(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】測定対象物質を補酵素として測定する物質測定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/26 20060101AFI20230301BHJP
C12Q 1/28 20060101ALI20230301BHJP
【FI】
C12Q1/26
C12Q1/28
(21)【出願番号】P 2019520301
(86)(22)【出願日】2018-05-24
(86)【国際出願番号】 JP2018019939
(87)【国際公開番号】W WO2018216757
(87)【国際公開日】2018-11-29
【審査請求日】2021-04-20
(31)【優先権主張番号】P 2017102944
(32)【優先日】2017-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】馬場 利明
(72)【発明者】
【氏名】西矢 芳昭
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-057235(JP,A)
【文献】特開平08-168397(JP,A)
【文献】特開平02-200200(JP,A)
【文献】特開平11-089594(JP,A)
【文献】特開昭63-068099(JP,A)
【文献】榊原香奈子 他,酵素サイクリング法による血中乳酸およびピルビン酸の高感度微量測定,臨床化学,2000年,Vol.29,p.69-73
【文献】SCHUBERT, Florian et al.,Lactate-Dehydrogenase-Based Biosensors for Glyoxylate and NADH Determination: A Novel Principle of A,Electroanalysis,1990年,Vol.2,p.347-351,特に要旨, 第349頁右欄最下段落-第350頁右欄第1段落,
図7
【文献】AKYILMAZ, Erol and YORGANCI, Emine,A novel biosensor based on activation effect of thiamine on the activity of pyruvate oxidase,Biosensors and Bioelectronics,2008年,Vol.23,p.1874-1877
【文献】EDWARDS, Katie A. et al.,Thiamine Assays-Advances, Challenges, and Caveats,ChemistryOpen, Published online on March 8, 2017,Vol.6,p.178-191
【文献】浅沼和子 他,オキシダーゼ系を用いた血漿中乳酸・ピルビン酸の自動分析による新しい同時定量法,生物試料分析,1985年,Vol.8, No.3,p.16-24
【文献】溝口誠 他,臨床化学分析における新規な酸化及び還元発色試薬の開発,BUNSEKI KAGAKU,1996年,Vol.45, No.2,p.111-124
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/26
C12Q 1/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対して、当該試料に含まれる測定対象物質を補酵素とする酵素と当該酵素の基質とを少なくとも添加して、当該酵素が触媒する化学反応により生成した生成物を測定し、
当該生成物の測定量に基づいて、前記試料に含まれる測定対象物質を定量する物質測定方法であって、
前記試料に含まれる検体が全血であり、
前記測定対象物質がチアミンであり、
前記化学反応を触媒する酵素がピルビン酸オキシダーゼであり、前記生成物が過酸化水素であるとともに、
当該過酸化水素の測定は、当該過酸化水素とロイコ色素とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、これにより発色した当該ロイコ色素の呈色度を、吸光度変化を測定することにより行われることを特徴とする、
物質測定方法。
【請求項2】
試料に対して、当該試料に含まれる測定対象物質を補酵素とする酵素と当該酵素の基質とを少なくとも添加して、当該酵素が触媒する化学反応により生成した生成物を測定し、
当該生成物の測定量に基づいて、前記試料に含まれる測定対象物質を定量する物質測定方法であって、
前記試料に含まれる検体が全血であり、
前記測定対象物質がチアミンであり、
前記化学反応を触媒する酵素がピルビン酸オキシダーゼであり、前記生成物が過酸化水素であるとともに、
当該過酸化水素の測定は、当該過酸化水素とアミノアンチピリンとトリンダー試薬とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、生成するキノン系色素による呈色度を、吸光度変化を測定することにより行われることを特徴とする、
