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特許7239266一過性遺伝子発現により植物を正確に改変するための方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】一過性遺伝子発現により植物を正確に改変するための方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20230307BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20230307BHJP
   A01H 1/06 20060101ALI20230307BHJP
   C12N 15/01 20060101ALI20230307BHJP
   C12N 15/82 20060101ALI20230307BHJP
   A01H 5/00 20180101ALN20230307BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20230307BHJP
【FI】
C12N15/09 110
A01H1/00 A
A01H1/06
C12N15/01 Z ZNA
C12N15/82 120Z
A01H5/00 A
C12N5/10
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2017538939
(86)(22)【出願日】2016-01-19
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2018-02-01
(86)【国際出願番号】 CN2016071352
(87)【国際公開番号】W WO2016116032
(87)【国際公開日】2016-07-28
【審査請求日】2018-12-13
【審判番号】
【審判請求日】2021-01-28
(31)【優先権主張番号】201510025857.3
(32)【優先日】2015-01-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】522350368
【氏名又は名称】スージョウ チー バイオデザイン バイオテクノロジー カンパニー リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Suzhou Qi Biodesign biotechnology Company Limited
【住所又は居所原語表記】Unit E598, 5th Floor, Lecheng Plaza, Phase II, Biomedical Industrial Park, No. 218, Sangtian Street, Suzhou Industrial Park, Suzhou Area, China (Jiangsu) Pilot Free Trade Zone, Jiangsu 215127, China
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100134315
【弁理士】
【氏名又は名称】永島 秀郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】ツァイシア ガオ
(72)【発明者】
【氏名】ヤンペン ワン
(72)【発明者】
【氏名】イー ジャン
(72)【発明者】
【氏名】ジンシン リウ
(72)【発明者】
【氏名】カン ジャン
【合議体】
【審判長】長井 啓子
【審判官】上條 肇
【審判官】牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/166315(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第103343120(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103382468(CN,A)
【文献】Plant Physiol.,2013,Vol.161,p.20-27
【文献】Nature Biotechnology,2013,Vol.31,No.8,p.688-691
【文献】Plant Physiol.,2010,Vol.154,p.1079-1087
【文献】PLOS ONE,2014,Vol.9,No.6,e99225
【文献】Nature Biotechnology,2014,Vol.32,No.9,p.947-952
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00 - 15/90
A01H 1/00 - 7/00
CAPlus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/WPIDS/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Genbank/EMBL/DDBJ/Geneseq
UniProt/Geneseq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物において標的遺伝子の標的部位に対して部位特異的改変を行い、標的部位のホモ接合型部位特異的改変を行うための方法であって、以下:
対象の植物の組織を一過性発現の被検体として使用し、前記植物の前記組織において配列特異的ヌクレアーゼを一過的に発現させるステップ
を含み、
前記植物の組織において前記配列特異的ヌクレアーゼを一過的に発現させるためのステップが、以下:
a)前記植物の前記組織に、前記配列特異的ヌクレアーゼを発現させるための遺伝物質を導入するステップ、および
b)ステップa)で得られた前記組織を選択圧の非存在下で培養し、それにより前記対象の植物の前記組織において前記配列特異的ヌクレアーゼを一過的に発現させ、かつ前記植物のゲノムに組み込まれていない前記遺伝物質を分解させるステップ
を含み、
前記植物が単子葉植物であり、かつ
前記組織がカルス組織、未熟胚、成熟胚、茎頂、胚軸または若い花穂であり、
前記配列特異的ヌクレアーゼが前記標的部位に特異的であり、かつ前記標的部位が前記ヌクレアーゼにより切断され、その結果、前記植物のDNA修復により前記標的部位の部位特異的改変が達成され、かつ前記配列特異的ヌクレアーゼが、CRISPRに関与する系であり、前記遺伝物質を、パーティクルボンバードメントにより導入する、方法。
【請求項2】
前記遺伝物質が、組換えベクター、例えばDNAプラスミド、線状DNA断片またはRNAである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記配列特異的ヌクレアーゼが、CRISPR/Cas9ヌクレアーゼであることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記配列特異的ヌクレアーゼがCRISPR/Cas9ヌクレアーゼであり、前記標的部位に特異的なCRISPR/Cas9ヌクレアーゼを発現させるための前記遺伝物質が、
ガイドRNAを転写しかつCas9タンパク質を発現させるための1つの組換えベクターもしくはDNA断片(またはcrRNAとtracrRNAとをそれぞれ転写しかつCas9タンパク質を発現させるための2つの組換えベクターもしくはDNA断片)から構成されるか、あるいは
ガイドRNAを転写するための1つの組換えベクターもしくはDNA断片(またはcrRNAとtracrRNAとをそれぞれ転写するための2つの組換えベクターもしくはDNA断片)と、Cas9タンパク質を発現させるための1つの組換えベクターもしくはDNA断片もしくはRNAと、から構成されるか、あるいは
ガイドRNA(またはcrRNAとtracrRNAとの双方)と、Cas9タンパク質を発現させるための1つの組換えベクターもしくはDNA断片もしくはRNAと、から構成され、
その際、前記ガイドRNAは、前記crRNAと前記tracrRNAとの間の部分的な塩基対形成により形成される回文構造を有するRNAであり、前記crRNAは、前記標的部位に相補的に結合しうるRNA断片を含む、請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記組織が、一過性発現のレシピエントとして作用できかつ組織培養により完全な植物へと再生しうる任意の組織であることを特徴とする、請求項1から4までのいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記部位特異的改変が、前記標的部位における挿入変異、欠失変異および/または置換変異であることを特徴とする、請求項1から5までのいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
