(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-07
(45)【発行日】2023-03-15
(54)【発明の名称】被膜形成組成物
(51)【国際特許分類】
C09D 183/16 20060101AFI20230308BHJP
C09D 183/04 20060101ALI20230308BHJP
C09D 7/20 20180101ALI20230308BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20230308BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20230308BHJP
【FI】
C09D183/16
C09D183/04
C09D7/20
C09D7/63
B05D7/24 302A
B05D7/24 302Y
(21)【出願番号】P 2019562033
(86)(22)【出願日】2018-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2018047590
(87)【国際公開番号】W WO2019131641
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2021-09-03
(31)【優先権主張番号】P 2017248704
(32)【優先日】2017-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000132404
【氏名又は名称】株式会社スリーボンド
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岸 克彦
(72)【発明者】
【氏名】桐野 学
【審査官】藤田 雅也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-139301(JP,A)
【文献】特開2012-153849(JP,A)
【文献】特開2014-065814(JP,A)
【文献】特開2008-237957(JP,A)
【文献】特開2017-155113(JP,A)
【文献】特開2014-65814(JP,A)
【文献】特開2012-12374(JP,A)
【文献】特開2013-230561(JP,A)
【文献】特開2015-137284(JP,A)
【文献】特開2017-155245(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00- 7/26
C09D 1/00- 10/00
C09D101/00-201/10
C09K 3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)成分:ポリシラザン化合物 100質量部に対し
(B)成分:分子鎖片末端のみに、カルビノール基、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基から選ばれる官能基を有する、反応性シリコーンオイル 10~90質量部
(C)成分:
ジエチルエーテル、ジブチルエーテルおよびテトラヒドロフランから選ばれるエーテル化合物 250~2500質量部
(D)成分:
アミン化合物 触媒量
を含む、被膜形成組成物。
【請求項2】
前記(B)成分の官能基がカルビノール基である、前記請求項1に記載の被膜形成組成物。
【請求項3】
硬化後の被膜形成組成物における水の接触角が102.3°以上である、前記請求項1または2に記載の被膜形成組成物。
【請求項4】
前記(A)成分が有機ポリシラザンを含む、前記請求項1~3のいずれか1項に記載の被膜形成組成物。
【請求項5】
前記請求項1~4のいずれか1項に記載の被膜形成組成物を含む、コーティング剤。
【請求項6】
前記請求項1~4のいずれか1項に記載の被膜形成組成物を基材表面に塗布し、当該基材上で前記被膜形成組成物を加水分解反応により硬化させることを含む、被膜形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリシラザン化合物を主成分として含有し、優れた撥水性および滑水性を有する硬化被膜を形成することができる、被膜形成組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より自動車車体の塗装鋼板などに対して、保護及び美観向上を目的として固形、半固形または液状の被膜形成組成物を塗布、施工することが実施されてきた。このような被膜形成組成物として、例えば、湿気硬化性オルガノポリシロキサンと有機溶媒と加水分解触媒に、揮発性オルガノポリシロキサンオイル及び揮発性ジメチルポリシロキサンを添加した組成物(特許文献1)や、高粘度のシリコーンガムを添加した組成物(特許文献2)が知られている。しかしながらこれら組成物は、非反応性のオルガノポリシロキサンオイルが経時によって揮発散逸してしまうため、長期にわたり撥水・滑水特性を発揮することが困難であった。
