(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-03
(45)【発行日】2023-03-13
(54)【発明の名称】試料解析方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/20 20060101AFI20230306BHJP
G01N 23/2251 20180101ALI20230306BHJP
H01J 37/28 20060101ALI20230306BHJP
H01J 37/252 20060101ALI20230306BHJP
【FI】
H01J37/20 F
G01N23/2251
H01J37/28 B
H01J37/252 A
(21)【出願番号】P 2019090222
(22)【出願日】2019-05-10
【審査請求日】2022-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513067727
【氏名又は名称】高知県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】富松 宏太
(72)【発明者】
【氏名】小林 憲司
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】八田 章光
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-119442(JP,A)
【文献】特開2019-045411(JP,A)
【文献】特開2014-203827(JP,A)
【文献】米国特許第06667475(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
G01N 23/00-23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面に電子線を入射し、前記表面から放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する電子線装置を用いた試料の解析方法であって、
前記表面に前記電子線を入射する工程と、
前記電子線装置の内部に、吐出部と電極部とを有する吐出放電ユニットを設け、前記吐出部から前記表面に対して水素含有ガスを吹き付けながら、前記表面と前記電極部との間に電圧を印加し、前記表面と前記電極部との間でグロー放電を発生させる工程と、を備える、
試料解析方法。
【請求項2】
前記吐出放電ユニットは、前記電極部として機能するよう導電性材料からなり、かつ前記吐出部が形成されたノズルを含む、
請求項1に記載の試料解析方法。
【請求項3】
前記吐出放電ユニットは、前記吐出部が形成されたノズルと前記電極部とを含む、
請求項1に記載の試料解析方法。
【請求項4】
前記電極部は前記ノズルに設けられている、
請求項3に記載の試料解析方法。
【請求項5】
前記試料が金属材料である、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項6】
前記グロー放電を発生させる工程において、前記電圧の大きさを100V以上、5kV以下とする、
請求項1から請求項5までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項7】
前記吐出部の開口断面積が1μm
2以上、0.01mm
2以下である、
請求項1から請求項6までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項8】
前記グロー放電を発生させる工程において、前記表面と前記吐出部との距離を10μm以上、2cm以下とする、
請求項1から請求項7までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項9】
前記グロー放電を発生させる工程において、前記水素含有ガスの流量を1mL/min以上、100mL/min以下とする、
請求項1から請求項8までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項10】
前記電子線を入射する工程において、前記電子線のエネルギーを200eV以上とする、
請求項1から請求項9までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項11】
前記電子線を入射する工程において、前記電子線の照射電流を10pA以上とする、
請求項1から請求項10までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項12】
前記試料に応力を負荷する工程をさらに備える、
