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特許7239351リチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-06
(45)【発行日】2023-03-14
(54)【発明の名称】リチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/378 20190101AFI20230307BHJP
   H01M 6/50 20060101ALI20230307BHJP
   G01R 31/388 20190101ALI20230307BHJP
   G01R 31/3842 20190101ALI20230307BHJP
   G01R 31/367 20190101ALI20230307BHJP
   G01R 31/389 20190101ALI20230307BHJP
【FI】
G01R31/378
H01M6/50
G01R31/388
G01R31/3842
G01R31/367
G01R31/389
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019042755
(22)【出願日】2019-03-08
(65)【公開番号】P2020144074
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2022-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000237721
【氏名又は名称】FDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002664
【氏名又は名称】弁理士法人相原国際知財事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 洋一
【審査官】田口 孝明
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-141665(JP,A)
【文献】特開2001-313043(JP,A)
【文献】特開2005-129251(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC G01R 31/36-31/44、
H01M 6/24-6/52、
10/42-10/48、
H02J 7/00-7/12、
7/34-7/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム一次電池の放電深度を推定する放電深度推定方法であって、
前記リチウム一次電池の放電期間における端子電圧から求まる過電圧の変化を所定の近似式にフィッティングして前記近似式の係数を算出し、前記リチウム一次電池の放電深度と前記係数との所定の関係式から前記放電深度を推定するパルス推定工程と、
前記リチウム一次電池の放電電流と端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとする逐次最小二乗法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記放電深度を推定する最小二乗推定工程と、を含み、
前記パルス推定工程で推定される推定値に基づいて、前記パルス推定工程による推定から前記最小二乗推定工程による推定に切り替え
前記関係式は、前記放電深度の所定の第1範囲において、前記係数が前記放電深度に対する一次関数で表される、放電深度推定方法。
【請求項2】
リチウム一次電池の放電深度を推定する放電深度推定方法であって、
前記リチウム一次電池の放電期間における端子電圧から求まる過電圧の変化を所定の近似式にフィッティングして前記近似式の係数を算出し、前記リチウム一次電池の放電深度と前記係数との所定の関係式から前記放電深度を推定するパルス推定工程と、
前記リチウム一次電池の放電電流と端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとする逐次最小二乗法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記放電深度を推定する最小二乗推定工程と、を含み、
前記パルス推定工程で推定される推定値に基づいて、前記パルス推定工程による推定から前記最小二乗推定工程による推定に切り替え
前記関係式は、前記放電深度の所定の第2範囲において、前記係数の逆数が前記放電深度に対する一次関数又は対数関数で表される、放電深度推定方法。
【請求項3】
前記関係式は、前記リチウム一次電池の放電電流を含む関数で表され、
前記パルス推定工程においては、前記リチウム一次電池の放電電流を測定して前記関係式に代入することにより前記放電深度を推定する、請求項1又は2に記載の放電深度推定方法。
【請求項4】
前記関係式は、前記リチウム一次電池の電池温度を含む関数で表され、
前記パルス推定工程においては、前記リチウム一次電池の電池温度を測定して前記関係式に代入することにより前記放電深度を推定する、請求項1乃至のいずれかに記載の放電深度推定方法。
【請求項5】
前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記パルス推定工程においては、前記電力消費よりも前に前記放電深度の推定を行う、請求項1乃至のいずれかに記載の放電深度推定方法。
【請求項6】
前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記パルス推定工程においては、前記電力消費による電圧降下を前記近似式にフィッティングして前記係数の算出に使用する、請求項1乃至のいずれかに記載の放電深度推定方法。
【請求項7】
リチウム一次電池の端子電圧を測定する電圧計と、
前記リチウム一次電池の放電電流を測定する電流計と、
前記端子電圧及び前記放電電流を取得すると共に、前記リチウム一次電池の放電を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、
前記リチウム一次電池の放電期間における前記端子電圧から求まる過電圧の変化を所定の近似式にフィッティングして前記近似式の係数を算出し、前記リチウム一次電池の放電深度と前記係数との所定の関係式から前記放電深度を推定するパルス推定部と、
前記放電電流と前記端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとする逐次最小二乗法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記放電深度を推定する最小二乗推定部と、
前記パルス推定部で推定される推定値に基づいて、前記パルス推定部による推定から前記最小二乗推定部による推定に切り替える切り替え部と、を含み、
