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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】熱間圧延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230301BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230301BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20230301BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D9/46 T
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021530551
(86)(22)【出願日】2020-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2020023339
(87)【国際公開番号】W WO2021005971
(87)【国際公開日】2021-01-14
【審査請求日】2021-12-03
(31)【優先権主張番号】P 2019128611
(32)【優先日】2019-07-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】榊原 睦海
(72)【発明者】
【氏名】榊原 章文
(72)【発明者】
【氏名】安里 哲
(72)【発明者】
【氏名】山本 晃大
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/183133(WO,A1)
【文献】特開2017-082251(JP,A)
【文献】特開2016-166388(JP,A)
【文献】特開2011-089166(JP,A)
【文献】特開2007-138260(JP,A)
【文献】特開2007-237194(JP,A)
【文献】特開平08-193241(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されたスケールと、
からなる熱間圧延鋼板であって、
前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、
C:0.010~0.200%、
Si:0~0.30%、
Mn:0.10~3.00%、
Al:0.010~3.000%、
P:0.100%以下、
S:0.030%以下、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cu:0~0.10%、
Cr:0~0.10%、
Ni:0~0.10%、
Ti:0~0.30%、
Nb:0~0.300%、
Mg:0~0.0100%、
Ca:0~0.0100%、
REM:0~0.1000%、
B:0~0.0100%、
Mo:0~1.00%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
残部:Feおよび不純物であり、
前記母材鋼板のCu含有量、Cr含有量およびNi含有量の合計が、質量%で、0.10%以下であり、
前記スケールが、前記母材鋼板側から順に、ウスタイト、マグネタイト、及びヘマタイトからなる層構造、または前記ウスタイト及び前記マグネタイトからなる層構造を有し、
前記スケールの厚さをs、前記ヘマタイトの厚さをh、前記マグネタイトの厚さをmとしたとき、前記s、前記h、前記mが以下の式(1)及び式(2)を満足する
ことを特徴とする熱間圧延鋼板。
(h+m)/s<0.20 式(1)
h≦m/4 式(2)
【請求項2】
前記スケールの前記厚さが35.0μm以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の熱間圧延鋼板。
【請求項3】
前記スケールの前記厚さが30.0μm以下である
ことを特徴とする請求項2に記載の熱間圧延鋼板。
【請求項4】
前記熱間圧延鋼板の厚さが1.0~6.0mmである
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の熱間圧延鋼板。
【請求項5】
前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~0.30%、
Nb:0.010~0.300%、
Mg:0.0003~0.0100%、
Ca:0.0003~0.0100%、
REM:0.0003~0.1000%、
B:0.0005~0.0100%、
Mo:0.005~1.00%、
V:0.005~0.50%、及び
W:0.005~0.50%、
からなる群から選択される1種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の熱間圧延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延鋼板に関する。
本願は、2019年07月10日に、日本に出願された特願2019-128611号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
熱間圧延によって製造されるいわゆる熱間圧延鋼板は、比較的安価な構造材料として、自動車や産業機器の構造部材用の素材として広く使用されている。熱間圧延鋼板は、熱間圧延時に酸化雰囲気を通過するので、鋼板表面にスケール(鉄酸化物)が不可避的に生成する。このスケールは、熱間圧延時やコイル巻き取り時、もしくはその後の精整工程において、各種ロールを通過する際に鋼板の地鉄から剥離する場合がある。このように熱間圧延鋼板の製造工程でスケールの剥離が生じたり、熱間圧延鋼板の製造後の時点ではスケールが剥離していなくても、各種自動車部品や建築部品への加工時にスケールが剥離したりすると、美観性の劣化だけでなく、製品としての使用環境における耐食性劣化にもつながる可能性があり、好ましくない。また、精整工程で部分的にスケール剥離が生じてしまうと、熱間圧延鋼板がロールを通過する際に、熱間圧延鋼板表面に残存したスケールが鋼板表面に押し込まれることで、酸洗した後にも凹凸模様として残存する場合がある。この場合、美観性もさることながら、表面凹凸によって疲労特性の悪化などが引き起こされることもある。このような理由から、熱間圧延鋼板は、スケールと地鉄との密着性に優れたものであることが求められる。