導入遺伝子を含まない改変植物の育種方法であって、以下:
(a)請求項1から6までのいずれか1項記載の方法を用いて対象の植物における標的遺伝子の標的部位に対して部位特異的改変を行うことにより、改変植物を得るステップ、
(b)ステップ(a)で得られた前記改変植物から、植物をスクリーニングするステップであって、ここで、該植物中の前記標的遺伝子の機能が喪失または変更されており、該植物のゲノムは組み込まれた外来遺伝子を含まず、かつ該植物が遺伝的に安定である、ステップ
を含む方法。
【請求項8】
請求項1から6までのいずれか1項記載の方法により植物において標的遺伝子の標的部位に対して部位特異的改変を行うための、一過性発現系の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物遺伝子工学の分野に属し、一過性遺伝子発現により植物を正確に改変するための方法に関する。詳細には本発明は、比較的高い生物学的安全性を有する一過性発現系により植物ゲノムの部位特異的改変を達成するための方法に関する。
【0002】
技術的背景
植物ゲノムにおいて改変を行うことは、植物ゲノム機能を探索しかつ作物を遺伝学的に改良するための主要な手段である。現在、植物ゲノムを改変するための方法では主に、伝統的な交雑育種および変異誘発育種に重点が置かれている。伝統的な交雑育種は数世代にわたって行われる必要があるため時間がかかり、また過度の作業を必要とする。これはまた、種間の生殖的隔離によって制限されることがあり、また望ましくない遺伝子連鎖に影響を受ける場合がある。物理的または化学的な変異誘発法、例えば放射線変異誘発法、EMS変異誘発法などでは、ゲノムにおいて多数の変異部位が無秩序に導入されることがあり、変異部位の同定が極めて困難であるものと考えられる。伝統的な遺伝子ターゲティング法は、極めて低い効率(通常は10-6~10-5の範囲である)を有し、また例えば酵母、マウスなどのわずかな種に限定される。RNAi法では通常は、標的遺伝子を十分にダウンレギュレートすることができず、また遺伝子サイレンシング効果は子孫において減少するかまたさらには完全に消失する。したがって、RNAiによる遺伝子サイレンシングは、遺伝子的に安定していない。
【0003】
近年現れた新規な技術である部位特異的ゲノム改変ツールは主に、配列特異的ヌクレアーゼ(sequence specific nucleases、SSN)の3つのカテゴリ:ジンクフィンガーヌクレアーゼ(Zinc finger nucleases、ZFN)、転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼ(Transcription activator-like effector nucleases、TALEN)、および規則的な間隔をもってクラスター化された短鎖反復回文配列(Clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR)に関与する系(CRISPR/Cas9)を含む。それらの共通の特徴は、それらがエンドヌクレアーゼとして作用して特定のDNA配列を切断して、DNA2本鎖切断(DSB)をもたらしうる点にある。DSBにより、細胞の固有の修復機構である非相同末端結合(NHEJ)および相同組換え(HR)を活性化することができ、それによりDNA損傷が修復される。破壊された染色体をNHEJにより再結合させることができるが、この修復は通常はそれほど正確ではなく、破壊部位で少数の塩基の挿入または欠失が起こる場合があり、これによって重要なアミノ酸のフレームシフトまたは欠失が生じることがあり、それによって遺伝子ノックアウト変異体が生成されることがある。HRにより、人工的な相同配列が導入されると、この相同配列が合成修復を行うためのテンプレートとして使用され、その結果、部位特異的な遺伝子(またはDNA断片)の置換変異体または挿入変異体が生成される。現在、遺伝子編集技術による植物ゲノムの改変が一部の植物(例えばイネ、シロイヌナズナ、トウモロコシおよびコムギなど)に徐々に適用されてきてはいるが、効果は満足のいくものではない。主な制限要因は、植物の遺伝的形質転換である。
【0004】
植物細胞への配列特異的ヌクレアーゼ(SSN)の導入は、遺伝子編集を達成するための基礎である。現在、植物細胞に配列特異的ヌクレアーゼを導入するための方法は主に、従来の遺伝子導入技術である。従来の遺伝子導入技術を用いて配列特異的ヌクレアーゼ遺伝子を植物染色体に組み込むことにより、該植物において部位特異的改変を達成することができる。その場合、改変ツールを用いずに子孫における分離によって変異体を得ることができる。そのような方法は、導入遺伝子を有しない部位特異的変異体を得るための十分に認識された重要な方法である。この方法は、植物ゲノムへの外来遺伝子の組込みを伴い、また形質転換手法は選択マーカー(選択圧)を必要とするが、この選択マーカー(選択圧)により植物の再生が比較的困難となる。栄養繁殖作物、例えばジャガイモ、キャッサバおよびバナナの遺伝子の改変に関しては、配列特異的ヌクレアーゼ導入遺伝子の分離除去が困難であるかまたは不可能である。形質転換が困難ないくつかの植物、例えばコムギ、トウモロコシ、大豆およびジャガイモなどに関しては、ゲノムの改変はより困難であるものと考えられる。したがって遺伝子編集技術は、植物ゲノムの改変において広範に用いられているわけではない。さらに生物学的安全性に関して、米国農務省は、最終生成物の特性によってのみ生成物を評価する。このことは、配列特異的ヌクレアーゼ、例えばZFNおよびTALENなどを用いた従来の遺伝子導入技術により得られた遺伝子改変生成物がGMO規則では規制を受けないことを意味する。しかし、GMO規則が比較的厳格である欧州連合では、そのような生成物はなおも遺伝子導入のカテゴリに挙げられて規制を受けるはずである。したがって、植物ゲノム改変のためのより効率的で実用的でかつ安全な方法を開発する必要がある。
【0005】
一過性発現系とは、次のような系を指す:遺伝子送達手段、例えばアグロバクテリウム、パーティクルボンバードメントおよびPEG媒介型プロトプラスト形質転換を用いて外来遺伝子(配列特異的ヌクレアーゼ)を(染色体に組み込まずに)細胞に送達し、かつこの外来遺伝子の一過性発現により植物のゲノムを改変し、その際、該植物の再生プロセスの間に、該植物の再生の効率を効率的に増加させるいかなる選択圧も用いずに、組織培養を行う。この染色体に組み込まれない外来遺伝子は、植物細胞により分解されるものと考えられ、それにより比較的高い生物学的安全性がもたらされる。したがって、植物への遺伝子編集技術の適用を容易にしうる一過性発現系を使用して植物ゲノムの改変を達成することが、より簡便でかつより適切である。
【0006】
発明の概要
本発明の目的は、一過性遺伝子発現により植物のゲノムを正確に改変するための方法を提供することである。
【0007】
植物において標的遺伝子の標的部位に対して部位特異的改変を行うための一過性発現系の使用は、本発明の保護範囲に含まれる。
【0008】
本発明において提供される、植物において標的遺伝子の標的部位に対して部位特異的改変を行うための方法は、具体的には以下:
対象の植物の細胞または組織を一過性発現の被検体として使用し、前記対象の植物の細胞または組織において配列特異的ヌクレアーゼを一過的に発現させるステップ
を含み、
その際、前記配列特異的ヌクレアーゼが前記標的部位に特異的であり、かつ前記標的部位が前記ヌクレアーゼにより切断され、その結果、前記植物におけるDNA修復により前記標的部位の部位特異的改変が達成される。
【0009】
前記方法において、対象の植物の細胞または組織において配列特異的ヌクレアーゼの一過性発現を達成するためのプロセスは、以下:
a)前記対象の植物の細胞または組織に、前記配列特異的ヌクレアーゼを発現させるための遺伝物質を導入するステップ、および
b)ステップa)で得られた前記細胞または前記組織を選択圧の非存在下で培養し、それにより前記対象の植物の前記細胞または前記組織において前記配列特異的ヌクレアーゼを一過的に発現させ、かつ前記植物のゲノムに組み込まれていない前記遺伝物質を分解させるステップ
を含みうる。
【0010】
前記「遺伝物質」は、組換えベクター(例えばDNAプラスミド)または線状DNA断片またはRNAである。
