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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-01
(45)【発行日】2023-03-09
(54)【発明の名称】車両用操舵装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20230302BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230302BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20230302BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20230302BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20230302BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019557283
(86)(22)【出願日】2018-11-28
(86)【国際出願番号】 JP2018043842
(87)【国際公開番号】W WO2019107438
(87)【国際公開日】2019-06-06
【審査請求日】2021-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2017230561
(32)【優先日】2017-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】モレヨン マキシム
(72)【発明者】
【氏名】田村 勉
(72)【発明者】
【氏名】フックス ロバート
(72)【発明者】
【氏名】仲出 知弘
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/136515(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/122997(WO,A1)
【文献】特開2015-033942(JP,A)
【文献】特開2017-007663(JP,A)
【文献】特開2014-054885(JP,A)
【文献】特開2004-256076(JP,A)
【文献】特開2016-097827(JP,A)
【文献】特開2002-032125(JP,A)
【文献】特開2017-036025(JP,A)
【文献】国際公開第2016/199839(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/199575(WO,A1)
【文献】特開2016-088434(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 101/00
B62D 113/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵機構に操舵力を付与する電動モータと、
操舵トルクに応じた目標アシストトルクを設定する第1設定部と、
目標操舵角と実操舵角との間の角度偏差を零に近づけるための角度制御用目標トルクを設定する第2設定部と、
前記第2設定部によって設定される角度制御用目標トルクを制限する制限処理部と、
前記制限処理部による制限処理後の角度制御用目標トルクを用いて目標自動操舵トルクを演算する第1演算部と、
前記目標自動操舵トルクと前記目標アシストトルクとを、ドライバ入力に応じて変化する値に応じて重み付け加算することにより、前記電動モータのモータトルクの目標値である目標モータトルクを演算する第2演算部とを含む、車両用操舵装置。
【請求項2】
前記制限処理部は、前記第2設定部によって設定される角度制御用目標トルクを、所定の上限値と所定の下限値との間に制限するように構成されている、請求項1に記載の車両用操舵装置。
【請求項3】
前記第2設定部は、前記角度偏差を零に近づけるためのフィードバック制御部を含んでおり、
前記制限処理部は、ドライバ入力に応じて変化する値に基づいて、前記フィードバック制御部のフィードバックゲインを制御することにより、前記第2設定部によって設定される角度制御用目標トルクを制限するように構成されている、請求項1に記載の車両用操舵装置。
【請求項4】
前記ドライバ入力に応じて変化する値は、前記操舵トルクまたは前記角度偏差である、請求項1~3のいずれか一項に記載の車両用操舵装置。
【請求項5】
前記ドライバ入力に応じて変化する値は、前記操舵トルクまたは前記角度偏差であり、前記第2演算部で用いられるドライバ入力に応じて変化する値と、前記制限処理部で用いられるドライバ入力に応じて変化する値とが異なる、請求項3に記載の車両用操舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動で操舵角を制御する自動操舵制御と、手動で操舵角を制御する手動操舵制御(アシスト制御)とを同じ電動モータを用いて実現することができる車両用操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、自動で操舵角を制御する自動操舵制御と、手動操舵制御とを同じアクチュエータ(電動モータ)を用いて実現することができる車両用操舵装置が開示されている。特許文献1に記載の発明では、アクチュエータによってステアリングシャフトに付与すべき操舵トルク(以下、目標アクチュエータトルクTという)は、次式(a)で表される。
【0003】
=Kasst・Tasst+Kauto・Tauto …(a)
前記式(a)において、Tasstは、目標アシストトルクであり、Tautoは自動操舵制御を行うための目標操舵トルク(以下、目標自動操舵トルクという)であり、KasstおよびKautoはそれぞれ重み係数である。アクチュエータは、目標アクチュエータトルクTと一致するトルクを発生するように制御される。
【0004】
手動操舵制御時には、Kautoは零とされるため、T=Kasst・Tasstとなる。また、手動操舵制御中は、係数Kasstは1に設定されるため、T=Tasstとなる。自動操舵制御時には、前記式(a)に基づいて、目標アクチュエータトルクTが演算される。自動操舵制御中は、運転者によるステアリング操作が加えられなければ、自動操舵制御開始と終了のとき以外は、操舵トルクは0となるので、目標アシストトルクTasstは0となる。また、自動操舵制御中は、係数Kautoは1に設定されるため、T=Tautoとなる。
【0005】
