(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】ワイヤ送給チップ及びワイヤ用トーチ
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20230307BHJP
B23K 9/29 20060101ALI20230307BHJP
【FI】
B23K9/12 301J
B23K9/29 D
(21)【出願番号】P 2019008311
(22)【出願日】2019-01-22
【審査請求日】2021-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】置田 大記
(72)【発明者】
【氏名】松本 直幸
(72)【発明者】
【氏名】猪瀬 幸太郎
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】実開昭56-012577(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2008/0035623(US,A1)
【文献】特開2000-288740(JP,A)
【文献】特開2006-088200(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/12
B23K 9/29
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
狭開先または狭隘部を溶接するためのワイヤ送給チップであって、
導電性材料で形成されており、溶接ワイヤを挿通する溶接ワイヤ挿通穴を有するチップ本体を備え、
前記チップ本体は、前記溶接ワイヤ挿通穴の内周面に設けられ、溶接ワイヤ挿通方向に沿って相互に離間して配置され、導電性材料で形成されており、前記溶接ワイヤと接触して通電する複数の通電部を有
し、
前記複数の通電部は、2つの通電部からなり、
一方の通電部は、前記チップ本体における溶接ワイヤ挿通方向の先端側に設けられており、他方の通電部は、前記チップ本体における溶接ワイヤ挿通方向の基端側に設けられ、
前記溶接ワイヤにワイヤ電流を給電したときに、前記一方の通電部と前記他方の通電部との間の前記チップ本体の抵抗発熱量が、前記一方の通電部と前記他方の通電部との間の前記溶接ワイヤの抵抗発熱量よりも大きいことを特徴とするワイヤ送給チップ。
【請求項2】
請求項1に記載のワイヤ送給チップであって、
前記複数の通電部は、前記溶接ワイヤ挿通穴の内周面から突出して形成されていることを特徴とするワイヤ送給チップ。
【請求項3】
請求項1
または2に記載のワイヤ送給チップであって、
前記溶接ワイヤ挿通穴は、不活性ガスまたは窒素ガスで充填されていることを特徴とするワイヤ送給チップ。
【請求項4】
請求項1から
3のいずれか1つに記載のワイヤ送給チップであって、
前記チップ本体は、溶接ワイヤ挿通方向において2以上に分割された分割体で構成されていることを特徴とするワイヤ送給チップ。
【請求項5】
請求項1から
4のいずれか1つに記載のワイヤ送給チップを備えることを特徴とするワイヤ用トーチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ワイヤ送給チップ及びワイヤ用トーチに係り、特に、狭開先または狭隘部を溶接するためのワイヤ送給チップ及びワイヤ用トーチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、TIG溶接等では、溶融量を増加させるためにホットワイヤ法が用いられている。ホットワイヤ法は、溶加材である溶接ワイヤに給電して抵抗発熱を利用し、溶接ワイヤを半溶融状態で溶融池へ送り込む方法である。ホットワイヤ法では、通常、溶接ワイヤを供給するワイヤ用トーチが用いられている。ワイヤ用トーチは、溶接ワイヤに給電するためのバネ機構等からなる給電部が設けられている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記のワイヤ用トーチを用いて狭開先または狭隘部をホットワイヤ法でTIG溶接等する場合には、ワイヤ用トーチの給電部と、開先等とが干渉するために、溶接ワイヤの通電距離(溶接ワイヤの給電点から溶接ワイヤの先端までの長さ)を通常よりも長くして溶接する必要がある。
