(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池のリサイクル方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/54 20060101AFI20230301BHJP
H01M 10/44 20060101ALI20230301BHJP
H01M 10/48 20060101ALI20230301BHJP
B09B 5/00 20060101ALI20230301BHJP
【FI】
H01M10/54
H01M10/44 P
H01M10/48 P
B09B5/00 A
(21)【出願番号】P 2019195871
(22)【出願日】2019-10-29
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】596133201
【氏名又は名称】松田産業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100173901
【氏名又は名称】小越 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100093296
【氏名又は名称】小越 勇
(72)【発明者】
【氏名】川下 温
(72)【発明者】
【氏名】山岡 由和
(72)【発明者】
【氏名】浦田 泰裕
(72)【発明者】
【氏名】橋本 英喜
(72)【発明者】
【氏名】林 健二
(72)【発明者】
【氏名】小倉 新一
(72)【発明者】
【氏名】高野 洋平
【審査官】宮本 秀一
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-195948(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09B5/00
H01M10/42-10/667
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用済みリチウムイオン電池を放電、解体して電池素材を分離、回収する方法であって、放電を実施して火花が発生しないセル電圧以下となった段階で
放電しながら解体作業を開始し、
正極中への銅の溶出量が10ppm以下の段階で解体作業を終了することを特徴とするリチウムイオン電池のリサイクル方法。
【請求項2】
抵抗を用いて放電しセル電圧が2.4V以下となってから
放電しながらリチウムイオン電池の解体作業を開始することを特徴とする請求項1記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
【請求項3】
固定抵抗(1Ω)による放電を実施した場合にセル電圧が0.6V以下となってから30分以内にリチウムイオン電池の
放電しながらの解体作業を終了することを特徴とする請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
【請求項4】
0.01~100Ωの抵抗を用いて放電することを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用済みのリチウムイオン電池のリサイクル方法に関し、特には、熱処理せずに使用済みのリチウムイオン電池から各種有価金属を分離、回収することができるリサイクル方法に関する。なお、本明細書において、リチウムイオン電池の最小構成単位をセル(単電池)と称し、セルを複数使用して、直列接続又は並列接続して容量等を調整したものをモジュール(組電池)と称し、さらに、モジュールを複数組み合わせて蓄電システムを構成したものをパックと称する。そして、セル電圧とは、セルを放電時にセルに負荷される電圧を意味する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、エネルギー密度などの性能が優れていることから、電気自動車用などとして広く研究開発が行われている。リチウムイオン電池には、正極活物質としてマンガン酸リチウム(LiMnO4)、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、鉄リン酸リチウム(LiFePO4)などが含まれており、また、正極集電体として、アルミ箔、負極集電体として、Cu箔などが含まれている。したがって、使用済みのリチウムイオン電池からこれらの電池素材を適切に分離して、Cu、Co、Niなどの各種有価金属を回収することが求められている。
【0003】