【0003】
地鉄とスケールとの密着性は、スケールを薄くすることで良好となることが知られている。これは、熱間圧延鋼板のコイル巻き取り時、精整工程での巻き戻し時、もしくは加工時にスケール表層にかかる歪が小さくなり、クラックの発生が抑制されるためと考えられている。また、地鉄とスケールとの密着性は、ウスタイト(FeO)と地鉄との界面にマグネタイト(Fe4)を生成させた場合に良好となることが知られている。この理由は明確ではないが、地鉄とウスタイトとの界面から生成したマグネタイト層は、地鉄との整合性が良好であるためと推定されている。また、Cu、NiやSiなど地鉄との界面に粒界酸化しやすい元素を含有させることで、アンカー効果により地鉄とスケールとの密着性が向上することが知られている。
【0004】
従来、これらの知見に基づいた熱間圧延鋼板及びその製造方法が提案されている。例えば特許文献1には、仕上げ圧延後の冷却速度および巻き取り温度を制御することで、スケール厚さを20μm以下、かつ地鉄とマグネタイトとが接触する界面の、圧延方向の長さの割合を80%以上としてスケール密着性を高める方法が開示されている。また、特許文献2には巻き取り温度を600℃以下としてスケール中のマグネタイトを80%以上とすることに加え、Cu、Niの添加によりアンカー効果を得ることで、スケール密着性を高める方法が開示されている。また、特許文献3には、仕上げ圧延工程において、各圧延スタンド間で冷却水もしくは窒素ガスを噴射し、鋼板表面の酸素濃度を制御することで、スケールの成長を抑制し、スケールふくれのない表面性状に優れた熱間圧延鋼板を製造する技術が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1および2の開示技術は、仕上げ圧延後の冷却速度および巻き取り温度の制御によりスケール密着性を高める手法であり、このような手法を採用する場合、鋼板の組織制御に制限が生じてしまう。また、巻き取り温度を300℃以下とする場合のスケール密着性向上の手法については示されていない。
また特許文献2のようにスケール密着性を高める元素であるCu又はNi等の合金の添加によってスケール密着性を高めることは、コスト増大につながる。
【0006】
特許文献3は仕上げ圧延時の酸素濃度の制御により表面性状の向上を図る技術である。しかしながら、本発明者らの知見によれば、特許文献3の技術では、熱間圧延鋼板の製造後の時点ではスケールが剥離していなくても、各種部品への加工時にスケール密着性が十分でなく、スケール剥離が起こる場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特許第5799913号公報
【文献】日本国特開2000-87185公報
【文献】日本国特許第4987786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の検討に鑑み、表面性状(外観)に優れ、かつスケール密着性に優れた、熱間圧延鋼板を提供することを課題とする。特に、スケール密着性を高める元素であるCu、CrおよびNiの含有量を出来るだけ少なくした熱間圧延鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、スケールを構成する層の構成に着目し、スケール密着性について鋭意調査を行った。その結果、アンカー効果を示す合金を添加しない場合であっても、母材鋼板側から順に、ウスタイト、マグネタイト、及び任意のヘマタイトからなる層構造(すなわち、母材鋼板側から順に、ウスタイト、マグネタイト、及びヘマタイトからなる層構造、または前記ウスタイト及び前記マグネタイトからなる層構造)を有し、スケールの表層の脆性層であるヘマタイト、及びマグネタイトの厚さが、スケールの厚さ全体に対して一定の割合を下回るとスケール密着性が上昇することを明らかにした。
【0010】
また、本発明者らは、上記のスケール層構造を得るために、熱間圧延から巻き取りまでの条件を制御することが有効であることも見出した。特に熱間圧延でのスケール層構造に含まれるヘマタイト、マグネタイトおよびウスタイトの厚さ割合は熱間圧延時のスケール成長速度と酸素濃度とによって大きな影響を受け、ヘマタイト、及びマグネタイトの厚さの割合を小さくするには、熱間圧延中に鋼板表面に所定の条件で水膜を張り、鋼板表面を水膜で覆うことが重要であることを明らかにした。
【0011】
本発明は、上記の知見に鑑みてなされた。本発明の要旨は以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る熱間圧延鋼板は、母材鋼板と、前記母材鋼板の表面に形成されたスケールと、からなる熱間圧延鋼板であって、前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、C:0.010~0.200%、Si:0~0.30%、Mn:0.10~3.00%、Al:0.010~3.000%、P:0.100%以下、S:0.030%以下、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Cu:0~0.10%、Cr:0~0.10%、Ni:0~0.10%、Ti:0~0.30%、Nb:0~0.300%、Mg:0~0.0100%、Ca:0~0.0100%、REM:0~0.1000%、B:0~0.0100%、Mo:0~1.00%、V:0~0.50%、W:0~0.50%、残部:Feおよび不純物であり、前記母材鋼板のCu含有量、Cr含有量およびNi含有量の合計が、質量%で、0.10%以下であり、前記スケールが、前記母材鋼板側から順に、ウスタイト、マグネタイト、及びヘマタイトからなる層構造、または前記ウスタイト及び前記マグネタイトからなる層構造を有し、前記スケールの厚さをs、前記ヘマタイトの厚さをh、前記マグネタイトの厚さをmとしたとき、前記s、前記h、前記mが以下の式(1)及び式(2)を満足する。
