(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】熱伝導性の推定装置、熱伝導性の推定方法、及び熱伝導性の推定プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 25/18 20060101AFI20230301BHJP
【FI】
G01N25/18 L
(21)【出願番号】P 2019147205
(22)【出願日】2019-08-09
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【氏名又は名称】廣田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 憲彦
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-136234(JP,A)
【文献】特開2016-142567(JP,A)
【文献】〇高橋 憲彦、劉 宇、金田 千穂子 〇Norihiko Takahashi, Yu Liu, Chioko Kaneta,[10p-70A-5]マテリアルズ・インフォマティクスを適用した低熱伝導率Si/Ge積層構造の探索 [10p-70A-5]Materials Informatics Approach for Design of Si/Ge Layered Nanostructures with Low Thermal Conductivity,2019年 第66回応用物理学会春季学術講演会[講演予稿集] Extended Abstracts of The 66th JSAP Spring Meeting 2019 ,公益社団法人応用物理学会 The Japan Society of Applied Physics
【文献】〇高橋 憲彦、金田 千穂子 〇Norihiko Takahashi, Chioko Kaneta,[14p-B12-14]低熱伝導率SiGe構造の探索~フォノンモード解析~ [14p-B12-14]Design of SiGe Alloy and Layered Structure of Low Thermal Conductivity: Phonon Mode analyses,2016年 第77回応用物理学会秋季学術講演会[講演予稿集] Extended Abstracts of The 77th JSAP Autumn Meeting, 2016 ,公益社団法人応用物理学会 The Japan Society of Applied Physics
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する熱伝導性の推定装置であって、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるP
λ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたP
λ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるP
α,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定する相関算出部と、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する推定部と、
を有することを特徴とする熱伝導性の推定装置。
【請求項2】
前記積層構造の前記構造的特徴が、下記構造的特徴(1)及び(2)であり、前記構造的特徴(1)及び(2)のそれぞれを前記説明変数とする請求項1に記載の熱伝導性の推定装置。
(1)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内に配列する前記積層方向の元素の数
(2)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内の各層の前記積層方向の原子の数の各元素毎のばらつきから得られる偏差
【請求項3】
前記熱伝導方向の限定が、前記積層構造における積層方向への限定である請求項1又は2に記載の熱伝導性の推定装置。
【請求項4】
前記目的変数が、前記P
α,λ値の平均値と、前記積層構造の前記構造的特徴を前記説明変数として含む項との積である請求項1から3のいずれかに記載の熱伝導性の推定装置。
【請求項5】
前記化合物構造体が、化合物半導体である請求項1から4のいずれかに記載の熱伝導性の推定装置。
【請求項6】
2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する熱伝導性の推定方法であって、
コンピュータが、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるP
λ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたP
λ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるP
α,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定し、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する、
ことを特徴とする熱伝導性の推定方法。
【請求項7】
コンピュータに、2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定させる熱伝導性の推定プログラムであって、
前記コンピュータに、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるP
λ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたP
