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特許7234586駆動力制御装置、駆動装置、及び駆動力伝達装置
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  • 特許-駆動力制御装置、駆動装置、及び駆動力伝達装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】駆動力制御装置、駆動装置、及び駆動力伝達装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20230301BHJP
   B60K 17/356 20060101ALI20230301BHJP
   B60K 6/52 20071001ALI20230301BHJP
   B60K 6/485 20071001ALI20230301BHJP
   B60W 20/10 20160101ALI20230301BHJP
   B60W 10/10 20120101ALI20230301BHJP
   B60W 10/02 20060101ALI20230301BHJP
   B60W 10/04 20060101ALI20230301BHJP
   B60W 10/08 20060101ALI20230301BHJP
【FI】
B60L15/20 Y ZHV
B60K17/356 B
B60K6/52
B60K6/485
B60W20/10
B60W10/10 900
B60W10/02 900
B60W10/00 102
B60W10/08
B60W10/02
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018209816
(22)【出願日】2018-11-07
(65)【公開番号】P2020078166
(43)【公開日】2020-05-21
【審査請求日】2021-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 哲也
(72)【発明者】
【氏名】加藤 智章
(72)【発明者】
【氏名】平田 航
(72)【発明者】
【氏名】山本 敏彦
【審査官】清水 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-090898(JP,A)
【文献】特開2015-056978(JP,A)
【文献】特開2005-088770(JP,A)
【文献】特開2006-033927(JP,A)
【文献】特開2014-040852(JP,A)
【文献】特開平05-262156(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0121883(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00 - 3/12
B60L 7/00 - 13/00
B60L 15/00 - 58/40
B60K 6/20 - 6/547
B60W 10/00 - 10/30
B60W 20/00 - 20/50
B60K 17/356
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪に伝達される駆動力を制御する駆動力制御装置であって、
前記車輪に空転が発生したとき、車両加速度に応じて算出した車両加速度対応フィードフォワード制御量及び車両走行状態に基づいて算出された駆動力の指令値のうち、何れか小さい方を、前記空転が発生した車輪に伝達する駆動力のフィードフォワード制御量として設定する、
駆動力制御装置。
【請求項2】
前記フィードフォワード制御量に対して、前記車輪のスリップ率の目標値を基にフィードバック制御を行う、
請求項に記載の駆動力制御装置。
【請求項3】
前記車輪に空転が発生したときのスリップ率が当該車輪のスリップ率の目標値よりも大きい場合に、前記フィードバック制御を行う、
請求項2に記載の駆動力制御装置。
【請求項4】
前記車輪は4輪車両の後輪であり、
前記車両加速度は、車両前後方向の加速度を含み、
前記車両前後方向の加速度が高いほど前記車両加速度対応フィードフォワード制御量を大きく設定する、
請求項1乃至3の何れか1項に記載の駆動力制御装置。
【請求項5】
前記車両加速度は、車両左右方向の加速度を含み、
前記車両左右方向の加速度が低いほど前記車両加速度対応フィードフォワード制御量を大きく設定する、
請求項乃至の何れか1項に記載の駆動力制御装置。
【請求項6】
前記車輪は4輪車両の後輪であり、
前記車両加速度は、車両前後方向の加速度及び車両左右方向の加速度を含み、