【0005】
しかし、溶接ワイヤの通電距離を長くすると、溶接ワイヤの抵抗発熱による加熱部位が長くなるので、溶接ワイヤの酸化が増大する可能性がある。また、溶接ワイヤの加熱部位が長くなると、溶接ワイヤは半溶融状態となり軟化しているので、溶接ワイヤの先端を溶融池に位置決めすることが難しくなり、溶接ワイヤの送給位置安定性が低下する場合がある。このように狭開先または狭隘部をホットワイヤ法でTIG溶接等する場合には、溶接ワイヤの酸化の増大や、溶接ワイヤの送給位置安定性の低下により健全な溶接ができない可能性がある。
【0006】
そこで本開示の目的は、狭開先または狭隘部を健全に溶接することが可能なワイヤ送給チップ及びワイヤ用トーチを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係るワイヤ送給チップは、狭開先または狭隘部を溶接するためのワイヤ送給チップであって、導電性材料で形成されており、溶接ワイヤを挿通する溶接ワイヤ挿通穴を有するチップ本体を備え、前記チップ本体は、前記溶接ワイヤ挿通穴の内周面に設けられ、溶接ワイヤ挿通方向に沿って相互に離間して配置され、導電性材料で形成されており、前記溶接ワイヤと接触して通電する複数の通電部を有し、前記複数の通電部は、2つの通電部からなり、一方の通電部は、前記チップ本体における溶接ワイヤ挿通方向の先端側に設けられており、他方の通電部は、前記チップ本体における溶接ワイヤ挿通方向の基端側に設けられ、前記溶接ワイヤにワイヤ電流を給電したときに、前記一方の通電部と前記他方の通電部との間の前記チップ本体の抵抗発熱量が、前記一方の通電部と前記他方の通電部との間の前記溶接ワイヤの抵抗発熱量よりも大きいことを特徴とする。
【0008】
本開示に係るワイヤ送給チップにおいて、前記複数の通電部は、前記溶接ワイヤ挿通穴の内周面から突出して形成されていてもよい。
【0011】
本開示に係るワイヤ送給チップにおいて、前記溶接ワイヤ挿通穴は、不活性ガスまたは窒素ガスで充填されていてもよい。
【0012】
本開示に係るワイヤ送給チップにおいて、前記チップ本体は、溶接ワイヤ挿通方向において2以上に分割された分割体で構成されていてもよい。
【0013】
本開示に係るワイヤ用トーチは、上記に記載のワイヤ送給チップを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
上記構成のワイヤ送給チップ及びワイヤ用トーチによれば、ワイヤ電流が溶接ワイヤの先端側に到る途中の抵抗発熱による加熱を抑制できるので、狭開先または狭隘部を健全に溶接することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本開示の第一実施形態において、ワイヤ送給チップの構成を示す図である。
【
図2】本開示の第一実施形態において、通電部の機能を説明するための図である。
【
図3】本開示の第一実施形態において、ワイヤ送給チップを用いた狭開先溶接の溶接方法を説明するための模式図である。
【
図4】本開示の第二実施形態において、ワイヤ送給チップの構成を示す図である。
【
図5】本開示の第二実施形態において、分割体を接続してワイヤ送給チップとした状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[第一実施形態]
