(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】広帯域パルス光源装置、分光測定装置及び分光測定方法
(51)【国際特許分類】
G01J 3/10 20060101AFI20230307BHJP
G01N 21/35 20140101ALI20230307BHJP
【FI】
G01J3/10
G01N21/35
(21)【出願番号】P 2019062009
(22)【出願日】2019-03-27
【審査請求日】2021-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097548
【氏名又は名称】保立 浩一
(72)【発明者】
【氏名】横山 拓馬
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0122806(US,A1)
【文献】特表2006-517677(JP,A)
【文献】特開2003-279480(JP,A)
【文献】特開2013-205390(JP,A)
【文献】国際公開第2018/225799(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 3/00 - G01J 3/52
G01N 21/00 - G01N 21/74
G02F 1/365
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
広帯域パルス光源と、
広帯域パルス光源からの広帯域パルス光のパルス幅をパルス内の経過時間と光の波長とが1対1で対応するように伸長する伸長ファイバモジュールとを備えており、
伸長ファイバモジュールは、
広帯域パルス光源からの広帯域パルス光を波長に応じて空間的に分割する分割素子と、
単位長さあたりの波長分散特性が異なる二つの伸長ファイバと
を備えており、
各伸長ファイバの入射端は、分割素子によりが空間的に分割された各波長範囲の光が入射する位置に配置されており、
各伸長ファイバは、伸長されて出射する各広帯域パルス光が時間的に完全には重ならない
波長分散特性
及び長さを有していることを特徴とする広帯域パルス光源装置。
【請求項2】
前記各伸長ファイバの出射端は、伸長されて出射する各広帯域パルス光が同一の照射領域に重なって照射されるよう配置されていることを特徴とする請求項1記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項3】
前記各伸長ファイバの出射側には、伸長されて出射する各広帯域パルス光を重ね合わせて同一の光路に沿って進ませる合波素子が配置されていることを特徴とする請求項1記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項4】
前記二つの伸長ファイバは、伸長された広帯域パルス光が時間的に分離されて出射する波長分散特性及び長さを有していることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項5】
前記二つの伸長ファイバは、伸長された広帯域パルス光が20ピコ秒以上の隔たりを持って出射する
波長分散特性
及び長さを有していることを特徴とする請求項
4記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項6】
前記二つの伸長ファイバは、伸長された前記広帯域パルス光の全体の波長帯域において、時間対波長の最も大きな傾きをaとし、時間対波長の最も小さな傾きをbとしたとき、a/bは2以下となる
波長分散特性
及び長さを有していることを特徴とする請求項1乃至
5いずれかに記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項7】
前記二つの伸長ファイバのうちの一つはシングルモードファイバであり、他の伸長ファイバは分散シフトファイバであることを特徴とする請求項1乃至
6いずれかに記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項8】
前記広帯域パルス光源は、スーパーコンティニウム光源であることを特徴とする請求項1乃至
7いずれかに記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項9】
前記伸長されて出射する広帯域パルス光が時間的に重ならない時間範囲は、波長に対応させた場合に100nm以上であることを特徴とする請求項1乃至
8いずれかに記載の広帯域パルス光源装置。
【請求項10】
請求項1乃至
9いずれかに記載の広帯域パルス光源装置と、
広帯域パルス光源装置から出射された広帯域パルス光が照射された対象物からの光を受光する受光器と、
受光器からの出力信号をスペクトルに変換する処理を行う演算手段とを備えていることを特徴とする分光測定装置。
【請求項11】
請求項1乃至
9いずれかに記載の広帯域パルス光源装置から出射された広帯域パルス光を対象物に照射する照射ステップと、
照射ステップにおいて広帯域パルス光が照射された対象物からの光を受光器で受光する受光ステップと、
受光器からの出力信号を演算手段によりスペクトルに変換する処理を行う演算ステップとを備えていることを特徴とする分光測定方法。
【請求項12】
前記照射ステップは、前記広帯域パルス光源装置からの光を測定光と参照光に分割し、測定光を対象物に照射するステップであり、
前記受光ステップは、測定光が照射された対象物からの光を受光器で受光するステップであり、
参照光を前記対象物を経ることなく参照用受光器で受光する参照光受光ステップと、参照用受光器からの出力信号を演算手段によりスペクトルに変換して基準スペクトルデータとする基準スペクトルデータ取得ステップとを備えていることを特徴とする請求項
