(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】Sn系めっき鋼板
(51)【国際特許分類】
C25D 9/08 20060101AFI20230307BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20230307BHJP
C23C 28/00 20060101ALN20230307BHJP
【FI】
C25D9/08
C25D5/26 B
C23C28/00 C
(21)【出願番号】P 2021565257
(86)(22)【出願日】2019-12-19
(86)【国際出願番号】 JP2019049820
(87)【国際公開番号】W WO2021124510
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】山中 晋太郎
(72)【発明者】
【氏名】平野 茂
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-012857(JP,A)
【文献】特開2015-180782(JP,A)
【文献】国際公開第2019/168179(WO,A1)
【文献】中国特許第104357825(CN,B)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 9/00- 9/12
C25D 13/00-21/22
C23C 22/00-30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、
前記鋼板の少なくとも一方の面上に位置するSn系めっき層と、
前記Sn系めっき層の上に位置する皮膜層と、
を有し、
前記Sn系めっき層は、Snを、金属Sn換算にて、片面当たり0.10g/m
2以上15.00g/m
2以下含有し、
前記皮膜層は、ジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物を含有し、
前記皮膜層中における前記ジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr換算にて、片面当たり0.20mg/m
2以上50.00mg/m
2以下であり、
前記皮膜層中における前記マンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、前記ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.01倍以上0.50倍以下であり、
X線光電子分光法による深さ方向元素分析において、前記マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aが、前記ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bよりも、前記皮膜層の表面側に位置し、かつ、前記深さ位置Aと前記深さ位置Bとの間の深さ方向の距離が、
4nm以上であ
り、
前記皮膜層の表面において、前記X線光電子分光法による深さ方向元素分析における前記ジルコニウム酸化物の質量が、前記X線光電子分光法による深さ方向元素分析における前記マンガン酸化物の質量の0.01倍以下である、Sn系めっき鋼板。
【請求項2】
前記皮膜層中における前記ジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr換算にて、片面当たり1.00mg/m
2以上30.00mg/m
2以下である、請求項
1に記載のSn系めっき鋼板。
【請求項3】
前記皮膜層中における前記ジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr換算にて、片面当たり2.00mg/m
2以上10.00mg/m
2以下である、請求項1
又は2に記載のSn系めっき鋼板。
【請求項4】
前記皮膜層中における前記マンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、前記ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.05倍以上0.40倍以下である、請求項1~
3の何れか1項に記載のSn系めっき鋼板。
【請求項5】
前記皮膜層中における前記マンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、前記ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.10倍以上0.20倍以下である、請求項1~
4の何れか1項に記載のSn系めっき鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Sn系めっき鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
錫(Sn)系めっき鋼板は、「ブリキ」としてよく知られており、飲料缶や食缶などの缶用途その他に、広く用いられている。これは、Snが人体に安全であり、かつ、美麗な金属であることによる。このSn系めっき鋼板は、主に電気めっき法によって製造される。これは、比較的高価な金属であるSnの使用量を必要最小限の量に制御するには、溶融めっき法よりも電気めっき法が有利であることによる。Sn系めっき鋼板は、めっき後、又は、めっき後の加熱溶融処理により美麗な金属光沢が付与された後に、6価クロム酸塩の溶液を用いたクロメート処理(電解処理、浸漬処理など)によって、Sn系めっき層上にクロメート皮膜が施されることが多い。このクロメート皮膜の効果は、Sn系めっき層の表面の酸化を抑えることによる外観の黄変の防止、塗装されて使用される場合における錫酸化物の凝集破壊による塗膜密着性の劣化の防止、耐硫化黒変性の向上、などである。
【0003】
一方、近年、環境及び安全に対する意識の高まりから、最終製品に6価クロムが含まれないのみならず、クロメート処理自体を行わないことが求められている。しかしながら、クロメート皮膜がないSn系めっき鋼板は、上述の如く、錫酸化物の成長により外観が黄変したり塗膜密着性が低下したり、耐硫化黒変性が低下したりする。
【0004】
このため、クロメート皮膜に替わる皮膜処理が施されたSn系めっき鋼板が、いくつか提案されている。
【0005】
例えば、以下の特許文献1では、リン酸イオンとシランカップリング剤とを含有する化成処理液を用いた処理によって、PとSiを含有する化成皮膜を形成させた錫系めっき鋼板が提案されている。
【0006】
以下の特許文献2では、Al及びPと、Ni、Co及びCuのうちから選ばれた少なくとも1種とを含有する化成処理皮膜と、シランカップリング剤との反応物層とを有する錫めっき鋼板が提案されている。
【0007】
以下の特許文献3では、Snめっき上にZnを重層めっきした後、Zn単独めっき層が実質的に消失するまで加熱した、Snめっき鋼板の製造方法が提案されている。
【0008】
以下の特許文献4では、Snを含む表面処理層上にZr皮膜を付与した容器用鋼板が、以下の特許文献5では、Zr化合物皮膜層を有する容器用鋼板が、それぞれ提案されている。
【0009】
以下の特許文献6では、下地Ni層と、島状のSnめっき層と、酸化錫及びリン酸錫を含む化成処理層と、Zr含有皮膜層とを有する容器用鋼板が提案されている。
【0010】
以下の特許文献7では、錫めっき層の表面上に錫酸化物、並びに、Zr、Ti及びPを含有する皮膜を有する容器用鋼板が提案されている。特許文献7では、皮膜を形成するに当たり、陰極電解処理と陽極電解処理とを交互に行う交番電解を実施してもよいことも提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2004-060052号公報
【文献】特開2011-174172号公報
【文献】特開昭63-290292号公報
【文献】特開2007-284789号公報
【文献】特開2010-013728号公報
【文献】特開2009-249691号公報
