(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
C23C 2/06 20060101AFI20230307BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20230307BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20230307BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230307BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230307BHJP
C22C 18/00 20060101ALN20230307BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20230307BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20230307BHJP
【FI】
C23C2/06
B21D22/20 H
C22C38/58
C21D9/46 J
C22C38/00 301T
C22C18/00
C21D1/18 C
C21D9/00 A
(21)【出願番号】P 2022509775
(86)(22)【出願日】2020-03-23
(86)【国際出願番号】 JP2020012677
(87)【国際公開番号】W WO2021191961
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-06-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】仙石 晃大
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 浩二郎
(72)【発明者】
【氏名】野中 俊樹
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-104753(JP,A)
【文献】国際公開第2015/152263(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/152284(WO,A1)
【文献】特開2015-196844(JP,A)
【文献】特開2013-248645(JP,A)
【文献】国際公開第2015/029653(WO,A1)
【文献】特開2015-213958(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2014-0035034(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/26
C25D 5/48
B21D 22/20
C23C 2/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材と、
前記母材の上層として、前記母材と接して設けられ、Znを含有するZn系めっき層と、
を備え、
前記Zn系めっき層の前記母材側がFe-Zn固溶体であり、
前記母材と前記Zn系めっき層との界面に隣接する前記Fe-Zn固溶体の結晶粒10個の粒内に双晶が2個以上存在する、ホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記Zn系めっき層がFe-Zn固溶体の単相組織である、請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
前記Zn系めっき層の表層側がΓ相の単相組織もしくはΓ相とFe-Zn固溶体との二相組織であり、前記表層側を除く前記Zn系めっき層がFe-Zn固溶体の単相組織である、請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項4】
前記Zn系めっき層のZn含有量が、質量%で、20%以上である請求項1-3のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用部材の分野では燃費や衝突安全性の向上を目的として、高強度化のニーズが高まっており、その解決法として、ホットスタンプ技術の適用が拡大している。ホットスタンプ技術とは、オーステナイト単相域となる温度(Ac3点)以上に加熱した(例えば900℃程度まで加熱した)ブランクをプレス加工することで、成形と合わせて金型で急冷焼入れする技術である。このようにすることで、形状凍結性が高く、高強度のホットスタンプ成型品を製造することができる。
【0003】
ところで、非めっき鋼板にホットスタンプ技術を適用する場合、ホットスタンプの加熱時にスケールが生成される。このため、ホットスタンプ成形後にショットブラスト等によりスケールを除去する必要がある。しかしながら、特許文献1に記載されているように、めっき鋼板を使用すればスケールの生成を抑制できるため、スケール除去工程を省略できる。
【0004】
また、Zn系めっき鋼板を用いると、ホットスタンプ後に鋼板表層にZn成分が残存するため、非めっき鋼板のホットスタンプ材と比較して耐食性の向上効果も得られる。このため、ホットスタンプ用のZn系めっき鋼板の適用が拡大している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特許第3582511号公報
【文献】日本国特許第6135261号公報
【文献】日本国特許第4072129号公報
【0006】
ところで、Zn系めっき鋼板をホットスタンプに用いる際の注意点として、加熱時に液相Znが生成することが挙げられる。これは、加熱温度がめっき融点よりも高いことに起因する。この液相Znが生成した状態でプレス加工(ホットスタンプ)すると、引張応力が付与された箇所において、液相Znが鋼材の粒界に流れ込むことにより割れが発生する。この現象は液体金属脆化(LME:Liquid Metal Embrittlement)割れと呼ばれる。このLME割れが発生することによる部品強度や疲労特性の低下が懸念されている。
【0007】
特許文献2には、ホットスタンプ加熱条件を適正に制御することで、めっき中のZnと鋼材中のFeとを適切に相互拡散させ、めっき層をZnが固溶したFe-Zn固溶体の単相組織に制御する(完全固溶体化する)ことで、プレス加工時に液相Znをなくす方法が開示されている。特許文献2の方法は、Fe-Zn固溶体の融点がホットスタンプ時の加熱温度(900℃程度)よりも高いことを利用した方法であり、完全固溶体化させることで加熱中に液相Znが存在しなくなるため、LME割れを抑制することが出来る。
【0008】