11記載の分光測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、広帯域パルス光を出射する光源装置に関するものであり、また広帯域パルス光を利用して対象物の分光特性を測定する装置や方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パルス光源の典型的なものは、パルス発振のレーザ(パルスレーザ)である。近年、パルスレーザの波長を広帯域化させる研究が盛んに行われており、その典型が、非線形光学効果を利用したスーパーコンティニウム光(以下、SC光という。)の生成である。SC光は、パルスレーザ源からの光をファイバのような非線形素子に通し、自己位相変調や光ソリトンのような非線形光学効果により波長を広帯域化させることで得られる光である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した広帯域パルス光は、波長域としては伸長されているが、パルス幅(時間幅)としては狭いままである。しかし、ファイバのような伝送素子における群遅延を利用するとパルス幅も伸長することができる。この際、適切な分散特性を持つ素子を選択すると、パルス内の時間(経過時間)と光の波長とが1対1に対応した状態でパルス伸長することができる。
【0005】
このようにパルス伸長させた広帯域パルス光(以下、広帯域伸長パルス光という。)における時間と波長との対応関係は、分光測定に効果的に利用することが可能である。広帯域伸長パルス光をある受光器で受光した場合、受光器が検出した光強度の時間的変化は、各波長の光強度即ちスペクトルに対応している。したがって、受光器の出力信号の時間的変化をスペクトルに変換することができ、回折格子のような特別な分散素子を用いなくても分光測定が可能になる。つまり、広帯域伸長パルス光を対象物に照射してその対象物からの光を受光器で受光してその時間的変化を測定することで、その対象物の分光特性(例えば分光透過率)を知ることができる。
【0006】
このように、広帯域伸長パルス光は分光測定等の分野で特に有益となっている。しかしながら、発明者の研究によると、より強い光を照射すべく広帯域パルス光源の出力を高くした場合、意図しない非線形光学効果がパルス伸長素子において生じ、時間と波長との一意性(1対1の対応性)が崩れてしまうことが判明した。
この出願の発明は、この知見に基づくものであり、高出力とした場合にも時間と波長との一意性が崩れることのない広帯域パルス光源装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、この出願の発明に係る分光測定装置は、広帯域パルス光源と、広帯域パルス光源からの広帯域パルス光のパルス幅をパルス内の経過時間と光の波長とが1対1で対応するように伸長する伸長ファイバモジュールとを備えている。伸長ファイバモジュールは、広帯域パルス光源からの広帯域パルス光を波長に応じて空間的に分割する分割素子と、単位長さあたりの波長分散特性が異なる二つの伸長ファイバとを備えている。各伸長ファイバは、分割素子が空間的に分割した各波長の光が入射する位置に各入射端が位置している。また、各伸長ファイバは、伸長されて出射する広帯域パルス光が時間的に完全には重ならないようにする波長分散特性及び長さを有している。
また、上記課題を解決するため、各伸長ファイバの出射端は、伸長されて出射する広帯域パルス光が同一の照射領域に重なって照射されるよう配置され得る。
また、上記課題を解決するため、各伸長ファイバの出射側には、伸長されて出射する広帯域パルス光を重ね合わせて同一の光路に沿って進ませる合波素子が配置され得る。
また、上記課題を解決するため、二つの伸長ファイバは、伸長された広帯域パルス光が時間的に分離されて出射する波長分散特性及び長さを有し得る。
また、上記課題を解決するため、二つの伸長ファイバは、伸長された広帯域パルス光が20ピコ秒以上の隔たりを持って出射する波長分散特性及び長さを有し得る。
また、上記課題を解決するため、二つの伸長ファイバは、伸長された広帯域パルス光の全体の波長帯域において、時間対波長の最も大きな傾きをaとし、時間対波長の最も小さな傾きをbとしたとき、a/bは2以下となる波長分散特性及び長さを有し得る。
また、上記課題を解決するため、広帯域パルス光源装置は、二つの伸長ファイバのうちの一つはシングルモードファイバであり、他の伸長ファイバは分散シフトファイバであるという構成を持ち得る。
また、上記課題を解決するため、広帯域パルス光源は、スーパーコンティニウム光源であり得る。
また、上記課題を解決するため、伸長されて出射する広帯域パルス光が時間的に重ならない時間範囲は、波長に対応させた場合に100nm以上であり得る。
また、上記課題を解決するため、この出願の発明に係る分光測定装置は、上記広帯域パルス光源装置と、この広帯域パルス光源装置から出射された広帯域パルス光が照射された対象物からの光を受光する受光器と、受光器からの出力信号をスペクトルに変換する処理を行う演算手段とを備えている。
また、上記課題を解決するため、分光測定装置は、広帯域パルス光源装置からの光路を測定用光路と参照用光路に分岐させる分岐素子が設けられており、受光器は、測定用光路を進んだ広帯域パルス光が照射された対象物からの光を受光する位置に配置されており、参照用光路上には、対象物を経ることなく広帯域パルス光を受光する参照用受光器が配置されており、演算手段は、参照用受光器からの出力信号をスペクトルに変換して基準スペクトルデータとする手段であるという構成を持ち得る。
また、上記課題を解決するため、この出願の発明に係る分光測定方法は、上記広帯域パルス光源装置から出射された広帯域パルス光を対象物に照射する照射ステップと、照射ステップにおいて広帯域パルス光が照射された対象物からの光を受光器で受光する受光ステップと、受光器からの出力信号を演算手段によりスペクトルに変換する処理を行う演算ステップとを備えている。
また、上記課題を解決するため、分光測定方法は、照射ステップが、広帯域パルス光源装置からの光を測定光と参照光に分割し、測定光を対象物に照射するステップであり、受光ステップが、測定光が照射された対象物からの光を受光器で受光するステップであり、参照光を対象物を経ることなく参照用受光器で受光する参照光受光ステップと、参照用受光器からの出力信号を演算手段によりスペクトルに変換して基準スペクトルデータとする基準スペクトルデータ取得ステップとを備えているという構成を持ち得る。
