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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-01
(45)【発行日】2023-03-09
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 25/22 20060101AFI20230302BHJP
   B62D 6/00 20060101ALI20230302BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230302BHJP
【FI】
H02P25/22
B62D6/00
B62D5/04
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018202878
(22)【出願日】2018-10-29
(65)【公開番号】P2020072498
(43)【公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】511056585
【氏名又は名称】ジェイテクト・ヨーロッパ
【氏名又は名称原語表記】JTEKT EUROPE
【住所又は居所原語表記】Z.I. du Broteau, 69540 IRIGNY, FRANCE
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】河村 洋
(72)【発明者】
【氏名】藤田 祐志
(72)【発明者】
【氏名】パランドレ ザビエ
(72)【発明者】
【氏名】スラーマ タヘル
【審査官】若林 治男
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-159165(JP,A)
【文献】特開2015-122918(JP,A)
【文献】特開2018-034676(JP,A)
【文献】特開2012-056403(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 25/22
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 101/00
B62D 119/00
B62D 137/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数系統の巻線群を有するモータにより発生させるべきトルクに応じた電流指令値を演算し、当該演算される電流指令値を系統ごとに配分した個別電流指令値に基づき前記複数系統の巻線群に対する給電を系統ごとに独立して制御する制御部を有し、
前記制御部は、前記複数系統のうちいずれか一系統の巻線群に対する個別電流指令値が系統ごとに設定される上限よりも小さい値に制限される場合、その制限される分の個別電流指令値を、残る少なくとも一系統の巻線群に対する個別電流指令値を増加させることにより補うように構成され、
前記制御部は、系統数と同数の駆動回路を有し、前記駆動回路は、外部から供給される電源電圧を使用して、前記複数系統の巻線群に供給する電力を系統ごとに生成するように構成され、
前記複数系統のうちいずれか一系統の巻線群に対する個別電流指令値が系統ごとに設定される上限よりも小さい値に制限される場合は、
複数の前記駆動回路のうちいずれか一系統の前記駆動回路に供給される前記電源電圧が低下することにより、複数の前記駆動回路に供給される前記電源電圧が異なる場合であって、前記電源電圧が低下した系統の巻線群が発生し得るトルクが、残る少なくとも一系統の巻線群が発生し得るトルクよりも小さい値に制限される場合と、
複数の前記駆動回路のうちいずれか一系統の前記駆動回路に供給される前記電源電圧が低下した際、それ以上の前記電源電圧の低下を抑制するために、前記電源電圧が低下した系統の巻線群に発生させるトルクが制限される場合と、であるモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記制御部は、前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値がいずれも制限されない場合、前記電流指令値が一つの系統の巻線群に対する個別電流指令値の上限を超える毎に、その超える分の電流指令値を残りの系統の巻線群に対する個別電流指令値として順次配分するモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記制御部は、前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値がいずれも制限されない場合、前記電流指令値を前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値として均等に配分するモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
各系統の巻線群に対する制限前の個別電流指令値と各系統の巻線群に対して供給される実際の電流の値との差を系統ごとに演算する第1の演算部と、
系統ごとに演算される前記差を対応する系統と異なる少なくとも1つの他の系統の巻線群に対する個別電流指令値に加算する第2の演算部と、を有しているモータ制御装置。
【請求項5】
請求項1~請求項4のうちいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値の上限は、前記モータが発生させることのできる最大のトルクに応じた前記電流指令値を系統数で均等割りした値に設定されているモータ制御装置。
【請求項6】
請求項1~請求項5のうちいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記制御部は、前記複数系統の巻線群に対する給電を系統ごとに独立して制御する系統数と同数の個別制御部を有しているモータ制御装置。
【請求項7】
請求項1~請求項6のうちいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記モータは、車両の操舵機構に付与されるトルクを発生するものであって、
前記制御部は、操舵トルクに基づき前記モータにより発生させるべき前記トルクに応じた電流指令値を演算するモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、たとえば特許文献1に記載されるように、車両の操舵機構に付与されるアシストトルクの発生源であるモータを制御する制御装置が知られている。この制御装置は、2系統のコイルを有するモータに対する給電を制御する。制御装置は、2系統のコイルにそれぞれ対応する2組の駆動回路およびマイクロコンピュータを有している。各マイクロコンピュータは、操舵トルクに応じて各駆動回路を制御することにより、2系統のコイルに対する給電を独立して制御する。モータ全体としては、各系統のコイルにより発生するトルクをトータルしたアシストトルクを発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2011-195089号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
2系統のコイルを有するモータにおいては、各系統のコイルにより発生させることができる最大のトルクがアンバランスになる状況が想定される。こうした状況が発生する要因としてはいくつかの事象が考えられるところ、たとえば2系統のいずれか一系統のコイルが過熱した場合、この過熱が検出された系統のコイルを保護するために当該コイルへの給電のみが制限されることが一因として挙げられる。この場合、給電が制限された系統のコイルにより発生するトルクのみが上限に達する。このため、給電が制限された系統のコイルにより発生するトルクが上限に達するタイミングの前後において、操舵トルクに対するアシストトルクの変化割合が変化する。この変化に伴い発生する操舵トルクの変動あるいはトルクリップルなどを運転者が違和感として感じることが懸念される。
【0005】
本発明の目的は、複数系統の巻線群によりそれぞれ発生可能な最大のトルクがアンバランスになった場合であれトータルのモータトルクを一定の割合で変化させることができるモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成し得るモータ制御装置は、複数系統の巻線群を有するモータにより発生させるべきトルクに応じた電流指令値を演算し、当該演算される電流指令値を系統ごとに配分した個別電流指令値に基づき前記複数系統の巻線群に対する給電を系統ごとに独立して制御する制御部を有している。前記制御部は、前記複数系統のうちいずれか一系統の巻線群に対する個別電流指令値が系統ごとに設定される上限よりも小さい値に制限される場合、その制限される分の個別電流指令値を、残る少なくとも一系統の巻線群に対する個別電流指令値を増加させることにより補う。
【0007】
この構成によれば、複数系統のうちいずれか一系統の巻線群に対する個別電流指令値が系統ごとに設定される上限よりも小さい値に制限される場合、その制限される分の個別電流指令値が、残る少なくとも一系統の巻線群に対する個別電流指令値を増加させることによって補われる。このため、モータにより発生させるべきトルクの変化に対して、複数系統の巻線群に対する個別電流指令値を合算したトータルの電流指令値を一定の割合で変化させることができる。したがって、複数系統の巻線群により発生するトルクをトータルしたモータトルクを一定の割合で変化させることができる。
【0008】
上記のモータ制御装置において、前記制御部は、前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値がいずれも制限されない場合、前記電流指令値が一つの系統の巻線群に対する個別電流指令値の上限を超える毎に、その超える分の電流指令値を残りの系統の巻線群に対する個別電流指令値として順次配分するものであってもよい。
【0009】
上記のモータ制御装置において、前記制御部は、前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値がいずれも制限されない場合、前記電流指令値を前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値として均等に配分するものであってもよい。
【0010】
