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7237890多能性幹細胞の分化能の予測方法及びそのための試薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-03
(45)【発行日】2023-03-13
(54)【発明の名称】多能性幹細胞の分化能の予測方法及びそのための試薬
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20230306BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230306BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20230306BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20230306BHJP
   C12N 5/074 20100101ALN20230306BHJP
【FI】
C12Q1/04 ZNA
C12N15/09 Z
C12N5/0735
G01N33/68
C12N5/074
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020121318
(22)【出願日】2020-07-15
(62)【分割の表示】P 2019525331の分割
【原出願日】2018-06-04
(65)【公開番号】P2020185000
(43)【公開日】2020-11-19
【審査請求日】2021-04-02
(31)【優先権主張番号】P 2017120024
(32)【優先日】2017-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017237420
(32)【優先日】2017-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月10日 SCIENTIFIC REPORTS、(2018)8:241、 DOI:10.1038/s41598-017-18439-yにて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月11日 https://www.fbri-kobe.org/about/pressrelease/ https://www.fbri-kobe.org/pdf/press20180111.pdfを通じて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月11日 https://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/201801/0010888835.shtmlを通じて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月11日 神戸市政記者クラブにて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月11日 https://medical.jiji.com/news/11799を通じて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月12日 神戸新聞 平成30年1月12日朝刊 第27面にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年3月2日 iPS細胞ビジネス協議会 第27回情報交換会 iPS細胞ビジネス協議会 新丸ビルコンファレンススクエアRoom901にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】300061835
【氏名又は名称】公益財団法人神戸医療産業都市推進機構
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100179039
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 洋介
(74)【代理人】
【識別番号】100199923
【弁理士】
【氏名又は名称】嶽小原 幸
(72)【発明者】
【氏名】川真田 伸
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴子
(72)【発明者】
【氏名】竹中 ちえみ
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/025061(WO,A1)
【文献】特表2014-523735(JP,A)
【文献】国際公開第2012/115270(WO,A1)
【文献】特許第6736772(JP,B2)
【文献】Nature,2010年02月18日,Vol.463, No.7283, pp.958-962,supplementary infomation pp.1-27
【文献】PLoS Genet.,2010年07月15日,Vol.6, No.7, e1001023,p.1-15
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00- 7/08
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト多能性幹細胞におけるCHD7の発現レベルを測定することを含む、該多能性幹細胞の三胚葉系列への分化能の予測方法であって、CHD7の発現レベルが、胚様体形成能を喪失した分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質レベルと比較して2倍以上のタンパク質レベルであるヒト多能性幹細胞を、分化刺激に応答して分化能を示すと予測することを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記CHD7の発現レベルがEssential 8培地又はStem-Partner(登録商標) Human iPS/ES cells mediumを用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞における発現レベルである、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞の分化能の予測方法、並びにそのための試薬及びキットに関する。本発明はまた、多能性幹細胞用培地の評価方法、並びにそのための試薬及びキットに関する。本発明は更に、多能性幹細胞の分化抵抗性を低下またはなくす方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ESC)及び人工多能性幹細胞(iPSC)は、2つの特徴:未分化状態のまま増殖する能力(自己増殖能)と、分化刺激に応答して三胚葉系列に分化する能力(分化能)とを有する多能性幹細胞(PSC)である。しかし、分化能は外部から分化刺激が加わるまで検証できない。さらに、PSCがどのようにして自己増殖を停止して分化開始に切り替わるかのメカニズム及びその一連のプロセスは、PSCの生物学を理解する上で極めて重要であるが、未だ十分に解明されていない。
【0003】
この問題は、PSC由来の細胞を用いて細胞療法を実施しようとする場合に特に重要である。最終的なPSC由来分化細胞製品中に未分化細胞が含まれることは、腫瘍発生のリスクを生じさせる。それ故、分化開始のプロセスを理解することは、臨床的に大いに価値がある。
【0004】
岡野と山中らのグループは、iPSCから二次ニューロスフェア(SNS)を誘導し、該SNSにおけるNanog遺伝子の発現を指標として、腫瘍発生リスクの低減されたiPSC由来分化細胞の選択方法を開示した(特許文献1)。さらに、同グループは、iPSCの分化抵抗性は分化誘導条件によるよりも、iPSCクローンに固有の性質であると考え、iPSC由来のSNSにおけるNanog遺伝子の発現を指標にして、元のiPSCの分化抵抗性を評価する方法を開示した(特許文献2)。
【0005】
しかしながら、これらの方法は、いずれも分化抵抗性を評価するためにiPSCをいったんSNSに分化させる必要があり、時間と労力を要する。PSCが未分化状態の間に、分化抵抗性を予測し得るマーカーを見出せれば、腫瘍発生リスクのない安全な細胞療法剤を、迅速かつ簡便に提供することができる。しかし、そのような分化マーカーは未だ報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2011-530273
【文献】特表2012-527887
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、多能性幹細胞(PSC)が未分化の状態で、分化抵抗性を予測し得るマーカーを提供し、該マーカーの発現を指標として、多能性幹細胞の分化能を迅速に評価する方法を提供することである。
本発明の別の目的は、前記分化抵抗性予測マーカーの発現を指標として、多能性幹細胞の分化能の保持に適した培養条件を探索する手段を提供することである。
本発明のさらに別の目的は、前記分化抵抗性予測マーカーの発現を指標として、多能性幹細胞用培地を評価する方法を提供することである。
本発明の更なる目的は、多能性幹細胞の分化抵抗性を低下またはなくす方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
PSCは、細胞が長期培養や、iPSCの場合初期化プロセスの間に、遺伝子異常を獲得すると、分化抵抗性を示す。遺伝子異常は、最新のシークエンシング技術を用いて適時に試験することができ、PSC及び細胞療法に使用されるPSC派生物は、遺伝的に異常な細胞を排除すべく頻繁に遺伝子検査を受けることができる。しかしながら、正常な核型を有するPSCであっても、培養条件によるエピジェネティック修飾によって分化抵抗性を示す場合があり、胚様体(EB)形成アッセイやサイトカイン誘導性分化アッセイにより、定期的にPSCの分化能を試験してPSCの品質を確認する必要がある。
【0009】
本発明者らは、PSCのEB形成アッセイを実施する過程で、ある特定の培養条件がESCとiPSCの両方に分化抵抗性を付与することを見出した。即ち、PSCを、市販のEssential 8培地(Thermo Fisher Scientific、以下、「Es8」ともいう)やStem-Partner(登録商標) Human iPS/ES cells medium(極東製薬工業、以下、「SPM」ともいう)(竹中らPLoS One 10(6), 2015)を用いて培養すると、EBを形成するが、該PSCを市販のReproFF2培地(リプロセル、以下「RFF2」ともいう)に移して5継代以上培養すると、分化能を喪失し、EBを形成しなくなった。該PSCを、Es8又はSPMに戻してさらに5継代以上培養すると、分化能を回復した。本発明者らは、主成分分析法(以下、PCAともいう)による解析やGeneChip分析により、このPSCの分化能における可逆的変化に関連する遺伝子の候補の1つとして、Chromodomain Helicase DNA binding Protein 7(以下、「CHD7」ともいう。)を見出した。Es8及びRFF2を用いたPSC培養によるCHD7遺伝子発現に及ぼす効果を調べたところ、RFF2を用いた培養によりCHD7遺伝子の発現が顕著に抑制されるのに対し、Es8を用いて培養すると、PSCにおけるCHD7遺伝子は中等度の発現レベルを示した。RFF2を用いて培養したPSCにCHD7 mRNAを導入してCHD7をアップレギュレートすると、PSCは自発的に分化を開始し、未分化細胞維持の培養系では分化細胞の増殖を支持しなかった。一方、Es8を用いて培養したPSCにCHD7 siRNAを導入してCHD7をダウンレギュレートすると、PSCの分化能は部分的に障害された。即ち、PSCは、CHD7発現がある上限を超えなければ未分化状態で増殖することができるが、発現が閾値レベル未満に低下した場合、分化刺激に応答しなくなり、上限と閾値との間のCHD7発現範囲を有するPSCは、分化刺激に応答し得る特性を維持することが明らかとなった。本発明者らは、以上の結果から未分化状態におけるPSCのCHD7の発現レベルを指標として、該PSCの分化能/分化抵抗性を予測できることを確認して、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は以下のとおりである。
[1]ヒト多能性幹細胞におけるCHD7の発現レベルを測定することを含む、該多能性幹細胞の分化能の予測方法。
[2]前記CHD7の発現レベルがトータルRNA 5ng中1500コピー以上であるヒト多能性幹細胞を、分化刺激に応答して分化能を示すと予測することを特徴とする、[1]に記載の方法。
[3]前記CHD7の発現レベルがトータルRNA 5ng中2710コピー以上である、[2]に記載の方法。
[4]前記CHD7の発現レベルがEssential 8培地又はStem-Partner(登録商標) Human iPS/ES cells mediumを用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞における発現レベルである、[2]または[3]に記載の方法。
[5]前記ヒト多能性幹細胞が胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞である、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]ヒト多能性幹細胞におけるCHD7の発現レベルを測定することを含む、該多能性幹細胞用培地の評価方法。
[7]前記ヒト多能性幹細胞が、被験培地で5継代以上培養したヒト多能性幹細胞である、[6]に記載の方法。
[8]前記CHD7の発現レベルがトータルRNA 5ng中1500コピー以上である場合に、該被験培地は、分化刺激に応答して分化能を示すようにヒト多能性幹細胞を維持し得ると評価することを特徴とする、[6]又は[7]に記載の方法。
[9]前記CHD7の発現レベルがトータルRNA 5ng中2710コピー以上である、[8]に記載の方法。
[10]前記ヒト多能性幹細胞が胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞である、[6]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]CHD7の発現を検出し得る物質を含有してなる、ヒト多能性幹細胞の分化能を予測、及び/又はヒト多能性幹細胞用培地を評価するための試薬又はキット。
