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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-28
(45)【発行日】2023-03-08
(54)【発明の名称】薬物送達システム
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/243 20190101AFI20230301BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20230301BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20230301BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230301BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20230301BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20230301BHJP
【FI】
A61K33/243
A61K47/34
A61K47/36
A61P35/00
A61P1/00
A61P11/00
【請求項の数】 23
(21)【出願番号】P 2021538924
(86)(22)【出願日】2019-09-16
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-19
(86)【国際出願番号】 EP2019074739
(87)【国際公開番号】W WO2020053445
(87)【国際公開日】2020-03-19
【審査請求日】2022-09-14
(31)【優先権主張番号】18306201.7
(32)【優先日】2018-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514282002
【氏名又は名称】アンセルム(アンスティチュ ナシオナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル)
(73)【特許権者】
【識別番号】513015441
【氏名又は名称】サントゥル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシュ シアンティフィック - セーエヌエールエス
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE - CNRS
【住所又は居所原語表記】3,rue Michel Ange,F-75016 Paris 16,France
(73)【特許権者】
【識別番号】507195140
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ ダンジェー
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE D’ANGERS
【住所又は居所原語表記】40 Rue De Rennes,F-49100 Angers,FRANCE
(73)【特許権者】
【識別番号】521106256
【氏名又は名称】ソントゥル オスピタリエ ウニヴェルシテール ダンジェ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】ロロ,ジョヴァンナ
(72)【発明者】
【氏名】ブノワ,ジャン-ピエール
(72)【発明者】
【氏名】ブラシェ-ボティノ,マリ
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-511002(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0118322(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0022824(US,A1)
【文献】国際公開第2017/120193(WO,A1)
【文献】Royal Society of Chemistry,2017年,Vol.41,pp.4998-5006
【文献】European Journal of Pharmaceutics and Biopharmaceutics,2011年,Vol.79,pp.54-57
【文献】The Journal of Gene Medicine,2009年,Vol.11,pp.791-803
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
A61P 35/00
A61P 1/00
A61P 11/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬物送達システムとして有用なナノ粒子であって、少なくとも下記(a)~(c)から形成されており、
(a)白金系薬物;
(b)ポリL-アルギニン;
(c)ヒアルロン酸;
上記白金系薬物は、白金錯体(II)、白金錯体(IV)、およびそれらの混合物から選択される白金錯体である、ナノ粒子。
【請求項2】
上記(b)ポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン水酸化物、ポリL-アルギニン塩酸塩、およびポリL-アルギニン水酸化物とポリL-アルギニン塩酸塩との混合物から選択される、請求項1に記載のナノ粒子。
【請求項3】
上記白金系薬物は、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)、オキサリプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン、ロバプラチン、ヘプタプラチン、cis-ジアンミンジアクア白金(II)、ジアクア(1,2-ジアミノメチルシクロブタン)白金(II)、およびそれらの混合物から選択される白金(II)系薬物である、
請求項1または2に記載のナノ粒子。
【請求項4】
上記白金系薬物は、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)である、
請求項3に記載のナノ粒子。
【請求項5】
上記(a)白金系薬物は、塩素原子を含んでいない形態で存在し、
上記(b)ポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン水酸化物である、
請求項1~4のいずれか1項に記載のナノ粒子。
【請求項6】
上記(a)白金系薬物は、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)である、
請求項5に記載のナノ粒子。
【請求項7】
上記(a)白金系薬物は、塩素原子を含んでおり、
上記(b)ポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン塩酸塩である、
請求項1に記載のナノ粒子。
【請求項8】
[ヒアルロン酸]/[ポリL-アルギニン]([HA]/[Parg])の重量比が、0.5/2.5超である、
請求項1~7のいずれか1項に記載のナノ粒子。
【請求項9】
[ヒアルロン酸]/[ポリL-アルギニン]([HA]/[Parg])の重量比が、(0.6/2.5)~(15/2.5)である、
請求項8に記載のナノ粒子。
【請求項10】
[ヒアルロン酸]/[ポリL-アルギニン]([HA]/[Parg])の重量比が、(3/2.5)~(12/2.5)である、
請求項9に記載のナノ粒子。
【請求項11】
[ヒアルロン酸]/[ポリL-アルギニン]([HA]/[Parg])の重量比が、3/2.5、4/2.5、7/2.5、9/2.5、10/2.5、11.25/2.5または12/2.5である、
請求項10に記載のナノ粒子。
【請求項12】
[ヒアルロン酸]/[ポリL-アルギニン]([HA]/[Parg])の重量比が、11.25/2.5である、
請求項11に記載のナノ粒子。
【請求項13】
[白金系薬物]/([HA]+[PArg])の重量比が、0.01~1.00である、
請求項1~12のいずれか1項に記載のナノ粒子。
【請求項14】
[白金系薬物]/([HA]+[PArg])の重量比が、0.03~0.50である、
請求項13に記載のナノ粒子。
【請求項15】
[白金系薬物]/([HA]+[PArg])の重量比が、0.04~0.10である、
請求項14に記載のナノ粒子。
【請求項16】
請求項1~15のいずれか1項に記載のナノ粒子の製造方法であって、少なくとも下記(i)~(v)の工程を含む方法:
(i)塩素原子を含んでいないアクア錯体形態の白金系薬物を提供する工程;
(ii)塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンの水溶液を提供する工程;
(iii)工程(i)の上記アクア錯体形態の白金系薬物と、工程(ii)の上記水溶液とを混合する工程;
(iv)ナノ粒子の形成に適した条件下にて、工程(iii)で得られた混合物に、ヒアルロン酸を加える工程;
(v)任意構成で、工程(iv)で得られたナノ粒子を回収する工程。
【請求項17】
上記アクア錯体形態は、ジアミンジアクア白金(II)、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)(DACHPt)、ジアクア(1,2-ジアミノメチルシクロブタン)白金(II)、およびそれらの混合物から選択される、
請求項16に記載の方法。
【請求項18】
上記アクア錯体形態は、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)である、
請求項17に記載の方法。
【請求項19】
工程(ii)の上記塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン塩酸塩から得られる、請求項16に記載の方法。
【請求項20】
工程(ii)の上記塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン水酸化物である、請求項16に記載の方法。
【請求項21】
請求項1~15のいずれか1項に記載のナノ粒子の1種類以上と、
薬学的に許容可能な添加剤の1種類以上と、
を含んでいる医薬組成物。
【請求項22】
癌の予防および/または治療に用いるための、請求項1~15のいずれか1項に記載のナノ粒子。
【請求項23】
上記癌は、膵臓癌(特に、膵管腺癌(PDAC))、大腸癌、肺癌、小細胞肺癌および非小細胞肺癌、卵巣癌、精巣癌、乳癌、脳腫瘍、肉腫、リンパ腫、頭頸部癌、転移性大腸癌、胃癌(gastric cancer)、卵巣癌、食道癌、膀胱癌、子宮頸癌、白血病(慢性骨髄性白血病など)、前立腺癌、肝臓癌、結腸癌、腎臓癌、皮膚癌、骨肉種、子宮癌、リンパ腺癌、胃癌(stomach cancer)および腸癌から選択される、請求項22に記載のナノ粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗癌治療のためのナノ医療分野に関しており、少なくとも白金系薬物が封入されている新規なナノ粒子を提案する。
また、本発明は、これらのナノ粒子の製造方法、これらのナノ粒子を含んでいる医薬組成物、および、治療におけるこれらのナノ粒子の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
過去数十年の間、抗癌治療のためのナノ医療分野では、薬物送達研究に目覚ましい進歩があったことが知られている。ナノ医療製品は治療戦略の改善において非常に有望視されている。これは、ナノ医療製品ならば、組織または細胞特異的に標的化された薬物送達によってバイオアベイラビリティおよび治療効率などの薬物の性能を向上させることができ、また毒性も抑制することができるためである。
【0003】
手術によってはほとんど対処できず、現在の化学療法薬に強い耐性のある腫瘍および/または癌に対して、標的化された薬物送達が特に有効であることは明白である。例えば、膵管腺癌は膵臓癌の最も一般的な形態であり、この癌は膵頭部に発生するため、さながら難攻不落の要塞といった様相を呈している。
【0004】
腫瘍に対するナノ医療の選択性を増やすために、「受動的標的化」と「能動的標的化」の2つの主だったアプローチが考案されてきた。受動的標的化は、迷入血管構造およびリンパ管への排出低下に起因する、EPR(Enhanced permeation and retention)効果を利用している。能動的標的化は、親和性リガンド(抗体、ビタミンなど)、標的化ペプチド、腫瘍標的化または特定の受容体(すなわちCD44)の過剰発現を利用している。
【0005】
腫瘍および/または癌の治療用とされている薬物の中でも、白金系薬物は、世界中で承認されている(例えば、シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチンなどの白金(II)系化合物)。
【0006】
米国国立衛生研究所(NIH)が管理している臨床試験データベースには、180箇国超に及ぶ18.6万件超の臨床試験が登録されている。このデータベースによると、現在進行中の臨床試験における有効成分として、他のどの抗癌剤よりもシスプラチンが挙げられている。欧州臨床試験レジストリにおいても、同様の傾向が見られる。このレジストリは、欧州医薬品庁(EMA)によって管理されており、欧州臨床試験データベース(EudraCT)プロトコルには2.5万件超の臨床試験が登録されている。また、WHOの国際臨床試験登録プラットフォームでも同様の傾向が見られる。
【0007】
これらの作用薬は、化学療法における重要な成分である。しかし、用量を制限する重篤な副作用や、腫瘍が急速に耐性を獲得するという制限がある(とりわけ、シスプラチンの場合)。臨床的に確立された白金化合物の中でも、シスプラチンは、臓器(神経系、コルチ器官、腎臓など)に対する用量依存性の毒性が最も強い。カルボプラチンおよびオキサリプラチンは、従来の用量では腎毒性を示さない。また、これらの薬物はいずれも、シスプラチンとは異なり催吐性は穏やかである。オキサリプラチンの用量を制限するの最も重篤な副作用は、末梢性の知覚神経障害である。また、オキサリプラチン処置に引き続く重度のアナフィラキシーが報告されている。用語「オキサリプラチン誘導性の過敏性反応」とは、急性の知覚神経性症状、IL-6およびTNFαの血漿濃度の上昇を伴うサイトカイン放出症候群、または、抗体形成およびヒスタミン放出を伴う免疫反応のいずれかを表しうる。
【0008】