上記のモータ制御装置において、各系統の巻線群に対する制限前の個別電流指令値と各系統の巻線群に対して供給される実際の電流の値との差を系統ごとに演算する第1の演算部と、系統ごとに演算される前記差を対応する系統と異なる少なくとも1つの他の系統の巻線群に対する個別電流指令値に加算する第2の演算部と、を有していることが好ましい。
【0011】
複数系統のうちいずれか一系統の巻線群に対する個別電流指令値が系統ごとに設定される上限よりも小さい値に制限される場合、その制限された個別電流指令値に応じて巻線群へ供給される実際の電流の値は、制限前の個別電流指令値に応じた値にならない。このため、各系統の巻線群に対する制限前の個別電流指令値と、各系統の巻線群に対して供給される実際の電流の値との差には、個別電流指令値が本来の上限に対してどの程度だけ制限されているのかが反映される。したがって、上記の構成によるように、系統ごとに演算される前記差を対応する系統と異なる少なくとも1つの他の系統の巻線群に対する個別電流指令値に加算することにより、制限される分の個別電流指令値を補うことができる。
【0012】
上記のモータ制御装置において、前記複数系統の巻線群に対する個別電流指令値の上限は、前記モータが発生させることのできる最大のトルクに応じた前記電流指令値を系統数で均等割りした値に設定されていることが好ましい。
【0013】
上記のモータ制御装置において、前記制御部は、前記複数系統の巻線群に対する給電を系統ごとに独立して制御する系統数と同数の個別制御部を有していることが好ましい。
この構成によれば、複数系統の巻線群のいずれか一系統の巻線群あるいは複数の個別制御部のいずれか一つが失陥した場合であれ、残りの巻線群あるいは残りの個別制御部を使用してモータを動作させることができる。
【0014】
上記のモータ制御装置において、前記モータは、車両の操舵機構に付与されるトルクを発生するものであってもよい。この場合、前記制御部は、操舵トルクに基づき前記モータにより発生させるべき前記トルクに応じた電流指令値を演算することが好ましい。
【0015】
この構成によれば、複数系統のうちいずれか一系統の巻線群に対する個別電流指令値が系統ごとに設定される上限よりも小さい値に制限される場合、その制限される分の個別電流指令値が、残る少なくとも一系統の巻線群に対する個別電流指令値を増加させることにより補われる。このため、モータにより発生させるべきトルクの変化に対して、複数系統の巻線群に対する個別電流指令値を合算したトータルの電流指令値を一定の割合で変化させることができる。すなわち、操舵トルクに応じてモータが発生するトルク(複数系統の巻線群により発生するトルクをトータルしたトルク)を一定の割合で変化させることができる。したがって、操舵トルクの変動あるいはトルクリップルを抑制することができる。また、運転者は良好な操舵感触を得ることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のモータ制御装置によれば、複数系統の巻線群によりそれぞれ発生可能な最大のトルクがアンバランスになった場合であれトータルのモータトルクを一定の割合で変化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】モータ制御装置の第1の実施の形態が搭載される電動パワーステアリング装置の概略を示す構成図。
図2】第1の実施の形態のモータ制御装置のブロック図。
図3】第1の実施の形態の第1のマイクロコンピュータおよび第2のマイクロコンピュータの制御ブロック図。
図4】第1の実施の形態において、(a)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第1の巻線群に対する第1の電流指令値との関係を示すグラフ、(b)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第2の巻線群に対する第2の電流指令値との関係を示すグラフ、(c)は第1の巻線群および第2の巻線群に対するモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクとモータに対するトータルとしての電流指令値との関係を示すグラフ。
図5】第1の実施の形態において、第1の制御部に対する電源電圧が低下している場合の操舵速度(モータの回転速度)と、第1の巻線群および第2の巻線群により発生するモータのトルクとの関係を示すグラフ。
図6】第1の実施の形態における第1の制御部および第2の制御部に対する電源電圧と、モータトルクの制限割合との関係を示すグラフ。
図7】比較例において、(a)はモータ電流が制限されている場合の操舵トルクと第1の巻線群に対する第1の電流指令値との関係を示すグラフ、(b)はモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第2の巻線群に対する第2の電流指令値との関係を示すグラフ、(c)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されている場合の操舵トルクとモータに対するトータルとしての電流指令値との関係を示すグラフ。
図8】第1の実施の形態において、(a)はモータ電流が制限されている場合の操舵トルクと第1の巻線群に対する第1の電流指令値との関係を示すグラフ、(b)はモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第2の巻線群に対する第2の電流指令値との関係を示すグラフ、(c)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されている場合の操舵トルクとモータに対するトータルとしての電流指令値との関係を示すグラフ。
図9】第2の実施の形態において、(a)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第1の巻線群に対する第1の電流指令値との関係を示すグラフ、(b)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第2の巻線群に対する第2の電流指令値との関係を示すグラフ、(c)は第1の巻線群および第2の巻線群に対するモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクとモータに対するトータルとしての電流指令値との関係を示すグラフ。
図10】比較例において、(a)はモータ電流が制限されている場合の操舵トルクと第1の巻線群に対する第1の電流指令値との関係を示すグラフ、(b)はモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第2の巻線群に対する第2の電流指令値との関係を示すグラフ、(c)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されている場合の操舵トルクとモータに対するトータルとしての電流指令値との関係を示すグラフ。
図11】第2の実施の形態において、(a)はモータ電流が制限されている場合の操舵トルクと第1の巻線群に対する第1の電流指令値との関係を示すグラフ、(b)はモータ電流が制限されていない場合の操舵トルクと第2の巻線群に対する第2の電流指令値との関係を示すグラフ、(c)は第1の巻線群に対するモータ電流が制限されている場合の操舵トルクとモータに対するトータルとしての電流指令値との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<第1の実施の形態>
以下、モータ制御装置を電動パワーステアリング装置(以下、「EPS」という。)のECU(電子制御装置)に具体化した第1の実施の形態を説明する。
【0019】
図1に示すように、EPS10は、運転者のステアリング操作に基づいて転舵輪を転舵させる操舵機構20、運転者のステアリング操作を補助する操舵補助機構30、および操舵補助機構30の作動を制御するECU40を備えている。
【0020】
操舵機構20は、運転者により操作されるステアリングホイール21、およびステアリングホイール21と一体回転するステアリングシャフト22を備えている。ステアリングシャフト22は、ステアリングホイール21に連結されたコラムシャフト22a、コラムシャフト22aの下端部に連結されたインターミディエイトシャフト22b、およびインターミディエイトシャフト22bの下端部に連結されたピニオンシャフト22cからなる。ピニオンシャフト22cの下端部は、ピニオンシャフト22cに交わる方向へ延びるラック軸23(正確には、ラック歯が形成された部分23a)に噛合されている。したがって、ステアリングシャフト22の回転運動は、ピニオンシャフト22cとラック軸23との噛合を通じてラック軸23の往復直線運動に変換される。当該往復直線運動が、ラック軸23の両端にそれぞれ連結されたタイロッド25を介して左右の転舵輪26,26にそれぞれ伝達されることにより、これら転舵輪26,26の転舵角θが変更される。
【0021】
操舵補助機構30は、操舵補助力(アシストトルク)の発生源であるモータ31を備えている。モータ31としては、たとえば三相のブラシレスモータが採用される。モータ31は、減速機構32を介してコラムシャフト22aに連結されている。減速機構32はモータ31の回転を減速し、当該減速した回転力をコラムシャフト22aに伝達する。すなわち、ステアリングシャフト22にモータ31のトルクが操舵補助力として付与されることにより、運転者のステアリング操作が補助される。
【0022】
ECU40は、車両に設けられる各種のセンサの検出結果を運転者の要求、走行状態および操舵状態を示す情報(状態量)として取得し、これら取得される各種の情報に応じてモータ31を制御する。各種のセンサとしては、たとえば車速センサ41、トルクセンサ42a,42b、および回転角センサ43a,43bが挙げられる。車速センサ41は車速(車両の走行速度)Vを検出する。トルクセンサ42a,42bは、コラムシャフト22aに設けられている。トルクセンサ42a,42bはステアリングシャフト22に付与される操舵トルクτ,τを検出する。回転角センサ43a,43bは、モータ31に設けられている。回転角センサ43a,43bは、モータ31の回転角θm1,θm2を検出する。
【0023】
ECU40は、回転角センサ43a,43bを通じて検出されるモータ31の回転角θm1,θm2を使用してモータ31をベクトル制御する。また、ECU40は操舵トルクτ,τ、および車速Vに基づき目標アシストトルクを演算し、当該演算される目標アシストトルクを操舵補助機構30に発生させるための駆動電力をモータ31に供給する。
【0024】
つぎに、モータ31の構成を説明する。
