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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-03
(45)【発行日】2023-03-13
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230306BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230306BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20230306BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/46 R
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021558385
(86)(22)【出願日】2020-11-17
(86)【国際出願番号】 JP2020042749
(87)【国際公開番号】W WO2021100687
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-04-25
(31)【優先権主張番号】P 2019208646
(32)【優先日】2019-11-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】西村 航
(72)【発明者】
【氏名】井上 宜治
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/180643(WO,A1)
【文献】特開平10-142154(JP,A)
【文献】特開2017-137547(JP,A)
【文献】特開2014-181397(JP,A)
【文献】特開2006-316338(JP,A)
【文献】特開2012-172157(JP,A)
【文献】特開2013-087351(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材と、前記母材の表面に形成された窒化層とを有し、
前記母材の化学組成は、質量%で、
C:0.001~0.020%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:0.01~1.50%、
P:0.010~0.050%、
S:0.0001~0.010%、
Cr:16.0~25.0%、
N:0.001~0.030%、
Ti:0.01~0.30%、
Nb:0~0.80%、
Sn:0~0.50%、
Al:0~3.0%、
Ni:0~2.0%、
V:0~1.0%、
Cu:0~2.0%、
Mo:0~3.0%、
Ca:0~0.0030%、
Ga:0~0.1%、
B:0~0.0050%、
W:0~3.0%、
Co:0~0.50%、
Sb:0~0.50%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.30%、
Ta:0~0.10%、
REM:0~0.05%、
残部:Feおよび不可避的不純物であり、
前記母材の金属組織は、体積率で、95%以上のフェライト相を含み、
前記窒化層は、圧延面の表面から板厚方向に0.05μm深さ位置までの領域の層であり、
前記窒化層における平均窒素濃度が、質量%で、0.80%以上である、フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記母材の化学組成は、質量%で、
Nb:0.10~0.80%、
Sn:0.01~0.50%、
Al:0.003~3.0%、
Ni:0.1~2.0%、
V:0.05~1.0%、
Cu:0.1~2.0%、
Mo:0.10~3.0%、
Ca:0.0001~0.0030%、および
Ga:0.0002~0.1%、
から選択される一種以上を含有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記母材の化学組成が、質量%で、
B:0.0002~0.0050%、
W:0.1~3.0%、
Co:0.02~0.50%、および
Sb:0.01~0.50%、
から選択される一種以上を含有する、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記母材の化学組成が、質量%で、
Mg:0.0002~0.0100%、
Zr:0.05~0.30%、
Ta:0.01~0.10%、および
REM:0.001~0.05%、
から選択される一種以上を含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品には、エキゾーストマニホールド、マフラー、触媒、フレキシブルチューブ、センターパイプ等の様々な部品および部材がある。これらの部品は、加熱と冷却とが繰り返されることから、熱膨張しにくく、耐熱用途に適しているフェライト系ステンレス鋼板が使用される。
【0003】
上述した部品に用いられるフェライト系ステンレス鋼板には、耐熱特性が要求されるが、近年では、この耐熱特性に加え、部材外面の耐初期錆び性が要求されるようになってきている。ここで、初期錆びとは、エキゾーストマニホールド、マフラー等の、比較的容易に視認できる部品および部材において、自動車の出荷から、使用前または使用直後までのごく短い期間に発生する赤錆びのことである。初期錆びは、部材の寿命に影響を与えるものではないが、外観上望ましくない。このため、初期錆びの発生を抑制することが求められている。
【0004】
例えば、特許文献1には、SUS 409Lと同様の化学組成を有する鋼を素材とした自動車排気系部品が開示されている。上記自動車排気系部品では、初期錆びに対する抵抗性を向上させている。
【0005】
