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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230301BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230301BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230301BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/60
C21D9/46 G
C21D9/46 J
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021513660
(86)(22)【出願日】2020-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2020015765
(87)【国際公開番号】W WO2020209275
(87)【国際公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-09-22
(31)【優先権主張番号】P 2019075692
(32)【優先日】2019-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】佐野 幸一
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-109222(JP,A)
【文献】特開2013-104081(JP,A)
【文献】国際公開第2013/047755(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02- 8/04
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.15%以上、0.40%以下、
Si:0.01%以上、2.00%以下、
Mn:0.10%以上、4.00%以下、
Al:0.005%以上、1.500%以下、
P :0.001%以上、0.100%以下、
S :0.0005%以上、0.0100%以下、
N :0.0005%以上、0.0100%以下、
Ti:0%以上、0.200%以下、
Mo:0%以上、0.300%以下、
Nb:0%以上、0.200%以下、
Cr:0%以上、4.000%以下、
B :0%以上、0.0050%以下、
V :0%以上、0.300%以下、
Ni:0%以上、4.00%以下、
Cu:0%以上、4.00%以下、
W :0%以上、2.00%以下、
Ca:0%以上、0.0100%以下、
Ce:0%以上、0.0100%以下、
Mg:0%以上、0.0100%以下、
Zr:0%以上、0.0100%以下、
La:0%以上、0.0100%以下、
Ce、La以外のREM:0%以上、0.0100%以下、
Sn:0%以上、1.000%以下、
Sb:0%以上、0.200%以下、
残部:Fe及び不純物からなり、
表面から板厚方向に板厚の1/8の位置~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置の間の範囲である1/4厚におけるミクロ組織が、面積率で、
フェライト:0%以上、10%以下、
残留オーステナイト:0%以上、10%以下、
上部ベイナイト:0%以上、10%以下、
マルテンサイト:70%以上、100%以下、
パーライト:0%以上、5%以下、
からなり、
前記マルテンサイトに含まれる、プレートマルテンサイトの面積率が、組織全体の面積に対して、10%以上35%以下であり、
旧オーステナイト粒の平均粒径が2.0μm以上、10.0μm以下、かつ、前記旧オーステナイト粒の最大径が20.0μm以下であり、
前記マルテンサイト中の固溶C量が0.20質量%以下であり、
前記マルテンサイト中の平均炭化物サイズが0.25μm以下であり、
同一の前記旧オーステナイト粒中の、前記プレートマルテンサイトと隣接する他のマルテンサイトとの結晶方位差が10.0°以下であり、
前記旧オーステナイト粒の粒界におけるP濃度が4.0at%以下である、
ことを特徴とする鋼板。
【請求項2】
前記表面に、溶融亜鉛めっき層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする請求項2に記載の鋼板。
【請求項4】
請求項1に記載の鋼板の製造方法であって、
請求項1に記載の化学組成を有する鋼を溶製し、溶製された前記鋼を鋳造して鋼片を得る鋳造工程と、
前記鋼片を1150℃以上、1350℃以下に加熱し、その後、1050℃以上の温度域で35%以上の累積圧下率で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程完了後、3秒以内に開始され、850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が20℃/秒以上100℃/秒以下、700℃から巻き取り温度までの平均冷却速度が30℃/秒以上80℃/秒以下となるように巻き取り温度まで冷却する冷却工程と、
前記冷却工程後の前記熱延鋼板を、650℃以下の巻取り温度で巻取る巻取り工程と、
前記巻取り工程後の前記熱延鋼板に冷間圧延を行い冷延鋼板とする冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を、650℃~750℃の温度域での平均加熱速度が0.5~5.0℃/秒となるように、Ac3~1000℃の焼鈍温度まで加熱し、前記焼鈍温度で3~100秒保持する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、
740℃以下550℃超の温度域での平均冷却速度を10℃/秒以上、
550℃以下Ms超の温度域での平均冷却速度が30℃/秒以上、
Ms以下Ms-15℃超の温度域での平均冷却速度が5℃/秒以上40℃/秒以下、
Ms-15℃以下Ms-40℃超の温度域での平均冷却速度が25℃/秒以上120℃/秒以下、
Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での平均冷却速度が5℃/秒以上40℃/秒以下となるように冷却する焼鈍後冷却工程と、
前記焼鈍後冷却工程後の前記冷延鋼板を、0.5℃/秒以上、10℃/秒以下の平均冷却速度で室温まで冷却する、最終冷却工程と、
を有し、
前記焼鈍後冷却工程では、Ms以下Ms-120℃以上の温度域において、前記冷延鋼板に20~100MPaの引張応力を与える
ことを特徴とする鋼板の製造方法。
ここで、Msは、以下の式で求められる。
Ms(℃)=550-361×C-39×Mn-35×V-20×Cr-17×Ni-10×Cu-5×Mo-5×W+30×Al
上記式中のC、Mn、V、Cr、Ni、Cu、Mo、W及びAlは、前記鋼片の各元素の含有量(質量%)である。
【請求項5】
前記焼鈍後冷却工程では、前記温度域ごとに平均冷却速度を変更する
ことを特徴とする請求項4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記最終冷却工程は、前記焼鈍後冷却工程後の前記冷延鋼板を、Ms-120℃~450℃の温度域で1000秒以下保持した後に0.5℃/秒以上、10℃/秒以下の平均冷却速度で室温まで冷却する工程を含む
ことを特徴とする請求項4又は5に記載の鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記焼鈍後冷却工程と、前記最終冷却工程との間に、前記冷延鋼板を溶融亜鉛浴に浸漬する溶融亜鉛めっき工程を備える
ことを特徴とする請求項4~6のいずれか1項に記載の鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記溶融亜鉛めっき工程と、前記最終冷却工程との間に、前記冷延鋼板を470℃以上550℃以下に再加熱し、60秒以下保持する合金化工程を備える
ことを特徴とする請求項7に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板及びその製造方法に関する。本願は、2019年4月11日に、日本に出願された特願2019-075692号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年では環境問題への意識が高まり、自動車業界では燃費向上のため、車体の軽量化が重要となっている。一方で、衝突時の安全を確保するため、車体強度を高める必要も生じている。この車体軽量化と安全性の向上を両立させるために、高強度材(高強度鋼材)を使用することが検討されている。しかしながら、鋼材は強度が高くなるほど、プレス成形が困難となり、プレス成形を行ってもスプリングバックによって、形状が崩れてしまうことが多い。また、高強度になるほど、靱性が劣化し、耐衝撃特性が低下してしまう傾向にある。
スプリングバックは、鋼材が降伏しない部分があることによって起こりやすくなる。そのため、鋼材最大強度を高くしながらも、鋼材の降伏応力を低くすることができれば、鋼材の形状凍結性を向上させやすいと考えられる。しかしながら、降伏応力を低くすると、プレス時に変形量が小さい領域がある場合、その変形量が小さい領域の強度が低くなり、耐衝撃特性が劣化してしまう。そのため、変形量が小さい領域でも強度を高くすることができるように、降伏直後に加工硬化量が高い鋼板が望まれる。一方、変形量が多い領域の加工硬化量が高いと、部材の場所によって強度のばらつきが大きくなってしまい、耐衝撃特性が劣化してしまう。そこで、歪量が大きくなった場合には加工硬化量が低い鋼板が望まれる。
また、上記のように、降伏直後の加工硬化量を高くし、かつ高歪域では加工硬化量の低い鋼板として形状凍結性を確保しながら耐衝撃特性を向上させても、車体軽量化に有効な980MPa以上の鋼板では靱性が劣化する場合がある。このような鋼板では、設計基準によっては、耐衝撃特性が十分でない場合がある。そこで、上記のような加工硬化の特徴を持ちながら、靱性を高める技術が求められている。
【0003】
高強度材として、特許文献1、2に記載のDP(Dual Phase)鋼や特許文献3、4に記載のTRIP(Transformation Induced Plasticity)鋼といった、複合組織鋼が知られている。このようなDP鋼やTRIP鋼は、硬質な組織を鋼中に存在させることによって、強度を高めている。
【0004】
また、特許文献5には、歪の少ない結晶粒が歪の多い結晶粒に対して相対的に多くなるように制御し、低温靱性を向上させる手法が記載されている。歪の少ない結晶粒は、ベイナイトである。
【0005】
強度を高めるためには、焼き戻しマルテンサイトやフレッシュマルテンサイトが必要である。特許文献6には、鋼板の強度を高強度とするために、焼き戻しマルテンサイトを主組織とする鋼板が開示されている。
【0006】
降伏応力を低下させる方法として、フレッシュマルテンサイトを分散させ、可動転位を増やし、鋼板を降伏させやすくする技術がある。例えば、特許文献7には、鋼板の強度を高強度とするために、ベイナイトや焼き戻しマルテンサイトを主組織とし、さらにフレッシュマルテンサイトを18%以下(好ましくは10%以下)に分散させることによって、鋼板の降伏応力を低降伏応力にし、高強度かつ形状凍結性を高める手法が記載されている。
【0007】
特許文献8には、マルテンサイト変態温度(Ms点)以下において、冷却速度を比較的低めに規定し、鋼組織を、オートテンパードマルテンサイトを80%以上有する鋼組織とすることで、延性と伸びフランジ性に優れた高強度鋼板が得られることが開示されている。
【0008】
しかしながら、上述の先行技術には以下の課題があった。
特許文献1~4に開示されている鋼は、均一伸びを高めるために、高歪域でも加工硬化量を高くしていることが特徴である。したがって、形状凍結性と耐衝撃特性とを向上させたい場合には特許文献1~4に開示された技術は不向きである。また、TRIP鋼は、残留オーステナイトが加工誘起変態することによって、さらに加工硬化量を高めたものである。したがって、高歪域まで残留オーステナイト量が残らないように、残留オーステナイト量の制限をする必要がある。
特許文献5では、2種のベイナイトをバランスよい分率とすることによって、強度、成形性及び靱性を高めている。しかしながら、より高強度にしようとすると、焼き戻しマルテンサイトやフレッシュマルテンサイトが主となるため、歪量が多くなってしまい、低温靱性を向上させることが出来なくなってしまう。
特許文献6では、降伏応力が高く、形状凍結性が劣位である可能性がある。