前記車両前後方向の加速度に対応する前後G対応フィードフォワード制御量から前記車両左右方向の加速度に対応する横G対応フィードフォワード制御量を減算して前記車両加速度対応フィードフォワード制御量を算出する、
請求項乃至の何れか1項に記載の駆動力制御装置。
【請求項7】
前記車両加速度対応フィードフォワード制御量を路面摩擦係数の推定値を加味して設定する、
請求項乃至の何れか1項に記載の駆動力制御装置。
【請求項8】
車両の駆動源としての電動モータと、
前記電動モータの駆動力を車輪に伝達する駆動力伝達機構と、
前記電動モータを制御する制御装置とを備え、
前記制御装置は、前記車輪に空転が発生したとき、車両加速度に応じて算出した車両加速度対応フィードフォワード制御量及び車両走行状態に基づいて算出された駆動力の指令値のうち、何れか小さい方を、前記空転が発生した車輪に伝達する駆動力のフィードフォワード制御量として設定する、
駆動装置。
【請求項9】
車両の駆動源の駆動力を車輪に伝達する駆動力伝達装置であって、
前記車輪に伝達される駆動力を調節可能なクラッチと、
前記クラッチを制御する制御装置とを備え、
前記制御装置は、前記車輪に空転が発生したとき、車両加速度に応じて算出した車両加速度対応フィードフォワード制御量及び車両走行状態に基づいて算出された駆動力の指令値のうち、何れか小さい方を、前記空転が発生した車輪に伝達する駆動力のフィードフォワード制御量として設定する、
駆動力伝達装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪に伝達される駆動力を制御する駆動力制御装置、車両を駆動する駆動装置、及び車両の駆動源の駆動力を車輪に伝達する駆動力伝達装置に関する。
に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、左右一対の前輪及び左右一対の後輪に伝達される駆動力を調節可能な4輪駆動車には、前輪を内燃機関であるエンジンで駆動し、後輪を電動モータで駆動するものがある(例えば、特許文献1,2参照)。このような4輪駆動車は、例えば後輪に空転によるスリップが発生した場合でも、前輪の駆動力により走行を維持することが可能であり、走破性に優れている。
【0003】
特許文献1に記載の4輪駆動車は、後輪にスリップが発生した際、スリップの発生状況に応じてスリップ状態を解消可能なモータ出力トルクを算出し、これを基に電動モータに対するトルク指令値を生成する。その後、スリップ状態が解除された状態になっても、所定の時間が経過するまではスリップを解消可能な4輪駆動を行うために必要なトルク指令値を維持する。
【0004】
特許文献2に記載の4輪駆動車は、後輪にスリップが発生した際、後輪を駆動する電動モータのモータ駆動力を漸減し、後輪のグリップが回復した時点のモータ駆動力から路面摩擦係数を推定する。そして、推定した路面摩擦係数に応じて前輪及び後輪の駆動力を制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-120119号公報
【文献】特開2011-63038号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のものでは、どのようにしてスリップ状態を解消可能なモータ出力トルクを算出するか明らかにされていないが、算出方法によっては、スリップを解消するために必要なトルクよりも大幅に小さなトルクをモータ出力トルクとして設定してしまい、車両を前進させるための駆動力が回復するまでの時間が長くなってしまうおそれがある。
【0007】
また、特許文献2に記載のものでは、路面摩擦係数を求めるためにモータ駆動力を漸減するので、後輪のスリップが解消するまでの時間が長くなり、やはり車両を前進させるための駆動力が回復するまでの時間が長くなってしまうおそれがある。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、車輪の空転によるスリップが発生した際に、速やかにスリップ状態を解消して車両を前進させるための駆動力を回復させることが可能な駆動力制御装置、駆動装置、及び駆動力伝達装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の目的を達成するため、車輪に伝達される駆動力を制御する駆動力制御装置であって、前記車輪に空転が発生したとき、車両加速度に応じて算出した車両加速度対応フィードフォワード制御量及び車両走行状態に基づいて算出された駆動力の指令値のうち、何れか小さい方を、前記空転が発生した車輪に伝達する駆動力のフィードフォワード制御量として設定する、駆動力制御装置を提供する。
【0010】