また、上記自動車排気系部品では、耐食性、つまり耐初期錆び性に有効なCr含有量を10.0~13.5%含有させている。加えて、外部環境に曝される当該部品の表面に、アルカリ金属またはアルカリ土類金属のケイ酸塩からなる皮膜を形成させることで、耐初期錆び性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-320559号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示されたフェライト系ステンレス鋼板は、初期錆びの発生を抑制するために、さらに、表面に塗装処理を行う必要がある。このため、工程数が増加し、製造コストが増加するという問題がある。
【0008】
本発明は、上記問題を解決し、工程数を低減し、初期錆びを抑制しうるフェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のフェライト系ステンレス鋼板を要旨とする。
【0010】
(1)母材と、前記母材の表面に形成された窒化層とを有し、
前記母材の化学組成は、質量%で、
C:0.001~0.020%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:0.01~1.50%、
P:0.010~0.050%、
S:0.0001~0.010%、
Cr:16.0~25.0%、
N:0.001~0.030%、
Ti:0.01~0.30%、
Nb:0~0.80%、
Sn:0~0.50%、
Al:0~3.0%、
Ni:0~2.0%、
V:0~1.0%、
Cu:0~2.0%、
Mo:0~3.0%、
Ca:0~0.0030%、
Ga:0~0.1%、
B:0~0.0050%、
W:0~3.0%、
Co:0~0.50%、
Sb:0~0.50%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.30%、
Ta:0~0.10%、
REM:0~0.05%、
残部:Feおよび不可避的不純物であり、
前記母材の金属組織は、体積率で、95%以上のフェライト相を含み、
前記窒化層は、圧延面の表面から板厚方向に0.05μm深さ位置までの領域の層であり、
前記窒化層における平均窒素濃度が、質量%で、0.80%以上である、フェライト系ステンレス鋼板。
【0011】
(2)前記母材の化学組成は、質量%で、
Nb:0.10~0.80%、
Sn:0.01~0.50%、
Al:0.003~3.0%、
Ni:0.1~2.0%、
V:0.05~1.0%、
Cu:0.1~2.0%、
Mo:0.10~3.0%、
Ca:0.0001~0.0030%、および
Ga:0.0002~0.1%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0012】
(3)前記母材の化学組成が、質量%で、
B:0.0002~0.0050%、
W:0.1~3.0%、
Co:0.02~0.50%、および
Sb:0.01~0.50%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0013】
(4)前記母材の化学組成が、質量%で、
Mg:0.0002~0.0100%、
Zr:0.05~0.30%、
Ta:0.01~0.10%、および
REM:0.001~0.05%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、工程数を低減し、初期錆びを抑制しうるフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、鋼板の表面から板厚深さ方向における窒素の濃度分布の一例を示す図である。
図2図2は、鋼板の窒化層の平均窒素濃度と孔食発生サイクルとの関係を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、初期錆びを抑制しうるフェライト系ステンレス鋼板について、詳細な検討を行い、以下の(a)~(d)の知見を得た。
【0017】
(a)初期錆びは、表面に形成する錆びであるため、塗装処理等の表面処理が有効である。そこで、本発明者らは、表面処理の中でも、工程数を低減する、製造コストを低減するといった観点から、窒素ガス等を含む無酸化雰囲気で焼鈍を行う焼鈍窒化処理に着目した。
【0018】
(b)このような焼鈍窒化処理を行うことで、鋼板表面に窒素が濃化した窒化層が形成し、耐初期錆び性を向上させることができると考えられる。しかしながら、焼鈍窒化処理の条件および鋼の化学組成によっては、窒化処理を行うことで、却って耐初期錆び性を低下させ、さらには、材質不良となる場合がある。これは、鋭敏化の発生、またはマルテンサイト相が形成することに起因する。
【0019】
(c)そこで、本発明者らは、耐初期錆び性を向上させるために、化学組成を調整し、窒化処理条件を、適切に制御することが有効であることに着目した。窒化処理条件は、80~99%の窒素ガスと残部が水素ガスとからなる無酸化雰囲気とし、850~1000℃の温度範囲で焼鈍するのが好ましい。
【0020】
(d)上記の条件で、鋼板表面から板厚方向に0.05μm位置まで、すなわち鋼板表面付近の平均窒素濃度を0.80%以上とすることで、良好な耐初期錆び性を有するフェライト系ステンレス鋼板が得られる。そして、上記平均窒素濃度が1.0%以上である場合は、より良好な耐初期錆び性を有するフェライト系ステンレス鋼板が得ることができる。
【0021】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0022】
1.本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板の構成
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、母材と母材の表面に形成された窒化層とを有する。
【0023】
2.母材の化学組成
母材の化学組成における各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.001~0.020%
