(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】自動車用転舵装置
(51)【国際特許分類】
B62D 17/00 20060101AFI20230307BHJP
B62D 9/00 20060101ALI20230307BHJP
【FI】
B62D17/00 C
B62D9/00
(21)【出願番号】P 2020051087
(22)【出願日】2020-03-23
【審査請求日】2022-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100093779
【氏名又は名称】服部 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】立入 泉樹
(72)【発明者】
【氏名】竹▲崎▼ 朗
【審査官】神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-185559(JP,A)
【文献】国際公開第2019/189096(WO,A1)
【文献】特開2010-179678(JP,A)
【文献】特開平06-258196(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 7/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両前後方向における二列以上の左右対のタイヤのうち、一列以上のタイヤ(91-94)が左輪と右輪とで独立して転舵可能な独立転舵車両(100)に搭載され、
駆動対象の各タイヤを転舵方向に駆動する複数の転舵アクチュエータ(31-34)と、
車両の進行方向に対して左右対のタイヤの前側が内側を向く角度を正、外側に向く角度を負として、前記転舵アクチュエータにより左右対称に偏向される角度をトー角と定義すると、前記トー角を所定の転舵周波数及び角度振幅で周期的に変化させる周期的転舵を実行するように、前記転舵アクチュエータに駆動信号を出力するトー角制御部(25)と、
前記転舵アクチュエータにより転舵されたタイヤにかかるタイヤ外力を検出するタイヤ外力検出部(29)と、
前記タイヤ外力を周波数解析し、前記転舵周波数における前記タイヤ外力と路面摩擦係数との関係に基づき、路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部(26)と、
を備える自動車用転舵装置。
【請求項2】
前記トー角制御部は、前記タイヤ外力に応じて、前記周期的転舵の転舵周波数または角度振幅を変化させる請求項1に記載の自動車用転舵装置。
【請求項3】
車両の加速時又は減速時における時間当たりの速度変化率を検出する加減速検出部(27)を備え、
前記路面摩擦係数推定部は、速度変化率の絶対値が所定の変化率閾値以下のときに路面摩擦係数の推定を実施する請求項1または2に記載の自動車用転舵装置。
【請求項4】
車両挙動又は外力による車両状態を検出する車両状態検出部(28)を備え、
前記路面摩擦係数推定部は、車両状態が所定の安定条件を満たすときに路面摩擦係数の推定を実施する請求項1~3のいずれか一項に記載の自動車用転舵装置。
【請求項5】
前記周期的転舵における前記トー角は、常に0以上となるように設定されている請求項1~4のいずれか一項に記載の自動車用転舵装置。
【請求項6】
車両前後方向において二列以上のタイヤが独立転舵可能な車両に搭載され、
前記トー角制御部は、各列の前記周期的転舵の転舵周波数または角度振幅を個別に設定可能である請求項1~5のいずれか一項に記載の自動車用転舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用転舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の進行方向に対して左右対のタイヤ前端が内側又は外側を向くように設定される角度をトー角という。トー角が正のとき、タイヤ前端が内側を向く「トーイン」となり、直進安定性が高まる。トー角が負のとき、タイヤ前端が外側を向く「トーアウト」となり、旋回性が高まる。スポーツ車ではトーアウトに設定される場合があるが、一般には直進安定性を高めるため、前輪、後輪の片方もしくは両方がトーインに設定される場合が多い。
【0003】