図2に示すように、モータ31は、ロータ51、図示しないステータに巻回された第1の巻線群52および第2の巻線群53を有している。第1の巻線群52は、U相コイル、V相コイルおよびW相コイルを有している。第2の巻線群53も、U相コイル、V相コイルおよびW相コイルを有している。
【0025】
つぎに、ECU40について詳細に説明する。
図2に示すように、ECU40は、第1の巻線群52および第2の巻線群53に対する給電を系統ごとに制御する。ECU40は、第1の巻線群52に対する給電を制御する第1の制御部60、および第2の巻線群53に対する給電を制御する第2の制御部70を有している。
【0026】
第1の制御部60は、第1の駆動回路61、第1の発振器62、第1のマイクロコンピュータ63、および第1の制限制御部64を有している。
第1の駆動回路61には、車両に搭載されるバッテリなどの直流電源81から電力が供給される。第1の駆動回路61と直流電源81(正確には、そのプラス端子)との間は、第1の給電線82により接続されている。第1の給電線82には、イグニッションスイッチなどの車両の電源スイッチ83が設けられている。この電源スイッチ83は、車両の走行用駆動源(エンジンなど)を作動させる際に操作される。電源スイッチ83がオンされたとき、直流電源81の電力は、第1の給電線82を介して第1の駆動回路61に供給される。第1の給電線82には電圧センサ65が設けられている。電圧センサ65は直流電源81の電圧Vb1を検出する。ちなみに、第1のマイクロコンピュータ63、および回転角センサ43aには図示しない給電線を介して直流電源81の電力が供給される。
【0027】
第1の駆動回路61は、直列に接続された2つの電界効果型トランジスタ(FET)などのスイッチング素子を基本単位であるレグとして、三相(U,V,W)の各相に対応する3つのレグが並列接続されてなるPWMインバータである。第1の駆動回路61は、第1のマイクロコンピュータ63により生成される指令信号Sc1に基づいて各相のスイッチング素子がスイッチングすることにより、直流電源81から供給される直流電力を三相交流電力に変換する。第1の駆動回路61により生成される三相交流電力は、バスバーあるいはケーブルなどからなる各相の給電経路84を介して第1の巻線群52に供給される。給電経路84には電流センサ66が設けられている。電流センサ66は第1の駆動回路61から第1の巻線群52へ供給される電流Im1を検出する。
【0028】
第1の発振器(クロック発生回路)62は、第1のマイクロコンピュータ63を動作させるための同期信号であるクロックを生成する。
第1のマイクロコンピュータ63は、第1の発振器62により生成されるクロックに従って各種の処理を実行する。第1のマイクロコンピュータ63は、トルクセンサ42aを通じて検出される操舵トルクτ、および車速センサ41を通じて検出される車速Vに基づきモータ31に発生させるべき目標アシストトルクを演算する。第1のマイクロコンピュータ63は、目標アシストトルクに応じて第1の電流指令値および第2の電流指令値を演算する。第1の電流指令値は、第1の巻線群52へ供給すべき電流の目標値であって、モータ31全体として発生させるべきトルクのうち第1の巻線群52により発生させるべきトルクに応じた値となる。第2の電流指令値は、第2の巻線群53へ供給すべき電流の目標値であって、モータ31全体として発生させるべきトルクのうち第2の巻線群53により発生させるべきトルクに応じた値となる。
【0029】
第1のマイクロコンピュータ63は、第1の電流指令値に基づき第1の駆動回路61に対する指令信号Sc1(PWM信号)を生成する。指令信号Sc1は、第1の駆動回路61の各スイッチング素子のデューティ比を規定する。デューティ比とは、パルス周期に占めるスイッチング素子のオン時間の割合をいう。第1のマイクロコンピュータ63は、回転角センサ43aを通じて検出されるモータ31(ロータ51)の回転角θm1を使用して第1の巻線群52に対する通電を制御する。第1の駆動回路61を通じて指令信号Sc1に応じた電流が第1の巻線群52に供給されることにより、第1の巻線群52は第1の電流指令値に応じたトルクを発生する。
【0030】
第1の制限制御部64は、電圧センサ65を通じて検出される直流電源81の電圧Vb1、およびモータ31(第1の巻線群52)の発熱状態に応じて、第1の巻線群52へ供給する電流量を制限するための制限値Ilim1を演算する。制限値Ilim1は、直流電源81の電圧Vb1の低下を抑制する観点、あるいはモータ31を過熱から保護する観点に基づき、第1の巻線群52へ供給する電流量の上限値として設定される。
【0031】
第1の制限制御部64は、電圧センサ65を通じて検出される直流電源81の電圧Vb1が電圧しきい値以下であるとき、その時々の電圧Vb1の値に応じて制限値Ilim1を演算する。電圧しきい値は、EPS10のアシスト保証電圧範囲の下限値を基準として設定される。また、第1の制限制御部64は、第1の駆動回路61あるいは給電経路84の近傍に設けられた温度センサ44aを通じて検出される第1の巻線群52(あるいはその周辺)の温度Tm1が温度しきい値を超えているとき、制限値Ilim1を演算する。制限値Ilim1が演算されるとき、第1のマイクロコンピュータ63は、第1の巻線群52へ供給する電流量(第1の巻線群52により発生させるトルク)を制限値Ilim1に応じて制限する。
【0032】
第2の制御部70は、基本的には第1の制御部60と同様の構成を有している。すなわち、第2の制御部70は、第2の駆動回路71、第2の発振器72、第2のマイクロコンピュータ73、および第2の制限制御部74を有している。
【0033】
第2の駆動回路71にも直流電源81から電力が供給される。第1の給電線82において、電源スイッチ83と第1の制御部60との間には接続点Pが設けられている。この接続点Pと第2の駆動回路71との間は、第2の給電線85により接続されている。電源スイッチ83がオンされたとき、直流電源81の電力は、第2の給電線85を介して第2の駆動回路71に供給される。第2の給電線85には電圧センサ75が設けられている。電圧センサ65は直流電源81の電圧Vb2を検出する。
【0034】
第2の駆動回路71により生成される三相交流電力は、バスバーあるいはケーブルなどからなる各相の給電経路86を介して第2の巻線群53に供給される。給電経路86には電流センサ76が設けられている。電流センサ76は第2の駆動回路71から第2の巻線群53へ供給される電流Im2を検出する。
【0035】
第2のマイクロコンピュータ73は、第2の発振器72により生成されるクロックに従って各種の処理を実行する。第2のマイクロコンピュータ73は、トルクセンサ42bを通じて検出される操舵トルクτ、および車速センサ41を通じて検出される車速Vに基づきモータ31に発生させるべき目標アシストトルクを演算する。第2のマイクロコンピュータ73は、目標アシストトルクに応じて第1の電流指令値および第2の電流指令値を演算する。
【0036】
ただし、第2のマイクロコンピュータ73により演算される第1の電流指令値および第2の電流指令値はバックアップ用である。第1のマイクロコンピュータ63が正常に動作している場合、第2のマイクロコンピュータ73は、第1のマイクロコンピュータ63により演算される第2の電流指令値に基づき第2の駆動回路71に対する指令信号Sc2を生成する。
【0037】
第2のマイクロコンピュータ73は、回転角センサ43bを通じて検出されるモータ31(ロータ51)の回転角θm2を使用して第2の巻線群53に対する通電を制御する。第2の駆動回路71を通じて指令信号Sc2に応じた電流が第2の巻線群53に供給されることにより、第2の巻線群53は第2の電流指令値に応じたトルクを発生する。
【0038】
第2の制限制御部74は、電圧センサ75を通じて検出される直流電源81の電圧、および第2の駆動回路71あるいは給電経路86の近傍に設けられた温度センサ44bを通じて検出されるモータ31(第2の巻線群53)の発熱状態(温度Tm2)に応じて、第2の巻線群53へ供給する電流量を制限するための制限値Ilim2を演算する。制限値Ilim2が演算されるとき、第2のマイクロコンピュータ73は、第2の巻線群53へ供給する電流量(第2の巻線群53により発生させるトルク)を制限値Ilim2に応じて制限する。
【0039】
つぎに、第1のマイクロコンピュータ63および第2のマイクロコンピュータ73の構成を詳細に説明する。
図3に示すように、第1のマイクロコンピュータ63は、第1のアシスト制御部91、および第1の電流制御部92を有している。
【0040】
第1のアシスト制御部91は、トルクセンサ42aを通じて検出される操舵トルクτ、および車速センサ41を通じて検出される車速Vに基づきモータ31に発生させるべき目標アシストトルクを演算し、この演算される目標アシストトルクに基づき電流指令値を演算する。電流指令値は、操舵トルクτおよび車速Vに応じた適切な大きさの目標アシストトルクを発生させるためにモータ31へ供給すべきトータルとしての電流量に対応した値となる。第1のアシスト制御部91は、操舵トルクτの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほどより大きな値(絶対値)の電流指令値を演算する。
【0041】
第1のアシスト制御部91は、トータルとしての電流指令値に基づき、第1の巻線群52に対する第1の電流指令値Ias1 、および第2の巻線群53に対する第2の電流指令値Ias2 を演算する。換言すれば、第1のアシスト制御部91は、トータルとしての電流指令値をその値に応じて第1の電流指令値Ias1 および第2の電流指令値Ias2 として配分する。第1の電流指令値Ias1 および第2の電流指令値Ias2 の上限値は、同一の値に設定されている。ここでは、第1の電流指令値Ias1 および第2の電流指令値Ias2 の上限値は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値(100%)の半分(50%)に設定されている。
【0042】
第1のアシスト制御部91は、目標アシストトルクに対応する電流指令値が第1の電流指令値Ias1 の上限値以下の値であるとき、当該電流指令値をそのまま第1の電流指令値Ias1 として設定する一方、第2の電流指令値Ias2 の値を「0(零)」に設定する。また、第1のアシスト制御部91は、目標アシストトルクに対応する電流指令値が第1の電流指令値Ias1 の上限値を超える値であるとき、第1の電流指令値Ias1 の値をその上限値に設定する一方、電流指令値が第1の電流指令値Ias1 の上限値を超える分を第2の電流指令値Ias2 として設定する。