【発明の効果】
【0008】
以下に説明する通り、この出願の発明に係る広帯域パルス光源装置によれば、広帯域パルス光源からの広帯域パルス光が二つの伸長ファイバでパルス伸長されるので、高出力の装置とした場合でも意図しない非線形光学が抑制される。このため、時間対波長の一意性が高く保持された広帯域パルス光が出射する。この際、二つの伸長ファイバは単位長さあたりの波長分散特性が互いに異なるものであるため、出力波長範囲において波長分解能の違いを小さく抑えることができる。
また、各伸長ファイバの出射端が、各広帯域パルス光が同一の照射領域に重なって照射されるよう配置されていると、同一の対象物に対して各広帯域パルス光を同時に照射するのが容易となる。
また、各伸長ファイバの出射側に、広帯域パルス光を重ね合わせて同一の光路に沿って進ませる合波素子が配置されていると、同一の対象物に対して各広帯域パルス光を同時に照射するのがさらに容易となる。
また、伸長された広帯域パルス光が20ピコ秒以上の隔たりを持って出射する波長分散特性及び長さを二つの伸長ファイバが有していると、時間対波長の一意性を失ってしまうのを十分な安全を見込んで防止することができる。
また、伸長された広帯域パルス光の全体の波長帯域において、時間対波長の最も大きな傾きをaとし、時間対波長の最も小さな傾きをbとしたとき、a/bは2以下となる波長分散特性及び長さを二つの伸長ファイバが有していると、光源装置の評価がより高くなる。
また、二つの伸長ファイバのうちの一つはシングルモードファイバであり、他の伸長ファイバは分散シフトファイバであると、SN比も改善された優れた広帯域パルス光源装置が提供される。
また、広帯域パルス光源がスーパーコンティニウム光源であると、より広い帯域で連続したスペクトルのパルス光が出射されるので、種々の用途に利用可能な光源装置が提供される。
また、伸長されて出射する広帯域パルス光が時間的に重ならない時間範囲が、波長に対応させた場合に100nm以上であると、より実用的な広帯域パルス光源装置が提供される。
また、このような広帯域パルス光源装置からの広帯域パルス光を対象物に照射してその対象物からの光を受光器で受光する分光測定装置又は分光測定方法によれば、高速で精度の高い分光測定が行える。この際、時間対波長の一意性を失うことなく高照度の広帯域パルス光を対象物に照射することができるので、吸収の多い対象物について分光測定する場合、特に優位性が発揮される。
また、広帯域パルス光源装置からの光を測定光と参照光に分割し、測定光を対象物に照射しつつ参照光を参照用受光器で受光し、参照用受光器からの出力信号を演算手段によりスペクトルに変換して基準スペクトルデータとするようにすると、基準スペクトルデータを別途取得することが不要なので、測定作業全体の能率が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施形態の広帯域パルス光源装置の概略図である。
【
図2】広帯域パルス光のパルス伸長の原理について示した概略図である。
【
図3】高強度の広帯域パルス光を伸長ファイバでパルス伸長させた場合の意図しない非線形光学効果について確認した実験の結果を示した図である。
【
図4】実施形態の広帯域パルス光源装置において使用される二つの伸長ファイバの分散特性を示した概略図である。
【
図5】シングルモードファイバのみを使用してパルス伸長した場合の伸長特性を概略的に
示す図である。
【
図6】シングルモードファイバと分散シフトファイバを使用してパルス伸長した場合の伸長特性を概略的に示す図である。
【
図7】実施形態の広帯域パルス光源装置で使用された各伸長ファイバの減衰特性を概略的に示した図である。
【
図8】SN比についてシミュレーション計算をした結果を示す図である。
【
図9】伸長ファイバモジュールにおける広帯域パルス光の時間的な分離について示した概略図である。
【
図10】第一の実施形態の分光測定装置の概略図である。
【
図11】分光測定装置が備える測定プログラムの一例について主要部を概略的に示した図である。
【
図12】第二の実施形態の分光測定装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
次に、この出願の発明を実施するための形態(実施形態)について説明する。
まず、広帯域パルス光源装置の発明の実施形態について説明する。
図1は、実施形態の広帯域パルス光源装置の概略図である。
図1に示す広帯域パルス光源装置は、広帯域パルス光源1と、伸長ファイバモジュール2とを備えている。伸長ファイバモジュール2は
、1パルス内の経過時間と光の波長との関係が1対1になるよう広帯域パルス光源1からの光をパルス伸長させるモジュールである。
【0011】
広帯域パルス光源1は、900nmから1300nmの範囲において少なくとも10nm、50nm又は100nmの波長幅に亘って連続したスペクトルの光を出射する光源である。900nmから1300nmの範囲とする点は、実施形態の光源装置がこの波長域における光測定を用途としているためである。
少なくとも10nm、50nm又は100nmの波長幅に亘って連続したスペクトルの光とは、典型的にはSC光である。したがって、この実施形態では、広帯域パルス光源1は、SC光源となっている。但し、SLD(Superluminescent Diode)光源のような他の広帯域パルス光源が使用される場合もある。
【0012】
SC光源である広帯域パルス光源1は、超短パルスレーザ11と、非線形素子12とを備えている。超短パルスレーザ11としては、ゲインスイッチレーザ、マイクロチップレーザ、ファイバレーザ等を用いることができる。また、非線形素子12としては、ファイバが使用される場合が多い。例えば、フォトニッククリスタルファイバやその他パルスを入力して非線形が生じるファイバであれば非線形素子12として使用できる。ファイバのモードとしては測定安定性の観点からシングルモードを用いる場合が多いが、マルチモードであっても十分な非線形性を示し、測定波長範囲において期待する測定安定性が得られるものであれば、非線形素子12として使用できる。
【0013】
