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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-07
(45)【発行日】2023-03-15
(54)【発明の名称】測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20230308BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20230308BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
G01N33/483 E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019107182
(22)【出願日】2019-06-07
(65)【公開番号】P2020201088
(43)【公開日】2020-12-17
【審査請求日】2022-06-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年10月30日札幌市民交流プラザ(北海道札幌市中央区北1条西1丁目)において開催された一般社団法人日本機械学会第9回マイクロ・ナノ工学シンポジウムで公開
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉玖
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
(72)【発明者】
【氏名】三木 則尚
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】神谷 厚輝
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
【審査官】村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/079510(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/096348(WO,A1)
【文献】特開2019-022872(JP,A)
【文献】国際公開第2017/187588(WO,A1)
【文献】特開2014-190891(JP,A)
【文献】国際公開第2018/105123(WO,A1)
【文献】特開2011-002385(JP,A)
【文献】川野 竜司ほか,液滴接触法を利用したチャネル型膜タンパク質のハイスループット機能解析システムの開発,BIO INDUSTRY 1月号,Vol.30,2013年
【文献】大崎 寿久ほか,確率論的バイオセンサの検出迅速化に関する研究,KISTEC研究報告2020,地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所,2020年08月,p.166-168,< URL:http://www.kistec.jp/kistec-manage/wp-content/uploads/2020_annl_rprt_00_all.pdf >
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00-27/10
G01N 27/14-27/24
G01N 33/48-33/98
G01N 15/00-15/14
C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に脂質二重膜を形成する複数のウェルであって、各ウェルが隔壁により隔てられる第1のチャンバーと第2のチャンバーを具備し、前記隔壁内に、前記脂質二重膜を形成する微小透孔が設けられている、複数のウェルと、
前記各ウェルの前記第1のチャンバーに設けられた電極と、前記各第1のチャンバーと前記各第2のチャンバー間に直流電圧を印加する直流電源と、
前記各電極と接続された単一の電流測定手段であって、前記各脂質二重膜に形成される透孔を流れる電流を測定する電流測定手段と、
前記各電極と前記電流測定手段との間にそれぞれ直列に挿入された電気抵抗器、
