(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】低強度ホットスタンプ用鋼板、ホットスタンプ部品およびホットスタンプ部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230301BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20230301BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20230301BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20230301BHJP
C21D 1/18 20060101ALI20230301BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230301BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301W
C22C38/06
C22C38/14
C21D9/00 A
C21D1/18 C
C21D9/46 G
C21D9/46 T
(21)【出願番号】P 2019154727
(22)【出願日】2019-08-27
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】濱本 紗江
(72)【発明者】
【氏名】浅井 達也
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-270029(JP,A)
【文献】国際公開第2018/078844(WO,A1)
【文献】特開2004-058082(JP,A)
【文献】特開平11-104750(JP,A)
【文献】特開2001-001062(JP,A)
【文献】特開2013-127099(JP,A)
【文献】国際公開第2019/069938(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/159158(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/06
C22C 38/14
C21D 9/00
C21D 1/18
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度が500~800MPaのホットスタンプ部品を製造するための低強度ホットスタンプ用鋼板であって、
質量%で、
C:0.005~0.12%、
Si:0.50~2.0%、
Mn:0.50%以下(0%を含まない)、
Al:0.010~1.0%、
P:0.1000%以下(0%を含まない)、
S:0.0100%以下(0%を含まない)、
N:0.0100%以下(0%を含まない)、および
O:0.0100%以下(0%を含まない)、
を満たし、残部が鉄および不可避不純物であり、
下記式(1)で示されるAc
3点(℃)が890℃以上であり、且つ鋼板厚さの1/4の深さにおけるフェライトの面積率が80%以上であることを特徴とする低強度ホットスタンプ用鋼板。
Ac
3点(℃)=910-203×[C]
1/2+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]・・・(1)
上記式(1)中、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[Al]、[Ti]は、それぞれC、Si、Mn、P、Al、Tiの含有率を質量%で表した値である。
【請求項2】
前記鋼板は、更に、Ti:0.10%以下(0%を含まない)およびNb:0.10%以下(0%を含まない)の少なくとも1種を含む請求項1に記載の低強度ホットスタンプ用鋼板。
【請求項3】
熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための請求項1または2に記載の低強度ホットスタンプ用鋼板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の低強度ホットスタンプ用鋼板を、前記Ac
3点(℃)以下に加熱し、ホットスタンプすることを含む
、降伏比が70%以上で、引張強度が500~800MPaであるホットスタンプ部品の製造方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載の低強度ホットスタンプ用鋼板を用いたホットスタンプ部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低強度ホットスタンプ用鋼板、低強度ホットスタンプ用鋼板を用いたホットスタンプ部品、およびホットスタンプ部品の製造方法に関し、殊に熱処理後の引張強度TS(Tensile Strenth)が500~800MPaの領域で、降伏応力YS(Yield Stress)と引張強度TSの比(YS/TS)で表わされる降伏比YR(Yield Ratio)が高く、衝突時の安全性に優れる低強度ホットスタンプ用鋼板、このような低強度ホットスタンプ用鋼板を用いたホットスタンプ部品、およびホットスタンプ部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の軽量化と衝突時の安全性(以下、「衝突安全性」と呼ぶ)を確保するという観点から、高強度を有し且つ降伏比YRが高い鋼板が求められている。また鋼板の高強度化によるプレス成形性の悪化のため、鋼板を加熱した状態でプレス成形し、成形性と高強度化を同時に実現させるホットスタンプ技術が提案されている。
【0003】
