前記第2部材が達した位置を特定する、
ことを特徴とする請求項9に記載の切削装置。
【請求項11】
前記処理部は、前記切削工具が前記被削材に接触する角度区間と、前記切削工具が前記被削材に切り込んだ深さとの関係を示す関係式を用いて、前記第1部材の最外周点の回転軌跡円に前記第2部材が達した位置を特定する、
ことを特徴とする請求項6から10のいずれかに記載の切削装置。
【請求項12】
前記処理部は、前記主軸に取り付けられた前記第1部材の偏心量を導出する、
ことを特徴とする請求項6に記載の切削装置。
【請求項13】
前記主軸を収容し、前記主軸を回転可能に支持する静圧軸受を有する主軸ハウジングと、
前記第1部材と前記第2部材との間に交流電圧を印加する電圧印加部と、
前記第1部材と前記第2部材との接触の有無を示す電気信号を測定して、前記取得部に供給する測定部と、
をさらに備えることを特徴とする請求項5に記載の切削装置。
【請求項14】
切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する方法であって、
前記切削工具または前記被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、
前記切削工具と前記被削材とが接触する方向に前記切削工具を前記被削材に対して相対的に移動させるステップと、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号を取得するステップと、
取得した信号から、前記切削工具と前記被削材とが接触を開始してから接触を終了するまでの区間を特定するステップと、
特定した区間から、前記切削工具と前記被削材の相対的な位置関係を特定するステップと、を含
み、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号は、時間の経過とともに変化する電気信号であって、パルス状の電気信号を含む、
位置関係の特定方法。
【請求項15】
被削材に対して切削工具を相対的に移動させる送り機構と、
前記送り機構を制御して、前記切削工具または前記被削材の一方に所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、前記切削工具と前記被削材とが接触する方向に前記切削工具を前記被削材に対して相対的に移動させる運動制御部と、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号を取得する取得部と、
前記取得部により取得された信号から、前記切削工具と前記被削材とが接触したタイミングまたは前記切削工具と前記被削材とが接触した状態から離れたタイミングを特定して、特定したタイミングにおける前記切削工具と前記被削材の相対的な位置関係を特定する処理部と、を備え
、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号は、時間の経過とともに変化する電気信号であって、パルス状の電気信号を含む、
ことを特徴とする切削装置。
【請求項16】
前記運動制御部は、前記切削工具の刃先が前記被削材に接触してから離れるまでの間、前記送り機構を制御して、前記切削工具または前記被削材の一方に所定の軌跡に沿った運動を与え続ける、
ことを特徴とする請求項15に記載の切削装置。
【請求項17】
切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する方法であって、
送り機構を制御して、前記切削工具または前記被削材の一方に、所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、
前記送り機構を制御して、前記切削工具と前記被削材とが接触する方向に前記切削工具を前記被削材に対して相対的に移動させるステップと、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号を取得するステップと、
取得した信号から、前記切削工具と前記被削材とが接触したタイミングまたは前記切削工具と前記被削材とが接触した状態から離れたタイミングを特定するステップと、
特定したタイミングにおける前記切削工具と前記被削材の相対的な位置関係を特定するステップと、を含
み、
前記切削工具と前記被削材との接触の有無を示す信号は、時間の経過とともに変化する電気信号であって、パルス状の電気信号を含む、
位置関係の特定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具を用いて被削材を切削する切削装置、および被削材と切削工具の間の相対的な位置関係を特定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械加工では、切削装置のテーブルまたは主軸に被削材(工作物またはワークとも呼ばれる)を固定し、刃物台(タレット)または主軸に工具を固定して、工具と被削材の間の相対運動により形状創製を行う。高精度な形状創製を実現するためには、加工前に、工具と被削材の間の相対的な位置関係を特定する準備作業(段取り)を行う必要がある。
【0003】
特許文献1は、工具と工作物との間に電圧を印加し、工作物に対して工具を相対移動させて、工具と工作物とが接触したときの電圧変動を判断し、接触時の工作物および/または工具の位置を決定する方法を開示する。
【0004】
特許文献2は、接触前に取得された駆動モータに関する検出値の第1時系列データと、接触後に取得された駆動モータに関する検出値の第2時系列データから、切削工具と被削材との接触位置を特定する技術を開示する。切削工具と被削材との接触は、第2時系列データを回帰分析して求めた回帰式により特定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2018-508374号公報
【文献】国際公開第2020/174585号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
電気的な導通の有無を利用して工具と被削材の接触を検出する手法は、感度が高く且つ低コストに実現できる利点を有する。しかしながら非回転工具を用いて自由曲面加工を行う平削り盤のような工作機械において、切れ刃を直線的に運動させて被削材に接触させると、工具が欠損する可能性がある。導通を検知した瞬間に工具を減速、停止させて退避させることも可能であるが、停止するまでの減速期間をゼロにはできないため、工具が欠損する可能性は依然として存在する。
【0007】
また回転工具の場合、工具切れ刃の取付け角度位置は一般に不明であり、回転工具を回転させながら被削材に接触させると、接触した瞬間にはすでに1回転あたり(または1刃あたり)の送り量以下の切込み量で切り込んでしまっているため、切込み開始位置を正確に特定できない。非回転工具を用いる旋削の場合、被削材は一般に微小な偏心をもって取り付けられるが、その偏心の回転位置は一般に不明であり、被削材を回転させながら非回転工具に接触させると、接触した瞬間にはすでに1回転あたりの送り量以下の切込み量で切り込んでしまっているため、切込み開始位置を正確に特定できない。つまり電気的な導通を利用した手法によると、工具と被削材とが接触したことは検出できるが、接触したときには、工具は被削材に対して、切込み開始位置よりも進んだ位置にあり、接触した瞬間の工具位置は、切込み開始位置とは異なる。
【0008】
本開示はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところは、工具と被削材の間の相対的な位置関係を正確に特定する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の切削装置は、切削工具または被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させる運動制御部と、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得する取得部と、取得部により取得された信号から、切削工具と被削材とが接触している区間を特定して、特定した区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する処理部とを備える。
【0010】
本開示の別の態様の位置関係特定方法は、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する方法であって、切削工具または被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させるステップと、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得するステップと、取得した信号から、切削工具と被削材とが接触している区間を特定するステップと、特定した区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定するステップとを含む。切削工具または被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させるステップとは、別個に実施されてもよいが、同時に実施されてもよい。
【0011】
本開示の別の態様の切削装置は、切削工具または被削材の一方に所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させる運動制御部と、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得する取得部と、取得部により取得された信号から、切削工具と被削材とが接触したタイミングまたは切削工具と被削材とが接触した状態から離れたタイミングを特定して、特定したタイミングにおける切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する処理部とを備える。
【0012】
本開示の別の態様の位置関係特定方法は、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する方法であって、切削工具または被削材の一方に、所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させるステップと、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得するステップと、取得した信号から、切削工具と被削材とが接触したタイミングまたは切削工具と被削材とが接触した状態から離れたタイミングを特定するステップと、特定したタイミングにおける切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定するステップとを含む。切削工具または被削材の一方に所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させるステップとは、別個に実施されてもよいが、同時に実施されてもよい。