物質測定方法。
【請求項3】
前記試料には、前記酵素および前記基質に加えて、前記測定対象物質以外の補因子として、フラビンアデニンジヌクレオチドおよびマグネシウムイオンを添加することを特徴とする、
請求項1または2に記載の物質測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、チアミン(ビタミンB1 )等のように補酵素として作用する生理活性物質を測定対象物質として測定する物質測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、チアミン(ビタミンB1 )は、水溶性ビタミンの1種であり、糖質(炭水化物)および分岐鎖アミノ酸の代謝に大きく寄与するとともに、神経系、消化器系、心臓・血管系の機能調整にも寄与する。チアミンが欠乏すれば、脚気またはウェルニッケ脳症を引き起こすことが知られている。そのため、血液等の生体試料におけるチアミンの検査は、ビタミンB1 欠乏症の指標等として臨床的意義を有する。
【0003】
チアミンは、生体内ではリン酸化されてリン酸エステルとして存在しており、このリン酸エステルとしては、1リン酸エステルであるチアミン一リン酸(TMP)、2リン酸エステルであるチアミン二リン酸(チアミンピロリン酸、TPP)、3リン酸エステルであるチアミン三リン酸(TTP)が挙げられる。
【0004】
生体内では、チアミンの大部分がチアミン二リン酸で存在している。チアミン二リン酸は、α-カルボキシラーゼの補酵素であることから、コカルボキシラーゼとも称し、糖質の代謝に関与する補酵素、あるいは、生体内の種々酵素における補酵素として機能することが知られている。
【0005】
従来、チアミンの測定方法としては、主として、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)が用いられてきた。代表的なポストカラム(ポストラベル)HPLC法では、まず、前処理として、試料に含まれるチアミンのリン酸エステルを加水分解し、リン酸エステルからリン酸を脱離させる。この前処理により、試料中の全てのチアミンはリン酸化されていないものとなる。このように前処理した試料はHPLCに注入されてカラムから溶出される。溶出時には溶出液にラベル化試薬を混合することで、溶出するチアミンの発色を検出器で検出することができる。
【0006】
また、最近では、ポストカラムHPLC法で想定される課題に対応するために、例えば、非特許文献1に開示されるように、液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC/MS/MS)を用いたビタミンB1 (チアミン)測定方法(便宜上、LC/MS/MS法とする。)が提案されている。
【0007】
非特許文献1には、ポストカラムHPLC法の課題として、ラベル化試薬が強アルカリ性溶液であるため分析機器へのダメージが強いこと、廃液による環境負荷が懸念されていること、1試料(検体)当たりの測定時間が約10分を要するため効率的でないこと等が指摘されている。そこで、非特許文献1では、ビタミンB1 の測定方法としてLC/MS/MS法を用いることにより、ポストカラムHPLC法と同様の信憑性を有する測定結果が得られることを検証している。さらに、非特許文献1には、1試料当たりの測定時間を4分に短縮できること、強アルカリ性試薬を使用しないため分析機器へのダメージが軽減されるとともに環境への負荷も払拭されることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】宮川 秀則、権藤 一美、中浦 秀章、加藤 雅子、橋詰 直孝、「LC/MS/MSによる全血中総ビタミンB1 の測定方法」生物試料分析、第36巻第4号(2013年9月30日発行)、pp.327~330
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、LC/MS/MS法であってもポストカラムHPLC法であっても、前処理としてリン酸を脱離させる加水分解が必要である。非特許文献1に記載されている通り、この前処理には例えば1時間もの長時間を要するため、チアミンの測定の効率化を妨げている。
【0010】
また、非特許文献1によれば、LC/MS/MS法によるチアミンの測定では、ポストカラムHPLC法の測定に比べて1試料当たりの測定時間を短縮化できているが、この測定はバッチ処理(回分処理)であり連続処理ではない。そのため、連続処理の測定に比べて測定時間の短縮に限界がある。
【0011】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、例えばチアミン(ビタミンB1 )のような生理活性物質を効率的に測定することができる物質測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る物質測定方法は、前記の課題を解決するために、試料に対して、当該試料に含まれる測定対象物質を補酵素とする酵素と当該酵素の基質とを少なくとも添加して、当該酵素が触媒する化学反応により生成した生成物を測定し、当該生成物の測定量に基づいて、前記試料に含まれる測定対象物質を定量する構成である。
