(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】鉄道車輪及び鉄道車両用輪軸
(51)【国際特許分類】
B60B 17/00 20060101AFI20230307BHJP
【FI】
B60B17/00 B
(21)【出願番号】P 2022577243
(86)(22)【出願日】2022-03-14
(86)【国際出願番号】 JP2022011272
【審査請求日】2022-12-15
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】黒坂 隆太
(72)【発明者】
【氏名】加藤 孝憲
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】山本 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】辻 眞望
(72)【発明者】
【氏名】宮部 成央
(72)【発明者】
【氏名】前島 健人
(72)【発明者】
【氏名】大阪 太郎
(72)【発明者】
【氏名】建部 勝利
【審査官】上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-143999(JP,A)
【文献】特開2020-056747(JP,A)
【文献】特開2021-063258(JP,A)
【文献】特開2001-158940(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60B 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車輪であって、
前記鉄道車輪の内周部を構成し、鉄道車両の車軸を挿入するための貫通孔を有するボス部と、
前記鉄道車輪の外周部を構成し、前記鉄道車両が走行するレールの頭頂面に接触する踏面、及び、前記鉄道車輪の半径方向で前記踏面よりも外側に突出するフランジを含むリム部と、
前記ボス部と前記リム部とを接続する環状の板部とを備え、
前記踏面を含む前記リム部表層において、
弾性限σ
0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下である、
鉄道車輪。
ここで、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γは、式(1)を満たす。
【数1】
【請求項2】
鉄道車両用輪軸であって、
請求項1に記載される、第1鉄道車輪及び第2鉄道車輪と、
前記第1鉄道車輪及び前記第2鉄道車輪の前記貫通孔に挿入され、前記第1鉄道車輪及び前記第2鉄道車輪の回転軸方向に延びる前記車軸とを備える、
鉄道車両用輪軸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鉄道車輪、及び、鉄道車両に用いられる輪軸に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両は、線路を構成するレール上を走行する。鉄道車両は、複数の鉄道車輪を備える。鉄道車輪は、鉄道車両を支持し、レールと接触して、レール上を回転しながら移動する。そのため、鉄道車輪には、転がり接触による繰返し応力が負荷される。
【0003】
鉄道車輪の、レールの頭頂面と接触する面を踏面という。鉄道車両の制動方式の一種として、踏面ブレーキが知られている。踏面ブレーキとは、鉄道車輪の踏面に制輪子を押し付けることにより、踏面と制輪子との間に摩擦力を発生させ、その摩擦力で鉄道車両を制動する制動方式である。踏面ブレーキを利用して鉄道車両を制動する場合、踏面と制輪子との間で摩擦熱が発生する。
【0004】
鉄道車輪には、転がり接触による繰返し応力に加え、鉄道車両の制動時には摩擦熱が与えられる。鉄道車輪には、繰返し応力及び摩擦熱によってき裂が生じる場合がある。き裂が伸展すれば、鉄道車輪が割損する可能性がある。そのため、き裂を抑制できる鉄道車輪が求められている。
【0005】
き裂を抑制可能な鉄道車輪がたとえば、特開平10-119503号公報(特許文献1)、及び、特表2001-517177号公報(特許文献2)に提案されている。
【0006】
特許文献1に開示された鉄道車輪は、リム部がボス部より軌道外側に変位した形状の鉄道車両用一体圧延車輪である。この鉄道車輪は、リム部フィレットのフランジ側曲線じまい近傍の板部板厚中央及びボス部フィレットの反フランジ側曲線じまい近傍の板部板厚中央から、それぞれ軸心におろした垂線間の寸法をボス部に対するリム部の変位量δとし、リム部フィレットのフランジ側曲線じまい近傍の板部板厚中央及びリム部内径の軸方向中央から、それぞれ軸心におろした垂線間の寸法をリム側板部の変位量λとしたとき、変位量λが5mm以上で変位量δが40mm以上あることを特徴とする。特許文献1では、板部の変位量δを大きくすることにより、板部に発生する熱応力を抑制する。これにより、鉄道車輪の踏面やフランジ面に発生する熱き裂に起因する割損等に対する性能に優れる鉄道車輪が得られる、と特許文献1に記載されている。
【0007】
特許文献2に開示された鉄道車輪は、き裂発生のおそれのある部分に少なくとも1つの凹部が形成され、その凹部に少なくとも1つの表面被覆層が形成される。表面被覆層は、母材と付加物質とからなる。母材は、特にレーザー照射による熱照射によって溶融され、同時に溶融物に付加物を供給して、鉄道車輪に母材とは異なる特性が付与されている。表面被覆層が凹部内で、互いに隣接して凹部を埋める多数の線状体として形成され、かつ、表面被覆層の外面が、隣接する母材の外面と一致する高さに仕上げられている。特許文献2では、き裂発生のおそれのある部分にレーザー照射によって表面保護層を形成する。これにより、表面疲労とき裂発生を防止し、同時に、真円からのずれ及び腐食を防止できる、と特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平10-119503号公報