本発明は、上記の目的を達成するため、車両の駆動源としての電動モータと、前記電動モータの駆動力を車輪に伝達する駆動力伝達機構と、前記電動モータを制御する制御装置とを備え、前記制御装置は、前記車輪に空転が発生したとき、車両加速度に応じて算出した車両加速度対応フィードフォワード制御量及び車両走行状態に基づいて算出された駆動力の指令値のうち、何れか小さい方を、前記空転が発生した車輪に伝達する駆動力のフィードフォワード制御量として設定する、駆動装置を提供する。
【0011】
本発明は、上記の目的を達成するため、車両の駆動源の駆動力を車輪に伝達する駆動力伝達装置であって、前記車輪に伝達される駆動力を調節可能なクラッチと、前記クラッチを制御する制御装置とを備え、前記制御装置は、前記車輪に空転が発生したとき、車両加速度に応じて算出した車両加速度対応フィードフォワード制御量及び車両走行状態に基づいて算出された駆動力の指令値のうち、何れか小さい方を、前記空転が発生した車輪に伝達する駆動力のフィードフォワード制御量として設定する、駆動力伝達装置を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る駆動力制御装置、駆動装置、及び駆動力伝達装置によれば、車輪の空転によるスリップが発生した際に、速やかにスリップ状態を解消して車両を前進させるための駆動力を回復させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の第1の実施の形態に係る差動装置が搭載された4輪駆動車の構成例を示す概略図である。
図2】制御装置の制御部が行う制御処理を示すブロック図である。
図3】車両加速度と前後G対応FF制御量及び横G対応FF制御量との関係を示すグラフである。
図4】後輪スリップ率と、タイヤと路面との間の摩擦力との関係の一例を示すグラフである。
図5】本発明の第2の実施の形態に係る4輪駆動車の構成を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態について、図1乃至図4を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0015】
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る制御装置及び駆動装置が搭載された4輪駆動車の構成例を示す概略図である。この4輪駆動車1は、左右前輪15L,15Rが主たる駆動源としてのパワーユニット11によって駆動され、左右後輪25L,25Rが従たる駆動源としての電動モータ21を有する駆動装置2によって駆動される。このパワーユニット11としては、内燃機関であるエンジンを用いてもよいし、電動モータを用いてもよい。また、エンジンと電動モータとを組み合わせたハイブリッドシステムを用いてもよい。
【0016】
パワーユニット11の駆動力は、トランスミッション12で変速され、フロントディファレンシャル13を介して左右のドライブシャフト14L,14Rに差動を許容して配分される。フロントディファレンシャル13は、デフケース131と、デフケース131に両端部が支持されたピニオンシャフト132と、ピニオンシャフト132に軸支された一対のピニオンギヤ133,133と、一対のピニオンギヤ133,133にそれぞれギヤ軸を直交させて噛合する一対のサイドギヤ134L,134Rとを有している。左右のドライブシャフト14L,14Rは、一対のサイドギヤ134L,134Rにそれぞれ相対回転不能に連結され、駆動力を左右前輪15L,15Rに伝達する。
【0017】
駆動装置2は、電動モータ21と、電動モータ21にモータ電流を供給する駆動力制御装置としての制御装置20と、電動モータ21の駆動力を左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力伝達機構200とを有している。本実施の形態では、駆動力伝達機構200が、減速機構22、リヤディファレンシャル23、及び左右のドライブシャフト24L,24Rからなる。電動モータ21の駆動力は、減速機構22によって減速され、リヤディファレンシャル23を介して左右のドライブシャフト24L,24Rに差動を許容して配分される。
【0018】
制御装置20は、例えば複数のスイッチング素子により三相ブリッジ回路が構成されたインバータ回路202と、インバータ回路202の各スイッチング素子をオン・オフさせるPWM信号を生成する制御部201とを有している。制御装置20は、PWM信号のデューティー比を増減させることで電動モータ21に供給するモータ電流を調節し、左右後輪25L,25Rに伝達される駆動力を制御する。電動モータ21は、例えば三相ブラシレスモータである。
【0019】