【0043】
第1の電流制御部92は、第1の巻線群52へ供給される実際の電流Im1の値を第1の電流指令値Ias1 に追従させる電流フィードバック制御を実行することにより、第1の駆動回路61に対する指令信号Sc1(PWM信号)を生成する。第1の電流制御部92は、回転角センサ43aを通じて検出されるモータ31(ロータ51)の回転角θm1を使用して第1の巻線群52に対する通電を制御する。第1の駆動回路61を通じて指令信号Sc1に応じた電流が第1の巻線群52に供給されることにより、第1の巻線群52は第1の電流指令値Ias1 に応じたトルクを発生する。
【0044】
第1の電流制御部92は、第1の制限制御部64により制限値Ilim1が演算される場合、この演算される制限値Ilim1に応じて第1の巻線群52により発生させるトルクを制限する。具体的には、第1の電流制御部92は、第1のアシスト制御部91により演算される第1の電流指令値Ias1 を本来の値よりも小さい値に制限する。
【0045】
第2のマイクロコンピュータ73は、基本的には第1のマイクロコンピュータ63と同様の構成を有している。すなわち、第2のマイクロコンピュータ73は、第2のアシスト制御部101、および第2の電流制御部102を有している。
【0046】
第2のアシスト制御部101は、トルクセンサ42bを通じて検出される操舵トルクτ、および車速センサ41を通じて検出される車速Vに基づきモータ31に発生させるべき目標アシストトルクを演算し、この演算される目標アシストトルクに基づき電流指令値を演算する。第2のアシスト制御部101は、トータルとしての電流指令値に基づき、バックアップ用の第1の電流指令値Ias1 および第2の電流指令値Ias2 を演算する。換言すれば、第2のアシスト制御部101は、トータルとしての電流指令値をその値に応じてバックアップ用の第1の電流指令値Ias1 、およびバックアップ用の第2の電流指令値Ias2 として配分する。
【0047】
第2のアシスト制御部101は、バックアップ用の第1の電流指令値Ias1 を第1の電流制御部92へ供給する一方、バックアップ用の第2の電流指令値Ias2 を第2の電流制御部102へ供給する。ただし、第1の電流制御部92は、第1のマイクロコンピュータ63が正常に動作している場合、バックアップ用の第1の電流指令値Ias1 を使用しない。また、第2の電流制御部102は、第1のマイクロコンピュータ63が正常に動作している場合、バックアップ用の第2の電流指令値Ias2 を使用しない。
【0048】
第2の電流制御部102は、第2の巻線群53へ供給される実際の電流Im2の値を第2の電流指令値Ias2 に追従させる電流フィードバック制御を実行することにより、第2の駆動回路71に対する指令信号Sc2を生成する。第2の電流制御部102は、回転角センサ43bを通じて検出されるモータ31(ロータ51)の回転角θm2を使用して第2の巻線群53に対する通電を制御する。第2の駆動回路71を通じて指令信号Sc2に応じた電流が第2の巻線群53に供給されることにより、第2の巻線群53は第2の電流指令値Ias2 に応じたトルクを発生する。
【0049】
第2の電流制御部102は、第2の制限制御部74により制限値Ilim2が演算される場合、この演算される制限値Ilim2に応じて第2の巻線群53により発生させるトルクを制限する。具体的には、第2の電流制御部102は、第2のアシスト制御部101により演算される第2の電流指令値Ias2 を本来の値よりも小さい値に制限する。
【0050】
つぎに、第1の巻線群52および第2の巻線群53にそれぞれ供給される電流が制限されない通常の場合における操舵トルクτ,τと電流指令値との理想的な関係を説明する。
【0051】
図4(a)のグラフに示すように、横軸に操舵トルクτを、縦軸に第1の電流指令値Ias1 をプロットしたとき、操舵トルクτと第1の電流指令値Ias1 との関係は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτの絶対値がステアリングホイール21の操舵中立位置に対応する「0(零)」を起点として増加するにつれて、第1の電流指令値Ias1 の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth1に達したとき、第1の電流指令値Ias1 の絶対値は上限値IUL1に至る。この第1の電流指令値Ias1 の上限値IUL1(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの半分(50%)に対応する値である。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth1に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加に対して第1の電流指令値Ias1 の絶対値は上限値IUL1に維持される。
【0052】
図4(b)のグラフに示すように、横軸に操舵トルクτ、縦軸に第2の電流指令値Ias2 をプロットしたとき、操舵トルクτと第2の電流指令値Ias2 との関係は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτの絶対値が「0」を起点としてトルクしきい値τth1に達するまでの間、第2の電流指令値Ias2 の絶対値は操舵トルクτの絶対値にかかわらず「0」に維持される。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth1に達した以降、操舵トルクτの絶対値が増加するにつれて、第2の電流指令値Ias2 の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth2(>τth1)に達したとき、第2の電流指令値Ias2 の絶対値は上限値IUL2に至る。この第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの半分(50%)に対応する値である。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth2に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加に対して第2の電流指令値Ias2 の絶対値は上限値IUL2に維持される。
【0053】
ちなみに、トルクしきい値τth2は、トルクしきい値τth1の2倍の値である。また、操舵トルクτが所定範囲(τth1~τth2)内の値である場合における操舵トルクτの絶対値の増加量に対する第2の電流指令値Ias2 の絶対値の増加量の割合は、操舵トルクτが所定範囲(0~τth1)内の値である場合における操舵トルクτの絶対値の増加量に対する第1の電流指令値Ias1 の絶対値の増加量の割合と同じである。
【0054】
図4(c)のグラフに示すように、横軸に操舵トルクτ,τ、縦軸に第1の電流指令値Ias1 と第2の電流指令値Ias2 とを合算したトータルとしての電流指令値Ias をプロットしたとき、操舵トルクτ,τと電流指令値Ias との関係は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτ,τの絶対値が「0」を起点として増加するにつれて、トータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth2を経てトルクしきい値τth2に達したとき、トータルの電流指令値Ias の絶対値は最大値IULに至る。このトータルの電流指令値Ias の最大値IUL(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルク(100%)に対応する値である。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth2に達した以降、操舵トルクτ,τの絶対値の増加に対してトータルとしての電流指令値Ias の絶対値は最大値IULに維持される。
【0055】
したがって、第1の巻線群52により発生するトルクおよび第2の巻線群53により発生するトルクは、発生するタイミングが異なるものの、基本的にはモータ31が発生させることのできる最大のトルクの半分(50%)の値であってバランスがとれている。モータ31としてはこれら2系統のトルクをトータルしたトルクを発生する。しかし、第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルクと、第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルクとが異なるアンバランスな状況の発生が懸念される。この2系統の最大トルクがアンバランスになる状況としては、たとえばつぎの3つの状況(A1),(A2),(A3)が考えられる。
【0056】
(A1)アシスト保証電圧範囲内であるものの、第1の駆動回路61および第2の駆動回路71に供給される電源電圧が異なり、かつ運転者により高速操舵が行われる状況。
(A2)第1の駆動回路61および第2の駆動回路71のいずれか一方に供給される電源電圧が低下した場合、それ以上の電源電圧の低下を抑制するために、電源電圧が低下した系統である第1の巻線群52または第2の巻線群53に発生させるトルクが制限される状況。
【0057】
(A3)第1の巻線群52または第2の巻線群53を過熱から保護するために、過熱保護対象である第1の巻線群52または第2の巻線群53に発生させるトルクが制限される状況。
【0058】
ちなみに、状況(A1),(A2)において、2つの系統における電源電圧の変動は、たとえば直流電源81、オルタネータの供給電圧、およびワイヤハーネスの抵抗値のばらつき、あるいは劣化などに起因して発生する。
【0059】
状況(A1)の一例は、つぎの通りである。すなわち図5のグラフに示すように、操舵速度ω(モータ31の回転速度)とモータ31のトルクTとの関係においては、操舵速度ωが増加するにつれて第1の巻線群52および第2の巻線群により発生するトルクTは減少する。ここで、たとえば第1の駆動回路61に供給される電源電圧が第2の駆動回路71に供給される電源電圧よりも低い値に低下した場合、操舵速度が所定値ωth(>0)であるとき、第1の巻線群52が発生することのできるトルクT1は、第2の巻線群53が発生することのできるトルクT2よりも小さな値になる。
【0060】