【0013】
前記構成によれば、試料に含まれる測定対象物質を直接測定するのではなく、当該測定対象物質を補酵素とする酵素を用いて化学反応させ、この化学反応により生成した生成物を測定することにより、補酵素である測定対象物質を間接的に定量する。これにより、測定対象物質の直接測定する方法に比較して、当該測定対象物質の前処理を簡素化または省略することができる。そのため、測定対象物質を容易に測定することが可能となる。
【0014】
しかも、測定対象物質の濃度が相対的に低いとしても、生成物の測定量に基づいて測定対象物質を間接的に定量することで、直接的に定量する場合に比較して、当該測定対象物質をより高い感度で測定(定量)することが可能となる。それゆえ、本開示に係る物質測定方法を用いることにより、測定対象物質の濃度が低い試料であっても自動分析装置で測定する系の確立を進めることが可能となる。
【0015】
前記構成の物質測定方法においては、前記測定対象物質がチアミンである構成であってもよい。
【0016】
また、前記構成の物質測定方法においては、前記化学反応を触媒する酵素がピルビン酸オキシダーゼであり、前記生成物が過酸化水素であるとともに、当該過酸化水素の測定は、当該過酸化水素とロイコ色素とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、これにより発色した当該ロイコ色素の呈色度を測定することにより行われる構成であってもよい。
【0017】
また、前記構成の物質測定方法においては、前記化学反応を触媒する酵素がピルビン酸オキシダーゼであり、前記生成物が過酸化水素であるとともに、当該過酸化水素の測定は、当該過酸化水素とアミノアンチピリンとトリンダー試薬とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、生成するキノン系色素による呈色度を測定することにより行われる構成であってもよい。
【0018】
また、前記構成の物質測定方法においては、前記測定対象物質が還元型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)である構成であってもよい。
【0019】
また、前記構成の物質測定方法においては、前記化学反応を触媒する酵素が乳酸デヒドロゲナーゼであり、前記生成物が酸化型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)であるとともに、当該酸化型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの測定は、吸光度変化により行われる構成であってもよい。
【0020】
また、前記構成の物質測定方法においては、前記試料には、前記酵素および前記基質に加えて、前記測定対象物質以外の補因子を添加する構成であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、以上の構成により、例えばチアミン(ビタミンB1 )のような生理活性物質を効率的に測定することができる物質測定方法を提供することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施例2の結果である、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の試料中の濃度と各試料の吸光度変化ΔAbs.との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本開示の代表的な実施の形態を具体的に説明する。本開示に係る物質測定方法は、試料に対して、当該試料に含まれる測定対象物質を補酵素とする酵素と当該酵素の基質とを少なくとも添加して、当該酵素が触媒する化学反応により生成した生成物を測定する。そして、生成物の測定量に基づいて、試料に含まれる測定対象物質を定量する。
【0024】
本開示に係る物質測定方法における測定対象物質は具体的に限定されず、試料中に存在し補酵素として機能する生理活性物質であれば良い。具体的には、例えば、ビタミンB1 (チアミンまたはそのリン酸エステル)、ビタミンB2 (リボフラビンまたはそのヌクレオチド結合体)、ナイアシン(ニコチン酸またはニコチン酸アミドもしくはそのアデニンヌクレオチド結合体、ビタミンB3 とも称する)、ビタミンB6 (ピリドキシン、ピリドキサール、およびピリドキサミンまたはそのリン酸エステル)、補酵素A(パントテン酸)、補酵素R(ビオチン)、補酵素F(葉酸)、補酵素B12(コバラミン、ビタミンB12とも称する)、補酵素Q(ユビキノン)等のビタミン補酵素;ピロロキノリンキノン(PQQ)、トパキノン(TPQ)、トリプトファン-トリプトフィルキノン(TTQ)、:メチルアミン酸化還元、リシンチロシルキノン(LTQ)、システニル-トリプトファンキノン(CTQ)等のキノン補酵素;アデノシン三リン酸(ATP)、ウリジン二リン酸グルコース(UDPG)、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH/NAD+)等のヌクレオチド系補酵素(ビタミン補酵素のうちヌクレオチド結合体をヌクレオチド系補酵素に分類してもよい);α-リポ酸;等が挙げられる。
