(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-02
(45)【発行日】2023-03-10
(54)【発明の名称】神経前駆細胞の選別方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20230303BHJP
C12Q 1/6806 20180101ALI20230303BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20230303BHJP
C12N 5/0797 20100101ALI20230303BHJP
【FI】
C12Q1/04 ZNA
C12Q1/6806
C12N15/113 Z
C12N5/0797
(21)【出願番号】P 2019535722
(86)(22)【出願日】2018-08-09
(86)【国際出願番号】 JP2018029999
(87)【国際公開番号】W WO2019031595
(87)【国際公開日】2019-02-14
【審査請求日】2021-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2017156213
(32)【優先日】2017-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点」「パーキンソン病、脳血管障害に対するiPS細胞由来神経細胞移植による機能再生治療法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】高橋 淳
(72)【発明者】
【氏名】森実 飛鳥
(72)【発明者】
【氏名】春原 匡
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 博英
(72)【発明者】
【氏名】パー カラム
(72)【発明者】
【氏名】余越 萌
【審査官】北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/141827(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/114354(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/171235(WO,A1)
【文献】特表2013-501502(JP,A)
【文献】特表2012-530054(JP,A)
【文献】Development,2008年,Vol.135, pp.3911-3921,<doi:10.1242/dev.025080>
【文献】Molecular Cell,2007年,Vol.27, pp.435-448,<DOI 10.1016/j.molcel.2007.07.015>
【文献】Neural Development,2009年,Vol.4, 40,<doi:10.1186/1749-8104-4-40>
【文献】STEM CELLS AND DEVELOPMENT,2011年,Vol.20, No.8, pp.1383-1394
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から分化誘導した神経前駆細胞の選別方法であって、下記(1)から(2)の工程:
(1)神経前駆細胞で発現しているmiRNAによって認識される配列に、マーカータンパク質をコードする配列を機能的に連結したmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを細胞に導入する工程、及び
(2)該マーカータンパク質の発現が抑制された細胞を選別する工程
を含
み、
前記神経前駆細胞はドーパミン神経前駆細胞であり、
前記miRNAはmiR-124-3p、miR-9-5p、miR-218-5p、miR-20a-5p、miR-7-5p、miR-135a-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-26a-5p、miR-106a-5p、miR-320e、miR-374a-5p、let-7b-5p、let-7f-5p、miR-508-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAである、方法。
【請求項2】
前記miRNAがmiR-124-3pを含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
多能性幹細胞から分化誘導した神経前駆細胞の選別方法であって、下記(1)から(2)の工程:
(1)神経前駆細胞で発現しているmiRNAによって認識される配列に、マーカータンパク質をコードする配列を機能的に連結したmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを細胞に導入する工程、及び
(2)該マーカータンパク質の発現が抑制された細胞を選別する工程
を含み、
前記神経前駆細胞は大脳皮質神経前駆細胞であり、
前記miRNA
はmiR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-330-3p、let-7b-5p、let-7d-5p、let-7f-5p、miR-135b-3p、miR-508-5p、miR-654-5p、miR-758-5p、miR-491-5p、miR-5001-5
pからなる群より選択される1種以上のmiRNAである
、方法。
【請求項4】
前記miRNAがmiR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAを含む、請求項1~
3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記miRNAがmiR-9-5pを含む、請求項1~
4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記mRNAが、5'から3'の方向に、
(a)前記miRNAによって認識される1つ以上の配列、
(b)マーカータンパク質をコードする配列、及び
(c)該miRNAによって認識される1つ以上の配列を含む、請求項1~
5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記(a)及び/又は(c)が、同一のmiRNAによって認識される2~6つの配列がタンデムに連結されたものである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記(a)及び/又は(c)が、同一のmiRNAによって認識される4つの配列がタンデムに連結されたものである、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記(a)及び(c)が、それぞれ同一のmiRNAによって認識される、1つの配列及び4つの配列がタンデムに連結されたものである、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記マーカータンパク質が、蛍光タンパク質又はアポトーシス誘導タンパク質である、請求項1~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記アポトーシス誘導タンパク質がBimである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記マーカータンパク質とは異なるマーカータンパク質をコードする核酸をさらに細胞に導入する工程を含む、請求項1~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記異なるマーカータンパク質が蛍光タンパク質又は薬剤耐性タンパク質である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記多能性幹細胞がヒト由来である、請求項
1~13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
前記神経前駆細胞を分化誘導開始から22~29日目に選別する、請求項1
4に記載の方法。
【請求項16】
多能性幹細胞からの神経前駆細胞の製造方法であって、下記(1)から(3)の工程:
(1)多能性幹細胞から神経前駆細胞を分化誘導する工程、
(2)(1)の工程で得られた細胞へ、神経前駆細胞で発現しているmiRNAによって認識される配列に、マーカータンパク質をコードする配列を機能的に連結したmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを導入する工程、及び
(3)前記マーカータンパク質の発現が抑制された細胞を選別する工程
を含
み、
前記神経前駆細胞はドーパミン神経前駆細胞であり、
前記miRNAはmiR-124-3p、miR-9-5p、miR-218-5p、miR-20a-5p、miR-7-5p、miR-135a-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-26a-5p、miR-106a-5p、miR-320e、miR-374a-5p、let-7b-5p、let-7f-5p、miR-508-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAである、方法。
【請求項17】
前記マーカータンパク質とは異なるマーカータンパク質をコードする核酸をさらに細胞に導入する工程を含む、請求項
16に記載の方法。
【請求項18】
前記神経前駆細胞を分化誘導開始から22~29日目に選別する、請求項16又は17に記載の方法。
【請求項19】
miR-124-3p、miR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択されるmiRNAによって認識される配列及びマーカータンパク質をコードする配列を含むmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを含有
し、前記mRNAが、5'から3'の方向に、(a)前記miRNAによって認識される1つの配列、(b)マーカータンパク質をコードする配列、及び(c)該miRNAによって認識される4つの配列がタンデムに連結されたものを含む、神経前駆細胞を選別するためのキット。
【請求項20】
さらに前記マーカータンパク質とは異なるマーカータンパク質をコードする配列を含む核酸を含有してなる、請求項1
9に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロRNA(以下「miRNA」と略記する)によって認識される配列を有するmRNAを用いて神経前駆細胞を選別する方法、及びその選別方法を用いた神経前駆細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は神経系における情報処理と情報伝達を行う細胞であり、その役割に応じてさまざまな形や種類がある。神経細胞の1種であるドーパミン神経細胞は、神経伝達物質としてドーパミンを合成し、放出する神経細胞であり、脳内では主に中脳に存在し、一部は視床下部に存在する。中脳に存在するドーパミン神経細胞は、運動や情動の制御において重要な役割を果たしており、これらが変性・脱落すると、例えばパーキンソン病等の重篤な神経変性疾患が引き起こされ得る。また、別の神経細胞である大脳皮質神経細胞は、神経細胞体、神経線維、神経膠細胞及び血管などによって形成される大脳皮質において、規則正しい層構造をなして整列している。大脳皮質の役割は部位によって高度に分化しており、運動、体性感覚、視覚、聴覚及び言語等の多岐に渡ることが知られている。大脳皮質神経細胞が変性・脱落すると、例えばアルツハイマー病等の重篤な神経変性疾患が引き起こされ得る。パーキンソン病やアルツハイマー病等の神経変性疾患を治療するために、ドーパミン神経(前駆)細胞や大脳皮質神経(前駆)細胞などの神経(前駆)細胞を対象に移植する細胞移植療法が注目されている。
【0003】
このような神経細胞(神経前駆細胞を含む)を得る方法として、例えば、ドーパミン神経細胞の場合には、人工多能性幹細胞等の幹細胞をドーパミン神経前駆細胞である底板細胞(floor plate cell)に分化させた後、さらにドーパミン神経細胞へと分化誘導する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。また、大脳皮質神経細胞の場合には、例えば、無血清凝集浮遊培養(SFEBq)法により、多能性幹細胞から大脳皮質神経細胞へ分化させる方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【0004】
しかしながら、このように作製した神経細胞を移植した際に、様々な問題が生じることが報告されている。高い増殖能を有するドーパミン神経前駆細胞を移植したときに、腫瘍を形成し得ることが報告されており(非特許文献2)、中脳に分化した細胞を臨床に用いた際、セロトニン産生神経細胞が混入することによって、移植片が運動障害を引き起こした可能性も示唆されている(非特許文献3)。これらの移植による副作用を抑えるためには、ドナー細胞集団における所望の細胞の純度を高めることが重要であり、神経細胞を純化する方法の開発が進められている。このような方法として、例えば、底板細胞やドーパミン神経細胞の細胞表面抗原として知られるCorinやNCAM/CD29を指標として、ドーパミン神経前駆細胞を選別する方法が報告されている(非特許文献4、5)。また、大脳皮質神経前駆細胞の場合には、マウス胎仔の脳組織からNeuropilin-1の発現を指標として、大脳皮質神経前駆細胞の特徴の一つである軸索の伸長を特徴とする細胞を選別する方法が報告されている(非特許文献6)。しかしながら、これらの方法は細胞表面抗原を抗体により標識し、セルソーターを用いて選別しており、かかる方法以外に神経前駆細胞を選別する実用的な方法は知られていない。
【0005】
ここで、本発明者らは以前、細胞培養株や骨格筋前駆細胞などで特異的に発現するmiRNAを指標とすることで、該細胞を純化できること、このような方法は、特に細胞表面抗原が知られておらず、抗体を用いた選別ができない細胞を純化する方法として有用であることを報告している(特許文献2、3、非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-5465号公報
【文献】国際公開第2015/105172号公報
【文献】国際公開第2016/114354号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Kriks et al., Nature 480; 547-553 (2011)
【文献】Doi D et al., Stem Cells 30(5); 935-945 (2012)
【文献】Politis M et al., Sci Transl Med 2(38); 38ra46 (2010)
【文献】Doi D et al., Stem Cell Reports 2; 337-350 (2014)
【文献】Maria S et al., Stem Cells 31(8); 1548-1562 (2013)
【文献】Sano N et al., Front Cell Neurosci 11; 123 (2017)
【文献】Miki K et al., Cell Stem Cell 16(6): p699-711 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、前述したCorinなどの表面抗原に対する抗体とセルソーターを用いて神経前駆細胞を選別する方法では、細胞の選別効率は十分とはいえず、スケールアップが困難であるという課題があると考えた。さらに、前述の方法では細胞の選別に抗体を用いることから、臨床的な利用を考えた場合に、残存抗体のコンタミネーションのリスクがあり、また手間や時間がかかるとの課題があると考えた。従って、本発明の目的は、前記課題を解決できる新規な神経前駆細胞の選別方法、特に抗体を用いることなく選別できる方法及び該方法を用いた神経前駆細胞を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、神経前駆細胞を選別する新規な手法の開発を試みた。本発明者らは、神経前駆細胞の選別における現実的な手法である、細胞表面抗原とそれを認識する抗体を用いた選別方法に関して、公知の細胞表面抗原を組み合わせたり、新規な抗原を同定することにより、前記選別方法を改良するという一般的なアプローチから発想を大きく転換し、表面抗原を指標としない全く異なるアプローチを用いることでも、神経前駆細胞を選別できるのではないかとの着想を得た。そのようなアプローチの1つとして、本発明者らが以前報告した骨格筋前駆細胞の選別で用いたのと同様に、miRNAを指標とし、敢えて細胞表面抗原が既知の神経前駆細胞の選別にも適用することを考えた。
【0010】
本発明者らは上記の着想に基づき、まず神経前駆細胞で発現しているmiRNAのスクリーニングを行った。そして、スクリーニングにより見出されたmiRNA及び神経前駆細胞で発現が知られているmiRNAに着目し、細胞表面抗原ではなくmiRNAを指標とすることで、ドーパミン神経前駆細胞や大脳皮質神経前駆細胞を含む神経前駆細胞を選別することができること、しかも意外なことに、このようにして選別した細胞は、多能性幹細胞の誘導開始から神経前駆細胞の選別までを同じ日数とした場合に、従来の表面抗原を指標にして神経前駆細胞を選別した方法よりも効率よく選別できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1]神経前駆細胞の選別方法であって、下記(1)から(2)の工程:
(1)神経前駆細胞で発現しているmiRNAによって認識される配列に、マーカータンパク質をコードする配列を機能的に連結したmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを細胞に導入する工程、及び
(2)該マーカータンパク質の発現が抑制された細胞を選別する工程
を含む方法。
[2]前記神経前駆細胞がドーパミン神経前駆細胞である、[1]に記載の方法。
[3]前記神経前駆細胞が大脳皮質神経前駆細胞である、[1]に記載の方法。
[4]前記miRNAがmiR-9-5p、miR-218-5p、miR-20a-5p、miR-124-3p、miR-7-5p、miR-135a-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-26a-5p、miR-106a-5p、miR-320e、miR-374a-5p、let-7b-5p、let-7f-5p、miR-508-5p、miR-20b-5p、miR-30c-5p、miR-30d-5p、miR-30e-5p、miR-135b-3p、miR-17-5p、miR-330-3p、let-7d-5p、miR-93-5p、miR-106b-5p、miR-335-5p、miR-98-5p、miR-92b-3p、miR-320c、miR-374b-5p、miR-320d、miR-4532、miR-584-3p、miR-219-5p、miR-21-5p、miR-92a-3p、miR-449a、miR-18a-5p、miR-1908-3p、miR-210-5p、miR-34b-5p、miR-34c-3p、miR-654-5p、miR-660-5p、miR-675-5p、miR-744-3p、miR-942-5p、miR-96-3p、miR-30a-5p、miR-491-5p及びmiR-5001-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAである、[2]に記載の方法。
