(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼管
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230307BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230307BHJP
C21D 8/10 20060101ALI20230307BHJP
C21D 9/08 20060101ALI20230307BHJP
C21C 7/00 20060101ALI20230307BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D8/10 D
C21D9/08 E
C21C7/00 B
(21)【出願番号】P 2022579871
(86)(22)【出願日】2022-09-29
(86)【国際出願番号】 JP2022036441
【審査請求日】2022-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2021162900
(32)【優先日】2021-10-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】西村 俊也
(72)【発明者】
【氏名】松尾 大輔
(72)【発明者】
【氏名】神吉 恭平
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/067247(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/071344(WO,A1)
【文献】特開2015-132014(JP,A)
【文献】特開2004-002951(JP,A)
【文献】国際公開第2021/199368(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/10
C21D 9/08
C21C 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.030%未満、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0010~0.0050%、
Cr:10.00~14.00%、
Ni:5.00~7.50%、
Mo:1.10~3.50%、
Cu:1.00~3.50%、
Al:0.005~0.050%、
N:0.0030~0.0500%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.020~0.150%、
Co:0.01~0.50%、
Ca:0.0010~0.0050%、
Nb:0~0.15%、
W:0~1.50%、
Sn:0~0.0100%、
As:0~0.0100%、
Sb:0~0.0100%、
B:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
ミクロ組織が、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなり、
降伏強度が758MPa以上であり、
Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm
2以上である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項2】
請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Nb:0.01~0.15%、
W:0.01~1.50%、
Sn:0.0001~0.0100%、
As:0.0001~0.0100%、
Sb:0.0001~0.0100%、
B:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0100%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Cu:1.50~3.50%を含有し、
面積が0.20μm
2以上のCu析出物の面積率が0.10超~0.50%である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は鋼管に関し、さらに詳しくは、マルテンサイト系ステンレス鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という)は、腐食性を有する硫化水素(H2S)や炭酸ガス(CO2)等を含有する。ここで、鋼材の耐炭酸ガス腐食性の向上にはクロム(Cr)が有効であることが知られている。そのため、炭酸ガスを多く含む環境の油井では、炭酸ガスの分圧や温度に応じて、API L80 13Cr鋼材(通常の13Cr鋼材)や、C含有量を低減したスーパー13Cr鋼材等に代表される、13質量%程度のCrを含有するマルテンサイト系ステンレス鋼材が使用される。
【0003】
近年、油井の深井戸化により、油井用鋼管の高強度化が要求されている。具体的には、80ksi級(降伏強度が80~95ksi未満、つまり、552~655MPa未満)や、95ksi級(降伏強度が95~110ksi未満、つまり、655~758MPa未満)の油井用鋼管が広く利用されている。最近ではさらに、110ksi以上(降伏強度が758MPa以上)の油井用鋼管が求められ始めている。
【0004】
特開2002-241902号公報(特許文献1)、特開2009-120954号公報(特許文献2)、及び、国際公開第2017/168874号(特許文献3)は、降伏強度を高めた鋼材を提案する。
【0005】
特許文献1に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス鋼であって、質量%で、C:0.08%以下、Si:1%以下、Mn:0.1~2%、Cr:7~15%、Ni:0.5~7%、Nb:0.005~0.5%、Al:0.001~0.1%、N:0.001~0.05%、P:0.04%以下、S:0.005%以下を含有し、残部は実質的にFeであり、Cr-16.6C+6Nb+0.5Ni≧9.6を満たす。この鋼材はさらに、断面の鋼組織が大きさ0.2μm以下のクロム窒化物を102~108個/mm2含む。この鋼材は、降伏強度が760MPa以上である、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス鋼であって、質量%で、C:0.01~0.1%、Si:0.05~1%、Mn:0.05~1.5%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Cr:9~15%、Ni:0.1~2.0%、Al:0.05%以下及びN:0.1%以下を含むとともに、Cu:0.05~4%、Mo:0.05~3%、V:0.005~0.5%、Nb:0.005~0.5%、B:0.0002~0.005%、Ca:0.0003~0.005%、Mg:0.0003~0.005%、及び、REM:0.0003~0.005%のうちの1元素以上を含有し、残部がFe及び不純物である。この鋼材はさらに、鋼中の残留オーステナイト相の厚さが100nm以下で、X線積分強度111γと110αが0.005≦111γ/(111γ+110α)≦0.05を満たす。この鋼材は、降伏応力759MPa級以上でも適用できる、と特許文献2には記載されている。
【0007】
特許文献3に開示される鋼材は、油井用高強度ステンレス継目無鋼管であって、質量%で、C:0.005~0.05%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.20~1.80%、P:0.030%以下、S:0.005%以下、Cr:12.0~17.0%、Ni:4.0~7.0%、Mo:0.5~3.0%、Al:0.005~0.10%、V:0.005~0.20%、Co:0.01~1.0%、N:0.005~0.15%、O:0.010%以下を含有し、かつ、Cr+0.65Ni+0.6Mo+0.55Cu-20C≧15.0、及び、Cr+Mo+0.3Si-43.5C-0.4Mn-Ni-0.3Cu-9N≦11を満たす。この鋼材は、降伏強さが655MPa以上である、と特許文献3には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2002-241902号公報
【文献】特開2009-120954号公報
【文献】国際公開第2017/168874号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1~3は、鋼材の降伏強度を高める技術を提案する。しかしながら、上記特許文献1~3に提案される技術以外の他の技術によって、758MPa以上(110ksi以上)の降伏強度を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管が得られてもよい。
【0010】
ところで、油井用鋼管としての使用が想定されたマルテンサイト系ステンレス鋼管には、切削加工が実施される場合がある。たとえば、マルテンサイト系ステンレス鋼管に切削加工を実施して、鋼管の寸法を整える場合がある。たとえばさらに、マルテンサイト系ステンレス鋼管に切削加工を実施して、鋼管同士を連結するためのねじ継手が管端部に形成される場合がある。そのため、マルテンサイト系ステンレス鋼管には、強度が高いだけではなく、被削性も優れている方が好ましい。しかしながら、上記特許文献1~3では、マルテンサイト系ステンレス鋼管の被削性について、検討されていない。
【0011】
本開示の目的は、高い降伏強度と、優れた被削性とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、
質量%で、
C:0.030%未満、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0010~0.0050%、
Cr:10.00~14.00%、
Ni:5.00~7.50%、
Mo:1.10~3.50%、
Cu:1.00~3.50%、
Al:0.005~0.050%、
N:0.0030~0.0500%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.020~0.150%、
Co:0.01~0.50%、
Ca:0.0010~0.0050%、
Nb:0~0.15%、
W:0~1.50%、
Sn:0~0.0100%、
As:0~0.0100%、
Sb:0~0.0100%、
B:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
ミクロ組織が、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなり、
降伏強度が758MPa以上であり、
Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である。
【発明の効果】
【0013】
本開示によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、高い降伏強度と、優れた被削性とを有する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本発明者らは、高い降伏強度と、優れた被削性とを両立できるマルテンサイト系ステンレス鋼管について、化学組成の観点から検討した。その結果、本発明者らは、質量%で、C:0.030%未満、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.0010~0.0050%、Cr:10.00~14.00%、Ni:5.00~7.50%、Mo:1.10~3.50%、Cu:1.00~3.50%、Al:0.005~0.050%、N:0.0030~0.0500%、V:0.01~0.30%、Ti:0.020~0.150%、Co:0.01~0.50%、Ca:0.0010~0.0050%、Nb:0~0.15%、W:0~1.50%、Sn:0~0.0100%、As:0~0.0100%、Sb:0~0.0100%、B:0~0.0050%、Mg:0~0.0050%、希土類元素:0~0.0100%、及び、残部:Fe及び不純物からなるマルテンサイト系ステンレス鋼管であれば、110ksi以上(758MPa以上)の降伏強度と、優れた被削性とを両立できる可能性があると考えた。
【0015】