を具備する測定装置。
【請求項2】
前記電気抵抗器は、前記脂質二重膜の透孔を前記電流が流れる際の電気抵抗値の0.2倍~5倍の電気抵抗値を有する、請求項1記載の測定装置。
【請求項3】
前記電気抵抗器の電気抵抗値が、前記脂質二重膜の透孔を前記電流が流れる際の電気抵抗値の0.5倍~2倍である、請求項2記載の測定装置。
【請求項4】
前記各ウェルを構成する前記第1のチャンバー及び第2のチャンバーが、鉛直方向に重なり、前記脂質二重膜が、前記第1のチャンバー及び第2のチャンバーとの間に水平方向に形成される、請求項1~3のいずれか1項に記載の測定装置。
【請求項5】
前記各ウェルの前記各第1のチャンバーを設けた円板状の固定プレートと、該固定プレートに積層され、前記各ウェルの前記各第2のチャンバーを設けた円板状の上部プレートと、前記各第1のチャンバーと前記各第2のチャンバーの間に設けられた隔壁であって、前記脂質二重膜を形成する微小透孔を有する隔壁とを具備し、前記上部プレートは、前記固定プレートに対して回動可能である、請求項4記載の測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質二重膜に形成された透孔を介して流れる電流を測定する、測定装置に関する。本発明の測定装置は、各種物質のセンサ等に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
近年、膜タンパク質がもつ高度な機能を工学分野におけるセンサとして利用する研究が盛んに行われている。これまでに、疾病診断や環境計測を目的として、microRNAなどの核酸、コカインや農薬、火薬などの化学物質など幅広い物質を標的とした人工細胞膜センサの開発が進められている(特許文献1)。こうした膜や膜タンパク質を活用したセンサの特長として、分子サイズの小型素子であること、高い選択性を持つこと、一分子の分析物を電流計測により検出可能であることが挙げられる。一方で、分析物が膜タンパク質に到達する現象は無作為に起こる確率論的現象であるため、分析物が低濃度であるほど検出に時間を要するようになり、定量分析が困難となる課題がある。
【0003】
上記課題の解決策として、誘電泳動現象や電気化学ポテンシャル勾配を利用して、分析物を膜タンパク質近傍に能動的に集積する方法が提案されている(非特許文献1、非特許文献2)。こうした方法は、従来の分析物の自己拡散に依存した検出に比較して、検出下限値を引き下げることに成功している。ただし、分析物が有する電荷に左右されることから万能ではない。
【0004】
一方、脂質二重膜を形成したウェルを複数並列化し、各ウェルに形成された脂質二重膜の透孔を介して流れる電流を測定することも報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-103055号公報
【文献】特開2014-100672号公報
【0006】
【文献】Josip Ivica et al., "Salt Gradient Modulation of MicroRNA Translocation through a Biological Nanopore", Anal. Chem., 89, 8822-8829, 2017.
【文献】Kevin J Freedman et al., "Nanopore sensing at ultra-low concentrations using single-molecule dielectrophoretic trapping", Nat. Commun., 7, 10217, 2016.
【文献】Qitao Zhao et al., "Stochastic sensing of biomolecules in a nanopore sensor array", Nanotechnology, 19, 505504, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