【0013】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態1の切削装置の概略構成を示す図である。
【
図2】測定部が測定する電気信号の例を示す図である。
【
図3】工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す図である。
【
図4】各時間区間について算出したデューティ比を示す図である。
【
図6】関係式から算出されるデューティ比を示す図である。
【
図7】測定部が測定する電気信号の例を示す図である。
【
図8】各時間区間について算出したデューティ比を示す図である。
【
図10】工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す図である。
【
図11】実施形態2の切削装置の概略構成を示す図である。
【
図12】測定部が測定する電気信号の例を示す図である。
【
図13】工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す図である。
【
図14】各時間区間について算出したデューティ比を示す図である。
【
図16】関係式から算出されるデューティ比を示す図である。
【
図17】実施形態3の切削装置の概略構成を示す図である。
【
図18】工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す図である。
【
図19】切れ刃の軌跡運動と測定される電気信号の関係を示す図である。
【
図21】切れ刃の軌跡運動と測定される電気信号の関係を示す図である。
【
図22】実施形態4の切削装置の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<実施形態1>
図1は、実施形態1の切削装置1aの概略構成を示す。切削装置1aは、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定することを目的として、本格的な切削加工の開始前に切削工具20と被削材30とを接触させ、相対的な位置関係を導出する機能を有する。
【0016】
実施形態1の切削装置1aは、ホルダ32を介して主軸10に取り付けられた切削工具20を回転させて、回転する切削工具20の刃を被削材30に切り込ませる横型フライス盤または横型マシニングセンターである。実施形態1では、主軸10、ホルダ32、切削工具20、被削材30および被削材固定部23が、導電体であり、切削工具20の刃が切削点50で被削材30を切削する。多くの切削加工では、導電性の工具材料(超硬合金、高速度工具鋼、PCD、CBNなど)で形成される切削工具20が利用される。それらの工具にはコーティングが施されることも多いが、ほとんどのコーティング膜は導電性を有する。精密加工では非導電性のダイヤモンド工具が利用されるが、その場合、切削工具20は、導電性のダイヤモンド工具であることが好ましく、単結晶ダイヤモンド工具、ダイヤモンドコーティング工具、多結晶ダイヤモンド工具のいずれであってもよい。
【0017】
切削装置1aはベッド2上に、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる送り機構24、25を備える。被削材30は、被削材固定部23に固定され、被削材固定部23は、送り機構24により移動可能に支持される。主軸ハウジング12は、送り機構25により移動可能に支持される。切削装置1aでは、送り機構24が被削材固定部23をX軸方向(前後方向)に移動させ、送り機構25が主軸ハウジング12をY軸方向(上下方向)、Z軸方向(左右方向)に移動させることで、送り機構24、25が、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる。なお左右方向は、主軸10の軸線方向を意味し、上下方向は、鉛直方向を意味し、前後方向は、主軸10の軸線方向および鉛直方向に垂直な方向を意味する。送り機構24、25は、各軸用のモータおよびボールネジを含んで構成されてよい。
【0018】
主軸10は、主軸ハウジング12に回転可能に支持され、具体的には主軸ハウジング12に固定された金属製のベアリング13a、13bが、主軸10を回転可能に支持する。回転機構11は主軸10を回転する機構を備え、モータと、モータの回転動力を主軸10に伝達する伝達構造を有する。伝達構造は、モータの回転動力を主軸10に伝達するVベルトや歯車を含んで構成されてよい。なお回転機構11は、主軸10に内蔵されたビルトインモータであって、主軸10を直接駆動してもよい。
【0019】
切削装置1aは、切削工具20と被削材30の間に、所定の電圧を印加する電圧印加部46を備える。接触監視部40は、切削工具20と被削材30との接触の有無を監視する。接触監視部40は、回転している主軸10に電気的に接続する接点構造41と、接点構造41に電気的に接続する導線42と、被削材30に電気的に接続する導線43と、導線42および導線43の間に設けられる電気抵抗47と、導線42および導線43の間に設けられる電気抵抗44と、電気抵抗44に印加される電圧を測定する測定部45とを備える。接触監視部40は、切削工具20と被削材30とが接触することにより生じる電気抵抗44における電圧変化を監視して、切削工具20と被削材30との接触の有無を検出してよい。なお測定部45は、電気抵抗44に流れる電流を測定する機能を有してもよい。切削装置1aにおいて、導線43は、被削材30を固定する被削材固定部23に接続し、接点構造41は、主軸10の回転中心に接触する。回転中心の周速は理論上ゼロであることから、接点構造41が、主軸10の回転中心に接触することで、接触箇所の摩耗を抑制できる。
【0020】
接触監視部40において電気抵抗47は、切削工具20と被削材30の非接触時に電気ノイズが発生する状況を防止する目的で設けられる。ノイズ対策用の電気抵抗47を設けない場合、切削工具20と被削材30との非接触時には、電気回路は開いた状態となり、接触監視部40は、切削工具20と被削材30とが接触したときに電気回路の導通を検出することで、切削工具20と被削材30の接触が検出される。以下においては、説明の便宜上、電気抵抗44において測定される電圧波形を単純化する目的のために、接触監視部40が、ノイズ対策用の電気抵抗47を設けない電気回路を採用する。したがって接触監視部40は、電気回路の導通の有無により、切削工具20と被削材30の接触の有無を監視する。
【0021】
制御部100は、切削工具20および/または被削材30の運動を制御する運動制御部101と、測定部45により測定された電気信号を取得する取得部104と、取得部104により取得された電気信号から、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定する処理部105とを備える。運動制御部101は、切削工具20または被削材30の一方に回転運動を与えつつ、切削工具20と被削材30とが接触する方向に切削工具20を被削材30に対して相対的に移動させる機能を備える。運動制御部101は、回転機構11による主軸10の回転運動を制御する主軸制御部102と、送り機構24、25による切削工具20と被削材30の間の相対的な移動(送り運動)を制御する移動制御部103とを有する。
【0022】
制御部100の機能ブロックとして記載される各要素は、ハードウェア的には、回路ブロック、メモリ、その他のLSI、CPU等で構成することができ、ソフトウェア的には、システムソフトウェアや、メモリにロードされたアプリケーションプログラムなどによって実現される。したがって、これらの機能ブロックがハードウェアのみ、ソフトウェアのみ、またはそれらの組合せによっていろいろな形で実現できることは当業者には理解されるところであり、いずれかに限定されるものではない。
【0023】
接触監視部40において、切削工具20側の電気信号は、主軸10の後端部に接触する接点構造41から取り出される。そのため主軸10と主軸ハウジング12とが電気的に絶縁されることが好ましいが、ここでベアリング13a、13bは金属製であり、停止状態(非回転状態)にある主軸10は、主軸ハウジング12と短絡している。
【0024】
この点につき本開示者は、主軸10が所定の回転速度RS以上の回転速度で回転すると、ベアリング13a、13bにおいて流体潤滑状態が作り出され、潤滑油により主軸10と主軸ハウジング12とが電気的に導通しなくなる現象が生じることを知見として得た。この現象を利用して切削装置1aでは、主軸制御部102が、回転速度RS以上の所定の回転速度で主軸10を回転させているときに、移動制御部103が送り機構24、25を制御して被削材30に切削工具20を切り込ませ、取得部104が、測定部45が測定した電圧信号を、時間情報(タイムスタンプ)とともに取得して、メモリ(図示せず)に記録する。なお回転速度RSは、ベアリングによるが、数百回転/分程度である。そのため切削装置1aでは、主軸10と主軸ハウジング12の間に絶縁部品を付加することなく、測定部45が電気抵抗44における電圧を測定できる。
【0025】
なお測定部45が電圧を測定する際、主軸10と回転機構11も電気的に絶縁されている必要がある。たとえば回転機構11が動力伝達構造としてVベルトを利用する場合、Vベルトをゴムなどの絶縁材料で形成することで、主軸10と回転機構11とを電気的に絶縁してよい。また回転機構11が動力伝達構造として歯車を利用する場合、回転中の歯車同士の間には上記したように流体潤滑状態が作り出されて、噛合する歯の間に潤滑油が介在することになり、主軸10と回転機構11とが電気的に絶縁される。そのため切削装置1aでは、主軸10と回転機構11の間に絶縁部品を付加することなく、測定部45が電気抵抗44における電圧を測定できる。
【0026】
以下、実施形態1の切削装置1aにおいて、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を導出する手法を説明する。この手法では、切削工具20を回転させた状態で、切削工具20を被削材30に対してY軸方向(上下方向)に相対移動させ、工具切れ刃が被削材30を切削(または接触)し始めた以降に測定部45が測定する電気信号を解析して、相対的な位置関係を導出する。
