(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-02
(45)【発行日】2023-03-10
(54)【発明の名称】キノコの栽培方法、キノコ栽培用培地の製造方法、及びキノコ栽培用培地
(51)【国際特許分類】
A01G 18/20 20180101AFI20230303BHJP
【FI】
A01G18/20
(21)【出願番号】P 2018198450
(22)【出願日】2018-10-22
【審査請求日】2021-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】512220444
【氏名又は名称】シナプテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000752
【氏名又は名称】弁理士法人朝日特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸田 達昭
(72)【発明者】
【氏名】北澤 真紀
(72)【発明者】
【氏名】井上 潤一
(72)【発明者】
【氏名】天野 一也
(72)【発明者】
【氏名】戸田 恵菜
【審査官】小島 洋志
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-103665(JP,A)
【文献】特開平02-257809(JP,A)
【文献】特開2012-239419(JP,A)
【文献】特開2005-000176(JP,A)
【文献】特表2004-533203(JP,A)
【文献】特開2012-090625(JP,A)
【文献】特開平09-140254(JP,A)
【文献】野元雄介 ほか,甘藷焼酎粕を利用したシイタケの菌床栽培,土木学会年 次学術講演会講演概要集,日本,2010年08月05日,65,299-300
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 18/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワインの絞りかす及びワインの少なくとも一方を含むブドウ由来成分からアルコールを
低減する工程と、
前記アルコールが低減されたブドウ由来成分を含む培地を調整する工程と、
前記培地に種菌を接種する工程と
を有
し、
前記アルコールを低減する工程は、前記ワインの搾りかすを水に浸漬する工程、又は前
記ワインを水で希釈する工程を含む
キノコの栽培方法。
【請求項2】
中和剤を用いて前記ブドウ由来成分を中和する工程を含む
請求項1に記載のキノコの栽培方法。
【請求項3】
前記中和剤の濃度Cが、
0.5%(w/v)<C<3%(w/v)
である
請求項2に記載のキノコの栽培方法。
【請求項4】
前記アルコールを低減する工程において、前記ワイン又は前記ワインの搾りかすにおけ
る水分のアルコール濃度が5%以下に低減される
請求項1乃至
3のいずれか一項に記載のキノコの栽培方法。
【請求項5】
前記ブドウ由来成分が、ブドウの剪定枝、古木、及び枯木の少なくとも一種を含む
請求項1乃至
4のいずれか一項に記載のキノコの栽培方法。
【請求項6】
ワインの絞りかす及びワインの少なくとも一方を含むブドウ由来成分からアルコールを
低減する工程と、
前記アルコールが低減されたブドウ由来成分を含む培地を調整する工程と
を有
し、
前記アルコールを低減する工程は、前記ワインの搾りかすを水に浸漬する工程、又は前
記ワインを水で希釈する工程を含む
キノコ栽培用培地の製造方法。
【請求項7】
請求項
6に記載の製造方法で製造された、キノコ栽培用培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はキノコの栽培に関する。
【背景技術】
【0002】
おがくずをベースとした培地を用いたキノコの栽培方法が知られている。例えば特許文献1には、夏場にキノコの栽培を行うため、おがくずと米糠を含むキノコ栽培用培地において、米糠の一部を廃白土で置き換える技術が記載されている。また、特許文献2には、アガリクス茸を増産するため、培地に発酵材を添加する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-090625号公報