λ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるP
α,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定させ、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する処理を実行させる、
ことを特徴とする熱伝導性の推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、熱伝導性の推定装置、熱伝導性の推定方法、及び熱伝導性の推定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、種々のデバイス開発において内部で発生する熱をいかに効率よく制御するかということが問題となっている。例えば、様々なIT機器においてCPUなどから発生する熱を機器全体として効率良く逃がすために熱伝導率の高い材料を用いたい、あるいは、機器内部の局所的な熱流の方向を制御するために熱伝導率の低い材料を配置したい、といった要求がある。一例として、減じた熱抵抗を有する半導体デバイスが提案されている。
【0003】
また、廃熱を回収しゼーベック効果により電気エネルギーを取り出す技術である熱電変換に用いる材料は、その性能向上のためにいかに熱伝導率を低減できるかということが問題となる。このような熱制御の重要性は、機器の小型化や高性能化に伴ってますます高まっている。
【0004】
そのため、物質の熱伝導率を知ることは、非常に重要である。物質の熱伝導率は、シミュレーションにより計算することができる。しかし、数多くの物質の熱伝導率をシミュレーションにより計算しようとすると、一般的に計算コストが高いことに加えて、非常に多くの計算機資源と計算時間とが必要になるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-139500号公報
【文献】特開2018-136234号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本件は、少ない計算機資源及び計算時間で、化合物構造体の熱伝導性を推定することができる熱伝導性の推定装置、熱伝導性の推定方法、及び熱伝導性の推定プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
開示の熱伝導性の推定装置は、
2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する熱伝導性の推定装置であって、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるPλ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたPλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定する相関算出部と、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する推定部と、
を有する。
【0008】
開示の熱伝導性の推定方法は、
2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する熱伝導性の推定方法であって、
コンピュータが、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるPλ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたPλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定し、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する。
【0009】
開示の熱伝導性の推定プログラムは、
前記コンピュータに、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるPλ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたPλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定させ、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する処理を実行させる。
【発明の効果】
【0010】
開示の熱伝導性の推定装置によれば、少ない計算機資源及び計算時間で、化合物構造体の熱伝導性を推定することができる。
開示の熱伝導性の推定方法によれば、少ない計算機資源及び計算時間で、化合物構造体の熱伝導性を推定することができる。
開示の熱伝導性の推定プログラムによれば、少ない計算機資源及び計算時間で、化合物構造体の熱伝導性を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、Ge層とSi層とが交互にz方向に積層されたユニットセルの一例である。
【
図2】
図2は、
図1のユニットセルのP
λ値を表すグラフである。
【
図3A】
図3Aは、1周期元素数が4の場合のユニットセルの一例である。
【
図3B】
図BAは、1周期元素数が6の場合のユニットセルの一例である。
【
図3C】
図3Cは、1周期元素数が24の場合のユニットセルの一例である。
【
図4A】
図4Aは、1周期ばらつきを説明するためのユニットセルの一例である。
【
図4B】
図4Bは、1周期ばらつきを説明するためのユニットセルの他の一例である。
【
図5】
図5は、開示の熱伝導性の推定方法の一例のフローチャートである。
【
図6】
図6は、開示の熱伝導性の推定装置の構成例を表す図である。
【
図7】
図7は、開示の熱伝導性の推定装置の他の構成例を表す図である。
【
図8】
図8は、開示の熱伝導性の推定装置の他の構成例を表す図である。
【