[12]CHD7をコードする核酸を含有してなる、ヒト多能性幹細胞の分化誘導剤。
[13]前記CHD7の発現レベルが、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質レベルと比較して2倍以上のタンパク質レベルであるヒト多能性幹細胞を、分化刺激に応答して分化能を示すと予測することを特徴とする、[1]に記載の方法。
[14]前記CHD7の発現レベルがEssential 8培地又はStem-Partner(登録商標) Human iPS/ES cells mediumを用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞における発現レベルである、[13]に記載の方法。
[15]前記分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞が、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞である、[13]又は[14]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヒト多能性幹細胞(PSC)が分化刺激に応答して分化能を示すか否かを、分化刺激を加える前に、未分化状態のうちに予測することができる。また、ヒト多能性幹細胞を、分化刺激に応答して分化能を示す特性を保持した状態で維持するのに適した培養条件を見出すことができる。更に、ヒト多能性幹細胞におけるCHD7の発現レベルを測定することにより、ヒト多能性幹細胞の培養に適した培地の評価をすることができる。その上、ヒト多能性幹細胞、特にiPSC集団のCHD7の発現レベルを上昇させる(高発現の細胞を選択する)ことにより、分化抵抗性を低減またはなくすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、PSCの分化能が培養条件により変化したことを示す図である。単一細胞懸濁液中のKhES-1細胞をrhVitronectin-N(Thermo Fisher Scientific、以下、「VNT-N」ともいう。)でコーティングしたディッシュ上に播種し、Essential 8培地(以下、「Es8」ともいう。)で5継代培養した(左上写真)。次いで胚様体(EB)形成(左下写真)のために細胞を回収し、あるいは、ReproFF2培地(RFF2)に移した(中央上写真)。KhES-1細胞を5継代培養し、EB形成アッセイ(中央下写真)のために細胞を回収し、あるいは、Es8に再び移した(右上写真)。KhES-1細胞を5継代培養した後、EB形成アッセイを行った(右下写真)。培養1日目での、Es8又はRFF2培地のいずれかを用いたKhES-1培養物の写真(上)、及び14日目でのEBの写真(下)をそれぞれ示した。上述の培養条件における細胞の遺伝子発現プロファイルをqRT-PCR scorecard panelにより決定し、写真の下に示した(スケールバー:1.0 mm)。
図2図2は、iPSCのEB形成に対する潜在能力が、培養条件により変化することを示す図である。単一細胞懸濁液中のiPSC(PFX#9)をVNT-Nでコーティングしたディッシュ上に播種し、Es8で5継代培養した(左上写真)。次いでEB形成アッセイ(左下写真)のために細胞を回収し、あるいは、ReproFF2培地(RFF2)に移した(中央上写真)。PFX#9細胞を5継代培養し、EB形成アッセイ(中央下写真)のために回収し、あるいは、Es8に再び移した(右上写真)。 PFX#9細胞を5継代培養した後、EB形成アッセイを行った(右下写真)。培養1日目での、Es8又はRFF2のいずれかを用いたPFX#9培養物の写真(上)、及びEB形成アッセイにおける14日目でのEBの写真(下)をそれぞれ示した。上述の培養条件における細胞の遺伝子発現プロファイルをqRT-PCR scorecard panelにより決定し、写真の下に示した(スケールバー:1.0 mm)。
図3図3は、様々な条件で培養したPSCのメチル化を比較した図である。A. 細胞のメチル化状態は、Illumina Human Methylation Bead Chipで決定した。RFF2を用いて培養した6つのPSCサンプル(iPSC(PFX#9)の3サンプル及びESC(KhES-1、H9)の3サンプル)からの平均メチル化スコアを示す。スコアは、SPM又はEs8における6つのPSCサンプル(SPMを用いて培養したPFX#9の1サンプル、SPMを用いて培養したKhES-1の1サンプル、SPMを用いて培養したH9の1サンプル、Es8を用いて培養したPFX#9の1サンプル、Es8を用いて培養したH9の2サンプル)の平均と比較することで決定した。RFF2又はSPM及びEs8を用いて培養することによりメチル化スコアが0.2を超えた、プロモーター領域の遺伝子又はすべての領域の遺伝子の数を、ベン図中に表示した。B. RFF2、SPM又はEs8を用いて培養したPSCのプロモーター領域におけるメチル化パターンのクラスタリングを示す図である。レーン#1~3:RFF2培地を用いて培養したiPSC(PFX#9)、レーン#4~6:6つの独立した実験由来の、RFF2を用いて培養したESC(KhES-1)、レーン#7:SPMを用いたPFX#9細胞、レーン#8:SPMを用いたKhES-1細胞、レーン#9:SPMを用いたH9 ESC、レーン#10:Es8を用いたPFX#9細胞、レーン#11、12:6つの独立した実験由来の、Es8を用いたH9の結果を示す。
図4図4は、Es8(P5及びP15)又はRFF2培地(P9及びP18)を用いたKhES-1培養物における、CHD7並びに自己増殖因子であるPOU5F1、SOX2、NANOG及びEP300の遺伝子発現を、qRT-PCRにより決定した図である。Es8を用いたP5の発現量を1として棒グラフで相対量を示した。継代(P)数をバーに追加した。
図5図5は、CHD7アイソフォーム1、アイソフォーム2およびアイソフォームX4ならびにmRNA転写物の模式図である。A. 機能ドメインを有するCHD7アイソフォーム1、アイソフォーム2およびアイソフォームX4ならびにPCRのプライマーセットの位置を示す。B. CHD7の機能を評価するために用いたCHD7 mRNA転写物(アイソフォーム2)、ドミナントネガティブ転写物およびsiRNAのターゲットドメインを示す。
図6図6は、ウエスタンブロッティングによりCHD7アイソフォームを検出した図である。Es8(P11)またはRFF2(P21)で培養したKhES-1細胞からの全細胞溶解物(5.3μg)を各レーンにアプライした。ヒトCHD7に対する抗体を用いて、CHD7アイソフォーム1(予想される質量336kDa)、アイソフォーム2(110kDa)およびアイソフォームX4(183kDa)を検出した。ホースラディッシュペルオキシダーゼによってシグナルを可視化した。
図7図7は、siCHD7のトランスフェクションによるCHD7のダウンレギュレーションを示す図である。A. EB形成およびsiCHD7をトランスフェクションするためのプロトコールを図示したものである。rhVitronectin-N(組換えヒトビトロネクチン-N)(以下、「VTN-N」ともいう)でコーティングした6ウェルのディッシュ上に2×10 5個のKhES-1細胞を播種し、-1日目にEs8を用いて培養した。CHD7に対する低分子二本鎖干渉RNA(siCHD7)または非特異的な対照siRNA(mock)を細胞にトランスフェクションした(0日目)。siRNAをトランスフェクションした24時間後に細胞を低接着性プレートに移し、ROCK(Rho-associated protein kinase)インヒビター(RI)を添加したEssential 6(Es6)を用いて24時間培養した後、新鮮なEs6培地で培地を交換し、さらに72時間培養した。B. CHD7遺伝子発現量に及ぼすsiCHD7の導入量の依存性を示す図である。C. siRNA導入後のCHD7遺伝子発現レベルを示す図である。CHD7の発現、またはsiCHD7もしくは対照siRNA(mock)をトランスフェクションしたKhES-1細胞もしくはトランスフェクションしていない細胞におけるCHD7をqRT-PCR(タイムコースサンプリング、左)またはウエスタンブロッティング(2日目にサンプリング、右)により決定した。CHD7の遺伝子発現は、Es8を用いて培養したKhES-1細胞において独立して3回測定したCHD7発現の平均で標準化した。3つの独立した実験から得た代表的なデータセットを示す。
図8図8は、トランスフェクションされていないEB(上パネル)、およびsiCHD7をトランスフェクションした(中央パネル)、またはコントロールsiRNAをトランスフェクションした(mock、下パネル)KhES-1細胞の4日目、5日目および14日目の写真をそれぞれ示す。qRT-PCR scorecard panelにより決定した、指定された条件下でのKhES-1細胞の遺伝子発現プロファイルを、対応する写真の下に示す(スケールバー:1.0 mm)。3つの独立した実験から得た代表的なデータセットを示す。
図9図9は、CHD7のダウンレギュレーションが、栄養枯渇培地を用いて培養したESCの生存を支持することを示す図である。A. 栄養が枯渇したEs8及びsiCHD7のトランスフェクションによる、分化誘導のためのプロトコールを図示したものである。0日目に、培地(Es8)交換後にsiCHD7又はコントロールsiRNA(mock)を細胞にトランスフェクションした。培地を2日ごとに交換した(2、4日目)。細胞の計数及びqRT-PCRによる遺伝子発現の決定のため、siRNAのトランスフェクション後42時間(2日目)、72時間及び96時間で細胞を採取した。通常の培養の場合、Es8を用いてESCを培養した。培地交換は毎日行い、継代は未分化状態を維持するために3日毎に行った。B. 0日目、1日目、2日目、3日目及び4日目に、siCHD7若しくはコントロールsiRNA(mock)をトランスフェクションしたKhES-1細胞、又はトランスフェクションされていない細胞におけるCHD7の遺伝子発現を示す図である。CHD7の遺伝子発現は、Es8を用いて培養したKhES-1細胞においてqRT-PCRによって3回独立して測定したCHD7発現の平均で標準化した。3つの独立した実験から、代表的なデータセットを示した。C. トランスフェクションされていないKhES-1細胞(non-transfected)、siCHD7がトランスフェクションされたKhES-1細胞(siCHD7)、またはmockがトランスフェクションされたKhES-1細胞(mock)の数を線グラフとしてプロットしたものである。3つの独立した実験から、代表的なデータセットを示した。
図10図10は、2日目、3日目、4日目における、トランスフェクションされていない通常培養のKhES-1細胞(上パネル、毎日培地を交換)、siCHD7がトランスフェクションされたKhES-1細胞(中央パネル、2日毎に培地を交換)およびコントロールsiRNAがトランスフェクションされたKhES-1細胞(mock)(下パネル、 2日毎に培地を交換)の写真である。KhES-1のqRT-PCR scorecard panelにより決定した遺伝子発現プロファイルを、それぞれの写真の下に示した(スケールバー:1 mm)。
図11】CHD7アイソフォーム2のアップレギュレーションが、RFF2を用いて培養したESCにおける「自発的な」分化を誘導することを示す図である。A. 細胞培養及びmCHD7のトランスフェクションのためのプロトコールを図示したものである。0日目及び1日目に、mCHD7又はコントロールmRNA(mock)をKhES-1細胞にトランスフェクションした(計2回)。2日目に細胞を継代し、6ウェルプレートに2×105細胞/ウェルで再播種し、さらに24時間培養した。B. mCHD7又はコントロールmRNA(mock)を導入(0日目)した後のCHD7の遺伝子発現およびCHD7をqRT-PCR(タイムコースサンプリング、左)およびウエスタンブロッティング(3日目にサンプリング、右)により決定した。CHD7の遺伝子発現は、RFF2培地を用いて培養したKhES-1細胞において独立して3回測定したCHD7発現の平均で標準化した(NT:トランスフェクションされていないコントロール)。C. トランスフェクションされた又はトランスフェクションされていないKhES-1の細胞の増殖を示すグラフである。mockがトランスフェクションされたKhES-1細胞(mock)の増殖は、遺伝子導入されていないコントロール(non-transfected)に匹敵し、一方で、mCHD7がトランスフェクションされたKhES-1細胞(mCHD7)の増殖は、2日目および3日目に減少した。3つの独立した実験からの代表的なデータセットを示した。
図12図12は、1日目、2日目及び3日目における、RFF2培地を用いて培養した、トランスフェクションされていないKhES-1細胞(上パネル)、mCHD7がトランスフェクションされたKhES-1細胞(中央パネル)、コントロールmRNAがトランスフェクションされたKhES-1細胞(下パネル、mock)の写真である。qRT-PCR scorecard panelにより決定した遺伝子発現プロファイルを写真の下に示した。3つの独立した実験からの代表的なデータセットを示した(スケールバー:1 mm)。
図13図13は、CHD7ドミナントネガティブ(DN)mRNA転写物のトランスフェクションが、ESCにおける分化能および細胞増殖を阻害または低下させることを示す図である。A. CHD7 DN mRNA転写物のトランスフェクションおよびEB形成アッセイのためのプロトコールを図示したものである。 CHD7 DN1はクロモドメインmRNAの転写物、CHD7 DN2はSANT-SLIDEドメインmRNAの転写物である(図5B)。0日目に転写物をKhES-1細胞にトランスフェクションし、24時間後に細胞を低接着性プレートに移し、続いてROCK Inhibitor(RI)を含むEs6培地でEB形成のために24時間培養した。DN mRNAのトランスフェクション後3日目に、EBの顕微鏡観察およびqRT-PCR scorecard panelによる遺伝子発現プロファイルの分析を行った。B. CHD7 DN1およびCHD7 DN2発現レベルをqRT-PCRにより決定したグラフである。C. トランスフェクションされていないKhES-1細胞、CHD7 DN1をトランスフェクションしたKhES-1細胞、CHD7 DN2をトランスフェクションしたKhES-1細胞、CHD7 DN1 およびCHD7 DN2をトランスフェクションしたKhES-1細胞、ならびにmock mRNAをトランスフェクションしたKhES-1細胞由来のEBの3日目の写真である。