【0025】
本実施の形態では、測定対象物質として、ビタミンB1 すなわちチアミンまたはそのリン酸エステル(以下、単にチアミンとする。)を代表例に挙げて、本開示に係る物質測定方法を説明する(後述する実施例1参照)。
【0026】
測定対象となる試料は特に限定されず、測定対象物質が含まれるものであればどのようなものであってもよい。測定対象物質がチアミンであれば、全血等の検体、チアミンを含む(可能性のある)食品等を挙げることができる。
【0027】
チアミンを補酵素とする酵素は特に限定されず、公知のものを好適に用いることができる。具体的には、例えば、ピルビン酸オキシダーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、3-メチル-2-オキソブタン酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸シンターゼ、2-オキソグルタル酸シンターゼ、シュウ酸オキシドレダクターゼ、2-オキソ酸オキシドレダクターゼ、トランスケトラーゼ、ホルムアルデヒドトランスケトラーゼ、アセトイン-リボース-5-リン酸トランスアルドラーゼ、2-ヒドロキシ-3-オキソアジピン酸シンターゼ、アセト乳酸シンターゼ、1-デオキシ-D-キシルロース-5-リン酸シンターゼ、2-スクシニル-5-エノールピルビニル-6-ヒドロキシ-3-シクロヘキセン-1-カルボン酸シンターゼ、3-アセチルオクタナルシンターゼ、アセトインデヒドロゲナーゼ、スルホアセトアルデヒドアセチルトランスフェラーゼ、N2 -(2-カルボキシエチル)アルギニンシンターゼ、ビオチンシンターゼ、シクロヘキサン-1,2-ジオンヒドロラーゼ、ピルビン酸デカルボキシラーゼ、ベンゾイルギ酸デカルボキシラーゼ、オキサリル-CoAデカルボキシラーゼ、フェニルピルビン酸デカルボキシラーゼ、タルトロン酸-セミアルデヒドシンターゼ、アデノシルメチオニンデカルボキシラーゼ、2-オキソグルタレートデカルボキシラーゼ、分岐鎖-2-オキソ酸デカルボキシラーゼ、インドールピルビン酸デカルボキシラーゼ、5-グアニジノ-2-オキソペンタン酸デカルボキシラーゼ、スルホピルビン酸デカルボキシラーゼ、ホスホエノールピルビン酸デカルボキシラーゼ、ホスホケトラーゼ、フルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼ、プロピオンシンターゼ、ベンゾインアルドラーゼ、アコニット酸ヒドラターゼ、o-スクシニル安息香酸シンターゼ等が挙げられるが、特に限定されない。
【0028】
また、チアミン(測定対象物質)を定量するために測定する生成物も特に限定されず、選択される酵素の種類に応じて適宜選択すればよい。同様に、生成物の測定方法も特に限定されず、生成物の種類に応じて公知の測定方法を採用すればよい。さらに、試料に対しては、酵素およびその基質を添加するだけでなく、他の成分、例えば測定対象物質以外の補因子を添加してもよい。
【0029】
本実施の形態では、酵素としてピルビン酸オキシダーゼを選択する場合を例に挙げて、本開示に係る物質測定方法をより具体的に説明する。ピルビン酸オキシダーゼは、ピルビン酸(CH3COCOOH )、リン酸(H3PO4)および酸素(O2 )を反応させて、アセチルリン酸(CH3 COH2PO4 )、二酸化炭素(CO2 )および過酸化水素(H2O2)を生成する化学反応を可逆的に触媒する。したがって、ピルビン酸オキシダーゼにおいては、ピルビン酸、リン酸、および酸素が基質であり、アセチルリン酸、二酸化炭素、および過酸化水素が生成物である。また、ピルビン酸オキシダーゼの補因子としては、補酵素であるチアミン(チアミン二リン酸)に加えて、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)およびマグネシウムイオン(Mg2+ )が必要である。
【0030】
それゆえ、本開示に係る物質測定方法では、チアミンが含まれる(可能性のある)試料に対して、基質としてピルビン酸を添加するとともに、補因子として、FADおよびMg2+ を添加すればよい。また、酵素、基質、測定対象物質以外の補因子の添加方法も特に限定されない。例えば、試料が後述する実施例のように全血の検体であれば、酵素、基質、補因子を含む検出試薬を調製しておき、この検出試薬を試料に添加すればよい。
【0031】