次に本発明者らは、上述の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織について検討した。その結果、上述の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織が、0~15体積%の残留オーステナイト、0~5体積%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなる場合、鋼管の降伏強度を110ksi以上に高められることを知見した。なお、本明細書において「残留オーステナイト、フェライト、及び、焼戻しマルテンサイトからなる」とは、残留オーステナイト、フェライト、及び、焼戻しマルテンサイト以外の相が、無視できるほど少ないことを意味する。
【0016】
すなわち、上述の化学組成とミクロ組織とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管であれば、110ksi以上の降伏強度を得られる可能性がある。ここで、鋼材の強度を高めれば、鋼材の被削性は低下しやすい傾向がある。つまり、上述の化学組成とミクロ組織とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度を110ksi以上にまで高めた結果、被削性が低下する懸念がある。ここで、鋼管の被削性が低下すれば、切削加工時に用いる切削工具が摩耗しやすくなる。この場合、切削加工に用いる切削工具の交換頻度が高まり、生産性が低下する。そこで本発明者らは、上述の化学組成とミクロ組織とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管において、降伏強度を維持したまま、被削性を高める手法を種々検討した。なお、本明細書において「被削性が高い」とは、切削工具の工具寿命が長いことを意味する。
【0017】
上述の化学組成とミクロ組織とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管に残存した介在物のうち、特にカルシウム(Ca)と硫黄(S)とを主体とするCa硫化物であれば、上述のマルテンサイト系ステンレス鋼管の降伏強度を維持したまま、被削性に寄与することを、本発明者らは知見した。ここで、Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上である粒子を「Ca硫化物」と定義する。この知見に基づいて、本発明者らは、上述の化学組成とミクロ組織とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管の被削性を高められるCa硫化物のサイズと個数密度について、詳細に検討した。
【0018】
その結果、上述の化学組成とミクロ組織とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管では、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上であれば、110ksi以上の降伏強度と、優れた被削性とを両立できることを、本発明者らは見出した。したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、上述の化学組成を満たし、0~15体積%の残留オーステナイト、0~5体積%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなるミクロ組織を有し、Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物を3個/mm2以上とする。その結果、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、110ksi以上の降伏強度と、優れた被削性とを有する。
【0019】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の要旨は、次のとおりである。
【0020】
[1]
質量%で、
C:0.030%未満、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0010~0.0050%、
Cr:10.00~14.00%、
Ni:5.00~7.50%、
Mo:1.10~3.50%、
Cu:1.00~3.50%、
Al:0.005~0.050%、
N:0.0030~0.0500%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.020~0.150%、
Co:0.01~0.50%、
Ca:0.0010~0.0050%、
Nb:0~0.15%、
W:0~1.50%、
Sn:0~0.0100%、
As:0~0.0100%、
Sb:0~0.0100%、
B:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
ミクロ組織が、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなり、
降伏強度が758MPa以上であり、
Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0021】
[2]
[1]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Nb:0.01~0.15%、
W:0.01~1.50%、
Sn:0.0001~0.0100%、
As:0.0001~0.0100%、
Sb:0.0001~0.0100%、
B:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0100%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0022】
[3]
[1]又は[2]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Cu:1.50~3.50%を含有し、
面積が0.20μm2以上のCu析出物の面積率が0.10超~0.50%である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0023】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Nb:0.01~0.15%、及び、
W:0.01~1.50%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0024】
[5]
[1]~[4]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Sn:0.0001~0.0100%、
As:0.0001~0.0100%、及び、
Sb:0.0001~0.0100%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0025】
[6]
[1]~[5]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
B:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0100%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0026】
以下、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管について詳述する。なお、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0027】
[化学組成]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成は、次の元素を含有する。
【0028】
C:0.030%未満
炭素(C)は、不可避に含有される。つまり、C含有量の下限は0%超である。Cは鋼材の焼入れ性を高めて、鋼材の強度を高める。しかしながら、C含有量が0.030%を超えれば、CはCrと結合してCr炭化物を生成しやすくなる。その結果、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靭性が低下する。したがって、C含有量は0.030%未満である。C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。C含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.015%である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0029】
Si:1.00%以下
ケイ素(Si)は、不可避に含有される。つまり、Si含有量の下限は0%超である。Siは鋼を脱酸する。しかしながら、Si含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は1.00%以下である。Si含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。Si含有量の好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0030】
Mn:1.00%以下
マンガン(Mn)は、不可避に含有される。つまり、Mn含有量の下限は0%超である。Mnは鋼材の焼入れ性を高めて、鋼材の強度を高める。しかしながら、Mn含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Mnは粗大な介在物を形成して、鋼材の靭性を低下させる。したがって、Mn含有量は1.00%以下である。Mn含有量の好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.25%である。Mn含有量の好ましい上限は0.80%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0031】
P:0.030%以下
燐(P)は、不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量の下限は0%超である。P含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが結晶粒界に偏析して、鋼材の靭性を顕著に低下させる。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.001%である。
【0032】
S:0.0010~0.0050%以下
硫黄(S)は、鋼材中のCaと結合してCa硫化物を形成して、鋼材の被削性を高める。S含有量が0.0010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、S含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが結晶粒界に過剰に偏析して、鋼材の靭性及び熱間加工性が顕著に低下する。したがって、S含有量は0.0010~0.0050%以下である。S含有量の好ましい下限は0.0012%であり、さらに好ましくは0.0015%である。S含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%である。
【0033】
Cr:10.00~14.00%
クロム(Cr)は、鋼材の耐食性を高める。Cr含有量が10.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が14.00%を超えれば、Cr炭化物、Crを含有する金属間化合物、及び、Cr酸化物が過剰に形成される。この場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐食性が低下する。したがって、Cr含有量は10.00~14.00%である。Cr含有量の好ましい下限は10.05%であり、さらに好ましくは10.10%であり、さらに好ましくは10.50%であり、さらに好ましくは11.00%である。Cr含有量の好ましい上限は13.70%であり、さらに好ましくは13.50%であり、さらに好ましくは13.40%であり、さらに好ましくは13.30%である。
【0034】
Ni:5.00~7.50%