[5]前記miRNAがmiR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-330-3p、let-7b-5p、let-7d-5p、let-7f-5p、miR-135b-3p、miR-508-5p、miR-654-5p、miR-758-5p、miR-491-5p、miR-5001-5p、miR-191-5p、miR-20a-5p、miR-342-3p、miR-99b-5p、miR-423-3p、miR-324-3p、miR-22-3p、miR-378a-3p、miR-296-5p、miR-99a-5p、miR-500a-3p、miR-345-5p、miR-335-5p、miR-134、miR-212-3p、miR-154-5p、miR-150-5p、miR-148a-3p、miR-382-5p、miR-486-5p、miR-370、miR-373-3p、miR-512-5p、miR-516b-5p、miR-518b、miR-518c-5p、miR-519d、miR-523-3p、miR-526a、miR-98-5p、miR-140-3p、miR-378b、miR-128、miR-3180-3p、miR-1260a、miR-503-5p、miR-34c-5p、miR-3180、miR-21-3p、miR-4286、miR-4454、miR-138-5p、miR-1307-3p、miR-652-3p、miR-502-3p、miR-92b-5p、miR-501-3p、miR-1285-3p、miR-126-3p、miR-877-5p、miR-9-3p、miR-129-1-3p、miR-760、miR-365a-5p、miR-374a-5p、miR-4532、miR-20b-3p、miR-363-5p、miR-339-3p、miR-513a-3p、miR-532-3p、miR-3180-5p、miR-4324、miR-1234-5p、miR-329、miR-362-3p、miR-671-5p、miR-24-2-5p、miR-27a-5p、miR-411-5p、miR-197-5p、miR-222-5p、miR-584-3p、miR-326、miR-133a、miR-17-5p、miR-92a-3p、miR-16-5p、miR-339-5p、miR-331-3p、miR-203a、miR-298、miR-134-3p、miR-135a-3p、miR-138-1-3p、miR-144-5p、miR-154-3p、miR-15a-5p、miR-15b-3p、miR-15b-5p、miR-16-1-3p、miR-181a-3p、miR-1910-3p、miR-1910-5p、miR-192-3p、miR-194-3p、miR-194-5p、miR-196a-3p、miR-210-5p、miR-34c-3p、miR-450b-3p、miR-4536-3p、miR-4707-5p、miR-490-3p、miR-494-3p、miR-510-3p、miR-5196-3p、miR-542-5p、miR-574-3p、miR-589-3p、miR-642a-3p、miR-6503-5p、miR-654-3p、miR-660-5p、miR-675-5p、miR-766-3p、miR-874-5p、miR-942-5p及びmiR-96-3pからなる群より選択される1種以上のmiRNAである、[3]に記載の方法。
[6]前記miRNAがmiR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記miRNAがmiR-9-5pを含む、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記mRNAが、5’から3'の方向に、前記miRNAによって認識される1つ以上の配列、マーカータンパク質をコードする配列、及び該miRNAによって認識される1つ以上の配列を含む、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]前記mRNAが、5’から3'の方向に、前記miRNAによって認識される1つの配列、マーカータンパク質をコードする配列、及び該miRNAによって認識される1つ以上の配列を含む、[8]に記載の方法。
[10]前記mRNAが、5’から3'の方向に、miRNAによって認識される1つの配列、マーカータンパク質をコードする配列、及び該miRNAによって認識される同一の4つの配列を含む、[9]に記載の方法。
[11]前記マーカータンパク質が、蛍光タンパク質又はアポトーシス誘導タンパク質である、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]前記アポトーシス誘導タンパク質がBimである、[11]に記載の方法。
[13]前記マーカータンパク質とは異なるマーカータンパク質をコードする核酸をさらに細胞に導入する工程を含む、[1]から[12]のいずれかに記載の方法。
[14]前記異なるマーカータンパク質が蛍光タンパク質又は薬剤耐性タンパク質である、[13]に記載の方法。
[15]前記神経前駆細胞が多能性幹細胞から分化誘導した細胞である、[1]~[14]のいずれかに記載の方法。
[16]前記多能性幹細胞がヒト由来である、[15]に記載の方法。
[17]前記神経前駆細胞を分化誘導開始から22~29日目に選別する、[15]又は[16]に記載の方法。
[18]多能性幹細胞からの神経前駆細胞の製造方法であって、下記(1)から(3)の工程:
(1)多能性幹細胞から神経前駆細胞を分化誘導する工程、
(2)(1)の工程で得られた細胞へ、神経前駆細胞で発現しているmiRNAによって認識される配列に、マーカータンパク質をコードする配列を機能的に連結したmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを導入する工程、及び
(3)前記マーカータンパク質の発現が抑制された細胞を選別する工程
を含む、神経前駆細胞の製造方法。
[19]前記マーカータンパク質とは異なるマーカータンパク質をコードする核酸をさらに細胞に導入する工程を含む、[18]に記載の方法。
[20]miR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択されるmiRNAによって認識される配列及びマーカータンパク質をコードする配列を含むmRNA、又は該mRNAをコードするDNAを含有してなる、神経前駆細胞を選別するためのキット。
[21]前記mRNAが、5'から3'の方向に、前記miRNAによって認識される1つ以上の配列、マーカータンパク質をコードする配列、及び該miRNAによって認識される1つ以上の配列を含む、[20]に記載のキット。
[22]前記mRNAが、5'から3'の方向に、前記miRNAによって認識される1つの配列、マーカータンパク質をコードする配列、及び該miRNAによって認識される1つ以上の配配列を含む、[21]に記載のキット。
[23]前記mRNAが、5'から3'の方向に、前記miRNAによって認識される1つの配列、マーカータンパク質をコードする配列、及び該miRNAによって認識される同一の4つの配列を含む、[22]に記載のキット。
[24]さらに前記マーカータンパク質とは異なるマーカータンパク質をコードする配列を含む核酸を含有してなる、[20]から[23]のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、パーキンソン病等の治療に用いる細胞移植のドナー細胞、疾患解明のツール及び/又は薬剤開発のツールとして用いることができる、神経前駆細胞をmiRNAを用いて選別することが可能となる。特に、本発明は操作性に優れており、従来の神経前駆細胞の選別方法と比べ、要する手間や時間、及び回収効率が大幅に改善することが可能となる。また、本発明の方法で作製された神経前駆細胞は、選別に抗体を使用していないので残存抗体のコンタミネーションのリスクもなく、スケールアップも容易である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1aは、iPS細胞から中脳ドーパミン神経前駆細胞、及び前脳神経細胞への誘導の流れを示す模式図である。一次培養を行った後、12~14日目に継代を行い、二次培養を行った。トランスフェクションは、21又は28日目に実施した。
図1bは、iPS細胞から分化誘導した神経前駆細胞を用いて、miRNAスイッチを導入し、FACS等で選別する流れを示す。この図は21日目にトランスフェクションを行うことを表わすが、14又は28日目にトランスフェクションを行う場合もある。
【
図2】
図2aは、5'UTR、3'UTR及びORF作製の流れを示す。
図2bは、全長DNA融合PCRの流れを示す。
図2cは、miR応答性mRNAの鋳型作製の流れを示す。
図2dは、タンデムmiRNAの鋳型作製の流れを示す。
【
図3】
図3は、iPS細胞から分化誘導開始後14、21及び28日目にmiRNAスイッチを導入し、翌日FACS解析した際のドットプロット図である。miRNAスイッチ(miR-218-5p及びmiR-9-5p)を用い、各日の左図はコントロールを重ねていない図、右図はコントロールを重ねた図である。縦軸はBFP、横軸はEGFP蛍光量を示す。コントロールには、miRNAの標的配列を有さないBFP及びEGFPのmRNAを導入した細胞を用いた。
【
図4】
図4は、中脳及び前脳に分化誘導した各細胞(1231a3及びKh1)におけるmiRNA(miR-9-5p(a)及びmiR-218-5p(b))の発現量を、分化誘導開始0日目から35日目まで経時的に調べた図である。縦軸の数値は、RNU6Bの発現量を基準として標準化した。
【
図5】
図5は、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞にmiR-218-5pスイッチ(白棒)又はmiR-9-5pスイッチ(灰色棒)を導入し、翌日FACS選別した細胞における、各マーカー遺伝子の発現変化率を調べた図である。発現変化率は、各miRNA陰性細胞に対する、各miRNA陽性細胞の各遺伝子の平均発現量の割合を常用対数として表わす(n=4)。エラーバーは標準偏差を示す。
【
図6】
図6は、iPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞をmiR-9-5pスイッチを用いてFACS選別した細胞における、各マーカー遺伝子の発現変化率を調べた図である。分化誘導開始から21日目(n=3)及び28日目(n=1)にmiRNAスイッチを導入し、翌日FACS選別した。発現変化率は、miR-9-5p陰性細胞に対する、miR-9-5p陽性細胞の各遺伝子の平均発現量の割合を常用対数として表わす。エラーバーは標準偏差を示す。
【
図7】
図7は、iPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞をmiR-218-5pスイッチを用いてFACS選別した細胞における、各マーカー遺伝子の発現変化率を調べた図である。分化誘導開始から21日目(n=4)及び28日目(n=4)にmiRNAスイッチを導入し、翌日FACS選別した。発現変化率は、miR-218-5p陰性細胞に対する、miR-218-5p陽性細胞の各遺伝子の平均発現量の割合を常用対数として表わす。エラーバーは標準偏差を示す。
【
図8】
図8は、iPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞を、抗CORIN抗体を用いてFACS選別した細胞における各マーカー遺伝子の発現変化率を調べた図である。分化誘導開始から21日目(n=4)及び28日目(n=1)に解析を行った。発現変化率は、CORIN陰性細胞に対する、CORIN陽性細胞の各遺伝子の平均発現量の割合を常用対数として表わす。エラーバーは標準偏差を示す。
【
図9】
図9は、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞にmiR-9-5pスイッチを導入し、翌日FACS選別した後に、さらに96 well低接着プレート上で8日間培養を続け細胞集塊としたサンプルを、各マーカータンパク質に特異的に結合する抗体を用いて免疫染色を行った図である。未選別、miR-9-5p陽性及びmiR-9-5p陰性の細胞で比較を行った。
【
図10】
図10は、iPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞をタンデムmiR-9-5pスイッチと通常のmiR-9-5pスイッチを用いて比較解析した結果を示す。縦軸はBFPの蛍光量、横軸はEGFPの蛍光量を示す。上段ドットプロット図はコントロール(Ctrl:赤)とそれぞれのスイッチの反応(青)のマージ像を示す。Ctrlには、miRNAの標的配列を有さないBFP及びEGFPのmRNAを導入した細胞を用いた。下段はそれぞれのスイッチを反応させた解析のコンタープロットを示す。
【
図11】
図11は、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞に、オリジナルのmiR-9-5pスイッチ(左図)及びタンデムmiR-9-5pスイッチを導入し、翌日FACS選別した際のドットプロット図である。縦軸はBFPの蛍光量、横軸はEGFPの蛍光量を示す。
【
図12】
図12aは、多能性幹細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞(1231A3株(ヒトiPS細胞株)、Kh1株(ヒトES細胞株))の分化誘導開始後27日目及び20日目の細胞を用いた場合の、ピューロマイシンの各濃度(0,1,5,10,15μg/ml)での細胞の生存率を示す図である。比較対照として、Tritonを1%添加した時の細胞の生存率も示す。Blankはプレートのみの蛍光、ControlはCyQuant kitで処理していない細胞の自家蛍光、エラーバーは標準偏差を示す。
図12bは、iPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞(1231A3株、Kh1株)の分化誘導開始後27日目及び20日目の細胞を用いた場合の、ピューロマイシン耐性遺伝子を導入(0, 50, 75, 100ng/ml)した際の細胞の生存率を示す図である。培地にはピューロマイシンを10μg/ml添加した。比較対照として、ピューロマイシンを添加しなかった場合の各細胞の生存率を示す。また、Blankはプレートのみの蛍光を示す。エラーバーは標準偏差を示す。
図12cは、iPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞(1231A3株、Kh1株)の分化誘導開始後27日目及び20日目の細胞を用いた場合の、トランスフェクションしなかったもの、ピューロマイシン耐性遺伝子を導入し(100ng/ml)、更にBimスイッチRNAを導入(0, 50, 75, 100ng/ml)した際の細胞の生存率を示す図である。培地にはピューロマイシンを10μg/ml添加した。比較対照として、トランスフェクションしなかった各細胞のピューロマイシン無添加培地での生存率(選別なし)を示す。エラーバーは標準偏差を示す。
【
図13】
図13a上図は、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞にBimスイッチを導入し、ピューロマイシンで選別しなかった集団(左図)、及びピューロマイシンで選別した集団(右図)の写真である。
図13a下図は、前記細胞をさらに96 well低接着プレート上で7日間培養を続けて形成させた細胞集塊の写真である。スケールバーは、上下図ともに100μmである。
図13bは、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞にBFP-miRNAスイッチ又はBimスイッチを導入し、それぞれFACS又はBimスイッチ選別した場合の、細胞の回収効率を示す。縦軸はトランスフェクション前の細胞数に対する、各手法で選別された陽性細胞の数の割合を示す。エラーバーは標準偏差を示す。
【
図14】
図14は、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞にBimスイッチ及びピューロマイシン耐性mRNAを導入し、ピューロマイシン添加培地で一晩培養し、生き残った細胞を96 well低接着プレート上で7日間培養を続けて形成させた細胞集塊における、各マーカー遺伝子の発現変化率を調べた図である。発現変化率は、未選別細胞に対する、Bimスイッチで選別した細胞の各遺伝子の平均発現量の割合を常用対数として表わす(n=3)。
【
図15】
図15は、iPS細胞から21日間分化誘導したドーパミン神経前駆細胞をBimスイッチで選別後に、96 well低接着プレート上で7日間培養を続けて細胞集塊を形成させ、再びAccumaxで単一細胞に解離し、8 well chamber slide(iMatrix coat)に播種し7日後(分化誘導35日)に4%PFAで固定し、各マーカータンパク質に特異的に結合する抗体を用いて免疫染色を行った図である。未選別細胞及びBimスイッチで選別した細胞で比較を行った。
【
図16-1】
図16aは、マウスES細胞から分化誘導した神経前駆細胞を分化誘導開始から14日目にmiR-9-5pスイッチを導入し、翌日FACS選別した際のドットプロット図である。
図16bは、
図16aでFACS選別した細胞における、各大脳皮質神経細胞マーカー遺伝子の発現率を調べた図である。縦軸は、未選別細胞に対する、miR-9-5p陰性又はmiR-9-5p陽性の細胞における、各マーカー遺伝子の発現量の変化率で示す。
【
図16-2】
図16cは、
図16aでFACS選別した細胞における、Notchシグナル伝達系遺伝子の発現率を調べた図である。縦軸は、未選別細胞に対する、miR-9-5p陰性又はmiR-9-5p陽性の細胞における、各マーカー遺伝子の発現量の変化率で示す。
図16dは、
図16aでFACS選別した細胞における初期中胚葉及び神経堤マーカー遺伝子の発現率を調べた図である。縦軸は、未選別細胞に対する、miR-9-5p陰性又はmiR-9-5p陽性の細胞における、各マーカー遺伝子の発現量の変化率で示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.神経前駆細胞の選別方法
本発明は、(1)神経前駆細胞で発現しているmiRNAに対する応答性を有するmRNA(以下「miRNA応答性mRNA」と略記する場合がある)、又は該mRNAをコードするDNA(以下ではこれらのmRNAとDNAをまとめて「miRNA応答性核酸」と略記する場合がある)を細胞に導入する工程、及び(2)該核酸にコードされるマーカータンパク質の発現抑制を指標として、神経前駆細胞を選別する工程を含む、神経前駆細胞の選別方法(以下「本発明の選別方法」と略記する場合がある)を提供する。
【0015】
<神経前駆細胞>
本明細書において、「神経前駆細胞」とは、成熟した神経細胞への分化能を有する未分化細胞を意味し、該細胞を含む細胞集団も「神経前駆細胞」に包含される。本発明において使用される神経前駆細胞としては、ドーパミン神経前駆細胞、大脳皮質神経前駆細胞、GABA作動性神経前駆細胞、運動神経前駆細胞などが挙げられる。
【0016】
神経前駆細胞の由来となる動物は特に制限されないが、例えば、哺乳動物(例、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、イヌ、サル、オランウータン、チンパンジー、ヒト等)が挙げられるが、本発明の目的に照らせば、好ましくはヒトである。
【0017】
ドーパミン神経前駆細胞としては、例えば、中脳ドーパミン神経への分化能を有する底板細胞、中間体フィラメントタンパク質Nestin等の発現マーカーにより特徴付けられる神経外胚葉の細胞などが挙げられるが、好ましくは底板細胞である。本明細書において、「底板細胞」(floor plate cell)とは、脊髄から間脳にかけて、神経管の腹側正中に位置する形態的に特殊化したオーガナイザー細胞を意味する。底板細胞はFOXA2(forkhead box A2)、LMX1A(LIM homeobox transcription factor 1 alpha)、En1(Engrailed homeobox 1)、Nurr1(Nuclear Receptor-related 1)、OTX2(orthodenticle homeobox 2)及びCorinなどの特定の細胞マーカーの発現により特徴付けることができるが、インビトロでは必ずしもこれらの全てのマーカーが陽性であることを意味しない。また、「ドーパミン神経細胞」は、ドーパミン(dopamine;3,4-ジヒドロキシフェニルエチルアミン)を産生する能力を有する神経細胞を意味し、ドーパミン神経細胞は常にドーパミンを産生している必要はなく、ドーパミン産生能力を有していればよい。成熟した中脳ドーパミン神経細胞は、インビトロでは、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)、FOXA2及びNurr1などの特定の細胞マーカーの発現により特徴付けることができるが、必ずしもこれらの全てのマーカーが陽性であることを意味しない。
【0018】
大脳皮質は前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉の表層に在し、神経細胞を多く含む。大脳皮質の役割は部位によって高度に分化しており、運動、体性感覚、視覚、聴覚及び言語等の多岐に渡る。本明細書において、「大脳皮質神経前駆細胞」とは、多岐に渡る機能を有する大脳皮質神経細胞のいずれかに分化することのできる細胞をいう。大脳皮質神経前駆細胞はPax6、Ctip2、Emx1及びFezfなどの特定の細胞マーカーの発現により特徴付けることができるが、インビトロでは必ずしもこれらの全てのマーカーが陽性であることを意味しない。
【0019】
本発明の選別方法のmiRNA応答性核酸を導入する工程において、miRNA応答性核酸が導入され、選別の対象となる神経前駆細胞は、神経前駆細胞を含有しうる任意の細胞集団であってよい。また、本発明において使用される神経前駆細胞の由来は特に限定されず、多能性幹細胞から分化誘導させた神経前駆細胞であってもよく、生体内から取り出した細胞であってもよいが、好ましくは多能性幹細胞から分化誘導させた細胞である。従って、神経前駆細胞を含有するか否かが不明な細胞集団にmiRNA応答性核酸を導入する態様も本発明に包含される。また、本発明において使用される神経前駆細胞は、神経前駆細胞以外の分化した細胞や該細胞の前駆細胞などが混在した細胞集団の形態であってもよいが、好ましくは、神経細胞系列のみへの分化能を有する細胞種からなる細胞集団である。
