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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】PC鋼棒
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230307BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230307BHJP
   C21D 8/08 20060101ALN20230307BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/58
C21D8/08 A
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018122065
(22)【出願日】2018-06-27
(65)【公開番号】P2020002422
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇久
(72)【発明者】
【氏名】本間 有理奈
(72)【発明者】
【氏名】小澤 修司
(72)【発明者】
【氏名】茂尾 弘志
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-026919(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/52-9/66
C21D 7/00-8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PC鋼棒であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.21~0.29%、
Si:0.80~1.40%、
Mn:1.00~2.00%、
Cr:0.10~0.80%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Mo及びVのいずれか1種以上:合計で0.100.40%、
Ni:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、
Ti:0~0.100%、
Al:0~0.100%、及び、
B:0~0.0060%、
を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
前記PC鋼棒の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(PC鋼棒の半径を二等分する位置)でのミクロ組織において、
マルテンサイトの面積率が70.0%以上であり、
ベイナイトの面積率が5.0%以上であり、
初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%であり、
引張強度TSが1420MPa以上であり、
耐力YPが1275MPa以上であり、
全伸びが5.0%以上であり、
180℃で3時間保持した後の一様伸び、又は、80℃で3時間保持した後の一様伸び
が4.0%以上である、PC鋼棒。
【請求項2】
請求項1に記載のPC鋼棒であって、
前記化学組成は、
Ni:0.10~0.50%、
Cu:0.05~0.50%、
Ti:0.005~0.100%、
Al:0.005~0.100%、及び、
B:0.0010~0.0060%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、PC鋼棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PC鋼棒に関し、さらに詳しくは、コンクリート構造体用の高強度PC鋼棒に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄筋コンクリートは各種の構造物に使用されるコンクリート構造体である。コンクリート単体は圧縮荷重には強いものの、引張荷重や曲げ荷重に対してはあまり強くない。そこで、引張荷重や曲げ荷重に強い鋼材をコンクリート内に打設したものが鉄筋コンクリートである。このため、コンクリート内に打設する鋼材には、優れた強度(引張強度TS及び耐力YP)が求められる。
【0003】
構造体の強度をさらに高めるために、プレストレストコンクリート(PC)が採用される。プレストレストコンクリートとは、長手方向にあらかじめ圧縮応力が付与されたコンクリートである。プレストレストコンクリートは次の方法で製造される。鋼材を長手方向に引張り、緊張したままコンクリートを打設する。打設後、コンクリートを固化する。コンクリートの固化後、鋼材の緊張を解放する。緊張が解放されることにより、鋼材が弾性収縮する。これにより、コンクリートの長手方向に圧縮応力が付与され、プレストレストコンクリートが形成される。この圧縮応力が、プレストレストコンクリートにかかる引張荷重や曲げ荷重を相殺するため、プレストレストコンクリートは鉄筋コンクリートよりも高強度のコンクリート構造体となる。
【0004】
このようなプレストレストコンクリートに利用される鋼材を、PC鋼棒と称する。PC鋼棒の機械特性は、JIS G 3137(2008)に規格化されている。規格化されたPC鋼棒のうち、最も高強度のD種では、引張強度TSが1420MPa以上、耐力YPが1275MPa以上、全伸びが5.0%以上と規定されている。またPC鋼棒は、コンクリートに圧縮荷重を付与するために緊張して打設される緊張筋と、緊張せずに打設する非緊張筋とがある。これらを互いに固定するために、PC鋼棒には溶接性が求められる。
【0005】
ところで、プレストレストコンクリートは、運搬時や設置工事時、使用時において、曲げ荷重を受けることがある。曲げ荷重によりコンクリート中に打設されたPC鋼棒も変形するが、荷重と変形とが過大な場合はPC鋼棒が折損して圧縮の残留応力が消失し、プレストレストコンクリートが変形したり折損したりするリスクが生じる。ここで、プレストレストコンクリート内のPC鋼棒の一様伸びが高ければ、曲げ変形に折損しにくく、プレストレストコンクリートの折損等を抑制できる。したがって、PC鋼棒には強度(引張強度TS、耐力YP)、全伸びとともに、十分な一様伸びも求められる。
【0006】
これらの要求に対応するためのPC鋼棒が特開平11-158582号公報(特許文献1)、特開2003-268493号公報(特許文献2)及び特開2001-294980号公報(特許文献3)に提案されている。