図9】
図9は、開示の熱伝導性の推定装置の一実施形態としての機能構成例を示す図である。
【
図10】
図10は、実施例1に用いたユニットセルの一例である。
【
図11】
図11は、実施例1における目的変数(D)と熱伝導率との関係を示すグラフである。
【
図12】
図12は、比較例1における目的変数(D)と熱伝導率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(熱伝導性の推定装置、熱伝導性の推定方法、及び熱伝導性の推定プログラム)
本件の熱伝導性の推定装置は、2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する装置である。
本件の熱伝導性の推定方法は、2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する方法である。
本件の熱伝導性の推定プログラムは、2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定するプログラムである。
本件の熱伝導性の推定装置は、例えば、本件の熱伝導性の推定方法を行う。
本件の熱伝導性の推定方法は、例えば、本件の熱伝導性の推定プログラムにより行われる。
【0013】
本発明者らは、積層構造の化合物構造体の熱伝導性を、少ない計算機資源及び計算時間で推定する方法について検討を行った。
熱伝導性と関係する指標として、基準振動解析によるフォノン計算で求められるParticipation Ratio値(以下、P
λ値と呼ぶ)が挙げられる〔例えば、A. Bodapati et al., Phys. Rev. B 74, 245207 (2006)参照〕。P
λ値は、あるフォノン振動モードλの空間的な局在性を表す指標であり、下記数式(1)により定義される。
【数1】
ここで、Nはユニットセル内の全原子数である。e
iα,λはλ番目の基準振動の原子iのα方向の変位成分(α=x,y,z)である。e
*
iα,λは、e
iα,λの複素共役である。P
λは、1/N(完全に局在化した状態)~1(完全に非局在化した状態)までの値をとる。
一般にP
λ値が小さいモード(つまり、より局在化したモード)は熱伝導率低減に寄与する。特に、低周波数領域でP
λ値が小さいモードがより多く存在する場合、熱伝導率がより低くなる傾向にあると考えられる。基準振動解析により求められるモードは3N個存在し、これらのモードが全体として熱伝導率の値と大まかな相関があることが推測される。しかし、相関の程度は明らかではない。
【0014】
そこで、本発明者は、Pλ値と熱伝導率との相関の程度を、Pλ値に対する熱伝導方向及び振動数領域の限定、並びに、化合物構造体の積層構造の構造的特徴を用いることにより高めることで、熱伝導性の妥当な推定ができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0015】
<相関算出部>
相関算出部は、計算値と目的変数との相関を特定する。
相関は、例えば、直線回帰の最小二乗法により特定することができ、例えば、以下の一次関数と、相関係数とにより表される。
y=ax+b
yは、熱伝導率の計算値である。
xは、Pα,λ値の平均値、及び積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数である。
a、bは、係数である。
相関係数(ρ)は、正の分散を持つ確率変数X,Yが与えられたとき、共分散をσXY,標準偏差をσX,σYとおくとき、ρ=σXY/σX・σYで算出される。
相関の大きさは、相関係数により判断できる。
【0016】
<<計算値>>
計算値は、化合物構造体における2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値である。
【0017】
熱伝導率の計算値を算出する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、分子動力学法、格子動力学法などのシミュレーションが挙げられる。
なお、熱伝導率は、実測をしてもよいが、試料の作製等の手間を加味すると、シミュレーションにより算出することが好ましい。
【0018】
計算値は、2種類以上の元素の比率が互いに異なる多くの化合物構造体について算出することが、推定の妥当性が高くなる点で好ましいが、算出される計算値の数(即ち、2種類以上の元素の比率が互いに異なる化合物構造体の数)が多すぎると、計算値を算出するための計算機資源、及び計算時間が大きくなりすぎる。その点から、計算値を算出する2種類以上の元素の比率が互いに異なる化合物構造体の数としては、例えば、化合物構造体の種類に応じて適宜選択すればいよいが、5以上200以下が好ましく、20以上150以下がより好ましく、30以上100以下が特に好ましい。
【0019】
<<<化合物構造体>>>
本発明において、「化合物構造体」とは、化合物が特定の構造を構成してなる構造体を意味する。
化合物構造体の構造は、2種類以上の元素のそれぞれの元素からなる薄膜を積層した積層構造である。
【0020】
化合物構造体における元素の種類の数としては、2種類以上であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、2種類以上5種類以下などが挙げられる。
【0021】
化合物構造体としては、例えば、化合物半導体などが挙げられる。化合物半導体は、フォノンが主要な熱伝導の担い手のため、本件による推定の妥当性が高い。
化合物半導体としては、例えば、IV族化合物半導体、III-V族化合物半導体、II-VI族化合物半導体、I-III-IV族化合物半導体などが挙げられる。
IV族化合物半導体としては、例えば、SiC、SiGe、CSiGeなどが挙げられる。
III-V族化合物半導体としては、例えば、GaAs、AlP、AlAs、InP、InAs、GaSb、AlSb、GaInP、GaInAs、AlGaAsSb、GaInAsP、GaInPAsなどが挙げられる。