ニッケル(Ni)は、鋼材の耐食性を高める。Niはさらに、オーステナイト形成元素であり、焼入れ後の鋼材のミクロ組織をマルテンサイト化する。Ni含有量が5.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ni含有量が7.50%を超えれば、上記効果が飽和し、製造コストが高くなる。したがって、Ni含有量は5.00~7.50%である。Ni含有量の好ましい下限は5.10%であり、さらに好ましくは5.15%であり、さらに好ましくは5.20%である。Ni含有量の好ましい上限は7.00%であり、さらに好ましくは6.80%であり、さらに好ましくは6.60%であり、さらに好ましくは6.40%である。
【0035】
Mo:1.10~3.50%
モリブデン(Mo)は、鋼材の耐食性を高める。Mo含有量が1.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が3.50%を超えれば、上記効果が飽和し、製造コストが高くなる。したがって、Mo含有量は1.10~3.50%である。Mo含有量の好ましい下限は1.20%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.65%である。Mo含有量の好ましい上限は3.30%であり、さらに好ましくは3.10%であり、さらに好ましくは2.90%であり、さらに好ましくは2.70%である。
【0036】
Cu:1.00~3.50%
銅(Cu)は、Niと同様にオーステナイト形成元素であり、焼入れ後の組織をマルテンサイト化する。Cu含有量が1.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cu含有量が3.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は1.00~3.50%である。Cuはさらに、鋼材中に析出して、鋼材の被削性を高める。上記効果を有効に得るためのCu含有量の好ましい下限は1.50%であり、さらに好ましくは1.75%であり、さらに好ましくは2.00%である。Cu含有量の好ましい上限は3.30%であり、さらに好ましくは3.10%であり、さらに好ましくは3.00%である。
【0037】
Al:0.005~0.050%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なAl酸化物が生成し、鋼材の靭性が低下する。したがって、Al含有量は0.005~0.050%である。Al含有量の好ましい下限は0.006%であり、さらに好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の好ましい上限は0.047%であり、さらに好ましくは0.043%であり、さらに好ましくは0.040%である。なお、本明細書におけるAl含有量は、sol.Al(酸可溶Al)の含有量を意味する。
【0038】
N:0.0030~0.0500%
窒素(N)は、鋼材の耐食性を高める。N含有量が0.0030%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.0500%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なTiNが生成して、鋼材の靭性が低下する。したがって、N含有量は0.0030~0.0500%である。N含有量の好ましい下限は0.0033%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0038%である。N含有量の好ましい上限は0.0450%であり、さらに好ましくは0.0400%であり、さらに好ましくは0.0350%であり、さらに好ましくは0.0300%である。
【0039】
V:0.01~0.30%
バナジウム(V)は、鋼材中で炭化物、窒化物、及び炭窒化物等の析出物(以下、V析出物という)を形成して、鋼材の強度を高める。V含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、V含有量が0.30%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、V析出物が過剰に生成して、鋼材の靭性が低下する。したがって、V含有量は0.01~0.30%である。V含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。V含有量の好ましい上限は0.25%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.08%である。
【0040】
Ti:0.020~0.150%
チタン(Ti)は、C又はNと結合して、炭化物又は窒化物を形成する。この場合、ピンニング効果により結晶粒の粗大化が抑制され、鋼材の強度が高まる。さらに、Tiが炭化物又は窒化物を形成することにより、V析出物(炭化物、窒化物、炭窒化物)の過剰な生成による強度の過剰な上昇を抑制する。その結果、鋼材の耐食性が高まる。Ti含有量が0.020%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が0.150%を超えれば、上記効果が飽和する。Ti含有量が0.150%を超えればさらに、Ti炭化物又はTi窒化物が過剰に生成して、鋼材の靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0.020~0.150%である。Ti含有量の好ましい下限は0.030%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.050%である。Ti含有量の好ましい上限は0.140%であり、さらに好ましくは0.130%である。
【0041】
Co:0.01~0.50%
コバルト(Co)は、鋼材の耐食性を高める。Coはさらに、残留オーステナイトの生成を抑制し、鋼材の強度のばらつきを抑制する。Co含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Co含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下する。したがって、Co含有量は0.01~0.50%である。Co含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Co含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0042】
Ca:0.0010~0.0050%
カルシウム(Ca)は、鋼材中のSと結合してCa硫化物を形成して、鋼材の被削性を高める。Ca含有量が0.0010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ca含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成して、鋼材の靱性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0010~0.0050%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0012%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%である。
【0043】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、マルテンサイト系ステンレス鋼管を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、意図的に含有させるものではなく、本実施形態のマルテンサイト系ステンレス鋼管の効果に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0044】
[任意元素]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nb、及び、Wからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも鋼材の耐食性を高める。
【0045】
Nb:0~0.15%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは微細な析出物(炭化物、窒化物、炭窒化物、以下、Nb析出物という)を生成して、結晶粒を微細化して鋼材の耐食性を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.15%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Nb析出物が過剰に形成して、鋼材の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.15%である。Nb含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Nb含有量の好ましい上限は0.14%であり、さらに好ましくは0.13%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0046】
W:0~1.50%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、Wは不働態皮膜を安定化して、鋼材の耐食性を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が1.50%を超えれば、WはCと結合して、粗大な炭化物を生成する。この場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下する。したがって、W含有量は0~1.50%である。W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。W含有量の好ましい上限は1.50%であり、さらに好ましくは1.20%である。
【0047】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Sn、As、及び、Sbからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも鋼材の耐食性を高める。
【0048】
Sn:0~0.0100%
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sn含有量は0%であってもよい。含有される場合、Snは鋼材の耐食性を高める。Snが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Sn含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Snが粒界に偏析して、かえって鋼材の耐食性が低下する。したがって、Sn含有量は0~0.0100%である。Sn含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Sn含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0049】
As:0~0.0100%
ヒ素(As)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、As含有量は0%であってもよい。含有される場合、Asは鋼材の耐食性を高める。Asが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、As含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Asが粒界に偏析して、かえって鋼材の耐食性が低下する。したがって、As含有量は0~0.0100%である。As含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。As含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0050】
Sb:0~0.0100%