【文献】特表2001-517177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、鉄道車輪に発生したき裂が割損に至るまでには、次の段階がある。第1段階は、き裂発生段階である。上述の通り、踏面には、レールとの転がり接触による繰返し応力が負荷される。さらに、鉄道車両の制動時、踏面には、制輪子との摩擦による摩擦熱が生じる。転がり接触による繰返し応力に加え、摩擦熱が負荷されることにより、踏面にき裂が生じる。
【0010】
第2段階は、き裂伸展段階である。踏面に発生したき裂は、踏面と平行に、又は、踏面から鉄道車輪の内部に向かって伸展する。鉄道車輪の表層においてき裂伸展の駆動力が高ければ、き裂が伸展しやすい。
【0011】
第3段階は、割損段階である。き裂が伸展し、鉄道車輪が割損する。鉄道車輪が割損すれば、鉄道車輪の寿命が低下する。
【0012】
特許文献1に開示された鉄道車輪は、板部に発生する熱応力を抑制する。これにより、鉄道車輪の踏面に発生する熱き裂を抑制する。特許文献2に開示された鉄道車輪は、き裂発生の恐れのある部分に表面保護層を形成する。これにより、き裂発生が抑制される。つまり、特許文献1及び特許文献2では、主に第1段階のき裂の発生を抑制することを検討していると考えられる。
【0013】
特許文献1及び特許文献2に開示された鉄道車輪によってき裂の発生を抑制可能である。しかしながら、特許文献1及び特許文献2に開示された鉄道車輪では、発生したき裂の伸展を抑制することは難しい場合がある。
【0014】
本開示の目的は、き裂の伸展を抑制可能な鉄道車輪、及び、き裂の伸展を抑制可能な鉄道車輪を備える鉄道車両用輪軸を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本開示による鉄道車輪は、
前記鉄道車輪の内周部を構成し、鉄道車両の車軸を挿入するための貫通孔を有するボス部と、
前記鉄道車輪の外周部を構成し、前記鉄道車両が走行するレールの頭頂面に接触する踏面、及び、前記鉄道車輪の半径方向で前記踏面よりも外側に突出するフランジを含むリム部と、
前記ボス部と前記リム部とを接続する環状の板部とを備え、
前記踏面を含む前記リム部表層において、
弾性限σ0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下である。
ここで、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γは、式(1)を満たす。
【0016】
【0017】
本開示による鉄道車両用輪軸は、
上記の第1鉄道車輪及び第2鉄道車輪と、
前記第1鉄道車輪及び前記第2鉄道車輪の前記貫通孔に挿入され、前記第1鉄道車輪及び前記第2鉄道車輪の回転軸方向に延びる前記車軸とを備える。
【発明の効果】
【0018】
本開示の鉄道車輪は、き裂の伸展を抑制可能である。本開示の鉄道車両用輪軸は、鉄道車輪のき裂の伸展を抑制可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】
図2は、本実施形態の鉄道車輪の縦断面図である。
【
図3】
図3は、本実施形態の鉄道車両用輪軸の縦断面図である。
【
図4】
図4は、き裂伸展速度da/dNと繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力との関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、一段階冷却した場合の、踏面及び踏面から15mm深さ位置におけるヒートパターンを示す図である。
【
図6】
図6は、二段階冷却した場合の、踏面及び踏面から15mm深さ位置におけるヒートパターンを示す図である。
【
図7】
図7は、繰返し圧縮-引張試験の試験片を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[本開示の鉄道車輪の技術思想]
本発明者らは、鉄道車輪の踏面にき裂が生じた場合であっても、き裂の伸展を抑制する方法を検討した。
【0021】
鉄道車輪には、転がり接触による繰返し応力が負荷される。そのため、鉄道車輪には、繰返し塑性変形に伴って加工硬化が生じる。したがって、き裂の伸展を検討する場合には、繰返し塑性変形に伴う加工硬化を考慮する必要がある。繰返し塑性変形における応力-ひずみ応答を表現するためのモデルとして、非線形移動硬化則が知られている。非線形移動硬化則は式(2)で表される。
【0022】
【0023】
ここで、σeq:相当応力(MPa)、σ0:弾性限(MPa)、C:初期移動硬化係数(GPa)、γ:移動硬化係数減少率である。
【0024】
式(2)を微分するため、式(3)として表す。
【0025】
【0026】
式(3)をεpeqで微分すると、式(4)が得られる。
【0027】
【0028】
εpeq=0のとき、f’(0)=Cとなるから、初期移動硬化係数Cは、塑性ひずみ0の時の移動硬化係数に相当する。言い換えると、初期移動硬化係数Cは、応力-ひずみ曲線における、塑性ひずみ0の時のグラフの傾きに相当する。
【0029】
式(4)の両辺の自然対数をとると式(5)が得られる。
【0030】
【0031】
移動硬化減少率γは、一次関数である式(5)の傾きに相当する。言い換えると、移動硬化減少率γは、移動硬化係数の自然対数を縦軸に、塑性ひずみを横軸にしたグラフの傾きに相当する。
【0032】
式(2)の相当応力σeqは、加工硬化後の強度に相当する。加工硬化後の強度が高ければ、き裂の伸展を抑制できると考えられる。つまり、式(2)における相当応力σeqを高めることができれば、き裂の伸展を抑制できると考えられる。
【0033】