【0020】
<miRNA応答性mRNA>
本明細書において、「miRNA応答性mRNA」(「miRNAスイッチ」と称することがある)とは、神経前駆細胞で発現している(好ましくは特異的に発現している)miRNAによって認識される配列(「miRNA標的配列」と称することがある)、及びマーカータンパク質をコードする配列を含み、当該マーカータンパク質の発現(翻訳)が、miRNA標的配列に制御されるよう機能的に連結されているmRNAを意味する。
【0021】
本明細書において、miRNA標的配列に制御されるとは、神経前駆細胞で発現しているmiRNAの活性化量(即ち、成熟し、かつ標的配列の認識能を有するmiRNAの存在量)に相関して、miRNA応答性mRNAが翻訳の阻害又は分解等を受けて、マーカータンパク質の発現量が抑制されることを意味する。
【0022】
本発明における「miRNA」とは、mRNAからタンパク質への翻訳の阻害やmRNAの分解を通して、遺伝子の発現調節に関与する、細胞内に存在する短鎖(通常20-25塩基)のノンコーディングRNAを意味する。このmiRNAは、DNAからmiRNAとその相補鎖を含むヘアピンループ構造を取ることが可能な一本鎖のpri-miRNAとして転写され、核内にあるDroshaと呼ばれる酵素により一部が切断されpre-miRNAとなって核外に輸送された後、さらにDicerによって切断されて作用・機能する。
【0023】
本明細書において使用される前記「神経前駆細胞で発現しているmiRNA」は、選別の対象の神経前駆細胞において、該神経前駆細胞以外の細胞と比較してより高く発現しているmiRNAであれば特に限定されない。例えば、神経前駆細胞としてドーパミン神経前駆細胞又は大脳皮質神経前駆細胞を選別する場合には、それぞれドーパミン神経前駆細胞又は大脳皮質神経前駆細胞以外の細胞と比較して、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上あるいはそれ以上の割合で高く発現しているmiRNAが挙げられる。このようなmiRNAは、データベースの情報(例えば、http://www.mirbase.org/又はhttp://www.microrna.org/)に登録されたmiRNA、当該データベースに記載されている文献情報に記載されたmiRNAより適宜選択してもよく、マイクロアレイ解析などを用いて新たに同定してもよい。
【0024】
ドーパミン神経前駆細胞を選別する場合の指標とするmiRNAとしては、miR-9-5p(ヒトの場合、配列番号731で表される)、miR-218-5p、miR-20a-5p、miR-124-3p、miR-7-5p、miR-135a-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-26a-5p、miR-106a-5p、miR-320e、miR-374a-5p、let-7b-5p、let-7f-5p、miR-508-5p、miR-20b-5p、miR-30c-5p、miR-30d-5p、miR-30e-5p、miR-135b-3p、miR-17-5p、miR-330-3p、let-7d-5p、miR-93-5p、miR-106b-5p、miR-335-5p、miR-98-5p、miR-92b-3p、miR-320c、miR-374b-5p、miR-320d、miR-4532、miR-584-3p、miR-219-5p、miR-21-5p、miR-92a-3p、miR-449a、miR-18a-5p、miR-1908-3p、miR-210-5p、miR-34b-5p、miR-34c-3p、miR-654-5p、miR-660-5p、miR-675-5p、miR-744-3p、miR-942-5p、miR-96-3p、miR-30a-5p、miR-491-5p及びmiR-5001-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAが好ましく、中でも、miR-9-5p、miR-218-5p、miR-20a-5p、miR-124-3p、miR-7-5p、miR-135a-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-26a-5p、miR-106a-5p、miR-320e、miR-374a-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAがより好ましい。
【0025】
大脳皮質神経前駆細胞を選別する場合の指標とするmiRNAとしては、miR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-330-3p、let-7b-5p、let-7d-5p、let-7f-5p、miR-135b-3p、miR-508-5p、miR-654-5p、miR-758-5p、miR-491-5p、miR-5001-5p、miR-191-5p、miR-20a-5p、miR-342-3p、miR-99b-5p、miR-423-3p、miR-324-3p、miR-22-3p、miR-378a-3p、miR-296-5p、miR-99a-5p、miR-500a-3p、miR-345-5p、miR-335-5p、miR-134、miR-212-3p、miR-154-5p、miR-150-5p、miR-148a-3p、miR-382-5p、miR-486-5p、miR-370、miR-373-3p、miR-512-5p、miR-516b-5p、miR-518b、miR-518c-5p、miR-519d、miR-523-3p、miR-526a、miR-98-5p、miR-140-3p、miR-378b、miR-128、miR-3180-3p、miR-1260a、miR-503-5p、miR-34c-5p、miR-3180、miR-21-3p、miR-4286、miR-4454、miR-138-5p、miR-1307-3p、miR-652-3p、miR-502-3p、miR-92b-5p、miR-501-3p、miR-1285-3p、miR-126-3p、miR-877-5p、miR-9-3p、miR-129-1-3p、miR-760、miR-365a-5p、miR-374a-5p、miR-4532、miR-20b-3p、miR-363-5p、miR-339-3p、miR-513a-3p、miR-532-3p、miR-3180-5p、miR-4324、miR-1234-5p、miR-329、miR-362-3p、miR-671-5p、miR-24-2-5p、miR-27a-5p、miR-411-5p、miR-197-5p、miR-222-5p、miR-584-3p、miR-326、miR-133a、miR-17-5p、miR-92a-3p、miR-16-5p、miR-339-5p、miR-331-3p、miR-203a、miR-298、miR-134-3p、miR-135a-3p、miR-138-1-3p、miR-144-5p、miR-154-3p、miR-15a-5p、miR-15b-3p、miR-15b-5p、miR-16-1-3p、miR-181a-3p、miR-1910-3p、miR-1910-5p、miR-192-3p、miR-194-3p、miR-194-5p、miR-196a-3p、miR-210-5p、miR-34c-3p、miR-450b-3p、miR-4536-3p、miR-4707-5p、miR-490-3p、miR-494-3p、miR-510-3p、miR-5196-3p、miR-542-5p、miR-574-3p、miR-589-3p、miR-642a-3p、miR-6503-5p、miR-654-3p、miR-660-5p、miR-675-5p、miR-766-3p、miR-874-5p、miR-942-5p及びmiR-96-3pからなる群より選択される1種以上のmiRNAが好ましく、中でも、miR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、miR-330-3p、let-7b-5p、let-7d-5p、let-7f-5p、miR-135b-3p、miR-508-5p、miR-654-5p、miR-758-5p、miR-491-5p及びmiR-5001-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAがより好ましい。
【0026】
あるいは、神経前駆細胞を選別する場合の指標とするmiRNAとして、miR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択される1種以上のmiRNAもまた好ましく、特にmiR-9-5pがより好ましい。
【0027】
また、神経前駆細胞を選別するための、前記で列記したmiRNAからなる群より選択される1種以上のmiRNAによって認識される配列を含むmiRNA応答性mRNA又は該mRNAをコードするDNA(例:下述のベクター)が提供される。中でも、前記miRNAは、miR-9-5p、let-7a-5p、let-7g-5p、let-7i-5p、let-7b-5p、let-7f-5p及びmiR-508-5pからなる群より選択されるものであることが好ましい。具体的なmiRNA応答性mRNAとしては、例えば、配列番号1~642のいずれかで表される配列と、マーカータンパク質(例えば、tagBFP(配列番号747))をコードする配列と、3’UTRの配列(例えば、配列番号732で表される配列)とを含むmRNAなどが挙げられる。
【0028】
本明細書において、神経前駆細胞でmiRNAが発現し、標的配列を認識するとは、神経前駆細胞において、当該miRNAが、所定の複数のタンパク質と相互作用してRNA-induced silencing complex(RISC)を形成し、当該RISCが標的配列に結合することをいう。
【0029】
本明細書において、miRNA標的配列は、当該miRNAに完全に相補的な配列であることが好ましいが、当該miRNA標的配列は、miRNAによって認識され得る限り、完全に相補的な配列との不一致(ミスマッチ)を有していてもよい。当該miRNAに完全に相補的な配列からの不一致は、所望の細胞において、通常にmiRNAが認識し得る不一致であればよく、生体内における細胞内の本来の機能では、40~50%程度の不一致も許容される。このような不一致は、特に限定されないが、1塩基、2塩基、3塩基、4塩基、5塩基、6塩基、7塩基、8塩基、9塩基、若しくは10塩基の不一致、又は全認識配列の1%以上、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、若しくは40%の不一致が例示される。また、特には、細胞が備えているmRNA上のmiRNA標的配列のように、特に、シード領域以外の部分に、すなわちmiRNAの3’側16塩基程度に対応する、標的配列内の5’側の領域に、多数の不一致を含んでもよく、シード領域の部分は、不一致を含まないか、1塩基、2塩基、若しくは3塩基の不一致を含んでもよい。このような配列は、当該RISCが特異的に結合する塩基数を含む塩基長であればよく、長さは別段限定されず、miRNAの塩基数と同数でもよく、あるいは該miRNAの塩基数よりも多い若しくは少ない塩基数でもよい。好ましくは、18塩基以上、24塩基未満の配列、より好ましくは、20塩基以上、22塩基未満の配列である。本明細書において、miRNA標的配列は、選別の対象の神経前駆細胞及び該細胞以外の細胞へ当該配列を有するmiRNA応答性mRNAを導入し、選別の対象の神経前駆細胞においてのみ対応するマーカータンパク質の発現が抑制されることを確認することによって、適宜決定して用いてもよい。
【0030】
本明細書において、「マーカータンパク質」とは、細胞内で翻訳されて、マーカーとして機能し、細胞の選別を可能にするタンパク質を意味する。かかるタンパク質としては、例えば、蛍光タンパク質、発光タンパク質、蛍光、発光又は呈色を補助するタンパク質、膜タンパク質、アポトーシス誘導タンパク質、自殺タンパク質などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
本明細書において、蛍光タンパク質としては、Sirius、TagBFP、EBFP等の青色蛍光タンパク質;mTurquoise、TagCFP、AmCyan、mTFP1、MidoriishiCyan、CFP等のシアン蛍光タンパク質;TurboGFP、AcGFP、TagGFP、Azami-Green (例えば、hmAG1)、ZsGreen、EmGFP、EGFP、GFP2、HyPer等の緑色蛍光タンパク質;TagYFP、EYFP、Venus、YFP、PhiYFP、PhiYFP-m、TurboYFP、ZsYellow、mBanana等の黄色蛍光タンパク質;KusabiraOrange (例えば、hmKO2)、mOrange等の橙色蛍光タンパク質;TurboRFP、DsRed-Express、DsRed2、TagRFP、DsRed-Monomer、AsRed2、mStrawberry等の赤色蛍光タンパク質;TurboFP602、mRFP1、JRed、KillerRed、mCherry、HcRed、KeimaRed(例えば、hdKeimaRed)、mRasberry、mPlum等の近赤外蛍光タンパク質が挙げられるが、これらには限定されない。
【0032】
本明細書において、発光タンパク質としては、イクオリンを例示することができるが、これに限定されない。また、蛍光、発光又は呈色を補助するタンパク質として、ルシフェラーゼ、ホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、βラクタマーゼ等の蛍光、発光又は呈色前駆物質を分解する酵素を例示することができるが、これらには限定されない。ここで本明細書において、蛍光、発光又は呈色を補助するタンパク質をマーカーとして使用する場合、神経前駆細胞の選別において、対応する前駆物質と細胞を接触させること、又は細胞内に対応する前駆物質を導入することによって行われ得る。
【0033】
本明細書において、アポトーシス誘導タンパク質とは、細胞に対してアポトーシス誘導活性を有するタンパク質を意味する。例えば、IκB、Smac/DIABLO、ICE、HtrA2/OMI、AIF、endonuclease G、Bax、Bak、Noxa、Hrk (harakiri)、Mtd、Bim、Bad、Bid、PUMA、activated caspase-3、Fas、Tk等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、Bim(例えば、配列番号751(塩基配列)及び配列番号752(アミノ酸配列)で表わされる)である。
【0034】
本明細書において自殺タンパク質とは、細胞におけるその発現がその細胞にとって致死的であるタンパク質を意味する。本明細書において、自殺タンパク質は、それ自体で細胞死をもたらすもの(例えば、ジフテリアA毒素)であってもよく、又はこのタンパク質が、特定の薬物に対して細胞を感受性にするもの(例えば、単純ヘルペスチミジンキナーゼにより、抗ウイルス化合物に対して細胞を感受性にする)であってもよい。自殺タンパク質として、例えば、ジフテリアA毒素、単純ヘルペスチミジンキナーゼ(HSV-TK)、カルボキシペプチダーゼG2(CPG2)、カルボキシルエステラーゼ(CA)、シトシンデアミナーゼ(CD)、チトクロームP450(cyt-450)、デオキシシチジンキナーゼ(dCK)、ニトロレダクターゼ(NR)、プリンヌクレオシドホスホリラーゼ(PNP)、チミジンホスホリラーゼ(TP)、水痘帯状疱疹ウイルスチミジンキナーゼ(VZV-TK)、キサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(XGPRT)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
本明細書において、上記マーカータンパク質は、局在化シグナルを備えていてもよい。局在化シグナルとしては、核局在化シグナル、細胞膜局在化シグナル、ミトコンドリア局在化シグナル、タンパク質分泌シグナル等を挙げることができ、具体的には、古典的核移行配列(NLS)、M9配列、ミトコンドリア標的配列(MTS)、小胞体移行配列を挙げることができるが、これらには限定されない。このような局在化シグナルは、後述するイメージングサイトメトリー等により画像上で細胞の選別を行うときに特に有利である。
【0036】
本明細書において、マーカータンパク質の発現が、当該miRNA標的配列により制御されるよう機能的に連結されているとは、マーカータンパク質をコードするオープンリーディングフレーム(ただし、開始コドンを含む。)の上流に位置する非翻訳領域(5’UTR)内、下流に位置する非翻訳領域(3’UTR)内、及び/又は当該オープンリーディングフレーム内に、少なくとも1つのmiRNA標的配列を備えることを意味する。miRNA応答性mRNAは、好ましくは、5’末端から、5’から3’の向きに、cap構造(7メチルグアノシン5’リン酸)、マーカータンパク質をコードするオープンリーディングフレーム並びに、ポリAテールを備え、5’UTR内、3’UTR内、及び/又はオープンリーディングフレーム内に少なくとも1つのmiRNA標的配列を備える。mRNAにおけるmiRNA標的配列の位置は、5’UTRであっても、3’UTRであってもよく、オープンリーディングフレーム内(開始コドンの3’側)であってもよく、これらの全てにmiRNA標的配列を備えていてもよい。従って、miRNA標的配列の数は、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つあるいはそれ以上であってもよい。miRNA標的配列の上限数も、miRNA応答性mRNAが機能する限り制限されず、cap構造から開始コドンまでの塩基数や、終止コドンからポリAテールの開始点までの塩基数などを考慮し、適宜決定することができる。また、複数(例えば、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ又はそれ以上)のmiRNA標的配列が連なっていても良く、miRNAが結合しうる限り、miRNA標的配列間にその他の配列を含んでいてもよい。更には、mRNAは、1つ以上のmiRNA標的配列、マーカータンパク質をコードする配列及び1つ以上のmiRNA標的配列の順で並んだ構造であってもよい。miRNA標的配列を複数用いる場合には、2種類以上の配列を用いてもよいが、miRNA標的配列は全て同一の配列であることが好ましい。好ましい実施態様において、本発明のmiRNA応答性mRNAは、1つのmiRNA標的配列、マーカータンパク質をコードする配列及び同一の4つのmiRNA標的配列を含む構造を有する。
【0037】
miRNA応答性mRNAのcap構造とmiRNA標的配列との間の塩基数及び塩基の種類は、ステム構造や立体構造を構成しない限り、特に限定されない。例えば、cap構造とmiRNA標的配列との間の塩基数は、0~50塩基、好ましくは、10~30塩基となるように設計することができる。また、miRNA標的配列と開始コドンとの間の塩基数及び塩基の種類は、ステム構造や立体構造を構成しない限り、任意であってよく、miRNA標的配列と開始コドンとの間の塩基数は、0~50塩基、好ましくは、10~30塩基となるような配置にて設計することができる。
【0038】
本明細書において、miRNA応答性mRNA中のmiRNA標的配列内には、開始コドンとなるAUGが存在しないことが好ましい。例えば、miRNA標的配列が5’UTRに存在し、かつ、当該標的配列内にAUGを含む場合には、3’側に連結されるマーカータンパク質をコードする配列との関係上でインフレームとなるように設計されることが好ましい。あるいは、標的配列内にAUGを含む場合、標的配列内のAUGをGUGに変換して使用することも可能である。また、標的配列内のAUGの影響を最小限に留めるために、5’UTR内における標的配列の配置場所を適宜変更することができる。例えば、cap構造と標的配列内のAUG配列との間の塩基数が、0~60塩基、例えば、0~15塩基、10~20塩基、20~30塩基、30~40塩基、40~50塩基、50~60塩基となるような配置にて設計され得る。
【0039】
本発明における、mRNAは、細胞毒性を低減させることを目的として、通常のウリジン、シチジンに替えて、シュードウリジン、5-メチルシチジン等の修飾塩基を含んでいてもよい。修飾塩基の位置は、ウリジン、シチジンいずれの場合も、独立に、全てあるいは一部とすることができ、一部である場合には、任意の割合でランダムな位置とすることができる。
【0040】