図14図14は、Es8を用いた培養において、CHD7を過剰発現するESCを生成することができなかったことを示す図である。A. 細胞培養及びCHD7アイソフォーム2のトランスフェクションのためのプロトコールを図示したものである。B. qRT-PCRにより、1日目および2日目におけるCHD7発現の評価を行った。CHD7の遺伝子発現は、Es8を用いて培養したKhES-1において独立して3回測定したCHD7発現の平均で標準化した。C. 1日目および2日目における、トランスフェクションされていないKhES-1細胞またはCHD7もしくはmockをトランスフェクションしたKhES-1細胞の細胞数と状態を示す写真である。写真の右上隅に1ウェル中の細胞数を示す。
図15図15は、CHD7のダウンレギュレーションが、Es8で培養したESCの増殖を混乱させたことを示す図である。A. siCHD7トランスフェクションのためのプロトコールを図示したものである。0日目および1日目に、siCHD7または非特異的なコントロールsiRNA(mock)をKhES-1細胞にトランスフェクションした。培地を毎日交換した(MC)。0~3日目に、細胞数の測定のために細胞を採取し、qRT-PCRによりCHD7発現を決定した。B. siCHD7もしくはコントロールsiRNA(mock)をトランスフェクションしたKhES-1細胞、またはトランスフェクションされていないKhES-1細胞におけるCHD7遺伝子発現をqRT-PCRによって決定した。 CHD7遺伝子発現は、Es8を用いて培養したKhES-1細胞において独立して3回測定したCHD7発現の平均で標準化した。C. トランスフェクションされていないKhES-1細胞(上パネル)、またはsiCHD7をトランスフェクションしたKhES-1細胞(中央パネル)もしくはコントロールsiRNAをトランスフェクションしたKhES-1細胞(mock、下パネル)KhES-1細胞の3日目の写真を示す。写真の右上隅に細胞数を示す。D. 細胞数を示すグラフである。
図16図16は、GeneChipデータに基づくヒトCHD7の遺伝子発現プロファイルであり、CHD7レベルがPSCの分化能を媒介したことを示す図である。3つの異なるサンプルの初期胚発生におけるヒトCHD7の発現の平均(Embryos before implantation)を、様々な条件で培養したヒトPSCにおけるヒトCHD7の発現(Human PSCs on feeder or feeder-less)および14日目のEBにおけるヒトCHD7の発現(EBs at day 14)と比較した。全てのサンプルはMAS5法により標準化した。
図17図17は、EB形成前のPSCにおけるCHD7のコピー数および14日目のEBの遺伝子発現プロファイルを示す図である。フィーダー細胞上でhPSC培地を用いた、またはVTN-N上でEs8を用いて単一細胞(single cell)で播種(以下、「Single cell suspension法」ともいう。)した、ESC(H9、KhES-1)もしくはiPSC(PFX#9、201B7、SHh#2)を培養した。EB形成前のCHD7アイソフォーム1 mRNAのコピー数は、デジタルPCRで検出した。それぞれの細胞に由来する14日目のEBの遺伝子発現プロファイルをqRT-PCR scorecard panelによって決定し、棒グラフとして示した(N:VTN-Nでコーティングしたディッシュ)。
図18図18は、CHD7 mRNAのコピー数を低くしたiPSCにおける、CHD7 mRNAのコピー数および14日目のEBの遺伝子発現プロファイルを示す図である。VTN-Nでコーティングしたディッシュ上に、201B7又はPFX#9細胞をフィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養した。故意にovergrowthの状態にしてCHD7 mRNAのコピー数を低くした。培地はEs8を用いた。EB形成前のCHD7 mRNAのコピー数は、デジタルPCRで検出した。それぞれの細胞に由来する14日目のEBの遺伝子発現プロファイルをqRT-PCR scorecard panelによって決定し、棒グラフとして示した(P:継代数)。
図19図19は、種々の培養条件で培養したPSCにおけるCDH7のタンパクの発現量を示す図である。P1は、H9をEs8で17継代培養したもの、P2は、KhES-1をEs8で10継代培養したもの、Nは、KhES-1をRFF2で11継代培養したものである。N2(ネガティブコントロール)は、RFF2で17継代培養したH9細胞のLysateを濃縮したものである。いずれの細胞も、VTN-Nでコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養した後、Lysateを調製し、標準品(Es8で17継代培養したH9細胞のLysateを濃縮したもの)を1000 units/mLとして一次抗体と二次抗体の濃度を変化させて、相対値で棒グラフとして示した。
図20図20は、タンパク濃度およびmRNAコピー数から求めた漸近線である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、ヒト多能性幹細胞(hPSC)におけるCHD7の発現レベルを測定することを含む、該多能性幹細胞の分化能の予測方法(以下、「本発明の予測方法」ともいう)を提供する。
本明細書において、多能性幹細胞の「分化能」とは、多能性幹細胞が自発的に、あるいは特定の分化刺激に応答して、三胚葉系列又は特定の細胞系列に分化する能力を意味する。本発明の好ましい実施態様においては、ある特定の分化刺激に応答して、その分化刺激に対応する細胞系列に分化する能力を有するヒト多能性幹細胞を予測し、選択する。そのような分化刺激としては、PSCが未分化状態を脱していずれかの分化細胞が誘導され得る刺激であって、その分化の方向性が既知である限り特に制限されないが、例えば、後述の実施例におけるEB形成アッセイやサイトカイン誘導性分化アッセイに使用される培養条件等が挙げられる。
本明細書において、「CHD7の発現レベル」とは、特に明記した場合を除き、CHD7遺伝子の発現レベル及びCHDタンパク質の発現レベルのいずれを意味してもよい。
【0014】
本発明は、少なくとも部分的には、未分化状態のhPSCの維持に必要なCHD7発現レベルには上限はあるが、下限はなく、また上限は培養条件によって異なることの発見に基づく。hPSCにおけるCHD7の発現レベルが上限を超えると、hPSCはPSCの維持培地中でも自発的に分化を開始し、該培養系はもはや分化細胞の増殖を支持することができない。一方、hPSCにおけるCHD7の発現レベルが閾値を下回ると、hPSCは分化刺激に応答して十分な分化能を示すことができず、未分化状態で維持され得る。従って、hPSCが分化刺激に応答して分化能を示すためには、該PSCにおいて、CHD7の発現レベルが中等度(即ち、上記上限以下であって、上記閾値以上)であることが必要である。
【0015】
上述のように、未分化状態のhPSCの維持に必要なCHD7発現レベルの上限は、培養条件によって異なるものと考えられるが、各培養条件下においてCHD7発現レベルが当該上限を超えれば、hPSCは自発的に分化を開始し、該培養条件下では該PSCの維持増幅が不可能となるので、hPSCが自発的に分化しなければ、その培養条件での上限を超えていないことになる。従って、種々の培養条件下における、未分化状態のhPSCの維持に必要なCHD7発現レベルの上限値を、敢えてここで定める必要はない。
【0016】
一方、hPSCが分化刺激に応答して分化能を示すために必要なCHD7発現レベルの閾値としては、例えば、定量的なデジタルPCR分析によりCHD7遺伝子の発現レベルを測定する場合には、例えばトータルRNA 5ng中、2710コピー以上である。細胞外基質でコーティングしたディッシュ上で、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、トータルRNA 5ng中、例えば1502コピー以上、1500コピー以上である。また、hPSCがESCであり、フィーダー細胞と共にSmall Cell Clumps法で培養している場合は、例えば2710コピー以上、2120コピー以上、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、例えば3280コピー以上、hPSCがiPSCであり、フィーダー細胞と共にSmall Cell Clumps法で培養している場合は、例えば3080コピー以上、2280コピー以上、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、例えば1502コピー以上、1500コピー以上が挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
また、CHD7タンパク質の発現レベルを測定する場合には、当該閾値としては、例えば、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して2.0倍以上、3.0倍以上、4.0倍以上、5.0倍以上、6.0倍以上、7.0倍以上、7.7倍以上、8.0倍以上、8.5倍以上、9.0倍以上、9.2倍以上、10倍以上、10.2倍以上、10.3倍以上が挙げられる。分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。さらに、上記測定と同様の場合には、当該閾値としては、例えば、正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して90.3%以下、90.2%以下、90%以下、89.1%以下、88.3%以下、87.0%以下、85.8%以下、85%以下、83.4%以下、80.2%以下、80%以下、75%以下、70%以下、50%以下が挙げられる。正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、Es8又はSPM培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。
【0018】
また、当該閾値は、例えば、定量的デジタルPCR分析により測定したCHD7遺伝子の発現レベルを考慮して決定してもよい。CHD7遺伝子の発現レベルを考慮した場合の閾値としては、例えば、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上、10倍以上が挙げられる。分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。さらに、閾値としては、上記と同様の場合には、例えば、正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して50%以下、70%以下、75%以下、80%以下、90%以下が挙げられる。正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、Es8又はSPM培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。
CHD7タンパク質濃度は、培養した細胞のLysateにおけるCHD7タンパク質濃度を直接測定した値でもよいし、培養した細胞のLysateを標準品として、標準品に対する相対値であってもよい。該培養した細胞は、分化抵抗性を示す幹細胞であってもよく、正常な分化能を示す幹細胞であってもよく、該Lysateは、濃縮されたものであってもよく、濃縮されていなくてもよい。
【0019】
本発明の予測方法において、分化能を予測可能なヒト多能性幹細胞としては、未分化状態を保持したまま増殖できる「自己増殖能」と三胚葉系列すべてに分化できる「分化能」とを有する未分化細胞であれば特に制限されず、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の他、始原生殖細胞に由来する胚性生殖細胞(EG細胞)、精巣組織からのGS細胞の樹立培養過程で単離されるmultipotent germline stem(mGS)細胞等が挙げられる。ES細胞は体細胞から核初期化されて生じたES細胞(nt ES細胞)であってもよい。好ましくは、ES細胞またはiPS細胞である。本発明の予測方法は、特にヒト多能性幹細胞において好ましく使用されるが、多能性幹細胞が樹立されているか樹立可能である、任意の哺乳動物においても適用可能であり、例えば、非ヒト哺乳動物として、マウス、サル、ブタ、ラット、イヌ等が挙げられる。
【0020】
多能性幹細胞の作製は、自体公知の方法により行うことができる。例えば、iPS細胞の場合、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al.(2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9等に記載の方法が挙げられる。
ES細胞の場合、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー細胞上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor(LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor(bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。また、ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Research Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
EG細胞は、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al. (1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
mGS細胞はWO 2005/100548に記載される方法に従って、精巣細胞から作製することができる。
【0021】