Cは、靭性、耐食性(耐初期錆び性)、および耐酸化性を劣化させるため、その含有量は極力低減するのが好ましい。このため、C含有量は、0.020%以下とし、0.010%以下とするのが好ましい。しかしながら、Cの過度の低減は、精錬コストの増加に繋がる。このため、C含有量は、0.001%以上とする。製造コストと耐食性とを考慮すると、C含有量は、0.002%以上とするのが好ましく、0.005%以上とするのがより好ましい。
【0025】
Si:0.01~1.50%
Siは、脱酸元素である他、耐食性(耐初期錆び性)、耐酸化性、および高温強度を向上させる元素である。このため、Si含有量は、0.01%以上とする。なお、上述した耐食性の向上効果を顕著に得るためには、Si含有量は、0.15%以上とするのが好ましく、0.30%超とするのがより好ましく、0.80%以上とするのがさらに好ましい。
【0026】
一方、Siの1.50%超の含有により、鋼板が著しく硬質化し、鋼管加工時に、曲げ性が低下する。このため、Si含有量は、1.50%以下とする。鋼板製造時の靭性、および酸洗性を考慮すると、Si含有量は、1.20%以下とするのが好ましい。Si含有量は、1.00%以下とするのがより好ましい。
【0027】
Mn:0.01~1.50%
Mnは、高温において、MnCrまたはMnOを形成し、スケール密着性を向上させる。このため、Mn含有量は、0.01%以上とする。Mn含有量は、0.15%以上とするのが好ましく、0.20%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Mnを1.50%超含有させると、耐食性、特に耐初期錆び性が低下する他、酸化物量が増加し、異常酸化が生じ易くなる。このため、Mn含有量は、1.50%以下とする。また、鋼板製造時の靭性、および酸洗性を考慮すると、Mn含有量は、1.00%以下とするのが好ましく、0.70%以下とするのがより好ましい。さらに、溶接部の酸化物に起因する偏平割れを考慮する場合は、Mn含有量は、0.30%以下とするのがより好ましい。
【0028】
P:0.010~0.050%
Pは、Si同様、固溶強化元素であるため、材質および靭性の観点から、その含有量を低減するのが好ましい。このため、P含有量は、0.050%以下とする。しかしながら、Pの過度の低減は、精錬コストの増加に繋がる。このため、P含有量は、0.010%以上とする。製造コストおよび耐酸化性を考慮すると、P含有量は、0.015%以上とするのが好ましく、0.030%以下とするのがより好ましい。
【0029】
S:0.0001~0.010%
Sは、材質、耐食性(耐初期錆び性)、および耐酸化性の観点から、極力低減するのが好ましい。特に、Sを過度な含有させると、TiまたはMnと化合物を生成させ、鋼管曲げの際に、介在物を起点にし、割れを生じさせる。このため、S含有量は、0.010%以下とする。しかしながら、Sの過度の低減は、精錬コストの増加に繋がる。このため、S含有量は、0.0001%以上とする。さらに、製造コスト、および耐食性を考慮すると、S含有量は、0.0005%以上とするのが好ましく、0.0050%以下とするのがより好ましい。
【0030】
Cr:16.0~25.0%
Crは、耐食性(耐初期錆び性)、および耐酸化性を向上させる元素である。初期錆びが発生しないための十分な耐食性を得るために、Cr含有量は、16.0%以上とする。Cr含有量は、16.5%以上とするのが好ましく、17.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Cr含有量が、25.0%超であると、靭性が低下し、製造性も低下する。このため、Cr含有量は、25.0%以下とする。Cr含有量は、23.0%以下とするのが好ましい。製造コストの観点から、Cr含有量は、22.0%未満であるのがより好ましい。また、鋼板製造時の熱延板の靭性の観点から、Cr含有量は、18.0%以下であるのが好ましい。
【0031】
N:0.001~0.030%
Nは、Cと同様に、低温靭性と加工性とを低下させることに加え、Crと結合して窒化物を形成した場合、耐食性(耐初期錆び性)を低下させる。このため、鋼板母相中のN含有量は、極力低減するのが好ましい。このため、N含有量は、0.030%以下とする。N含有量は、0.020%以下とするのが好ましい。一方、Nの過度の低減は、精錬コストの増加に繋がる。このため、N含有量は、0.001%以上とする。製造コスト、および靭性を考慮すると、N含有量は、0.005%以上とするのが好ましく、0.008%以上とするのがより好ましい。
【0032】
Ti:0.01~0.30%
Tiは、C、N、およびSと結合して、耐食性(耐初期錆び性)、耐粒界腐食性、および深絞り性を向上させる効果を有する。また、Ti窒化物は、スラブ鋳造時において、結晶粒の核となることで、等軸晶率を増大させる。この結果、表面凹凸の原因となる柱状晶由来の粗大組織が解消され表面性状が改善される。
【0033】
このようなC、NおよびSと結合し、これら元素を固定化する効果は、0.01%以上で発現する。このため、Ti含有量は、0.01%以上とし、0.11%以上とするのが好ましい。しかしながら、Tiを0.30%超含有させると、固溶Tiにより鋼板が硬質化してしまう他、靭性が低下する。このため、Ti含有量は、0.30%以下とする。製造コストなどを考慮すると、Ti含有量は、0.05%以上とするのが好ましく、0.25%以下とするのが好ましい。
【0034】
本発明は、上記化学組成の他、必要に応じて以下のA群、B群、C群の成分から選択される1群以上を含有することが好ましい。なお、A群に分類される元素は、耐食性を向上させる元素、B群に分類される元素は、高温強度等の高温特性を向上させる元素、C群に分類される元素は、靭性または、表面性状に影響を与える元素である。
【0035】
<A群元素>
Nb:0~0.80%