アンチモン(Sb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Sbは鋼材の耐食性を高める。Sbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Sb含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sbが粒界に偏析して、かえって鋼材の耐食性が低下する。したがって、Sb含有量は0~0.0100%である。Sb含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Sb含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0051】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、B、Mg、及び、希土類元素(REM)からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも鋼材の熱間加工性を高める。
【0052】
B:0~0.0050%
ホウ素(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、Bはオーステナイト粒界に偏析して粒界を強化して、鋼材の熱間加工性を高める。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Cr炭硼化物が生成して、鋼材の靭性が低下する。したがって、B含有量は0~0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%である。B含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0053】
Mg:0~0.0050%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは介在物の形態を制御して、鋼材の熱間加工性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成され、鋼材の靱性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0050%である。Mg含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%である。
【0054】
希土類元素(REM):0~0.0100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REMはMgと同様に、介在物の形態を制御して、鋼材の熱間加工性を高める。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、REM含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成され、鋼材の靱性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.0100%である。REM含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。REM含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0055】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1元素以上を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量である。
【0056】
[ミクロ組織]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織は、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなる。本明細書において、「残留オーステナイト、フェライト、及び、焼戻しマルテンサイトからなる」とは、残留オーステナイト、フェライト、及び、焼戻しマルテンサイト以外の相が無視できるほど少ないことを意味する。たとえば、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成においては、析出物や介在物の体積率は、残留オーステナイト、フェライト、及び、焼戻しマルテンサイトの体積率と比較して、無視できるほど小さい。すなわち、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織には、残留オーステナイト、フェライト、及び、焼戻しマルテンサイト以外に、析出物や介在物等を微小量含んでもよい。
【0057】
上述のとおり、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織において、残留オーステナイトの体積率は0~15%であり、かつ、フェライトの体積率は0~5%であり、残部は焼戻しマルテンサイトからなる。すなわち、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織において、焼戻しマルテンサイトの体積率は80~100%である。残留オーステナイト及びフェライトの体積率が高すぎれば、鋼材の機械的特性の制御が困難になる。一方、残留オーステナイト及びフェライトの体積率の下限は、0%であってもよい。すなわち、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、焼戻しマルテンサイトのみからなるミクロ組織を有していてもよい。
【0058】
本実施形態では、ミクロ組織において、残留オーステナイトの体積率の下限は1%であってもよく、2%であってもよい。さらに、ミクロ組織において、残留オーステナイトの体積率の上限は13%であってもよく、10%であってもよい。本実施形態では、ミクロ組織において、フェライトの体積率の下限は1%であってもよく、2%であってもよい。さらに、ミクロ組織において、フェライトの体積率の上限は4%であってもよく、3%であってもよい。
【0059】
[残留オーステナイトの体積率の測定方法]
本実施形態のマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織における、残留オーステナイトの体積率(%)は、以下に示す方法で求めることができる。
【0060】
残留オーステナイトの体積率を、X線回折法により求める。具体的には、マルテンサイト系ステンレス鋼管の肉厚中央部から試験片を作製する。試験片の大きさは特に限定されないが、たとえば、15mm×15mm×厚さ2mmである。この場合、試験片の厚さ方向は、肉厚(管径)方向と平行である。作製した試験片を用いて、α相(フェライト及びマルテンサイト)の(200)面、α相の(211)面、γ相(残留オーステナイト)の(200)面、γ相の(220)面、γ相の(311)面の各々のX線回折強度を測定し、各面の積分強度を算出する。
【0061】
X線回折強度の測定において、X線回折装置のターゲットをMoとする(MoKα線)。算出後、α相の各面と、γ相の各面との組合せ(2×3=6組)ごとに式(I)を用いて残留オーステナイトの体積率Vγ(%)を算出する。そして、6組の残留オーステナイトの体積率Vγの平均値を、残留オーステナイトの体積率(%)と定義する。
Vγ=100/{1+(Iα×Rγ)/(Iγ×Rα)} (I)
ここで、Iαはα相の積分強度である。Rαはα相の結晶学的理論計算値である。Iγはγ相の積分強度である。Rγはγ相の結晶学的理論計算値である。なお、本明細書において、α相の(200)面でのRαを15.9、α相の(211)面でのRαを29.2、γ相の(200)面でのRγを35.5、γ相の(220)面でのRγを20.8、γ相の(311)面でのRγを21.8とする。なお、残留オーステナイトの体積率は、得られた数値の小数第一位を四捨五入する。
【0062】
[フェライトの体積率の測定方法]
本実施形態のマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織における、フェライトの体積率(%)は、以下に示す方法で求めることができる。
【0063】
フェライトの体積率を、JIS G 0555(2015)に準拠した点算法により求める。具体的には、マルテンサイト系ステンレス鋼管の肉厚中央部から試験片を作製する。試験片は、圧延(管軸)方向に垂直な観察面を有していればよく、特に限定されない。試験片を樹脂に埋め込み、鏡面に研磨した観察面を、ビレラ腐食液(エタノール、塩酸、ピクリン酸の混合液)に60秒間程度浸漬して、エッチングによる組織現出を行う。エッチングされた観察面を、光学顕微鏡を用いて30視野観察する。視野面積は特に限定されないが、たとえば、1視野あたり0.03mm2(倍率400倍)である。
【0064】
各観察視野において、フェライトと、その他の相(残留オーステナイトや焼戻しマルテンサイト)とは、当業者であればコントラストから区別することができる。そのため、各観察視野におけるフェライトを、コントラストに基づいて特定する。特定されたフェライトの面積率を、JIS G 0555(2015)に準拠した点算法によって求める。求めた10視野におけるフェライトの面積率の算術平均値を、フェライトの体積率(%)と定義する。なお、フェライトの体積率は、得られた数値の小数第一位を四捨五入する。
【0065】
[焼戻しマルテンサイトの体積率の測定方法]
焼戻しマルテンサイトの体積率(%)を求める場合、次の方法で求めることができる。具体的に、上述のX線回折法で得られた残留オーステナイトの体積率(%)と、上述の点算法で得られたフェライトの体積率(%)とを用いて、マルテンサイト系ステンレス鋼管における、ミクロ組織の焼戻しマルテンサイトの体積率(%)を次の式により求める。
焼戻しマルテンサイトの体積率(%)=100-{残留オーステナイトの体積率(%)+フェライトの体積率(%)}
【0066】
[降伏強度]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、758MPa以上(110ksi以上)の降伏強度を有する。本明細書でいう降伏強度は、引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を意味する。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、110ksi以上の降伏強度を有していても、上述の化学組成及びミクロ組織と、後述のCa硫化物とを有することで、優れた被削性を有する。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、降伏強度の上限は特に限定されないが、たとえば、1068MPaである。
【0067】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の降伏強度は、次の方法で求めることができる。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管から、ASTM E8/E8M(2021)に準拠して、引張試験片を作製する。具体的には、鋼管の肉厚中央部から、丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、平行部の直径8.9mm、標点距離35.6mmである。鋼管から丸棒試験片を作製できない場合、円弧状試験片を作製する。円弧状試験片の大きさは、たとえば、厚さは全肉厚であって、幅25.4mm、標点距離50.8mmである。なお、引張試験片の軸方向は、鋼管の圧延(管軸)方向と平行である。引張試験片を用いて、ASTM E8/E8M(2021)に準拠して、常温(24±3℃)で引張試験を実施して、得られた0.2%オフセット耐力(MPa)を降伏強度(MPa)と定義する。本実施形態において、降伏強度(MPa)は、得られた数値の小数第一位を四捨五入して求める。
【0068】
[Ca硫化物]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である。本明細書では、マルテンサイト系ステンレス鋼管の粒子のうち、粒子の質量%を100%とした場合に、質量%で、Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上である粒子を、「Ca硫化物」と定義する。本明細書ではさらに、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物を、「粗大Ca硫化物」ともいう。
【0069】