一方で、鉄道車輪は、走行を開始した時から加工硬化が始まる。走行の初期において加工硬化し、速やかに相当応力σeqが高まれば、き裂の伸展を抑制しやすい。最終的に同じ相当応力σeqに到達する場合であっても、速やかに加工硬化しなければ、加工硬化する前にき裂が伸展してしまうため、必ずしもき裂の伸展を抑制できない。すなわち、単に相当応力σeqが高いだけでは、必ずしもき裂の伸展を抑制できない。なお,σ0が高い場合は塑性変形を起こさずとも十分強度が高いため、き裂の伸展を抑制しやすい。
【0034】
本発明者らは、き裂の伸展を抑制できる、σ0(弾性限)、C(初期移動硬化係数)及びγ(移動硬化係数減少率)についてさらに検討を行った。本発明者らは、Finite Element Method(FEM)による解析を行い、鉄道車輪の材料の特性を変化させた場合に、き裂の伸展速度がどのように変化するか調べた。
【0035】
[FEM解析方法]
FEM解析は以下の方法で実施した。ABAQUS Ver.6.14(Dassault Systemes K.K.)を用いて、弾塑性FEM解析を行った。
図1にFEM解析モデルを示す。モデルは2次元平面ひずみとし、鉄道車輪試験片モデルを平面、レール試験片モデルを円とした。鉄道車輪試験片モデルには8節点2次要素を、レール試験片モデルには4節点1次要素を用いた。レール試験片モデルの直径は、75mmであった。鉄道車輪試験片モデルの最小要素寸法は、後述のき裂導入部分を除いて、レール試験片モデルとの接触部とその近傍において幅0.1mm、長さ0.1mmとした。鉄道車輪試験片モデルにおいて、レール試験片モデルとの接触部を含め幅25mm、長さ2mmの領域を有限要素、それ以外の領域を無限要素とした。FEM解析では転がり接触を模擬するため、レール試験片モデルに押付け荷重と、回転方向及び水平方向への移動の強制変位を与えた。鉄道車輪試験片モデルには、鉄道車輪試験片モデルの表面に対して傾斜したき裂を3本導入した。これは、鉄道車輪の表面に多数のき裂が発生していることを模擬するためである。3本のき裂のうち、中央のき裂を対象にき裂伸展評価を行った。以下、3本のき裂のうち、中央のき裂を、単に中央き裂とも称する。鉄道車輪試験片モデルの表面に対するき裂の角度は、25°とした。導入したき裂の深さは0.8mm、3本のき裂の間隔は1.72mmとした。中央き裂のき裂先端部の要素寸法は幅0.08mm、長さ0.08mmとした。鉄道車輪試験片モデルの節点数は16542、要素数は5488とした。レール試験片モデルの節点数は4250、要素数は4096とした。FEM解析では、水潤滑下におけるき裂内部への水の侵入を模擬した。具体的には、き裂とレール試験片モデルの表面とで形成される閉空間を満たす非圧縮性の静水圧要素を定義した。また、き裂面には接触を定義した。
【0036】
FEM解析では以下の手順で転動負荷を再現した。(1)中央き裂から7.5mm離れた位置にレール試験片モデルを配置した。(2)押付け荷重(ヘルツ応力)を、レール試験片モデルの中心に配置したMPC節点に与えた。(3)押付け荷重を一定に保ったまま、Multi-point constraint(MPC)節点に回転と水平方向移動の強制変位を与えて鉄道車輪試験片モデル上にレール試験片モデルを転動させた。このとき、回転による移動量と水平方向移動の強制変位量とをずらすことですべりを与えた。回転による移動量は合計で15mmとした。(4)レール試験片モデルを鉄道車輪試験片モデルから0.09mm離した状態で、初期位置まで移動させた。上記の(1)~(4)を1サイクルとして5サイクル計算した。き裂内への水の侵入量は、2サイクル目の鉄道車輪試験片モデルとレール試験片モデルとの接触で生じる閉空間体積から求めた。2サイクル目に封入した流体は,その後体積が変化しないと仮定して5サイクル目まで計算した。
【0037】
[き裂伸展の駆動力の算出方法]
FEM解析結果から、応力拡大係数を算出してき裂伸展の駆動力を求めた。具体的には、式(6)により開口型(モードI)の応力拡大係数KI(MPa√m)およびせん断型(モードII)の応力拡大係数KII(MPa√m)を算出した。応力拡大係数の算出には、鉄道車輪試験片モデルに導入された中央き裂の先端を原点とする局所座標系において、FEM解析で得られたき裂開口変位を用いた。
【0038】
【0039】
ここで、E:ヤング率(206GPa)、ν:ポアソン比(0.3)、r:き裂先端からの距離(m)、Uy:き裂面に垂直な方向のき裂開口変位の1/2(m)、Ux:き裂面に平行な方向のき裂開口変位の1/2(m)である。
【0040】
FEM解析で得られたUx、Uy、及びrの平方根の関係を線形近似した。得られた傾きの値と式(2)とからKI及びKIIを求めた。線形近似したrの範囲は、ヘルツ応力1500MPaのKIで0~0.12mmであった。転動疲労き裂の伸展は、圧縮応力及びせん断応力により、開口型(モードI)のき裂伸展、及び、せん断型(モードII)のき裂伸展が同時に起こる、いわゆる混合モードの伸展である。そこで、混合モードのき裂伸展を評価するため、応力拡大係数Kθ,maxの時のき裂伸展角度θσを、式(7)に示すErdogan-Sihの混合モードクライテリオンを用いて求めた。以上の計算は、値の安定する5サイクル目の解析結果を用いて行った。
【0041】
【0042】
ここで、θσはき裂先端を中心とした円周上における最大接線応力の角度であり、KII>0の場合θσ<0となり、KII<0の場合θσ>0となる。
【0043】
表1に、上述のFEM解析において、弾性限σ0、初期移動硬化係数C、移動硬化係数減少率γを変化させた場合の、Paris則に基づく疲労き裂伸展速度を示す。
【0044】
【0045】
表1の「da/dN(mm/cycle)」欄に示した、疲労き裂進展速度は、式(8)に基づいて求めた。
【0046】
【0047】