上記のようにして作製されたPSC、好ましくは、hPSCは、CHD7の発現レベルの測定に先立って、PSCを維持培養する工程を含み得る。当該培養は、浮遊培養であっても、あるいはコーティング処理された培養皿を用いた接着培養であってもよい。本工程では、好ましくは、接着培養が用いられる。PSCは、例えば、力学的に分離するか、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、Accutase(TM)およびAccumax(TM)など)またはコラゲナーゼ活性のみを有する分離溶液を用いて、あるいはTrypsin/ EDTAを用いて解離することができる。好ましくは、Trypsin/ EDTAを用いて細胞を解離する方法が用いられる。
【0022】
PSCを分離する場合、培地中にRho-associated protein kinase(ROCK)阻害剤を含めることが好ましい。ROCK阻害剤は、ROCKの機能を抑制できるものであれば特に限定されないが、例えば、Y-27632が本発明において好適に使用され得る。培地中におけるY-27632の濃度は、特に限定されないが、1μM~50μMが好ましく、例えば、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、11μM、12μM、13μM、14μM、15μM、16μM、17μM、18μM、19μM、20μM、25μM、30μM、35μM、40μM 、45μM、50μMであるがこれらに限定されない。
【0023】
培地中に、ROCK阻害剤を添加する期間は、PSCを培養する工程の培養期間であってもよく、単一分散時の細胞死を抑制する期間であればよく、例えば、少なくとも1日である。
【0024】
本明細書において、浮遊培養とは、細胞を培養皿へ非接着の状態で培養することで胚様体を形成させることであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外基質などによるコーティング処理)されていない培養皿、若しくは、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)によるコーティング処理)した培養皿を使用して行うことができる。
【0025】
本明細書において、接着培養とは、フィーダー細胞上で、または細胞外基質によりコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行い得る。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0026】
本明細書において、フィーダー細胞とは、目的の細胞の培養条件を整えるために用いる補助的役割を果たす他の細胞を意味する。本発明において、細胞外基質とは、細胞の外に存在する超分子構造体であり、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、ビトロネクチン、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン、ラミニンといった物質またはこれらの断片が挙げられ、ビトロネクチンまたはその断片が好ましい。
【0027】
上記のようにして作製されたPSC、好ましくは、hPSCは、例えば、細胞外基質でコーティングされた培養容器を用いた接着培養により維持され得る。PSCを培養する工程において使用する培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地およびこれらの混合培地などが包含される。また、市販のPSC維持培地として、例えば、上述のEssential 8 培地(Es8、Thermo Fisher Scientific)、SPM(Stem-Partner(登録商標) Human iPS/ES cells medium、極東製薬工業)、ReproFF2培地(RFF2、リプロセル)の他、StemPro34(invitrogen)、RPMI-base medium、mTeSR1(STEMCELL Technologies)などを用いることもできる。本工程において、分化刺激に応答して分化能を示すPSCクローンを予測し、選択するためには、好ましくは、維持培地としてEs8、SPM等が用いられる。RFF2培地のようなPSCに分化抵抗性を付与する培地で培養すると、PSCは分化刺激に応答して分化する能力を喪失するが、かかる分化抵抗性はPSCクローンに固有の性質ではなく、培養条件を変化させることで可逆的に分化能を回復する場合もあるので、Es8、SPM等の、本発明においてPSCの分化能を維持し得ることが確認された培地でPSCを培養した方が、PSCクローンの品質(分化抵抗性がクローン固有の性質か、培養条件による可逆的なものであるか)を検証する上で効率的である。培地には血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、分化能に影響を与えない限り、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール(2ME)、チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1以上の物質も含有し得る。
【0028】
PSCを培養する工程において、PSCを単一細胞で培養してもよい。例えば、ピペッティングやトリプシン処理などによりPSCを単一細胞にして(「single cell suspension」ともいう)、VTN-Nでコーティングしたディッシュ上に接種し、フィーダー細胞フリーで培養することにより、PSCを単一細胞で培養することができる。また、PSCを培養する工程において、PSCを小さな細胞塊の状態で培養してもよい。例えば、フィーダー細胞上でPSCを培養することにより、PSCを小さな細胞塊の状態で培養することができる(「Small Cell Clumps法」ともいう)。
【0029】
PSCを培養する工程において、培養温度は、下記に限定されないが、例えば、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~10%、好ましくは5%である。
【0030】
PSCを培養する工程において、培養期間の途中で培地交換を行うことができる。培地交換に用いられる培地は、培地交換前の培地と同じ成分を有する培地であっても、異なる成分を有する培地であってもよい。好ましくは、同じ成分を有する培地が用いられる。培地交換の時期は、特に限定されないが、新鮮な培地での培養を開始してから、例えば、1日毎、2日毎、3日毎、4日毎、5日毎に行われる。本工程において、培地交換は、好ましくは、1日毎に行われる。
【0031】
hPSCにおけるCHD7の発現レベルの測定は、自体公知の任意のRNA又はタンパク質測定法を用いて実施することができる。例えば、CHD7の発現をRNAレベルで測定する場合、該CHD7 mRNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸(プローブ)や、該mRNAの一部もしくは全部を増幅するプライマーとして機能し得るオリゴヌクレオチドのセットを用いて、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、デジタルPCRなどにより行うことができる。プローブとして用いられる核酸は、DNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAが挙げられる。また、該核酸は二本鎖であっても一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。該核酸の長さは標的mRNAと特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、例えば約15塩基以上、好ましくは約20塩基以上である。該核酸は、標的mRNAの検出・定量を可能とするために、標識剤により標識されていることが好ましい。標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、〔32P〕、〔3H〕、〔14C〕などが用いられる。酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。さらに、プローブと標識剤との結合にビオチン-(ストレプト)アビジンを用いることもできる。
【0032】
プライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドのセットとしては、CHD7をコードするmRNAの塩基配列(センス鎖)およびそれに相補的な塩基配列(アンチセンス鎖)とそれぞれ特異的にアニーリングすることができ、それらに挟まれるDNA断片を増幅し得るものであれば特に制限はなく、例えば、各々約15~約100塩基、好ましくは各々約15~約50塩基の長さを有し、約100bp~数kbpのDNA断片を増幅するようにデザインされたオリゴヌクレオチドのセットが挙げられる。特にCHD7のアイソフォーム1(CHD7Lとも言われる、NCBIデータベース(GenBank)のアクセッション番号NM_017780.3)(塩基配列を配列番号1、アミノ酸配列を配列番号2で表す)のmRNAを特異的に増幅可能なCHD7アイソフォーム1の672番目のアミノ酸から2620番目のアミノ酸をコードするmRNAの塩基配列およびそれに相補的な塩基配列とアニーリング可能なプライマーセットを好適に用いることができる。
【0033】
微量RNA試料を用いてCHD7の遺伝子発現を定量的に解析するためには、競合RT-PCR、リアルタイムRT-PCRまたはデジタルPCR分析を用いることが好ましい。競合RT-PCRを用いる場合、上記プライマーセットに加えて、該プライマーセットにより増幅され、目的DNAと区別することができる増幅産物(例えば、目的のDNAとはサイズの異なる増幅産物、制限酵素処理により異なる泳動パターンを示す増幅産物など)を生じる核酸をさらに含有することができる。このcompetitor核酸はDNAであってもRNAであってもよい。DNAの場合、RNA試料から逆転写反応によりcDNAを合成した後にcompetitorを添加してPCRを行えばよく、RNAの場合は、RNA試料に最初から添加してRT-PCRを行うことができる。後者の場合、逆転写反応の効率も考慮に入れているので、元のmRNAの絶対量を推定することができる。
一方、リアルタイムRT-PCRは、PCRの増幅量をリアルタイムでモニタリングできるので、電気泳動が不要で、より迅速にCHD7の遺伝子発現を解析可能である。通常、モニタリングは種々の蛍光試薬を用いて行われる。これらの中には、SYBR Green I、エチジウムブロマイド等の二本鎖DNAに結合することにより蛍光を発する試薬(インターカレーター)の他、上記プローブとして用いることができる核酸(但し、該核酸は増幅領域内で標的核酸にハイブリダイズする)の両端をそれぞれ蛍光物質(例:FAM、HEX、TET、FITC等)および消光物質(例:TAMRA、DABCYL等)で修飾したもの等が含まれる。
また、デジタルPCR分析は、抽出したmRNAからcDNAを合成し、超微小区画や油中水滴(W/O型)エマルションの水滴中にcDNAが1または0となるように希釈し分散させてPCR増幅を行い、増幅シグナルがポジティブの微小区画や水滴の数を直接カウントすることにより、サンプル中のターゲット遺伝子の発現量を絶対的に測定する分析手法のことであり、特に好適に用いることができる。デジタルPCR分析は、市販のデジタルPCR分析装置を用いることができ、QuantStudio 3D デジタル PCR システム(Thermo Fisher Scientificの商品名)、BioMark HD(Fluidigmの商品名)やDroplet Digital PCR方式を採用したBio-Rad Laboratoriesの製品等を用いることができ、各装置の取扱説明書やプロトコールに従って分析することができる。
【0034】
上記プローブとして用いる核酸は、CHD7をコードするcDNAやその断片であってよく、あるいはその塩基配列情報(例えば、ヒトCHD7の場合、NCBIデータベース(GenBank)にアクセッション番号NM_017780.3(配列番号1)として登録されている塩基配列を参照できる)に基づいて、市販のDNA/RNA自動合成機等を用いて化学的に合成することによって得られるものであってもよい。また、上記プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドのセットは、上記塩基配列情報に基づいて、該塩基配列およびその相補鎖配列の一部を市販のDNA/RNA自動合成機等を用いて化学的に合成することによって得ることができる。
【0035】
一方、CHD7の発現をタンパク質レベルで測定する場合、例えば、抗CHD7抗体を用いて、各種免疫学的手法、例えば、ウェスタンブロット法、ELISA、RIA、FIA等の各種イムノアッセイにより行うことができる。使用する抗CHD7抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製されてもよく、市販の抗体を用いてもよい。また、該抗体は完全抗体分子だけでなくそのフラグメントをも包含し、例えば、Fab、F(ab')2、ScFv、minibody等が挙げられる。上記免疫学的測定法の詳細については、例えば、入江 寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江 寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」 Vol. 70 (Immunochemical Techniques (Part A))、同書 Vol. 73 (Immunochemical Techniques (Part B))、同書 Vol. 74 (Immunochemical Techniques (Part C))、同書 Vol. 84 (Immunochemical Techniques (Part D: Selected Immunoassays))、同書 Vol. 92 (Immunochemical Techniques (Part E: Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、同書 Vol. 121 (Immunochemical Techniques (Part I: Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies))(以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