上述のとおり、強度を高めたマルテンサイト系ステンレス鋼管では、被削性が低下しやすい。そのため、上述の化学組成と上述のミクロ組織とを有し、110ksi以上にまで降伏強度を高めたマルテンサイト系ステンレス鋼管では、被削性が低下して、切削加工時の工具摩耗が増加しやすい。そこで本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、粗大Ca硫化物を3個/mm2以上含有する。その結果、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、110ksi以上の降伏強度を維持しながら、優れた被削性を有する。
【0070】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、粗大Ca硫化物の個数密度の好ましい下限は4個/mm2であり、さらに好ましくは5個/mm2であり、さらに好ましくは6個/mm2である。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、粗大Ca硫化物の個数密度の上限は特に限定されないが、たとえば、25個/mm2である。
【0071】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物の個数密度は、次の方法で求めることができる。具体的には、マルテンサイト系ステンレス鋼管の肉厚中央部から試験片を作製する。作製した試験片のうち、圧延(管軸)方向及び肉厚(管径)方向を含む面が観察面となるように、試験片を樹脂埋めする。樹脂埋めされた試験片の観察面を研磨する。研磨後の観察面のうち、任意の10視野を観察する。各視野の面積は、たとえば、75mm2(15mm×5mm)とする。
【0072】
各視野において、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物の個数を求める。具体的には、まず各視野における粒子をコントラストから特定する。特定した各粒子について、元素濃度分析(EDS分析)を実施する。EDS分析では、加速電圧を20kVとし、対象元素をN、O、Mg、Al、Si、P、S、Ca、Ti、Cr、Mn、Fe、Cu、Nbとして定量する。各粒子のEDS分析結果に基づいて、質量%で、Ca含有量が20%以上であり、S含有量が10%以上である粒子を「Ca硫化物」と特定する。
【0073】
10視野で特定されたCa硫化物のうち、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物(粗大Ca硫化物)の総個数を求める。円相当径が1.0μm以上のCa硫化物の総個数と、10視野の総面積とに基づいて、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物の個数密度(個/mm2)を求める。本実施形態では、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物の個数密度(個/mm2)を求める際は、得られた数値の小数第一位を四捨五入する。なお、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物の個数密度の測定は、走査電子顕微鏡に組成分析機能を付与された装置(SEM-EDS装置)を用いて行うことができる。SEM-EDS装置としてたとえば、FEI(ASPEX)社製の介在物自動分析装置である商品名:Metals Quality Analyzerを用いることができる。
【0074】
[Cu析出物]
好ましくは、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織において、面積が0.20μm2以上のCu析出物の面積率が0.10超~0.50%である。本明細書においてCu析出物とは、Cu及び不純物からなる析出物を意味する。また、本実施形態では、電界放出型電子線マイクロアナライザ(FE-EPMA)による元素分析において、対象元素をFe、Cr、Ni、Cu、Mn、Mo、及び、Siとして定量する。FE-EPMAによる元素分析によって、Cuが6.00質量%以上検出される領域は、Cu析出物が存在すると判断する。すなわち、本実施形態では、「面積が0.20μm2以上のCu析出物の面積率が0.10超~0.50%である」とは、FE-EPMAによる元素分析において、Fe、Cr、Ni、Cu、Mn、Mo、及び、Siの合計を100質量%とした場合、Cuが6.00質量%以上検出され、かつ、連続的に0.20μm2以上を占める領域の面積率が、0.10超~0.50%であることを意味する。
【0075】
本明細書において、面積が0.20μm2以上のCu析出物を「粗大Cu析出物」ともいう。上述のとおり、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、粗大Ca硫化物を3個/mm2以上含有し、鋼管の被削性を高める。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管がさらに、粗大Cu析出物を含有すれば、切削加工時の工具摩耗がさらに抑制される。具体的には、粗大Cu析出物の面積率が0.10%を超えれば、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、さらに優れた被削性を有する。一方、粗大Cu析出物の面積率が0.50%を超えれば、鋼管の靭性が顕著に低下する。
【0076】
したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有し、粗大Ca硫化物を3個/mm2以上含有し、さらに、粗大Cu析出物の面積率を0.10超~0.50%とするのが好ましい。この場合、110ksi以上の降伏強度を維持しつつ、鋼管はさらに優れた被削性を有する。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、粗大Cu析出物の面積率のさらに好ましい下限は0.11%であり、さらに好ましくは0.15%である。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、粗大Cu析出物の面積率のさらに好ましい上限は0.48%であり、さらに好ましくは0.45%である。
【0077】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管において、面積が0.20μm2以上のCu析出物の面積率は、次の方法で求めることができる。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管から、粗大Cu析出物観察用の試験片を作製する。具体的に、肉厚中央部から管軸方向5mm、管径方向5mmの観察面を有する試験片を作製する。なお、上記観察面が得られれば、試験片の大きさは特に限定されない。
【0078】
得られた観察面のうち、任意の60μm×60μmの視野を4視野特定する。特定した各視野を0.12μmピッチで500×500のピクセルに分割する。各ピクセルの面積は、0.0144μm2である。各ピクセルに対して、FE-EPMAによる元素分析を行う。FE-EPMAによる元素分析では、加速電圧を15kVとする。なお、対象元素はFe、Cr、Ni、Cu、Mn、Mo、及び、Siとする。
【0079】
ここで、FE-EPMAでは、装置の特性上、一定の体積を有する範囲について元素分析が実施される。すなわち、観察面に析出物が存在する場合でも、析出物のみの元素分析を実施することはできず、母材も同時に元素分析が実施される。したがって、観察面にCu析出物が存在する領域において、FE-EPMAによる元素分析を行った場合、Cu以外に母材由来の元素(Fe等)も検出される。
【0080】
一方、本実施形態では、母材におけるCu含有量は、上述のとおり、1.00~3.50%である。そのため、FE-EPMAによる元素分析において、Cu濃度が6.00質量%以上のピクセルは、少なくともCuの濃化が生じている。そこで、本実施形態では、FE-EPMAによる元素分析によって得られたCu濃度が6.00質量%以上のピクセルはCu析出物が存在すると判断する。
【0081】
具体的に、FE-EPMAによって得られた元素分析結果から、Cu濃度が6.00質量%以上であるピクセルを「特定ピクセル」ともいう。ここで、複数の特定ピクセルが連続的に隣接する場合、当該複数の特定ピクセルが占める領域(以下、「特定領域」ともいう)には、1個体のCu析出物が存在すると判断する。具体的に、まず、1つの特定ピクセルに着目し、「第1特定ピクセル」とする。次に、第1特定ピクセルに隣接する特定ピクセルを、「第2特定ピクセル」とする。続いて、第2特定ピクセルに隣接し、第1特定ピクセル以外の特定ピクセルを、「第3特定ピクセル」とする。続いて、第3特定ピクセルに隣接し、第1特定ピクセル及び第2特定ピクセル以外の特定ピクセルを、「第4特定ピクセル」とする。このように、隣接する特定ピクセルを連続的に判断する。第n特定ピクセル(nは自然数)に該当する特定ピクセルが存在しない場合、第1特定ピクセル~第n-1特定ピクセルまでが占める領域を、特定領域と判断する。
【0082】
上述のとおり、このようにして特定した、連続的に隣接する特定ピクセルが占める領域(特定領域)には、1個体のCu析出物が存在する。すなわち、特定領域が14個のピクセル(0.20μm2)以上を含む場合、特定領域には面積0.20μm2以上の1個体のCu析出物が存在する。したがって、本明細書では、特定領域として14個のピクセル(0.20μm2)以上が含まれる場合、「粗大Cu析出物」が存在すると判断する。粗大Cu析出物が存在するとして判断された面積を、各視野においてそれぞれ求める。4視野において求めた粗大Cu析出物の面積の合計と、4視野の総面積とに基づいて、粗大Cu析出物の面積率(%)を求めることができる。本実施形態において、粗大Cu析出物の面積(%)は、得られた数値の小数第三位を四捨五入して求める。
【0083】
[被削性]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有し、かつ、粗大Ca硫化物が3個/mm2以上である。その結果、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度が110ksi以上であっても、優れた被削性を有する。本実施形態において、優れた被削性を有するとは、以下の方法で評価できる。
【0084】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管に対して、外周旋削加工を実施して、工具寿命を評価する。具体的には、JIS B 4053(2013)に規定のP10に相当する超硬合金を切削工具として用いる。切削速度を100m/分とし、送り速度を0.15mm/revとし、切り込み量を0.75mmとし、潤滑剤を使用せずに外周旋削加工を実施する。
【0085】
鋼管の表面のうち、外周旋削加工が実施された面を、鋼管の仕上げ面とも称する。本実施形態では、工具が寿命を迎えると鋼管の仕上げ面の品位が低下することに着目し、鋼管の仕上げ面の品位を指標として、工具寿命を評価する。具体的に、鋼管の仕上げ面を目視で確認しながら、外周旋削加工を実施する。目視による確認の結果、鋼管の仕上げ面の品位の低下が確認された領域について、最大高さRzを測定する。具体的には、最大高さRzは、JIS B 0601(2013)に準拠して、表面粗さ計を用いて測定する。最大高さRzの測定では、基準長さを2.5mm、評価長さを12.5mmとする。
【0086】
得られた最大高さRzが30μmを超えている場合、外周旋削加工を終了する。得られた最大高さRzが30μm以下である場合、引き続き外周旋削加工を実施する。本実施形態では、新品の工具を用いて外周旋削加工を開始してから、鋼管の仕上げ面の最大高さRzが30μmを超えるまでに外周旋削加工した距離を、工具寿命と定義する。
【0087】
なお、外周旋削加工を実施すると、鋼管の仕上げ面には、Ca硫化物に代表される介在物起因の疵が形成される場合がある。鋼管の仕上げ面に形成された疵が介在物起因であることは、当業者であれば目視で特定できる。本実施形態では、鋼管の仕上げ面の品位の評価において、介在物起因の疵は無視する。すなわち、最大高さRzを測定する場合も、介在物起因の疵が形成されていない領域において、最大高さRzを測定する。
【0088】
さらに、API 5CTのP110に相当し、具体的には、C:0.20~0.30%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:1.5%以下、及び、Mo:1.0%以下を含有する鋼管について、同様の外周旋削加工を実施した際の工具寿命を1.0として、工具寿命の相対値を求める。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、上述の方法で求めた工具寿命(相対値)が0.3以上であれば、優れた被削性を有すると評価する。