【文献】特開平11-103665号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のように培地(菌床)を用いた栽培においては、温度・空調管理に多大なエネルギーを要するという問題があった。このような状況において、栽培日数の短縮が求められている。また、特許文献2には、ブドウの搾りかすを添加した培地を用いることが記載されているものの、発酵材を添加しない培地(
図2:例8)ではアガリクス茸が成長しないという問題があった。
これに対し本発明は、発酵材を用いずに栽培日数を短縮することができる技術を提供する。
【0005】
また、キノコはアミノ酸が豊富であり、グルタミン酸のよう旨味成分やオルニチン等が豊富に含まれている反面、必須アミノ酸の組成・含有量に偏りがあるという問題があった。これに対し本発明は、必須アミノ酸が豊富なキノコを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ワインの絞りかす及びワインの少なくとも一方を含むブドウ由来成分からアルコールを低減する工程と、前記アルコールが低減されたブドウ由来成分を含む培地を調整する工程と、前記培地に種菌を接種する工程とを有するキノコの栽培方法を提供する。
【0007】
この栽培方法は、中和剤を用いて前記ブドウ由来成分を中和する工程を含んでもよい。
【0008】
前記中和剤の濃度Cが、0.5%(w/v)<C<3%(w/v)であってもよい。
【0009】
この栽培方法は、前記アルコールを低減する工程は、前記ワインの搾りかすを水に浸漬する工程、又は前記ワインを水で希釈する工程を含んでもよい。
【0010】
前記アルコールを低減する工程において、前記ワイン又は前記ワインの搾りかすにおける水分のアルコール濃度が5%以下に低減されてもよい。
【0011】
前記ブドウ由来成分が、ブドウの剪定枝、古木、及び枯木の少なくとも一種を含んでもよい。
【0012】
また、本発明は、上記いずれかに記載の栽培方法で栽培されたキノコを提供する。
【0013】
さらに、本発明は、アミノ酸総量に占める必須アミノ酸の総量が40重量%以上であるキノコを提供する。
【0014】
さらに、本発明は、ワインの絞りかす及びワインの少なくとも一方を含むブドウ由来成分からアルコールを低減する工程と、前記アルコールが低減されたブドウ由来成分を含む培地を調整する工程とを有する、キノコ栽培用培地の製造方法を提供する。
【0015】
さらに、本発明は、上記の製造方法で製造された、キノコ栽培用培地を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、発酵材を用いずにキノコの栽培期間を短縮することができる。また、本発明によれば、必須アミノ酸の含量が多いキノコを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】一実施形態に係るキノコの栽培方法を例示するフローチャート。
【
図2】実験例1~8における暗培養の期間を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.栽培方法
図1は、一実施形態に係るキノコの栽培方法を例示するフローチャートである。ステップS1において、培地の材料が準備される。一例において、本実施形態に係る培地は菌床である。本実施形態において、培地はブドウ由来成分を含む。ブドウ由来成分とはブドウの木又は果実に由来する成分をいい、例えば、ブドウ由来廃棄物、ブドウ由来残渣、ブドウ果汁、及びワインの少なくとも一種をいう。ブドウ由来廃棄物とは、ブドウの木、梗、又は果実に由来する廃棄物をいい、例えば、ブドウの剪定枝、古木、及び枯木の少なくとも一種をいう。ブドウ由来残渣とは、ワイン又はジュース等の加工品の製造のため、ブドウの果実を搾った搾りかすをいう。
【0019】
ブドウの剪定枝、古木、及び枯木については、乾燥後に粉砕、又は粉砕後に乾燥する。粉砕後のサイズは3~5cm程度のいわゆるチップサイズである。あるいは、さらに細かく粉状(いわゆるおが粉)に粉砕されてもよい。また、のこぎりでブドウの枝等を切断したときに発生するのこぎりくずをそのまま又は乾燥して用いてもよい。なお、ブドウの梗については、そのままでは水分が多いため、乾燥後に粉砕する。
【0020】