脂質二重膜を形成したウェルを複数並列化し、各ウェルに形成された脂質二重膜の透孔を介して流れる電流を測定することにより、測定時間の短縮や定量化が可能であると考えられる。しかしながら、脂質二重膜は壊れやすいという問題を持っている。複数のウェルを並列化し、1つの電流測定手段によって複数のウェルを流れる電流を測定する場合、1つのウェルで脂質二重膜が壊れると、電流測定手段がオーバーフローするという問題がある。すなわち、脂質二重膜に形成された、チャネルタンパク質のチャネルのような透孔内をイオンが流れる場合、その電気抵抗は大きく、1GΩ程度である。電流測定手段は、この1GΩの電気抵抗を流れる微弱なイオン電流を測定するようにセッティングされている。ところが、脂質二重膜自体が破壊されると、イオンは自由にチャンバー間を流れることができるようになり、このため、そのウェルでは、電気抵抗がほぼゼロとなり、大きなイオン電流が流れる。このため、1GΩの電気抵抗を流れる微弱なイオン電流を測定するようにセッティングされている電流測定手段がオーバーフロー(振り切れ)してしまう。このように、複数のウェルの1つで脂質二重膜の破壊が起きると、その後の測定はできなくなる。
【0008】
本発明の目的は、脂質二重膜が形成される複数のウェルを並列化した測定装置であって、複数のウェルのうちの一部で脂質二重膜の破壊が起きても、測定を続行できる測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、各ウェル内に設けられる電極と、電流測定手段との間に、電気抵抗器を直列に接続することにより、複数のウェルのうちの一部で脂質二重膜の破壊が起きても、測定が続行可能となることに想到し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
(1) 内部に脂質二重膜を形成する複数のウェルであって、各ウェルが隔壁により隔てられる第1のチャンバーと第2のチャンバーを具備し、前記隔壁内に、前記脂質二重膜を形成する微小透孔が設けられている、複数のウェルと、
前記各ウェルの前記第1のチャンバーに設けられた電極と、前記各第1のチャンバーと前記各第2のチャンバー間に直流電圧を印加する直流電源と、
前記各電極と接続された単一の電流測定手段であって、前記各脂質二重膜に形成される透孔を流れる電流を測定する電流測定手段と、
前記各電極と前記電流測定手段との間にそれぞれ直列に挿入された電気抵抗器、
を具備する測定装置。
(2) 前記電気抵抗器は、前記脂質二重膜の透孔を前記電流が流れる際の電気抵抗値の0.2倍~5倍の電気抵抗値を有する、(1)記載の測定装置。
(3) 前記電気抵抗器の電気抵抗値が、前記脂質二重膜の透孔を前記電流が流れる際の電気抵抗値の0.5倍~2倍である、(2)記載の測定装置。
(4) 前記各ウェルを構成する前記第1のチャンバー及び第2のチャンバーが、鉛直方向に重なり、前記脂質二重膜が、前記第1のチャンバー及び第2のチャンバーとの間に水平方向に形成される、(1)~(3)のいずれか1項に記載の測定装置。
(5) 前記各ウェルの前記各第1のチャンバーを設けた円板状の固定プレートと、該固定プレートに積層され、前記各ウェルの前記各第2のチャンバーを設けた円板状の上部プレートと、前記各第1のチャンバーと前記各第2のチャンバーの間に設けられた隔壁であって、前記脂質二重膜を形成する微小透孔を有する隔壁とを具備し、前記上部プレートは、前記固定プレートに対して回動可能である、(4)記載の測定装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明の測定装置によれば、複数のウェルのうちの一部で脂質二重膜の破壊が起きても、電流測定手段がオーバーフローせず、かつ、測定された電流の増加が、脂質二重膜の破壊に起因するものか、標的物質の正常な検出によるものかを識別することができるので、測定作業を続行することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(a)は、本発明の好ましい1実施形態になる測定装置の要部の平面図、(b)は、該装置に含まれる固定プレートとその周辺の平面図、(c)は該装置に含まれる上部プレートの平面図である。
図2】本発明の好ましい1実施形態における、各ウェルの模式断面図である。