前記関係式は、前記放電深度の所定の第1範囲において、前記係数が前記放電深度に対する一次関数で表される、放電深度推定装置。
【請求項8】
リチウム一次電池の端子電圧を測定する電圧計と、
前記リチウム一次電池の放電電流を測定する電流計と、
前記端子電圧及び前記放電電流を取得すると共に、前記リチウム一次電池の放電を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、
前記リチウム一次電池の放電期間における前記端子電圧から求まる過電圧の変化を所定の近似式にフィッティングして前記近似式の係数を算出し、前記リチウム一次電池の放電深度と前記係数との所定の関係式から前記放電深度を推定するパルス推定部と、
前記放電電流と前記端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとする逐次最小二乗法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記放電深度を推定する最小二乗推定部と、
前記パルス推定部で推定される推定値に基づいて、前記パルス推定部による推定から前記最小二乗推定部による推定に切り替える切り替え部と、を含み、
前記関係式は、前記放電深度の所定の第2範囲において、前記係数の逆数が前記放電深度に対する一次関数又は対数関数で表される、放電深度推定装置。
【請求項9】
前記関係式は、前記放電電流を含む関数で表され、
前記パルス推定部は、測定された前記放電電流を前記関係式に代入して前記放電深度を推定する、請求項7又は8に記載の放電深度推定装置。
【請求項10】
前記リチウム一次電池の電池温度を測定する温度計を更に備え、
前記関係式は、前記電池温度を含む関数で表され、
前記パルス推定部は、測定された前記電池温度を前記関係式に代入して前記放電深度を推定する、請求項7乃至9のいずれかに記載の放電深度推定装置。
【請求項11】
前記パルス推定部は、前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記電力消費よりも前に前記放電深度の推定を行う、請求項7乃至10のいずれかに記載の放電深度推定装置。
【請求項12】
前記パルス推定部は、前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記電力消費による電圧降下を前記近似式にフィッティングして前記係数の算出に使用する、請求項7乃至10のいずれかに記載の放電深度推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム一次電池の放電深度推定方法、及び放電深度推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
負極に金属リチウムを使用するリチウム電池は、他の電池と比較して小型で出力電圧が高いため、特に小型の電子機器の電力源として広く利用されている。このようなリチウム電池は、二次電池として構成されている場合には充放電の管理のために、一次電池として構成されている場合には交換時期の管理のために、電池残量を把握することが求められる。
【0003】
ここで、リチウム二次電池は、内部起電力としての開放電圧(OCV:Open Circuit Voltage)と充電状態(SOC:State Of Charge)との関係である所謂OCV-SOC特性が、価数の違いでエネルギー差が小さいので、電池の消耗状態による端子電圧の変化が小さくほぼ一定になり、開放電圧を用いることにより電池残量としての充電状態を推定することができる。ただし、開放電圧は、リチウム電池の充放電時においては直接測定することができない。そのため、例えば特許文献1の従来技術では、電池の等価回路モデルに基づいて開放電圧を含む関係式を形成し、測定可能な充放電電流及び端子電圧を用いた逐次最小二乗法により開放電圧を推定することにより、リチウム電池の電池残量を算出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-156771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の従来技術は、二次電池としてのリチウム電池に対する充電状態を推定するものであるため、充電ができないリチウム一次電池には適用することができない。すなわち、上記の従来技術では、リチウム一次電池の放電深度(DOD:Depth Of Discharge)を推定することができない。また、リチウム一次電池の放電電流を積算し続けることにより放電深度を簡易的に推定する所謂クーロンカウンター(電流積算法)が知られているが、クーロンカウンターは、未使用状態からの電流積算を行う方法であるため、例えば使いかけのリチウム一次電池に対しては適用することができない。さらに、リチウム一次電池は、例えばLPWA(Low Power Wide Area)の通信方式を採用するIoTデバイスなどのように、省電力であることを前提とする小型の装置の電力源として適用される場合がある。この場合に上記の逐次最小二乗法だけで電池残量推定を行うと、残量推定を行うための演算負荷が高いために電力消費が増大し、省電力デバイスの利点を活かせなくなる虞が生じる。
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、使いかけのリチウム一次電池に対しても放電深度を推定でき、推定に伴う演算負荷を低減することができる放電深度推定方法、及び放電深度推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
<本発明の第1の態様>
本発明の第1の態様は、リチウム一次電池の放電深度を推定する放電深度推定方法であって、前記リチウム一次電池の放電期間における端子電圧から求まる過電圧の変化を所定の近似式にフィッティングして前記近似式の係数を算出し、前記リチウム一次電池の放電深度と前記係数との所定の関係式から前記放電深度を推定するパルス推定工程と、前記リチウム一次電池の放電電流と端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとする逐次最小二乗法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記放電深度を推定する最小二乗推定工程と、を含み、前記パルス推定工程で推定される推定値に基づいて、前記パルス推定工程による推定から前記最小二乗推定工程による推定に切り替える、放電深度推定方法である。
【0008】
本発明の第1の態様にかかる放電深度推定方法は、リチウム一次電池の放電深度の推定において、パルス放電時の過電圧の時間変化と放電深度とを所定の関係式により対応付けるパルス推定工程と、測定可能な放電電流及び端子電圧から未知の開放電圧及び内部抵抗を推定する最小二乗推定工程とを順に適用する。このとき、パルス推定工程及び最小二乗推定工程はいずれも、リチウム一次電池の未使用状態からの積算値を使用するものではないため、使いかけの電池に対しても適用することができる。