【0003】
前記問題を解決するために、加水分解硬化性シリコーンオリゴマーや、分子中に反応性官能基を有するシリコーンオイル等の反応性シリコーン、有機溶媒、加水分解触媒とから成る組成物が種々提案されている。特許文献3には、水分硬化性シリコーン樹脂と、特定の加水分解硬化剤成分の組合せ、有機溶剤並びに特定分子量のポリテトラフルオロエチレンからなるコーティング組成物が開示されている。特許文献4には、湿気硬化性液状シリコーンオリゴマーと両末端基にシラノール基を有するポリジメチルシロキサン、揮発性溶剤等の組合せからなる表面撥水保護剤が開示されている。特許文献5には、シリコーンアルコキシオリゴマーと分子鎖片末端にカルビノール基を有するシリコーンオイル、特定の有機溶媒と加水分解触媒等の組合せからなる車両用コーティング剤が開示されている。
【0004】
しかしながら、特許文献3の組成物は、反応性の高分子成分が水分硬化性シリコーン樹脂のみであり、依然として被膜の耐久性に問題を有するものである。特許文献4の組成物は、反応性の高分子成分が湿気硬化性液状シリコーンオリゴマーに加え両末端基にシラノール基を有するポリジメチルシロキサンも含むため、耐久性は改善されているものの、親水性が大きくなりすぎて滑水性(水滑落角)が大きくなりすぎるという問題を生じる。特許文献5の組成物は、系全体の相溶性が低く、貯蔵時に分離等が生じるという弊害を有するものであった。
【0005】
これらとは異なる技術として、硬化収縮が小さくガラス様の緻密な硬質膜を形成する材料に、ポリシラザン化合物を含有する被膜形成組成物が知られている。特許文献6には、ポリシラザン化合物は一般に空気中に存在する水分を利用した加水分解反応(ゾル-ゲル反応)によりポリオルガノシロキサンとなって硬化し、被膜を形成することが知られている。このような材料に対し、撥水性をより高める目的で片末端がメトキシ基で変性された反応性シリコーンオイル、或いは両末端がシラノール基、アミノ基、カルビノール基、カルボキシル基から選ばれる反応基で変性された反応性シリコーンオイルのいずれか1種以上の組合せを混合してなるコーティング剤が提案されている。しかしながら、このような組成物であっても、十分な撥水性(すなわち、十分に大きな水滴の接触角)および滑水性(すなわち、十分に小さな水滴の滑落角)の両立は実現されるものでは無かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-36771号公報
【文献】特開2013-194058号公報
【文献】特開2007-270071号公報
【文献】特開2009-138063号公報
【文献】特開2014-065771号公報
【文献】特開2014-139301号公報
【発明の概要】
【0007】
従前のポリシラザン化合物を主成分として含む被膜形成組成物においては、優れた撥水性(すなわち、十分に大きな水滴の接触角)および滑水性(すなわち、十分に小さな水滴の滑落角)の両立は困難であった。
【0008】
本発明では前記課題を解決するため鋭意検討した結果、以下構成の被膜形成組成物を用いることにより、これを達成できることを見いだした。すなわち、本発明の第一の実施態様は、以下の(A)成分~(D)成分を含む被膜形成組成物である。
(A)成分ポリシラザン化合物 100質量部に対し
(B)成分分子鎖片末端のみに、カルビノール基、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基から選ばれる官能基を有する、反応性シリコーンオイル 10~90質量部
(C)成分溶剤または希釈媒 250~2500質量部
(D)成分加水分解触媒 触媒量
また本発明は以下の実施態様も含む。
【0009】
第二の実施態様は、前記(B)成分の官能基がカルビノール基である、前記第一の実施態様に記載の被膜形成組成物である。
【0010】