特許文献7では、フレッシュマルテンサイトは、焼き戻しマルテンサイトやベイナイトに比べ硬く、割れの起点になりやすい。そのため、フレッシュマルテンサイトを分散させることは靱性の劣化につながるという問題があった。
特許文献8に開示されている鋼板においては、延性、伸びフランジ性で加工性を評価している。しかしながら、降伏直後の加工硬化量を高くし、かつ、高歪域での加工硬化量を低くすることができないことから形状凍結性は十分ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】日本国特許第5305149号公報
【文献】日本国特許第4730056号公報
【文献】日本国特開昭61-157625号公報
【文献】日本国特開2007-063604号公報
【文献】国際公開第2015/046339号
【文献】国際公開第2017/037827号
【文献】国際公開第2013/146148号
【文献】日本国特許第5365216号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】牧正志、「鉄鋼の相変態-マルテンサイト変態編I-鉄合金のマルテンサイト変態の特徴-」(まてりあ、Vol.54、No.11、2015年11月、p.557-563)
【文献】牧正志、「鉄鋼の相変態-マルテンサイト変態編II-鉄合金マルテンサイトの内部微視組織および加工誘起変態-」(まてりあ、Vol.54、No.12、2015年12月、p.626-632)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来技術の現状に鑑み、車体軽量化と安全性の向上を両立できる引張強度980MPa以上の高強度鋼板を対象とし、プレス加工される自動車用鋼板として好適な、プレス後の形状凍結性特性及び耐衝撃特性に優れる鋼板並びにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意研究し、以下の知見を得るに至った。
【0013】
(i)冷間圧延の後、加熱速度を制御しながらオーステナイト単相域に加熱する。その後、冷却速度を制御してフェライトやベイナイト変態を抑制する。次いで、マルテンサイト変態する温度域での冷却速度制御を行う。さらに、引張応力を加える。上記によって、プレートマルテンサイトを含むマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)を形成することができる。このような組織は、低降伏応力でありがら、降伏直後の加工硬化量が高く、かつ高歪域では加工硬化量を低くすることができるので、形状凍結性を向上させることが出来る。
【0014】
(ii)熱延の加熱温度、圧下配分及び冷却速度、並びに、冷間圧延後の熱処理時の加熱速度及び加熱温度と時間を制御することによって、旧オーステナイト粒の平均粒径と最大サイズとを小さくすることができる。旧オーステナイト粒の平均粒径と最大サイズとを小さくすれば、靱性が向上する。
【0015】
(iii)熱処理時にマルテンサイト変態後の熱履歴を制御することによって、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)中の固溶C量を低下させ、かつ、マルテンサイト中の炭化物の平均サイズを低下させることができる。マルテンサイト中の固溶C量が低下すると、高歪域での加工硬化量が低下する。また、炭化物の平均サイズが小さくなることによって、低歪域での加工硬化量を高くすることが出来る。
【0016】
(iv)熱間圧延後の冷却を制御することによって、旧オーステナイト粒界におけるPを低減することができる。旧オーステナイト粒界におけるPを低減すると、靱性が向上する。
【0017】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0018】
(1)化学組成が、質量%で、C:0.15%以上、0.40%以下、Si:0.01%以上、2.00%以下、Mn:0.10%以上、4.00%以下、Al:0.005%以上、1.500%以下、P:0.001%以上、0.100%以下、S:0.0005%以上、0.0100%以下、N:0.0005%以上、0.0100%以下、Ti:0%以上、0.200%以下、Mo:0%以上、0.300%以下、Nb:0%以上、0.200%以下、Cr:0%以上、4.000%以下、B:0%以上、0.0050%以下、V:0%以上、0.300%以下、Ni:0%以上、4.00%以下、Cu:0%以上、4.00%以下、W:0%以上、2.00%以下、Ca:0%以上、0.0100%以下、Ce:0%以上、0.0100%以下、Mg:0%以上、0.0100%以下、Zr:0%以上、0.0100%以下、La:0%以上、0.0100%以下、Ce、La以外のREM:0%以上、0.0100%以下、Sn:0%以上、1.000%以下、Sb:0%以上、0.200%以下、残部:Fe及び不純物からなり、表面から板厚方向に板厚の1/8の位置~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置の間の範囲である1/4厚におけるミクロ組織が、面積率で、フェライト:0%以上、10%以下、残留オーステナイト:0%以上、10%以下、上部ベイナイト:0%以上、10%以下、マルテンサイト:70%以上、100%以下、パーライト:0%以上、5%以下、からなり、前記マルテンサイトに含まれるプレートマルテンサイトの面積率が、組織全体の面積に対して、10%以上35%以下であり、旧オーステナイト粒の平均粒径が2.0μm以上、10.0μm以下、かつ、前記旧オーステナイト粒の最大径が20.0μm以下であり、前記マルテンサイト中の固溶C量が0.20質量%以下であり、前記マルテンサイト中の平均炭化物サイズが0.25μm以下であり、同一の前記旧オーステナイト粒中の、前記プレートマルテンサイトと隣接する他のマルテンサイトとの結晶方位差が10.0°以下であり、前記旧オーステナイト粒の粒界におけるP濃度が4.0at%以下である、鋼板。
(2)前記表面に、溶融亜鉛めっき層が形成されている、(1)に記載の鋼板。
(3)前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層である、(2)に記載の鋼板。
(4)(1)に記載の鋼板の製造方法であって、(1)に記載の化学組成を有する鋼を溶製し、溶製された前記鋼を鋳造して鋼片を得る鋳造工程と、前記鋼片を1150℃以上、1350℃以下に加熱し、その後、1050℃以上の温度域で35%以上の累積圧下率で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程完了後、3秒以内に開始され、850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が20℃/s以上100℃/s以下、700℃から巻き取り温度までの平均冷却速度が30℃/s以上80℃/s以下となるように巻き取り温度まで冷却する冷却工程と、前記冷却工程後の前記熱延鋼板を、650℃以下の巻取り温度で巻取る巻取り工程と、前記巻取り工程後の前記熱延鋼板に冷間圧延を行い冷延鋼板とする冷間圧延工程と、前記冷延鋼板を、650℃~750℃の温度域での平均加熱速度が0.5~5.0℃/sとなるように、Ac3~1000℃の焼鈍温度まで加熱し、前記焼鈍温度で3~100s保持する焼鈍工程と、前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、740℃以下550℃超の温度域での平均冷却速度を10℃/s以上、550℃以下Ms超の温度域での平均冷却速度が30℃/s以上、Ms以下Ms-15℃超の温度域での平均冷却速度が5℃/s以上40℃/s以下、Ms-15℃以下Ms-40℃超の温度域で平均の冷却速度が25℃/s以上120℃/s以下、Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での平均冷却速度が5℃/s以上40℃/s以下となるように冷却する焼鈍後冷却工程と、前記焼鈍後冷却工程の前記冷延鋼板を、0.5℃/s以上、10℃/s以下の平均冷却速度で室温まで冷却する最終冷却工程と、を有し、前記焼鈍後冷却工程では、Ms以下Ms-120℃以上の温度域において、前記冷延鋼板に20~100MPaの引張応力を与える、鋼板の製造方法。
ここで、Msは、以下の式で求められる。
Ms(℃)=550-361×C-39×Mn-35×V-20×Cr-17×Ni-10×Cu-5×Mo-5×W+30×Al
上記式中のC、Mn、V、Cr、Ni、Cu、Mo、W及びAlは、前記鋼片の各元素の含有量(質量%)である。
(5)前記焼鈍後冷却工程では、前記温度域ごとに平均冷却速度を変更する
ことを特徴とする(4)に記載の鋼板の製造方法。
(6)前記最終冷却工程は、前記焼鈍後冷却工程後の前記冷延鋼板を、Ms-120℃~450℃の温度域で1000s以下保持した後に0.5℃/s以上、10℃/s以下の平均冷却速度で室温まで冷却する工程を含む
ことを特徴とする(4)又は(5)に記載の鋼板の製造方法。
(7)前記焼鈍後冷却工程と、前記最終冷却工程との間に、前記冷延鋼板を溶融亜鉛浴に浸漬する溶融亜鉛めっき工程を備える、(4)~(6)のいずれか1項に記載の鋼板の製造方法。
(8)前記溶融亜鉛めっき工程と、前記最終冷却工程との間に、前記冷延鋼板を470℃以上550℃以下に再加熱し、60秒以下保持する合金化工程を備える、(7)に記載の鋼板の製造方法。

【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、低降伏応力、降伏後の加工硬化量が大きく、高歪域での加工硬化量が小さく、また靱性に優れた高強度の鋼板を提供することが出来る。すなわち、プレス後の形状凍結性特性及び耐衝撃特性に優れる鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、まず、プレス後の形状凍結性特性及び耐衝撃特性の向上に有効な、低降伏応力、かつ、降伏後の加工硬化量が大きく、高歪域での加工硬化量が少なく、また靱性に優れた組織の構成について検討した。
【0021】
従来、高強度鋼板として、DP鋼、TRIP鋼、ベイナイト鋼、マルテンサイト鋼などが知られている。DP鋼やTRIP鋼は、前述したように、高歪域まで加工硬化量が大きい。ベイナイト鋼は、高い降伏比であり、かつ、980MPa程度までは強化できる。しかしながら、ベイナイト鋼は、C含有量を多くしなければならず、自動車用鋼板として必要な溶接性を劣化させてしまうので、不適切である。
高強度を達成するために、マルテンサイト鋼が好ましい。特に、980MPa以上の引張強度を得る場合、マルテンサイトを主な組織としなければ、達成が困難となる。マルテンサイト鋼には、フレッシュマルテンサイト単一組織、焼き戻しマルテンサイト単一組織、焼き戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトの複合組織などが含まれる。
しかしながら、マルテンサイト組織が、一般に知られているフレッシュマルテンサイトの単一組織では、可動転位が多いので低い降伏応力を達成できるが、固溶C量が多いので高歪域でも高い加工硬化量を示すので不適切である。また、一般に知られている焼き戻しマルテンサイトの単一組織は、降伏応力が高く、加工硬化量も少ないので不適切である。マルテンサイト組織が、一般に知られている焼き戻しマルテンサイトと一般に知られているフレッシュマルテンサイトの複合組織では、比較的低い降伏応力と、降伏直後の高い加工硬化は達成できるが、高歪域まで加工硬化量が高いので不適切である。
【0022】
以上のように、従来のマルテンサイト鋼では、高強度を達成できる。また、低降伏応力、降伏後の高い加工硬化量、高歪域での低い加工硬化量の3つの特性をすべて満足することはできないが、そのうちの1つ又は2つは満足することができる。そのため、本発明者らは、マルテンサイト鋼を改良することによって、高強度、低降伏応力、降伏後の高い加工硬化量、高歪域での低い加工硬化量のすべてを達成することを検討した。
【0023】
具体的には、本発明者らは、マルテンサイト鋼において、従来のマルテンサイト鋼では同時に満足できない上記3つの特性すべてを満たせるように、マルテンサイトの組織に着目して、鋭意研究を重ねた。その結果、プレート状のマルテンサイト(プレートマルテンサイトと呼ぶ)が存在する場合に、低降伏応力、降伏後の高い加工硬化量、高歪域での低い加工硬化量を達成できることを見出した。また、熱延条件や熱処理の加熱条件の工夫により、旧オーステナイト粒の平均粒径や最大径を小さくすることができ、上記低降伏及び降伏後の高い加工硬化量及び高歪域での低い加工硬化量を保ちながら、靱性が向上することも分かった。
【0024】