【文献】国際公開第2015/001598号
【非特許文献】
【0012】
【文献】日本表面科学会編、「表面分析化学選書 X線光電子分光法」、丸善出版株式会社、1998年7月、P.83
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上記特許文献1~特許文献7で提案されているSn系めっき鋼板及びその製造方法では、経時による錫酸化物の成長を十分に抑制することができず、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性について改善の余地があった。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、従来のクロメート処理を行うことなく、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性に優れるSn系めっき鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、Sn系めっき鋼板の表面に、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層を形成させることで、クロメート処理を行わずに、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変により一層優れるSn系めっき鋼板を実現可能であることを見出した。
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0016】
(1)鋼板と、前記鋼板の少なくとも一方の面上に位置するSn系めっき層と、前記Sn系めっき層の上に位置する皮膜層と、を有し、前記Sn系めっき層は、Snを、金属Sn換算にて、片面当たり0.10g/m2以上15.00g/m2以下含有し、前記皮膜層は、ジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物を含有し、前記皮膜層中における前記ジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr換算にて、片面当たり0.20mg/m2以上50.00mg/m2以下であり、前記皮膜層中における前記マンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、前記ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.01倍以上0.50倍以下であり、X線光電子分光法による深さ方向元素分析において、前記マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aが、前記ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bよりも、前記皮膜層の表面側に位置し、かつ、前記深さ位置Aと前記深さ位置Bとの間の深さ方向の距離が、4nm以上であり、前記皮膜層の表面において、前記X線光電子分光法による深さ方向元素分析における前記ジルコニウム酸化物の質量が、前記X線光電子分光法による深さ方向元素分析における前記マンガン酸化物の質量の0.01倍以下である、Sn系めっき鋼板。
(2)前記皮膜層中における前記ジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr換算にて、片面当たり1.00mg/m2以上30.00mg/m2以下である、(1)に記載のSn系めっき鋼板。
(3)前記皮膜層中における前記ジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr換算にて、片面当たり2.00mg/m2以上10.00mg/m2以下である、(1)又は(2)に記載のSn系めっき鋼板。
(4)前記皮膜層中における前記マンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、前記ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.05倍以上0.40倍以下である、(1)~(3)の何れか1つに記載のSn系めっき鋼板。
(5)前記皮膜層中における前記マンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、前記ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.10倍以上0.20倍以下である、(1)~(4)の何れか1つに記載のSn系めっき鋼板。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように本発明によれば、従来のクロメート処理を行うことなく、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性に優れるSn系めっき鋼板を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態に係るSn系めっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係るSn
系めっき鋼板のSn系めっき層及び皮膜層のX線光電子分光法によって測定された厚み方向(深さ方向)の元素濃度プロファイルの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
なお、本明細書において、「工程」という用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されるのであれば、本用語に含まれる。本明細書において、「鋼板」という用語は、Sn系めっき層及び皮膜層を形成する対象の母材鋼板(いわゆるめっき原板)を意味する。
【0020】
また、以下で説明する本発明は、食缶、飲料缶などの缶用途その他に広く用いられるSn系めっき鋼板に関するものである。より詳細には、従来のクロメート処理を行うことなく、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性により一層優れるSn系めっき鋼板に関するものである。
【0021】
<1. Sn系めっき鋼板>
まず、本実施形態に係るSn系めっき鋼板について、
図1を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態に係るSn系めっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
【0022】
図1に模式的に示したように、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1は、鋼板(母材鋼板)10と、鋼板10の少なくとも一方の面上に位置するSn系めっき層20と、Sn系めっき層20の上に位置する皮膜層30とを有する。Sn系めっき層20は、Snを、金属Sn換算にて、片面当たり0.10g/m
2以上15.00g/m
2以下含有し、皮膜層30は、ジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物を含有し、皮膜層30中におけるジルコニウム酸化物の含有量が、金属Zr換算にて、片面当たり0.20mg/m
2以上50.00mg/m
2以下であり、皮膜層30中におけるマンガン酸化物の金属Mn換算の含有量が、ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.01倍以上0.50倍以下であり、X線光電子分光法による深さ方向元素分析において、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aが、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bよりも、皮膜層の表面側に位置し、かつ、深さ位置Aと深さ位置Bとの間の深さ方向の距離が、2nm以上である。
【0023】