請求項1から請求項11までのいずれかに記載の試料解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼の開発において、水素により強度および靭性が劣化する水素脆化が大きな問題となっている。しかし、水素脆化に関係する材料組織的な変化は定かでなく、水素脆化のメカニズム解明のためには、水素を鋼中に導入しながら経時的に観察を行うことが望まれる。
【0003】
非特許文献1では、電解液中で電解チャージを行いながら、原子間力顕微鏡(AFM)により、試験片表面の形状を観察する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】A. Barnoush et al., Direct observation of hydrogen-enhanced plasticity in super duples stainless steel by means of in situ electrochemical methods, Scripta Materialia, 62(2010) 242
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年、本発明者らが金属材料の水素脆化について研究を重ねた結果、応力の負荷によって生じる歪み分布、相変態、転位運動等に対し、材料中に侵入した水素が影響を及ぼすことが、水素脆化の原因であることが徐々に明らかとなってきた。
【0006】
それに伴い、材料中に水素が導入されながら応力が負荷された際の上記の物理現象の経時的変化を、高分解能かつ広域において解析する必要性が生じてきた。そして、材料中で生じるこれらの物理現象を解析する際に不可欠なのが、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)に代表される電子線装置である。
【0007】
すなわち、材料中に水素を導入するとともに、必要に応じて応力を負荷した状態で、電子線装置を用いて、当該材料表面を高分解能で解析する必要があると認識するに至った。
【0008】
非特許文献1において用いられるAFMは、材料の表面形状を高精度で解析することは可能であるが、歪み分布、相変態、転位運動等の解析を行うことはできない。また、非特許文献1では、電解液中で電解チャージを行うため、高真空度に維持される電子線装置に非特許文献1の技術をそのまま適用することは不可能である。さらに、電解液との化学反応により、材料表面が変質する可能性もあり好ましくない。加えて、電解チャージ中に応力を負荷することについても記載されていない。
【0009】
本発明は、試料中に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能な試料解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記の試料解析方法を要旨とする。
【0011】
(1)試料の表面に電子線を入射し、前記表面から放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する電子線装置を用いた試料の解析方法であって、
前記表面に前記電子線を入射する工程と、
前記電子線装置の内部に、吐出部と電極部とを有する吐出放電ユニットを設け、前記吐出部から前記表面に対して水素含有ガスを吹き付けながら、前記表面と前記電極部との間に電圧を印加し、前記表面と前記電極部との間でグロー放電を発生させる工程と、を備える、
試料解析方法。
【0012】
(2)前記吐出放電ユニットは、前記電極部として機能するよう導電性材料からなり、かつ前記吐出部が形成されたノズルを含む、
上記(1)に記載の試料解析方法。
【0013】
(3)前記吐出放電ユニットは、前記吐出部が形成されたノズルと前記電極部とを含む、
上記(1)に記載の試料解析方法。
【0014】
(4)前記電極部は前記ノズルに設けられている、
上記(3)に記載の試料解析方法。
【0015】
(5)前記試料が金属材料である、
上記(1)から(4)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0016】
(6)前記グロー放電を発生させる工程において、前記電圧の大きさを100V以上、5kV以下とする、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0017】
(7)前記吐出部の開口断面積が1μm2以上、0.01mm2以下である、
上記(1)から(6)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0018】
(8)前記グロー放電を発生させる工程において、前記表面と前記吐出部との距離を10μm以上、2cm以下とする、
上記(1)から(7)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0019】
(9)前記グロー放電を発生させる工程において、前記水素含有ガスの流量を1mL/min以上、100mL/min以下とする、