本明細書において、miRNA応答性mRNA中の5’UTRの配列としては、例えば、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUCCACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号735、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUCACACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号736、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUCAACACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号737、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUCAAACACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号738、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUCACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号739、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGUAUCCACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号740、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUCCAAACACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号741、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAAACACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号742、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAUACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号743、
5’-GGUUCCGCGAUCGCGGAUCCAGAAACACCGGUCGCCACCAUG-3’:配列番号744
(各配列の3’末端のAUGは開始コドンを示す)などが挙げられるが、この配列に限定されない。また、5’UTRの配列中にmiRNA標的配列が存在する場合の位置も限定されないが、上記配列中、下線を引いたCとAの間にmiRNA標的配列が存在することが好ましい。
【0041】
本明細書において、miRNA応答性mRNA中のマーカータンパク質をコードする配列の下流(すなわち、3’UTR)は、miRNA応答性核酸がmRNAの場合には、ポリA配列を有していれば特に限定されないが、例えば、5’-UCUAGACCUUCUGCGGGGCUUGCCUUCUGGCCAUGCCCUUCUUCUCUCCCUUGCACCUGUACCUCUUGGUCUUUGAAUAAAGCCUGAGUAGG-3’:配列番号732にポリA配列(例えば、5’-AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA-3’:配列番号733)が付加した配列が挙げられるが、この配列に限定されない。また、例えば、タンデムmiR-9-5pスイッチに含まれる3’UTR配列は、5'-UCUAGACCUUCUGCGGGGCGACGAGCUGucauacagcuagauaaccaaagaucauacagcuagauaaccaaagaucauacagcuagauaaccaaagaucauacagcuagauaaccaaagaGCGGCCGCGUGAAUAAAGCCUGAGUAGG(下線部は挿入した配列、小文字は4つ連なったmiR-9-5p標的配列を示す):配列番号734に、ポリA配列を有するものが挙げられる。また、3’UTRの配列中にmiRNA標的配列が存在する場合の位置も限定されない。miRNA応答性核酸がDNAの場合には、ポリA配列に相補的な配列を有していてもよく、該配列の代わりに、又は該配列と共に、ポリアデニル化サイトを有していてもよい。
【0042】
miRNA応答性核酸は、上記に従って配列が決定されれば、遺伝子工学的に既知の任意の方法により当業者が合成することができる。特には、プロモーター配列を含むテンプレートDNAを鋳型として用いたin vitro合成法により、得ることができる。
【0043】
なお、本実施態様による選別方法を実施する前に、その選別における有効性を検討するスクリーニング工程を実施してもよい。具体的には、上記に例示したような5’UTRを有する、候補となる複数種のmiRNA応答性核酸を作製して、それぞれを純度が既知の神経前駆細胞集団に導入し、選別の有効性が高いmiRNA標的配列並びにmiRNA応答性核酸を決定することができる。
【0044】
<miRNA応答性核酸の導入工程>
本発明の選別方法のmiRNA応答性核酸を細胞に導入する工程において、細胞に導入されることとなるmiRNA応答性mRNAは、1種のみ用いる場合もあり、2種以上、例えば、3種、4種、5種、6種、7種、又は8種以上用いる場合もある。例えば、2種以上のmiRNA応答性mRNAを用いる場合、それぞれのmiRNA応答性mRNAは、miRNA標的配列、マーカータンパク質ともに、異なることが望ましい。また、2種以上のmiRNA応答性mRNAを用いる場合、miRNA応答性mRNAに含まれるmiRNA標的配列の数、miRNA標的配列の5’末端からの距離、並びにmiRNA応答性mRNAにおけるその他の構造的特徴は、各miRNA応答性mRNAにおいて同一であってもよく、異なっていてもよい。あるいは、miRNA標的配列は同一であるが、マーカータンパク質は異なるmiRNA応答性mRNAを用いることも可能である。例えば、異なる経路でシグナル伝達するアポトーシス誘導タンパク質をコードする配列を含む核酸、例えば、FasとBim等を同一のmiRNA標的配列と組み合わせたmiRNA応答性mRNAを用いることも可能であり、この場合には、神経前駆細胞以外の細胞の除去を効率よく行うことが期待できる。
【0045】
本明細書において、miRNA応答性mRNAを細胞に導入する工程は、例えば、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法、リバーストランスフェクション法等を用いて、1種以上のmiRNA応答性mRNAを直接、細胞に含まれる細胞に導入することが好ましい。異なる2種以上のmiRNA応答性mRNAを導入する場合、あるいはmiRNA応答性mRNAと、後述する、該mRNA中のマーカータンパク質をコードする配列とは異なるマーカータンパク質をコードする配列を有するコントロールとなるmRNA(以下、トランスフェクションコントロールとも称する)とを用いる場合には、複数のmRNAを細胞に共導入することが好ましい。共導入した2種以上のmRNAの細胞内での割合は個々の細胞で維持されるため、これらのmRNAから発現するタンパク質の活性比は、細胞集団内において一定となるためである。この時の導入量は、導入される細胞集団、導入するmRNA、導入方法及び導入試薬の種類により異なり、所望の発現量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。
【0046】
あるいは、前記miRNA応答性mRNA及び/又はトランスフェクションコントロール(以下「miRNA応答性mRNA等」と略記する)は、miRNA応答性mRNA等をコードするDNAの形態(即ち、細胞内で該DNAからmiRNA応答性mRNA等が転写される形態)で細胞に導入してもよい。この場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体等のベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクション等の手法によって細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)等が例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)等が含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、miRNA応答性mRNA等が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等の制御配列を含むことができる。
【0047】
本明細書において、トランスフェクションコントロールとしては、miRNA応答性mRNAにコードされるマーカータンパク質以外のマーカータンパク質をコードする配列を含むmRNAであって、miRNA標的部位を有さないmRNAが例示される。トランスフェクションコントロールから発現されるマーカータンパク質は、当該マーカータンパク質の発現により細胞死を起こさないタンパク質が好ましく、従って、蛍光タンパク質、発光タンパク質、蛍光、発光又は呈色を補助するタンパク質、膜タンパク質、薬剤耐性タンパク質が好適に用いられる。
【0048】
トランスフェクションコントロールから発現される蛍光タンパク質、発光タンパク質、蛍光、発光又は呈色を補助するタンパク質としては、上述したmiRNA応答性mRNAにコードされるマーカータンパク質と同様のものを用いることができる。また、本発明において使用される「薬剤耐性タンパク質」は、対応する薬剤に対して抵抗性を付与するタンパク質であれば何でもよい。例えば、抗生物質耐性遺伝子にコードされるタンパク質を含むが、これらに限定されない。抗生物質耐性遺伝子としては、例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン(ピューロマイシン)耐性遺伝子、ブラストサイジン耐性遺伝子、ゲンタマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子等が挙げられる。好ましくは、ピューロマイシン耐性遺伝子が薬剤耐性遺伝子として用いられる。薬剤として、例えばピューロマイシンを用いる場合、その培地中での濃度は、1μg/ml~20μg/mlが好ましく、5μg/ml~15μg/mlがより好ましく、10μg/mlがさらに好ましい。
【0049】
本発明の一実施態様による選別方法において、より好ましくは、miRNA応答性mRNAとトランスフェクションコントロールを同時に、対象となる細胞へ導入する工程を含む。かかる工程は、好ましくは、miRNA応答性mRNAとトランスフェクションコントロールとの共導入により実施することができる。トランスフェクションコントロールを用いることで、miRNA応答性mRNAの細胞への導入効率が低い場合においても、miRNA応答性mRNAから発現されるマーカータンパク質の発現が抑制された細胞を神経前駆細胞として選別することが可能となる。トランスフェクションコントロールを用いる場合、トランスフェクションコントロールの導入量もまた、所望の発現量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。例えば、ピューロマイシン耐性タンパク質をコードする配列を含むmRNA(例えば、配列番号753で表される)を導入する場合、培養液1ml当たり、50 ng以上が好ましく、75ng以上がより好ましく、100 ng以上(例:100 ng)がさらに好ましい。
【0050】
トランスフェクションコントロールを用いる場合、当該トランスフェクションコントロールから発現されるマーカータンパク質は、miRNA応答性mRNAに含まれるマーカータンパク質と異なることが好ましい。例えば、miRNA応答性mRNAに含まれるマーカータンパク質がアポトーシス誘導タンパク質である場合、トランスフェクションコントロールに含まれるマーカータンパク質は、蛍光タンパク質であり得る。この場合、miRNAの作用でアポトーシス誘導タンパク質の発現が抑制され生存し、さらに蛍光タンパク質で標識された細胞を神経前駆細胞として選別することができる。あるいは、トランスフェクションコントロールから発現されるマーカータンパク質は、薬剤抵抗性タンパク質であってもよい。この場合、miRNAの作用でアポトーシス誘導タンパク質の発現が抑制され生存し、さらに薬剤が存在する培地中でも存在する細胞を神経前駆細胞として選別することができる。
【0051】
一方、miRNA応答性mRNAに含まれるマーカータンパク質及びトランスフェクションコントロールに含まれるマーカータンパク質が蛍光タンパク質である場合には、両蛍光タンパク質の蛍光波長が異なることが好ましい。
【0052】
<神経前駆細胞の選別工程>
本発明の選別方法において、miRNA応答性mRNAにコードされるマーカータンパク質の発現が抑制された細胞を選別する工程は、所定の検出装置を用いて、マーカータンパク質からの信号を検出することにより実施することができる。検出装置としては、フローサイトメーター、イメージングサイトメーター、蛍光顕微鏡、発光顕微鏡、CCDカメラ等が挙げられるが、これらには限定されない。このような検出装置は、マーカータンパク質により、当業者が適したものを用いることができる。例えば、マーカーが、蛍光タンパク質又は発光タンパク質の場合には、フローサイトメーターを用いて選別が可能であり、マーカーが、蛍光、発光又は呈色を補助するタンパク質の場合には、顕微鏡を用いて、光応答性細胞培養器材をコーティングした培養皿を用いて、呈色等された細胞へ光照射し、照射されなかった細胞が培養皿から剥離されることを利用して選別することができ、マーカータンパク質が、膜局在タンパク質の場合には、抗体等の細胞表面タンパク質特異的な検出試薬と、上記の検出装置を用いたマーカータンパク質の定量方法が可能である他、磁気細胞分離装置(MACS)といった、マーカータンパク質の定量過程を経ない細胞の単離方法が可能であり、マーカータンパク質が薬剤耐性遺伝子の場合、薬剤投与によりマーカータンパク質の発現を検出して、生細胞を単離する方法が可能である。マーカータンパク質が、アポトーシス誘導タンパク質の場合は、miRNAの存在によりマーカータンパク質の発現量が減少することによって、miRNAを発現する細胞が選択的に生存し、マーカータンパク質の定量過程を経ずに細胞の単離が可能である。
【0053】
マーカータンパク質の発現が抑制されたことは、例えば、miRNA応答性mRNAから、miRNA認識配列を除去したコントロールmRNA(以下「コントロールmRNA」と称する)を導入した細胞集団で発現したマーカータンパク質の発現量と比較して、コントロールmRNAと同量のmiRNA応答性mRNAを導入した細胞集団でマーカータンパク質の発現量が減少した場合に、該マーカータンパク質の発現が抑制されたと評価することができる。あるいは、マーカータンパク質がアポトーシス誘導タンパク質の場合には、コントロールmRNAを導入した細胞集団と比較して、コントロールmRNAと同量のmiRNA応答性mRNAを導入した細胞集団の生存率が高い場合に、該マーカータンパク質の発現が抑制されたと評価することができる。トランスフェクションコントロールを用いることで、miRNA応答性mRNAが十分均一に導入されなかった細胞集団においても、精度よく評価することができる。より詳細には、実施例で用いた方法により確認することができる。
【0054】
本明細書において、細胞を選別するとは、miRNA応答性mRNAを用いて選別する工程を経ていない細胞集団より高い純度で神経前駆細胞を単離することを意味する。本発明において、選別された細胞の純度は、miRNA応答性mRNAを用いて選別する工程を経ていない場合と比較して高純度であれば別段限定されないが、60%以上であることが好ましく、60%、70%、80%、81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%及び100%が例示される。
【0055】
細胞を選別する時期は、神経前駆細胞を選別できる限り制限されないが、例えばヒト多能性幹細胞から分化誘導させたドーパミン神経前駆細胞を用いる場合には、分化誘導開始後7日~35日の間で選別することが好ましく、15日から29日の間がより好ましい。後述の実施例で示す通り、本発明の選別方法を行う場合には、従来技術で一般的に行われる時期である12日前後ではなく、22日~29日の間で選別した場合に、意外にもより効率よくドーパミン神経前駆細胞を選別できることが示された。従って、22日~29日の間に選別を行うことが好ましい。また、例えばヒト多能性幹細胞から分化誘導させた大脳皮質神経前駆細胞を用いる場合には、分化誘導開始後7日~70日の間で選別することが好ましく、28日~49日の間で選別することがより好ましい。
【0056】
miRNA誘導性mRNAを細胞に導入してから、細胞を選別するまでの期間も特に制限はないが、導入後4時間~3日で選別することが好ましく、導入後1日で選別することがより好ましい。
【0057】
<多能性幹細胞>
本発明において使用される多能性幹細胞は、生体に存在する全ての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であり、それには、以下のものに限定されないが、例えば、胚性幹(ES)細胞、精子幹(GS)細胞、胚性生殖(EG)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、Muse細胞等が含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、iPS細胞及びntES細胞であり、神経変性疾患等の治療に用いるという観点から、より好ましくは、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞であり、さらに好ましくは、ヒトiPS細胞である。
【0058】
(A) 胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウス等の哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
【0059】
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman (1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サル等の霊長類でもES細胞株が樹立された (J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0060】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))等の物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒト及びサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006),Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279; H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485等に記載されている。
【0061】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSR及び4ng/ml bFGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3~4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2及び20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシン及び0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0062】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanog等の遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECAD等の遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0063】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)及びWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0064】
(B) 精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できる等の性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al. (2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41~46頁,羊土社(東京、日本))。
【0065】
(C) 胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)等の物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
【0066】
(D) 人工多能性幹細胞