【0007】
特許文献1に記載のPC鋼棒は、化学組成としてCを0.2~1%含有し、さらにマルテンサイト組織で炭化物の平均直径が0.1μm以下である。特許文献1のPC鋼棒は次の方法で製造される。圧延線材を異形丸棒に引き抜き後、焼入れ焼戻し処理を行う。焼入れ処理の加熱方式は例えば高周波誘導加熱であり、焼戻し処理は例えば600℃以上で実施する。
【0008】
特許文献2に記載のPC鋼棒は、C:0.15~0.29質量%、Si:0.8~2.0質量%、Mn:0.8~2.0質量%、Al:0.005~0.050質量%、Nb:0.005~0.150質量%、N:0.0030~0.0150質量%を含み、さらに、Cr:0.05~2.00質量%、Mo:0.05~1.00質量%、V:0.05~1.00質量%、の1種又は2種以上を(Cr+Mo+V)≧0.5質量%含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるPC鋼材を熱間圧延し、冷却速度0.2℃/sec以上で冷却してマルテンサイト組織とし、350~650℃の範囲で焼戻しを行って得られた鋼材である。上記PC鋼棒では、引張強さが1420N/mm以上、0.2%耐力が1275N/mm以上、一様伸びが5%以上である、と特許文献2には記載されている。
【0009】
特許文献3に記載のPC鋼棒の化学組成は、C、Si、Mn、P、S、Alを含有し、任意元素として、Mo、Ti、Bを含有してもよく、残部はFe及び不純物からなる。特許文献3のPC鋼棒は次の方法で製造される。上記化学組成の鋼材をオーステナイト単相域又はオーステナイトとフェライトとの二相域で熱間圧延する。熱間圧延後の鋼材に対して、高周波誘導加熱による焼入れ(高周波焼入れ)を実施する。その後、高周波誘導加熱又は直接通電加熱により鋼材を再加熱して、焼戻しを実施する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平11-158582号公報
【文献】特開2003-268493号公報
【文献】特開2001-294980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1~特許文献3に記載のPC鋼棒はいずれも、上記JIS規格のD種に準じた引張強度TS、耐力YP及び全伸びを有し、かつ、一様伸びにも優れると記載されている。
【0012】
しかしながら、特許文献1に開示されたPC鋼棒では、圧延線材を高周波加熱その他の方法で再加熱して焼入れ処理(以下、オフライン焼入れと定義する)を実施するため、工程増加の分、製造コストが高くなる。
【0013】
特許文献2では、熱間圧延からの冷却工程で焼入れを実施する(以下、直接焼入れと定義する)ため、工程コストは抑制できる。しかしながら、合金元素としてNbを含有し、かつ、Cr、Mo、Vを総量で0.5%以上含有する。これらの合金元素により、上記の機械特性が得られやすくなるものの、これらの合金元素は高価である。そのため、素材のコストが高くなる。特にCrはMo、Vと比較して焼戻し後の強度維持効果が小さい。そのため、Mo、Vを含有せずにCrのみを含有する場合、Cr含有量が0.9%以上となる。この場合、原料コストが増大する。
【0014】
特許文献3に開示されたPC鋼棒では、フェライトとマルテンサイトとからなり、一様伸びを得るためにフェライトの平均面積率が20~40%と高い。しかしながら、特許文献3では、フェライト及びマルテンサイトの粒径を5μm以下と規定しており、このような組織を得るためには、直接焼入れにおいて高速な冷却を行うための特殊な圧延及び冷却プロセスを必要とする。このため、直接焼入れであるにもかかわらず、工程コストが増大する。
【0015】
また、プレストレストコンクリートを製造するとき、コンクリートの固化を促進するために、PC鋼棒をコンクリート打設する時に熱処理が実施される。しかしながら、特許文献1~特許文献3では、コンクリート打設時の熱処理後の機械特性について着目した記載がない。
【0016】
本発明の目的は、製造コストを抑え、高い引張強度、耐力及び全伸びを有し、かつ、コンクリート打設時の熱処理後において、高い一様伸びを有する、PC鋼棒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によるPC鋼棒は、化学組成が、質量%で、C:0.21~0.29%、Si:0.80~1.40%、Mn:1.00~2.00%、Cr:0.10~0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Mo及びVのいずれか1種以上:合計で0.05~0.50%、Ni:0~0.50%、Cu:0~0.50%、Ti:0~0.100%、Al:0~0.100%、及び、B:0~0.0060%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、ミクロ組織において、マルテンサイトの面積率が70.0%以上であり、ベイナイトの面積率が5.0%以上であり、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%であり、引張強度TSが1420MPa以上であり、耐力YPが1275MPa以上であり、全伸びが5.0%以上であり、180℃で3時間保持した後の一様伸び、又は、80℃で3時間保持した後の一様伸びが4.0%以上である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によるPC鋼棒は、製造コストを抑え、高い引張強度、耐力及び全伸びを有し、かつ、コンクリート打設時の熱処理後において、高い一様伸びを有する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、製造コストを抑えつつ、JIS G 3137(2008)中のD種の機械特性(引張強度TSが1420MPa以上、耐力YPが1275MPa以上、全伸びが5.0%以上)を満たし、かつ、コンクリート打設時の熱処理後においても高い一様伸びを有するPC鋼棒について調査、検討を行った。ここで、耐力YPとは、0.2%塑性伸びを生じるときの公称応力を意味する。
【0020】
PC鋼棒が利用されるプレストレストコンクリートでは、運搬時や設置工事時、使用時等にプレストレストコンクリートに負荷される曲げ荷重に起因した、曲がりや折損を抑制する必要がある。したがって、PC鋼棒には、プレストレストコンクリートが運搬時や設置工事時、使用時等に負荷される曲げ変形での折損を抑制できるように、プレストレストコンクリートに打設された状態での十分な一様伸びが求められる。