ピルビン酸オキシダーゼにより触媒される前記化学反応では、生成物として、前記の通り、アセチルリン酸、二酸化炭素、および過酸化水素が生成するが、測定対象となる生成物はこれらのいずれであってもよい。本実施の形態では、過酸化水素を測定対象として選択するものとする。
【0032】
生成物である過酸化水素を測定する方法は特に限定されないが、代表的には、ロイコ色素を用いる測定方法、あるいは、トリンダー試薬を用いる測定方法等が挙げられる。
【0033】
ロイコ色素を用いる測定方法では、過酸化水素とロイコ色素とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、これにより発色したロイコ色素の呈色度を測定することにより、過酸化水素を測定する。ロイコ色素は、酸化還元により発色したり消色したりする有機色素であり、過酸化水素1分子に対して反応する。
【0034】
ロイコ色素の具体的な種類は特に限定されず、公知の化合物を好適に用いることができる。具体的には、例えば、10-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-3,7-ビス(ジメチルアミノ)-10H-フェノチアジン塩(DA-67)、10-N-カルボキシメチルカルバモイル-3,7-ビス(ジメチルアミノ)-10H-フェノチアジン(CCAP)、10-(N-メチルカルバモイル)-3,7-ビス(ジメチルアミノ)-10H-フェノチアジン(MCDP)等のフェノチアジン誘導体;N,N,N’,N’,N’’,N’’-ヘキサ-(3-スルホプロピル)-4,4’,4’’-トリアミノトリフェニルメタン(TPM-PS)、4,4’-テトラメチルジアミノトリフェニルメタン(ロイコマラカイトグリーン)、トリス(4-ジメチルアミノフェニル)メタン(ロイコクリスタルバイオレット)等のトリフェニルメタン誘導体;N-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-4,4’-ビス(ジメチルアミノ)ジフェニルアミン塩(DA-64)、4,4’-ビス(ジメチルアミノ)ジフェニルアミン、ビス[3-ビス(4-クロロフェニル)メチル-4-ジメチルアミノフェニル]アミン(BCMA)等のジフェニルアミン誘導体;ジアミノベンジジン、テトラメチルベンジジン等のベンジジン系化合物;o-フェニレンジアミン、ヒドロキシプロピオン酸等のその他の化合物;等を挙げることができる。これらの中でも、特に、DA-67,DA-64,TPM-PS,MCDP等が好適に用いられる。
【0035】
トリンダー試薬を用いる方法は、いわゆるトリンダー(Trinder)反応を利用する方法であり、過酸化水素とアミノアンチピリンとトリンダー試薬とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、生成するキノン系色素による呈色度を測定することにより、過酸化水素を測定する。トリンダー試薬は過酸化水素2分子に対して反応する。
【0036】
トリンダー試薬の具体的な種類は特に限定されず、公知の化合物を好適に用いることができる。具体的には、例えば、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン(TOOS)、N-エチル-N-スルホプロピル-3-メトキシアニリン(ADPS)、N-エチル-N--スルホプロピルアニリン(ALPS)、N-エチル-N-スルホプロピル-3-メチルアニリン(TOPS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン(ADOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(DAOS)、N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(HDAOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメチルアニリン(MAOS)等のアニリン誘導体;フェノール、4-クロロフェノール、2,4-ジクロロフェノール、2,6-ジクロロフェノール、3,5-ジクロロフェノール、2,4-ジブロモフェノール、2,4,6-トリクロロフェノール、2,4,6-トリブロモフェノール、3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシベンゼンスルホン酸、または3-ヒドロキシ-2,4,6-トリヨードベンゾイル酸等のフェノール誘導体;トルイジン誘導体;等を挙げることができる。これらの中でも、特にTOOSが好適に用いられる。
【0037】
本実施の形態では、測定対象物質がチアミンであるが、チアミンのようなビタミン補酵素は、生体中で非常に微量に存在するものであるため、試料中の濃度も相対的に低くなる。そのため、生成物の測定方法としては、生成物1分子に対して反応する方法を採用することで、より高感度の測定が可能である。ロイコ色素を用いる測定方法では、前記の通り過酸化水素1分子にロイコ色素が反応するが、トリンダー試薬を用いる測定方法では、前記の通り過酸化水素2分子に対してトリンダー試薬が反応するので、ロイコ色素を用いる測定方法を採用することがより好ましい。