以下に本開示の第一実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
図1は、ワイヤ送給チップ10の構成を示す図である。ワイヤ送給チップ10は、狭開先または狭隘部をホットワイヤ法等で溶接するためのものである。狭開先または狭隘部とは、例えば、U字型狭開先等である。ワイヤ送給チップ10は、例えば、コネクタ等によりワイヤ用トーチ1のトーチ本体3に取り付けることができる。トーチ本体3には溶接ワイヤWに給電する給電点が設けられており、溶接ワイヤWは、ワイヤ加熱電源(図示せず)からトーチ本体3を介して給電される。なお、溶接ワイヤWは、溶接に用いられる溶接材料である。
【0017】
ワイヤ送給チップ10は、導電性材料で形成されているチップ本体12を備えている。チップ本体12は、円筒状や角筒状等の筒状に形成することができる。チップ本体12は、狭開先または狭隘部に挿入可能なように細径で形成されているとよい。チップ本体12は、銅材、鋼材等の金属材料や、導電性セラミックス等の導電性材料で形成することが可能である。チップ本体12を導電性材料で形成するのは、後述するように、チップ本体12にワイヤ電流を分流した分流電流を流すためである。
【0018】
チップ本体12は、溶接ワイヤWを挿通可能な溶接ワイヤ挿通穴14を有している。溶接ワイヤ挿通穴14は、チップ本体12の先端側から基端側まで、溶接ワイヤ挿通方向に沿って貫通穴で形成されている。チップ本体12の先端側とは、溶接ワイヤWの先端側であり、チップ本体12の基端側とは、トーチ本体3側である。溶接ワイヤ挿通穴14は、溶接ワイヤWを挿通するために、溶接ワイヤWのワイヤ径よりも大きい径で形成されている。このように溶接ワイヤ挿通穴14の穴径は、使用する溶接ワイヤWのワイヤ径に依存している。また、チップ本体12の先端側は、溶接ワイヤWの先端部を突出可能に形成されている。チップ本体12の基端側は、トーチ本体3に取り付けられたコネクタ等と嵌合して接続可能に形成されている。
【0019】
チップ本体12は、導電性材料で形成されており、溶接ワイヤWと接触して通電する複数の通電部16、18を有している。複数の通電部16、18は、溶接ワイヤ挿通穴14の内周面に設けられており、溶接ワイヤ挿通方向に沿って相互に離間して配置されている。
図1に示すワイヤ送給チップ10では、2つの通電部16、18がチップ本体12に設けられている。一方の通電部16は、チップ本体12における溶接ワイヤ挿通方向の先端側に設けられており、他方の通電部18は、チップ本体12における溶接ワイヤ挿通方向の基端側に設けられている。
【0020】
通電部16、18は、溶接ワイヤ挿通穴14の内周面に設けられており、溶接ワイヤWと接触して通電する機能を有している。これにより、トーチ本体3から給電された溶接ワイヤWに流れるワイヤ電流を分流したり、分流したワイヤ電流を合流することができるので、ワイヤ電流が溶接ワイヤWの先端側に到る途中の抵抗発熱による加熱を抑制することができる。
【0021】
次に、通電部16,18の機能をより詳細に説明する。
図2は、通電部16、18の機能を説明するための図である。なお、
図2の中の矢印は、各電流の流れを示している。溶接ワイヤWは、ワイヤ加熱電源(図示せず)からトーチ本体3を介してワイヤ電流が給電される。溶接ワイヤWを流れるワイヤ電流は、通電部18でチップ本体12を流れる分流電流と、溶接ワイヤWを流れる分流電流とに分流される。チップ本体12を流れる分流電流と、溶接ワイヤWを流れる分流電流とは、通電部16で合流する。これにより溶接ワイヤWの先端から通電部16には、合流した分流電流からなるワイヤ電流が流れる。
【0022】