白金系化合物の作用機序には、以下の4つの重要なステップが含まれている。(i)細胞への取込み。(ii)アクア化/活性化。(iii)DNAへの結合。(iv)細胞がDNAを損傷することにより導かれる細胞死。
【0009】
シスプラチンは細胞内で加水分解(アクア化)されて、反応性の高い荷電白金錯体[Pt(NHClHO]を生成する。アクア化はほとんど細胞質内で発生し、血流中ではこの活性化は抑制される。この錯体は、さらに加水分解された後、N7原子(好ましくはグアニン)を介してDNAの塩基と結合する。このDNA架橋メカニズムにより、細胞分裂および複製が妨害される。損傷したDNAによって修復機構が開始されるが、修復が成功しない場合には、アポトーシスに至る。
【0010】
オキサリプラチンは、シスプラチン耐性の癌に対して使用され、シスプラチンとの交差耐性を示さない。オキサリプラチンは有機白金構造を取っており、白金原子が、ジアミノシクロヘキサン(DACHとも称する)および脱離基であるシュウ酸リガンドと錯体化している。アクア化すると、巨大分子と共有結合する一時的な反応種が何種類か形成される(モノアクアDACH白金、ジアクアDACH白金など)。最初は一量体付加物のみが形成されるが、最終的には、オキサリプラチンが2つのヌクレオチド塩基と同時に結合し、これによりDNAが架橋される。この架橋は、隣接する2つのグアニン(GG)、隣接するアデニンおよびグアニン(AG)、ならびに介在ヌクレオチドを挟むグアニン(GNG)のN7位の間で形成される。この架橋によって、DNAの複製および転写が阻害される。なお、オキサリプラチンの細胞毒性は、細胞周期に非特異的である。
【0011】
上述した通り、シスプラチン療法の用量を制限する毒性を低減するために設計された第2世代の白金錯体に関する研究は、カルボプラチンの開発という成功を収めた。カルボプラチンは、腎毒性の発生が顕著に低下している。
【0012】
第3世代の白金錯体の設計で目指されたのは、シスプラチン/カルボプラチンに対する細胞の耐性を克服することであった。何千もの白金錯体が設計・評価された中で、cis-ジクロロ(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)(DACHPtCl、二塩素ジアミノシクロヘキサン白金とも称する)が、強力な抗癌剤として発見された。この錯体は、シスプラチンのアミンリガンドをDACHに改変したものである。
【0013】
白金化合物は、リガンドの性質により水溶性が異なる。実際に、例えば、オキサリプラチンの溶解度は6mg/mLである。DACHPtClの溶解度は0.25mg/mLであるが、硝酸銀AgNOの存在下におけるDACHPt(ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II))への変換反応により大幅に向上する(7.5mg/mL)。
【0014】
完全に解明されていない内因性反応を除くと、副作用の大部分は、薬物分布特異性の低さに起因することが多い。そしてこれにより、重篤な二次副作用が生じる(上記を参照)。
【0015】
溶解性および標的化に関する問題を解決するために、白金化合物の性能を改善するナノ担体を開発する試みが多く報告されている。
【0016】
白金化合物の封入を目論む担体の第一の類型は、リポソームである。例えば、Senzer et al. (Mol Cancer Ther. 2009;8 (Supplement 1):C36-C36)に開示されているものや、Hang et al. (Biochem Compd. 2016;4(1):1)に開示されているものがあった。
【0017】
他の類型の白金化合物用担体も研究された。例えば、蒸留水中において、DACHPtClとポリ(エチレングリコール)-ポリ(グルタミン酸)ブロック共重合体との高分子-金属錯体の形成により高分子ミセルが調製された(Cabral et al.: J Control Release. 2005;101(1-3):223-232 and J Control Release. 2007;121(3):146-155)。Lipoplatin (TM)は、商標登録されたシスプラチン(CPT)のリポソーム製剤であり、FDAの承認を受けている。アロプラチン(TM)(L-NDDP、AR726)は、化学療法用の白金アナログであるcis-(trans-R,R-1,2-ジアミノシクロヘキサン)ビス(ネオデカン酸)白金(II)(NDDP)を封入した、細胞毒性物質として市販されているリポソーム製品である。
【0018】
しかし、白金送達用のナノ担体に頻発する複数の欠点を解決する必要が、以前として残されている(生体適合性、担持効率、蓄積中および血流中への薬物漏出など)。
【0019】
さらに、標的化作用によって、無差別的な全身性の分布および非標的組織への蓄積を防止できるかもしれない。そのため、白金化合物の副作用の発生を抑制できるかもしれない(神経毒性(神経障害)、視覚障害、聴器毒性、骨髄抑制など)。
【0020】
これらの事実に基づくと、白金系薬物(特に白金(II)系薬物および/または白金(IV)系薬物、好ましくはDACHPtなどの白金(II)系薬物)の、in vivoにおける性能、動態および効能を改善する傾向を、ナノ粒子システムは依然として有している。
【0021】
このように、白金化合物などの薬物(特に白金(II)系薬物および/または白金(IV)系薬物、好ましくはDACHPtなどの白金(II)系薬物)の効能を、封入効率、バイオアベイラビリティの向上、悪性細胞への標的化された薬物送達による治療効果の増強といった点において改善し、さらに、健康な組織に対する暴露を最小限にとどめ、毒性が低減された抗癌製品を提供することが、本技術分野において必要とされている。
【0022】
また、生体適合性および生分解性を有しており、かつ、白金系薬物(特に白金(II)系薬物および/または白金(IV)系薬物、好ましくはDACHPtなどの白金(II)系薬物)との適合性があるナノ担体を含有する抗癌剤を提供することも、本技術分野において必要とされている。
【0023】
また、化学合成を必須としないナノ担体を含有する抗癌剤を提供することも、本技術分野において必要とされている。
【0024】
また、随時使用可能な凍結乾燥ナノ粒子の形態に製剤化できる、安定な抗癌剤を提供することも、本技術分野において必要とされている。
【発明の概要】
【0025】
本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関する。このナノ粒子は、少なくとも、(a)白金系薬物、(b)ポリL-アルギニンおよび(c)ヒアルロン酸から形成されている。
【0026】
また、本発明は、上記ナノ粒子の製造方法、当該方法によって得られるナノ粒子、上記ナノ粒子の1種類以上と薬学的に許容可能な添加剤の1種類以上とを含んでいる医薬組成物、ならびに、癌の予防および/または治療に用いるための上記ナノ粒子にも関する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】蒸留水中およびヒト血清中にて1時間インキュベートした後における、蛍光標識したPArg-HAナノ粒子のSPT(Single Particle Tracking)計測の結果を示す。
図2】37℃にて24時間インキュベートした後における、B6KPC3細胞(A)、HT-29細胞(B)およびA549細胞(C)の生存性評価の結果を示す。オキサリプラチン、ブランクNPおよびDACHPtを担持したNPの濃度を、段階的に変化させている(0~200μM)。平均値±SD。Aにおいてはn=6。BおよびCにおいてはn=3。
図3】35.9μgのDACHPtを担持したナノ粒子(図3A)またはオキサリプラチン溶液(図3B)を静脈内ボーラス注入したマウスにおける、Pt誘導体の血漿濃度-時間の曲線を示す。丸印「○」は、個々のマウスにおいて観測された血漿濃度を表す。曲線は、データから求めた最適近似曲線を表す。図3Aでは、横軸は時刻(単位:時間)を表し、縦軸はDACHPtの濃度(単位:mg/L)を表す。図3Bでは、横軸は時刻(単位:時間)を表し、縦軸はオキサリプラチン溶液の濃度(単位:mg/L)を表す。
図4】DACHPtを担持したNPおよびオキサリプラチンでそれぞれ処理した後における、多細胞HT116スフェロイドの正規化した体積を示す(濃度:5μM)。
図5】DACHPtを担持したNPおよびオキサリプラチンでそれぞれ処理した後における、多細胞HT116スフェロイドの正規化した体積を示す(濃度:25μM)。
図6】ブランクNP、DACHPtを担持したNPおよびオキサリプラチンでそれぞれ処理した後における、多細胞HT116スフェロイドの正規化した体積を示す(濃度:50μM)。
図7】未処理の多細胞HT116スフェロイドと、DACHPtを担持したNPおよびオキサリプラチン溶液(濃度:50μM)でそれぞれ処理した後におけるスフェロイドとについて、0日目、1日目、2日目、3日目、4日目および7日目に撮影した写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明者らは、安定なナノ粒子(本発明ではNPとも称する)を見出した。
このナノ粒子は、白金系有効成分を効率的に組込むことができ、薬物動態プロファイルに応じた白金系有効成分の放出による最適な治療活性を保証し、とりわけ抗癌活性を最適化できる。
【0029】
より正確には、本発明者らが見出したナノ粒子は、(i)白金系薬物、(ii)ポリL-アルギニンおよび(iii)ヒアルロン酸の組合せを含んでいる。このナノ粒子には、治療上有効な量の白金系薬物が封入されている。白金系薬物は、異なる構造および/または生理化学的特性を有している様々な白金系薬物から選択されてよい(シスプラチン、DACHPtなど)。
【0030】
さらに、本開示により提供される白金を含有しているナノ粒子は、有効成分による最適な治療効果を保証する薬物動態プロファイルに応じて、封入された白金系薬物を放出できる。本明細書の実施例に示されるように、ナノ粒子によれば、封入されていない同じ白金系薬物と比較して、封入された白金系薬物のAUCを大幅に向上させられる。
【0031】
AUCを向上させられる製剤に関して非常に驚くべきことに、本明細書に記載のナノ粒子は、封入されていない同じ白金系薬物と比較して、白金系薬物のCmaxも向上させられる。
【0032】
また、本開示に係るナノ粒子中に白金系薬物が封入されていることにより、血漿血液循環が実質的に増加する(分布半減期に反映されている)。その一方で、オキサリプラチン溶液と比較しても、排出半減期は延長されない。
【0033】
さらに、本明細書の実施例において薬物動態シミュレーションで示したように、白金を含有しているナノ粒子は、内部に封入された白金系薬物の蓄積を防止できるが、その一方で、投与後は速やかに定常状態に達する。つまり、本開示に係る白金を含有しているナノ粒子は、白金系薬物を蓄積させることなく、内部に封入されている薬物による暴露性を高めることを保証できる。このような薬物動態プロファイルの証明するところによると、本明細書に記載の白金を含有しているナノ粒子は、反復投与レジメンに完全に適合している。
【0034】
したがって、第1の態様によれば、本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関している。このナノ粒子は、以下の成分から少なくとも形成されている。
(a)白金系薬物
(b)ポリL-アルギニン
(c)ヒアルロン酸
【0035】
したがって、本明細書に記載のナノ粒子は、白金系薬物送達システム(白金を含有している薬物送達システム)からなる。
【0036】
好適な実施形態において、白金系薬物は、白金錯体(II)、白金錯体(IV)、およびそれらの混合物から選択される白金錯体である。
【0037】
いくつかの実施形態によれば、(a)白金系薬物は、白金(II)系薬物、白金(IV)系薬物、およびそれらの混合物からなる群より選択され、好ましくは白金(II)系薬物であり、より好ましくはDACHPtである。本開示において、「白金系薬物」を「白金を含有している薬物」と表現する場合がある。
【0038】
本発明のナノ粒子は、溶媒を使用せずに水溶液中で製造される。白金系薬物の水溶性が低いときは(例えば、塩素原子を有している場合)、塩素原子を除去することにより、水溶性の高い形態(例えば、塩素原子を有さない形態)に変換できる。白金系薬物の塩素形態を避けねばならない場合には、ポリL-アルギニン中は塩素原子を含んでいない必要がある。
【0039】
いくつかの実施形態において、(a)白金系薬物は、塩素原子を欠いた形態で存在している。すなわち、白金系薬物は塩素を含んでいない。
【0040】
本発明の意味において、「塩素原子を含んでいない」「塩素原子を欠いている」または「塩素を含有していない」という表現は、白金系薬物が塩素原子を全く含んでいないことを表している。つまり、(a)白金系薬物中に存在する塩素原子の数は、0である。
【0041】
他の実施形態によれば、(a)白金系薬物は、塩素原子を含んでいる。
【0042】
いくつかの実施形態によれば、(b)ポリL-アルギニンは、塩酸塩の形態ではない。すなわち、(b)ポリL-アルギニンは、塩化物イオンを欠いている(例えば、塩化物イオンを含有していない)。
【0043】
本発明の意味において、「塩化物イオンを含んでいない」「塩化物イオンを欠いている」または「塩化物イオン含有していない」という表現は、(b)ポリL-アルギニン(例えば、塩酸塩の形態のポリ-L-アルギニン)が、検出可能な量の塩化物イオンを含んでいないこと、あるいは塩化物イオンを含んでいないことを表している。
【0044】
さらなる実施形態によれば、(b)ポリL-アルギニンは、塩化物イオンを含んでいる形態で提供される。例えば、(b)ポリL-アルギニンは、当該ポリL-アルギニンに含まれているアルギニン残基のモノマーユニット1つあたり、1個の塩化物イオンを含んでいることが好ましい。
【0045】
さらに他の実施形態によれば、(b)ポリL-アルギニンは、塩化物イオンを含んでいない形態および塩化物イオンを含んでいる形態の混合物として提供される。好ましくは、ポリL-アルギニン塩酸塩とポリL-アルギニン水酸化物との混合物である。
【0046】
本開示のナノ粒子は、ヒアルロン酸ポリマーおよびポリL-アルギニンからなるネットワークを有する単純な構造を有している。この構造中に、白金系薬物の分子が封入されている。したがって、本開示のナノ粒子は、コア-シェル構造を構成しない。
【0047】
いくつかの実施形態によれば、(a)、(b)および(c)の化合物は、互いに非共有性の結合で結合している。
【0048】