Nbは、Tiと同様に、C、N、およびSと結合して、耐食性(耐初期錆び性)、耐粒界腐食性、および深絞り性を向上させる効果を有する。また、Nbは、高温域における固溶強化能、および析出強化能が高く、高温強度および熱疲労特性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。
【0036】
しかしながら、過度なNbの含有は、鋼板製造段階における靭性を著しく低下させる。加えて、焼鈍中に粗大な、炭窒化物またはLaves相と呼ばれる金属間化合物を析出させる。このような析出物は、粒界をピン止めすることにより、再結晶を遅延させる。この結果、鋼中に未再結晶組織が残存し、表面性状が劣化する恐れがある。このため、Nb含有量は、0.80%以下とする。Nb含有量は、0.55%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.10%以上とするのが好ましい。溶接部の粒界腐食性、製造コストおよび製造性を考慮すると、Nb含有量は、0.15%以上とするのが好ましく、0.30%以下とするのがより好ましい。
【0037】
ここで、TiとNbの合計含有量は、下記式(i)式を満たすことが好ましい。TiとNbとの合計含有量が、3(C+N)未満であると、十分にCとNを固着できず過剰なC、およびNが鋼中に固溶して硬化させ、加工性を低下させる場合があるからである。
Nb+Ti≧3(C+N) ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0038】
なお、鋳造組織において等軸晶率を増大させ、柱状晶由来の粗大組織が解消するという効果を得るためには、上記式(i)式中の左辺値は、0.10以上とするのが好ましく、0.15以上とするのがより好ましい。また、材料の硬質化および製造コストの観点から、上記式(i)式中の左辺値は1.0以下とするのが好ましい。
【0039】
Sn:0~0.50%
Snは、耐食性(耐初期錆び性)、および高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Sn含有量が、0.50%を超えると、鋼板製造時のスラブ割れ、およびマフラーハンガーの低靭化が生じる。このため、Sn含有量は、0.50%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Sn含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。なお、精錬コストおよび製造性を考慮すると、Sn含有量は、0.05%以上とするのが好ましく、0.15%以下とするのが好ましい。
【0040】
Al:0~3.0%
Alは、脱酸効果を有する元素である。また、Alは、耐食性に加え、高温強度および耐酸化性を向上させる効果を有する。加えて、Alは、TiNおよびLaves相の析出サイトとなり、析出物の微細析出に寄与し、低温靭性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。
【0041】
しかしながら、Alを3.0%超含有させると、伸びが低下し、溶接性および表面品質の低下を招く。また、粗大なAl酸化物の形成により、低温靭性を低下させる。このため、Al含有量は、3.0%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Al含有量は、0.003%以上とするのが好ましい。精錬コストを考慮すると、Al含有量は、0.01%以上とするのが好ましく、1.0%以下であるのが好ましい。
【0042】
Ni:0~2.0%
Niは、靭性および耐食性(耐初期錆び性)を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Niを、2.0%超含有させると、オーステナイト相が生成し、成形性が低下する他、鋼管曲げ性が著しく低下する。このため、Ni含有量は、2.0%以下とする。製造コストを考慮すると、Ni含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。一方、Niの靭性向上効果は、その含有量が0.1%以上で発現するため、Ni含有量は、0.1%以上とするのが好ましい。
【0043】
V:0~1.0%
Vは、CまたはNと結合して、耐食性(耐初期錆び性)、および耐熱性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vを1.0%超含有させると、粗大な炭窒化物が形成して靭性が低下する。このため、V含有量は、1.0%以下とする。さらに、製造コストおよび製造性を考慮すると、V含有量は、0.2%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
【0044】
Cu:0~2.0%
Cuは、耐食性(耐初期錆び性)を向上させるとともに、母相に固溶しているCuの析出、いわゆる、ε-Cuの析出によって、中温域での高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuを過剰に含有させると、鋼板の硬質化による靭性低下と、延性低下とをもたらす。このため、Cu含有量は、2.0%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.1%以上とするのが好ましく、1.0%以上とするのがより好ましい。耐酸化性、および製造性を考慮すると、Cu含有量は、1.5%未満とするのが好ましく、1.4%以下とするのがより好ましい。
【0045】
Mo:0~3.0%
Moは、耐食性(耐初期錆び性)を向上させる元素であり、特に、隙間構造を有する管材等では、隙間腐食を抑制する元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mo含有量が、3.0%を超えると、著しく成形性が劣化し、製造性が低下する。このため、Mo含有量は、3.0%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.10%以上とするのが好ましい。合金コストおよび生産性を考慮すると、Mo含有量は、0.15%以上とするのが好ましく、2.0%以下とするのが好ましい。Mo含有量は、0.15%以上とするのが好ましく、0.80%以下とするのがより好ましい。