【0009】
また、パルス推定工程においては、リチウム一次電池の放電期間における過電圧に基づいて近似式にフィッティングすると共に、当該近似式と放電深度との関係式に基づいて放電深度を推定している。このとき、放電深度を推定するための関係式は、近似式の係数と放電深度との直接の対応関係を事前に用意しておくことにより、リチウム一次電池の使用中においては軽量な演算量で放電深度を推定することができ、放電深度推定に係る電力消費を抑制することができる。
【0010】
そして、最小二乗推定工程においては、予め取得される開放電圧特性に基づいて比較的高精度の放電深度が可能になるため、寿命判定の精度が向上し適切なタイミングで電池交換を通知することができる。
【0011】
これにより本発明の第1の態様にかかる放電深度推定方法によれば、使いかけのリチウム一次電池に対しても放電深度を推定でき、推定に伴う演算負荷を低減することができる。
【0012】
<本発明の第2の態様>
本発明の第2の態様は、上記した本発明の第1の態様において、前記関係式は、前記放電深度の所定の第1範囲において、前記係数が前記放電深度に対する一次関数で表される、放電深度推定方法である。
【0013】
本発明の第2の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と近似式の係数との所定の関係式が一次関数で表される範囲において放電深度を算出することにより、当該関係式が簡略化され、放電深度推定にかかる演算負荷をさらに低減することができる。
【0014】
<本発明の第3の態様>
本発明の第3の態様は、上記した本発明の第1の態様において、前記関係式は、前記放電深度の所定の第2範囲において、前記係数の逆数が前記放電深度に対する一次関数又は対数関数で表される、放電深度推定方法である。
【0015】
本発明の第3の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と近似式の係数の逆数とが所定の関係式で表される範囲において放電深度を算出することにより、簡略化された関係式であっても推定可能な放電深度の範囲を拡張することができる。
【0016】
<本発明の第4の態様>
本発明の第4の態様は、上記した本発明の第1乃至3のいずれかの態様において、前記関係式は、前記リチウム一次電池の放電電流を含む関数で表され、前記パルス推定工程においては、前記リチウム一次電池の放電電流を測定して前記関係式に代入することにより前記放電深度を推定する、放電深度推定方法である。
【0017】
本発明の第4の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と過電圧の近似式の係数との関係式が放電電流を含む関数であることから、運用時におけるリチウム一次電池の放電電流の大きさに応じた放電深度推定が可能になり、推定精度の向上を図ることができる。
【0018】
<本発明の第5の態様>
本発明の第5の態様は、上記した本発明の第1乃至4のいずれかの態様において、前記関係式は、前記リチウム一次電池の電池温度を含む関数で表され、前記パルス推定工程においては、前記リチウム一次電池の電池温度を測定して前記関係式に代入することにより前記放電深度を推定する、放電深度推定方法である。
【0019】
本発明の第5の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と過電圧の近似式の係数との関係式が電池温度を含む関数であることから、運用時におけるリチウム一次電池の電池温度に応じた放電深度推定が可能になり、推定精度の向上を図ることができる。
【0020】
<本発明の第6の態様>
本発明の第6の態様は、上記した本発明の第1乃至5のいずれかの態様において、前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記パルス推定工程においては、前記電力消費よりも前に前記放電深度の推定を行う、放電深度推定方法である。
【0021】
本発明の第6の態様によれば、定期的に行なわれる電力消費が放電深度推定に必要な電力よりも大きい場合であっても、当該定期的な電力消費よりも先に放電深度推定を行うことで、リチウム一次電池が過電圧状態から平衡状態へ比較的スムーズに復帰できるため、過電圧の測定を通した近似式の係数の取得をより正確に行うことができる。
【0022】
<本発明の第7の態様>
本発明の第7の態様は、上記した本発明の第1乃至5のいずれかの態様において、前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記パルス推定工程においては、前記電力消費による電圧降下を前記近似式にフィッティングして前記係数の算出に使用する、放電深度推定方法である。
【0023】
本発明の第7の態様によれば、近似式の係数を取得するに際し、パルス放電に加えて、定期的な電力消費による電圧降下を近似式の係数の算出に使用することにより、データ数の増加に伴って係数の算出精度を向上させることができる。
【0024】
<本発明の第8の態様>
本発明の第8の態様は、リチウム一次電池の端子電圧を測定する電圧計と、前記リチウム一次電池の放電電流を測定する電流計と、前記端子電圧及び前記放電電流を取得すると共に、前記リチウム一次電池の放電を制御する制御部と、を備え、前記制御部は、前記リチウム一次電池の放電期間における前記端子電圧から求まる過電圧の変化を所定の近似式にフィッティングして前記近似式の係数を算出し、前記リチウム一次電池の放電深度と前記係数との所定の関係式から前記放電深度を推定するパルス推定部と、前記放電電流と前記端子電圧とを入力パラメータとし、前記リチウム一次電池の開放電圧と内部抵抗とを推定パラメータとする逐次最小二乗法により前記開放電圧を推定し、所定の開放電圧特性から前記放電深度を推定する最小二乗推定部と、前記パルス推定部で推定される推定値に基づいて、前記パルス推定部による推定から前記最小二乗推定部による推定に切り替える切り替え部と、を含む、放電深度推定装置である。
【0025】
本発明の第8の態様にかかる放電深度推定装置は、リチウム一次電池の放電深度の推定において、パルス放電時の過電圧の時間変化と放電深度とを所定の関係式により対応付けるパルス推定部と、測定可能な放電電流及び端子電圧から未知の開放電圧及び内部抵抗を推定する最小二乗推定部とを備え、この順で放電深度の推定を行う。このとき、パルス推定部及び最小二乗推定部による放電深度推定はいずれも、リチウム一次電池の未使用状態からの積算値を使用するものではないため、使いかけの電池に対しても適用することができる。
【0026】