第三の実施態様は、前記(D)成分がアミン化合物を含む、前記第一または第二の実施態様に記載の被膜形成組成物である。
【0011】
第四の実施態様は、前記(A)成分が有機ポリシラザンを含む、前記第一~第三のいずれか一つの実施態様に記載の被膜形成組成物である。
【0012】
第五の実施態様は、前記第一~第四のいずれか一つの実施態様に記載の被膜形成組成物を含む、コーティング剤である。
【0013】
第六の実施態様は、前記第一~第四のいずれか一つの実施態様に記載の被膜形成組成物を基材表面に塗布し、当該基材上で前記被膜形成組成物を加水分解反応により硬化させることを含む、被膜形成方法である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下より本発明の詳細について説明する。
【0015】
<(A)成分:ポリシラザン化合物>
本発明の被膜形成組成物に含まれる(A)成分は、ポリシラザン化合物である。本発明で用いるポリシラザン化合物は、分子内に-(SiR1R2-NR3)-の繰り返し構造を有する化合物であれば特段制限されるものでは無く、鎖状、環状、或いは分子間で架橋した構造のものを用いることができる。また、当該化合物は単独で用いても複数種混合したものを用いてもよく、本発明の作用を妨げない範囲であれば、他の重合性化合物と共重合した化合物を用いても良い。
【0016】
上記式中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立して、水素原子、置換基を有しても良い炭化水素基から選ばれる有機基であって、好ましくは水素原子、置換基を有しても良い炭素数が1~6の炭化水素基から選ばれる有機基であり、より好適には水素原子、炭素数が1~4の脂肪族炭化水素基から選ばれる有機基である。ここで、上記式中R1、R2及びR3が全て水素原子であるものは一般に無機ポリシラザンまたはペルヒドロポリシラザンといい、R1、R2及びR3のいずれかに有機基を含むものを一般に有機ポリシラザンまたはオルガノポリシラザンという。本発明では有機ポリシラザン、無機ポリシラザンともに用いることができ、これらを混合して用いても構わず、硬化物に求められる特性に応じて適宜選択することができる。例えば、硬化物にある程度高い硬度が求められる場合は無機ポリシラザンを多量に含む組成とし、可撓性が求められる場合には有機ポリシラザンを多量に含む組成とする、等の調製を行うことができる。またポリシラザンの変性物である、R1及びR2の一部が金属原子で置換された化合物のポリメタロシラザンを用いても良い。本発明において好ましくは、コーティングに用いる際に必要な柔軟性、可撓性の観点から、有機ポリシラザンを主として含むことがより望ましい。
【0017】
ポリシラザン化合物は、空気中の水分と接触することによりゾル-ゲル反応を起こしてポリシロキサンとなることが知られている。当該ポリシロキサン層が被着体上で形成されることにより、耐水性、耐油性、耐衝撃性等に優れた被膜の主成分となる。このとき、分子内の窒素が脱離してアンモニアが生成され、これが触媒となって更に反応が促進される。当該反応においては、Si-N結合がSi-O結合へと変化されるものであり、アルコキシシラン分子間の架橋のように、脱離基が生成して原子間距離が縮まることに起因する硬化収縮が殆ど生じないことが特長であり、ゾル-ゲル反応によるポリシロキサン被膜形成の欠点であるクラック発生を低減できるため、凹凸のある基材に対しても追従性に優れた被膜を形成できるものである。
【0018】
本発明で使用することができるポリシラザン化合物の市販品としては、AZマテリアル株式会社製品のトレスマイルANN110、ANN120-10、ANN120-20、ANN310、ANN320、ANL110A、ANL120A、ANL120-20、ANL150A、ANP110、ANP140-01、ANP140-02、ANP140-03、ASP140、KiONHTT1880、KiON HTA1500 rapid cure、KiON HTA1500 slow cure、tutuProm matt HD、tutuProm bright G、CAG 37、tutuProm bright等を用いることができる。
【0019】
<(B)成分:分子鎖片末端のみに、カルビノール基、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基から選ばれる官能基を有する、反応性シリコーンオイル>