リヤディファレンシャル23は、デフケース231と、デフケース231に両端部が支持されたピニオンシャフト232と、ピニオンシャフト232に軸支された一対のピニオンギヤ233,233と、一対のピニオンギヤ233,233にそれぞれギヤ軸を直交させて噛合する一対のサイドギヤ234L,234Rとを有している。左右のドライブシャフト24L,24Rは、一対のサイドギヤ234L,234Rにそれぞれ相対回転不能に連結され、駆動力を左右後輪25L,25Rに伝達する。
【0020】
減速機構22は、電動モータ21のシャフトに固定されたピニオンギヤ221と、ピニオンギヤ221に噛み合う大径ギヤ部222a及びデフケース231に固定されたリングギヤ231aに噛み合う小径ギヤ部222bが相対回転不能に連結された減速ギヤ222と、を有して構成されている。
【0021】
また、4輪駆動車1には、車両全体を統合的に制御する統合コントローラ10が搭載されている。統合コントローラ10は、アクセルペダル16の踏み込み量を検出するアクセル開度センサ101、左右前輪15L,15Rを操舵するステアリングホイール17の操舵角を検出する操舵角センサ102、車両前後方向の加速度(前後G)を検出する前後加速度センサ103、車両左右方向の加速度(横G)を検出する横加速度センサ104、ならびに左右前輪15L,15R及び左右後輪25L,25Rの回転速度を検出する回転速度センサ105~108の検出結果を示す検出信号を取得可能である。統合コントローラ10は、制御装置20に対する上位コントローラに相当する。
【0022】
統合コントローラ10は、4輪駆動車1の車両走行状態に基づいて左右後輪25L,25Rに伝達すべき駆動力(トルク)の指令値であるトルク指令値を算出する。この車両走行状態は、例えば、アクセル開度センサ101によって検出されるアクセルペダル16の踏み込み量や操舵角センサ102によって検出されるステアリングホイール17の操舵角である。統合コントローラ10で演算されたトルク指令値は、例えばCAN(Controller Area Network)等の車載ネットワークを介して制御装置20に送られる。制御装置20は、車載ネットワークを介して、上記各センサ101~108の検出結果を示す検出信号を取得可能である。
【0023】
このトルク指令値は、例えばアクセルペダル16の踏み込み量が大きいほど、またステアリングホイール17の操舵角が大きいほど、大きな値となる。なお、トルク指令値は、統合コントローラ10から送られるものに限らず、制御装置20の制御部201において車両走行状態に基づいてトルク指令値を算出し、このトルク指令値を用いて後述する制御を行ってもよい。制御装置20は、左後輪25L又は右後輪25Rに空転によるスリップが発生していない通常時には、トルク指令値に応じた駆動力が左右後輪25L,25Rに伝達されるように電動モータ21を制御する。
【0024】
また、制御装置20は、左右後輪25L,25Rの何れか又は両方に空転が発生したとき、空転状態を解消すべく、左右後輪25L,25Rに伝達される駆動力を低減する。左後輪25L及び右後輪25Rは、サイドギヤ234L,234Rの差動を制限する差動制限機構を有しないリヤディファレンシャル23から電動モータ21の駆動力を受けるので、左後輪25L及び右後輪25Rのうち何れか一方の車輪が空転すると、他方の車輪にも駆動力が伝達されなくなる。
【0025】
本実施の形態では、制御装置20の制御部201が、左右後輪25L,25Rに伝達される駆動力の制御量を車両加速度に基づいて設定する。この車両加速度は、前後加速度センサ103によって検出される前後G、及び横加速度センサ104によって検出される横Gを含んでいる。
【0026】
次に、図2を参照して制御部201の制御内容の具体例について詳細に説明する。図2は、左右後輪25L,25Rの少なくとも何れか空転したとき、制御装置20の制御部201が行う制御処理を示すブロック図である。制御部201は、CPU(演算処理装置)及びプログラムを記憶する不揮発性メモリを有し、CPUがプログラムを実行することによって下記の制御処理が行われる。図2では、FF(フィードフォワード)制御を行うFF制御部31、及びFB(フィードバック)制御を行うFB制御部32をそれぞれ破線で囲って示している。
【0027】
制御部201は、前後加速度センサ103によって検出された前後Gを前後Gマップに適用して前後G対応FF制御量を算出すると共に、横加速度センサ104によって検出された横Gを横Gマップに適用して横G対応FF制御量を算出する。なお、前後G対応FF制御量及び横G対応FF制御量は、共にゼロ又はゼロよりも大きい正値である。
【0028】