プレートマルテンサイトが存在することによって、低降伏応力、降伏後の高い加工硬化、高歪域での低い加工硬化となる理由は、明らかになっていないが、例えば、以下のような理由が考えられる。低降伏応力となるのは、プレートマルテンサイトが他のマルテンサイトよりも比較的粗大であり、プレートマルテンサイトの部分で低い応力でも降伏が起きるので、低降伏応力となるからであると考えられる。
また、降伏後の加工硬化が大きい理由は、プレートマルテンサイトと周囲のマルテンサイトの結晶方位差が小さく、プレートマルテンサイトで生じた転位が、周囲のマルテンサイトに移動しやすくなるので、転位強化しやすくなり、加工硬化が増大したものと考えられる。高歪域での加工硬化が小さい理由は、プレートマルテンサイト中の固溶C量が低く、加工硬化しにくいことなどが考えられる。
【0025】
本発明の一実施形態に係る鋼板(本実施形態に係る鋼板)について説明する。
本実施形態の鋼板は、本発明者らが見いだした上記の知見に基づいてなされたもので、以下の特徴を有する。
(a)鋼板の化学組成が、質量%で、C:0.15%以上、0.40%以下、Si:0.01%以上、2.00%以下、Mn:0.10%以上、4.0%以下、Al:0.005%以上、1.50%以下、P:0.001%以上、0.100%以下、S:0.0005%以上、0.0100%以下、N:0.0005%以上、0.0100%以下を含有し、任意にTi、Mo、Nb、Cr、B、V、Ni、Cu、W、Ca、Ce、Mg、Zr、La、Ce、La以外のREM、Sn、Sbの1種以上を含有し、残部がFe及び不純物からなる。
(b)鋼板表面から板厚方向に板厚の1/8の位置~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置の間の範囲である1/4厚におけるミクロ組織が、面積率で、フェライト:0%以上、10%以下、残留オーステナイト:0%以上、10%以下、上部ベイナイト:0%以上、10%以下、マルテンサイト:70%以上、100%以下、パーライト:0%以上、5%以下からなる。
(c)前記マルテンサイトに含まれる、プレートマルテンサイトの面積率が、組織全体の面積に対して、10%以上35%以下である。
(d)旧オーステナイト粒の平均粒径が2.0μm以上、10.0μm以下、かつ、前記旧オーステナイト粒の最大径が20.0μm以下である。
(e)前記マルテンサイト中の固溶C量が0.20%以下である。
(f)前記マルテンサイト中の平均炭化物サイズが0.25μm以下である。
(g)同一の前記旧オーステナイト粒中の、前記プレートマルテンサイトと隣接する他のマルテンサイトとの結晶方位差が10.0°以下である。
(h)前記旧オーステナイト粒の粒界におけるP濃度が4.0at%(原子%)以下である。
以下、それぞれの特徴について説明する。
【0026】
<化学組成>
まず、化学組成の限定理由について説明する。以下、化学組成に係る%は断りがない限り質量%を意味する。
【0027】
C:0.15%以上、0.40%以下
Cは、マルテンサイトの硬さを高め、鋼の強度の向上に寄与する元素である。C含有量が0.15%未満であると、引張強度980MPa以上の達成が難しい。そのため、C含有量は0.15%以上とする。C含有量は、好ましくは0.17%以上である。
一方、C含有量が0.40%を超えると、セメンタイトの生成が促進され、成形性や、靱性が低下したり、固溶C量が多くなって加工硬化量が大きくなりすぎたりする。そのため、C含有量は0.40%以下とする。C含有量は、好ましくは0.37%以下である。
【0028】
Si:0.01%以上、2.00%以下
Siは、固溶強化によって、延性を低下させずに、鋼の強度及び疲労強度の向上に寄与する元素である。また、Siは溶製の際の脱酸の効果を有する元素でもある。Si含有量が0.01%未満であると、上記効果が十分に得られないので、Si含有量は0.01%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.03%以上である。
一方、Si含有量が2.00%を超えると、延性や靱性が低下する。そのため、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.80%以下である。
【0029】
Mn:0.10%以上、4.00%以下
Mnは、固溶強化と焼入れ性の向上で、強度の向上に寄与する元素である。Mn含有量が0.10%未満であると、上記効果が十分に得られないので、Mn含有量は0.10%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.30%以上である。
一方、Mn含有量が4.00%を超えると、溶接性が低下するとともに、偏析が拡大してプレス時の成形性も低下する。この場合、製造過程において割れてしまうことがある。そのため、Mn含有量は4.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.80%以下である。
【0030】
Al:0.005%以上、1.500%以下
Alは、脱酸に必要な元素であるとともに、過剰な炭化物の生成を抑え、成形性の向上に寄与する元素である。Al含有量が0.005%未満であると、上記効果が十分に得られない。そのため、Al含有量は0.005%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.008%以上である。
一方、Al含有量が1.500%を超えると、効果が飽和するだけでなく、靱性が低下する。そのため、Al含有量は1.500%以下とする。Al含有量は、好ましくは、1.000%以下である。
【0031】
P:0.001%以上、0.100%以下
Pは、強度の向上に寄与する元素であり、Cuとの共存で耐食性を高める元素である。P含有量が0.001%未満であると、上記効果が十分に得られない。また、P含有量を0.001%未満にすると製鋼コストが大幅に上昇する。そのため、P含有量は0.001%以上とする。製鋼コストの点で、P含有量は0.010%以上が好ましい。
一方、P含有量が0.100%を超えると、溶接性や加工性が低下する。また、Pは、粒界に偏析することによって、靱性を大幅に劣化させてしまう。そのため、P含有量は0.100%以下とする。靱性の基準が厳しい場合には、P含有量を0.05%以下とすることが好ましい。
【0032】
S:0.0005%以上、0.0100%以下
Sは、鋼中で割れの起点となる硫化物(MnS等)を形成し、穴広げ性と全伸び性とを低下させる元素である。そのため、S含有量は、少ない方がよい。しかしながら、S含有量を0.0005%未満に低減すると、製鋼コストが大幅に上昇するので、S含有量は0.0005%以上とする。
一方、S含有量が0.0100%を超えると、靱性が著しく低下する。そのため、S含有量は0.0100%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0060%以下である。
【0033】
N:0.0005%以上、0.0100%以下
Nは、加工性を低下させる元素である。また、Nは、Ti及び/又はNbと共存すると、成形性を低下させる窒化物(TiN及び/又はNbN)を形成して、Ti及び/又はNbの有効量を低減する元素である。そのため、N含有量は、少ない方がよい。しかしながら、N含有量を0.0005%未満に低減すると、製鋼コストが大幅に上昇する。そのため、N含有量は0.0005%以上とする。N含有量は、好ましくは0.0010%である。
一方、N含有量が0.0100%を超えると、成形性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0060%以下である。
【0034】
本実施形態に係る鋼板の化学組成は、上記の元素を含み、残部がFe及び不純物からなっていてもよい。しかしながら、特性向上を目的とし、さらに、Ti:0.20%以下、Mo:0.300%以下、Nb:0.200%以下、Cr:4.000%以下、B:0.0050%以下、V:0.300%以下、Ni:4.00%以下、Cu:4.00%以下、W:2.00%以下、Ca:0.0100%以下、Ce:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、Zr:0.0100%以下、La:0.0100%以下、Ce、La以外のREM:0.0100%以下、Sn:1.000%以下、Sb:0.200%以下の群から選択される1種又は2種以上を含んでもよい。ただし、これらの元素は必ずしも含まなくてよいので、その下限はいずれも0%である。
【0035】
Ti:0%以上、0.200%以下
Tiは、再結晶を遅らせて、未再結晶フェライトの形成に寄与する元素である。また、Tiは、炭化物及び/又は窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Tiが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Ti含有量を0.010%以上とすることが好ましい。
一方、Ti含有量が0.200%を超えると、成形性が低下する。そのため、Ti含有量は0.200%以下とする。Ti含有量は、より好ましくは0.050%以下である。
【0036】
Mo:0%以上、0.300%以下
Moは、焼入れ性を高め、マルテンサイト分率の制御に寄与する元素である。また、Moは、粒界に偏析して、溶接時、亜鉛が溶接部の組織に侵入するのを抑制して、溶接時の割れの防止に寄与するとともに、焼鈍工程の冷却中におけるパーライトの生成抑制にも寄与する元素である。そのため、Moが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Mo含有量を0.050%以上とすることが好ましい。
一方、Mo含有量が0.300%を超えると、成形性が劣化する。そのため、Mo含有量は0.300%以下とする。Mo含有量は、好ましくは0.250%以下である。
【0037】
Nb:0%以上、0.200%以下
Nbは、再結晶を遅らせて、未再結晶フェライトの形成に寄与する元素である。また、Nbは、炭化物及び/又は窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Nbが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Nb含有量を0.010%以上とすることが好ましい。
一方、Nb含有量が0.200%を超えると、成形性が低下する。そのため、Nb含有量は0.200%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.170%以下である。
【0038】
Cr:0%以上、4.000%以下
Crは、焼鈍工程の冷却中におけるパーライトの生成抑制に寄与する元素である。そのため、Crが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Cr含有量を0.050%以上とすることが好ましい。
一方、Cr含有量が4.000%を超えると、成形性が低下する。そのため、Cr含有量は、4.000%以下とする。Cr含有量は、好ましくは1.500%以下である。
【0039】
B:0%以上、0.0050%以下、
Bは、焼入れ性を高め、マルテンサイト分率の制御に寄与する元素である。また、Bは、粒界に偏析して、溶接時、亜鉛が溶接部の組織に侵入するのを抑制して、溶接時の割れの防止に寄与するとともに、焼鈍工程の冷却中におけるパーライトの生成抑制にも寄与する元素である。さらに、Bは粒界偏析時に粒界強化により、本発明の目的である靱性向上にも寄与する。そのため、Bが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、B含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、B含有量が0.0050%を超えると、ホウ化物が生成し、靱性が低下する。そのため、B含有量は0.0050%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0025%以下である。
【0040】
V:0%以上、0.300%以下
Vは、析出物強化、粒の成長抑制による細粒強化、及び、再結晶の抑制を通じた転位強化により、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Vが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、V含有量を0.010%以上とすることが好ましい。
一方、V含有量が0.300%を超えると、炭窒化物が過剰に析出して、成形性が低下する。そのため、V含有量は0.300%以下とする。V含有量は、好ましくは0.150%以下である。
【0041】
Ni:0%以上、4.00%以下