【0011】
前記「選択圧」とは、遺伝子導入植物の生長には有益であるが導入遺伝子を含まない植物にとっては致死的である薬物または試薬を指す。本明細書では、遺伝子導入植物とは、そのゲノムに外来遺伝子が組み込まれている植物を指す。導入遺伝子を含まない植物とは、そのゲノムに外来遺伝子が組み込まれていない植物を指す。
【0012】
選択圧の非存在下では、植物の防御系により外来遺伝子の侵入が阻害され、かつ既に該植物に送達された外来遺伝子が分解されるものと考えられる。したがって、ステップa)で得られた細胞または組織を選択圧の非存在下で培養する場合、外来遺伝子(標的部位に特異的なヌクレアーゼを発現させるための遺伝物質のあらゆる断片を含む)は植物のゲノムには組み込まれないものと考えられ、また最終的に得られる植物は、導入遺伝子を含まずかつ部位特異的改変を有する植物である。
【0013】
前記方法において、標的部位に特異的な配列特異的ヌクレアーゼは、ゲノム編集を達成しうるいずれのヌクレアーゼであってもよく、例えばジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)および転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)およびCRISPR/Cas9ヌクレアーゼなどであってよい。
【0014】
本発明の一実施形態において、「配列特異的ヌクレアーゼ」とは具体的には、CRISPR/Cas9ヌクレアーゼを指す。いくつかの実施形態において、標的部位に特異的なCRISPR/Cas9ヌクレアーゼを発現させるための遺伝物質は特に、
ガイドRNAを転写しかつCas9タンパク質を発現させるための1つの組換えベクターもしくはDNA断片(またはcrRNAとtracrRNAとをそれぞれ転写しかつCas9タンパク質を発現させるための2つの組換えベクターもしくはDNA断片)から構成されるか、あるいは特に、
ガイドRNAを転写するための1つの組換えベクターもしくはDNA断片(またはcrRNAとtracrRNAとをそれぞれ転写するための2つの組換えベクターもしくはDNA断片)と、Cas9タンパク質を発現させるための1つの組換えベクターもしくはDNA断片もしくはRNAと、から構成されるか、あるいは特に、
ガイドRNA(またはcrRNAおよびtracrRNA)と、Cas9タンパク質を発現させるための1つの組換えベクターもしくはDNA断片もしくはRNAと、から構成される。前記ガイドRNAは、crRNAとtracrRNAとの間の部分的な塩基対形成により形成される回文構造を有するRNAであり、前記crRNAは、標的部位に相補的に結合しうるRNA断片を含む。
【0015】
さらに、ガイドRNAを転写するための組換えベクターまたはDNA断片において、該ガイドRNAのコードヌクレオチド配列の転写を開始するためのプロモーターは、U6プロモーターまたはU3プロモーターである。
【0016】
より具体的には、ガイドRNAを発現させるための組換えベクターは、「標的部位に相補的に結合しうるRNA断片」のコードヌクレオチド配列をプラスミドpTaU6-gRNAまたはpTaU3-gRNAの2つのBbsI制限部位の間に順方向に挿入することにより得られる組換えプラスミドである。Cas9タンパク質を発現させるための組換えベクターは、ベクターpJIT163-2NLSCas9またはpJIT163-Ubi-Cas9である。
【0017】
本発明の他の実施形態において、「配列特異的ヌクレアーゼ」は、TALENヌクレアーゼである。標的部位に特異的な配列特異的ヌクレアーゼを発現させるための遺伝物質は、対を成すTALENタンパク質を発現する組換えプラスミドまたはDNA断片またはRNAであってよく、その際、前記TALENタンパク質は、標的部位を認識してこれに結合しうるDNA結合ドメインと、Fok Iドメインと、から構成される。
【0018】
さらに、「対を成すTALENタンパク質を発現するプラスミドである、配列特異的ヌクレアーゼを発現させるための組換えプラスミドまたはDNA断片」において、前記TALENタンパク質のコードヌクレオチド配列の転写を開始するプロモーターは、トウモロコシプロモーターUbi-1である。
【0019】
より具体的には、対を成すTALENタンパク質を同時に発現する組換えプラスミドは、T-MLOベクターである。
【0020】
配列特異的ヌクレアーゼがジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)である場合には、標的部位に特異的な配列特異的ヌクレアーゼを発現させるための遺伝物質は、対を成すZFNタンパク質を発現する組換えプラスミドまたはDNA断片またはRNAであってよく、その際、前記ZFNタンパク質は、標的部位を認識してこれに結合しうるDNA結合ドメインと、Fok Iドメインと、から構成される。
【0021】
前記方法において、細胞は、一過性発現のレシピエントとして作用できかつ組織培養により完全な植物へと再生しうる任意の細胞であり、組織は、一過性発現のレシピエントとして作用できかつ組織培養により完全な植物へと再生しうる任意の組織である。細胞は具体的には、プロトプラスト細胞または懸濁細胞であり、組織は具体的には、カルス、未熟胚、成熟胚、葉、茎頂、胚軸、若い花穂などである。
【0022】
前記方法において、植物の細胞または組織に遺伝物質を導入するための手法は、パーティクルボンバードメント、アグロバクテリウム媒介型形質転換、PEG媒介型プロトプラスト形質転換、電極形質転換、炭化ケイ素繊維媒介型形質転換、バキュームインフィルトレーション形質転換、または他の任意の遺伝子送達手法である。
【0023】
前記方法において、部位特異的改変は具体的には、植物ゲノム中の標的部位(配列特異的ヌクレアーゼが認識する標的断片)における挿入、欠失および/または置換である。いくつかの実施形態において、標的部位は、標的遺伝子のコード領域内に存在する。いくつかの実施形態において、標的部位は、標的遺伝子の転写調節領域内に存在し、例えばプロモーター内に存在する。いくつかの実施形態において、標的遺伝子は、構造遺伝子であっても非構造遺伝子であってもよい。
【0024】
いくつかの実施形態において、前記改変によって、標的遺伝子の機能喪失が生じる。いくつかの実施形態において、前記改変によって、標的遺伝子の機能の獲得(または変更)が生じる。
【0025】
植物は、単子葉植物であっても双子葉植物であってもよく、例えばイネ、シロイヌナズナ、トウモロコシ、コムギ、大豆、モロコシ、ジャガイモ、カラスムギ、綿花、キャッサバ、バナナなどであってよい。
【0026】
本発明の一実施形態(実施例1)において、植物はコムギであり;ヌクレアーゼはCRISPR/Cas9であり、標的遺伝子はコムギ内在性遺伝子TaGASR7であり、標的部位は5’-CCGGGCACCTACGGCAAC-3’であり、ガイドRNAを発現させるための組換えベクターは、5’-CTTGTTGCCGTAGGTGCCCGG-3’で示されるDNA断片をプラスミドpTaU6-gRNAの2つのBbsI制限部位の間に順方向に挿入することによって得られる組換えプラスミドであり、Cas9ヌクレアーゼを発現させるための組換えベクターは具体的には、ベクターpJIT163-2NLSCas9である。
【0027】
本発明の他の実施形態(実施例2)において、植物はコムギであり、標的遺伝子はコムギ内在性遺伝子TaMLOであり、ヌクレアーゼはTALENヌクレアーゼであり、標的部位は
【化1】
であり、その際、下線を付した領域は、制限エンドヌクレアーゼAvaIIの認識配列である。
【0028】
TALENヌクレアーゼのための組換えベクターは、T-MLOである。
【0029】
対象の植物の標的遺伝子における標的部位の部位特異的改変を行って該標的遺伝子にその機能を喪失させるかまたは機能を獲得させることにより得られる細胞または組織も、本発明の範囲に含まれる。
【0030】
本発明の細胞または組織から再生された改変植物も、本発明の保護範囲に含まれる。
【0031】
さらに、前記改変植物からスクリーニングにより得られた、導入遺伝子を含まない植物であって、組み込まれた外来遺伝子をゲノム内に含まずかつ遺伝的に安定である植物も、本発明の保護範囲に含まれる。
【0032】
本発明はまた、導入遺伝子を含まない改変植物の育種方法を提供する。
【0033】
具体的には、前記方法は以下:
(a)上記の方法を用いて対象の植物の標的遺伝子における標的部位に対して部位特異的改変を行うことにより、改変植物を得るステップ、