例えば特許文献1には、左右のタイヤを独立して転舵可能な独立転舵車両においてトー角制御手段を備えたステアリングシステムが開示されている。このステアリングシステムでは、車速が所定値以上のとき、転舵アクチュエータの電流値に基づいて路面摩擦係数を推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の従来技術は、独立転舵車両において、トー角を制御したときに発生するタイヤ外力(例えばセルフアライニングトルク)を転舵アクチュエータに発生する電流から推測し、さらにタイヤ外力に対する特性から路面摩擦係数を推定するものと理解できる。
【0006】
しかし、この従来技術ではカント等の道路勾配の影響が考慮されていない。路面にカントがある場合、路面摩擦係数に関する力以外に、カントによる横力等もタイヤに作用するため、検出するタイヤ外力の検出値にばらつきが生じ、路面摩擦係数の推定誤差が生じるおそれがある。
【0007】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、独立転舵車両においてカント等の路面状態の影響を抑制し、路面摩擦係数の推定誤差を低減する自動車用転舵装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による自動車用転舵装置は、車両前後方向における二列以上の左右対のタイヤのうち、一列以上のタイヤ(91-94)が左輪と右輪とで独立して転舵可能な独立転舵車両(100)に搭載される。この自動車用転舵装置は、駆動対象の各タイヤを転舵方向に駆動する複数の転舵アクチュエータ(31-34)と、トー角制御部(25)と、タイヤ外力検出部(29)と、路面摩擦係数推定部(26)と、を備える。
【0009】
車両の進行方向に対して左右対のタイヤの前端が内側を向く角度を正、外側を向く角度を負として、転舵アクチュエータにより左右対称に偏向される角度を「トー角」と定義する。トー角制御部は、トー角を所定の転舵周波数及び角度振幅で周期的に変化させる「周期的転舵」を実行するように、転舵アクチュエータに駆動信号を出力する。
【0010】
タイヤ外力検出部は、転舵アクチュエータにより転舵されたタイヤにかかるタイヤ外力を検出する。路面摩擦係数推定部は、タイヤ外力を周波数解析し、転舵周波数におけるタイヤ外力と路面摩擦係数との関係に基づき、路面摩擦係数を推定する。
【0011】
例えば道路に一定のカントが設けられている場合、カントによりタイヤに発生する外力は直流成分である。そこで、周期的転舵によるタイヤ外力を周波数解析し、その転舵周波数成分のみを用いて路面摩擦係数を推定することで、路面状態による誤差を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】一実施形態による自動車用転舵装置のブロック図。
【
図2】(a)トー角0、(b)トーインの状態を示す図。
【
図3】タイヤに作用する横力及びSAT(タイヤ外力)を示す図。
【
図4】トー角一定でのSATに基づく路面摩擦係数の推定(比較例)を示す図。
【
図6】トー角一定での走行時におけるSATの時間変化を示す図。
【
図7】一実施形態による路面摩擦係数推定のフローチャート。
【
図8】周期的転舵におけるトー角及びSATの波形図。
【
図9】周期的転舵中の加減速によるSATへの影響を説明する図。
【
図10】路面摩擦係数μ=0.4での周期的転舵におけるSAT波形図。
【
図11】周期的転舵におけるSATの周波数解析結果を示す図。
【
図12】周波数解析により抽出された転舵周波数でのSAT最大値に基づく路面摩擦係数の推定(本実施形態)を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態による自動車用転舵装置を図面に基づいて説明する。本実施形態の自動車用転舵装置は、車両前後方向における二列以上の左右対のタイヤのうち、一列以上のタイヤが左輪と右輪とで独立して転舵可能な独立転舵車両に搭載される。
【0014】
従来、一般的な車両は左右対のタイヤがリンクを介して機械的に結合されており、ステアリングの操舵によってタイヤが転舵する。今後、ステアリングと左右対タイヤのリンクとが機械的に分離したステアバイワイヤや、左右対のタイヤが独立して転舵可能な独立転舵車両に発展していくと考えられる。ステアバイワイヤでは、左右対のタイヤが連動して同相にしか動かないのに対し、独立転舵車両では左輪と右輪とが自由に転舵可能である。