Niは、高温での相変態を抑制し、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Niが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Ni含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
一方、Ni含有量が4.00%を超えると、溶接性が低下する。そのため、Ni含有量は4.00%以下とする。Ni含有量は、好ましくは3.50%以下である。
【0042】
Cu:0%以上、4.00%以下
Cuは、微細な粒子として存在して、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Cuが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方、Cu含有量が4.00%を超えると、溶接性が低下する。そのため、Cu含有量は4.00%以下とする。Cu含有量は、好ましくは3.50%以下である。
【0043】
W:0%以上、2.00%以下
Wは、高温での相変態を抑制し、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Wが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、W含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方、W含有量が2.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下する。そのため、W含有量は2.00%以下とする。W含有量は、好ましくは1.20%以下である。
【0044】
Ca:0%以上、0.0100%以下
Ce:0%以上、0.0100%以下
Mg:0%以上、0.0100%以下
Zr:0%以上、0.0100%以下
La:0%以上、0.0100%以下
Ce、La以外のREM:0%以上、0.0100%以下
Ca、Ce、Mg、Zr、La、及び、Ce、La以外のREMは、成形性の向上に寄与する元素である。そのため、これらの元素が鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、それぞれの元素の含有量を0.0100%以上とすることが好ましい。
Ca、Ce、Mg、Zr、La、及び、Ce、La以外のREMの含有量が、それぞれ、0.0100%を超えると、延性が低下する恐れがある。そのため、いずれの元素も含有量を0.0100%以下とする。好ましくは、いずれの元素の含有量も0.0070%以下である。
【0045】
REMとは、Rare Earth Metalの略であり、Sc、Y及びランタノイド系列に属する元素を指すが、Ce及びLaは、Sc、Y及び他のランタノイド系列に属する元素に比べて上記効果を奏するため、本実施形態に係る鋼板ではREMからCeとLaを除く。REMは、ミッシュメタルの形態で、精錬過程で溶鋼に添加されることが多いが、REMの各元素が上記組成の範囲内であればよい。
【0046】
Sn:0%以上、1.000%以下
Snは、組織の粗大化を抑制し、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Snが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Sn含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、Sn含有量が1.000%を超えると、鋼板が過度に脆化し、圧延時に鋼板が破断することがある。そのため、Sn含有量は1.000%以下とする。Sn含有量は、好ましくは0.500%以下である。
【0047】
Sb:0%以上、0.200%以下
Sbは、組織の粗大化を抑制し、強度の向上に寄与する元素である。そのため、Sbが鋼板に含有してもよい。上記効果を得る場合、Sb含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、Sb含有量が0.200%を超えると、鋼板が過度に脆化し、圧延時に鋼板が破断することがある。そのため、Sb含有量は0.200%以下とする。Sb含有量は、好ましくは0.100%以下である。
【0048】
本実施形態の鋼板の化学組成では、上述したように必須元素を含み、残部がFe及び不純物からなっていてもよく、必須元素と任意元素とを含み残部がFe及び不純物からなっていてもよい。不純物とは、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入する元素であり、本実施形態に係る鋼板の特性を阻害しない範囲で存在が許容される元素である。
【0049】
上記の他に、不純物として、H、Na、Cl、Co、Zn、Ga、Ge、As、Se、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Te、Cs、Ta、Re、Os、Ir、Pt、Au、及び、Pbが鋼板に含まれ得る。不純物の含有量は、例えば、合計で0.010%以下の範囲で許容される。
【0050】
次に、本実施形態に係る鋼板のミクロ組織について説明する。
【0051】
本実施形態に係る鋼板では、マルテンサイトを主組織とし、フェライト、上部ベイナイト、パーライト、残留オーステナイトの分率を制限することによって、強度を高くしている。さらに、本実施形態に係る鋼板では、マルテンサイトの一部をプレートマルテンサイトとすることによって、高強度、低降伏応力、降伏後の高い加工硬化、高歪域での低い加工硬化を達成している。
【0052】
本実施形態に係る鋼板では、1/4厚(鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/8の位置(1/8厚)~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置(3/8厚)の間の範囲)におけるミクロ組織を限定する。その理由として、鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置を板厚方向の中央位置とする1/8厚~3/8厚のミクロ組織が、鋼板全体の代表的な組織であり、鋼板全体の機械特性と相関するからである。したがって、本実施形態において、組織分率を規定する板厚方向の範囲は“1/4厚を板厚方向の中央位置とする1/8厚~3/8厚”とする。なお、組織分率を表すときの「%」は面積率である。
【0053】
フェライト:0%以上、10%以下
本実施形態に係る鋼板は、高強度鋼板を対象としているので、軟質であるフェライトは存在しなくてもよい。延性が必要でかつ強度が低下してもよい場合には、フェライトを存在させればよい。しかしながら、フェライト分率が10%を超えると、所要の強度の確保が困難となったり、降伏後の加工硬化量が小さくなったりする。そのため、フェライトを含む場合でも、フェライト分率(面積率)を10%以下とする。フェライト分率は、好ましくは8%以下である。フェライト分率が高くなることによって降伏後の加工硬化量が小さくなる理由は定かではないが、この理由は以下のように考えられる。加工硬化は転位が絡み合うことによって起きることから、加工初期では転位密度の少ないフェライトが多く存在すると、加工初期の加工硬化量が小さくなるためであると考えられる。
【0054】
残留オーステナイト:0%以上、10%以下
伸び性を確保する点で、残留オーステナイトを補助的に利用することが効果的であるが、残留オーステナイトは、使用条件によっては、水素割れの発生原因となる。また、残留オーステナイトが存在すると、高歪での加工硬化量が高くなってしまう。そのため、残留オーステナイト分率は10%以下とする。残留オーステナイト分率は、7%以下であってよい。残留オーステナイト分率の下限は0%を含む。また、残留オーステナイト分率は、2%以上であってよい。
【0055】
マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト):70%以上、100%以下
本実施形態に係る鋼板では、強度を確保するため、マルテンサイトの面積率を70%以上とする。ここでいうマルテンサイトは、鉄系炭化物を含まないフレッシュマルテンサイトと鉄系炭化物を含む焼き戻しマルテンサイトとの総称である。よって、本実施形態に係る鋼板がフレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの両者を含有する場合は、マルテンサイトの面積率は両者の面積率の合計とする。本実施形態に係る鋼板がフレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトのいずれか一方のみを含有する場合は、その面積率が70%以上100%以下である。以下では、特段区別して説明する必要が無い場合、フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトを単にマルテンサイトと言う。マルテンサイトの面積率が70%未満であると、所要の強度の確保が困難となる。好ましくはマルテンサイトの面積率が80%以上である。マルテンサイトの分率が高いほど強度が高まる。そのため、目標の強度になるように、マルテンサイト分率を調整すればよく、マルテンサイト分率の上限は100%である。
【0056】
マルテンサイトがプレートマルテンサイトを含み、組織全体に対するプレートマルテンサイトの面積率が10%以上35%以下
マルテンサイトの一部として、プレートマルテンサイトが存在することによって、低降伏応力、降伏後の高い加工硬化、高歪域での低い加工硬化を達成できる。プレートマルテンサイトは、フレッシュマルテンサイト及び/又は焼き戻しマルテンサイトであって、粒内の方位差が小さく、伸長したものである。プレートマルテンサイトの面積率が鋼板を構成する組織全体に対して10%未満であると、その効果が不十分となる。そのため、組織全体に対するプレートマルテンサイトの面積率を10%以上とする。プレートマルテンサイトは、多いほどよいと考えられ、上限は特に定めなくてもよい。しかしながら、発明者らの検討によると、その上限は、実質的35%程度であることから、35%を上限としてもよい。
本実施形態において、プレートマルテンサイトとは、プレート状のマルテンサイトであり、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)測定を行い、KAM(Kernel Average Misorientation)解析を行い、他の形状のマルテンサイトと区別する。EBSD測定及びKAM解析の結果、局所方位差が1.0°以下の領域で、かつ短径が1.0μm以上かつアスペクト比が1.5以上である領域がプレートマルテンサイトである。
なお、非特許文献1及び非特許文献2に記載されているとおり、鉄系合金におけるマルテンサイトの形態には、様々なものがあることが知られている。C含有量が少ない低炭素合金の鋼材では、「ラス」と呼ばれる微細で伸長した形態のマルテンサイト(ラスマルテンサイト)が一般に得られる。ラスマルテンサイトは、プレートマルテンサイトと比較して極めて微細(短径が0.2μm程度)である。そのため、プレートマルテンサイトは、ラスマルテンサイトとは明確に区別される。
本実施形態に係る鋼板は、C含有量が少ないが、ラスマルテンサイトの他にプレートマルテンサイトを有しており、一般のマルテンサイト鋼とは異なるものである。
また、一般に知られているマルテンサイトの形態として、例えば、バタフライ状、レンズ状、薄板状が知られているが、これらの形態のマルテンサイトは、C含有量が多い場合や、Ni等を多量に含有する鋼を室温以下の低温で変態させる場合に生成する。薄板状のマルテンサイトは、非特許文献2によれば、例えば、-100℃以下の温度域においてFe-Ni-C合金やFe-Ni-Co-Ti合金の母相オーステナイトの一部が変態して得られる。このように、プレートマルテンサイトは、バタフライ状、レンズ状及び薄板状のマルテンサイトとは明確に区別される。
【0057】
上部ベイナイト:0%以上、10%以下
上部ベイナイトは、マルテンサイトよりも軟質である。上部ベイナイトが多く存在すると、プレートマルテンサイト分率が低下するので、上限を10%とする。上部ベイナイト分率は、好ましくは、6%以下である。上部ベイナイトは含まれなくてもよいので、上部ベイナイト分率の下限は0%である。しかしながら、上部ベイナイト分率は、例えば、2%以上であって良い。
【0058】
パーライト:0%以上、5%以下