(b)ステップ(a)の前記改変植物から、植物を得るステップであって、ここで、該植物中の前記標的遺伝子の機能が喪失または変更されており、該植物のゲノムは組み込まれた外来遺伝子を含まず、かつ該植物が遺伝的に安定である、ステップ
を含みうる。
【0034】
配列特異的ヌクレアーゼの一過性発現により、本発明は、植物の再生能力を高めるだけでなく、生じた変異を子孫に安定的に伝達することもできる。さらに重要なことに、生じた変異体植物は組み込まれた外来遺伝子を含まず、したがって比較的高い生物学的安全性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1図1は、gRNA:Cas9系を用いたコムギ内在性遺伝子TaGASR7の部位特異的変異誘発(PEG4000媒介型プロトプラスト形質転換)を示す。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2およびレーン3は、プロトプラストDNAのPCR産物に関するBcnI制限消化の結果であり、その際、前記プロトプラストはgRNA:Cas9系を用いて形質転換されたものであり、レーン4は、野生型プロトプラストDNAのPCR産物に関するBcnI消化の結果であり、レーン5は、野生型プロトプラストのPCR産物である。
図2図2は、gRNA:Cas9系を用いたコムギ内在性遺伝子TaGASR7の部位特異的変異誘発(パーティクルボンバードメントにより一過性発現系から得られた植物)を示す。図2aは、電気泳動図である。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2からレーン9までは、変異体を検出するためのBcnI消化の結果であり、レーン5およびレーン6はホモ接合型変異を示し、レーン10は、野生型対照に関するBcnI消化の結果である。図2bは、切断されなかった図2aからのバンドに関するシーケンシング結果であり、これはTaGASR7遺伝子の標的部位で挿入/欠失(インデル)が生じたことを示す。WTは野生型遺伝子配列を表し、「-」は欠失を伴う配列を表し、「+」は挿入を伴う配列を表し、「-/+」の後の数は、欠失または挿入されたヌクレオチドの数(配列内の小文字は、挿入されたヌクレオチドを表す)を表し、左側の数字2~8は、7つの変異体を表す。
図3図3は、pTaU6-gRNA-C5ベクター上でのプライマーを用いたコムギTaGASR7遺伝子変異体の増幅を示すゲル電気泳動図である。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2からレーン24までは試験した変異体であり、レーン25は陽性対照(プラスミドpTaU6-gRNA-C5)である。
図4図4は、導入遺伝子を含まないコムギTaGASR7遺伝子変異体を、pJIT163-2NLSCas9ベクター上の2つのプライマーセットを用いて検出するためのゲル電気泳動図である。図4aは、プライマー対Cas9-1F/Cas9-1Rを用いた増幅結果であり、図4bは、プライマー対Cas9-2F/Cas9-2Rを用いた増幅結果である。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2からレーン24までは試験した変異体であり、レーン25は陽性対照(プラスミドpJIT163-2NLSCas9)である。
図5図5は、gRNA:Cas9系を用いたパーティクルボンバードメントによる一過性発現により得られたTaGASR7変異体のT1世代における変異を示す。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2、レーン3、レーン4、レーン9およびレーン10は、分離により生じたホモ接合型植物であり、レーン5は、分離により生じた野生型であり、かつレーン6、レーン7およびレーン8は、分離により生じたヘテロ接合型植物である。
図6図6は、TALEN系を用いたコムギ内在性遺伝子TaMLOの部位特異的変異誘発(パーティクルボンバードメントにより一過性発現系から得られた植物)を示す。図6aは、電気泳動図である。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2からレーン13までは試験した変異体であり、レーン14は陽性対照であり、レーン15は陰性対照である。図6bは、図6aから回収された切断されなかったバンドに関するシーケンシング結果であり、これはTaMLO遺伝子の標的部位で挿入/欠失(インデル)が生じたことを示す。
図7図7は、一過性発現系を用いたコムギ内在性遺伝子TaMLOの部位特異的変異誘発により得られたT0-21世代における変異体の消化の結果を示すゲル電気泳動図である。レーン1からレーン48までは、それぞれA群およびD群における48個のT1植物に関する消化の結果であり、レーン49はマーカーである。AはTaMLO-A1遺伝子を表し、DはTaMLO-D1遺伝子を表す。
図8図8は、導入遺伝子を含まないコムギTaMLO遺伝子変異体を、T-MLOベクターにおいてトウモロコシプロモーターUbi-1に特異的なプライマーを用いて検出するためのゲル電気泳動図である。図8aはT0植物を表す。レーン1はマーカーであり、レーン2からレーン13までは12個のT0変異体のPCR増幅の結果であり、レーン14は陽性対照である。図8bはT1植物を表す。レーン1はマーカーであり、下部から上部に向かってそれぞれ100bp、250bp、500bp、750bp、1000bp、2000bp、3000bp、5000bpであり、レーン2からレーン49までは、T0-21変異体の48個の子孫のPCRに関するゲル電気泳動図であり、レーン50は陽性対照(プラスミドT-MLO)である。
図9図9は、配列特異的ヌクレアーゼの一過性発現による、コムギにおける導入遺伝子を用いないゲノム編集を示す。図9a:本方法の概略。配列特異的ヌクレアーゼ(SSN)プラスミドは、パーティクルボンバードメントによりコムギ未熟胚に送達される。一過性発現後にこのプラスミドは分解され、一方でこの胚はカルスを生成し、このカルスは変異体実生を再生しうる。図9b:TaGASR7同祖体(homoeolog)のエクソン3の保存された領域内の部位を標的とするように設計されたsgRNAの配列。12個の代表的なTaGASR7変異体を解析するPCR-REアッセイの結果を示す。レーンT0-1からレーンT0-12までは、BcnIで消化された個々のコムギ植物から増幅されたPCR断片のブロットを示す。WT1およびWT2の名称が付されたレーンはそれぞれ、BcnI消化を行った野生型植物から増幅されたPCR断片、およびBcnI消化を行っていない野生型植物から増幅されたPCR断片である。赤色矢印で印付けられたバンドは、CRISPR誘導変異により生じたものである。図9c:シーケンシングにより特定された12個の代表的な変異体植物の遺伝子型。図9d:導入遺伝子を含まない変異体の検出に使用されるpGE-sgRNAベクターおよび5個のプライマーセットの構造の模式図。sgRNAとは、それぞれTaGASR7、TaNAC2、TaPIN1、TaLOX2およびTdGASR7を標的とするsgRNAを指す。図9e:導入遺伝子を含まない変異体に関する、12個の代表的なTaGASR7変異体植物において5個のプライマーセットを用いた試験の成果。バンドなしのレーンは、導入遺伝子を含まない変異体を特定する。WT1およびWT2の名称が付されたレーンはそれぞれ、野生型植物から増幅されたPCR断片およびpGE-TaGASR7ベクターを示す。
図10図10は、コムギプロトプラストにおけるTaGASR7遺伝子、TaNAC2遺伝子、TaPIN1遺伝子、TaLOX2遺伝子における目的の変異を示す。レーン1およびレーン2:消化されたSSN形質転換プロトプラスト、レーン3およびレーン4:消化された野生型対照および未消化の野生型対照、M:マーカー。SSN誘導変異の配列を、右側に示す。野生型配列を、各配列群の上部に示す。側方の数字は、変異の種類、および関与するヌクレオチドの数を示す。
図11図11は、TaNAC2変異体(図11a)、TaPIN1変異体(図11b)およびTaLOX2変異体(図11c)に関するPCR/REアッセイの結果を示す。
図12図12は、特定のプライマーを用いたShimai11(図12a)およびYumai4(図12b)における4倍体TdGASR7s変異体のPCR/RE解析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
詳細な実施形態
以下の実施例において用いた実験方法は、別段の記載がない限りいずれも従来の方法である。
