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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-01
(45)【発行日】2023-03-09
(54)【発明の名称】乳酸吸着剤および乳酸の除去方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/08 20060101AFI20230302BHJP
   B01D 15/00 20060101ALI20230302BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20230302BHJP
   C12M 3/04 20060101ALN20230302BHJP
【FI】
B01J20/08 C
B01D15/00 M
C12N5/071
C12M3/04 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021556086
(86)(22)【出願日】2020-11-09
(86)【国際出願番号】 JP2020041749
(87)【国際公開番号】W WO2021095692
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2022-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2019205427
(32)【優先日】2019-11-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226242
【氏名又は名称】日機装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 敏明
(72)【発明者】
【氏名】亀田 知人
(72)【発明者】
【氏名】北川 文彦
(72)【発明者】
【氏名】神保 陽一
(72)【発明者】
【氏名】近藤 昌幸
【審査官】瀧 恭子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-036804(JP,A)
【文献】特開昭58-214338(JP,A)
【文献】特開2009-178682(JP,A)
【文献】特開2020-184979(JP,A)
【文献】国際公開第2020/050068(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第111001375(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/28;20/30-20/34
B01D 15/00-15/42
C12N 1/00-7/08
C12M 1/00-3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の金属水酸化物層と前記金属水酸化物層の層間に保持される陰イオンおよび水分子とを有する層状複水酸化物を含み、
前記陰イオンは、
(i)グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびプロリンからなる群から選択される少なくとも1種のアミノ酸、
(ii)前記群から選択される1種または2種のアミノ酸で構成されるジペプチド、
(iii)アスコルビン酸2リン酸および葉酸からなる群から選択される少なくとも1種のビタミン、
(iv)MES、Bis-Tris、ADA、PIPES、ACES、MOPSO、BES、MOPS、TES、HEPES、DIPSO、TAPSOおよびPOPSOからなる群から選択される少なくとも1種のpH緩衝剤、
(v)ピルビン酸、クエン酸、ケトグルタル酸、コハク酸、オキサロ酢酸およびフマル酸からなる群から選択される少なくとも1種のグルコース代謝物、または
(vi)NO およびClからなる群から選択される少なくとも1種の無機イオン、
を含み、
乳酸およびグルコースを含有する溶液に接触して前記溶液中の乳酸を吸着する、乳酸吸着剤。
【請求項2】
金属水酸化物層は、2価金属イオンM2+および3価金属イオンM3+を含み、
前記2価金属イオンM2+は、Mg2+またはCa2+である請求項1に記載の乳酸吸着剤。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の乳酸吸着剤を乳酸に接触させることを含む乳酸の除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸吸着剤および乳酸の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品製造や再生医療などの分野において、細胞や微生物を人工的に効率よく大量培養することが求められている。大量培養が求められる細胞としては、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)等の抗体産生細胞、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞等が挙げられる。これらの細胞を長期間安定的に大量培養できれば、モノクローナル抗体等の生体物質や多能性幹細胞由来の分化誘導組織を効率よく生産することができる。
【0003】
細胞や微生物を工業的に大量培養する方法としては、スピナーフラスコ等の培養槽を用いた浮遊攪拌培養が考えられる。一方、浮遊攪拌培養では設備規模が大きくなる傾向がある。したがって、コストの削減を図るために、細胞等の培養密度を高めることが有効である。しかしながら、培養密度を高めていくと、細胞等の増殖が抑えられることが知られている。これは、細胞等の高密度化によって培養液(液体培地)中の老廃物(代謝物)の濃度が上昇し、これにより細胞等の増殖活性が低下するためである。細胞等に影響を与える老廃物の代表的なものとしては、乳酸が知られている。