特許文献1に記載の発明では、自動操舵制御中に操舵介入が検出された場合に、自動操舵制御から手動操舵制御へ移行させるための移行制御が開始される。この移行制御においては、所定時間が経過するごとに、Kautoの値を所定値Kだけ減少させるとともにKasstの値を所定値Kだけ増加させる。ただし、Kautoの値が0を下回ったときにはKautoは0に固定され、Kasstの値が1を上回ったときにはKasstは1に固定される。そして、更新後のKautoおよびKasstを用いて目標アクチュエータトルクTを演算し、演算された目標アクチュエータトルクTと一致するトルクがアクチュエータから発生するようにアクチュエータが制御される。このようにして、Kautoの値が0でかつKasstの値が1になると、移行制御は終了する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-256076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の移行制御では、Kautoの値が時間に対して漸次減少され、Kasstの値が時間に対して漸次増加される。そして、Kautoの値が0でかつKasstの値が1になると、移行制御は終了する。これにより、自動操舵制御を解除する際に、目標アクチュエータトルクTの変動を抑制できるので、運転者が感じる違和感を低減することができる。しかしながら、特許文献1に記載の発明では、移行制御が開始してから終了するまでの時間(移行制御時間)は常に一定となるから、運転者の操舵操作によって移行制御時間を変化させることはできない。このため、例えば、緊急時において、自動操舵制御から手動操舵制御への切り替えを、急速に行うことができないおそれがある。
【0008】
この発明の目的は、新規な方法によって自動操舵制御および手動操舵制御を同じ電動モータを用いて行うことができ、自動操舵と手動操舵の度合をスムーズに調整することが可能な車両用操舵装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の一実施形態に係る車両用操舵装置は、車両の転舵機構に操舵力を付与する電動モータと、操舵トルクに応じた目標アシストトルクを設定する第1設定部と、目標操舵角と実操舵角との間の角度偏差を零に近づけるための角度制御用目標トルクを設定する第2設定部と、前記第2設定部によって設定される角度制御用目標トルクを制限する制限処理部と、前記制限処理部による制限処理後の角度制御用目標トルクを用いて目標自動操舵トルクを演算する第1演算部と、前記目標自動操舵トルクと前記目標アシストトルクとを、ドライバ入力に応じて変化する値に応じて重み付け加算することにより、前記電動モータのモータトルクの目標値である目標モータトルクを演算する第2演算部とを含む。
【0010】
この構成によれば、新規な方法によって、自動操舵制御および手動操舵制御を同じ電動モータを用いて行うことができる車両用操舵装置が得られる。また、この構成によれば、自動操舵制御から手動操舵制御へ、あるいはその逆へと、各制御の重み付け量を変化させながらシームレスにすばやく切り替えることが可能となる車両用操舵装置が得られる。
【0011】
この発明の一実施形態では、前記制限処理部は、前記第2設定部によって設定される角度制御用目標トルクを、所定の上限値と所定の下限値との間に制限するように構成されている。
【0012】
この発明の一実施形態では、前記第2設定部は、前記角度偏差を零に近づけるためのフィードバック制御部を含んでおり、前記制限処理部は、ドライバ入力に応じて変化する値に基づいて、前記フィードバック制御部のフィードバックゲインを制御することにより、前記第2設定部によって設定される角度制御用目標トルクを制限するように構成されている。
【0013】
この発明の一実施形態では、前記ドライバ入力に応じて変化する値は、前記操舵トルクまたは前記角度偏差である。
【0014】
この発明の一実施形態では、前記ドライバ入力に応じて変化する値は、前記操舵トルクまたは前記角度偏差であり、前記第2演算部で用いられるドライバ入力に応じて変化する値と、前記制限処理部で用いられるドライバ入力に応じて変化する値とが異なる。
【0015】
本発明における上述の、またはさらに他の目的、特徴および効果は、添付図面を参照して次に述べる実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明の車両用操舵装置の一実施形態である電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
図2図2は、モータ制御用ECUの電気的構成を説明するためのブロック図である。
図3図3は、操舵トルクTに対する目標アシストトルクTm,mcの設定例を示すグラフである。
図4図4は、角度制御部の構成を示すブロック図である。
図5図5は、補償対象負荷推定部の構成を示すブロック図である。
図6図6は、電動パワーステアリングシステムの物理モデルの構成例を示す模式図である。
図7図7は、外乱トルク推定部の構成を示すブロック図である。
図8図8は、シェアードコントロール部の構成を示すブロック図である。
図9図9は、リミッタの動作を説明するための説明図である。
図10図10は、β演算部の動作を説明するための説明図である。
図11図11は、操舵トルクの絶対値|T|に対する比例ゲインKの設定例を示すグラフである。
図12図12は、操舵トルクの絶対値|T|に対する微分ゲインKの設定例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、本発明の車両用操舵装置の一実施形態である電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
【0018】
この電動パワーステアリングシステム(EPS:electric power steering)1は、コラム部に電動モータと減速機とが配置されているコラムタイプEPSである。
【0019】
電動パワーステアリングシステム1は、車両を操向するための操舵部材としてのステアリングホイール(ハンドル)2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して機械的に連結されている。
【0020】
ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された入力軸8と、中間軸7に連結された出力軸9とを含む。入力軸8と出力軸9とは、トーションバー10を介して相対回転可能に連結されている。
【0021】
トーションバー10の近傍には、トルクセンサ12が配置されている。トルクセンサ12は、入力軸8および出力軸9の相対回転変位量に基づいて、ステアリングホイール2に与えられた操舵トルク(トーションバートルク)Tを検出する。この実施形態では、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTは、例えば、左方向への操舵のためのトルクが正の値として検出され、右方向への操舵のためのトルクが負の値として検出され、その絶対値が大きいほど操舵トルクTの大きさが大きくなるものとする。
【0022】
転舵機構4は、ピニオン軸13と、転舵軸としてのラック軸14とを含むラックアンドピニオン機構からなる。ラック軸14の各端部には、タイロッド15およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。ピニオン軸13は、中間軸7に連結されている。ピニオン軸13は、ステアリングホイール2の操舵に連動して回転するようになっている。ピニオン軸13の先端には、ピニオン16が連結されている。