(1.1 鋼板)
本実施形態に係るSn系めっき鋼板1の母材として用いられる鋼板10は、特に規定されるものではなく、一般的な容器用のSn系めっき鋼板に用いられている鋼板であれば、任意のものを使用可能である。このような鋼板10として、例えば、低炭素鋼や極低炭素鋼などが挙げられる。
【0024】
(1.2 Sn系めっき層20)
上記のような鋼板10の少なくとも片面には、Sn系めっきが施されて、Sn系めっき層20が生成される。かかるSn系めっき層20によって、鋼板10の耐食性は向上する。なお、本明細書における「Sn系めっき層」とは、金属Snによるめっきだけでなく、金属Snと金属Feの合金や、金属Ni、また、金属Sn以外の微量元素及び不純物の少なくとも一方とを含有したSn系めっき層も含む。
【0025】
本実施形態に係るSn系めっき層20において、片面当たりのSn含有量は、金属Sn量(すなわち金属Sn換算量)として、0.10g/m2以上15.00g/m2以下である。Sn系めっき層20の片面当たりの含有量が金属Sn量で0.10g/m2未満である場合には、耐食性に劣り、好ましくない。片面当たりのSnの含有量は、好ましくは、金属Sn量で、1.0g/m2以上である。一方、Sn系めっき層20の片面当たりの含有量が金属Sn量で15.00g/m2を超える場合、金属Snによる耐食性の向上効果は十分であり、更なる増加は経済的な観点から好ましくない。また、塗膜密着性も低下する傾向にある。片面当たりのSnの含有量は、好ましくは、金属Sn量で、13.00g/m2以下である。
【0026】
ここで、Sn系めっき層の金属Sn量(つまり、Sn系めっき層の片面当たりのSnの含有量)は、例えば、JIS G 3303に記載された電解法、又は蛍光X線法によって測定された値とする。あるいは、例えば、次の方法でもSn系めっき層中の金属Sn量を求めることが出来る。皮膜層が形成されていない試験片を準備する。その試験片を10%硝酸に浸漬して、Sn系めっき層を溶解し、得られた溶解液中のSnをICP発光分析法(高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法)により、例えば装置としてアジレント・テクノロジー社製799ce(キャリアガスにArを使用)を用いて、求める。そして、分析で得た強度信号と、濃度が既知の溶液から作成した検量線と、試験片のSn系めっき層の形成面積とに基づいて、金属Sn量を求めることが出来る。あるいは、皮膜層が形成されている試験片の場合は、GDS(グロー放電発光分光法)を用いた検量線法にて、金属Sn量を求めることが出来、その方法は例えば、次の通りである。金属Sn量が既知であるめっき試料(基準試料)を用い、GDSにより基準試料中における金属Snの強度信号およびスパッタ速度との関係を予め求め、検量線を作っておく。この検量線をもとに、金属Sn量が未知の試験片の強度信号、スパッタ速度から金属Snの量を求めることが出来る。ここで、Sn系めっき層は、Sn系めっき鋼板を表面から深さ方向に分析する際に、Zrの強度信号が、Zrの強度信号の最大値の1/2になる深さから、Feの強度信号が、Feの強度信号の最大値の1/2になる深さまでの部分と定義する。測定精度及び迅速性の観点からは、工業的には蛍光X線法による測定が好ましい。
【0027】
(1.3 皮膜層30)
上述したようにSn系めっき層20上には、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層30が形成されている。本実施形態に係るSn系めっき鋼板1は、Sn系めっき層20の表面に、上記のようなジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とが後述する量的関係で共存する皮膜層30を有することで、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性をより一層向上させることができる。なお、ジルコニウム酸化物又はマンガン酸化物のみの皮膜層では、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性を十分に改善出来ない。この理由は定かではないが、本発明者らの詳細な調査により以下のように考えている。
【0028】
従来のSn系めっき層の表面には、錫酸化物が存在し、経時により錫酸化物量が増加することで耐黄変性や塗膜密着性が低下するようになり、また耐硫化黒変性も低下する。
【0029】
Sn系めっき層の表面にマンガン酸化物を含まずジルコニウム酸化物を含む皮膜が存在する場合、ジルコニウム酸化物層自体のバリア性によって、経時による錫酸化物の増加速度が抑制される傾向にある。しかしながら、製造工程上、ジルコニウム酸化物を有する皮膜層中は、錫酸化物が含む不均質な皮膜であるため、脆い錫酸化物に存在する微細な割れの部分を酸素及び硫黄が透過してSn系めっき表面に到達し、次第に錫酸化物及び硫化錫が増加してしまう。
【0030】
一方、Sn系めっき層の表面にジルコニウム酸化物を含まずマンガン酸化物を含む皮膜が存在する場合は、マンガン酸化物とSn系めっきの密着性が不十分であるため、塗膜密着性が低下する。
【0031】
しかしながら、Sn系めっき層20の表面に、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の両方を含む皮膜層30が存在する場合、皮膜層30中に含まれる錫酸化物がマンガン酸化物によって還元され錫酸化物が減少する。更に、マンガン酸化物が更なる高酸化数の酸化物となることによって、バリア性の高い皮膜が形成され、酸素及び硫黄の透過を抑制して、錫酸化物及び硫化錫の生成を低減する。その結果、耐黄変性や塗膜密着性が向上するとともに、耐硫化黒変性も向上する。
【0032】
上述の効果を実現するには、片面当たり金属Zr量で0.20mg/m2以上50.00mg/m2以下のジルコニウム酸化物が、皮膜層30中に必要である。ジルコニウム酸化物の含有量が、金属Zr量で0.20mg/m2に満たない場合には、ジルコニウム酸化物のバリア性が不十分で、耐黄変性、塗膜密着性、耐硫化黒変性が向上しない。片面当たりのジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr量で、1.00mg/m2以上であることが好ましく、2.00mg/m2以上であることがより好ましい。一方、片面当たりのジルコニウム酸化物の含有量が、金属Zr量で50.00mg/m2を超える場合は、ジルコニウム酸化物が過剰なために、塗膜密着性を劣化させる。片面当たりのジルコニウム酸化物の含有量は、金属Zr量で、30.00mg/m2以下であることが好ましく、10.00mg/m2以下であることがより好ましい。
【0033】
また、上述の効果を実現するには、更に、皮膜層30中におけるマンガン酸化物の金属Mn換算の含有量が、ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.01倍以上0.50倍以下であることが必要である。ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、片面当たりのマンガン酸化物の量が、金属Mn量で1/100に満たない場合は、皮膜中に含まれる錫酸化物の還元、及び、マンガン酸化物の更なる酸化が不十分で、耐黄変性や塗膜密着性、耐硫化黒変性を十分に向上出来ない。皮膜層30中におけるマンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.05倍以上であることが好ましく、0.10倍以上であることがより好ましい。一方、ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、片面当たりのマンガン酸化物の量が、金属Mn量で1/2を超える場合は、マンガン酸化物が過剰となり、脆化しやすくなるために塗膜密着性が劣る。皮膜層30中におけるマンガン酸化物の金属Mn換算の含有量は、ジルコニウム酸化物の金属Zr換算の含有量に対し、質量基準で、0.40倍以下であることが好ましく、0.20倍以下であることがより好ましい。