【0004】
したがって、細胞等を高密度状態で安定的に増殖させるためには、培養液中に蓄積する乳酸を除去することが望ましい。これに対し、例えば特許文献1には、濃度差に依存して成分を透過させる培養液成分調整膜を設けた送液ラインによって、細胞培養槽と成分調整液槽とを接続した細胞培養装置が開示されている。この細胞培養装置では、培養液中に蓄積した老廃物は、成分調整液側に移動することで培養液中での濃度が低下する。同時に、培養中に濃度が低下した栄養分は、成分調整液から培養液へ移動して補充される。これにより、培養液中の環境が細胞培養に適した状態に維持される。なお、成分調整液には、培養液そのものが用いられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/122528号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示される細胞培養装置は、透析の原理を利用して培養液から老廃物を除去していた。したがって、十分な老廃物の除去を実現するために、成分調整液槽の容積を細胞培養槽の容積の10倍以上に設定していた。このため、必要な液量が莫大でコストがかかるという課題があった。特に、成分調整液に培養液そのものを用いる場合には、高価な培地を大量に消費することになり、より一層のコストがかかってしまう。また、透析技術を利用して老廃物を除去する場合、培養装置の構造が複雑になるという課題もあった。
【0007】
このため、透析技術以外の手法を用いた新規な乳酸除去技術が強く望まれる。一方で、透析技術以外の乳酸除去手法を用いる場合、乳酸の吸着処理自体によって細胞や微生物の増殖が抑制されることは回避すべきである。また、より良好な細胞等の増殖環境を得るためには、乳酸の除去効率の高さも当然に求められる。
【0008】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、乳酸や乳酸除去処理が細胞や微生物の増殖に与える悪影響を低減する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある態様は乳酸吸着剤である。この乳酸吸着剤は、複数の金属水酸化物層と金属水酸化物層の層間に保持される陰イオンおよび水分子とを有する層状複水酸化物を含む。陰イオンは、(i)グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびプロリンからなる群から選択される少なくとも1種のアミノ酸、(ii)前述の群から選択される1種または2種のアミノ酸で構成されるジペプチド、(iii)アスコルビン酸2リン酸および葉酸からなる群から選択される少なくとも1種のビタミン、(iv)MES、Bis-Tris、ADA、PIPES、ACES、MOPSO、BES、MOPS、TES、HEPES、DIPSO、TAPSOおよびPOPSOからなる群から選択される少なくとも1種のpH緩衝剤、(v)ピルビン酸、クエン酸、ケトグルタル酸、コハク酸、オキサロ酢酸およびフマル酸からなる群から選択される少なくとも1種のグルコース代謝物、または(vi)NO およびClからなる群から選択される少なくとも1種の無機イオンを含む。
【0010】
本発明の別の態様は、乳酸の除去方法である。当該除去方法は、上記態様の乳酸吸着剤を乳酸に接触させることを含む。
【0011】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、乳酸や乳酸除去処理が細胞や微生物の増殖に与える悪影響を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1(A)~図1(D)は、実施の形態に係る乳酸の除去方法を説明するための模式図である。
図2】乳酸およびグルコースの水溶液における層状複水酸化物の乳酸吸着率およびグルコース吸着率を示す図である。
図3】細胞培養液における層状複水酸化物の乳酸吸着率およびグルコース吸着率を示す図である。
図4】層状複水酸化物を培地に添加した際の細胞増殖率を示す図である。
図5】細胞培養液における層状複水酸化物の乳酸吸着率およびグルコース吸着率を示す図である。
図6】層状複水酸化物を培地に添加した際の細胞増殖率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のある態様は乳酸吸着剤である。この乳酸吸着剤は、複数の金属水酸化物層と金属水酸化物層の層間に保持される陰イオンおよび水分子とを有する層状複水酸化物を含む。陰イオンは、(i)グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびプロリンからなる群から選択される少なくとも1種のアミノ酸、(ii)前述の群から選択される1種または2種のアミノ酸で構成されるジペプチド、(iii)アスコルビン酸2リン酸および葉酸からなる群から選択される少なくとも1種のビタミン、(iv)MES、Bis-Tris、ADA、PIPES、ACES、MOPSO、BES、MOPS、TES、HEPES、DIPSO、TAPSOおよびPOPSOからなる群から選択される少なくとも1種のpH緩衝剤、(v)ピルビン酸、クエン酸、ケトグルタル酸、コハク酸、オキサロ酢酸およびフマル酸からなる群から選択される少なくとも1種のグルコース代謝物、または(vi)NO およびClからなる群から選択される少なくとも1種の無機イオンを含む。
【0015】
上記態様において、金属水酸化物層は、2価金属イオンM2+および3価金属イオンM3+を含み、2価金属イオンM2+は、Mg2+またはCa2+であってもよい。また、乳酸吸着剤は、乳酸を含有する溶液に接触して、溶液中の乳酸を吸着するものであってもよい。また、溶液は、グルコースを含有する、細胞または微生物の培養液であってもよい。
【0016】
