(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-03
(45)【発行日】2023-03-13
(54)【発明の名称】試料解析方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/20 20060101AFI20230306BHJP
G01N 23/2251 20180101ALI20230306BHJP
H01J 37/28 20060101ALI20230306BHJP
H01J 37/252 20060101ALI20230306BHJP
【FI】
H01J37/20 F
G01N23/2251
H01J37/28 B
H01J37/252 A
(21)【出願番号】P 2019090223
(22)【出願日】2019-05-10
【審査請求日】2022-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513067727
【氏名又は名称】高知県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】富松 宏太
(72)【発明者】
【氏名】小林 憲司
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】八田 章光
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-119442(JP,A)
【文献】特開2019-045411(JP,A)
【文献】米国特許第06667475(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
G01N 23/00-23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面に電子線を入射し、前記表面から放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する電子線装置を用いた試料の解析方法であって、
前記表面の選択された領域に所定の垂直スキャンレートで前記電子線を走査する工程と、
前記電子線装置の内部において、前記表面が水素含有雰囲気に曝された状態で、前記電子線装置の内部に設けられた電極と前記表面との間に、前記垂直スキャンレートとの関係で設定された周波数に基づいてパルス電圧を印加して周期的にグロー放電を発生させる工程と、を備える、
試料解析方法。
【請求項2】
前記電子線を走査する前記垂直スキャンレートFp(Hz)および前記パルス電圧を印加する前記周波数Fv(Hz)が、下記(i)式を満足する、
請求項1に記載の試料解析方法。
Fv/Fp=n/m ・・・(i)
但し、上記(i)式中のnおよびmは自然数である。
【請求項3】
前記(i)式中のnおよびmの少なくともいずれかが1である、
請求項2に記載の試料解析方法。
【請求項4】
前記試料が金属材料である、
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項5】
前記電子線を走査する工程において、前記垂直スキャンレートFpを0.001Hz以上とする、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項6】
前記グロー放電を発生させる工程において、印加する前記パルス電圧のパルス幅を0.1ms以上とし、かつ前記パルス電圧の周期の80%以下とする、
請求項1から請求項5までのいずれかに記載の試料解析方法。
【請求項7】
前記試料に応力を負荷する工程をさらに備える、
請求項1から請求項6までのいずれかに記載の試料解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼の開発において、水素により強度および靭性が劣化する水素脆化が大きな問題となっている。しかし、水素脆化に関係する材料組織的な変化は定かでなく、水素脆化のメカニズム解明のためには、水素を鋼中に導入しながら経時的に観察を行うことが望まれる。
【0003】
非特許文献1では、電解液中で電解チャージを行いながら、原子間力顕微鏡(AFM)により、試験片表面の形状を観察する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】A. Barnoush et al., Direct observation of hydrogen-enhanced plasticity in super duples stainless steel by means of in situ electrochemical methods, Scripta Materialia, 62(2010) 242