また、パルス推定部は、リチウム一次電池の放電期間における過電圧に基づいて近似式にフィッティングすると共に、当該近似式と放電深度との関係式に基づいて放電深度を推定している。このとき、放電深度を推定するための関係式は、近似式の係数と放電深度との直接の対応関係を事前に用意しておくことにより、リチウム一次電池の使用中においては軽量な演算量で放電深度を推定することができ、放電深度推定に係る電力消費を抑制することができる。
【0027】
そして、最小二乗推定部は、予め取得される開放電圧特性に基づいて比較的高精度の放電深度が可能になるため、寿命判定の精度が向上し適切なタイミングで電池交換を通知することができる。
【0028】
これにより本発明の第8の態様にかかる放電深度推定装置によれば、使いかけのリチウム一次電池に対しても放電深度を推定でき、推定に伴う演算負荷を低減することができる。
【0029】
<本発明の第9の態様>
本発明の第9の態様は、上記した本発明の第8の態様において、前記関係式は、前記放電深度の所定の第1範囲において、前記係数が前記放電深度に対する一次関数で表される、放電深度推定装置である。
【0030】
本発明の第9の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と近似式の係数との所定の関係式が一次関数で表される範囲において放電深度を算出することにより、当該関係式が簡略化され、放電深度推定にかかる演算負荷をさらに低減することができる。
【0031】
<本発明の第10の態様>
本発明の第10の態様は、上記した本発明の第8の態様において、前記関係式は、前記放電深度の所定の第2範囲において、前記係数の逆数が前記放電深度に対する一次関数又は対数関数で表される、放電深度推定装置である。
【0032】
本発明の第10の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と近似式の係数の逆数とが所定の関係式で表される範囲において放電深度を算出することにより、簡略化された関係式であっても推定可能な放電深度の範囲を拡張することができる。
【0033】
<本発明の第11の態様>
本発明の第11の態様は、上記した本発明の第8乃至10のいずれかの態様において、前記関係式は、前記放電電流を含む関数で表され、前記パルス推定部は、測定された前記放電電流を前記関係式に代入して前記放電深度を推定する、放電深度推定装置である。
【0034】
本発明の第11の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と過電圧の近似式の係数との関係式が放電電流を含む関数であることから、運用時におけるリチウム一次電池の放電電流の大きさに応じた放電深度推定が可能になり、推定精度の向上を図ることができる。
【0035】
<本発明の第12の態様>
本発明の第12の態様は、上記した本発明の第8乃至11のいずれかの態様において、前記リチウム一次電池の電池温度を測定する温度計を更に備え、前記関係式は、前記電池温度を含む関数で表され、前記パルス推定部は、測定された前記電池温度を前記関係式に代入して前記放電深度を推定する、放電深度推定装置である。
【0036】
本発明の第12の態様によれば、リチウム一次電池の放電深度と過電圧の近似式の係数との関係式が電池温度を含む関数であることから、運用時におけるリチウム一次電池の電池温度に応じた放電深度推定が可能になり、推定精度の向上を図ることができる。
【0037】
<本発明の第13の態様>
本発明の第13の態様は、上記した本発明の第8乃至12のいずれかの態様において、前記パルス推定部は、前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記電力消費よりも前に前記放電深度の推定を行う、放電深度推定装置である。
【0038】
本発明の第13の態様によれば、定期的に行なわれる電力消費が放電深度推定に必要な電力よりも大きい場合であっても、当該定期的な電力消費よりも先に放電深度推定を行うことで過電圧状態から平衡状態への復帰が比較的スムーズに行われるため、過電圧の測定を通した近似式の係数の取得をより正確に行うことができる。
【0039】
<本発明の第14の態様>
本発明の第14の態様は、上記した本発明の第8乃至12のいずれかの態様において、前記パルス推定部は、前記リチウム一次電池が定期的に電力消費される場合に、前記電力消費による電圧降下を前記近似式にフィッティングして前記係数の算出に使用する、放電深度推定装置である。
【0040】
本発明の第14の態様によれば、近似式の係数を取得するに際し、パルス放電に加えて、定期的な電力消費による電圧降下を近似式の係数の算出に使用することにより、データ数の増加に伴って係数の算出精度を向上させることができる。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、使いかけのリチウム一次電池に対しても放電深度を推定でき、推定に伴う演算負荷を低減することができる放電深度推定方法、及び放電深度推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1】本発明に係るIoTデバイスの回路図である。
図2】一般的なリチウム一次電池のOCV-DOD曲線である
図3】本発明に係る放電深度推定方法を表すフローチャートである。
図4】パルス推定工程のルーチンを示すフローチャートである。
図5】パルス放電により変化するリチウム一次電池の端子電圧を表す図である。
図6】リチウム一次電池の過電圧の時間変化を表す図である。
図7】リチウム一次電池の放電深度に対する近似式の係数A及びBの変化を表す図である。
図8】放電深度に対する近似式の係数A及びBの逆数の変化を表す図である。
図9】リチウム一次電池の放電電流ごとの過放電を表す図である。
図10】放電電流に対する近似式の係数A及びBを表す図である。
図11】放電深度に対する係数C及びDの値をプロットした図である。
図12】電池温度に対する近似式の係数Aを表す図である。
図13】電池温度に対する近似式の係数Bを表す図である。
図14】係数Cの放電深度依存性を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態について詳細に説明する。尚、本発明は以下に説明する内容に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において任意に変更して実施することが可能である。また、実施の形態の説明に用いる図面は、いずれも構成部材を模式的に示すものであって、理解を深めるべく部分的な強調、拡大、縮小、又は省略などを行なっており、構成部材の縮尺や形状等を正確に表すものとはなっていない場合がある。
【0044】
また、一般的に電池残量を表す表記としては二次電池における充電状態SOC(State Of Charge)が使用されるが、本発明が対象とする電池がリチウム一次電池であることから、100[%]-SOCと同等の意味である放電深度DOD(Depth Of Discharge)との表現を使用する。