【0037】
以下の実施例において使用した材料、試薬は、別段の記載がない限りいずれも市販されている。
【0038】
発現ベクターpTaU6-gRNAおよびpJIT163-2NLSCas9は、“Shan, Q. et al. Targeted genome modification of crop plants using a CRISPR-Cas system. Nature Biotechnology 31:686-688,(2013”に開示されており、中国科学院遺伝学発生生物学研究所(Institute of Genetics and Developmental Biology of the Chinese Academy of Sciences)より入手可能である。
【0039】
発現ベクターpJIT163-Ubi-Cas9は、“Wang, Y. et al. Simultaneous editing of three homoeoalleles in hexaploid bread wheat confers heritable resistance to powdery mildew. Nature Biotechnology. 32, 947-951(2014)”に開示されており、中国科学院遺伝学発生生物学研究所(Institute of Genetics and Developmental Biology of the Chinese Academy of Sciences)より入手可能である。
【0040】
コムギ変種Bobwhiteは、“Weeks, J.T. et al. Rapid production of multiple independent lines of fertile transgenic wheat. Plant Physiol. 102:1077-1084,(1993)”に開示されており、中国科学院遺伝学発生生物学研究所(Institute of Genetics and Developmental Biology of the Chinese Academy of Sciences)より入手可能である。
【0041】
コムギTaMLO遺伝子を標的とするTALENベクターT-MLOは、“Wang, Y., Cheng, X., Shan, Q., Zhang, Y., Liu, J., Gao, C., and Qiu, J.L.(2014).Simultaneous editing of three homoeoalleles in hexaploid bread wheat confers heritable resistance to powdery mildew. Nature Biotechnology. 32, 947-951”に開示されており、中国科学院遺伝学発生生物学研究所(Institute of Genetics and Developmental Biology of the Chinese Academy of Sciences)より入手可能である。
【0042】
コムギプロトプラストの調製および形質転換に使用した溶液を、表1から表4までに示す。
【0043】
表1:酵素分解溶液50ml
【表1】
【0044】
表2:W5 500ml
【表2】
【0045】
表3:MMG溶液10ml
【表3】
【0046】
表4:PEG溶液4ml
【表4】
【0047】
上記表1から表4までにおいて、%は、質量/体積百分率、g/100ml、を示す。
【0048】
コムギ組織の培養に使用した培地は、以下のものを含む:
高張培地:MS最少培地、90g/L マンニトール、5mg/L 2,4-D、30g/L スクロース、および3g/L フィトゲル(phytogel)、pH5.8。
誘導培地:MS最少培地、2mg/L 2,4-D、0.6mg/L 硫酸銅、0.5mg/L カゼイン加水分解物、30g/L スクロース、および3g/L フィトゲル(phytogel)、pH5.8。
分化培地:MS最少培地、0.2mg/L カイネチン、30g/L スクロース、および3g/L フィトゲル(phytogel)、pH5.8。
発根培地:1/2MS最少培地、0.5mg/L エタンスルホン酸、0.5mg/L α-ナフチル酢酸、30g/L スクロース、および3g/L フィトゲル(phytogel)、pH5.8。
【0049】
実施例
実施例1 パーティクルボンバードメントによるCRISPR/Cas9ヌクレアーゼの一過性発現による、導入遺伝子を含まないtagasr変異体の取得
【0050】
I.標的部位:標的C5の設計
標的C5:(GenBank登録番号EU095332、248~268位に示されるTaGASR7遺伝子における)5’-CCGCCGGGCACCTACGGCAAC-3’。
【0051】
II.C5部位を含むpTaU6-gRNAプラスミドの調製
C5は、標的C5に相補的に結合しうるRNAのDNA配列である。
【0052】
以下の粘着末端(下線)を有する1本鎖オリゴヌクレオチドを合成した:
C5F:5’-CTTGTTGCCGTAGGTGCCCGG-3’;
C5R:5’-AAACCCGGGCACCTACGGCAA-3’
オリゴヌクレオチドのアニーリング処理により粘着末端を有する2本鎖DNAを形成させ、これをpTaU6-gRNAプラスミド中の2つのBbsI制限部位の間に挿入して、C5部位を含むpTaU6-gRNAプラスミドを得た。陽性プラスミドをシーケンシングによって確認した。5’-CTTGTTGCCGTAGGTGCCCGG-3’で示されるDNA断片をpTaU6-gRNAプラスミドのBbsI制限部位で順方向に挿入することにより得られた組換えプラスミドは陽性であり、これをpTaU6-gRNA-C5と命名した。
【0053】
III.コムギプロトプラストへのgRNA:Cas9系の送達
pJIT163-Ubi-Cas9ベクターと、ステップIIで得られたpTaU6-gRNA-C5プラスミドとを、コムギ変種Bobwhiteのプロトプラストに導入した。具体的なプロセスは、以下のものを含む。
【0054】
1.コムギ実生の生長
コムギ種子を、培養室内で、25±2℃、照度1000Lx、明所14~16h/日で約1~2週間生長させた。
【0055】
2.プロトプラストの単離
1)コムギの柔らかい葉を採取し、カッター刃を使用してこの葉の中央部分を切断して0.5~1mmの糸状物とし、これらを暗所で(溶媒として水を使用した)0.6Mマンニトール溶液中に10分間置いた。次いで、フィルターを用いてこの混合物をろ過し、次いで酵素分解溶液50ml中に入れて5時間消化した(酵素分解を真空中で0.5時間行い、次いで10rmpでゆっくりと4.5時間振盪した)。
注釈:酵素分解時の温度を20~25℃に保持することが望ましく、この反応を暗所で行うことが望ましく、また反応後に溶液を穏やかに振盪してプロトプラストを放出させることが望ましい。
2)W5 10mlを加えることによりこの酵素分解物を希釈し、75μmのナイロンろ過膜を用いてこれをろ過して、50ml丸底遠沈管に入れた。
注釈:ナイロンろ過膜を75%(体積%)エタノール中に沈め、水で洗浄し、次いで使用前にW5中に2分間浸漬させることが望ましい。
3)23℃で100×gの遠心分離を3分間行い、上清を廃棄した。
4)このペレットをW5 10mlで懸濁させ、これを氷上に30分間置いた。これらのプロトプラストは、最終的に沈降物を形成した。そして上清を廃棄した。
5)適量のMMG溶液を加えることによりこれらのプロトプラストを懸濁させ、形質転換を行うまでこれらを氷上に置いた。
注釈:これらのプロトプラストの濃度を顕微鏡検査(×100)により測定する必要がある。プロトプラストの量は、2×10/ml~1×10/mlであった。
【0056】
3.コムギプロトプラストの形質転換
1)pJIT163-2NLSCas9ベクター10μgと、pTaU6-gRNA-C5プラスミド10μgとを、2ml遠沈管に加えた。ピペットを用いて、上記ステップ2で得られたプロトプラスト200μlを加え、次いで穏やかに叩くことにより混合し、3~5分間静置した。次いでPEG4000 250μlを加え、穏やかに叩くことにより混合した。形質転換を、暗所で30分間行った。
2)W5(室温)900μlを加え、反転により混合し、100×gの遠心分離を3分間行い、かつ上清を廃棄した。
3)W5 1mlを加え、反転により混合し、内容物を(予めW5 1mlを加えておいた)6ウェルプレートに穏やかに移し、次いで23℃で一晩培養した。
【0057】