II-VI族化合物半導体としては、例えば、CdTe、CdSなどが挙げられる。
I-III-IV族化合物半導体としては、例えば、CuInSe2、Cu(Ga,In)Se2などが挙げられる。
【0022】
<<目的変数>>
目的変数は、Pα,λ値の平均値、及び積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である。
【0023】
<<<説明変数>>>
Pα,λ値の平均値は、目的変数を算出する際の説明変数である。
積層構造の構造的特徴は、目的変数を算出する際の説明変数である。
【0024】
-Pα,λ値の平均値-
Pα,λ値は、Pλ値から熱伝導方向(α)及び振動数領域を限定して特定される。
Pα,λ値の平均値は、複数の化合物構造体のそれぞれについて特定される。
平均値は、例えば、算術平均値である。
Pλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値を用いることで、Pλ値を用いるよりも特定される計算値と目的変数との相関が高くなる。
【0025】
--熱伝導方向--
P
λ値の熱伝導方向の限定に関しては、直交座標(x,y,z)において、x,y,zそれぞれの熱伝導方向に限定したP
x,λ値,P
y,λ値,P
z,λ値を特定することができる。
P
λ値のz方向成分のP
z,λ値は、以下の数式(2)で算出される。
【数2】
ここで、Nはユニットセル内の全原子数である。e
iα,λはλ番目の基準振動の原子iのα方向の変位成分(α=x,y,z)である。e
*
iα,λは、e
iα,λの複素共役である。e
iz,λはλ番目の基準振動の原子iのz方向の変位成分である。e
*
izα,λは、e
izα,λの複素共役である。P
z,λは、1/N(完全に局在化した状態)~1(完全に非局在化した状態)までの値をとる。
なお、P
x,λ+P
y,λ+P
z,λ=1である。
【0026】
P
λ値から熱伝導方向を限定して特定されるP
α,λ値を用いることで、P
λ値を用いるよりも相関算出部において特定される相関が高くなる。
相関算出部において特定される相関がより高くなる点で、熱伝導方向を積層構造の積層方向に限定して特定されるP
α,λ値が好ましい。
例えば、
図1に、Ge層とSi層とが交互にz方向に積層されたユニットセルを示す。なお、ユニットセルにおいて、z方向の層数は24であり、1層に含まれる元素の数は72である。即ち、ユニットセルには、24×72=1728個の元素が配されている。ユニットセルにおいて、Ge層では、Geがz方向に5つ積み上がっている。Si層では、Siがz方向に7つ積み上がっている。以下、このようなユニットセルを、z方向に積み上がっている1層の元素の数を用いて(Ge,Si=5,7)と記載する。
【0027】
--振動数領域--
後述する
図2に示すように、P
λ値には分布があり、P
λ値を、分布に応じた適当な振動数領域に限定することで、相関算出部において特定される相関が高くなる場合が多い。
即ち、P
λ値から振動数領域を限定して特定される値を用いることで、P
λ値を用いるよりも相関算出部において特定される相関が高くなる場合が多い。
限定する振動数領域としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0028】
--Pλ値--
Pλ値は、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標である。
Pλ値は、化合物構造体についての基準振動解析により算出された値である。
【0029】
P
λ値は、前述のとおり、熱伝導性と関係する指標として知られる、基準振動解析によるフォノン計算で算出されるParticipation Ratio値である〔例えば、A. Bodapati et al., Phys. Rev. B 74, 245207 (2006)参照〕。P
λ値は、あるフォノン振動モードλの空間的な局在性を表す指標であり、下記数式(1)により定義される。
【数1】
ここで、Nはユニットセル内の全原子数である。e
iα,λはλ番目の基準振動の原子iのα方向の変位成分(α=x,y,z)である。e
*
iα,λは、e
iα,λの複素共役である。P
λは、1/N(完全に局在化した状態)~1(完全に非局在化した状態)までの値をとる。
基準振動解析により求められるモードは3N個存在する。
P
λ値は、通常、振動数毎に特定の値をとる。
【0030】
Pλ値を計算する際のNの数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、500~10,000が好ましく、1,000~3,000がより好ましい。
【0031】
図1のユニットセルについて数式(1)により算出したP
λ値を、
図2に示す。
【0032】
-構造的特徴-
積層構造の構造的特徴は、目的変数を算出する際の説明変数である。
熱伝導率は、化合物構造体中の元素の配置に影響されると考えられることから、積層構造の構造的特徴は、熱伝導率への寄与が大きいと考えられる。そのため、積層構造の構造的特徴を、目的変数に対する説明変数とすることで、熱伝導率の計算値と目的変数との相関を高めることができる。
【0033】
説明変数とする積層構造の構造的特徴としては、例えば、以下の構造的特徴(1)及び(2)が挙げられる。関数においては、これらのそれぞれを説明変数としてよい。
(1)積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内に配列する積層方向の元素の数(以下、「1周期元素数」と称することがある)
(2)積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内の各層の積層方向の原子の数の各元素毎のばらつきから得られる偏差(以下、「1周期ばらつき」と称することがある)