ワインの搾りかす及びワインについては、アルコールを低減するために加熱処理又は減圧処理を行う。加熱処理においては、例えば、100~140℃で40~60分程度加熱する。本願発明者らの実験によれば、アルコール濃度を例えば5%以下、好ましくは2%以下に低減すれば子実体が生育することが分かっている。アルコールの低減処理としては、例えば、ワインであれば水による希釈、ワインの搾りかすであれば水への浸漬が用いられる。なおワインの搾りかすについては、搾りかすに含まれる水分においてアルコール濃度が5%以下(好ましくは2%以下)であればよい。
【0021】
ワインの搾りかす、ワイン、ブドウの搾りかす、及び果汁は有機酸を含み強い酸性であるので中和する。中和処理後のpHは、例えば4~9程度である。中和処理においては、煮沸又は減圧処理により有機酸を揮発させる。あるいは、中和処理は、中和剤を添加するものであってもよい。中和剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、重曹、有機酸ナトリウム塩、又は塩基性有機物(リシン等)が用いられる。
【0022】
アルコール低減の処理と中和処理とは一工程で行われてもよい。一例において、まず、所定の濃度のアルカリ水溶液を調整する。このアルカリ水溶液の中に、ワインの搾りかすを浸す。このとき、ワインの搾りかすを攪拌してもよい。この溶液を、上記の条件で加熱する(100℃の場合は常圧で、100℃を超える場合は加圧下で)。なお、ワインの場合は所定の濃度のアルカリ剤を添加した後、上記の条件で加熱する。
【0023】
培地は、その他、米糠、小麦ふすま、及びブドウ以外の木(例えばブナ又はナラ等)の木粉のうち少なくとも一種を含んでもよい。
【0024】
ステップS2において、培地が調整される。培地は、木粉、栄養添加物、及び水分を含む。栄養添加物は、概ね、木粉に対して5~50重量%程度、含まれる。さらに、培地は、全体に対し水分含量が20~60重量%となるよう水分を調整する。栄養添加物としては、例えば、米糠及び小麦ふすまの少なくとも一種が用いられる。このうち木粉又は水分の一部又は全部(概ね1~100重量%)をブドウ由来成分に置換する。ステップS1で処理されたワインの搾りかす等はザル等で水切りをした後に用いられる。こうして、キノコ栽培用培地が得られる。なお、ステップS1及びS2の工程は、キノコ栽培用培地の製造方法を構成するといえる。
【0025】
なお、培地において、木粉の少なくとも一部に代えて木片(ウッドチップ)又は原木が用いられてもよい。すなわち本願における「培地」は原木を材料とするものを含む。例えば原木が用いられる場合、ブドウ由来成分を含む水溶液を原木に吹き付けたもの、又はブドウ由来成分を含む水溶液に原木を浸したものが、培地として用いられる。木片についても同様である。ブドウ由来成分を含む水溶液とは、例えばステップS1で説明した、ワインの絞りカスを浸したアルカリ水溶液をいう。
【0026】
ステップS3において、培地をビンに充填する。一例において、容量900mLのビン1本あたり850mLの培地を充填する。充填後、培地の上面からビンの口(蓋)までの空隙が1~2cm程度空くように充填時の圧力を調整する。培地の充填後、ビンを殺菌処理してもよい。殺菌処理は、例えば、100~120℃で1~4時間程度行う。
【0027】
ステップS4において、種菌を接種する。種菌の接種は無菌操作で行うことが好ましい。キノコの種類は何でもよい。
【0028】
ステップS5において、種菌が接種されたビンを暗培養する。暗培養とは、光(太陽光及び人工光)を照射しない状態での培養をいう。この状態で、菌が培地全体に行き渡るまで培養する。このとき、一例として室内の温度を18~22℃に、湿度を50~65%以上(菌床内の湿度が50%以上)に、菌床内のCO2濃度を20ppm以下に保つよう管理する。暗培養の期間は培地の組成等に依存するが、一例においては5~14日間である。
【0029】
ステップS6において、菌が行き渡ったビンを明培養する。明培養とは、所定のタイミングで光(太陽光又は人工光)を照射する培養をいう。この状態で、子実体が発生しある程度成長するまで培養する。このとき、一例として室内の温度を15~16℃に、湿度を50~65%以上(菌床内の湿度が50%以上)に、菌床内のCO2濃度を20ppm以下に保つよう管理する。光照射は、例えば、所定の時間(一例として12時間)おきに照射と非照射とを繰り返す。暗培養の期間は培地の組成等に依存するが、一例においては7~14日間である。