【0023】
ラック軸14は、車両の左右方向に沿って直線状に延びている。ラック軸14の軸方向の中間部には、ピニオン16に噛み合うラック17が形成されている。このピニオン16およびラック17によって、ピニオン軸13の回転がラック軸14の軸方向移動に変換される。ラック軸14を軸方向に移動させることによって、転舵輪3を転舵することができる。
【0024】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、ピニオン軸13に伝達される。そして、ピニオン軸13の回転は、ピニオン16およびラック17によって、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
【0025】
操舵補助機構5は、操舵補助力(アシストトルク)を発生するための電動モータ18と、電動モータ18の出力トルクを増幅して転舵機構4に伝達するための減速機19とを含む。減速機19は、ウォームギヤ20と、このウォームギヤ20と噛み合うウォームホイール21とを含むウォームギヤ機構からなる。減速機19は、伝達機構ハウジングとしてのギヤハウジング22内に収容されている。以下において、減速機19の減速比(ギヤ比)をNで表す場合がある。減速比Nは、ウォームホイール21の角速度ωwwに対するウォームギヤ20の角速度ωwgの比ωw/ωwwとして定義される。
【0026】
ウォームギヤ20は、電動モータ18によって回転駆動される。また、ウォームホイール21は、出力軸9に一体回転可能に連結されている。
【0027】
電動モータ18によってウォームギヤ20が回転駆動されると、ウォームホイール21が回転駆動され、ステアリングシャフト6にモータトルクが付与されるとともにステアリングシャフト6(出力軸9)が回転する。そして、ステアリングシャフト6の回転は、中間軸7を介してピニオン軸13に伝達される。ピニオン軸13の回転は、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ18によってウォームギヤ20を回転駆動することによって、電動モータ18による操舵補助や転舵輪3の転舵が可能となる。電動モータ18には、電動モータ18のロータの回転角を検出するための回転角センサ23が設けられている。
【0028】
出力軸9(電動モータ18の駆動対象の一例)に加えられるトルクとしては、電動モータ18によるモータトルクと、モータトルク以外の外乱トルクとがある。モータトルク以外の外乱トルクTlcには、操舵トルクT、路面負荷トルク(路面反力トルク)Trl、摩擦トルクT等が含まれる。
【0029】
操舵トルクTは、運転者によってステアリングホイール2に加えられる力や、ステアリングホイール2の慣性力によって、ステアリングホイール2側から出力軸9に加えられるトルクである。
【0030】
路面負荷トルクTrlは、タイヤに発生するセルフアライニングトルク、サスペンションやタイヤホイールアライメントによって発生する力等によって、路面側から転舵輪3およびラック軸14を介して出力軸9に加えられるトルクである。
【0031】
摩擦トルクTは、トーションバー10からタイヤまでのトルク伝達経路で発生する摩擦によって出力軸9に加えられるトルクである。摩擦トルクTは、ウォームホイール21とウォームギヤ20との間の摩擦およびラックアンドピニオン機構の摩擦によって出力軸9に加えられるトルクを含む。
【0032】
この実施形態では、モータトルク以外の外乱トルクTlcから、操舵トルクTまたはステアリングホイール2の慣性力の影響を補償した操舵トルクTd’を減算したトルクが、後述する角度制御部42(図2参照)によって演算される角度制御用目標トルクTm,acに対して補償されるべき負荷(補償対象負荷)Tleとなる。したがって、この実施形態では、補償対象負荷Tleは、路面負荷トルク(路面反力トルク)Trlおよび摩擦トルクTを含んでいる。以下において、補償対象負荷Tleを減速機19の減速比Nで除算した値(Tle/N)をTlemで表すことにする。
【0033】
車両には、車速Vを検出するための車速センサ24、車両の進行方向前方の道路を撮影するCCD(Charge Coupled Device)カメラ25、自車位置を検出するためのGPS(Global Positioning System)26、道路形状や障害物を検出するためのレーダー27および地図情報を記憶した地図情報メモリ28が搭載されている。
【0034】
CCDカメラ25、GPS26、レーダー27および地図情報メモリ28は、自動支援制御や自動運転制御を行うための上位ECU(ECU:Electronic Control Unit)201に接続されている。上位ECU201は、CCDカメラ25、GPS26およびレーダー27によって得られる情報および地図情報を元に、周辺環境認識、自車位置推定、経路計画等を行い、操舵や駆動アクチュエータの制御目標値の決定を行う。
【0035】
この実施形態では、上位ECU201は、自動操舵のための目標操舵角θcmdaを設定する。この実施形態では、自動操舵制御は、例えば、目標軌道に沿って車両を走行させるための制御である。目標操舵角θcmdaは、車両を目標軌道に沿って自動走行させるための操舵角の目標値である。このような目標操舵角θcmdaを設定する処理は、周知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。この実施形態では、出力軸9の回転角を「操舵角」ということにする。
【0036】
上位ECU201によって設定される目標操舵角θcmdaは、車載ネットワークを介して、モータ制御用ECU202に与えられる。トルクセンサ12によって検出される操舵トルクT、回転角センサ23の出力信号、車速センサ24によって検出される車速Vは、モータ制御用ECU202に入力される。モータ制御用ECU202は、これらの入力信号および上位ECU201から与えられる情報に基づいて、電動モータ18を制御する。
【0037】
図2は、モータ制御用ECU202の電気的構成を説明するためのブロック図である。
【0038】
モータ制御用ECU202は、マイクロコンピュータ40と、マイクロコンピュータ40によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)31と、電動モータ18に流れる電流(以下、「モータ電流I」という)を検出するための電流検出回路32とを備えている。
【0039】
マイクロコンピュータ40は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、アシスト制御部(assist map)41と、角度制御部(Angle controller)42と、補償対象負荷推定部43と、シェアードコントロール部(shared control)44と、目標モータ電流演算部45と、電流偏差演算部46と、PI制御部47と、PWM(Pulse Width Modulation)制御部48と、回転角演算部49と、減速比除算部50とを含む。
【0040】