また、制御部201は、前後G対応FF制御量から横G対応FF制御量を減算した差分FF制御量を演算し、これに路面摩擦係数μの推定値を加味して車両加速度対応FF制御量として算出する。具体的には、差分FF制御量に路面摩擦係数μの推定値を乗じた積を車両加速度対応FF制御量として演算する。またさらに、制御部201は、車両加速度対応FF制御量と、車両走行状態に基づいて算出されたトルク指令値とを比較し、両者のうち何れか小さい方をFF制御量とする。これにより、車両加速度対応FF制御量がFF制御量の上限値となる。つまり、FF制御量が車両加速度対応FF制御量以下に制限される。車両加速度対応FF制御量は、前後Gが高いほど、また横Gが低いほど、大きく設定される。
【0029】
図3は、検出された車両加速度(前後G及び横G)と、前後G対応FF制御量及び横G対応FF制御量との関係を示すグラフである。制御部201の不揮発性メモリには、前後Gと前後G対応FF制御量との関係が前後Gマップとして、また横Gと横G対応FF制御量との関係が横Gマップとして、それぞれ記憶されている。横軸に示す加速度の大きさが同じ場合、前後G対応FF制御量は、横G対応FF制御量よりも大きい。
【0030】
本実施の形態では、前後Gマップに、前後Gが大きくなるほど前後G対応FF制御量が大きくなる関係が定義されている。これは、加速中や登坂路走行中などで前後Gが大きく、左右後輪25L,25Rの荷重が増大している場合には、左右後輪25L,25Rのタイヤの接地荷重が大きくなるので、左右後輪25L,25Rに大きな駆動力を伝達しても空転によるスリップが発生しにくいこと、換言すれば空転が発生しても早期に収束しやすいことを考慮したものである。
【0031】
また、本実施の形態では、横Gマップに、横Gが大きくなるほど横G対応FF制御量が大きくなる関係が定義されている。これは、旋回中などで横Gが大きいと、タイヤ摩擦円におけるコーナリングフォース(横力)が大きくなり、前進方向の推進力に割り当てることができる摩擦力が小さくなることを考慮したものである。このため、横Gが大きくなると、前後G対応FF制御量から減算される横G対応FF制御量の値が大きくなり、車両加速度対応FF制御量が小さくなる。
【0032】
制御部201は、路面摩擦係数μの推定値を、例えば統合コントローラ10から取得することができる。路面摩擦係数μの推定方法としては、例えば車載カメラで撮像した路面の画像解析により行うことができる。なお、路面摩擦係数μを取得できない場合には、前後G対応FF制御量から横G対応FF制御量を減算した値に路面摩擦係数μの推定値を乗じる演算を行わなくてもよい。この場合、前後G対応FF制御量と横G対応FF制御量との差が車両加速度対応FF制御量となる。換言すれば、路面摩擦係数μの推定値を1として演算することとなる。
【0033】
車両加速度対応FF制御量及びトルク指令値のうち小さい方をFF制御量とするのは、左右後輪25L,25Rが空転したとき、車両加速度対応FF制御量がトルク指令値よりも小さい場合に限り、車両加速度を加味して左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力を制限するためである。換言すれば、FF制御量がトルク指令値よりも大きくならないようにするためである。車両加速度対応FF制御量が車両走行状態に基づいて算出されたトルク指令値以上であれば、このトルク指令値がそのままFF制御量となる。
【0034】
また、本実施の形態では、FF制御量に対して、後輪スリップ率の目標値を基にフィードバック制御を行う。後輪スリップ率は、車速をVとし、左右後輪25L,25Rの回転速度を車速に変換した車速変換値をVとした場合に、(V-V)/Vの演算式により求めることができる。車速Vは、統合コントローラ10から取得してもよく、あるいは左右前輪15L,15R及び左右後輪25L,25Rのうち最も回転速度が低い(スリップしていない)車輪の回転速度及び操舵角に基づいて算出してもよい。
【0035】
図4は、後輪スリップ率と、タイヤと路面との間の摩擦力との関係の一例を示すグラフである。タイヤと路面との間の摩擦力は、後輪スリップ率が所定値(図4に示す例では0.1)であるときに極大値となり、後輪スリップ率がこの所定値を超えて大きくなると徐々に低下する。フィードバック制御に用いる後輪スリップ率の目標値は、この所定値に相当する値であり、効率よく電動モータ21の駆動力を左右後輪25L,25Rから路面に伝達して4輪駆動車1の推進力とすることができるように、例えば実験によって求められた値である。
【0036】
制御部201は、左右後輪25L,25Rに空転が発生したときの後輪スリップ率が上記の目標値よりも大きい場合に、左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力の制御量を車両加速度(前後G及び横G)に基づいて設定する。換言すれば、後輪スリップ率が上記の目標値以下の場合には、上記のフィードバック制御を行わない。