白金(II)化合物(オキサリプラチンなど)を含有しているナノ粒子は、例えば、US2012/0177728や、Brown et al. (J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 4678)において、既に開示されている。この先行技術に開示されているナノ粒子は、それぞれ、脂質系ナノ粒子および金系ナノ粒子である。このように、この先行技術に開示されているナノ粒子は、ヒアルロン酸およびポリアルギニンを含んでいない。
【0049】
ヒアルロン酸およびポリアルギニンの両方を含んでいるナノ担体自体は、本技術分野において公知である。例えば、Oyazurn-Ampuero et al. (Eur J Pharm Biopharm Off J Arbeitsgemeinschaft Fuer Pharm Verfahrenstechnik eV. 2011; 79(1):54-57)では、ヒアルロン酸およびポリアルギニンを使用してナノ担体を得て、ナノ担体の安定性を評価した。ただし、このナノ担体には、いかなる薬物も封入されていない。この論文の著者は、親水性薬物を担持させることにより、特にペプチドの経口送達の観点からナノ担体の適合性をさらに考察している。また、Kim et al. (2009, Gene Med, Vol. 11: 791-803)では、負電荷を帯びたヒアルロン酸とカチオン性ポリL-アルギニンとの静電的複合体化により形成されたナノ粒子について検討している。
【0050】
他の態様によれば、本発明は、本明細書に記載のナノ粒子の製造方法に関する。この製造方法は、以下の工程を少なくとも含む。
(i)塩素原子を含んでいないアクア錯体形態の白金系薬物を提供する工程
(ii)塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンの水溶液を提供する工程
(iii)工程(i)のアクア錯体形態の白金系薬物と、工程(ii)の水溶液とを混合する工程
(iv)ナノ粒子の形成に適した条件下にて、工程(iii)で得られた混合物に、ヒアルロン酸を加える工程
(v)任意構成で、工程(iv)で得られたナノ粒子を回収する工程
【0051】
特定の実施形態によれば、工程(i)における塩素原子を含んでいないアクア錯体形態の白金系薬物は、白金系薬物の二塩化物形態を、AgNO(硝酸銀)による前処理で変換することにより形成される。
にてのを形成する。
【0052】
特定の実施形態によれば、工程(ii)における塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン塩酸塩(PArg-Cl)から得られる。
【0053】
本発明の他の主題は、上述の製造方法によって得られるナノ粒子に関する。
【0054】
他の主題によれば、本発明は、本発明で定義されるナノ粒子の1種類以上と、薬学的に許容可能な添加剤の1種類以上と、を含んでいる医薬組成物に関する。
【0055】
本発明の他の主題によれば、本発明は、癌の予防および/または治療に用いるための、本明細書に記載のナノ粒子に関する。癌の例としては、膵臓癌(特に、膵管腺癌(PDAC))、大腸癌、肺癌、小細胞肺癌および非小細胞肺癌、卵巣癌、精巣癌、乳癌、脳腫瘍、肉腫、リンパ腫、頭頸部癌、転移性大腸癌、胃癌(gastric cancer)、卵巣癌、食道癌、膀胱癌、子宮頸癌、白血病(慢性骨髄性白血病など)、前立腺癌、肝臓癌、結腸癌、腎臓癌、皮膚癌、骨肉種、子宮癌、リンパ腺癌、胃癌(stomach cancer)、腸癌が挙げられる。
【0056】
また、本発明は、癌の予防および/または治療に用いるための本明細書に記載のナノ粒子に関連する。この癌は、通常、シスプラチン耐性の癌である。
【0057】
〔本発明に係るナノ粒子〕
本明細書の他の箇所で言及されている通り、本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関する。このナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)白金系薬物
(b)ポリL-アルギニン
(c)ヒアルロン酸
【0058】
特定の実施形態によれば、本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関する。このナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)塩素原子を含んでいない形態で存在する白金系薬物
(b)ポリL-アルギニン水酸化物
(c)ヒアルロン酸
【0059】
好ましい特定の実施形態によれば、本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関する。このナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)DACHPt
(b)ポリL-アルギニン水酸化物
(c)ヒアルロン酸
【0060】
(a)白金系薬物としてDACHPtを使用する特定の実施形態においては、(b)ポリL-アルギニンとしてポリL-アルギニン塩酸塩またはポリL-アルギニン水酸化物とポリL-アルギニン塩酸塩との混合物を使用せずに、ポリL-アルギニン水酸化物を使用すれば、DACHPtClの形成を回避できるので有利である。DACHPtClは、非水溶性なので沈澱してしまう。DACHPtClの存在は、本発明に係る薬物を担持したナノ粒子の形成を大きく妨げる可能性がある。
【0061】
他の特定の実施形態によれば、本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関する。このナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)塩素原子を含んでいる白金系薬物
(b)ポリL-アルギニン塩酸塩
(c)ヒアルロン酸
【0062】
好ましい特定の実施形態によれば、本発明は、薬物送達システムとして有用なナノ粒子に関する。このナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)シスプラチン
(b)ポリL-アルギニン塩酸塩
(c)ヒアルロン酸
【0063】
(a)白金系薬物としてシスプラチンを使用し、(b)ポリL-アルギニンとしてポリL-アルギニン塩酸塩を使用する特定の実施形態は、とりわけ、薬物が血漿タンパク質から保護され、腫瘍中においてより特異的に薬物が蓄積されるので、有利である。
【0064】
本発明に係るナノ粒子は、マトリクスシステムを含む高分子ナノシステムを形成している。
【0065】
本発明に係るナノ粒子は、球状である。
【0066】
より詳細には、本発明に係るナノ粒子は、マトリクス内部において白金系薬物を封入(白金系薬物と会合)している。
【0067】
例えば、負に帯電しているHAと、塩化物イオン含有していない形態のカチオン性ポリL-アルギニン(PArg-OHなど)との静電的複合体化により、水溶液中にてDACHPtナノ粒子が形成されたと仮定する。この仮定に基づくと、白金系薬物、ポリL-アルギニンおよびヒアルロン酸は、互いに非共有性の結合で結合している。
【0068】
本発明に係る担持ナノ粒子の平均粒径(すなわち、流体力学的径)は、凍結乾燥前において、200nm以下であり、好ましくは100~200nmであり、より好ましくは130~180nmである。平均粒径は、Malvern Zetasizer (R) apparatus DTS 1060(Nano Series ZS, Malvern Instruments S.A., Worcestershire, UK)を用い、脱イオン水で1/60に稀釈したナノ粒子分散液を、25℃にて3回測定する。
【0069】
実施例に記載の通り、白金系薬物を担持したナノ粒子(DACHPtを担持したナノ粒子など)は、対応するブランクシステム(何も担持していないナノ粒子)よりも小さい。この違いは、薬物の存在により高分子鎖が様々に再配置されることに起因していると示唆される。DACHPtの形成を促進する主要な力は、白金の正電荷と、HAのカルボキシル基の負電荷と間の相互作用であると推定される。
【0070】
さらに、本発明に係るナノ粒子のゼータ電位(ZP)は、凍結乾燥前において、-50~-10mVであり、好ましくは-47~-27mVである。ゼータ電位は、Malvern Zetasizer (R) apparatus DTS 1060(Nano Series ZS, Malvern Instruments S.A., Worcestershire, UK)を用い、脱イオン水で1/60に稀釈したナノ粒子分散液を、25℃にて3回測定する。
【0071】
さらに、本発明に係るナノ粒子の多分散度(PDI)は、凍結乾燥前において、0.20以下であり、好ましくは0.01~0.20であり、より好ましくは0.03~0.06である。
【0072】
さらに、本発明に係るナノ粒子は、凍結乾燥物の形態であることが特に有利である。
【0073】
実際に、ナノ粒子の凍結乾燥(またはフリーズドライ)粉末を精製水で再構成すると、得られる懸濁液のpHおよび重量モル浸透圧濃度は、例えば、静脈内(IV)注射に完全に適した値になる。
【0074】
さらに、凍結乾燥粉末の保存寿命は、より長期化している。粒径が240時間しか安定しないミセルなどの従来製剤と比べると、この結果は非常に有利である。
【0075】
したがって、特定の実施形態によれば、本発明に係るナノ粒子は凍結乾燥される。凍結乾燥工程は、RZ6 Vacubrand pomp(Fisher Scientific, Illkirch, France)を備えたALPHA 1-4 LSC(CHRIST)凍結乾燥機により、実施ができる。このようにして、随時使用可能な安定な凍結乾燥形態のナノ粒子が得られる。
【0076】
凍結乾燥後におけるナノ粒子の粒径、多分散度およびゼータ電位は、粉末を水に再懸濁した後、凍結乾燥前について上述したものと同じ方法および装置を用いて評価できる。それぞれの数値範囲の定義は、下記の通りである。
【0077】
本発明に係るナノ粒子の平均粒径(すなわち、流体力学的径)は、凍結乾燥後において、300nm以下であり、好ましくは100~300nmであり、特に好ましくは200~300nmである。
【0078】
上記の記載から明らかなように(また、実施例で実証されているように)、本発明に係るナノ粒子の平均粒径(流体力学的径)は、凍結乾燥後において僅かに増加する。しかし、この変化は、ナノ粒子システムの安定性の低下には繋がらない。
【0079】
さらに、本発明に係るナノ粒子の多分散度(PDI)は、凍結乾燥後において、0.20以下であり、好ましくは0.010~0.200であり、特に好ましくは0.050~0.150であり、さらに好ましくは0.054~0.133である。
【0080】
実施例に示されているように、凍結乾燥前または後におけるナノ粒子のPDIの値によると、得られたナノ粒子は非常に均質であり、単分散である。
【0081】
形状および粒径が200nm程度であり、多分散度が低い(PDI:0.2未満)製剤は、血管外遊出および拡散により、in vivoにおいて腫瘍内での蓄積に至ると予期される。
【0082】
さらに、本発明に係るナノ粒子の封入効率は、35%~90%であり、好ましくは40%~80%であり、より好ましくは42%~75%である。
【0083】
封入効率が高いと、同じ投与量でも薬効の向上が予期されるので、システムがよく標的化されていると見做される。
【0084】
白金系薬物(特に白金(II)系薬物)と高分子とが会合するメカニズムは、白金系薬物、HAおよびPArgの3成分による複合体の形成にある。負に帯電しているHAのカルボキシル官能基(COO)と、正電荷を有している白金金属イオンおよびPArgとが結合し、その相互作用により高分子網状組織が誘導され、ナノ粒子の複合体が形成される。
【0085】
様々な[HA]/[Parg]の重量比によって得られた粒子の表面負電荷が示すところによると、粒子表面の大部分はHAである。負電荷と組合せた高分子の生体適合性により、血中循環が促進され、細網内皮系のマクロファージによる取込みがされると予想される。
【0086】
この製剤の主な利点は、有機溶媒を必要とせず、それゆえ生成物の分解を回避でき、製造工程を簡略化できる点にある。本発明に係るナノ粒子と、Cabral et al (J Control Release. 2005;101(1-3):223-232)が開発したミセルとを比較すると、HA/PArgナノ粒子の製剤化に使用される高分子は薬学的に許容可能な物質であり、化学修飾を必要しない。
【0087】
例えば、白金系薬物がジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)(DACHPt:オキサリプラチンの活性形態)であるとき、新しく製剤化したナノ粒子の粒径の安定性は、溶液中で約2週間である。これは、オキサリプラチンが14日後には分解してしまうためである。
【0088】
この問題を解決するためには、高分子溶液を、凍結防止剤として機能するマンニトール10%(w/w)溶液中にて調製する。粒径および封入効能の安定性は、約1箇月間保証される。ナノ粒子におけるマンニトールの最終濃度は、約7%(w/w)である。
【0089】
[ナノ粒子の組成]
本発明に係るナノ粒子は、高分子ナノシステムを形成している。高分子ナノシステムは、ヒアルロン酸(HA)およびポリL-アルギニンから調製される。高分子ナノシステムにより、白金系薬物(特に、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)などの白金(II)系薬物)が封入される(または会合する)。
【0090】
(a.白金系薬物)
上記のように、本発明に好適な白金系薬物としては、白金(II)系薬物、白金(IV)系薬物、およびこれらの混合物が挙げられる。
【0091】
白金(II)系薬物の例としては、DACHPt、シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン、ロバプラチン、ヘプタプラチンが挙げられる。
【0092】
白金(IV)系薬物の例としては、サトラプラチンが挙げられる。
【0093】
特定の実施形態によれば、(a)白金系薬物は、塩素原子を含んでいない形態で存在する。
【0094】
好ましい特定の実施形態によれば、塩素原子を含んでいない(a)白金系薬物は、白金(II)系薬物である。
【0095】
より好ましい特定の実施によれば、塩素原子を含んでいない(a)白金系薬物は、DACHPt、オキサリプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン、ロバプラチン、ヘプタプラチン、cis-ジアンミンジアクア白金(II)、ジアクア(1,2-ジアミノメチルシクロブタン)白金(II)、ジアクア(4,5-ジアミノメチル-2-イソプロピル-1,3-ジオキソラン)白金(II)、およびそれらの混合物からなる群より選択される。