【0027】
図2は、測定部45が測定する電気信号の例を示す。測定部45による測定時、主軸10の回転速度は一定であり、切削工具20に対する被削材30の送り速度も一定とする。測定部45は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す電気信号を測定する。
図2に示すグラフで、縦軸は、測定部45が測定する電気信号(ここでは電圧信号)を表現し、横軸は、一定の送り速度で切削工具20と被削材30とを相対的に移動(接近)させているときの時間を示す。なお送り速度が変化する場合、横軸は、送り機構24の座標値を示してもよい。
図2に示す例において、使用する切削工具20は、単刃(1枚刃)のミリング工具である。
【0028】
単刃のミリング工具が被削材30を切削し始めると、
図2に示すように、工具切れ刃が被削材30に接触している期間だけ、接触監視部40が導通を検出し、具体的には測定部45がパルス状の電圧P
1~P
10を測定する。導通期間(パルス幅)は、工具切れ刃が被削材30に接触する角度に対応し、回転中心からみた接触角度が大きくなるほど、導通期間は増大する。なお電気回路にノイズ対策用の電気抵抗47が設けられている場合、測定部45は、工具切れ刃が被削材30に接触している期間、非接触期間とは異なる電圧を測定する。
【0029】
図3は、工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す。刃先が接触する被削材30の被接触面を平面と見なすことができ、さらに工具刃先半径Rに対して1回転あたりの工具送り量が微小である場合、その導通期間の中点となる瞬間が繰り返す周期は、主軸10の回転周期Tと略一致する。
図3において、工具刃先半径Rは、切削工具20の最外周点(回転時に最も外周に位置する刃先位置)の半径を示し、したがって回転軌跡円は、工具最外周点の回転軌跡を表現する。
図2に、時系列的に測定された10個の電圧パルスP
1~P
10が示されているが、時間の経過とともに切込みが深くなることで接触角度区間(2θ)が大きくなり、電圧パルスのパルス幅が時間とともに長くなっていく。
【0030】
図1に戻って、測定部45は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す電気信号(電圧信号)を測定して制御部100に供給し、取得部104は、測定された電気信号を、時間情報とともに取得して、メモリに記録する。このとき取得部104は、電気信号を、送り機構の位置情報とともにメモリに記録することが好ましい。メモリに記録される電気信号は、電圧波形をA/D変換したデジタル値であってよい。取得部104が所定数の電圧パルスを取得すると、移動制御部103は、切削工具20と被削材30の切込み方向への相対移動を停止して、相対位置関係の特定処理(段取り)のために実施していた切削を中止する。取得部104が所定数の電圧パルスを取得すると、移動制御部103は、切削工具20と被削材30とを引き離す方向に相対移動させて、切削を中止してよい。このときの切込み深さを実際の加工代(たとえば仕上げ加工時の切込み深さ)未満とすることにより、段取り時の切削痕が最終的な加工面に残らないようにすることができる。
【0031】
実施形態1において、処理部105は、1つ又は複数の電圧パルスの信号から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した位置を特定する機能を有する。なお回転軌跡円に被削材30が達した位置とは、
図3において、回転軌跡円が被削材30の被接触面に接したときの回転中心位置に対する被削材30の位置であってよい。以下、1つの電圧パルス信号に基づく特定処理と、複数の電圧パルス信号に基づく特定処理について説明する。
【0032】
(1つの電圧パルスP
1を用いた特定処理)
処理部105は、1つの電圧パルスP
1から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した位置を特定できる。
図3を参照して、処理部105は、切削工具20と被削材30とが最初に接触したときに、切削工具20の刃先が被削材30の被接触面に切り込んだ深さ(最大深さ)dを導出することで、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した位置を特定できる。
【0033】
処理部105は、取得部104により取得されてメモリに記録された電気信号から、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間(導通期間)を特定する。ここで特定する時間区間は、電圧パルスP1のパルス幅W1である。処理部105は、切削工具20の回転周期Tに対する電圧パルスP1のパルス幅W1の割合、すなわちデューティ比(W1/T)を算出する。エンコーダ出力などの回転同期信号が得られる場合、処理部105は回転同期信号から回転周期Tを取得してよいが、回転同期信号が得られなければ、隣り合う電圧パルスP1のパルス幅W1の中点となる瞬間と電圧パルスP2のパルス幅W2の中点となる瞬間の間隔を、回転周期Tと見なしてもよい。
【0034】
被削材30と切削工具20の形状と相対的な姿勢が既知の場合、切り込んだ深さdとデューティ比Dの関係は、以下のように導くことができる。例えば、接触するエンドミル工具のねじれ角が0度であって、被削材30の被接触面が
図3に示されるように工具回転軸に平行な平面である場合、被削材30の表面から切り込んだ深さdに対して、切削工具20が被削材30に接触する角度区間(角度範囲)2θは、以下のように導出される。
R:工具刃先半径、d:切り込んだ深さ、θ:片側接触角度、とすると、直角三角形から、
cosθ=(R-d)/R
したがって、切り込んだ深さdは、
d=R(1-cosθ)
接触角度区間2θは、
2θ=2cos
-1{(R-d)/R}
と算出される。
【0035】
したがって1周に対する接触角度区間2θの割合であるデューティ比D(=2θ/2π)は、
【数1】
と算出される。
【0036】
ここで、切削工具20と被削材30とが接触したときの時間区間のデューティ比に関して、
D=W
1/T
の関係が導出されているため、切り込んだ深さdは、
【数2】
と算出される。
【0037】
このように処理部105は、1つの電圧パルスP
1から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円(
図3参照)が被削材30の被接触面に入り込んだ最大深さdを導出できる。したがって処理部105は、切り込んだ深さdを用いて、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定できる。具体的に処理部105は、切削工具20を工具送り方向の逆向きに距離dだけ動かした位置で、切削工具20の最外周点の回転軌跡円が被削材30に達することを特定する。切削工具20の最外周点の回転軌跡円が被削材30に達する位置は、切削工具20による切込み開始位置に相当する。なおエンコーダ等を利用した角度測定部により、切削工具20が被削材30に接触する角度区間2θが測定できる場合には、測定した角度区間2θから最大深さdが導出されてもよい。
【0038】
(複数の電圧パルスP1~P10を用いた特定処理)
処理部105は、複数の電圧パルスP1~P10から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した位置を特定できる。実施形態1では、10個の電圧パルスを用いるが、それ以外の複数の電圧パルスを用いてよい。
【0039】
処理部105は、取得部104により取得されてメモリに記録された電気信号の時系列データから、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間(導通期間)を特定する。それから処理部105は、各電圧パルスP1~P10の時間区間(パルス幅)の中点となる瞬間を特定して、時間t1~t10を導出する。上記したように工具刃先半径Rに対して1回転あたりの送り量が微小であれば、時間t1~t10の隣り合う間隔は、実質的に回転周期Tと見なすことができる。
【0040】
なお切削工具20の回転周期が正確に特定できる場合、時間tn(2≦n≦10)は、(時間t1+回転周期T×(n-1))によって決定されてもよい。またエンコーダ出力などの回転同期信号が得られる場合には、時間t1を起点として、各電圧パルスP2~P10の時間区間に含まれる回転周期に対応する時間t2~t10が決定されてよい。
【0041】
処理部105は、各時間区間について、回転周期Tに対する時間区間の割合、すなわちデューティ比を算出する。単刃ミリング工具の場合、デューティ比の最大値は50%であるが、送り量が微小と見なせない場合、デューティ比の最大値は50%を若干超えることもある。
【0042】
図4は、各時間区間について算出したデューティ比を、回転周期Tに対応する時間t
1~t
10上に×印でプロットした図である。処理部105は、複数の時間区間のデューティ比を統計処理して、デューティ比の変化を曲線近似し、近似した回帰曲線(回帰式)がゼロクロスする時間(デューティ比が0となる時間)を求める。
【0043】
図5は、処理部105が算出した回帰曲線60の例を示す。処理部105は、複数の時間区間のデューティ比を回帰分析して回帰曲線(回帰式)60を求め、求めた回帰曲線60を用いて、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30の被接触面が達した位置を導出する。
【0044】
具体的に処理部105は、算出した回帰曲線60のデューティ比が0となる時間t
0を求める。回帰曲線60とゼロライン62(デューティ比=0)の交点により特定される時間t
0は、切削工具20の最外周点の回転軌跡円(
図3参照)に、被削材30の被接触面が達した時間、つまり回転軌跡円に被削材30の被接触面が接した時間である。切削工具20の最外周点の回転軌跡円が被削材30に達する位置は、切削工具20による切込み開始位置に相当する。
【0045】
図5に示すグラフにおいて、切込み開始位置に対応する時間t
0で、切削工具20の最外周点の回転角度位置は被削材30の被接触面上の位置にはなく、切削工具20と被削材30は、まだ接触していない。時間t
0から、電圧パルスP
1が立ち上がるまでの間、切削工具20が回転しつつ、切削工具20が被削材30に対して接近する方向に送られ、電圧パルスP
1が立ち上がる瞬間に、切削工具20と被削材30の最初の接触が開始される。
【0046】