また、特許文献3には、液相Znの凝固点以下の温度、例えば、780℃以下でホットスタンプの成形を開始することで、地鉄界面近傍は、不可避的に形成されるFeを50-80質量%含有するZn-Fe合金からなる合金層とし、それ以外の表層部分は、Feを10-30質量%含有するZn-Fe合金層(Γ相)をマトリックスとして、Feを50-80質量%含有する球状の形態を有するFe-Zn合金層を島状に分布させることによって、耐食性と塗装密着性を向上させる技術が開示されている。特許文献3の方法では、プレス加工時に液相Znが存在しないために、LME割れを抑制することが出来る。
【0009】
しかしながら、Znめっき鋼板のホットスタンプに関して問題となりうるのは、LME割れだけではない。ホットスタンプ成形品の使用中に道路上の小石などの衝撃を受けた部位などで、塗膜の剥離などが生じる可能性が挙げられる。このため、特許文献1-3に記載のホットスタンプ成形体よりも高いめっき層の密着性が求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされた発明であり、優れた耐LME割れ性を有し、かつ、優れためっき密着性を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らが鋭意検討した結果、母材と、母材の上層として設けられるZn系めっき層とを備え、Zn系めっき層と母材との界面に存在するFe-Zn固溶体の結晶粒の粒内に所定の数以上の双晶を存在させることで、めっきの密着性を改善できることを知見した。
【0012】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を進めてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ成形体は、母材と、前記母材の上層として、前記母材と接して設けられ、Znを含有するZn系めっき層と、を備え、前記Zn系めっき層の前記母材側がFe-Zn固溶体であり、前記母材と前記Zn系めっき層との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒10個の粒内に双晶が2個以上存在する。
(2)上記(1)に記載のホットスタンプ成形体は、前記Zn系めっき層がFe-Zn固溶体の単相組織であってもよい。
(3)上記(1)に記載のホットスタンプ成形体は、前記Zn系めっき層の表層側がΓ相の単相組織もしくはΓ相とFe-Zn固溶体との二相組織であってもよい。
(4)上記(1)-(3)のいずれか1つに記載のホットスタンプ成形体は、前記Zn系めっき層のZn含有量が、質量%で、20%以上であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の上記態様によれば、優れた耐LME割れ性を有し、かつ、優れためっき密着性を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体の断面模式図である。
【
図2】本発明の別の実施形態に係るホットスタンプ成形体の断面模式図である。
【
図3】本発明の別の実施形態に係るホットスタンプ成形体の断面模式図である。
【
図4】本発明の別の実施形態に係るホットスタンプ成形体の断面SEM画像の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らが鋭意検討した結果、母材とZn系めっき層との界面に隣接するFe-Zn固溶体にクラック(Zn系めっき層中のクラック)が生じることで、めっきの密着性が低下するということが分かった。
【0016】
このZn系めっき層中のクラックについて説明する。このZn系めっき層中のクラックは、Zn系めっきホットスタンプ成形体の表層側に生じる裂け目である。このZn系めっき層中のクラックは、LME割れとは異なり、母材の破壊を伴わない。
【0017】
このZn系めっき層中のクラックは、Zn系めっき層の母材側にFe-Zn固溶体がある場合において、母材とZn系めっき層との界面に隣接するFe-Zn固溶体中などに形成される。このZn系めっき層中のクラックは、母材とZn系めっき層の母材側のFe-Zn固溶体との熱収縮量差に起因して形成すると考えられる。以下、具体的に説明する。
【0018】
母材のFeとZn系めっき層のZnとの熱収縮量を比較すると母材のFeよりもZn系めっき層のZnの方が熱収縮量が大きい。そのため、高温域から低温域に冷却した際にはZnはFeよりも熱収縮量が多くなる。さらに、ホットスタンプのように焼入れを目的として、母材を急冷する場合では、オーステナイトからマルテンサイトに変態することで母材は膨張する。上述した母材及びZn系めっき層の化学組成に起因する熱収縮量差に加えて、この母材の変態膨張によりさらにZn系めっき層と母材との熱収縮量差は拡大する。このような熱収縮量の差により、Zn系めっき層の母材側にあるFe-Zn固溶体に力が加わり、クラックが形成されると考えられる。
【0019】
本発明者らがさらに鋭意検討した結果、母材とZn系めっき層との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒の粒内に、双晶を形成することで、Zn系めっき層中のクラックを低減し、めっき密着性を改善できることが分かった。Fe-Zn固溶体の粒内の双晶が、母材とZn系めっき層との熱収縮量差に起因するFe-Zn固溶体にかかる歪および引張応力を緩和するため、クラックの形成を抑制するためと考えられる。
【0020】
本発明者らが鋭意検討した結果、製造条件を制御することで、ホットスタンプ前の母材の表層において、結晶粒を粗大化させ、かつ、粒界にMn欠乏領域を形成することで、母材とZn系めっき層との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒の粒内に双晶を効率よく形成できることが分かった。Mn欠乏領域は、高いマルテンサイト変態開始温度(Ms点)を有するため、ホットスタンプ時の冷却工程において、Mn欠乏領域から、マルテンサイト変態が起こる。そのため、母材中の未変態の粒内とMn欠乏領域との塑性ひずみの差が生じるため、母材の上層に位置するFe-Zn固溶体中に双晶が形成され易くなると考えられる。
【0021】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体では、上述の知見に基づいて、ホットスタンプ成形体の構成を決定した。なお、本文中において、「-」を用いて表される数値範囲は「-」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。「未満」、「超」を示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての%は、すべて質量%を意味する。
【0022】
以下、図面を参照しながら本実施形態に係るホットスタンプ成形体100について説明する。
【0023】
<第一の実施形態>
まず、
図1を参照し、第一の実施形態に係るホットスタンプ成形体100について説明する。
図1に示すように、ホットスタンプ成形体100は、Znを含有するZn系めっき層1と母材2とを備える。Zn系めっき層1は、Fe-Zn固溶体の単相組織である。母材2とZn系めっき層1との界面に隣接するFe-Zn固溶体12の結晶粒12A内には、粒界11を起点として、双晶13が存在する。以下、各構成について説明する。