このような技術によって製造されるホットスタンプ部品では、引張強度TSは1.5GPa級以上であるのが主である。しかしながら近年では、特許文献1に示されるような引張強度TSが500MPa以上の鋼部品や、特許文献2に示されるような引張強度TSが600~1000MPa級の高強度部材や、特許文献3に示されるような引張強度TSが700~1300MPa級の鋼部材など、引張強度TSが1.5GPa以下となるホットスタンプ部品が各種提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5726419号公報
【文献】特許第4452157号公報
【文献】特許第4427462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで提案されているホットスタンプ部品では、いずれもホットスタンプのプロセスによって組織制御を図り、引張強度TSを制御している。こうしたことから、ホットスタンプ部品の引張強度TSは、ホットスタンプのプロセスに大きく依存しているのが実情である。鋼板の引張強度TSをホットスタンプのプロセスに依存させないように、合金元素の添加によって引張強度TSが高くなるように制御することも考えられるが、そのためには各種合金元素を多量に添加する必要がある。
【0006】
またこれまで提案されている技術の多くは、マルテンサイトなどの硬質組織を含んで高強度化を図るのが通常である。しかしながら、このような組織制御による高強度化では、降伏比YRを高くすることができず、衝突安全性を向上するという観点から降伏応力YSを高くするためには、焼戻しなどの熱処理が必要となる。
【0007】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、降伏比YRが70%以上で、引張強度TSが500~800MPaのホットスタンプ部品を、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せず製造することのできる低強度ホットスタンプ用鋼板、このような低強度ホットスタンプ用鋼板を用いたホットスタンプ部品、およびホットスタンプ部品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せずホットスタンプ部品を製造することのできる低強度ホットスタンプ用鋼板を実現するという観点から鋭意検討した。その結果、化学成分組成を適切に調整することにより鋼板のAc3点(℃)を上昇させ、焼入性を向上させる元素を低減し、フェライトを主体とした組織を有する鋼板とすれば、ホットスタンプなどの熱処理時にオーステナイト分率を低下させ、下記(1)および(2)の作用が発揮されることを見出し、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることによって本発明を完成した。
(1)ホットスタンプのプロセス中の組織変化を極力低減させることで、プロセスにあまり依存せず所定の強度が得られること、
(2)熱処理後の組織にマルテンサイト組織を生じ難くすることで、降伏比YRを向上し得ること。
【0009】
すなわち、本発明の一局面は、
鋼鈑が、質量%で、
C:0.005~0.12%、
Si:0.50~2.0%、
Mn:0.50%以下(0%を含まない)、
Al:0.010~1.0%、
P:0.1000%以下(0%を含まない)、
S:0.0100%以下(0%を含まない)、
N:0.0100%以下(0%を含まない)、および
O:0.0100%以下(0%を含まない)、
を満たし、残部が鉄および不可避不純物であり、
下記式(1)で示されるAc3点(℃)が890℃以上であり、且つ鋼板厚さの1/4の深さにおけるフェライトの面積率が80%以上であることを特徴とする低強度ホットスタンプ用鋼板である。
【0010】
Ac3点(℃)=910-203×[C]1/2+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]・・・(1)
上記式(1)中、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[Al]、[Ti]は、それぞれC、Si、Mn、P、Al、Tiの含有率を質量%で表した値である。
【0011】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板には、更に、Ti:0.10%以下(0%を含まない)およびNb:0.10%以下(0%を含まない)の少なくとも1種を含ませることができ、含有される成分に応じて鋼板の特性が更に改善される。
【0012】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板は、熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための鋼板として有用である。
【0013】
本実施形態のホットスタンプ部品の製造方法は、上記のような低強度ホットスタンプ用鋼板を、前記Ac3点(℃)以下に加熱し、ホットスタンプすることを含む点に要旨を有する。
【0014】
また、本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板を用いることによって、所望の特性を発揮するホットスタンプ部品が得られる。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、降伏比YRが70%以上で、引張強度TSが500~800MPaのホットスタンプ部品を、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せず製造することのできる低強度ホットスタンプ用鋼板が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、ホットスタンプのプロセスを想定した熱処理パターンを示す模式図である。