【0096】
さらに好ましい特定の実施形態によれば、塩素原子を含んでいない(a)白金系薬物は、DACHPtである。
【0097】
他の特定の実施形態によれば、(a)白金系薬物は、塩素原子を含んでいる。
【0098】
好ましい特定の実施形態によれば、塩素原子を含んでいる(a)白金系薬物は、白金(II)系薬物および白金(IV)系薬物からなる群より選択される。
【0099】
より好ましい特定の実施形態によれば、塩素原子を含んでいる(a)白金系薬物は、シスプラチンおよびサトラプラチンからなる群より選択される。
【0100】
さらに好ましい特定の実施形態によれば、塩素原子を含んでいる(a)白金系薬物は、シスプラチンである。
【0101】
シスプラチン(CDDP;cis-ジアンミンジクロロ白金(II))は、古典的白金錯体の最初の一つである。白金原子は、リガンドである2個の塩素原子および2個のNH基と錯体を形成している。
【0102】
カルボプラチン(cis-ジアンミン(1,1-シクロブタンジカルボキシラト)白金(II))は第2世代の白金製剤である。
カルボプラチンでは、シスプラチンに存在していた2個の塩素原子が、酸素を含んでいるリガンドに置換されている。このリガンドは、Cジカルボン酸に由来しており、Cジカルボン酸の中央の炭素原子は、3個の炭素原子とともにシクロブチル環を形成している。
【0103】
ネダプラチン(cis-ジンアミングリコラト白金(II))は、第2世代の白金製剤である。
【0104】
オキサリプラチンは、第3世代の白金製剤である。オキサリプラチンは、白金と1,2-ジアミノシクロヘキサン(DACH)とからなる有機錯体であり、脱離基としてのシュウ酸塩リガンドを有している(ジアミノシクロヘキサン白金(II)シュウ酸塩)。IUPAC名は、(R,R)-1,2-ジアミノシクロヘキサン(エタンジオアト-O,O)白金である。現在、オキサリプラチンは、進行性大腸癌および転移性胃癌の治療用として、SanofiからEloxatin (R)の商品名で市販されている。多くの場合、オキサリプラチンは、5-フルオロウラシル(5-FU)および/またはホリナート塩(ロイコボリン)とともに投与される(FOLFOXまたはFOLFIRI)。
【0105】
オキサリプラチンの抗癌剤としての活性には、複数の経路が存在する。主な効果は、白金原子がDNAに結合して、複数のグアニンを結合するより一本鎖または二本鎖を形成し、細胞の増殖を阻害して死に至らしめることにある。オキサリプラチンは、細胞に入ると加水分解され、シュウ酸塩部分が塩素イオンとイオン交換される。その結果、二塩化ジアミノシクロヘキサン白金(DACHPtCl)が形成される。最終的な加水分解により、薬物は活性化されて、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)形態の形態となる。
【0106】
ロバプラチンは第3世代の白金製剤であり、乳酸から形成されたキレートである。化学名は、cis-[(1R,2R)-1,2-シクロブタンビス(メチルアミノ)-N,N’][(2S)-2-ヒドロキシプロパノアト(2-)-O1,O2]白金である。
【0107】
ヘプタプラチンはマロン酸白金錯体である。化学名は、cis-マロナト(4,5-ビス(アミノメチル)-2-イソプロピル-1,3-ジオキソラン)白金(II)である。これも第三世代の白金系製剤である。
【0108】
白金(IV)化合物の具体例としては、サトラプラチンが挙げられる。
【0109】
本開示のナノ粒子内に存在している本発明に好適な白金系薬物の量は、白金系薬物の種類に応じて大幅に異なりうる。実際に当業者ならば、白金系薬物に関する多くの文献に基づいて、ナノ粒子内に封入すべき白金系薬物の適当な量を決定できると理解する。
【0110】
本発明に好適な白金系薬物の含有量は、ナノ粒子の総重量に対して、0.0001~15重量%、好ましくは0.001~10重量%、より好ましくは0.001~1重量%である。
【0111】
(b.ポリL-アルギニン(PArg))
従来、ポリL-アルギニンは、塩酸塩型(すなわち、ポリL-アルギニン塩酸塩(PArg-Cl))が使用されている。多くの場合、ポリL-アルギニン塩酸塩は、Alamanda (R) Polymersが販売しているものである(Mwは5kDa~100kDa、好ましくは5kDa~15kDa、または好ましくは50kDa~100kDa、または好ましくは20kDa~50kDa)。
【0112】
この商品は、正に帯電している合成ポリアミノ酸であり、アルギニン1ユニットあたり1個のHClを有している。この商品は、水溶性の結晶性固体である。安全性プロファイルは非常に興味深く、ヒト酵素による分解においてポリペプチドに類似した挙動を示し、生物体内ではほとんど蓄積しない。
【0113】
特定の実施形態によれば、(b)ポリL-アルギニンは、塩化物イオン含んでいる形態で提供される。すなわち、高分子中に存在するアルギニン1ユニットあたり1個の塩化物イオン(または1個のHCl)を含んでいる形態で提供される。
【0114】
好ましい特定の実施形態によれば、塩化物イオンを含んでいる形態で提供される(b)ポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン塩酸塩である。
【0115】
他の特定の実施形態によれば、(b)ポリL-アルギニンは、塩化物イオンを含んでいない形態で提供される。
【0116】
好ましい特定の実施形態によれば、塩化物イオンを含んでいない形態で提供される(b)ポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン水酸化物(PArg-OH)である。
【0117】
他の特定の実施形態によれば、(b)ポリL-アルギニンは、塩化物イオンを含んでいない形態と塩化物イオン含んでいる形態との混合物として提供される。好ましくは、ポリL-アルギニン塩酸塩とポリL-アルギニン水酸化物との混合物である。
【0118】
本発明に係るナノ粒子において、ポリL-アルギニン塩酸塩のポリL-アルギニン水酸化物に対する重量比は、(0/100)~(100/0)であってもよく、特に0/100、25/75、50/50、75/25または100/0であってもよい。
【0119】
理解されたいことには、例えば、ポリL-アルギニン塩酸塩のポリL-アルギニン水酸化物に対する重量比が0/100であるとき、これは、(b)ポリL-アルギニンが全てポリL-アルギニン水酸化物であることを意味する。あるいは、ポリL-アルギニン塩酸塩のポリL-アルギニン水酸化物に対する重量比が100/0であるとき、これは、(b)ポリL-アルギニンが全てポリL-アルギニン塩酸塩であることを意味する。
【0120】
PArg-OHは、イオン交換樹脂を充填したカラムに塩基(NaOHなど)を通して、PArg-Clをイオン交換樹脂で改質することにより調製できる。このようにして得たポリL-アルギニン(PArg-OH)は、カラムの末端から回収する。
【0121】
好適には、本発明に係るPArg-OHの重量平均分子量(Mw)は、好ましくは3000~17000Daであり、より好ましくは5000~15000Daである。
【0122】
本発明に係る(b)ポリL-アルギニンの含有量は、ナノ粒子の総重量に対して、2~30重量%であり、好ましくは5~20重量%であり、より好ましくは10~17重量%である。
【0123】
(c.ヒアルロン酸(HA))
ヒアルロン酸(ヒアルロナンまたはヒアルロナートとも称する)は、N-アセチル-D-グルコサミンおよびD-グルクロン酸を含んでいる二糖ユニットから構成されるアニオン性多糖である。人体(生物流体および生体組織)に天然に存在し、薬学において広汎に使用されている。
【0124】
【化1】

HAは非毒性であり、粘膜付着性があり、生分解性である。
【0125】
また、HAは、CD44に対して親和性のあるリガンドとして作用するため、固有の標的化活性を有している。CD44は、腫瘍細胞において発現しており、ある種の耐性細胞株および癌幹細胞において過剰発現している(特に、ゲムシタビンなどの抗癌剤による治療後に過剰発現する)。
【0126】
さらに都合のよいことに、腫瘍性の微小環境には、通常、ヒアルロニダーゼが豊富に存在している。そのため、より大量の薬物をin situで放出させられる。
【0127】
本発明に係るヒアルロン酸の重量平均分子量(Mw)は、10~100kDaであり、好ましくは10~30kDaであり、好ましくは15~25kDaであり、より好ましくは20kDaである。あるいは、好ましくは50~100kDaである。
【0128】
本明細書において、ヒアルロン酸の「分子量」を表している全ての数は、重量平均分子量(Mw)を示すと理解されたい(単位:ダルトン(Da))。
【0129】
本発明に好適なヒアルロン酸としては、Lifecore Biomedicalから市販されているヒアルロン酸(HA、LMWHA(Mw≒20kDa))が挙げられる。
【0130】
本発明に係るヒアルロン酸の含有量は、ナノ粒子の総重量に対して、2.5~12重量%であり、好ましくは4~12重量%である。
【0131】
実施例に示されるように、[HA]/[PArg]の質量比が0.5/2.5未満であるならば、ゼータ電位が正であるナノ構造が得られる。このことは、ナノシステムの表面が、正に帯電したPArgから主に構成されうることを示す。この比率を上回ると構造が逆転し、HA鎖が表面に露出する。薬物を担持したナノ構造に関して、[HA]/[PArg]の質量比が(7/2.5)~(12/2.5)であるならば、粒径には差が見られなかった。これは、ナノシステムが安定しており、HAをさらに追加したとしても、会合状態が変化しないことを示唆している。
【0132】
したがって、これらのナノ粒子の[HA]/[Parg]の重量比(または質量比)は、0.5/2.5(=0.2)超であり、好ましくは0.6/2.5(=0.24)~15/2.5(=6)であり、より好ましくは3/2.5(=1.2)~12/2.5(=4.8)であり(例えば、3/2.5、4/2.5(=1.6)、7/2.5(=2.8)、9/2.5(=3.6)、10/2.5(=4)、11.25/2.5(=4.5)および12/2.5であり)、より好ましくは11.25/2.5である。
【0133】
さらに、これらのナノ粒子の[白金系薬物]/([HA]+[PArg])の重量比(または質量比)は、0.01~1.00であり、好ましくは0.03~0.50であり、より好ましくは0.04~0.10である。
【0134】
好ましい実施形態によれば、本発明に係る薬物送達システムとして有用なナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)白金(II)系薬物
(b)ポリL-アルギニン
(c)ヒアルロン酸
【0135】
より好ましい実施形態によれば、本発明に係る薬物送達システムとして有用なナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)
(b)ポリL-アルギニン
(c)ヒアルロン酸
【0136】
さらにより好ましい実施形態によれば、本発明に係る薬物送達システムとして有用なナノ粒子は、少なくとも、以下の成分から形成されている。
(a)ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)
(b)ポリL-アルギニン水酸化物
(c)ヒアルロン酸
【0137】
実施例に示されているように、本発明に係るナノ粒子は、凍結乾燥後であっても安定しており(特に粒径が安定しており)、そして生物学的な条件においても安定している。
【0138】
さらに、実施例(より詳細には「in vitroにおける実験」の欄)で示されているように、何も担持していないナノ担体は、検討した細胞株に対して毒性がないことが実証された。この点は、in vivoにおける使用にとって有望である。
【0139】
ナノ粒子化されていない薬物のIC50と、薬物を担持したナノ粒子のIC50とを比較すると、細胞毒性の効果は、後者が前者を上回ることが実証された。
【0140】
本発明において、ナノ粒子の流体力学的径および多分散度(PDI)は、動的光散乱(DLS)法によって測定した。脱イオン水でサンプルを適当な濃度に稀釈し、25℃、検出角度173°にて各サンプルの分析を行った。
【0141】
本発明において、ゼータ電位(ZP)は、レーザドップラー流速計(LDA)により測定された電気泳動移動度の平均値から計算した。LDA測定では、予め稀釈したサンプルを電気泳動セルに入れて用いた。
【0142】
DLS分析およびLDA分析は、NanoZS (R)(Malvern Instruments S.A., Worcestershire, United Kingdom)を用いて、3回ずつ行った。
【0143】
〔本発明に係るナノ粒子の製造方法〕
上述した通り、本発明は、本発明に係るナノ粒子の製造方法に関する。この製造方法は、少なくとも、以下の工程を含む。
(i)塩素原子を含んでいないアクア錯体形態の白金系薬物を提供する工程
(ii)塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンの水溶液を提供する工程
(iii)工程(i)のアクア錯体形態の白金系薬物と、工程(ii)の水溶液とを混合する工程
(iv)ナノ粒子の形成に適した条件下にて、工程(iii)で得られた混合物に、ヒアルロン酸を加える工程
(v)任意構成で、工程(iv)で得られたナノ粒子を回収する工程
【0144】
この製造方法は、改良されたイオン向性ゲル化法である(下記に説明する)。イオン向性ゲル化法の一般的な手順は、例えば、Oyarzun-Ampuero et al. (Eur J Pharm Biopharm Off J Arbeitsgemeinschaft Fuer Pharm Verfahrenstechnik eV. 2011;79(1):54-57)に記載されている。
【0145】
特定の実施形態によれば、本発明は、本発明に係るナノ粒子の製造方法に関する。この製造方法は、少なくとも、以下の工程を含む。
(i)DACHPtを提供する工程
(ii)ポリL-アルギニン水酸化物の水溶液を提供する工程
(iii)工程(i)のDACHPtと、工程(ii)の水溶液とを混合する工程
(iv)ナノ粒子の形成に適した条件下にて、ヒアルロン酸を工程(iii)で得られた混合物に加える工程
(v)任意構成で、工程(iv)で得られたナノ粒子を回収する工程