【0089】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有し、かつ、粗大Ca硫化物が5個/mm2以上であるのが好ましい。この場合、マルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度が110ksi以上であっても、さらに優れた被削性を有する。ここで、本実施形態において、上述の方法で求めた工具寿命(相対値)が0.5以上であれば、さらに優れた被削性を有すると評価する。
【0090】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有し、粗大Ca硫化物が3個/mm2以上であり、さらに、粗大Cu析出物の面積率が0.10超~0.50%であるのが好ましい。この場合、マルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度が110ksi以上であっても、さらに優れた被削性を有する。ここで、本実施形態において、上述の方法で求めた工具寿命(相対値)が0.5以上であれば、さらに優れた被削性を有すると評価する。
【0091】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有し、粗大Ca硫化物が5個/mm2以上であり、さらに、粗大Cu析出物の面積率が0.10超~0.50%であるのが好ましい。この場合、マルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度が110ksi以上であっても、非常に優れた被削性を有する。ここで、本実施形態において、上述の方法で求めた工具寿命(相対値)が0.7以上であれば、非常に優れた被削性を有すると評価する。
【0092】
[靭性]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有し、粗大Ca硫化物が3個/mm2以上であり、さらに、粗大Cuの面積率が0.10超~0.50%であるのが好ましい。この場合、マルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度が110ksi以上であっても、優れた靭性を有する。本実施形態において、優れた靭性を有するとは、以下の方法で評価できる。
【0093】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の靭性は、ASTM E23(2018)に準拠したシャルピー衝撃試験によって評価する。本実施形態による鋼管から、Vノッチ試験片を作製する。具体的に、API 5CRA(2010)に準拠して、フルサイズ又はサブサイズのVノッチ試験片を作製する。作製されたVノッチ試験片に対して、ASTM E23(2018)に準拠したシャルピー衝撃試験を実施して、-10℃における吸収エネルギー(J)を求める。なお、サブサイズのVノッチ試験片を用いた場合、得られた吸収エネルギーをAPI 5CRA(2010)に記載された低減率(Reduction factor)で除して、フルサイズのVノッチ試験片での吸収エネルギーに換算する。また、-10℃における吸収エネルギー(J)は、得られた数値の小数第一位を四捨五入する。本実施形態では、-10℃における吸収エネルギーが40J以上である場合、優れた靭性を有すると評価する。
【0094】
[形状及び用途]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、継目無鋼管であってもよく、溶接鋼管であってもよい。鋼管とは、たとえば、油井管用鋼管である。油井管用鋼管は、油井管用途の鋼管を意味する。油井管はたとえば、油井又はガス井の掘削、原油又は天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプ等である。好ましくは、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、油井管用継目無鋼管である。
【0095】
以上の説明のとおり、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、化学組成中の各元素が本実施形態の範囲内であり、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなるミクロ組織を有し、かつ、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である。その結果、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、110ksi以上の降伏強度と、優れた被削性とを有する。
【0096】
[製造方法]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。なお、以下に説明する製造方法は一例であって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法はこれに限定されない。つまり、上述の構成を有する本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管が製造できれば、以下に説明する製造方法に限定されない。ただし、以下に説明する製造方法は、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管を製造する好適な製造方法である。
【0097】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法の一例は、素材を製造する工程(製鋼工程)と、素材を熱間加工して素管を製造する工程(熱間加工工程)と、素管に対して焼入れ及び焼戻しを実施する工程(熱処理工程)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0098】
[製鋼工程]
製鋼工程では、溶鋼を製造する工程(精錬工程)と、溶鋼を用いて鋳造法により素材を製造する工程(素材製造工程)とを含む。
【0099】
[精錬工程]
精錬工程では初めに、Crを含有する溶鋼を取鍋に収納して、取鍋内の溶鋼に対して、大気圧下で脱炭処理を実施する(粗脱炭精錬工程)。粗脱炭精錬工程での脱炭処理により、スラグが生成する。粗脱炭精錬工程後の溶鋼の液面には、脱炭処理により生成したスラグが浮上している。粗脱炭精錬工程において、溶鋼中のCrが酸化してCr2O3が生成する。Cr2O3はスラグ中に吸収される。そこで、取鍋に脱酸剤を添加して、スラグ中のCr2O3を還元し、Crを溶鋼中に回収する(Cr還元処理工程)。粗脱炭精錬工程及びCr還元処理工程はたとえば、電気炉法、転炉法、又は、AOD(Argon Oxygen Decarburization)法により実施する。Cr還元処理工程後、溶鋼からスラグを除滓する(除滓処理工程)。
【0100】
Cr含有鋼の場合、CrによりC活量が低下するため、脱炭反応が抑制されてしまう。そこで、除滓処理工程後の溶鋼に対してさらに、仕上げの脱炭処理を実施する(仕上げ脱炭精錬工程)。仕上げ脱炭精錬工程では、減圧下において脱炭処理を実施する。減圧下で脱炭処理を実施すれば、雰囲気中のCOガス分圧(PCO)が低くなり、溶鋼中のCrの酸化が抑制される。そのため、減圧下で脱炭処理を実施すれば、Crの酸化を抑制しつつ、溶鋼中のC濃度をさらに下げることができる。仕上げ脱炭精錬工程後、溶鋼に脱酸剤を添加して、スラグ中のCr2O3を還元するCr還元処理を再び実施する(Cr還元処理工程)。仕上げ脱炭精錬工程、及び、仕上げ脱炭精錬工程後のCr還元処理工程はたとえば、VOD(Vacuum Oxygen Decarburization)法により実施してもよく、RH(Ruhrstahl-Heraeus)法により実施してもよい。
【0101】
Cr還元処理工程後、取鍋中の溶鋼に対して最終の成分調整と素材製造工程前の溶鋼の温度調整とを実施する(成分調整工程)。成分調整工程はたとえば、LT(Ladle Treatment)により実施する。成分調整工程の後半で、溶鋼中にCaを添加する。ここで、Caを添加してから溶鋼内にCaが均一に分散するまでの時間を「均一混合時間」τと定義する。均一混合時間τは次の式(A)により求めることができる。
τ=800×ε-0.4 (A)
ここで、εはLTにおける溶鋼の撹拌動力密度であり、式(B)により定義される。
ε=28.5(Q/W)×T×log(1+H/1.48) (B)
ここで、Qは上吹きガス流量(Nm3/min)である。Wは溶鋼質量(t)である。Tは溶鋼温度(K)である。Hは取鍋内の溶鋼の深さ(鋼浴深さ)(m)である。
【0102】
成分調整工程において、取鍋中の溶鋼温度を1500~1700℃に保持する。さらに、Caを溶鋼内に投入し、均一混合時間が経過してからの保持時間を「保持時間t」(秒)と定義する。この場合、本実施形態では、均一混合時間が経過してからの保持時間tを60秒未満とする。
【0103】
保持時間tが60秒以上である場合、溶鋼に添加したCaが、溶鋼中の介在物を改質し、サイズの大きいCa硫化物を鋼材中に残存させることができない。そのため、製造されたマルテンサイト系ステンレス鋼管において、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物(粗大Ca硫化物)の個数密度が3個/mm2未満となる。その結果、鋼管の被削性が低下する。一方、保持時間tが60秒未満であれば、溶鋼に添加したCaが硫化物を形成して、粗大Ca硫化物としてマルテンサイト系ステンレス鋼管に残存する。そのため、粗大Ca硫化物の個数密度を3個/mm2以上にすることができる。その結果、鋼管の被削性が高まる。
【0104】
以上のとおり、本実施形態の成分調整工程では、均一混合時間が経過してからの保持時間tを60秒未満とするのが好ましい。さらに好ましくは、本実施形態の成分調整工程において、均一混合時間が経過してからの保持時間tを30秒以下とする。この場合、粗大Ca硫化物の個数密度を5個/mm2以上にまで高めることができる。その結果、製造されたマルテンサイト系ステンレス鋼管は、さらに優れた被削性が得られる。なお、本実施形態の成分調整工程において、均一混合時間が経過してからの保持時間tの下限は特に限定されないが、たとえば、10秒である。
【0105】
[素材製造工程]
上述の精錬工程により製造された溶鋼を用いて、素材(鋳片又はインゴット)を製造する。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。鋳片はスラブでもよいし、ブルームでもよいし、ビレットでもよい。又は、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットとしてもよい。鋳片又はインゴットに対してさらに、分塊圧延等を実施して、ビレットを製造してもよい。以上の工程により、素材を製造する。
【0106】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、素材を熱間加工して素管を製造する。上述のとおり、本実施形態では、製造方法の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。熱間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施し、素管を製造する。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率はたとえば、20~70%である。
【0107】
他の熱間加工方法により、ビレットから素管を製造してもよい。たとえば、カップリングのように短尺の厚肉鋼材である場合、エルハルト法等の鍛造により素管を製造してもよい。以上の工程により素管が製造される。
【0108】
熱間加工により製造された素管は空冷されてもよい(As-Rolled)。熱間加工により製造された素管はまた、常温まで冷却せずに、熱間加工後に直接焼入れを実施してもよく、熱間加工後に補熱(再加熱)した後、焼入れを実施してもよい。熱間加工後に直接焼入れ、又は、熱間加工後に補熱した後焼入れを実施した場合、残留応力を除去することを目的として、次工程の熱処理工程(焼入れ及び焼戻し)前に、応力除去焼鈍(SR処理)を実施してもよい。
【0109】
[熱処理工程]