【0024】
(母材)
母材2となる鋼材について説明する。母材2である鋼材の化学組成を、特に限定する必要はない。自動車用鋼板の母材の化学組成の一例として、例えば、質量%で、C:0.05%-0.40%、Si:0.50%以下、Mn:0.50-2.50%、P:0.030%以下、S:0.015%以下、Al:0.100%以下、N:0.010%以下、Cu:0-1.00%、Ni:0-1.00%、Cr:0-0.50%、Mo:0-0.50%、Nb:0-0.10%、V:0-0.10%、Ti:0-0.10%、B:0-0.0050%、Ca:0-0.0100%、REM:0-0.0100%、残部が鉄及び不純物を挙げることできる。以下、これらの元素の化学組成について説明する。
【0025】
「C:0.05%-0.40%」
炭素(C)は、ホットスタンプ後のホットスタンプ成形体の強度を高める元素である。母材2中のC含有量が低すぎれば、上記効果が得られない。そのため、母材2中のC含有量の下限は0.05%とすることが好ましい。C含有量の好ましい下限は0.10%である。一方、母材2中のC含有量が高すぎれば、鋼板の靭性が低下する。したがって、C含有量の上限は、0.40%とすることが好ましい。C含有量の好ましい上限は0.35%である。
【0026】
「Si:0.50%以下」
シリコン(Si)は母材2中に不可避的に含有される元素である。また、Siは母材2を脱酸する効果を有する。しかしながら、母材2中のSi含有量が高すぎれば、ホットスタンプにおける加熱中に母材2中のSiが拡散し、母材2表面に酸化物を形成する。この酸化物はりん酸塩処理性を低下させる。Siはさらに、母材2のAc3点を上昇させる働きがあり、Ac3点が上昇するとホットスタンプ時の加熱温度が、Znの蒸発温度を超えてしまうことが懸念される。母材2のSi含有量が0.50%超の場合に、上記の問題が顕著となることから、Si含有量の上限は0.50%とすることが好ましい。より好ましいSi含有量の上限は0.30%である。Si含有量の好ましい下限は、求められる脱酸レベルによるが、0.05%である。
【0027】
「Mn:0.50%-2.50%」
マンガン(Mn)は、母材2の焼入れ性を高め、ホットスタンプ成形体100の強度を高める元素である。Mn含有量が低すぎれば、その効果が得られない。その効果を得る場合、母材2のMn含有量の下限を0.50%とすることが好ましい。母材2のMn含有量の好ましい下限は0.60%である。一方、Mn含有量が高すぎれば、その効果が飽和する。したがって、母材2のMn含有量の上限は、2.50%とすることが好ましい。母材2のMn含有量の好ましい上限は2.40%である。
【0028】
「P:0.030%以下」
りん(P)は、母材2中に含まれる不純物である。Pは母材2の粒界に偏析して鋼の靭性を低下し、耐遅れ破壊性を低下する。したがって、母材2のP含有量はなるべく低いほうが好ましいが、P含有量が0.03%超となった場合、その影響が顕著となる。そのため、母材2中のP含有量の上限を0.030%としてもよい。P含有量の下限は0%である。
【0029】
「S:0.015%以下」
硫黄(S)は、母材2中に含まれる不純物である。Sは硫化物を形成して鋼の靭性を低下し、耐遅れ破壊性を低下する。したがって、S含有量の上限は0.015%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量の下限は0%である。
【0030】
「Al:0.100%以下」
アルミニウム(Al)は鋼の脱酸に有効な元素である。この効果を得るために、母材2のAl含有量の下限を0.010%としてもよい。一方、Al含有量が高すぎれば鋼板のAc3点が上昇して、ホットスタンプ時の必要な加熱温度がZn系めっき層1の蒸発温度を超える場合がある。したがって、母材2のAl含有量の上限は0.100%とすることが好ましい。母材2のAl含有量のより好ましい上限は0.050%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%である。本明細書におけるAl含有量は、いわゆるtotal Al(T-Al)の含有量を意味する。
【0031】
「N:0.010%以下」
窒素(N)は、母材2中に不可避的に含まれる不純物である。Nは窒化物を形成して母材2の靭性を低下する元素である。Nは、Bが含有される場合、Bと結合して固溶B量を減らす効果を有する。固溶B量が減ることで、焼入れ性が低下する。したがって、母材2のN含有量はなるべく低い方が好ましい。母材2のN含有量が0.010%超となった場合、その影響が顕著になることから、母材2のN含有量の上限は0.010%としてもよい。N含有量の下限を特に規定する必要はなく、N含有量の下限は0%である。
【0032】
本実施形態の母材2の化学組成は、例えば、上述の元素と残部がFe及び不純物からなる化学組成を有していてもよい。本明細書において、不純物とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから不可避的に混入し、あるいは、意図的に添加されたものであって 本実施形態に係るホットスタンプ成形体100の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0033】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体100を構成する母材2は、Feの一部に代えて、任意元素として、Cu、Ni、Cr、Mo、Nb、V,Ti、B、Ca、REMから選択される1種又は2種以上を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0034】
[Cu:0-1.00%]
Cuは鋼に固溶して靱性を損なわずに強度を高めることができる元素である。しかし、その含有量が過剰であると圧延時などの際、表面に微小な割れを発生させることがある。このため、Cu含有量は1.00%以下または0.60%以下であるのが好ましく、0.40%以下または0.25%以下がより好ましい。上記効果を十分に得るためには、Cu含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0035】
「Ni:0%-1.00%」
ニッケル(Ni)は母材2の靭性を高める。また、Niは、ホットスタンプでの加熱時に、液相Znに起因した脆化を抑制する。これらの効果を得る場合、母材2のNi含有量の好ましい下限は0.10%である。しかしながら、母材2のNi含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Ni含有量の上限は、1.00%とすることが好ましい。
【0036】
「Cr:0%-0.50%」