パーライトは、マルテンサイトよりも軟質である。また、パーライトは、セメンタイトとフェライトの複合組織であるが、靱性を大きく劣化させてしまう。そのため、パーライト分率を5%以下に制限する。パーライト分率は、好ましくは、1%以下である。パーライトは含まれなくてもよいので、パーライト分率の下限は0%である。しかしながら、パーライト分率は、例えば、2%以上であって良い。
【0059】
各組織の面積率の算出方法について説明する。
【0060】
鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングを行う。ナイタールエッチング後の観察面を光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)で観察する。撮像した画像、又は、機器内の画像解析ソフトにより各組織の面積率は算出される。画像における1つの視野を、縦200μm、横200μm以上とし、異なる10以上の視野について、それぞれ画像から各組織の面積率を算出して平均値を求め、その平均値を面積率とする。
【0061】
面積率の算出に際し、マルテンサイト組織よりも凹んでおり、かつ下部組織がなく凹凸が少ない平らな領域をフェライトであると判断する。また、フェライトと同様にマルテンサイト組織よりも凹んでおり、かつ、形態が細長いラスやブロック状の形態をしており、ラスやブロックの間に炭化物や残留オーステナイトが存在している組織を上部ベイナイトであると判断する。
パーライトは、フェライトとセメンタイトとが層状になったラメラーを呈しているため、ラメラーとなっている領域をパーライトとする。層をなしているセメンタイトが途中で切れている擬似パーライトも、本実施形態ではパーライトとする。
また、全組織のうち、フェライト、上部ベイナイト、パーライト以外の領域で、鉄系炭化物が観察される領域を焼き戻しマルテンサイトと判断する。
フェライト、上部ベイナイト、パーライト以外の領域で、かつ、鉄系炭化物が観察されない領域は、フレッシュマルテンサイト又は残留オーステナイトであると判断される。フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトとは、両者とも平な組織であるため、SEMで区別することが難しい。そのため、後述するX線回折法によって求めた残留オーステナイトの面積率を求め、フレッシュマルテンサイト及び残留オーステナイトの領域の合計の面積率から、後述するX線回折法によって求めた残留オーステナイトの面積率を引いたものをフレッシュマルテンサイト分率とする。
【0062】
残留オーステナイトの面積率は、X線回折法で測定することができる。具体的には、Mo-Kα線を用いて、フェライトの(111)面の回折強度(α(111))、残留オーステナイトの(200)面の回折強度(γ(200))、フェライトの(211)面の回折強度(α(211))、及び、残留オーステナイトの(311)面の回折強度(γ(311))を測定し、次式で、残留オーステナイトの面積率(fA)を算出する。
fA=(2/3){100/(0.7×α(111)/γ(200)+1)}
+(1/3){100/(0.78×α(211)/γ(311)+1)}
【0063】
プレートマルテンサイトの面積率は、以下の方法で求めることができる。プレートマルテンサイトは、上述した通り、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)に含まれる。
プレートマルテンサイトの面積率は、圧延方向に平行な板厚方向断面を観察し、かつ板厚の表面から、板厚の1/4(1/4厚)の位置を中心としてEBSD測定を行い、KAM解析を行い、局所方位差が1.0°以下の領域で、かつ短径が1.0μm以上かつアスペクト比が1.5以上であるマルテンサイトがプレートマルテンサイトであるとし、その面積率を測定することによって得られる。なお、EBSD測定後に、更にナイタールエッチングを施し、同視野をSEM観察することで、EBSD測定した視野においてマルテンサイトとそれ以外の組織とを区別することができる。
EBSD測定では、200μm×200μmの測定面積を、0.2μmピッチで測定する。
【0064】
旧オーステナイト粒の平均粒径が2.0μm以上10.0μm以下
旧オーステナイト粒の平均粒径が小さくなるほど、靱性が向上する。そのため、旧オーステナイト粒の平均粒径は小さいほうがよい。しかしながら、旧オーステナイト粒の平均粒径が2.0μm未満であると、プレートマルテンサイトが存在できなくなる。この理由は定かではないが、母相オーステナイト粒がプレートマルテンサイトにせん断変態する際には、ある程度のサイズになるため、母相オーステナイト粒が小さすぎると、粒内での変態が出来なくなってしまうためであると考えられる。そのため、旧オーステナイト粒の平均粒径を2.0μm以上とする。旧オーステナイトの平均粒径は、5.0μm以上であることが好ましい。
一方、旧オーステナイト粒の平均粒径が大きくなると靱性が低下する。特に、10.0μmを超えると、後述する靱性試験での脆性延性遷移温度が、室温(25℃)以上になってしまう。そのため、旧オーステナイト粒の平均粒径を10.0μm以下とする。旧オーステナイトの平均粒径は、好ましくは8.0μm以下である。
なお、旧オーステナイト粒とは、前記マルテンサイトに変態する前のオーステナイト組織におけるオーステナイト結晶粒であり、後述する焼鈍工程において形成される。旧オーステナイト粒は、SEMによって観察可能である。フェライトが存在する場合、当該フェライトは、母相オーステナイト粒界だった場所に存在するので、フェライトとマルテンサイトの境界を旧オーステナイト粒界として定義する。
【0065】
旧オーステナイト粒の最大径が20.0μm以下
旧オーステナイト粒の平均粒径だけでなく、最大径も靱性に対して重要である。平均粒径が小さくても、大きな粒がある場合には、その粒が破壊されやすいので、靱性が低くなる。旧オーステナイト粒の最大径が、20.0μmを超えると大きく靱性が低下するので、旧オーステナイト粒の最大径を20.0μm以下とする。旧オーステナイト粒の最大径は、好ましくは、17.0μm以下である。
【0066】
旧オーステナイト粒の平均粒径、最大径の測定は、以下のように行う。
鋼板を、450℃で24時間保持することで、旧オーステナイトの粒界にPを濃化させる。その後、圧延方向に平行な板厚方向断面をナイタールで腐食処理をすることによって、粒界を優先的に腐食させる。その後、板厚の表面から、板厚の1/4(1/4厚)の位置を中心としてSEMにより、500μm×1000μmの範囲について、それぞれの粒の圧延方向の長さ及びそれに垂直な板厚方向の長さを測定し、測定された長さの平均値を平均粒径、観察範囲において測定された最大の長さを最大径とする。
【0067】
マルテンサイト中の固溶C量が0.20質量%以下
マルテンサイト中の固溶C量が多いと、高歪域での加工硬化量が大きくなってしまう。その理由は明らかではないが、固溶Cは、加工中における転位の移動の抵抗となるものの、高歪になるほど、転位が増え、蓄積しやすくなるので、固溶C量が多いと加工硬化量が大きくなってしまうと考えられる。固溶C量が0.20質量%を超えると、高歪域での加工硬化量が大きくなることから、マルテンサイト中の固溶C量の上限を0.20質量%とする。マルテンサイト中の固溶C量は、好ましくは0.15質量%以下である。
【0068】
固溶C量は、国際公開第2018/139400号に記載の方法に準拠して求めることができる。詳細には、以下の方法で固溶C量は求められる。
マルテンサイト中の固溶C量は、鋼材の化学組成のC含有量から、鋼材中に析出した炭化物中のC含有量を引き、さらに組織分率の影響を考慮して求める。
具体的にはメッシュサイズを100nmとした抽出残渣分析を実施して残渣として得られた炭化物(セメンタイト及びMC型炭化物)中のFe濃度<Fe>a、Cr濃度<Cr>a、Mn濃度<Mn>a、Mo濃度<Mo>a、V濃度<V>a、Nb濃度<Nb>と、抽出レプリカ法により得られたレプリカ膜をTEM(Transmission Electron Microscope)観察することにより特定されたセメンタイトに対してEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)による点分析を実施して得られたセメンタイト中のFe濃度<Fe>b、Cr濃度<Cr>b、Mn濃度<Mn>b、Mo濃度<Mo>bとを用いて、式(a)~式(f)により固溶C量を求める。
<Mo>c=(<Fe>a+<Cr>a+<Mn>a)×<Mo>b/(<Fe>b+<Cr>b+<Mn>b) ・・・(a)
<Mo>d=<Mo>a-<Mo>c ・・・(b)
<C>a=(<Fe>a/55.85+<Cr>a/52+<Mn>a/53.94+<Mo>c/95.9)/3×12 ・・・(c)
<C>b=(<V>a/50.94+<Mo>d/95.9+<Nb>a/92.9)×12 ・・・(d)
<C>all=<C>-(<C>a+<C>b) ・・・(e)
(固溶C量)={<C>all -(fF+fB+fP)×0.02+fγ×0.8}/fM ・・・(f)
ここで、<C>a、<C>bは、それぞれ、抽出残渣分析結果から求めたC含有量、レプリカ膜の測定結果から求めたC含有量を示す。
(固溶C量)は、マルテンサイト中の固溶C量を表し、fF、fB、fP、fγ、及びfMは、それぞれ、フェライト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイト、及びマルテンサイトの分率(面積%)を表す。式(f)は、フェライト、ベイナイト、パーライトのBCC相中の固溶限を0.02質量%と仮定し、さらに残留オーステナイト中のC量を0.8質量%と仮定したものである。
測定に際しては、鋼材の化学組成のC含有量は、脱C層を除去することを目的として、鋼板の表面を板の表裏面から200μmを削ったものから、切子状の分析サンプルを採取する。そして、よく知られている酸素気流中燃焼-赤外線吸収法により、C含有量(質量%)を分析する。これを鋼材のC含有量(<C>)とする。抽出残渣分析用のサンプルは、脱C層を除去することを目的として、板の表面を200μm削り、直径50mmの円盤状試験片を採取し測定を行う。TEM観察及びセメンタイトのEDSの点分析用サンプルは、1/4厚の位置から採取したサンプルを用いる。セメンタイトは、30個測定する。
【0069】
マルテンサイト中の平均炭化物サイズ(円相当径)が0.25μm以下
マルテンサイト中の平均炭化物サイズが大きいと、降伏後の加工硬化が小さくなる。そのため、当該平均炭化物サイズを円相当径で0.25μm以下とする。マルテンサイト中の平均炭化物サイズは、好ましくは円相当径で0.20μm以下である。
マルテンサイト中の炭化物としては、FeC(θ炭化物)やε炭化物などが含まれる。
炭化物の平均サイズ(円相当径)は、鏡面研摩したサンプルをSEM(走査型電子顕微鏡)にて観察することで得られる。後述の実施例では、SEMにて観察した結果である。測定は、500μm×500μm以上の領域で行い、その中の炭化物の数及び円相当径を測定することによって決定する。
【0070】
同一の旧オーステナイト粒内の、プレートマルテンサイトと当該プレートマルテンサイトに隣接する他のマルテンサイトとの結晶方位差が10.0°以下
プレートマルテンサイトとそのプレートマルテンサイトに隣接する他のマルテンサイトとの結晶方位差が10.0°を超えると、降伏応力が高くなる。この理由は明らかではないが、プレートマルテンサイトとそのプレートマルテンサイトに隣接した他のマルテンサイトとの結晶方位差が大きいと、境界を越えた転位の移動がしにくく、塑性変形が伝播しづらくなって、降伏しにくくなることが原因と考えられる。すなわち、塑性変形を起こしやすいプレートマルテンサイトに、塑性変形が伝播しやすいプレートマルテンサイト以外のマルテンサイト(ラス状、バタフライ状、レンズ状、又は薄板状のマルテンサイト)が隣接することで、低い応力であっても塑性変形が効率的に伝播し、降伏応力が低下すると考えられる。この観点から、結晶方位差が10°超となる結晶粒界に囲まれたプレートマルテンサイトでは本発明の効果は得られない。プレートマルテンサイトをEBSD測定及びSEM観察によって同定する際、周辺のプレートマルテンサイト以外のマルテンサイトの領域との結晶方位差を測定し、最小の結晶方位差が10.0°以下であればよい。
【0071】
旧オーステナイト粒界におけるP濃度が4.0at%以下
Pは粒界に偏析し、靱性を下げる。旧オーステナイト粒界におけるP濃度が4.0at%を超えると、靱性が大きく低下するので、旧オーステナイト粒界におけるP濃度を4.0at%以下とする。旧オーステナイト粒界におけるP濃度は、好ましくは、3.2at%である。
【0072】
旧オーステナイト粒界のP濃度は、オージェ分光によって測定する。真空チャンバー内でサンプルを液体窒素により冷却し、-150℃以下にした後、サンプルを破壊し、粒界を露呈させる。その粒界が露呈した表面のP濃度を測定し、例えば、2010年製日本電子製FE-AESに付随の解析ソフトを用いて定量する。