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら, Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物若しくはnon-coding RNA又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物若しくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いてもよい。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720に記載の組み合わせが例示される。
【0067】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA及びshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤等]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327及びPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、Bio及びCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294 等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBl及びG9aに対するsiRNA及びshRNA等の核酸性発現阻害剤等)、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644)、酪酸、TGF-β阻害剤又はALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453及びA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNA及びshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNA及びshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295及びmir-302等のmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0068】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクション等の手法によって体細胞内に導入してもよい。
一方、DNAの形態の場合、例えば、miRNA応答性mRNA等の導入方法と同様のベクターを用いることができる。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト等の制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子等の選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAG等のレポーター遺伝子配列等を含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子若しくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0069】
また、RNAの形態の場合、miRNA応答性mRNA等と同様に導入することができる。
【0070】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノール等を適宜含むことができる。)又は市販の培養液[例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTeSR、Stemcell Technology社)]等が含まれる。
【0071】
培養法の例としては、例えば、37℃、5% CO2存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4~7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30~約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0072】
あるいは、37℃、5% CO2存在下にて、フィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノール等を適宜含むことができる。)で培養し、約25~約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al. (2009), PLoS One. 4:e8067又
はWO2010/137746)、若しくは細胞外基質(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)及びマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立してもよい(Yoshida Y, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:237-241又はWO2010/013845)。
【0073】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103~約5×106細胞の範囲である。
【0074】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0075】
本明細書において、「体細胞」とは、卵子、卵母細胞、ES細胞等の生殖系列細胞又は分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)を意味する。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、及び成熟した健全な若しくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、及び株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞及び脂肪細胞等の分化した細胞等が例示される。
【0076】
本発明において、体細胞を採取する由来となる哺乳動物個体は特に制限されないが、好ましくはヒトである。得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人又はHLAの型が同一若しくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤等の使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。例えば、主たるHLA(例えば、HLA-A、HLA-B及びHLA-DRの3遺伝子座、あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座)が同一である場合等が挙げられる(以下同じ)。
【0077】
(E) 核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
ntES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T. Wakayama et al. (2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al. (2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al. (2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がntES(nuclear transfer ES)細胞である。ntES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al. (1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0078】
(F) Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞又は骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間又は16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3及びCD105が陽性である。
【0079】
2.神経前駆細胞の製造方法
本発明はまた、本発明の選別方法の工程(1)の前に、多能性幹細胞から神経前駆細胞を分化誘導する工程を含む、神経前駆細胞の製造方法(以下「本発明の製造方法」と略記する場合がある)を提供する。
【0080】
2-1.ドーパミン神経前駆細胞の分化誘導方法
本発明で使用されるドーパミン神経前駆細胞を得る方法としては、特に限定されず、生体から直接採取してもよいが、大量にドーパミン神経前駆細胞を得るという観点からは、多能性幹細胞を出発材料として分化誘導することが好ましい。
多能性幹細胞からドーパミン神経前駆細胞を分化誘導する方法は、特に限定されないが、例えば、(i)多能性幹細胞をBMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤、FGF8及びGSK3β阻害剤から成る群より選択される試薬を含む培養液中で細胞外基質上にて接着培養する工程、及び(ii)前記工程(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培養液中で浮遊培養する工程により、ドーパミン神経前駆細胞を分化誘導する方法などが挙げられる(WO2015/034012)。
【0081】
<細胞外基質>
本明細書において、「細胞外基質」とは、細胞の外に存在する超分子構造体を意味し、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン及びラミニンといった物質又はこれらの断片が挙げられる。これらの細胞外基質は、組み合わせて用いられてもよく、例えば、BD Matrigel(商標)などの細胞からの調製物であってもよい。好ましくは、ラミニン又はその断片である。本発明においてラミニンとは、α鎖、β鎖、γ鎖をそれぞれ1本ずつ持つヘテロ三量体構造を有するタンパク質であり、特に限定されないが、例えば、α鎖は、α1、α2、α3、α4又はα5であり、β鎖は、β1、β2又はβ3であり、ならびにγ鎖は、γ1、γ2又はγ3が例示される。より好ましくは、α5、β1及びγ1からなるラミニン511である。本発明では、ラミニンは断片であってもよく、インテグリン結合活性を有している断片であれば、特に限定されないが、例えば、エラスターゼにて消化して得られる断片であるE8フラグメントであってもよい。従って、本発明では、WO2011/043405に記載されたラミニン511E8(好ましくはヒトラミニン511E8)が例示される。
【0082】
<BMP阻害剤>
本発明において使用されるBMP阻害剤としては、Chordin、Noggin、Follistatin、などのタンパク質性阻害剤、Dorsomorphin (すなわち、6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)、その誘導体 (P. B. Yu et al. (2007), Circulation, 116:II_60; P.B. Yu et al. (2008), Nat. Chem. Biol., 4:33-41; J. Hao et al. (2008), PLoS ONE, 3(8):e2904)及びLDN193189(すなわち、4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline)などが挙げられる。Dorsomorphin及びLDN193189は市販されており、それぞれSigma-Aldrich社及びStemgent社から入手可能である。好ましくは、LDN193189である。
【0083】
培養液中におけるLDN193189の濃度は、BMPを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、100nMである。
【0084】
<TGFβ阻害剤>
本明細書において、「TGFβ阻害剤」とは、TGFβの受容体への結合からSMADへと続くシグナル伝達を阻害する物質を意味し、受容体であるALKファミリーへの結合を阻害する物質、又はALKファミリーによるSMADのリン酸化を阻害する物質が挙げられ、例えば、Lefty-1(NCBI Accession No.として、マウス:NM_010094、ヒト:NM_020997が例示される)、SB431542、SB202190(以上、R.K.Lindemann et al., Mol. Cancer, 2003, 2:20)、SB505124 (GlaxoSmithKline)、 NPC30345、SD093、SD908、SD208 (Scios)、LY2109761、LY364947、 LY580276 (Lilly Research Laboratories)、A83-01(WO 2009146408)及びこれらの誘導体などが例示される。好ましくは、A83-01である。
【0085】
培養液中におけるA83-01の濃度は、ALK5を阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、500nM~5μMであり、より好ましくは、500nMである。
【0086】
<SHHシグナル刺激剤>
本明細書において、「SHH(Sonic hedgehog)シグナル刺激剤」とは、SHHが受容体であるPatched (Ptch1)に結合して引き起こされるSmoothened (Smo)の脱抑制及びさらに続くGli2の活性化を引き起こす物質を意味し、例えば、SHH、Hh-Ag1.5 (Li, X., e t al., Nature Biotechnology, 23, 215~ 221 (2005).)、Smoothened Agonist, SAG (N-Methyl-N’-(3-pyridinylbenzyl)-N’-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)、20a-hydroxycholesterol、Purmorphamine及びこれらの誘導体などが例示される(Stanton BZ, Peng LF., Mol Biosyst. 6:44-54, 2010)。好ましくは、Purmorphamineである。
【0087】
培養液中におけるPurmorphamineの濃度は、Gli2を活性化する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、2μMである。
【0088】
<GSK3β阻害剤>
本明細書において、「GSK3β阻害剤」とは、GSK-3βタンパク質のキナーゼ活性(例えば、βカテニンに対するリン酸化能)を阻害する物質として定義され、既に多数のものが知られているが、例えば、インジルビン誘導体であるBIO(別名、GSK-3β阻害剤IX;6-ブロモインジルビン3'-オキシム)、マレイミド誘導体であるSB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、フェニルαブロモメチルケトン化合物であるGSK-3β阻害剤VII(4-ジブロモアセトフェノン)、細胞膜透過型のリン酸化ペプチドであるL803-mts(別名、GSK-3βペプチド阻害剤;Myr-N-GKEAPPAPPQpSP-NH2(配列番号1))及び高い選択性を有するCHIR99021(6-[2-[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(4-methyl-1H-imidazol-2-yl)pyrimidin-2-ylamino]ethylamino]pyridine-3-carbonitrile)が挙げられる。これらの化合物は、例えばCalbiochem社やBiomol社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、他の入手先から入手してもよく、あるいはまた自ら作製してもよい。本発明で使用されるGSK-3β阻害剤は、好ましくは、CHIR99021である。
【0089】
培養液中におけるCHIR99021の濃度は、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、1μMである。
【0090】
<FGF8>
本発明において使用されるFGF8としては、特に限定されないが、ヒトFGF8の場合、FGF8a、FGF8b、FGF8e又はFGF8fの4つのスプライシングフォームが挙げられ、好ましくは、FGF8bである。FGF8は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現させることによって得ることもできる。
【0091】
培養液中におけるFGF8の濃度は、例えば、1ng/ml、5ng/ml、10ng/ml、50ng/ml、100ng/ml、150 ng/ml、200ng/ml、250ng/ml、500ng/ml、1000ng/ml、2000ng/ml、5000ng/mlであるがこれらに限定されない。好ましくは、100ng/mlである。
【0092】
<神経栄養因子>
本明細書において、「神経栄養因子」とは、運動ニューロンの生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドを意味し、例えば、Nerve Growth Factor (NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Neurotrophin 3 (NT-3)、Neurotrophin 4/5 (NT-4/5)、Neurotrophin 6 (NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor (EGF)、Hepatocyte Growth Factor (HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1 (IGF 1)、Insulin Like Growth Factor 2 (IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor (GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6 (IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor (CNTF)及びLIFなどが挙げられる。好ましい神経栄養因子は、GDNF及び/又はBDNFである。神経栄養因子は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現させることによって得ることもできる。
【0093】
培養液中におけるGDNF1の濃度は、例えば、0.1ng/ml、0.5ng/ml、1ng/ml、5ng/ml、10ng/ml、15 ng/ml、20ng/ml、25ng/ml、30 ng/ml、40ng/ml、50ng/ml、100 ng/ml、200ng/ml、500ng/mlであるがこれらに限定されない。好ましくは、10ng/mlである。
【0094】
培養液中におけるBDNF1の濃度は、例えば、0.1ng/ml、0.5ng/ml、1ng/ml、5ng/ml、10ng/ml、15 ng/ml、20ng/ml、25ng/ml、30 ng/ml、40ng/ml、50ng/ml、100 ng/ml、200ng/ml、500ng/mlであるがこれらに限定されない。好ましくは、20ng/mlである。
【0095】
<工程(i)>
工程(i)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)及びこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、GMEM培地である。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培養液は、KSR、2-メルカプトエタノール、非必須アミノ酸及びピルビン酸を含有するGMEM培地である。この培養液へ適宜BMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤、FGF8及びGSK3β阻害剤から成る群より選択される試薬を加えて培養することができる。
【0096】
工程(i)において、細胞外基質上にて接着培養するとは、細胞外基質によりコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行い得る。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0097】
工程(i)の培養期間は、特に限定されないが、少なくとも10日間行われることが望ましい。より好ましくは、12日間から21日間であり、さらに好ましくは、12日間から14日間である。
【0098】