【0015】
独立転舵車両のメリットの一例を説明する。従来車両では旋回時におけるタイヤの転舵角は、必ず左右同じになる。しかし幾何学的には、旋回内側の転舵角が旋回外側の転舵角よりも大きくないとタイヤは横滑りすることになる。これに対し、独立転舵車両の場合、旋回半径に応じて左右の舵角を自由に設定できるため、従来よりもタイヤの横滑りに伴う走行抵抗をへらすことができる。
【0016】
(一実施形態)
図1を参照し、一実施形態による自動車用転舵装置20の構成を説明する。
図1に示す独立転舵車両100は、車両前後方向に二列の左右対のタイヤを有する四輪車両において、前列のタイヤ91、92及び後列のタイヤ93、94がいずれも独立転舵可能である。自動車用転舵装置20は、複数(例えば4個)の転舵アクチュエータ31-34、トー角制御部25、路面摩擦係数推定部26、加減速検出部27、車両状態検出部28、及びタイヤ外力検出部29を備える。
【0017】
複数の転舵アクチュエータ31-34は、各タイヤ91-94を転舵方向に駆動する。四輪の独立転舵車両100では、前列左右のタイヤ91、92を駆動する転舵アクチュエータFL31及び転舵アクチュエータFR32、並びに、後列左右のタイヤ93、94を駆動する転舵アクチュエータRL33及び転舵アクチュエータRR34が設けられる。
【0018】
トー角制御部25は、トー角を所定の転舵周波数f及び角度振幅θampで周期的に変化させる「周期的転舵」を実行するように、転舵アクチュエータ31-34に駆動信号を出力する。本明細書において「トー角」は、「車両の進行方向に対して左右対のタイヤの前端が内側を向く角度を正、外側を向く角度を負として、転舵アクチュエータ31-34により左右対称に偏向される角度」と定義される。
【0019】
つまり、従来の一般的な車両では、トー角は、停車時のアライメント調整において初期設定されるものであるのに対し、独立転舵車両100では、走行中の転舵アクチュエータ31-34の駆動によりトー角を変化させ、周期的転舵を実行可能である。また、本実施形態では、トー角制御部25は、各列の転舵周波数f及び角度振幅θampを個別に設定可能である。ただし、各列左右対のタイヤに対し非対称に周期的転舵を行うことは想定しない。前列左右の転舵アクチュエータ31、32が出力する対称の駆動信号により、前列のタイヤ91、92が周期的転舵する。後列左右の転舵アクチュエータ33、34が出力する対称の駆動信号により、後列のタイヤ93、92が周期的転舵する。
【0020】
また、左右対のタイヤの前端が内側を向く「トーイン」のときトー角は正、左右対のタイヤの前端が内側を向く「トーアウト」のときトー角は負として定義される。トーインでは直進安定性が高いが旋回性は低く、トーアウトでは旋回性が高いが直進安定性が低い。
図2に示すように、通常、車両は直進安定性を高めるため、直進状態で左右対のタイヤ前端が若干(1[deg]以下)内側を向く「トーイン」に調整されている。
【0021】
これにより車両が安定することの背反として、
図3に示すように、進行方向に対してタイヤの方向がずれるため、路面摩擦係数μに依存するタイヤ横力が発生する。なお、路面摩擦係数μは、路面とタイヤとの間の摩擦を表す係数である。このタイヤ横力により走行抵抗が増加するため、基本的にはトー角は0[deg]に設定されることが望ましい。
【0022】
次にタイヤ外力検出部29は、転舵アクチュエータ31-34により転舵されたタイヤ91-94にかかるタイヤ外力を検出する。タイヤ外力とは、タイヤを転舵方向と逆向きに戻そうとするセルフアライニングトルク(以下「SAT」)やタイヤ横力を意味する。以下、タイヤ外力をSATとして説明する。「SAT」の記載は、適宜「タイヤ外力」と読み替えて解釈される。
図3に示すように、SATは、輪荷重F、路面摩擦係数μ、及びトー角θの関数である。タイヤ外力検出部29は、転舵アクチュエータ31-34の負荷電流や、転舵機構に設けられた力センサやトルクセンサによりSATを検出可能である。
【0023】
ところで、SATと路面摩擦係数μとは相関関係があるため、SATを検出することで路面摩擦係数μを推定することができる。トー角を一定(例えば2[deg])に設定した状態で走行すると、