【0021】
PC鋼棒を用いてプレストレストコンクリートを製造する場合、コンクリートの固化を促進するために、コンクリート打設時に熱処理が実施される。コンクリート打設時の熱処理には、蒸気養生と、オートクレーブ養生との2種類が存在する。
【0022】
蒸気養生は、次の方法で実施する。65~80℃の温度で蒸気圧が1気圧の(0.1MPa)の環境下に、PC鋼棒を含むコンクリートを3~5時間保持する。また、オートクレーブ養生は次の方法で実施する。180~190℃の温度で蒸気圧が10~11気圧(1.0~1.1MPa)の環境下に、PC鋼棒を含むコンクリートを3~5時間保持する。以上の養生により、コンクリートの固化を促進する。
【0023】
本発明者らは、PC鋼棒がコンクリートに打設された状態での一様伸びは、コンクリート打設に相当する模擬熱処理後の一様伸びによって評価できると考えた。
【0024】
そこで、コンクリート打設熱処理(蒸気養生及びオートクレーブ養生)を模擬した次の2つのコンクリート打設模擬熱処理のいずれかを実施した後のPC鋼棒の一様伸びを、コンクリート打設熱処理後の一様伸びに相当するとして、評価に用いた。
蒸気養生模擬熱処理:大気下において80℃で3時間保持
オートクレーブ養生模擬熱処理:大気下において180℃で3時間保持
具体的には、PC鋼棒に対して、上記コンクリート打設模擬熱処理(蒸気養生模擬熱処理、オートクレーブ養生模擬熱処理)のいずれかを実施した後、常温(25℃)において、JIS Z 2241(2011)に準拠した引張試験を実施して、応力-歪み曲線を作成する。作成された応力-歪み曲線から求めた一様伸びを、「コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸び」と定義する。
【0025】
本発明者らは、JIS G 3137(2008)のD種相当の全伸びが5.0%以上であること、プレストレストコンクリートの健全性確保には一様伸びが重要であること、局部伸びも1%以上は見込めることから、「コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸び」が4.0%以上であれば、プレストレストコンクリートの曲がりや折損を十分に抑制できると考えた。そして、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%以上となるPC鋼棒を低コストに製造するための条件を検討した。
【0026】
まず、製造コストの低減対策として、本発明者らは次の事項を検討した。熱間圧延後の鋼材を冷却後、再加熱して焼入れを実施するオフライン焼入れでは、焼入れ前に鋼材を再加熱する必要がある。一方、熱間圧延後の高温状態の鋼材に対して焼入れを実施する焼入れ方法を、直接焼入れと定義する。直接焼入れの場合、オフライン焼入れと異なり、常温の鋼材を再加熱する工程を省略できる。そのため、直接焼入れを採用した場合、オフライン焼入れと比較して、製造コストを低減できる。
【0027】
次に、本発明者らは、直接焼入れを実施して製造されたPC鋼棒が、上記JIS規格のD種の機械特性、及び「コンクリート打設後の一様伸び」が4.0%以上を満たすための化学組成を検討した。その結果、PC鋼棒が、質量%で、C:0.21~0.29%、Si:0.80~1.40%、Mn:1.00~2.00%、Cr:0.10~0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Mo及びVのいずれか1種以上:合計で0.05~0.50%、Ni:0~0.50%、Cu:0~0.50%、Ti:0~0.100%、Al:0~0.100%、及び、B:0~0.0060%を含有する化学組成を有し、かつ、直接焼入れを含む製造工程の製造条件を適切に制御すれば、上記D種の機械特性を満たすことを見出した。
【0028】
しかしながらこの場合、PC鋼棒のミクロ組織が実質的にマルテンサイト単相となれば、延性が低下する。そのため、全伸び及びコンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが低下し、さらには、直接焼入れ後の矯直時に割れが発生する場合がある。一方、PC鋼棒のミクロ組織中で初析フェライト及びパーライトが出現すると、上記D種の強度(引張強度TS及び耐力YP)及びコンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%以上を満たすことが困難な場合が生じる。
【0029】
そこで、本発明者らは、PC鋼棒のミクロ組織にベイナイトを含めることを考えた。ベイナイトの靱性はマルテンサイトよりも高いため、一様伸びを高めることができる。さらに、ベイナイトの強度は初析フェライト及びパーライトよりも高い。したがって、PC鋼棒のミクロ組織にベイナイトを適量含めれば、上記D種の強度を満たし、かつ、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びも高めることができる。本発明者らがさらなる検討を行った結果、上記化学組成のPC鋼棒のミクロ組織が、面積率で70.0%以上のマルテンサイトと、5.0%以上のベイナイトとを含有し、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%であれば、上記D種の強度を満たし、かつ、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%以上となることを見出した。
【0030】
以上の知見に基づいて完成した本発明によるPC鋼棒は、化学組成が、質量%で、C:0.21~0.29%、Si:0.80~1.40%、Mn:1.00~2.00%、Cr:0.10~0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Mo及びVのいずれか1種以上:合計で0.05~0.50%、Ni:0~0.50%、Cu:0~0.50%、Ti:0~0.100%、Al:0~0.100%、及び、B:0~0.0060%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、ミクロ組織において、マルテンサイトの面積率が70.0%以上であり、ベイナイトの面積率が5.0%以上であり、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%であり、引張強度TSが1420MPa以上であり、耐力YPが1275MPa以上であり、全伸びが5.0%以上であり、180℃で3時間保持した後の一様伸び、又は、80℃で3時間保持した後の一様伸びが4.0%以上である。