【0036】
サンドイッチELISAによりCHD7の発現をタンパク質レベルで測定する場合、捕捉抗体及び検出抗体の組合せの選択は、CHD7を検出することができる限り特に限定されないが、具体的には、例えば、捕捉抗体としてヒトCHD7(配列番号2)のAla 263-Gln 457を大腸菌で発現させたポリペプチドを抗原として得られたモノクローナル抗体(マウスIgG1)をProtein A又はProtein Gで精製した抗体を、一次抗体としてヒトCHD7(配列番号2)のGly 25-Met 200を大腸菌で発現させてウサギに免疫し、抗原でアフィニティー精製した抗ヒトCHD7ウサギIgGを用いることができる。
【0037】
CHD7の発現レベルの測定は、CHD7のアイソフォームの発現レベルを測定することができる。アイソフォームとしては、例えば、アイソフォーム1(NCBIデータベース(GenBank)のアクセッション番号NM_017780.3(塩基配列を配列番号1、アミノ酸配列を配列番号2で表す))、アイソフォーム2(同、アクセッション番号NM_001316690.1(塩基配列を配列番号3、アミノ酸配列を配列番号4で表す))、アイソフォームX4(同、アクセッション番号XM_011517560.2(塩基配列を配列番号5、アミノ酸配列を配列番号6で表す))等が挙げられる。好ましくは、アイソフォーム1である。
【0038】
上記のいずれかあるいは自体公知のその他の方法を用いて、PSCにおけるCHD7の発現レベルを測定し、該測定値を、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すために必要なCHD7発現レベルの閾値と比較する。当該閾値は、使用するCHD7発現レベルの測定法によって変動するが、例えば、定量的デジタルPCR分析によりCHD7遺伝子の発現レベルを測定する場合には、例えば、トータルRNA 5 ng中2710コピー以上である。細胞外基質でコーティングしたディッシュ上で、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、トータルRNA 5 ng中、例えば、1502コピー以上、1500コピー以上である。また、hPSCがESCであり、フィーダー細胞と共にSmall Cell Clumps法で培養している場合は、例えば2710コピー以上、2120コピー以上、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、例えば3280コピー以上、hPSCがiPSCであり、フィーダー細胞と共にSmall Cell Clumps法で培養している場合は、例えば、3080コピー以上、2280コピー以上、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、例えば1502コピー以上、1500コピー以上が挙げられるが、これらに限定されない。
【0039】
また、CHD7タンパク質の発現レベルを測定する場合には、当該閾値としては、例えば、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して2.0倍以上、3.0倍以上、4.0倍以上、5.0倍以上、6.0倍以上、7.0倍以上、7.7倍以上、8.0倍以上、8.5倍以上、9.0倍以上、9.2倍以上、10倍以上、10.2倍以上、10.3倍以上が挙げられる。分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。さらに、上記測定と同様の場合には、当該閾値としては、例えば、正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して90.3%以下、90.2%以下、90%以下、89.1%以下、88.3%以下、87.0%以下、85.8%以下、85%以下、83.4%以下、80.2%以下、80%以下、75%以下、70%以下、50%以下が挙げられる。正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、Es8又はSPM培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。
【0040】
また、当該閾値は、例えば、定量的デジタルPCR分析により測定したCHD7遺伝子の発現レベルを考慮して決定してもよい。CHD7遺伝子の発現レベルを考慮した場合の閾値としては、例えば、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上、10倍以上が挙げられる。分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。さらに、閾値としては、上記と同様の場合には、例えば、正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して50%以下、70%以下、75%以下、80%以下、90%以下が挙げられる。正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、Es8又はSPM培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。
CHD7タンパク質濃度は、培養した細胞のLysateにおけるCHD7タンパク質濃度を直接測定した値でもよいし、培養した細胞のLysateを標準品として、標準品に対する相対値であってもよい。該培養した細胞は、分化抵抗性を示す幹細胞であってもよく、正常な分化能を示す幹細胞であってもよく、該Lysateは、濃縮されたものであってもよく、濃縮されていなくてもよい。
【0041】
他の測定法を用いる場合でも、Es8やSPM培地を用いて培養した場合に、EB形成アッセイやサイトカイン誘導性分化アッセイにより分化能を示すことが確認されているPSCクローン(例えば、H1、H9、KhES1等のhESCクローン)について、Es8やSPMを用いて培養した場合、具体的には、例えば、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで単一細胞にして培養した場合、好ましくは5継代以上培養した場合のCHD7の発現レベルを、複数回の実験により測定し、例えば、該測定値の最大値や平均値を閾値として設定することができる。
【0042】
比較の結果、CHD7の発現レベルが、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すために必要なCHD7発現レベルの閾値以上であれば、該PSCは、分化刺激に応答して分化能を示す。従って、分化誘導した場合に未分化細胞が残存する(その結果として、腫瘍が発生する)リスクがない、あるいは低い細胞であると予測することができる。逆に、CHD7の発現レベルが該閾値未満であれば、該PSCは分化刺激に対して分化抵抗性を示す。従って、分化誘導した場合に未分化細胞が残存する(その結果として、腫瘍が発生する)リスクがある、あるいは高い細胞であると予測することができる。予測の結果、リスクがある、あるいは高い細胞である場合、CHD7をコードする核酸を導入するか、又はPSCの分化能を維持し得ることが確認された培地(例、Es8、SPM)に交換して5継代以上培養することにより、分化抵抗性を低減させること又はなくすことができる。また、予測の結果、フィーダー細胞と共に培養しているiPSCにおいてリスクがある、あるいは高い細胞であるである場合、フィーダー細胞フリーで単一細胞にして培養することにより、分化抵抗性を低減させること又はなくすことができる。
【0043】
上述のように、PSCが分化刺激に対して分化能を示すか否かは、PSCクローンごとに固有の性質では必ずしもなく、むしろPSCの維持培養条件に依存して変化する蓋然性が高いといえる。即ち、同一のPSCクローンであっても、培養条件が異なれば、分化刺激に対して応答して分化する場合(例、Es8やSPMで培養した場合)もあれば、分化抵抗性を示す場合(RFF2で培養した場合)もあることが多い。
従って、本発明はまた、PSCにおけるCHD7の発現レベルを測定することを含む、該多能性幹細胞用培地の評価方法(以下、「本発明の評価方法」ともいう)を提供する。被験培地としては、上記CHD7の発現レベルを測定する工程に先立ってPSCを維持培養するのに使用され得る各種培地が挙げられる。
【0044】
後述の実施例で記述されるように、種類の異なる培地への交換によりPSCにおけるCHD7遺伝子のエピジェネティック状態を完全に変更するには5継代(約15日間)が好ましいので、本発明の評価方法においては、好ましくは、CHD7の発現レベルを測定する工程に先立って、PSCは被験培地で5継代以上培養される。被験培地でのPSCの培養は、上記本発明の予測方法と同様の方法で実施することができる。
【0045】
上記本発明の評価方法におけるCHD7の発現レベルの測定も、上記本発明の予測方法と同様の方法で実施することができる。得られた測定値を、上記本発明の予測方法における、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すために必要なCHD7発現レベルの閾値と比較する。例えば、定量的デジタルPCR分析によりCHD7遺伝子の発現レベルを測定する場合には、当該閾値として、例えば、トータルRNA 5 ng中2710コピー以上である。細胞外基質でコーティングしたディッシュ上で、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、トータルRNA 5 ng中、例えば1502コピー以上、1500コピー以上である。また、hPSCがESCであり、フィーダー細胞と共にSmall Cell Clumps法で培養している場合は、例えば2710コピー以上、2120コピー以上、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、例えば3280コピー以上、hPSCがiPSCであり、フィーダー細胞と共にSmall Cell Clumps法で培養している場合は、例えば3080コピー以上、2280コピー以上、細胞外基質でコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養している場合は、例えば1502コピー以上、1500コピー以上が挙げられるが、これらに限定されない。
【0046】
また、CHD7タンパク質の発現レベルを測定する場合には、当該閾値としては、例えば、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して2.0倍以上、3.0倍以上、4.0倍以上、5.0倍以上、6.0倍以上、7.0倍以上、7.7倍以上、8.0倍以上、8.5倍以上、9.0倍以上、9.2倍以上、10倍以上、10.2倍以上、10.3倍以上が挙げられる。分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。さらに、上記測定と同様の場合には、当該閾値としては、例えば、正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して90.3%以下、90.2%以下、90%以下、89.1%以下、88.3%以下、87.0%以下、85.8%以下、85%以下、83.4%以下、80.2%以下、80%以下、75%以下、70%以下、50%以下が挙げられる。正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、Es8又はSPM培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。
【0047】
また、当該閾値は、例えば、定量的デジタルPCR分析により測定したCHD7遺伝子の発現レベルを考慮して決定してもよい。CHD7遺伝子の発現レベルを考慮した場合の閾値としては、例えば、分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上、10倍以上が挙げられる。分化抵抗性を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、ReproFF2培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。さらに、閾値としては、上記と同様の場合には、例えば、正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞におけるCHD7タンパク質濃度と比較して50%以下、70%以下、75%以下、80%以下、90%以下が挙げられる。正常な分化能を示すヒト多能性幹細胞としては、例えば、Es8又はSPM培地を用いて5継代以上培養したヒト多能性幹細胞が挙げられる。
CHD7タンパク質濃度は、培養した細胞のLysateにおけるCHD7タンパク質濃度を直接測定した値でもよいし、培養した細胞のLysateを標準品として、標準品に対する相対値であってもよい。該培養した細胞は、分化抵抗性を示す幹細胞であってもよく、正常な分化能を示す幹細胞であってもよく、該Lysateは、濃縮されたものであってもよく、濃縮されていなくてもよい。
【0048】
比較の結果、CHD7の発現レベルが、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すために必要なCHD7発現レベルの閾値以上であれば、被験培地は、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すようにPSCを維持培養することができる、従って、分化誘導した場合に未分化細胞が残存する(その結果として、腫瘍が発生する)リスクがない、あるいは低い培地であると評価することができる。逆に、CHD7の発現レベルが該閾値未満であれば、該被験培地は、PSCが分化刺激に対して分化抵抗性を示すようにPSCを維持培養する、従って、分化誘導した場合に未分化細胞が残存する(その結果として、腫瘍が発生する)リスクがある、あるいは高い培地であると評価することができる。
【0049】
本発明の評価方法において、PSCが分化刺激に対して分化抵抗性を示すようにPSCを維持培養する培地であると評価された培地を用いて、PSCを維持培養していた場合に、同評価方法において、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すようにPSCを維持培養することができると評価された培地に変更して、PSCを培養することにより、好ましくは5継代以上培養することにより、該PSCを、分化刺激に応答して分化能を示すように変化させることができる。