使用済みのリチウムイオン電池から電池素材を回収する方法として、電池を水に浸漬して残留する電気の放電を行った後、焙焼してセパレータや電解液などの有機物質を分解燃焼させた後、その焙焼物を粉砕、篩分けし、その中に含まれる各種の有価金属を分離回収することが行われている(例えば、特許文献1~3)。また、放電後に、電池ケースに穴を空けて電解液を除去した後、電池ケースを切断して、中から正極、負極、セパレータを機械的に取り出して、電極集電体を構成する銅箔やアルミ箔、また電極活物質を化学的に分離することが行われている(例えば、特許文献4~5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-229481号公報
【文献】特開2016-37661号公報
【文献】特開2017-174517号公報
【文献】特開2013-4299号公報
【文献】特開2006-331707号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
使用済みの電池には電気が残留しているため、安全にリサイクルを進めるためには、上記の通り、導電性を有する液体に浸漬して完全放電したり、放電器を用いて残留する電気を放電したりして、電気的危険性を除去することが行われている。しかしながら、リチウムイオン電池は特性上、放電によりある程度電圧を下げても、復電現象によって電圧が回復することがあり、その結果、電池セルの解体作業時に火花が発生することがあった。万が一、その火花によって有機溶媒に引火した場合には、火災や爆発など大規模な災害が懸念されるという問題があった。
【0006】
一方、上記復電現象を抑えるために、水に浸漬するなどして0V付近まで完全放電に近い形での放電手法を用いることが考えられる。しかし、この場合、負極集電体の銅が溶出してしまい、取り出した正極にコンタミネーションが生じるという問題があった。
このようなことから、本発明は、上記問題を解消することを目的とするものであって、使用済みリチウムイオン電池解体時に残留する電気によって火花が発生することなく、且つ、銅による正極へのコンタミネーションを抑制することができる、リチウムイオン電池のリサイクル方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を行った結果、放電工程と解体工程とが分かれていると、その間に復電現象が起こることから、放電させながら火花の発生しない電圧まで低下させた時点で解体作業を開始し、また、銅の溶出によるコンタミネーションが軽微な時点で解体作業を終了させることにより、安全にリチウムイオン電池の解体作業が可能となると共に、正極への銅によるコンタミネーションを抑制することができるとの知見が得られた。
【0008】
本発明者らは、この知見に基づき、以下の発明を提供する。
1)使用済みリチウムイオン電池を放電、解体して電池素材を分離、回収する方法であって、放電を実施して火花が発生しないセル電圧以下となった段階で解体作業を開始し、銅の溶出による汚染がない或いは汚染が軽微な段階で解体作業を終了することを特徴とするリチウムイオン電池のリサイクル方法。
2)抵抗を用いて放電しセル電圧が2.4V以下となってから、リチウムイオン電池の解体作業を開始することを特徴とする上記1)記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
3)固定抵抗(1Ω)による放電を実施した場合にセル電圧が0.6V以下となってから30分以内にリチウムイオン電池の解体作業を終了することを特徴とする上記1)又は2)に記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
4)0.01~100Ωの抵抗を用いて放電することを特徴とする上記1)~3)のいずれか一に記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
5)正極中への銅の溶出量が10ppm以下であることを特徴とする上記1)~4)のいずれか一に記載のリチウムイオン電池のリサイクル方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、安全にリチウムイオン電池を解体することができるとともに、銅による正極へのコンタミネーションを低減することができるという優れた効果を有する。また、回収された金属は、汚染が少ないことから直接、他の製品の製造に利用することができるという優れた効果を有する。さらに本発明によれば、熱処理を行わずに電池の解体作業を行うため、コンパクトな処理設備とすることができ、低コストで電池素材を回収することができるという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】放電工程から解体工程までの使用済み電池の電圧変化を示す図である。
【