【0031】
上記化学組成は、Ni:0.10~0.50%、Cu:0.05~0.50%、Ti:0.005~0.100%、Al:0.005~0.100%、及び、B:0.0010~0.0060%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0032】
以下、本発明によるPC鋼棒について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0033】
[化学組成]
本発明によるPC鋼棒の化学組成は、次の元素を含有する。
【0034】
C:0.21~0.29%
炭素(C)は、鋼の強度を高める。C含有量が0.21%未満であれば、JIS G 3137(2008)中のD種に準拠した引張強度TS及び耐力YPが得られない。一方、C含有量が0.29%を超えれば、焼入れ後の強度が高くなりすぎる。この場合、上記JIS規格中のD種に準じた全伸びを満たすことができない。したがって、C含有量は0.21~0.29%である。C含有量の好ましい下限は、0.22%であり、さらに好ましくは0.23%である。C含有量の好ましい上限は0.28%であり、さらに好ましくは0.27%である。
【0035】
Si:0.80~1.40%
シリコン(Si)は、鋼の焼戻し軟化を抑制する。Siの含有により、高温での焼戻しを実施しても高い耐力YPを維持しつつ、全伸びを高めることができる。Si含有量が0.80%未満であれば、上記効果が得られない。一方、Si含有量が1.40%を越えれば、鋼の延性が低下して、上記JIS規格のD種に準拠した全伸び及び/又はコンクリート打設模擬熱処理後の十分な一様伸びが得られない。したがって、Si含有量は0.80~1.40%である。Si含有量の好ましい下限は0.90%であり、さらに好ましくは1.00%である。Si含有量の好ましい上限は1.20%である。
【0036】
Mn:1.00~2.00%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Mn含有量が1.00%未満であれば、上記効果が得られない。一方、Mn含有量が2.00%を超えれば、偏析が生じやすく、また、粗大なMnSが生成する。粗大なMnSは、PC鋼棒の靱性及び疲労強度を低下する。したがって、Mn含有量は1.00~2.00%である。Mn含有量の好ましい下限は1.20%であり、さらに好ましくは1.40%である。Mn含有量の好ましい上限は1.80%である。
【0037】
Cr:0.10~0.80%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Crはさらに、焼戻し時の硬さを高める。Crはさらに、全伸び及びコンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びを高める。Mo及びVの含有と重畳しても、Cr含有量が0.10%未満であれば、上記効果が得られない。一方、Cr含有量が0.80%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎ、焼入れ後のベイナイト分率が十分に得られないため、PC鋼棒の全伸び及び/又はコンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが低下する。したがって、Cr含有量は0.10~0.80%である。Cr含有量の好ましい下限は0.30%であり、さらに好ましくは0.40%である。Cr含有量の好ましい上限は0.60%であり、さらに好ましくは0.55%である。
【0038】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。Pは鋼を脆化する。特に、旧オーステナイト粒界に偏析したPは、鋼の衝撃値を低下し、さらに、水素の侵入による遅れ破壊を引き起こす。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.030%未満であり、さらに好ましくは0.015%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0039】
S:0.030%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは鋼を脆化する。Sはさらに、Mnと結合してMnSを形成する。粗大なMnSは破壊起点となるため、鋼の破壊特性が低下する。MnSはさらに、腐食の起点となり得る。そのため、鋼の耐食性が低下する。したがって、S含有量は0.030%以下である。S含有量の好ましい上限は0.030%未満であり、さらに好ましくは0.015%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0040】
Mo及びVのいずれか1種以上:合計で0.05~0.50%
モリブデン(Mo)及びバナジウム(V)は、Crと重畳して鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼戻し硬さを高める。焼戻し硬さを高めることにより、高温での焼戻しが可能となる。その結果、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%以上になる。Mo及びVのいずれか1種以上が合計で0.05%未満であれば、上記効果が得られない。一方、Mo及びVのいずれか1種以上が合計で0.50%を超えれば、鋼の延性及び靱性が低下する。したがって、Mo及びVのいずれか1種以上の合計含有量は0.05~0.50%である。Mo及びVのいずれか1種以上の合計含有量の好ましい下限は0.10%である。Mo及びVのいずれか1種以上の合計含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0041】
本発明によるPC鋼棒の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、本発明のPC鋼棒を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本発明のPC鋼棒に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