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年、本発明者らが金属材料の水素脆化について研究を重ねた結果、応力の負荷によって生じる歪み分布、相変態、転位運動等に対し、材料中に侵入した水素が影響を及ぼすことが、水素脆化の原因であることが徐々に明らかとなってきた。
【0006】
それに伴い、材料中に水素が導入されながら応力が負荷された際の上記の物理現象の経時的変化を、高分解能かつ広域において解析する必要性が生じてきた。そして、材料中で生じるこれらの物理現象を解析する際に不可欠なのが、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)に代表される電子線装置である。
【0007】
すなわち、材料中に水素を導入するとともに、必要に応じて応力を負荷した状態で、電子線装置を用いて、当該材料表面を高分解能で解析する必要があると認識するに至った。
【0008】
非特許文献1において用いられるAFMは、材料の表面形状を高精度で解析することは可能であるが、歪み分布、相変態、転位運動等の解析を行うことはできない。また、非特許文献1では、電解液中で電解チャージを行うため、高真空度に維持される電子線装置に非特許文献1の技術をそのまま適用することは不可能である。さらに、電解液との化学反応により、材料表面が変質する可能性もあり好ましくない。加えて、電解チャージ中に応力を負荷することについても記載されていない。
【0009】
本発明は、試料中に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能な試料解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記の試料解析方法を要旨とする。
【0011】
(1)試料の表面に電子線を入射し、前記表面から放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する電子線装置を用いた試料の解析方法であって、
前記表面の選択された領域に所定の垂直スキャンレートで前記電子線を走査する工程と、
前記電子線装置の内部において、前記表面が水素含有雰囲気に曝された状態で、前記電子線装置の内部に設けられた電極と前記表面との間に、前記垂直スキャンレートとの関係で設定された周波数に基づいてパルス電圧を印加して周期的にグロー放電を発生させる工程と、を備える、
試料解析方法。
【0012】
(2)前記電子線を走査する前記垂直スキャンレートFp(Hz)および前記パルス電圧を印加する前記周波数Fv(Hz)が、下記(i)式を満足する、
上記(1)に記載の試料解析方法。
Fv/Fp=n/m ・・・(i)
但し、上記(i)式中のnおよびmは自然数である。
【0013】
(3)前記(i)式中のnおよびmの少なくともいずれかが1である、
上記(2)に記載の試料解析方法。
【0014】
(4)前記試料が金属材料である、
上記(1)から(3)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0015】
(5)前記電子線を走査する工程において、前記垂直スキャンレートFpを0.001Hz以上とする、
上記(1)から(4)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0016】
(6)前記グロー放電を発生させる工程において、印加する前記パルス電圧のパルス幅を0.1ms以上とし、かつ前記パルス電圧の周期の80%以下とする、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0017】
(7)前記試料に応力を負荷する工程をさらに備える、
上記(1)から(6)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、試料中に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置の概略構成を示す図である。
【
図2】負荷する応力に応じた試料の形状の一例を模式的に示した図である。
【
図3】本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置の概略構成を示す図である。
【
図4】連続的に取得される画像を模式的に示した図である。
【
図5】試験片の寸法・形状を説明するための図である。
【
図6】くさびの寸法・形状を説明するための図である。
【
図7】ノズルによる水素含有ガスの吐出方向および電子線の入射方向を説明するための図である。
【