クロム(Cr)は母材の焼入れ性を高める元素である。この効果を得る場合、母材2のCr含有量の好ましい下限は0.10%である。しかしながら、母材2のCr含有量が高すぎれば、Cr炭化物が形成され、ホットスタンプの加熱時に炭化物が溶解しにくくなる。そのため、母材2のオーステナイト化が進行しにくくなり、焼き入れ性が低下する。したがって、母材2のCr含有量の上限は、0.50%とすることが好ましい。
【0037】
「Mo:0%-0.50%」
モリブデン(Mo)は母材2の焼入れ性を高める元素である。この効果を得る場合、母材2のMo含有量の好ましい下限は0.05%である。しかしながら、母材2のMo含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、母材2のMo含有量の上限は0.50%とすることが好ましい。
【0038】
[Nb:0-0.10%、V:0-0.10%、Ti:0-0.10%]
Nb、VおよびTiは、炭化物析出により鋼板強度の向上に寄与するため、必要に応じてこれらから選択される1種を単独で、または2種以上を複合して含有してもよい。しかしながら、いずれの元素も過剰に含有すると、多量の炭化物が生成し、鋼板の靱性を低下させる。そのため、これらの元素の含有量は0.10%以下としてもよい。必要に応じ、これらの元素の含有量は、それぞれ0.08%以下、0.05%以下または0.03%以下としてもよい。
【0039】
「B:0%-0.0050%」
ボロン(B)は鋼の焼入れ性を高め、ホットスタンプ成形体100の強度を高める元素である。この効果を得る場合、母材2のB含有量の好ましい下限は0.0001%である。しかしながら、母材2のB含有量が高すぎれば、その効果が飽和する。したがって、母材2のB含有量の上限は、0.0050%とすることが好ましい。
【0040】
[Ca:0-0.0100%、REM:0-0.0100%]
CaおよびREMは、破壊の起点となり加工性を劣化させる原因となる非金属介在物の形態を制御し、加工性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有してもよい。しかし、それらの元素の含有量が過剰であると効果が飽和して原料コストが嵩む。そのため、Ca含有量及びREM含有量はそれぞれ0.0100%以下とすることが好ましい。必要に応じ、これらの元素の含有量は、それぞれ0.0060%以下、0.0040%以下または0.0030%以下としてもよい。REMはSc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REM含有量は上記元素の合計量を意味する。
【0041】
上述した母材2の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。表面のめっき層は機械研削により除去してから化学組成の分析を行えばよい。
【0042】
(Zn系めっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ成形体100のZn系めっき層1は、Znを含有するFe-Zn固溶体の単相組織である。Fe-Zn固溶体の結晶構造はα―Feと同じである。Fe-Zn固溶体は、FeとFeに固溶したZnとを含有する。Zn系めっき層1がFe-Zn固溶体の単相組織である場合、耐LME割れ性が向上する。なお、本実施形態において、Znを含有するとは、質量%で、Zn含有量が20.0%以上を意味する。必要に応じ、Zn含有量の下限を22.0%、又は25.0%としてもよい。Zn含有量の上限は40.0%とすることが好ましい。必要に応じて、Zn含有量の上限を38.0%又は35.0%としてもよい。Zn以外の元素の含有量を特に規定する必要はないが、Zn系めっき層1の化学組成(ただし、Znを除く。)は、例えば、質量%で、Fe:60.0-80.0%、Al:0-1.0%、Si:0-1.0%、Mg:0-1.0%、Mn:0-1.0%、Ni:0-1.0%、Sb:0-1.0%、残部:不純物とすることが好ましい。
なお、本実施形態に係るZn系めっき層1とは、Fe含有量が95.0%以下の範囲とし、前記化学組成の分析位置は、Zn系めっき層1の厚さの中心(膜厚の中心)とする。前記化学組成の分析方法は、以下のとおりとする。ホットスタンプ成形体100の表面から、GDS(グロー放電発光分析)によりホットスタンプ成形体100の厚さ方向(つまり、ホットスタンプ成形体100の表面から板厚中央に向かう方向)にFe含有量の測定を行い、ホットスタンプ成形体100の表面からFe含有量が95.0%を超えるまでの範囲を特定する。その後、最初にFe含有量が95.0%となった位置から表面までの範囲(この範囲がZn系めっき層1である。)の距離の中心(つまり、Zn系めっき層1の厚さの中心)における各元素の含有量を分析し、その分析値をZn系めっき層1の化学組成とする。ただし、ホットスタンプ成形体100のさらに表面側には酸化層等があるため、Zn含有量が高く検出されることがあるため、Zn含有量が40.0%となる位置(複数ある場合は、最も表面に近い位置)をZn系めっき層1の表面位置と見做す。
【0043】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体100において、Zn系めっき層1と母材2との界面に隣接するFe-Zn固溶体12の結晶粒12Aをランダムに10個観察した際に、双晶13が2個以上存在する。双晶13が2個以上存在することで、Zn系めっき層中のクラックを十分に抑制することができる。
双晶13は、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界を起点とする場合が多い。このため、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aを10個観察した際に、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界を起点とする双晶13が2個以上あることとしてもよい。また、双晶13は、
図1または
図2のような伸長した組織である。双晶12の長さは、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界の径(ただし、双晶12の伸長方向の径)の20-80%程度のものが多い。このため、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aを10個観察した際に、双晶の長さがFe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界の径(ただし、双晶12の伸長方向の径)の20-80%であることが好ましい。
【0044】