[任意元素について]
上述のPC鋼棒の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ni及びCuからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。Ni及びCuはいずれも任意元素であり、鋼の耐食性及び靱性を高める。
【0043】
Ni:0~0.50%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは鋼の耐食性と靭性とを高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.50%を超えれば、上記効果が飽和する。Ni含有量が0.50%を超えればさらに、原料コストが高くなり、かつ、製造性も低下する。したがって、Ni含有量は0~0.50%である。上記効果をより有効に得るためのNi含有量の好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Ni含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0044】
Cu:0~0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、CuはNiと同様に鋼の耐食性と靭性とを高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.50%を超えれば、上記効果が飽和する。Cu含有量が0.50%を超えればさらに、原料コストが高くなり、かつ、製造性も低下する。したがって、Cu含有量は0~0.50%である。上記効果をより有効に得るためのCu含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Cu含有量の好ましい上限は0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0045】
上述のPC鋼棒の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Tiを含有してもよい。
【0046】
Ti:0~0.100%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、TiはC又はNと結合してTi炭化物、Ti窒化物等の析出粒子を形成する。これらの析出粒子は、オーステナイト中においてピン止め粒子として機能し、オーステナイト粒を微細化する。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が0.100%を超えれば、上記析出粒子が粗大化して、破壊起点となる。この場合、PC鋼棒の延性及び靱性が低下する。したがって、Ti含有量は0~0.100%である。上記効果をより有効に得るためのTi含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Ti含有量の好ましい上限は0.070%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0047】
上述のPC鋼棒の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Alを含有してもよい。
【0048】
Al:0~0.100%
アルミニウム(Al)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Alは鋼を脱酸する。Alが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Al含有量が0.100%を超えれば、酸化物系介在物が粗大化して破壊起点となる。この場合、PC鋼棒の延性及び靱性が低下する。したがって、Al含有量は0~0.100%である。上記効果をより有効に得るためのAl含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の好ましい上限は0.070%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0049】
上述のPC鋼棒の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Bを含有してもよい。
【0050】
B:0~0.0060%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Bは鋼の焼入れ性を高め、PC鋼棒の引張強度TS及び耐力YPを高める。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0060%を超えれば、粗大な析出物(Fe23(CB)やBN等)を形成して、PC鋼棒の延性及び靱性を低下する。したがって、B含有量は0~0.0060%である。上記効果をより有効に得るためのB含有量の好ましい下限は0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%である。B含有量の好ましい上限は0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0051】
[ミクロ組織]
本発明のPC鋼棒のミクロ組織において、マルテンサイトの面積率は70.0%以上であり、ベイナイトの面積率は5.0%以上である。初析フェライト及びパーライトの総面積率は0%である。つまり、本発明のPC鋼棒のミクロ組織(マトリクス)は、マルテンサイトとベイナイトとからなる。
【0052】
マルテンサイトの面積率が70.0%未満であれば、上記JIS規格のD種に準拠した引張強度TS及び耐力YPが得られない。また、初析フェライト及びパーライトが存在すれば、上記JIS規格のD種に準拠した引張強度TS及び耐力YPが得られず、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが十分に得られない。
【0053】
ベイナイトの面積率が5.0%未満であれば、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満となり、十分な一様伸びが得られない。さらに、後述の製造工程において直接焼入れを実施したとき、ミクロ組織中のマルテンサイトの面積率が過剰に高くなりすぎ、矯直工程において、鋼材に割れが発生したり、鋼材が破断したりする場合がある。