ここで、偏差は、例えば、積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内の各層の積層方向の原子の数の各元素毎の標準偏差の平均値により算出される。
【0034】
上記(1)の一例を図を用いて説明する。
図3Aは、1周期元素数が4の場合のユニットセルの一例である。
図3Aのユニットセルは、(Ge,Si=1,3)で表され、積層方向(縦方向)の配列に関し、Ge元素が1つ、Si元素が3つの合計4つで1周期を構成している。
図3Bは、1周期元素数が6の場合のユニットセルの一例である。
図3Bのユニットセルは、(Ge,Si=5,1)で表され、積層方向(縦方向)の配列に関し、Ge元素が5つ、Si元素が1つの合計6つで1周期を構成している。
図3Cは、1周期元素数が24の場合のユニットセルの一例である。
図3Cのユニットセルは、(Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si=3,4,3,1,5,6,2)で表され、積層方向(縦方向)の配列に関し、元素の数が合計24つで1周期を構成している。
【0035】
上記(2)の一例を図を用いて説明する。
図4Aは、1周期元素数が24の例であり、ユニットセルは、(Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge=4,4,5,1,2,8)で表される。ここで、ユニットセルは繰り返し構造の1単位であり、上端のGe層と下端のGe層とはつながっているため、それらは積層方向にGe元素が8つ並んだ1つの層としてカウントする。
図4Aのユニットセルにおいて、積層方向の1層あたりのSi数の標準偏差は、1.25となり、積層方向の1層あたりのGe数の標準偏差は、2.87となる。そしてこれらの標準偏差の算術平均値は2.06となる。即ち、
図4Aのユニットセルの「1周期ばらつき」は、2.06である。
【0036】
図4Bは、1周期元素数が24の例であり、ユニットセルは、(Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si=2,2,1,1,2,1,2,2,1,1,2,1,1,2,2,1)で表される。
図4Bのユニットセルにおいて、積層方向の1層あたりのSi数の標準偏差は、0.48となり、積層方向の1層あたりのGe数の標準偏差は、0.48となる。そしてこれらの標準偏差の算術平均値は0.48となる。即ち、
図4Bのユニットセルの「1周期ばらつき」は、0.48である。
【0037】
<<<関数>>>
目的変数である関数は、P
α,λ値の平均値、及び積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である。
関数は、P
α,λ値の平均値、及び積層構造の構造的特徴を説明変数とする。関数は、目的変数と熱伝導率の計算値との相関が高くなるかぎり、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
関数は、例えば、P
α,λ値の平均値と、積層構造の構造的特徴を説明変数として含む項との積で与えられる。
説明変数は、例えば、三角関数で表してもよいし、指数関数で表してもよい。
関数の一例を以下に示す。
関数の一例は、例えば、以下の数式(3)である。
【数3】
数式(3)において、Dは、目的変数を表す。
【数4】
は、P
α,λ値の平均値を表す。
Lは、1周期元素数を表す。
sは、1周期ばらつきを表す。
a,b,c,d,eは、パラメータを表す。パタメータは、目的関数と熱伝導率の計算値との相関が高くなるように適宜設定すればよい。
【0038】
目的変数である関数を特定することは、試行錯誤の面がある。そのため、熱伝導率の計算値との相関がより高くなるように、例えば、振動数領域の限定、熱伝導方向の限定、関数における1周期元素数の用い方、関数における1周期ばらつきの用い方、並びに関数におけるパラーメータの用い方及びその数を適宜変更させながら、目的変数である関数を決めればよい。ここで、関数における1周期元素数(L)の用い方、関数における1周期ばらつき(s)の用い方、及び関数におけるパラーメータ(p)の用い方とは、L、s、及びpを、関数を用いて表すことを意味し、例えば、指数関数(La)、三角関数〔cos{π(cs+d)}〕などが挙げられる。
なお、振動数領域の限定、熱伝導方向の限定、関数における1周期元素数の用い方、関数における1周期ばらつきの用い方、並びに関数におけるパラーメータの用い方及びその数の変更は、適当なプログラムを作成することで、過度な試行錯誤を要さずに行うことができる。
【0039】
<推定部>
推定部は、推定対象の化合物構造体について目的変数を特定し、特定した目的変数を相関に当てはめて、推定対象の化合物構造体の熱伝導性を推定する。
例えば、推定部では、相関における線形回帰モデルに、推定対象の化合物構造体について特定した目的関数を当てはめて、推定対象の化合物構造体の熱伝導率を特定する。
【0040】
線形回帰モデルは、例えば、以下の一次関数により表される。
y=ax+b
yは、熱伝導率の計算値である。
xは、Pα,λ値の平均値、及び積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数である。
a、bは、係数である。
線形回帰モデルは、例えば、最小二乗法により算出することができる。
【0041】
熱伝導性の推定方法の一例のフローチャートを
図5に示す。
まず、熱伝導性を推定する対象の化合物構造体について、含有する2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の化合物構造体を作成する(S1)。
化合物構造体は、積層構造を有する。
化合物構造体は、例えば、ユニットセルを設定し、ユニットセルに2種類以上の元素を所定の比率で配置することにより作成する。ユニットセル内の元素の数は、例えば、直交座標(x,y,z)において、(12,6,24)=1728とする。