(h+m)/s<0.20 式(1)
h≦m/4 式(2)
[2]上記[1]に記載の熱間圧延鋼板は、前記スケールの前記厚さが35.0μm以下であってもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載の熱間圧延鋼板は、前記スケールの前記厚さが30.0μm以下であってもよい。
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の熱間圧延鋼板は、前記熱間圧延鋼板の厚さが1.0~6.0mmであってもよい。
[5]上記[1]~[4]のいずれかに記載の熱間圧延鋼板は、前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、Ti:0.01~0.30%、Nb:0.010~0.300%、Mg:0.0003~0.0100%、Ca:0.0003~0.0100%、REM:0.0003~0.1000%、B:0.0005~0.0100%、Mo:0.005~1.00%、V:0.005~0.50%、及びW:0.005~0.50%、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様によれば、表面性状に優れ、かつスケール密着性に優れた熱間圧延鋼板を提供できる。本発明の上記態様に係る熱間圧延鋼板は、スケール密着性に優れることで、熱間圧延時やコイル巻き取り時または精整工程でのスケール剥離が抑制されるので、熱間圧延鋼板としての表面性状(表面外観)に優れる。また、この熱間圧延鋼板は、スケール密着性に優れることで熱間圧延鋼板を部品等に加工する際のスケールの剥離も抑制できるので、加工後の外観にも優れることになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】本実施形態に係る鋼板の断面の一例の模式図である。
図1B】本実施形態に係る鋼板の断面の一例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の一実施形態に係る熱間圧延鋼板(本実施形態に係る鋼板)について詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、下記する「~」を挟む数値限定範囲には、両端の値が下限値及び上限値としてその範囲に含まれる。ただし、「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。各元素の含有量に関する「%」は、「質量%」を意味する。
【0015】
図1A及び図1Bに示すように、本実施形態に係る鋼板1は、
所定の化学組成を有する母材鋼板10と、前記母材鋼板の表面に形成されたスケール20と、からなり、
前記スケール20が、前記母材鋼板側から順に、ウスタイト21、マグネタイト22、及びヘマタイト23からなる層構造、または前記ウスタイト21及び前記マグネタイト22からなる層構造を有し、
前記スケール20の厚さをs、前記ヘマタイト23の厚さをh、前記マグネタイト22の厚さをmとしたとき、s、h、mが以下の式(1)及び式(2)を満足する。
(h+m)/s<0.20 式(1)
h≦m/4 式(2)
【0016】
1.母材鋼板
<化学組成>
以下、本実施形態に係る鋼板(熱間圧延鋼板)1の、母材鋼板10の化学組成について詳細に説明する。本実施形態に係る鋼板1の母材鋼板10は、化学成分として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0017】
本実施形態に係る鋼板の母材鋼板の化学成分のうち、C、Si、Mn、Alが基本元素(主要な合金元素)である。
【0018】
(C:0.010~0.200%)
Cは鋼板の強度確保のために必要な元素である。C含有量が0.010%未満では上記効果を十分に得られない。そのため、C含有量を0.010%以上とする。好ましくは0.020%以上である。
一方、C含有量が0.200%超になると、溶接性が悪くなる。そのため、C含有量を0.200%以下とする。
【0019】
(Si:0~0.30%)
Siは脱酸元素である。また、Siはタイガーストライプ状のSiスケール模様を鋼板表面に顕著に発生させ、著しく表面性状を劣化させる。そのため、精整ラインでのスケール除去工程(酸洗等)の生産性を極端に低下させる元素である。Si含有量が0.30%超であると、著しく表面性状が劣化し、酸洗工程の生産性が極端に悪化する。そのため、Si含有量を0.30%以下とする。Siを含有しなくても、本実施形態に係る鋼板が目的とする効果は得られる。そのため、Si含有量の下限を特に定めるものではなく、Si含有量は0%でもよい。しかしながら、Si含有量を、0.001%未満とすることは製鋼コストの増加を招くため好ましくない。そのため、Si含有量を0.001%以上としてもよい。また、Si含有量を0.01%以上としてもよい。
【0020】
(Mn:0.10~3.00%)
Mnは、鋼板の強度の上昇に寄与する元素である。鋼板強度の確保のため、Mn含有量を0.10%以上とする。
一方、Mnを多量に含有すると、靭性が劣化する。また、同時に製鋼コストの増加も招く。そのため、Mn含有量を3.00%以下とする。
【0021】
(Al:0.010~3.000%)
Alは、鋼を脱酸して鋼板を健全化する作用を有する元素である。Al含有量が、0.010%未満では、十分に脱酸できない。そのため、Al含有量は、0.010%以上とする。
一方、Al含有量が3.000%超では、溶接性の低下が著しくなるとともに、酸化物系介在物が増加して表面性状の劣化が著しくなる。そのため、Al含有量は3.000%以下とする。好ましくは1.500%以下であり、より好ましくは1.000%以下であり、さらに好ましくは0.750%以下であり、最も好ましくは0.080%以下である。
【0022】
本実施形態に係る鋼板は、化学組成の残部として、Feおよび不純物を含有する。「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入するものを指す。例えば、P、S、N、O等が例示される。不純物のうち、P、S、N、Oについては、本実施形態の効果を十分に発揮させるために、以下のように制限することが好ましい。また、不純物の含有量は少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、これらの不純物の下限値は0%でもよい。