【0073】
本実施形態に係る鋼板は、溶融亜鉛めっきが施されることで、表面に溶融亜鉛めっき層を有していてもよい。本実施形態に係る鋼板が溶融亜鉛めっき層を有していることによって、耐食性が向上するので好ましい。また、溶融亜鉛めっき層は、合金化溶融亜鉛めっき層でもよい。溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であることによって、耐食性に加えて、スポット溶接時において、連続で打点できる数が増加するので好ましい。
合金化溶融亜鉛めっき層は、通常のめっき条件で形成した溶融亜鉛めっき層(亜鉛合金を溶融めっきで形成しためっき層も含む)を、通常の合金化処理条件で合金化しためっき層であればよい。
【0074】
合金化溶融亜鉛めっき層のめっき付着量は、特に、特定の量に限定されないが、所要の耐食性を確保する点で、片面付着量で5g/m2以上が好ましく、20g/m2以上がより好ましい。
【0075】
本実施形態の合金化溶融亜鉛めっき鋼板においては、塗装性や溶接性を改善する目的で、合金化溶融亜鉛めっき層の上に、さらに上層めっき(例えば、Niめっき)を施してもよい。また、合金化溶融亜鉛めっき層の表面性状を改善する目的で、各種の処理、例えば、クロメート処理、りん酸塩処理、潤滑性向上処理、溶接性向上処理等を施してもよい。
【0076】
本実施形態に係る鋼板の板厚は、特に限定されないが、0.10~11.0mmが好ましい。板厚0.10~11.0mmの高強度薄鋼板は、プレス加工で製造する自動車用部材の素材鋼板として好適である。また、上記板厚の高強度薄鋼板は、薄板製造ラインで容易に製造することができる。
【0077】
次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
本発明者らは、本実施形態に係る鋼板を安定して製造できる製造方法について検討した。その結果、プレートマルテンサイトを得るためには、加熱時の加熱速度、オーステナイト単相域まで加熱した後の冷却及び応力付与などの工夫が必要であることが分かった。
また、オーステナイト単相域まで加熱した後の冷却を制御することで、上部ベイナイト変態を抑制し、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び又は焼戻しマルテンサイト)を主な組織とすることができることが分かった。
【0078】
本実施形態の鋼板を製造する製造方法は、以下の工程を含む製造方法によって得ることができる。
(I)上述した組成を有する鋼を、溶製して得られた溶鋼を鋳造して鋼片を得る鋳造工程
(II)前記鋼片を1150℃以上、1350℃以下に加熱し、その後、1050℃以上の温度域で35%以上の累積圧下率で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱間圧延工程
(III)熱間圧延工程完了後、3秒以内に開始され、850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が20℃/秒以上100℃/秒以下、700℃から巻き取り温度までの平均冷却速度が30℃/秒以上80℃/秒以下となるように巻き取り温度まで冷却する冷却工程
(IV)前記冷却工程後の前記熱延鋼板を、650℃以下の巻取り温度で巻取る巻取り工程
(V)前記巻取り工程後の前記熱延鋼板に冷間圧延を行い冷延鋼板とする冷間圧延工程
(VI)前記冷延鋼板を、650℃~750℃の温度域での平均加熱速度が0.5~5.0℃/秒となるように、Ac3~1000℃の焼鈍温度まで加熱し、前記焼鈍温度で3~100秒保持する焼鈍工程
(VII)前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、740℃以下550℃超の温度域での平均冷却速度を10℃/秒以上、550℃以下Ms℃超の温度域での平均冷却速度が30℃/秒以上、Ms℃以下Ms-15℃超の温度域での平均冷却速度が5℃/秒以上40℃/秒以下、Ms-15℃以下Ms-40℃超の温度域で平均の冷却速度が25℃/秒以上120℃/秒以下、Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での平均冷却速度が5℃/秒以上40℃/秒以下となるように冷却する焼鈍後冷却工程
ただし、前記焼鈍後冷却工程では、Ms℃以下Ms-120℃以上の温度域において、前記冷延鋼板に20~100MPaの引張応力を与える
(VIII)前記焼鈍後冷却工程の前記冷延鋼板を、0.5℃/秒以上、10℃/秒の平均冷却速度で室温まで冷却する、最終冷却工程
なお、Ac3は、加熱する際のオーステナイト変態温度(℃)であり、Msは、マルテンサイト変態開始温度(℃)である。
【0079】
以下に、各工程の条件について説明する。
【0080】
[鋳造工程]
鋳造工程では、本実施形態に係る鋼板と同様の化学組成を有する溶鋼を鋳造して鋼片を得る。溶製方法、鋳造方法については常法に従えばよい。
【0081】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、鋼片(以下では、鋼片をスラブ又は鋳造スラブと言うことがある。)を1150℃以上、1350℃以下に加熱し、その後、1050℃以上の温度域で35%以上の累積圧下率で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る。スラブの加熱温度が1150℃未満であると、鋳造スラブの均質化及び炭窒化物の溶解が不十分となり、強度の低下や靱性の低下を招くので、鋳造スラブの加熱温度は1150℃以上とする。スラブの加熱温度は、好ましくは、1180℃以上である。
一方、スラブの加熱温度が1350℃を超えると、製造コストが上昇するとともに、生産性が低下する。また、母相オーステナイトの粒径が局部的に大きくなって混粒組織になり、最終組織の旧オーステナイト粒の最大径が大きくなる。したがって、スラブの加熱温度は1350℃以下とする。スラブの加熱温度は、好ましくは1300℃以下である。
【0082】
また、1050℃以上の温度域で累積圧下率が35%以上の熱間圧延を行う。1050℃以上では再結晶の進行が速い。その温度域において、累積圧下率が35%以上の圧延を行うことによって、熱延後に再結晶が進み、結晶粒径が小さくなる。これにより、冷延、焼鈍後の結晶粒径も小さくなる。1050℃以上の温度域での累積圧下率は、好ましくは、40%以上である。
【0083】
[冷却工程]
熱間圧延工程完了後、3秒以内に冷却を開始する。熱間圧延後の鋼板が高温に維持されると、再結晶と粒成長とが進行する。そのため、冷却開始までの時間が長いと、高温に保持される時間が長くなることで、粒成長が進行しすぎる。その結果、母相オーステナイト粒の平均サイズや母相オーステナイト粒の最大径が大きくなる。この場合、最終組織の旧オーステナイト粒の平均粒径や、最大径が大きくなる。そのため、熱間圧延工程完了後~冷却開始までの時間を3秒以内とする。なお、上記の熱間圧延工程完了とは、熱間圧延工程における最後の圧延ロールによる圧延が終了した時点を言う。また、上記の冷却開始時点は、以下の冷却を開始する時点を言う。
【0084】
また、冷却工程では、850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が20℃/秒以上100℃/秒以下、700℃から巻き取り温度までの平均冷却速度が30~80℃/秒となるように巻き取り温度まで冷却する。
850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が遅いと、母相オーステナイトがフェライト変態する。その結果、熱延鋼板の金属組織が、フェライトと、ベイナイトやマルテンサイト等が複合して存在する不均一な組織となってしまう。その場合、この不均一組織が最終熱処理後の組織にも影響し、熱処理後の組織も不均一となる。その結果、旧オーステナイト粒の最大径が大きくなってしまう。
850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が20℃/秒を下回ると、フェライト変態が進行しやすくなる。そのため、この温度域での平均冷却速度を20℃/秒以上とする。850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度は、好ましくは、40℃/秒以上である。
一方、850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度が100℃/秒を超えると、冷却速度のむらが大きくなり、場所による熱膨張および熱収縮の挙動の偏差が大きくなるため、板の形状が悪くなってしまうことが多い。したがって、平均冷却速度を100℃/秒以下とする。850℃以下700℃超の温度域での平均冷却速度は、好ましくは、85℃/秒以下である。
【0085】
また、冷却工程では、700℃から後述する巻取り温度までの平均冷却速度を30℃/秒~80℃/秒とする。この温度域では、Pの粒界偏析が進む。700℃から巻取り温度までの平均冷却速度が30℃/秒未満であるとPの粒界偏析が多くなり靱性が劣化する。700℃から巻取り温度までの平均冷却速度は、好ましくは、40℃/秒以上である。
一方、700℃から巻取り温度までの平均冷却速度が80℃/秒を超えると、冷却速度のむらが大きくなり、場所による熱膨張および熱収縮の挙動の偏差が大きくなる場合がある。その結果、板の形状が悪くなってしまうことが多い。したがって、平均冷却速度を80℃/秒以下とする。700℃から巻取り温度までの平均冷却速度は、好ましくは、75℃/秒以下である。
【0086】
[巻取り工程]
冷却が完了した熱延鋼板を、650℃以下の巻取り温度で巻き取る。巻取温度が650℃を超えると、セメンタイトが粗大化し、焼鈍しても粗大な炭化物が残ってしまう。また、巻取温度が650℃を超えると、当該巻取り時に粗大なフェライトが生じやすく、その影響で粗大な母相オーステナイトが生じる。この場合、焼鈍後の旧オーステナイト粒の平均粒径や旧オーステナイトの最大径が大きくなる。そのため、巻取温度は650℃以下とする。巻取り温度は、好ましくは630℃以下、より好ましくは580℃以下である。巻取温度の下限は、特に定めないが、400℃未満であると、熱延鋼板の強度が上昇しすぎて、次工程の冷間圧延における圧延負荷が上昇するので、巻取温度は400℃以上が好ましい。
【0087】
[冷間圧延工程]
上記巻取り工程後の熱延鋼板に、必要に応じて酸洗した後、冷間圧延を行って冷延鋼板とする。
酸洗、冷間圧延は、常法にしたがって行えばよい。例えば、冷間圧延は圧下率30~85%で行う。
【0088】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、冷延鋼板を、650℃~750℃の温度域での平均加熱速度を0.5~5.0℃/秒として、Ac3~1000℃の焼鈍温度まで加熱し、前記焼鈍温度で3~100秒保持する焼鈍を行う。
650℃~750℃の温度域は回復及び再結晶が進行する温度域である。回復及び再結晶を適度に進め、均一なフェライト組織とすることによって、オーステナイト単相域に加熱された際に、γ(オーステナイト相)の核生成が均一に起こり、粗大なオーステナイト粒が生じない。粗大な母相オーステナイト粒がある場合、次工程の焼鈍後冷却工程で生成するプレートマルテンサイトの分率が低くなってしまう。この理由は明らかではないが、例えば以下が考えられる。焼鈍後冷却工程では、温度変化により冷延鋼板が収縮することで、当該冷延鋼板に応力が生じる。粗大な母相オーステナイトがあると、粗大な母相オーステナイトがこの応力により優先的に変形してしまう。そのため、粗大な母相オーステナイトからのみプレートマルテンサイトが生成し、プレートマルテンサイト分率が低くなってしまう。
650℃~750℃の温度域の平均加熱速度が0.5℃/秒未満である場合、粗大な母相オーステナイト粒が多くなり、プレートマルテンサイト分率が低くなってしまう。また、粗大な母相オーステナイトが存在することによって、旧オーステナイトの平均粒径が大きくなり、靱性も低下する。そのため、上記温度域での平均加熱速度を0.5℃/秒とする。650℃~750℃の温度域の平均加熱速度は、好ましくは、1.0℃/秒以上である。
一方、650℃~750℃の温度域の平均加熱速度が5℃/秒を超える場合も、プレートマルテンサイト分率が低くなってしまう。これは、フェライトの再結晶が進まず、冷間圧延によって偏平となった粒の形状を反映した母相オーステナイト粒が粗大になって、プレートマルテンサイト分率が低下するためであると推察される。また、平均加熱速度が5℃/秒を超える場合、旧オーステナイト粒径も大きくなるので、靱性が劣化する。そのため、650℃~750℃の温度域の平均加熱速度を5℃/秒以上とする。650℃~750℃の温度域の平均加熱速度は、好ましくは、4.0℃/秒以下である。