IV.gRNA:Cas9系を用いたコムギ内在性遺伝子TaGASR7の変異誘発の、PCR/RE実験を用いた解析
コムギプロトプラストの形質転換の48時間後にゲノムDNAを抽出し、これをPCR/RE(ポリメラーゼ連鎖反応/制限消化)実験解析用テンプレートとして使用した。同時に、野生型コムギ変種Bobwhiteのプロトプラストを対照として使用した。PCR/RE解析方法は、Shan, Q. et al. Rapid and efficient gene modification in rice and Brachypodium using TALENs. Molecular Plant (2013)に基づく。コムギ内在性遺伝子TaGASR7(GenBank登録番号EU095332)の標的部位(GenBank登録番号EU095332の248~268位)は、制限エンドヌクレアーゼBcnIの認識配列(5’-CCSGG-3’、SはCまたはGを表す)を含むため、PCR/RE試験を行うために実験において制限エンドヌクレアーゼBcnIを使用した。PCR増幅に使用したプライマーは、以下の通りであった:
TaGASR7-F:5’-GGAGGTGATGGGAGGTGGGGG-3’;
TaGASR7-R:5’-CTGGGAGGGCAATTCACATGCCA-3’
PCR/RE実験の結果を図1に示す。これらの結果から、TaGASR7遺伝子の標的部位で変異が生じたことが判明した。図中の未切断のバンドを回収してシーケンシングしたところ、これらのシーケンシング結果から、TaGASR7遺伝子の標的部位で挿入/欠失(インデル)が生じたことが判明した。
【0058】
V.パーティクルボンバードメントを用いたコムギ内在性遺伝子TaGASR7の部位特異的編集
1)コムギ変種Bobwhiteの未熟胚を採取し、高張培地を用いて4時間処理した。
2)ステップ1)で高張培養したコムギ未熟胚への撃込みを行うためにパーティクルボンバードメント装置を使用し、このコムギ未熟胚の細胞に、pTaU6-gRNA-C5プラスミドおよびpJIT163-2NLSCas9ベクターを導入した。各撃込みの撃込み間隔は6cmであり、撃込み圧力は1100psiであり、撃込み直径は2cmであり、送達すべきDNAを分散させるために撃込みにおいて金粉末を使用し、この金粉末の使用量は各撃込みにおいて200μgであり、送達すべきDNAは0.1μg(pTaU6-gRNA-C5プラスミドおよびpJIT163-2NLSCas9ベクター、各0.05μg)であり、かつ金粉末の粒径は0.6μmであった。
3)ステップ2)で撃込みを行ったコムギ未熟胚を、16時間高張培養した。
4)次いで、ステップ3)で高張培養したコムギ未熟胚を順次、14日間のカルス組織誘導培養、28日間の分化培養および14~28日間の発根培養に供して、コムギ植物を得た。
5)ステップ4)で生成させた400×4のコムギ実生からDNAを抽出し、PCR/RE試験により遺伝子ノックアウト(部位特異的)を伴う80個の変異体を得た(詳細な試験方法および使用したプライマーに関しては、ステップIVを参照)。野生型コムギ変種Bobwhiteを対照として使用した。
変異体のうちいくつかに関する試験結果を図2に示す。これらの結果から、TaGASR7遺伝子の標的部位で変異が生じたことが判明した。図中の未切断のバンドを回収してシーケンシングしたところ、これらのシーケンシング結果から、TaGASR7遺伝子の標的部位で挿入/欠失(インデル)が生じたことが判明した(シーケンシング結果を、図2bに示す)。
6)ステップ5)で得られた80個の変異体をPCR増幅に使用して、これらの変異体がgRNA:Cas9系プラスミドの断片を含むか否かを検出した。3対のプライマーを設計し、その際、1対をpTaU6-gRNA-C5ベクター内に配置し、2対をpJIT163-2NLSCas9ベクター内に配置した。80個の変異体のDNAをテンプレートとして用い、これら3対のプライマーをそれぞれ用いてPCR増幅を行った。これらの実験において、プラスミド陽性対照(pTaU6-gRNA-C5ベクターまたはpJIT163-2NLSCas9ベクター)も準備した。
【0059】
pTaU6-gRNA-C5ベクター中のプライマー:
U6F:5’-GACCAAGCCCGTTATTCTGACA-3’;
C5R:5’-AAACCCGGGCACCTACGGCAA-3’
理論的には、増幅される断片は約382bpであるはずであり、配列は配列番号1の1~382位に存在するはずである。
【0060】
pJIT163-2NLSCas9ベクター中のプライマー:
Cas9-1F:5’-CCCGAGAACATCGTTATTGAGA-3’;
Cas9-1R:5’-AACCAGGACAGAGTAAGCCACC-3’
理論的には、増幅される断片は1200bpであるはずであり、配列は配列番号2の3095~4264位に存在するはずである。配列番号2は、pJIT163-2NLSCas9ベクターの全長配列である。
【0061】
Cas9-2F:5’-ACCAACGGTGGCTTACTCTGTC-3’;
Cas9-2R:5’-TTCTTCTTCTTTGCTTGCCCTG-3
理論的には、増幅される断片は750bpであるはずであり、配列は配列番号2の4237~4980位に存在するはずである。
【0062】
pTaU6-gRNA-C5ベクター中のプライマーを使用して、コムギTaGASR7遺伝子変異体を増幅した。ゲル電気泳動図を図3に示す。pJIT163-2NLSCas9ベクター中のプライマーを使用して、コムギTaGASR7変異体を増幅した。ゲル電気泳動図を図4a(プライマー対Cas9-1F/Cas9-1Rに相当)および図4b(プライマー対Cas9-2F/Cas9-2Rに相当)に示す。図3および図4の結果から明らかである通り、ステップ5)で得られたコムギTaGASR7変異体のいずれも、増幅された標的断片を含んでいなかった。このことは、これらの変異体がgRNA:Cas9系プラスミドの断片を含んでいなかったことを実証している。したがって本発明によって、植物において部位特異的改変が行われる際には導入遺伝子の挿入も保有も阻止され、それにより導入遺伝子の安全性の問題および周知の懸念が回避される。
【0063】
VI.パーティクルボンバードメントを用いたCRISPR/Cas9系の一過性発現により得られた変異体を、子孫に安定的に伝達することができる。
パーティクルボンバードメントを用いたCRISPR/Cas9系の一過性発現により得られたT0変異体の自家受精により、T1植物を得た。プライマーを用いたPCRにより、TaGASR7遺伝子を増幅した。次いで、これらのPCR産物を単一の酵素BcnIにより消化した(IVステップを参照)。T1植物の変異を調べた。図5は、ランダムに選択された9個のT1植物に関するPCR/REの結果である。
【0064】
実施例2 パーティクルボンバードメントによるTALENヌクレアーゼの一過性発現による、導入遺伝子を含まない遺伝性Tamlo変異体の取得
I.T-MLOベクターを一過的に送達してコムギMLO遺伝子の部位特異的編集を行うための、パーティクルボンバードメントの使用
TELENプラスミドは、対を成すTALENタンパク質を発現しうるT-MLOベクターであり、このTALENタンパク質は、標的部位を認識してこれに結合しうるDNA結合ドメインと、Fok Iドメインと、から構成される。標的部位は、以下の通りである:
【化2】
下線部は、制限エンドヌクレアーゼAvaIIの認識配列である。
(1)コムギ変種Bobwhiteの未熟胚を採取し、高張培地を用いて4時間高張処理した。
(2)ステップ(1)で高張培養したコムギ未熟胚への撃込みを行うためにパーティクルボンバードメント装置を使用し、このコムギ未熟胚の細胞にT-MLOベクターを導入した。それぞれの撃込みの撃込み間隔は6cmであり、撃込み圧力は1100psiであり、撃込み直径は2cmであり、送達すべきDNAを分散させるために撃込みにおいて金粉末を使用し、この金粉末の使用量は各撃込みにおいて200μgであり、送達すべきDNAは0.1μg(T-MLO)であり、かつ金粉末の粒径は0.6μmであった。
(3)ステップ(2)で撃込みを行ったコムギ未熟胚を、16時間高張培養した。
(4)次いで、ステップ(3)で高張培養したコムギ未熟胚を順次、14日間のカルス組織誘導培養、28日間の分化培養および14~28日間の発根培養に供して、コムギ植物を得た。