【0146】
都合のよいことに、本発明に係る製造方法によれば、白金系薬物(特に白金(II)系薬物に対応するアクア錯体)に塩化物(任意に、ポリアルギニン溶液中に存在している)を加えることにより、安定な白金系薬物ナノ粒子(特に、白金(II)系薬物ナノ粒子)を提供できる。
【0147】
[工程(i)]
工程(i)では、塩素原子を含んでいないアクア錯体形態の白金系薬物を提供する。
【0148】
アクア錯体形態の白金系薬物は、当業者に知られている任意の工程によって得られる。
【0149】
アクア錯体の調製方法の例としては、硝酸銀(AgNO)を用いる前処理によって、白金系薬物の二塩化物形態を変換することが挙げられる。この工程は、Oberoi et alに既に記載されている18
【0150】
白金系薬物の二塩化物形態(DACHPtClなど)を蒸留水で懸濁する。その後、例えば磁気攪拌しながら、暗所、室温(25℃)にて、硝酸銀と混合する([AgNO]/[白金系薬物の二塩化物形態]=1)。混合時間は、1時間~48時間であり、好ましくは10時間~24時間であり、より好ましくは24時間である。このようにして、アクア錯体を形成させる。
【0151】
白金系薬物の二塩化物形態の例としては、ジアミンジクロロ白金(II)(シスプラチン)、ジクロロ(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)(DACHPtCl)、ジクロロ(1,2-ジアミノメチルシクロブタン)白金(II)、ジクロロ(4,5-ジアミノメチル-2-イソプロピル-1,3-ジオキソラン)白金(II)、およびそれらの混合物が挙げられる。
【0152】
好ましくは、白金系薬物の二塩化物形態は、ジクロロ(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)である。
【0153】
ジクロロ(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)は、例えば、Sigma Aldrichが販売しているDACHPtCl(Mw=380.17Da)であってもよい。
【0154】
反応後、塩化銀(AgCl)の沈澱が形成される。
【0155】
その後、AgClの沈澱を、3000rpmにて、10~20分間(より好ましくは20分間)遠心分離して除去する。
【0156】
次に、上清を0.22μmのフィルタで濾過して精製し、アクア錯体を回収する。
【0157】
したがって、塩素原子を含んでいないアクア錯体形態の白金系薬物は、ジアミンジアクア白金(II)、ジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)(DACHPt)、ジアクア(1,2-ジアミノメチルシクロブタン)白金(II)、ジアクア(4,5-ジアミノメチル-2-イソプロピル-1,3-ジオキソラン)白金(II)、およびそれらの混合物から選択されてもよく、好ましくはジアクア(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)である。
【0158】
[工程(ii)]
工程(ii)は、塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンの水溶液の提供からなる。
【0159】
特定の実施形態によれば、塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンは、ポリL-アルギニン塩酸塩(PArg-Cl)から得られる。
【0160】
他の特定の実施形態によれば、塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンの水溶液は、ポリL-アルギニン水酸化物(PArg-OH)の水溶液である。
【0161】
例えば、塩基およびイオン交換樹脂を用いてポリL-アルギニン塩酸塩(PArg-Cl)を脱塩することにより、ポリL-アルギニン水酸化物を得られる。このように、イオン交換樹脂(カラム)によりPArg-Clを改質する。イオン交換樹脂は、とりわけアニオン交換樹脂であるAmberlite (R) IRA 900 Clの名称でRohm&Haasから販売されているものなど)。
【0162】
まず、湿潤状態の樹脂が充填されているカラムに、塩基を加える。本発明に好適な塩基は、NaOH、LiOHなどや、それに加えてこれらの混合物から選択されうる。
【0163】
十分な時間後(例えば、15分間~1時間、好ましくは30分間)、溶液のpHが中性に達するまで、精製水でカラムをリンスする。
【0164】
次に、PARg-Cl溶液、(例えば、Alamanda (TM) Polymersから市販されているポリL-アルギニン塩酸塩)をカラムの頂端から入れる。ポリL-アルギニン塩酸塩のMwは、5~100kDaであり、好ましくは5~15kDaであり、または好ましくは50~100kDaであり、または好ましくは20~50kDaである。カラムを通過するとき、PARg-Clの塩化物イオンがカラム内のOHイオンと交換される。
【0165】
次に、PArg-OH溶液をカラムの末端から回収する。次に、PArg-OH溶液が所望の濃度(例えば12.5mg/mL)に達するまで、精製水で溶液をリンスする。
【0166】
PArg-ClからPArg-OHへの特異的な改質により、残留塩化物(Cl)を除去できる。残留塩化物(Cl)は、活性化白金系薬物(DACHPtなど)を沈澱性のジクロロ白金系薬物(DACHPtClなど)に変化させるので、薬物を担持したナノ粒子の形成を大きくに妨げてしまう。
【0167】
このように、工程(ii)により、PArg塩化物塩と、白金系薬物(特に白金(II)系薬物)との間の不適合性の問題が克服される。そのため、工程(ii)は、後に安定なナノ粒子を得ることに寄与している。
【0168】
[工程(iii)]
工程(iii)は、工程(i)の塩素原子を含んでいない白金系薬物のアクア錯体と、工程(ii)の塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニンの水溶液と、の混合に相当する。
【0169】
塩化物イオンを含んでいないポリL-アルギニン水溶液(PArg-OH溶液など)と、白金系薬物のアクア錯体(塩素原子を含んでいない白金(II)系薬物など)とを、例えばバイアル内で混合する。この際、1分間~20分間(好ましくは10分間)攪拌し続ける。
【0170】
このようにして、工程(i)および工程(ii)の2種類の成分の混合物が得られる。
【0171】
[工程(iv)]
工程(iv)では、ヒアルロン酸(例えばLifecore Biomedicalが販売しているHA(LMWHA(Mw≒20kDa))を、工程(iii)で得られた混合物に添加し、所望のナノ粒子を得る。
【0172】
好適には、混合前に、溶液を0.22μmフィルタで濾過して無菌性を確保する。
【0173】
次に、工程(iii)において得られた(i)のアクア錯体と(ii)の水溶液との混合物と、HAと組合せる。この工程は、単に、室温にて高分子水溶液を磁気攪拌しながら混合することによって行う。このようにして、担持ナノ粒子を得る。
【0174】
工程(iv)においては、異なる濃度のHAを加えてもよい(例えば2.5~12mg/mL、好ましくは0.5~12mg/mL)。こうすれば、異なる[HA/PArg]の質量比が異なるナノ粒子が得られる。そのため、ナノシステムに対する高分子の寄与を決定する一助となりうる。また、正に帯電した親水性分子(DACHPtなど)を組込むために、ナノ粒子を改良する一助ともなる。
【0175】
さらに、10%w/vのマンニトールの存在下にて調製する全ての製剤について、pHおよび浸透圧を確認する。
【0176】
pHが中性であるとき、HAは負に帯電している多糖であり、PArgは正電荷を有するポリアミノ酸である。これらは、静電相互作用(非共有性の結合)によりナノ粒子を形成できる。
【0177】
[工程(v)]
工程(v)は任意工程であり、工程(iv)で得られるナノ粒子の単離からなる。
【0178】
システムを単離するために、所定の体積(例えば1mL)のナノ粒子懸濁液をエッペンドルフチューブに移し、所定の体積(例えば20μL)のグリセロール床の上で遠心分離する(例えば16000g、30分間、25℃)。
【0179】
次に、上清を廃棄し、ピペッティングおよび激しいボルテックスにより、ナノ粒子を水中に再懸濁させる。
【0180】
本発明に係る製造方法によれば、生体に作用する高分子ナノ担体が得られる。このナノ単体は、上記に定義したヒアルロン酸および上記に定義したポリアルギニンから構成される。
【0181】
実施例に示されるように、このナノ構造は、白金系薬物(特に白金(II)系薬物、例えばオキサリプラチンの活性型(DACHPt))を上手く封入する(または会合させる)ことができる。
【0182】
白金系薬物(特に、DACHPtなどの白金(II)系薬物)の会合を促進する主な力は、白金の正電荷と、HAの電気的陰性なカルボキシル基との相互作用にあると思われる。
【0183】
したがって、白金系薬物(特に白金(II)系薬物)分子、ポリL-アルギニン分子およびヒアルロン酸分子は、静電相互作用(非共有性の結合)を介して互いに結合している。
【0184】
有利であることに、上記の方法は、既報17, 25, 39にて報告された多くの担体とは異なり、単純でありかつ有機溶媒を必要としない。それゆえ、含まれる工数が非常に少ないので、大規模実施の可能性を秘めている。
【0185】
必然的に、その単純さゆえに、無菌環境およびGMP(良好な製造慣行)条件下における本発明に係る製造方法の実施が容易に想像できる。
【0186】
〔治療用途〕
実施例に例示されるように、本発明で定義されるナノ粒子は、癌を予防および/または治療できる。癌の例としては、膵臓癌(特に、膵管腺癌(PDAC))、大腸癌、肺癌、小細胞肺癌および非小細胞肺癌、卵巣癌、精巣癌、乳癌、脳腫瘍、肉腫、リンパ腫、頭頸部癌、転移性大腸癌、胃癌、卵巣癌、食道癌、膀胱癌、子宮頸癌、白血病(慢性骨髄性白血病など)、前立腺癌、肝臓癌、結腸癌、腎臓癌、皮膚癌、骨肉種、子宮癌、リンパ腺癌、胃癌、腸癌が挙げられる。
【0187】
したがって、本発明に係るナノ粒子は、医薬(特に、癌の予防および/または治療に有用な医薬)の調製に使用できる。癌の例としては、膵臓癌(特に、膵管腺癌(PDAC))、大腸癌、肺癌、小細胞肺癌および非小細胞肺癌、卵巣癌、精巣癌、乳癌、脳腫瘍、肉腫、リンパ腫、頭頸部癌、転移性大腸癌、胃癌、卵巣癌、食道癌、膀胱癌、子宮頸癌、白血病(慢性骨髄性白血病など)、前立腺癌、肝臓癌、結腸癌、腎臓癌、皮膚癌、骨肉種、子宮癌、リンパ腺癌、胃癌、腸癌が挙げられる。
【0188】
したがって、本発明の他の態様において、本発明は、本発明に係るナノ粒子を含んでいる医薬を提供する。
【0189】
これらの医薬は、治療目的で(特に、上述した癌の治療および/または予防に)使用される。
【0190】
〔医薬組成物および投与形態〕
本発明のもう一つの態様によれば、本発明は、本発明に係るナノ粒子を有効成分として含んでいる医薬組成物に関する。より詳細には、これらの医薬組成物は、本発明に係るナノ粒子の効果的な用量と、薬学的に許容可能な添加剤の1種類以上とを含有している。
【0191】
小粒径のナノ粒子を考慮すると、これは、静脈内投与(IVまたはi.v.)、皮下投与(SQまたはs.q.)、皮内投与(ICまたはi.c.)、筋肉内投与(IMまたはi.m.)または腹腔内投与(IPまたはi.p.)できる。好ましくは、水性懸濁液の形態で静脈内投与できる。そのため、血管の微小循環に適している。
【0192】
したがって、非経口的投与、静脈内投与、または他の任意の適切な経路により、医薬組成物を投与できる。
【0193】
一実施形態において、腫瘍部位の近傍に当該組成物を注入することにより、医薬組成物を非経口投与する。本明細書において用いられるとき、「腫瘍部位の近傍」とは、腫瘍部位に対する組成物の局所的標的化および送達を表している。この表現には、腫瘍に対する直接注入も含まれるし、腫瘍から約1cm以内(1cm以内、約5mm以内、5mm以内、約2mm以内、2mm以内など)に対する注入も含まれる。医薬組成物は、例えば、単回注入または複数回注入によって投与できる。複数回注入とは、例えば、医薬組成物を腫瘍内および腫瘍周辺の両方に注入する場合である。
【0194】
他の実施形態においては、医薬組成物を被験体に対して全身性投与する。
例えば、被験体の循環系に組成物を注射するなどして、医薬組成物を静脈内投与する場合が挙げられる。
【0195】
他の例示的な実施形態においては、医薬組成物を経腸投与する。例えば、消化管内の腫瘍を灌注する場合が挙げられる。
【0196】
薬学的に許容可能な添加剤は、所望の調剤形態および投与方法に応じて、当業者に知られた一般的な添加剤から選択される。
【0197】
本発明の医薬組成物において、本発明に係るナノ粒子は、ユニット形態で、従来の医薬添加剤との混合物として、上述の癌の予防または治療のために動物およびヒトに投与してもよい。
【0198】
他の有用な実施形態によれば、本発明に係るナノ粒子は、凍結乾燥物の形態をしている。そのため、ナノ粒子を含有している随時使用可能で安定な凍結乾燥製剤を調製・保存できる。凍結乾燥粉末を精製水で再構成すると、懸濁液のpHおよび重量モル浸透圧濃度は、例えば静脈内注入に完全に適合する。
【0199】
本発明に係る組成物に適合する薬学的製剤の例としては、特に、以下が挙げられる。
・静脈内注射
・静脈内輸液
【0200】
ナノ粒子を水性分散液として使用する場合には、金属イオン封鎖剤もしくはキレート剤、酸化防止剤、pH調整剤および/または緩衝剤などの添加剤と組合せてもよい。
【0201】
上述の化合物に加えて、本発明に係る医薬組成物は、防腐剤、湿潤剤、可溶化剤および着色剤などの薬剤を含有してもよい。
【0202】
しかしまた、医薬組成物は、他の作用薬を含有してもよい。この作用薬は、白金系薬物(特に白金(II)系薬物)の効果と合わせて、治療上有益な利点が得られうる薬である。
【0203】
本発明に係るナノ粒子と組合せうる有効成分の代表例としては、とりわけ、抗癌作用もしくは細胞抑制作用を有している他の分子もしくは巨大分子(本発明に好適な白金系薬物からは区別される白金塩、5-フルオロウラシル、ホリニン酸もしくはその塩、アントラサイクリン、有糸分裂紡錘体毒、トポイソメラーゼ阻害剤、キナーゼ阻害剤またはメタロプロテアーゼ阻害剤など);コルチコイド型抗炎症剤(デキサメタゾンなど)もしくは非コルチコイド型の抗炎症剤、または免疫アジュバント活性を有している他の分子(抗癌活性を有している抗体など);鎮痛活性を有している分子(デキストロプロポキシフェン、トラマドール、ネホパム、パラセタモール、コデイン、アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症剤(NSAID)など)が挙げられる。NSAIDの例としては、アスピリン、イブプロフェン、インドメタシン、メフェナム酸、オキシカム誘導体、コキシブ(セレコキシブ(R)、ロフェコキシブ(R)、バルデコキシブ(R)、パレコキシブ(R)など)、スルフォナニリド(ニメスリド(R)など)が挙げられる。