本発明の別の態様は、乳酸の除去方法である。当該除去方法は、上記いずれかの態様の乳酸吸着剤を乳酸に接触させることを含む。
【0017】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0018】
本実施の形態に係る乳酸吸着剤は、層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide:LDH)を含む。層状複水酸化物は、複数の金属水酸化物層と、金属水酸化物層の層間に保持される陰イオンおよび水分子とを有する。金属水酸化物層は、構成金属として2価金属イオンM2+および3価金属イオンM3+を含む。具体的には、層状複水酸化物は、2価金属のM(OH)におけるM2+の一部がM3+に置換されることにより正電荷を帯びた八面体層のホスト層(金属水酸化物層)と、ホスト層の正電荷を補償する陰イオンおよび層間水からなるゲスト層とで構成される。乳酸(乳酸イオン)は、ゲスト層の陰イオンとイオン交換されることで、層状複水酸化物に吸着される。
【0019】
層状複水酸化物は、以下の化学式で表される。
[M2+ 1-X3+ (OH)][An- x/n・yHO]
上記式中、M2+は、Cu2+、Mn2+、Mg2+、Fe2+、Ca2+、Ni2+、Zn2+、Co2+およびCd2+からなる群から選択される2価の金属イオンである。M3+は、Al3+、Cr3+、Fe3+、Co3+、In3+、Mn3+およびV3+からなる群から選択される3価の金属イオンである。An-は、ゲスト層の陰イオンである。xは0.22~0.3であり、nは1~3であり、yは1~12である。
【0020】
本実施の形態の層状複水酸化物が有する陰イオンは、(i)アミノ酸、(ii)ジペプチド、(iii)ビタミン、(iv)pH緩衝剤、(v)グルコース代謝物、または(vi)無機イオンを含む。これらの物質は、中性条件下で負電荷を帯びる。なお、層状複水酸化物は、複数種の陰イオンを有してもよい。
【0021】
アミノ酸は、グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびプロリンからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0022】
ジペプチドは、上述の群から選択される2種のアミノ酸で構成される。つまり、ジペプチドは、グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびプロリンからなる群から選択される1種または2種のアミノ酸が2つ結合したものである。
【0023】
ビタミンは、アスコルビン酸2リン酸および葉酸からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0024】
pH緩衝剤は、MES(2-モルホリノエタンスルホン酸,一水和物)、Bis-Tris(ビス(2-ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン)、ADA(N-(2-アセトアミド)イミノジ酢酸)、PIPES(ピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸))、ACES(N-(2-アセトアミド)-2-アミノエタンスルホン酸)、MOPSO(2-ヒドロキシ-3-モルホリノプロパンスルホン酸)、BES(N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-2-アミノエタンスルホン酸)、MOPS(3-モルホリノプロパンスルホン酸)、TES(N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸)、HEPES(2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸)、DIPSO(3-(ビス(2-ヒドロキシエチル)アミノ)-2-ヒドロキシプロパン-1-スルホン酸)、TAPSO(3-[[1,3-ジヒドロキシ-2-(ヒドロキシメチル)プロパン-2-イル]アミノ]-2-ヒドロキシプロパン-1-スルホン酸)およびPOPSO(ピペラジン-1,4-ビス(2-ヒドロキシ-3-プロパンスルホン酸),二水和物)からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0025】
グルコース代謝物は、ピルビン酸、クエン酸、ケトグルタル酸、コハク酸、オキサロ酢酸およびフマル酸からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0026】
無機イオンは、NO およびClからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0027】
金属水酸化物層の層間に陰イオンとしてアミノ酸、ジペプチド、ビタミン、pH緩衝剤またはグルコース代謝物を保持させることで、無機イオンを保持させる場合に比べて、細胞等に対する層状複水酸化物の毒性を低下させることができる。これにより、乳酸吸着剤自体によって細胞等の増殖が妨げられることを抑制できる。また、陰イオンを硝酸イオンおよび塩化物イオンのいずれかとすることで、他の無機イオンを保持させる場合に比べて、乳酸の吸着率を高めることができる。
【0028】
金属水酸化物層を構成する2価金属イオンM2+は、Mg2+またはCa2+であることが好ましく、Mg2+であることがより好ましい。また、金属水酸化物層を構成する3価金属イオンM3+は、Al3+であることが好ましい。つまり、Mg-Al系LDHがより好ましい。これにより、細胞等に対する層状複水酸化物の毒性をより低減することができる。なお、層状複水酸化物を構成する金属イオンや陰イオンの種類が異なる複数種の層状複水酸化物を混合して用いてもよい。
【0029】