ユニットセルには、例えば、周期境界条件を設定する。
この際、ユニットセル内の元素の配置は任意であるため、構造的な歪みが大きい場合がある。その際には、ユニットセルに対して構造緩和計算を行う。
【0042】
次に、複数の化合物構造体のそれぞれについて、Pλ値の計算を行う(S2)。Pλ値の計算は、例えば、数式(1)により行う。
次に、説明変数である積層構造の構造的特徴の導出を行う(S3)。例えば、前述の1周期元素数及び1周期ばらつきのそれぞれを一つの説明変数とする。
次に、複数の化合物構造体のそれぞれについて、熱伝導率の計算を行う(S4)。熱伝導率の計算は、例えば、分子動力学法により行う。
なお、工程S2、工程S3、及び工程S4の順番は特に限定されない。
次に、Pα,λ値の平均値及び構造的特徴を説明変数に用いて目的変数の算出を行う(S5)。目的変数の算出は、振動数領域の限定、熱伝導方向の限定、関数における1周期元素数の用い方、関数における1周期ばらつきの用い方、並びに関数におけるパラーメータの用い方及びその数を適宜変更させながら、特定される関数である目的変数と熱伝導率の計算値との相関がより高くなるように、行う。
次に、熱伝導率の計算値と目的変数との相関の特定を行う(S6)。相関の特定は、例えば、直線回帰の最小二乗法により行い、以下の一次関数と、相関係数とを算出する。
y=ax+b
yは、熱伝導率の計算値である。
xは、Pα,λ値の平均値、及び積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数である。
a、bは、係数である。
【0043】
次に、推定対象の化合物構造体の熱伝導性の推定を行う(S7)。推定は、推定対象の化合物構造体について目的変数を特定し、特定された目的変数を相関に当てはめることにより行う。
目的変数は、Pα,λ値の平均値、1周期元素数、及び1周期ばらつきをそれぞれ1つの説明変数とする関数である
目的変数を当てはめる相関は、例えば、前述の一次関数である。
以上により、推定対象の化合物構造体の熱伝導性の推定が完了する。
【0044】
本件で開示する熱伝導性の推定プログラムは、使用するコンピュータシステムの構成及びオペレーティングシステムの種類・バージョンなどに応じて、公知の各種のプログラム言語を用いて作成することができる。
【0045】
本件で開示する熱伝導性の推定プログラムは、内蔵ハードディスク、外付けハードディスクなどの記録媒体に記録しておいてもよいし、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどの記録媒体に記録しておいてもよい。
さらに、本件で開示する熱伝導性の推定プログラムを、上記の記録媒体に記録する場合には、必要に応じて、コンピュータシステムが有する記録媒体読取装置を通じて、これを直接又はハードディスクにインストールして使用することができる。また、コンピュータシステムから情報通信ネットワークを通じてアクセス可能な外部記憶領域(他のコンピュータなど)に本件で開示する熱伝導性の推定プログラムを記録しておいてもよい。この場合、外部記憶領域に記録された本件で開示する熱伝導性の推定プログラムは、必要に応じて、外部記憶領域から情報通信ネットワークを通じてこれを直接、又はハードディスクにインストールして使用することができる。
なお、本件で開示する熱伝導性の推定プログラムは、複数の記録媒体に、任意の処理毎に分割されて記録されていてもよい。
【0046】
(記録媒体)
本件で開示する記録媒体は、本件で開示する熱伝導性の推定プログラムを記録してなる。
記録媒体は、コンピュータが読み取り可能である。
本件で開示する記録媒体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、内蔵ハードディスク、外付けハードディスク、CD-ROM、DVD-ROM、MOディスク、USBメモリなどが挙げられる。
また、本件で開示する記録媒体は、本件で開示する化学物質探索プログラムが任意の処理毎に分割されて記録された複数の記録媒体であってもよい。
記録媒体は、一過性であってもよいし、非一過性であってもよい。
【0047】
図6に、本件で開示する熱伝導性の推定装置のハードウェア構成例を示す。
熱伝導性の推定装置10においては、例えば、制御部11、メモリ12、記憶部13、表示部14、入力部15、出力部16、及びI/Oインターフェース部17がシステムバス18を介して接続されている。
【0048】
制御部11は、演算(四則演算、比較演算、焼き鈍し法の演算等)、ハードウェア及びソフトウェアの動作制御などを行う。
制御部11としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、CPU(Central Processing Unit)であってもよい。
本件で開示する熱伝導性の推定装置における相関算出部、及び推定部は、例えば、制御部11により実現することができる。
【0049】
メモリ12は、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)などのメモリである。RAMは、ROM及び記憶部13から読み出されたOS(Operating System)及びアプリケーションプログラムなどを記憶し、制御部11の主メモリ及びワークエリアとして機能する。
【0050】
記憶部13は、各種プログラム及びデータを記憶する装置であり、例えば、ハードディスクである。記憶部13には、制御部11が実行するプログラム、プログラム実行に必要なデータ、OSなどが格納される。
また、本件で開示する熱伝導性の推定プログラムは、例えば、記憶部13に格納され、メモリ12のRAM(主メモリ)にロードされ、制御部11により実行される。
【0051】
表示部14は、表示装置であり、例えば、CRTモニタ、液晶パネルなどのディスプレイ装置である。
入力部15は、各種データの入力装置であり、例えば、キーボード、ポインティングデバイス(例えば、マウス等)などである。