【0204】
さらにまた、酸化防止剤(カテキン、ポリフェノール、フラボノール、フラボノン、カフェイン、アスコルビン酸、クエン酸、酒石酸、レシチン、または天然もしくは合成トコフェロールなど)も挙げられる。
【0205】
白金系薬物の製剤(特に、ナノ粒子形態の白金(II)系薬物の製剤)は、他の種類の作用薬との間に、いかなる化学的凝集作用も生じさせない。そのため、白金系薬物の製剤は、両者を同じ製剤に含めることができる。
【0206】
〔投与量〕
高用量または低用量が適切である特定の症例はありうる。このような用量であっても、本発明の範囲を外れるものではない。通常の慣行においては、各患者にとって適切な用量は、投与方法ならびに患者の体重および反応に応じて医師が決定する。
【0207】
例えば、個体に対して単回投与または複数回投与される量は、種々の因子に応じて変化する。このような因子の例としては、薬物動態特性、患者の状態および特徴(性別、年齢、体重、健康状態、体格)、症状の程度、同時に行っている治療、治療頻度および所望の効果が挙げられる。
【0208】
〔単独療法および併用療法〕
癌を予防および/または治療するために、本発明に係るナノ粒子を単独療法に使用することができる。それを必要とする患者または被験体が、他の特定の抗癌剤に対する耐性を有しているか否かにかかわらず、単独療法は好ましく推奨される。
【0209】
あるいは、本発明に係るナノ粒子は、同じまたは異なる作用機序を有している有効な抗癌性化合物の1種類以上(例えば、上記で定義されるもの)と組合せて使用してもよい。
【0210】
したがって、本発明の他の態様において、本発明に係るナノ粒子は、関連するまたは関連しない作用機序を有している2種類以上の抗癌性化合物の投与を含む併用治療の一部であってもよい。本発明に係るナノ粒子と、本発明で定義されるナノ粒子とは異なる他の抗癌性有効成分の1種類以上との組合せは、同一の製剤に含まれていてもよいし(上述のものなど)、異なる製剤に含まれていてもよい。
【0211】
一実施形態によれば、この組合せが同一の製剤に含まれる場合、この組合せは、用量が固定されていることが好ましい。すなわち、ナノ粒子と当該ナノ粒子とは異なる他の抗癌性有効成分の1種類以上とは、例えば、同じバイアル中で同じ粉末として製剤化できることが好ましい。
【0212】
他の実施形態によれば、この組合せが別々の製剤に含まれる場合、それぞれの有効成分は、同時に投与してもよいし、逐次的に投与してもよい。
【0213】
いくつかの実施形態において、本発明に係るナノ粒子は、他の抗癌剤、抗癌療法または手術の前後に、またはそれらと組合せて投与してもよい。
【0214】
〔治療方法〕
他の態様によれば、本発明は、上述した病理に対する処置方法を提供する。この方法は、本発明に係るナノ粒子の効果的な用量を患者に投与する工程を含む。任意構成で、上記に定義された他の抗癌剤および/または他の有効成分と組合せて投与してもよい。
【0215】
以下、実施例によって本発明を説明する。しかし、本発明は、これら実施例には限定されない。
【実施例
【0216】
〔A.材料および方法〕
[A-1.化学物質]
ジクロロ(1,2-ジアミノシクロヘキサン)白金(II)(DACHPtCl、Mw=380.17Da)、硝酸銀AgNO(Mw≒169.97Da)、マンニトール(Mw=182Da)およびN1培地サプリメント(100×)は、Sigma Aldrich(Saint Quentin Fallavier, France)から購入した。N1培地サプリメント(100×)には、0.5mg/mLの組換えヒトインスリン、0.5mg/mLのヒトトランスフェリン(一部鉄飽和)、0.5μg/mLの亜セレン酸ナトリウム、1.6mg/mLのプトレシン、および0.73μg/mLのプロゲステロンが含まれている。
【0217】
ポリL-アルギニン塩酸塩(Mw=5kDa~15kDa)は、Alamanda (TM) Polymers(Huntsville, USA)から購入した。
【0218】
ヒアルロン酸(HA、LMWHA(Mw≒20kDa))は、Lifecore Biomedical(Chaska, USA)から購入した。
【0219】
MTS cell titer 96 (R) Aqueous Oneは、Promega(France)から入手した。
【0220】
Alexa Fluor 647カルボン酸トリス(トリエチルアンモニウム)塩(0.8mg/mL)(Invitrogen, Merelbeke, Belgium)は、Gent University, BelgiumのPr Katrien Remautからご提供いただいた。
【0221】
[A-2.ブランクナノ粒子およびDACHPtを担持したナノ粒子のキャラクタライゼーション]
(A-2-1.ナノ粒子の物理化学的キャラクタライゼーション)
実験に使うナノ粒子の粒径分析およびゼータ電位の測定には、Malvern Zetasizer (R) apparatus DTS 1060(Nano Series ZS, Malvern Instruments S.A., Worcestershire, UK)を用いた。脱イオン水で1/60に稀釈したナノ粒子分散液を、25℃にて3回測定した。
【0222】
形態の分析は、透過型電子顕微鏡(TEM)により行った。Orius (TM) CCD Camera Controller(Gatan, Pleasanton CA, USA)を備えたJEM-1400(JEOL, Tokyo, Japan)を用いた。
【0223】
ナノ粒子をFormvar (R)グリッドに固定して半日間乾燥させ、リンタングステン酸1%(w/v)をネガティブコントロールとして用いた。
【0224】
(A-2-2.DACHPtを担持したナノ粒子の封入効率(EE))
封入効率(EE)は、間接法で特定した。DACHPtを担持したサンプルを、Amicon Ultra-filter遠心分離チューブ(カットオフ:30kDa、Merck Millipore, Cork, Ireland)に入れて遠心分離した(7000g、30分間、20℃)。下層の溶液の濃度を、ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光法)(ICP-OES ICAP 7200 duo Thermo Scientific)により測定した。
【0225】
(A-2-3.ブランクナノ粒子およびDACHPtを担持したナノ粒子の凍結乾燥)
ナノシステムを凍結乾燥するために、HAおよびPArgを10%w/vマンニトール溶液に溶解させて、ブランクナノ粒子およびDACHPtを担持したナノ粒子をそれぞれ調製した。マンニトール10%(w/w)を凍結防止剤として選択したのは、ナノ粒子の物理化学的特性を最もよく維持できたためである(データ省略)。凍結乾燥工程は、RZ6 Vacubrand pomp(Fisher Scientific, Illkirch, France)を備えたALPHA 1-4 LSC(CHRIST)凍結乾燥機により実行した。凍結乾燥させた粉末を水中に再懸濁した後、粒径、多分散度、ゼータ電位および封入効率を評価した。
【0226】
(A-2-4.血清中および蒸留水中におけるDACHPtを担持した蛍光ナノ粒子のSPT)
fSPT(Fluorescence Single particle tracking)により、緩衝液中および血清中におけるナノ粒子の拡散をキャラクタライズした。
【0227】
fSPTでは、iXon ultra EMCCD camera(Andor Technology, Belfast, UK)と、MLC 400 B laser(Agilent technologies, California, USA)を備えたSFC(swept-field confocal)顕微鏡(Nikon eclipse Ti, Japan)を使用して、蛍光標識された1個ずつの粒子の映像を得た。これらの映像を、自家開発した画像処理ソフトウェアで解析し、拡散係数の分布を得た。実験的に求めた生物流体の粘性を考慮に入れたStokes-Einstein方程式を用いて、拡散係数の分布を粒径の分布に変換した。SPTは、生物流体(ヒト血清、腹水液、ヒト血漿および血液など)中に存在するナノ粒子の粒径のキャラクタライゼーションにとって、理想的かつ好適である。
【0228】
広汎に使用されている粒径測定技術(動的光散乱(DLS)など)と比較したfSPTの主な利点は、生物流体中に存在するタンパク質の影響を受けることなく、稀釈していない生物流体中において粒径を測定できる点にある。
【0229】
90体積%のF-PArg-HAナノ粒子が含まれている生物流体のSPT計測を、以下の手順で行った。
【0230】
まず、ナノ製剤を蒸留水で15倍に稀釈した。次に、調製した稀釈液5μLを、45μLの緩衝液またはヒト血清(90体積%)に加えて、37℃にて1時間インキュベートした。次に、7μLのサンプルを、厳重に密着させた粘着スペーサ(8ウェル、直径:9mm、深さ:0.12mm、Invitrogen, Merelbeke, Belgium)の中央にある、顕微鏡用スライドに載置した。スライドをカバースリップ(24×50mm)で覆い、サンプルの蒸発を防ぎ、完全に自由拡散させた。次に、スライドをSFC顕微鏡に載置し、顕微鏡用スライドの底面より約5μm上方に焦点を合わせて映像を撮影した。映像は、室温(22.5℃)にて撮影した。撮影には、EMCCDカメラを作動させるNIS Elements software(Nikon, Japan)と、CFI Plan Apo VC100×NA1.4油浸対物レンズ(Nikon, Japan)を備えたSFC顕微鏡を用いた。
【0231】
映像の分析には、自家開発したソフトウェアを用いた。ヒト血清は、上述の通り健康なドナーから採取した。
【0232】
〔A.ブランクナノ粒子、DACHPtを担持したナノ粒子およびHA-PArg蛍光ナノ粒子の調製〕
ブランクナノ粒子およびDACHPtを担持したナノ粒子を、ヒアルロン酸(HA)およびポリアルギニン(PArg)から調製した。調製に際しては、以下に説明するイオン向性ゲル化法を用いた。
【0233】
[実施例1:DACHPtの調製]
DACHPtCl(5mM、9.504mg)を蒸留水で懸濁し、硝酸銀(AgNO)(4.24mg)と混合して([AgNO]/[DACHPt]=1)、DACHPtのアクア錯体を形成させた。25℃にて暗所に24時間、磁気攪拌しながら溶液を保持した。反応後、塩化銀(AgCl)の沈澱が見られた。混合物を2000gにて20分間遠心分離し、AgClの沈澱を除去した。その後、0.22μmフィルタによる濾過で上清を精製して、無菌性を確保した。
【0234】
[実施例2:PArg溶液の調製]
PArg-Clをイオン交換樹脂(Amberlite (R) IRA 900 Cl)で処理して、PArgを調製した。簡潔に説明すると、1mLの湿潤状態の樹脂が充填されているカラムに、3mLのNaOH(1M)を通した。30分後、溶液のpHが中性になるまで、精製水でカラムをリンスした。次に、1mLのPArg-Cl溶液(50mg/mL)をカラムの頂端から投入し、PArg-OHを末端から回収した。その後、溶液が目的の濃度(12.5mg/mL)に達するまで、2~3mLの精製水でリンスした。体積を測定して、12mg/mLになるまでの稀釈度を確認した。
【0235】
[実施例3:ブランクナノ粒子の調製および物理的キャラクタライゼーション]
ブランクナノ粒子(白金系薬物を担持していないナノ粒子)は、Oyarzun-Ampuero et al (Eur J Pharm Biopharm Off J Arbeitsgemeinschaft Fuer Pharm Verfahrenstechnik eV. 2011;79(1):54-57)に開示されている方法を改変して得た。
【0236】
PArg-OH溶液およびHA溶液は、使用に先立って、0.22μmフィルタで濾過して無菌性を確保した。
【0237】
500μLの実施例2におけるPArg-OH溶液(2.5mg/mL)と、500μLの蒸留水とを、バイアル中で混合した。次に、500μLのHA溶液(0.5~12mg/mLの様々な濃度)を加え、室温にて磁気攪拌しながら、溶液を10分間放置した。
【0238】
10%w/vのマンニトールの存在下にて高分子を溶解させることにより、全ての製剤を調製した。
【0239】
表1は、[HA]/[PArg]の質量比と対応する物理化学的性質のスクリーニング結果を示す。すなわち、ブランクナノ粒子製剤の粒径、多分散度(PDI)およびゼータ電位(ZP)を示す。nは3以上である(つまり、3回以上測定を行った)。
【0240】
【表1】
【0241】
[実施例4:本発明に係るDACHPtを担持したナノ粒子の調製および物理的キャラクタライゼーション─HA/PArg質量比による影響]
DACHPtを担持したナノ粒子を得るために、実施例2で得たPArg-OH溶液に、水に代えて実施例1で得たDACHPt溶液500μLを加え、何も担持していないナノ粒子について記載した実施例3と同様の工程を施した。詳細には、実施例1で得られたDACHPt溶液を、実施例2で得られたPArg-OH溶液と混合し、攪拌しながら10分間放置した。DACHPt-PArg-OH溶液にHAを加えることにより、DACHPtを担持したナノ粒子を形成させた。
【0242】
調製した全ての製剤について、pHおよび重量モル浸透圧濃度を調べた。
【0243】
システムを単離するために、1mLのナノ粒子懸濁液をエッペンドルフチューブに移し、20μLのグリセロールに載せた状態で遠心分離した(16000g、30分間、25℃)。
【0244】
上清を廃棄し、ピペッティングおよび強いボルテックスによりナノ粒子を水に再懸濁させた。
【0245】
ナノシステムに対する高分子の影響を決定し、正電荷を有する親水性分子(DACHPt)を組込むためのナノ粒子を改良すべく、HA/PArgの質量比を何通りかスクリーニングした。全ての製剤は、10%w/vのマンニトールの存在下にて調製した。
【0246】