伸長ファイバモジュール2は、実施形態の広帯域パルス光源装置の大きな特徴点を成している。広帯域パルス光源1から出射される光は、波長帯域としては広がっているが、パルス幅としてはフェムト秒ないしピコ秒オーダーの超短パルスのままである。このままでは使用しづらいので、伸長ファイバモジュール2によってパルス伸長させる。この際に重要なことは、1パルスにおける経過時間と波長との関係が1対1となるように伸長させる構成が採用されている点である。この際、実施形態の光源装置は、意図しない非線形光学効果が生じないように配慮した構成を採用している。
【0014】
広帯域パルス光をパルス伸長させる際、意図しない非線形光学効果が生じて時間対波長の一意性が崩れる点は、発明者の研究の過程で確認された課題である。以下、この点について、
図2及び
図3を参照して説明する。
図2は、広帯域パルス光のパルス伸長の原理について示した概略図である。
【0015】
SC光のような広帯域パルス光のパルス幅を伸長させる手段としては、分散補償ファイバのような特定の分散特性(群速度分散特性)を有するファイバを利用する構成が好適に採用される。以下、この目的で使用されるファイバを伸長ファイバという。例えば、ある波長範囲において連続スペクトルであるSC光L1を当該波長範囲で正の分散特性を有する伸長ファイバ20に通すと、パルス幅が効果的に伸長される。即ち、
図2に示すように、SC光L1においては、超短パルスではあるものの、1パルスの初期に最も長い波長λ
1が存在し、時間が経過すると徐々に短い波長の光が存在し、パルスの終期には最も短い波長λ
nの光が存在する。この光を、正常分散の伸長ファイバ20に通すと、正常分散の伸長ファイバ20では、波長の短い光ほど遅れて伝搬するので、1パルス内の時間差が増長され、伸長ファイバ20を出射する際には、短い波長の光は長い波長の光に比べてさらに遅れるようになる。この結果、出射するSC光L2は、時間対波長の一意性が確保された状態でパルス幅が伸長された光となる。即ち、
図2の下側に示すように、時刻t
1~t
nは、波長λ
1~λ
nに対してそれぞれ1対1で対応した状態でパルス伸長される。
【0016】
尚、パルス伸長のための伸長ファイバ20としては、異常分散ファイバを使用することも可能である。この場合は、SC光においてパルスの初期に存在していた長波長側の光が遅れ、後の時刻に存在していた短波長側の光が進む状態で分散するので、1パルス内での時間的関係が逆転し、1パルスの初期に短波長側の光が存在し、時間経過とともにより長波長側の光が存在する状態でパルス伸長されることになる。但し、正常分散の場合に比べると、パルス伸長のための伝搬距離をより長くすることが必要になる場合が多く、損失が大きくなり易い。したがって、この点で正常分散の方が好ましい。
【0017】
このような広帯域パルス光源装置において、より高出力の装置が求められることがある。例えば、吸収の多い対象物に光を照射してその透過光を分光することで吸収スペクトルを測定する場合、対象物に強い光を照射する必要が生じ、そのために高出力の広帯域パルス光源装置が必要になる。また、測定のSN比を高くしたり測定を高速に行ったりする観点から、対象物に強い光を照射する必要が生じる場合がある。
【0018】
パルス伸長された光を高い照度で対象物に照射するには、伸長ファイバに対して高い強度で広帯域パルス光を入射させ、高い強度を保ったままパルス伸長する必要がある。しかしながら、伸長ファイバに高強度の広帯域パルス光を入射させると、意図しない非線形光学効果が生じ、時間対波長の一意性が崩れる場合がある。
【0019】
図3は、高強度の広帯域パルス光を伸長ファイバでパルス伸長させた場合の意図しない非線形光学効果について確認した実験の結果を示した図である。
図3において縦軸は対数目盛である。
図3に結果を示す実験では、中心波長1064nm、パルス幅2ナノ秒のマイクロチップレーザ光を非線形素子としてのフォトニッククリスタルファイバに入れてSC光とし、長さ5kmのシングルモードファイバを伸長ファイバとして使用してパルス伸長させた。シングルモードファイバは、1100nm~1200nmの範囲で正常分散のファイバである。この際、シングルモードファイバへの入射SC光のエネルギーを、0.009μJ、0.038μJ、0.19μJ、0.79μJと変化させた。
【0020】
図3に示すように、SC光のエネルギーが0.19μJまでの場合には、1100nm~1200nmの波長範囲において出射光強度の大きなばらつきはないが、0.79μJの場合、出射光強度は波長に応じて激しく変動する。このような変動は、伸長ファイバとしてのシングルモードファイバに入射して伝搬する過程でSC光に意図しないさらなる非線形光学効果が生じたことを示すものである。このような非線形光学効果が生じると、新たな波長が別の時刻に生成されるため、時間対波長の一意性が崩れてしまう。尚、
図3に結果を示す実験では、入射するSC光のパルス幅は変わっていないので、ピーク値を変化させたということになる。
【0021】
発明者は、このような知見に基づき、パルス伸長の構成を最適化させた。具体的には、実施形態の広帯域パルス光源装置において、
図1に示すように、伸長ファイバモジュール2は、二つの伸長ファイバ22,23を含んでおり、各伸長ファイバ22,23で分けてパルス伸長する構成が採用されている。
二つのファイバで分けてパルス伸長すると、一つのファイバ中を伝搬する光のエネルギーを小さくできるので、上述したような意図しない非線形光学効果を抑制することができる。このため、
高出力を達成しつつも、時間対波長の一意性が高く保持された広帯域パルス光源装置が実現できる。実施形態の装置は、このような考えに基づいている。
【0022】
二つのファイバで分けてパルス伸長をする構成としては、光を単純に二つの光波に分け、それぞれ伸長ファイバに入射させてパルス伸長する構成が考えられる。この構成は、広帯域パルス光源からの光をビームスプリッタで分けて各伸長ファイバに入射させる構成となる。このような構成でも良いのであるが、実施形態の装置は、構成をさらに最適化し、ある波長範囲に亘って波長分解能の違いを小さく抑える機能を実現している。
【0023】
具体的に説明すると、