【0023】
(P:0.100%以下)
Pは、一般には鋼に含有される不純物である。Pは、溶銑に含まれている不純物であり、粒界に偏析し、含有量の増加に伴い加工性、溶接性、低温靭性を低下させる元素である。このため、P含有量は少ないほど好ましい。P含有量が0.100%超となると加工性、溶接性、低温靭性への悪影響が大きくなる。そのため、P含有量を0.100%以下とする。特に、溶接性を考慮すると、P含有量は0.030%以下であることが好ましい。脱燐コストの観点から、P含有量は0.001%以上としてもよい。
【0024】
(S:0.030%以下)
Sは、鋼に含有される不純物であり、鋼の溶接性や低温靭性を低下させる元素である。そのため、S含有量は少ないほど好ましい。S含有量が0.030%超では溶接性の低下が著しくなると共に、MnSの析出量が増加し、低温靭性が大きく低下する。そのため、S含有量を0.030%以下に制限する。S含有量は好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.010%以下、さらに好ましくは0.005%以下に制限する。脱硫コストの観点から、S含有量は、0.001%以上としてもよい。
【0025】
(N:0.0100%以下)
Nは、鋼に含有される不純物であり、溶接性の観点からはその含有量が少ないほど好ましい。N含有量が0.0100%超では溶接性の低下が著しくなる、そのため、N含有量は0.0100%以下に制限する。好ましくは0.0050%以下に制限する。N含有量を0.0001%未満に低減することは容易ではないので、N含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0026】
(O:0.0100%以下)
Oは、鋼に含有される不純物であり、鋼の内部に酸化物を形成し、成形性を劣化させる元素である。そのため、その含有量は少ないほど好ましい。O含有量が0.0100%超では成形性の低下が著しくなる。そのため、O含有量は0.0100%以下に制限する。好ましくは0.0050%以下に制限する。O含有量を0.0001%未満に低減することは容易ではなく、O含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0027】
本実施形態に係る鋼板は、上記で説明した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、Cu、Cr、Ni、Ti、Nb、B、V、Mo、Ca、Mg、REM、Wの1種以上を含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を制限する必要がなく、0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
【0028】
(Cu:0~0.10%)
(Cr:0~0.10%)
(Ni:0~0.10%)
(Cu+Cr+Ni:0~0.10%)
Cu、Cr、Niは、いずれも固溶強化元素として、鋼の強度を安定して確保するために有効な元素であり、且つ、スケールの密着性を向上させる元素である。そのため、これらの元素を含有させてもよい。しかしながら、本実施形態に係る鋼板では、これらの元素によるスケール密着性向上効果を必須とせず、スケールを構成する層の構成の制御によって表面性状及びスケール密着性の向上を図っている。そのため、本実施形態に係る鋼板では、Cu、Cr及びNiの含有を必須としない。これらの元素は、高価な元素であるため、本実施形態に係る鋼板においては、これらの元素の含有量はそれぞれ0.10%以下とする。必要に応じて、Cu含有量を0.08%以下、0.06%以下、0.04%以下又は0.02%以下としてもよい。Cr含有量の0.08%以下、0.06%以下、0.04%以下又は0.02%以下としてもよい。Ni含有量を0.08%以下、0.06%以下、0.04%以下又は0.02%以下としてもよい。
特に、Cu含有量、Cr含有量およびNi含有量の合計を、0.10%以下とする。Cu含有量、Cr含有量およびNi含有量の合計を0.08%以下、0.06%以下、0.04%以下又は0.02%以下としてもよい。
【0029】
(Ti:0~0.30%)
Tiは、鋼中に炭窒化物として析出して強度を高める元素である。また、Tiは、鋼のミクロ組織を細粒化することによって、強度と靭性、溶接時における溶接熱影響部の靭性のそれぞれを向上させる元素である。そのため、含有させてもよい。Ti含有量が0.01%未満では上記効果を十分に得ることができない。したがって、必要に応じてTiを含有させる場合、Ti含有量は0.01%以上にすることが好ましい。より好ましくは0.10%以上である。
一方、Ti含有量が0.30%を超えても上記効果は飽和する上、経済性が低下する。そのため、含有させる場合でも、Ti含有量は0.30%以下とする。
【0030】
(Nb:0~0.300%)
Nbは、Tiと同様に、鋼中に炭窒化物として析出して強度を高めるとともに、鋼のミクロ組織を細粒化することによって、強度と靭性、溶接時における溶接熱影響部の靭性のそれぞれを向上させる元素である。そのため、含有させてもよい。Nb含有量が0.010%未満では上記効果を十分に得ることができない。したがって、必要に応じてNbを含有させる場合、Nb含有量は0.010%以上にすることが好ましい。
一方、Nb含有量が0.300%を超えても上記効果は飽和する上、経済性が低下する。そのため、含有させる場合でも、Nb含有量を0.300%以下とする。
【0031】
(B:0~0.0100%)
Bは粒界に偏析して、粒界強度を向上させることで、打ち抜き時の打ち抜き断面の荒れを抑制することができる元素である。したがって、Bを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、B含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、B含有量が0.0100%を超えても、上記効果は飽和して、経済的に不利になる。そのため、含有させる場合でも、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0050%以下、より好ましくは0.0030%以下である。