通電部16と通電部18との間の溶接ワイヤWには、ワイヤ電流よりも小さい分流電流が流れるので、溶接ワイヤWの抵抗発熱が抑制される。これにより、ワイヤ電流が溶接ワイヤWの給電点から先端側に到る途中の溶接ワイヤWの加熱を抑制することができるので、溶接ワイヤWの酸化を低減することができる。また、ワイヤ電流が溶接ワイヤWの給電点から先端側に到る途中の溶接ワイヤWの加熱を抑制することができるので、溶接ワイヤWの硬さの低下を抑制することができる。これにより、溶接ワイヤWの先端を溶融池に送り込むときの位置決め精度が高くなり、溶接ワイヤWの送給位置安定性が向上する。
【0023】
通電部16、18は、銅材や鋼材等の金属材料や、導電性セラミックス等の導電性材料で形成することが可能である。通電部16,18は、チップ本体12と同じ導電性材料で形成されていてもよいし、チップ本体12と異なる導電性材料で形成されていてもよい。例えば、チップ本体12と通電部16,18とを銅材料で形成してもよいし、チップ本体12を銅材料で形成し、通電部16、18を鋼材料で形成してもよい。通電部16、18は、チップ本体12と一体で形成されていてもよいし、別体で形成されていてもよい。
【0024】
通電部16、18は、溶接ワイヤWと摺動するため、耐摩耗性の導電性材料で形成されているとよい。これにより、通電部16,18の摩耗を低減することができるので、通電部16,18と溶接ワイヤWとの接触信頼性が向上する。耐摩耗性の導電性材料には、鋼材や導電性セラミックスを用いることが可能である。例えば、チップ本体12を銅材で形成し、通電部16,18を鋼材や導電性セラミックスで形成することができる。
【0025】
通電部16,18は、溶接ワイヤ挿通穴14の内周面から突出して形成することができる。これにより通電部16,18と、溶接ワイヤWとの接触信頼性をより向上させることができる。通電部16,18は、溶接ワイヤ挿通穴14の内周面から溶接ワイヤ挿通穴14の中心軸方向に向けて突出した凸部で形成されているとよい。通電部16,18の凸部は、溶接ワイヤWと点接触、線接触または面接触等して接触可能に設けられているとよい。
【0026】
通電部16,18は、円環状や角環状等の環状の凸部で形成することが可能である。通電部16,18における環状の凸部の内径は、溶接ワイヤWを接触させて挿通するために、溶接ワイヤWの外径と略同じか僅かに大きい内径で形成されているとよい。通電部16,18における環状の凸部は、溶接ワイヤ挿通方向に平行な断面が台形状の凸部で形成してもよい。環状の凸部における溶接ワイヤ挿通方向の両端側がテーパ状に形成されていることにより、通電部16,18に溶接ワイヤWを挿通し易くすることができる。なお、通電部16,18の形状は、環状の凸部に限定されることなく、球面状、円弧状等の凸部で形成することができる。また、通電部16,18は、三角形状や四角形状等の角状の凸部で形成してもよい。
【0027】
溶接ワイヤWにワイヤ電流を給電したときに、通電部16と通電部18との間のチップ本体12の抵抗発熱量は、通電部16と通電部18との間の溶接ワイヤWの抵抗発熱量よりも大きいとよい。チップ本体12は外気に曝されているので、チップ本体12が加熱されても外気により冷却されるからである。一方、溶接ワイヤWはチップ本体12の溶接ワイヤ挿通穴14を挿通しているので、溶接ワイヤWが加熱されると冷却され難くなるからである。
【0028】
チップ本体12及び溶接ワイヤWの抵抗発熱量を調整するためには、チップ本体12及び溶接ワイヤWの抵抗を調整して、チップ本体12及び溶接ワイヤWを流れる分流電流を調整すればよい。チップ本体12及び溶接ワイヤWの抵抗は、チップ本体12及び溶接ワイヤWの材質(固有抵抗値等)、チップ本体12及び溶接ワイヤWの寸法(溶接ワイヤ挿通方向に対して直交方向の断面積等)を変えることにより調整することができる。このように、溶接ワイヤWにワイヤ電流を給電したときに、通電部16と通電部18との間のチップ本体12の抵抗発熱量を、通電部16と通電部18との間の溶接ワイヤWの抵抗発熱量よりも大きくすることにより、溶接ワイヤWの抵抗発熱による加熱を更に抑制することができる。