(B)成分は、分子鎖の片末端のみに、カルビノール基、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基から選ばれる官能基を有する、反応性シリコーンオイルである。当該成分は、本発明の被膜形成組成物による硬化被膜において、撥水性・滑水性を高める上で必要な成分である。なお、一般に反応性シリコーンオイルとは、ジメチルシリコーンオイル、メチルフェニルシリコーンオイル、メチルハイドロジェンシリコーンオイル、すなわちストレートシリコーンオイルの一部のケイ素原子に各種反応性官能基を導入して変性した化合物を意味するが、本発明においては前記の反応性官能基を前記ストレートシリコーンオイルの分子鎖片末端のみに有する物質が該当する。ここで前記カルビノール基とは、炭化水素基に連結した水酸基を有する有機基を意味する。また、前記アミノ基、エポキシ基、メルカプト基は、シリコーンオイルの分子鎖片末端のケイ素原子に直接連結していても良いが、当該ケイ素から延長した炭化水素基に連結したものでも良い。前記それぞれの場合における炭化水素基としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基及びこれらの側鎖にメチル基、エチル基から選ばれる置換基を有し、これら合計の炭素数が10以下である炭化水素基が好適である。なお、本発明の作用を妨げない範囲であれば、さらに非反応性の有機基を当該シリコーンオイルの分子鎖中、例えば側鎖や別の末端等に有する物質を本発明の被膜形成組成物に含めても構わない。
【0020】
本発明における前記反応性官能基とは、カルビノール基、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基から選ばれる官能基である。(B)成分が当該官能基を有することにより、本発明の被膜形成組成物は硬化後の被膜に好適な撥水性・滑水性を保有することができる。当該作用を発現するメカニズムは明らかでは無いが、以下の機構が推定される。すなわち、鎖状のシリコーンオイルの片末端に前記官能基を保有する構造となっているため、当該官能基は金属等からなる基材と相互作用することができ、鎖状分子の一端が当該基材に吸着することとなる。これが基材表面に立ち並んだ単分子の層となって疎水膜を形成し、滑水性を発現する。当該疎水膜の上に、前記(A)成分からなる被膜と相補的にネットワークを形成することにより、緻密な被膜となって撥水性を発現し、本発明の作用を奏するものと推察される。なお、前記官能基のうち、カルビノール基である場合には特に滑水性が優れたものとなる。その理由は明らかでは無いが、(B)成分がカルビノール基を有する構造となった場合には、基材に対してより緻密で強固な疎水膜を形成しうるものであると考えられる。
【0021】
本発明の被膜形成組成物における当該(B)成分の含有量は、前記(A)成分100質量部に対し10~90質量部の範囲であり、より好適には20~80質量部の範囲が望ましく、さらに好適には25~75質量部の範囲が最も望ましい。(B)成分が当該範囲の含有量にあることで、本発明の被膜形成組成物は特に優れた撥水・滑水性を発現できるようになる。
【0022】
本発明で使用することができる前記(B)成分の市販品としては、例えば反応性官能基がカルビノール基のものでは信越化学工業株式会社製品のX-22-170BX(官能基当量 2800g/mol)、X-22-170DX(官能基当量 4700g/mol)、反応性官能基がアミノ基のものではモメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社製品のTSF-4700(官能基当量 3000g/mol、アミノ基はアミノアルキル基として片末端に連結)、TSF-4701(官能基当量 2500g/mol、アミノ基はアミノアルキル基として片末端に連結)、反応性官能基がエポキシ基のものでは信越化学工業株式会社製品のX-22-173BX(官能基当量 2500g/mol、エポキシ基はエポキシアルキル基として片末端に連結)、X-22-173DX(官能基当量 4600g/mol、エポキシ基はエポキシアルキル基として片末端に連結)等を挙げることができ、これらは単独で用いても複数種を併用しても構わない。
【0023】
<(C)成分:溶剤または希釈媒>