上述の層状複水酸化物を含む乳酸吸着剤を乳酸に接触させることで、乳酸を層状複水酸化物に吸着させることができる。特に、本実施の形態の乳酸吸着剤は、溶液中の乳酸を吸着除去する場合に、好適に用いることができる。この場合、乳酸吸着剤を乳酸含有溶液に接触させることで、溶液中の乳酸を吸着させることができる。また、乳酸吸着剤は、溶液が、グルコースを含有する細胞または微生物の培養液であった場合に、培養液中に残すべきグルコースに比べて除去対象である乳酸を高選択的に吸着することができる。なお、培養液の種類は特に限定されない。
【0030】
また、溶液への乳酸吸着剤の添加量、言い換えれば溶液中の乳酸吸着剤の濃度は、好ましくは0.0005g/mL超であり、より好ましくは0.005g/mL以上であり、さらに好ましくは0.005g/mL超であり、さらに好ましくは0.025g/mL以上である。また、当該添加量は、好ましくは0.2g/mL未満であり、より好ましくは0.1g/mL以下である。乳酸吸着剤の添加量を0.0005mg/mL超とすることで、乳酸吸着率をより確実に高めることができる。また、乳酸吸着剤の添加量を0.2g/mL未満とすることで、グルコース吸着率をより確実に抑制でき、より効率よく細胞等を培養することができる。乳酸吸着率は、溶液中の全乳酸量に対する吸着した乳酸量の割合である。グルコース吸着率は、溶液中の全グルコース量に対する吸着したグルコース量の割合である。
【0031】
培養液を用いて培養される細胞および微生物は、特に限定されない。例えば培養細胞は、ヒトiPS細胞、ヒトES細胞、ヒトMuse細胞等の多能性幹細胞および分化誘導細胞;間葉系幹細胞(MSC細胞)、ネフロン前駆細胞等の体性幹細胞;ヒト近位尿細管上皮細胞、ヒト遠位尿細管上皮細胞、ヒト集合管上皮細胞等の組織細胞;ヒト胎児腎細胞(HEK293細胞)等の抗体産生細胞株;チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、昆虫細胞(SF9細胞)等のヒト以外の動物由来の抗体産生細胞株等が挙げられる。これらの細胞は、大量培養が特に望まれる細胞であるため、本実施の形態に係る乳酸吸着剤の使用対象としてより好ましい。
【0032】
(乳酸の除去方法)
本実施の形態に係る乳酸の除去方法は、上述した乳酸吸着剤を乳酸(乳酸イオン)に接触させることを含む。好ましくは、乳酸を含有する溶液に乳酸吸着剤を接触させることを含む。乳酸吸着剤を乳酸に接触させる方法は特に限定されないが、以下の態様が例示される。図1(A)~図1(D)は、実施の形態に係る乳酸の除去方法を説明するための模式図である。以下では、培養液からの乳酸除去を例に挙げて説明するが、他の溶液からの乳酸除去についても同様に実施することができる。
【0033】
図1(A)に示すように、第1の態様では、カラム等の容器2に乳酸吸着剤4が充填された吸着モジュール6が用意される。容器2は、容器2の内外を連通する入口2aと出口2bとを有する。乳酸吸着剤4は、例えば粒子状である。吸着モジュール6は、循環路8を介して、スピナーフラスコ等の培養容器10に接続される。循環路8は、培養容器10と容器2の入口2aとを接続する往路8aと、容器2の出口2bと培養容器10とを接続する復路8bとを含む。往路8aの途中には、ポンプ12が接続される。培養容器10中には、培養液14と、細胞16とが収容される。なお、ポンプ12は復路8bに配置されてもよい。
【0034】
ポンプ12が駆動すると、培養液14は培養容器10から吸引され、往路8aを介して吸着モジュール6の容器2内に送られる。容器2内に送り込まれた培養液14は、復路8bを介して培養容器10内に戻される。培養液14は、培養容器10と吸着モジュール6との間を循環する過程で、容器2に充填された乳酸吸着剤4と接触する。このとき、培養液14中の乳酸は、乳酸吸着剤4に吸着される。この結果、培養液14中の乳酸が除去される。往路8aにおける培養容器10に接続される側の端部には、図示しないフィルタが設けられる。これにより、細胞16が吸着モジュール6側に流れることが抑制される。なお、培養容器10と吸着モジュール6との間で培養液14を循環させる過程で、細胞16の培養に必要なグルコースやタンパク質等の培地成分が培養液14に補充されてもよい。
【0035】
つまり、第1の態様では、乳酸吸着剤4を有する吸着モジュール6と、細胞または微生物、および培養液14が収容される培養容器10と、吸着モジュール6と培養容器10とをつなぎ培養液14を循環させる循環路8と、を備える培養装置を用いることで、培養液14中の乳酸が除去される。
【0036】
図1(B)に示すように、第2の態様では、培養容器10の内壁面に乳酸吸着剤4が支持されている。培養容器10中には、培養液14と、細胞16とが収容されている。したがって、培養液14は、培養容器10の内壁面において露出する乳酸吸着剤4に接触する。これにより、培養液14中の乳酸を乳酸吸着剤4に吸着させることができる。培養容器10としては、スピナーフラスコ、シャーレ、ウェルプレート、セルカルチャーインサート、マイクロスフェア等が例示される。
【0037】
培養容器10の内壁面に乳酸吸着剤4を支持させる方法としては、例えば、乳酸吸着剤4を培養容器10の内壁面に接着させる方法や、培養容器10が樹脂製である場合には、予め乳酸吸着剤4を混合した樹脂で培養容器10を成形する方法等が挙げられる。つまり、第2の態様では、培養容器10と、培養容器10の内壁面に支持される乳酸吸着剤4と、を備える培養装置を用いることで、培養液14中の乳酸が除去される。
【0038】
図1(C)に示すように、第3の態様では、培養容器10は、多孔質膜等の隔膜18によって容器内部が上段10aと下段10bに区切られた構造を有する。このような培養容器10としては、セルカルチャーインサートが例示される。上段10aには培養液14と細胞16が収容され、下段10bには培養液14と乳酸吸着剤4が収容される。培養液14は、隔膜18を通過して上段10aと下段10bとの間を行き来することができる。一方、細胞16および乳酸吸着剤4は、隔膜18を通過することができない。