【0034】
また、皮膜層30において、マンガン酸化物は、皮膜層30の表面側に濃化していること(すなわち、皮膜層30の表面付近のマンガン酸化物濃度が、皮膜層30のSn系めっき層20との界面付近のマンガン酸化物濃度よりも大きいこと)が必要である。
【0035】
これにより、マンガン酸化物によるバリア効果が十分に発揮されるために、耐黄変性、耐硫化黒変性、塗装後耐食性がより一層向上する。また、皮膜層30とSn系めっき層20の界面におけるマンガン酸化物の量が少ないことから、塗膜密着性もより一層向上する。
【0036】
このような状態としては、具体的には、例えば、皮膜層30を深さ方向にX線光電子分光法(XPS)により分析した際に、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置A(換言すれば、Mn元素の検出強度が最大となる位置)が、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大となる深さ位置B(換言すれば、Zr元素の検出強度が最大となる位置)よりも、皮膜層30の表面側に位置し、かつ、深さ位置Aと深さ位置Bとの間の深さ方向の距離が、2nm以上である必要がある。
【0037】
図2は、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1のSn系めっき層20及び皮膜層30の厚み方向(深さ方向)の元素濃度プロファイルの一例を示す図である。
図2に示す元素濃度プロファイルは、XPSの深さ方向の分析により、皮膜層30の表面からSn系めっき層20を経て鋼板10の表面までの元素濃度の分布を測定したものである。
図2においては、横軸の「スパッタ深さ」が0の位置が皮膜層30の表面である。
図2における「スパッタ深さ」の値は、「深さ位置」と同義である。
【0038】
図2に示す例においては、深さ位置Aはスパッタ深さ0nmの位置であり、深さ位置Bはスパッタ深さ4.0nmの位置である。この
図2の例を
図1に即して説明すると、深さ位置Aは、皮膜層30の表面(
図1においては皮膜層30の上面)に位置し、深さ位置Bは、皮膜層30の表面から深さ方向に4nm離れた箇所(
図1においては皮膜層30の上面から下方に4nm離れた箇所)に位置する。すなわち、
図2に示す例においては、深さ方向AとBとの間の距離は、4nmとなっている。
【0039】
この場合、通常、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層30の表面側において、質量基準にて、マンガン酸化物の方がジルコニウム酸化物よりも多く存在することとなる。これら深さ方向AとBと深さ位置が2nm以上離れているということは、マンガン酸化物が皮膜層30の表面側においてジルコニウム酸化物よりも濃化していることを意味する。このため、皮膜層30の表面において濃化しているマンガン酸化物が、更なる高酸化数の酸化物となることによって、バリア性の高い皮膜となる。このマンガン酸化物からなる皮膜は酸素及び硫黄の透過を抑制するため、Sn系めっき層における錫酸化物及び硫化錫の生成が抑制される。このため、Sn系めっき層における耐黄変性や塗膜密着性を向上させるとともに、耐硫化黒変性も向上させる。
【0040】
なお、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大となる深さ位置Aは、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大となる深さ位置Bよりも、4nm以上、皮膜層の表面側に位置することが好ましい。これら深さ位置が4nm以上離れていることにより、皮膜層30の表面におけるマンガン酸化物の濃化がより顕著となり、マンガン酸化物からなる皮膜は、更なるバリア機能を発揮する。ここで、深さ位置の離隔距離の上限値は、特に規定するものではなく、離れていれば離れているほど好ましいが、実質的な上限値は、15nm程度となる。
【0041】
皮膜層30中におけるジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物の分布は、皮膜層30を表面側からX線光電子分光法(XPS)により分析することにより特定及び定量できる。具体的には、皮膜層30中におけるジルコニウム酸化物は、X線光電子分光法により得られる元素濃度プロファイルにおいて、金属Zrの結合エネルギーのピーク位置よりも高エネルギー側に3.0eV以上4.0eV以下離れた位置にある、Zr 3d5/2の結合エネルギーのピークに基づき特定される。また、皮膜層30中におけるマンガン酸化物は、X線光電子分光法により得られる元素濃度プロファイルにおいて、金属Mnの結合エネルギーのピーク位置よりも高エネルギー側に1.5eV以上3.5eV以下離れて存在する、Mn 2p3/2の結合エネルギーのピークに基づき特定される。
【0042】
なお、上記Zr 3d2/5やMn 2p3/2とは、Zr又はMnの中の電子のエネルギー準位を表しており、例えば、非特許文献1のP.83に記載されている、Snの中の電子のエネルギー準位の表現と同様に解釈される。
【0043】
ここで、上述した測定方法により、ジルコニウム酸化物に関する「金属Zrの結合エネルギーのピーク位置よりも高エネルギー側に3.0eV以上4.0eV以下離れた位置にあるZr 3d5/2の結合エネルギーのピーク」、及び、マンガン酸化物に関する「金属Mnの結合エネルギーのピーク位置よりも高エネルギー側に1.5eV以上3.5eV以下離れて存在するMn 2p3/2の結合エネルギーのピーク」が測定されれば、皮膜層30には、その他の構造のジルコニウム酸化物やマンガン酸化物、あるいは、酸化物以外の化合物が含まれていても問題ない。
【0044】
図2に示すように、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1は、金属Snを含むSn系めっき層20の表面に、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とが共存した皮膜層30が存在していることがわかる。
【0045】
なお、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層30は、両者の混合状態であっても酸化物の固溶体であってもよく、その存在状態を問わない。また、皮膜層30中に、Fe、Ni、Cr、Ca、Na、Mg、Al、Si等のような、いかなる元素が含まれていても何ら問題ない。
【0046】
皮膜層30において、ジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)及びマンガン酸化物の含有量(金属Mn量)は、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1を、例えば、フッ酸と硫酸などの酸性溶液に浸漬して溶解し、得られた溶解液を高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分析法などの化学分析によって測定された値とする。あるいは、皮膜層30におけるジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)及びマンガン酸化物の含有量(金属Mn量)は、蛍光X線測定によって求めても構わない。測定精度及び迅速性の観点からは、工業的には蛍光X線法による測定が好ましい。
【0047】