【0089】
焼鈍温度は、Ac3~1000℃である。冷間圧延後の鋼板をオーステナイト単相域まで加熱することによって、マルテンサイトの分率を高くすることが出来る。焼鈍温度がAc3未満だと安定的にオーステナイト単相組織を得られない。焼鈍温度は、好ましくは、(Ac3+20)℃以上である。
一方、焼鈍温度が1000℃を超えると、母相オーステナイト粒が大きくなり、最終製品である鋼板の組織を構成する旧オーステナイト粒が粗大となって靱性が劣化したり、プレートマルテンサイトが少なくなったりする。焼鈍温度は、好ましくは、950℃以下である。
【0090】
また、焼鈍温度での保持時間が3秒未満だと、オーステナイト単相が安定的に得られない。そのため焼鈍温度での保持時間を、3秒以上とする。焼鈍温度での保持時間は、好ましくは、25秒以上である。
一方、焼鈍温度での保持時間が100秒超であると、冷延鋼板を焼鈍温度に保持している間に母相オーステナイト粒径が大きくなり、最終製品である鋼板の組織を構成する旧オーステナイト粒が粗大となって靱性が劣化したり、プレートマルテンサイトが少なくなったりする。そのため、焼鈍温度での保持時間を100秒以下とする。焼鈍温度での保持時間は、好ましくは、80秒以下である。
オーステナイト変態温度Ac3は、以下の式で求められる。
Ac3(℃)=910-230×C1/2-15.2×Ni+44.7×Si+31.5×Mo+104×V+13.1×W
ここで、上記式中、C、Ni、Si、Mo、V及びWは、鋼片における各元素の含有量(質量%)である。
【0091】
[焼鈍後冷却工程]
焼鈍後冷却工程では、Ac3~1000℃の温度域で焼鈍した後の鋼板を、冷却速度を段階的に以下のように制御して冷却すればよいことが分かった。
【0092】
740℃以下550℃超の温度域での平均冷却速度:10℃/秒以上
この温度域での冷却速度を制御することで、フェライト変態を抑制し、マルテンサイトを主な組織とすることが出来る。平均冷却速度10℃/秒未満であると、フェライト変態が生じることが懸念される。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは、20℃/秒以上である。平均冷却速度の上限は、特に限定する必要はないが、例えば、この温度域での平均冷却速度は、80℃/秒以下である。
【0093】
550℃以下Ms超の温度域での平均冷却速度:30℃/秒以上
この温度域での冷却速度を制御することで、上部ベイナイト変態を抑制し、マルテンサイトを主な組織とすることが出来る。平均冷却速度が30℃/秒未満だと、上部ベイナイトの面積が多くなり、最終の鋼板でのマルテンサイトの面積率が少なくなってしまう。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは、40℃/秒以上である。平均冷却速度の上限は、特に限定する必要はないが、例えば、この温度域での平均冷却速度は、80℃/秒以下である。
【0094】
Ms以下Ms-15℃超の温度域での平均冷却速度:5℃/秒以上40℃/秒以下
この温度域での冷却速度を制御することで、所望のプレートマルテンサイトの面積率を確保できる。この温度域で、十分にプレートマルテンサイトを生成させるために、この温度域での平均冷却速度を40℃/秒以下とする。この温度域での平均冷却速度が40℃/秒を超えるとプレートマルテンサイトが10%未満となる。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは30℃/秒以下、より好ましくは、20℃/秒以下である。ただし、この温度域での平均冷却速度が5℃/秒未満となると、上部ベイナイト変態が進み、上部ベイナイトの面積率が多くなってしまう。そのため、この温度域での平均冷却速度を5℃/秒以上とする。Ms未満Ms-15℃以上の温度域での平均冷却速度は、好ましくは、10℃/秒以上である。
【0095】
Ms-15℃以下Ms-40℃超の温度域での平均冷却速度:25℃/秒以上120℃/秒以下
この温度域では、プレートマルテンサイトが存在していると、プレートマルテンサイトを核としてベイナイト変態が生じやすい。そのため、この温度域での平均冷却速度を25℃/秒以上として、ベイナイト変態を抑制する。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは40℃/秒以上である。
一方、平均冷却速度が120℃/秒を超えると、プレートマルテンサイトとそれ以外の形状のマルテンサイトとの界面における結晶方位差が大きくなってしまう。そのため、平均冷却速度を120℃/秒以下とする。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは、40℃/秒以下である。
【0096】
Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での平均冷却速度:5℃/秒以上40℃/秒以下
この温度域の平均冷却速度が40℃/秒を超えると、マルテンサイト中に析出する炭化物が少なくなることによってマルテンサイト中の固溶C量が多くなる。そのため、平均冷却速度を40℃/秒以下とする。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは30℃/秒以下、より好ましくは20℃/秒以下である。
一方、この温度域の平均冷却速度が5℃/秒よりも小さくなると、炭化物のサイズが大きくなってしまう。そのため、平均冷却速度を5℃/秒以上とする。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは、10℃/秒以上である。
このように、オーステナイト単相域に加熱後の冷却速度を段階的に制御することにより、マルテンサイト以外の組織の生成を抑制し、かつ、適量のプレートマルテンサイトを含むマルテンサイトを主体とする組織を得ることができる。特に、マルテンサイト変態開始までは急冷してベイナイトの核生成を抑制し、かつ、マルテンサイト変態開始直後に冷却速度を緩め、プレートマルテンサイトの核生成を十分にさせることで、プレートマルテンサイトの生成を効率的に促すことができる。この観点から、Ms以下Ms-15℃超の温度域での平均冷却速度は550℃以下、Ms超の温度域での平均冷却速度の0.70倍以下であることが好ましく、0.50倍以下であることが更に好ましい。
【0097】
また、焼鈍後冷却工程では、Ms以下Ms-120℃以上の温度域において、前記冷延鋼板に20~100MPaの引張応力を与える。上記のような冷却パターンに加えて、冷延鋼板に引張応力を与えることによって、プレートマルテンサイトを形成しやすくすることが出来る。その効果を得るためには、引張応力は20MPa以上とする。Ms~Ms-120℃の温度域における冷延鋼板への引張応力は、好ましくは、30MPa以上である。
一方で、引張応力が高すぎると、板形状が崩れることが多い。これは、熱処理中の高温状態では、降伏応力が小さくなり、引張応力を加えると、板が塑性変形してしまうためと考えられる。引張応力が100MPaを超えると、板形状が変形することがあるので、100MPa以下とする。Ms~Ms-120℃の温度域における冷延鋼板への引張応力は、好ましくは、85MPa以下である。
【0098】
[最終冷却工程]
上記焼鈍後冷却工程では、Ms-120℃まで冷却が行われる。その後、冷延鋼板を室温まで冷却する。室温までの冷却に際しては、Ms-120℃未満での平均冷却速度は、0.5℃/秒以上、10℃/秒以下とする。Ms-120℃以下での平均冷却速度が10℃/秒超であると、炭化物が析出する時間が少なくなり、固溶C量が多くなることがある。Ms-120℃未満での平均冷却速度は、好ましくは、6.0℃/秒以下である。
一方、平均冷却速度が0.5℃/秒を下回ると、炭化物が大きくなってしまうことが懸念される。そのため、Ms-120℃未満での平均冷却速度を0.5℃/秒以上とする。Ms-120℃未満での平均冷却速度は、好ましくは、1.0℃/秒以上である。
最終冷却工程では、前記冷延鋼板を、Ms-120℃~450℃の温度域で1000秒以下保持してもよい。冷延鋼板をMs-120℃~450℃の温度域で1000秒以下保持することによって、さらに、固溶C量が低下し、高歪域での加工硬化量を低くすることが出来る。保持時間が1000秒を超えると、平均炭化物サイズが大きくなるため、降伏後の加工硬化が小さくなったり、降伏応力が高くなったり、靱性が劣化したりすることがある。そのため、Ms-120℃~450℃の温度域で鋼板の保持を行う場合には、保持時間は1000秒以下とする。最終冷却工程において、冷延鋼板を上記温度域で保持する場合の保持時間の下限は、特段制限されないが、上記効果をより確実に得るために、例えば、10秒以上である。
なお、最終冷却工程で冷延鋼板をMs-120℃~450℃の温度域で1000秒以下の時間保持する処理は、冷延鋼板の温度がMs-120℃から室温となるまでの間に行ってもよいし、冷延鋼板が室温まで冷却された後に行ってもよい。
【0099】
マルテンサイト変態開始温度Msは、以下の式で求められる。
Ms(℃)=550-361×C-39×Mn-35×V-20×Cr-17×Ni-10×Cu-5×Mo-5×W+30×Al
ここで、上記式中、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、Mo、W及びAlは、鋼片における各元素の含有量(質量%)である。
【0100】
[溶融亜鉛めっき工程]
鋼板の表面に亜鉛めっき層を形成する場合、焼鈍後冷却工程と最終冷却工程との間に、冷延鋼板を溶融亜鉛浴に浸漬する溶融亜鉛めっき工程を備えてもよい。
めっき条件については常法に従えばよい。
【0101】
[合金化工程]
溶融亜鉛めっき層を合金化溶融亜鉛めっき層とする場合、溶融亜鉛めっき工程と最終冷却工程との間に、前記冷延鋼板を470℃以上550℃以下に再加熱し、60s以下保持する合金化工程を備えることが好ましい。
【実施例
【0102】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0103】
(実施例1)
表1-1、1-2に示す化学組成の溶鋼を、常法に従い連続鋳造して鋳造スラブとした。表1-1、1-2において、鋼種符号A~Tの化学組成は、本発明の化学組成を満たしている。
【0104】
鋼種aa及びbbの化学組成は、Cが本発明の化学組成を満たさず、符号ccの化学組成はSi含有量が、鋼種ddとeeとはMn含有量が、鋼種ffはP含有量が、鋼種ggはS含有量が、鋼種hhはAl含有量が、鋼種iiはB含有量が、それぞれ本発明の範囲を満たさなかった。
【0105】
【表1-1】
【0106】
【表1-2】
【0107】
表1-1、1-2に示す化学組成の鋳造スラブを、表2-1~2-10のように、加熱し、熱間圧延に供し、冷却し、巻取り処理をし、酸洗後、冷間圧延に供して、板厚1.2mmの鋼板を製造した。当該鋼板を、表2-1~2-10に示す条件で、焼鈍し、冷却した。条件によっては、めっきを施した。酸洗では、室温まで冷却した熱延鋼板を、温度を80℃以上90℃以下に制御した塩化水素として5~10質量%の塩酸に、合計で30秒以上100秒以下浸漬することで、表面のスケールを除去した。
なお、表2-1~2-10中、熱間圧延工程の「累積圧下率」は、1050℃以上の温度域での累積圧下率である。表2-1~2-10中、冷却工程の「冷却開始時間」は、熱間圧延終了後から急冷開始までの時間である。表2-1~2-10中、冷却工程の「冷却速度(1)」は、850℃から700℃までの温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、冷却工程の「冷却速度(2)」は、700℃から巻取り温度までの温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、焼鈍後冷却工程の「冷却速度(3)」は、740℃以下550℃超の温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、焼鈍後冷却工程の「冷却速度(4)」は、550℃以下Ms超の温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、焼鈍後冷却工程の「冷却速度(5)」は、Ms℃以下Ms-15℃超の温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、焼鈍後冷却工程の「冷却速度(6)」は、Ms-15℃以下Ms-40℃超の温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、焼鈍後冷却工程の「冷却速度(7)」は、Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、焼鈍後冷却工程の「引張応力」は、Ms℃以下Ms-120℃の温度域において冷延鋼板に付与した引張応力である。表2-1~2-10中、最終冷却工程の「熱処理の有無」は、Ms-120℃~450℃の温度域での熱処理の有無である。表2-1~2-10中、最終冷却工程の「保持時間」は、保持温度における保持時間である。表2-1~2-10中、最終冷却工程の「冷却速度(8)」は、最終冷却工程において、上記熱処理を行わない場合は、Ms-120℃未満の温度域での冷却速度であり、上記熱処理を行う場合は、保持温度以下の温度域での冷却速度である。表2-1~2-10中、合金化工程の「保持時間」は、再加熱温度での保持時間である。