【0039】
このような構造において、培養液14は、下段10bに収容された乳酸吸着剤4に接触する。これにより、培養液14中の乳酸を乳酸吸着剤4に吸着させることができる。つまり、第3の態様では、培養容器10と、乳酸吸着剤4と、培養容器10内を乳酸吸着剤4が収容される第1空間と細胞16が収容される第2空間とに区画する隔膜18と、を備える培養装置を用いることで、培養液14中の乳酸が除去される。
【0040】
図1(D)に示すように、第4の態様では、粒子状の乳酸吸着剤4を培養液14中に分散、沈降あるいは浮遊させる。これにより、培養液14中の乳酸を乳酸吸着剤4に吸着させることができる。なお、乳酸吸着剤4は、細胞16に貪食されることを防ぐために、所定サイズ以上、例えば10μm以上の大きさであることが好ましい。つまり、第4の態様では、培養容器10と、培養容器10内の培養液14に添加される乳酸吸着剤4と、を備える培養装置を用いることで、培養液14中の乳酸が除去される。
【0041】
好ましくは、乳酸吸着剤は、ポリビニルアルコールやアルギン酸等の樹脂、コラーゲンやゼラチン等の生体由来ゲル等で被覆される。これにより、細胞等に影響を与え得る微粒子が乳酸吸着剤から培養液中に流出することを抑制することができる。あるいは、乳酸吸着剤は、セラミックスバインダー、樹脂バインダー、生体由来ゲル等と層状複水酸化物とを混練して成形される。これによっても、微粒子の流出を抑制することができる。セラミックスバインダーとしては、アルミナバインダー、コロイダルシリカ等が例示される。樹脂バインダーとしては、アルギン酸、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース等が例示される。生体由来ゲルとしては、コラーゲン、ゼラチン等が例示される。
【0042】
溶液中の乳酸濃度を検出する場合、その検出方法は特に限定されないが、培地成分アナライザーを使用することが好ましい。また、所定の測定試薬を用いた比色法、酵素の基質特異性を利用する酵素電極法、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等を利用して、乳酸濃度を検出することができる。
【0043】
以上説明したように、本実施の形態に係る乳酸吸着剤は、複数の金属水酸化物層と金属水酸化物層の層間に保持される陰イオンおよび水分子とを有する層状複水酸化物を含み、陰イオンは、(i)グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびプロリンからなる群から選択される少なくとも1種のアミノ酸、(ii)前述の群から選択される1種または2種のアミノ酸で構成されるジペプチド、(iii)アスコルビン酸2リン酸および葉酸からなる群から選択される少なくとも1種のビタミン、(iv)MES、Bis-Tris、ADA、PIPES、ACES、MOPSO、BES、MOPS、TES、HEPES、DIPSO、TAPSOおよびPOPSOからなる群から選択される少なくとも1種のpH緩衝剤、(v)ピルビン酸、クエン酸、ケトグルタル酸、コハク酸、オキサロ酢酸およびフマル酸からなる群から選択される少なくとも1種のグルコース代謝物、または(vi)NO およびClからなる群から選択される少なくとも1種の無機イオンを含む。また、本実施の形態に係る乳酸の除去方法は、この乳酸吸着剤を乳酸に接触させることを含む。
【0044】
金属水酸化物層の層間に陰イオンとしてアミノ酸、ジペプチド、ビタミン、pH緩衝剤またはグルコース代謝物を保持させることで、無機イオンを保持させる場合に比べて、細胞等に対する層状複水酸化物の毒性を低下させることができる。これにより、乳酸除去処理が細胞や微生物の増殖に与える悪影響を低減することができる。また、金属水酸化物層の層間に陰イオンとして硝酸イオンまたは塩化物イオンを保持させることで、他の無機イオンを保持させる場合に比べて乳酸の吸着率を高めることができる。これにより、乳酸が細胞や微生物の増殖に与える悪影響を低減することができる。
【0045】
また、本実施の形態によれば、従来の透析技術を用いて乳酸を除去する場合とは異なり、莫大な量の溶液を使用せずに乳酸を除去することができる。よって、低コストに乳酸を除去することができる。特に、溶液が細胞等の培養液である場合には、従来の透析技術に比べて培養液の使用量を減らすことができる。一般的に培養液は高価であるため、より一層の低コスト化が可能である。また、乳酸吸着剤を乳酸含有溶液に接触させるだけで乳酸を除去できるため、本実施の形態によれば培養装置の構造の簡略化を図ることができる。
【0046】
また、乳酸の除去により細胞等を高密度に大量培養することができる。また、乳酸によって培地のpHが低下することも抑制できるため、この点でも細胞を高密度に大量培養することが可能となる。さらに、細胞が多能性幹細胞である場合には、乳酸の除去によって細胞の高密度大量培養が可能となることに加え、細胞が未分化の状態、つまり細胞の多分化能(分化多能性)を維持することができる。したがって、生体物質生産や分化誘導組織作製に好適な細胞を大量に得ることができる。これにより、医薬品製造や再生医療に要するコストを削減することができる。
【0047】
また、本実施の形態の乳酸吸着剤は、有用成分であるグルコースに対して乳酸を高選択的に吸着することができる。このため、より効率的な細胞培養が可能となる。よって、本実施の形態の乳酸吸着剤は、グルコースを含有する培養液における乳酸の除去に特に有用である。なお、本実施の形態の乳酸吸着剤は、他の細胞老廃物の吸着剤と併用してもよい。
【0048】