工程(i)の培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。O2濃度は、通常の空気中におけるO2濃度であってもよく、あるいは、通常以上の高酸素条件であっても通常以下の低酸素条件であってもよい。本明細書において、高酸素条件とは、25%以上のO2濃度、30%以上のO2濃度、35%以上のO2濃度、又は40%以上のO2濃度が例示される。低酸素条件とは、10%以下のO2濃度、5%以下のO2濃度、4%以下のO2濃度、3%以下のO2濃度、2%以下のO2濃度、又は1%以下のO2濃度が例示される。
【0099】
<工程(ii)>
工程(ii)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、上記工程(i)で記載したものと同様のものが挙げられる。好ましくは、Neurobasal Mediumである。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、核酸(例えば、Dibutyryl cyclic AMP(dbcAMP))などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培養液は、B27サプリメント、アスコルビン酸及びdbcAMPを含有するNeurobasal Mediumである。この培養液へ適宜神経栄養因子を加えて培養することができる。
【0100】
工程(ii)における、浮遊培養とは、細胞を培養容器へ非接着の状態で培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていない培養容器、若しくは、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)、非イオン性の界面活性ポリオール(Pluronic F-127等)又はリン脂質類似構造物(例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを構成単位とする水溶性ポリマー(Lipidure))によるコーティング処理した培養容器を使用して行うことができる。
【0101】
工程(ii)の培養期間は、特に限定されないが、少なくとも7日間行われることが望ましい。より好ましくは、7日間から30日間であり、さらに好ましくは、14日間から21日間、又は14日間から16日間であり、さらにより好ましくは、16日間である。
【0102】
工程(ii)の培養条件(培養温度、CO2濃度、O2濃度)は、工程(i)の培養条件と同様である。
【0103】
2-2.大脳皮質神経前駆細胞の分化誘導方法
本発明で使用される大脳皮質神経前駆細胞を得る方法としては、特に限定されず、生体から直接採取してもよいが、大量に大脳皮質神経前駆細胞を得るという観点からは、多能性幹細胞を出発材料として製造することが好ましい。
多能性幹細胞から大脳皮質神経前駆細胞を分化誘導する方法は、特に限定されないが、例えば、(i)多能性幹細胞をTGFβ阻害剤、bFGF、Wnt阻害剤及び/又はBMP阻害剤を含む培養液中で浮遊培養する工程、及び(ii)前記工程(i)で得られた細胞をさらに培養する工程により、大脳皮質神経前駆細胞を分化誘導する方法などが挙げられる(WO2016/167372)。
【0104】
<TGFβ阻害剤>
「TGFβ阻害剤」とは、前述した通りであり、TGFβ阻害剤としては、例えば、ドーパミン神経前駆細胞の製造方法で記載したものと同様のものが挙げられる。本工程で使用されるTGFβ阻害剤は、好ましくは、SB431542又はA-83-01である。
【0105】
培養液中におけるSB431542の濃度は、ALK5を阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μM、60μM、70μM、80μM、90μM、100μM、500μM、1mM、であるがこれらに限定されない。好ましくは、1μM~100μMであり、より好ましくは、10μMである。培養液中におけるA-83-01の濃度は、ALK5を阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、500nM~5μMであり、より好ましくは、500nM~2μMである。
【0106】
<bFGF>
本明細書において、bFGFは、FGF2とも称し、例えばWako社やInvitrogen社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現によって得ることもできる。
【0107】
培養液中におけるbFGFの濃度は、例えば、0.1ng/ml、0.5ng/ml、1ng/ml、2ng/ml、3ng/ml、4ng/ml、5ng/ml、6ng/ml、7ng/ml、8ng/ml、9ng/ml、10ng/ml、20ng/ml、30ng/ml、40ng/ml、50ng/ml、60ng/ml、70ng/ml、80ng/ml、90ng/ml、100ng/ml、500ng/ml、1000ng/mlであるがこれらに限定されない。好ましくは、1ng/ml~100ng/mlであり、より好ましくは、10ng/mlである。
【0108】
<Wnt阻害剤>
本明細書において、「Wnt阻害剤」とは、Wntの産生を抑制する物質、又はWntの受容体への結合からβカテニンの蓄積へと続くシグナル伝達を阻害する物質を意味し、受容体であるFrizzledファミリーへの結合を阻害する物質、又はβカテニンの分解を促進する物質などが挙げられる。このようなWnt阻害剤としては、例えば、DKK1タンパク質(例えば、ヒトの場合、NCBIのアクセッション番号:NM_012242)、スクレロスチン(例えば、ヒトの場合、NCBIのアクセッション番号:NM_025237)、IWR-1(Merck Millipore)、IWP-2(Sigma-Aldrich)、IWP-3(Sigma-Aldrich)、IWP-4(Sigma-Aldrich)、IWP-L6(EMD Millipore)、C59(又は、Wnt-C59)(Cellagen technology)、ICG-001(Cellagen Technology)、LGK-974(又は、NVP-LGK-974)(Cellagen Technology)、FH535(Sigma-Aldrich)、WIKI4(Sigma-Aldrich)、KYO2111(Minami I,et al,Cell Rep.2:1448-1460,2012)、PNU-74654(Sigma-Aldrich)、XAV939(Stemgent)及びこれらの誘導体などが例示される。本発明の多能性幹細胞から大脳皮質ニューロンを製造するにあたり、好ましいWnt阻害剤は、Wntの産生を抑制する物質であり、例えば、Wntタンパク質のプロセシングに関与するPORCN(ヒトの場合、NCBIのアクセション番号:NP_001269096、NP_073736、NP_982299、NP_982300、又はNP_982301で表されるタンパク質が例示される)を阻害する物質が挙げられ、C59、IWP-3、IWP-4、IWP-L6又はLGK-974が好ましく、C59がより好ましい。
【0109】
培養液中におけるC59の濃度は、例えば、0.1nM、0.5nM、1nM、2nM、2.5nM、3nM、4nM、5nM、6nM、7nM、7.5nM、8nM、9nM、10nM、20nM、30nM、40nM、50nM、60nM、70nM、80nM、90nM、100nMであるがこれらに限定されない。好ましくは、1nM~50nMであり、例えば、2nMから50nM、より好ましくは10nM~50nMであるか、あるいは、10nM未満の濃度であり、例えば、2nM以上、10nM未満である。
【0110】
また、本発明において、LGK-974もWnt阻害剤として好ましく利用することができる。培養液中におけるLGK-974の濃度は、Wntを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM、10nM、25nM、50nM、100nM、150nM、200nM、500nM、750nM、1μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、1nM~1μMであり、例えば、1nM~500nM、より好ましくは10nM~200nMであるか、あるいは、10nM~150nMの濃度であり、例えば、10nM以上、100nM以下である。
【0111】
<BMP阻害剤>
「BMP阻害剤」とは、前述した通りであり、BMP阻害剤としては、例えば、ドーパミン神経前駆細胞の製造方法で記載したものと同様のものが挙げられる。本工程で使用されるBMP阻害剤は、好ましくは、LDN193189である。
【0112】
培養液中におけるLDN193189の濃度は、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、2μM以下の濃度であり、例えば、100nMから2μMであり、より好ましくは、500nM~2μMであるか、あるいは、2μM未満の濃度であり、例えば、100nM以上、2μM未満であり、より好ましくは、500nM以上、2μM未満である。
【0113】
<工程(i)>
工程(i)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として、上述したTGFβ阻害剤、bFGF、Wnt阻害剤、BMP阻害剤を添加して調製することができる。基礎培地としては、例えば、上記ドーパミン神経前駆細胞の製造方法の工程(i)で記載したものと同様のものが挙げられる。好ましくは、DMEM又はDMEMとHam‘s F12培地を1:1で混合した培地である。基礎培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは血清に代えて血清代替物を添加してもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素及びこれらから選択される複数の組み合わせなどが挙げられる。好ましくは、血清代替物はKSRである。
【0114】
工程(i)において、KSRを用いる場合、基礎培地における濃度は、例えば、5%、10%、11%、12%、13%、14%、15%、16%、17%、18%、19%、20%が挙げられるが、好ましくは、20%未満、例えば10%以上15%以下の濃度である。基礎培地には、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい基礎培地は、KSR、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、非必須アミノ酸及びL-グルタミン、N2サプリメント及び/又はB27サプリメントを含有するDMEM又はDMEMとHam’s F12培地を1:1で混合した培地である。
【0115】
工程(i)において、多能性幹細胞を解離させて用いてもよく、細胞を解離させる方法としては、例えば、力学的に解離する方法、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する解離溶液(例えば、Accutase(商標)、Accumax(商標)など)又はコラゲナーゼ活性のみを有する解離溶液を用いた解離方法が挙げられる。好ましくは、Accumaxが例示される)を用いて多能性幹細胞を解離する方法が用いられる。細胞を解離させた場合、ROCK阻害剤を適宜、解離後に添加して培養してもよい。
【0116】
工程(i)の培養では、前述した浮遊培養によって行われることが好ましい。また、工程(i)の培養条件(培養温度、CO2濃度、O2濃度)は、ドーパミン神経前駆細胞の製造方法で記載した工程(i)の培養条件と同様である。
【0117】
本発明の工程(i)の日数は、特に限定されないが、例えば、3日以上、4日以上、5日以上、6日以上、7日以上、又はそれ以上の日数が挙げられ、36日以下、30日以下、24日以下、18日以下、12日以下が挙げられる。より好ましくは、3日~12日であり、さらに好ましくは、6日である。
【0118】
<工程(ii)>
本発明の工程(ii)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地を用いることができる。基礎培地としては、例えば、上記ドーパミン神経前駆細胞の製造方法の工程(i)で記載したものと同様のものが挙げられる。好ましくは、DMEMとHam’s F12培地を1:1で混合した培地である。基礎培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは血清に代えて血清代替物を添加してもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、KSR、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素及びこれらから選択される複数の組み合わせなどが挙げられる。好ましくは、血清代替物はN2サプリメント及びB27サプリメントである。基礎培地には、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。工程(ii)で用いる培養液は、上記基礎培地に例えば、FGF8(線維芽細胞成長因子8(fibroblast growth factor8))、SHHシグナル阻害剤(例:Cyclopamine、Forskolin、Rapamycin (mixture of isomers)等)、神経栄養因子などを適宜添加したものを用いることができる。
【0119】
本発明において、FGF8とは、特に限定されないが、ヒトFGF8の場合、FGF8A、FGF8b、FGF8e又はFGF8fの4つのスプライシングフォームが例示され、本発明ではより好ましくは、FGF8bである。FGF8は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現によって得てもよい。
【0120】
培養液中におけるFGF8の濃度は、例えば、1ng/ml、5ng/ml、10ng/ml、50ng/ml、100ng/ml、150ng/ml、200ng/ml、250ng/ml、500ng/ml、1000ng/ml、2000ng/ml、5000ng/mlであるがこれらに限定されない。好ましくは、50ng/mlである。
【0121】
工程(ii)は、前記工程(i)で得られた細胞を培養する工程であり、当該培養は、接着培養であっても浮遊培養であってもよい。接着培養を行う場合、細胞外基質をコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行い得る。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0122】
「細胞外基質」とは、前述した通りであり、好ましくは、ポリオルニチン、ラミニン及びフィブロネクチンの混合物である。
【0123】
工程(ii)の培養条件(培養温度、CO2濃度、O2濃度)は、ドーパミン神経前駆細胞の製造方法で記載した工程(i)の培養条件と同様である。
【0124】
工程(ii)の培養期間としては、例えば、1日以上、2日以上、3日以上、4日以上が好ましく、20日以下、15日以下、10日以下が好ましい。より好ましくは、5~7日である。
【0125】
生体からの神経前駆細胞の単離は、自体公知の方法を用いることができる。このような方法として、大脳皮質神経前駆細胞の場合、例えば、非特許文献6に記載の方法や、実施例で示す通り、マウス胎仔の大脳から、dorsal palliumを切り出し、神経細胞分散液を用いて分散させたのち、細胞を培養する方法などが挙げられる。
【0126】
3.神経前駆細胞選別用キット
本発明はまた、多能性幹細胞からの神経前駆細胞の選別用キットを提供する。本キットには、上述したmiRNA応答性mRNAや該mRNAをコードするDNAに加えて、上記トランスフェクションコントロールのmRNAや該mRNAをコードするDNA、神経前駆細胞の誘導のための特定の因子を含む神経前駆細胞誘導剤(例えば、凍結乾燥物、適当な緩衝液に溶解した凍結液剤等)、多能性幹細胞、試薬及び培養液を含んでいてもよく、本キットには、さらに分化誘導の手順を記載した書面や説明書を含んでもよい。さらにセルソーターを用いて選別するための抗体や、セルソーターを用いずに選別するための上述した抗生物質等の薬剤を含んでいてもよい。好ましくは、該薬剤はピューロマイシンである。
【0127】
4.神経前駆細胞を含む医薬
本発明では、神経前駆細胞を含む医薬を提供する。ここで神経前駆細胞は、本発明の方法により得られた細胞であれば特に限定されない。神経前駆細胞はそのまま、若しくはフィルター濾過等により濃縮したペレット等の細胞塊等として用いられる。さらに、該医薬は、DMSO(ジメチルスルホキシド)等の保護剤を加え、凍結保存することもできる。該医薬は、医薬として、より安全に利用するために、加熱処理、放射線処理等、目的の神経前駆細胞としての機能を残しつつ、病原体のタンパク質が変性する程度の条件下での処理に付してもよい。また、神経前駆細胞が必要量以上に増殖することを防止するために、上記処理と組み合わせて、マイトマイシンC前処理等による増殖の抑制や、哺乳類が自然には持っていない代謝酵素の遺伝子を当該細胞に導入して、その後、必要に応じて未活性型の薬を投与し、哺乳類が自然には持っていない代謝酵素の遺伝子を導入した細胞の中だけでその薬を毒物に変化させて細胞を死滅させる方法(自殺遺伝子療法)等の処理に付してもよい。
【0128】
本発明の医薬は、哺乳動物(例、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、イヌ、サル、オランウータン、チンパンジー、ヒト等)に投与することができる。該医薬のヒトへの投与形態(移植方法)としては、例えば、Nature Neuroscience,2,1137(1999)若しくはN Engl J Med.;344:710-9(2001)に記載されるような手法が挙げられる。好ましくは、本発明の医薬は、脳のドーパミン欠乏領域へと投与(移植)される。本発明の医薬において、患者本人の細胞あるいは組織適合型が許容範囲のドナーの細胞を用いて作製された神経前駆細胞を用いることが好ましいが、年齢や体質等の理由から充分な細胞が得られない場合には、ポリエチレングリコールやシリコンのようなカプセル、多孔性の容器等に包埋して拒絶反応を回避した状態で移植することも可能である。また、本発明の医薬の投与量(移植量)及び投与回数(移植回数)は、投与される患者の年齢、体重、症状等によって適宜決定することができる。
【0129】
本発明の神経前駆細胞を含む医薬は、それ自体の投与(移植)により、患者体内に効率的に生着できる。従って、本発明の医薬は、ドーパミン神経前駆細胞を含む場合は、ドーパミンの産生(放出)低下に起因する疾患、例えば、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、アルツハイマー病、てんかん及び統合失調症等の神経変性疾患の治療に有用である。大脳皮質神経前駆細胞を含む場合は、例えば、アルツハイマー病、ピック病、進行性ミオクローヌスてんかん等の患者、又は事故や脳梗塞等で大脳皮質に深刻な損傷を負った患者の治療に有用である。
【0130】
本明細書中で挙げられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0131】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0132】
後述の実施例では、以下のようにして実験を行った。
<ヒトiPS細胞の培養>
フィーダーを含まないヒトiPS細胞(1147F1及び1231A3株)を、既報のプロトコール(Nakagawa et al. (2014) Sci Rep. 4:3594)に従って、StemFit(+bGF)培地中のiMatrix-511(E8)(Nippi)上で維持した。ヒトiPS細胞を8日ごとに継代した。継代前に、6 wellプレートを37℃で少なくとも1時間、滅菌PBSで0.5μg/cm2の密度に希釈したiMatrix-511(E8)でコーティングした。PBSを吸引後、10μMのROCK阻害剤(Y-26732)を含む1.5mlのStemFitで迅速に置換した。ヒトiPS細胞を採取するために、古い培地を吸引し、細胞を1mlのPBSで洗浄した。PBSを吸引除去した後、0.3mlのTrypSELECT溶液(オンラインプロトコル参照)を各wellに加え、プレートをインキュベーターに移した。その後、TrypSELECT培地を吸引し、1 mlのPBSで洗浄した。PBSを吸引し、各wellに1.5mlのStemFit(ROCK阻害剤を含む)を加えた。ラバーエンドセルスクレーパーを使用して、マトリックスから細胞を回収し、ピペッティングにより、単一細胞にした。トリパンブルー染色及びCell Countess(Invitrogen)によって細胞密度を計算し、1.3×104細胞/wellで播種し、迅速に混合して細胞を均一に分散させた。24時間後、全量をStemFit(ROCK阻害剤なし)に交換し、その後1日おきに培地交換した。
【0133】
<ES細胞の培養>
ヒトES細胞(Kh1株)及びマウスES細胞を、上記のiPS細胞と同様の手法によって培養した。
【0134】