以上説明した本実施形態に係るSn系めっき鋼板1は、Sn系めっき層20上に所定量のジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物を含有する皮膜層30を有している。そして、皮膜層20中におけるマンガン酸化物の含有量がジルコニウム酸化物の含有量に対して所定量の範囲内にあり、更に、XPSによる深さ方向元素分析において、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aが、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bよりも、皮膜層30の表面側に位置し、かつ、深さ位置Aと深さ位置Bとの間の深さ方向の距離が、2nm以上となっている。このため、マンガン酸化物が皮膜層30付近に存在する錫酸化物を還元して錫酸化物が減少する一方、マンガン酸化物が更なる高酸化数の酸化物となることによってバリア性の高い皮膜を形成し、酸素及び硫黄の透過を抑制する。そして、皮膜層30中のジルコニウム酸化物によるバリア性とも相まって、錫酸化物及び硫化錫の生成を低減し、耐黄変性や塗膜密着性を向上するとともに、耐硫化黒変性も向上させる。
【0048】
また、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1は、上記のようなSn系めっき層20及び皮膜層30を有するSn系めっき鋼板の表面に、公知の皮膜が形成されていても何ら問題ない。このような皮膜の例としては、例えば、P系化合物、Al系化合物などによる各種化成処理皮膜を挙げることが出来る。ただし、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1には、クロメート処理が施されていないことが好ましい。したがって、本実施形態に係るSn系めっき鋼板1は、クロメート層を有しないことが好ましい。
【0049】
更に、Sn系めっき鋼板1は、片面のみにSn系めっき層20を有するものとして説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、Sn系めっき鋼板1は、両面にSn系めっき層20を有していてもよい。この場合、少なくとも一方のSn系めっき層20上にのみ上述した皮膜層30を有してもよい。更に、Sn系めっき鋼板1は、一方の面にSn系めっき層20を有し、他方の面にSn系めっき層20以外の各種の皮膜を有していてもよい。
【0050】
<2. Sn系めっき鋼板の製造方法>
本実施形態に係るSn系めっき鋼板は、いかなる方法により製造されてもよいが、例えば、以下に説明するSn系めっき鋼板の製造方法により、製造することができる。
【0051】
本実施形態に係るSn系めっき鋼板1の製造方法は、鋼板10の少なくとも一方の表面上にSn系めっき層20を形成する工程と、Sn系めっき層20上にジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物を含有する皮膜層30を形成する工程と、を有する。以下、詳細に説明する。
【0052】
(2.1 鋼板の準備)
まず、Sn系めっき鋼板1の母材となる鋼板10を準備する。用いる鋼板の製造方法や材質は、特に規定されるものではなく、例えば、鋳造から熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、調質圧延等の工程を経て製造されたものを用いることができる。
【0053】
(2.2 Sn系めっき層の形成)
次いで、鋼板の少なくとも一方の表面上に、Sn系めっき層(Snめっき)を形成する。Sn系めっきを鋼板表面に施す方法は、特に規定するものではないが、公知の電気めっき法が好ましく、電気めっき法としては、例えば、周知のフェロスタン浴、ハロゲン浴、アルカリ浴などを用いた電解法を利用することができる。なお、溶融したSnに鋼板を浸漬することでSn系めっきする、溶融法を用いてもよい。
【0054】
また、Sn系めっき後に、Sn系めっき層を有する鋼板をSnの融点である231.9℃以上に加熱する加熱溶融処理を施しても構わない。この加熱溶融処理によって、Sn系めっき層の表面に光沢が出るとともに、Sn系めっき層と鋼板の間に、SnとFeとの合金層が形成され、耐食性や密着性が更に向上する。
【0055】
(2.3 皮膜層の形成)
次に、Sn系めっき層の表面の少なくとも一部に、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層を形成する。これにより、本実施形態に係るSn系めっき鋼板が得られる。
【0056】
ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層は、ジルコニウムイオン及びマンガンイオンを含む浸漬浴中にSn系めっき鋼板を浸漬処理する、又は、ジルコニウムイオン及びマンガンイオンを含む陰極電解液中で陰極電解処理を行うことにより、Sn系めっき層の表面に形成することができる。ただし、浸漬処理では、下地であるSn系めっき層の表面がエッチングされることでジルコニウム酸化物とマンガン酸化物を含有する皮膜層が形成される。そのため、Sn系めっき層の付着量が不均一になりやすく、また、処理時間も長くなるため、工業生産的には不利である。一方、陰極電解処理では、強制的な電荷移動及び鋼板界面での水素発生による表面清浄化とpH上昇による付着促進効果も相まって、均一な皮膜を得ることができる。更に、この陰極電解処理は、陰極電解液中に硝酸イオンとアンモニウムイオンとが共存することにより、数秒から数十秒程度の短時間処理が可能である。そのため、陰極電解処理は、工業的には極めて有利である。
【0057】
従って、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層の形成には、陰極電解処理による方法を利用することが好ましい。
【0058】
陰極電解処理を実施する陰極電解液中のジルコニウムイオンの濃度は、生産設備、生産速度(能力)などに応じて適宜調整すればよい。例えば、ジルコニウムイオン濃度は、100ppm以上4000ppm以下であることが好ましい。マンガンイオンの濃度は、ジルコニウムイオン濃度の0.07倍以上2.50倍以下とすることが好ましい。マンガンイオンの濃度を前記の範囲とすることで、ジルコニウム酸化物(金属Zr)の付着量を上述した範囲となるように皮膜層を形成することにより、マンガン酸化物(金属Mn)の付着量も、上述した範囲内となる。
【0059】
また、ジルコニウムイオンとマンガンイオンを含む溶液中には、フッ素イオン、アンモニウムイオン、硝酸イオン、硫酸イオン、塩化物イオンなどの他の成分が含まれていても何ら問題ない。
【0060】
陰極電解液中のジルコニウムイオンの供給源は、例えば、H2ZrF6のようなジルコニウム錯体を使用できる。上記のようなZr錯体中のZrは、陰極電極界面におけるpHの上昇によりZr4+となって陰極電解液中に存在する。このようなジルコニウムイオンは、陰極電解液中で更に反応し、ジルコニウム酸化物となる。マンガンイオンの供給源は、例えば、硫酸マンガンや硝酸マンガン、塩化マンガンなどを挙げることが出来る。
【0061】
また、陰極電解処理する際の陰極電解液の溶媒としては、例えば、蒸留水等の水を使用することができる。ただし、溶媒は、蒸留水等の水に規定されるものではなく、溶解する物質、形成方法等に応じて、適宜選択することが可能である。
【0062】
なお、陰極電解液のpHを調整したり電解効率を上げたりするために、陰極電解液中に、例えば硝酸、アンモニア水等を添加してもよい。
【0063】
ここで、陰極電解処理する際の陰極電解液の液温は、特に規定するものではないが、例えば、10℃以上50℃以下の範囲とすることが好ましい。50℃以下で陰極電解を行うことにより、非常に細かい粒子により形成された、緻密で均一な皮膜層の組織の形成が可能となる。一方、液温が10℃未満である場合には、皮膜の形成効率が悪く、夏場など外気温が高い場合に溶液の冷却が必要となり、経済的ではないだけでなく、その陰極電解液の組成によっては耐硫化黒変性が低下する場合がある。また、液温が50℃を超える場合には、その陰極電解液の組成によっては形成される皮膜が不均一であり、欠陥、割れ、マイクロクラック等が発生して緻密な皮膜形成が困難となり、腐食等の起点となる場合がある。
【0064】
また、陰極電解液のpHは、特に規定するものではないが、3.0以上5.0以下であることが好ましい。pHが3.0未満であれば、陰極電解処理の他の条件によっては皮膜の生成効率が低下する場合があり、pHが5.0超であれば、陰極電解液の組成によっては陰極電解液中に沈殿が多量に発生し、連続生産性に劣る。