熱処理工程では、素管に対して熱処理を実施する。具体的に、熱処理工程は、焼入れ工程及び焼戻し工程を含む。
【0110】
[焼入れ工程]
熱処理工程では、初めに、熱間加工工程で製造された素管に対して、焼入れを実施する(焼入れ工程)。焼入れは周知の方法で実施する。具体的には、たとえば、熱間加工工程後の素管を熱処理炉に装入し、焼入れ温度で保持する。焼入れ温度はAC3変態点以上であり、たとえば、900~1000℃である。素管を焼入れ温度で保持した後、急冷(焼入れ)する。焼入れ温度での保持時間は特に限定されないが、たとえば、10~60分である。焼入れ方法はたとえば、水冷である。焼入れ方法は特に制限されない。たとえば、水槽又は油槽に浸漬して素管を急冷してもよい。シャワー冷却又はミスト冷却により、素管の外面及び/又は内面に対して冷却水を注いだり、噴射したりして、素管を急冷してもよい。
【0111】
なお、上述のとおり、熱間加工工程後、素管を常温まで冷却することなく、熱間加工直後に焼入れ(直接焼入れ)を実施してもよい。熱間加工後の素管の温度が低下する前に補熱炉に装入して焼入れ温度に保持した後、焼入れを実施してもよい。
【0112】
[焼戻し工程]
焼入れ後の素管に対してさらに、焼戻しを実施する(焼戻し工程)。焼戻し工程では、鋼材の化学組成、及び、得ようとする降伏強度に応じて、焼戻し温度及び焼戻し時間を調整する。本実施形態の焼戻し工程では、焼戻し温度は、たとえば、500~650℃である。本実施形態の焼戻し工程では、焼戻し時間は、たとえば、30~180分である。なお、本明細書において、焼戻し温度とは、焼戻しを実施するための熱処理炉の温度を意味する。本明細書においてさらに、焼戻し時間とは、素管が焼戻し温度で保持される時間を意味する。
【0113】
本実施形態の焼戻し工程ではさらに、好ましくは、焼戻し温度及び焼戻し時間を調整することにより、素管中に粗大Cu析出物を析出させる。具体的には、上述の化学組成を有する素管のうち、Cu含有量が1.50~3.50%の素管に対して焼戻しを実施する場合、焼戻しにおけるLarson-MillerパラメータLMP(=(焼戻し温度(℃)+273)×(log(焼戻し時間(分)/60)+20))を17000~17800に調整するのが好ましい。
【0114】
本実施形態の焼戻し工程では、焼戻しにおけるLarson-MillerパラメータLMPが17000未満であれば、粗大Cu析出物の面積率が0.10%以下になる場合がある。一方、焼戻しにおけるLarson-MillerパラメータLMPが17800超であれば、110ksi以上の降伏強度が得られない場合がある。この場合さらに、粗大Cu析出物の面積率が0.50%超になる場合がある。
【0115】
そこで、本実施形態の焼戻し工程では、好ましくは、Cu含有量が1.50~3.50%の素管に対する焼戻しにおけるLarson-MillerパラメータLMPを17000~17800に調整する。この場合、焼戻し中に粗大Cu析出物を適切に析出させることができる。その結果、製造されたマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織において、粗大Cu析出物の面積率を0.10超~0.50%にすることができる。この場合、鋼管はさらに優れた被削性を有する。
【0116】
本実施形態の焼戻し工程ではさらに、好ましくは、焼戻しを実施した後の冷却速度を調整することにより、素管中の粗大Cu析出物の面積率を調整する。具体的には、上述の化学組成のうち、Cu含有量が1.50~3.50%の素管であれば、焼戻し後の冷却速度を15℃/分以上とするのが好ましい。ここで、焼戻し後の冷却速度とは、素管の温度が焼戻し温度~300℃になるまでの冷却速度を意味する。なお、素管は、300℃以下まで素管を冷却されるのが好ましい。本実施形態の焼戻し工程では、焼戻し後の冷却速度が15℃/分未満であれば、粗大Cu析出物の面積率が0.50%超になる場合がある。
【0117】
そこで、本実施形態の焼戻し工程では、好ましくは、焼戻し後の冷却速度を15℃/分以上にする。この場合、焼戻し後の冷却中に粗大Cu析出物が析出しすぎるのを抑制することができる。その結果、製造されたマルテンサイト系ステンレス鋼管のミクロ組織において、粗大Cu析出物の面積率を0.10超~0.50%にすることができる。この場合、鋼管は優れた被削性に加えて、優れた靭性も有する。なお、冷却速度の上限は、特に限定されない。
【0118】
以上の工程により、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管を製造することができる。なお、上述のとおり、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、上述の製造方法に限定されない。具体的には、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなるミクロ組織を有し、110ksi以上の降伏強度を有し、さらに、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上であるマルテンサイト系ステンレス鋼管を製造できれば、本実施形態のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は上述の製造方法に限定されない。以下、実施例によって本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管を、さらに具体的に説明する。
【実施例】
【0119】
表1及び表2に示す化学組成を有する溶鋼を製造した。なお、表1及び表2中の「-」は、該当する元素の含有量が、表1及び表2に記載されている数値の端数を四捨五入したときに、0%であったことを意味する。たとえば、試験番号1のNb含有量は、小数第三位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のW含有量は、小数第三位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のSn含有量は、小数第五位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のAs含有量は、小数第五位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のSb含有量は、小数第五位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のB含有量は、小数第五位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のMg含有量は、小数第五位で四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1のREM含有量は、小数第五位で四捨五入して、0%であったことを意味する。
【0120】
【0121】
【0122】
各試験番号の溶鋼は次のとおり製造した。Crを含有する溶鋼を取鍋に収納して、AOD法により周知の粗脱炭精錬工程及びCr還元処理工程を実施した。Cr還元処理工程後、溶鋼からスラグを除滓する除滓処理工程を実施した。さらに、VOD法により、周知の仕上げ脱炭精錬工程及びCr還元処理工程を実施した。
【0123】
VOD法によるCr還元処理工程後、LTにより、取鍋中の溶鋼に対して最終の成分調整と素材製造工程前の溶鋼の温度調整とを実施した。溶鋼温度はいずれも1500~1700℃であった。さらに、溶鋼中にCaを添加した。Caを添加した後均一混合時間経過後の保持時間t(秒)を表3に示すとおり調整した。以上の工程により、表1及び表2に示す化学組成の溶鋼を製造した。
【0124】
【0125】
各試験番号の溶鋼を用いて、外径310mmのビレットを製造した。製造したビレットを1250℃に加熱した後、マンネスマン法により熱間圧延を実施して、外径244.48mm、肉厚13.84mmの素管(継目無鋼管)を製造した。
【0126】
各試験番号の素管に対して、焼入れ及び焼戻しを実施した。焼入れは、いずれも焼入れ温度920℃で10分保持した後、急冷することにより実施した。焼入れ後の各試験番号の素管に対して、焼戻しを実施した。焼戻し後の鋼管(継目無鋼管)の降伏強度が110ksi以上(758MPa以上)となるように、各試験番号について、焼戻し温度を500~650℃の範囲で、焼戻し時間を30~180分の範囲で調整した。各試験番号の素管に対して実施した焼戻しについて、焼戻し温度と焼戻し時間とから求めたLarson-MillerパラメータLMP(=(焼戻し温度(℃)+273)×(log(焼戻し時間(分)/60)+20))を「LMP」として表3に示す。
【0127】
各試験番号の素管について、焼戻し後に室温(25℃)まで冷却した。各試験番号における、焼戻し後の冷却速度を表3に示す。具体的に、表3中の「冷却速度」欄において、「F」(Fast)は、焼戻し温度~300℃までの冷却速度が15℃/分以上であったことを意味する。表3中の「冷却速度」欄において、「S」(Slow)は、焼戻し温度~300℃までの冷却速度が15℃/分未満であったことを意味する。
【0128】
以上の製造工程により、試験番号1~41の継目無鋼管を製造した。
【0129】
[評価試験]
製造された各試験番号の継目無鋼管に対して、引張試験、ミクロ組織観察試験、粗大Ca硫化物個数密度測定試験、粗大Cu析出物面積率測定試験、被削性評価試験、及び、靭性評価試験を実施した。
【0130】
[引張試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、ASTM E8/E8M(2021)に準拠して、引張試験を実施した。具体的には、各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央部から、丸棒引張試験片を作製した。丸棒引張試験片の平行部の直径は8.9mmであり、平行部の長さは35.6mmであった。丸棒引張試験片の長手方向は、継目無鋼管の圧延方向(管軸方向)と平行であった。各試験番号の丸棒引張試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にて引張試験を実施して、0.2%オフセット耐力(MPa)を求めた。求めた0.2%オフセット耐力を降伏強度(MPa)と定義した。得られた各試験番号の降伏強度を、表3の「YS(MPa)」欄に示す。
【0131】
[ミクロ組織観察試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、ミクロ組織観察試験を実施して、残留オーステナイト及びフェライトの体積率を求めた。各試験番号の継目無鋼管について、上述のX線回折法により、残留オーステナイトの体積率(%)を求めた。得られた各試験番号の継目無鋼管における残留オーステナイトの体積率(%)を、表3の「残留γ(%)」欄に示す。さらに、各試験番号の継目無鋼管について、上述のJIS G 0555(2015)に準拠した点算法により、フェライトの体積率(%)を求めた。得られた各試験番号のフェライトの体積率(%)を、表3の「フェライト(%)」欄に示す。
【0132】
[粗大Ca硫化物個数密度測定試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、粗大Ca硫化物個数密度測定試験を実施して、円相当径1.0μm以上のCa硫化物(粗大Ca硫化物)の個数密度を求めた。各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央部から作製した試験片を用いて、上述の方法で、粗大Ca硫化物の個数密度を求めた。得られた各試験番号の粗大Ca硫化物の個数密度(個/mm2)を、表3の「粗大Ca硫化物(個/mm2)」欄に示す。
【0133】
[粗大Cu析出物面積率測定試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、粗大Cu析出物面積率測定試験を実施して、面積が0.20μm2以上のCu析出物(粗大Cu析出物)の面積率を求めた。各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央部から作製した試験片を用いて、上述の方法で、粗大Cu析出物の面積率を求めた。得られた各試験番号の粗大Cu析出物の面積率(%)を、表3の「粗大Cu析出物(%)」欄に示す。
【0134】