図1に示すように、実施形態の広帯域パルス光源装置において、伸長ファイバモジュール2は、波長に応じて光を空間的に分割する分割素子21を備えている。分割素子21としては、例えばダイクロイックミラーが使用される。そして、分割素子21により波長に応じて分割された光がそれぞれに入射する位置に、各伸長ファイバ22,23の入射端が配置されている。
二つの伸長ファイバ22,23は、分散特性が異なるものとなっている。即ち、実施形態の装置は、広帯域パルス光源1からの光を波長に応じて分散特性の異なる二つのファイバ22,23でパルス伸長する構成を採用している。
【0024】
図4は、実施形態の広帯域パルス光源装置の伸長ファイバモジュールにおいて使用される二つの伸長ファイバ22,23の分散特性を示した概略図である。この実施形態では、二つの伸長ファイバ22,23は、いずれも光通信用のファイバを流用したものである。二つの伸長ファイバを第一の伸長ファイバ22、第二の伸長ファイバ24とする。
図4に示す例は、第一の伸長ファイバ22がシングルモードファイバであり、第二の伸長ファイバ23が分散シフトファイバとなっている。
【0025】
光通信用のシングルモードファイバは、周知のように、1310nm付近でゼロ分散となっており、それより短い波長では分散値は負となっている。分散シフトファイバは、周知のように、長波長側に分散をシフトさせたファイバであり、ゼロ分散は1550nm付近である。したがって、分散シフトファイバは、1550nm付近より短波長側では分散値は負である。
実施形態の広帯域パルス光源装置は、このような通信用のファイバを流用するものの、使用波長帯域は光通信とは異なり、900~1300nm程度となっている。即ち、光通信よりも短波長域において広帯域パルス光を出射させる光源となっている。
【0026】
図4に示すように、900~1300nmの範囲では、シングルモードファイバも分散シフトファイバも負の分散値を有するが、分散シフトファイバの方が絶対値としては大きい。
このような分散特性の異なる二つのファイバを用いて波長に応じて分けてパルス伸長をすると、意図しない非線形光学効果を抑制する作用に加え、波長分解能の違いを小さく抑える作用も発揮される。この点を示したのが、
図5及び
図6である。
【0027】
図5は、シングルモードファイバのみを使用してパルス伸長した場合の伸長特性を概略的に
示す図である。このうち、
図5(1)は、伸長後の時間対波長の関係を示し、図
5(2)は、波長ごとの波長分解能の違い(波長分解能の波長特性)を示す。すなわち、伸長特性とは、パルス内における時間対波長の関係や、波長ごとの波長分解能の波長特性など、伸長ファイバでパルス伸長されたパルス光の特性をいう。
図4に示すように、シングルモードファイバの場合、1100nmあたりから長波長側になってくると、ゼロ分散に近づいてくるので、分散値(絶対値)がかなり少なくなってくる。分散値が小さいということは、時間の変化に対して各波長の光の群遅延の違いが小さくなる(即ち、各波長の光波の重なりが多い)ことを意味し、波長分解能が低くなることを意味する。シングルモードファイバのみの場合、
図5(2)に示すように、波長分解能が長波長側でかなり悪化する。
【0028】
図6は、シングルモードファイバと分散シフトファイバとを使用してパルス伸長した場合の伸長特性を概略的に示す図である。同様に、
図6(1)は、伸長後の時間対波長の関係を示し、
図6(2)は波長による波長分解能の違いを示す。
シングモードファイバと分散シフトファイバで分けてパルス伸長した場合、
図6に示すように、波長分解能の違いは小さく抑えられる。この例では、1050nmを境にして光は分割され、それより短い波長の光はシングルモードファイバでパルス伸長され、長い波長の光は分散シフトファイバでパルス伸長されている。
つまり、伸長ファイバとしては、分散値は使用波長範囲において一定の大きな値であることが好ましいが、そのような理想的なファイバは現実には実現が難しいので、波長範囲に応じてファイバを使い分け、絶対値が大きく且つフラットな(波長による違いの小さい)波長分散を必要な波長範囲で達成するという技術思想となっている。
【0029】
波長分解能は、実際には、受光器の応答速度(信号払い出し周期)に依存している。高価なハイスピードの受光器を使用すれば、低分散であっても波長分解能は高くなる。低速の受光器を使用すれば、高分散であっても波長分解能は低くなる。ただ、どのような受光器を使用するにせよ、Δλ/Δtの違いを小さく抑えること、即ち時間の変化に対する波長の変化の割合が波長によって大きくは異ならないようにすることが、光源装置の評価を高める上で重要である。なぜなら、Δλ/Δtの違いが小さいということは、測定しようとする波長帯によって波長分解能が大きく異なってしまうことが避けられるからである。波長分解能についての上記説明から解るように、この要請は、分散特性の異なる伸長ファイバを組み合わせることで実現できる。例えば、出力波長範囲でΔλ/Δtの最小値に対して最大値を2以下とすることが好ましい。
【0030】
また、シングルモードファイバと分散シフトファイバとを組み合わせる例は、光の質を高める上でも好適となっている。以下、この点について説明する。
図7は、実施形態の広帯域パルス光源装置で使用された各伸長ファイバの減衰特性を概略的に示した図である。
図7(1)はシングルモードファイバの減衰特性を示し、
図7(2)は分散シフトファイバの減衰特性を示す。
【0031】
図7に示すように、シングルモードファイバは、900nm~1300nmの波長範囲において、波長が短くなるに従って直線的に減衰が大きくなる特性を有する。分散シフトファイバは1100nm程度までは減衰は1未満と小さいが、1050nm程度より波長が短くなると減衰は急激に大きくなり、短波長側ではシングルモードファイバより減衰は大きい。
【0032】
前述したように、この実施形態では、900nm~1050nm程度の範囲の短波長側の光をシングルモードファイバでパルス伸長し、1050nm~1300nm程度の範囲の長波長側の光を分散シフトファイバでパルス伸長する構成となっている。この構成は、