【
図2】
図2は、熱処理後の引張強度TSと降伏応力YSの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
発明者らは、上記目的を達成すべく様々な角度から検討した。その結果、化学成分組成を適切に調整して鋼板のAc3点(℃)を上昇させ、フェライトを主体とした組織を有する鋼板とすれば、上記目的が見事に達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0018】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板において、化学成分組成を上記のように設定した理由は下記の通りである。以下、化学成分組成における%は、質量%を意味する。
【0019】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板は、C:0.005~0.12%、Si:0.50~2.0%、Mn:0.50%以下(0%を含まない)、Al:0.010~1.0%、P:0.1000%以下(0%を含まない)、S:0.0100%以下(0%を含まない)、N:0.0100%以下(0%を含まない)、およびO:0.0100%以下(0%を含まない)を満足する。
【0020】
[C:0.005~0.12%]
Cは、鋼板の強度を確保する元素であるが、Ac3点を低下させることで熱処理後の組織にマルテンサイトを生成しやすくし、ホットスタンプ部品の強度を上昇させる元素である。このようなC量が過剰になると、ホットスタンプ部品の降伏比YRの低下を招くことから、その上限は0.12%以下とする必要がある。C量は、好ましくは0.10%以下であり、より好ましくは0.08%以下である。一方、C量を過度に低減することは、製造上のコストアップに繋がることになるので、0.005%以上とする。C量は、好ましくは0.007%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。
【0021】
[Si:0.50~2.0%]
Siは、Ac3点を上昇させ、熱処理時のオーステナイト分率を低減させ、ホットスタンプ部品におけるホットスタンプのプロセス依存性を低下させる上で重要な元素である。また、フェライトの固溶強化によりホットスタンプ部品の強度確保に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるために、Si量は0.50%以上とする。Si量は、好ましくは0.70%以上、より好ましくは1.0%以上である。しかしながら、Si量が過剰になると、鋼板製造時の酸洗性の劣化や、めっき性の悪化を引き起こす。したがって、Si量は、2.0%以下とする。Si量は、好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.6%以下である。
【0022】
[Mn:0.50%以下(0%を含まない)]
Mnは、Ac3点を低下させることから、本発明において不都合な元素である。また熱処理時のオーステナイト分率を上昇させ、ホットスタンプ部品におけるホットスタンプのプロセス依存性を高める元素である。更に、Mnは、焼入れ性を高め、ホットスタンプ部品の組織にマルテンサイトを生成しやすくし、ホットスタンプ部品の降伏比YRを低下させる。そのため、Mn量は、0.50%以下とする。Mn量は、好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。一方、Mn量を過度に低減することは、製造上のコストアップに繋がることになるので、0%超とする。Mn量の下限は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。
【0023】
[Al:0.010~1.0%]
Alは、脱酸剤として作用する元素である。またAlは、Siと同様にAc3点を上昇させ、熱処理時のオーステナイト分率を低減させ、ホットスタンプ部品におけるホットスタンプのプロセス依存性を低減させる元素である。またフェライトの固溶強化によりホットスタンプ部品の強度確保に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるために、Al量は、0.010%以上とする。Al量は、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.025%以上である。しかしながら、Alを過剰に含有させることは、製造上のコストアップに繋がることになるので、Al量は1.0%以下とする。Al量は、好ましくは0.80%以下であり、より好ましくは0.70%以下である。
【0024】
[P:0.1000%以下(0%を含まない)]
Pは、不可避的に含有する元素であり、鋼板の溶接性を劣化させる元素であるが、フェライト相の固溶強化に寄与する効果を有する元素でもある。このような効果を発揮させつつ鋼板の溶接性を劣化させないためには、P量は0.1000%以下とする。P量は、好ましくは0.0500%以下であり、より好ましくは0.0200%以下である。なお、Pは鋼中に不可避的に混入してくる不純物であり、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0005%以上で含有する。
【0025】
[S:0.0100%以下(0%を含まない)]
Sは、不可避的に含有する元素であり、鋼板の溶接性を劣化させる。したがって、S量は0.0100%以下とする。S量は、好ましくは0.0080%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。S量は、できるだけ少ない方が良いため、下限は特に限定されないが、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0001%以上で含有する。