【0046】
Ca:0~0.0030%
Caは、脱硫元素として有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Ca含有量が、0.0030%を超えると、粗大なCaSが生成し、靭性および耐食性(耐初期錆び性)を低下させる。このため、Ca含有量は、0.0030%以下とする。一方で、上記脱硫効果を得るためには、Ca含有量は、0.0001%以上とするのが好ましい。なお、精錬コストおよび製造性を考慮すると、Ca含有量は、0.0003%以上とするのがより好ましく、0.0020%以下とするのが好ましい。
【0047】
Ga:0~0.1%
Gaは、耐食性(耐初期錆び性)の向上および水素脆化抑制のため、必要に応じて含有させてもよい。Ga含有量は、0.1%以下とする。一方、上記効果を得るためには、硫化物および水素化物の生成を鑑み、Ga含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。なお、製造コストおよび製造性、ならびに、延性および靭性の観点から、Ga含有量は、0.0005%以上とするのがより好ましく、0.020%以下とするのが好ましい。
【0048】
<B群元素>
B:0~0.0050%
Bは、粒界に偏析することで、粒界強度を向上させ、二次加工性、および低温靭性を向上させる効果を有する。加えて、Bは、中温域の高温強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bの0.0050%超の含有により、CrB等のB化合物が生成し、粒界腐食性、および疲労特性を劣化させる。このため、B含有量は、0.0050%以下とする。
【0049】
一方、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。溶接性、および製造性を考慮すると、B含有量は、0.0003%以上とするのがより好ましく、0.0010%以下とするのが好ましい。
【0050】
W:0~3.0%
Wは、高温強度を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wの過度の含有は、靭性劣化および伸びの低下をもたらす。また、金属間化合物相であるLaves相の生成が増大し、{111}<112>方位の集合組織の発達を阻害し、r値を低下させる。このため、W含有量は、3.0%以下とする。製造コスト、および製造性を考慮すると、W含有量は、2.0%以下とするのが好ましい。一方、上記高温強度の向上効果を得るためには、W含有量は、0.1%以上とするのが好ましい。
【0051】
Co:0~0.50%
Coは、高温強度を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、過度な含有は、靭性および加工性を低下させる。このため、Co含有量は、0.50%以下とする。さらに、製造コストを考慮すると、Co含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.02%以上とするのが好ましく、0.05%以上とするのがより好ましい。
【0052】
Sb:0~0.50%
Sbは、粒界に偏析して高温強度を上げるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Sbは、0.50%超の含有により、過度の偏析が生じて、鋼管溶接部の低温靭性を低下させる。このため、Sb含有量は、0.50%以下とする。高温特性、製造コスト、および靭性を考慮すると、Sb含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Sb含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0053】
<C群元素>
Mg:0~0.0100%
Mgは、溶鋼中でAlと同様、Mg酸化物を形成し、脱酸剤として作用する。また、Mgは、微細に晶出したMg酸化物が核となり、スラブの等軸晶率を増大させる。この結果、表面凹凸の原因となる柱状晶由来の粗大組織が解消され、表面性状が改善される。そして、その後の工程において、NbおよびTi系微細析出物の析出を促す。具体的には、熱延工程において、前述の析出物が、微細析出すると、熱延工程および、続く熱延板の焼鈍工程において、再結晶核となる。その結果、非常に微細な再結晶組織が得られる。この再結晶組織は、靭性向上に寄与する。このため、必要に応じて含有させてもよい。
【0054】
しかしながら、Mgの過度な含有は、耐酸化性の劣化、および溶接性の低下などをもたらす。このため、Mg含有量は、0.0100%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。精錬コストを考慮すると、Mg含有量は、0.0003%以上とするのがより好ましく、0.0020%以下でとするのが好ましい。
【0055】
Zr:0~0.30%
Zrは、耐酸化性を向上させる元素であり、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrの0.30%超の含有は、靭性および酸洗性などの製造性を著しく低下させる。また、Zrと、炭素および窒素との化合物を粗大化させる。その結果、熱延焼鈍時の鋼板組織を粗粒化させ、r値を低下させる。このため、Zr含有量は、0.30%以下とする。製造コストを考慮すると、Zr含有量は、0.20%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
【0056】
Ta:0~0.10%