以上のように処理部105は、取得部104により取得された電気信号の時系列データから、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間を特定し、特定した複数の時間区間から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した時間t0を特定して、当該時間t0における切削工具20および被削材30の位置を特定する。処理部105は、電気信号の時系列データを利用することで、切削工具20による正確な切込み開始位置を導出することが可能となる。
【0047】
なお上記例では、主軸10の回転速度を一定とし、且つ切削工具20に対する被削材30の送り速度を一定としているが、エンコーダ等を利用した角度測定部により接触角度区間2θを測定できる場合には、必ずしも主軸10の回転速度を一定としなくてもよく、また切削工具20に対する被削材30の送り機構の位置情報を測定できる場合には、必ずしも送り速度を一定としなくてもよい。この場合、処理部105は、切削工具20と被削材30とが接触している角度区間2θを特定し、特定した複数の角度区間から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した送り位置を特定してよい。
【0048】
図6は、関係式(1)から算出されるデューティ比を示す。
図6に示すグラフで、縦軸は、デューティ比(2θ/2π)を表現し、横軸は、切り込んだ深さdを表現している。ここで、R=10mmである。
【0049】
処理部105は、回帰曲線60(
図5参照)を、関係式(1)にもとづいて導出してよい。たとえば処理部105は、
図5に示す複数の×印に関して、関係式(1)との誤差評価値(たとえば偏差の二乗和)が最も小さくなるように、横軸原点(ゼロライン62上の点(時間t
0))を特定する。このように処理部105は、デューティ比と切り込んだ深さとの関係を求めて、回転周期Tごとに測定した複数のデューティ比にフィットするように関係式(1)の横軸原点を特定することで、被削材30が、工具最外周点の仮想的な回転軌跡円に達した瞬間の時間t
0を特定し、この時間t
0における切削工具20および被削材30の位置を正確に特定できる。
【0050】
なお上記した統計処理では、誤差評価値として偏差の二乗和を利用したが、処理部105は、別の誤差評価値、たとえば誤差の絶対値の和が最小となるように、横軸原点を特定してもよい。
【0051】
なお
図6の例では、工具刃先半径Rが既知であるとしたが、未知のこともある。工具刃先半径Rが未知である場合、処理部105は、
図5に示す複数の×印に関して、関係式(1)との誤差評価値(たとえば偏差の二乗和)が最も小さくなるように、工具刃先半径Rの値を調整したうえで、横軸原点(ゼロライン62上の点(時間t
0))を特定すればよい。この場合、処理部105は、関係式(1)の横軸原点を特定するだけでなく、同時に工具刃先半径Rを特定できる。
【0052】
被削材30の表面形状や、切削工具20の形状、それらの間の相対的な姿勢などが未知の場合、切り込んだ深さdとデューティ比Dの関係を示す理論式を導くことが容易でないこともある。そのような場合であっても、例えば、べき関数や多次関数を仮定し、複数の×印に最も合致する係数を決定することで、横軸原点t0を特定することができる。
【0053】
横軸の時間と、工具刃先と被削材表面の相対位置との関係は、工作機械の制御装置内の情報を利用して求めることができる。例えば、取得部104が、接触有無を示す電気信号を、接触動作のために移動する送り機構の位置情報(測定値または指令値)と同時にメモリに記録することで、処理部105は、各時刻における位置を特定できる。この同時記録が難しい場合、取得部104は、一定速度で接近させたときの接触有無を示す信号を時系列的にメモリに記録しつつ、接近動作の停止を指令した瞬間の位置情報をメモリに記録してもよい。処理部105は、時系列に記録された電気信号と、最後の電気信号が取得されたときの位置情報と、一定の接近速度を用いて、工具刃先が被削材表面に接触している区間の位置を算出できる。なおメモリに時間情報が記録されていれば、処理部105は、時系列に記録された電気信号と、最後の電気信号が取得されたときの位置情報を用いて、接触している区間の位置を算出できる。
【0054】
上記例では、切削工具20が単刃回転工具である場合を示した。刃数が複数の回転工具の場合、偏心が極めて小さい時(具体的には偏心量がプラウイング深さと1刃あたりの送り量の和より小さい時)には、接触を示す電圧パルスが、1つの回転周期T内に最大で刃数と同じ個数生じる。ここでプラウイング深さとは、刃先の丸みにより材料除去を行うことなく擦過のみを行う場合の設定切込み深さ(つまり弾性変形量)の最大値である。したがってプラウイング深さ以上の深さになると、切れ刃による材料除去が開始される。切削工具20が、複数刃のミリング工具である場合、偏心量が、プラウイング深さと1刃あたりの送り量の和以上の場合には、外側の切れ刃が切削した後の面に、内側の切れ刃が接触することはない。
【0055】
図7は、測定部45が測定する電気信号の例を示す。測定部45による測定時、主軸10の回転速度は一定であり、切削工具20に対する被削材30の送り速度も一定とする。
図7に示すグラフで、縦軸は、測定部45が測定する電気信号(ここでは電圧信号)を表現し、横軸は、一定の送り速度で切削工具20と被削材30とを相対的に移動(接近)させているときの時間を示す。なお送り速度が変化する場合、横軸は、送り機構24の座標値を示してもよい。
図7に示す例において、使用する切削工具20は2枚刃のミリング工具である。ここで2枚刃の1つを第1切れ刃、他方を第2切れ刃と呼び、第1切れ刃の工具刃先半径R1は、偏心により、第2切れ刃の工具刃先半径R2より大きいものとする。
【0056】
2枚刃のミリング工具が被削材30を切削し始めると、
図7に示すように、工具切れ刃が被削材30に接触している期間だけ、接触監視部40が導通を検出し、具体的には測定部45がパルス状の電圧P
1~P
20を測定する。電圧パルスP
1、P
3、P
5、P
7、P
9、P
11、P
13、P
15、P
17、P
19は、第1切れ刃が被削材30に接触したことにより測定された波形であり、電圧パルスP
2、P
4、P
6、P
8、P
10、P
12、P
14、P
16、P
18、P
20は、第2切れ刃が被削材30に接触したことにより測定された波形である。
【0057】
図1に戻って、測定部45は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す電気信号(電圧信号)を測定して制御部100に供給し、取得部104は、測定された電気信号を、時間情報とともに取得して、メモリに記録する。処理部105は、取得部104により取得されてメモリに記録された電気信号の時系列データから、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間(導通期間)を特定する。それから処理部105は、各電圧パルスP
1~P
20の時間区間(パルス幅)の中点となる瞬間を特定して、時間t
1~t
20を導出する。第1切れ刃に関する電圧パルスの中点タイミングt
1、t
3、t
5、t
7、t
9、t
11、t
13、t
15、t
17、t
19の隣り合う間隔は、実質的に回転周期Tと見なすことができ、第2切れ刃に関する電圧パルスの中点タイミングt
2、t
4、t
6、t
8、t
10、t
12、t
14、t
16、t
18、t
20の隣り合う間隔は、実質的に回転周期Tと見なすことができる。なお時間t
nの決め方については、回転周期Tを正確に特定できる場合は、回転周期Tを利用してもよく、また回転同期信号が得られる場合は、回転同期信号のタイミングを利用してもよい。
【0058】
処理部105は、各時間区間について、回転周期Tに対する時間区間の割合、すなわちデューティ比を算出する。
図8は、各時間区間について算出したデューティ比を、時間t
1~t
20上に×印でプロットした図である。処理部105は、第1切れ刃に関して算出した複数のデューティ比と第2切れ刃に関して算出した複数のデューティ比を統計処理して、それぞれのデューティ比の変化を曲線近似し、近似した回帰曲線(回帰式)がゼロクロスする時間(デューティ比が0となる時間)を求める。
【0059】
図9は、処理部105が算出した回帰曲線60a、60bの例を示す。なお回帰曲線60aは、第1切れ刃のデューティ比の時間変化を示す曲線であり、回帰曲線60bは、第2切れ刃のデューティ比の時間変化を示す曲線である。上記したように、処理部105は、回帰曲線60a、60bを、関係式(1)にもとづいて導出してよい。
【0060】
処理部105は、算出した回帰曲線60a、60bのデューティ比が0となる時間ta0、tb0をそれぞれ求める。回帰曲線60aとゼロライン62(デューティ比=0)の交点により特定される時間ta0は、切削工具20の第1切れ刃の最外周点の回転軌跡円(工具刃先半径R1)に、被削材30が達した時間、つまり回転軌跡円(工具刃先半径R1)に被削材30の被接触面が接した時間である。また回帰曲線60bとゼロライン62(デューティ比=0)の交点により特定される時間tb0は、切削工具20の第2切れ刃の最外周点の回転軌跡円(工具刃先半径R2)に、被削材30が達した時間、つまり回転軌跡円(工具刃先半径R2)に被削材30の被接触面が接した時間である。ここで時間ta0と時間tb0の差分は、第1切れ刃と第2切れ刃の偏心量に対応する値となる。処理部105は、時間ta0と時間tb0の差分から、偏心量を特定してよい。
【0061】
なお、この例では、偏心量がプラウイング深さと1刃あたりの送り量の和より小さい条件のもとで、第2切れ刃が被削材30に接触し、結果として処理部105は、偏心量を特定できている。逆に言えば、1刃あたりの送り量を大きくすることで、処理部105は、偏心量を特定できる。具体的に処理部105は、外側の切れ刃が切削した後の面を、内側の切れ刃が接触できるように1刃あたりの送り量を設定することで、切削工具20と被削材30の相対的位置関係の特定に加えて、主軸10に取り付けられた切削工具20の偏心量の特定を可能とする。
【0062】
一般に、工具刃先半径Rは、公差以内の正確な値であり、さらに事前にツールプリセッタ等によって測定済みであることも多い。しかし、その工具をホルダに取り付け、さらにそのホルダを工作機械主軸に取り付けた際には偏心を生じることが多く、加工誤差の原因となる。また、被削材の取付け(固定)位置にも誤差が存在するため、加工原点をオフセット(補正)するための原点設定(段取り)が必要となる。これらに対し、本手法では上記のように偏心量と原点を同時に同定することが可能となるため、偏心量に応じて工具径を補正し、切込み開始位置に応じて加工原点を補正(オフセット)することにより、加工精度を向上し、さらに段取りを自動化または省力化することが可能となる。