表2-1~2-10中、溶融亜鉛めっき工程のめっき種における「GI」は、溶融亜鉛めっきを示し、「GA」は、合金化溶融亜鉛めっきを示す。
【0108】
【表2-1】
【0109】
【表2-2】
【0110】
【表2-3】
【0111】
【表2-4】
【0112】
【表2-5】
【0113】
【表2-6】
【0114】
【表2-7】
【0115】
【表2-8】
【0116】
【表2-9】
【0117】
【表2-10】
【0118】
鋳造スラブに表2-1~2-10に示す条件の処理を施して得られた鋼板の、ミクロ組織の態様と機械特性を測定し、これらを評価した。
【0119】
ミクロ組織における各組織の分率、旧オーステナイト粒の平均粒径、旧オーステナイト粒の最大径、マルテンサイト中の固溶C量、炭化物サイズ、旧オーステナイト粒の粒界におけるP量は、前述の方法により求めた。
フェライトが存在する場合、当該フェライトは、母相オーステナイト粒界だった場所に存在するので、フェライトとマルテンサイトの境界を旧オーステナイト粒界として定義した。
【0120】
JIS Z 2241(2011)に準拠して試験を行い、機械特性(降伏応力YP、引張強度TS、伸び性)を評価した。靱性については、JIS Z 2242(2018)に準拠して試験を行った。ただし、ノッチの形状は、Uノッチとした。液体窒素温度(-196℃)~200℃までの試験を行い、脆性延性遷移温度を求めた。温度は延性破壊のエネルギーと脆性破壊のエネルギーの中間のエネルギーとなる温度を、内挿によって求めた。
【0121】
また、形状凍結性の評価のため、降伏直後の加工硬化量と、高歪域での加工硬化量を以下の要領で求めた。
降伏直後の加工硬化量は、引張試験における真応力をσ、真歪をεとしたとき、YP+100MPaでのdσ/dεとした。dσ/dεは、σをεで微分したものである。
高歪域での加工硬化量は、TS×0.9でのdσ/dεと定義した。
【0122】
表3-1~3-10に、測定結果及び評価結果を示す。
【0123】
【表3-1】
【0124】
【表3-2】
【0125】
【表3-3】
【0126】
【表3-4】
【0127】
【表3-5】
【0128】
【表3-6】
【0129】
【表3-7】
【0130】
【表3-8】
【0131】
【表3-9】
【0132】
【表3-10】
【0133】
引張強度TS≧980MP、降伏比YP/TS≦0.7、YP+100MPaでのdσ/dε(dσ/dε(YP+100MPa))≧100000、TS×0.9でのdσ/dε(dσ/dε(0.9TS))≦50000、脆性延性遷移温度≦0℃の場合にプレス後の形状凍結性特性及び耐衝撃特性に優れると判定した。
【0134】
得られた各鋼板の化学組成は、それぞれの鋳造スラブの化学組成と実質的に同一であった。
処理番号2、3は、焼鈍工程において、650~750℃の温度域での加熱速度が低く、旧オーステナイトの平均粒径が大きく、プレートマルテンサイト分率が低かった。その結果、降伏比が高くかつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号4、5は、650~750℃の温度域での加熱速度が速すぎ、旧オーステナイトの最大径が大きかった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号6、7は、焼鈍工程における最高加熱温度が低すぎ、フェライト分率が高かった。その結果、dσ/dε(YP+100MPa)が低くなり、かつ脆性延性遷移温度が高くなった。
処理番号8、9は、焼鈍工程における最高加熱温度が高すぎ、旧オーステナイトの平均粒径及び旧オーステナイトの最大径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低くなった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高くなった。
処理番号10、11は、焼鈍工程における加熱時のAc3~1000℃の温度域での保持時間が短く、フェライト分率が高かった。その結果、dσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号12、13は、焼鈍工程における加熱時のAc3~1000℃の温度域での保持時間が長く、旧オーステナイトの平均粒径及び旧オーステナイトの最大径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低くなった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高くなった。
処理番号14は、740℃以下550℃超の温度域での冷却速度が遅く、フェライト分率が高かった。その結果、dσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ脆性延性遷移温度も高くなった。
処理番号15は、740℃以下550℃超の温度域での冷却速度が遅く、フェライト分率が高かった。その結果、強度が低く、かつ、dσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ脆性延性遷移温度も高くなった。
処理番号16、17は、550℃以下Ms超の温度域での冷却速度が遅く、上部ベイナイト分率が多くなり、かつプレートマルテンサイト分率が低くかった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低かった。
処理番号18、19、76は、Ms以下Ms-15℃超の温度域での冷却速度が遅く、上部ベイナイト分率が多くなり、かつプレートマルテンサイト分率が低かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低かった。
処理番号24、25、73は、Ms以下Ms-15℃超の温度域での冷却速度が速く、プレートマルテンサイト分率が低くかった。その結果、降伏比が高く、dσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性遷移温度が高かった。
処理番号26、27、82は、Ms-15℃以下Ms-40℃超の温度域での冷却速度が速く、結晶方位差が大きかった。その結果、降伏比が高かった。
処理番号32、33、79は、Ms-15以下Ms-40℃超の温度域での冷却速度が遅く、上部ベイナイト分率が多く、かつプレートマルテンサイト分率が低かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低かった。
処理番号34、35、85は、Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での冷却速度が遅く、マルテンサイト中の平均炭化物サイズが大きかった。その結果、dσ/dε(YP+100MPa)が低かった。
処理番号40、41、88は、Ms-40℃以下Ms-120℃以上の温度域での冷却速度が速く、固溶C量が高かった。その結果、dσ/dε(0.9TS)が高かった。
処理番号42、43、91は、Ms以下Ms-120℃以上の温度域での引張応力が低く、プレートマルテンサイト分率が低かった。その結果、降伏比が高く、dσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号44は、Ms以下Ms-120℃以上の温度域での引張応力が高すぎたため、引張試験中に破断した。
処理番号50、51はMs-120℃未満での冷却速度が低く、マルテンサイト中の平均炭化物サイズが大きかった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低かった。
処理番号52、53は、Ms-120℃以下での冷却速度が高く、固溶C量が高かった。その結果、dσ/dε(0.9TS)が高かった。
処理番号58は、熱延時の加熱温度が低く、マルテンサイト中の平均炭化物サイズが大きかった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号59は、熱延時の加熱温度が高く、旧オーステナイトの最大径が大きく、かつプレートマルテンサイト分率も低かった。その結果、dσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号60は、1050℃以上の温度域での圧延率が低く、旧オーステナイトの平均粒径及び旧オーステナイトの最大径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号61は、1050℃以上の温度域での圧延率が低く、旧オーステナイトの平均粒径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号62は、熱間圧延終了後から急冷開始までの時間が長く、旧オーステナイトの平均粒径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号63は、熱間圧延終了後から急冷開始までの時間が長く、旧オーステナイトの平均粒径及び旧オーステナイトの最大径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号64、65は、850℃以下700℃超の温度域の冷却速度が低く、旧オーステナイトの最大径が大きく、かつ、プレートマルテンサイト分率も低くかった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号66、67は、700℃から巻き取り温度までの冷却速度が低く、旧オーステナイト粒界におけるP濃度が高かった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号68、69、94は、巻取り温度が高く、旧オーステナイトの平均粒径及び旧オーステナイトの最大径が大きく、プレートマルテンサイト分率も低く、かつ、旧オーステナイト粒界におけるP濃度が高かった。その結果、降伏比が高く、かつdσ/dε(YP+100MPa)が低く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号110は、C含有量が高く、マルテンサイト中の固溶C量や平均炭化物サイズが大きかった。その結果、dσ/dε(0.9TS)が高く、かつ、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号111は、鋼板のC含有量が低かった。その結果、引張強度が低かった。
処理番号112は、鋼板のSi含有量が高かった。その結果、脆性延性遷移温度が高か
処理番号113は、鋼板のMn含有量が高かった。その結果、冷延時に破断してしまい、評価が出来なかった。
処理番号114は、鋼板のMn含有量が低く、フェライト分率が高かった。その結果、引張強度が低かった。
処理番号115は、鋼板のP含有量が高かった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号116は、鋼板のS含有量が高かった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号117は、鋼板のAl含有量が高かった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
処理番号118は、鋼板のB含有量が高かった。その結果、脆性延性遷移温度が高かった。
他の条件については、本発明の範囲内の組織となり、引張強度、降伏比、dσ/dε(YP+100MPa)、dσ/dε(0.9TS)、脆性延性遷移温度が良好となり、本発明の範囲内となった。
【産業上の利用可能性】
【0135】
前述したように、本発明によれば、降伏比が低く、かつ降伏後の加工硬化量が高く、高歪域での加工硬化量が低く、さらに、靱性に優れた鋼板となる。
よって、本発明は、鋼板製造産業、自動車製造産業、及び、その他の機械製造産業において利用可能性が高い。