本発明の被膜形成組成物に含まれる(C)成分は、溶剤または希釈媒である。ここでいう溶剤とは、被膜形成組成物に含まれる溶質全てを溶解できるようなものを意味し、希釈媒とは溶質の全ては溶解しないが、これらを均一に分散させることができるようなものを意味する。本発明で用いることができる(C)成分は、被膜形成組成物に含まれる溶質全てを溶解または均一に分散でき、かつ溶質と反応しない25℃で液状の物質であれば適宜任意のものを用いることができる。当該(C)成分の例としては、ナフテン系炭化水素及びそのハロゲン化物、パラフィン系炭化水素及びそのハロゲン化物、イソパラフィン系炭化水素及びそのハロゲン化物、エーテル化合物、アルコール化合物、フェノール化合物、グリコール化合物、ケトン化合物、エステル化合物、原油分留成分等が挙げられる。なお低分子アルコールやエーテル、アセトン等、系中に水を吸収しやすい化合物からなる物質を選択する場合には、蒸留等により精製して水分をできる限り除去したものを用いることが望ましい。
【0024】
本発明で使用することができる溶剤または希釈媒は、被膜形成組成物に求められる揮発性や作業性、また溶質成分に対する溶解、分散性に応じて適宜選択することができるが、本発明において好適には、ケトン化合物、エステル化合物、エーテル化合物、アルコール化合物、パラフィンまたはイソパラフィン系炭化水素化合物、原油分留成分が望ましく使用することができる。前記ケトン化合物の具体例としては、アセトン、イソプロピルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジイソブチルケトン、シクロヘキサノン等が挙げられ、前記エステル化合物の具体例としては、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸ブチル等が挙げられ、前記エーテル化合物の具体例としては、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、イソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、前記アルコール化合物の具体例としてはメタノール、エタノール、1-プロピルアルコール、2-プロピルアルコール、1-ブタノール、2-ブタノール、tert-ブタノール、ベンジルアルコール等が挙げられ、パラフィン、イソパラフィンまたはナフテン系炭化水素類としては、ペンタン、シクロペンタン、イソペンタン、ヘキサン、イソヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、イソオクタン、デカン等が挙げられ、原油分留成分の具体例としては、各種分留温度のソルベントナフサ等が挙げられ、これらは単独で用いても複数種を併用しても構わない。これらの中でも、前記(A)成分、(B)成分に対する溶解、分散性及び揮発性、臭気等の観点から、エーテル化合物、アルコール化合物、炭化水素化合物がより望ましく、最も好適にはジエチルエーテル、ジブチルエーテルおよびテトラヒドロフランから選ばれるエーテル化合物である。
【0025】
本発明の被膜形成組成物における当該(C)成分の含有量は、前記(A)成分100質量部に対し250~2500質量部の範囲であり、より好適には300~2000質量部の範囲が望ましく、さらに好適には500~1500質量部の範囲が最も望ましい。(C)成分が当該範囲の含有量にあることで、本発明の被膜形成組成物は良好な貯蔵時の安定性と作業性を確保でき、また適切な揮発性を保持することができる。
【0026】
<(D)成分:加水分解触媒>
本発明の被膜形成組成物に含まれる(D)成分は、加水分解触媒である。本発明で用いる当該(D)成分は、被膜形成組成物中に触媒量含ませることにより、前記(A)成分を空気中の湿気などと加水分解反応させて、硬化被膜を形成させるための物質である。本発明の被膜形成組成物中における当該(D)成分の含有量は特段制限されず、触媒量であれば足りるが、好適には前記(A)成分100質量部に対して0.001~20質量部であり、より好適には0.005~10質量部の範囲であることが望ましく、さらに好適には0.01~5質量部の範囲であることが最も望ましい。(D)成分が当該範囲の含有量であることにより、本発明の被膜形成組成物は、適切な反応活性と貯蔵時の安定性を両立させることができる。
【0027】