【0063】
なお上記例では、処理部105が、各時間区間について、回転周期Tに対する時間区間の割合(デューティ比)を算出した。主軸10の回転速度が一定であり、且つ切削工具20に対する被削材30の送り速度が一定である場合、処理部105は、デューティ比を算出することなく、複数の時間区間の長さ(パルス幅)を統計処理してもよい。この場合、処理部105はパルス幅の変化を曲線近似して、近似した回帰曲線がゼロクロスする時間(デューティ比が0となる時間)を求めることで、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を導出してもよい。
【0064】
図10は、工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す。
図3と比較すると、刃先が接触する被削材30の被接触面は平面ではなく、曲率半径R’を有した曲面となっている。
図10において、工具刃先半径Rは、切削工具20の最外周点(回転時に最も外周に位置する刃先位置)の半径を示し、したがって回転軌跡円は、工具最外周点の回転軌跡を表現する。
【0065】
接触するエンドミル工具のねじれ角が0度であって、被削材30の被接触面が
図10に示されるように半径R’の曲面である場合、被削材30の表面から切り込んだ最大深さd(=d
1+d
2)に対して、切削工具20が被削材30に接触する角度区間2θは、以下のように導出される。
R:工具刃先半径、d:切り込んだ深さ、θ:片側接触角度、R’:被削材曲率半径とする。
【0066】
工具側の直角三角形より、
cosθ=(R-d
1)/R
したがって、
d
1=R(1-cosθ)
工具側の直角三角形の底辺と、被削材側の直角三角形の底辺が等しいことから、
R
2-(R-d
1)
2=R’
2-(R’-d
2)
2
これをd
1について解くと、d=d
1+d
2であることから、
d
1=(2dR’-d
2)/(2(R+R’-d))
したがって、
R(1-cosθ)=(2dR’-d
2)/2(R+R’-d)が成立し、接触角度区間2θは、
【数3】
と算出される。
【0067】
したがって1周に対する接触角度区間2θの割合であるデューティ比D(=2θ/2π)は、
【数4】
と算出される。
【0068】
また、切り込んだ深さdは、
【数5】
と算出される。
【0069】
以上のように被削材30の被接触面が曲率半径を有する場合、処理部105は、関係式(5)を用いて、1つの電圧パルスP
1から、切削工具20の最外周点の回転軌跡円(
図10参照)が被削材30の被接触面に切り込んだ深さdを導出できる。また処理部105は、複数の電圧パルスP
1~P
10から、関係式(4)を用いて横軸原点を求めることで、切削工具20の最外周点の回転軌跡円に被削材30が達した位置を特定してもよい。
【0070】
<実施形態2>
図11は、実施形態2の切削装置1bの概略構成を示す。切削装置1bは、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定することを目的として、本格的な切削加工の開始前に切削工具20と被削材30とを接触させ、相対的な位置関係を導出する機能を有する。実施形態2の切削装置1bにおいて、実施形態1の切削装置1aと同じ符号で示す構成は、切削装置1aにおける構成と同じまたは同様の構造および機能を有する。
【0071】
切削装置1bは、チャック31を介して主軸10に取り付けられた被削材30を回転させて、回転する被削材30に切削工具20の刃を切り込ませる旋盤またはターニングセンターである。実施形態2では、主軸10、チャック31、被削材30、切削工具20および工具固定部22が、導電体であり、切削工具20の刃が切削点50で被削材30を切削する。
【0072】
切削装置1bはベッド2上に、主軸ハウジング12と、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる送り機構21とを備える。切削工具20は、工具固定部22に固定され、工具固定部22は、送り機構21により移動可能に支持される。切削装置1bでは、送り機構21が工具固定部22をX軸、Y軸、Z軸方向に移動させることで、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる。送り機構21は、各軸用のモータおよびボールネジを含んで構成されてよい。
【0073】
主軸10は、主軸ハウジング12に回転可能に支持され、具体的には主軸ハウジング12に固定された金属製のベアリング13a、13bが、主軸10を回転可能に支持する。回転機構11は主軸10を回転する機構を備え、モータと、モータの回転動力を主軸10に伝達する伝達構造を有する。切削装置1bは、切削工具20と被削材30の間に、所定の電圧を印加する電圧印加部46を備え、接触監視部40は、切削工具20と被削材30とが接触することにより生じる導通の有無を監視する。なお接触監視部40は、導線42および導線43の間に設けられる電気抵抗47(
図1参照)を有し、切削工具20と被削材30とが接触することにより生じる電圧変動を監視してもよい。
【0074】
一般に被削材30は、主軸10に微小な偏心をもって取り付けられる。以下、実施形態2の切削装置1bにおいて、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を導出する手法を説明する。この手法では、被削材30を回転させた状態で、切削工具20を被削材30に対してX軸方向(上下方向)に相対移動させ、工具切れ刃が被削材30を切削(または接触)し始めた以降に測定部45が測定する電気信号の時系列データを解析して、相対的な位置関係を導出する。
【0075】
図12は、測定部45が測定する電気信号の例を示す。測定部45による測定時、主軸10の回転速度は一定であり、切削工具20に対する被削材30の送り速度も一定とする。測定部45は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す電気信号を測定する。
図12に示すグラフで、縦軸は、測定部45が測定する電気信号(ここでは電圧信号)を表現し、横軸は、一定の送り速度で切削工具20と被削材30とを相対的に移動(接近)させているときの時間を示す。なお送り速度が変化する場合、横軸は、送り機構21の座標値を示してもよい。実施形態2では、被削材30が主軸10に偏心して取り付けられていることを前提とし、切削工具20が被削材30に対して切込み方向に送られているとき、切削工具20は被削材30を周期的に切削する。
【0076】
切削工具20が被削材30を切削し始めると、
図12に示すように、工具切れ刃が被削材30に接触している期間だけ、接触監視部40が導通を検出し、具体的には測定部45がパルス状の電圧P
1~P
10を測定する。導通期間(パルス幅)は、工具切れ刃が被削材30に接触する角度に対応し、回転中心からみた接触角度が大きくなるほど、導通期間は増大する。なお電気回路にノイズ対策用の電気抵抗47が設けられている場合、測定部45は、工具切れ刃が被削材30に接触している期間、非接触期間とは異なる電圧を測定する。
【0077】
図13は、工具切れ刃が円筒面を有する被削材に接触する状態を模式的に示す。接触する被削材30の面を円筒面と見なすことができ(丸棒の金属素材として多く用いられるピーリング材、引抜材、センターレス材は、一般にチャック時の偏心量に比べて真円度が高いため)、さらに偏心量eに対して1回転あたりの送り量が微小である場合、その導通期間の中点となる瞬間が繰り返す周期は、主軸10の回転周期Tと略一致する。
図13において、被削材表面70は、被削材30が主軸10に対して偏心なしで取り付けられたときの被削材外周面を示す。実施形態2において、被削材30は主軸10に対して偏心して取り付けられており、図示の状態で、偏心量はeである。なお偏心量eは、接触位置がチャック31に近いほど小さく、チャック31から離れるほど大きくなる傾向がある。
【0078】
被削材30の中心は、主軸10の回転中心Cに対して、偏心量eを半径とする中心軌道72上を回転移動する。
図13において、(被削材半径R+偏心量e)を半径とする回転軌跡円74は、被削材表面の最外周点が描く回転軌跡を表現する。ここで被削材表面76は、被削材30の中心が点Eにあるときの被削材外周面を示し、被削材表面78は、被削材30の中心が点Dにあるときの被削材外周面を示す。
図12に、時系列的に測定された10個の電圧パルスP
1~P
10が示されているが、時間の経過とともに切込みが深くなることで接触角度区間(2θ)が大きくなり、電圧パルスのパルス幅は長くなっていく。
【0079】
図11に戻って、測定部45は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す電気信号(電圧信号)を測定して制御部100に供給し、取得部104は、測定された電気信号を、時間情報および/または位置情報とともに取得して、メモリに記録する。処理部105は、取得部104により取得されてメモリに記録された電気信号の時系列データから、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間(導通期間)を特定する。処理部105は、各電圧パルスP
1~P
10の時間区間(パルス幅)の中点となる瞬間を特定して、時間t
1~t
10を導出する。被削材30の面を円筒面と見なすことができ、被削材30の半径Rに対して1回転あたりの送り量が微小であれば、時間t
1~t
10の隣り合う間隔は、実質的に回転周期Tと見なすことができる。なお時間t
nの決め方については、回転周期Tを正確に特定できる場合は、回転周期Tを利用してもよく、また回転同期信号が得られる場合は、回転同期信号のタイミングを利用してもよい。
【0080】
処理部105は、各時間区間について、回転周期Tに対する時間区間の割合、すなわちデューティ比を算出する。
図14は、各時間区間について算出したデューティ比を、回転周期Tに対応する時間t
1~t
10上に×印でプロットした図である。処理部105は、複数の時間区間のデューティ比を統計処理して、デューティ比の変化を曲線近似し、近似した回帰曲線(回帰式)がゼロクロスする時間(デューティ比が0となる時間)を求める。
【0081】
図15は、処理部105が算出した回帰曲線60cの例を示す。処理部105は、算出した回帰曲線60cのデューティ比が0となる時間t