図4の実線(すなわちカント0%の場合)に示すように、路面摩擦係数μに応じたSATが発生する。理想的に平坦な道路を走行する場合、一定のSATが検出され、検出されたSATから路面摩擦係数μを精度良く推定可能である。なお、各図においてSATの具体的な数値は記載しない。ただし、トルク次元の量であることを明示するため、各図の軸に「SAT[Nm]」と記す。
【0024】
なお、特許文献1(国際公開WO2019/189096号)には、独立転舵車両において路面摩擦係数を推定する技術が開示されている。この従来技術は、トー角を制御したときに発生するタイヤ外力(例えばSAT)を転舵アクチュエータに発生する電流から推測し、さらにタイヤ外力に対する特性から路面摩擦係数を推定するものと理解できる。
【0025】
しかし、実際の道路は、水はけを良くするための横断勾配であるカントが設けられていたり、轍ができていたりするため、平坦ではあり得ない。カントは道路構造令で±2%に定められている。
図5に示すように、カントが設けられていると、タイヤには常にどちらか一方向にタイヤ外力がかかる。カントの影響により、
図4においてSATは、破線(カント-2%)から一点鎖線(カント+2%)の範囲で変化し、同じSAT値から推定される路面摩擦係数μに最大19%の誤差が生じる。そこで、トー角一定でのSATに基づく路面摩擦係数の推定について、本実施形態に対する比較例として扱うこととする。
【0026】
図6に、トー角一定での走行時におけるSATの時間変化を示す。カント0%でのSATに対し、カント-2%でのSATはやや大きく、カント+2%でのSATはやや小さくなっている。この差がカントによるSATの検出誤差となる。ただし、発進後、カントが一定の道路を走行している間、タイヤに発生するSATは一定値を維持しており、低周波の定常成分とみなすことができる。そこで、トー角を所定の転舵周波数fで周期的に変化させることで、カントによるSATと、周期的転舵による路面摩擦係数μに応じたSATとを区別できると考えられる。
【0027】
本実施形態では、この着眼点に基づき、トー角制御部25は上述の通り、周期的転舵を実行するように、転舵アクチュエータ31-34に駆動信号を出力する。そして、路面摩擦係数推定部26は、タイヤ外力検出部29が検出したSATを周波数解析し、転舵周波数fにおけるSATと路面摩擦係数μとの関係に基づき、路面摩擦係数μを推定する。
【0028】
図1に戻ると、本実施形態の自動車用転舵装置20は、さらに、加減速検出部27及び車両状態検出部28を備えている。加減速検出部27は、車両の加速時又は減速時における時間当たりの速度変化率を検出し、路面摩擦係数推定部26に通知する。加速時の速度変化率は正の加速度に相当し、減速時の速度変化率は負の加速度に相当する。
【0029】
車両状態検出部28は、車両挙動又は外力による車両状態を検出し、路面摩擦係数推定部26に通知する。車両挙動は車両の能動的な挙動を意味し、外力は、路面の轍やうねり、横風等によりタイヤに作用する外乱の力を意味する。例えば車両状態検出部28は、ヨーレートセンサ、横加速度センサ、ハイトセンサ等により、ロール、ヨー、横加速度、車高変化量等を検出する。
【0030】
路面摩擦係数推定部26は、加減速検出部27及び車両状態検出部28からの情報に基づき、路面摩擦係数μの推定実施可否を判断する。路面摩擦係数推定部26は、速度変化率の絶対値が所定の変化率閾値以下、且つ、車両状態が所定の安定条件を満たすときにのみ路面摩擦係数μの推定を実施する。
【0031】
次に
図7のフローチャート及び
図8~
図12を参照し、本実施形態による路面摩擦係数の推定について説明する。フローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。S51で加減速検出部27は、車両の加速又は減速を検出する。S52では、速度変化率の絶対値が変化率閾値以下であるか判断される。S52でNOの場合、次のステップに進まず、スタートに戻る。
【0032】
S52でYESの場合、S53で車両状態検出部28は、ロール、ヨー、横加速度等の車両状態を検出する。S54では、車両状態が安定した状態であることの判断基準となる安定条件を満たすか判断される。例えば、車両に搭載されたヨーレートセンサや横加速度センサの検出値が所定の閾値以下の場合、安定条件を満たすと判断される。その他の車両状態を反映するパラメータは、「数値が低いほど車両状態が安定している」と判断されるパラメータに限らない。S54でNOの場合、次のステップに進まず、スタートに戻る。S54でYESの場合、S55に移行する。