【0054】
PC鋼棒のミクロ組織において、マルテンサイト面積率が70.0%以上、ベイナイト面積率が5.0%以上であり、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%であれば、上記JIS規格のD種の機械特性を満たし、かつ、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%以上となる。
【0055】
上記ミクロ組織において、ベイナイトの面積率の好ましい下限は10.0%である。ベイナイトの面積率の好ましい上限は20.0%である。
【0056】
[ミクロ組織中の各相の面積率の測定方法]
ミクロ組織中の各相(マルテンサイト、ベイナイト、初析フェライト、パーライト)の面積率は次の方法で測定できる。
【0057】
PC鋼棒の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(PC鋼棒の中心と表面とを結ぶ線分(半径)を二等分する位置)を含むサンプルを採取する。サンプルのうち、R/2を含む表面(観察面という)を機械研磨する。機械研磨された観察面を3%ナイタル(質量%で3%硝酸を含有するエタノール溶液)でエッチングする。エッチングされた観察面のうち、任意の5視野(各視野の面積は100μm×80μm)に対して、1000倍の光学顕微鏡で観察する。
【0058】
光学顕微鏡の観察視野に対し、各相(マルテンサイト、ベイナイト、初析フェライト、パーライト)を同定し、各視野における各相の総面積(μm)を求める。各相の同定は炭化物の有無や炭化物形態、組織形態を基に判定する。5視野全てにおけるマルテンサイトの総面積(μm)、ベイナイトの総面積(μm)、初析フェライトの総面積(μm)、及び、パーライトの総面積(μm)を求める。得られた各相の総面積の、5視野の総面積に対する比を各相の面積率(%)と定義する。
【0059】
[機械特性]
[引張強度TS、耐力YP及び全伸び]
本発明によるPC鋼棒は、上記化学組成及びミクロ組織を有し、さらに、次の機械特性を有する。
引張強度TS:1420MPa以上
耐力YP:1275MPa以上
全伸び:5.0%以上
【0060】
これらの機械特性はいずれも、JIS G 3137(2008)に規定された、D種の機械特性を満たす。
【0061】
[コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸び]
本発明によるPC鋼棒はさらに、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%以上である。コンクリート打設模擬熱処理は、下記に定義されたオートクレーブ養生模擬熱処理、及び蒸気養生模擬熱処理のうちのいずれかである。
【0062】
オートクレーブ養生模擬熱処理は次の方法で実施する。大気下で温度180℃の環境下にPC鋼棒を3時間配置する。
【0063】
蒸気養生模擬熱処理は、次の方法で実施する。大気下で温度80℃の環境下にPC鋼棒を3時間配置する。
【0064】
コンクリート打設模擬熱処理は、上記オートクレーブ養生模擬熱処理又は蒸気養生模擬熱処理のいずれでもよい。コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びは次の方法により求める。コンクリート打設模擬熱処理後のPC鋼棒の横断面(PC鋼棒の長手方向に垂直な断面)のR/2位置を中心軸に持ち、PC鋼棒の長手方向と平行な引張試験片を作製する。作製された引張試験片に対して、常温(25℃)、大気中にて、JIS Z 2241(2011) 付属書Dに規定の2号試験片に準拠した引張試験を実施して、応力-歪み曲線を得る。なお、PC鋼棒にインデント等が付与されており横断面が丸形状でない場合は、PC鋼棒の規格としての公称径を用いて応力を計算する。得られた応力-歪み曲線から、一様伸び(%)を求める。
【0065】
[製造方法]
本発明によるPC鋼棒の製造方法の一例を説明する。なお、以降で説明する製造方法は、本発明のPC鋼棒の製造方法の一例である。そのため、他の製造方法によっても、上記化学組成、ミクロ組織、及び、機械特性を有するPC鋼棒が製造される場合がある。
【0066】
本発明のPC鋼棒の製造方法の一例は、熱間圧延工程と、矯直工程と、焼戻し工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0067】
[熱間圧延工程]
上述の化学組成を有する素材を準備する。素材はたとえば、鋳片(ブルーム、スラブ又はビレット)、又は、鋼塊である。素材は次の方法により製造される。上記化学組成の溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。又は、溶鋼を用いて造塊法により鋼塊(インゴット)を製造する。以上の工程により、素材を準備する。
【0068】
準備された素材に対して熱間加工工程を実施して、PC鋼棒の中間品(以下、中間鋼材という)を製造する。熱間加工工程では通常、1又は複数回の熱間加工を実施する。各熱間加工を実施する前に、素材を加熱する。その後、素材に対して熱間加工を実施する。熱間加工はたとえば、熱間鍛造や、熱間圧延である。複数回熱間加工を実施する場合、初期の熱間加工はたとえば、分塊圧延又は熱間鍛造による粗加工工程であり、最終の熱間加工はたとえば、連続圧延機を用いた仕上げ圧延工程である。最終の熱間加工前の素材の温度はたとえば、900~1200℃である。連続圧延機では、一対の水平ロールを有する複数の水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する複数の垂直スタンドとが交互に一列に配列される。上記熱間加工工程により製造される中間鋼材は、横断面が円形状の線材である。中間鋼材の直径はたとえば、7.4mm~11.5mmである。仕上げ圧延工程で使用される連続圧延機の最終の圧延スタンドの圧延ロール表面には、中間鋼材の表面に、コンクリートを付着させるための凹凸(インデント)を形成するための溝が形成されていてもよい。
【0069】
熱間加工工程において、最終の圧延スタンドの下流には、ステルモア方式の冷却コンベアが配置されている。ステルモア方式のコンベア上において、中間鋼材はリング状に形成される。圧延直後にリング状に形成された中間鋼材は、高温に保持されたまま、水冷され、焼入れされる。具体的には、リング状に形成された中間鋼材を水冷槽に搬送して浸漬し、焼入れする。このように、本発明では、圧延後の中間鋼材をいったん常温まで冷却した後に再加熱して焼入れを実施するのではなく、圧延後の中間鋼材に対してそのまま焼入れ(直接焼入れ)を実施する。