【0032】
(V:0~0.50%)
(W:0~0.50%)
(Mo:0~1.00%)
V、W、Moは、いずれも鋼の強度を安定して確保するために有効な元素である。したがって、これらの元素を含有させてもよい。上記作用による効果をより確実に得るには、V:0.005%以上、W:0.005%以上、およびMo:0.005%以上のうち、少なくとも1種を含有していることが好ましい。V:0.01%以上、W:0.01%以上、およびMo:0.01%以上のうち、少なくとも1種以上を含有していることがより好ましい。
一方、Vを0.50%超、Wを0.50%超、および/またはMoを1.00%超含有させても、上記作用による効果は飽和する上、経済的に不利となる。したがって、含有させる場合でも、V含有量は0.50%以下、W含有量は0.50%以下、Mo含有量は1.00%以下とすることが好ましい。
【0033】
(Ca:0~0.0100%)
(Mg:0~0.0100%)
(REM:0~0.1000%)
Ca、Mg、REMは、いずれも介在物制御に有効な元素である。特に介在物の微細分散化に寄与し、靭性を高める効果を有する元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。上記効果をより確実に得るには、これらの元素の少なくとも一つの含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.0010%以上である。
一方、CaおよびMgは0.0100%、REMは0.1000%を超えて含有させると、表面性状の劣化が顕在化する場合がある。したがって、含有させる場合でも、それぞれ、Ca含有量およびMg含有量は0.0100%以下、REM含有量は0.1000%以下とすることが好ましい。ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指す。上記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0034】
上記した化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0035】
<ミクロ組織>
本実施形態に係る鋼板の母材鋼板は、鋼組織(ミクロ組織)を限定することなく効果が得られる。鋼組織の構成相として、フェライト、パーライト、ベイナイト、フレッシュマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト、パーライト、残留オーステナイトなどのいずれの相を有していても良く、組織中に炭窒化物等の化合物を含有しても構わない。
例えば、面積率で、80%以下のフェライトや、0~100%のベイナイトまたはマルテンサイトを含み、その他の組織として残留オーステナイト:25%以下、パーライト:5%以下を含むことができる。
【0036】
2.スケール
<鋼板側から順に、ウスタイト、マグネタイト、及びヘマタイトからなる層構造、または、ウスタイト及びマグネタイトからなる層構造を有する>
<スケールの厚さをs、ヘマタイトの厚さをh、マグネタイトの厚さをmとしたとき、s、h、mが“(h+m)/s<0.20”及び“h≦m/4”を満足する>
本発明者らは、スケールを構成する層の構成に着目し、スケール密着性について鋭意調査を行った。その結果、アンカー効果を示す合金を含有させない場合であっても、母材鋼板側から順に、ウスタイト、マグネタイト、及び任意のヘマタイトからなる層構造(すなわち、ウスタイト、マグネタイト、及びヘマタイトからなる層構造、または、ウスタイト及びマグネタイトからなる層構造)を有し、スケールの表層側の、脆性層であるヘマタイト及びマグネタイトの厚さが、スケールの厚さ全体に対して一定の割合を下回るとスケール密着性が上昇することを明らかにした。このメカニズムは以下のように推定される。
まずスケールの剥離は以下の2つの段階で生じる。
(1)熱間圧延鋼板のコイル巻き取り時、精整工程での巻き戻し時、もしくは加工時にスケール表層にかかる歪によって表層にクラックが発生し、それがスケール厚さ方向に進展し、スケールと地鉄(母材鋼板)との界面に到達する。
(2)スケールと地鉄との界面にクラックが進展することで、スケールが剥離する。
そのため、スケールの表層の脆性層であるヘマタイト、もしくはマグネタイトを減少させると、段階(1)の表層クラックの発生が防止され、スケール剥離が抑制される。
従来、スケール密着性を高める場合、鋼板側にはマグネタイトを生成させることが検討されていた。しかしながら、鋼板の特性を向上させるために製造方法を調整する場合、鋼板側にマグネタイトを生成させることが難しいことがある。本実施形態に係る鋼板では、鋼板側にウスタイトが生成する場合であっても、スケール密着性が向上する。
【0037】
また、本実施形態に係る鋼板では、鋼板表層のスケールの厚さ、およびスケール層構造に含まれるヘマタイトおよびマグネタイトの厚さを制御する。
本発明者らが鋭意検討した結果、(h+m)/s<0.20である場合にはスケール密着性が良好となり、優れた表面性状を有することを見出した。好ましくは、(h+m)/s<0.15、さらに好ましくは(h+m)/s<0.10である。(h+m)/sが0.20以上になると、脆性層であるヘマタイト、もしくはマグネタイトが熱間圧延時、精整工程等で剥離して鋼板の表面性状が劣化したり、加工によってスケールが剥離しやすくなったりする。
スケール厚さsは、35.0μm以下又であることが好ましく、30.0μm以下であることがより好ましい。スケール厚さsが35.0μmより大きいと、加工時にスケール表層にかかる歪が大きくなり、加工によってスケールが剥離しやすくなる。スケール厚さsは小さい方が好ましく、25.0μm以下、21.0μm以下、18.0μm以下又は16.0μm以下としてもよい。スケール厚さsの下限を定める必要はないが、スケール厚さsの下限を1.0μm、3.0μm又は5.0μmとしてもよい。