【0050】
後述の実施例により実証されるように、培地を、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すようにPSCを維持培養することができる培地に変更する代わりに、PSCにCHD7をコードする核酸を導入することにより、分化刺激を加えることなく、該PSCに自発的に分化を誘導することができる。例えば、hPSC由来の分化細胞集団を移植後、該移植細胞中に未分化な細胞が残存していた場合、CHD7をコードする核酸(mRNA又はプラスミドDNA等)を移植局所に注入して該核酸を残存する未分化細胞に導入することにより、移植局所の環境によらず自発的な分化を起こさせて、腫瘍発生リスクを低減できる可能性がある。
従って、本発明はまた、CHD7をコードする核酸を含有してなる、PSC、特にhPSCの分化誘導剤、並びに該核酸を、分化抵抗性を示すPSCに導入することを含む、該PSCの分化誘導方法を提供する。
【0051】
本発明はまた、上記本発明の予測方法及び本発明の評価方法に使用するための試薬を提供する。当該試薬は、CHD7の発現を検出し得る物質を含有する。そのような物質としては、特に制限はないが、例えば、CHD7の発現をRNAレベルで検出する場合であれば、上記本発明の予測方法において、プローブ又はプライマーとして例示した核酸等が、また、CHD7の発現をタンパク質レベルで検出する場合であれば、抗CHD7抗体等が挙げられる。当該試薬は、上述したCHD7の発現レベルを測定する各種方法を実施するために必要な各種試薬をさらに含む、キットとして提供することもできる。
【0052】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制限されない。
【実施例
【0053】
材料及び方法
本明細書において、すべての実験はヒトESCおよびヒトiPSCを使用した。本研究は、先端医療振興財団/神戸医療産業都市推進機構(FBRI)の倫理委員会の承認を受けた。
【0054】
(細胞培養)
ヒト胚性幹細胞(ESC)株 KhES-1(Riken BRC)(Navarro-Alvarezら, Cell Transplant2008; 17(1-2): 111-119)及びH9(WiCell Research Institute, Levensteinら, Stem Cell; 24(3):568-74, 2006 Mar.)、ならびにヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)株 PFX#9 (Nishishitaら. PLoS One. 2012; 7(6): e38389)、201B7(Riken RBC)及びSHh#2(Nishishitaら, PLoS One. 2012; 7(6))のいずれかを、マイトマイシンC処理したSNL76/7細胞(SIM strain embryonic fibroblast, ECACC; European Collection of Authenticated Cell Culture)上で、hPSCs培地(Takenakaら, PLoS ONE 2015; 10(6): e0129855)を用いて、またはrhVitronectin-N(組換えヒトビトロネクチン-N)(VTN-N, Thermo Fisher Scientific)でコーティングしたディッシュ上で、Essential 8培地(Es8, Thermo Fisher Scientific)(Chen ら. Nat Methods 2011; 8(5): 424-429,)、SPM(Stem-Partner(登録商標) Human iPS/ES cells medium)(Takenakaら, PLoS ONE 2015;10(6): e0129855,)(Kyokuto Pharmaceutical Co. Ltd.)又はRiproFF2培地(RFF2, ReproCELL)を用いて培養した。細胞を、Gentle Cell Dissociation Reagent(GCDR; Stem Cell Technologies)を用いて凝集で継代し、iPSCの場合は1:3の比率で、hESCの場合は1:3.5の比率で分割した。あるいは、TrypLE Select(Life Technologies)(Takenakaら,PLoS ONE 2015; 10(6): e0129855)を用いて単一細胞懸濁液を播種することにより、細胞を継代した。単一細胞懸濁液中の細胞を、6ウェルプレートに1ウェルあたり、Es8で培養する場合は3×105個、RFF2培地で培養する場合は1×105 個播種した。インキュベーター(MCO-19AIC、Panasonic、Osaka、Japan)内で、37℃、5%CO 2の条件下で細胞を培養した。KhES-1、H9及びPFX#9の核型を、5回の継代毎にmulticolor fluorescence in situ hybridization(mFISH)により、10継代ごとにG-バンドにより検査し、正常な核型を有するPSCをこの研究で使用した。
【0055】
(siRNA試薬およびトランスフェクション)
指定のない限り、すべての試薬はThermo Fisher Scientificから調達した。siCHD7又はコントロールsiRNA(mock)導入実験のために、予め設計したサイレンサーセレクト(Silencer Select)ヒトCHD7 siRNA(カタログ番号4392420; ID:s31142)及びサイレンサーセレクトネガティブコントロールNo.1(カタログ番号4404021)を使用した。これらの試薬の導入は以下のように行った。
VTN-Nでコーティングした6ウェルプレートに、1ウェルあたり2×10 5個のESCを播種し、4mLのEs8、SPM又はRFF2を用いて培養した。翌日に培地を交換し、メーカーの説明書に従い、Lipofectamine RNAiMAXinを用いて細胞にsiCHD7(トランスフェクション量50pmol、30pmolもしくは10pmol)又はコントロールsiRNAをトランスフェクションした。50pmolのsiCHD7の導入について簡潔にいえば、カクテルA(4μL Lipofectamine RNAiMAX試薬及び150μL Opti-MEM培地)を、カクテルB(1μLの50μM siCHD7(50 pmol)又はコントロールsiRNA(50 pmol)及び150μL Opti-MEM培地)と混合し、室温で5分間インキュベートした。混合したカクテル(240μL)を用いてsiCHD7(最終濃度10nM)又はコントロールsiRNA(最終濃度10nM)をES細胞にトランスフェクションし、48時間インキュベートした。試薬の形質導入効率は、指定された時点で、トランスフェクションされた細胞中のCHD7 mRNAをqRT-PCRで検出することにより評価した。
【0056】
(合成mRNA試薬及びトランスフェクション)
T7プロモーター及びT7ターミネーターを、それぞれCHD7 アイソフォーム 2(NM_001316690.1(配列番号3))の5 'および3' コーディング配列に融合させ、pMXベクターにクローニングした。SfiIでpMXベクターを消化した後、mMESSAGE mMACHINE T7 ULTRA Transcription Kitを用いてCHD7 アイソフォーム 2の合成mRNAを作製した。同様の方法により、クロモドメインおよびSNF2-like ATPase/helicasドメインの両方をカバーする合成mRNA(CHD7 DN1)を作製した。公開されたCHD1配列(Ryanら. Embo j 2011; 30(13):2596-2609)とのホモロジーに基づいてCHD7におけるSANT-SLIDEドメイン領域を決定し、同様の方法により合成mRNA(CHD7 DN2)を作製した。得られたmRNA量をND-1000(Nano Drop)で測定した。同じベクターのバックボーンから得られた高感度緑色蛍光タンパク質(eGFP)のmRNAを、コントロール(コントロールmRNA、mock)として使用した。
【0057】
(mRNAトランスフェクション)
VTN-Nでコーティングした6ウェルプレートの各ウェルに5ng / mLの線維芽細胞増殖因子2(FGF2; Peprotech)を添加したRFF2を充填し、ESC(3×10 5個)を播種した。メーカーの説明書に従い、Lipofectamine Messenger MAXを用いて細胞にmCHD7又はコントロールmRNA(mock)をトランスフェクションした。簡潔にいえば、カクテルA(3.75 μL Lipofectamine Messenger MAXトランスフェクション試薬及び125μL Opti-MEM培地)を室温で10分間インキュベートした。次いで、カクテルB(2.5μgのmCHD7又はコントロール mRNA、及び125μLのOpti-MEM培地)を調製し、カクテルAと混合した後、室温で5分間インキュベートした。混合したカクテル(240 μL)に、最終濃度として5ng/mLとなるように FGF2を添加した4 mLの RFF2を加えた。本培地を用いて37℃で24時間、細胞をインキュベートした。試薬の形質導入効率は、指定された時点で、トランスフェクションされた細胞中のCHD7 mRNA発現をqRT-PCRで決定することにより評価した。
【0058】
(メチル化およびGeneChip解析)
Infinium Human Methylation 450 BeadChip(Illumina)を用いて、培養したESCまたはiPSCのメチル化状態を測定した。プロモーター領域のメチル化パターンは、Cluster 3.0を用いて階層的にクラスター化し、Java Tree Viewで可視化した。プロモーター領域の各遺伝子のメチル化状態は、GeneChip(Human Genome U133 Plus2.0 Array、Affymetrix)アレイデータにより得られた遺伝子発現シグナルと比較して候補遺伝子を抽出することにより評価した。
【0059】
(siCHD7トランスフェクション後のEB形成アッセイ)
4mLのEs8を用いてVTN-Nでコーティングしたウェル上で培養した細胞を、siCHD7(50pmol)または対照siRNA(mock)をトランスフェクションした48時間後に、PBS(-)で1回洗浄した。次に、細胞をセルスクレーパー(Iwaki)で掻き取り、ピペッティングにより解離させ、低接着性6ウェルプレート(Corning)に移し、10mMのROCKインヒビター(Y-27632、和光)を含むEssential 6培地(Es6)を用いて1日間培養し、EB形成のためにEs6のみを用いて13日間培養した。培地を2日ごとに交換した。顕微鏡(Olympus IX71、Olympus)を用いてEBの数および形態を観察した。qRT-PCRによりCHD7の遺伝子発現を決定し、qRT-PCR device(QuantStudio 12K Flex)を用いてTaqMan(登録商標) Scorecard Panel(A15870)により遺伝子発現プロファイルを決定した。CHD7のプライマー配列を表1に示す。
【0060】
【表1-1】
【0061】
【表1-2】
【0062】
【表1-3】
【0063】
【表1-4】
【0064】
(mCHD7トランスフェクション後のEB形成アッセイ)
最終濃度として5ng/mLになるようにFGF2を添加したRFF2を用いてVTN-Nでコーティングしたウェル上で培養した細胞を、mCHD7または対照mRNAを導入した24時間後にPBS(-)で1回洗浄した。次に、細胞をセルスクレーパー(Iwaki)で掻き取り、ピペッティングにより解離させ、低接着性6ウェルプレート(Corning)に移し、10mM ROCKインヒビター(Y-27632、和光)を含み且つFGF2を含まないRFF2を用いて1日間培養し、EB形成のためにFGF2を含まないRFF2を用いて培地を毎日交換しながら培養した。顕微鏡(Olympus IX71、Olympus)を用いてEBの数および形態を観察した。qRT-PCRによりCHD7の遺伝子発現を決定し、qRT-PCR device(QuantStudio 12K Flex)を用いてTaqMan(登録商標)Scorecard Panel(A15870)により遺伝子発現プロファイルを決定した。
【0065】
(定量的RT-PCR)
メーカーの説明書に従い、RNeasyマイクロキット(74004、QIAGEN)を用いてトータルRNAを抽出した。QuantiTect Reverse Transcription Kit(205311、QIAGEN)を用いてcDNAを合成するために、1μgのトータルRNAを使用した。TaqMan(登録商標) hPSC Scorecard Panel(A15870)を用いて、三胚葉及び自己増殖に関連する遺伝子発現のプロファイリングのための定量的PCR(qPCR)を行った。SYBR(登録商標)Select Master Mix及びStepOnePlusを用いて、逆転写反応により500ngのトータルRNAからcDNAを合成した。反応は、95℃で10分間、及び95℃で15秒間、60℃で1分間及び72℃で15秒間を40サイクルという条件で行った。用いたプライマーを表1に列挙した。相対的な定量は、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)での標準化後に2-ΔΔCt法を用いて計算した。
【0066】
(CHD7転写物のコピー数の決定)
CHD7転写物のコピー数は、Droplet Digital PCRシステム(Bio-Rad Laboratories)によって決定した。具体的には、TaqMan(登録商標)Gene Expression Assay(Hs00215010_m1、Thermo Fisher Scientific)のプローブを用いて、Es8またはRFF2で培養したKhES-1から抽出した5ngのトータルRNAからcDNAを生成した。RT-PCR反応混合物をQX100システム(Bio-Rad Laboratories)を用いて、取扱い説明書に従ってエマルションを生成した。その後、Applied Biosystems GeneAmp 9700 Thermalcyclerを用いて、Es8培養物およびRFF2培養物からcDNAをそれぞれ増幅した。各反応液は、10μLのddPCRプローブSupermix、1000nMプライマー、250nMプローブ、および鋳型cDNAを含む20μL溶液から成り、反応は、95℃で10分間処理後、94℃で30秒間の変性と53℃で60秒間の伸長反応を40サイクル繰り返し、最後に98℃で10分間という条件で行った。反応後、各ウェルの生の蛍光データをソフトウェアQuantaSoft ver. 1.2(Bio-Rad Laboratories)で分析した。