【0045】
図1は、本発明に係るIoTデバイス1の回路図である。本実施形態におけるIoTデバイス1は、リチウム一次電池2、センサ部3、制御部4、通信部5、電圧計6、電流計7、及び温度計8を備える。IoTデバイス1は、制御部4の制御に基づいて、センサ部3によりセンシングされた情報を通信部5から送信する電子機器であり、リチウム一次電池2の電力で動作する。ここで、制御部4は、電圧計6、電流計7、及び温度計8の各測定器と共に放電深度推定装置10を構成し、詳細を後述するように、各測定器で測定される信号に基づいてリチウム一次電池2の放電深度DODを推定する。
【0046】
リチウム一次電池2は、二酸化マンガン(MnO)からなる正極と、リチウムからなる負極とがセパレータを介して積層され、有機溶媒に塩類を溶解した電解液が含浸されてなり、例えばコイン形や円筒形に生成された一次電池である。また、リチウム一次電池2は、本発明においては、端子間が開放状態のときの開放電圧OCV(Open Circuit Voltage)を内部起電力として出力すると共に、放電時に電圧降下をもたらす内部抵抗Rを有する等価回路としてモデル化することができる。このため、リチウム一次電池2の端子電圧Vは、放電電流iを用いて下記の式(1)で表される。
=OCV-i×R・・・(1)
【0047】
センサ部3は、リチウム一次電池2の電力によりIoTデバイス1の設置環境におけるデータをセンシングする。センサ部3は、本実施形態においては、制御部4の制御に基づいて1日に一回、所定の時刻にセンシングを行うものとする。
【0048】
制御部4は、図示しないCPU、メモリ、タイマ等を含む公知のマイコン制御回路からなり、IoTデバイス1の全体を統括制御する。より具体的には、制御部4は、センサ部3から取得したデータを通信部5から送信する制御を行うと共に、IoTデバイス1の各部の動作に必要な電力をリチウム一次電池2から適宜分配する。また、制御部4は、後述する手順によりリチウム一次電池2の放電深度DODを算出し、電池交換が必要か否かを判定する。
【0049】
通信部5は、無線アンテナを含む公知の無線モジュールからなり、センサ部3で取得されたデータを、制御部4を介して無線ネットワーク上の所定の送信先に送信する。尚、IoTデバイス1は、センサ部3におけるデータ取得から通信部5におけるデータ送信までの動作を1日に一回のペースで定期的に行い、その他の期間においては後述する放電深度推定の動作を除き休止状態とすることで、リチウム一次電池2の電力消費を可能な限り抑制している。
【0050】
電圧計6は、リチウム一次電池2の端子間に並列に接続され、リチウム一次電池2の端子電圧Vを測定する。電流計7は、リチウム一次電池2とセンサ部3との間に直列に接続され、リチウム一次電池2の放電電流iを測定する。温度計8は、リチウム一次電池2に接触するように配置され、リチウム一次電池2の電池温度Tを測定する。
【0051】
そして、本実施形態にかかる放電深度推定装置10は、リチウム一次電池2の放電深度DODを推定するための構成として、パルス推定部11、最小二乗推定部12、及び切り替え部13を制御部4の内部に含む。
【0052】
パルス推定部11は、詳細を後述するように、リチウム一次電池2の放電期間における端子電圧Vから求まる過電圧ηの変化を所定の近似式にフィッティングして当該近似式の係数を算出し、リチウム一次電池2の放電深度DODと当該係数との所定の関係式から放電深度DODを推定する。
【0053】
最小二乗推定部12は、詳細を後述するように、リチウム一次電池2の放電電流iと端子電圧Vとを入力パラメータとし、リチウム一次電池2の開放電圧OCVと内部抵抗Rとを推定パラメータとする逐次最小二乗法により開放電圧OCVを推定し、所定の開放電圧特性から放電深度DODを推定する。
【0054】
切り替え部13は、詳細を後述するように、パルス推定部11で推定される推定値に基づいて、パルス推定部11による推定から最小二乗推定部12による推定に切り替える。
【0055】
次に、放電深度推定装置10により実行されるリチウム一次電池2の放電深度推定方法について具体的に説明する。図2は、一般的なリチウム一次電池のOCV-DOD曲線である。リチウム一次電池2の内部起電力としての開放電圧OCVは、放電深度DODの増加に対して図2に示すような「開放電圧特性」としての曲線に沿って減少することが知られている。
【0056】
より具体的には、開放電圧OCVは、放電深度DODが0%~数%の放電初期においては、電圧値が比較的高く、放電深度DODの増加に対して急激に減少する。また、開放電圧OCVは、放電中期においては、放電深度DODの増加に対して電圧値の変化が鈍化するため、開放状態におけるリチウム一次電池2の端子電圧Vからでは放電深度DODの推定が困難となる。そして、開放電圧OCVは、放電後期においては、放電深度DODの増加に対して電圧値の減少が再び加速して放電終止電圧に至る。
【0057】
本発明にかかる放電深度推定装置10は、放電深度DODに対する上記のそれぞれの期間に適した方法を選択しながらリチウム一次電池2の放電深度DODを推定する。図3は、本発明に係る放電深度推定方法を表すフローチャートである。放電深度推定装置10は、IoTデバイス1にリチウム一次電池2が装着されて動作が開始された場合に、図3に示す放電深度推定の手順をスタートする。
【0058】
放電深度推定装置10は、IoTデバイス1にリチウム一次電池2が装着されると、電圧計6によりリチウム一次電池2の開放状態における端子電圧Vを監視する(ステップS1)。ここで、リチウム一次電池2の開放電圧OCVは、開放状態における端子電圧Vとして取得することができるため、リチウム一次電池2の放電深度DODが放電初期に相当する場合には、当該端子電圧Vにより放電深度DODを見積もることができる(端子電圧法)。
【0059】
また、放電深度推定装置10は、監視した端子電圧Vの変化量ΔVが所定の電圧閾値VTH以上であるか否かを判定する(ステップS2)。そして、放電深度推定装置10は、端子電圧Vの変化量ΔVが所定の電圧閾値VTH未満である間は継続して、定期的に実行される上記のデータ処理の前のタイミングで端子電圧Vの監視を行う(ステップS2でNo)。尚、所定の電圧閾値VTHは、端子電圧Vの変化が放電初期における急激な減少から放電中期における緩やかな減少へと移行するタイミングを検出できるよう予め設定される。
【0060】
一方、端子電圧Vの変化量ΔVが所定の電圧閾値VTH以上となった場合(ステップS2でYes)、すなわち端子電圧Vの急激な減少が緩和された場合には、端子電圧Vから放電深度DODを見積もることが困難となる放電中期に達したとみなすことができる。このため、放電深度推定装置10の切り替え部13は、放電深度推定の方法を上記の端子電圧法からパルス推定法に切り替える。
【0061】