Fe-Zn固溶体中に生成した双晶の観察は、以下のようにして行うことができる。Zn系めっき層1を厚み方向の断面から観察できるように、集束イオンビーム(Focused Ion Beam、FIB)加工装置(例えば、日本電子株式会社製 JIS-4000)を用いて、厚み10-30nm程度の薄片サンプルを作製する。この薄片サンプルを透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope、TEM)(例えば、日本電子株式会社製 JEM-ARM200F)を用いて、Zn系めっき層1と母材2との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒12Aを観察する(倍率:3万倍)。この観察で得られた観察像において、EDS分析(エネルギー分散型X線分析,Energy Dispersive X-Ray Spectroscopy)にてZnが20.0%以上検出される結晶粒の集合体をZn系めっき層1、EDS分析にてFeが95.0%以上検出される結晶粒を母材2、母材2に隣接してZn系めっき層1中に観察される結晶粒をFe-Zn固溶体の結晶粒12Aと判断する。明視野像観察により、Zn系めっき層1と母材2との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒12Aの粒内で筋状に観察される部位を、STEM(走査型透過電子顕微鏡)分析法を用いて1000万-3000万倍程度に拡大して、原子配列を観察することで双晶が生成していることを確認できる。
なお、Zn系めっき層1がFe-Zn固溶体の単相組織であることを確認するには、SEM-BSE観察による方法を用いることができる。その方法の詳細は、後述の実施形態2の中で詳細を説明する。
【0045】
(製造方法)
次に、ホットスタンプ成形体100の製造方法について説明する。
【0046】
(スラブ加熱温度:1100-1300℃)
初めに、母材として用いる鋼板を準備する。たとえば、上述した好ましい範囲の化学組成を有する溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、連続鋳造などの鋳造法によりスラブを製造する。熱間圧延後の巻取り温度を850℃以上とするため、スラブの加熱温度は1100℃以上とすることが好ましい。スラブの加熱については、特に上限を定めない。1300℃を超えてスラブを加熱するには、多量のエネルギーを投入する必要があり、製造コストの大幅な増加を招く。このことから、スラブの加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。
【0047】
(仕上圧延終了温度:900-950℃)
スラブを加熱した後、熱間圧延を行う。熱間圧延の仕上圧延終了温度(圧延完了温度)が900℃未満では、母材2の表層に存在する結晶粒を粗大化させることが困難である。このため、熱間圧延の完了温度は900℃以上とすることが好ましい。一方、熱間圧延の完了温度を950℃超とするには、スラブの加熱終了から熱間圧延の完了までの工程において鋼板を加熱する装置が必要となり、高いコストが必要となる。このため、熱間圧延の完了温度を950℃以下とすることが好ましい。
【0048】
(巻取り温度:850℃以上)
次に、熱間圧延した後の熱間圧延鋼板をコイル状に巻き取る。熱間圧延鋼板の巻取り温度は、850℃以上とすることが好ましい。巻き取り温度が850℃未満の場合、ホットスタンプ前の母材2の表層において、粒界にMn欠乏領域が形成されない場合がある。
【0049】
(巻取り後焼鈍:850℃以上で24h以上)
巻取り後の熱間圧延鋼板に対し、850℃以上で24h以上焼鈍を行うことが好ましい。850℃以上で24h以上焼鈍を行うことで、母材2の表層に存在するMnがスケール側に移る。これによって、ホットスタンプ前の母材の表層において、母材の結晶粒界を中心にMn欠乏領域が形成される。
【0050】
巻取り後焼鈍を行った後の熱間圧延鋼板に対し、公知の酸洗処理を行う。酸洗処理後は、必要に応じて、冷間圧延を行ってもよい。適用する部材に要求される特性に応じて、公知の方法で行えばよい。
【0051】
(Znめっき)
上述の熱間圧延鋼板もしくは冷間圧延鋼板に対して、Znめっきを行うことで、鋼板の表面にZnめっき層を形成し、ホットスタンプ用鋼板を得る。Znめっき層の形成方法は、特に限定されないが、Znめっきの形成は、溶融亜鉛めっき処理が好ましい。また、Znめっき後に、必要に応じて合金化処理を行ってもよい。
【0052】
ホットスタンプ用鋼板のZnめっき層のめっき付着量は、20g/m2以上、120g/m2以下とすることが望ましい。Znめっき層のめっき付着量はホットスタンプ加熱時に母材2の酸化(スケールの生成)を十分に抑制できない場合がある。そのため、めっき付着量は、20g/m2以上が好ましい。より好ましいめっき付着量の下限は、60g/m2である。Znめっき層のめっき付着量が120g/m2であると、母材2の酸化の抑制の効果が飽和することに加え、加熱時間が長くなる。そのため、Znめっき層のめっき付着量の上限を120g/m2とすることが好ましい。より好ましいZnめっき層のめっき付着量の上限は、80g/m2である。
【0053】
ホットスタンプ用鋼板のZnめっき層のめっき付着量は、上記の熱間圧延鋼板もしくは冷間圧延鋼板中のFeの溶解を抑制するインヒビター(イビット700A、朝日化学工業株式会社)を0.02%含有した5%のHCl水溶液に常温で10分間浸漬して全てのZnめっき層を溶解し、溶解前後の重量変化から算出して求めることができる。ただし、Znめっき層の溶解が終了したか否かは、溶解している際の水素発生に起因する発泡の終了に基づいて判断する。
【0054】
ホットスタンプ用鋼板のZnめっき層の化学組成は、例えば、質量%で、Al:0.1%-1.0%、Fe:0.1%-20.0%、Si:0%-0.5%、Mg:0%-0.5%、Mn:0%-0.5%、Pb:0%-0.5%、Sb:0%-0.5%、残部:Zn及び不純物とすることができる。残部中のZn含有量は、80%以上とすることが好ましい。
【0055】
(ホットスタンプ工程)
上述のZnめっき層を備えるホットスタンプ用鋼板に対して、ホットスタンプを実施する。以下に、その詳細を説明する。
【0056】
ZnはFeと比べて熱膨張率が大きいため、Zn系めっき層1と母材2との界面に位置するFe-Zn固溶体中のZn濃度が高い方が、冷却時の母材2との熱収縮量差が大きくなり、双晶13が形成しやすくなる。しかしながら、Fe-Zn固溶体はZn系めっき層1中のZnと母材2中のFeの相互拡散により形成するため、加熱時間が長くなるとZn系めっき層1と母材2との界面側のZn濃度が低下する。Zn濃度が低下すると、Zn系めっき層1と母材2との熱収縮量差が小さくなるので、双晶13が形成されなくなる。
【0057】
そのため、双晶13を形成するために、ホットスタンプ工程では、下記(1)式で定義されるFe-Zn固溶体化パラメーターPが3.0≦P≦9.0を満たすようにホットスタンプ用鋼板を加熱する。
P=[(T-782)×{(t2-t1)/2+(t-t2)}]÷W2・・・(1)
ここで、Tは炉温設定温度(加熱温度)(℃)を意味し、tは鋼板を加熱炉に挿入してから搬出するまでの時間(加熱時間)(sec)を意味し、t1は鋼板の温度が782℃に到達した時間(sec)を意味し、t2は、加熱温度(T)-10℃に到達した時間(T-10℃到達時間)(sec)を意味し、Wは、めっき付着量(g/m2)を意味する。