【0029】
通電部16と通電部18との間隔は、ワイヤ電流を分流可能なように所定長さで設けられているとよい。通電部16と通電部18との間隔が小さくなり過ぎると、ワイヤ電流を分流し難くなるからである。通電部16は、チップ本体12の溶接ワイヤ挿通方向の先端側に設けられており、通電部18は、チップ本体12の溶接ワイヤ挿通方向の基端側に設けられているとよい。このように通電部16と通電部18とをチップ本体12における溶接ワイヤ挿通方向の先端側と基端側とに配置することにより、通電部16と通電部18との間の距離が長くなるので、ワイヤ電流が溶接ワイヤWの給電点から先端側に到る途中の抵抗発熱による加熱を更に抑制することができる。また、通電部16は、溶接ワイヤWの先端から70mmから80mmとなる位置に設けられているとよい。これにより通電部16から溶接ワイヤWの先端までのワイヤ電流が流れる通電距離を、通常の溶接のワイヤ電流が流れる通電距離と略同じにすることができる。また、チップ本体12は、2つの通電部16、18から構成されているが、2つの通電部16、18に限定されることなく、3箇所や5箇所等の複数の通電部を設けてもよい。
【0030】
溶接ワイヤ挿通穴14は、不活性ガスまたは窒素ガスで充填されているとよい。これにより、溶接ワイヤWの酸化を更に抑制することができる。例えば、溶接ワイヤ挿通穴14の全長に亘って不活性ガス等を充填してもよいし、通電部16と通電部18との間の溶接ワイヤ挿通穴14だけに不活性ガス等を充填してもよい。不活性ガスには、アルゴンガス等を用いるとよい。溶接ワイヤ挿通穴14に不活性ガスまたは窒素ガスを充填するためには、溶接ワイヤ挿通穴14に不活性ガスまたは窒素を供給または封入すればよい。
【0031】
なお、上記構成では、ワイヤ送給チップ10をワイヤ用トーチ1のトーチ本体3にコネクタ等で取り付けて使用する場合について説明したが、ワイヤ送給チップ10自体をワイヤ用トーチとして使用することも可能である。より詳細には、ワイヤ送給チップ10をワイヤ用トーチ1として使用する場合には、例えばワイヤ加熱電源(図示せず)と、チップ本体12の基端側の通電部18とを電気ケーブル等で電気的接続する。これにより溶接ワイヤWは、ワイヤ加熱電源(図示せず)から通電部18を介して給電される。給電されたワイヤ電流は、通電部18でチップ本体12を流れる分流電流と、溶接ワイヤWを流れる分流電流とに分流される。チップ本体12を流れる分流電流と、溶接ワイヤWを流れる分流電流とは、チップ本体12の先端側の通電部16で合流する。このようにワイヤ送給チップ10自体をワイヤ用トーチとして使用することにより、ワイヤ用トーチの構成を簡素にすることができるので、溶接コストを低減することが可能となる。
【0032】
次に、ワイヤ送給チップ10を用いた狭開先溶接の溶接方法について説明する。狭開先溶接は、例えば、下向き、横向き、立向き、上向き等の溶接姿勢での突合せ継手や角継手等に適用することができる。狭開先とは、例えば、開先角度が0°から30°、開先深さが40mm以上、開先幅が20mm以下の開先である。
図3は、ワイヤ送給チップ10を用いた狭開先溶接の溶接方法を説明するための模式図であり、
図3(a)は溶接方向の模式図であり、
図3(b)は、開先正面の模式図である。
図3では、ワイヤ送給チップ10をワイヤ用トーチ1のトーチ本体3にコネクタ等で取り付ける場合を示している。また、
図3では、ホットワイヤ法によるTIG溶接で狭開先溶接する場合を示している。
【0033】
被溶接部材20,22は、例えば、板厚が40mm以上の厚板で形成されている。被溶接部材20,22には、溶接するための開先が設けられている。この開先は、U字型狭開先で形成されている。
【0034】