本発明において当該(D)成分は、加水分解反応に用いる触媒として従来公知の化合物を適宜選択して用いることができ、例えば有機錫化合物、有機亜鉛化合物、有機チタン化合物、有機ジルコニウム化合物、有機アルミニウム化合物、有機ニッケル化合物、無機酸化合物、有機酸化合物、無機塩基化合物、有機塩基化合物等から、反応活性や貯蔵安定性、着色性等の観点から必要な特性の化合物を選定して用いることができる。有機錫化合物としては、ジブチル錫ジラウレート、ジブチル錫ジオクテート、ジブチル錫ジアセテート、ジオクチル錫ジラウレート、ジオクチル錫ジオクテート、ジオクチル錫ジアセテート、ジブチル錫ビスアセチルアセテート、ジオクチル錫ビスアセチルラウレート等を例示することができる。有機亜鉛化合物としては、亜鉛トリアセチルアセトネート、亜鉛-2-エチルヘキソエート、ナフテン酸亜鉛、ステアリン酸亜鉛等を例示することができる。有機チタン化合物としては、テトラブチルチタネート、テトラノニルチタネート、テトラキスエチレングリコールメチルエーテルチタネート、テトラキスエチレングリコールエチルエーテルチタネート、ビス(アセチルアセトニル)ジプロピルチタネート等を例示することができる。有機ジルコニウム化合物としては、ジルコニウムテトラアセチルアセトネート、ジルコニウムトリブトキシアセチルアセトネート、ジルコニウムジブトキシジアセチルアセトネート、ジルコニウムテトラノルマルプロポキシド、ジルコニウムテトライソプロポキシド、ジルコニウムテトラノルマルブトキシド、ジルコニウムアシレート、ジルコニウムトリブトキシステアレート、ジルコニウムオクトエート、ジルコニル(2-エチルヘキサノエート)、ジルコニウム(2-エチルヘキソエート)等を例示することができる。有機アルミニウム化合物としては、オクチル酸アルミニウム、アルミニウムトリアセテート、アルミニウムトリステアレートのようなアルミニウム塩化合物、アルミニウムトリメトキシド、アルミニウムトリエトキシド、アルミニウムトリアリルオキシド、アルミニウムトリフェノキシド等のアルミニウムアルコキシド化合物、アルミニウムメトキシビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムメトキシビス(アセチルアセトネート)、アルミニウムエトキシビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムエトキシビス(アセチルアセトネート)、アルミニウムイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムイソプロポキシビス(メチルアセトアセテート)、アルミニウムイソプロポキシビス(t-ブチルアセトアセテート)、アルミニウムブトキシビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムジメトキシ(エチルアセトアセテート)、アルミニウムジメトキシ(アセチルアセトネート)、アルミニウムジエトキシ(エチルアセトアセテート)、アルミニウムジエトキシ(アセチルアセトネート)、アルミニウムジイソプロポキシ(エチルアセトアセテート)、アルミニウムジイソプロポキシ(メチルアセトアセテート)、アルミニウムトリス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムトリス(アセチルアセトネート)、アルミニウムオクチルアセトアセテートジイソプロプレート等のアルミニウムキレート化合物等を例示することができる。有機ニッケル化合物としては、ニッケル(II)アセチルアセトナート、ニッケル(II)ヘキサフルオロアセチルアセトナート水和物等を例示することができる。
【0028】
無機酸化合物としては、塩酸、リン酸、硫酸、フッ酸等を例示することができる。有機酸化合物としては、p-トルエンスルホン酸、シュウ酸等を例示することができる。無機塩基化合物としては、アンモニアや水酸化ナトリウム等を例示することができる。有機塩基化合物としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノネン-5(DBN)、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセン-7(DBU)等を例示することができ、これらは単独で用いても複数種を併用しても構わない。本発明において当該(D)成分は、基材への影響及び溶解性、着色性等の観点から、有機塩基化合物が好ましく、特に好ましくはアミン化合物である。
【0029】