上記(1)から(8)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0020】
(10)前記電子線を入射する工程において、前記電子線のエネルギーを200eV以上とする、
上記(1)から(9)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0021】
(11)前記電子線を入射する工程において、前記電子線の照射電流を10pA以上とする、
上記(1)から(10)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0022】
(12)前記試料に応力を負荷する工程をさらに備える、
上記(1)から(11)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、試料中に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置の概略構成を示す図である。
【
図2】負荷する応力に応じた試料の形状の一例を模式的に示した図である。
【
図3】本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置の概略構成を示す図である。
【
図4】本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置の概略構成を示す図である。
【
図5】本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置の概略構成を示す図である。
【
図6】試験片の寸法・形状を説明するための図である。
【
図7】くさびの寸法・形状を説明するための図である。
【
図8】ノズルによる水素含有ガスの吐出方向および電子線の入射方向を説明するための図である。
【
図9】電圧の印加前および印加後において取得された二次電子像を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の一実施形態に係る試料解析方法について、
図1を参照しながら説明する。
【0026】
図1は、本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の概略構成を示す図である。電子線装置100には、例えば、SEMが含まれる。
【0027】
まず、本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の構造について説明する。
図1に示すように、電子線装置100の内部は、試料室10、中間室20および電子銃室30に区画されている。
【0028】
試料室10、中間室20および電子銃室30のそれぞれには、真空排気部40が設けられている。真空排気部40としては、例えば、ターボ分子ポンプ、拡散ポンプ、イオンポンプ、チタンサブリメーションポンプ、油回転ポンプ、ドライポンプ等の真空ポンプを用いることができる。
【0029】
試料の解析を行うに際しては、試料室10内に試料11が載置される。試料11の種類については、導電性を有する試料が対象となる。また、試料11の形状については特に制限はなく、板状、粒状、棒状等、試料室10内に載置可能な形状であればよい。また、試料11に付与する応力の種類に応じて好ましい形状に加工しておくことができる。本実施形態においては、試料11として金属材料を用い、種々の応力を付与することで水素脆化が生じる際の金属材料表面の経時的変化を解析する場合を例に説明する。
【0030】
また、試料室10内には、ノズル12が備えられている。流量制御器13(マスフローコントローラー)により、ノズル12に所定の流量の水素含有ガスが供給され、ノズル12に形成された吐出部12aから試料11の表面11aに対して水素含有ガスを吹き付ける。
【0031】
本実施形態では、ノズル12は導電性材料からなる。材質については導電性を有していれば特に制限はなく、例えば、ステンレス鋼または銅を用いることができる。ノズル12が導電性を有することは、表面11aとノズル12との間でグロー放電を発生させるために必要である。
【0032】
試料11およびノズル12は、試料室10の室外に配置された電源に接続されている。表面11aに水素含有ガスを吹き付けながら、電源により試料11の表面11aとノズル12の間に電圧(以下、「電源電圧」と呼ぶ。)が印加されると、表面11aとノズル12の間でグロー放電が発生する。なお、試料11を陽極、ノズル12を陰極としてもよいし、試料11を陰極、ノズル12を陽極としてもよい。
【0033】
ノズル12の吐出部12aの開口断面積が大き過ぎると、表面11aでの水素含有ガスの圧力が不十分となって、後述するグロー放電が発生しないおそれがある。一方、吐出部12aの開口断面積が小さ過ぎると、グロー放電を発生させるために、水素含有ガスの供給圧力を上げる必要があり、ノズル12またはガス配管が破損するおそれがある。そのため、吐出部12aの開口断面積は1μm2以上、0.01mm2以下であることが好ましい。