【0058】
P値が3.0未満の場合、Zn系めっき層1に液相Znが残存することで、成形温度が高い場合にLME割れが発生する可能性がある。したがって、P値は3.0以上とする。より好ましいP値は、3.2以上であり、さらに好ましくは、3.5以上である。
【0059】
P値が9.0超の場合、Zn系めっき層1中のZnと母材2中のFeとの相互拡散が過度に進み、Zn系めっき層1中のZn濃度が母材2側の領域で低下する。そのため、冷却過程において、Zn系めっき層1と母材2との熱膨脹差に起因する引張応力が低下し、双晶13が形成にくくなる。そのため、P値は9.0以下とする。より好ましいP値は、8.8以下であり、さらに好ましくは、8.5以下である。
【0060】
加熱温度TがAc3未満であると、焼入れ性ができない。そのため、加熱温度はAc3点以上が好ましい。加熱温度が950℃超の場合、ホットスタンプ成形体100の表面酸化(酸化Znの形成)が過度に進む。そのため、加熱温度Tは、950℃以下であることが好ましい。なお、Ac3点(℃)は下記(2)式で表される。
Ac3=912-230.5×C+31.6×Si-20.4×Mn-14.8×Cr-18.1×Ni+16.8×Mo-39.8×Cu・・・(2)
なお、上記式中の元素記号は、当該元素の質量%での含有量であり、含有しない場合は0を代入する。
【0061】
ホットスタンプでは、通常、内部に冷却媒体(たとえば水)が循環している金型を用いてホットスタンプ用鋼板をプレスする。ホットスタンプ用鋼板をプレスするとき、金型からの抜熱によってホットスタンプ用鋼板が焼入れされる。以上の工程により、ホットスタンプ成形体100が製造される。ホットスタンプ用鋼板の母材の粒界には、Mn欠乏領域が形成されている。このMn欠乏領域は、高いマルテンサイト変態開始温度(Ms点)を有するため、この焼入れにおいて、Mn欠乏領域から、マルテンサイト変態が起こる。そのため、母材中の未変態の粒内とMn欠乏領域との塑性ひずみの差で、母材の上層に位置するFe-Zn固溶体中に双晶が形成されやすくなる。
【0062】
ホットスタンプ用鋼板のプレスを開始する温度(急冷開始温度)は、鋼板が焼入れされる温度以上であれば、特に限定はされない。
【0063】
急冷開始温度から450℃までの平均冷却速度が、20℃/s未満の場合、十分な強度が得られない。そのため、急冷開始温度から450℃までの平均冷却速度は、20℃/s以上である。
【0064】
また、450℃から200℃までの平均冷却速度は15℃/s未満の場合、Fe-Zn固溶体に短時間に急激な応力がかからず、双晶13が形成できない。そのため、450℃から200℃までの平均冷却速度は15℃/s以上である。
【0065】
<第2の実施形態>
次に、本発明に係る第2の実施形態のホットスタンプ成形体101を、
図2を参照して説明する。なお、この第2の実施形態においては、第1の実施形態における構成要素と同一の部分については同一の符号を付し、その説明を省略し、異なる点についてのみ説明する。
なお、本実施形態において、Znを含有するとは、質量%で、Zn含有量が30.0%以上を意味する。必要に応じ、Zn含有量の下限を32.0%、又は35.0%としてもよい。Zn含有量の上限は80.0%とすることが好ましい。必要に応じて、Zn含有量の上限を78.0%又は75.0%としてもよい。Zn以外の元素の含有量を特に規定する必要はないが、Zn系めっき層1Aの化学組成(ただし、Znを除く。)は、例えば、質量%で、Fe:20.0-70.0%、Al:0-1.0%、Si:0-1.0%、Mg:0-1.0%、Mn:0-1.0%、Ni:0-1.0%、Sb:0-1.0%、残部:不純物とすることが好ましい。
なお、本実施形態に係るZn系めっき層1Aとは、Fe含有量が95.0%以下の範囲とし、前記化学組成の分析位置は、Zn系めっき層1Aの厚さの中心(膜厚の中心)とする。前記化学組成の分析方法は、以下のとおりとする。ホットスタンプ成形体100の表面から、GDS(グロー放電発光分析)によりホットスタンプ成形体100の厚さ方向(つまり、ホットスタンプ成形体100の表面から板厚中央に向かう方向)にFe含有量の測定を行い、ホットスタンプ成形体100の表面からFe含有量が95.0%を超えるまでの範囲を特定する。その後、最初にFe含有量が95.0%となった位置から表面までの範囲(この範囲がZn系めっき層1である。)の距離の中心(つまり、Zn系めっき層1の厚さの中心)における各元素の含有量を分析し、その分析値をZn系めっき層1の化学組成とする。ただし、ホットスタンプ成形体100のさらに表面側には酸化層等があるため、Zn含有量が高く検出されることがあるため、Zn含有量が80.0%となる位置(複数ある場合は、最も表面に近い位置)をZn系めっき層1Aの表面位置と見做す。
【0066】
図2に示すように、ホットスタンプ成形体101は、Zn系めっき層1Aと母材2とを備える。Zn系めっき層1Aは、下層21と上層22とを備える。Zn系めっき層1Aの表層側である上層22は、1)
図2に示されるように、キャピタルガンマ相(Γ相)14の単相組織、または、2)
図3に示されるように、キャピタルガンマ相(Γ相)14の中にFe-Zn固溶体15が島状に分布した2相組織のいずれかの組織である。Zn系めっき層1Aの母材側である下層21は、Fe-Zn固溶体の単相組織である。母材2とZn系めっき層1Aとの界面に隣接するFe-Zn固溶体12の結晶粒12A内には、粒界11を起点として、双晶13が存在する。以下、各構成について説明する。
【0067】
(Zn系めっき層1A)
Zn系めっき層1Aは、下層21と上層22とを備える。
【0068】
Zn系めっき層1Aの表層側である上層22は、1)Γ相14の単層組織(
図2参照)、または、2)Γ相14及びFe-Zn固溶体15の2相組織(
図3参照)のいずれかとなっている。Γ相14は、FeとZnとの金属化合物であるFe
3Zn
10を主体とする金属相である。表層側の上層22をΓ相14の単層組織又はΓ相14とFe-Zn固溶体15の2相組織とすることで、塗装後耐食性が向上する。
【0069】
Zn系めっき層1Aの母材側である下層21は、Fe-Zn固溶体12の単相組織である。本実施形態に係るホットスタンプ成形体101において、Zn系めっき層1Aと母材2との界面に隣接するFe-Zn固溶体12の結晶粒12Aをランダムに10個観察した際に、双晶13が2個以上存在する。双晶13が2個以上存在することで、Zn系めっき層1Aのクラックを十分に抑制することができる。双晶13は、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界を起点とする場合が多い。このため、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aを10個観察した際に、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界を起点とする双晶13が2個以上あることとしてもよい。また、双晶13は、