アシスト制御部41は、本発明の第1設定部の一例である。角度制御部42は、本発明の第2設定部の一例である。シェアードコントロール部44は、本発明の第1演算部および第2演算部の一例である。
【0041】
回転角演算部49は、回転角センサ23の出力信号に基づいて、電動モータ18のロータ回転角θを演算する。減速比除算部50は、回転角演算部49によって演算されるロータ回転角θを減速比Nで除算することにより、ロータ回転角θを出力軸9の回転角(実操舵角)θに換算する。
【0042】
アシスト制御部41は、手動操作に必要なアシストトルクの目標値である目標アシストトルクTm,mcを設定する。アシスト制御部41は、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTと車速センサ24によって検出される車速Vとに基づいて、目標アシストトルクTm,mcを設定する。操舵トルクTに対する目標アシストトルクTm,mcの設定例は、図3に示されている。
【0043】
目標アシストトルクTm,mcは、操舵トルクTの正の値に対しては正をとり、電動モータ18から左方向操舵のための操舵補助力を発生させる。また、目標アシストトルクTm,mcは、操舵トルクTの負の値に対しては負をとり、電動モータ18から右方向操舵のための操舵補助力を発生させる。そして、目標アシストトルクTm,mcは、操舵トルクTの絶対値が大きくなるほど、その絶対値が大きくなるように設定される。また、目標アシストトルクTm,mcは、車速センサ24によって検出される車速Vが大きいほど、その絶対値が小さくなるように設定される。
【0044】
角度制御部42は、上位ECU201から与えられる目標操舵角θcmdaと減速比除算部50によって演算される実操舵角θとに基づいて、角度制御(操舵角制御)に必要となる角度制御用目標トルクTm,acを設定する。角度制御部42の詳細については、後述する。
【0045】
補償対象負荷推定部43は、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTと、減速比除算部50によって演算される実操舵角θと、シェアードコントロール部44によって設定される目標モータトルクTとに基づいて、補償対象負荷Tlemを推定する。後述するように、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acと、補償対象負荷推定部43によって推定される補償対象負荷Tlemとに基づいて、自動操舵に必要なモータトルクの目標値である目標自動操舵トルクTm,ad図8参照)が演算される。補償対象負荷推定部43の詳細については、後述する。
【0046】
シェアードコントロール部44には、アシスト制御部41によって設定される目標アシストトルクTm,mcと、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acと、角度制御部42によって演算される角度偏差Δθ(図4参照)と、補償対象負荷推定部43によって推定される補償対象負荷Tlemとが入力される。シェアードコントロール部44は、これらの入力に基づいて、目標モータトルクTを演算する。シェアードコントロール部44の詳細については、後述する。
【0047】
目標モータ電流演算部45は、シェアードコントロール部44によって演算された目標モータトルクTを電動モータ18のトルク定数Kで除算することにより、目標モータ電流Icmdを演算する。
【0048】
電流偏差演算部46は、目標モータ電流演算部45によって得られた目標モータ電流Icmdと電流検出回路32によって検出されたモータ電流Iとの偏差ΔI(=Icmd-I)を演算する。
【0049】
PI制御部47は、電流偏差演算部46によって演算された電流偏差ΔIに対するPI演算(比例積分演算)を行うことにより、電動モータ18に流れるモータ電流Iを目標モータ電流Icmdに導くための駆動指令値を生成する。PWM制御部48は、前記駆動指令値に対応するデューティ比のPWM制御信号を生成して、駆動回路31に供給する。これにより、駆動指令値に対応した電力が電動モータ18に供給されることになる。
【0050】
以下、角度制御部42、補償対象負荷推定部43およびシェアードコントロール部44について詳しく説明する。
【0051】
図4は、角度制御部42の構成を示すブロック図である。
【0052】
角度制御部42は、ローパスフィルタ(LPF)61と、フィードバック制御部62と、フィードフォワード制御部63と、トルク加算部64と、減速比除算部65とを含む。
【0053】
ローパスフィルタ61は、上位ECU201から与えられる目標操舵角θcmdaに対してローパスフィルタ処理を行う。ローパスフィルタ処理後の目標操舵角θcmdは、フィードバック制御部62およびフィードフォワード制御部63に与えられる。
【0054】
フィードバック制御部62は、減速比除算部50(図2参照)によって演算される実操舵角θを、目標操舵角θcmdに近づけるために設けられている。フィードバック制御部62は、角度偏差演算部62AとPD制御部62Bとを含む。角度偏差演算部62Aは、目標操舵角θcmdと、減速比除算部50によって演算される実操舵角θとの偏差Δθ(=θcmd-θ)を演算する。角度偏差演算部62Aによって演算された角度偏差Δθは、PD制御部62Bに与えられるとともに、シェアードコントロール部44にも与えられる。
【0055】
PD制御部62Bは、角度偏差演算部62Aによって演算される角度偏差Δθに対してPD演算(比例微分演算)を行うことにより、フィードバック制御トルクTfbを演算する。具体的には、PD制御部62Bは、比例処理部111、微分処理部112、比例ゲイン乗算部113、微分ゲイン乗算部114および加算部115を備えている。
【0056】
比例ゲイン乗算部113は、比例処理部111が角度偏差Δθを比例処理したものに、比例ゲインKを乗算する。微分ゲイン乗算部114は、微分処理部112が角度偏差Δθを微分処理したものに、微分ゲインKを乗算する。加算部115は、比例ゲイン乗算部113および微分ゲイン乗算部114の各乗算結果を加算することにより、フィードバック制御トルクTfbを演算する。フィードバック制御トルクTfbは、トルク加算部64に与えられる。
【0057】
フィードフォワード制御部63は、電動パワーステアリングシステム1の慣性による応答性の遅れを補償して、制御の応答性を向上させるために設けられている。フィードフォワード制御部63は、角加速度演算部63Aと慣性乗算部63Bとを含む。角加速度演算部63Aは、目標操舵角θcmdを二階微分することにより、目標角加速度dθcmd/dtを演算する。慣性乗算部63Bは、目標角加速度dθcmd/dtに、電動パワーステアリングシステム1の慣性Jを乗算することにより、フィードフォワードトルクTff(=J・dθcmd/dt)を演算する。慣性Jは、例えば、電動パワーステアリングシステム1の物理モデルから求められる。フィードフォワードトルクTffは、慣性補償値として、トルク加算部64に与えられる。
【0058】