0を求める。回帰曲線60cとゼロライン62(デューティ比=0)の交点により特定される時間t
0は、被削材30の最外周点の回転軌跡円74(
図13参照)に、切削工具20が達した時間、つまり切削工具20の工具刃先Aが接した時間であり、時間t
0で、切削工具20と被削材30は、まだ接触していない。時間t
0から、電圧パルスP
1が立ち上がるまでの間、被削材30が回転しつつ、切削工具20が被削材30に対して接近する方向に送られ、電圧パルスP
1が立ち上がる瞬間に、切削工具20と被削材30の最初の接触が開始される。
【0082】
以上のように処理部105は、取得部104により取得された電気信号の時系列データから、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間を特定し、特定した複数の時間区間から、被削材30の最外周点の回転軌跡円74に切削工具20が達した時間t0を特定して、当該時間t0における切削工具20および被削材30の位置を特定する。処理部105は、電気信号の時系列データを利用することで、切削工具20による正確な切込み開始位置を導出することが可能となる。
【0083】
図13を参照して、被削材30の表面から切り込んだ深さに応じて、接触角度区間2θは増大する。e:偏心量、R:被削材半径、d:切り込んだ深さ、θ:片側接触角度、とすると、直角三角形ABCから、
(R+e-d)
2=(e+x)
2+y
2
同様に、直角三角形ABDから、
R
2=x
2+y
2
この2つの式を連立してxを解くと、
x=R-d+(d
2-2dR)/(2e)
したがって、接触角度区間2θは、
【数6】
と算出される。
【0084】
図16は、関係式(6)から算出されるデューティ比を示す。
図16に示すグラフで、縦軸は、デューティ比(2θ/2π)を表現し、横軸は、切り込んだ深さdを表現している。ここで、被削材半径Rと偏心量eはそれぞれ既知であるとし、R=10mm、e=0.1mmである。
【0085】
処理部105は、回帰曲線60c(
図15参照)を、関係式(6)にもとづいて導出してよい。たとえば処理部105は、
図15に示す複数の×印に関して、関係式(6)との誤差評価値(たとえば偏差の二乗和)が最も小さくなるように、横軸原点(ゼロライン62上の点(時間t
0))を特定する。このように処理部105は、接触角度区間と切り込んだ深さとの関係を示す関係式(6)を求めて、回転周期Tごとに測定した複数のデューティ比にフィットするように関係式(6)の横軸原点を特定することで、切削工具20が、被削材最外周点の仮想的な回転軌跡円に達した瞬間の時間t
0を特定し、この時間t
0における切削工具20および被削材30の位置を正確に特定できる。
【0086】
なお上記した統計処理では、誤差評価値として偏差の二乗和を利用したが、処理部105は、別の誤差評価値、たとえば誤差の絶対値の和が最小となるように、横軸原点を特定してもよい。
【0087】
なお
図16の例では、偏心量eが既知であるとしたが、未知のこともある。偏心量eが未知である場合、処理部105は、
図15に示す複数の×印に関して、関係式(6)との誤差評価値(たとえば偏差の二乗和)が最も小さくなるように、偏心量eの値を調整したうえで、横軸原点(ゼロライン62上の点(時間t
0))を特定すればよい。この場合、処理部105は、関係式(6)の横軸原点を特定するだけでなく、同時に被削材偏心量eを特定できる。なお偏心量eの2倍以上に切り込むとデューティ比は1となるため、デューティ比が1となる最初の時間区間を特定することで、処理部105は偏心量eを特定してもよい。
【0088】
一般に、丸棒素材は公差以内の正確な直径に仕上げられたものが多い。しかし、その素材をチャックに取り付けた際に偏心を生じることが多く、また工具の取付け(固定)位置にも誤差が存在する。そのため、加工原点をオフセット(工具長補正)するための原点設定(段取り)が必要となる。これらに対して本手法では、上記のように偏心量と切込み開始位置を同時に同定することが可能となるため、素材の直径が既知の場合、その直径と同定された偏心量および切込み開始位置から加工原点のオフセット量(工具長補正)を求めることができ、加工精度を向上し、さらに段取りを自動化または省力化することが可能となる。
【0089】
<実施形態3>
図17は、実施形態3の切削装置1cの概略構成を示す。切削装置1cは、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定することを目的として、本格的な切削加工の開始前に切削工具20と被削材30とを接触させ、相対的な位置関係を導出する機能を有する。実施形態3の切削装置1cにおいて、実施形態1の切削装置1aと同じ符号で示す構成は、切削装置1aにおける構成と同じまたは同様の構造および機能を有する。
【0090】
実施形態3の切削装置1cは、実施形態1の切削装置1a、実施形態2の切削装置1bと異なり、主軸10を有しない。切削装置1cは、非回転工具を用いて自由曲面加工を行う工作機械であり、平削り盤であってよい。実施形態3では、工具固定部93、切削工具20、被削材30および被削材固定部92が、導電体であり、切削工具20の刃が切削点50で被削材30を切削する。
【0091】
切削装置1cはベッド2上に、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる送り機構90、91を備える。被削材30は、被削材固定部92に固定され、被削材固定部92は、送り機構90により移動可能に支持される。切削工具20は工具固定部93に固定され、工具固定部93が取り付けられる工具台94は、送り機構91により移動可能に支持される。切削装置1cでは、送り機構90が被削材固定部92をX軸方向(前後方向)に移動させ、送り機構91が工具台94をY軸方向(上下方向)、Z軸方向(左右方向)に移動させることで、送り機構90、91が、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる。送り機構90、91は、各軸用のモータおよびボールネジを含んで構成されてよい。また工具台94はC軸(Z軸周りの回転軸)方向に回転可能(姿勢変更可能)に支持されてよく、被削材固定部92はB軸(Y軸周りの回転軸)方向に回転可能(姿勢変更可能)に支持されてよい。
【0092】
切削装置1cは、切削工具20と被削材30の間に、所定の電圧を印加する電圧印加部46を備える。接触監視部40は、切削工具20と被削材30との接触の有無を監視する。接触監視部40は、工具固定部93に電気的に接続する導線42と、被削材30に電気的に接続する導線43と、導線42および導線43の間に設けられる電気抵抗44と、電気抵抗44に印加される電圧を測定する測定部45とを備える。なお測定部45は、電気抵抗44に流れる電流を測定する機能を有してもよい。切削装置1cにおいて、導線43は、被削材30を固定する被削材固定部92に接続する。接触監視部40は、切削工具20と被削材30とが接触することにより生じる導通の有無を監視する。なお接触監視部40は、導線42および導線43の間に設けられる電気抵抗47(
図1参照)を有してもよい。
【0093】
制御部100は、切削工具20および/または被削材30の運動を制御する運動制御部101と、測定部45により測定された電気信号を取得する取得部104と、取得部104により取得された電気信号から、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定する処理部105とを備える。運動制御部101は、切削工具20または被削材30の一方に所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切削工具20と被削材30とが接触する方向に切削工具20を被削材30に対して相対的に移動させる機能を備える。
【0094】
制御部100の機能ブロックとして記載される各要素は、ハードウェア的には、回路ブロック、メモリ、その他のLSI、CPU等で構成することができ、ソフトウェア的には、システムソフトウェアや、メモリにロードされたアプリケーションプログラムなどによって実現される。したがって、これらの機能ブロックがハードウェアのみ、ソフトウェアのみ、またはそれらの組合せによっていろいろな形で実現できることは当業者には理解されるところであり、いずれかに限定されるものではない。
【0095】
図18は、工具切れ刃が被削材に接触する状態を模式的に示す。運動制御部101は、切削工具20に所定の軌跡に沿った運動(以下、「軌跡運動」とも呼ぶ)を与えつつ、切削工具20と被削材30とが接触する方向に切削工具20に送り運動を与える。軌跡運動は、送り運動の方向とは逆向きの運動方向成分を少なくとも含む周期的運動であってよい。運動制御部101は、被削材30に対する切削工具20の姿勢を変更することなく、切削工具20に軌跡運動および送り運動を与える。実施形態3において軌跡運動は、1つの直線軌跡にのみ沿った運動(直線運動)ではない。
【0096】
この例で、運動制御部101は、実際の加工の際の切削方向と切込み方向(段取り時における工具送り方向)を含む面内で、切削工具20の切れ刃をトロコイド軌跡で被削材30に接近させる。運動制御部101は、切削工具20が被削材30を少なくとも1回切削し、過剰な切込みとなる前に、切削工具20の軌跡運動を停止して退避させることが好ましい。1回あたりの送り量は、切削させる回数にもとづいて設定されてよく、1回の切削後に退避させる場合には、(送り量/回)を(仕上げ代)以下に設定し、複数回の切削後に退避させる場合には、(送り量/回)を(仕上げ代/切削回数)以下となるように設定する。
【0097】
なお運動制御部101は、上記の退避動作を行う直前の運動軌跡で工具切れ刃を被削材に対して最も深く切り込むことになる。その接触期間において、運動軌跡は下に凸の形状であることが望ましい。また、工具逃げ面が被削材に押し付けられて工具欠損を生じる事態を防ぐため、その軌跡の下向き角度(侵入角)を常に工具逃げ角以下に設定することが望ましい。
【0098】