状況(A2)の一例は、つぎの通りである。すなわち図6のグラフに示すように、電圧センサ65,75を通じて検出される直流電源81の電圧Vb1,Vb2が第1の電圧しきい値Vth1よりも大きい値である場合、電圧Vb1,Vb2は正常値であって、第1の巻線群52および第2の巻線群53により発生させるトルクが制限されることはない(100%出力)。電圧Vb1,Vb2が第1の電圧しきい値Vth1以下である場合、第1の巻線群52および第2の巻線群53により発生させるトルクが電圧Vb1,Vb2の値に応じて制限される。電圧Vb1,Vb2の値が、第2の電圧しきい値Vth2(<Vth1)よりも大きく、かつ第1の電圧しきい値Vth1以下の範囲内であるとき、電圧Vb1,Vb2の値が小さくなるほど、第1の巻線群52および第2の巻線群53により発生させるトルクの制限度合いが大きくなる。電圧Vb1,Vb2の値が、第2の電圧しきい値Vth2以下の値であるとき、第1の巻線群52および第2の巻線群53により発生させるトルクが0(零)に制限される(0%出力)。
【0061】
つぎに、比較例として、第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルクと、第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルクとが異なるアンバランスな状況が発生した場合における操舵トルクτ,τとトータルの電流指令値Ias との関係を説明する。ここでは、状況(A1)~(A3)のいずれかに起因して、第1の巻線群52により発生するトルクが制限される場合を例に挙げる。第1の電流指令値Ias1 が制限されることにより、第1の巻線群52へ供給される電流量、ひいては第1の巻線群52により発生するトルクの値が制限される。
【0062】
図7(a)のグラフに示すように、第1の電流指令値Ias1 の制限度合いは、操舵状態、電源電圧およびモータ31の発熱状態に応じて変動するところ、ここでの第1の電流指令値Ias1 の上限値ILIMは本来の上限値IUL1の半分、すなわちモータ31が発生させることのできる最大のトルクの1/4(25%)に対応する値に設定されている。またここでは、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth0(<τth1)に達するタイミングで第1の電流指令値Ias1 は上限値ILIMに達する。
【0063】
図7(b)のグラフに示すように、ここでは第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2は制限されていない。このため、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth1に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加に対して第2の電流指令値Ias2 の絶対値は線形的に増加し、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth2に達するタイミングで第2の電流指令値Ias2 の絶対値は上限値IUL2に至る。
【0064】
図7(c)のグラフに示すように、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth0に達するまでの間、操舵トルクτ,τの絶対値が増加するにつれて、第1の電流指令値Ias1 と第2の電流指令値Ias2 とを合算したトータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth0に達した以降、第1の電流指令値Ias1 が上限値ILIMに制限されるため、操舵トルクτ,τの絶対値の増加に対してトータルの電流指令値Ias の絶対値は一定の値(=ILIM)に維持される。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth1に達した以降、第2の電流指令値Ias2 が演算されるため、操舵トルクτ,τの絶対値の増加に対してトータルの電流指令値Ias の絶対値は再び線形的に増加する。やがて、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth2に達したとき、トータルの電流指令値Ias の絶対値は最大となる。このときのトータルの電流指令値Ias の最大値(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの75%に対応する値となる。
【0065】
このように、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth0に達するタイミングで第1の電流指令値Ias1 (第1の巻線群52により発生するトルク)だけが上限値ILIMに到達することによって、操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth0に達する前後、および操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth1に達する前後でアシストゲインの値が変化する。
【0066】
ここで、アシストゲインとは、操舵トルクτ,τの絶対値に対するトータルの電流指令値Ias の変化割合(傾き)を示す値であって、電流指令値Ias の絶対値を操舵トルクτ,τの絶対値で除算した値をいう。ちなみに、トータルの電流指令値Ias はモータ31が発生するトータルのアシストトルクに対応するものであるため、アシストゲインは、操舵トルクτ,τに対するアシストトルクの変化割合を示す値であるともいえる。
【0067】
操舵トルクτ,τの絶対値が次式(B1)で示される範囲内の値であるときのアシストゲインG1、操舵トルクτ,τの絶対値が次式(B2)で示される範囲内の値であるときのアシストゲインG2、および操舵トルクτ,τの絶対値が次式(B3)で示される範囲内の値であるときのアシストゲインG3の関係は、次式(C)で表される。ただし、アシストゲインG2は「0(零)」である。
【0068】
0≦│τ,τ│≦τth0 …(B1)
τth0<│τ,τ│≦τth1 …(B2)
τth1<│τ,τ│≦τth2 …(B3)
G1=G3>G2 …(C)
したがって、ステアリングホイール21の操作に伴い、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth0に達する前後において、アシストゲインはアシストゲインG1からアシストゲインG2へ、あるいはアシストゲインG2からアシストゲインG1へ変化する。また、操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth1に達する前後において、アシストゲインがアシストゲインG2からアシストゲインG3へ、あるいはアシストゲインG3からアシストゲインG2へ変化する。このアシストゲインの変化に起因して、操舵トルクτ,τの変動あるいはトルクリップルなどを運転者が違和感として感じることが懸念される。こうした懸念を解消するために、本実施の形態では、第1のマイクロコンピュータ63および第2のマイクロコンピュータ73として、つぎの構成を採用している。
【0069】
図3に示すように、第1のマイクロコンピュータ63は、第1のアシスト制御部91および第1の電流制御部92に加えて、減算器93および加算器94を有している。第2のマイクロコンピュータ73は、第2のアシスト制御部101および第2の電流制御部102に加えて、減算器103および加算器104を有している。
【0070】
第1のマイクロコンピュータ63の減算器93は、第1のアシスト制御部91により演算される第1の電流指令値Ias1 と、電流センサ66を通じて検出される電流Im1の値との差を制限量δIとして演算する。制限量δIとは、第1の巻線群52に対して実際に供給される電流が、目標値である第1の電流指令値Ias1 に対してどの程度制限されているかを示す電流量をいう。第1の電流指令値Ias1 (第1の巻線群52へ供給される電流)が第1の電流制御部92によって制限されない場合、制限量δIは基本的には「0(零)」となる。これは、第1の巻線群52へ供給される電流Im1の値が、第1のアシスト制御部91により演算される本来の第1の電流指令値Ias1 に応じた値となるからである。
【0071】
第2のマイクロコンピュータ73の減算器103は、第2の電流指令値Ias2 と、電流センサ76を通じて検出される電流Im2の値との差を制限量δIとして演算する。制限量δIとは、第2の巻線群53に対して実際に供給される電流が、目標値である第2の電流指令値Ias2 に対してどの程度制限されているかを示す電流量をいう。第2の電流指令値Ias2 (第2の巻線群53へ供給される電流)が第2の電流制御部102によって制限されない場合、制限量δIは基本的には「0(零)」となる。これは、第2の巻線群53へ供給される電流Im2の値が、第1のアシスト制御部91により演算される本来の第2の電流指令値Ias2 に応じた値となるからである。
【0072】
第1のマイクロコンピュータ63の加算器94は、第1のアシスト制御部91により演算される第1の電流指令値Ias1 と、第2のマイクロコンピュータ73の減算器103により演算される制限量δIとを加算することにより、最終的な第1の電流指令値Ias1 を演算する。第2の制限制御部74により制限値Ilim2が演算される場合を含め、第2の電流制御部102を通じて第2の巻線群53へ供給される電流が制限される場合、その制限される電流量の分だけ、第1の電流指令値Ias1 が増加される。第2の電流制御部102を通じて第2の巻線群53へ供給される電流が制限されない場合、第1のアシスト制御部91により演算される第1の電流指令値Ias1 がそのまま最終的な第1の電流指令値Ias1 として使用される。
【0073】
第2のマイクロコンピュータ73の加算器104は、第1のアシスト制御部91により演算される第2の電流指令値Ias2 と、第1のマイクロコンピュータ63の減算器93により演算される制限量δIとを加算することにより、最終的な第2の電流指令値Ias2 を演算する。第1の制限制御部64により制限値Ilim1が演算される場合を含め、第1の電流制御部92を通じて第1の巻線群52へ供給される電流が制限される場合、その制限される電流量の分だけ、第2の電流指令値Ias2 が増加される。第1の電流制御部92を通じて第1の巻線群52へ供給される電流が制限されない場合、第1のアシスト制御部91により演算される第2の電流指令値Ias2 がそのまま最終的な第2の電流指令値Ias2 として使用される。