(5)ステップ(4)で生成されたコムギ実生からDNAを抽出した。特定のプライマーを用いてPCRによりそれぞれTaMLO-A遺伝子(配列番号3)、TaMLO-B遺伝子(配列番号4)およびTaMLO-D遺伝子(配列番号5)を増幅し、これらのPCR増幅産物を単一の酵素AvaIIにより消化した(対を成すTALENタンパク質により切断されたこれら3つのMLO遺伝子の標的部位はいずれもAvaII認識配列を含み、したがってPCR産物を切断できない場合には、このことはその部位で変異が生じたことを示す)。野生型コムギ変種Bobwhiteを対照として使用した。
【0065】
TaMLO-A遺伝子を増幅するために使用したプライマー対は、以下のものである:
フォワードプライマー:5’-TGGCGCTGGTCTTCGCCGTCATGATCATCGTC-3’;
リバースプライマー:5’-TACGATGAGCGCCACCTTGCCCGGGAA-3’。
【0066】
TaMLO-B遺伝子を増幅するために使用したプライマー対は、以下のものである:
フォワードプライマー:5’-ATAAGCTCGGCCATGTAAGTTCCTTCCCGG-3’;
リバースプライマー:5’-CCGGCCGGAATTTGTTTGTGTTTTTGTT-3’。
【0067】
TaMLO-D遺伝子を増幅するために使用したプライマー対は、以下のものである:
フォワードプライマー:5’-TGGCTTCCTCTGCTCCCTTGGTGCACCT-3’;
リバースプライマー:5’-TGGAGCTGGTGCAAGCTGCCCGTGGACATT-3’。
【0068】
これらの結果から、TALENプラスミドT-MLOをコムギ未熟胚に導入して一過的に発現させた後に、この未熟胚から再生されたT0植物においてコムギ由来MLO遺伝子の部位特異的改変が生じ、これには、TaMLO-A遺伝子の部位特異的改変をほとんど有しないヘテロ接合型植物、TaMLO-D遺伝子の部位特異的改変をほとんど有しないヘテロ接合型植物、TaMLO-A遺伝子とTaMLO-D遺伝子の双方の部位特異的改変を有するヘテロ接合型植物が含まれることが判明した(これらのヘテロ接合型植物のうちいくつかからゲノムDNAを抽出し、これをさらにAvaII酵素により消化した。結果を図6に示す。シーケンシング結果のうちのいくつかを、図6bに示す)。
【0069】
II.パーティクルボンバードメントを用いたTALENの一過性発現により得られた変異体を、子孫に安定的に伝達することができる。
上記パーティクルボンバードメントを用いたT-MLOの導入による一過性発現により得られたT0変異体の自家受精により、T1植物を得た。特定のプライマーを使用して、PCRによりそれぞれTaMLO-A遺伝子、TaMLO-B遺伝子およびTaMLO-D遺伝子を増幅し、これらのPCR産物を単一の酵素AvaIIにより消化した(具体的なステップに関しては、ステップIを参照)。T1植物の変異を調べた。例えば、T0-21の遺伝子型はAaBBDdであり、T1世代から48個の子孫を得た。Aに関しては、13個の植物がAAであり、26個の植物がAaであり、9個の植物がaaであり、Dに関しては、9個の植物がDDであり、24個の植物がDdであり、15個の植物がddであり、これらは実質的にメンデル性遺伝にしたがっていた(図7)。このことは、パーティクルボンバードメントを用いたTALENの導入により一過性形質転換を行うことによって得られた変異体が、子孫に変異を安定的に伝達できることを示している。
【0070】
III.T0植物およびT1植物がベクターT-MLOを含むか否かを検出するためのPCR法の使用
T-MLOベクターにおいて、トウモロコシプロモーターUbi-1によりTALENを開始する。Ubi-1に応じてプライマー対を設計し、これを使用してT0植物およびT1植物を増幅することにより、パーティクルボンバードメントを用いた一過性形質転換により得られた変異体のゲノムが、組み込まれたTALENベクターを含むか否かを検出した。
【0071】
Ubi-F:5’-CAGTTAGACATGGTCTAAAGGACAATTGAG-3’;
Ubi-R:5’-CCAACCACACCACATCATCACAACCAA-3’
理論的には、増幅される断片は約1387bpであるはずであり、配列は配列番号6の191~1577の位置に存在するはずである。配列番号6は、TALEN(T-MLO)の全配列である。
【0072】
これらの結果から、T0植物のいずれも標的バンドを増幅しえないことが判明した(図8a)。T1集団に関しても同様にT0-14の子孫を選択して増幅したところ、48個の子孫植物のいずれも標的バンドを増幅しえないことが明らかとなった(図8b)。このことは、本発明によって、植物において部位特異的改変が行われる際には導入遺伝子の挿入も保有も阻止され、また得られた変異体は比較的高い生物学的安全性を有するとともに、この変異体を安定的に伝達できることを示している。
【0073】
実施例3 一過性発現に基づく遺伝子編集手法のさらなる検証
標的として5つの異なるコムギ遺伝子を用いて、本発明のゲノム編集手法をさらに試験した。
【0074】
まず、TaGASR7の3つの同祖体(TaGASR7-A1、TaGASR7-B1およびTaGASR7-D1)を編集した。これらの同祖体は、穀粒の長さおよび質量の決定に関与することが知られている。これら3つの同祖体はそれぞれ、3つのエクソンおよび2つのイントロンを有する(図9b)。エクソン3は高度に保存されているため、このエクソン3を標的とするsgRNAsを設計した。プロトプラストにおけるヌクレアーゼ活性の初期試験を行った後に、最も効率の高いsgRNA発現カセット(表5)を、単一の構築物においてCas9と組み合わせた(pGE-TaGASR7、図9d)。これを、2つの一般的なコムギ変種(BobwhiteおよびKenong199)の未熟胚にパーティクルボンバードメントにより導入した。2週間で胚発生カルスが生じ、このカルスから4~6週間で多数の実生(高さ2~3cm)が再生された。大半の植物ゲノム編集実験とは対照的に、遺伝子導入植物を選択するための培地には、除草剤も抗生物質も加えなかった(図9a)。選択的でない条件下で、実生の再生に要する合計時間は6~8週間であった。これは以前の研究において発表されたものよりも2~4週間短い
【0075】
再生されたT0実生におけるsgRNA標的部位をPCR-REにより解析し、その際、まず3つのTaGASR7同祖体すべてを認識する保存されたプライマーセット(表6)を使用し、次いでこれら3つの各同祖体に特異的な3つのプライマー対(表6)を使用した。1005個のBobwhite実生のうち、標的とする領域においてインデルを伴う合計80個(8.0%)のTaGASR7変異体を特定し、かつ283個のKenong199実生のうち、そのような21個(7.4%)の変異体のさらなるセットを特定した(表7)。3つすべての同祖体において、目的の変異が観察された(図9b、図9c)。80個のBobwhite変異体実生のうち、TaGASR7-A1変異体、TaGASR7-B1変異体およびTaGASR7-D1変異体のほぼすべての組み合わせが特定され、これらには、3つすべてのゲノムが改変された少なくとも1つの対立遺伝子を有する51個の変異体が含まれていた(表8)。これら51個の変異体のうち8個は、同時にノックアウトされた6つすべての対立遺伝子を有していた(表8)。これらのデータは、T0集団におけるTaGASR7の目的の変異の生成に際して本発明の方法が極めて効率的であることを示唆している。
【0076】
次に、この手法が広く適用可能であるか否かを調べるため、他のコムギ遺伝子を標的とした。イネのコムギ相同体NAC2およびPIN1ならびにコムギリポキシゲナーゼ遺伝子(TaLOX2)を標的とした。イネにおいて、NAC2は苗条の分枝を調節することが判明しており、PIN1は、オーキシン依存性の不定根の出現および分げつに必要である。TaLOX2は穀粒発育時に高度に発現され、コムギ穀粒の保存性に影響を与えうる。4つの遺伝子のそれぞれについてCRISPR構築物を生成し(図10および表5)、かつ一過性発現手法により多数のT0実生を得た(図9a、表7)。簡単にするため、保存されたプライマー(表6)のみを設計してTaNAC2、TaPIN1およびTaLOX2における変異を検出し、その際、これらのうち最後に記載したものは、単一コピーとして存在する(DゲノムにおけるTaLOX2-D1)。PCR-RE解析により、T0実生において3つすべての遺伝子における目的の変異を容易に特定した(図11)。変異頻度は2.5%から9.2%まで変動し、我々は76個の変異体植物のうち34個(44.7%)のtalox2-ddホモ接合型変異体を特定した(表7)。一般的なコムギの他に、デュラムコムギ(TriticumturgidumL. var. durum、AABB、2n=4x=28)も、パスタ食品に広く使用されている重要な作物である。GASR7は4倍体コムギおよび6倍体コムギにおいて高度に保存されているため、我々は2つの異なるデュラムコムギ変種にベクターpGE-TaGASR7を導入した。これらの4倍体コムギ系統のT0実生における目的の変異の頻度は3%を上回り、4つすべての対立遺伝子の同時編集により生じるホモ接合型変異体を得ることができた(表7および図12)。これらの結果から、本発明のゲノム編集手法があらゆるコムギ遺伝子およびあらゆるコムギ変種に有効である可能性が高いことが判明した。