【0070】
上記圧延工程における製造条件は次のとおりである。
【0071】
巻取り温度:750~950℃
巻取り温度は、中間鋼材をリング状に形成した位置での中間鋼材の温度を意味する。巻取り温度が750℃未満であれば、PC鋼棒のミクロ組織において、初析フェライト及びパーライトが生成し、初析フェライト及びパーライトの面積率が0%よりも大きくなる。その結果、JIS規格の上記D種の引張強度TS及び/又は耐力YPを満たすことができない。一方、巻取り温度が950℃を超えれば、PC鋼棒のミクロ組織において、実質的にマルテンサイト単相となり、ベイナイトの面積率が5.0%未満となる。その結果、全伸び及び/又は一様伸びが低くなる、又は、直接焼入れ後の矯直工程で、中間鋼材に割れが発生する。したがって、巻取り温度は750~950℃である。
【0072】
搬送時間:5~40秒
搬送時間とは、中間鋼材が、巻取り温度の測定地点から水冷槽に至るまでの時間(つまり、巻取り温度の測定地点から焼入れ開始直前までに掛かる時間)である。中間鋼材は通常、巻取り温度の測定地点から、水冷槽に至るまでの間、ステルモア方式のコンベア上で搬送される。なお、搬送中の中間鋼材は空冷される。
【0073】
搬送時間が5秒未満であれば、すなわち、中間鋼材を直接水冷槽に落下させる場合、水冷槽での鋼材のリング形状が悪化する。一方、搬送時間が40秒を超えれば、焼入れ温度が低くなりすぎる。この場合、初析フェライト及びパーライトが生成する。その結果、JIS規格の上記D種の引張強度TS及び/又は耐力YPを満たすことができない。したがって、搬送時間は5~40秒である。
【0074】
冷却速度:2.0~10.0℃/秒
冷却速度は、中間鋼材の温度が、直接焼入れ開始直前の温度から、200℃に至るまでの冷却速度の平均値(℃/秒)を意味する。
【0075】
冷却速度が2.0℃/秒未満であれば、PC鋼棒のミクロ組織における初析フェライト及びパーライトが生成する。一方、冷却速度が10.0℃/秒を超えれば、PC鋼棒のミクロ組織が実質的にマルテンサイトのみとなり、ベイナイトの面積率が5.0%未満となる。したがって、冷却速度は2.0~10.0℃/秒である。
【0076】
[矯直工程]
直接焼入れ後の中間鋼材は、リング状に巻き取られている。そこで、直接焼入れ後の中間鋼材を矯直し、かつ、焼戻しを実施して、所望の機械特性(上記JIS規格のD種に準拠した引張強度TS、耐力YP及び全伸び)を得る。
【0077】
具体的には、直接焼入れ後、巻き取られたリング状の中間鋼材を、周知の駒矯直機を用いて矯直して、直線状にする。矯直後の中間鋼材の真直度はたとえば、5mm/2m以下である。中間鋼材の軟化を目的として、矯直前の中間鋼材に対して、100℃程度の熱処理(ベーキング)を実施し、ベーキング後の中間鋼材を矯直してもよい。同時に、中間鋼材への矯直時の疵発生防止を目的に、矯直前に潤滑皮膜処理を施しても良い。
【0078】
[焼戻し工程]
矯直後の中間鋼材に対して、焼戻しを実施する。焼戻しはたとえば、駒矯直機と同一ラインに配置された高周波加熱装置を用いて実施される。
【0079】
高周波加熱装置による焼戻しでは、好ましい加熱温度(以下、焼戻し温度という)は350~600℃である。焼戻し温度が350℃未満であれば、PC鋼棒の引張強度TS及び耐力YPが高すぎて、全伸びが低くなる。一方、焼戻し温度が600℃を超えれば、PC鋼材の引張強度TSと耐力YPとが低くなりすぎ、上記JIS規格のD種に準拠した機械特性が得られない。したがって、焼戻し温度は350~600℃である。
【0080】
以上の製造方法では、いわゆるオフラインでの焼入れを実施せずに、直接焼入れを実施することによって、本発明のPC鋼棒を製造できる。そのため、本発明のPC鋼棒は、製造コストを抑えることができ、合金元素を多量に含有しなくても、上記JIS規格のD種に準拠した機械特性(引張強度TS、耐力YP、及び、全伸び)を有することができる。さらに、コンクリート打設模擬熱処理後においても十分な一様伸びを有する。そのため、本発明のPC鋼棒を用いてコンクリート打設熱処理を実施して製造されたプレストレストコンクリートは、運搬時や設置工事時、使用時等においても、打設されたPC鋼棒が折損しにくく、プレストレストコンクリートも曲がりにくく、破損しにくい。
【実施例
【0081】
以下、本発明の実施例について説明する。本実施例は、本発明の効果を確認するための一例である。したがって、本発明は、本実施例に限定されない。
【0082】
表1に記載の化学組成を有するブルームを製造した。
【0083】
【表1】
【0084】
具体的には、溶鋼を用いて、連続鋳造法により鋳片(ブルーム)を製造した。製造されたブルームに対して分塊圧延を実施して、ビレットを製造した。分塊圧延後のビレットを常温まで空冷した。
【0085】
ビレットを再加熱して、仕上げ圧延を実施した。仕上げ圧延には連続圧延機を使用した。仕上げ圧延後の巻取り温度(℃)、搬送時間(秒)、直接焼入れ時の冷却速度(℃/秒)は表2に示すとおりであった。
【0086】
【表2】
【0087】
製造されたリング状の中間鋼材に対して100℃で3時間保持するベーキングを実施した。その後、駒矯直機を用いて中間鋼材を直線状に矯直した。矯直された中間鋼材に対して高周波加熱による焼戻しを実施した。焼戻し温度は表2に示すとおりであった。以上の工程により、PC鋼棒を製造した。
【0088】
[ミクロ組織観察試験]
PC鋼棒の長手方向に垂直な断面において、R/2位置を含むサンプルを採取した。サンプルのうち、R/2位置を含む表面(観察面という)を機械研磨した。機械研磨された観察面を3%ナイタル(質量%で3%硝酸を含有するエタノール溶液)でエッチングした。エッチングされた観察面のうち、任意の5視野(各視野の面積は100μm×80μm)に対して、1000倍の光学顕微鏡で観察した。各視野における相(マルテンサイト、ベイナイト、初析フェライト、パーライト)を同定し、各視野における各相の総面積(μm)を求めた。5視野全てにおけるマルテンサイトの総面積(μm)、ベイナイトの総面積(μm)、初析フェライトの総面積(μm)、及び、パーライトの総面積(μm)を求めた。得られた各相の総面積の、5視野の総面積に対する比を各相の面積率(%)と定義した。測定結果を表2に示す。