ここで、da/dN:き裂伸展速度(mm/cycle)、ΔKθ,max:応力拡大係数の変動幅(MPa√m)である。また、C、mは実験で得られた定数(C=3.93×10-13、m=3.68)である。da/dNが大きいほど、き裂が伸展しやすいことを示す。試験番号1は、Association of American Railroads’(AAR)の規格であるClass-C(踏面)に相当する材料である。試験番号2は本願の製造方法で製造した車輪(踏面)に相当する材料である。試験番号3~6は、仮想的に設定した、試験番号2よりさらに高強度な材料である。表1の試験番号4~6は、弾性限σ0以外の条件が同一の試験番号である。試験番号4~6を比較して、材料の強度が高まるとda/dNが低下することが分かる。弾性限σ0がたとえば430MPa以上であれば、既存のClass-Cと同等以上のき裂進展抑制効果を得られる可能性があることが分かった。
【0048】
一方で、本発明者らは、き裂伸展の駆動力であるΔK
θ,maxについて、さらに詳細に検討を行った。その結果、き裂伸展の駆動力であるΔK
θ,maxと、非線形移動硬化則の式(2)にε
peq=0.007を代入したときの相当応力σ
eqとには強い負の相関関係があることが明らかになった。すなわち、き裂伸展の駆動力であるΔK
θ,maxと、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力とには、強い負の相関関係があることが分かった。そこで本発明者らは、き裂進展速度da/dNと、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力との関係を調べた。
図4にき裂伸展速度da/dNと繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力との関係を示す。
図4の横軸は、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力(MPa)を示す。
図4の縦軸は、き裂伸展速度da/dN(mm/cycle)を示す。
図4を参照して、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力が高くなるにしたがって、き裂伸展速度da/dNが指数関数的に小さくなる。特に、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力が900MPa以上であれば、き裂進展速度da/dN(mm/cycle)が4.83×10
-3以下になる。つまり、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力が900MPa以上であれば、き裂進展速度がClass-Cに対しておよそ半分以下になるため、転動疲労寿命が大幅に延びると考えられる。
【0049】
表1及び
図4を参照して、弾性限σ
0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下であることを前提として、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γが、式(1)を満たせば、既存のClass-Cと比較して、き裂進展の大幅な抑制が可能となることが分かった。式(1)は非線形移動硬化則の式(2)にε
peq=0.007、σ
eq=900を代入したものであり、相当塑性ひずみ量0.7%における相当応力値である。つまり、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力が900MPa以上となる初期移動硬化係数C、及び、移動硬化係数減少率γの範囲を示している。
【0050】
【0051】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態の鉄道車輪100は、次の構成を有する。
【0052】
[1]
鉄道車輪であって、
前記鉄道車輪の内周部を構成し、鉄道車両の車軸を挿入するための貫通孔を有するボス部と、
前記鉄道車輪の外周部を構成し、前記鉄道車両が走行するレールの頭頂面に接触する踏面、及び、前記鉄道車輪の半径方向で前記踏面よりも外側に突出するフランジを含むリム部と、
前記ボス部と前記リム部とを接続する環状の板部とを備え、
前記踏面を含む前記リム部表層において、
弾性限σ
0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下である、
鉄道車輪。
ここで、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γは、式(1)を満たす。
【数10】
【0053】
本実施形態の鉄道車輪は、踏面を含むリム部表層において、弾性限σ0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下であり、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γが、式(1)を満たす。そのため、き裂の伸展を抑制できる。
【0054】
[2]
鉄道車両用輪軸であって、
[1]に記載される、第1鉄道車輪及び第2鉄道車輪と、
前記第1鉄道車輪及び前記第2鉄道車輪の前記貫通孔に挿入され、前記第1鉄道車輪及び前記第2鉄道車輪の回転軸方向に延びる前記車軸とを備える、
鉄道車両用輪軸。
【0055】
本実施形態の鉄道車両用輪軸は、[1]に記載される鉄道車輪を備える。そのため、鉄道車輪のき裂の伸展を抑制できる。
【0056】
[鉄道車輪の構成]
図2は、本実施形態の鉄道車輪100の縦断面図である。縦断面とは、中心軸Xを含む平面で鉄道車輪100を切断した断面をいう。鉄道車輪100の縦断面は中心軸Xに対して対称であるので、
図2では、鉄道車輪100のうち中心軸Xの片側のみを示す。本実施形態では、鉄道車輪100の中心軸Xが延びる方向を軸方向といい、鉄道車輪100の半径方向を単に半径方向という。
【0057】
図2を参照して、鉄道車輪100は、ボス部10と、リム部20と、板部30と、を備える。
【0058】