その他本発明の被膜形成組成物においては、その特性を毀損しない範囲で適宜に任意の添加成分を加えることができる。たとえば、顔料、染料などの着色剤難燃剤、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、蛍光剤、香料、消泡剤、シランカップリング剤等の密着付与剤、界面活性剤、レベリング剤、レオロジーコントロール剤等の添加剤を適量配合しても良い。これらの添加により、本発明の被膜形成組成物に対して、その硬化物の強度等の物性、基材への接着性、難燃性、作業性等を適宜調整することができ、所望の特性を付与することができる。
【0030】
本発明の被膜形成組成物は、コーティング剤として用いることが特に好ましい。当該コーティング剤としては、各種金属、ガラス、セラミックス、樹脂等の基材に対して適用することができるが、撥水・滑水性が特に求められる基材としての観点から、自動車の車体表面への適用が最も好適な利用である。さらに本発明は、前記被膜形成組成物による被膜形成方法にも関する。本発明の被膜形成方法としては特段制限されるものではなく、例えば前記被膜形成組成物を含浸させた繊維を用いた手塗り、刷毛塗り、自動機を用いた機械塗布等、適宜任意の手段を用いることができる。本発明において特に好ましくは、以下手順での適用である。すなわち本発明の被膜形成組成物を、乾燥したスポンジやウェス等の繊維に適量含浸させ、これを手で基材表面に薄く塗り広げ、自然乾燥または乾燥機等を用いた強制乾燥により揮発成分を揮散させる。然る後、別の乾燥した布巾またはマイクロファイバーウェス等により当該被塗布面を拭き上げることで仕上げを行う、という手順である。この際、被膜形成組成物中の反応性成分(A)成分に含まれるシラザン結合(例えば無機シラザンの場合、「SiH2NH」との構造)は、加水分解触媒(D)成分の作用により以下の機構で加水分解反応が進行し、基材上でシロキサン結合(SiO2)の硬化塗膜を形成することとなる。
-(SiH2NH)n-+2H2O→-(SiO2)n-+NH3+2H2
上記反応に先立ち、(B)成分の項で記載した機構に従って前記(B)成分が基材表面に立ち並んだ単分子の層となって疎水膜を形成しているものと想定され、これが(A)成分の塗膜と相補的にネットワークを形成することで、さらに緻密で強固な被膜となって、本発明の作用を奏することとなるのである。前記被膜の膜厚は、概ね0.001~100μmの範囲にあることが望ましく、より好適には0.01~75μmの範囲にあることがさらに望ましく、特に好適には0.1~50μmの範囲にあることが最も望ましい。当該範囲にあることで、良好な撥水性、滑水性、塗工時の作業性と、耐久性、美観を兼ね備えることができる。
【0031】
本発明の被膜形成組成物を各種基材へ適用して、該基材上で被膜を形成することにより、撥水性・滑水性に優れた電気・電子部品、機械部品、輸送機械、日用品等に好適なコーティング層を形成できるにとどまらず、フィルム形成、立体物造形、ポッティング、意匠形成等様々な用途に利用することができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明の効果を詳説するが、これら実施例は本発明の態様の限定を意図するものでは無い。
【0033】
実施例、比較例で調製した各被膜形成組成物(以下、単に「組成物」ともいう)に含まれる原料は、以下に示すものを使用した。
【0034】
(A)成分:ポリシラザン化合物
・KiON HTA1500 rapid cure;AZマテリアル株式会社製品、固形分質量割合約100%の有機ポリシラザン
・トレスマイルANN120-20;AZマテリアル株式会社製品、固形分質量比率が20%の、無機ポリシラザンのジブチルエーテル溶液
(B)成分:分子鎖片末端のみに、カルビノール基、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基から選ばれる官能基を有する、反応性シリコーンオイル及びその比較物質
・X-22-170DX:片末端にカルビノール基を有する反応性シリコーンオイル、官能基当量 4700g/mol 信越シリコーン株式会社製品
・MCR-A11:分子鎖の片末端にアミノ基を有する反応性シリコーンオイル、官能基当量 350g/mol 、Gelest Inc.社製品
・メルカプト:上記X-22-170DX 100gを1リットルのトルエン溶媒と混合させた上でフラスコに仕込み、3-メルカプトプロピルジメチルメトキシシラン12gを加えて5分間攪拌した後、触媒としてジヘキシルアミン0.1gと、2-エチルヘキサン酸0.1gを加え、60℃で2時間攪拌、反応させ、常温に戻した後溶媒を揮散し、さらに不純物を洗浄除去し精製することにより得た、分子鎖の片末端にメルカプト基を有する反応性シリコーンオイル。