トルク加算部64は、フィードバック制御トルクTfbにフィードフォワードトルクTffを加算することにより、角度制御用目標操舵トルク(Tfb+Tff)を演算する。これにより、慣性が補償された角度制御用目標操舵トルク(出力軸9に対する目標トルク)が得られる。これにより、精度の高いモータ制御(操舵角制御)が行われるようになる。
【0059】
角度制御用目標操舵トルク(Tfb+Tff)は、減速比除算部65に与えられる。減速比除算部65は、角度制御用目標操舵トルク(Tfb+Tff)を減速比Nで除算することにより、角度制御用目標トルクTm,ac(電動モータ18に対する目標トルク)を演算する。この角度制御用目標トルクTm,acは、シェアードコントロール部44(図2参照)に与えられる。
【0060】
図5は、補償対象負荷推定部43の構成を示すブロック図である。
【0061】
補償対象負荷推定部43は、減速比乗算部71と、外乱トルク推定部(外乱オブザーバ)72と、減算部73と、減速比除算部74とを含んでいる。
【0062】
減速比乗算部71は、シェアードコントロール部44によって設定された目標モータトルクTに減速比Nを乗算することにより、目標モータトルクTm-を出力軸9に作用する目標操舵トルクN・Tに換算する。
【0063】
外乱トルク推定部72は、プラント(制御対象(モータ駆動対象))に外乱として発生する非線形なトルク(外乱トルク:モータトルク以外のトルク)を推定する。外乱トルク推定部72は、プラントの目標値である目標操舵トルクN・Tと、プラントの出力である実操舵角θとに基づいて、外乱トルク(外乱負荷)Tlc、操舵角θおよび操舵角微分値(角速度)dθ/dtを推定する。以下において、外乱トルクTlc、操舵角θおよび操舵角微分値(角速度)dθ/dtの推定値を、それぞれ^Tlc、^θおよびd^θ/dtで表す場合がある。
【0064】
減算部73は、外乱トルク推定部72によって推定された外乱トルクTlcから、トルクセンサ12によって検出された操舵トルクTを減算することによって、出力軸9(減速機19)に加えられる補償対象負荷Tle(=Tlc-T)を演算する。減速比除算部74は、減算部73によって演算された補償対象負荷Tleを減速比Nで除算することによって、減速機19を介して電動モータ18のモータシャフトに加えられる補償対象負荷Tlemを演算する。減速比除算部74によって演算された補償対象負荷Tlemは、シェアードコントロール部44に与えられる。
【0065】
外乱トルク推定部72について詳しく説明する。外乱トルク推定部72は、例えば、図6に示す電動パワーステアリングシステム1の物理モデル101を使用して、外乱トルクTlc、操舵角θおよび角速度dθ/dtを推定する外乱オブザーバから構成されている。
【0066】
この物理モデル101は、出力軸9および出力軸9に固定されたウォームホイール21を含むプラント(モータ駆動対象の一例)102を含む。プラント102には、ステアリングホイール2からトーションバー10を介して操舵トルクTが与えられる。また、プラント102には、転舵輪3側から路面負荷トルクTrlが与えられるとともにラックアンドピニオン機構の摩擦等によって摩擦トルクTの一部Tf1が与えられる。さらに、プラント102には、ウォームギヤ20を介して目標操舵トルクN・Tが与えられるとともにウォームホイール21とウォームギヤ20との間の摩擦等によって摩擦トルクTの一部Tf2が与えられる。ここでは、T=Tf1+Tf2とする。
【0067】
プラント102の慣性をJとすると、物理モデル101の慣性についての運動方程式は、次式(1)で表される。
【0068】
【数1】
【0069】
θ/dtは、プラント102の加速度である。Nは、減速機19の減速比である。Tlcは、プラント102に与えられるモータトルク以外の外乱トルクを示している。この実施形態では、外乱トルクTlcは、主として、操舵トルクTと路面負荷トルクTrlと摩擦トルクTとを含むと考える。
【0070】
図6の物理モデル101に対する状態方程式は、例えば、次式(2)で表わされる。
【0071】
【数2】
【0072】
前記式(2)において、xは、状態変数ベクトルである。前記式(2)において、uは、既知入力ベクトルである。前記式(2)において、uは、未知入力ベクトルである。前記式(2)において、yは、出力ベクトル(測定値)である。前記式(2)において、Aは、システム行列である。前記式(2)において、Bは、第1入力行列である。前記式(2)において、Bは、第2入力行列である。前記式(2)において、Cは、出力行列である。前記式(2)において、Dは、直達行列である。
【0073】
前記状態方程式を、未知入力ベクトルuを状態の1つとして含めた系に拡張する。拡張系の状態方程式(拡張状態方程式)は、例えば、次式(3)で表される。
【0074】
【数3】
【0075】
前記式(3)において、xは、拡張系の状態変数ベクトルであり、次式(4)で表される。
【0076】
【数4】
【0077】
前記式(3)において、Aは、拡張系のシステム行列である。前記式(3)において、Bは、拡張系の既知入力行列である。前記式(3)において、Cは、拡張系の出力行列である。
【0078】
前記式(3)の拡張状態方程式から、次式(5)の方程式で表される外乱オブザーバ(拡張状態オブザーバ)が構築される。
【0079】
【数5】
【0080】
式(5)において、^xはxの推定値を表している。また、Lはオブザーバゲインである。また、^yはyの推定値を表している。^xは、次式(6)で表される。
【0081】
【数6】
【0082】
^θはθの推定値であり、^TlcはTlcの推定値である。
【0083】
外乱トルク推定部72は、前記式(5)の方程式に基づいて状態変数ベクトル^xを演算する。
【0084】
図7は、外乱トルク推定部72の構成を示すブロック図である。
【0085】
外乱トルク推定部72は、入力ベクトル入力部81と、出力行列乗算部82と、第1加算部83と、ゲイン乗算部84と、入力行列乗算部85と、システム行列乗算部86と、第2加算部87と、積分部88と、状態変数ベクトル出力部89とを含む。
【0086】
減速比乗算部71(図5参照)によって演算される目標操舵トルクN・Tは、入力ベクトル入力部81に与えられる。入力ベクトル入力部81は、入力ベクトルuを出力する。
【0087】
積分部88の出力が状態変数ベクトル^x(前記式(6)参照)となる。演算開始時には、状態変数ベクトル^xとして初期値が与えられる。状態変数ベクトル^xの初期値は、例えば0である。
【0088】
システム行列乗算部86は、状態変数ベクトル^xにシステム行列Aを乗算する。出力行列乗算部82は、状態変数ベクトル^xに出力行列Cを乗算する。
【0089】
第1加算部83は、減速比除算部50(図2参照)によって演算された実操舵角θである出力ベクトル(測定値)yから、出力行列乗算部82の出力(C・^x)を減算する。つまり、第1加算部83は、出力ベクトルyと出力ベクトル推定値^y(=C・^x)との差(y-^y)を演算する。ゲイン乗算部84は、第1加算部83の出力(y-^y)にオブザーバゲインL(前記式(5)参照)を乗算する。
【0090】