ボス部10は、中心軸Xを軸心とする筒状であり、車輪100の内周部を構成する。ボス部10には、鉄道車両の車軸(図示略)が挿入される。
【0059】
リム部20は、中心軸Xを軸心とする筒状を有し、鉄道車輪100の外周部を構成する。リム部20は、半径方向においてボス部10の外側に配置される。
【0060】
リム部20は、踏面21と、フランジ22とを含む。踏面21は、鉄道車輪100の外周面に設けられる。すなわち、踏面21は、半径方向で外向きの環状面である。踏面21は、鉄道車両が走行するレールの頭頂面に接触する。踏面21の直径は、フランジ22側に向かって徐々に大きくなる。踏面21の形状は特に限定されるものではない。踏面21は、鉄道車輪100の縦断面視で、例えば、円すい状であってもよいし、円弧状であってもよい。
【0061】
フランジ22は、軸方向において踏面21に隣接する。フランジ22は、リム部20において軸方向の一方端部に設けられている。本実施形態では、軸方向においてフランジ22が位置する側をフランジ側、これの反対側を反フランジ側という。言い換えると、鉄道車輪100の表面側が反フランジ側、鉄道車輪100の裏面側がフランジ側である。フランジ22は、半径方向で踏面21よりも外側に突出している。フランジ22は、鉄道車両がレール上を走行するとき、左右のレールの内側に位置付けられる。
【0062】
フランジ22の表面は、踏面21に接続されている。フランジ22の表面と踏面21との接続部分をスロート23という。スロート23は、鉄道車輪100の縦断面視で、一種類以上の円弧を含む曲線であり、フランジ22の表面を踏面21に滑らかに接続する。
【0063】
板部30は、環状を有し、内周側のボス部10と外周側のリム部20とを接続する。板部30の板厚は、全体として、ボス部10の軸方向の長さ(ボス幅)及びリム部20の軸方向の長さ(リム幅)よりも小さい。板部30は、反フランジ側の表面と、フランジ側の裏面とを有する。表面及び裏面の内周端は、それぞれ、縦断面視で円弧状の接続部41a,42aを介し、ボス部10の外周面11に接続されている。表面及び裏面の外周端は、それぞれ、縦断面視で円弧状の接続部41b,42bを介し、リム部20の内周面24に接続されている。
【0064】
鉄道車輪100は、踏面21を含むリム部表層において、上記パラメーターを満たす。リム部表層とは、踏面21から鉄道車輪100の半径方向に15mm深さまでの範囲をいう。リム部表層が上記パラメーターを満たせば、鉄道車輪100のき裂の伸展を抑制できる。
【0065】
図3は、本実施形態の鉄道車両用輪軸200の縦断面図である。縦断面とは、中心軸Yを含む平面で鉄道車両用輪軸200を切断した断面をいう。
図3を参照して、鉄道車両用輪軸200は、第1鉄道車輪101及び第2鉄道車輪102と、車軸201を備える。第1鉄道車輪101及び第2鉄道車輪102は、上述の鉄道車輪100である。車軸201は、第1鉄道車輪101及び第2鉄道車輪102の貫通孔60a、60bに挿入される。車軸201は、第1鉄道車輪101及び第2鉄道車輪102の回転軸方向に延びる。
【0066】
[弾性限]
踏面21を含むリム部20の表層において、弾性限σ0は430MPa以上である。弾性限σ0の好ましい下限は440MPaであり、より好ましくは450MPaである。弾性限σ0の上限は特に限定されないが、例えば900MPaである。
【0067】
[初期移動硬化係数]
踏面21を含むリム部20の表層において、初期移動硬化係数Cは130GPa以上である。初期移動硬化係数Cの好ましい下限は135GPaであり、より好ましくは140GPaであり、さらに好ましくは145GPaであり、さらに好ましくは150GPaであり、さらに好ましくは155GPaであり、さらに好ましくは160GPaである。初期移動硬化係数Cの上限は特に限定されないが、例えば200GPaである。
【0068】
[移動硬化係数減少率]
踏面21を含むリム部20の表層において、移動硬化係数減少率γは400以下である。移動硬化係数減少率γの好ましい上限は390であり、より好ましくは380であり、さらに好ましくは370であり、さらに好ましくは360であり、さらに好ましくは350である。移動硬化係数減少率γの下限は特に限定されないが、例えば200である。
【0069】
[弾性限、初期移動硬化係数、及び、移動硬化係数減少率の測定方法]
鉄道車輪100の弾性限σ0、初期移動硬化係数C、移動硬化係数減少率γは次の方法で測定する。まず、繰返し圧縮-引張試験を行い繰返し公称応力-公称ひずみ曲線を取得する。この公称応力-公称ひずみ曲線を真応力-真ひずみ曲線に書き換える。さらに、真ひずみから弾性ひずみを引くことで真ひずみ中の塑性ひずみを計算する。この真ひずみ中の塑性ひずみは相当塑性ひずみに対応し、このときの真応力は相当応力に対応する。こうして求めた相当応力-相当塑性ひずみ曲線を非線形移動硬化則の式(2)でフィッティングすることで弾性限σ0、初期移動硬化係数C、移動硬化係数減少率γを求める。また、繰返し応力-ひずみ曲線における0.7%耐力は、フィッティングして得られた非線形移動硬化則の式(2)に相当塑性ひずみεpeq=0.007を代入したときの相当応力σeqである。
【0070】
[繰返し圧縮-引張試験]
繰返し圧縮-引張試験は次の通りに実施する。鉄道車輪100のリム部20の表層から、試験片長手方向が鉄道車輪100の円周方向となるように円柱状の試験片を採取する。
図7は、繰返し圧縮-引張試験の試験片を示す模式図である。試験片は、最大直径15mmの円柱状であり、長手方向中心における平行部長さは20mmである。試験片の長手方向に垂直な断面における中心は、鉄道車輪100の踏面21から鉄道車輪100の半径方向に7.5mm深さ位置とする。採取した試験片を用いて繰返し圧縮-引張試験を実施する。試験はひずみ比-1、ひずみ速度0.04%/秒のIncremental Step法で行う。ひずみの変動幅は0.2%とする。ひずみの最大振幅は1.0%とする。また、打ち切り回数は20cycleとする。繰返し公称応力-公称ひずみ曲線は20cycle目のヒステリシス曲線の頂点を結んだ曲線の第一象限とする。こうして得られた繰返し公称応力-公称ひずみ曲線から上述の方法により、弾性限σ