【0067】
(CHD7の検出のためのウエスタンブロッティング)
細胞を播種した72時間後、ウエスタンブロッティング用の細胞溶解物を調製した。プロテアーゼ阻害剤カクテル錠(Complete Mini、Roche)を添加したComplete Lysis-M(Roche)を用いてタンパク質を抽出した。1次抗体及び2次抗体としてそれぞれ、ポリクローナルヒツジIgG 抗Chd7 抗体(AF7350、R&D Systems)及びホースラディッシュペルオキシダーゼで標識されたウサギ抗ヒツジIgG(H + L)抗体を用いた。Chemi-Lumi One Super reagents(Nacalai Tesque)を用いてシグナルを検出した。レーンにアプライする前に、ビシンコニン酸総タンパク質アッセイキット(Nacalai Tesque)を用いて総タンパク質を測定した。
【0068】
(CHD7のサンドイッチELISAのための標準品及びサンプルの調製)
ESCを種々の条件で培養した。具体的には、H9をEs8で17継代培養(P1)、KhES-1をEs8で10継代培養(P2)、及びKhES-1をRFF2で11継代培養(N)した。いずれの細胞も、VTN-Nでコートしたディッシュで、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養した。培養したESCをそれぞれ、cOmplete Lysys-M(Merck KGaA、製品番号:04719956001)のプロトコールにしたがって溶解し、タンパク濃度を測定した後、500μLずつ分注して液体窒素で急速に冷凍し、使用するまで-80℃で保存した。総タンパク濃度は、P1が、1.25mg/mL、P2が、1.27mg/mL、Nが、0.84mg/mLであった。H9細胞を、Es8又はRFF2で培養し、cOmplete Lysys-Mのプロトコールに従って溶解した後、アミコン ウルトラ-4, PLTK ウルトラセル-PL メンブレン, 30 kDa(Amicon(登録商標) Ultra-4 PLTK Ultracel-PL membrane, 30 kDa、カタログ番号:UFC803024、Merck KGaA)を使用し、4000 X g、4℃で濃縮したものをそれぞれ、標準品及びネガティブコントロール(N2)とした。標準品及びネガティブコントロール(N2)を500μLずつ分注して液体窒素で急速に冷凍し、使用するまで-80℃で保存した。標準品及びネガティブコントロール(N2)の総タンパク濃度は、それぞれ4.06mg/mL、10.23mg/mLであった。
【0069】
(サンドイッチELISAの抗体)
サンドイッチELISAには、捕捉(固相)抗体は、ヒトCHD7(配列番号2)のAla 263-Gln 457を大腸菌で発現させたポリペプチドを抗原として得られたモノクローナル抗体(マウスIgG1)をProtein A又はProtein Gで精製したもの、一次抗体としてヒトCHD7(配列番号2)のGly 25-Met 200を大腸菌で発現させてウサギに免疫し、抗原でアフィニティー精製した抗ヒトCHD7ウサギIgG、二次抗体として抗ウサギIgG‐HRP(SouthernBiotech, 4090-05)をそれぞれ使用した。
【0070】
(サンドイッチELISA)
サンドイッチELISAは、以下の方法で行った。サンドイッチELISAの最適な条件を設定するために、一次抗体と二次抗体の濃度については、以下の表に示す条件で検討した。D-PBS(-)で3μg/mLに希釈した捕捉抗体の溶液を96穴プレート(MaxiSorp(登録商標)、Nunc、44-2404-21)のウェルに100μLを加え、プレートシールで密閉して4℃で一晩静置した。その後、捕捉抗体の溶液をデカンテーションで除き、0.05%Tween(登録商標)20を含むD-PBS(-)(以下、「洗浄液」ともいう。)を200μL加えて軽く攪拌し5分静置後除去して洗浄しこれを3回繰り返した。洗浄液を除いたウェルに、洗浄液に1%BSAを加えたブロッキング溶液を加え、室温で1時間インキュベーションしてブロッキングを行った。次いで、ブロッキング溶液で希釈した標準品、目的サンプルを100 μL/ウェル、Blank用ウェルにはブロッキング溶液を同量添加して、プレートシールをしっかりと貼り液が蒸発しないようにして4℃で一晩インキュベーションした。その後、ウェルを洗浄液で3回洗浄し、ブロッキング溶液で1μg/mL又は3μg/mLに希釈した一次抗体を100μL加え、室温で1時間インキュベーションした。その後、一次抗体を除き、ウェルを洗浄液で3回洗浄した。次いで、5000倍又は10000倍に希釈した二次抗体をウェルに100μL添加し、室温で1時間インキュベーションした。その後、洗浄液で3回洗浄し、100μLの基質溶液(TMB、ScyTek Laboratories, TM4500)を添加して遮光して20~30分インキュベーションして100 μL/ウェルの0.5 M H2SO4を添加し反応を停止させ、マイクロプレートリーダーで450 nm(Abs450nm)および650 nm (リファレンス波長、Abs650nm)の吸光度を測定し、基準品の原液CHD7濃度を1000unitとして、500 U/mLから2倍希釈の希釈系列で8点以上、又は3倍希釈の希釈系列で6点以上を作成して測定した。
【0071】
【表2】
【0072】
(CHD7タンパク濃度の算出)
CHD7の濃度は、以下の工程により算出した。
1) 測定した吸光度から式1によりΔAbsを算出する。
【0073】
【数1】
【0074】
2) 次の式2により、各サンプルのΔAbsからBlankを引き、ΔAbs-blkを算出する。
【0075】
【数2】
【0076】
3) 次の式3により、4パラメータロジスティック曲線として近似した検量線を作成する。
【0077】
【数3】
【0078】
4) 次の式4に測定サンプルのΔAbs-blkを検量線の数式に代入し、希釈後のCHD7濃度を算出する。
【0079】
【数4】
【0080】
5) 測定サンプルの希釈後CHD7濃度に希釈倍率を乗じ、希釈前のCHD7濃度を算出する。
【0081】
結果
1. ESCの分化能は培養条件を変えることにより変化する:
正常な核型を示すKhES-1細胞を、hrVitronectin-N(VTN-N)でコーティングしたディッシュ上でEssential 8培地(Es8)を用いて培養すると、KhES-1細胞は、自己増殖能および分化能の両方を保持した。KhES-1細胞は、ReproFF2(RFF2)で5回継代培養後に分化能を失ったが、Es8で培養後に再び分化能を回復した(図1)。また、SPM(Takenaka ら, PLoS ONE 2015; 10(6): e0129855)で培養したKhES-1細胞は分化能を保持したが、RFF2で5継代培養することによって分化能は失われた。さらに、正常な核型を示すPFX#9 iPSC(Nishishitaら, PLoS One 2012; 7(6): e38389)を、VTN-Nでコーティングしたディッシュ上でEs8を用いて培養した後にRFF2で培養したところ、同じ結果が得られた(図2)。これらの結果により、PSCの分化能が培養条件によって可逆的に変化し得ることが示された。そして、細胞のエピジェネティック状態における変化がこれらの応答に関連すると考えられた。
【0082】
RFF2、Es8またはSPMを用いて培養したPSCについて、メチル化ビーズアッセイを用いてメチル化状態の比較研究を行い、ESCに「分化能の喪失」をもたらす可能性のある特徴的なメチル化状態を同定した。RFF2培養物、並びにSPMおよびEs8培養物における、メチル化遺伝子数の比較研究の結果を図3A、プロモーター領域におけるメチル化パターンのクラスタリングを図3Bにそれぞれ示す。更に、scorecard panel(Thermo Fisher Scientific)に表示されている自己増殖、外胚葉、中胚葉、中内胚葉および内胚葉に分類される主要な遺伝子のプロモーターのメチル化状態を調べた。RFF2を用いて培養した6つのPSCサンプル(iPSCの3サンプル及びESCの3サンプル)(RFF2)、あるいは、SPM又はEs8を用いて培養した6つのPSCサンプル(SPMを用いて培養したiPSCの1サンプルとESCの2サンプル、及びEs8を用いて培養したiPSの1サンプルとESCの2サンプル)(SPM&Es8)における平均のメチル化状態を表中に示した(表3)。全ての細胞は、未分化状態で維持されたが、異なる培地を使用した場合でも、これらの遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化パターンに大きな差異はなかった。表3において、数値が0.2未満は低メチル化状態、0.2以上0.5未満の場合は中程度のメチル化状態そして、0.5以上の場合は、高メチル化状態をそれぞれ意味する。
【0083】
【表3-1】
【0084】
【表3-2】
【0085】
次に同じサンプルのGeneChip data(Affymetrix)を用いて、RFF2培養における高メチル化状態及び低遺伝子発現を示した遺伝子、並びにSPM又はEs8培養において、低メチル化及状態び高遺伝子発現を示した遺伝子を調べた。主成分分析法(PCA)およびGeneChip分析により、分化能の喪失のためのマーカーとなり得る候補遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化部位として、4つの候補を同定した(表4)。同定した遺伝子のうち、chromodomain helicase DNA binding protein 7 (CHD7)の機能に注目して調べた。
【0086】
【表4】
【0087】
定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(qRT-PCR)を用いて、RFF2を用いた細胞の培養が、NANOG、POU5F1、SOX2およびEP300などの自己増殖関連遺伝子の発現に与える影響を決定した。その結果、自己増殖関連遺伝子の発現レベルに大きな影響はなかった。しかし、全てのCHD7 アイソフォームの検出のためにCHD7の3' 非翻訳領域を標的とするようにプライマーを設計した場合、RFF2でESCを培養することによりCHD7遺伝子の発現が顕著に抑制されることが、qRT-PCRによって実証された(図4)。CHD7の3つの主要なアイソフォームであるアイソフォーム1、アイソフォーム2およびアイソフォームX4(Schnetzら, Genome Res 2009; 19(4): 590-601、Colinら, BMC Res Notes 2010; 3: 252)の構造およびプライマーの位置を図5Aに示す。
【0088】
次にウエスタンブロッティングによって3つのCHD7アイソフォームの発現を調べた。その結果、CHD7のN末端を認識する抗体により、Es8およびRFF2培養物由来の細胞溶解物中のCHD7アイソフォーム2、ならびに両方の細胞溶解物中のCHD7アイソフォームX4がそれぞれ同レベルで検出された。しかし、CHD7アイソフォーム1は、RFF2培養物由来の細胞溶解物中で、明確には検出されなかった(図6)。CHD7アイソフォームのシグナル強度は、標的タンパク質の分子サイズが異なる場合、ウエスタンブロッティングで正しく比較、評価することができない。
【0089】
以上のことから、アイソフォーム特異的なTaqManプライマー(図5A)を用いたデジタルPCRを用いて各アイソフォームを定量した。デジタルPCRによって決定されたCHD7アイソフォーム1、アイソフォーム2またはアイソフォームX4のコピー数を示す(表5)。定量には、Es8またはRFF2培地で培養したKhES-1細胞から得られたトータルRNA(5ng)を鋳型として用いた。プライマーセット3を用いて各RNAサンプル中のアイソフォーム1のコピー数を算出した。アイソフォームX4のコピー数は、プライマーセット1(図5A)により生じたコピー数からプライマーセット3により生じたコピー数を差し引いて求めた。ウエスタンブロッティングの結果と一致して、アイソフォーム1は、培養条件によって影響を受ける主要なアイソフォームおよび初期の標的であることが判明した。アイソフォーム2のコピー数は、ウエスタンブロッティングの結果に基づいて、アイソフォームX4のコピー数と同数またはそれ以下と予想された。しかしながら、スプライスされた配列を挟むTaq manプライマーセット2は、プライマー設計の問題のため適切に機能しなかった。CHD7アイソフォームの構造分析は、アイソフォーム1がタンパク質の中央の527から2576アミノ酸に伸びる調節領域を含むことを示した。この領域は、ATPase / DNAヘリカーゼドメイン、染色体結合ドメイン、DNA結合ドメイン、およびBRKドメインを含有していた(Allen et alら, J Mol Biol 2007; 371(5): 1135-1140、Colinら, BMC Res Notes 2010; 3: 252、Ryanら, Embo j 2011; 30(13): 2596-2609)。アイソフォーム2は、アイソフォーム1のそれらの調節領域を欠いている。アイソフォーム1の他のスプライシング変異体であるアイソフォームX4(図5A)も、培養条件によってその遺伝子発現が変化した。
【0090】
【表5】
【0091】
分化能がCHD7の発現に関連していることが示されたことから、siRNA(図5B)の導入によりmCHD7の発現レベルが低下した場合、Es8で培養したKhES-1細胞が分化能を失うか否かを調べた。また、CHD7 mRNAを導入した場合、RFF2で培養したKhES-1細胞が分化するか否かを調べた。しかし、翻訳領域の長さに起因して、完全長のCHD 7アイソフォーム1のmRNAを設計することはできなかった。その代わりに、調節領域を欠くCHD7アイソフォーム2 mRNA(図5B)を作製し、RFF2で培養したKhES-1細胞にmRNAを導入した。さらに、CHD7アイソフォーム1の機能領域と競合させて活性を阻害するため、調節領域と推定されるDNA結合ドメイン(SANT-SLIDEドメイン)をコードするmRNA並びにクロマチン相互作用ドメイン(クロモドメイン)およびSNF2-like ATPase /ヘリカーゼドメインをコードするドミナントネガティブタンパクを生成するmRNAをそれぞれ設計し、Es8で培養したKhES-1細胞に導入した。