図6から解るように、分散シフトファイバにおいて減衰が顕著に大きくなる短波長側についてはシングルモードファイバでパルス伸長し、長波長側については減衰が一定の小さい値である分散シフトファイバでパルス伸長する構成となっている。つまり、群遅延のみならず減衰についても波長域に応じて最適なファイバを使用する構成となっている。
【0033】
図8は、SN比についてシミュレーション計算をした結果を示す図である。
図8(1)はシングルモードファイバの場合のSN比特性の計算結果を示し、(2)はシングルモードファイバと分散シフトファイバとを用いた場合のSN比特性の計算結果を示す。
各伸長ファイバは光の伝搬の過程でノイズを発生させるし、広帯域パルス光源1も僅かながらノイズを発生させる。
図8に結果を示すシミュレーションでは、これらノイズの条件を同じにした場合、どの程度SN比に違いが出るかを確認した。
【0034】
図8(1)に示すように、シングルモードファイバのみの場合、短波長側でSN比が小さい値にとどまっている。一方、
図8(2)に示すように、シングルモードファイバと分散シフトファイバとを使用した場合、1050nm付近より短波長側でSN比が大きく改善している。
【0035】
このように、実施形態の広帯域パルス光源装置では、伸長ファイバモジュール2において複数の伸長ファイバ22,23を用い、且つ波長帯で分けてパルス伸長を行うとともに、各波長帯で最適な伸長ファイバ22,23を使用している。このため、高出力であっても時間対波長の一意性が高く保持されるとともに、波長分解能の違いが小さく抑えられ、またSN比も改善される優れた広帯域パルス光源装置が提供される。
尚、特に高出力とする必要がない場合でも、伸長ファイバモジュール2は、分散特性の異なる二つの伸長ファイバ22,23を備え得る。高出力とする必要がない場合でも、波長分解能の違いを小さくしたり、SN比を改善したりする必要がある場合があるからである。
【0036】
また、
図1に示すように、伸長ファイバモジュール2は、各伸長ファイバ22,23の出射側に合波素子24を備えている。合波素子24は、伸長されて出射する広帯域パルス光を重ね合わせて同一の光路に沿って進ませる素子である。合波素子24としては、分割素子21と同じ特性のダイクロイックミラーを使用することができる。上記の例では、1050nm未満の波長の光を透過し、1050nm以上の光を反射するダイクロイックミラーである。
【0037】
合波素子24を使用すると、別々にパルス伸長された光を同一の照射領域に重ねて照射するのがより容易となる。但し、合波素子24を配置しなくとも、各伸長ファイバの出射端を照射領域に対して適宜の姿勢とすることで、光を照射領域に重ねて照射することが容易にできる。いずれにしても、別々にパルス伸長された光が同一の照射領域に重ねて照射されるようにしておくと、それら光を同一の対象物に照射するのが容易となる。
【0038】
このような実施形態の広帯域パルス光源装置において、各伸長ファイバ22,23により伸長された各広帯域パルス光は時間的に重ならないようにする必要がある。つまり、異なる分散特性である各伸長ファイバ22,23は、伸長後の各広帯域パルス光が時間的に分離したものとなるよう伸長させる必要がある。以下、この点について
図9を参照して説明する。
図9は、伸長ファイバモジュール2における広帯域パルス光の時間的な分離について示した概略図である。
【0039】
図4に示すように、実施形態の広帯域パルス光源装置では、出力波長帯域において共に負の分散値を有する伸長ファイバ22,23を使用している。したがって、波長が短くなるほど光は遅れて伝搬して出射する。この場合、特に注意を払わずに二つの伸長ファイバ22,23を使用すると、伸長後の二つのパルスP1,P2が、
図9(1)に示すように、時間的に重なったものになり易い。
【0040】
即ち、この実施形態では、基本的には出力波長範囲内において負の分散値を有する伸長ファイバ22,23を使用するので、前述したように、短波長ほど遅れて出射する。したがって、ある波長(以下、分割波長という)λsについてみると、ファイバにより分散の絶対値の違いはあるが、基本的にはλsより長い波長の光は早く出射し、λsより短い波長の光は遅れて出射する。
【0041】
しかしながら、特に考慮を払わないと、二つのパルスP1,P2は時間的に完全には分離されず、一部が重なったものとなってしまう。同様にシングルモードファイバを短波長用とし、分散シフトファイバを長波長用とした例で、分割波長は1050nmとすると、
図4に示すように、1050nmでは、分散シフトファイバの方がシングルモードファイバより分散値(絶対値)が大きい。これは、ファイバの長さが同じである場合、1050nmの光は分散シフトファイバ中を伝搬した場合の方が遅れて出射することを意味する。つまり、群遅延の大きさが逆転している。1050nmよりもさらに波長が長くなってくると、分散が小さくなるので、遅延は小さくなる。それでも、ある波長範囲では群遅延の逆転は続き、ある波長を越えると、逆転は解消される。逆転が解消される波長は、シングルモードファイバが1050nmにおいて有する分散値と同じ分散値を分散シフトファイバが持つ波長である。以下、逆転が解消される波長を解消点と呼び、
図4にλrで示す。分割波長λsから解消波長λrまでは群遅延の逆転が生じ、伸長ファイバ22,23の長さが同じ場合、各伸長ファイバ22,23を出射したパルスP1,P2は時間的に重なってしまう。
【0042】
二つのパルスが時間的に重なるということは、二つのパルスが時間的に重なった部分については時間対波長の一意性が確保されなくなることを意味する。即ち、二つのパルスを一つの受光器で受光した場合、同一の時刻に二つの異なる波長の光を受光した状態となってしまう。
伸長後の二つのパルスが重ならないようにするには、短波長側を担当させるファイバ(本実施例ではシングルモードファイバ)を長くし、全体として群遅延を大きくすれば良い。分散特性において逆転が生じている波長幅に応じて適宜長さの差異をつけると、
図9(2)に示すように、二つのパルスP1,P2は時間的に分離されるため、二つのパルスが時間的に重ならない。分割波長λsにおいて全体として十分な群遅延の差があれば、二つのパルスP1,P2は十分に分離される。