【0065】
また、陰極電解処理する際の電流密度は、例えば、0.05A/dm2以上50.00A/dm2以下にすることが好ましい。電流密度が0.05A/dm2未満である場合には、陰極電解処理の他の条件によっては皮膜の形成効率の低下を招き、疎な皮膜となり耐黄変性および耐硫化黒変性が低下する場合がある。電流密度が50.00A/dm2を超える場合には、陰極電解処理の他の条件によっては水素発生が過剰となり、粗大なジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物が形成され、耐黄変性及び塗膜密着性、耐硫化黒変性が劣る場合がある。より好ましい電流密度の範囲は、1.00A/dm2以上10.00A/dm2以下である。
【0066】
なお、皮膜層の形成に際して、陰極電解処理の時間は、特に限定されない。狙いとする皮膜層中のジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)に対し、電流密度に応じて、陰極電解処理の時間を適宜調整すればよい。また、陰極電解処理する際の通電パターンとしては、連続通電であっても断続通電であっても何ら問題はない。
【0067】
また、皮膜層を深さ方向にX線光電子分光法により分析した際に、マンガン酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置が、ジルコニウム酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置よりも2nm以上前記皮膜層の表層側に存在するためには、陰極電解処理後に、浸漬処理又はスプレー処理による水洗を2~10秒間行う必要がある。
【0068】
この水洗によって、マンガン酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置が、ジルコニウム酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置よりも皮膜層の表面側に存在しやすくなる。このメカニズムについては、陰極電解後の低pHの陰極電解液を十分に水洗除去することにより、皮膜層の表面に析出したMn酸化物が、皮膜層に付着した陰極電解液に溶解することを、抑制していると推定される。また、水洗により皮膜層の表面に付着したジルコニウム酸化物を除去する効果があると推定される。水洗時間が2秒未満であれば、Mnを皮膜層の表面において濃化させるには不十分である。一方、水洗時間が10秒超であれば、Mnの表層濃化はすでに十分であり、工業生産上の生産性を低下させるのみである。
【0069】
なお、上記の水洗時間は、3秒以上であることが好ましく、4秒以上であることがより好ましい。水洗時間が3秒以上であることで、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aと、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bとを、より確実に2nm以上に離隔させることが可能となる。また、水洗時間が4秒以上であることで、歩留まりを低下させることなく、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aと、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bとを、より確実に4nm以上に離隔させることが可能となる。
【0070】
また、水洗時間は、8秒以下であることが好ましく、6秒以下であることが特に好ましい。水洗時間が8秒以下であることで、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aと、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bとを、より確実に2nm以上に離隔させることが可能となる。また、水洗時間が6秒以下であることで、歩留まりを低下させることなく、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aと、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bとを、4nmに離隔させることが可能となる。
【0071】
以上、一段階の陰極電解処理又は浸漬処理により皮膜層を形成する方法を説明した。しかしながら、本発明において、皮膜層の形成方法は上記方法のみに限定されず、複数段の陰極電解処理により皮膜層を形成することが好ましい。
【0072】
例えば、本工程は、(a)Sn系めっき鋼板をジルコニウムイオンを含む第1の浴中に浸漬する、又は、Sn系めっき鋼板について第1の浴中で陰極電解処理を行う第1の処理と、次いで、(b)Sn系めっき鋼板をマンガンイオンを含む第2の浴中に浸漬する、又は、Sn系めっき鋼板について第2の浴中で陰極電解処理を行う第2の処理と、を有することが好ましい。
【0073】
これにより、皮膜層を深さ方向にX線光電子分光法により分析した際に、表面におけるマンガン酸化物に対するジルコニウム酸化物の存在比率が、質量基準で0~0.01である皮膜層を実現できる。すなわち、第1の処理において、Sn系めっき層付近にジルコニウム酸化物を主体とした層を形成し、更に、第2の処理において、ジルコニウム酸化物を主体とした層上に、マンガン酸化物を主体とした層を形成することができる。皮膜層は、ジルコニウム酸化物を含む膜とマンガン酸化物を含む膜とが積層した構成となるため、皮膜層の表面におけるジルコニウム酸化物の生成が防がれ、マンガン酸化物からなるバリア性の高い皮膜で覆われた構成となる。すなわち、皮膜層において、ジルコニウム酸化物及びマンガン酸化物の濃度勾配が、厚さ方向に生じることとなる。従って、上記のような第1の処理及び第2の処理を組み合わせることにより、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含有する皮膜層において、皮膜層の表面側からマンガン酸化物、ジルコニウム酸化物の順に多く存在する皮膜層を形成させることも可能となる。
【0074】
また、このように陰極電解処理を複数回の段階で行うことにより、皮膜層は、ジルコニウム酸化物を含む膜とマンガン酸化物を含む膜とが積層した構成となる。そのため、皮膜層の厚さ方向において、マンガン酸化物として存在するMnの元素濃度が最大である深さ位置Aと、ジルコニウム酸化物として存在するZrの元素濃度が最大である深さ位置Bとを、より一層確実に4nm以上に離隔させることができる。
【0075】
第1の処理において、用いるジルコニウムイオンを含む第1の浴(第1の陰極電解液)中のジルコニウムイオンの濃度は、生産設備、生産速度(能力)などに応じて適宜調整すればよい。例えば、ジルコニウムイオン濃度は、100ppm以上4000ppm以下であることが好ましい。
【0076】
また、第1の浴は、形成される皮膜層中においてジルコニウム酸化物の濃度を大きくするために、マンガンイオンを含まないか、マンガンイオンの含有量が小さいことが好ましい。具体的には、第1の浴中におけるマンガンイオン濃度は、10ppm以下であることが好ましい。
【0077】
第1の浴のその他の成分や、第1の処理の各種条件については、上述した陰極電解処理と同様とすることができるため、説明を省略する。
【0078】
第2の処理において、用いるマンガンイオンを含む第2の浴(第2の陰極電解液)中のマンガンイオンの濃度は、生産設備、生産速度(能力)などに応じて適宜調整すればよい。マンガンイオンの濃度は30ppm以上10000ppm以下であることが好ましい。
【0079】
また、第2の浴は、形成される皮膜層中においてマンガン酸化物の濃度を大きくするために、マンガンイオンを含まないか、ジルコニウムイオンの含有量が小さいことが好ましい。具体的には、第2の浴中におけるジルコニウムイオン濃度は、100ppm以下であることが好ましい。
【0080】