【0074】
このように、本実施の形態では、第1の巻線群52および第2の巻線群53のいずれか一方へ供給される電流が制限される場合、その制限される分の電流量が、第1の巻線群52および第2の巻線群53のいずれか他方へ供給される電流を増加させることにより補われる。これにより、つぎの作用を得ることができる。
【0075】
<第1の実施の形態の作用>
本実施の形態において、第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルクと、第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルクとが異なるアンバランスな状況が発生した場合における操舵トルクτ,τとトータルの電流指令値Ias との関係は、つぎの通りである。ここでも、先の条件(A1)~(A3)のいずれかに起因して、第1の巻線群52により発生するトルクが制限される場合を例に挙げる。
【0076】
図8(a)のグラフに示すように、ここでの第1の電流指令値Ias1 の上限値ILIMも本来の上限値IUL1の半分、すなわちモータ31が発生させることのできる最大のトルクの1/4(25%)に対応する値に設定されている。また、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth0に達するタイミングで第1の電流指令値Ias1 は上限値ILIMに達する。
【0077】
図8(b)のグラフに示すように、第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2は制限されない。ただし、ここでは第1の電流指令値Ias1 が本来の上限値IUL1、すなわち第1の巻線群52により発生するトルクが、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの1/2(50%)に達することを待たずに、第2の電流指令値Ias2 が演算される。これは、第1のマイクロコンピュータ63の減算器93により演算される制限量δIが、第2のマイクロコンピュータ73の加算器104によって本来の第2の電流指令値Ias2 に加算されることによる。たとえば本来の第2の電流指令値が「0(零)」である場合、制限量δIが最終的な第2の電流指令値Ias2 として使用される。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth0に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加に対して第2の電流指令値Ias2 の絶対値は線形的に増加し、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth3(<τth2)に達するタイミングで第2の電流指令値Ias2 の絶対値は上限値IUL2に至る。
【0078】
したがって、操舵トルクτ,τの絶対値の変化に対するトータルとしての電流指令値Ias の変化は、つぎのようになる。
図8(c)のグラフに示すように、操舵トルクτ,τの絶対値が「0」を起点としてトルクしきい値τth3に達するまでの間、操舵トルクτ,τの絶対値が増加するにつれて、第1の電流指令値Ias1 と第2の電流指令値Ias2 とを合算したトータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth3に達したとき、トータルの電流指令値Ias の絶対値は最大となる。このときのトータルの電流指令値Ias の最大値(絶対値)IULは、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの75%に対応する値となる。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth3に達した以降、操舵トルクτ,τの絶対値の増加に対してトータルとしての電流指令値Ias の絶対値は最大値IULに維持される。
【0079】
ここで、操舵トルクτ,τの絶対値が「0」を起点としてトルクしきい値τth3に達するまでの間において、操舵トルクτ,τの絶対値の増加量に対する電流指令値Ias の絶対値の増加量の割合(傾き)は、第1の巻線群52により発生するトルクが制限されていない場合と同じになる。すなわち、第1の電流指令値Ias1 が上限値ILIMに達するタイミングで第2の電流指令値Ias2 の演算が開始されることにより、トータルとしての電流指令値Ias の絶対値が最大値IULに達するまでの期間において、トータルとしての電流指令値Ias のアシストゲイン(傾き)の値が一定に維持される。モータ31が発生させることのできるトルクはその最大値の75%に制限されるものの、アシストゲインの値が変化することがないため、操舵トルクτ,τの変動を抑えることができる。また、トルクリップルが悪化すること、ひいてはNV(騒音および振動)特性が悪化することを抑制することができる。
【0080】
第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2が制限される場合についても、前述した第1の電流指令値Ias1 の上限値IUL1が制限される場合と同様である。ただし、第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2が本来の値よりも小さい値に制限されるとき、その制限された上限値に第2の電流指令値Ias2 が達した時点で第1の電流指令値Ias1 はすでに上限値IUL1に達していると考えられる。このため、第1の電流制御部92へ供給される最終的な第1の電流指令値Ias1 は、本来の上限値IUL1よりも制限量δIの分だけ大きい値となるものの、結果的には第1の電流制御部92により上限値IUL1に制限される。
【0081】
ちなみに、このことを踏まえ、本実施の形態において、第1のマイクロコンピュータ63として加算器94を割愛した構成を採用する一方、第2のマイクロコンピュータ73として減算器103を割愛した構成を採用してもよい。すなわち、ECU40は、第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2が本来の値よりも小さい値に制限される場合であれ、第1の電流指令値Ias1 に制限量δIを加算しない。このようにしても、第2の電流指令値Ias2 が制限後の上限値に達するまでの期間、トータルとしての電流指令値Ias のアシストゲイン(傾き)の値は一定に維持される。
【0082】
<第1の実施の形態の効果>
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)ECU40は、第1の電流指令値Ias1 が本来の上限値IUL1よりも小さい値である上限値ILIMに制限される場合、目標アシストトルクに応じた電流指令値Ias が第1の電流指令値Ias1 に対する本来の上限値IUL1を超えることを待たずに、制限される分の電流指令値Ias を第2の巻線群53に対する第2の電流指令値Ias2 として配分する。このため、目標アシストトルク(すなわち、操舵トルクτ,τ)の変化に対して、第1の電流指令値Ias1 および第2の電流指令値Ias2 を合算したトータルとしての電流指令値Ias が、第1の電流指令値Ias1 に対する制限後の上限値ILIMに固定されることが抑制される。このため、目標アシストトルク(操舵トルクτ,τ)の変化に対して、トータルとしての電流指令値Ias を一定の割合で変化させることができる。したがって、第1の巻線群52および第2の巻線群53により発生するトルクをトータルしたモータトルクを一定の割合で変化させることができる。したがって、操舵トルクτ,τの変動あるいはトルクリップルを抑制することができる。また、運転者は良好な操舵感触を得ることができる。
【0083】
(2)第1の電流指令値Ias1 が本来の上限値IUL1よりも小さい値に制限される場合、その制限された第1の電流指令値Ias1 に応じて第1の巻線群52へ供給される実際の電流Im1の値は、制限前の第1の電流指令値Ias1 に応じた値にならない。このため、第1の巻線群52に対する制限前の第1の電流指令値Ias1 と、第1の巻線群52に対して供給される実際の電流Im1の値との差である制限量δIには、第1の電流指令値Ias1 が本来の上限値IUL1に対してどの程度だけ制限されているのかが反映される。したがって、制限量δIを他の系統である第2の巻線群53に対する第2の電流指令値Ias2 に加算することにより、制限される分の第1の電流指令値Ias1 を補うことができる。なお、第2の電流指令値Ias2 が本来の上限値IUL2よりも小さい値に制限される場合についても、第1の電流指令値Ias1 が上限値IUL1よりも小さい値に制限される場合と同様に考えることができる。
【0084】
(3)ECU40は、第1の巻線群52および第2の巻線群53に対する給電を系統ごとに独立して制御する第1の制御部60および第2の制御部70を有している。このため、第1の巻線群52および第2の巻線群53のいずれか一方、あるいは第1の制御部60および第2の制御部70のいずれか一方が失陥した場合であれ、残る正常な巻線群あるいは残る正常な制御部を使用してモータ31を動作させることができる。したがって、モータ31の動作に対する信頼性を高めることができる。
【0085】
(4)ECU40は、電流指令値Ias が第1の巻線群52に対する第1の電流指令値Ias1 の上限値IUL1を超えるとき、その超える分の電流指令値を残りの第2の巻線群53に対する第2の電流指令値Ias2 として配分する。このため、第1の制御部60および第1の巻線群52を含む第1の系統と、第2の制御部70および第2の巻線群53を含む第2の系統とでは制御負荷が異なる。具体的には、第2の巻線群53に対して給電される期間は、第1の巻線群52に対して給電される期間よりも少ない。したがって、第2の系統の制御負荷は、第1の系統の制御負荷よりも小さい。第1の系統の制御負荷および第2の系統の制御負荷に偏りが生じることにより、第1の系統および第2の系統において互いに対応する同一の構成要素が同時期に異常を来すことを抑制することができる。
【0086】
<第2の実施の形態>