リチウム一次電池2の放電深度DODが放電中期に達したと判定された場合、放電深度推定装置10は、上記したパルス推定部11において、パルス推定工程のルーチンが実行される(ステップS3)。尚、パルス推定工程のルーチンに関する詳細な説明については後述する。
【0062】
また、放電深度推定装置10は、パルス推定工程により推定されたリチウム一次電池2の放電深度DODが、所定の第1閾値DODTH1以上であるか否かを判定する(ステップS4)。そして、放電深度推定装置10は、放電深度DODが第1閾値DODTH1未満である期間においては(ステップS4でNo)、リチウム一次電池2が放電中期のままであるものとして、パルス推定工程を継続する。
【0063】
ここで、所定の第1閾値DODTH1は、リチウム一次電池2が放電中期から放電後期へ達したことを判定するための放電深度DODの閾値であり、放電深度推定の方法をパルス推定工程から次に説明する最小二乗推定工程へ切り替えるための転換点として設定される。尚、第1閾値DODTH1は、使用されるリチウム一次電池2の特性や、リチウム一次電池2の所望の寿命判定精度等に基づいて任意に設定することができる。
【0064】
そして、放電深度推定装置10の切り替え部13は、放電深度DODが第1閾値DODTH1以上となった場合には(ステップS4でYes)、リチウム一次電池2が放電後期に達したとみなして最小二乗推定工程による放電深度推定に切り替える。
【0065】
最小二乗推定工程においては、放電深度推定装置10の最小二乗推定部12は、上記したIoTデバイス1の定期的なデータ処理におけるリチウム一次電池2の放電期間を利用して、電圧計6及び電流計7によりそれぞれ取得されるリチウム一次電池2の放電電流i及び端子電圧Vに基づいて放電深度DODを推定する。
【0066】
より具体的には、本実施形態における最小二乗推定工程では、リチウム一次電池2の等価回路モデルによる上記した式(1)を、データ取得のサンプリング時刻kを用いたベクトル形式で表現する。すなわち、上記の式(1)のダイナミクスに対し、回帰パラメータを下記の式(2)で表し、推定パラメータを下記の式(3)で表した場合、観測方程式は、下記の式(4)で表される。ここで、wは、端子電圧Vの測定値に対するノイズ項である。ただし、当該ノイズは正規分布に従うことにより、積分によってゼロとなる。
【数1】
【数2】
【数3】
【0067】
また、本実施形態における放電深度推定では、下記の式(5)で表される忘却係数λを設けたいわゆる忘却係数付き逐次最小二乗法とすることができる。ここで、τは、EXP関数の減衰率を調整する項である。
【数4】
【0068】
上記の各式に基づき、最小二乗推定部12は、リチウム一次電池2の観測可能な放電電流i(k)及び端子電圧V(k)を入力パラメータとし、式(3)で表される未知の推定パラメータを忘却係数付き逐次最小二乗法により回帰的に計算し、開放電圧OCVを逐次算出する。そして、最小二乗推定部12は、算出された開放電圧OCVとリチウム一次電池2のOCV-DOD特性とに基づいて、リチウム一次電池2の放電深度DODを逐次推定する。尚、忘却係数付き逐次最小二乗法は、それ自体は公知の手法であるため、詳細な説明を省略する。
【0069】
そして、放電深度推定装置10は、最小二乗推定工程において推定された放電深度DODを所定の第2閾値DODTH2と比較することにより、リチウム一次電池2の交換が必要か否かを判定する(ステップS6)。ここで、第2閾値DODTH2は、リチウム一次電池2の寿命を判定するための放電深度DODの閾値であり、IoTデバイス1やリチウム一次電池2の仕様に応じて任意に設定される。
【0070】
そのため、放電深度推定装置10は、放電深度DODが第2閾値DODTH2未満である場合には(ステップS6でNo)、リチウム一次電池2が継続して使用可能であるものとして最小二乗推定工程による放電深度推定を継続する。一方、放電深度DODが第2閾値DODTH2以上となった場合には、放電深度推定装置10は、リチウム一次電池2が寿命に達したと判定し(ステップS7)、放電深度推定を終了すると共に、例えば通信部5を介して所定の送信先に電池交換が必要な旨を通知する。
【0071】
このように、本実施形態にかかる放電深度推定装置10は、放電深度DODの期間ごとに、端子電圧法、パルス推定法、及び最小二乗推定法を切り替えながらリチウム一次電池2の放電深度DODを推定する。
【0072】
次に、上記したパルス推定法の具体的な手順について詳細に説明する。図4は、パルス推定工程のルーチンを示すフローチャートである。パルス推定部11は、IoTデバイス1の上記のデータ処理が実行される度に、当該データ処理の前のタイミングにおいて、パルス推定法による放電深度推定を行う。
【0073】
まず、パルス推定部11は、上記のデータ処理が実行される直前の所定時刻になったか否かを判定する(ステップS10)。そして、パルス推定部11は、所定時刻になるまでは、パルス推定法による放電深度推定の開始を保留して待機する(ステップS10でNo)。
【0074】
また、パルス推定部11は、所定時刻になった場合には(ステップS10でYes)、リチウム一次電池2を例えば10mAで4秒間パルス放電させる(ステップS11)。尚、パルス放電の放電期間は、これに限定されるものではなく、例えば4秒~100秒の範囲で任意に設定することができる。また、ここでは、電池温度Tが25℃で一定であるものとして説明する。
【0075】
図5は、パルス放電により変化するリチウム一次電池2の端子電圧Vを表す図である。より具体的には、図5は、時間tが0s~4sにおいてリチウム一次電池2をパルス放電させると共に、時間tが4s~10sにおいてリチウム一次電池2を開放した場合の端子電圧Vの変化を表している。すなわち、リチウム一次電池2の端子電圧Vは、放電期間中においては内部抵抗Rに起因する電圧降下が生じ、放電を停止すると過電圧状態から平衡状態へ漸近的に電圧が上昇する。
【0076】
そして、パルス推定部11は、電圧計6を介して放電期間におけるリチウム一次電池2の端子電圧Vを取得することにより、リチウム一次電池2の電圧降下に相当する過電圧ηを測定する(ステップS12)。
【0077】
図6は、リチウム一次電池の過電圧の時間変化を表す図である。パルス推定部11は、過電圧ηの時間変化を把握することができるよう、一回の放電期間において過電圧ηが所定回数だけ測定されたか否かを判定し(ステップS13)、所定回数に満たない場合には(ステップS13でNo)、過電圧ηの測定を繰り返す。本実施形態においては、パルス推定部11は、所定回数を例えば時間t=1.0s、2.0s、3.0sの3回として過電圧ηの測定を行う。尚、上記の所定回数は、本実施形態においては3回としているが、3回から10回程度の範囲で任意に設定することができ、さらに測定の間隔についても1秒~2秒程度の間隔で任意に設定することができる。
【0078】