また、層状複水酸化物の金属水酸化物層は、2価金属イオンM2+および3価金属イオンM3+を含み、好ましくは2価金属イオンM2+はMg2+またはCa2+である。これにより、細胞等に対する層状複水酸化物の毒性をより低減することができる。よって、乳酸除去処理が細胞や微生物の増殖に与える悪影響をより低減することができる。また、好ましくは金属水酸化物層を構成する3価金属イオンM3+はAl3+である。
【0049】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【実施例
【0050】
以下、本発明の実施例を説明するが、実施例は本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0051】
[乳酸吸着剤の合成]
(CO型Mg-Al LDHの合成)
NaCOを入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=3.0)をイオン交換水に滴下しながら300rpmで撹拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがCO 2-であるCO型Mg-Al LDHを得た。
【0052】
(Cl型Mg-Al LDHの合成)
イオン交換水を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、MgCl-AlCl混合溶液(Mg/Al比=3.0)をイオン交換水に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがClであるCl型Mg-Al LDHを得た。
【0053】
(NO型Mg-Al LDHの合成)
イオン交換水を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=3.0)をイオン交換水に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがNO であるNO型Mg-Al LDHを得た。
【0054】
(NO型Ca-Al LDHの合成)
イオン交換水を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH12.5の条件下で、Ca(NO-Al(NO混合溶液(Ca/Al比=3.0)をイオン交換水に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後に滴下を終了し、条件を窒素雰囲気、80℃、pH12.5に変更した。条件変更から2時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがNO であるNO型Ca-Al LDHを得た。
【0055】
(NO型Ni-Al LDHの合成)
イオン交換水を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Ni(NO-Al(NO混合溶液(Ni/Al比=3.0)をイオン交換水に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがNO であるNO型Ni-Al LDHを得た。
【0056】
(NO型Cu-Al LDHの合成)
イオン交換水を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Cu(NO-Al(NO混合溶液(Cu/Al比=3.0)をイオン交換水に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがNO であるNO型Cu-Al LDHを得た。
【0057】
(HEPES型Mg-Al LDH(Mg/Al比=3.0)の合成)
濃度3575mg/LのHEPES溶液(富士フイルム和光純薬社)を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=3.0)をHEPES溶液に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、保持イオンがHEPESであるHEPES型Mg-Al LDHを得た。
【0058】
[LDH合成の確認]
X線回折装置(RINT-2200VHF:理学社製)を用いた粉末X線回折によって、上述の合成手順で得られた合成物(LDH)の構造を確認した。全ての合成物において、各LDHに特異的なピークが検出された。このことから、目的のLDHを合成できていることが確認された。また、ICP発光分析装置(iCAP6500 Duo:ThermoFisher Scientific社製)を用いて合成物の組成を確認し、合成物が目的のLDHであることを裏付けた。
【0059】
[乳酸およびグルコースの水溶液(水系溶液)における吸着剤性能の解析]
乳酸ナトリウム(関東化学社)とグルコース(富士フイルム和光純薬社)とを純水に添加し、グルコース濃度1000ppm、乳酸濃度10mMの水溶液を作製した。この水溶液20mLを複数の50mL三角フラスコに分注した。また、各種の乳酸吸着剤0.5gを各三角フラスコの水溶液に添加した。したがって、乳酸吸着剤の濃度は0.025g/mLである。本解析では、上述の乳酸吸着剤のうちCO型Mg-Al LDH、Cl型Mg-Al LDH、NO型Mg-Al LDHおよびHEPES型Mg-Al LDHを用いた。
【0060】
37℃、150rpmで水溶液を24時間攪拌した。24時間経過後、0.1μmフィルタで水溶液と乳酸吸着剤を分離した。そして、HPLC(日本分光社)を用いて水溶液中の乳酸濃度およびグルコース濃度を測定した。また、以下の数式に基づいて、各吸着剤における乳酸の吸着率およびグルコースの吸着率を算出した。
吸着率(%)=[吸着前濃度(mM)-吸着後濃度(mM)]/吸着前濃度(mM)×100
【0061】
結果を図2に示す。図2は、乳酸およびグルコースの水溶液における層状複水酸化物の乳酸吸着率およびグルコース吸着率を示す図である。図2に示すように、乳酸吸着率は、CO型、Cl型、NO型、HEPES型の順に高くなることが確認された。特に、Cl型、NO型およびHEPES型は、CO型に比べて非常に高い乳酸吸着率を示した。また、いずれのMg-Al LDHも、水溶液中のグルコースをほとんど吸着しないことが確認された。