出力部16は、各種データの出力装置であり、例えば、プリンタなどである。
I/Oインターフェース部17は、各種の外部装置を接続するためのインターフェースである。I/Oインターフェース部17は、例えば、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、DVD-ROM(Digital Versatile Disk Read Only Memory)、MOディスク(Magneto-Optical disk)、USBメモリ〔USB(Universal Serial Bus) flash drive〕などのデータの入出力を可能にする。
【0052】
図7に、本件で開示する熱伝導性の推定装置の他のハードウェア構成例を示す。
図7に示す熱伝導性の推定装置は、熱伝導性の推定装置をクラウド型にした場合の例であり、制御部11が、記憶部13などとは独立している。
図7に示す例においては、ネットワークインターフェース部19、20を介して、記憶部13などを格納するコンピュータ30と、制御部11を格納するコンピュータ40とが接続される。
ネットワークインターフェース部19、20は、インターネットを利用して、通信を行うハードウェアである。
【0053】
図8に、本件で開示する熱伝導性の推定装置の他のハードウェア構成例を示す。
図8に示す熱伝導性の推定装置は、熱伝導性の推定装置をクラウド型にした場合の例であり、記憶部13が、制御部11などとは独立している。
図8に示す例においては、ネットワークインターフェース部19、20を介して、制御部11等を格納するコンピュータ30と、記憶部13を格納するコンピュータ40とが接続される。
【0054】
図9に、本件で開示する熱伝導性の推定装置の一実施形態としての機能構成例を示す。
図9に示す熱伝導性の推定装置1は、相関算出部2及び推定部3を有する。
【実施例】
【0055】
以下、開示の技術について説明するが、開示の技術は下記実施例に何ら限定されるものではない。
【0056】
(実施例1)
Si結晶及びGe結晶の2種類の材料からなるSiGe積層構造について、Si及びGeの比率を変えて得られる熱伝導率と、開示の技術によって得られる目的変数との相関を特定した。
【0057】
<P
λ値の計算>
まず、
図10に示す(Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si,Ge,Si)=(2,1,1,1,2,2,5,3,1,1,3,2)のユニットセルを作成し、数式(1)に従って、振動数0THz~16THzの範囲でP
λ値を得た。
【0058】
更に、表1-1~表1-10に示すユニットセル2~96について、同様の方法でP
λ値を特定した。
なお、表1-1のユニットセル1が、
図10のユニットセルに対応する。ユニットセル2~96は、
図10のユニットセルにおいて、1層あたりの積層方向におけるSiの数、及び1層あたりの積層方向におけるGeの数を、表1-1~表1-10に記載のとおりに変更したユニットセルを表す。
なお、ユニットセル1~96の各々において、全原子数(N)=1,728であり、P
λ値の個数は3N=5,184個である。
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
<熱伝導率の計算>
次に、ユニットセル1~96に示す構造について、分子動力学計算プログラムLAMMPSを用いて熱伝導率を算出した。
【0070】
<目的変数の計算>
ユニットセル1~96について、ユニットセルの構造的特徴である1周期元素数(L)、及び1周期ばらつき(s)を算出した。
更に、ユニットセル1~96のP
λ値、1周期元素数(L)、及び1周期ばらつき(s)を用い、振動数領域の限定、熱伝導方向の限定、関数における1周期元素数(L)の用い方、関数における1周期ばらつき(s)の用い方、並びに関数におけるパラーメータの用い方及びその数を適宜変更させながら、得られた関数(目的変数)が、特定した熱伝導率の計算値との相関が高くなるように、振動数領域の限定、熱伝導方向の限定、関数における1周期元素数(L)の用い方、関数における1周期ばらつき(s)の用い方、並びに関数におけるパラーメータの用い方及びその数を決定した。
その結果、振動数領域(f)を、5.3≦f≦7.9THzとした。
熱伝導方向を、積層構造の積層方向とした。
そして、目的変数(D)である関数を、以下の数式(3)とした。
【数3】
数式(3)において、Dは、目的変数を表す。
【数4】
は、Pz
,λ値の平均値を表す。
Lは、1周期元素数を表す。
sは、1周期ばらつきを表す。
a,b,c,d,及びeは、以下の通りである。
a=-1,b=1,c=7,d=-1,e=3
なお、上記目的変数(D)を算出するに当たり、パラメータa,b,c,d,及びeは、以下の範囲及び間隔で変動させた。
【0071】
【0072】
<相関の算出>
ユニットセル1~96について、それぞれ得られた目的変数(D)と熱伝導率とを図にプロットし、更に最小二乗法により線形回帰モデルを得た。それを、
図11に示した。
図11においては、相関係数R
2が0.8606であり、目的変数(D)と熱伝導率の計算値との間に強い相関があることが確認できた。
【0073】
(比較例1)
振動数領域の限定、及び熱伝導方向の限定は、実施例1と同じ条件とし、1周期元素数(L)、1周期ばらつき(s)、及びその他のパラーメータを用いない以外は、実施例1と同様にして、目的変数(D)と、熱伝導率の計算値との相関を特定した。結果を
図12に示した。
図12においては、相関係数R
2が0.5596であった。
なお、比較例1の目的変数(D)は、以下の通りである。
【数5】
【0074】
実施例1及び比較例1の結果から、開示の技術を用いると、目的変数(D)と、熱伝導率の計算値との相関を高めることができた。このことは、開示の技術を用いることで、熱伝導率の推定を有効に行うことができることを意味する。