【0038】
本実施の形態では、本開示に係る物質測定方法において、試料中のチアミン(ビタミンB1 )を測定する例を説明している。ここで、前述したように、チアミンは、生体内ではチアミン一リン酸(TMP)、2チアミン二リン酸(チアミンピロリン酸、TPP)、およびチアミン三リン酸(TTP)というリン酸エステルとして存在しており、その大部分がチアミン二リン酸である(リン酸化されていないチアミンも存在し得る)。そして、前述した実施の形態の方法では、補酵素であるチアミン二リン酸のみを測定していることになる。
【0039】
ここで、生体内における全チアミンのうちのチアミン二リン酸の比率については、従来の測定方法であるポストカラムHPLC法またはLC/MS/MS法によりを予め確認することができる。それゆえ、本開示に係る物質測定方法によるチアミン二リン酸の定量結果から、全チアミン中のチアミン二リン酸の比率を利用して、全チアミン量を検量することが可能になる。
【0040】
このように、本開示に係る物質測定方法では、試料に含まれる測定対象物質を直接測定するのではなく、当該測定対象物質を補酵素とする酵素を用いて化学反応させ、この化学反応により生成した生成物を測定することにより、補酵素である測定対象物質を間接的に定量する。これにより、測定対象物質の直接測定する方法に比較して、当該測定対象物質の前処理を簡素化または省略することができる。そのため、測定対象物質を容易に測定することが可能となる。
【0041】
しかも、チアミン等のようなビタミン補酵素は、試料中の濃度が低いが、このように測定対象物質の濃度が低い場合には、直接測定しようとしても十分な感度を実現できない可能性がある。これに対して、本開示によれば、生成物の測定量に基づいて測定対象物質を間接的に定量することで、当該測定対象物質をより高い感度で測定(定量)することが可能となる。
【0042】
また、一般に、試料中における測定対象物質の濃度が低すぎると、自動分析装置による測定に適用できる程度の感度を得ることができないおそれがある。しかしながら、本開示に係る物質測定方法によれば、チアミン等のような測定対象物質であっても、前記の通り、より高い感度での測定が可能になる。それゆえ、自動分析装置に適用可能な感度での測定を実現することができる。
【0043】
また、チアミン測定の場合では、従来の測定方法であるポストカラムHPLC法またはLC/MS/MS法では、バッチ処理による測定であるが、本開示に係る物質測定方法では、連続処理による測定が可能となる。加えて、ポストカラムHPLC法およびLC/MS/MS法のいずれであっても、検体(試料)中の全チアミン量を測定するために、チアミンリン酸エステルを加水分解してリン酸を脱離する前処理が必要になるが、本開示に係る物質測定方法では、全チアミンの大部分を占めるチアミン二リン酸を定量するだけで全チアミン量も定量することが可能になる。そのため、前処理としては、除タンパク程度の簡単な処理で済むことになる。それゆえ、本開示に係る物質測定方法を用いることにより、全血等の試料を簡単に前処理して自動分析装置で測定する測定系の確立を進めることが可能となる。
【0044】
なお、本開示における他の実施の形態としては、測定対象物質が還元型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)である形態を挙げることができる。NADH(測定対象物質)を定量するために測定する生成物も特に限定されず、選択される酵素の種類に応じて適宜選択すればよい。後述する実施例2では、酵素として乳酸デヒドロゲナーゼを用いており、この乳酸デヒドロゲナーゼは、基質であるピルビン酸を乳酸に変化させるとともに、補酵素であるNADHを酸化型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)に変化させる。なお、NADHを補酵素とする酵素は、乳酸デヒドロゲナーゼに限定されず、公知の他の酵素であってもよい。
【0045】
したがって、本開示に係る物質測定方法では、NADHが含まれる(可能性のある)試料に対して、基質としてピルビン酸を添加すればよい。この場合、生成物として、前記の通り、乳酸およびNAD+が生成するが、測定対象となる生成物はこれらのいずれであってもよい。後述する実施例2ではNAD+を測定対象としている。NAD+が生成することでNADHが有する340nmの吸収ピークが減少するので、分光光度計で吸光度を測定することにより、試料中のNADHを定量することができる。
【実施例】
【0046】
本発明について、実施例、比較例および参考例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0047】
(実施例1)
[チアミン二リン酸溶液の調製]