ヘマタイトは鋼板の最表層かつスケールを構成する組成の中で最も脆性である。そのため、h≦m/4とする。ただし、ヘマタイトは薄い相であり、観察されない場合もある。そのため、h=0でも構わない。ヘマタイトが観察されない場合には、マグネタイトが最表層となる。スケール密着性向上のためには、マグネタイトが存在した方が好ましく、マグネタイトの厚さmは0.1μm以上とすることが好ましい。必要に応じて、マグネタイトの厚さmを0.5μm以上、0.8μm以上又は1.0μm以上としてもよい。
【0038】
スケールの厚さs、ヘマタイトの厚さh、マグネタイトの厚さmの求め方は下記の通りである。
スケールの厚さsは、板幅方向を法線に持つ断面(以下、L断面と称する。)が観察できるように、熱間圧延鋼板から試料を採取し、試料を樹脂埋めした後、例えば倍率を1000倍として光学顕微鏡で撮影し、得られた光学顕微鏡像を観察することによって測定する。光学顕微鏡像は3視野以上(ただし、視野毎に1箇所のスケールの厚さsを測定する。)観察して、得られた各視野の測定結果について算術平均し、これをスケール厚さとする。
スケールの組成は、X線回折により測定する。スケールの断面構造は、X線回折による組成の特定結果と、L断面の走査型電子顕微鏡像とにより決定する。スケールとしては、通常、ウスタイト(FeO)、マグネタイト(Fe)、ヘマタイト(Fe)が存在している。これらのうちヘマタイトは、一般的にスケールの最表層に薄く生成するが、走査型電子顕微鏡像を観察することにより他のスケールと見分けることが十分に可能である。また、ウスタイトとマグネタイトとは、走査型電子顕微鏡像においてコントラストの違いにより見分けることが可能である。このため、走査型電子顕微鏡像において各スケールの分布領域を見分けたうえで、X線回折により各スケールの組成を特定することによって、L断面においてウスタイト、マグネタイト、ヘマタイトそれぞれがどのように分布しているか決定することができる。マグネタイトおよびヘマタイトの厚さは、以上のようにして分布を確認した走査型電子顕微鏡像を3視野以上(ただし、視野毎に1箇所で、ヘマタイトの厚さhおよびマグネタイトの厚さmを測定する。)観察して得られた各視野の測定結果について算術平均して得る。ただし、ヘマタイトは薄すぎて、X線回折により存在は確認されても、走査型電子顕微鏡像では観察されない場合がある。その際はヘマタイトの厚さは0(μm)とする。
【0039】
本実施形態に係る鋼板の板厚は、限定されないが、自動車の部材への適用を想定した場合、1.2~6.0mmが好ましい。
【0040】
3.製造方法
次に、本実施形態に係る鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0041】
本発明者らは、上記のスケール層構造を得るために、熱間圧延から巻き取りまでの条件を制御することが有効であることを見出した。また、本発明者らは、熱間圧延でのスケール層構造に含まれるヘマタイト、マグネタイトおよびウスタイトの厚さ割合は熱間圧延時のスケール成長速度と酸素濃度とによって変化し、仕上げ圧延温度、最終段の圧下率、熱間圧延後の冷却や巻き取りの条件の制御とともに、熱間圧延中に鋼板表面に所定の条件で水膜を張ることで、好ましいスケール層構造を達成できることを明らかにした。
具体的には、本実施形態に係る鋼板は、以下の工程を含む製造方法によって製造できることが分かった。
(I)化学組成が、質量%で、C:0.010~0.200%、Si:0~0.30%、Mn:0.10~3.00%、Al:0.010~3.000%、P:0.100%以下、S:0.030%以下、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Cu:0~0.10%、Cr:0~0.10%、Ni:0~0.10%、Ti:0~0.30%、Nb:0~0.300%、Mg:0~0.0100%、Ca:0~0.0100%、REM:0~0.1000%、B:0~0.0100%、Mo:0~1.00%、V:0~0.50%、W:0~0.50%を含み、Cu含有量、Cr含有量およびNi含有量の合計が、0.10%以下であり、残部がFeおよび不純物であるスラブを、加熱する加熱工程、
(II)加熱された前記スラブを、仕上げ圧延温度が850℃以上、かつ、仕上げ圧延の最終段(最終スタンド)の圧下率が5.0%以下となるように熱間圧延して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程、
(III)前記熱間圧延鋼板を、仕上げ圧延終了後、10.0℃/s以上の平均冷却速度で300℃以下の温度域まで冷却し、前記温度域で巻き取る巻き取り工程。
ただし、熱間圧延工程は、粗圧延と、仕上げ圧延とを、含み、前記仕上げ圧延では、複数のスタンドと、前記複数のスタンド間に設けられ熱間圧延鋼板に向けて水を吹き付けるスタンド間スプレーと、を含む仕上げ圧延装置を用いて、以下の式(3)および(5)を満たすように、熱間圧延鋼板に前記水を吹き付ける。
K’≧96・・・(3)
ここで、上記式(3)におけるK’は下記式(4)で表される。
K’=Σ((FT-850)×S)・・・(4)
FTは、単位℃での、仕上げ圧延装置の複数のスタンドのうちn段目における熱間圧延鋼板の温度であり、Sは、単位m/minでの、仕上げ圧延装置のn-1段目とn段目との間において、スタンド間スプレーを用いて水を鋼板に吹き付けるときの時間当たりの吹き付け量である。本実施形態では、スタンドの最大圧延幅(圧延可能な熱間圧延鋼板の板幅の最大値に相当する。)は1.5~2.0mを想定している。
F>1-{(1/n×ΣFT)-850}/250・・・(5)
ここで上記式(5)におけるFは仕上げ圧延の開始から完了まで間で、鋼板がロールと接している時間を除いた総時間のうち、鋼板の表面が水膜で覆われている時間の比率を示す。
【0042】
以下、各工程について説明する。
加熱工程に先行する製造工程は特に限定するものではない。すなわち、高炉や電炉等による溶製に引き続き、各種の二次製錬を行い、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造、または薄スラブ鋳造などの方法で鋳造してスラブを準備すればよい。原料にはスクラップを使用しても構わない。
【0043】