表2は、スクリーニングした[HA]/[PArg]の質量比と対応する物理化学的性質を示す。すなわち、DACHPtを担持したナノ粒子製剤の粒径、pH、多分散度(PDI)およびゼータ電位(ZP)を示す。nは3以上である(つまり、3回以上測定を行った)。製剤1mLあたりDACHPtを660μg含有している。
【0247】
【表2】
【0248】
以上の結果から、DACHPtを担持したナノ粒子は、対応するブランクシステムよりも小さいことが分かる。
【0249】
モル比率を考慮すると、電荷比(負電荷の正電荷に対する非率)は、1.34から1.89にしている。これは、白金が大きな正電荷に与えるため、システムを網状に発達させている可能性がある。
【0250】
さらに、多分散度は、実験した全ての製剤について許容範囲であった(0.2未満)。これは、得られた集合が非常に均質であり単分散であることを示している。
【0251】
さらに、ゼータ電位は負である。比率が4/2.5を超えると、それぞれの比率の間、ゼータ電位には余り差がない。
【0252】
ナノ粒子の構造を確認するために、透過型電子顕微鏡(TEM)による分析を行った。[HA]/[PArg]の質量比が11.25/2.5であるDACHPtを担持したナノ粒子の形態学的構造を調査した。コントラストとして用いるリンタングステン酸(1%w/v)でナノ粒子を染色した。得られた顕微鏡像によると、ナノ担体は球状であり、凝集しておらず、境界が鮮明であった。観測された粒径および多分散度は、動的光散乱で得られた結果に合致していた。
【0253】
[実施例5:HA-PArg蛍光ナノ粒子の調製]
PArg-HAナノ製剤を標識する手段として、Alexa Fluor 647カルボン酸を使用した。
【0254】
80μLのPArg-OH溶液(2.5mg/mL)と、120μLのAlexa Fluor 647カルボン酸トリス(トリエチルアンモニウム)塩(0.8mg/mL)(Invitrogen, Merelbeke, Belgium)とを、褐色ガラス製のバイアル内で磁気攪拌子を用いて混合した。次に、100μLのHA溶液(9mg/mL)を渦の中央に注ぎ、分散液を磁気攪拌しながら10分間保持した。
【0255】
ナノ粒子を単離するために、20μLのグリセロールを入れたエッペンドルフチューブに300μLのナノ担体分散液を移し、16000g、25℃にて30分間遠心分離した。次に、上清を廃棄し、強くボルテックスしてペレットを蒸留水に再懸濁した。その後、蛍光標識したナノ粒子を4℃にて保管した。
【0256】
〔B.DACHPtを担持したナノ粒子の形成におけるPArgの存在の影響〕
HA溶液(濃度:9~11.25mg/mL)とDACHPt溶液とを混合して、PArgの存在がナノ粒子の形成に必要か否かを調べた。
【0257】
DLS(動的光散乱)によっては、ナノ粒子の形成が観測できなかった。このことから、安定なナノシステムを得るためには、PArgとHAとの相互作用が重要であることが明らかになった。
【0258】
〔C.ナノ粒子のDACHPt封入効率(EE)〕
凍結乾燥させた種々の製剤(異なるHA/PArgの比率で調製されている)の、DACHPt封入効率を測定した。
【0259】
材料および方法の欄に記載した通り、封入効率は、ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光法)により評価した。製剤は再構成してから使用するように意図・設計されているので、凍結乾燥前の封入効率を測定することは適当である。また、凍結乾燥によりEEは顕著に向上する。
【0260】
表3は、凍結乾燥後に再構成した溶液について、HA/PArgの比率に応じた封入効率および重量モル浸透圧濃度を示す。nは3以上である(つまり、3回以上測定を行った)。
【0261】
【表3】
【0262】
以上の結果から、凍結乾燥後におけるナノ粒子へのDACHPtの封入は、[HA]/[Parg]の重量比が2超のときに特に有効であると分かる。
【0263】
〔D.ブランクナノ粒子およびDACHPtを担持したナノ粒子の安定性〕
粒径およびゼータ電位に関するナノ粒子の安定性は、凍結乾燥後に測定した。測定方法は、上述の通りである。
【0264】
表4に示すように、実験した全てのナノ粒子において粒径が増加したが、この変化はシステムの安定性を損なうことはなかった。DACHPtは光に対する反応性が高いため、全てのサンプルは、暗所中、+4℃にて茶色ガラス製のバイアル内で1~3箇月間保管した。バイアルは、ゴムキャップおよびアルミニウムシールで密封した。粒径の安定性はDLSで評価し、再構成した後4週間以上は安定であった。また、再構成した後における重量モル浸透圧濃度はヒト血漿の重量モル浸透圧濃度(290mmol/L)に非常に近く、IV(静脈内)注射に好適である(表3)。
【0265】
表4は、様々な[HA]/[PArg]の質量比における、凍結乾燥前後のDACHPtを担持したHA-PArgナノ粒子の物理化学的性質を示す。nは3以上である(つまり、3回以上測定を行った)。
【0266】
【表4】
【0267】
〔E.ヒト血清中および蒸留水中におけるDACHPtを担持した蛍光ナノ粒子のSPT(Single Particle Tracking)〕
生物流体中のタンパク質の存在によりDLS測定中に光が散乱され、その結果、ナノ粒子の特性評価が妨げられる場合があることが実証されている。生物流体中におけるナノ粒子の物理化学的性質を調査する際にはDLSは採用し難い技術であることを鑑みて、稀釈されていない生物流体(ヒト血清、血液、腹水など)中におけるナノシステムの粒径を測定する有力な方法として、SPTが提案された。
【0268】
図1の示すところによると、Alexa Fluor 647で標識したPArg-HAナノ担体を蒸留水で稀釈したときの平均粒径は、266nmであった。また、90体積%のヒト血清中、37℃にて1時間インキュベートしたナノ粒子は、粒度分布が狭く、平均粒径は275nmであった。
【0269】
この結果から、生物学的状態下にあるPArg-HAナノシステムの、コロイドとしての安定性が実証された。このことは、産業上における生物医学的応用にとって極めて重要である。
【0270】
〔F.in vitroにおける実験〕
[G.1.細胞培養]
(細胞株)
ヒト肺胞癌A549細胞(Prof. L. Migliore, University of Pisaよりご提供いただいた)を、10%ウシ胎仔血清(FBS)、1mMのGlnおよび抗生物質を添加したHam's F12培地中で増殖させた。ヒト大腸腺癌HT-29細胞(Prof. P. Petronini, University of Parmaよりご提供いただいた)を、10%FBS、2mMのGlnおよび抗生物質を添加したDMEM高グルコース(4.5g/L)中で増殖させた。これらの細胞を、37℃、5%CO存在下にてインキュベートした。全ての細胞は、解凍後10継代を経ないうちに使用した。
【0271】
[G.2.B6KPC3細胞、A549細胞およびHT29細胞を用いた生存性調査:MTS試験]
(B6KPC3細胞、A549細胞およびHT29細胞の生存性)
3.5×10個のB6KPC3細胞およびA549細胞、ならびに7.5×10個のHT-29細胞を96ウェルプレートに播種した。24時間後、1%NEAA(Non Essential Amino Acids 100x, Gibco, Monza, Italy)、1mMのピルビン酸ナトリウム(Sigma-Aldrich, Milan, Italy)、1%N1培地サプリメント(0.5mg/mLの組換えヒトインスリン、0.5mg/mLの一部鉄飽和ヒトトランスフェリン、0.5μg/mLの亜セレン酸ナトリウム、1.6mg/mLのプトレシンおよび0.73μg/mLプロゲステロンを含有している;Sigma-Aldrich)を添加した、FBSを含んでいない新しい培養培地に交換した。このとき、市販のオキサリプラチン(Oxaliplatin Hospira (R)の5mg/mL溶液)、DACHPt、ブランクHAPArg-NPおよびDACHPtを担持したHAPArg-NPの濃度を、種々に変化させて(0~200μM)培地に加えた。24時間後、MTS Cell Proliferation Colorimetric Assay Kit(Novus Biologicals, Abingdon, UK)を用いて細胞生存性を評価した。簡潔に説明すると、培地を除去し、無血清培地の中で1:10に稀釈したMTS溶液を100μLずつウェルに注入した。予備実験において、各細胞型の代謝に応じたMTSへの曝露時間を決定しておいた(HT-29細胞:1時間、A549細胞:3時間)。マイクロプレートリーダ(EnSpire (R) Multimode Plate Reader, Perkin Elmer, Boston, MA, US)を用いて、492nmの吸光度を測定した。
【0272】
以下の式によって細胞生存性(CV)を評価した。
CV(%)=(吸光度(処理ウェル))/(吸光度(対照ウェル))×100
薬物を含まない培地中でインキュベートした未処理細胞の吸光度を、吸光度(対照ウェル)とした。
【0273】
[G.3.HT-29細胞、A549細胞およびB6KPC3細胞を用いた生存性研究の結果:MTS試験]
B6KPC3細胞(図2A)HT-29細胞(図2B)およびA549細胞(図2C)を48時間インキュベートした。この際、オキサリプラチン(Oxaliplatin Hospira (R) 5mg/ml)、DACHPt、ブランクナノ粒子およびDACHPtを担持したNPの濃度を、種々に変化させた(0~200μM)。したがって、オキサリプラチン、DACHPtおよびブランクナノ粒子は、対照として使用されている。次に、MTSアッセイにより生存性を評価した(材料および方法の欄を参照)。対照(未処理細胞)に対する百分率(%)でデータを表す。3者の測定のいずれも、データは、2回の実験の平均値±標準偏差である(各実験で3回の測定を行った)。
【0274】
B6KPC3細胞(図2A参照)、HT-29細胞(図2B参照)およびA549細胞(図2C参照)の生存性の用量に応じた反応。オキサリプラチン、DACHPt、ブランクHAPArg-NPおよびDACHPtを担持したHAPArg-NPに対する。その結果によると、これらの細胞は、オキサリプラチンよりも、DACHPtに対する感受性が高かった。HT-29細胞のIC50は、DACHPtでは39μMであり、オキサリプラチンでは74μMであった。B6KPC3細胞では、DACHPtを担持したNPのIC50(18μM)は、オキサリプラチン溶液のIC50(23μM)に比べて1.3倍低かった。A549細胞株では、NPの毒性とオキサリプラチン溶液の毒性とは同程度であった(それぞれのIC50は、11μMおよび12μM)。ブランクNPは、全ての濃度(表4-2参照)において細胞生存性に影響しなかった。
【0275】
【表4-2】
【0276】
[実施例6:DACHPtを担持したナノ粒子の薬物動態]
(A.材料および方法)
健康なマウス(8週齢の雌、C57BL/6)に、200μLのDACHPtを担持したナノ粒子およびオキサリプラチン溶液を、マウス1匹あたりに投与する白金当量が35.9μgとなるようにIV注入した。
【0277】
特定の時刻において(投与から15分後、30分後、1時後、1.5時間後、3時間後、5時間後、8時間後および12時間後)、200μLの血液を採取し、血漿を分離した。ICP/MSによりPt含有量を測定した。
【0278】
WinNonlin6.4,Connect1.4を用いて、Phoenix(Pharsight - a Certara (TM) L.P. software 1998-2014, Build 6.4.0.78)using WinNonlin 6.4, Connect 1.4でコンパートメントPK分析を行った。データのフィッティングには、1次近似、ボーラス投与による2コンパートメントモデル、CLおよびVで表した式を採用した。1/yhat を重み付け関数とした。平均データまたは個別データのいずれかを用いてモデルをフィッティングし、その結果は、いずれの場合でも同程度であった。
【0279】
次に、このモデルを使用して複数回投与レジメンをシミュレートした。「週に2回」のレジメンを採用し、3.5mg/kgのオキサリプラチン溶液またはDACHPtを担持したナノ粒子の8サイクル投与をシミュレートした(Marmiroli P. et al., Susceptibility of different mouse strains to oxaliplatin peripheral neurotoxicity: Phenotypic and genotypic insights, PLoS One)。マウス1匹あたりの平均体重は25gであり、絶対投与量は87.5μgであった。レジメンのスケジュールは、下記のいずれかである。
・1日目、4日目、8日目、11日目、15日目、18日目、22日目および25日目にIV点滴(2時間)
・1週間あたり合計2用量を4週間投与
【0280】
(B.結果)
いくつかの薬物について、静脈内ボーラス注入後の血漿濃度-時間の曲線は、明らかな二相性パターンを示した。この二相性パターンは、白金誘導体が様々な組織に広範囲に分布した後、最終的に体内から排出された結果である。得られたプロファイル(図3Aおよび3B)に基づいて、2コンパートメントモデルを用いてデータを分析した。DACHPtを担持したナノ粒子に由来するPt濃度およびDACHPt濃度を評価・比較したところ、その結果は同程度であった。最後に、オキサリプラチン溶液に由来するPt濃度、およびDACHPtを担持したナノ粒子に由来するDACHPt濃度を、時間の関数としてプロットした。
【0281】
近似曲線から得たパラメータを下記表5に示す。
【0282】
【表5】
【0283】
得られたPKの結果によると、DACHPtナノ粒子の投与後における薬物のAUCは24hr・mg/Lであり、オキサリプラチン溶液の投与後における値(3.76hr・mg/L)の6倍高かった。Cmax(0時間目において血中で検出される最大薬物濃度として定義される)は、ナノ粒子は11.4mg/Lであり、オキサリプラチン溶液は2.48mg/Lであった。つまり、ナノ粒子のCmaxは、オキサリプラチンよりも約5倍高い。
【0284】
分布半減期および排出半減期によると、薬物がナノ粒子中に封入されている場合、その分布(α相の半減期)がより遅くなることが示された(α相の半減期は、ナノ粒子:0.370時間、オキサリプラチン溶液:0.135時間)。
【0285】
しかし、排出速度(β相の半減期)は、ナノ粒子の方がオキサリプラチン溶液よりも速かった(β相の半減期は、ナノ粒子:6.49時間、オキサリプラチン溶液:13.6時間)。
【0286】