過電圧ηが所定回数だけ測定された場合には、パルス推定部11は、複数の過電圧ηの値を対数関数による近似式にフィッティングさせて過電圧ηの時間変化として取得する(ステップS14)。より具体的には、パルス推定部11は、複数のタイミングで測定された過電圧ηと測定した時間tとを、例えば最小二乗法により下記の式(6)で表される対数関数の近似式にフィッティングすることで、係数A及びBを算出する。尚、フィッティングされた対数関数を図6の破線で示している。
η=A×Ln(t)+B・・・(6)
【0079】
そして、パルス推定部11は、係数A及びBの少なくとも一方とリチウム一次電池2の放電深度DODとの所定の関係式に基づいて、リチウム一次電池2の放電深度DODを算出する(ステップS15)。ここで、所定の関係式は、リチウム一次電池2の放電深度DODと係数A及びBとの対応関係を表す事前に取得された式であり、その取得方法と具体例については詳細を後述する。
【0080】
このように、パルス推定部11は、リチウム一次電池2をパルス放電させたときの過電圧ηの時間変化と放電深度DODとの関係式に基づいて、リチウム一次電池2の放電深度DODを推定する。
【0081】
<放電深度と近似式の係数との関係式>
次に、上記したパルス推定工程において用いられる放電深度DODと係数A及びBとの関係式について具体的に説明する。当該関係式は、上記のIoTデバイス1の運用前において取得され制御部4に記憶されることにより、運用時における放電深度DODの算出に使用される。
【0082】
当該関係式を取得するために、上記のリチウム一次電池2及び放電深度推定装置10と同様の構成を有する測定系を用意し、リチウム一次電池2と同一の型式で新品の電池をDOD=100%までパルス放電させながら過電圧ηを測定する。すなわち、当該関係式の導出においては、リチウム一次電池2と同一の型式の電池に対し、上記したステップS11~ステップS15の手順を繰り返すと共に、放電電流iの時間積分により放電深度DODを逐次算出することで、放電深度DODに対する上記の係数A及びBの変化を表す測定データを取得する。
【0083】
図7は、リチウム一次電池2の放電深度DODに対する近似式の係数A及びBの変化を表す図である。より具体的には、図7は、放電深度DODを横軸で表し、係数A及びBの値の大きさを左右の縦軸でそれぞれ表した図である。放電深度推定装置10は、図7に示すような放電深度DODと係数A及びBとの関係を、IoTデバイス1の運用に先立って記憶しておくことにより、運用時の放電深度算出工程において算出された係数A及びBの少なくとも一方に基づいて、放電深度DODを推定することができる。
【0084】
ここで、放電深度DODに対する近似式の係数A及びBの変化は、図7に見られるように、おおよそ20%≦DOD≦80%の範囲(所定の第1範囲)においては一次関数で近似することができる。そこで、当該第1範囲における係数A及びBをそれぞれ下記の式(7)及び式(8)のように、定数係数α、β、γ、及びδを用いて放電深度DODについての一次関数で近似し、当該近似式を放電深度推定装置10に記憶させておく。そして、放電深度推定装置10は、放電深度DODを上記の第1範囲においては一次関数の近似式により放電深度推定を行うことにより、放電深度算出工程における演算量を削減することができる。
A=α×(100-DOD)+β・・・(7)
B=γ×(100-DOD)+δ・・・(8)
【0085】
図8は、放電深度DODに対する近似式の係数A及びBの逆数の変化を表す図である。すなわち図8は、図7における係数A及びBをそれぞれ逆数に変換して示す図である。放電深度DODに対する係数Aの逆数の変化は、図8に見られるように、おおよそ20%≦DOD≦90%の範囲(所定の第2範囲)においては破線で示す対数関数で近似することができる。そこで、当該第2範囲における係数Aの逆数を下記の式(9)のように近似し、当該近似式を放電深度推定装置10に記憶させておく。そして、放電深度推定装置10は、放電深度DODを上記の第2範囲においては対数関数の近似式により放電深度推定を行うことにより、放電深度算出工程における演算量を削減しつつ、推定可能な放電深度DODの範囲を拡張することができる。
1/A=39.3×Ln(100-DOD)-67.6・・・(9)
【0086】
また、放電深度DODに対する係数Bの逆数の変化は、図8に見られるように、おおよそ上記の第2範囲においては破線で示す一次関数で近似することができる。そこで、当該第2範囲における係数Bの逆数を下記の式(10)のように近似し、当該近似式を放電深度推定装置10に記憶させておく。そして、放電深度推定装置10は、放電深度DODを上記の第2範囲においては一次関数の近似式により放電深度推定を行うことにより、放電深度算出工程における演算量を削減しつつ、推定可能な放電深度DODの範囲を拡張することができる。
1/B=0.0698×(100-DOD) +1.98・・・(10)
【0087】
上記で例示したように、IoTデバイス1の運用時におけるリチウム一次電池2の放電電流i及び電池温度Tがほぼ固定値とみなせる場合には、これと同じ条件で関係式を取得すればよく、電流計7及び温度計8が必須の構成要素ではなくなる。一方、IoTデバイス1の運用時における放電電流i及び電池温度Tが固定値とは限らない場合には、上記の関係式についても運用中に測定される放電電流i及び電池温度Tの値に適応させることが好ましい。そこで、係数A及びBの電流依存性及び温度依存性を反映した関係式の取得について説明する。
【0088】
<電流依存性を考慮した関係式>
まず、電流依存性を考慮した関係式を形成するため、リチウム一次電池2を複数用意し、それぞれのリチウム一次電池2を互いに異なる放電電流iでパルス放電させることにより、それぞれの放電電流iに対する過放電ηを取得する。より具体的には、ここでは、5個のリチウム一次電池2を用意し、放電電流iをそれぞれ1mA、2,5mA、5mA、7,5mA、及び10mAとして上記と同様の手順により過放電ηを測定する。
【0089】
図9は、リチウム一次電池2の放電電流iごとの過放電ηを表す図である。より具体的には、図9は、放電電流iごとに上記と同様の手順で過放電ηを取得したときの、放電深度DODが20%であるタイミングの測定データである。図9に見られるように、過放電ηは、放電電流iの増加に伴い上昇することが確認できる。
【0090】
そして、放電電流iごとの過放電ηを上記の式(6)にフィッティングして近似式の係数A及びBを算出することにより、過放電ηは下記のそれぞれの近似式として表される。
i=1mAの場合、η=0.0013×Ln(t)+0.0167
i=2.5mAの場合、η=0.0028×Ln(t)+0.0418
i=5mAの場合、η=0.0056×Ln(t)+0.0782
i=7.5mAの場合、η=0.0084×Ln(t)+0.1207
i=10mAの場合、η=0.0112×Ln(t)+0.1502
【0091】