【0043】
実際には、二つの伸長ファイバ22,23で伸長させた光を別々の受光器で受光した上で、それら受光器の出力を1台のオシロスコープで観察してパルスの重なりを確認する。そして、ファイバの長さを色々と変え、重なりが十分に解消される各長さを設定するようにする。
二つのパルスP1,P2の時間的な離間の幅(
図9(2)にτで示す)は、安全を見込んで、40ピコ秒以上、より好ましくは80ピコ秒以上とすることが好ましい。
但し、実用的には完全に分離される必要はない。部分的に重なっていても、重なっていない波長域では時間対波長の一意性が確保でき、その波長域を利用できるからである。重ならない部分は、波長に対応させた場合に100nm以上とするとより実用的な装置となるので好ましい。また、重ならない部分は広帯域パルス光の全体の波長幅の1/2以上とすることが好ましく、2/3以上とすることがより好ましく、3/4以上とすることがさらに好ましい。
【0044】
尚、実施形態の広帯域パルス光源装置は、広帯域パルス光源1としてSC光源を採用しているが、この点は、種々の用途に利用可能となるという意義を有する。SC光源の場合、非線形光学効果を利用しているので、より広い帯域のパルス光を出射することが可能である。必要とされる光の波長は、用途によって異なるので、より広帯域の光源装置であるということは、1台の装置で種々の用途に対応という点でメリットが大きい。
【0045】
次に、分光測定装置及び分光測定方法の各発明の実施形態について説明する。
図10は、第一の実施形態の分光測定装置の概略図である。
図10に示す分光測定装置は、広帯域パルス光源装置10と、広帯域パルス光源装置10から出射された広帯域パルス光を対象物Sに照射する照射光学系3と、広帯域パルス光が照射された対象物Sからの光が入射する位置に配置された受光器4と、受光器4からの出力信号をスペクトルに変換する演算手段5とを備えている。
【0046】
広帯域パルス光源装置10としては、上記実施形態のものが採用されている。照射光学系3は、この実施形態では、ビームエキスパンダ31を含んでいる。広帯域パルス光源装置10からの光は、時間伸長された広帯域パルス光ではあるものの、超短パルスレーザ11からの光であり、ビーム径が小さいことを考慮したものである。この他、ガルバノミラーのようなスキャン機構を設け、ビームスキャンにより広い照射領域をカバーする場合もある。
【0047】
受光器4は受光した光の強度を電気信号に変換してその信号を出力するものであって、受光器4としては測定波長範囲に感度を有するフォトダイオード等の光検出器が使用される。この実施形態では、対象物Sの吸収スペクトルを測定することを想定しており、したがって受光器4は、対象物Sからの透過光が入射する位置に設けられている。対象物Sを配置する透明な受け板6が設けられている。照射光学系3は上側から光照射するようになっており、受光器4は受け板6の下方に配置されている。
【0048】
演算手段5としては、この実施形態では汎用PCが使用されている。受光器4と演算手段5の間にはAD変換器41が設けられており、受光器4の出力はAD変換器41を介して演算手段5に入力される。
演算手段5は、プロセッサ51や記憶部(ハードディスク、メモリ等)52を備えている。記憶部52には、受光器4からの出力信号を処理して吸収スペクトルを算出する測定プログラム53やその他の必要なプログラムがインストールされている。
【0049】
この実施形態においては、時間対波長の一意性を確保した伸長パルス光を照射する広帯域パルス光源装置10を使用しているので、測定プログラム53もそれに応じて最適化されている。
図11は、分光測定装置が備える測定プログラムの一例について主要部を概略的に示した図である。
【0050】
図11の例は、測定プログラム53が吸収スペクトル(分光吸収率)を測定するプログラムの例となっている。吸収スペクトルの算出に際しては、基準スペクトルデータが使用される。基準スペクトルデータは、吸収スペクトルを算出するための基準となる波長毎の値である。基準スペクトルデータは、広帯域パルス光源装置10からの光を対象物Sを経ない状態で受光器4に入射させることで取得する。即ち、対象物Sを経ないで光を受光器4に直接入射させ、受光器4の出力をAD変換器41経由で演算手段5に入力させ、時間分解能Δtごとの値を取得する。各値は、Δtごとの各時刻(t
1,t
2,t
3,・・・)の基準強度として記憶される(V
1,V
2,V
3,・・・)。時間分解能Δtとは、受光器4の応答速度(信号払い出し周期)によって決まる量であり、信号を出力する時間間隔を意味する。
【0051】
各時刻t1,t2,t3,・・・での基準強度V1,V2,V3,・・・は、対応する各波長λ1,λ2,λ3,・・・の強度(スペクトル)である。1パルス内の時刻t1,t2,t3,・・・と波長との関係が予め調べられており、各時刻の値V1,V2,V3,・・・が各λ1,λ2,λ3,・・・の値であると取り扱われる。
そして、対象物Sを経た光を受光器4に入射させた際、受光器4からの出力はAD変換器41を経て同様に各時刻t1,t2,t3,・・・の値(測定値)としてメモリに記憶される(v1,v2,v3,・・・)。各測定値は、基準スペクトルデータと比較され(v1/V1,v2/V2,v3/V3,・・・)、その結果が吸収スペクトルとなる(必要に応じて逆数の対数を取る)。上記のような演算処理をするよう、測定プログラム53はプログラミングされている。
【0052】
次に、上記分光測定装置の動作について説明する。以下の説明は、分光測定方法の実施形態の説明でもある。実施形態の分光測定装置を使用して分光測定する場合、対象物Sを配置しない状態で広帯域パルス光源装置10を動作させ、対象物Sを経ない光を受光器4に直接入射させて、受光器4からの出力信号を処理して予め基準スペクトルデータを取得する。その上で、対象物Sを受け板6に配置し、広帯域パルス光源装置10を再び動作させる。そして、対象物Sを透過した光を受光器4に入射させ、受光器4からの出力信号をAD変換器41を介して演算手段5に入力し、測定プログラム53によりスペクトルに変換する。