0、初期移動硬化係数C、移動硬化係数減少率γを求める。
【0071】
鉄道車輪100の化学組成は特に限定されない。鉄道車輪100の化学組成はたとえば、質量%で、C:0.70超~1.35%、Si:1.00%以下、Mn:0.10~1.50%、P:0~0.050%、S:0~0.030%、N:0.0200%以下、Al:0~1.500%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Cr:0~0.50%、V:0~0.12%、Ti:0~0.010%、Mo:0~0.20%、Nb:0~0.050%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成であっても良い。鉄道車輪100のミクロ組織は特に限定されない。鉄道車輪100のミクロ組織はたとえば、面積率の合計で0~25%の、初析セメンタイト、初析フェライト、ベイナイト及びマルテンサイトからなる群から選択される1種以上、及び、残部はパーライトからなるミクロ組織であってもよい。
【0072】
パーライトの面積率は次の方法で求める。鉄道車輪100のリム部20の厚さ方向の中央位置、板部30の厚さ方向の中央位置、及びボス部10の厚さ方向の中央位置からそれぞれサンプルを採取する。各サンプルの観察面を機械研磨により鏡面仕上げする。その後、観察面をナイタル液(硝酸とエタノールとの混合液)で腐食する。腐食後の観察面内の任意の1視野(200μm×200μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成する。焼入れ層(マルテンサイト及び/又はベイナイト)、初析セメンタイト及び初析フェライトと、パーライトとは、コントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、観察面中の焼入れ層、及びパーライトを特定する。パーライトの面積率は、特定されたパーライトの総面積と観察面の面積とに基づいて求める。
【0073】
[鉄道車輪の製造方法]
上述の鉄道車輪100を製造する方法の一例を説明する。本製造方法は、素材製造工程と、成形工程と、熱処理工程と、切削加工工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0074】
[素材製造工程]
素材製造工程では、電気炉又は転炉等を用いて上述の化学組成を有する溶鋼を溶製した後、鋳造して鋳造材(鋳片又はインゴット)にする。連続鋳造による鋳片を製造してもよいし、鋳型によって鋳込んでインゴットを製造してもよい。
【0075】
鋳片又はインゴットを熱間加工して、所望のサイズの素材を製造する。熱間加工はたとえば、熱間鍛造、熱間圧延等である。熱間圧延により素材を製造する場合、たとえば、次の方法で素材を製造する。熱間圧延ではたとえば、分塊圧延機を用いる。分塊圧延機により素材に対して分塊圧延を実施して、素材を製造する。分塊圧延機の下流に連続圧延機が設置されている場合、分塊圧延後の鋼材に対してさらに、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、さらにサイズの小さい素材を製造してもよい。連続圧延機では、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。熱間圧延での加熱炉の加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1350℃である。以上の製造工程により、素材が製造される。
【0076】
なお、素材は、鋳造材(鋳片又はインゴット)であってもよい。つまり、上述の熱間加工は省略されてもよい。以上の工程により、鉄道車輪100の素材が製造される。素材はたとえば、円柱状の素材である。
【0077】
[成形工程]
成形工程では、準備された素材を用いて、熱間加工により車輪形状の中間品を成形する。中間品は車輪形状を有するため、ボス部10と、板部30と、踏面21及びフランジ22を含むリム部20とを備える。熱間加工はたとえば、熱間鍛造である。
【0078】
熱間加工時における素材の好ましい加熱温度は1220℃以上である。熱間加工後の中間品の冷却方法は特に限定されない。放冷でもよいし、水冷でもよい。
【0079】
[熱処理工程]
熱処理工程では、成形された車輪形状の中間品に対して踏面焼入れを実施する。具体的には、成形工程(熱間鍛造又は熱間圧延)後の中間品をAcm変態点以上に再加熱する(再加熱処理)。加熱後、中間品の踏面21及びフランジ22を急冷(踏面焼入れ)する。たとえば、冷却媒体を噴射して踏面21及びフランジ22を急冷する。冷却媒体はたとえば、エアー、ミスト、スプレーである。なお、踏面焼入れ時において、板部30及びボス部10は水冷せずに放冷する。
【0080】
踏面焼入れの際の冷却速度を一定とする冷却を、ここでは、一段階冷却と称する。
図5は、一段階冷却した場合の、踏面21及び踏面21から15mm深さ位置におけるヒートパターンを示す図である。以下、踏面21から15mm深さ位置を、単に15mm深さ位置とも称する。ここで、15mm深さとは、踏面21から鉄道車輪100の半径方向に15mm深さを意味する。
図5中、踏面21のヒートパターンを実線L1として示す。踏面21から15mm深さ位置におけるヒートパターンを一点鎖線L2として示す。
【0081】