図3】本発明の好ましい1実施形態における、脂質二重膜形成部の分解斜視図である。
図4】本発明の好ましい1実施形態における、4つのウェルとその回路を模式的に示す図である。
図5】下記実施例において測定された電流の測定結果を示す図であり、(a)が横軸に電流、縦軸にデータポイント数をとったグラフ、(b)が横軸に時間、縦軸に電流値をとったグラフ、(c)が(a)及び(b)中の (i)~(v)の状態における各ウェル中の脂質二重膜の状態を示す。なおpfPは、α-ヘモリシン等の、ポア(透孔)形成性タンパク質(pore-forming protein)を意味し、(c)中の#2及び#3では、pfPが脂質二重膜中に再構成されたことを示している。
図6図6の(a)は、脂質二重膜中にpfPが再構成されて電流値が増大する場合の、横軸に時間、縦軸に電流値をとったグラフを示し、(b)は、脂質二重膜が破壊されて電流値が増大する場合の、横軸に時間、縦軸に電流値をとったグラフを示す。
図7図7の(a)は、脂質二重膜中に再構成したpfPの数を横軸に、電流の増加値を縦軸にとったヒストグラムを示し、(b)は、横軸に時間、縦軸に電流値をとったグラフ、(c)は横軸に電流、縦軸にデータポイント数をとったグラフである。
図8】下記実施例において測定された電流の測定結果を示す図であり、(a)が横軸に電流、縦軸にデータポイント数をとったグラフ、(b)が横軸に時間、縦軸に電流値をとったグラフ、(c)が(a)及び(b)中の (i)~(v)の状態における各ウェル中の脂質二重膜の状態を示す。
図9】ウェルの数を1個(比較例)、4個又は16個とした場合の、各種濃度のα-ヘモリシンを検出するまでに要した時間を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい1実施形態を図面を参照して説明する。なお、各図面に示される各部分の寸法比率は、実際のものとは異なる。
【0014】
本発明の好ましい1実施形態になる測定装置の要部の平面図を図1(a)に、該装置に含まれる固定プレートとその周辺の平面図を図1(b)に、該装置に含まれる上部プレートの平面図を図1(c)に示す。図1(a)中、破線で囲まれた部分が脂質二重膜形成部であり、参照番号10がウェルである。ウェルは、この具体例では、16個形成されている。各ウェルは、導線12を介して電気抵抗器14に接続されている。各電気抵抗器14は、導線を介して図示しない増幅器に接続されている。なお、図示の具体例では、4個のウェルからの導線12をまとめて、1本の導線で増幅器に接続しており、4個のウェルが1組となっているが、必ずしもこの形態をとる必要はなく、各ウェルが増幅器に接続されていればよい。
【0015】
図2に、各ウェルの模式断面図を示す。ウェル10は、円板状の固定プレート18内に形成された第1のチャンバー20と、円板状の上部プレート22内に形成された第2のチャンバー24とを具備する。なお、第2のチャンバー24は、上部プレート22内に設けられた透孔により構成される。このため、第2のチャンバー24の深さは、上部プレートの厚みと同じである。第1のチャンバー20と第2のチャンバー24とは、隔壁26により分離されており、隔壁26内には、微小透孔28が形成されている。後述のように、この微小透孔28内に脂質二重膜が水平方向に形成される。第1のチャンバー20の底部には、電極30が設けられ、この電極30が、導線12を介して電気抵抗器14に接続される(図1(a)参照)。
【0016】
図3は、脂質二重膜形成部の分解斜視図である。図示のように、固定プレート18上に隔壁26、その上に上部プレート22が積層される。なお、隔壁26は上部プレート22の底面に固着しておくのが組立上、便利である。この場合、上部プレート22中の各第2のチャンバー20の真下に隔壁26の微小透孔28が位置するように固着する。上部プレート22は円板状であり、16個の透孔が設けられ、これらの透孔が上記した第2のチャンバー24を構成する。なお、後で、第1のチャンバー20と第2のチャンバー24を重ね合わす必要があるので、固定プレート18における第1のチャンバー20の位置及びサイズと、上部プレート22における第1のチャンバー(透孔)の位置及びサイズは一致させる。上部プレート22の周縁には、周壁32が設けられおり、周壁32の内側に液を貯めることができるようになっている。また、周壁32には、第2の電極33が設けられており、前記電極30と協働して第1のチャンバー20と第2のチャンバー24との間に直流電圧を印加できるようになっている。一方、固定プレート18も円板状であり、その周縁には、上部プレート22の周壁32に外接する周壁34が形成されている。