<ドーパミン神経前駆細胞への分化誘導法>
ヒトiPS細胞(1147F1及び1231A3株)及びヒトES細胞(Kh1株)から、ドーパミン神経前駆細胞を以下の方法により分化誘導した。6 wellプレートを、上記と同様にiMatrix-511(E8)でコーティングし、1 well当たり4mlの0日目の分化培地(d0分化培地:100μMピルビン酸ナトリウム、100μM β-メルカプトエタノール(2ME)を添加したGlasgow’s MEM/8% knockout-serum (KSR)(8GMK培地)、10μM Y-26732 (Wako)、100nM LDN-193189 (Stemgent)、500nM A83-01 (Wako))を添加した。分化は、d0分化培地(ROCK阻害剤あり)中のヒトiPSの分散細胞懸濁液から開始し、6 wellプレートに5×106細胞/wellで播種した。プレートを静かに攪拌してからインキュベーターに戻した。24時間後、培地全体をd1培地など(組成は下記参照)に交換し、毎日培地を交換した。1 well当たり、0から2日目までは4ml、3~6日目は6ml、7~8日目は8ml及び9~11日目は10mlを添加した。最初の11日間の培養で、細胞数は1 well当たり約1×107細胞にまで増加した。細胞を、12日目、20日目及び29日目に継代し、6 wellプレート中に常に5×106細胞/wellで播種した。12日以降、細胞は、以下を補充したNeurobasal B27培地中で常に維持された。1 well当たり、培地を8mlずつ添加して交換した。
1-2日目は、8GMK培地に100nM LDN-193189、500nM A83-01、2μMのプルモルファミン(Calbiochem)及び100ng/mlヒト組換えFGF-8(Wako)を添加した培地を用いた。3日目~7日目は8GMK培地に100nM LDN-193189、500 nM A83-01、2μMのプルモルファミン、100ng/ml ヒト組換えFGF-8及び30μM CHIR99021(Stemgent)を添加した培地を、添加した。7-11日目は、8GMK培地に100nM LDN-193189及び30μM CHIR99021を添加した培地を、添加した。12日目以降は、Neurobasal B27培地に、200μMアスコルビン酸(Sigma Aldrich)、400μM dbcAMP、20ng/mlのヒト組換えBDNF及び10ng/mlヒト組換えGDNFを添加した培地を、添加した。
12、20及び29日目に、混在細胞を、Kan Researchの抗CORIN(底板マーカー)抗体及び神経系統を標識するPSA-NCAM抗体で染色することによって、分化効率を評価した。平行して200μlの染色緩衝液(ROCK阻害剤を含む)中の約5×105細胞を200倍希釈したマウス抗ヒトCORIN抗体(Kan Research)又は200倍希釈した抗ヒトPSA-NCAMマウス・モノクローナル抗体(MAB5324、ミリポア)のいずれかで染色した。Alexa 488結合抗マウスIgG/IgM抗体は、それぞれCORIN及びPSA-NCAMについて400倍希釈で用いた。細胞を4℃で30分間染色した。細胞をHBSS培地(Hank’s balanced salt solution/2% KSR、50μg/ml penicillin/streptomycin及び10μM Y-26732)で2回洗浄した。死細胞をFACS分析前に10分間7-AADで染色した。
FITC及び7-AADシグナル用の標準フィルターを用いて、BD FACS aria-II又はBD Accuriのいずれかで細胞を分析した。ゲートは、SSC-A強度(P1)に基づいて死細胞を排除し、FSC-W対FSC-H(P2)及びSSC-W対SSC-H(P3)からダブレットを除去するように設定した。最後に7-AADで染色された細胞を除外し、「LIVE」細胞ゲート(P4/LIVE)を残した。P4でゲートされた20,000細胞を分析した。CORIN陽性及びPSA-NCAM陽性ゲートは、Alexa488-IgG又はIgGアイソタイプ対照二次抗体中に0.2%以下の細胞を有するように設定した。
【0135】
<前脳神経前駆細胞への分化誘導法>
ヒトiPS細胞(1231A3株)及びヒトES細胞(Kh1株)から、培地にプルモルファミン、FGF8及びCHIRを添加しないことを除き、分化誘導開始から12日目まで、上記ドーパミン神経前駆細胞と同様の方法で分化誘導を行った。
【0136】
<大脳皮質神経細胞への分化誘導法>
feeder細胞上で維持していたマウスES細胞は、培地を除去した後にPBSバッファーで2回洗浄し、0.05%のトリプシンEDTAで5分間、37℃で処理し、遠心分離によって細胞を回収した。コロニーをen blockで採取し、0.01%ゼラチンコートでコーティングした10cmディッシュで30分間放置し、培地成分を除去した。更に、遠心分離によって上清を除去し、PBSバッファーで2回洗浄した。Accumax(フナコシ)を1ml添加し、5分間、37℃で処理した。ピペッティングによりシングルセルにした後、PBSバッファーを10ml添加して遠心分離した。上清を除去した後、細胞数をカウントし、96 well U底ディッシュに、1 well当たり4,000細胞となるように播種した。
0-6日目は、NEAA、L-グルタミン酸、0.1mM 2ME、1mMピルビン酸及び10%KSRを補充したGMEM(Gibco)培地を使用し、37℃、5% CO2の雰囲気下で培養した。培地を、3日毎に交換した。培養開始時に培地に終濃度で20nMのC59及び10μMのSB431542を添加し、3日後の培地交換の際にも同様に添加した。
培養開始から6日目に継代を行い、2ME及びL-グルタミン酸を補充したDMEM(Gibco)500ml、N2サプリメントを5ml、B27を10ml添加した培養液を使用し、37℃、5%CO2の雰囲気下でインキュベートした。培養開始から8日目に、rmFGF8b(終濃度50ng/ml)及びcyclopamine(終濃度5μM)を添加し、37℃、5% CO2/40% O2の雰囲気下で培養した。
【0137】
<miRNA応答性mRNA作製のためのDNAコンストラクトの作製>
DNAコンストラクトは、5'側から、5'UTRカセット、マーカータンパク質のORF、及び3'UTRカセットを含む。本実験で用いた殆どのDNAコンストラクトは、5'UTRカセット内にmiRNA標的配列を挿入し、この標的配列にmiRNAが結合した場合にマーカータンパク質の翻訳が抑制されるように設計した。用いたオリゴ、プライマーを表1に、PCRの条件を表2~4に示す。
【0138】
【0139】
【0140】
【0141】
【0142】
非翻訳領域
哺乳動物細胞株における効率的な翻訳のために最適化した5'UTRをコードするオリゴを、5'UTR PCR産物を作製するための鋳型として使用した(表1を参照のこと)。この産物は、インビトロ転写後にキャップされる5'グアノシンと、インビトロ合成におけるT7 RNAポリメラーゼに使用されるT7プロモーターとを含む。さらに、最適化した3'UTRをコード、末端の20ntチミジンリピートを含むオリゴをテンプレートとして用いて、3'UTR PCR産物を作製した。5'UTR産物及び3'UTR産物はいずれも、2ステップPCRプログラム(表3及び表4を参照のこと)を用いて生成した。
【0143】
オープンリーディングフレーム(ORF)
ORFを、5'UTR PCR産物の3'末端及び3'UTR PCR産物の5'末端に部分的に相補的なプライマーを用いてプラスミドから増幅した。PCRの詳細については、表2を参照のこと。すべてのORFは、2ステップPCRプログラム(表3及び表4を参照のこと)を用いて作製した。得られたピューロマイシン耐性遺伝子、tagBFP及びEGFPのORFの配列をそれぞれ、配列番号745、747及び749で示す。
【0144】
フュージョンPCR
5'非翻訳領域(5'UTR)、ORF及び付加的な100-ntアデノシンテール(合計で120ポリAテールとなる)を含む逆方向プライマー(3UTR120A)で伸長された3'UTRの融合PCRから、全長DNAの鋳型(
図2b参照のこと)を作製した。すべての融合PCRは、3段階PCRプログラムを用いて行った(表3、表4参照のこと)。
【0145】
上述したPCR産物及びmiRNAの標的配列を含むオリゴを用いることで、miRNA応答性mRNAの鋳型を作製した(
図2c、2d参照のこと)。なお、配列番号1~642に、642種類のmiRNA標的配列を含む5'UTRの配列を表した(表8)。
【0146】
<in vitro transcription (IVT)>
MEGAscript T7 kit (Ambion)と上記で作製したDNAコンストラクトを用いてmRNA合成を行った。この反応において、ウリジン三リン酸及びシチジン三リン酸に替えて、シュードウリジン-5'-三リン酸及びメチルシチジン-5'-三リン酸(TriLink BioTechnologies)をそれぞれ用いた。IVT(mRNA合成)反応の前に、グアニジン-5'-三リン酸は、Anti Reverse Cap Analog (New England Biolabs)で5倍希釈した。反応混合液を37℃で5時間インキュベートして、TURBO DNase (Amibion)を加えた後、37℃で更に30分インキュベートした。得られたmRNAは、FavorPrep Blood/Cultured Cells total RNA extraction column (Favorgen Biotech)で精製し、Antarctic phosphatase (New England Biolabs)を用いて37℃で30分インキュベートした。その後、RNeasy Mini Elute Cleanup Kit (QIAGEN)により、更に精製した。得られたコントロール用のピューロマイシン耐性遺伝子 mRNA、tagBFP mRNA及びEGFP mRNAの配列をそれぞれ、配列番号753~755で示す。
以下、DNAコンストラクトからIVTによって作製されたmRNAをmiRNAスイッチと記載する。例えば、「miR-9-5p-tagBFP」から作製したmiRNAスイッチを「miR-9-5スイッチ」と記載する。タンデムスイッチについては、以下、「1x9-5p-tagBFP-4x9-5p」から作製したmiRNAスイッチを「タンデムmiR-9-5pスイッチ」、「1x9-5p-BimEL-4x9-5p」から作製したmiRNAスイッチを「Bimスイッチ」と記載する。
【0147】
<miRNAスイッチの導入>
miRNAスイッチの導入は
図1bに示したスケジュールに従って行った。
トランスフェクション1日目は、分化誘導した神経前駆細胞(接着培養)をAccumaxにて10分インキュベートして剥がれた細胞を回収し、Countessで細胞数を数えた。細胞濃度が5.0×10
5細胞/mlになるよう、NBB27+GABA+Y培地で希釈し、細胞懸濁液を調製した。24 wellプレート(iMatrixコート)に細胞懸濁液1ml(50万細胞/well)を静かに分注した。37℃、5%CO
2のインキュベーターで一晩培養した。
miRNAスイッチと共にmiRNA応答性mRNAとは異なる蛍光タンパク質遺伝子をコードしたmRNA(以下、トランスフェクションコントロールという)をそれぞれの細胞に導入した。
細胞を播種せずmRNA導入を行う場合は、2本の滅菌した1.5mlチューブに1本当たりStemfect RNA transfection kit(Stemgent)を12.5μl添加した。最初のチューブ(A)では、Stemfect RNAトランスフェクション試薬を1.0μlをバッファーに添加して混合した。二本目のチューブ(B)では、100ng/μlのmiRNAスイッチを1.0μl及び100ng/μlのEGFP mRNAを1.0μlをバッファーに添加して混合した。A液及びB液を混合し、室温で15分間インキュベートした。その間、培地を抗生物質を含まない新鮮なI
3培地500μlに交換した。15分後、その混合液を細胞に添加し、プレートを温和に振とうし、5%CO
2雰囲気下、37℃で4時間インキュベートした。4時間後、培地を吸引し、wellをIMDMで1回洗浄し、新鮮なI
3培地500μlをwellに添加した。24時間後、Accumaxを添加して10分インキュベートした後、細胞を回収し、FACSを用いて解析又は選別を行った。
細胞を播種してmRNA導入を行う場合は、24 wellプレートで培養されている細胞に200 μlのAccumaxを加え、37℃、5%CO
2下で10~15分インキュベートした後、500 μlの培地(DMEM 2%HS)を加え15 ml チューブに回収して4℃、2000 rpm、10分で遠心を行い、上清を取り除いた。500 μlの培地を加えピペッティングした後、cell countess(invitrogen)で細胞数を計測後、必要に応じて希釈した。24 wellプレートにまき直す場合は2×10
5細胞/well、6 wellプレートにまき直す場合は1×10
6細胞/wellで細胞をまき直した。細胞をwellにまくと同時に上述の方法により作製したmRNAを含む混合液をwellに加えた。37℃、5%CO
2下で4時間インキュベートした。その後、培地を除き、必要量の培地(DMEM 2%HS)をwellに加えた。24時間後、FACSを用いて解析した。
【0148】
<ドーパミン神経前駆細胞の選別に使用できるmiRNAスイッチの探索>
ヒトiPS細胞(1147F1株と1231A3株)から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞を用い、分化13日目に底板マーカータンパク質であるCORINに対する抗体を用いてFACS選別した。CORIN陽性細胞(ドーパミン神経前駆細胞)と陰性細胞(ドーパミン神経以外)からRNAを抽出し、miRNAアレイにかけた。製造業者の指示通りに、Agilent Technologies Human miRNA Microarray Release 19.0及びSurePrint G3 Human GE Microarrayを用いて行った。データはGeneSpring GX12.6ソフトウェア(Agilent Technologies)を用いて解析した。それぞれの株で2以上の変化率でドーパミン神経前駆細胞でより多く発現しているmiRNAを抽出し、2株でoverlapするmiRNA、あるいは既報の文献等(例えば、Huang T, J Mol Cell Biol 2:3, 152-63)に記載のmiRNAを候補として、上述の方法によって、miR-9-5p, 及びmiR-218-5pを含む37種類のmiRNAの標的配列から、miRNAスイッチを作製した。
これらのmiRNAスイッチを導入した細胞をFACS選別することにより、miRNAスイッチとして機能するか解析した。
【0149】
<FACSによる解析>
各解析対象の細胞に24 wellプレート、1 wellあたり200μlのAccumaxを加え(6 wellプレートでは1ml)、37℃、5%CO2下で10~15分インキュベートした。その後500μlの培地(DMEM 2%HS)を加え、細胞を15 mlチューブに回収して4℃、2000rpm、10分で遠心を行い、上清を取り除いた。1 wellあたり200μlの培地(DMEM 2%HS)又はHBSSを加えて、ピペッティングで懸濁しフィルターで通して解析に用いた。
【0150】
<ドーパミン神経前駆細胞におけるmiR-9-5p及びmiR-218-5p発現量の経時的解析>
ヒトiPS細胞(1231A3株)及びヒトES細胞(Kh1株)をそれぞれ前脳又はドーパミン神経前駆細胞に分化誘導し、分化誘導開始から0~35日目の間で7日毎に細胞を回収し、液体窒素で凍結した後、-80℃で保存した。RNA抽出は、細胞ペレットを氷上で解凍し、製造者のプロトコールに従ってTrizol試薬(Invitrogen)に再懸濁した。冷凍庫で一晩、RNAを氷冷イソプロパノール中で沈殿させ、75%エタノールで洗浄し、乾燥させ、最後に適量のRNaseフリー精製水に再懸濁し、50℃で5分間加熱して乾燥RNAの懸濁を補助した。製造者のプロトコールに従って、残留したゲノムDNAをTURBO DNase(Ambion)キットを用いて分解し、スラリー(slurry)を用いて反応後の酵素及び過剰の陽イオンを除去した。RNAの純度及び量は、最初にNanodrop 2000(ThermoFisher)で測定した。hsa-miR-9-5p(miRBase.v21:MIMAT0000441;アッセイID. 000583、カタログ番号4427975)及びhsa-miR-218-5p(miRBase.v21:MIMAT0000275;アッセイID. 000521、カタログ番号4427975)に特異的なRTプライマーを用いて、TaqMan MicroRNA逆転写キット(AppliedBiosystems)の製造業者のプロトコールに従って、逆転写のために10ngのトータルRNAを用いた。small RNA TaqManアッセイの指示に従って、1xTaqMan(登録商標)ユニバーサルPCRマスターミックスII(UNGなし)及び1xTaqMan(登録商標)Small RNAアッセイと共に、1.33μlの逆転写反応物を用い、ヌクレアーゼ・フリーの精製水で20μlとした。標準的な温度勾配条件で、StepOnePlus
TMリアルタイムシステム(AppliedBiosystems)を用いてPCRを行った。成熟miRNAの発現を、分化0日目のiPS細胞の状態と比較するために、ユニバーサルRNU6B TaqMan(登録商標)Small RNAアッセイ(NR_002752;アッセイID. 001093、カタログ番号4427975)を用いて発現量を標準化し(
図4)、-ΔΔCt法で分析した。
【0151】
<miRNAスイッチで選別した細胞におけるqRT-PCRを用いた各種マーカー遺伝子の発現解析>
miRNAスイッチを用いてFACS選別した細胞又はBimスイッチで選別した細胞からトータルRNAを抽出した。ReverTra Aceキット(TOYOBO)及びオリゴ(dT)20プライマーを用いて、逆転写反応を行った。
定量PCRはTaqManプローブ及びStepOne Plus Real-Time PCR System(Applied Biosystems)を用いて各種マーカー遺伝子の発現解析を行った。解析に用いた、ヒト遺伝子用のプライマーを表5、マウス遺伝子用のプライマーを表6に示す。
【0152】
【0153】
【0154】
<miRNAスイッチを用いたFACS選別>
ヒトiPS細胞(1231A3株)をドーパミン神経前駆細胞に分化誘導し、分化誘導開始から14日目、21日目及び28日目にmiR-9-5pスイッチ又はmiR-218-5pスイッチを導入し、翌日FACSで選別した(
図3)。選別した細胞からRNAを抽出し、上記の方法に従って、各マーカー遺伝子の発現量をqRT-PCRで解析した。各マーカー遺伝子の発現量は、miRNAスイッチ陽性細胞と陰性細胞間で比較を行った(
図5~7)。また、以下の方法により免疫染色でマーカータンパク質の発現を調べた(
図9)。
【0155】
<比較実験:抗CORIN抗体を用いたドーパミン神経前駆細胞のFACS選別>
ヒトiPS細胞(1231A3株)をドーパミン神経前駆細胞に分化誘導し、分化誘導開始から12日目の細胞に24 wellプレート、1 wellあたり200μlのAccumaxを加え、37℃、5%CO
2下で10~15分インキュベートした。その後500μlの培地(DMEM 2%HS)を加え細胞を15mlチューブに回収して4℃、2000rpm、10分で遠心を行い、上清を取り除いた。1 wellあたり200μlの培地(DMEM 2%HS)又はHBSSを加えて、ピペッティングで懸濁しフィルターで通して解析に用いた。解析に用いた抗体は抗CORINマウスIgG抗体(1:200、KAN研究所から譲受)及びAlexa 488-conjugated抗マウスIgG抗体(1:400、Invitrogen)を使用した。抗体を加え4℃で20分間インキュベートし、細胞をHBSSバッファーで2回洗浄した。死細胞及を7-AAD染色によって識別染色した。一次抗体を失ったサンプルの閾値を超えるサンプルが0.1%以下となるように、染色陽性の基準を設定した。解析にはBD FACS Aria III若しくはBD LSRFortess、選別にはBD FACS Aria IIIを用いた。選別した細胞を21日目若しくは28日目まで継続培養したサンプルからRNAを抽出し、上記の方法に従って、各マーカー遺伝子の発現量をqRT-PCRで解析した(
図8)。
【0156】
<免疫染色>
FACS選別した細胞の免疫染色では、FACS選別後、さらに96 well低接着プレート上で8日間培養を続け細胞集塊としたサンプルを用いた。
Bimスイッチで選別した細胞の免疫染色では、選別後、さらに96 well低接着プレート上で7日間培養を続けて細胞集塊を形成させ、再びAccumaxで単一細胞に解離し、8 well chamber slide (iMatrix coat)に播種し、7日後の細胞をサンプルとして用いた。