Taは、CおよびNと結合して靭性の向上に寄与するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Ta含有量が、0.10%を超えると、製造コストが増加する他、製造性を著しく低下させる。このため、Ta含有量は、0.10%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Ta含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。なお、精錬コストおよび製造性を考慮すると、Ta含有量は、0.02%以上とすることがより好ましく、0.08%以下とするのが好ましい。
【0057】
REM:0~0.05%
REM(希土類元素)は、種々の析出物を微細化し、靭性および耐酸化性を向上させる。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REM含有量が、0.05%を超えると、鋳造性が著しく低下する。このため、REM含有量は、0.05%以下とする。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。なお、精錬コストおよび製造性を考慮すると、REM含有量は、0.003%以上とするのがより好ましく、0.01%以下とするのが好ましい。
【0058】
REM(希土類元素)は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の合計17元素をさす。上記のREMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味し、単独で添加してもよいし、混合物で添加してもよい。
【0059】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不可避的不純物である。ここで、「不可避的不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0060】
3.金属組織
フェライト系ステンレス鋼板母材の金属組織は、実質的にフェライト相単相であるのが望ましい。具体的には、母材の金属組織は、体積率で、95%以上のフェライト相を含むことが好ましい。ただし、例えば、不可避的に生成するマルテンサイト相等の硬質相を5%以下含むことができる。なお、フェライト相、および硬質相の体積率は、フェライトメーター、組織観察等で測定すればよい。
【0061】
4.窒化層
窒化層は、焼鈍窒化処理により形成される、窒素が濃化した層である。本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板では、窒化層は、窒素の濃化が顕著に生じる圧延面の表面から板厚方向に0.05μm深さ位置までの領域の層をいう。そして、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、窒化層における平均窒素濃度が、質量%で、0.80%以上とする。窒化層における平均窒素濃度は1.0%以上とするのが好ましい。
【0062】
なお、上記平均窒素濃度とは、グロー放電発光分析(GDS)により、表面から1μmまでのスパッタリングにより板厚方向での窒素分布を測定し、鋼板表面から0.05μm位置までの平均濃度を算出することで得られる。
【0063】
ここで、窒化層における平均窒素濃度と、耐初期錆び性について説明する。屋外での大気腐食環境を模擬したJASOモードの複合サイクル腐食試験(JASO-M609-92規定のサイクル腐食試験)を実施し、窒化層の窒素濃度と耐初期錆び性とを評価した。
【0064】
具体的には、窒化処理を行い、窒化層の平均窒素濃度が異なる供試材を用意した。平均窒素濃度は、上述した方法により測定した。鋼板表面から板厚方向への窒素濃度の分布は、例えば、図1に示されるとおりである。図1から分かるように、窒素濃度は、表面が最も高く、板厚方向への深さが深くなるにつれ、窒素濃度が徐々に減少する傾向となる。
【0065】
初期錆びの評価方法は、サイクル腐食試験後の試料表面に発生した孔食を評価部分とした。具体的には、試験材を70mm×40mmに切断し、端部を5mmシールして試料とした。サイクル腐食試験の試験条件は、35℃で2時間の塩水(5%NaCl)噴霧後、60℃で4時間乾燥した後、湿潤50℃、相対湿度90%以上で2時間保持する合計8時間の処理を1サイクルとして、孔食が発生するまで実施した。試料は、装置内に垂直より30度傾けて設置した。
【0066】
続いて、各サイクル後に試料を取り出し、表面を洗浄し、5サイクル以上孔食が発生しなければ、自動車の出荷から使用前または使用直後までの初期錆びが生じない十分な耐食性、すなわち耐初期錆び性を有するとみなし、合格とした。
【0067】
図2は窒化層の平均窒素濃度と孔食発生サイクル数との関係を示す図である。図2より、窒化層の平均窒素濃度が0.80%以上である場合において、5サイクル以上孔食が生じない、耐初期錆び性に優れた鋼板が得られている。
【0068】
このように、焼鈍窒化処理は耐初期錆び性の向上に有効である。ここで、Nは、孔食発生の初期にステンレス鋼のピット内部で活性態溶解する。その溶解生成物であるNH4+がピット内部の酸性化を阻止して、不働態皮膜の再生を促進し、孔食の発生から成長までを抑制することで耐食性を向上させている。しかしながら、窒素がCrと結合することで、粒界上でCr窒化物を形成した場合、Crの欠乏により鋭敏化が生じ、耐食性は低下する。そこで、焼鈍窒化処理により鋼板表面付近にのみ、一定量の窒素を侵入させることで、窒化物の形成を抑制しつつ、Nを表面に多量に含有させ、耐食性を向上させている。
【0069】
5.製造方法
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板の製造方法について説明する。本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、製造方法によらず、上述の構成を有していれば、その効果を得られるが、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
【0070】
5-1.スラブ鋳造工程