[被削性評価試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、上述の方法で外周旋削加工を実施して、被削性を評価した。本実施例では、被削性の評価指標として、工具寿命を用いた。具体的には、JIS B 4053(2013)に規定のP10に相当する超硬合金を切削工具として用いた。切削の条件は、切削速度:100m/分、送り速度:0.15mm/rev、切り込み量:0.75mm、及び、潤滑剤:不使用とした。上述の方法で、鋼管の仕上げ面を目視及びJIS B 0601(2013)に準拠した表面粗さ計による最大高さRzによって、各試験番号の鋼管の仕上げ面の品位を評価した。
【0135】
上述のとおり、鋼管の仕上げ面の最大高さRzが30μmを超えていれば、外周旋削加工を終了した。本実施例では、新品の工具を用いて外周旋削加工を開始してから、鋼管の仕上げ面の最大高さRzが30μmを超えるまでに外周旋削加工した距離を、各試験番号の工具寿命と定義した。さらに、API 5CTのP110に相当し、具体的には、C:0.20~0.30%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:1.5%以下、及び、Mo:1.0%以下を含有する鋼管に対して同様の外周旋削加工を実施した際の工具寿命を1.0として、工具寿命(相対値)を求めた。得られた各試験番号の工具寿命(相対値)を、表3の「工具寿命(相対値)」欄に示す。
【0136】
[靭性評価試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、ASTM E23(2018)に準拠したシャルピー衝撃試験を実施して、靭性を評価した。各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央部から、API 5CRA(2010)に準拠して、シャルピー衝撃試験用のフルサイズの2mmVノッチ試験片を作製した。試験片の長さ方向は、継目無鋼管の圧延方向(管軸方向)と垂直であった。また、ノッチ面は、継目無鋼管の圧延方向(管軸方向)と垂直であった。作製された各試験番号の3本の試験片を-10℃に冷却し、ASTM E23(2016)に準拠したシャルピー衝撃試験を実施して、吸収エネルギー(J)を求めた。求めた吸収エネルギーの算術平均値を、吸収エネルギー(J)と定義した。得られた吸収エネルギー(J)が40J以上の場合、優れた靭性を有する(表3中の「E」(Excellent))と評価した。得られた吸収エネルギー(J)が40J未満の場合、優れた靭性を有さない(表3中の「NA」(Not Acceptable))と評価した。各試験番号の靭性の評価結果を、表3の「靭性」欄に示す。
【0137】
[評価結果]
表1~表3を参照して、試験番号1~34の継目無鋼管は、化学組成が適切であり、製造方法も上述の好ましい製造方法の条件を満たしていた。その結果、これらの継目無鋼管は、降伏強度が758MPa以上であった。これらの継目無鋼管はさらに、ミクロ組織において、残留オーステナイトが0~15体積%であり、フェライトが0~5体積%であった。これらの継目無鋼管はさらに、粗大Ca硫化物の個数密度が3個/mm2以上であった。その結果、これらの継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.3以上となり、優れた被削性を有していた。すなわち、試験番号1~34の継目無鋼管は、110ksi以上の降伏強度と、優れた被削性とを有していた。
【0138】
試験番号1~32の継目無鋼管はさらに、粗大Ca硫化物の個数密度が5個/mm2以上であった。その結果、これらの継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.5以上となり、さらに優れた被削性を有していた。
【0139】
試験番号1~28及び33の継目無鋼管はさらに、Cu含有量が1.50~3.50%であり、粗大Cu析出物の面積率が0.10超~0.50%であった。その結果、これらの継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.5以上となり、さらに優れた被削性を有していた。その結果さらに、これらの継目無鋼管は、靭性の評価結果が「E」であり、優れた靭性を有していた。
【0140】
試験番号1~28の継目無鋼管はさらに、Cu含有量が1.50~3.50%であり、粗大Ca硫化物の個数密度が5個/mm2以上であり、粗大Cu析出物の面積率が0.10超~0.50%であった。その結果、これらの継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.7以上となり、非常に優れた被削性を有していた。その結果さらに、これらの継目無鋼管は、靭性の評価結果が「E」であり、優れた靭性を有していた。
【0141】
一方、試験番号35及び36の継目無鋼管は、保持時間tが長すぎた。その結果、これらの継目無鋼管は、粗大Ca硫化物の個数密度が3個/mm2未満であった。その結果、これらの継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.3未満となり、優れた被削性を有していなかった。
【0142】
試験番号37の継目無鋼管は、保持時間tが長すぎ、さらに、焼戻しのLMPが17800を超えた。その結果、この継目無鋼管は、降伏強度が758MPa未満となり、110ksi以上の降伏強度を有していなかった。この継目無鋼管はさらに、粗大Ca硫化物の個数密度が3個/mm2未満であった。その結果、この継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.3未満となり、優れた被削性を有していなかった。
【0143】
試験番号38の継目無鋼管は、保持時間tが長すぎ、さらに、焼戻しのLMPが17800を超えた。その結果、この継目無鋼管は、降伏強度が758MPa未満となり、110ksi以上の降伏強度を有していなかった。この継目無鋼管はさらに、粗大Ca硫化物の個数密度が3個/mm2未満であった。その結果、この継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.3未満となり、優れた被削性を有していなかった。この継目無鋼管はさらに、粗大Cu析出物面積率が0.50%を超えた。その結果さらに、この継目無鋼管は、靭性の評価結果が「NA」であり、優れた靭性を有していなかった。
【0144】
試験番号39の継目無鋼管は、S含有量が低すぎた。その結果、この継目無鋼管は、粗大Ca硫化物の個数密度が3個/mm2未満であった。その結果、この継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.3未満となり、優れた被削性を有していなかった。
【0145】
試験番号40の継目無鋼管は、Ca含有量が低すぎた。その結果、この継目無鋼管は、粗大Ca硫化物の個数密度が3個/mm2未満であった。その結果、この継目無鋼管は、工具寿命(相対値)が0.3未満となり、優れた被削性を有していなかった。
【0146】
試験番号41の継目無鋼管は、C含有量が高すぎた。その結果、この継目無鋼管は、靭性の評価結果が「NA」であり、優れた靭性を有していなかった。
【0147】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【0148】
なお、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の要旨は、以下のとおりに記載することもできる。
【0149】
[1]
質量%で、
C:0.030%未満、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0010~0.0050%、
Cr:10.00~14.00%、
Ni:5.00~7.50%、
Mo:1.10~3.50%、
Cu:1.00~3.50%、
Al:0.005~0.050%、
N:0.0030~0.0500%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.020~0.150%、
Co:0.01~0.50%、
Ca:0.0010~0.0050%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
ミクロ組織が、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなり、
降伏強度が758MPa以上であり、
Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0150】
[2]
質量%で、
C:0.030%未満、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0010~0.0050%、
Cr:10.00~14.00%、
Ni:5.00~7.50%、
Mo:1.10~3.50%、
Cu:1.00~3.50%、
Al:0.005~0.050%、
N:0.0030~0.0500%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.020~0.150%、
Co:0.01~0.50%、
Ca:0.0010~0.0050%、を含有し、さらに、
Nb:0.15%以下、
W:1.50%以下、
Sn:0.0100%以下、
As:0.0100%以下、
Sb:0.0100%以下、
B:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
希土類元素:0.0100%以下、からなる群から選択される1元素以上を含有し、
残部:Fe及び不純物からなり、
ミクロ組織が、体積%で、0~15%の残留オーステナイト、0~5%のフェライト、及び、残部が焼戻しマルテンサイトからなり、
降伏強度が758MPa以上であり、
Ca含有量が20質量%以上であり、S含有量が10質量%以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0151】
[3]
[2]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Nb:0.15%以下、及び、
W:1.50%以下、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0152】
[4]
[2]又は[3]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Sn:0.0100%以下、
As:0.0100%以下、及び、
Sb:0.0100%以下、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0153】
[5]
[2]~[4]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
B:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、及び、
希土類元素:0.0100%以下、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【0154】
[6]
[1]~[5]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
Cu:1.50~3.50%を含有し、
面積が0.20μm2以上のCu析出物の面積率が0.10超~0.50%である、
マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【要約】
110ksi以上の降伏強度と、優れた被削性とを有するマルテンサイト系ステンレス鋼管を提供する。本開示によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、質量%で、C:0.030%未満、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.0010~0.0050%、Cr:10.00~14.00%、Ni:5.00~7.50%、Mo:1.10~3.50%、Cu:1.00~3.50%、Al:0.005~0.050%、N:0.0030~0.0500%、V:0.01~0.30%、Ti:0.020~0.150%、Co:0.01~0.50%、Ca:0.0010~0.0050%、及び、残部:Fe及び不純物からなり、降伏強度が758MPa以上であり、円相当径が1.0μm以上のCa硫化物が3個/mm2以上である。