【0026】
[N:0.0100%以下(0%を含まない)]
Nは、不可避的に含有する元素であり、過剰に含まれるとAlNを生成させ、固溶Alの効果を低減させる。したがって、N量は0.0100%以下とする。N量は、好ましくは0.0080%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。N量は、できるだけ少ない方が良いため、下限は特に限定されないが、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0001%以上で含有する。
【0027】
[O:0.0100%以下(0%を含まない)]
Oは、不可避的に含有する元素であり、過剰に含まれると酸化物を形成し、固溶Siを低下させてフェライトの強度低下を生じさせる。そのため、O量は0.0100%以下とする。O量は、好ましくは0.0050%以下であり、より好ましくは0.0030%以下である。O量は、できるだけ少ない方が良いため、下限は特に限定されないが、その量を0%にすることは工業生産上不可能であり、通常0.0001%以上で含有する。
【0028】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板の基本成分は上記のとおりであり、残部は、鉄、および上記P,S,N,O以外の不可避不純物である。この不可避不純物としては、本発明の効果を損なわない範囲で、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれるトランプ元素(Pb,Bi,Sb,Sn等)の混入が許容される。
【0029】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板には、更に他の元素として、TiおよびNbの少なくとも1種を含ませることができ、これらの元素を含有させることによって鋼板の特性が更に改善される。
[Ti:0.10%以下(0%を含まない)およびNb:0.10%以下(0%を含まない)の少なくとも1種]
TiおよびNbは、炭化物形成元素であり、鋼板の組織微細化に寄与する元素である。鋼板の組織が微細化することで、熱処理時の逆変態は促進されるものの、ホットスタンプのプロセスでの冷却中にフェライト生成を促進し、ホットスタンプ部品のフェライト分率を高めることができる。このような効果は、その含有量が増加するにつれて大きくなるが、過剰に含有しても冷間圧延性が悪化するという不都合が生じる。こうした観点から、いずれも0.10%以下で含有させる。好ましくは、0.07%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。これらはいずれか1種を含有してもよいし、2種とも含有させてもよい。また、上記効果は微量であっても発揮され、その下限については限定されないが、上記効果をより有効に発揮させるためには、0.005%以上で含有させることが好ましい。
【0030】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板は、下記式(1)で示されるAc3点(℃)が890℃以上である。
【0031】
Ac3点(℃)=910-203×[C]1/2+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]・・・(1)
上記式(1)中、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[Al]、[Ti]は、それぞれC、Si、Mn、P、Al、Tiの含有率を質量%で表した値である。
【0032】
「レスリー鉄鋼材料学」(丸善株式会社 1985年5月31日発行、273頁)には、Ac3点(℃)は、計算上、下記式(2)から求められることが記載されている。上記式(1)は、含有される元素の種類を考慮して、下記式(2)を簡略化した式である。すなわち、本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板では、Ac3点(℃)を上昇させ、その他特性の悪化の懸念の少ないSiおよびAlに注目すると共に、Ac3点(℃)を低下させるC、Mn等を低減させている。
【0033】
Ac3点(℃)=910-203×[C]1/2-15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W]-[30×[Mn]+11×[Cr]+20×[Cu]-700×[P]-400×[Al]-120×[As]-400×[Ti]]・・・(2)
上記式(2)中、[C]、[Ni]、[Si]、[V]、[Mo]、[W]、[Mn]、[Cr]、[Cu]、[P]、[Al]および[Ti]は、それぞれC、Ni、Si、V、Mo、W、Mn、Cr、Cu、P、Al、AsおよびTiの含有率を質量%で表した値である。
【0034】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板では、鋼鈑厚さの1/4の深さにおけるフェライトの面積率が80%以上とする必要がある。なお、フェライトの面積率の測定箇所を、鋼鈑厚さの1/4の深さとしたのは、鋼板の最も代表的な特性を示す箇所であるという理由からである。
【0035】
本発明において、フェライトの面積率は点算法で測定した値である。この点算法とは、フェライト以外の他の組織が混在しているときに、混在組織とフェライト結晶粒との面積百分率を計算するときに適用される方法であり、被検面(鋼鈑厚さの1/4の深さを露出させた面)で撮影し、規定の格子線を撮影写真にのせ、フェライト結晶粒によって占められた格子点中心の数を数える方法である。本発明では、格子線で仕切られるマス(升目)の数が100となる条件で行った。なお、フェライトの面積率を求めるときの組織観察は、フェライト結晶粒の大きさに応じて光学顕微鏡または走査型顕微鏡を使い分けたが(倍率:400~1000の範囲)、測定される数値は変わらない。