図19は、切れ刃の軌跡運動と測定部45が測定する電気信号の関係を示す。切削工具20の切れ刃はトロコイド軌跡で被削材30に接近し、接触高さ(原点)で被削材30に接触すると、測定部45は、切削工具20と被削材30とが接触したことを示す電気信号を測定する。取得部104が、接触をしたことを示す電気信号を取得すると、処理部105は、接触したタイミングを特定して、特定したタイミングにおける切削工具20と被削材30との相対的な位置関係、つまりは接触高さ(原点)を特定する。ここで接触高さ(原点)は、前加工面の高さである。切削工具20と被削材30とが接触している区間が終了し、取得部104が、接触していないことを示す電気信号を取得すると、運動制御部101は、切削工具20と被削材30とを離す方向の送り運動を切削工具20に与えてよい。なお取得部104が、接触していることを示す電気信号を取得し続けていた状態から、接触していないことを示す電気信号を取得すると、処理部105は、切削工具20と被削材30とが接触している状態から離れたタイミングを特定して、特定したタイミングにおける切削工具20と被削材30との相対的な位置関係を特定してもよい。
【0099】
このように運動制御部101は、切削工具20が被削材30に接触してから離れるまでの間、切削工具20または被削材30の少なくとも一方に軌跡運動を与え続ける。軌跡運動が直線運動ではなく、実際の加工の際の切削方向の成分を含み、且つ工具逃げ面を被削材30に押し付けない角度で接触させる(擦過するまたは切り込む)ことで、工具欠損が生じる事態を回避できる。
【0100】
図20(a)は、運動軌跡の別の例を示す。
図20(a)に示す運動軌跡は、切削工具20が真円軌跡運動と直線軌跡運動とを交互に繰り返して被削材30に接近する軌跡である。
図20(b)は、運動軌跡の別の例を示す。
図20(b)に示す運動軌跡は、切削工具20が半円軌跡運動と直線軌跡運動とを交互に繰り返して被削材30に接近する軌跡である。
図20(c)は、運動軌跡の別の例を示す。
図20(c)に示す運動軌跡は、切削工具20が複数の直線軌跡を繋げた三角形軌跡運動を繰り返して被削材30に接近する軌跡である。
このように実施形態3において、運動制御部101は、切削工具20に所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切込み方向に送り運動を与えることで、切削工具20を被削材30に接触させる。
【0101】
図21は、切れ刃の軌跡運動と測定部45が測定する電気信号の関係を示す。測定部45は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す電気信号を測定し、取得部104は、測定した電気信号を、時間情報および/または位置情報とともにメモリに記録する。
図21に示す例で、切削工具20の切れ刃は、
図20(a)に示す運動軌跡で被削材30に接近している。つまり切削工具20の切れ刃は、真円軌跡運動と直線軌跡運動とを交互に繰り返して被削材30に接近し、被削材30を1回切削する。切れ刃が被削材30に接触している期間、測定部45は、接触(導通)を示す電気信号を測定する。
【0102】
処理部105は、取得部104により取得されてメモリに記録された電気信号から、切削工具20と被削材30とが接触している時間区間(導通期間)W
1を特定する。処理部105は、切れ刃の真円軌跡運動の周期Tに対する時間区間W
1の割合、すなわちデューティ比(W
1/T)を算出する。
図21において、接触高さ(原点)は、前加工面の高さであり、接触高さ(原点)から真円軌跡運動最下点までの距離は、切り込んだ最大深さdを示す。実施形態1で説明したように、被削材30の被接触面が平面である場合、処理部105は、関係式(2)を用いて、切り込んだ深さdを算出できる。被削材30の被接触面が曲面である場合は、処理部105は、関係式(5)を用いて、切り込んだ深さdを算出できる。取得部104は、真円軌跡運動最下点に、算出したdを加算することで、接触高さ(原点)を算出できる。
【0103】
数値制御(NC)工作機械の送り機構を用いて、
図18および/または
図20(a)~(c)に示すような多軸の運動軌跡を生成する場合、コーナや円の内側で、内回り誤差が発生することが知られている。これは、モータパワーに起因する加速度リミットを守ることと、工作機械が自分自身を加振しないようにするためのフィルリングを行うことに起因する。多軸の軌跡生成(各軸の制御装置に対して目標(指令)値を与える前の処理)の内回り誤差は、工作機械ごとに決まった特性(フィルタの特性)にもとづくため、処理部105は、内回り誤差を含む軌跡(内回り軌跡)を予め算出できる。また実際の運動軌跡における内回り誤差を予め測定して、内回り軌跡を記録しておいてもよい。つまり運動制御部101が多軸の運動軌跡を生成する際、処理部105は、その内回り軌跡を事前にまたは事後的に取得することができる。実施形態3において運動制御部101が、切削工具20に軌跡運動を与えて切削工具20と被削材30を接触させる際、処理部105は既知である内回り軌跡を用いて関係式(2)ないし(5)を解くことで、切り込んだ深さdを正確に求めることができる。特に、運動軌跡が小径の円弧形状を有し、高速運動を行い、フィルタ時定数が長い場合に内回り誤差が大きくなるため、処理部105は、内回り軌跡を用いて、切り込んだ深さdを求めることが好ましい。
【0104】
<実施形態4>
図22は、実施形態4の切削装置1dの概略構成を示す。切削装置1dは、チャック31を介して主軸10に取り付けられた被削材30を回転させて、回転する被削材30に切削工具20の刃を切り込ませる旋盤またはターニングセンターである。実施形態4では、主軸10、チャック31、被削材30、切削工具20、工具固定部82および工具台83が、導電体であり、切削工具20の刃が切削点50で被削材30を切削する。なお別の例で切削装置1dは、主軸10に取り付けられた切削工具20を回転させて、回転する切削工具20の刃を被削材30に切り込ませるフライス盤であってもよく、または他の種類の工作機械であってもよい。実施形態4の切削装置1dにおいて、実施形態1の切削装置1aと同じ符号で示す構成は、切削装置1aにおける構成と同じまたは同様の構造および機能を有する。
【0105】
実施形態4の切削装置1dは、ナノメートルオーダーの加工精度を実現する超精密工作機械であってよく、そのため主軸ハウジング12は、主軸10を軸支する静圧軸受80a、80b(以後、特に区別しない場合は「静圧軸受80」と呼ぶ)を有する。静圧軸受80は、主軸10と軸受面との間に外部から強制的に潤滑流体を送り込み、流体膜に生じる静圧力を利用して荷重を支持する機能を有し、軸受摩擦が非常に小さい。潤滑流体は空気などのガスであってよく、または油などの液体であってよい。なお
図22に示す主軸装置3において、主軸10に潤滑流体を供給する流路や、潤滑流体を圧縮するポンプ等の図示は省略している。
【0106】
切削装置1dはベッド2上に、被削材30に対して切削工具20を相対的に移動させる送り機構84、85を備える。送り機構84は、工具台83をX軸方向(前後方向)に移動させ、送り機構85は、主軸装置3をY軸方向(上下方向)、Z軸方向(左右方向)に移動させる。送り機構84、85は静圧案内支持構造を有して、高精度な位置決めを実現することが好ましい。
【0107】
主軸装置3は、主軸10を収容して、主軸10を回転可能に支持する主軸ハウジング12を備え、送り機構85上に配置される。主軸ハウジング12には、ラジアル軸受/スラスト軸受である複数の静圧軸受80a、80bが形成される。静圧軸受80aは主軸10の一端側、静圧軸受80bは主軸10の他端側に設けられ、主軸10は、静圧軸受80a、80bにより回転可能に支持される。実施形態4においてチャック31には、導電性の被削材30が保持されるが、別の例ではチャック31に導電性の切削工具20が保持されてもよい。
【0108】
静圧軸受80は比較的広い軸受面を有し、また軸受面と主軸表面は極めて狭い隙間を保って配置される。たとえば軸受面の軸方向長さは少なくとも100mm以上であり、軸受面と主軸表面の間隔は約10μm程度に設定される。したがって軸受面と主軸表面は、その間に潤滑流体が存在する状態で、電気的に比較的大きな静電容量を有するコンデンサとして機能する。
【0109】
回転機構11は主軸10を回転する構造を備え、モータと、モータの回転動力を主軸10に伝達する伝達構造を有する。なお回転機構11は、主軸10に内蔵されたビルトインモータであって、主軸10を直接駆動してもよい。
【0110】
工具台83は、送り機構84上に配置される。工具台83は、切削工具20を保持する工具固定部82を支持し、工具固定部82および工具台83は、切削工具20が固定される固定部を構成する。
【0111】
切削装置1dは、切削工具20と被削材30の間に交流電圧を印加する電圧印加部86を備える。接触監視部40は、切削工具20と被削材30とが接触することにより生じる導通の有無を監視する。
【0112】
接触監視部40は、主軸ハウジング12に電気的に接続する導線42と、固定部に電気的に接続する導線43と、導線42および導線43の間に設けられる電気抵抗44と、電気抵抗44に印加される電圧を測定する測定部45とを備える。なお測定部45は、電気抵抗44に流れる電流を測定する機能を有してもよい。測定部45が測定した電気信号(電圧または電流)は、制御部100に供給される。
【0113】
制御部100は、切削工具20および/または被削材30の運動を制御する運動制御部101と、測定部45により測定された電気信号を取得する取得部104と、取得部104により取得された電気信号から、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定する処理部105とを備える。運動制御部101は、切削工具20または被削材30の一方に回転運動を与えつつ、切削工具20と被削材30とが接触する方向に切削工具20を被削材30に対して相対的に移動させる機能を備える。運動制御部101は、回転機構11による主軸10の回転運動を制御する主軸制御部102と、送り機構84、85による切削工具20と被削材30の間の相対的な移動(送り運動)を制御する移動制御部103とを有する。
【0114】
電圧印加部86は、切削工具20と被削材30の間に、高周波の交流電圧を印加する。切削装置1dの稼働時、軸受構造のポンプ(図示せず)が駆動されて、潤滑流体が主軸10の外周面に供給された状態で、主軸制御部102が主軸10を回転させる。主軸10の回転開始時、被削材30と切削工具20とは接触していないため、電気抵抗44には電流が流れず、測定部45が測定する電圧はゼロとなる。
【0115】
それから移動制御部103が、送り機構84、85を制御して、被削材30と切削工具20とを徐々に接近させる。被削材30と切削工具20とが接触すると、電圧印加部86が印加する交流電圧に対して、導線42、主軸ハウジング12、静圧軸受80と主軸10により形成されるコンデンサ、主軸10、チャック31、被削材30、切削工具20、工具固定部82、工具台83、導線43、電気抵抗44による閉回路が形成されて、電流が流れる。測定部45は、電気抵抗44に生じる電圧を測定して、取得部104に供給する。実施形態4の切削装置1dによると、主軸10に接続する接点構造41を設けないため、主軸10を高精度に回転運動させることが可能となる。