コカルボキシラーゼ(チアミン二リン酸、和光純薬工業株式会社、製品番号:031-03833)を10mg秤量するとともに500mM-リン酸緩衝液(pH)を40mL分注して精製水で100mLに定容することで、100mg/L-チアミンピロリン酸のリン酸緩衝液(pH6.7)溶液を調製した。
【0048】
[DA-67発色チアミンピロリン酸検出試薬の調製]
ピルビン酸オキシダーゼ(旭化成ファーマ株式会社、製品番号:T-45)を10ユニット、ペルオキシダーゼ(東洋紡株式会社、製品番号:PEO-301)を60ユニット、ピルビン酸カリウムを189mg、塩化マグネシウムを40mg、Triton X-100を20mgそれぞれ秤量するとともに、500mM-リン酸緩衝液(pH6.7)を4mL分注して精製水で10mLに定容することで、DA-67発色チアミンピロリン酸検出試薬の第一試薬(R1)を調製した。
【0049】
また、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD、和光純薬工業株式会社、製品番号:062-00164)を311mg、DA-67(和光純薬株式会社、製品番号:046-22341)を0.3mg、Triton X-100を10mgそれぞれ秤量するとともに、500mM-リン酸緩衝液(pH6.7)を2mL分注し、精製水で5mLに定容することで、DA-67発色チアミンピロリン酸検出試薬の第二試薬(R2)を調製した。
【0050】
[標準液の調製および吸光度測定のブランク]
前述した100mg/L-チアミン二リン酸溶液を1mL,500mM-リン酸緩衝液(pH6.7)を400mL分注して精製水で1000mL(1L)に定容することで、検量線作成用の標準液(Tstd)を調製した。また、吸光度測定のブランク(空試験値、Blk)は、200mM-リン酸緩衝液(pH6.7)を用いた。
【0051】
ブランク用の200mM-リン酸緩衝液、標準液、および検体(全血、Tsam)を所定量分注し、それぞれ除タンパクのための前処理を行った。前処理では、それぞれに所定量のトリクロロ酢酸を添加して酸処理して上清を酢酸ナトリウム溶液で中和した。
【0052】
[吸光度変化の測定]
分光光度計として、株式会社日立ハイテクサイエンス社製、製品番号:U-3310を用い、ブランク(Blk)、標準液(Tstd)または検体(Tsam)と第一試薬(R1)と第二試薬(R2)とをそれぞれ1:6:2の比率で混合し(Blk/Tstd/Tsam:R1:R2=1:6:2)、波長700nm、温度37℃、タイムスキャン測定の測定条件で吸光度変化を測定した。
【0053】
標準液の吸光度変化の結果および濃度の関係から検量線を作成した。また、この検量線を用いて検体に含まれるチアミン二リン酸の量を定量した。その結果、LC/MS/MS法と同様の検量線が作成できるとともに、LC/MS/MS法と同様に検体中のチアミン二リン酸の量を定量することができた。
【0054】
(実施例2)
[NADH溶液の調製]
NADH(ナカライテスク株式会社製、製品番号:24335-61)は、Tris-HCl緩衝液として複数種類の濃度(31.25μM,62.5μM,125μM,250μM,500μM,1000μM)のものを調製した。また、吸光度測定のブランク用に、NADHを含有しないTris-HCl緩衝液のみ(NADHが0μM)を用いた。
【0055】
[ピルビン酸溶液の調製]
10mMのTris-HCl緩衝液(pH9.5)に、ピルビン酸の濃度が2mMとなるように混合することで、第一試薬であるピルビン酸溶液を調製した。
【0056】
[乳酸デヒドロゲナーゼ溶液の調製]
20mMのTris-HCl緩衝液(pH7.0)に、乳酸デヒドロゲナーゼ(東洋紡株式会社製、製品名:LCD-209)の濃度が30ユニット/mLとなるように混合することで、第二試薬である乳酸デヒドロゲナーゼ溶液を調製した。
【0057】
[吸光度変化の測定]
測定対象の試料(サンプル)であるNADH溶液25μLと第一試薬450μLとを混合して吸光度測定用のA液を調製し、37℃で5分間加温した後に、A液の吸光度を測定した。その後、A液に対してさらに第二試薬を150μL混合して吸光度測定用のB液を調製し、37℃で5分間加温した後に、B液の吸光度を測定した。A液の吸光度をAbs.Aとし、B液の吸光度をAbs.Bとしたときに、吸光度変化ΔAbs.は、Abs.AとAbs.Bとの差分となる(ΔAbs.=Abs.A-Abs.B)。
【0058】
濃度の異なるNADH溶液について、それぞれ吸光度変化ΔAbs.を測定し、NADH溶液の濃度と対比させたところ、
図1に示すように、NADH濃度に対する吸光度変化ΔAbs.の変化が実質的に直線となっており、試料中のNADHを定量できることが明らかとなった。
【0059】
なお、本発明は前記実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0060】
また、上記説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、試料中に含まれる補酵素として機能する物質を測定する分野に広く好適に用いることができる。