図2】放電工程中に解体工程を実施した使用済み電池の電圧変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のリチウムイオン電池のリサイクル方法は、使用済みの電池を、熱処理せずに電池を機械的に解体することができることを特徴とする。そして、使用済みのリチウムイオン電池を解体後は、各種電池素材を適宜、分離、回収することができる。リチウムイオン電池は通常、正極として、Al箔材の両面にCo、Ni、Mnなどが含まれる正極材が塗布されたものが使用され、負極として、Cu箔材の両面にC(グラファイト)が塗布されたものが使用される。したがって、正極材から、高価なMn、Co、Niなどを分離回収することができる。
【0012】
一般に使用済みのリチウムイオン電池は機能破壊を目的として熱処理を施し、素材のリサイクルを念頭においていない場合には、焼却後に埋め立てや路盤材などに用いられ、一方、素材をリサイクルする場合は、熱処理後、粉砕などを行った後、濃縮工程(化学的手法、物理的手法)を経て、各種素材の選別、分離回収が行われる。しかし、いずれの場合も、大規模な焼却設備が必要であり、また、焙焼物を粉砕などするため複雑で高コストな処理となる。これに対して、本発明のリサイクル方法は、このような熱処理は行わずに、電池素材を回収するため、コンパクトな設備とすることができ、低コストで、有価金属を回収することができるというメリットがある。
【0013】
ここで、使用済みのリチウムイオン電池を解体する場合、予め電池に残留する電気を放電する必要がある。放電が十分でないと、電池の解体作業時に火花が発生して、電池に含まれる有機溶媒に引火して、火災や爆発などのおそれがあるためである。一方、完全に放電させた場合には、負極集電体を構成する銅が溶出して、正極活物質を構成するNi、Coなどの有価金属を汚染してしまい、直接他の製品の製造に利用できない。
【0014】
図1に、放電工程から解体工程(洗浄、開封処理)までの使用済み電池の電圧変化を示す。固定抵抗(1Ω)による放電を実施した場合、銅の溶出がないセル電圧0.6Vで放電を中断すると、復電現象によって、セル電圧1.1V以上に上昇し、電池を解体(短絡)すると、火花(スパーク)が発生するということがあった。
【0015】
このように、電池解体時における火花の発生と銅の溶出を考慮した最適な放電には、トレードオフの関係がある。この点、充放電器を活用することで、電圧1.1V以下、0.6V以上にセル電圧を制御することも考えられるが、一般的に組電池として使用するリチウムイオン電池において、一つ一つのセルに対して電圧を制御しながら解体を進めることは、高コストとなるため、現実性がない。
【0016】
本発明者らは、試行錯誤の末、放電工程と解体工程とが分かれていることで、その間に復電現象が起こることから、使用済みの電池を放電させながら解体すれば、復電現象を生じさせることがないことを閃いた。
これに基づき本発明は、放電を実施して火花が発生しない電圧以下となった段階で解体作業を開始し、銅の溶出による汚染がない或いは汚染が軽微な段階で解体作業を終了することを特徴とするものである。なお、放電を続けながら解体と分別とを実施するが、分別過程で導通部が離れ、放電状態が解かれることになるが、このときは火花が発生することはないため、特に問題はない。
【0017】
図2に、放電工程中に解体工程(洗浄、開封処理)を実施したときの使用済み電池の電圧変化を示す。固定抵抗(1Ω)による放電を実施しながら、セル電圧が2.4V以下となってから解体作業を開始する。放電状態を解除した後に解体すると、セル電圧が1.1V以上で火花が発生するが、放電しながら解体した場合は、セル電圧が2.4V以下でも火花が発生しないことがある。好ましくはセル電圧が2.0V以下、より好ましくは1.5V以下、さらに好ましくは、1.2V以下の時点で解体作業を開始する。なお、温度、湿度、電池の状態によって火花が発生するセル電圧が若干異なることから、事前に火花の発生するセル電圧を確認することが好ましい。
【0018】
表1に、固定抵抗(1Ω)による放電を実施した場合の、セル電圧0.6V以下の放電時間に対する正極中のCu品位を示す。表1のとおり、放電時間が15分でCu濃度が6wtppmであり、20分で8wtppmであり、30分で9wtppmであり、35分で12wtppmである。なお、使用済みのリチウムイオン電池をセル電圧0.6V以下(固定抵抗は1Ωとする)にせずに解体し、回収した正極を分析すると6wtppm程度のCuが含まれていた。この結果から、固定抵抗(1Ω)による放電を実施した場合に、セル電圧が0.6Vとなる前に解体作業を終了させることが好ましいが、0.6Vとなってから30分以内であれば、銅の溶出量が10wtppm以下と少なく銅による汚染は軽微であり、許容されるものである。
【0019】
【0020】
図2では、1Ωの固定抵抗器を用いて放電を行っているが、抵抗値が低いほど、銅が溶出するまでの時間が短く(