【0062】
[細胞培養液における吸着剤性能の解析]
多能性幹細胞用培地(StemFit AK02N:味の素社)に乳酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬社)を添加し、グルコース濃度250mg/mL、乳酸濃度10mMの培地を作製した。この培地20mLを複数の50mLチューブ(ThermoFisher Scientific社)に分注した。また、各種の乳酸吸着剤を各チューブの培地に添加した。乳酸吸着剤には、CO型Mg-Al LDH、Cl型Mg-Al LDH、NO型Mg-Al LDHおよびHEPES型Mg-Al LDHを用いた。乳酸吸着剤の添加量(濃度)は、0.5g(0.025g/mL)、1.0g(0.05g/mL)、2.0g(0.1g/mL)とした。
【0063】
37℃、60回/分で培地を24時間振とうした。24時間経過後、0.22μmフィルタで培地と乳酸吸着剤とを分離した。そして、血液ガス分析装置(ABL800 FLEX:ラジオメーター社)を用いて、培地中の乳酸濃度およびグルコース濃度を測定した。また、上記数式に基づいて、各乳酸吸着剤における乳酸の吸着率およびグルコースの吸着率を算出した。
【0064】
結果を図3に示す。図3は、細胞培養液における層状複水酸化物の乳酸吸着率およびグルコース吸着率を示す図である。図3に示すように、水系溶液の場合に比べて多少は吸着率が低下するものの、細胞培養液中でもCl型、NO型およびHEPES型の各LDHが乳酸を吸着できることが確認された。特に、NO型およびHEPES型は、Cl型に比べて高い乳酸吸着率を示した。また、NO型およびHEPES型は、培地中のグルコースをほとんど吸着しないことが確認された。
【0065】
[乳酸吸着剤の毒性評価]
多能性幹細胞用培地(StemFit AK02N:味の素社)20mLを複数の容器に分注した。そして、各種の乳酸吸着剤0.5gを各培地に添加して混合し、4℃で24時間静置した。したがって、乳酸吸着剤の濃度は0.025g/mLである。乳酸吸着剤には、NO型Cu-Al LDH、NO型Ni-Al LDH、NO型Ca-Al LDH、NO型Mg-Al LDHおよびHEPES型Mg-Al LDHを用いた。24時間経過後、0.22μmフィルタで培地と乳酸吸着剤とを分離した。
【0066】
培養基質iMatrix-511をコーティングした6ウェルプレート(Corning社)に各培地を5ml分注した。その後、この6ウェルプレートにヒトiPS細胞(201B7株:Takahashi K, et al. (2007) Cell)を20000個播種し、120時間培養した。培地は24時間毎に交換した。120時間経過後、各培地における細胞数をTC20全自動セルカウンター(バイオラッド社)を用いて計測した。そして、以下の数式に基づいて、各培地における細胞増殖率を算出した。
細胞増殖率(%)=[培養後細胞数-播種細胞数]/播種細胞数×100
【0067】
この結果、NO型Cu-Al LDHを添加した培地における細胞増殖率が最も低かった。そこで、NO型Cu-Al LDHの細胞増殖率を基準として、その他の層状複水酸化物を添加した培地における細胞増殖率の比率(以下では、単に細胞増殖率とする)を算出した。結果を図4に示す。図4は、層状複水酸化物を培地に添加した際の細胞増殖率を示す図である。図4に示すように、細胞増殖率は、保持イオンが同じNO である場合、Cu-Al系、Ni-Al系、Ca-Al系、Mg-Al系の順に高くなることが確認された。また、同じMg-Al系であっても、保持イオンがHEPESである層状複水酸化物は、保持イオンがNO である層状複水酸化物よりも細胞増殖率が高くなることが確認された。
【0068】
以上より、ClやNO といった無機イオンあるいはHEPESといったpH緩衝剤を陰イオンとして保持する層状複水酸化物が、乳酸水溶液中および培地中のいずれにおいても、優れた乳酸吸着能を有することが確認された。また、グルコースに対して乳酸を高選択的に吸着することが確認された。特に、NO あるいはHEPESを保持する層状複水酸化物は、培養液中でより高選択的に乳酸を吸着することが確認された。したがって、これらの層状複水酸化物がグルコースを含む培地中の乳酸除去により好適であることが確認された。
【0069】
また、培地中に含まれる主要な金属イオンであるMg2+やCa2+を金属水酸化物層の構成金属として用いることで、細胞等の増殖に与える悪影響を低減できることが確認された。また、層状複水酸化物の保持イオンをHEPES等のpH緩衝剤とすることで、保持イオンが無機イオンである場合に比べて、細胞等の増殖に与える悪影響をより一層低減できることが確認された。また、この結果から、アミノ酸、ジペプチド、ビタミンまたはグルコース代謝物といった培地中に含まれる成分を層状複水酸化物の保持イオンとすることでも、細胞増殖率を高められることを理解することができる。
【0070】
(他の乳酸吸着剤における吸着剤性能および毒性の解析)
以下の乳酸吸着剤についても、吸着剤性能および毒性を評価した。
[乳酸吸着剤の合成]
(HEPES型Mg-Al LDH(Mg/Al比=2.0)の合成)
濃度3575mg/LのHEPES溶液(富士フイルム和光純薬社)を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=2.0)をHEPES溶液に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、HEPES型Mg-Al LDHを得た。
【0071】
(ピルビン酸型Mg-Al LDHの合成)