図1または
図2のような伸長した組織である。双晶12の長さは、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界の径(ただし、双晶12の伸長方向の径)の20-80%程度のものが多い。このため、Fe-Zn固溶体12の結晶粒12Aを10個観察した際に、双晶の長さがFe-Zn固溶体12の結晶粒12Aの粒界の径(ただし、双晶12の伸長方向の径)の20-80%であることが好ましい。
【0070】
Γ相14とFe-Zn固溶体12、15の観察は、以下のようにして行うことができる。Zn系めっき層1Aを断面から観察できるように、20mm角程度に切断した試料を樹脂に埋め込んだ後に、機械研磨により鏡面に仕上げを行う。この樹脂埋め込みサンプルを走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)を用いて、反射電子(Backscattered Electron、BSE)像にて、2000倍に拡大して観察する。このSEM-BSE観察では、原子量が大きい元素はコントラストが明るく(白く)観察されるため、このコントラストの違いによりΓ相とFe-Zn固溶体を識別することができる。具体的には、Feと比べて原子量の大きいZnを多く含むΓ相が白く観察され、Fe-Zn固溶体は黒く観察される。なお、本実施形態のめっき層は2層構造であり、母材2と接する下層21はFe-Zn固溶体12の単相組織であり、上層22がΓ相の単相組織、または、Γ相14及びFe-Zn固溶体15の2相組織である。前述の第1の実施形態において、Zn系めっき層1がFe-Zn固溶体のであることを確認する際、このSEM-BSE像による方法を用いることができる。なお、
図2および
図3では、上層22と下層21との間に明確な界面があるが、
図4のように明確な界面がない場合が少なくない。しかしながら、Zn系めっき層1Aの母材側の界面には、Γ相14はなく、基本的にすべてFe-Zn固溶体12となっている。このため、本実施形態では、
図4のように上層22と下層21との間に明確な界面がない場合も2相組織であると見做す。上層22と下層21との間に明確な界面がない場合もあり、上層22と下層21の厚さの比率などを定める必要はない。
【0071】
(製造方法)
次に、第2の実施形態に係るホットスタンプ成形体101の製造方法について説明する。ホットスタンプ成形体101の製造方法は、ホットスタンプ用鋼板を製造するまで、ホットスタンプ成形体100と同じである。すなわち、ホットスタンプ成形体101の製造方法と、実施形態1のホットスタンプ成形体100の製造方法とは、ホットスタンプ工程が異なる。
【0072】
(ホットスタンプ工程)
第2実施形態では、Γ層の上層22を形成させるために、上記(1)式で定義されるFe-Zn固溶体化パラメーターPが0.5≦P≦2.5を満たすようにホットスタンプ用鋼板を加熱する。
【0073】
P値が0.5未満の場合、Zn系めっき層1Aの母材側の界面をFe-Zn固溶体からなる下層21が覆っている状態とならない場合がある。このような状態とならないようにするため、P値は0.5以上である。
【0074】
P値が2.5超の場合、Zn系めっき層1中のFe-Zn固溶体の比率が増加し、塗装後耐食性が低下する。そのため、P値は、2.5以下である。
【0075】
実施形態1では加熱終了時点でめっき層がFe-Zn固溶体の単層組織となっている、すなわち、液相Znが存在していない状態である。それに対して、実施形態2では加熱終了時点では液相のZnが存在している状態であり、これがホットスタンプ後にはΓ相に相変化する。実施形態2においては、液相Znが冷却に伴って凝固した後にホットスタンプする必要があり、ホットスタンプ用鋼板のプレスを開始する温度(急冷開始温度)が異なる。
【0076】
具体的には、ホットスタンプ用鋼板のプレスを開始する温度(急冷開始温度)は、Znめっき層に含まれる液相Znが凝固し終わる温度以下とする。具体的には750℃以下とする。
この急冷開始温度の相違点はあるが、実施形態1と同様に、母材中の未変態の粒内とMn欠乏領域との塑性ひずみの差で、母材2と下層21との界面に隣接するFe-Zn固溶体中に双晶が形成される。また、加熱炉から取り出した際に存在する液相Znは、急冷開始前に、Γ相14となる(上層22のΓ相14)。
【0077】
第1実施形態と同様に、急冷開始温度から450℃までの平均冷却速度は、20℃/s以上とする。また、450℃から200℃までの平均冷却速度は15℃/s以上とする。
なお、ホットスタンプ用鋼板のプレスを開始する温度(急冷開始温度)をより低温とすると、上層22をΓ相14の単層組織とすることができる。このため、上層22をΓ相14の単層組織としたい場合、例えば、予備試験などにより表層がΓ相単層となる上限温度(または、加熱炉からの取出しから急冷開始までの最大時間)を予め求めた上で、その上限温度以下の温度(または、その最大時間以上の時間)から急冷開始つまりホットスタンプ加工を開始すればよい。同様に、上層22をΓ相14とFe-Zn固溶体の2相組織としたい場合、Γ相単層となる上限温度を超える温度などから急冷開始つまりホットスタンプ加工を開始すればよい。
【実施例】
【0078】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0079】
化学組成が、C:0.20%、Si:0.19%、Mn:1.31%、P:0.010%、S:0.005%、Cu:0.01%、Ni:0.01%、Cr:0.20%、Mo:0.01%、Ti:0.01%、B:0.0002%、N:0.002%、Ca:0.0002%、REM:0.0002%、Al:0.020%及び残部が鉄及び不純物(Ac3:842℃)の化学組成を有する溶鋼を鋳造して得たスラブを表1の条件で加熱し、表1に記載の仕上げ圧延終了温度で熱間圧延を行った。熱間圧延後、表1に記載の温度で巻取り、表1に記載の条件で巻取後焼鈍を行った。焼鈍後の鋼板に対し、酸洗を行い、熱間圧延鋼板を得た。
【0080】
上記の熱間圧延鋼板に対し、表1に記載の板厚まで冷間圧延した後に、焼鈍して、表1に記載の条件で、Znめっき(溶融亜鉛めっき)を行い、一部の溶融亜鉛めっき鋼板(実施例1-3、5、7及び比較例1、3、5)に対し合金化処理を行い、ホットスタンプ用鋼板を得た。
【0081】
上記の方法で得たホットスタンプ用鋼板に対し、表2の条件でホットスタンプを行い、ホットスタンプ成形体を得た。各条件のP値を表2に示す。
【0082】
(Znめっき層の付着量)