【0017】
図4には、4つのウェルとその回路を模式的に示す。なお、図4は、脂質二重膜36が各ウェル内に形成された状態を示している。各ウェル(図4では#1、#2、#3、#4と表示)の各第1のチャンバー20の底部に設けられた各電極30は、各電気抵抗器14に接続され、4つの電気抵抗器14が一本の導線を介して直流電源38に接続され、さらにこの直流電源38は電流測定手段40に接続され、電流測定手段40は、前記第2の電極33に接続されている。第2の電極33は、接地されている。電流測定手段40としては、例えば、脂質二重膜を介して流れる膜電流の測定に常用されている、市販のパッチクランプ増幅器(特許文献1)を利用することができるがこれに限定されるものではない。図4に示す4つの各ウェルの脂質二重膜36に、透孔(チャネル又はナノポア)を有するチャネルタンパク質が再構成されて脂質二重膜36内に透孔が形成されると、各透孔に電流(それぞれI1、I2、I3、I4)が流れ、これらが1つにまとめられて、合計I1+I2+I3+I4の電流が単一の電流測定手段40により計測される。なお、脂質二重膜の透孔は、上記のようなチャネルタンパク質の再構成により形成される透孔に限定されるものではなく、例えば、標的物質と脂質二重膜との相互作用により脂質二重膜中に形成された透孔等、他の方法で脂質二重膜中に形成されたものでもよい。
【0018】
上記本発明の測定装置において、電気抵抗器14の電気抵抗値は、一部のウェルで脂質二重膜の破壊が起きた場合でも、電流測定手段がオーバーフローせず、かつ、脂質二重膜内の透孔を介して流れる電流が正確に測定できる電気抵抗値であれば特に限定されないが、好ましくは、脂質二重膜の透孔を電流が流れる際の電気抵抗値の0.2倍~5倍であり、さらに好ましくは0.5倍~2倍、最も好ましくは約1倍である。この電気抵抗値をこのように設定することにより、脂質二重膜の破壊による電流増加と、脂質二重膜中に形成される透孔を流れる電流による電流増加とをより明確に区別することが可能になる。例えば、下記実施例では、脂質二重膜中の透孔を、チャネルタンパク質であるα-ヘモリシンのチャネルにより形成しているが、α-ヘモリシンのチャネル内をイオン電流が流れる際の電気抵抗は約1GΩである。この場合、各電気抵抗器14の電気抵抗値は、この電気抵抗値の0.2倍~5倍であり、好ましくは0.5倍~2倍、さらに好ましくは約1倍、すなわち、0.2GΩ~5GΩ、好ましくは0.5GΩ~2GΩ、最も好ましくは1GΩに設定する。各電気抵抗器14の電気抵抗値を1GΩに設定した場合、脂質二重膜に形成された透孔を介してイオン電流が流れる場合には、脂質二重膜の透孔を流れる際の膜抵抗1GΩと、電気抵抗器14の抵抗1GΩの合計2GΩの抵抗の中を電流が流れることになる。一方、いずれかのウェルで脂質二重膜の破壊が起きた場合には、そのウェルの抵抗値はほぼゼロとなり、電気抵抗器14の抵抗値1GΩのみとなる。このため、脂質二重膜の破壊が起きた場合の電流増加は、チャネルタンパク質の再構成により透孔が形成された場合の電流増加の2倍になるので、脂質二重膜の破壊による電流増加と、脂質二重膜中に形成される透孔を流れる電流による電流増加とをより明確に区別することが可能になる。もっとも、脂質二重膜の破壊による電流増加の場合には、横軸に時間を取ると、電流が垂直に増加するのに対し、チャネルタンパク質のチャネルを電流が流れる場合には、電流値は垂直には立ち上がらずに、曲線を描いてゆっくり増大する(下記実施例参照)。このため、横軸に時間をとった場合の電流増加曲線の形状によっても区別が可能である。
【0019】