【0037】
制御部201は、左右後輪25L,25Rが空転して後輪スリップ率が目標値よりも大きくなったとき、4輪駆動車1における実際の後輪スリップ率が目標値に近づくようにフィードバック制御を行う。空転によるスリップが発生すると、通常、後輪スリップ率は上記の目標値よりも相当程度大きな値となるので、制御部201によるフィードバック制御により、後輪スリップ率が目標値よりも大きな値(図4のグラフの横軸における右側)から徐々に目標値に近づき、これに伴って摩擦力が増大することとなる。
【0038】
制御部201は、比例積分制御(PI制御)によりFB制御部32の処理を行う。図2において、Kpは比例ゲインを示し、Kiは積分ゲインを示している。1/Sは積分項である。比例要素の演算結果と積分要素の演算結果とは、足し合わされてFB制御量となる。このFB制御量は、加算部33においてFF制御量と足し合わされ、この合算値に応じて電動モータ21が発生すべきトルクである目標トルクが演算される。
【0039】
制御部201は、この目標トルクに基づいて、インバータ回路202のスイッチング素子をオン・オフさせるPWM信号を生成し、生成したPWM信号をインバータ回路202に出力する。インバータ回路202は、PWM制御されたモータ電流を電動モータ21に出力し、電動モータ21が左右後輪25L,25Rを駆動する駆動力を発生する。
【0040】
なお、制御部201は、左右後輪25L,25Rが空転したスリップ状態が解消されるまで、上記の制御処理を継続して実行する。スリップ状態が解消されたことは、例えば左右前輪15L,15Rの平均回転速度と左右後輪25L,25Rの平均回転速度との差が所定値以下であることにより判定することができる。左右後輪25L,25Rのスリップ状態が解消された後は、車両走行状態に基づいて算出されたトルク指令値に応じた駆動力が発生するように、制御部201が電動モータ21を制御する。
【0041】
(第1の実施の形態の作用及び効果)
以上説明した第1の実施の形態によれば、左右後輪25L,25Rの空転によるスリップが発生した際、左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力の制御量(FF制御量)を車両加速度に基づいて設定するので、例えば固定値によって左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力の上限値を設定する場合に比較して、速やかにスリップ状態を解消して車両を前進させるための駆動力を回復させることが可能となる。
【0042】
つまり、固定値によって左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力の上限値を設定する場合には、その固定値を、どのような走行状態及びスリップ状態であっても左右後輪25L,25Rの空転を解消し得る程度に小さな値に設定しておかなければならないが、本実施の形態によれば、車両加速度に基づいて、前後Gが高いほど、また横Gが低いほど、FF制御量の上限値である車両加速度対応FF制御量が大きく設定される。これにより、左右後輪25L,25Rの荷重や旋回状態に応じて、左右後輪25L,25Rのスリップを抑制しながらも可及的に大きな駆動力を左右後輪25L,25Rに伝達することができ、4輪駆動車1の走破性を高めることが可能となる。
【0043】
また、第1の実施の形態によれば、車両加速度対応FF制御量を路面摩擦係数μの推定値を加味して設定するので、より適切に車両加速度対応FF制御量を設定することが可能となる。またさらに、FB制御部32の制御により、FF制御量に対して後輪スリップ率の目標値を基にフィードバック制御を行うので、走行に伴う細かな路面状態の変化にも対応して、4輪駆動車1の推進力となる左右後輪25L,25Rの接地面の摩擦力を増大させることが可能となる。
【0044】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態について、図5を参照して説明する。図5は、本発明の第2の実施の形態に係る4輪駆動車1Aの構成を示す概略図である。図5において、図1等を参照して説明した第1の実施の形態に係る4輪駆動車1の構成要素に対応する構成要素については、第1の実施の形態で用いたものと同一の符号を付して重複した説明を省略する。
【0045】
第1の実施の形態では、4輪駆動車1の左右後輪25L,25Rが電動モータ21によって駆動される場合について説明したが、本実施の形態に係る4輪駆動車1Aでは、トランスファギヤ18及びプロペラシャフト19を介して伝達されるパワーユニット11の駆動力により、左右後輪25L,25Rが駆動される。トランスファギヤ18は、フロントディファレンシャル13のデフケース131に固定されたリングギヤ181、及びプロペラシャフト19の一端部に固定されたピニオンギヤ182からなる。