図8】グロー放電を断続的に発生させながら取得された複数の二次電子像を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施形態に係る試料解析方法について、
図1を参照しながら説明する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の概略構成を示す図である。電子線装置100には、例えば、SEMが含まれる。
【0022】
まず、本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の構造について説明する。
図1に示すように、電子線装置100の内部は、試料室10、中間室20および電子銃室30に区画されている。
【0023】
試料室10、中間室20および電子銃室30のそれぞれには、真空排気部40が設けられている。真空排気部40としては、例えば、ターボ分子ポンプ、拡散ポンプ、イオンポンプ、チタンサブリメーションポンプ、油回転ポンプ、ドライポンプ等の真空ポンプを用いることができる。
【0024】
試料の解析を行うに際しては、試料室10内に試料11が載置される。試料11の種類については、導電性を有する試料が対象となる。また、試料11の形状については特に制限はなく、板状、粒状、棒状等、試料室10内に載置可能な形状であればよい。また、試料11に付与する応力の種類に応じて好ましい形状に加工しておくことができる。本実施形態においては、試料11として金属材料を用い、種々の応力を付与することで水素脆化が生じる際の金属材料表面の経時的変化を解析する場合を例に説明する。
【0025】
また、試料室10には、水素供給部12および真空計13が備えられており、水素ガスを試料室1内に所望の圧力まで供給することができる。水素供給部12としては、例えば、流量調整可能なガスバルブ等を用いればよい。また、真空計13としては、ピラニ真空計または隔膜真空計等が用いられる。
【0026】
さらに、試料室10には、検出器14が備えられている。検出器14は、試料11の表面11aに所定の加速電圧で電子線が入射された際に、表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する。電子には、二次電子、反射電子、オージェ電子等が含まれる。また、検出器14には、二次電子検出器(SE検出器)、反射電子検出器(BSE検出器)、電子後方散乱回折検出器(EBSD検出器)、半導体検出器(EDS検出器)等が含まれる。
【0027】
また、
図1に示す構成においては、試料室10には、さらに試料11に応力を負荷するための応力負荷部15が備えられている。試料11に負荷する応力の種類については特に制限されず、引張応力、圧縮応力、曲げ応力、ねじり応力のいずれであってもよい。
図2は、負荷する応力に応じた試料の形状の一例を模式的に示した図である。例えば、引張試験片(
図2a)、曲げ試験片(
図2b)、片持ち梁試験片(
図2c)、ねじり試験片(
図2d)等の形状にすればよい。試料11の加工方法についても特に制限されず、機械加工、放電加工、集束イオンビーム加工等によって、適宜作製すればよい。さらに、き裂が発生する領域を制限するために、試料11に切欠きまたは予き裂を付与しておいてもよい。応力の負荷方法についても制限はなく、切欠きへのくさび挿入、ボルトによる試験片の締結等の方法を用いることができる。
【0028】
さらに、試料室10の内部には、電極16が設けられている。そして、電極16と試料11の表面11aの間に電圧を印加することにより、電極16と試料11の表面11aとの間でグロー放電を発生させる。電圧の印加はパルス電源17を用いて行い、パルス電圧を印加する。
【0029】
中間室20は、小孔20a,20bを介して、それぞれ試料室10および電子銃室30と連通されている。中間室20を試料室10および電子銃室30の間に設け、差動排気システムを構成することにより、試料室10内に水素ガスを供給しても、電子銃室30内を高真空度に維持することが可能になる。
図1に示す例では、中間室20は1つであるが、複数備えていてもよい。
【0030】
電子銃室30内には、電子線を照射するための電子銃31が備えられている。電子銃31の種類については特に制限はなく、例えば、電界放射型またフィラメント型の電子銃を用いることができる。電子銃室30内には、図示しない電子系レンズおよび走査コイルが備えられており、これらを制御することで、電子線を試料11の表面11aの選択された領域において走査する。
【0031】