上述の化学組成を有する鋼を、転炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好ましい。続いて、溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとするのが好ましい。なお、鋳造条件は、例えば、常法の連続鋳造条件に従えばよい。
【0071】
5-2.熱間圧延工程
続いて、製造されたスラブを、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延するのが好ましい。ここで、熱間圧延時のスラブの加熱温度が、1100℃未満であると、合金元素が完全に固溶せず、析出物が生成し、後の工程に悪影響を及ぼすことがある。一方、スラブの加熱温度が1250℃超であると、スラブが、自重で高温変形するスラブ垂れが生じることがある。このため、熱間圧延時のスラブの加熱温度は、1100~1250℃とするのが好ましい。さらに、生産性および表面疵の発生を考慮すると、スラブの加熱温度は、1150~1200℃とするのがより好ましい。なお、本発明においては、スラブの加熱温度と熱間圧延開始温度とは同義である。
【0072】
熱間圧延工程では、上記加熱したスラブに複数パスの粗圧延を施し、続いて複数スタンドからなる仕上圧延を一方向に施すのが好ましい。これにより、上記スラブは熱間圧延板となり、コイル状に巻き取られる。なお、仕上げ圧延の終了温度は、950~1150℃であるのが好ましく、巻取り温度は、巻取中の析出物生成による靭性低下を避ける関係上、600℃以下の範囲であるのが好ましい。
【0073】
5-3.熱延板酸洗工程
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板では、熱延鋼板に熱延板焼鈍を施さずに酸洗処理し、冷間圧延工程における冷間圧延素材とするのが好ましい。これは、通常、熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して、整粒再結晶組織を得る一般的な製造方法とは異なっている。なお、熱延鋼板が硬質であり軟質化が必要となった場合等には、熱延板焼鈍を実施してもよい。
【0074】
5-4.冷間圧延工程
冷間圧延工程においては、圧下率を50%以上とするのが好ましく、60%以上とするのがより好ましい。上記範囲の圧下率とするのは、圧下率を高めることで、再結晶の駆動力となる蓄積エネルギーが増大し、後述する焼鈍窒化処理の温度域で再結晶を完了させることができるからである。
【0075】
5-5.冷間圧延後の焼鈍および窒化処理工程
冷間圧延後の焼鈍については、窒素ガスおよび残部が水素ガスからなる無酸化雰囲気で、焼鈍(以下、単に「焼鈍窒化処理」と記載する。)をすることで、表面に窒素が濃化した鋼板を得ることができる。一般に、窒化処理は鋼板の焼鈍後に別工程として行うが、冷延鋼板の焼鈍と同時に行うことで、工程の省略による省コスト化と耐食性の向上とを両立することが可能となる。このため、焼鈍と窒化処理とを同じ工程で行うことが望ましい。
【0076】
ここで、鋼板表面に形成された窒化層は、主に、Cr酸化物からなる緻密な不働態皮膜が、雰囲気中の水素により還元されることで消失し、さらに、そこから高温雰囲気下で窒素が侵入することにより形成される。
【0077】
この際、窒素が不足すると十分な窒化が生じず、多すぎると水素による還元が生じない。このため、窒化ガスの濃度は80~99%の範囲であるのが好ましい。より好ましくは、90~98%の範囲である。
【0078】
焼鈍窒化処理温度が過剰に低いと、窒素の侵入が生じず十分な窒素量が確保できない他、未再結晶組織が残存する問題が生じる。このため、処理温度は850℃以上とするのが好ましい。その一方、処理温度が高すぎると、過剰に窒素が侵入する場合がある。また、後の工程において、マルテンサイトが生成する場合がある。このため、処理温度は1000℃以下とするのが好ましい。処理温度は880~980℃の範囲とするのがより好ましい。
【0079】
同様に、処理時間が短いと、窒素の侵入が生じず十分な窒素量が確保できない他、未再結晶組織が残存する問題が生じる。このため、処理時間は30秒以上とするのが好ましい。一方、処理時間が長いほど鋼板表面への窒素侵入量は増大するが、処理時間が過剰に長い場合には、窒素の侵入も過剰に生じる。この結果、粒界上で窒化物を形成することによる鋭敏化、および相変態によりマルテンサイト相が形成し、耐食性および材質の劣化が生じる。このため、処理時間は300秒以下とするのが好ましい。処理時間は、50~200秒の範囲とするのがより好ましい。
【0080】
さらに、延性を向上させたい場合には、処理温度で保持後、冷却速度を制御するのが好ましい。上記冷却速度が、5℃/秒未満であると、冷却中に窒化物が生成し鋭敏化が生じ、耐食性が低下する。さらに、過剰に窒素が侵入しマルテンサイトが生成する場合がある。また、析出物が過剰に形成し、析出強化が生じた場合、延性が低下する。このため、冷却速度は、5℃/秒以上とするのが好ましい。その一方、冷却速度が100℃/秒を超えると、マルテンサイトが生じて、硬質化し、延性が低下する場合がある。このため、冷却速度は、100℃/秒以下とするのが好ましい。冷却速度は、10~80℃/秒の範囲とするのがより好ましく、15~50℃/秒の範囲とするのが好ましい。なお、冷却停止温度は、300~500℃の範囲とするのが好ましい。
【0081】
5-6.焼鈍窒化処理後の酸洗工程
焼鈍窒化処理後の鋼板にスケールが生じている場合には、必要に応じて酸洗すればよい。ただし、過度な酸洗は、上記工程で形成させた窒化層が溶解してしまうため、望ましくない。このため、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板においては、上記の無酸化雰囲気での焼鈍窒化処理を実施し、スケールが生じ、酸洗を行う場合には、窒化層が溶解しない酸洗条件を選択することが必要である。なお、酸洗時の溶解液および方法は、特に限定しないが、例えば、電解酸洗を行うのが好ましい。