つぎに、モータ制御装置の第2の実施の形態を説明する。本実施の形態は、先の図1図3に示される第1の実施の形態と同様の構成を有している。本実施の形態において、モータ31に発生することが要求されるアシストトルクは、第1の巻線群52により発生するトルクと第2の巻線群53により発生するトルクとで半分ずつ賄われる。第1の電流指令値Ias1 および第2の電流指令値Ias2 の上限値は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクに対応する電流指令値の最大値(100%)の半分(50%)の値に設定されている。
【0087】
第1の巻線群52および第2の巻線群53にそれぞれ供給される電流が制限されない場合における操舵トルクτ,τと電流指令値との関係は、つぎの通りである。
図9(a)のグラフに示すように、横軸に操舵トルクτを、縦軸に第1の電流指令値Ias1 をプロットしたとき、操舵トルクτと第1の電流指令値Ias1 との関係は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτの絶対値が増加するにつれて、第1の電流指令値Ias1 の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth4に達したとき、第1の電流指令値Ias1 の絶対値は最大となる。この第1の電流指令値Ias1 の最大値(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの半分(50%)に対応する値である。
【0088】
図9(b)のグラフに示すように、横軸に操舵トルクτ、縦軸に第2の電流指令値Ias2 をプロットしたとき、操舵トルクτと第2の電流指令値Ias2 との関係は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτの絶対値が増加するにつれて、第2の電流指令値Ias2 の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth4に達したとき、第2の電流指令値Ias2 の絶対値は最大となる。この第2の電流指令値Ias2 の最大値(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの半分(50%)に対応する値である。
【0089】
図9(c)のグラフに示すように、横軸に操舵トルクτ,τ、縦軸に第1の電流指令値Ias1 と第2の電流指令値Ias2 とを合算したトータルとしての電流指令値Ias をプロットしたとき、操舵トルクτ,τと電流指令値Ias との関係は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτ,τの絶対値が増加するにつれて、トータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth4に達したとき、トータルの電流指令値Ias の絶対値は最大となる。このトータルの電流指令値Ias の最大値(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルク(100%)に対応する値である。
【0090】
したがって、第1の巻線群52により発生するトルクおよび第2の巻線群53により発生するトルクは基本的には同じ値であってバランスがとれている。モータ31としてはこれら2系統のトルクをトータルしたトルクを発生する。しかし、第1の実施の形態と同様に、先の条件(A1)~(A3)のいずれかに起因して、第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルクと、第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルクとが異なるアンバランスな状況の発生が懸念される。
【0091】
ここで比較例として、第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルクと、第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルクとが異なるアンバランスな状況が発生した場合における操舵トルクτ,τとトータルの電流指令値Ias との関係を説明する。ここでは、第1の巻線群52により発生するトルクが制限される場合を例に挙げる。
【0092】
図10(a)のグラフに示すように、第1の電流指令値Ias1 の制限度合いは、操舵状態、電源電圧およびモータ31の発熱状態に応じて変動するところ、ここでの第1の電流指令値Ias1 の上限値ILIMは本来の上限値IUL1の半分、すなわちモータ31が発生させることのできる最大のトルクの1/4(25%)に対応する値に設定されている。また、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth5(<τth4)に達するタイミングで第1の電流指令値Ias1 は上限値ILIMに達する。
【0093】
図10(b)のグラフに示すように、第2の電流指令値Ias2 の上限値は制限されていないため、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth4に達するタイミングで第2の電流指令値Ias2 は上限値IUL2に達する。すなわち、操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth5に達した以降、第1の電流指令値Ias1 の最大値(第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルク)と、第2の電流指令値Ias2 の最大値(第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルク)とが異なるアンバランスな状況が発生する。
【0094】
図10(c)のグラフに示すように、操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth5に達するまでの間、操舵トルクτ,τの絶対値が増加するにつれて、第1の電流指令値Ias1 と第2の電流指令値Ias2 とを合算したトータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth5に達した以降においても、操舵トルクτ,τの絶対値の増加に対してトータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。ただし、操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth5に達した以降、第1の電流指令値Ias1 が上限値ILIM(<IUL1)に制限される。このため、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth5に達した後においては、操舵トルクτ,τの絶対値の増加量に対するトータルの電流指令値Ias の絶対値の増加量の割合(アシストゲイン)は、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth5に達する前よりも小さくなる。やがて、操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth4に達したとき、トータルの電流指令値Ias の絶対値は最大となる。このときのトータルの電流指令値Ias の最大値(絶対値)は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの75%に対応する値となる。
【0095】
このように、操舵トルクτ,τがトルクしきい値τth5に達する前後でアシストゲインが変化することに起因して、操舵トルクτ,τの変動あるいはトルクリップルなどを運転者が違和感として感じることが懸念される。
【0096】
この点、本実施の形態では、第1のマイクロコンピュータ63および第2のマイクロコンピュータ73として、先の図3に示される構成と同様の構成を有している。すなわち、第1の巻線群52および第2の巻線群53のいずれか一方へ供給される電流が制限される場合、その制限される分の電流量が、第1の巻線群52および第2の巻線群53のいずれか他方へ供給される電流を増加させることにより補われる。これにより、つぎの作用を得ることができる。
【0097】
<第2の実施の形態の作用>
本実施の形態において、第1の巻線群52により発生させることができる最大のトルクと、第2の巻線群53により発生させることができる最大のトルクとが異なるアンバランスな状況が発生した場合における操舵トルクτ,τとトータルの電流指令値Ias との関係は、つぎの通りである。ここでも、先の条件(A1)~(A3)のいずれかに起因して、第1の巻線群52により発生するトルクが制限される場合を例に挙げる。
【0098】
図11(a)のグラフに示すように、ここでの第1の電流指令値Ias1 の上限値ILIMも本来の上限値IUL1の半分、すなわちモータ31が発生させることのできる最大のトルクの1/4(25%)に対応する値に設定されている。また、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth5に達するタイミングで第1の電流指令値Ias1 は上限値ILIMに達する。
【0099】
図11(b)のグラフに示すように、第2の電流指令値Ias2 の上限値IUL2は制限されない。ただし、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth5に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加量に対する第2の電流指令値Ias2 の絶対値の増加量の割合(アシストゲイン)が、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth5に達する前よりも大きくなる。これは、第1のマイクロコンピュータ63の減算器93により演算される制限量δIが、第2のマイクロコンピュータ73の加算器104によって本来の第2の電流指令値Ias2 に加算されることによる。操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth5に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加に対して第2の電流指令値Ias2 の絶対値は線形的に増加し、操舵トルクτの絶対値がトルクしきい値τth6(τth5<τth6<τth4)に達するタイミングで第2の電流指令値Ias2 の絶対値は上限値IUL2に至る。
【0100】
したがって、操舵トルクτ,τの絶対値の変化に対するトータルとしての電流指令値Ias の変化は、つぎのようになる。