【0036】
上記のように化学成分組成の設計を適切に制御するとともに、鋼板のフェライト面積率を高くすることによって、優先的にオーステナイトに逆変態するパーライト、ベイナイト、およびマルテンサイトなど、Cを含有する組織分率を低減することができる。そのことによって、オーステナイトへの逆変態を遅延させ、熱処理時のオーステナイト分率を低下させることができ、熱処理後の鋼板における引張強度TSを極端に高めることなく、降伏応力YSを確保でき、降伏YR比を高くすることができる。
【0037】
こうした観点からして、本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板におけるフェライトの面積率は80%以上とする必要がある。フェライトの面積率は、好ましくは84%以上であり、より好ましくは86%以上である。或いは、100%であっても良い。本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板の組織は、フェライトの面積率が80%以上となっていればよく、それ以外の組織として上記したパーライト、ベイナイト、およびマルテンサイトなども少量含んでいても良い。或いは、残留オーステナイトを含んでいても良い。
【0038】
なお、上記の趣旨からすれば、フェライトの面積率を低減させるような元素はできるだけ含有させないことが好ましい。例えば、Bはオーステナイト粒界からポリゴナルフェライトが生成・成長することを抑制する作用を有し、結果的にフェライトの面積率を低減するように作用する。Bのようにフェライト面積率を低減させる元素については、できるだけ含有させないことが好ましい。但し、上記のような悪影響を及ぼさない程度、例えば0.0005%以下までなら許容できる。
【0039】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板は、熱延鋼板、冷延鋼板は勿論のこと、これら熱延鋼板、冷延鋼板に溶融亜鉛めっき層(GI:Hot Dip-Galvanized)、または合金化溶融亜鉛めっき層(GA:Alloyed Hot Dip-Galvanized)を有していてもよく、溶融亜鉛めっき鋼板(GI鋼板)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA鋼板)も本発明に包含される。
【0040】
本明細書には、上記のように様々な形態の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下にまとめる。
【0041】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板は、
鋼板が、質量%で、C:0.005~0.12%、Si:0.50~2.0%、Mn:0.50%以下(0%を含まない)、Al:0.010~1.0%、P:0.1000%以下(0%を含まない)、S:0.0100%以下(0%を含まない)、N:0.0100%以下(0%を含まない)、およびO:0.010%以下(0%を含まない)、を満たし、残部が鉄および不可避不純物であり、前記式(1)で示されるAc3点(℃)が890℃以上であり、且つ鋼鈑厚さの鋼鈑厚さの1/4の深さにおけるフェライトの面積率が80%以上である。
【0042】
このような構成を採用することによって、降伏比が70%以上で、引張強度が500~800MPaのホットスタンプ部品を、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せず製造することのできる低強度ホットスタンプ用鋼板が実現できる。
【0043】
本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板は、熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、テーラドブランク部品を製造するための鋼板として有用である。通常のホットスタンプのプロセスでは、プレス成形前の加熱温度は、オーステナイトの単相域温度(即ち、Ac3点よりも高い温度)に設定される。そして温度域に加熱された鋼板を、金型によって冷却されつつプレス成形され、ホットプレス部品とされる。
【0044】
熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板では、当該鋼板のAc3点は、通常860℃よりも低い温度に設定されている。したがって、熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板と、本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板を、溶接などによってテーラドブランクを行い、その後860℃以上、低強度ホットスタンプ用鋼板のAc3点以下の温度範囲に加熱してから、ホットスタンプを行なえば、引張強度1000MPa以上の領域と、500~800MPaとなる領域を有するテーラドブランク材が得られる。
【0045】
すなわち、上記加熱温度範囲は、熱処理後の引張強度が1000MPa以上となる鋼板ではオーステナイト領域となり、その後の冷却時にマルテンサイトやベイナイトが生成して高強度となる。また本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板においては、上記加熱温度範囲は、オーステナイトとフェライトの二相領域となり、その後の冷却時にマルテンサイトやベイナイトなどの生成が抑制され、フェライトを主体とする組織となって低強度となる。上述のごとく、ホットスタンプのプロセスでは、プレス成形前の加熱温度は、オーステナイトの単相域温度に設定され、具体的には900±50℃の温度範囲となるが、本発明では900±50℃の温度範囲内で、テーラドブランクされる各鋼板のAc3点に応じてホットスタンプ時の加熱温度範囲を適宜設定すれば良い。