【0082】
5-7.その他製造条件
その他、製造条件については、適宜選択すればよい。例えば、スラブ厚さ、熱延板厚などは適宜、調整を行えばよい。また、冷間圧延においては、ロール粗度、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などについても適宜選択すればよい。さらに、焼鈍後に、形状矯正のためのテンションレベラー工程を実施してもよく、また通板しても構わない。
【0083】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0084】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製後、スラブに鋳造し、スラブを1150℃に加熱後5mm厚さまで熱間圧延して、500℃で巻取り、熱延鋼板とした。なお、この際の化学組成は、母材の化学組成となる。
【0085】
【表1】
【0086】
その後、酸洗した熱延鋼板を、直径500mmのロールを用いて60%の圧下率で冷間圧延し、表2の温度、雰囲気および時間で、連続焼鈍し、焼鈍窒化処理を行った。なお、焼鈍窒化処理における冷却速度は、20℃/秒であり、350℃まで冷却を行った。また、このようにして得られた焼鈍板に対して、60℃の10%硫酸水溶液を用いて60A/Dmの電流密度で10秒間電解酸洗を施し、試験材とした。
【0087】
その後、得られた試験材について、フェライト相の体積率および窒化層の平均窒素濃度について測定した後、耐食性、特に、耐初期錆び性について評価した。加えて、試験材よりJIS13号B試験片を切り出し、引張試験を行った。ここで、表2の実施例についてはいずれも、破断伸びが20%以上であり、材質上は問題無いとみなした。
【0088】
<フェライト相の測定>
フェライト相の体積率については、フェライトメーターを用い測定した。この際、本発明のフェライト相の体積率の規定の範囲を満足せず、フェライト以外の相であるマルテンサイト相が5%以上発生した場合には、表2のマルテンサイト相の発生の項目に発生と記載した。
【0089】
<窒化層の平均窒素濃度の測定>
窒化層の平均窒素濃度について、鋼板表面部の平均窒素濃度は、グロー放電発光分析(GDS)により、圧延面の表面から1μmまでのスパッタリングにより板厚方向での窒素分布を測定し、鋼板表面から0.05μm位置までの平均濃度を算出し、窒化層の平均窒素濃度とした。なお、GDSの測定条件は、以下のとおりとした。陽極内径:13mmΦ、分析モード:高周波モード、放電電力:30W、制御圧力:3.5hPa、検出波長:110~800nmとした。
【0090】
<耐初期錆び性の評価>
耐食性を評価することを目的として、屋外での大気腐食環境を模擬したJASOモードの複合サイクル腐食試験(JASO-M609-92規定のサイクル腐食試験)を実施し、耐初期錆び性を評価した。
【0091】
以下に耐食性の具体的な算出方法について述べる。得られた試験材を70mm×40mmに切断し、端部を5mmシールし、試料とした。サイクル腐食試験の試験条件は、35℃で2時間の塩水(5%NaCl)を噴霧後、60℃で4時間乾燥した後、湿潤50℃、相対湿度90%以上で2時間保持する合計8時間の処理を1サイクルとして、孔食が発生するまで実施した。試料は装置内に垂直より30度傾けて設置した。
【0092】
サイクル腐食試験後の試料表面に発生した孔食を、初期錆びの評価部分とした。具体的には各サイクル後に試料を取り出し、表面を洗浄し、5サイクル以上孔食が発生しなければ、自動車の出荷から使用前または使用直後までの初期錆びが生じない十分な耐食性(耐初期錆び性)を有するとみなし、(○)と記載した。また、5サイクル以内に孔食が発生した場合には、表2に孔食が発生したサイクル数を記載した。試験は7サイクルまで実施し、7サイクル目でも孔食が確認されない場合には、特に優れている(◎)と見なした。
【0093】
【表2】
【0094】
表2に示す符号B1~B19は、化学組成が本発明で規定する範囲を満足し、加えて、製造条件が本発明における好ましい製造条件であった。このため、窒化層の平均窒素濃度および耐食性、すなわち耐初期錆び性も良好であった。一方、本発明で規定する組成から外れる符号b1~b7の場合、孔食発生サイクル数が不足となり、耐食性、すなわち耐初期錆び性が不良であった。さらに、製造方法が、本発明の好適な範囲外である符号b8~b13の場合、窒化層の平均窒素濃度が不足する、またはマルテンサイト相が生成するなど、本発明の規定を満足せず、耐初期錆び性に劣る結果となった。
【0095】
また、表1に記載した鋼種A19について、溶製後、スラブに鋳造し、スラブを1150℃に加熱後5mm厚さまで熱間圧延して、500℃で巻取り、熱延鋼板とした。
その後、酸洗した熱延鋼板を、直径500mmのロールを用いて60%の圧下率で冷間圧延し、表3の温度、雰囲気、時間、および冷却速度で連続焼鈍し、焼鈍窒化処理をした。このようにして得られた焼鈍板に対して、60℃の10%硫酸水溶液を用いて60A/Dmの電流密度で10秒間電解酸洗を施し、試験材とした。
【0096】
得られた試験材において、表2と同様の手順で、窒化層の平均窒素濃度、およびフェライト相の測定を行った。また、特性については、表2と同様の手順で、耐初期錆性の評価を行った。加えて、試験材よりJIS13号B試験片を切り出し、引張試験を行った。引張試験については、破断伸びが20%以上であれば十分な伸びを有するとみなし、合格(○)、20%未満であれば不合格(×)とした。以下、結果を表3に示す。
【0097】
【表3】
【0098】
符号C1およびC2は、化学組成が本発明で規定する範囲を満足し、かつ、焼鈍窒化処理における窒素ガス濃度、処理温度、処理時間に加え、さらに、冷却速度も好ましい範囲を満足したため、耐初期錆性だけでなく、伸びも良好であった。一方、符号c1およびc2は、冷却速度が好ましい範囲を満足しなかったため、耐初期錆性および伸びが不良であった。

図1
図2