入力行列乗算部85は、入力ベクトル入力部81から出力される入力ベクトルuに入力行列Bを乗算する。第2加算部87は、入力行列乗算部85の出力(B・u)と、システム行列乗算部86の出力(A・^x)と、ゲイン乗算部84の出力(L(y-^y))とを加算することにより、状態変数ベクトルの微分値d^x/dtを演算する。積分部88は、第2加算部87の出力(d^x/dt)を積分することにより、状態変数ベクトル^xを演算する。状態変数ベクトル出力部89は、状態変数ベクトル^xに基づいて、外乱トルク推定値^Tlc、操舵角推定値^θおよび角速度推定値d^θ/dtを出力する。
【0091】
一般的な外乱オブザーバは、前述の拡張状態オブザーバとは異なり、プラントの逆モデルとローパスフィルタとから構成される。プラントの運動方程式は、前述したように、式(1)で表される。したがって、プラントの逆モデルは、次式(7)となる。
【0092】
【数7】
【0093】
一般的な外乱オブザーバへの入力は、J・dθ/dtおよびTであり、実操舵角θの二階微分値を用いるため、回転角センサ23のノイズの影響を大きく受ける。これに対して、前述の実施形態の拡張状態オブザーバでは、モータトルク入力から推定される操舵角推定値^θと実操舵角θとの差(y-^y)に応じて、積分型で外乱トルクを推定するため、微分によるノイズ影響を低減できる。
【0094】
図8は、シェアードコントロール部44の構成を示すブロック図である。
【0095】
シェアードコントロール部44は、絶対値演算部91と、除算部92と、β演算部93と、α演算部94と、リミッタ95と、減算部96と、α乗算部97と、β乗算部98と、加算部99とを含んでいる。リミッタ95は、本発明の制限処理部の一例である。
【0096】
絶対値演算部91は、角度偏差Δθの絶対値|Δθ|を演算する。除算部92は、絶対値演算部91によって演算された角度偏差Δθの絶対値|Δθ|を、予め設定されたシェアードコントロール有効角度偏差幅(以下、単に「有効角度偏差幅W」という)で除算することによって、重み演算用変数|Δθ|/Wを演算する。なお、W>0である。
【0097】
β演算部93は、次式(8)に基づいて、重み係数βを演算する。つまり、β演算部93は、次式(8)で定義される飽和関数sat0,1(|Δθ|/W)を用いて、重み係数βを演算する。飽和関数sat0,1(|Δθ|/W)は、「ドライバ入力に応じて変化する値」の一例である角度偏差Δθを用いて演算される。
【0098】
【数8】
【0099】
つまり、β演算部93は、図9に実線の折れ線で示すように、|Δθ|/Wが1よりも大きければ、1を出力する。また、β演算部93は、|Δθ|/Wが0以上でかつ1以下であれば、|Δθ|/Wの演算結果を出力する。したがって、重み係数βは0以上1以下の値をとる。
【0100】
α演算部94は、1からβを減算することにより、重み係数αを演算する。つまり、α演算部94は、図9に鎖線の折れ線で示すように、|Δθ|/Wが1よりも大きければ、0を出力する。また、α演算部94は、|Δθ|/Wが0以上でかつ1以下であれば、{1-(|Δθ|/W)}の演算結果を出力する。したがって、重み係数αは0以上1以下の値をとる。
【0101】
リミッタ95は、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acを所定の下限飽和値Tmin(Tmin<0)と上限飽和値Tmax(Tmax>0)との間に制限する。この実施形態では、Tmin=-Tmaxである。具体的には、リミッタ75は、次式(9)に基づいて、制限処理後の角度制御用目標トルクsatTmin,Tmax(Tm,ac)を演算する。
【0102】
【数9】
【0103】
リミッタ95は、図10に示すように、角度制御用目標トルクTm,acが下限飽和値Tmin以上でかつ上限飽和値Tmax以下の値であるときには、角度制御用目標トルクTm,acを、そのまま出力する。また、リミッタ75は、角度制御用目標トルクTm,acが下限飽和値Tmin未満であれば、下限飽和値Tminを出力する。また、リミッタ75は、角度制御用目標トルクTm,acが上限飽和値Tmaxよりも大きいときには上限飽和値Tmaxを出力する。
【0104】
リミッタ95は、自動操舵中に運転者が自動操舵を解除しやすくするために設けられている。具体的には、自動操舵中に運転者が自動操舵を解除するために操舵操作(操舵介入)を行うと角度偏差Δθが大きくなるので、角度制御部42(図2参照)によって設定される角度制御用目標トルクTm,acの絶対値が大きくなる。角度制御用目標トルクTm,acの絶対値が大きくなると、運転者が操舵介入する際の操舵反力が大きくなるので、運転者は操舵介入を行いにくくなる。そこで、リミッタ95を設けて、角度制御用目標トルクTm,acの絶対値が大きくなりすぎるのを防止している。
【0105】
減算部96は、リミッタ95による制限処理後の角度制御用目標トルクsatTmin,Tmax(Tm,ac)から、補償対象負荷推定部43(図2参照)によって推定される補償対象負荷Tlemを減算することにより、目標自動操舵トルクTm,ad(=satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)を演算する。これにより、路面負荷トルクTrlや摩擦トルクTが補償された目標自動操舵トルクTm,adが得られる。
【0106】
α乗算部97は、減算部96によって演算された目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に、α演算部94によって演算された重み係数αを乗算することにより、α・(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)を演算する。
【0107】
β乗算部98は、アシスト制御部41(図2参照)によって設定された目標アシストトルクTm,mcに、β演算部93によって演算された重み係数βを乗算することにより、β・Tm,mcを演算する。
【0108】
加算部99は、α乗算部97によって演算されたα・(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)と、β乗算部98によって演算されたβ・Tm,mcとを加算することによって、目標モータトルクTを演算する。目標モータトルクTは、次式(10)で表される。
【0109】
=α・(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)+β・Tm,mc …(10)
つまり、シェアードコントロール部44は、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)と、目標アシストトルクTm,mcとを重み付け加算することにより、目標モータトルクTを演算する。
【0110】
目標アシストトルクTm,mcに対する重み係数βは、(|Δθ|/W)>1のときには1となり、0≦|Δθ|≦1のときには(|Δθ|/W)となる。一方、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に対する重み係数αは、|Δθ|/W>1のときには0となり、0≦|Δθ|/W≦1のときには(1-|Δθ|/W)となる。
【0111】