一方、本発明の重要な特徴である電気抵抗器14を設けない場合、すなわち、単純に複数のウェルを並列化した場合には、1つのウェルで脂質二重膜破壊が起きると、そのウェルの抵抗値がほぼゼロとなり、電気抵抗器も存在しないので、そのウェルを含む回路の合計抵抗値はほぼゼロとなり、非常に大きな電流が流れてしまう。このため、微小電流を測定するように設定されている電流測定手段40がオーバーフローしてしまい、測定ができなくなる。
【0020】
なお、装置の寸法は、適切に電流測定ができるのであれば特に限定されないが、ウェルの直径は、通常、1mm~10mm、好ましくは2mm~5mm、第1のチャンバーの深さは、通常、1mm~10mm、好ましくは2mm~5mm、第2のチャンバーの深さ(すなわち、上部プレートの厚み)は通常、1mm~20mm、好ましくは2mm~10mm、隔壁の厚みは、通常、1μm~500μm、好ましくは5μm~100μm、隔壁内の微小透孔の直径は通常、10μm~1000μm、好ましくは25μm~600μmである。
【0021】
使用の際には、まず、固定プレート内に形成されている各第1のチャンバー内に、KCl含有PBS緩衝液のような、塩含有緩衝液(バッファー)を入れる。次に、その上に、ジフィタノイルホスファチジルコリン(DPhPC)のn-デカン溶液のような脂質膜形成性オイルを積層する。この状態で、底面に隔壁26を固着した上部プレート22を、固定プレート上に積層する。この際、第2のチャンバー24が、第1のチャンバー20上に重ならない位置を選んで積層する。この状態で、上部プレートの全面上に、α-ヘモリシンのようなチャネルタンパク質とKClのような塩を含有する第2のバッファーを入れる。そうすると、全ての第2のチャンバーが同時に該バッファーで満たされ、第2の電極33も該バッファーに浸漬される。
【0022】
この状態で、上部プレート22を手動で回転させ、各第1のチャンバーの真上に各第2のチャンバーが来るようにする。そうすると、第1のチャンバー20と第2のチャンバー24が、隔壁26内の微小透孔28を介して接続され、微小透孔28に自動的に脂質二重膜が形成される。この脂質二重膜の形成方法自体は、液滴接触法と呼ばれる周知の脂質二重膜形成方法である(特許文献1)。この状態で保持すると、前記第2のバッファー中に含まれるチャネルタンパク質が、自動的に脂質二重膜中に再構成され、脂質二重膜中に透孔(チャネルタンパク質のチャネル)が形成される。この状態で、図4に示されるように、直流電源38により、第1のチャンバー20と第2のチャンバー24に直流電圧を印加すると、脂質二重膜内に形成された透孔の中をイオンが流れ、イオン電流が計測される。
【0023】
この装置を所望の標的物質を定量するためのセンサとして用いる場合、次のようにして標的物質を定量することができる。標的物質が透孔を通過あるいは閉塞しイオン電流を妨げる場合、その閉塞電流を観測することで標的物質の検知を行うことができる。より選択性を持たせるために標的物質特異的に複合体を形成する核酸(DNAあるいはRNA)を用いることもできる(特許文献1)。この場合、標的物質と核酸の複合体が透孔を閉塞するため、その電流低下により標的物質を検知できる。リガンド結合型イオンチャネルのように、標的物質が結合することでイオンチャネル(透孔)の構造が変化し、イオン電流の増加または減少が生じる場合には、イオン電流の観測により標的物質の検知を行うことができる。あるいは、標的物質自体が脂質二重膜と相互作用することで膜に透孔が生じる場合には、膜を介したイオン電流を計測することで標的物質の検知を行うことができる。本発明による装置の場合、複数のウェルの状態を観測できるため、低濃度領域においても十分な頻度で標的物質の検出ができると期待できる。標的物質の濃度と検出頻度には相関関係があるため、本発明による装置はより迅速かつ精度良く標的物質の濃度を定量できると考えられる。さらに、複数のウェルのいずれかで脂質二重膜の破壊が起こったとしても、計測器がオーバーフローすることなく観測を継続可能である。
【0024】