【0046】
プロペラシャフト19とリヤディファレンシャル23との間には、左右後輪25L,25Rに伝達される駆動力を調節可能なクラッチ43を有するトルクカップリング4が配置されている。トルクカップリング4は、プロペラシャフト19と共に回転する有底円筒状のクラッチドラム41と、クラッチドラム41の内側に同軸配置されたインナシャフト42と、クラッチドラム41とインナシャフト42との間に配置されたクラッチ43と、カム機構44と、カム機構44を作動させるためのパイロットクラッチ45及び電磁コイル46と、インナシャフト42に相対回転不能に連結されたピニオンギヤシャフト47と、を有している。
【0047】
ピニオンギヤシャフト47は、デフケース231に固定されたリングギヤ231aに噛み合っている。クラッチ43は、クラッチドラム41に対して相対回転不能かつ軸方向移動可能な複数のアウタクラッチプレートと、インナシャフト42に対して相対回転不能かつ軸方向移動可能な複数のインナクラッチプレートとからなる多板クラッチである。
【0048】
カム機構44は、パイロットクラッチ45を介して伝達されるクラッチドラム41の回転力を軸方向のスラスト力に変換するものであり、例えばボールカム機構によって構成されている。パイロットクラッチ45は、電磁コイル46が発生する磁力に応じた回転力をカム機構44に伝達する。カム機構44は、パイロットクラッチ45から伝達される回転力に応じた押圧力でクラッチ43を軸方向に押圧する。これにより、クラッチ43のアウタクラッチプレートとインナクラッチプレートが摩擦接触し、クラッチドラム41からインナシャフト42に駆動力が伝達される。
【0049】
電磁コイル46には、制御装置20Aから励磁電流が供給される。制御装置20Aは、第1の実施の形態と同様の制御処理を実行する制御部201と、スイッチング素子及び平滑回路等を有するスイッチング回路203とを有している。制御部201は、スイッチング回路203のスイッチング素子をオン・オフさせるPWM信号を生成する。スイッチング回路203は、PWM信号のデューティー比に応じた大きさの励磁電流を電磁コイル46に供給する。これにより、励磁電流の大きさに応じた押圧力でクラッチ43が押圧され、クラッチドラム41及びインナシャフト42を介してプロペラシャフト19からリヤディファレンシャル23に駆動力が伝達される。このように、制御装置20Aは、電磁コイル46に供給する励磁電流により、クラッチ43を制御する。
【0050】
制御装置20A及びトルクカップリング4は、パワーユニット11の駆動力を左右後輪25L,25R側に伝達する駆動力伝達装置2Aを構成する。制御装置20Aは、第1の実施の形態に係る制御装置20と同様に、左右後輪25L,25Rに空転が発生したとき、左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力の制御量を車両加速度(前後G及び横G)に基づいて設定する。この第2の実施の形態によっても、第1の実施の形態と同様の作用及び効果が得られる。
【0051】
(付記)
以上、本発明を第1及び第2の実施の形態に基づいて説明したが、これらの実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0052】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。例えば、上記第1及び第2の実施の形態では、制御装置20,20Aが左右後輪25L,25Rに伝達する駆動力を制御する場合について説明したが、左右前輪15L,15Rに伝達する駆動力を制御する制御装置(駆動力制御装置)に本発明を適用することも可能である。この場合、前後Gが高いほど左右前輪15L,15Rの接地荷重が小さくなるので、前後Gマップに定義される前後G対応FF制御量の勾配が図3に示したものとは逆となり、前後Gが高いほど前後G対応FF制御量が小さくなる。
【0053】
また、本発明を、4輪車両の各車輪に対応して設けられたインホイールモータの制御装置に適用することも可能である。この場合、前輪側のインホイールモータの制御装置では、前後Gが高いほど前後G対応FF制御量を小さくし、後輪側のインホイールモータの制御装置では、前後Gが高いほど前後G対応FF制御量を大きくする。
【符号の説明】
【0054】
2…駆動装置
2A…駆動力伝達装置
10…統合コントローラ(上位コントローラ)
11…パワーユニット(駆動源)
15L,15R…左右前輪
20,20A…制御装置(駆動力制御装置)
21…電動モータ(駆動源)
25L,25R…左右後輪(車輪)
43…クラッチ
図1
図2
図3
図4
図5