【0075】
更に以下の付記を開示する。
(付記1)
2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する熱伝導性の推定装置であって、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるPλ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたPλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定する相関算出部と、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する推定部と、
を有することを特徴とする熱伝導性の推定装置。
(付記2)
前記積層構造の前記構造的特徴が、下記構造的特徴(1)及び(2)であり、前記構造的特徴(1)及び(2)のそれぞれを説明変数とする付記1に記載の熱伝導性の推定装置。
(1)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内に配列する前記積層方向の元素の数
(2)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内の各層の前記積層方向の原子の数の各元素毎のばらつきから得られる偏差
(付記3)
前記熱伝導方向が、前記積層構造における積層方向である付記1又は2に記載の熱伝導性の推定装置。
(付記4)
前記目的変数が、前記Pα,λ値の平均値と、前記積層構造の前記構造的特徴を前記説明変数として含む項との積である付記1から3のいずれかに記載の熱伝導性の推定装置。
(付記5)
前記化合物構造体が、化合物半導体である付記1から4のいずれかに記載の熱伝導性の推定方法。
(付記6)
2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定する熱伝導性の推定方法であって、
コンピュータが、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるPλ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたPλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定し、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する、
ことを特徴とする熱伝導性の推定方法。
(付記7)
前記積層構造の前記構造的特徴が、下記構造的特徴(1)及び(2)であり、前記構造的特徴(1)及び(2)のそれぞれを説明変数とする付記6に記載の熱伝導性の推定方法。
(1)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内に配列する前記積層方向の元素の数
(2)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内の各層の前記積層方向の原子の数の各元素毎のばらつきから得られる偏差
(付記8)
前記熱伝導方向が、前記積層構造における積層方向である付記6又は7に記載の熱伝導性の推定方法。
(付記9)
前記目的変数が、前記Pα,λ値の平均値と、前記積層構造の前記構造的特徴を前記説明変数として含む項との積である付記6から8のいずれかに記載の熱伝導性の推定方法。
(付記10)
前記化合物構造体が、化合物半導体である付記6から9のいずれかに記載の熱伝導性の推定方法。
(付記11)
コンピュータに、2種類以上の元素を含み積層構造である化合物構造体の熱伝導性を推定させる熱伝導性の推定プログラムであって、
前記コンピュータに、
前記化合物構造体における前記2種類以上の元素の比率が互いに異なる複数の前記化合物構造体のそれぞれの熱伝導率の計算値と、フォノン振動モードの空間的な局在性を表す指標であるPλ値であって複数の前記化合物構造体のそれぞれについての基準振動解析により算出されたPλ値から熱伝導方向及び振動数領域を限定して特定されるPα,λ値の平均値、及び複数の前記化合物構造体のそれぞれの前記積層構造の構造的特徴を説明変数とする関数である目的変数と、を用いて、前記計算値と前記目的変数との相関を特定させ、
推定対象の前記化合物構造体について前記目的変数を特定し、特定された前記目的変数を前記相関に当てはめて、推定対象の前記化合物構造体の熱伝導性を推定する処理を実行させる、
ことを特徴とする熱伝導性の推定プログラム。
(付記12)
前記積層構造の前記構造的特徴が、下記構造的特徴(1)及び(2)であり、前記構造的特徴(1)及び(2)のそれぞれを前記説明変数とする付記11に記載の熱伝導性の推定プログラム。
(1)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内に配列する前記積層方向の元素の数
(2)前記積層構造の積層方向の元素の配列の1周期内の各層の前記積層方向の原子の数の各元素毎のばらつきから得られる偏差
(付記13)
前記熱伝導方向が、前記積層構造における積層方向である付記11又は12に記載の熱伝導性の推定プログラム。
(付記14)
前記目的変数が、前記Pα,λ値の平均値と、前記積層構造の前記構造的特徴を前記説明変数として含む項との積である付記11から13のいずれかに記載の熱伝導性の推定プログラム。
(付記15)
前記化合物構造体が、化合物半導体である付記11から14のいずれかに記載の熱伝導性の推定プログラム。
【符号の説明】
【0076】
1 熱伝導性の推定装置
2 相関算出部
3 推定部
10 熱伝導性の推定装置
11 制御部
12 メモリ
13 記憶部
14 表示部
15 入力部
16 出力部
17 I/Oインターフェース部
18 システムバス
19 ネットワークインターフェース部
20 ネットワークインターフェース部
30 コンピュータ
40 コンピュータ