【0033】
S55でトー角制御部25は、周期的転舵の転舵周波数f及び角度振幅θampを設定する。S56でトー角制御部25は、設定した転舵周波数f及び角度振幅θampで転舵アクチュエータ31-34を駆動する。S57でタイヤ外力検出部29は、タイヤ外力としてSATを検出する。
【0034】
図8に、周期的転舵におけるトー角及びSATの変化を示す。転舵条件は、車両速度V=80[km/Hr]、路面摩擦係数μ=1.0、転舵周波数f=0.5Hz、中心トー角θc=2[deg]、角度振幅θamp=2[deg]である。1秒後から、トー角θは2±2[deg]の範囲で周期的に変化し、それに伴ってSATも周期的に変化する。ここで、周期的転舵におけるトー角θは、常に0以上となるように、言い換えれば最小値でも負にならないように設定されている。また、SATの正側の振幅SATpと負側の振幅SATnとは一致せず、この例では、負側の振幅SATnが正側の振幅SATpよりもやや大きい。これは、カントの影響と考えられる。
【0035】
さらに
図9に示すように、周期的転舵中に車両が加減速した時、タイヤには、周期的転舵のトー角及び路面摩擦係数μによるSATとは異なる余計な外力が発生する。同様に、車両状態が不安定であり、車両が左右に振られているとき、タイヤに余計な外力が発生する。そこで上記のS52、S54において、車両が加減速しているときや車両状態が安定していないとき、路面摩擦係数μの推定を実施しないようにする。
【0036】
S58で路面摩擦係数推定部26は、SATの最大値及び波形の歪を確認する。
図10に、路面摩擦係数μが比較的小さい状態での、周期的転舵におけるトー角及びSATの変化を示す。転舵条件は、車両速度V=80[km/Hr]、路面摩擦係数μ=0.4、転舵周波数f=0.5Hz、角度振幅θamp=0.5、1、2[deg]である。1秒後から、トー角θの変化に伴ってSATが周期的に変化する。
【0037】
図10において、角度振幅θamp=0.5[deg]のとき、SAT最大値が検出に適正な下限値より小さい。その場合、角度振幅θamp=1[deg]に大きくすると、SAT最大値が大きくなり検出が容易となる。一方、角度振幅θamp=2[deg]にまで大きくし過ぎると、タイヤがスリップし、SAT波形が歪む。
【0038】
S59では、SATの最大値及び歪が適正範囲内であるか判断される。詳しくは、SATの最大値が下限値以上であり、歪については変曲点の数や歪の幅が所定値以内であるか判断される。S59でNOの場合、S60でトー角制御部25は、周期的転舵の転舵周波数f及び角度振幅θampを再設定する。その後、S59でYESと判断されるまで、S56~S59のステップが繰り返される。このように、トー角制御部25は、検出されたSATに応じて、周期的転舵の転舵周波数fまたは角度振幅θampを変化させる。
【0039】
S59でYESと判断されると、S61で路面摩擦係数推定部26は、SATを周波数解析し、転舵周波数fにおけるSATの最大値を抽出する。SATデータをFFTにより周波数解析した結果を
図11に示す。転舵周波数fである0.5Hzにピークが現れている。カントの違い(0±2%)は0Hz付近の直流成分のみに影響し、ピーク値(すなわち最大値)にはほとんど影響しない。
【0040】
S62で路面摩擦係数推定部26は、転舵周波数fにおけるSAT最大値と路面摩擦係数μとの関係に基づき、路面摩擦係数μを推定する。
図12に示すように、
図11で得られた0.5HzでのSAT最大値に基づいて路面摩擦係数μが推定される。本実施形態でのカントの違い(0±2%)による最大誤差は約6%であり、
図4に示す比較例の最大誤差19%に比べ3分の1以下に低減している。
【0041】
(本実施形態の効果)
(1)自動車用転舵装置20のトー角制御部25は、周期的転舵を実行するように、転舵アクチュエータ31-34に駆動信号を出力する。路面摩擦係数推定部26は、タイヤ外力検出部29が検出したSATを周波数解析し、転舵周波数fにおけるSATと路面摩擦係数μとの関係に基づき、路面摩擦係数μを推定する。例えば道路に一定のカントが設けられている場合、カントによりタイヤに発生する外力は直流成分である。そこで、周期的転舵によるSATを周波数解析し、その転舵周波数成分のみを用いて路面摩擦係数μを推定することで、路面状態による誤差を抑制することができる。