図10は、放電電流iに対する近似式の係数A及びBを表す図である。すなわち、図10は、横軸を放電電流iとして、過放電ηの近似式の係数を、放電深度DODが20%である場合についてそれぞれプロットした図である。図10に見られるように、近似式の係数A及びBの値は、破線で示す直線上にプロットされていることから、いずれも放電電流iに対して比例することが確認できる。そのため、近似式の係数A及びBは、新たな係数C及びDを用いて、A=C×i、B=D×iとして表すことができる。例えば、放電深度DODが20%の状態を示す図10の場合、それぞれA≒0.0011×i、B≒0.015×iと近似することができる。
【0092】
また、その他の放電深度DODにおける係数C及びDについても同様に算出する。図11は、放電深度DODに対する係数C及びDの値をプロットした図である。図11に見られるように、係数Cについては、放電深度DODがおよそ90%以下の範囲においては0.0015で一定とみなすことができる。一方、係数Dについては、その逆数をとったものが破線で示されるように放電深度DODに対して線形に近似できることが確認できる。この場合、係数Dの逆数は、1/D=0.81(100-DOD)+11.1と表すことができる。これにより過電圧ηを表す上記の式(6)は、放電電流iを用いて、以下の式(11)のように近似することができる。従って、放電深度推定装置10は、IoTデバイス1の運用時において、放電深度DODに対する近似式の係数A及びBを算出すると共に、電流計7で測定した放電電流iを式(11)に代入して係数を算出することで、放電深度DODを推定することができる。
η=0.0015×i×Ln(t)+i/(0.8117×(100-DOD)+11.1)・・・(11)
【0093】
<温度依存性を考慮した関係式>
続いて、温度依存性を考慮した関係式を形成するため、リチウム一次電池2を複数用意し、放電電流iを10mAに固定してそれぞれのリチウム一次電池2を互いに異なる電池温度Tでパルス放電させることにより、それぞれの電池温度Tに対する過放電ηを取得する。より具体的には、ここでは、5個のリチウム一次電池2を用意し、電池温度Tをそれぞれ-20℃、0℃、25℃、45℃、及び60℃として上記と同様の手順により過放電ηを測定する。そして、上記の式(6)にフィッティングさせることにより係数A及びBを算出した。
【0094】
図12は、電池温度Tに対する近似式の係数Aを表す図である。より具体的には、図12は、横軸を電池温度Tとし、縦軸を対数目盛で示す係数Aとしたときの放電深度DODごとのプロットである。図12に見られるように、係数Aは、破線で示されるように、放電深度DODに関わらず電池温度Tに対して線形に近似できることが確認できる。ここでは、係数Aは、A=0.0278×exp(-0.0257×T)と近似することができる。
【0095】
図13は、電池温度Tに対する近似式の係数Bを表す図である。より具体的には、図13は、横軸を電池温度Tとし、縦軸を対数目盛で示す係数Bとしたときの放電深度DODごとのプロットである。図13に見られるように、係数Bは、放電深度DODごとの温度依存性が線形に近似でき、それぞれが互いに平行であることが確認できる。
【0096】
また、図13に見られるように、電池温度Tに対する係数Bの値は、指数関数を用いて放電深度DODごとに下記のそれぞれの近似式で表される。すなわち、係数Bは、新たな係数Cを用いてB=C×exp(-0.0257×T)と近似することができる。
DOD=10%の場合、B=0.34×exp(-0.030×T)
DOD=20%の場合、B=0.38×exp(-0.028×T)
DOD=40%の場合、B=0.46×exp(-0.027×T)
DOD=60%の場合、B=0.56×exp(-0.027×T)
DOD=80%の場合、B=0.97×exp(-0.025×T)
【0097】
図14は、係数Cの放電深度依存性を表す図である。図14に見られるように、係数Cは、放電深度DODが10%から60%の範囲においては、破線で示されるように放電深度DODに対して線形に近似できることが確認できる。ここでは、係数Cは、C=0.73-0.0044(100-DOD)と近似することができる。このため、温度依存性を考慮した過放電ηは、下記の式(12)で表すことができる。従って、放電深度推定装置10は、IoTデバイス1の運用時において、放電深度DODに対する近似式の係数A及びBを算出すると共に、温度測定工程として温度計8で測定した電池温度Tを式(12)に代入して係数を算出することで、放電深度DODを推定することができる。
η=0.0278×exp(-0.026×T)×Ln(t)+(0.73-0.0044(100-DOD)×exp(-0.026×T)
・・・(12)
【0098】
このように、放電深度推定装置10は、リチウム一次電池2の運用時のパルス推定工程において、放電電流i及び電池温度Tのそれぞれに対応した関係式に基づいてリチウム一次電池2の放電深度DODをより正確に推定することができる。
【0099】
ここで、IoTデバイス1は、上記したように、センサ部3におけるデータ取得から通信部5におけるデータ送信までの動作に伴って定期的にリチウム一次電池2の電力が消費される。このような動作に伴う電力の消費量は、一般的に上記した放電深度推定のためのパルス放電で必要となる電力よりも遥かに大きくなる。このため、放電深度推定装置10は、データ取得及びデータ送信での定期的な電力消費に先行して放電深度推定を行うことにより、電力消費に伴う過大な電圧降下の影響を受けることなく、微小電力でのパルス放電により過電圧状態から平衡状態への復帰が比較的スムーズに行われるため、過電圧ηの測定を通した係数A及びBの取得をより正確に行うことができる。
【0100】
また、放電深度推定装置10は、データ取得及びデータ送信での定期的な電力消費により生じる電圧降下を上記の式(6)の近似式にフィッティングすることにより、パルス推定工程において複数回測定する過電圧ηの測定数に加えることができるため、より正確な係数A及びBの算出が可能になる。
【0101】
以上のように、本発明に係る放電深度推定方法は、リチウム一次電池2の放電深度DODの大部分を占める放電中期においては制御された放電による反応に基づくパルス推定工程により省演算量で放電深度DODを推定し、寿命判定の精度が要求される放電後期においては最小二乗推定工程により放電深度DODを推定する。これにより、本発明に係る放電深度推定方法によれば、使いかけのリチウム一次電池2に対しても放電深度DODを推定でき、推定に伴う演算負荷を低減することができる。
【符号の説明】
【0102】
1 IoTデバイス
2 リチウム一次電池
3 センサ部
4 制御部
5 通信部
6 電圧計
7 電流計
8 温度計
10 放電深度推定装置
11 パルス推定部
12 最小二乗推定部
13 切り替え部
図1
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