<加熱工程>
鋳造したスラブに、加熱を行う。この加熱工程では、スラブを1100℃以上1300℃以下の温度に加熱後、30分以上保持することが好ましい。加熱温度が1100℃未満では、続く熱間圧延工程において仕上げ圧延を850℃以上にできない場合があり、好ましくない。スラブにTiやNbが含有されている場合には、1200℃以上1300℃以下の温度に加熱後、30分以上保持することが好ましい。加熱温度が1200℃未満では、析出物元素であるTiやNbが十分に溶解しない。この場合、後の熱間圧延時に十分な析出強化が得られない上、TiやNbが粗大な炭化物として残存することで、成形性が劣化する場合があるので好ましくない。したがって、Ti、Nbが含まれている場合には、スラブの加熱温度は1200℃以上とすることが好ましい。
一方、加熱温度が1300℃超では、スケール生成量が増大し、歩留りが低下する。そのため、加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。また、過度のスケールロスを抑制するために保持時間を10時間以下とすることが好ましく、5時間以下とすることがより好ましい。
連続鋳造の場合には、鋳造スラブを一度低温まで冷却したのち、再度加熱してから熱間圧延してもよいが、鋳造スラブが上記の温度範囲にある場合には、低温まで冷却せずに、鋳造後にそのまま熱間圧延してもよい。
【0044】
<熱間圧延工程>
熱間圧延は、粗圧延と、粗圧延と仕上げ圧延との間のデスケーリングと、仕上げ圧延とを含む。また、仕上げ圧延では、複数のスタンド間に設けられたスタンド間スプレーの少なくとも1つによって熱間圧延鋼板に水を吹き付ける。
【0045】
加熱されたスラブには、まず粗圧延を行って、粗圧延板とする。
粗圧延は、スラブを所望の寸法形状にすればよく、その条件は特に限定されない。粗圧延板の厚さは、仕上げ圧延工程における、圧延開始時から圧延終了時までの熱間圧延鋼板先端から尾端までの温度低下量に影響を及ぼすので、これを考慮して決定することが好ましい。
【0046】
得られた粗圧延板に、必要に応じてデスケーリングを行った後、仕上げ圧延を施す。この仕上げ圧延では、複数のスタンドと、複数のスタンド間に設けられたスタンド間スプレーとを含む仕上げ圧延装置を用いて、多段仕上げ圧延を行う。本実施形態では、下記式(3)および(5)を満たす条件にて1200℃~850℃の温度域で仕上げ圧延を行う。
仕上げ圧延温度が850℃未満であると、所定の層構造にならない場合がある。
K’≧96・・・(3)
上記式(3)におけるK’は、下記式(4)で表される。
K’=Σ((FT-850)×S)・・・(4)
ここで、FTは仕上げ圧延のn段目における鋼板温度(℃)、Sは仕上げ圧延のn-1段目とn段目の間に水をスプレー状に鋼板に吹き付けるときの時間当たりの吹き付け量(m/min)である。(Sは鋼板が仕上げ圧延の1段目のスタンドに入る直前での吹き付け量である)
K’は、スケール成長に関する製造条件のパラメータである。K’はマグネタイトおよびヘマタイトの生成抑制効果を示すものであり、より高い温度で、より多量の水を鋼板に吹き付けるとK’はより大きくなる。K’がより大きくなると、ヘマタイトおよびマグネタイトがより生成しにくくなる。
ヘマタイトおよびマグネタイト生成のメカニズムから考えると、スケール成長抑制を示す製造条件の本来のパラメータは「温度に関するパラメータ」と「水の吹付量に関するパラメータ」との積を、仕上げ圧延を行う温度範囲で積分したものになると考えられる。これは、より高温でより多くの水を吹きつけることでヘマタイトおよびマグネタイトの生成を抑制するという考え方による。
【0047】
本発明者らは、製造条件を制御する上でより簡易なパラメータとするため、上記の本来のパラメータを各ロール間で分割したものを総和することに相当するパラメータK'(式(4))を用いることを検討し、パラメータK'を用いることで、スケール成長の制御が可能なことを見出した。
パラメータK'は仕上げ圧延機のスタンド数やロール間距離、通板速度によっては、上記の本来のパラメータとかい離してくることが考えられる。しかしながら、本発明者らは、仕上げ圧延スタンド数が5~8台、ロール間距離が4500mm~7000mm、通板速度(最終段通過後の速度)が400~900mpmの範囲であれば、上記のパラメータK'を用いてスケール成長の制御が可能なことを確認している。
【0048】
F>1-{(1/n×ΣFT)-850}/250・・・(5)
Fは仕上げ圧延の開始から完了までの時間(x秒)のうち、鋼板がロールと接している時間(y秒)を除いた総時間(x-y秒)のうち、鋼板の表面が水膜で覆われている時間(z秒)の比率を示す。つまり、F=z/(x-y)で示される。
仕上げ圧延中に鋼板表面が大気に触れるとヘマタイトおよびマグネタイトの成長が促進されるが、鋼板表面が水膜で覆われることでヘマタイトおよびマグネタイトの成長を抑制することができる。そのため、鋼板表面が水膜で覆われる時間は長いほど好ましい。圧延温度が低いほど水膜で覆われる時間は長く必要である。このことは圧延温度が低いとFeのスケール中への拡散が抑制されるので、鋼板表面に酸素が十分にあればヘマタイトおよびマグネタイトが相対的に成長するためと推定される。
【0049】
鋼板の表面が水膜で覆われている時間の比率は、スタンド間での鋼板の表面をカメラ等で観察して、求めることができる。
また、Fの値は少なくとも鋼板の上面側で管理すればよい。その理由として、本実施形態に係る鋼板が主に適用される自動車のホイールやロアアーム等では、圧延の上面側がプレス後の製品の表になる場合が一般的であり、圧延の上面側のスケール密着性向上が特に求められるためである。また、通常、冷却では鋼板の上面側と下面側との冷却条件が同等になるように冷却される。そのため、上面側の冷却が上記を満足することで、少なくとも上面側が上述した好ましいスケール層構造となり、下面側も好ましいスケール層構造となることが多いからである。
【0050】
鋼板表面を水膜で覆う方法としては、ロール間で水をスプレー状に吹き付ける方法などが挙げられる。また、鋼板表面が水膜で覆われる時間の制御は、予め、想定される鋼板のサイズや通板速度に対し、吹き付ける位置、水量によって鋼板表面が水膜に覆われる時間がどのようになるかを調査し、その結果から決定した条件で冷却することで行うことができる。