なお、上記実施形態では、第1のチャンバーと第2のチャンバーを鉛直方向に上下に配置したが、周知のダブルウェルチャンバーのように、水平方向に両チャンバーを配置することも可能である。もっとも、両チャンバーを鉛直方向に配置する方が、ウェルの面積を小さくすることができて複数のウェルを並列化して並べる場合に装置の小型化に有利であり、さらに、第1のチャンバーに脂質膜形成性オイルを入れる際も、第2のチャンバーにバッファーを入れる際も、固定プレート又は上部プレートの全面上に各溶液を入れることにより、1回の操作で全ての第1又は第2のチャンバーに対して同時に各溶液を入れることができるので簡便である。また、上部プレートを回動可能として、上記の実施形態のように手動あるいは自動により第2のチャンバーの位置を変更することを可能とすることにより、脂質二重膜が破壊された後に、脂質二重膜の再形成がしやすくなっている。すなわち、脂質二重膜の再形成は、液滴接触法の原理に倣い、液滴を一端引き離し再度接触させることにより行うことができる(特許文献2)。
【0025】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0026】
1. 測定装置の作製
図1図4に示す装置を作製した。すなわち、液滴を保持するための直径2 mmの第1のチャンバーを16個配列した固定プレートと、同様に配列した直径2 mmの透孔(第2のチャンバー)を持つ上部プレートをアクリル板からNC精密加工機を用いて作製した。これらの2つのプレートの間には、直径400μmの微小透孔を持つアクリルフィルムを上部プレートの底面に接着剤で固定した。この際、第2のチャンバーの真下に、微小透孔が来るようにアクリルフィルムを固定した。また、固定プレートの第1のチャンバー底面に銀/塩化銀電極を取り付け、それぞれの配線上に1GΩの抵抗を直列に接続した。これらを並列に束ねて計測器(商品名:FLEX-16 Bilayer テセラ社)に接続した(図4参照)。
【0027】
2. 脂質二重膜の形成
以下の手順により、脂質二重膜を形成した。
1) 固定プレートのすべての第1のチャンバーを緩衝液(1M KCl含有PBS)でそれぞれ満たした。
2) リン脂質が分散している有機溶媒(DPhPC/n-デカン)を第1のチャンバーが配列された一面に流し込んだ。
3) 上部プレートを、固定プレートの上から上下のウェルが重なり合わないように、固定プレート上に積層した。
4) 本実施例における標的物質であるα-ヘモリシン(αHL)を含む緩衝液(1M KCl含有PBS)を上部プレートに滴下し満たした。
5) 上部プレートを手で回して、第1のチャンバーと第2のチャンバーが重なり合うようにした。これで脂質二重膜が形成される。
【0028】
3. αHLの検出
標的物質であるαHLは、脂質二重膜に対して再構成しナノメートルサイズの透孔(ポア)を形成する。このナノポア形成が脂質二重膜の抵抗値の低下を引き起こすため、脂質二重膜間に電圧を印加し、ナノポアを透過するイオン電流を測定することで標的物質αHLの検出を行った。まず、脂質二重膜の形成について、膜が形成されると膜のイオン電導性は非常に低いため、イオン電流はほぼ流れず、電流値は0付近を示す。膜形成後、αHLは自発的に膜に再構成される。ナノポアは1 M KCl水溶液において1 nSのコンダクタンスに相当する電流を透過する。すなわち、印加電圧が100 mVのとき、ナノポアが1つ再構成されるごとに100 pA程度のステップ状の電流値上昇が見られる。
【0029】
〈実験条件〉
印加電圧:100 mV
緩衝液:100 mM リン酸緩衝液(pH7.9)、1M KCl
DPhPC/n-デカン:5mg/ml
αHL:10 nM、 1 nM、 0.1 nM
サンプリング周波数:5 kHz
ローパスフィルタ:1 kHz
【0030】
4. 結果
(1) シグナル(標的物質の検出)と膜破裂の判別
電流の測定結果を図5に示す。図5中、(a)が電流の測定結果(横軸に電流、縦軸にデータポイント数をとったグラフ)、(b)が横軸に時間、縦軸に電流をとった、電流値の経時変化を示す。(c)は、(a)及び(b)における(i)~(v)の状態における、推測される各ウェルの膜の状態を示す図である。
【0031】
αHL検出時は緩やかな電流値上昇が、膜破裂時には急峻な電流上昇が生じるため、両者を判別できる。この電流上昇の差異は、本系を電気回路としてモデル化することで理解できる。本系は、脂質二重膜はコンデンサと抵抗が並列に接続された素子であり、これに1GΩ抵抗器が直列に接続された回路で表される。