【0042】
(2)トー角制御部25は、SATに応じて、周期的転舵の転舵周波数fまたは角度振幅θampを変化させる。路面摩擦係数μが比較的小さいとき、周期的転舵によって発生するSATが小さく、また滑りやすい。そこで、トー角制御部25は、角度振幅θampを大きくしたり、転舵周波数fを小さく(言い換えれば転舵周期を長く)してゆっくり転舵させたりする。こうして、周期的転舵の転舵周波数fまたは角度振幅θampを適切な値にすることで、検出されるSATを大きくし、路面摩擦係数μの推定精度を向上させることができる。
【0043】
(3)自動車用転舵装置20は、車両の加速時又は減速時における速度変化率を検出する加減速検出部27を備え、路面摩擦係数推定部26は、速度変化率の絶対値が所定の変化率閾値以下のときに路面摩擦係数μの推定を実施する。車両が加減速した時、タイヤに余計な外力が発生する。よって、路面摩擦係数推定部26は、速度変化率の絶対値が所定の変化率閾値以下の安定した状態でのみ路面摩擦係数μの推定を実施することで誤差を低減することができる。
【0044】
(4)自動車用転舵装置20は、車両挙動又は外力による車両状態を検出する車両状態検出部17を備え、路面摩擦係数推定部26は、車両状態が所定の安定条件を満たすときに路面摩擦係数μの推定を実施する。車両状態が不安定であり車両が左右に振られているとき、タイヤに余計な外力が発生する。よって、路面摩擦係数推定部26は、車両状態が安定しているときにのみ路面摩擦係数μの推定を実施することで誤差を低減することができる。
【0045】
(5)周期的転舵におけるトー角は、常にゼロ以上となるように設定されている。車両は、トーインになっていると直進安定性が高い。よって、トー角の変動範囲を常にトーインになるように設定することで直進安定性を高められる。言い換えれば、一時的にトーアウトになって車両が不安定になることが防止される。
【0046】
(6)前列及び後列のタイヤが独立転舵可能な車両100に搭載された自動車用転舵装置20において、トー角制御部25は、各列の周期的転舵の転舵周波数fまたは角度振幅θampを個別に設定可能である。例えばトー角制御部25は、前列及び後列のトー角を同じ位相で変化させるのでなく、位相を180[deg]ずらすことで常にどちらかの列のトー角が大きくなるようにし、直進安定性を確保することができる。
【0047】
(その他の実施形態)
(a)
図1に示す独立転舵車両100では前列のタイヤ91、92及び後列のタイヤ93、94がいずれも独立転舵可能であるが、前列又は後列の一列のタイヤのみが独立転舵可能であってもよい。また、本発明の自動車用転舵装置は、車両前後方向において三列以上のタイヤが独立転舵可能な六輪以上のトレーラ等に搭載されてもよい。
【0048】
その場合、トー角制御部25は、車両安定性と走行抵抗低減との優先度等に応じて、各列の周期的転舵の転舵周波数fまたは角度振幅θampを個別に設定可能であることが好ましい。例えばトレーラのように前後の重量差が大きい車両では、重量の重い前列の角度振幅θampを相対的に小さくし、重量の軽い後列の角度振幅θampを相対的に大きくしてもよい。
【0049】
(b)周期的転舵の波形は正弦波に限らず、周期的な波形であれば三角波、矩形波、方形波等でもよい。また、半波整流又は全波整流により、振幅中心に対して正側の波形のみを用いてもよい。正側のみの整流波形を用いることで、周期的転舵におけるトー角が常に0以上となるように設定しやすくなる。
【0050】
(c)上記実施形態では、路面摩擦係数推定部26は、周波数解析後の転舵周波数fにおけるSATの最大値に基づいて路面摩擦係数μを推定している。ただし、SATの最大値に限らず、最大値に対する所定比率の値、例えば最大値の80%等の値に基づいて路面摩擦係数μを推定してもよい。
【0051】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0052】
本開示に記載の制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0053】
20・・・自動車用転舵装置、
25・・・トー角制御部、
26・・・路面摩擦係数推定部、 27・・・加減速検出部、
28・・・車両状態検出部、 29・・・タイヤ外力検出部、
31-34・・・転舵アクチュエータ、
91-94・・・タイヤ、 100・・・独立転舵車両。