この結果から示されるのは、オキサリプラチン溶液を投与した場合の血漿中のPt濃度は、ナノシステムを投与した場合と比べ、低いレベルで始まり、初期のうちに急速に減少するということである。K12(中央コンパートメントから末梢コンパートメントへの分布に関する速度定数)は、オキサリプラチン溶液(4.14hr-1)の方が、DACHPtナノ粒子(1.08hr-1)よりも高い。一方、K21(末梢コンパートメントから中央コンパートメントへの分布に関する速度定数)は、オキサリプラチンの場合(0.398hr-1)もDACHPtナノ粒子の場合も(0.418hr-1)、同程度であった。
【0287】
中央および周辺コンパートメントの分布容積は、ナノ粒子の方がオキサリプラチン溶液よりも低かった(ナノ粒子は、Vc:0.003、Vp:0.008L;オキサリプラチン溶液は、Vc:0.014、Vp0.150L)。定常状態における分布容積(Vss)も、ナノ粒子の方がオキサリプラチン溶液よりも低かった(ナノ粒子:0.011L、オキサリプラチン:0.165L)。血漿クリアランスは6倍異なっており、ナノ粒子では0.002L/hであり、オキサリプラチン溶液では0.010L/hであった。
【0288】
薬物療法の維持を研究すべく、反復投与レジメンをシミュレートした。反復投与のスケジュールは、副作用を最小限に抑えつつ、血漿中および作用部位における治療薬物の濃度を維持することを意図している。サイクルにおける投与回数、頻度および持続期間は、患者のニーズおよび全身状態に依存する(Cisterna A et al. Targeted nanoparticles for colorectal cancer, Nanomedicine (Lond). 2016)。in vivoにおける複数投与レジメンをシミュレートするために、3.5mg/kgのオキサリプラチン溶液またはDACHPtを担持したナノ粒子を、8サイクル投与することにした(Marmiroli P. et al., Susceptibility of different mouse strains to oxaliplatin peripheral neurotoxicity: Phenotypic and genotypic insights, PLoS One)。
【0289】
一般的に、定常状態における濃度の平均に影響する因子は、投与率(この場合、週に2回×4週間)および血漿クリアランスである。一方、血漿濃度の変動に影響する因子は、薬物投与の頻度および排出半減期である。今回比較検討した投薬スケジュールにおいては、同じ頻度および同等のPt投与量でシミュレートした。DACHPtナノ粒子およびオキサリプラチン溶液の血漿クリアランスは、互いに異なっている。血液からの薬物クリアランスは、ナノ粒子の方が、オキサリプラチン溶液よりも低い。
【0290】
しかし、排出半減期は、両者の間で全く異なっていた。具体的には、オキサリプラチン溶液では13時間であり、DACHPtナノ粒子では6時間であった。
【0291】
シミュレーションから明らかなように、プロットした全ての化合物に関して、Ptの蓄積はなく、急速に定常状態に達した。一般的に、反復投与スケジュールでは、前回の投薬が完全に消失する前に投薬をすれば、蓄積が生じる。これにより、体内の薬物量が次第に上昇してゆく。
【0292】
今回のシミュレーション結果から分かるのは、薬物は蓄積することなく常に消失していることであった。ナノ粒子の場合には、投与中および投与直後において、高度な露出が達成されていることは明らかである。その後、オキサリプラチン溶液およびDACHPtナノ粒子いずれの場合も、有効成分濃度は急速に減少した。
【0293】
DACHPtの場合には、高度な露出は2日間以上持続している。しかし、オキサリプラチン溶液の場合は、血液中から検出された薬物量は、開始時点においてすら非常に低い。
【0294】
これらの結果は、コンパートメント分析から得られたCmax値と整合している。実際に、0時間目において血液中で検出される最大薬物濃度は、ナノ粒子の方が対照薬物よりも5倍高い。
【0295】
このシミュレーションよれば、DACHPtナノ粒子を投与すると、薬物の蓄積を避けつつ、長時間にわたる高度な薬物曝露状態を維持できることは疑いない。
【0296】
臨床試験では、2時間のオキサリプラチン点滴の終了時において、投与した白金のうち15%しか体循環に存在しないことが判明された。既報の通り、オキサリプラチン投与後におけるヒト血漿限外濾過液中の白金のPKは、通常は二相性である。白金のPKは、初期分布相が短く、終期排出相が長いのが特徴である。また、白金は、血漿タンパク質(主に血清アルブミン)および赤血球と不可逆的に結合する。赤血球は体循環中の白金のリザーバとならず、血球に白金が蓄積するとは、臨床的には妥当であると考えにくい(M.A. Graham, G.F. Lockwood, D. Greensdale, S. Brieza, M. Bayssas, E. Gamelin, Clinical pharmacokinetics of oxaliplatin: a critical review, Clin. Cancer Res. 6 (2000) 1205-1218)。
【0297】
以上を総合して考えると、コンパートメント分析および複数回投与レジメンシミュレーションの結果によれば、HA-PArgナノ粒子は効率的に薬物と会合でき、DACHPtと血漿タンパク質との結合に起因する急速な薬物の排出を防げる。Cmaxおよびα相の半減期が、この仮説を支持している。さらに、分布容積およびクリアランスの減少から明らかに示されることには、封入された薬物は、組織分布がより限定され、蓄積が発生せず、薬物排出が低下する。
【0298】
薬物を担持したナノシステムの薬物動態評価に関する文献を深く研究したところ、長時間にわたり循環するナノ粒子製剤の開発に多大な努力が傾注されていることが分かった(Preparation and biological properties of dichloro(1,2-diaminocyclohexane)platinum(II) (DACHPt)-loaded polymeric micelles, Journal of controlled release 2005)。しかしまた、循環時間を長くすると、ナノ粒子の組織分布が遅くなり(標的組織においても)、薬物放出も非常に遅くなる。加えて、オキサリプラチンの場合、薬物が血中に放出されるとタンパク質または赤血球と結合する(上述の通り)。したがって、副作用を回避するためには、長い循環特性と分布および排出速度との良好なバランスが必要である(Pharmacokinetics and Biodistribution of Nanoparticles,Molecular pharmaceutics,2008)。
【0299】
本実施例に示された結果は、薬物単独と比較したナノ粒子の、高い安定性(高度な薬物暴露)、遅い放出および排出に関連している。
【0300】
[実施例7:様々なPARg-OH/PARg-Cl重量比で調製したDACHPtを担持したナノ粒子の会合効率]
(PArgOHおよびPArgCl(混合系)-HAナノ粒子を得るためのプロトコル)
PArgClに由来するClイオンの影響を調べるために、PArgOHおよびPArgCLを異なる質量比(または重量比)で含んでいるナノ粒子を作製した。
【0301】
使用に先立って、PArg-OH溶液、PArg-Cl溶液およびHA溶液を、0.22μmフィルタで濾過して無菌性を確保しておいた。
【0302】
DACHPtを担持したナノ粒子を得るために、実施例1で得たDACHPt溶液500μLを、PArg-OH溶液とPArg-Cl溶液との混合物に加えた(下記表6に示す質量比で混合した)。
【0303】
DACHPt-PArg-OH溶液にHAを加えることにより、担持したナノ粒子を形成させた。
【0304】
カプセル化効率(すなわち、封入効率または会合効率)を、上述した通りに求めた。カプセル化効率は、凍結乾燥ナノ粒子を水中に再懸濁した後に評価した。
【0305】
表6は、DACHPtを担持したナノ粒子の会合効率に対する、PArg-OH/PArg-Clの重量比の影響を示す。
【0306】
【表6】
【0307】
以上の結果から、DACHPtを担持したナノ粒子では、PArg-OHの量が多ければ多いほどカプセル化効率が高いことが分かる。
【0308】
[実施例8:シスプラチンを担持したナノ粒子の会合効率]
(シスプラチンを担持したHA-PArgナノ粒子を得るためのプロトコル)
シスプラチンを担持したHa-PArgナノ粒子を得るために、上述したDACHPtナノ粒子の作製と同様のプロトコルを施した。DACHPtと同じ濃度のシスプラチンをParg-OH溶液と混合した後、上記と同じプロトコルを施した。ナノシステムを10%w/vマンニトールの存在下にて調製し、凍結乾燥させた。再懸濁した後、カプセル化効率を上記のプロトコルと同様に評価した。
【0309】
表7は、凍結乾燥前後における、HA/Parg(塩素を含有していないナノシステム)とシスプラチンとの会合効率を示す。
【0310】
【表7】
【0311】
以上の結果から、シスプラチンを担持したナノ粒子の会合効率は、凍結乾燥前よりも凍結乾燥後の方が大きいことが分かる。
【0312】
[実施例9:ナノ粒子の活性評価のためのin vitroにおける研究]
(3D細胞モデル:MCTSの形成および処理)
多細胞腫瘍スフェロイド(MCTS)を、既報に従って形成させた(Virgone-Carlotta A, Lemasson M, Mertani HC, et al. In-depth phenotypic characterization of multicellular tumor spheroids: Effects of 5-Fluorouracil. PLOS ONE. 2017;12(11):e0188100. doi: 10.1371/journal.pone.0188100)。簡潔に説明すると、細胞と基板との接着を避けるためにUltra Low Attachment (ULA) 96 wells Round-Bottom plate(Greiner bio-one)中にて、HTC-116細胞株を用いてMCTSを形成させた。細胞をトリプシン処理し、1mLあたり2400個の細胞となるように、Malassez gridを用いて計数した。この細胞濃度(体積200μLのウェルあたり480個の細胞)は、実験の終了時において、1ウェルあたり1個の直径500μm未満のスフェロイドが存在するように選択した。1200g、室温にて、5分間プレートを遠心分離し、スフェロイドの形成を開始させた。実験の全過程にわたり、37℃、5%CO存在下のインキュベータにプレートを置き、振盪し続けた。播種後第1日目の終わりに100μLの培養培地を加え、3次元的に適切に成長させた。播種から2日後、オキサリプラチン水溶液またはDACHPtを担持したナノ粒子(NP)を用いてMCTSを処理した。薬物の濃度は、5μM、25μMまたは50μMである。3日間にわたり処理を更新した。結果を図4~6に示す。
【0313】
また、ブランクNPを使用して、システムにより生じるかもしれない非特異的毒性を評価した。処理後0日目、1日目、2日目、3日目、4日目および7日目のMCTSをモニタリングした。各濃度(5μM、25μMおよび50μM)につき、8個のスフェロイドを調査した(n=8)。処理から1日後、剥離した細胞の環が自然に現れた。スフェロイドを新しいウェルプレートに移して、非凝集性の周辺細胞層を物理的に除去し、さらに薬物および培養培地を交換した。したがって、生存能力および凝集性の喪失に起因して、処理期間中に体積の減少が見られた。
【0314】
結果を表8~10に示す。これらの表は、ブランクナノ粒子、DACHPtを担持したナノ粒子(NP)およびオキサリプラチン(OXP)で処理した多細胞HT116スフェロイドの大きさの減少度(%)を表している。各表における薬物の濃度は、それぞれ5μM、25μMおよび50μMである。スフェロイドの大きさは、、同じ日における対照スフェロイドの大きさとの比較により表した。
【0315】
【表8】
【0316】
【表9】
【0317】
【表10】
【0318】
(位相差によるMCTSの体積の追跡)
倒立顕微鏡(Leica DMIRB)で、96ウェルプレート内のMCTSの位相差写真を撮影した。撮影時期は、オキサリプラチンに曝露してから0日目、1日目、2日目、3日目、4日目、7日目の時点である。Image J softwareを利用して、Soble閾値により各スフェロイドをエッジ検出した。ImageJ "Analyse Particles" pluginを利用して、得られた二値画像を、長軸(LM)および短軸(Lm)を有する楕円に近似した。これにより、平均直径Dを計算した(D=(LM+Lm)/2)。次に、スフェロイドを球体であると仮定し、体積Vを求めた(V=πD/6)。結果を図7に示す。
【0319】
(結果)
より生体に類似したin vitro培養系におけるナノ粒子の腫瘍生存に対する影響を検討した。そのために、オキサリプラチン溶液およびDACHPtを担持したNPの用量に対する反応を比較した。3日間にわたり処理を施し、HCT-116細胞株由来の多細胞腫瘍スフェロイド(MCTS)に対する影響を調査した。位相差顕微鏡像に基づいてMCTSの体積を評価し、これを細胞毒性効果の出力とした。図4~6のデータは、種々の処理に関して、対照の体積(未処理のMCTS)で正規化したMCTSの体積を示す。3種類の異なる薬物濃度(5μM、25μMおよび50μM)を検討した。
【0320】
図4~6に示すように、DACHPtを担持したNPは、薬物の投与量が5μMであっても、処置から2日後にスフェロイドの体積を減少させられた。細胞毒性効果は、より高い投与量において顕著であった(25μMおよび50μM)。観測開始から7日後、薬物の濃度が25μMおよび50μMである場合には、DACHPt-NPの使用による腫瘍体積の減少は、オキサリプラチン溶液による減少よりも顕著であった(図5および6)。このことは、オキサリプラチン溶液よりもカプセル化した薬物の活性の方が高いことを示唆している。何も担持していないナノ粒子は、MCTSの大きさに影響しなかった。
【0321】
処理後のMCTSの写真を撮影して、スフェロイドの変化を示す。図7では、未処理のスフェロイドと、最高濃度(50μM)のオキサリプラチンおよびDACHPtを担持したNPで処理したMCTSとを比較している。DACHPt-NPで処理するとスフェロイドが崩壊したのに対し、オキサリプラチンで処理すると少数の細胞が依然として存在し凝集体を形成していることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7