【0032】
αHL検出時の緩やかな電流値上昇は、脂質二重膜の静電容量成分に充電された電荷の放電電流に起因する。まず脂質二重膜形成時は、膜(コンデンサ)には電荷が蓄えられ、膜の抵抗は10GΩを越えるため、電流値はほぼ0と見なすことができる。この状態では、1GΩ抵抗器の有無の影響はない。しかし、αHLが1つ再構成(検出)されると、膜の抵抗が1GΩに低下する。回路全体に100 mVが印加されている場合、αHL再構成前は膜部分には100 mVの大部分の電圧が分配されているが、αHL 再構成に伴い膜抵抗が1 GΩに低下すると、直列に配置された1GΩ抵抗器と電圧を分配しあい、膜には50 mVの電圧しかかからなくなる。すなわち、膜では50 mVの電圧降下が即座に起こり、コンデンサに蓄えられていた電荷が放電される。この放電電流は回路全体に流れる電流とは逆方向に流れるので、結果として、回路全体に流れる電流を打ち消す働きをする(図6(a))。一方で、膜破裂時には瞬時にコンデンサと抵抗の並列回路が消失するため、1 GΩ抵抗器のみの単純な回路となり、100 mV印加時には100 pAへの電流上昇が即座に起こる(図6(b))。
【0033】
(2) 電流上昇値の変化(図7
図7(a)は、横軸に再構成したαHLの数、縦軸に電流値の増加分を取ったヒストグラムである。図7(b)は、横軸に時間、縦軸に電流値をとったグラフである。図7(c)は、横軸に測定された電流値、縦軸にデータポイントの数をとったグラフである。
【0034】
本実施例の並列化方法では、複数のαHLが再構成されたとき、その直前までに再構成されているαHLの数によって電流上昇値が変化する特徴をもつ。n個目のαHLが再構成されたときの抵抗値Rは以下の式より求められる。
【0035】
【数1】
【0036】
すなわち、理論的には100 mVの電圧を印加したとき、1個目は50 mV、2個目はおよそ17 mV、3個目はおよそ10 mVの上昇が観測される。αHLが多数再構成された場合、1センサ素子の電流値は100 pAに収束する。この電流上昇値から特定の膜におけるαHLの数を確認できる。また、膜破裂が生じた場合、100 pAから電流上昇値を引くことで、破裂が生じた膜に再構成されていたαHLの数を求めることができる。
【0037】
(3) 複数の膜の経時的変化
図8は、図5と同様な図であり、図5とは別の測定結果を示す図である。また、上記した図7の(b)(c)にも同様な図が記載されている。
【0038】
上記の2つの性質から、複数の膜に対して、それぞれの膜の状態の経時的変化を観測することができる。
(i) 電流値の上昇が急峻か緩やかかで、膜破裂とαHL検出を判別できる。
(ii) 膜破裂の場合、100 pAから電流上昇値を引くことで、何個のαHLが再構成されている膜が破裂したかを求めることができる。
(iii) αHL検出の場合、電流上昇値から、何個目のαHLが再構成されたのかを求めることできる。
【0039】
(4) 並列化による検出時間の迅速化(図9
αHLの検出時間を、脂質二重膜が形成されてから初めてαHLが再構成されるまでの時間と定義する。図9に示す通り、標的物質であるαHL濃度が低くなるにつれて検出時間の平均値は長時間化し、検出時間の分散も大きくなる。しかしながら、本実施例の装置を用いた脂質二重膜の並列化を行うことにより、並列化されたセンサ素子数の増加とともに検出時間の平均値と標準偏差が小さくなることが確認できた。なお、図9中、各グラフにおける左端の列が単一ウェル(比較例)、中央の列が、4個のウェルで測定した場合、右端の列が16個のウェルで測定した場合の結果を示しており、ウェル数が増えるほど、検出までの時間が短くなる。
【符号の説明】
【0040】
10 ウェル
12 導線
14 電気抵抗器
18 固定プレート
20 第1のチャンバー
22 上部プレート
24 第2のチャンバー
26 隔壁
28 微小透孔
30 電極
32 周壁
33 第2の電極
34 周壁
36 脂質二重膜
28 直流電源
40 電流測定手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9