一段階冷却した場合、踏面21では、加熱開始温度T0から再加熱温度T2まで、時間t0から時間t1までの時間で加熱される。その後、時間t1から時間t3まで、再加熱温度T2で保持される。続いて、再加熱温度T2から冷却温度T1まで、時間t3から時間t5までの時間で冷却される。一方、15mm深さ位置では、踏面21と比較して、加熱及び冷却に時間を要する。15mm深さ位置では、加熱開始温度T0から再加熱温度T2まで、時間t0から時間t2までの時間で加熱される。その後、時間t2から時間t4まで、再加熱温度T2で保持される。続いて、再加熱温度T2から冷却温度T1まで、時間t4から時間t6までの時間で冷却される。
【0082】
踏面21の冷却速度S1は、(T2-T1)/(t5-t3)で表すことができる。一方、15mm深さ位置の冷却速度S2は、(T2-T1)/(t6-t4)で表すことができる。t6とt4との差分は、t5とt3との差分と比較して大きい。つまり、一段階冷却した場合、15mmm深さ位置では、踏面21と比較して冷却速度が遅い。
【0083】
たとえば、二段階の冷却を行うことで、15mm深さ位置における冷却速度を高めることができる。これにより、15mm深さ位置における弾性限σ
0、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γを制御できる。
図6は、二段階冷却した場合の、踏面21及び踏面21から15mm深さ位置におけるヒートパターンを示す図である。
図6中、踏面21のヒートパターンを実線L1として示す。踏面21から15mm深さ位置におけるヒートパターンを一点鎖線L2として示す。
【0084】
二段階冷却した場合、踏面21では、加熱開始温度T0から再加熱温度T2まで、時間t0から時間t1までの時間で加熱される。その後、時間t1から時間t3まで、再加熱温度T2で保持される。続いて、再加熱温度T2から第一冷却温度T3まで、時間t3から時間t4までの時間で冷却される。さらに、第一冷却温度T3から第二冷却温度T1まで、時間t4から時間t5までの時間で冷却される。再加熱温度T2から第一冷却温度T3までの冷却速度を、第一冷却速度S10と称する。第一冷却温度T3から第二冷却温度T1までの冷却速度を、第二冷却速度S11と称する。第一冷却速度S10よりも、第二冷却速度S11を高める。たとえば、再加熱温度900~1000℃から第一冷却温度500~550℃までの第一冷却速度S10を0.700~10.00℃/秒とする。第一冷却温度から第二冷却温度300~400℃までの第二冷却速度S11を1.40~25.0℃/秒とする。この場合、第一冷却速度S10で冷却された踏面21に微細パーライトが析出する。踏面21の組織変化が少なくなった段階で、第二冷却速度S11で冷却する。第一冷却速度S10よりも、第二冷却速度S11は高い。これにより、15mm深さ位置における冷却速度S2を高め、15mm深さ位置における弾性限σ0、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γを制御できる。
【0085】
第一冷却速度S10が高すぎれば、焼入れ層(マルテンサイト)が過剰に生成する。焼入れ層は、後述する切削加工工程で除去される。焼入れ層が過剰に生成すれば、歩留まりが低下する。そのため、第一冷却速度S10は、焼入れ層の過剰な生成を抑制し、かつ、踏面21に微細パーライトを析出可能な冷却速度0.700~10.00℃/秒とする。続く第二冷却速度S11は、15mm深さ位置における冷却速度S2を高めるため、1.40~25.0℃/秒とする。第一冷却速度S10に対する第二冷却速度S11の倍率は、好ましくは2倍~2.5倍である。
【0086】
たとえば、以上の条件で中間品の踏面21及びフランジ22を急冷することで、踏面21を含むリム部表層において、弾性限σ0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下であり、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γが、式(1)を満たす鉄道車輪100が得られる。
【0087】
上記説明では中間品を再加熱するが、熱間加工後の中間品に対して直接(再加熱せずに)、踏面焼入れを実施してもよい。
【0088】
踏面焼入れ後の中間品に対して、必要に応じて焼戻しを実施する。焼戻しは周知の温度及び時間で行えば足りる。焼戻し温度はたとえば、400~600℃である。
【0089】
[切削加工工程]
上述のとおり、熱処理後の中間品の踏面21の表層には微細パーライトが形成されるが、その上層には焼入れ層が形成されている。鉄道車輪100の使用において、焼入れ層の耐摩耗性は低いため、切削加工により焼入れ層を除去する。切削加工は周知の方法で行えば足りる。
【0090】
以上の工程により本実施形態の鉄道車輪100が製造される。
【0091】
[輪軸の製造方法]
本実施形態による鉄道車両用輪軸200の製造方法の一例を説明する。本製造方法は、車軸製造工程を含む。車軸製造工程は、粗製品製造工程と、熱処理工程とを含む。
【0092】
[粗製品製造工程]
溶鋼を製造する。溶鋼の化学組成はたとえば、C:0.45~0.59%、Si:0.15%以上、P:0~0.045%、S:0~0.050%、V:0.02~0.08%及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成である。溶鋼を用いてインゴットを製造する。インゴットに対して熱間鍛造を実施して、車軸形状を有する粗製品を製造する。熱間鍛造時のインゴットの加熱温度は、周知の温度範囲で足りる。加熱温度はたとえば、1000~1300℃である。製造された粗製品に対して、焼入れ及び焼戻し処理、又は、焼ならし処理を実施する。
【0093】
[熱処理工程]
焼入れ及び焼戻し処理を実施する場合、焼入れ処理及び焼戻し処理の上限は周知の条件で足りる。具体的には、焼入れ処理では、焼入れ温度をAc3変態点以上とする。焼入れ温度で粗製品を保持し、その後、水冷又は油冷によって急冷する。焼戻し処理では、焼戻し温度をAc1変態点以下とする。焼戻し温度で粗製品を保持し、その後放冷する。焼ならし処理を実施する場合、粗製品をAc1変態点よりも高い熱処理温度で保持し、その後、放冷する。なお、焼ならし処理に続いて、焼戻し処理を実施してもよい。