【0034】
また、表面11aと吐出部12aとの距離が長過ぎると、表面11aでの水素含有ガスの圧力が不十分となって、グロー放電が発生しないおそれがある。一方、この距離が短過ぎると、グロー放電の発生する領域が狭くなり、試料11の極一部にしか水素が導入されなくなるおそれがある。また、この距離が短過ぎると、表面11aでの水素含有ガスの圧力が高くなりすぎ、表面11aが水素イオンの衝突により加熱され、アーク放電が発生し、試料11を構成する元素が蒸発するおそれがある。そのため、表面11aと吐出部12aとの距離は10μm以上、2cm以下とすることが好ましい。2cm以下とすることにより、試料11以外での予期せぬ放電も十分抑制できる。
【0035】
さらに、試料室10には、検出器14が備えられている。検出器14は、試料11の表面11aに所定の加速電圧で電子線が入射された際に、表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する。電子には、二次電子、反射電子、オージェ電子等が含まれる。また、検出器14には、二次電子検出器(SE検出器)、反射電子検出器(BSE検出器)、電子後方散乱回折検出器(EBSD検出器)、半導体検出器(EDS検出器)等が含まれる。
【0036】
また、
図1に示す構成においては、試料室10には、さらに試料11に応力を負荷するための応力負荷部15が備えられている。試料11に負荷する応力の種類については特に制限されず、引張応力、圧縮応力、曲げ応力、ねじり応力のいずれであってもよい。
図2は、負荷する応力に応じた試料の形状の一例を模式的に示した図である。例えば、引張試験片(
図2a)、曲げ試験片(
図2b)、片持ち梁試験片(
図2c)、ねじり試験片(
図2d)等の形状にすればよい。試料11の加工方法についても特に制限されず、機械加工、放電加工、集束イオンビーム加工等によって、適宜作製すればよい。さらに、き裂が発生する領域を制限するために、試料11に切欠きまたは予き裂を付与しておいてもよい。応力の負荷方法についても制限はなく、切欠きへのくさび挿入、ボルトによる試験片の締結等の方法を用いることができる。
【0037】
中間室20は、小孔20a,20bを介して、それぞれ試料室10および電子銃室30と連通されている。中間室20を試料室10および電子銃室30の間に設け、差動排気システムを構成することにより、試料室10内に水素含有ガスを供給しても、電子銃室30内を高真空度に維持することが可能になる。
図1に示す例では、中間室20は1つであるが、複数備えていてもよい。
【0038】
電子銃室30内には、電子線を照射するための電子銃31が備えられている。電子銃31の種類については特に制限はなく、例えば、電界放射型またフィラメント型の電子銃を用いることができる。電子銃室30内には、図示しない電子系レンズおよび走査コイルが備えられており、これらを制御することで、電子線を試料11の表面11aにおいて走査する。
【0039】
上述のように、
図1に示す構成においては、試料室10内に、導電性材料からなり、かつ吐出部12aが形成されたノズル12が備えられている。しかしながら、本発明はこれに限定されず、試料室10内に、吐出部12aと電極部12bとを有する吐出放電ユニットが備えられていればよい。すなわち、
図1に示す構成ではノズル12自体が電極部12bとして機能している。
【0040】
図3~5は、本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の概略構成を示す図である。
図3に示す構成においては、環状の電極部12bが吐出部12aが形成されたノズル12の外周面上に設けられている。この場合においては、ノズル12は導電性を有している必要はない。また、吐出部12aが導電材料からなり、電極部12bとして機能していてもよい。
【0041】
図3に示す構成においては、電極部12bとノズル12とが一体となっているが、
図4に示すように電極部12bがノズル12から分離していてもよい。すなわち、吐出放電ユニットは2つの部材からなっていてもよい。
図4において、電極部12bは環状で内側を水素含有ガスが通過する構成としてもよいし、メッシュ状で隙間を水素含有ガスが通過する構成としてもよい。
【0042】
図1、3および4に示す構成では、電極部12bを水素含有ガスの流路上に配置することで、効率的にグロー放電を発生させることが可能となる。しかしながら、本発明はこれらにも限定されず、
図5に示すように、電極部12bとノズル12とが異なる方向に配置され、電極部12bが水素含有ガスの流路上から離れていてもよい。
【0043】
次に、本発明の一実施形態に係る試料解析方法について、
図1に示す構成を例に説明する。まず、
図1に示すように、試料室10内において、応力負荷部15によって応力が負荷できる状態に試料11を載置する。そして、試料室10、中間室20および電子銃室30の内部を高真空度の状態に維持する。この時の真空度は10