電子線を走査しながら、検出器14により表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種類以上を検出することによって、表面11aの性状(形状、結晶方位、または元素分布など)を示す画像を取得することができる。さらに、連続的に画像を取得することによって、表面11aの性状の経時的な変化を動画として記録することが可能となる。
【0032】
図3は、本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の概略構成を示す図である。
図3に示す構成においては、試料室10内に、導電性材料からなるノズル18が備えられている。流量制御器19(マスフローコントローラー)により、ノズル18に所定の流量の水素含有ガスが供給され、試料11の表面11aに対して水素含有ガスを吹き付ける。
【0033】
本実施形態においては、ノズル18自体が、電極16としての役割を果たし、ノズル18と試料11の表面11aとの間でグロー放電を発生させる。ノズル18から水素含有ガスを吹き付けることによって、試料室内の真空度を低下させることなく、表面11a近傍の水素濃度を高め、試料中に効率的に水素を導入することが可能となる。
【0034】
次に、本発明の一実施形態に係る試料解析方法について、
図1に示す構成を例に説明する。まず、
図1に示すように、試料室10内において、応力負荷部15によって応力が負荷できる状態に試料11を載置する。そして、試料室10、中間室20および電子銃室30の内部を高真空度の状態に維持する。この時の真空度は10
-9~1Paとすることが好ましい。
【0035】
続いて、試料11の表面11aの選択された領域に所定の垂直スキャンレートで電子線を走査する。そして、表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種類以上を検出することによって、表面11aの表面形状、結晶方位、元素分布などを示す画像を連続的に取得し、表面11aの性状の経時的な変化を動画として記録する。
【0036】
電子線を走査する垂直スキャンレートは、0.001Hz以上とすることが好ましい。垂直スキャンレートを0.001Hz以上とすることにより、水素脆化に関係する材料組織的な変化について、継時的観察を十分に行うことができる。一方、垂直スキャンレートが大き過ぎると、試料表面11aから放出される電子またはX線の強度を十分検出できないおそれがある。垂直スキャンレートの好ましい上限は、1kHzである。
【0037】
上記の工程と並行して、試料室10内に水素を供給し、試料11の表面11aが水素含有雰囲気に曝された状態で、電極16と試料11との間に電圧を印加し、電極16と表面11aとの間でグロー放電を発生させる。試料11を陽極、電極16を陰極としてもよいし、試料11を陰極、電極16を陽極としてもよい。これにより、プラズマが発生し、雰囲気中の水素は水素イオンに電離する。そして、プラズマ中の水素イオンは、表面11aに電気的に引き寄せられるようになる。その結果、雰囲気中の水素分圧が低い場合であっても、水素が表面11aの広範囲から試料中に効率的に導入されるようになる。
【0038】
グロー放電が発生している間は、グロー放電で表面11aから放出される電子が検出器14に入ることによりノイズが発生し、画像を取得できない場合がある。また、電圧を印加している間は、電極16と表面11aの間の電界より電子線が曲げられることで歪みが発生し、画像を取得できない場合がある。そのため、グロー放電は常時発生させるのではなく、断続的に発生させる必要がある。本発明においては、電極16と試料11との間には、最大電圧および最小電圧を有するパルス電圧を印加する。
【0039】
パルス電圧の波形については特に制限はなく、矩形波、台形波、三角波、正弦波等から選択することができる。グロー放電の発生と画像の取得とを交互に行うためには、最小電圧と最大電圧との間の値の電圧が印加されている時間を極力短くすることが望ましい。そのような観点から、上記のなかでも矩形波が好適である。
【0040】
図4は、連続的に取得される画像を模式的に示した図である。
図4に示すように、電子線を走査している最中にグロー放電が発生すると、その間の画像はノイズおよび歪みの影響を受ける。
図4(a)に示すように、ランダムにグロー放電を発生させると、解析対象領域がノイズおよび歪みの影響で観察できなくなるおそれがある。
【0041】
そのため、本発明においては、パルス電圧を印加するタイミングは、上述した垂直スキャンレートとの関係で設定する。例えば、
図4(b)においては、電子線を走査する垂直スキャンレートFp(Hz)と、パルス電圧を印加するタイミングの周波数Fv(Hz)とを同一の値としている。それにより、グロー放電の発生に伴うノイズよび歪みの影響を受ける領域は常に同じ位置になるため、解析対象領域について、ノイズよび歪みの影響を回避しながら経時的に観察することが可能となる。