【0116】
以上、本開示を複数の実施形態をもとに説明した。この実施形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。実施形態では、相対的な位置関係を導出するために、切削工具20と被削材30とを接触させているが、その接触動作の前に、エアーブローを行って切削油剤や前回接触時の切りくずを吹き飛ばし、切削油剤や切りくずにより導通する状況を回避することが好ましい。
【0117】
実施形態では、切削工具20と被削材30の接触を、導通の有無ないしは電圧変化によって検出しているが、他のセンサを用いて検出してもよい。たとえばAEセンサの検出値や、接触監視部40から電圧印加部46を除外した電気回路で測定される熱起電力、主軸負荷、モータ電流などを用いて、接触の有無が検出されてもよい。
【0118】
本開示の態様の概要は、次の通りである。
本開示のある態様の切削装置は、切削工具または被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させる運動制御部と、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得する取得部と、取得部により取得された信号から、切削工具と被削材とが接触している区間を特定して、特定した区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する処理部と、を備える。
【0119】
この態様によると、切削工具と被削材とが接触している区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を高精度に特定することが可能となる。
【0120】
処理部は、特定した区間から、切削工具の刃先が被削材に切り込んだ深さを導出し、導出した深さを用いて切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定してもよい。切り込んだ深さを導出することで、切削工具と被削材の相対的な位置関係を正確に特定できる。処理部は、運動周期に対する区間の割合を算出し、算出した割合を用いて切り込んだ深さを導出してもよい。処理部は、切削工具と被削材とが最初に接触したときの区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定してもよい。
【0121】
運動制御部は、切削工具または被削材の一方である第1部材が取り付けられた主軸の回転を制御する主軸制御部と、第1部材と、切削工具または被削材の他方である第2部材との間の相対的な移動を制御する移動制御部と、を有してもよい。処理部は、取得部により取得された信号の時系列データから、第1部材と第2部材とが接触している区間を特定して、特定した複数の区間から、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を特定してもよい。
【0122】
この態様によると、第1部材と第2部材との接触の有無を示す電気信号の時系列データから、第1部材と第2部材とが接触している複数の区間を特定して解析することで、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した時間を特定し、当該特定した時間に対応する位置を特定できる。
【0123】
処理部は、主軸の回転周期に対する区間の割合を算出し、複数の区間に対して算出した割合を用いて、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を特定してもよい。複数の区間に対して算出した割合を用いることで、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を正確に特定できる。処理部は、複数の区間に対して算出した割合を回帰分析して求めた回帰曲線を用いて、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を特定してもよい。
【0124】
処理部は、複数の区間の長さにもとづいて、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を特定してもよい。複数の区間の長さを用いることで、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を正確に特定できる。処理部は、複数の区間の長さを回帰分析して求めた回帰曲線を用いて、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を特定してもよい。
【0125】
処理部は、切削工具が被削材に接触する角度区間と、切削工具が被削材に切り込んだ深さとの関係を示す関係式を用いて、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を特定してもよい。関係式を用いることで、第1部材の最外周点の回転軌跡円に第2部材が達した位置を正確に特定できる。処理部は、相対的な位置関係とともに、主軸に取り付けられた第1部材の偏心量を同時に導出してもよい。
【0126】
主軸を収容し、主軸を回転可能に支持する静圧軸受を有する主軸ハウジングと、第1部材と第2部材との間に交流電圧を印加する電圧印加部と、第1部材と第2部材との接触の有無を示す電気信号を測定して、取得部に供給する測定部と、をさらに備えてもよい。切削装置が、静圧軸受を有する主軸ハウジングを備える場合、切削工具と被削材との間に交流電圧を印加することで、主軸に接点構造を接触させる必要なく、切削工具と被削材とが接触したときに生じる電気信号を測定できる。
【0127】
本開示の別の態様の位置関係特定方法は、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する方法であって、切削工具または被削材の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させるステップと、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得するステップと、取得した信号から、切削工具と被削材とが接触している区間を特定するステップと、特定した区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定するステップと、を含む。
【0128】
この態様によると、切削工具と被削材とが接触している区間から、切削工具と被削材の相対的な位置関係を高精度に特定することが可能となる。
【0129】
本開示の別の態様の切削装置は、切削工具または被削材の一方に所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させる運動制御部と、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得する取得部と、取得部により取得された信号から、切削工具と被削材とが接触したタイミングまたは切削工具と被削材とが接触した状態から離れたタイミングを特定して、特定したタイミングにおける切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する処理部とを備える。
【0130】
この態様によると、工具欠損を生じさせる可能性を低減しつつ、切削工具と被削材の相対的な位置関係を高精度に特定することが可能となる。運動制御部は、切削工具の刃先が被削材に接触してから離れるまでの間、切削工具または被削材の一方に所定の軌跡に沿った運動を与え続けることが好ましい。また、所定の軌跡に沿った運動を与えるたびに切削工具が被削材に接近する移動量は、被削材の加工代(仕上げ代)を超えないように設定されることが好ましい。それにより、加工代を超えて切削し、仕上げ面に接触痕を残してしまう危険を低減することができる。確実にその危険を回避するには、所定の軌跡に沿った運動を1回与えるたびに、被削材から切削工具が離れる側で一旦停止し、接触の有無を確認してもよい。
【0131】
本開示の別の態様の位置関係特定方法は、切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定する方法であって、切削工具または被削材の一方に、所定の軌跡に沿った運動を与えるステップと、切削工具と被削材とが接触する方向に切削工具を被削材に対して相対的に移動させるステップと、切削工具と被削材との接触の有無を示す信号を取得するステップと、取得した信号から、切削工具と被削材とが接触したタイミングまたは切削工具と被削材とが接触した状態から離れたタイミングを特定するステップと、特定したタイミングにおける切削工具と被削材の相対的な位置関係を特定するステップとを有する。
【0132】
この態様によると、工具欠損を生じさせる可能性を低減しつつ、切削工具と被削材の相対的な位置関係を高精度に特定することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本開示による手法は、被削材を切削する切削装置に利用できる。
【符号の説明】
【0134】
1a,1b,1c,1d・・・切削装置、2・・・ベッド、3・・・主軸装置、10・・・主軸、11・・・回転機構、12・・・主軸ハウジング、13a,13b・・・ベアリング、20・・・切削工具、21・・・送り機構、22・・・工具固定部、23・・・被削材固定部、24,25・・・送り機構、30・・・被削材、31・・・チャック、32・・・ホルダ、40・・・接触監視部、41・・・接点構造、42,43・・・導線、44・・・電気抵抗、45・・・測定部、46・・・電圧印加部、47・・・電気抵抗、80a,80b・・・静圧軸受、82・・・工具固定部、83・・・工具台、84,85・・・送り機構、86・・・電圧印加部、100・・・制御部、101・・・運動制御部、102・・・主軸制御部、103・・・移動制御部、104・・・取得部、105・・・処理部。
【要約】
運動制御部101は、切削工具20または被削材30の一方に回転運動または所定の軌跡に沿った運動を与えつつ、切削工具20と被削材30とが接触する方向に切削工具20を被削材30に対して相対的に移動させる。取得部104は、切削工具20と被削材30との接触の有無を示す信号を取得する。処理部105は、取得部104により取得された信号から、切削工具20と被削材30とが接触している区間を特定して、特定した区間から、切削工具20と被削材30の相対的な位置関係を特定する。