TIG溶接用の溶接トーチ30と、被溶接部材20,22とは、TIG溶接電源(図示せず)に電気ケーブル等で電気的接続されている。ワイヤ用トーチ1と、被溶接部材20,22とは、ワイヤ加熱電源(図示せず)に電気ケーブル等で電気的接続されている。ワイヤ用トーチ1は、ワイヤ送給装置(図示せず)に接続されており、ワイヤ送給装置(図示せず)から溶接ワイヤWを供給可能に構成されている。
【0035】
ワイヤ送給チップ10の先端側が、開先内に挿入される。ワイヤ加熱電源(図示せず)からワイヤ用トーチ1のトーチ本体3を介して溶接ワイヤWに給電される。溶接ワイヤWを流れるワイヤ電流は、通電部18でチップ本体12を流れる分流電流と、溶接ワイヤWを流れる分流電流とに分流される。チップ本体12を流れる分流電流と、溶接ワイヤWを流れる分流電流とは、通電部16で合流する。溶接ワイヤWの先端から通電部16までには、合流した分流電流からなるワイヤ電流が流れる。これにより、溶接ワイヤWの先端から通電部16までが高温に加熱されて半溶融状態になる。溶接トーチ30により、例えば不活性ガス雰囲気中で、タングステン電極32と被溶接部材20,22との間にアークAを発生させてアーク熱により被溶接部材20,22を溶融して溶融池Mを形成する。ワイヤ送給チップ10は、溶接ワイヤWの先端が溶融池Mの近傍に位置するように位置決めされる。
【0036】
このようにして、ワイヤ送給チップ10を用いてホットワイヤ法により狭開先溶接することが可能となる。通電部16と通電部18とによりワイヤ電流を分流させることにより、ワイヤ電流が溶接ワイヤWの給電点から先端側に到る途中の抵抗発熱による加熱を抑制できる。これにより溶接ワイヤWの酸化を低減することができると共に、溶接ワイヤWの送給位置安定性を向上させることが可能となるので、ホットワイヤ法により健全に狭開先溶接することができる。なお、上記では、例としてワイヤ送給チップ10を用いた狭開先溶接の溶接方法について説明したが、ワイヤ送給チップ10を用いた狭隘部の溶接についても狭開先溶接と同様に行うことが可能である。また、上記では、ホットワイヤ法によるTIG溶接で溶接を行っているが、ホットワイヤ法を適用可能な溶接方法は、TIG溶接に限定されることなく、プラズマアーク溶接やレーザ溶接等にも適用可能である。
【0037】
以上、上記構成によれば、導電性材料で形成されており、溶接ワイヤを挿通する溶接ワイヤ挿通穴を有するチップ本体を備え、チップ本体は、溶接ワイヤ挿通穴の内周面に設けられ、溶接ワイヤ挿通方向に沿って相互に離間して配置され、導電性材料で形成されており、溶接ワイヤと接触して通電する複数の通電部を有しているので、ワイヤ電流が溶接ワイヤの給電点から先端側に到る途中の抵抗発熱による加熱を抑制することができる。これにより狭開先または狭隘部をホットワイヤ法で溶接する場合でも、溶接ワイヤの酸化を低減できると共に、溶接ワイヤの送給位置安定性を向上できるので、健全な溶接が可能となる。
【0038】
[第二実施形態]
次に、本開示の第二実施形態について図面を用いて詳細に説明する。第二実施形態のワイヤ送給チップは、第一実施形態のワイヤ送給チップと、チップ本体が2以上に分割された分割体で構成されている点が相違している。
図4は、ワイヤ送給チップ40の構成を示す図である。なお、同様の要素には同じ符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0039】
ワイヤ送給チップ40は、溶接ワイヤ挿通方向に対して2以上に分割された分割体42、44を接続して構成されている。
図4に示すワイヤ送給チップ40は、2つの分割体42、44で構成されている。ワイヤ送給チップ40が複数の分割体42、44を接続して構成されていることにより、ワイヤ送給チップ40における溶接ワイヤ挿通方向の長さの調節を容易に行うことができる。
【0040】