【0092】
2. CHD7のダウンレギュレーションは分化を混乱させる:
Es8を用いて培養したKhES-1細胞は、分化能を保持し、EBを形成する。まず、KhES-1細胞において、siCHD7をトランスフェクションした際に、CHD7のダウンレギュレーションが起こるかどうかを調べた。6ウェルディッシュの1ウェル当たり10pmol、30pmol又は50pmolのsiCHD7をトランスフェクションしCHD7の発現量を調べた。その結果、siCHD7の導入量の増加に従ってCHD7の発現量は減少し、導入量の依存性が見られた(図7B)。次に、siCHD7をトランスフェクションしたKhES-1細胞の三胚葉への分化を調べた。EBにおいて、5日目に中胚葉の分化の乱れが観察され、14日目に中胚葉および内胚葉の発達が中程度に抑制された(図8)。siCHD7の1回の導入によるCHD7 mRNAのダウンレギュレーションは、完全ではなかった。siCHD7の1回の導入は、外胚葉分化の開始を阻止できなかったが、14日間培養した後の中胚葉および内胚葉の発生を混乱させた。これらのデータにより、三胚葉発生を促進するために、CHD7の発現レベルがEBの分化を通じて一定のレベルで維持される必要があることが示唆された。
【0093】
PSCは、VTN-Nでコーティングしたディッシュ上で高グルコース(3.1g / L)Es8を用いて効果的に培養することができる。栄養が枯渇したEs8(すなわち、毎日の培地交換を省略)でPSCを培養する場合、PSCの分化が引き起こされる可能性がある(Vander Heiden ら, Science 2015; 324(5930): 1029-1033、Yanes ら, Nat Chem Biol 2010; 6(6): 411-417、Moussaieff ら, Cell Metab 2015; 21(3): 392-402)。栄養が枯渇したEs8で培養した、mockをトランスフェクションしたKhES-1細胞は、分化しVNT-Nでコーティングしたディッシュ上のEs8中で保持されなかった。一方、siCHD7をトランスフェクションしたKhES-1細胞は、導入した4日後にVNT-Nでコーティングしたディッシュ上に残り(図9C)、比較的未分化の遺伝的プロファイルを示した(図10)。細胞は、栄養が枯渇したEs8では増殖しなかったが、siCHD7を介したCHD7の発現のダウンレギュレーションは、栄養の枯渇によって引き起こされる分化を阻止した(図10)。Es8を毎日交換した、トランスフェクションされていない(non-transfected)KhES-1細胞を通常の培養対照として使用した。
【0094】
3. CHD7 mRNAの導入は、三胚葉分化を誘導する:
CHD7アイソフォーム2 mRNAの導入は、いかなる追加の分化刺激を伴わずに、RFF2で培養したKhES-1細胞における「自発的な」分化を誘導した(図12)。RFF2培地で培養したKhES-1細胞にCHD7アイソフォーム2をトランスフェクションし、1、2および3日後のKhES-1細胞における94の遺伝子の発現レベルをqRT-PCR scorecard panelにより決定した(表6)。表において、fold change(fc)が2.0以上の場合は、アップレギュレーションしていることを意味し、0.1以下の場合は、ダウンレギュレーションしていることを意味する。PSCの培養系は、分化細胞ではなく未分化細胞を維持するように設計されている。KhES-1細胞は、分化した場合、VTN-Nでコーティングしたディッシュ上で培養することができず、RFF2培養物中のKhES-1細胞数は、細胞が分化するにつれて減少した(図11C及び図12)。特に、CHD7アイソフォーム2の過剰発現は、連続した分化プロセスに従わずに、三胚葉分化を同時に誘導した。
【0095】
【表6-1】
【0096】
【表6-2】
【0097】
CHD7アイソフォーム1の機能領域と競合させてCHD7アイソフォーム1活性を阻害又は低下させるため、特定のメチル化状態を有するヒストンの結合部位を認識するクロモドメインおよびSNF2-like ATPase /ヘリカーゼドメインを網羅するドミナントネガティブタンパクを生成するmRNA(CHD7 DN1)をKhES-1細胞に導入した(図5B及び図13 A、B)。CHD7 DN1の導入により、EB形成アッセイにおける分化能および細胞増殖の両方の阻害または低下が観察された(図13C)。さらに、CHD7の推定されるDNA結合部位であるSANT-SLIDドメインのドミナントネガティブタンパクを生成するmRNA(CHD7 DN2)をKhES-1細胞に導入した場合も(図5B及び図13 A、B)、EB形成アッセイにおける分化能を阻害または低下させ、細胞増殖の減少を示した(図13C)。
【0098】
CHD7アイソフォーム2 mRNAの導入も、ESCが未分化状態で維持された場合にCHD7の発現の上限が存在する可能性があることを示唆した。また、この上限は、培養条件によって異なる場合がある。実際に、Es8で培養したKhES-1細胞へのCHD7アイソフォーム2 mRNAの導入は、Es8培養物中のKhES-1細胞におけるCHD7アイソフォーム2をアップレギュレートしなかった(図14)。KhES-1細胞へのCHD7アイソフォーム2 mRNAの導入は、Es8におけるKhES-1細胞の「自発的な」分化を誘導し、Es8培養系は分化細胞を支持できないと考えられる。
【0099】
4. CHD7発現レベルは細胞増殖率を制御する:
CHD7の他の機能は、ESCの増殖を支持することである。6ウェルプレートの1ウェルあたり1×10 5個のKhES-1細胞を播種し、Es8で細胞を培養し、3日後に8×10 5個の細胞を採取した。RFES2培地中のKhES-1細胞の増殖率はEs8を用いた場合の1/3であったが、Es8を用いた場合、培養3日後にKhES-1細胞は8倍の拡大が観察された。CHD7発現レベルが濃度依存的にESCの増殖率を調節し得るか否かを調べるために、KhES-1細胞へのsiCHD7のトランスフェクションによりCHD7をダウンレギュレーションし、Es8で細胞を培養し、培養中の細胞数の測定を行った(図15 A、B)。その結果、KhES-1細胞の増殖率は、CHD7 mRNAの発現レベルによって調節された(図15 C、D)。さらに、クロモドメイン及び/又はSANT-SLIDEドメインを網羅するCHD7のドミナントネガティブタンパクを生成する mRNAのKhES-1細胞への導入は、細胞増殖率を劇的に低下させた(図13)。
【0100】
5. CHD7の発現レベルは、PSCの分化能を媒介する:
様々な条件下で培養したPSCにおけるCHD7 mRNAの発現量を測定して、CHD7 mRNAレベルがESCの分化能と相関するか否かを調べた。まず、GeneChipデータベースを用いて、着床前の様々な胚形成期における胚のCHD7 mRNAの発現レベル、ならびにPSCおよびEBにおけるCHD7 mRNAの発現レベルを調べた(図16)。アイソフォーム1に対応するCHD7 mRNAは、2細胞期および4細胞期において比較的高レベルで発現し、その後、桑実胚期および胚盤胞期において低レベルで発現した(図16 「2 cell」、「4 cell」、「morula」及び「blastocyst」)。胚形成の間、受精卵は分化して増殖する。そして、胚は、内部細胞塊と呼ばれる、発達軸(developmental axis)のない同一の細胞塊を増殖させることからなる胚盤胞期に達する。GeneChip発現シグナルの測定において、PSCは、着床後のマウス エピブラストの遺伝子発現プロファイルと同様の遺伝子発現プロファイルを示し、培養条件に応じて様々なレベルのCHD7 mRNAを有していた。CHD7の発現が低いPSC(図16「KhES-1 RFF2/N」及び「PFX#9 RFF2/N」)は、未分化状態で増殖能を保持したが、分化能を失った。
【0101】
GeneChip発現シグナルは定量化に適していない可能性があるので、様々な条件下で培養した種々のPSCにおいて、5ngのトータルRNA中のCHD7アイソフォーム1 mRNAのコピー数をデジタルPCRによって定量した。具体的には、細胞は、H9もしくはKhES-1(それぞれESC)、又はPFX#9、201B7もしくはSHh#2(それぞれiPSC)を用いた。フィーダー細胞上でhPSC培地を用いてSmall Cell Clumps法で細胞を培養した。または、VTN-Nでコーティングしたディッシュ上でEs8、RFF2もしくはSPMを用いて、単一細胞で培養した。培養した細胞から抽出した5ngのトータルRNA中のCHD7アイソフォーム1 mRNAのコピー数を、droplet digital PCRによって決定した。RFF2で培養したPSCは、5ngのトータルRNA中のCHD7アイソフォーム1のコピー数が低く、また、分化能を示さなかったが、他の条件のものでは分化能が確認された。コピー数およびそれらの継代数(P)を表7に示す。また、これらの培養条件で培養した細胞のうちのいくつかの細胞について、具体的に分析した分化能の結果を、図17に示す。
【0102】
【表7】
【0103】
分化能を有するPSCについて、CHD7 アイソフォーム1 mRNAのコピー数の閾値をさらに調べた。具体的には、通常よりもOvergrowthの条件下で培養してCHD7 mRNAのコピー数を低くした細胞(201B7又はPFX#9)の分化能を分析した。デジタルPCRでのCHD7 mRNAのコピー数の結果を表8に、分化能の結果を図18に示す。
【0104】
【表8】
【0105】
5ngのトータルRNA中のCHD7アイソフォーム1のmRNAコピー数が1502コピー(201B7)、および1760コピー(PFX#9)の場合でも、201B7およびPFX#9は分化能を有することが示された(図18)。表7及び表8並びに図17および図18のデータに基づいて、少なくとも、フィーダー細胞フリーで、単一細胞で培養した場合、トータルRNA 5ng中、732以下のコピー数を有するPSCは分化しないが、1500以上のコピー数を有するPSCは分化能を保持するという、数値的基準が提案される。従って、PSCにおけるCHD7アイソフォーム1のコピー数は、PSCが未分化状態で維持されている間、分化特性の程度を予測するための良好な数値マーカーであり得る。
【0106】
6.CHD7のタンパク質の発現量もPSCの分化能の予測マーカーである:
CHD7のmRNAのコピー数だけではなく、CHD7タンパクの発現量とPSCの分化能との関係を検討するため、CHD7のタンパク質の発現量の測定を試みた。
【0107】
各細胞の培養条件、CHD7アイソフォーム1のmRNAのコピー数及び分化能の結果を表9に、サンドイッチELISAの結果を図19に示す。
【0108】
【表9】
【0109】
グラフは、標準品(P1と同じタンパク質溶液を、アミコン(登録商標)ウルトラ-4, PLTK ウルトラセル-PL メンブレン, 30 kDa(Millipor,UFC803024)で、4.06mg/mLの濃度に濃縮したもの)のCHD7タンパク濃度を1000 Units/mLとし、その相対値として示した。F1/S5Kの場合、P1及びP2のCHD7タンパク質濃度は、Nのタンパク質濃度と比較してそれぞれ9.2倍(NはP1の10.9%)、及び7.0倍(NはP2の14.2%)であった。同様に、F1/S10Kの場合はそれぞれ10.2倍(NはP1の9.8%)、及び7.7倍(NはP2の13.0%)、F3/S5Kの場合はそれぞれ6.0倍(NはP1の16.6%)、及び5.0倍(NはP2の19.8%)、F3/S10Kの場合はそれぞれ10.3倍(NはP1の9.7%)、及び8.5倍(NはP2の11.7%)であった。図19に示すように、分化抵抗性のPSCでは、CHD7タンパク濃度とCHD7アイソフォーム1のmRNAのコピー数が低く、分化刺激に応答して良好な分化能を示すPSCは、CHD7タンパク濃度とCHD7アイソフォーム1のmRNAのコピー数が高いことが確認され、PSCにおけるCHD7タンパクの発現量、CHD7アイソフォーム1のmRNAのコピー数及び分化能には、関連性が認められた。mRNAのコピー数だけでなく、CHD7タンパクの発現量もまた、PSCが未分化状態で維持されている間、分化特性の程度を予測するための良好な数値マーカーであり得る。
【0110】
CHD7タンパク質レベルおよびCHD7遺伝子の発現レベルを用いた解析:
CHD7タンパク質レベル及び遺伝子の発現レベルも考慮して、上記の結果を用いて閾値を求めた。
【0111】
【表10】
【0112】
【表11】
【0113】
mRNAコピー数とELISAの結果より得られたタンパク質濃度(units/mL)から漸近線を引いた(図20)。漸近線を用いて計算したところ、トータルRNA5ng中のコピー数(y)が1500コピーの場合、濃度(x)は56.6 units/mLであった。これは、Nの濃度の2.1倍(Nは求めた濃度の52%)であった。同様に、トータルRNA5ng中のコピー数(y)が2710コピーの場合、濃度(x)は102.2 units/mLであった。これは、Nの濃度の3.8倍(Nは求めた濃度の74%)であった。本願明細書中において、分化刺激に応答して分化能を示すと予測された上記以外の他のコピー数(y)においても、該漸近線を用いることで、必要とする適切な閾値が得られることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0114】
PSCにおけるCHD7の発現レベルを測定することにより、PSCが分化刺激に応答して分化能を示すか否かを、分化刺激を加える前に、未分化状態のうちに予測することができる。また、PSCの維持培養に使用する培地が、PSCを、分化刺激に応答して分化能を示す特性を保持した状態で維持するのに適しているか否かを評価することもできる。従って、本発明は、分化誘導の際に分化抵抗性を示さない、腫瘍発生リスクが低減されたhPSCを提供するのに利用することができ、hiPSC由来の分化細胞による移植療法において極めて有用である。本発明はまた、分化誘導の際に分化抵抗性を示さないようにPSCを維持培養するのに適した培地及び/又は培養条件の探索にも有用である。
【0115】
本出願は、日本で出願された特願2017-120024(出願日:2017年6月19日)及び特願2017-237420(出願日:2017年12月12日)を基礎としており、その内容はすべて本明細書に包含されるものとする。
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