【0042】
FpとFvとの関係は上記には限定されず、例えば、
図4(c)に示すように、FvをFpの2倍としてもよいし、
図4(d)に示すように、1/2倍としてもよい。また、これらにも限定されず、FvをFpの自然数倍または自然数分の1としてもよい。さらに、FpおよびFvが下記(i)式を満足する関係であってもよい。FvをFpとの関係で設定することで、電子線の走査領域中に、ノイズよび歪みの影響を受けない領域が確保される。そのため、当該領域を解析対象領域として利用することが可能となる。
Fv/Fp=n/m ・・・(i)
但し、上記(i)式中のnおよびmは自然数である。
【0043】
なお、上記の例のように、パルス電圧を印加するタイミング毎に印加するパルス電圧の回数は1回としてもよいが、複数回としてもよい。すなわち、2回以上のパルス電圧を、上記の周波数に基づく所定の周期で印加してもよい。
【0044】
さらに、試料11に対して応力を負荷する。応力の負荷方法については、上述のように特に制限されない。試料中に水素が導入された状態で応力を負荷することによって、試料11に水素脆化が発生する。
【0045】
このようにして記録された動画から、水素脆化に関係する、試料表面11aの形状、結晶方位、元素分布等の経時的な変化を解析することができる。例えば、形状の変化から、水素脆化き裂の発生起点、伝播経路、伝播速度等を解析する。また、結晶方位の変化から、水素脆化における歪みまたは結晶構造の作用を解析する。負荷された応力の値から、破壊靭性値等を求めることも可能である。
【0046】
上記の例では、水素を試料中に導入してから応力を負荷しているが、応力を負荷してから水素を導入してもよいし、それらを同時に行ってもよい。また、応力の負荷工程は省略してもよい。応力は変動応力、繰返し応力または一定応力のいずれであってもよい。例えば、一定の弾性応力を負荷してから水素を導入してもよいし、水素を導入しながら応力を連続的に増加させてもよいし、繰り返しの弾性応力を負荷しながら水素を導入してもよい。
【0047】
試料11の表面11aと電極16との間でグロー放電を発生させるためには、試料11と電極16の間に印加するパルス電圧の最大電圧を100V以上にすることが好ましい。試料中に効率的に水素を導入するためには、最大電圧は200V以上であるのが好ましい。一方、最大電圧が高過ぎると、水素イオンのエネルギーが高くなることにより、試料11の表面11aがイオン衝突で加熱され、アーク放電が発生し、試料11を構成する元素が蒸発するおそれがある。そのため、最大電圧は5kV以下であるのが好ましい。
【0048】
また、最小電圧はグロー放電を発生させない電圧とする必要がある。さらには、最小電圧は歪みの影響を与えない程度に低くすることが好ましく、具体的には、10V以下とすることが好ましく、1V以下とすることがより好ましく、0Vとすることがさらに好ましい。
【0049】
パルス電圧のパルス幅は、0.1ms以上とし、かつパルス電圧の周期の80%以下とすることが好ましい。グロー放電の開始には初期電子が必要であり、通常のグロー放電では自然界の放射線によって初期電子が供給されるが、試料室10内で試料11と電極16の間の小さな空間を自然放射線が通過する確率は小さいため、本実施形態においては、グロー放電の開始に必要な初期電子は、主に電子線によって供給される。パルス幅が短すぎるとパルス電圧印加中に電子線が試料11と電極16の近傍を通過することがなくなり、グロー放電が発生しないおそれがあるためである。一方、パルス幅が長過ぎると、試料表面11aの観察領域を電子線で走査中にノイズよび歪みの影響を受けない領域を十分に確保することが困難になるためである。パルス幅はパルス電圧の周期の60%以下とするのがより好ましく、40%以下とするのがさらに好ましい。
【0050】
試料中に十分な量の水素を導入するためには、水素含有雰囲気における水素分圧は1Pa以上とすることが好ましい。水素分圧は10Pa以上であることがより好ましく、50Pa以上であることがさらに好ましい。一方、水素分圧が過剰であると、電子線が水素分子によって散乱し、試料の解析が困難になるおそれがある。そのため、水素分圧は3kPa以下とすることが好ましく、1.5kPa以下とすることがより好ましい。
【0051】
また、電子線のエネルギーが低すぎると、水素分子による電子線の散乱確率が高くなるだけでなく、電子線のプローブ径が大きくなり、高分解能の解析結果が得られなくなるおそれがある。そのため、電子線のエネルギーは200eV以上とすることが好ましく、1keV以上とすることがより好ましい。
【0052】