【0046】
上記趣旨から明らかなように、本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板を、前記Ac3点(℃)以下に加熱し、ホットスタンプすることを含むことによって、テーラドブランク材に限らず、所望の特性を発揮するホットスタンプ部品を製造することができる。すなわち、本実施形態の低強度ホットスタンプ用鋼板を用いたホットスタンプ部品は、降伏比が70%以上で、引張強度が500~800MPaである特性を有するホットスタンプ部品となる。
【0047】
以下、実施例に基づいて、本発明の作用効果をより具体的に示すが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前記および後記の趣旨に徴して設計変更することは、いずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0048】
下記表1に示す化学成分組成(鋼種A~H)の各種鋼材を製造し、下記表2に示す熱延条件で各種鋼板(実験No.1~8)を作製した。なお、下記表1に示した鋼種A~Fはラボ溶製した例であり、鋼種G、Hは、実機材である。また、表1に示したAc3点は、前記式(1)に基づいて計算した値である。表1中、[-]の欄は添加していないこと、または測定限界未満であることを意味する。またP、S、N、Oは、上述の通り不可避不純物であり、P、S、N、Oの欄に示した値は不可避的に含まれた量を意味する。なお、実験No.7のGA鋼板における鋼板厚さは、表面を0.2mm研削し、合金化溶融亜鉛めっき層を落とした後の厚さである。また実験No.8の熱延鋼板における鋼板厚さは、表面を0.2mm研削し、スケールを落とした後の厚さである。
【0049】
【0050】
【0051】
得られた各種鋼板について、前述した点算法によってフェライトの面積率(以下、「フェライト分率」と呼ぶ)を測定すると共に、ホットスタンプのプロセスを想定した熱処理を施し、熱処理後の鋼板の引張特性を下記の方法によって評価した。このときの熱処理条件は、下記の参考文献1、2に基づき、熱処理シミュレータで行った。ホットスタンプのプロセスを想定した熱処理パターンを模式的に
図1に示す。
参考文献1:社団法人自動車技術会学術講演会前刷集、No.72-07、p.14
参考文献2:Metal Forming,steel reserch int.79(2008),No.2,p.81
なお、
図1に示した熱処理パターンは、鋼板を10℃/秒の昇温速度で890℃まで加熱し、当該温度で300秒保持し、その後20℃/秒の冷却速度で750℃まで冷却した後、40℃/秒の冷却速度で450℃まで冷却し、更に約5℃/秒の冷却速度で室温(25℃)まで冷却したことを示している。
【0052】
[引張特性の測定]
引張強度TSおよび降伏応力YSは、JIS5号試験片(板状試験片)を採取し、JIS Z 2241:2011に従って引張試験を実施して求めた。このとき降伏応力YSについては、明確な降伏点が現れる場合には、上降伏点UYP(Upper Yield Point)を測定し、降伏点が現れない場合には、上記JISの規定に基づき0.2%耐力σ0.2を求めた。合格基準は、引張強度TSが500~800MPaの範囲にあり、降伏比YRが70%以上を合格とした。
【0053】
これらの結果を、適用鋼種(鋼種A~H)とともに、下記表3に示す。
【0054】
【0055】
この結果から、次のように考察できる。実験No.1~4は、化学成分組成、Ac3変態点(℃)およびフェライト分率が本発明で規定する範囲内にある本発明例であり、熱処理後の引張強度TSが500~800MPaであり、且つ降伏比YRが70%以上を確保できていることが分かる。
【0056】
これに対し実験No.5~8は、本発明で規定するいずれかの要件を満たさない比較例であり、所望の特性が得られていない。具体的には、実験No.5は、Mn量が過剰(B量も過剰)である鋼種Eを用いた例であり、Ac3変態点(℃)が890℃よりも低く、フェライト分率が低い鋼板であり、熱処理後の鋼板の降伏比YRが70%未満となっている。実験No.6は、Si量が少なく、Mn量が過剰(B量も過剰)である鋼種Fを用いた例であり、Ac3変態点(℃)が890℃よりも低く、フェライト分率が低い鋼板であり、熱処理後の鋼板の降伏比YRが70%未満になっている。
【0057】
実験No.7は、GA鋼板に適用した例であるが、Si量が少なく、Mn量が過剰である鋼種Gを用いており、Ac3変態点(℃)が890℃よりも低く、フェライト分率が低い鋼板であり、熱処理後の鋼板の降伏比YRが70%未満になっている。実験No.8は、熱延鋼板に適用した例であるが、Si量が少なく、Mn量が過剰である鋼種Hを用いており、Ac3変態点(℃)が890℃よりも低く、フェライト分率が低い鋼板であり、熱処理後の鋼板の降伏比YRが70%未満になっている。
【0058】
これらの結果に基づき、熱処理後の引張強度TSと降伏応力YSの関係を
図2に示す。なお、
図2中、ラインLは降伏比YRが70%である境界線を示し、ラインLを含めて上の領域が降伏比YR70%以上であることを示し、ラインLよりも下の領域が降伏比YRが70%未満であることを示している。また、
図2では、「実験No.」は、「No.」と略記してある。
【0059】
この結果から明らかなように、本発明例(No.1~4)では、降伏比が70%以上で、引張強度TSが500~800MPaのホットスタンプ部品(熱処理後の鋼板)が、ホットスタンプのプロセスにあまり依存せず製造できていることが分かる。