-9~1Paとすることが好ましい。
【0044】
その後、ノズル12の吐出部12aから試料11の表面11aに水素含有ガスを吹き付け、さらに、電源により電圧を印加し、表面11aとノズル12との間でグロー放電を発生させる。これにより、プラズマが発生し、表面11aに吹き付けられた水素含有ガス中の水素は水素イオンに電離する。そして、プラズマ中の水素イオンは、表面11aに電気的に引き寄せられ、試料中に効率的に導入されるようになる。なお、試料中に十分な水素を導入するには、水素含有ガス中の水素濃度は5体積%以上であることが好ましく、20体積%以上であることがより好ましい。
【0045】
次に、表面11aに電子線を入射する。そして、表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出することによって、試料11の表面形状、結晶方位、元素分布等を解析する。例えば、表面形状を解析することにより、水素脆化き裂の発生起点、伝播経路等を解析できる。また、結晶方位を解析することにより、水素脆化における歪み、結晶構造等の作用を解析できる。
【0046】
続いて、試料11に対して応力を負荷する。応力の負荷方法については、上述のように特に制限されない。表面11aから試料中に水素が導入され、表面11aに電子線が入射された状態でさらに応力を負荷し、試料表面を解析することにより、き裂発生の有無、き裂の発生起点および伝播経路等の評価を行うことが可能になる。さらに、負荷された応力の値から、破壊靭性値等を求めることも可能である。
【0047】
なお、上記の例では、グロー放電を発生させた後に電子線を入射しているが、電子線を入射した状態でグロー放電を発生させてもよい。また、表面解析の途中でグロー放電を停止させてもよいし、表面解析とグロー放電とを交互に行ってもよい。なお、グロー放電中に、反射電子等を検出することができるが、エネルギーの低い二次電子を検出することはできない。このため、二次電子像を観察したい場合には、検出時にはグロー放電を一時停止させる必要がある。グロー放電を停止させると導入された水素が放出されてしまうため、水素の放出を極力抑制するためには、試料を低温に保持することが好ましい。
【0048】
さらに、上記の例では、水素を試料中に導入してから応力を負荷しているが、応力を負荷してから水素を導入してもよいし、それらを同時に行ってもよい。応力は変動応力、繰返し応力または一定応力のいずれであってもよい。例えば、一定の弾性応力を負荷してから水素を導入してもよいし、水素を導入しながら応力を連続的に増加させてもよいし、繰り返しの弾性応力を負荷しながら水素を導入してもよい。また、負荷工程は省略してもよい。その場合は、
図4および5に示す構成のように、応力負荷部15を設けなくてもよい。
【0049】
吐出部12aから供給する水素含有ガスの流量は1mL/min以上、100mL/min以下とすることが好ましい。この流量が少な過ぎると、表面11aでの水素含有ガスの圧力が低くなり、グロー放電が発生しなくなるおそれがある。一方、この流量が多過ぎると、表面11aでの水素含有ガスの圧力が高くなり過ぎ、表面11aがイオン衝突で加熱され、アーク放電が発生し、試料11を構成する元素が蒸発するおそれがある。水素含有ガスの流量は5mL/min以上、80mL/min以下とするのがより好ましい。
【0050】
試料11の表面11aとノズル12との間でグロー放電を発生させるためには、電源電圧を100V以上とすることが好ましい。試料中に効率的に水素を導入するためには、上記の電源電圧は200V以上とするのがより好ましい。一方、上記の電源電圧が高過ぎると、水素イオンのエネルギーが高くなることにより、表面11aが水素イオンの衝突で加熱され、アーク放電が発生し、試料11を構成する元素が蒸発するおそれがある。上記の電源電圧は5kV以下とするのがより好ましい。
【0051】
一方、試料11を陰極とした場合、電子線は減速するため、上記の電源電圧が高すぎると、電子線が表面11aまで到達できなくなる。そのため、試料11を陰極とした場合、電源電圧は、電子線の加速電圧未満とする必要がある。
【0052】
電子線のエネルギーが低すぎると、水素分子による電子線の散乱確率が高くなるだけでなく、電子線のプローブ径が大きくなり、高分解能の解析結果が得られなくなるおそれがある。そのため、電子線のエネルギーは200eV以上とすることが好ましく、1keV以上とすることがより好ましい。
【0053】
一方、電子線のエネルギーが高すぎると、試料11の表面11aから放出される電子が減少するおそれがある。そのため、電子線のエネルギーは50keV以下とすることが好ましく、30keV以下とすることがより好ましい。
【0054】
すなわち、電子線の加速電圧は、200V以上とするのが好ましく、1kV以上とするのがより好ましい。また、加速電圧は、50kV以下とするのが好ましく、30kV以下とするのがより好ましい。