ホットスタンプ用鋼板のZnめっき層のめっき付着量の測定は、以下のようにして行った。上記で得たホットスタンプ用鋼板から切り出した試料(30mm×30mm)を評価面と反対面をマスキングテープにより被覆した上で、熱間圧延鋼板もしくは冷間圧延鋼板中のFeの溶解を抑制するインヒビター(イビット700A、朝日化学工業株式会社)を0.02%含有した5%のHCl水溶液に常温で10分間浸漬して全てのZnめっき層を溶解し、溶解前後の重量変化から算出した。全めっき層の溶解が終了したか否かは、溶解している際の水素発生に起因する発泡の終了に基づいて決定した。表1に得られた結果を示す。Znめっき層中のFe含有量及びAl含有量はICP発光分析装置(株式会社島津製作所製、型番:ICPS-8100)を用いて測定した。得られた結果を表1に示す。
【0083】
(Zn系めっき層の化学組成)
上記の方法で、ホットスタンプ成形体のZn系めっき層の各成分をGDS分析により測定して得た。得られたZn系めっき層の厚さの中央位置(Fe含有量が95.0%となった位置と表面との間の中央の位置)のZn濃度(質量%)、Fe濃度(質量%)、Al濃度(質量%)、Si濃度(質量%)、Mn濃度(質量%)、及びNi濃度(質量%)の結果を表3に示す。
【0084】
耐LME割れ性の評価方法は、以下のようにして行った。ホットスタンプ後に直ちに曲率半径R=0.5mmの90度V曲げ金型にて加工し、加工部先端のホットスタンプ成形体の厚み方向の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察し、LME割れの有無について調査した。断面のSEM写真画像(倍率:1000倍)において、LME割れが、ホットスタンプ成形体の表面のZn系めっき層だけでなく、母材にまで伝播している場合、LME割れが発生したと判断し、「Bad」とした。LME割れが、Zn系めっき層にとどまり、母材にまで伝播してない場合、LME割れが発生していないと判断し、「Good」とした。表3に得られた結果を示す。
【0085】
塗装後耐食性の評価方法は、以下のようにして行った。ホットスタンプ成形体(板状)に対して、日本パーカライジング株式会社製の表面調整処理剤(商品名:プレパレンX)を用いて、表面調整を室温で20秒間行った。次いで、日本パーカライジング株式会社製のりん酸亜鉛処理液(商品名:パルボンド3020)を用いて、りん酸塩処理を行った。具体的には、処理液の温度を43℃とし、ホットスタンプ成形体を処理液に120秒間浸漬した。これにより、鋼材表面にりん酸塩被膜を形成した。
【0086】
上述のリン酸塩処理を実施した後のホットスタンプ成形体に対して、日本ペイント株式会社製のカチオン型電着塗料を、電圧160Vのスロープ通電で電着塗装(厚み:15μm)し、更に、焼き付け温度170℃で20分間焼き付け塗装した。
電着塗装した後のホットスタンプ成形体に対して、素地の鋼板にまで到達するようにクロスカットをいれ、複合腐食試験(JASO M610サイクル)を実施した。塗装膨れ幅にて耐食性を評価し、180サイクルの複合腐食試験を実施した後の塗装膨れ幅が3mm未満の場合を「Excellent」、3mm以上6mm以下の場合、「Good」6mmよりも大きい場合を「Bad」と評価した。表3に得られた結果を示す。
【0087】
Fe-Zn固溶体中に生成した双晶の観察は、以下のようにして行った。上記のホットスタンプ成形体のZn系めっき層を厚み方向の断面から観察できるように、集束イオンビーム(Focused Ion Beam、FIB)加工装置(日本電子株式会社製 JIS-4000)を用いて、厚み10-30nm程度の薄片サンプルを作製した。この薄片サンプルを透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope、TEM)(日本電子株式会社製 JEM-ARM200F)を用いて、Zn系めっき層と母材との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒10個をランダムに観察した(倍率:3万倍)。明視野像観察により、Zn系めっき層と母材との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒の粒内に筋状に観察される部位を、STEM(走査型透過電子顕微鏡)分析法を用いて1000万-3000万倍程度に拡大し、原子配列を観察して、双晶であることを確認した。Zn系めっき層と母材との界面に隣接するFe-Zn固溶体の結晶粒を10個観察し、10個の結晶粒内に確認された双晶の数の合計が2個以上である場合を「Good」と判断し、双晶の数の合計が2個未満の場合に「Bad」と判断した。表3に得られた結果を示す。
【0088】
Γ相の有無の判定は以下のように行った。Zn系めっき層を厚み方向の断面から観察できるように、20mm角程度に切断した試料を樹脂に埋め込んだ後に、機械研磨により鏡面に仕上げを行った。この樹脂埋め込みサンプルを走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)を用いて、反射電子(Backscattered Electron、BSE)像にて、2000倍に拡大して観察した。黒く観察される領域(Fe-Zn固溶体)と、白く観察される領域のΓ相を観察した。Zn系めっき層がFe-Zn固溶体の単相組織のみの場合をA、上層がΓ相とFe-Zn固溶体の2層組織で、下層がFe-Zn固溶体の単相組織の場合をB、上層がΓ相の単相組織で、下層がFe-Zn固溶体の単相組織の場合をCとした。表3に得られた結果を示す。
【0089】
めっき密着性の評価は、以下のようにして行った。ホットスタンプ成形体から70mm×150mmに切出した評価対象物に対して、自動車用の脱脂、化成処理(化成皮膜の形成)、3コート塗装を行った。3コート塗装は、鋼板側から電着塗装、中塗塗装、上塗塗装とした。-20℃に冷却保持した状態で、砕石(0.3-0.5g)をエアー圧2kgf/cm2で垂直に照射した。
1サンプルにつき10個の石を照射した。チッピング痕を観察し、その剥離界面の位置によって評価した。剥離界面がZn系めっき層より上(Zn系めっき層-化成皮膜の界面、または電着塗装-中塗塗装の界面)のものを「Good」、Zn系めっき層-鋼板表面での界面剥離が1つでもあるものを「Bad」と評価した。表3に得られた結果を示す。
【0090】
【0091】
【0092】
【0093】
表3に示すように、本発明に係る実施例1-7のホットスタンプ成形体は、良好なめっき密着性を得られることが分かった。Γ相を有していた実施例5及び6は、実施例1-4及び7よりも塗装後耐食性が優れていた。
【0094】
比較例1-5は、双晶の個数が2個未満であったので、めっき密着性が劣位であった。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、Zn系めっき層にFe-Zn固溶体を有したホットスタンプ成形体であっても、優れためっき密着性を有するので、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0096】
1、1A Zn系めっき層
2 母材
11 粒界
12 Fe-Zn固溶体
12A Fe-Zn固溶体の結晶粒
13 双晶
14 Γ相
15 Fe-Zn固溶体
21 下層
22 上層
100、101 ホットスタンプ成形体