第2の浴のその他の成分や、第2の処理の各種条件については、上述した陰極電解処理と同様とすることができるため、説明を省略する。また、第1の処理と第2の処理の後には、それぞれ水洗処理をしてもかまわない。
【0081】
以上のようにして、本実施形態に係るSn系めっき鋼板を製造することができる。なお、上記の各工程後、周知の処理、例えば洗浄等を適宜行ってもよい。
【実施例】
【0082】
続いて、実施例を示しながら、本発明に係るSn系めっき鋼板について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、あくまでも本発明に係るSn系めっき鋼板の一例にすぎず、本発明に係るSn系めっき鋼板が下記の例に限定されるものではない。
【0083】
<1.試験材の作製方法>
試験材の標準的な作製方法について説明する。なお、後述する各例の試験材は、この試験材の作製方法に準じて作製した。
【0084】
まず、板厚0.2mmの低炭素冷延鋼板に対し、前処理として、電解アルカリ脱脂、水洗、希硫酸浸漬酸洗、水洗した後、フェノールスルホン酸浴を用いて電気Sn系めっきを施し、更にその後、加熱溶融処理をした。これらの処理を経て、鋼板の両面にSn系めっき層を形成した。Sn系めっき層の付着量は、片面当たり約2.8g/m2を標準とした。Sn系めっき層の付着量は、通電時間を変えることで調整した。
【0085】
次に、Sn系めっき層を形成した鋼板を、フッ化ジルコニウムと硝酸マンガンを含む水溶液(陰極電解液)中で陰極電解処理し、Sn系めっき層の表面にジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含む皮膜層を形成した。陰極電解液の液温は35℃とし、かつ、陰極電解液のpHは3.0以上5.0以下となるように調整し、陰極電解処理の電流密度及び陰極電解処理時間を、狙いとする皮膜層中のジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)に応じて適宜調整した。
【0086】
<2.評価方法>
このように作製したSn系めっき鋼板について、以下に示す種々の評価をした。
【0087】
[Sn系めっき層の片面当たりの付着量(Sn系めっき層の金属Sn量)]
Sn系めっき層の片面当たりの付着量(Sn系めっき層の金属Sn量)を、次の通り測定した。金属Snの含有量が既知である複数のSn系めっき層付き鋼板の試験片を準備する。次に、各試験片について、蛍光X線分析装置(リガク社製ZSX Primus)により、試験片のSn系めっき層の表面から、金属Snに由来する蛍光X線の強度を事前に測定する。そして、測定した蛍光X線の強度と金属Sn量との関係を示した検量線を準備しておく。その上で、測定対象となるSn系めっき鋼板について、皮膜層を除去し、皮膜層が形成されておらず、Sn系めっき層を露出させた試験片を準備する。このSn系めっき層を露出させた表面を蛍光X線装置により、金属Snに由来する蛍光X線の強度を測定する。得られた蛍光X線強度と予め準備した検量線とを利用することで、Sn系めっき層の片面当たりの付着量(つまり、金属Snの含有量)を算出した。
【0088】
なお、測定条件は、X線源Rh、管電圧50kV、管電流60mA、分光結晶LiF1、測定径30mmとした。
【0089】
[皮膜層中のジルコニウムとマンガンの存在形態]
皮膜層中のZr及びMnがそれぞれ、ジルコニウム酸化物、マンガン酸化物として存在していることを確認するために、皮膜層の表面に対して、XPS(ULVAC-PHI製PHI Quantera SXM)による測定を実施し、皮膜層中におけるジルコニウム酸化物のZr 3d5/2、及び、Mn 2p3/2の結合エネルギーのピーク位置を調べた。測定条件は、X線源mono-AlKα線(hν=1466.6eV、100.8W)、X線径100μmφ、検出深さ数nm(取出し角45°)、分析範囲1400×100μmとした。そして、Zr 3d5/2の結合エネルギーのピーク位置が金属Zrの結合エネルギーのピーク位置(=484.9eV)よりも高エネルギー側に3.0eV以上4.0eV以下離れた位置であれば、ジルコニウムは酸化物として存在していると定義した。また、Mn 2p3/2の結合エネルギーのピーク位置が金属Mnの結合エネルギーのピーク位置よりも高エネルギー側に1.5eV以上3.5eV以下離れた位置であれば、マンガンは酸化物として存在していると定義した。
【0090】
[皮膜層のジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)]
皮膜層中のジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)は、Sn系めっき層の片面当たりの付着量(Sn系めっき層の金属Sn量)の測定方法に準じて測定した。つまり、測定対象となるSn系めっき鋼板の試験片を準備する。この試験片の皮膜層の表面を蛍光X線分析装置(リガク社製ZSX Primus)により、金属Zrに由来する蛍光X線の強度を測定する。得られた蛍光X線強度と予め準備した金属Zrに関する検量線とを利用することで、皮膜層中のジルコニウム酸化物の含有量(金属Zr量)を算出した。
【0091】
[皮膜層のマンガン酸化物の含有量(金属Mn量)]
皮膜層中のマンガン酸化物の含有量(金属Mn量)は、Sn系めっき層の片面当たりの付着量(Sn系めっき層の金属Sn量)の測定方法に準じて測定した。つまり、測定対象となるSn系めっき鋼板の試験片を準備する。この試験片の皮膜層の表面を蛍光X線分析装置(リガク社製ZSX Primus)により、金属Mnに由来する蛍光X線の強度を測定する。得られた蛍光X線強度と予め準備した金属Zrに関する検量線とを利用することで、皮膜層中のマンガン酸化物の含有量(金属Mn量)を算出した。
【0092】
[ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の皮膜層中での分布]
ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の皮膜層中での分布は、XPS(ULVAC-PHI製PHI Quantera SXM)により測定した。具体的には、測定対象となるSn系めっき鋼板の試験片を準備する。この試験片の皮膜層の表面から、XPS(ULVAC-PHI製PHI Quantera SXM)による厚み方向(深さ方向)の分析を実施し、錫酸化物として存在するSn、金属Snとして存在するSn、ジルコニウム酸化物として存在するZr、金属Zrとして存在するZr、マンガン酸化物として存在するMn、金属Mnとして存在するMn、の各元素濃度の合計が100%となるように、各酸化物及び金属の元素マンガン酸化物の元素濃度を求めた。
【0093】
なお、測定条件は、X線源mono-AlKα線(hν=1466.6eV、100.8W)、X線径100μmφ、検出深さ数nm(取出し角45°)、分析範囲1400×100μm、中和銃1.0V,20μA、スパッタ条件Ar+、加速電圧1kV、スパッタ速度1.5nm/min(SiO2換算値)とした。上記のXPS測定において、マンガン酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置が、ジルコニウム酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置よりも4nm以上皮膜層の表面側に存在する場合を「A」と記載し、2nm以上4nm未満皮膜層の表面側に存在する場合を「B」と記載し、そうでない場合を「C」と記載した。
【0094】
[耐黄変性]
Sn系めっき鋼板の試験材を、40℃、相対湿度80%に保持した恒温恒湿槽中に4週間載置する湿潤試験を行い、湿潤試験前後における色差b*値の変化量△b*を求めて、評価した。△b*が1以下であれば「A」とし、1超過2以下であれば「B」とし、2超過3以下であれば「C」とし、3を超過していれば「NG」とした。評価「A」、「B」及び「C」を合格とした。b*は、市販の色差計であるスガ試験機製SC-GV5を用いて測定した。b*の測定条件は、光源C、全反射、測定径30mmである。