図11(c)のグラフに示すように、操舵トルクτ,τの絶対値が「0」を起点としてトルクしきい値τth6に達するまでの間、操舵トルクτ,τの絶対値が増加するにつれて、第1の電流指令値Ias1 と第2の電流指令値Ias2 とを合算したトータルの電流指令値Ias の絶対値は線形的に増加する。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth6に達したとき、トータルの電流指令値Ias の絶対値は最大となる。このときのトータルの電流指令値Ias の最大値(絶対値)IULは、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの75%に対応する値となる。操舵トルクτ,τの絶対値がトルクしきい値τth6に達した以降、操舵トルクτ,τの絶対値の増加に対してトータルとしての電流指令値Ias の絶対値は最大値IULに維持される。
【0101】
このように、第1の電流指令値Ias1 が上限値ILIMに制限された以降、その制限された電流量である制限量δIの分だけ第2の電流指令値Ias2 が増加されることにより、トータルとしての電流指令値Ias の絶対値が最大値IULに達するまでの期間において、トータルとしての電流指令値Ias のアシストゲイン(傾き)の値が一定に維持される。モータ31が発生させることのできるトルクはその最大値の75%に制限されるものの、アシストゲインの値が変化することがないため、操舵トルクτ,τの変動を抑えることができる。また、トルクリップルが悪化すること、ひいてはNV(騒音および振動)特性が悪化することを抑制することができる。
【0102】
なお、第2の電流指令値Ias2 の上限値が制限される場合についても、前述した第1の電流指令値Ias1 の上限値が制限される場合と同様である。第2の電流指令値Ias2 の上限値が本来の上限値IUL2よりも小さい値に制限された以降、その制限された電流量である制限量δIの分だけ第1の電流指令値Ias1 が増加される。
【0103】
したがって、第2の実施の形態によれば、先の第1の実施の形態における(1)~(3)の効果と同様の効果を得ることができる。
<第3の実施の形態>
つぎに、モータ制御装置の第3の実施の形態を説明する。本実施の形態は、先の図1図3に示される第1の実施の形態と同様の構成を有している。
【0104】
近年では、システムが運転を代替する自動運転機能を実現するための自動運転システムの開発が盛んに行われている。ただし、自動運転システムには、車両の安全性あるいは利便性をより向上させるために運転者の運転操作を支援するADAS(先進運転支援システム)などの協調制御システムが含まれる。車両に自動運転システムが搭載される場合、車両においては、ECU40と他の車載システムの制御装置との協調制御が行われる。協調制御とは、複数種の車載システムの制御装置が互いに連携して車両の動き(挙動)を制御する技術をいう。
【0105】
図1に二点鎖線で示すように、車両には、たとえば各種の車載システムの制御装置を統括制御する上位ECU(ADAS-ECU)200が搭載される。上位ECU200は、その時々の車両の状態に基づき最適な制御方法を求め、その求められる制御方法に応じて各種の車載制御装置に対して個別の制御を指令する。上位ECU200は、ECU40により実行される制御に介入する。上位ECU200は、運転席などに設けられる図示しないスイッチの操作に基づき、自己の自動運転制御機能をオンとオフとの間で切り替える。
【0106】
上位ECU200の自動運転制御機能がオンされている場合、ステアリングホイール21の操作の実行主体は上位ECU200であって、ECU40は上位ECU200からの指令に基づくモータ31の制御を通じて転舵輪26,26を転舵させる転舵制御(自動操舵制御)を実行する。上位ECU200は、たとえば車両に目標車線上を走行させるための指令値として、転舵角指令値θ ,θ を演算する。転舵角指令値θ ,θ は、その時々の車両の走行状態に応じて、車両を車線に沿って走行させるために必要とされる転舵角θの目標値(現在の転舵角θに付加すべき角度)、あるいは転舵角θが反映される状態量(たとえばピニオンシャフト22cの回転角であるピニオン角)の目標値である。ECU40は、上位ECU200により演算される転舵角指令値θ ,θ を使用してモータ31を制御する。
【0107】
図2に二点鎖線で示すように、転舵角指令値θ は第1のマイクロコンピュータ63に対するものである。また、転舵角指令値θ は第2のマイクロコンピュータ73に対するものである。第1のマイクロコンピュータ63は、転舵角指令値θ に実際の転舵角θを追従させる角度フィードバック制御の実行を通じて、第1の巻線群52に対して供給すべき電流の目標値である第1の電流指令値を演算する。第2のマイクロコンピュータ73は、転舵角指令値θ に実際の転舵角θを追従させる角度フィードバック制御の実行を通じて、第2の巻線群53に対して供給すべき電流の目標値である第2の電流指令値を演算する。ちなみに、実際の転舵角θは、回転角センサ43a,43bを通じて検出されるモータ31の回転角θm1,θm2に基づき演算することができる。
【0108】
通常時、モータ31に発生することが要求されるトルク(目標アシストトルク)は、第1の巻線群52により発生するトルクと第2の巻線群53により発生するトルクとで半分(50%)ずつ賄われる。また、通常時において2つの転舵角指令値θ ,θ は基本的には同じ値に設定される。ただし、2系統の巻線群(52,53)いずれか一方が失陥した場合、残る正常系統の巻線群を通じてモータ31の動作が継続される。この場合、上位ECU200は、残る正常系統の巻線群を通じたモータ31の制御に適した転舵角指令値θ ,θ を演算するようにしてもよい。したがって、第3の実施の形態によれば、ECU40として、自動運転機能に対応することができる。
【0109】
<他の実施の形態>
なお、第1~第3の実施の形態は、つぎのように変更して実施してもよい。
・第1~第3の実施の形態では、温度センサ44a,44bをECU40に設けたが、これら温度センサ44a,44bはモータ31に設けてもよい。
【0110】
・第1~第3の実施の形態において、図3に二点鎖線で示すように、第2のマイクロコンピュータ73の減算器103と第1のマイクロコンピュータ63の加算器94との間の信号経路にはフィルタ95を、第1のマイクロコンピュータ63の減算器93と第2のマイクロコンピュータ73の加算器104との間の信号経路にはフィルタ105を設けてもよい。このようにすれば、フィルタ95,105によって、電流センサ66,76を通じて検出される電流Im1,Im2に重畳するノイズなどの影響を抑えることができる。このため、より良好な操舵感触を得たり、NV(騒音および振動)特性を改善したりすることが可能である。また、フィルタ95,105に代えて、制限量δI,δIに所定のゲインを乗算する乗算器を使用してもよい。
【0111】
・第1~第3の実施の形態では、ECU40は、互いに独立した第1の制御部60および第2の制御部70を有していたが、製品仕様などによっては、たとえば第1のマイクロコンピュータ63と第2のマイクロコンピュータ73とを単一のマイクロコンピュータとして構築してもよい。
【0112】
・第1~第3の実施の形態では、第1の巻線群52および第2の巻線群53に供給される電流の最大値は、それぞれモータ31が発生させることのできる最大のトルクに対応する電流の最大値(100%)の半分(50%)で同じ値としたが、たとえば「60:40」あるいは「70:30」などのように異なる値としてもよい。ただし、第1の巻線群52および第2の巻線群53に供給される電流の最大値の合計は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクに対応する電流の最大値(100%)以内である。
【0113】
・第1~第3の実施の形態では、2系統の巻線群(52,53)に対する給電を独立して制御するようにしたが、モータ31が3系統以上の巻線群を有するものである場合、これら3系統以上の巻線群に対する給電を独立して制御するようにしてもよい。この場合、ECU40は、系統数と同数の制御部を有することが好ましい。モータ31がたとえば3系統の巻線群を有している場合、各系統の制御部は、第1~第3の巻線群に対する個別の電流指令値を演算する。これら個別の電流指令値の最大値は、モータ31が発生させることのできる最大のトルクの1/3のトルクに対応する値となる。そして、3系統のうちいずれか1系統の巻線群に対して供給される電流が制限される場合、その1系統において制限される分の電流量(本来の電流量との差)である制限量を残る2系統により50%ずつ補償するようにしてもよい。すなわち、残る2系統の巻線群に対して、それぞれ1系統における制限量の半分に相当する電流が供給される。また、3系統のうちいずれか1系統の巻線群に対して供給される電流が制限される場合、その1系統において制限される分の電流量である制限量を残る2系統のいずれか一方の系統によってのみ補償するようにしてもよい。モータ31が4系統以上の巻線群を有している場合においても、2系統あるいは3系統の場合と同様の考え方に基づき、各系統の巻線群に対する個別の電流指令値を演算する。
【0114】
・第1~第3の実施の形態では、EPS10として、モータ31のトルクをステアリングシャフト22(コラムシャフト22a)に伝達するタイプを例に挙げたが、モータ31のトルクをラック軸23に伝達するタイプであってもよい。
【0115】
・第1~第3の実施の形態では、モータ制御装置をEPS10のモータ31を制御するECU40に具体化したが、EPS31以外の他の機器に使用されるモータの制御装置に具体化してもよい。
【符号の説明】
【0116】
10…EPS、20…操舵機構、31…モータ、40…ECU(制御部、モータ制御装置)、52…第1の巻線群、53…第2の巻線群、60…第1の制御部(個別制御部)、70…第2の制御部(個別制御部)、93,103…第3の演算部を構成する減算器、94,104…第4の演算部を構成する加算器、Ias …電流指令値、Ias1 …第1の電流指令値(個別電流指令値)、Ias2 …第2の電流指令値(個別電流指令値)、ILIM…上限値(制限値)、IUL1,IUL2…上限値、τ,τ…操舵トルク。
図1
図2
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図5
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