ピルビン酸溶液(富士フイルム和光純薬社)を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=2.0)をピルビン酸溶液に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、ピルビン酸型Mg-Al LDHを得た。
【0072】
(クエン酸型Mg-Al LDHの合成)
クエン酸溶液(富士フイルム和光純薬社)を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=2.0)をクエン酸溶液に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、クエン酸型Mg-Al LDHを得た。
【0073】
(L-アラニル・L-グルタミン型Mg-Al LDHの合成)
ジペプチド溶液としてのL-アラニル・L-グルタミン溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)を入れた三口フラスコを用意した。そして、窒素雰囲気、30℃、pH10.5の条件下で、Mg(NO-Al(NO混合溶液(Mg/Al比=2.0)をL-アラニル・L-グルタミン溶液に滴下しながら300rpmで攪拌した。滴下開始から1時間経過後、反応溶液をろ過、水洗して生成物を得た。得られた生成物を40℃、減圧下で40時間乾燥して、L-アラニル・L-グルタミン型Mg-Al LDHを得た。
【0074】
[LDH合成の確認]
X線回折装置(RINT-2200VHF:理学社製)を用いた粉末X線回折によって、上述の合成手順で得られた合成物(LDH)の構造を確認した。全ての合成物において、各LDHに特異的なピークが検出された。このことから、目的のLDHを合成できていることが確認された。また、ICP発光分析装置(iCAP6500 Duo:ThermoFisher Scientific社製)を用いて合成物の組成を確認し、合成物が目的のLDHであることを裏付けた。
【0075】
[細胞培養液における吸着剤性能の解析]
多能性幹細胞用培地(StemFit AK02N:味の素社)に乳酸リチウム(富士フイルム和光純薬社)を添加し、グルコース濃度250mg/mL、乳酸濃度10mMの培地を作製した。この培地20mLを複数の50mLチューブ(ThermoFisher Scientific社)に分注した。また、各種の乳酸吸着剤を各チューブの培地に添加した。乳酸吸着剤には、HEPES型Mg-Al LDH(Mg/Al比=2.0)、ピルビン酸型Mg-Al LDH、クエン酸型Mg-Al LDH、L-アラニル・L-グルタミン型Mg-Al LDHを用いた。乳酸吸着剤の添加量(濃度)は、0.5g(0.025g/mL)、1.0g(0.05g/mL)、2.0g(0.1g/mL)とした。
【0076】
37℃、60回/分で培地を24時間振とうした。24時間経過後、0.22μmフィルタで培地と乳酸吸着剤とを分離した。そして、血液ガス分析装置(ABL800 FLEX:ラジオメーター社)を用いて、培地中の乳酸濃度およびグルコース濃度を測定した。また、上記数式に基づいて、各乳酸吸着剤における乳酸の吸着率およびグルコースの吸着率を算出した。
【0077】
結果を図5に示す。図5は、細胞培養液における層状複水酸化物の乳酸吸着率およびグルコース吸着率を示す図である。図5に示すように、細胞培養液中でHEPES型(Mg/Al比=2.0)、ピルビン酸型、クエン酸型およびL-アラニル・L-グルタミン型の各LDHが乳酸を吸着できることが確認された。また、図3に示す結果との対比から、HEPES型Mg-Al LDH(Mg/Al比=3.0)よりもHEPES型Mg-Al LDH(Mg/Al比=2.0)の方が、より高い乳酸吸着率が得られることが確認された。
【0078】
[乳酸吸着剤の毒性評価]
多能性幹細胞用培地(StemFit AK02N:味の素社)20mLを複数の容器(ウェルプレート)に分注した。そして、各種の乳酸吸着剤0.5gを各培地に添加して混合し、4℃で1時間静置した。したがって、乳酸吸着剤の濃度は0.025g/mLである。乳酸吸着剤には、HEPES型Mg-Al LDH(Mg/Al比=2.0)、ピルビン酸型Mg-Al LDH、クエン酸型Mg-Al LDHおよびL-アラニル・L-グルタミン型Mg-Al LDHを用いた。1時間経過後、0.22μmフィルタで培地と乳酸吸着剤とを分離した。また、コントロールとして、乳酸吸着剤を含有しない培地も用意した。
【0079】
培養基質iMatrix-511をコーティングした6ウェルプレート(Corning社)に各培地を5ml分注した。その後、この6ウェルプレートにヒトiPS細胞(201B7株:Takahashi K, et al. (2007) Cell)を20000個播種し、120時間培養した。培地は24時間毎に交換した。120時間経過後、酵素処理によりヒトiPS細胞を剥離し、各培地における細胞数をTC20全自動セルカウンター(バイオラッド社)を用いて計測した。そして、上記数式に基づいて、各培地における細胞増殖率を算出した。
【0080】
そして、コントロールにおける細胞増殖率を基準(1)として、各乳酸吸着剤を添加した培地における細胞増殖率の比率(以下では、単に細胞増殖率とする)を算出した。結果を図6に示す。図6は、層状複水酸化物を培地に添加した際の細胞増殖率を示す図である。図6に示すように、各乳酸吸着剤を添加した場合の細胞増殖率はおおよそ1であった。以上より、各乳酸吸着剤は細胞に対して毒性をほとんど示さないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、乳酸吸着剤および乳酸の除去方法に利用することができる。
【符号の説明】
【0082】
2 容器、 4 乳酸吸着剤、 6 吸着モジュール、 8 循環路、 10 培養容器、 12 ポンプ、 14 培養液、 16 細胞、 18 隔膜。
図1
図2
図3
図4
図5
図6