【0095】
[塗膜密着性]
塗膜密着性は、以下のようにして評価した。
Sn系めっき鋼板の試験材を、[耐黄変性]に記載の方法で湿潤試験した後、表面に、市販の缶用エポキシ樹脂塗料を乾燥質量で7g/m2塗布し、200℃で10分焼き付け、24時間室温に置いた。その後、得られたSn系めっき鋼板に対し、鋼板表面に達する傷を碁盤目状に入れ(3mm間隔で縦横7本ずつの傷)、その部位のテープ剥離試験をすることで評価した。テープ貼り付け部位の塗膜が全て剥離していなければ「A」とし、碁盤目の傷部周囲で塗膜剥離が認められれば「B」とし、碁盤目の枡内に塗膜剥離が認められれば「NG」とした。評価「A」及び「B」を合格とした。
【0096】
[耐硫化黒変性]
耐硫化黒変性は、以下のようにして評価した。
上記[耐黄変性]に記載の方法で作製及び湿潤試験したSn系めっき鋼板の試験材の表面に、市販の缶用エポキシ樹脂塗料を乾燥質量で7g/m2塗布した後、200℃で10分焼き付け、24時間室温に置いた。その後、得られたSn系めっき鋼板を所定のサイズに切断し、リン酸二水素ナトリウムを0.3%、リン酸水素ナトリウムを0.7%、L-システイン塩酸塩を0.6%からなる水溶液中に浸漬し、密封容器中で121℃・60分のレトルト処理を行い、試験後の外観から評価した。試験前後で外観の変化が全く認められなければ「A」とし、僅かに(10%以下)黒変が認められれば「B」とし、試験面の10%超過の領域に黒変が認められれば「NG」とした。評価「A」、「B」を合格とした。
【0097】
[塗装後耐食性]
塗装後耐食性は、以下のようにして評価した。
上記[耐黄変性]に記載の方法で作製及び湿潤試験したSn系めっき鋼板の試験材の表面に、市販の缶用エポキシ樹脂塗料を乾燥質量で7g/m2塗布した後、200℃で10分焼き付け、24時間室温に置いた。その後、得られたSn系めっき鋼板を所定のサイズに切断し、市販のトマトジュースに60℃で7日間浸漬した後の錆の発生有無を、目視にて評価した。錆が全く認められなければ「A」とし、試験面全体の10%以下の面積率で錆が認められれば「B」とし、試験面全体の10%超えの面積率で錆が認められれば「NG」とした。評価「A」及び「B」を合格とした。
【0098】
<3.実施例1>
上記<1.試験材の作製方法>に記載の方法に基づき、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の付着量を変化させつつ、Sn系めっき鋼板を製造した。
【0099】
Snめっきは、公知のフェロスタン浴から電解法によって作製した。Sn付着量が0.05g/m2以上20g/m2の範囲となるように、電解時の通電量を変化させた。また、Snめっき後の加熱溶融処理を実施した試験片と実施しない試験片の両方を作製した。
【0100】
Snめっき表面にジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含む皮膜の形成に当たっては、ジルコニウムイオン濃度が50ppm以上5000ppm以下、マンガンイオン濃度が3.5ppm以上12500ppm以下である水溶液中でSn系めっき鋼板を陰極電解し、種々のジルコニウム酸化物とマンガン酸化物とを含む皮膜層をSn系めっき鋼板上に形成した。皮膜を形成する前記処理液のpHは3.8、液温は35℃とし、通電量を適宜変更した。また、陰極電解処理後の浸漬水洗時間を、1~10秒の間で変化させた。
【0101】
以上により、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の付着量を変化させたA1~A25及びa1~a7に係るSn系めっき鋼板の試験片を得た。なお、いずれの試験片においても、皮膜中に含まれるジルコニウム及びマンガンは、それぞれ本発明で規定するジルコニウム酸化物、マンガン酸化物であることを、XPSで確認した。
表1に、上記試験片について行った各種性能の評価結果を示す。
【0102】
【0103】
上記表1から明らかなように、本発明に係るA1~A25のSn系めっき鋼板は、いずれの性能も良好である。特に、Snめっき付着量、Zr酸化物量、マンガン酸化物量が好ましい範囲である場合は、一層性能が優れる。一方、比較例であるa1~a7は、耐黄変性、塗膜密着性、耐硫化黒変性、塗装後耐食性のいずれかが劣ることがわかる。
【0104】
<4.実施例2>
次に、上記<1.試験材の作製方法>に記載の方法に基づき、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の皮膜層中での分布を変化させつつ、Sn系めっき鋼板を製造した。
【0105】
Snめっきは公知のフェロスタン浴から電解法によって、Sn付着量が2.8g/m2となるように作製した。
【0106】
その後、マンガンイオンを含まずジルコニウムイオンを含む水溶液中でSn系めっき鋼板を陰極電解(第1の処理)した後、以下の表2に示した水洗時間で水洗し、更にジルコニウムイオンを含まずマンガンイオンを含む水溶液中で陰極電解(第2の処理)し、試験片B1~B6を作製した。また、実施例1と同様に、ジルコニウムイオン及びマンガンイオンを含む水溶液中で陰極電解し、以下の表2に示した水洗時間で水洗して、試験片B7を作製した。
【0107】
以上により、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の皮膜層中での分布を変化させたB1~B7に係るSn系めっき鋼板の試験片を得た。
【0108】
作製した試験片における、ジルコニウム酸化物とマンガン酸化物の皮膜層中での分布を、XPS(ULVAC-PHI製PHI Quantera SXM)により測定した。具体的には、測定対象となるSn系めっき鋼板の試験片を準備する。この試験片の皮膜層の表面から、XPS(ULVAC-PHI製PHI Quantera SXM)による厚み方向(深さ方向)の分析を実施し、錫酸化物として存在するSn、金属Snとして存在するSn、ジルコニウム酸化物として存在するZr、金属Zrとして存在するZr、マンガン酸化物として存在するMn、金属Mnとして存在するMn、の各元素濃度の合計が100%となるように、各酸化物及び金属の元素マンガン酸化物の元素濃度を求めた。
【0109】
上記のXPS測定において、マンガン酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置が、ジルコニウム酸化物についての検出強度が最大となるピーク位置よりも4nm以上皮膜層の表面側に存在する場合を「A」とし、2nm以上4nm未満皮膜層の表面側に存在する場合を「B」とし、そうでない場合を「C」とした。
【0110】
更に、最表層における前記マンガン酸化物に対する前記ジルコニウム酸化物の存在比率が、質量基準で0~0.01である場合を「A」とし、そうでない場合を「B」とした。
【0111】
また、測定条件は、X線源mono-AlKα線(hν=1466.6eV、100.8W)、X線径100μmφ、検出深さ数nm(取出し角45°)、分析範囲1400×100μm、中和銃1.0V,20μA、スパッタ条件Ar+、加速電圧1kV、スパッタ速度1.5nm/min(SiO2換算値)とした。
表2に、上記試験片について行った各種性能の評価結果を示す。
【0112】
【0113】
上記表2から明らかなように、2回の陰極電解処理により皮膜層を形成した場合(B1~B6)は、1回の陰極電解処理により皮膜層を形成した場合(B7)に比べ、耐黄変性、塗膜密着性、耐硫化黒変性、塗装後耐食性が良好であることがわかる。
【0114】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0115】
以上のように、本発明に係るSn系めっき鋼板は、従来のクロメート処理を必要とせずに、耐黄変性、塗膜密着性及び耐硫化黒変性に優れることから、環境にやさしい缶用材料として、食缶、飲料缶などに広く用いることができ、産業上の利用価値が極めて高いものである。
【符号の説明】
【0116】
1 Sn系めっき鋼板
10 鋼板
20 Sn系めっき層
30 皮膜層