ワイヤ送給チップ40の先端側の分割体42は、導電性材料で形成されている。分割体42を形成する導電性材料には、第一実施形態のチップ本体12を形成する導電性材料と同じものを用いることが可能である。分割体42は、溶接ワイヤを挿通する溶接ワイヤ挿通穴46を有している。分割体42の溶接ワイヤ挿通穴46は、第一実施形態のチップ本体12の溶接ワイヤ挿通穴14と同様に形成することができる。
【0041】
分割体42の溶接ワイヤ挿通方向の一端側には、溶接ワイヤ挿通穴46の内周面に設けられ、導電性材料で形成されており、溶接ワイヤと接触して通電する通電部48を有している。分割体42の通電部48は、第一実施形態のチップ本体12の通電部16と同様に構成することができる。分割体42の溶接ワイヤ挿通方向の他端側には、他の分割体44と接続するための接続部50が設けられている。分割体42の接続部50は、溶接ワイヤ挿通穴46の内周面に雌ネジが形成された嵌合穴で形成されている。
【0042】
ワイヤ送給チップ40の基端側の分割体44は、導電性材料で形成されている。分割体44を形成する導電性材料には、第一実施形態のチップ本体12を形成する導電性材料と同じものを用いることが可能である。分割体44は、溶接ワイヤを挿通する溶接ワイヤ挿通穴52を有している。分割体44の溶接ワイヤ挿通穴52は、第一実施形態のチップ本体12の溶接ワイヤ挿通穴14と同様に形成することができる。分割体44の溶接ワイヤ挿通方向の長さは、分割体42の溶接ワイヤ挿通方向の長さと同じとしてもよいし、異なるようにしてもよい。
【0043】
分割体44の溶接ワイヤ挿通方向の一端側には、他の分割体42と接続するための接続部54が設けられている。分割体44の接続部54は、分割体44の外周面に雄ネジが形成された嵌合突起で形成されている。分割体44の接続部54は、分割体42の接続部50と嵌合可能に形成されている。分割体44の溶接ワイヤ挿通方向の他端側には、溶接ワイヤ挿通穴52の内周面に設けられ、導電性材料で形成されており、溶接ワイヤWと接触して通電する通電部56を有している。分割体44の通電部56は、第一実施形態のチップ本体12の通電部18と同様に構成することができる。
【0044】
図5は、分割体42、44を接続してワイヤ送給チップ40とした状態を示す図である。なお、
図5では、ワイヤ送給チップ40を、コネクタ等によりワイヤ用トーチ1のトーチ本体3に取り付ける場合を示している。分割体42の接続部50と、分割体44の接続部54とを嵌合させて接続することにより、ワイヤ送給チップ40を組み立てることができる。
【0045】
なお、
図4及び
図5に示すワイヤ送給チップ40は2分割で構成されているが、ワイヤ送給チップ40の分割数は、特に限定されることなく、3分割や5分割等でもよい。例えば、ワイヤ送給チップを3分割で構成する場合には、分割体42と分割体44との間に、更に別の中間分割体を接続すればよい。このような中間分割体は、溶接ワイヤ挿通方向の一端側を分割体44の接続部54と同様に構成し、溶接ワイヤ挿通方向の他端側を分割体42の接続部50と同様に構成すればよい。これにより、中間分割体の一端側が分割体42の接続部50と接続可能となり、中間分割体の他端側が分割体44の接続部54と接続可能となる。
【0046】
以上、上記構成によれば、第一実施形態の効果を奏すると共に、ワイヤ送給チップが複数の分割体で構成されているので、狭開先または狭隘部の形状に合わせてワイヤ送給チップの溶接ワイヤ挿通方向の長さを調節することができる。これにより、狭開先または狭隘部の形状ごとにワイヤ送給チップを備える必要がないので、溶接コストを低減することができる。
【符号の説明】
【0047】
1 ワイヤ用トーチ
3 トーチ本体
10、40 ワイヤ送給チップ
12 チップ本体
14、46、52 溶接ワイヤ挿通穴
16、18、48,56 通電部
42、44 分割体
50、54 接続部