【0051】
通常の仕上げ圧延の最終段の圧下率は10.0%以上となるが、本実施形態に係る鋼板の製造方法では、最終段を軽圧下とすることが好ましい。具体的には、仕上げ圧延の最終段の圧下率は5.0%以下が好ましい。最終段での圧下率が5.0%超ではヘマタイトおよびマグネタイト厚が大きくなったり、外観が劣化したりする。これは圧延による表層スケールの破砕によって、その後の酸化が進みやすくなるためと推定される。
【0052】
<巻き取り工程>
仕上げ圧延後の熱間圧延鋼板に、冷却および巻き取りを施す。仕上げ圧延終了後、得られた熱間圧延鋼板の冷却を開始し、10.0℃/s以上の平均冷却速度で300℃以下の温度域まで冷却し、その温度域で巻き取る。
本実施形態に係る鋼板では、ベース組織の制御ではなく、スケールの密着性の向上を通じて表面性状を制御する。そのため、冷却工程の条件は仕上げ圧延終了後、平均冷却速度10.0℃/s以上で300℃以下の温度域まで冷却すればその他の条件は特に限定されない。平均冷却速度が10.0℃/s未満の場合、ヘマタイトおよびマグネタイトの割合が増加するので好ましくない。冷却速度の上限は限定する必要はないが、製造上の観点から150.0℃/sとしてもよい。
【0053】
巻き取り温度(冷却停止温度)が300℃超である場合、スケールにおけるマグネタイトの割合が増加する、もしくはスケールの層構造が変化するので好ましくない。そのため、巻き取り温度は300℃以下とする。
【0054】
熱間圧延鋼板には、冷却後に必要に応じてスキンパス圧延を施してもよい。スキンパス圧延には、加工成形時に発生するストレッチャーストレインの防止や、形状矯正の効果がある。
【実施例
【0055】
以下に、本発明に係る鋼板を、例を参照しながらより具体的に説明する。ただし、以下に記載する実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、これらの一条件例に制限されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用することができる。
【0056】
表1に示す化学成分の鋼(A~M)を鋳造し、鋳造後、スラブをそのままもしくは一旦室温まで冷却した後に1200℃~1300℃の温度範囲に加熱し、60分の保持を行った。
その後、1100℃以上の温度でスラブを粗圧延して粗圧延板を作製した。
その後、粗圧延板は、以下の3種類のいずれかの仕上げ圧延機を用いて表2に記載の各条件で仕上げ圧延を行った。
圧延機A:スタンド数7台、ロール間距離5500mm、通板速度700mpm
圧延機B:スタンド数6台、ロール間距離5500mm、通板速度600mpm
圧延機C:スタンド数7台、ロール間距離6000mm、通板速度700mpm
仕上げ圧延終了後、表に示す条件で冷却および巻き取りを行い、熱間圧延鋼板(No.1~41)とした。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
[スケール層の観察、測定]
得られた熱間圧延鋼板から、L断面を観察するための試料を採取し、その試料のL断面の光学顕微鏡像からスケールの厚さを測定した。
また、採取した試料については、X線回折によりスケールの組成を測定するとともに、走査型電子顕微鏡によりスケールの断面の観察を行い、スケールの断面構造の特定、ウスタイト、ヘマタイトおよびマグネタイトの厚さ測定を行った。
これらの測定のための詳細な条件は、発明の実施の形態において説明した条件と同様である。結果を表3に示す。
表3中、スケール層構造の、OKは鋼板側から順にウスタイト、マグネタイト、及び任意のヘマタイトからなる層構造を有している場合であり、NGはこのような層構造を有していなかった場合である。
【0060】
また、得られた熱間圧延鋼板に対し、外観の評価およびスケール密着性の評価を行った。
【0061】
[外観評価]
外観評価は熱間圧延後の表面を目視観察し、凹みや剥離、模様などがなく外観が良好なものをOK、凹みや剥離、模様などが入って外観が悪いものをNGとした。
【0062】
[スケール密着性評価]
スケール密着性は90度曲げ試験を行って評価した。
具体的には、熱間圧延鋼板からL方向短冊形状試験片(30mm×200mm×全厚)を採取し、得られた試験片に対して曲げ半径=25mmの条件の下で90度曲げ試験を行い、試験後に得られた試験片の曲げ部内周側、長手方向40mm部でのスケール剥離状況を観察し、その観察結果によって評点1~4として評価を行った。
具体的な評価基準としては、以下の通りとした。
評点1:スケール剥離が一切起こらなかった場合
評点2:スケール剥離自体は起こらないものの表層にシワが形成された場合
評点3:評価試験では軽微なスケール剥離が起こるが実用加工上では剥離は起こらないレベルの場合(スケールの剥離部の面積が10%未満の場合)
評点4:評価試験でスケールの剥離部の面積が10%以上であり、実用上問題となるレベルのスケール剥離が起こる場合
剥離部の面積は対象領域を撮影し、剥離部と定常部とのコントラストから画像処理することで求めた。
結果を表3に示す。
【0063】
【表3】
【0064】
表1~表3に示したように、本発明の条件を満たす実施例(発明例)では、全てのスケール密着性に優れ、かつ表面性状が好適であった。一方、本発明の条件を少なくとも一以上充足しない比較例では、外観、スケール密着性のいずれかまたは両方に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、表面性状に優れ、かつスケール密着性に優れた熱間圧延鋼板を提供できる。本発明の熱間圧延鋼板は、スケール密着性に優れることで、熱間圧延時やコイル巻き取り時または精整工程でのスケール剥離が抑制されるので、熱間圧延鋼板としての表面性状(表面外観)に優れる。また、この熱間圧延鋼板は、スケール密着性に優れることで熱間圧延鋼板を部品等に加工する際のスケールの剥離も抑制できるので、加工後の外観にも優れることになる。
【符号の説明】
【0066】
1 熱間圧延鋼板
10 母材鋼板
20 スケール
21 ウスタイト
22 マグネタイト
23 ヘマタイト
図1A
図1B