【0094】
焼入れ焼戻し処理、又は、焼ならし処理が実施された粗製品に対して、必要に応じて、機械加工を実施する。その後、粗製品に対して、高周波焼入れ処理を実施する。高周波焼入れ処理では、高周波加熱によって、粗製品の表層部分をAc3変態点よりも高い温度にした後、急冷する。急冷方法はたとえば、水冷である。高周波焼入れを実施した粗製品に対して、必要に応じて、最終の機械加工を実施してもよい。つまり、機械加工は任意の処理工程である。なお、機械加工を実施する場合、必要な深さの硬化層を確保できる範囲内で、機械加工(旋削及び研磨)を実施する。
【0095】
以上の製造方法により、本実施形態の車軸201が製造される。
【0096】
製造した鉄道車輪100の貫通孔に、車軸201を圧入し、本実施形態の鉄道車両用輪軸200が製造される。
【0097】
[実施例]
【0098】
冷却速度を変化させ、弾性限σ0、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γを変化させた試験片を作製した。試験片を用いて繰返し圧縮-引張試験を実施した。
【0099】
C:0.70超~1.35%、Si:1.00%以下、Mn:0.10~1.50%、P:0~0.050%、S:0~0.030%、N:0.0200%以下、Al:0~1.500%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Cr:0~0.50%、V:0~0.12%、Ti:0~0.010%、Mo:0~0.20%、Nb:0~0.050%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成の溶鋼を製造した。溶鋼を用いて、直径513mmの鋳型に鋳造してインゴットを作製し、各インゴットの長さを300mmに切断した。切断したインゴットを、1200℃に加熱した後、熱間鍛造して直径965mmの車輪を製造した。
【0100】
製造した車輪を900℃で2時間加熱した後、車輪を回転させながらノズルから水を噴射して冷却する、いわゆる踏面焼き入れを実施した。踏面焼入れの際、900℃から550℃までの冷却速度である第一冷却速度と、550℃から400℃までの冷却速度である第二冷却速度とを変化させた。第一冷却速度及び第二冷却速度を表2に示す。踏面焼入れ後、焼戻し処理(450℃で2時間保持してから大気中で冷却する処理)を実施した。試験番号12では、焼戻し処理の後、さらに高温焼戻し処理(650℃で2時間保持してから大気中で冷却する処理)を実施した。試験番号14は従来のClass-Cに相当し、第一冷却速度と第二冷却速度を変化させていない材料である。これにより、各試験番号の鉄道車輪を製造した。
【0101】
【0102】
各試験番号の鉄道車輪から試験片を作成した。各試験番号の試験片を用いて、上述の[繰返し圧縮-引張試験]に記載された方法により、繰返し圧縮-引張試験を実施した。各試験番号の試験片の弾性限σ0、初期移動硬化係数C、移動硬化係数減少率γを求めた。結果を表2に示す。さらに、FEM解析を、上述の条件で実施して、試験番号14(従来のClass-C)のき裂の伸展速度(da/dN(mm/cycle))に対する、各試験番号のき裂の伸展速度(da/dN(mm/cycle))の比率を求めた。結果を表2の((da/dN)/(da/dN)Class-C)の欄に示す。
【0103】
[評価結果]
表2を参照して、試験番号7~10では、鉄道車輪を模擬した試験片の弾性限σ0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下であり、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γが式(1)を満たした。その結果、従来のClass-Cに対するき裂の伸展速度の比率((da/dN)/(da/dN)Class-C)が0.500以下となった。試験番号7~10は、従来の鉄道車輪と比較してき裂の伸展をさらに抑制できた。
【0104】
一方、試験番号11、12では、弾性限σ0が430MPa未満であり、初期移動硬化係数Cが130GPa未満であり、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γが式(1)を満たさなかった。その結果、Class-Cに対するき裂の伸展速度の比率((da/dN)/(da/dN)Class-C)が0.500を超えた。試験番号11、12は、従来の鉄道車輪と比較してき裂の伸展をさらに抑制することはできなかった。
【0105】
試験番号13及び14では、初期移動硬化係数Cが130GPa未満であり、初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γが式(1)を満たさなかった。その結果、Class-Cに対するき裂の伸展速度の比率((da/dN)/(da/dN)Class-C)が0.500を超えた。試験番号13及び14は、従来の鉄道車輪と比較してき裂の伸展をさらに抑制することはできなかった。
【0106】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0107】
10 ボス部
20 リム部
21 踏面
22 フランジ
30 板部
60 貫通孔
100 鉄道車輪
【要約】
き裂の伸展を抑制可能な鉄道車輪を提供する。本開示による鉄道車輪(100)は、ボス部(10)と、踏面(21)、及び、フランジ(22)を含むリム部(20)と、板部(30)とを備える。鉄道車輪(100)は、踏面(21)を含むリム部(20)表層において、弾性限σ
0が430MPa以上であり、初期移動硬化係数Cが130GPa以上であり、移動硬化係数減少率γが400以下である。初期移動硬化係数C及び移動硬化係数減少率γは、式(1)を満たす。
[数1]