【0077】
これらのT0実生を選択の非存在下で再生させたため、CRISPR構築物がコムギゲノムに組み込まれない確率が高かった。このことを、T0実生におけるCRISPR構築物を保有するプラスミドDNAの存在についてPCRを用いて試験することにより調べた。各構築物の5つの別個の領域に特異的なプライマーセット(表6)を設計した。これらは、それらのすべての主要な構成要素を表す(図9d)。この種のPCR解析に基づき、TaGASR7に関してT0変異体の43.8%(栽培品種Bobwhite)(図9e)および61.9%(栽培品種Kenong199)において、CRISPR構築物が存在しないことが判明した(表7)。他の3つの遺伝子に関しては、導入遺伝子を含まない実生の頻度は75.0%(TaNAC2)、62.5%(TaPIN1)および86.8%(TaLOX2)であった(表7)。同様に、2つのデュラムコムギ変種のT0変異体実生の54.5%~58.3%において、CRISPR構築物が組み込まれていないことが判明した(表7)。したがって、このゲノム編集手法を用いることで、CRISPR構築物を含まない目的の変異体が得られる。
【0078】
また本系を、他の配列特異的ヌクレアーゼ、例えばZFNおよびTALENと共に使用できることが判明した。本発明者らはすでに、一般的なコムギにおけるMLO遺伝子座を標的とする一対のTALENについて記載し、かつTALEN構築物が存在するよう選択するために除草剤ホスフィノトリシン(PPT)を含む培地上で再生された実生に関して3.4%の編集効率を報告している。本研究では、同一のTALEN対を未熟胚に送達して、実生を選択なしで再生することができる。再生された200個のT0実生のうち13個(6.5%)が目的の変異を保有しており、PCRにより評価した場合にこれらはいずれも導入遺伝子を含んでいなかった(表5および表7)。
【0079】
本発明の方法により生成された変異を次の世代に伝達しうるか否かを調べるために、代表的なT0のTaGASR7変異体、TaMLO変異体およびTaLOX2変異体を自家受粉させ、T1子孫をPCR-REにより解析した。T0において検出されたホモ接合型変異(6つすべての対立遺伝子の同時編集を伴うものを含む)に関して、伝達率は100%であり、大部分のヘテロ接合型変異体に関してメンデル分離が生じた(ホモ接合型/ヘテロ接合型/野生型:1:2:1)(表9)。予想通り、導入遺伝子を含まないT0親のT1子孫においては、組込みが行われていないCRISPRまたはTALEN構築物が検出された(表9)。
【0080】
要約すると、本発明のSSN一過性発現方法は、遺伝子導入中間体を伴う一般に使用されるゲノム編集手法に対して複数の利点を提供する。第1に、標的遺伝子の編集が高頻度で生じるとともに、導入遺伝子を含まないホモ接合型変異体を迅速に得ることができる。以前の研究では、植物ゲノムに組み込まれたsgRNA/Cas9カセットおよびTALENがそれらの活性を保持するとともに、それらが子において新たな変異を生じうることを報告した7、3。導入遺伝子を含まない変異体によって、後続の解析の煩雑性およびオフターゲットのリスクが低減するはずである。また、導入遺伝子を含まない変異体は、規制の監視下に置かれにくくなるはずである。第2に、カルス細胞からの植物再生は大半の種において可能であるため、本発明の手法により、形質転換が困難である植物から変異体を容易に得ることができる。本発明の方法は、導入遺伝子の分離除去が困難または不可能である栄養繁殖作物、例えばジャガイモ、キャッサバおよびバナナにおける遺伝子改変にも有用でありうる。本明細書において説明した手法により、植物遺伝子機能の解明が進むとともに、価値ある新規な作物の栽培品種の生産が可能となる。
【0081】
表5 SSN標的遺伝子座および配列
【表5】
【0082】
表6 PCRプライマーおよびそれらの適用
【表6】
【0083】
表7 配列特異的ヌクレアーゼの一過性発現による、コムギにおける導入遺伝子を用いないゲノム編集
【表7】
【0084】
表8 TaGASR7-A1ホモ接合型対立遺伝子、TaGASR7-B1ホモ接合型対立遺伝子およびTaGASR7-D1ホモ接合型対立遺伝子における変異に関する、80個のT0のtagasr7変異体の遺伝子型
【表8】
N.A.:入手不能。これらの変異体種は、実験により得られなかった;
N.D.:不検出
「-」は、示された数のヌクレオチドが欠失していることを示し、「+」は、示された数のヌクレオチドが挿入されていることを示し、「-/+」は、示された数のヌクレオチドが同一部位で同時に欠失および挿入されていることを示す。
【0085】
表9 TaGASR7同祖体、TaMLO同祖体およびTaLOX2同祖体におけるSSN誘導変異ならびにT1世代への該変異の伝達の、分子学的な遺伝子解析
【表9-1】
【表9-2】
ヘテロ:ヘテロ接合型;ホモ:ホモ接合型。
「-」は、示された数のヌクレオチドが欠失していることを示し、「+」は、示された数のヌクレオチドが挿入されていることを示し、「-/+」は、示された数のヌクレオチドが同一部位で同時に欠失および挿入されていることを示す。試験した植物の合計数に対する、観察された変異を保有する植物の数に基づく。試験した変異植物の合計数に対する、インタクトなCRISPRおよびTALENの構築物を有しない変異体植物の数に基づく。χ検定(P>0.5)によれば、ヘテロ接合型系統の分離は1:2:1のメンデル比にしたがう。
【0086】
全般的方法
sgRNA標的の選択
コムギのAゲノム、BゲノムおよびDゲノムの保存されたドメインにおいて、各遺伝子に関する複数のsgRNA標的を設計した。pJIT163-Ubi-Cas9プラスミドおよびTaU6-sgRNAプラスミドをコムギプロトプラストに導入して形質転換することにより、これらのsgRNAの活性を評価した。形質転換されたプロトプラストから全ゲノムDNAを抽出し、標的配列の周囲の断片をPCRにより増幅した。PCR-RE消化スクリーンアッセイを用いてsgRNA活性を検出した図9)。
【0087】
プロトプラストアッセイ
春コムギ変種Bobwhiteおよび冬コムギ変種Kenong199を、本研究において使用した。コムギプロトプラストの形質転換を、記載の通りに行った。
【0088】
pGE-sgRNAベクターの構築
SpeI制限部位を有するプライマーセットU6-SpeI-F/sgRNA-SpeI-R(表6)を用いて、TaU6-sgRNAプラスミドから活性TaU6-sgRNAの断片(表5)を増幅した。PCR産物をSpeIで消化し、これらを、SpeIで消化したpJIT163-Ubi-Cas9(文献3)に挿入して、融合発現ベクターpGE-sgRNAを得た(図9d)。
【0089】
一過性発現系によるコムギのバイオリステック形質転換
バイオリステック形質転換を、以前に記載した通りに行った。プラスミドDNA(pGE-sgRNAまたはT-MLO)(図9d)を使用して、コムギ胚に撃込んだ。撃込んだ後、これらの胚をカルス誘導培地に移した。第3週目にすべてのカルスを再生培地に移した。3~5週間後にこれらのカルスの表面で発芽した。これらを発根培地に移し、約1週間後に多数のT0実生を得た。組織培養プロセス(図9a)のいずれの部分においても、選択剤を使用しなかった。
【0090】
アクセッションコード
配列データは、NCBIGenBankでアクセッション番号KJ000052(TaGASR7-A1)、KJ000053(TaGASR7-B1)、KJ000054(TaGASR7-D1)、AY625683(TaNAC2)、AY496058(TaPIN1)およびGU167921(TaLOX2)で入手可能である。
【0091】
【化3】
図1
図2a
図2b
図3
図4a
図4b
図5
図6a
図6b
図7
図8a
図8b
図9
図10
図11a
図11b
図11c
図12a
図12b
【配列表】
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