図2のグラフの傾きが大きい)、抵抗値が高いほど、銅が溶出するまでの時間が長い(
図2のグラフの傾きが小さい)。したがって、すぐに解体する場合には、低抵抗のものを用いて放電し、一方、数日後、あるいは1週間後に解体を予定している場合には、高抵抗のものを用いて放電することができる。このように、解体作業時間あるいは解体作業予定日等を考慮して、抵抗値を決めることが望ましい。好ましくは0.01~100Ωの抵抗を用いることができる。
【0021】
本開示では、固定抵抗器を用いて放電を行っているが、例えば、SUS線(番線)やニクロム線など素材自体が適度な抵抗を有しているものを活用してもよく、さらには、電球などを用いることもできる。このように固定抵抗を始め、多種多様な部材を用いて放電することが可能であり、その中から適度な抵抗を有すものを選択することができる。
【0022】
以上の方法を用いて、使用済みのリチウムイオン電池を安全に解体することができ、その後は、従来技術を用いて、各種の電池素材を分離、回収することができる。通常、リチウムイオン電池は、Al素材、あるいは、Fe、SUS素材のケースの中に、Al箔材の両面に正極材(Co、Ni、Mnなどが含まれる)が塗布された正極と、Cu箔材の両面に負極材(C)が塗布された負極と、PP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)からなるセパレータが設置されている。
【0023】
回収した正極は、水素吸蔵合金などの製品の原料として、あるいは、製錬原料とすることができる。正極をフラックス(CaOなど)と共に溶解すると、Alが還元剤となって、リチウムと複合酸化物を形成しているCo、Ni、Mnを金属(メタル)として、還元することができる。このとき、Alが過剰に含まれているため、メタル中にAlが取り込まれるが、水素吸蔵合金にはAlを含む組成のものが存在することから、Alが含まれていても特に問題はない。このように製品とする場合には、不純物となり得るCuを低減する本発明が特に有効である。精錬原料とする場合には、酸溶解、精製(溶媒抽出など)によって、高価なCo、Ni、Mnを各々、分離回収することができる。一方、回収した負極は、Cu精錬原料とすることができ、PPやPEは、プラスチックリサイクルへと分離することができる。また、ケース素材であるAlはAl二次合金として、FeやSUSは鉄屑(鉄鋼原料)として、それぞれ分離、回収することができる。
【実施例】
【0024】
次に、本発明の実施例等について説明する。なお、以下の実施例は、あくまで代表的な例を示しているもので、本発明はこれらの実施例に制限される必要はなく、明細書の記載される技術思想の範囲で解釈されるべきものである。
【0025】
(実施例1)
使用済みのリチウムイオンの電池パックをモジュールへと解体した後、モジュールを粗放電した(セル電圧0.6V/セル以上、固定抵抗1Ω)。次に、このモジュールを解体して、使用済み電池セルとし、電池セルを放電しながら、セル電圧が2.4V以下(固定抵抗1Ω)となってから電池セルを解体(開封)して、セル電圧が0.6V以下となってから30分以内に正極、負極、セパレータ、ケース、蓋、端子の各種電池素材を分離した。その後、上記の手法によって、各種電池素材から有価金属等を回収した。このとき、正極中のCuの品位は6wtppmであった。
【0026】
(実施例2)
使用済みのリチウムイオンの電池パックをモジュールへと解体した後、モジュールを粗放電した(セル電圧0.6V/セル以上、固定抵抗1Ω)。次に、このモジュールを解体して、使用済み電池セルとし、電池セルを放電しながら、セル電圧が1.6V以下(SUS線使用)となってから、電池セルを解体(開封)して、セル電圧が0.6V以下となってから30分以内に正極、負極、セパレータ、ケース、蓋、端子の各種電池素材を分離した。その後、上記の手法によって、各種電池素材から有価金属等を回収した。このとき、正極中のCuの品位は10wtppm未満であった。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、安全にリチウムイオン電池を解体することができるとともに、銅による正極へのコンタミネーションを低減することができる。そして、回収された金属は、汚染が少ないことから直接、他の製品の製造に利用することができる。本発明のリサイクル方法は、電気自動車、定地(住宅、ビル、太陽電池、風力発電)用蓄電池(システム)、非常用蓄電池(UPSや可搬バッテリーなど)、建設機械車両(産業用車両)、フォークリフト、電動車いす、などに用いられる大型のバッテリーや、携帯電話用や単三電池型などの小型のバッテリーに、用いられているリチウムイオン電池から、有価金属を回収するのに有用である。