したがって、|Δθ|/W>1のときには、β=1でかつα=0となるので、T=Tm,mcとなる。これにより、角度偏差Δθの絶対値|Δθ|が有効角度偏差幅Wよりも大きいときには、目標アシストトルクTm,mcに基づいて操舵が行われることになる。これにより、手動操舵によって操舵が行われる。
【0112】
|Δθ|/Wが零のときには、β=0でかつα=1となるので、T=(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)となる。これにより、角度偏差Δθが0のときには、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に基づいて操舵が行われることになる。
【0113】
|Δθ|/Wが0≦|Δθ|/W≦1の範囲内にある場合には、|Δθ|/Wが小さくなるほど(|Δθ|が零に近づくほど)、βが小さくなり、αが大きくなる。一方、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)の絶対値は、|Δθ|が小さくなるほど小さくなる。また、目標アシストトルクTm,mcの絶対値は、角度偏差Δθに関係なく、操舵トルクTの絶対値|T|が大きくなるほど大きくなる。
【0114】
したがって、|Δθ|/Wが0≦|Δθ|/W≦1の範囲内にある場合において、運転者が操舵操作を行っていないときには、|T|および|Δθ|は比較的小さいので、主として(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に基づいて操舵が行われることになる。これにより、自動操舵による操舵が可能となる。
【0115】
|Δθ|/Wが0≦|Δθ|/W≦1の範囲内にある場合において、運転者が操舵操作(操舵介入)を行うと、|T|が大きくなるため、主として目標アシストトルクTm,mcに基づいて操舵が行われることになる。これにより、手動操舵による操舵が可能となる。この際、|Δθ|が大きくなり、角度制御用目標トルクTm,acの絶対値|Tm,ac|が大きくなるが、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acに対してリミッタ95によって制限がかけられているので、運転者による操舵介入時に操舵反力が大きくなるのを抑制できるから、運転者は操舵介入を行いやすくなる。
【0116】
|Δθ|/Wが0≦|Δθ|/W≦1の範囲内にある場合において、運転者が操舵介入を行っている途中で操舵介入の度合を弱めた場合、|T|が大きい状態から小さい状態に変化するため、|Δθ|も大きい状態から小さい状態に変化する。これにより、式(10)に基づき、操舵介入の度合に応じて目標アシストトルクTm,mcの絶対値は大きい状態から小さい状態へ変化し、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)は小さい状態から大きい状態へ変化する。
【0117】
運転者が操舵介入を行っている途中で操舵介入の度合を強めた場合は、それぞれ逆方向に変化する。よって、運転者が操舵介入の度合を調整するだけで、自動操舵が主体的な状態と運転者の操舵が主体的な状態とを、切り替えのつなぎ目を意識することなく、シームレスにスムーズに切り替えることができる。
【0118】
前述の実施形態では、比較的簡単な制御によって、自動操舵制御および手動操舵制御を同じ電動モータを用いて行うことができる。また、角度偏差Δθの絶対値が有効角度偏差幅Wに達したときに、目標モータトルクTが目標アシストトルクTm,mcと等しくなるので、運転者の操舵操作によって、自動操舵から手動操作に迅速に切り替えることが可能となる。
【0119】
以上、この発明の実施形態について説明したが、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。例えば、前述の実施形態では、β演算部93(図8参照)は、飽和関数sat0,1(|θ|/W))を用いて、重み係数βを演算している。しかし、β演算部93は、操舵トルクTを用いて、重み係数βを演算してもよい。
【0120】
具体的には、β演算部93は、次式(11)で示される飽和関数sat0,1(P)に基づいて演算されてもよい。飽和関数sat0,1(P)は、「ドライバ入力に応じて変化する値」の一例である操舵トルクTを用いて演算される。この場合には、図2および図8に二点鎖線で示すように、シェアードコントロール部44に、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTが入力される。
【0121】
【数10】
【0122】
ハンドル手放し状態(T=0)のときには、Pは低下する。ハンドル把持状態においては、操舵トルクの絶対値|T|が大きくなるとPが増加する。
【0123】
目標アシストトルクTm,mcに対する重み係数βは、P>1のときには1となり、0≦P≦1のときにはPとなる。一方、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に対する重み係数αは、P>1のときには0となり、0≦P≦1のときには(1-P)となる。
【0124】
したがって、P>1のときには、β=1でかつα=0となるので、T=Tm,mcとなる。これにより、操舵トルクの絶対値|T|が大きくなると、目標アシストトルクTm,mcに基づいて操舵が行われることになる。これにより、手動操舵によって操舵が行われる。
【0125】
P<0のときには、β=0でかつα=1となるので、T=(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)となる。これにより、操舵トルクの絶対値|T|が零のときには、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に基づいて操舵が行われることになる。
【0126】
Pが0≦P≦1の範囲内にある場合には、P(=β)が小さくなるほど、αが大きくなる。そのため、目標モータトルクTに占める目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)の割合は、Pが小さくなるほど大きくなる。逆に、目標モータトルクTに占める目標アシストトルクTm,mcの割合は、操舵トルクTの絶対値|T|が大きくなるほど、即ちPが大きくなるほど、大きくなる。
【0127】
したがって、Pが0≦P≦1の範囲内にある場合において、運転者が操舵操作を行っていないときには、操舵トルクTの絶対値|T|およびPは比較的小さいので、主として(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)に基づいて操舵が行われることになる。これにより、自動操舵による操舵が可能となる。
【0128】