これらの細胞を4%PFAで固定し、2%ヤギ血清及び0.5%サポニンを添加したPBSバッファー(Sigma)に懸濁した、各マーカータンパク質に特異的な一次抗体で、各細胞を染色した。Alexa 488結合抗マウスIgG抗体(ミリポア)を500倍希釈し、二次抗体として使用した。核は10,000倍希釈したHoechst(Invitrogen)で染色した。染色画像はBiorevo BZ-9000顕微鏡(Keyence)を用いて撮影した。本実験で使用した抗体を表7に示す。
【0157】
【0158】
<追加培養>
FACS選別し、回収した陽性又は陰性細胞の一部をRNA抽出サンプルとし、他のものは更に96 well低接着プレート(住友ベークライト、PrimeSurface)に分散して、一週間の培養を追加し凝集塊(aggregation、sphereともいう)を形成させ、RNA抽出用のサンプル、又は4%PFA固定後、凍結切片として免疫染色用のサンプルとした。
【0159】
<タンデムmiRNAスイッチを用いたFACS選別>
ヒトiPS細胞(1231A3株)をドーパミン神経前駆細胞に分化誘導し、分化誘導開始から21日目にmiR-9-5pスイッチ又はタンデムmiR-9-5pスイッチを導入し、上記の方法でFACS選別した(
図10、11)。
【0160】
<Bimスイッチのトランスフェクション>
Bimスイッチのトランスフェクションは
図1bに示したスケジュールに従い、分化誘導21日目に、以下の手法によって行った。
6 wellプレートの1 wellについて、2本の滅菌した1.5mlチューブに1本当たりStemfectトランスフェクション・バッファーを50μl添加した。最初のチューブ(A)では、Stemfect RNAトランスフェクション試薬を4.0μl添加した。二本目のチューブ(B)では、100ng/μlのmiR-Bimスイッチを1.0、1.5又は2.0μl及び100ng/μlのピューロマイシン耐性mRNAを2.0μl添加した。A液とB液を混合し、室温で15分間インキュベートした。その間、培地を、抗生物質を含まない新鮮なI
3培地2mlに交換した。15分後、その混合液を細胞に添加し、プレートを温和に振とうし、5%CO
2雰囲気下、37℃で4時間インキュベートした。4時間後、培地を除去し、wellをIMDMで1回洗浄し、2μg/mlのピューロマイシンを含む新鮮なI
3培地2mlを細胞に添加した。
翌日、生残細胞を回収し低接着96 wellプレートに2×10
4細胞/wellとなるように播種し、aggregationを作製し、7日間追加培養を行った。分化誘導28日目に、aggregationを回収し、その一部を用いてqPCRによって各マーカー遺伝子の発現解析をした。また、残りのaggregationの一部にAccumaxを1ml添加し、5分間、37℃で処理した。ピペッティングによりシングルセルにした後、8 wellチャンバースライド(iMatrixコート)に播種し、7日後(分化誘導35日目)に、4%PFAで固定し、上記と同様にして免疫染色を行った。
【0161】
<ピューロマイシン選別の最適化>
ヒトES細胞(Kh1株)及びヒトiPS細胞(1231A3株)を上記の方法によって神経前駆細胞に分化させ、分化後20日及び27日で検討を行った。96 wellプレート(flat bottom、iMatrixコート)に1.7×10
5細胞/wellで播種し、翌日、終濃度0~15μg/mlとなるようにピューロマイシンを添加した培地に交換し20時間培養し、CyQuant Diret Cell Proliferation Assay Kit (Invitrogen)により細胞の生残率を評価した(
図12a)。Controlとして、CyQuant kitで処理していない細胞の自家蛍光を測定した。
次に、終濃度10μg/mlとなるようにピューロマイシンを添加した培地に、ピューロマイシン耐性mRNAを0~100ng/mlでトランスフェクションした各細胞を20時間培養し、上記と同様にして細胞の生残率を評価した(
図12b)。
ピューロマイシン耐性mRNAを100ng/mlとなるようにしてトランスフェクションした細胞に、更にBimスイッチとして用いるmRNAを0~100ng/mlでトランスフェクションし、終濃度10μg/mlとなるようにピューロマイシンを添加した培地で20時間培養し、上記と同様にして細胞の生残率を評価すると共に、細胞の状態や細胞の回収率を調べた(
図12c及び13)。また、比較としてFACS選別した細胞でも、同様に細胞の状態や細胞の回収率を調べた(
図13b)。回収率(Collection efficiency)(%)は、回収した細胞数 / トランスフェクション前に蒔いた細胞数により算出される。この際、FACSによるBFP陽性細胞は、10~30%であり、この陽性細胞をFACSにより選別している。
最後に、Bimスイッチで選別し、生残した細胞からRNAを抽出し、上記と同じ方法によって、各マーカー遺伝子の発現量をqRT-PCRによって解析し(
図14)、各マーカータンパク質の発現状況を免疫染色によって確認した(
図15)。
【0162】
<マウスES細胞由来の大脳皮質神経前駆細胞におけるmiRNAスイッチでの選別>
マウスES細胞から大脳皮質神経前駆細胞を分化誘導し、miR-9-5pスイッチを用いて、上記の方法によりFACS選別した(
図16a)。また、選別後の細胞(miR-9-5p陽性又は陰性)及び未選別の細胞からRNAを抽出し、上記と同じ方法によってqRT-PCRにより、各マーカー遺伝子の発現を解析した(
図16b~d)。
【0163】
<ドーパミン神経前駆細胞の選別に使用できるmiRNAのスクリーニング>
ヒトiPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞に642種類のmiRNAスイッチ(配列番号1~642の配列を含むmiRNAスイッチ)を導入し、ドーパミン神経前駆細胞において発現しているmiRNAに対する応答性を、FACSを用いて解析した。
【0164】
<大脳皮質神経前駆細胞の選別に使用できるmiRNAのスクリーニング>
妊娠13日齢マウスを、ソムノペンチルを用いて安楽死させ、可及的に胎児を摘出した。摘出したE13.5マウスより大脳を摘出し、硬膜を剥離し、神経細胞のみとした状態で、dorsal palliumを切り出し採取した。処置は全て氷冷したHESS内で行い30分以内に完了させた。回収したdorsal palliumを神経細胞分散液(DS Pharma biomedical, MB-X9901D)を用いて分散し、PDLでコートしたflat bottomディッシュに15×104細胞/cm2の密度で播種した。同時に、上記と同じ方法によって642種類のmiRNAスイッチを細胞に導入した。24時間後、上記と同じ方法によって、大脳皮質神経前駆細胞において発現しているmiRNAに対する応答性を、FACSを用いて解析した。
【0165】
実施例1:ドーパミン神経前駆細胞の選別に使用できるmiRNAの探索
分化誘導したドーパミン神経前駆細胞を用いて行ったFACSによる解析の結果、miR-9-5pスイッチ及びmiR-218-5pを用いた場合に、分化誘導開始後21日及び28日目に、miRNAスイッチをトランスフェクションすることで良好にドーパミン神経前駆細胞を選別できることが示された(
図3)。この結果から、以後、ドーパミン神経前駆細胞の選別においては分化誘導開始から21日目以降に、miRNAスイッチをトランスフェクションすることとした。
【0166】
実施例2:中脳及び前脳神経細胞におけるmiR-9-5p及びmiR-218-5pの経時的発現解析
ヒトiPS細胞(1231A3株)及びヒトES細胞(Kh1株)をそれぞれ、前脳又は中脳に分化させ、経時的にmiR-9-5p及びmiR-218-5pの発現量をqRT-PCRによって調べた。発現量はRNU6Bの結果を用いて標準化した。その結果、miR-9-5pは分化誘導開始から14日目では1231A3株で発現量が少なく、21日目以降はいずれの株においても、前脳又は中脳に分化させたいずれの場合でも、発現が見られた。しかし、28日目、35日目ではいずれの細胞株においても、中脳に分化させた時の発現量は高い状態を維持していたが、前脳に分化させた場合に発現量の減少が見られた。このことから、miR-9-5pは中脳神経の選別に特に適しており、21日目以降に、選別を行うことが適していることが示唆された(
図4)。一方、miR-218-5pについては、分化誘導開始から7日目以降に、いずれの株及び前脳又は中脳に分化させたいずれの場合でも発現が確認され、中脳に分化させた時の方が前脳に分化させた時よりも発現量が多い傾向は見られたものの、顕著な差ではなかった(
図4)。
【0167】
実施例3:miRNAスイッチを用いたドーパミン神経前駆細胞のFACS選別
ヒトiPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞において、miR-9-5pスイッチ又はmiR-218-5pスイッチを21日目にトランスフェクションして、FACS選別を行い、各マーカー遺伝子の発現量を調べた。いずれのmiRNAスイッチを用いた場合でも、中脳及び底板(floor plate)マーカー遺伝子の発現が確認された(
図5)。ただし、miR-218-5pスイッチによる選別を行った細胞ではNurr1の発現は陽性群、陰性群で差が認められなかった(
図5)。他方、いずれのmiRNAスイッチを用いた場合でも、Anterior及び初期神経系転写因子の発現は陽性群で少なかった(
図5)。これらの結果から、miR-9-5pスイッチ及びmiR-218-5pスイッチのいずれを用いた場合でも、中脳及び底板マーカー遺伝子を強く発現するドーパミン神経前駆細胞をFACS選別できることが示唆された。
同様に、分化誘導開始から21日目及び28日目に、miR-9-5pスイッチ又はmiR-218-5pスイッチをトランスフェクションして、分化誘導開始からの時間によって発現しているマーカーの変化を調べた。その結果、miR-9-5pスイッチ及びmiR-218-5pスイッチのいずれを用い、分化誘導開始から21日目及び28日目にmiRNAスイッチをトランスフェクションした場合であっても、マーカー遺伝子の発現パターンは類似していた(
図6及び7)。
【0168】
比較例1:抗CORIN抗体を用いたドーパミン神経前駆細胞のFACS選別
比較例として、ヒトiPS細胞から分化誘導したドーパミン神経前駆細胞を、抗CORIN抗体を用いて21日目と28日目にFACS選別し、マーカー遺伝子の発現パターンを調べた。中脳及び底板マーカー遺伝子については、分化誘導開始から21日目で選別した細胞でCORIN及びEn1の発現が確認されたものの、28日目で選別した細胞ではCORINの発現しか確認できなかった(
図8)。miRNAスイッチを用いたFACSによる細胞の選別結果と比較すると、miRNAスイッチを用いた場合の方が中脳及び底板マーカー遺伝子を強く発現している細胞が選別されており、上記日数で選別した場合には、miRNAスイッチを用いた本発明の手法が抗CORIN抗体を用いた手法よりも優れていることが確認された。
【0169】
実施例4:免疫染色によるマーカータンパク質の発現解析
上記により、miR-9-5pスイッチでFACS選別したドーパミン神経前駆細胞において発現しているマーカータンパク質を、免疫染色し、miR-9-5p陽性・陰性細胞及び未選別細胞の間で比べた。miR-9-5p陽性細胞はmiR-9-5p陰性細胞及び未選別細胞に比べ、成熟ドーパミン神経細胞に特徴的なマーカータンパク質であるNurr1及びFoxa2を発現しており、前脳の神経前駆細胞マーカータンパク質であるSox1やPax6の発現は弱く、細胞増殖マーカータンパク質であるKi67の発現においては差が見られなかった(
図9)。
【0170】
実施例5:タンデムmiRNAスイッチによるドーパミン神経前駆細胞のFACS選別
これまでの結果から、miRNAスイッチを用いた選別で、ドーパミン神経前駆細胞を純度良く選別できることが明らかとなった。しかしながら、この手法においてはセルソーターの使用は不可欠である。セルソーターを用いた選別では、回収に時間を要し、回収効率が低い等、大量に培養した細胞を選別するためには不向きである等の欠点があった。そこで発明者らは将来的に、製造した細胞を再生治療に用いることができるように、セルソーターを用いずに、細胞を選別する手法を検討した。
セルソーターを用いた選別はgate設定が可能で、トランスフェクション効率が細胞間で異なる場合であっても、コントロールEGFPを用いることでシャープに選別することが可能である。しかし、セルソーターを使用しない場合は、一般的にgateが設定できずトランスフェクション効率を選別に反映できない。そこでmiRNAの発現量の差異により陽性と陰性を明確に選別できるmiRNAスイッチを確立することが望ましいと考えられた。そこで、発明者らはmiRNA標的配列をタンデムに複数連結した、タンデムmiRNAスイッチを作製し、それらのタンデムmiRNAスイッチの感度を調べ、タンデムmiR-9-5pスイッチ(1x9-5p-tagBFP-4x9-5p)を完成した。タンデムmiR-9-5pスイッチを用いた場合、miR-9-5pスイッチに比べ、純度良くドーパミン神経前駆細胞をFACS選別できることが示唆された(
図10)。
【0171】
Bimスイッチによるドーパミン神経前駆細胞の選別
タンデムmiR-9-5pスイッチのマーカータンパク質として蛍光タンパク質BFPの代わりにアポトーシス誘導タンパク質Bimの遺伝子を連結し、miR-9-5pを発現している細胞においてはBimタンパク質の発現を抑制するmiRNAスイッチ(Bimスイッチ)が機能し、アポトーシスが誘導されないことによって選別される系の確立を試みた。ここで、トランスフェクションされにくい細胞を排除するために、Bimスイッチと共に、ピューロマイシン耐性遺伝子を導入し、ピューロマイシン耐性による選別も同時に行った。
まず、培地に添加するピューロマイシンの最適量を検討したところ、5-15μg/mlであり以後10μg/mlで実験を行った(
図12a)。次に、培地に10μg/mlのピューロマイシンを添加した場合に、細胞を生存させるために必要なピューロマイシン耐性遺伝子の濃度を検討した。その結果、100ng/mlのピューロマイシン耐性mRNAを導入することとした(
図12b)。最後に、10μg/mlのピューロマイシンを添加した培地において、100ng/mlのピューロマイシン耐性mRNAと共に、各種濃度のBimスイッチを導入した場合、100ng/mlのBimスイッチを導入した場合に、細胞を厳しく選別できることが示唆された(
図12c)。
一方、細胞の回収率について検討すると、Bimスイッチを用いた本手法では約40%の細胞回収率であり、FACS選別した細胞の回収率(約10%)よりも顕著に高いことが示された(
図13b)。
【0172】
実施例6:各方法における細胞回収効率の比較
細胞選別(純化)には蛍光標識された細胞染色をFACSで選別する方法が一般的であるため、従来のFACSで選別する方法による細胞の回収率と、本発明の選別方法による細胞の回収率を比較した。FACSを用いて、miR-9-5pスイッチ及びタンデムmiR-9-5pスイッチでFACS選別した際の細胞の検出率は、それぞれ14.9%及び28.0%であった(
図11)。ただし、この数値はFACSの機械における検出部での数値であり、実際に細胞をまき直して、トランスフェクションをしたのち、細胞を回収して、FACSの機械にかけて、さらに選別した細胞を回収するという各ステップで細胞のロスが生じるため、FACSの機械の性能の限界で14.9%又は28.0%のすべてが回収できるわけではない。そこで、まき直す際の細胞数を基準にして、最終的にどれだけの目的細胞が回収できるかを調べ、“collection efficiency”(回収率)として計算した。miRNAスイッチ等を用いた選別をすることなく、ただまき直して、翌日回収するという手技だけ(unsort)でも細胞は81%に減った。FACSを使った方法では、タンデムmiR-9-5pスイッチを使うことにより、miR-9-5pスイッチを使った場合よりも、回収率は6%から11%に増えた。一方、FACSの機械性能による細胞のLossがない薬剤によるBim selectionでは回収率が36%であり、Bimスイッチを用いることで、FACSを用いた場合よりも回収率が顕著に高いことが示された。
【0173】
実施例7:Bimスイッチで選別した細胞における各種マーカータンパク質/遺伝子の発現解析
上記によりBimスイッチで選別した細胞における各種マーカー遺伝子の発現量を調べた。先述のFACSを用いた手法と同じ程度に、中脳及び底板マーカー遺伝子を強く発現している細胞を選別できた(
図5及び14)。
また、Bimスイッチで選別した細胞と未選別の細胞とで、細胞のマーカータンパク質の発現を免疫染色によって比べたところ、Bimスイッチで選別した細胞では成熟ドーパミン神経細胞に特徴的なマーカータンパク質であるNurr1陽性率が高く、前脳の神経前駆細胞マーカータンパク質であるSox1の発現率が低かった(
図15)。
【0174】
以上の結果から、miRNAスイッチを用いることで、多能性幹細胞等から分化誘導した細胞集団の中から、所望の表現型(マーカー発現型)を有する細胞を選別できることが示された。さらに、本手法を用いることで、セルソーターを用いなくても所望の細胞を選別することも可能であり、極めて有用である。
【0175】
実施例8:miRNAスイッチを用いた大脳皮質神経前駆細胞のFACS選別
miRNAスイッチを用いた本手法が、実際にドーパミン神経前駆細胞以外の神経細胞にも適用できるか検証した。
マウスES細胞から分化誘導した神経前駆細胞を、miR-9-5pスイッチを用いてFACS選別した結果、良好な選別パターンが確認された(
図16a)。次に、miR-9-5p陽性細胞において、各種マーカー遺伝子の発現量を調べた。その結果、miR-9-5p陽性細胞においては、大脳皮質神経前駆細胞マーカー遺伝子であるPax6、Ctip2、Emx1及びFezf2の発現量が多く(
図16b)、成熟神経マーカー遺伝子であるHES1及びNotch2の発現量は少なかった(
図16c)。また、その他のマーカー遺伝子であるSox9、FoxF1及びSox10の発現量についてmiR-9-5p陽性細胞を、未選別細胞と比べるとほぼ同程度であったが、miR-9-5p陰性細胞と比べると顕著に少なかった(
図16d)。これらの結果から、miR-9-5p陽性細胞は所望の大脳皮質神経前駆細胞であり、ドーパミン神経前駆細胞の場合と同じように、良好に選別できたことが示唆された。
【0176】
以上の結果から、本発明の選別方法はドーパミン神経前駆細胞や大脳皮質神経前駆細胞以外にも、他の様々な神経前駆細胞においても応用可能であると考えられる。
【0177】
実施例9:神経前駆細胞の選別に使用できるmiRNAの探索
ヒトiPS細胞から分化誘導し、開始から13日目のドーパミン神経前駆細胞を、抗CORIN抗体を用いたFACS選別により、CORIN陽性及び陰性細胞を回収した。これらの細胞に642種類のmiRNAスイッチ(配列番号1~642を含む)を導入し、FACSを用いて各miRNAの応答性を解析した。用いたmiRNA配列及びその結果を表8に示す。表中のDAはドーパミン神経前駆細胞、CNは大脳皮質神経前駆細胞を示し、aaは特に強い応答、aは強い応答、bは弱い応答、記載なしは無反応であったことを意味する。また、miRNA名の文頭のhsa-は省略する。
【0178】
【0179】
【0180】
【0181】
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【0199】
【0200】
ドーパミン神経前駆細胞においては、642種類のRNA配列中、特に強い応答を示したものが16種類、強い応答を示したものが36種類、弱い応答を示したものが76種類、無応答であったものが514種類であった。表9に、特に強い応答を示したもの及び強い応答を示したものを示す。
【0201】
【0202】
マウス胎仔から取得した大脳皮質神経前駆細胞においても、上記と同様の方法でFACSを用いて各miRNAの応答性を解析した。大脳皮質神経前駆細胞においては、642種類のmiRNA中、特に強い応答を示したものが14種類、強い応答を示したものが119種類、弱い応答を示したものが94種類、無応答であったものが415種類であった。表10に、特に強い応答を示したもの及び強い応答を示したものを示す。
【0203】
【0204】
【0205】
【0206】
以上より、これらのmiRNAスイッチも、本発明に適用できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0207】
本発明によれば、パーキンソン病等の治療に用いる細胞移植のドナー細胞、疾患解明のツール及び/又は薬剤開発のツールとして用いることができる、神経前駆細胞を、miRNAを指標にして選別することが可能となる。特に、本発明は操作性に優れており、従来の神経前駆細胞の選別方法と比べ、要する手間や時間、及び回収効率が大幅に改善されている。また、本発明の方法で作製された神経前駆細胞は、選別に抗体を使用していないので残存抗体のコンタミネーションのリスクもなく、スケールアップも容易である。
【0208】
(関連出願の表示)
本出願は、2017年8月10日付で日本国に出願された特願2017-156213を基礎としており、ここで言及することによりその内容は全て本明細書に包含される。
【配列表】