一方、電子線のエネルギーが高すぎると、試料11の表面11aから放出される電子が減少するおそれがあるため、50keV以下とすることが好ましく、30keV以下とすることがより好ましい。
【0053】
すなわち、電子線の加速電圧は、200V以上とするのが好ましく、1kV以上とするのがより好ましい。また、加速電圧は、50kV以下とするのが好ましく、30kV以下とするのがより好ましい。
【0054】
さらに、電子線の照射電流が低いと、試料11の表面11aから放出される電子またはX線の強度が検出するのに不十分となるおそれがある。そのため、電子線の照射電流は10pA以上とすることが好ましく、100pA以上とすることがより好ましい。
【0055】
一方、電子線の照射電流が高すぎると、電子線のプローブ径が大きくなり、高分解能の解析結果が得られなくなるおそれがある。そのため、電子線の照射電流は1.5μA以下とすることが好ましく、10nA以下とすることがより好ましい。
【0056】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0057】
表1に示す化学組成を有し、引張強さが1892MPaであるマルテンサイト鋼(SCM435鋼)を試料として用いた。この試料より
図5に示す寸法・形状の試験片を採取し、切欠き部に
図6に示す寸法・形状のくさびを挿入して予き裂を導入した。くさびは試験片に挿入した状態で保持し、試験片に対して定ひずみを付与した。
【0058】
【0059】
なお、本実施例においては、
図3に示す構成を有する電子線装置内にて試験を実施した。
図7に示すように、ノズルの噴射軸は試験片の解析面に対して垂直とし、ノズルの材質はステンレス鋼(SUS316鋼)とした。ノズルの孔の開口断面積は300μm
2であり、ノズルの孔と試験片との距離は300μmとした。
【0060】
そして、ノズルと試験片との間に、種々の条件でグロー放電を発生させながら経時変化を観察し、水素プラズマにより試験片に水素が導入されるか調査した。試験片の表面に対して、ノズルから40mL/minまたは100mL/minの流量で水素含有ガス(純水素ガス)を吹き付けた。なお、試料室の圧力は、40mL/minの流量では200Pa、100mL/minの流量では500Paであった。
【0061】
続いて、表2に示す垂直スキャンレートで試験片表面に電子線を走査しながら、最小電圧を0Vに統一し、矩形パルス電圧の周波数、最大電圧、パルス幅を種々変化させ、試験片を陰極、ノズルを陽極として5分間電圧を印加した。この際、矩形パルス電圧の周波数は、垂直スキャンレートとの関係に基づいて設定した。そして、二次電子像を連続的に取得した。電子線のエネルギーは15keV、照射電流は100pAとし、電子線は試験片表面の法線に対して70°の角度から入射させた。試験片に水素が導入されると水素脆化が発生してき裂が進展する。取得された複数の二次電子像のき裂位置を解析し、水素導入の有無を測定した。
【0062】
表2に測定結果を示す。グロー放電が発生して、放電によってき裂が20μm以上進展した条件を「○」で示す。また、グロー放電の発生が間欠的で、放電によるき裂の進展が20μm未満となった条件を「△」で示す。さらに、グロー放電が発生してき裂は進展したもののアーク放電もわずかに混在して発生し、水素ガスを噴射した試料表面の5%未満の領域に蒸発が認められた条件を「▲」で示す。また、
図8に、き裂の進展が観察された一例として、表2の放電条件3で取得された複数の二次電子像を示す。
【0063】
【0064】
表2および
図8から明らかなように、矩形パルス電圧の周波数、ピーク電圧、パルス幅を適切に設定することで、ノズルと試験片との間でグロー放電が発生し、水素プラズマにより試験片に水素が導入されることが確認された。また、矩形パルス電圧の周波数を垂直スキャンレートとの関係に基づいて設定したため、解析対象領域における二次電子像をノイズおよび歪みの影響を受けることなく常時観察することができた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、試料-電極間でのみグロー放電を起こし、発生させた水素プラズマにより試料に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面の解析対象領域をノイズおよび歪みの影響を受けることなく、高分解能かつ経時的に解析することが可能になる。
【符号の説明】
【0066】
10.試料室
11.試料
11a.表面
12.水素供給部
13.真空計
14.検出器
15.応力負荷部
16.電極
17.パルス電源
18.ノズル
19.流量制御器
20.中間室
20a,20b.小孔
30.電子銃室
31.電子銃
40.真空排気部
100.電子線装置