【0053】
上記の例では対象物Sからの透過光を利用する吸収スペクトルの測定であったが、対象物Sからの反射光を利用する反射スペクトル(分光反射率)の測定や対象物Sの内部散乱光のような分光特性を測定する場合もある。すなわち、対象物Sからの光とは、光照射された対象物Sからの透過光、反射光、散乱光などを含むものである。
尚、広帯域パルス光源装置10の特性や受光器4の感度特性が経時的に変化する場合、基準スペクトルを取得する測定(対象物Sを配置しない状態での測定)を行い、基準スペクトルを更新する校正作業が定期的に行われる。
【0054】
このような実施形態の分光測定装置及び分光測定方法によれば、広帯域パルス光源1からの光を時間的に分割して対象物Sに照射するので、回折格子の掃引のような時間を要する動作は不要であり、高速の分光測定が行える。そして、時間対波長の一意性を確保したパルス伸長を行う際、二つの伸長ファイバ22,23で分けてパルス伸長するので、高い照度で対象物に光照射しつつも意図しない非線形光学効果が発生せず、時間対波長の一意性が高く保持される。このため、精度の高い分光測定が行える。
【0055】
さらに、二つの伸長ファイバ22,23は分散特性の異なるものであるので、必要な波長範囲において波長分解能の違いを小さく抑えることができる。このため、分光測定装置の性能として優れたものとなる。この際、二つの広帯域パルス光が時間的に重ならないようにしているので、時間対波長の一意性を失ってしまう問題も生じない。
尚、対象物に対して高い照度で光照射できる点は、吸収の多い対象物の吸収スペクトルを測定する場合等に特に有利となる。
【0056】
次に、第二の実施形態の分光測定装置及び分光測定方法について説明する。
図12は、第二の実施形態の分光測定装置の概略図である。
図12に示すように、第二の実施形態の分光測定装置では、広帯域パルス光源装置10からの光路を分岐させる分岐素子7が設けられている。分岐素子7としては、この実施形態では、ビームスプリッタが使用されている。
分岐素子7は、広帯域パルス光源装置10からの光路を、測定用光路と参照用光路に分岐させるものである。測定用光路には、第一の実施形態と同様、受け板6が配置され、受け板6上の対象物Sを透過した光を受光する位置に測定用受光器4が配置されている。
【0057】
参照用光路上には、参照用受光器8が配置されている。参照用受光器8には、分岐素子7で分岐して参照用光路を進む光がそのまま入射するようになっている。この光(参照光)は、対象物Sを経ることなく参照用受光器8に入射させ、基準スペクトルデータをリアルタイムで得るための光である。
【0058】
測定用受光器4及び参照用受光器8は、AD変換器41を介して演算手段5に接続されている。演算手段5内の測定プログラム53は、リアルタイムの基準強度スペクトル参照を行うようプログラミングされている。即ち、測定用受光器4からは各時刻t1,t2,t3,・・・での測定値v1,v2,v3,・・・が入力され、参照用受光器8からは、同時刻である各時刻t1,t2,t3,・・・での基準強度V1,V2,V3,・・・(基準スペクトルデータ)が入力される。測定プログラム53は、予め調べられている1パルス内の時刻t1,t2,t3,・・・と波長λ1,λ2,λ3,・・・との関に従い、v1/V1,v2/V2,v3/V3,・・・を算出し、吸収スペクトルとする。反射スペクトルや散乱スペクトルを測定する場合も、リアルタイムで取得される基準スペクトルデータにより同様に行える。
第二の実施形態の分光測定装置を使用した第二の実施形態の分光測定方法では、リアルタイムで基準スペクトルデータが取得されるので、定期的な基準スペクトルデータの取得は行われない。この点を除き、第一の実施形態と同様である。
【0059】
第二の実施形態の分光測定装置及び分光測定方法によれば、基準スペクトルデータを別途取得することが不要なので、測定作業全体の能率が高くなる。また、第一の実施形態において、広帯域パルス光源装置10の特性や受光器4の特性が変化し易い場合には校正作業を頻繁に行う必要があるが、第二の実施形態では不要である。広帯域パルス光源装置10の特性や受光器4の特性が変化しなくても、測定環境が異なる場合(例えば温度条件やバックグラウンド光の条件等が異なる場合)、校正作業が必要な場合がある。第二の実施形態ではこのような場合にも校正作業は不要なので、測定の能率が高い。但し、第二の実施形態では、広帯域パルス光源装置10からの光束を二つに分割しているので、その分だけ対象物Sに照射できる光束は低下する。したがって、より高い照度で広帯域パルス光を対象物Sに照射して測定する必要がある場合には、第一の実施形態の方が有利である。
【0060】
広帯域パルス光源装置の用途として、上述した分光測定以外にも、各種の光測定が挙げられる。例えば、顕微鏡のように対象物に光照射して観察する用途も光測定の一種であると言えるし、光照射して距離を計測するような場合も光測定の一種であるといえる。本願発明の広帯域パルス光源装置は、このような各種の光測定に利用することができる。
尚、900nm~1300nmの波長範囲に含まれるある波長幅に亘って連続スペクトルであることは、材料分析等に特に有効な近赤外域での光測定用として好適なものにする意義がある。但し、分光測定はこの波長範囲以外も種々のものがあり、分光測定装置や分光測定方法としては、この波長範囲に限られるものではない。
【0061】
また、上記各実施形態では、伸長ファイバモジュール2は二つの伸長ファイバ22,23を使用してパルス伸長するモジュールであったが、三つ又はそれ以上の伸長ファイバを使用する場合もある。各伸長ファイバは、パラレルに配置され、波長に応じて分割された広帯域パルス光をそれぞれパルス伸長する。
【符号の説明】
【0062】
1 広帯域パルス光源
10 広帯域パルス光源装置
11 超短パルスレーザ
12 非線形素子
2 伸長ファイバモジュール
21 分割素子
22 第一の伸長ファイバ(シングルモードファイバ)
23 第二の伸長ファイバ(分散シフトファイバ)
24 合波素子
3 照射光学系
4 受光器
5 演算手段
53 測定プログラム
6 受け板
7 分岐素子
8 参照用受光器