Pが0≦P≦1の範囲内にある場合において、運転者が操舵操作(操舵介入)を行うと、操舵トルクTの絶対値|T|が大きくなるため、主として目標アシストトルクTm,mcに基づいて操舵が行われることになる。これにより、手動操舵による操舵が可能となる。この際、|Δθ|が大きくなり、角度制御用目標トルクTm,acの絶対値|Tm,ac|が大きくなるが、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acに対してリミッタ95によって制限がかけられているので、運転者による操舵介入時に操舵反力が大きくなるのを抑制できるから、運転者は操舵介入を行いやすくなる。
【0129】
Pが0≦P≦1の範囲内にある場合において、運転者が操舵介入を行っている途中で操舵介入の度合を弱めた場合、操舵トルクTの絶対値|T|が大きい状態から小さい状態に変化する。そのため、P(=β)も大きい状態から小さい状態に変化し、αは小さい状態から大きい状態に変化する。これにより、式(10)に基づき、操舵介入の度合に応じて目標モータトルクTに占める目標アシストトルクTm,mcの割合が小さくなり、目標自動操舵トルク(satTmin,Tmax(Tm,ac)-Tlem)の割合が大きくなる。
【0130】
運転者が操舵介入を行っている途中で操舵介入の度合を強めた場合は、それぞれ逆方向に変化する。よって、運転者が操舵介入の度合を調整するだけで、自動操舵が主体的な状態と運転者の操舵が主体的な状態とを、切り替えのつなぎ目を意識することなく、シームレスにスムーズに切り替えることができる。
【0131】
また、β演算部93は、次式(12)で示される飽和関数sat0,1(Q)を用いて、重み係数βを演算してもよい。飽和関数sat0,1(Q)は、「ドライバ入力に応じて変化する値」の一例である操舵トルクTを用いて演算される。この場合にも、図2および図8に二点鎖線で示すように、シェアードコントロール部44に、トルクセンサ12によって検出される操舵トルクTが入力される。
【0132】
【数11】
【0133】
式(12)において、QはQの今回値を示し、Qn-1はQの前回値を示している。また、|Td(n)|は、操舵トルクTの絶対値の今回値を示している。
【0134】
ハンドル手放し状態(T=0)のときには、Qは低下する。ハンドル把持状態においては、操舵トルクの絶対値|T|が大きくなるとQが増加する。したがって、この場合にも、重み係数βが式(11)で示される飽和関数に基づいて演算される場合と同様な作用効果が得られる。
【0135】
また、前述の実施形態では、運転者が自動操舵を解除しやすくするために、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acを下限飽和値Tminと上限飽和値Tmaxとの間に制限するリミッタ95(図8参照)が設けられている。しかしながら、リミッタ95の代わりに、図4に二点鎖線で示すように、PD制御部(図4参照)のフィードバックゲインを制御するゲイン制御部66を設けてもよい。ゲイン制御部66は、本発明の制限処理部の一例である。
【0136】
ゲイン制御部66は、この実施形態では、比例ゲインKおよび微分ゲインKを、ドライバ入力に応じて変化する値に基づき制御することにより、操舵介入時に角度制御用目標トルクTm,acの絶対値が過大になるのを抑制する。
【0137】
ゲイン制御部66で用いられる「ドライバ入力に応じて変化する値」としては、例えば、角度偏差Δθや操舵トルクT等を用いることができる。ただし、ゲイン制御部66で用いられる「ドライバ入力に応じて変化する値」は、βの演算に用いられる「ドライバ入力に応じて変化する値」とは、異なる値であることが好ましい。
【0138】
ゲイン制御部66で用いられる「ドライバ入力に応じて変化する値」が操舵トルクTである場合の比例ゲインKおよび微分ゲインKの設定例を、それぞれ図11および図12に示す。
【0139】
図11を参照して、比例ゲインKは、操舵トルクの絶対値|T|が0のときには、正の所定値 KP0に設定される。操舵トルクの絶対値|T|が所定値A(A>0)以上の範囲では、比例ゲインKは、KP0よりも小さな正の所定値KP1に設定される。操舵トルクの絶対値|T|が0以上A以下の範囲においては、比例ゲインKは、KP0からKP1までの範囲で|T|が大きくなるほど小さくなる特性に従って設定される。
【0140】
図12を参照して、微分ゲインKは、操舵トルクの絶対値|T|が0のときには、正の所定値 KD0に設定される。操舵トルクの絶対値|T|が所定値B(B>0)以上の範囲では、微分ゲインKは、KD0よりも小さな正の所定値KD1に設定される。操舵トルクの絶対値|T|が0以上B以下の範囲においては、微分ゲインKは、KD0からKD1までの範囲で|T|が大きくなるほど小さくなる特性に従って設定される。
【0141】
自動操舵中に運転者が操舵介入を行うと、角度偏差Δθの絶対値が大きくなり、角度制御用目標トルクTm,acの絶対値が大きくなり、操舵反力が大きくなるので、運転者は操舵介入を行いにくくなる。しかし、操舵介入によって操舵トルクTの絶対値が大きくなると、ゲイン制御部66によって比例ゲインKおよび微分ゲインKが減少される。これにより、角度制御部42によって設定される角度制御用目標トルクTm,acの応答性が低下するので、角度制御用目標トルクTm,acの絶対値が過大となるのを抑制できる。
【0142】
なお、図11、12の設定例では、横軸に操舵トルクTの絶対値を用いたが、「ドライバ入力に応じて変化する値」として操舵トルクTを採用する場合には、図11、12の横軸に前記式(11)で定義される飽和関数sat0,1(P)や前記式(12)で定義される飽和関数sat0,1(Q)等を用いてもよい。また「ドライバ入力に応じて変化する値」として角度偏差Δθを採用する場合には、図11、12の横軸に角度偏差Δθの絶対値等を用いることができる。
【0143】
また、前述の実施形態では、角度制御部42は、フィードフォワード制御部63を備えているが、フィードフォワード制御部63を省略してもよい。
【0144】
また、前述の実施形態では、補償対象負荷Tleは、路面負荷トルクTrlおよび摩擦トルクTを含んでいるが、何れか一方のみを含んでいてもよい。
【0145】
また、補償対象負荷Tleは、トーションバー10からタイヤまでのトルク伝達経路の構成部材の慣性力によって出力軸9に加えられる慣性トルクを含んでいてもよい。
【0146】
本発明の実施形態について詳細に説明してきたが、これらは本発明の技術的内容を明らかにするために用いられた具体例に過ぎず、本発明はこれらの具体例に限定して解釈されるべきではなく、本発明の範囲は添付の請求の範囲によってのみ限定される。
【0147】
この出願は、2017年11月30日に日本国特許庁に提出された特願2017-230561号に対応しており、その出願の全開示はここに引用により組み込まれるものとする。
【符号の説明】
【0148】
1…電動パワーステアリング装置、3…転舵輪、4…転舵機構、18…電動モータ、41…アシスト制御部、42…角度制御部、43…補償対象負荷推定部、44…シェアードコントロール部、61…ローパスフィルタ(LPF)、62…フィードバック制御部、63…フィードフォワード制御部、64…トルク加算部、66…ゲイン制御部、201…上位ECU、202…モータ制御用ECU
図1
図2
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図12