【0055】
電子線の照射電流が低いと、試料11の表面11aから放出される電子またはX線の強度が検出するのに不十分となるおそれがある。そのため、電子線の照射電流は10pA以上とすることが好ましく、100pA以上とすることがより好ましい。
【0056】
一方、電子線の照射電流が高すぎると、電子線のプローブ径が大きくなり、高分解能の解析結果が得られなくなるおそれがある。そのため、電子線の照射電流は1.5μA以下とすることが好ましく、10nA以下とすることがより好ましい。
【0057】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0058】
表1に示す化学組成を有し、引張強さが1892MPaであるマルテンサイト鋼(SCM435鋼)を試料として用いた。この試料より
図6に示す寸法・形状の試験片を採取し、切欠き部に
図7に示す寸法・形状のくさびを挿入して予き裂を導入した。くさびは試験片に挿入した状態で保持し、試験片に対して定ひずみを付与した。
【0059】
【0060】
なお、本実施例においては、
図1に示す構成を有する電子線装置内にて試験を実施した。また、試験片を観察できるように試料室にはガラス窓が設けられている。
図8に示すように、ノズルの噴射軸は試験片の解析面に対して垂直とし、ノズルの材質はステンレス鋼(SUS316鋼)とした。
【0061】
まず、ノズルを陽極、試験片を陰極とし、ノズルと試験片との間でグロー放電を発生させ、水素プラズマにより試験片に水素が導入されるか調査した。試料室の圧力が3kPa以下になる範囲で、ノズルが有する吐出部の開口断面積、吐出部と試験片との距離、水素含有ガスの流量、および電源電圧を種々変化させ、3分間ノズルと試験片との間に電圧を印加した。そして、電圧の印加前および印加後において、真空中にて電子線で試験片表面を走査し、二次電子像を取得した。
【0062】
電子線のエネルギーは15keV、照射電流は100pAとし、電子線は試験片表面の法線方向に対して45°の角度から入射させた。試験片に水素が導入されると水素脆化が発生しき裂が進展する。取得されたこれらの二次電子像のき裂位置を比較し、き裂進展の有無から水素導入の有無を判定した。
【0063】
表2に、種々の放電条件における水素導入の判定結果を示す。グロー放電が連続的に発生して、放電によってき裂が20μm以上進展した条件を「○」とし、特に、き裂が50μm以上進展した条件を「◎」として示す。また、グロー放電の発生が間欠的で、放電によるき裂の進展が20μm未満となった条件を「△」で示す。さらに、グロー放電が発生してき裂は進展したもののアーク放電もわずかに混在して発生し、水素含有ガスを噴射した試料表面の5%未満の領域に蒸発が認められた条件を「▲」で示す。
【0064】
【0065】
また、
図9には、表2の放電条件9で、電圧の印加前および印加後において取得された二次電子像を示す。表2および
図9から明らかなように、吐出部の開口断面積、吐出部と試験片との距離、水素含有ガスの流量、および電源電圧を適切に設定すると、ノズルと試験片との間でグロー放電が発生し、水素プラズマにより試験片に水素が導入されることが確認された。試料室のガラス窓を通じてグロー放電の発光部を目視したところ、表2の全ての放電条件において、グロー放電はノズルと試験片との間のみで発生していることも確認された。
【0066】
次に水素を導入しながら、試験片表面を観察できる電子線照射の条件を調査した。このために、表2の放電条件3または20でグロー放電を発生させた状態で、電子線のエネルギーおよび照射電流を種々変化させて、電子線で試験片表面を走査し、30秒毎に反射電子像を取得した。電子線は、試験片表面の法線方向に対して70°の角度から入射させた。
【0067】
表3に測定結果を示す。反射電子像においてき裂を100nm以上の分解能で観察できた条件を「○」とし、特に20nm以上の高い分解能で観察できた条件を「◎」として示す。また、き裂は観察できたものの分解能が100nm未満でやや低かった条件を「△」で示す。さらに、き裂は観察できたものの像にノイズがやや多かった条件を「▲」で示す。
【0068】
【0069】
表3から明らかなように、電子線のエネルギーと照射電流を適切に設定することで水素を導入しながら反射電子像を取得できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、試料-電極部でのみグロー放電を起こし、発生させた水素プラズマにより試料に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能になる。
【符号の説明】
【0071】
10.試料室
11.試料
11a.表面
12.ノズル
12a.吐出部
12b.電極部
13.流量制御器
14.検出器
15.応力負荷部
20.中間室
20a,20b.小孔
30.電子銃室
31.電子銃
40.真空排気部
100.電子線装置