【0089】
[引張強度TS、耐力YP及び全伸び評価試験]
各試験番号のPC鋼棒について、JIS Z 2241(2011) 付属書Dの2号試験片に準拠して引張試験片を採取した。引張試験片において、圧延線径φ10.3mm、公称径φ10.0mmであり、標点間距離は80mm、平行部長さは150mmであった。引張試験片を用いて、JIS Z 2241(2011)に準拠して、常温(25℃)、大気中において引張試験を実施して、引張強度TS(MPa)、耐力YP(MPa)、及び、全伸び(%)を求めた。得られた結果を表2に示す。
【0090】
[コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸び評価試験]
各試験番号のPC鋼棒において、引張強度TS、耐力YP及び全伸び評価試験と同様の引張試験片を採取した。引張試験片に対して、各試験番号において、次のコンクリート打設模擬熱処理(養生)を実施した。
試験番号1、5~12、23、27、29、31:オートクレーブ養生模擬熱処理(表2中にて「O養生」と記載)
試験番号2~4、13、15~17、19~21、25、26:蒸気養生模擬熱処理(表2中にて「J養生」と記載)
【0091】
コンクリート打設模擬熱処理として、オートクレーブ養生模擬熱処理では、大気中において、引張試験片を180℃で3時間保持した。蒸気養生模擬熱処理では、大気中において、引張試験片を80℃で3時間保持した。
【0092】
コンクリート打設模擬熱処理後の引張試験片を用いて、常温(25℃)、大気中において、JIS Z 2241(2011)に準拠した引張試験を実施して、応力-歪み曲線を得た。得られた応力-歪み曲線から、一様伸び(%)を求めた。得られた結果を表2に示す。
【0093】
[評価結果]
表2を参照して、試験番号1~12の化学組成は適切であり、製造条件も適切であった。そのため、製造されたPC鋼棒のミクロ組織において、マルテンサイトの面積率は70.0%以上であり、ベイナイトの面積率は5.0%以上であった。さらに、初析フェライト及びパーライトの総面積率は0.0%であった。その結果、引張強度TSは1420MPa以上、耐力YPは1275MPa以上であり、全伸びは5.0%以上であった。さらに、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びは4.0%以上であった。
【0094】
一方、試験番号13では、C含有量が低すぎた。そのため、マルテンサイト面積率が70.0%未満となり、コンクリート打設模擬熱処理後の引張強度TSが低すぎた。
【0095】
試験番号14では、C含有量が高すぎた。そのため、ベイナイト面積率が5.0%未満であった。その結果、矯直工程において、鋼材に割れが発生した。
【0096】
試験番号15では、Si含有量が低すぎた。その結果、コンクリート打設模擬熱処理後の引張強度TSが低すぎた。
【0097】
試験番号16では、Si含有量が高すぎた。その結果、全伸びが5.0%未満であり、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0098】
試験番号17では、Cr含有量が低すぎ、そのため、フェライトが生成した。その結果、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0099】
試験番号18では、Cr含有量が高すぎた。そのため、ベイナイト面積率が5.0%未満であった。その結果、矯直工程において、鋼材に割れが発生した。
【0100】
試験番号19では、P含有量が高すぎた。そのため、全伸びが5.0%未満であり、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0101】
試験番号20では、S含有量が高すぎた。そのため、全伸びが5.0%未満であり、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0102】
試験番号21及び23では、Mo及びVのいずれか1種以上の合計含有量が低すぎた。そのため、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0103】
試験番号22及び24では、Mo及びVのいずれか1種以上の合計含有量が高すぎた。そのため、ベイナイト面積率が5.0%未満であった。その結果、矯直工程において、鋼材に割れが発生した。
【0104】
試験番号25では、化学組成は適切であったものの、焼戻し温度が350℃未満であった。そのため、全伸びが5.0%未満であり、かつ、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0105】
試験番号26では、化学組成は適切であったものの、焼戻し温度が600℃を超えた。そのため、引張強度TSが1420MPa未満であり、耐力YPも1275MPa未満であった。
【0106】
試験番号27では、化学組成は適切であったものの、巻取り温度が低かった。そのため、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%を超えた。その結果、引張強度TSが1420MPa未満であり、かつ、コンクリート打設模擬熱処理後の一様伸びが4.0%未満であった。
【0107】
試験番号28では、化学組成は適切であったものの、巻取り温度が高すぎた。そのため、ベイナイトの面積率が5.0%未満であった。その結果、矯直工程において、鋼材に割れが発生した。
【0108】
試験番号29では、化学組成は適切であったものの、搬送時間が長すぎた。そのため、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0%を超えた。その結果、引張強度TSが1420MPa未満であり、耐力YPが1275MPa未満であった。
【0109】
試験番号30では、化学組成は適切であったものの、冷却速度が速すぎた。そのため、ベイナイトの面積率が5.0%未満であった。その結果、矯直工程において、鋼材に割れが発生した。
【0110】
試験番号31では、化学組成は適切であったものの、冷却速度が遅すぎた。そのため、初析フェライト及びパーライトの総面積率が0.0%を超えた。その結果、引張強度TSが1420MPa未満であり、耐力YPが1275MPa未満であった。
【0111】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。