【0030】
ステップS7において、キノコを収穫する。
【0031】
なお、ここで
図1のフローとともに説明した栽培条件(温度、湿度、光照射等)はあくまで例示であり、本願方法はこれに限定されるものではない。また、
図1のフローの一部の工程は、他の工程と順序が入れ替えられてもよい。さらに、
図1のフローに記載されていない処理(例えば、殺菌後の放冷処理、暗培養後の菌掻き処理などが追加されてもよい。
【0032】
本発明によれば、発酵材を添加しなくても、ブドウ由来成分を含む培地を用いてキノコを栽培することができる。
【0033】
2.実施例
(1)培地の組成
本願の発明者らは、種々の条件で培地を調整し、キノコの栽培実験を行った。この実験の中で、本願の発明者らは、培地に添加する中和剤の濃度(アルカリ水溶液の濃度)が暗培養の期間に影響を与えることを見いだした。表1は、実験例1~8において添加した中和剤の濃度を示している。中和剤の濃度は重量体積パーセントで表される。中和剤としては重曹を用いた。キノコとしてはシメジ(ブナシメジ)を用いた。
【表1】
中和剤以外の培地の組成は以下のとおりである。各実験例における培地には、中和剤及び下記以外の成分は含まれていない。
a)米糠: 10体積%
b)小麦ふすま: 10体積%
c)ワイン絞りかす: 残
水分: 25重量%(a~cの合計に対し)
【0034】
図2は、実験例1~8における暗培養の期間を示す図である。この結果から、中和剤の濃度Cが、
0.5%(w/v)<C<5%(w/v) …(1)
の範囲において暗培養の期間が短くできることが分かる。特に、
1%(w/v)≦C<3%(w/v) …(2)
の範囲において暗培養の期間を著しく短縮できることが分かる。
【0035】
(2)栽培期間
次に本願の発明者らは、本願発明に係る栽培方法(以下「本願方法」という)及び従来技術に係る栽培方法(以下「従来方法」という)を用いてシメジ(ブナシメジ)及びエリンギを栽培し、栽培期間の比較を行った。この実験に用いた培地の組成は以下のとおりである。
a)米糠: 10体積%
b)小麦ふすま: 10体積%
c)木粉: 残
中和剤: 1.0重量%(cに対し)
水分: 15重量%(a~cの合計に対し)
本願方法においてc)木紛は100%ワイン搾りかすであり、従来方法においてc)木紛は100%ブナのおが粉である。
【0036】
表2は、この実験の結果を示す(n=10)。本願方法によれば、全培養期間(暗培養期間及び明培養期間の合計)を、従来方法の半分以下程度に短縮できることが分かった。
【表2】
【0037】
(3)含有成分
本願の発明者らは、本願方法により栽培したキノコにおける必須アミノ酸の含量を測定した(n=10)。アミノ酸の定量は、フェニルイソチオシアネートにより修飾したアミノ酸を高速液体クロマトグラフィー装置によって分離し、UV検出器によって行った。測定の対象とした必須アミノ酸は、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、トレオニン、トリプトファン、バリン、及びヒスチジンである。測定の対象とした準必須アミノ酸は、アルギニン及びシステインである。測定の対象とした非必須アミノ酸は、アラニン、アスパラギン酸+アスパラギン、グルタミン酸+グルタミン、グリシン、プロリン、及びセリンである。その他のアミノ酸としてオルニチンを測定した。
【0038】
表3は、必須アミノ酸の含有量の測定結果を示す。
【表3】
【0039】
表4は、準必須アミノ酸及びその他アミノ酸の含有量の測定結果を示す。
【表4】
【0040】
表5は、非必須アミノ酸の含有量の測定結果を示す。
【表5】
【0041】
表6は、アミノ酸総量及び必須アミノ酸総量をまとめたものである。
【表6】
【0042】
表6によれば、本願方法によって栽培したキノコにおける、アミノ酸総量に対する必須アミノ酸総量の割合は40重量%を超えており、従来方法よりも必須アミノ酸の含有率が高かった。より詳細には、シメジでは50重量%を超え(従来方法では38重量%)、エリンギでは45重量%を超えていた(従来方法では39重量%)。このように、本実施形態によれば、必須アミノ酸を多く含むキノコを得ることができる。