(B’)成分:
・X-22-174BX:分子鎖の片末端にメタクリル基を有する反応性シリコーンオイル、官能基当量 2300g/mol 信越シリコーン株式会社製品
・KF-9701:分子鎖の両末端にシラノール基を有する反応性シリコーンオイル、官能基当量 1500g/mol 信越シリコーン株式会社製品
・X-22-4039:分子鎖の側鎖にカルビノール基を有する反応性シリコーンオイル、官能基当量 1000g/mol 信越シリコーン株式会社製品
・KBM-903:3-アミノプロピルトリメトキシシラン、信越シリコーン株式会社製品
・KF-6003:分子鎖の両末端にカルビノール基を有する反応性シリコーンオイル、官能基当量 2500g/mol 信越シリコーン株式会社製品
(C)成分:溶剤または希釈媒
・ジブチルエーテル:東京化成工業株式会社製品
(D)成分:加水分解触媒
・トリエチルアミン:ダイセル株式会社製品
本発明の実施例、比較例にて評価した各被膜形成組成物は、以下手順で調製した。すなわち25℃、50%RH環境下、前記(C)成分を満たしたガラス製容器中に前記(A)成分と前記(B)成分またはその比較物質を順次投入し、さらにここに(D)成分を投入し、10分間攪拌を続けたものをガラス製容器に密封充填した。それぞれの含有量は表1に示した。
【0035】
各の特性は、以下条件にて評価を行った。
【0036】
[試験片の作成方法]
表中に示した各組成物をティッシュペーパーの表面半分が湿る程度の量(約2ml)染み込ませ、黒色塗装板(材質:SPCC-SD、規格:JIS-G-3141、寸法:0.8mm×70mm×150mm、化成電着後片面にアミノアルキド黒色塗装をしたもの、アサヒビーテクノ社製品)に手で薄く塗り拡げ、25℃の室内で10分間静置した後、余剰分を乾いたマイクロファイバー布で拭き取りを行い、これを25℃室内で24時間静置して養生することで試験片を作製した。
【0037】
[撥水性評価方法]
前記試験片それぞれの表面に、イオン交換水をスポイトで1滴(約0.005ml)滴下して、そのときの基材表面に対する水の接触角を、接触角計(DM-500、協和界面科学社製品)を用いて測定し、当該接触角の値を撥水性の指標として評価した。本発明の被膜形成組成物における望ましい接触角は100°以上の値、より好適には105°以上の値である。
【0038】
[滑水性評価方法]
前記試験片それぞれの表面に、イオン交換水をスポイトで1滴(約0.005ml)滴下し、この状態から試験片に対して徐々に傾斜をつけて行き、水滴が流れ始めた角度(滑落角)を測定し、当該滑落角の値を滑水性(水滑落性)の指標として評価した。本発明の被膜形成組成物における滑水性として望ましい滑落角は25°以下の値、より好適には20°以下の値である。
【0039】
【0040】
「NG」:前記条件で作成した試験片の表面が指触にてタック残存することを確認。
【0041】
表1の結果からは、本発明の構成を所定の組成比で含む実施例1~4の組成物は、いずれも良好な撥水性と滑水性、すなわち大きいと接触角値と小さい滑落角値を有していることが確認できた。ここで、(B)成分としてカルビノール基を有する片末端反応性シリコーンオイルである実施例1の組成物は、撥水性、滑水性ともに特に優れた特性となっていることが認められた。他方で(A)成分が無機ポリシラザンであるものは、やや滑水性が劣ることが認められる。また(A)成分に対する(B)成分の含有量が本発明の特定範囲を超過した組成である比較例1では、適切な硬化物を形成することができず、コーティング用の被膜として適切で無いため評価を行えなかった。さらに(B)成分として、本発明の技術範囲に含まれない構造の化合物を用いた組成である比較例2~6及び、該成分を含有しない組成である比較例7は、いずれも本発明の技術範囲に含まれる組成物と比して撥水性、滑水性ともに劣るものであることが確認できた。
【0042】
上記評価の結果より、本発明の被膜形成組成物は、優れた撥水性及び滑水性を有していることから、コーティングに用いる上で必要特性を十分に備えていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の被膜形成組成物は、優れた撥水性や滑水性、密着性を備えているものであり、各種金属鋼板や塗装が施された金属鋼板、ガラス、セラミックス、樹脂等の基材に対して、撥水性、滑水性等の特性を与えるコーティング層を形成する上で好適に用いることができる、有用なものである。