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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-07
(45)【発行日】2023-03-15
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20230308BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230308BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20230308BHJP
   B62D 117/00 20060101ALN20230308BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20230308BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20230308BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D119:00
B62D117:00
B62D113:00
B62D101:00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019089991
(22)【出願日】2019-05-10
(65)【公開番号】P2020185824
(43)【公開日】2020-11-19
【審査請求日】2021-11-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000929
【氏名又は名称】KYB株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 友哉
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 智幸
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 和弘
【審査官】村山 禎恒
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-034902(JP,A)
【文献】特開2002-029441(JP,A)
【文献】特開2007-125944(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00-6/10
B62D 5/04
B62D 101/00
B62D 113/00
B62D 117/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動パワーステアリング装置であって、
運転者によって操舵されるステアリング部材に連結され、運転者による前記ステアリング部材の操舵に伴って回転するステアリングシャフトと、
前記ステアリングシャフトに回転トルクを付与する電動モータと、
前記ステアリング部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部と、
前記操舵トルクに基づいてアシストベース電流値を演算するアシストベース電流演算部と、
前記ステアリング部材の操舵速度に関連する値に基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値を演算する静止摩擦補償電流演算部と、
前記静止摩擦補償電流値によって前記アシストベース電流値を補正し、制御電流値を演算する制御電流演算部と、
前記制御電流値に基づき前記電動モータを制御するモータ制御部と、
前記ステアリング部材の操舵状態を判定する操舵状態判定部と、を備え、
前記静止摩擦補償電流値は、前記操舵トルクが増加するときには前記アシストベース電流値を増加させるように設定され、前記操舵トルクが減少するときには前記アシストベース電流値を減少させるように設定され、
前記静止摩擦補償電流値は、前記操舵状態が戻し状態である場合に、前記操舵状態が切り込み状態である場合よりも大きい
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置であって、
前記操舵速度に関連する値は、前記操舵トルクの時間変化率であり、
前記静止摩擦補償電流演算部は、車速検出部で検出された車速の増加に応じて増加する車速係数、及び、前記操舵トルクの時間変化率に基づいて、前記静止摩擦補償電流値を演算し、
前記車速係数は、前記操舵状態が戻し状態である場合に、前記操舵状態が切り込み状態である場合よりも前記静止摩擦補償電流値が大きくなるように設定される
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電動パワーステアリング装置であって、
前記ステアリング部材の操舵角を検出する操舵角検出部をさらに備え、
前記静止摩擦補償電流演算部は、前記操舵角が所定角度以上の場合に、前記操舵角が前記所定角度未満の場合に比べて、前記静止摩擦補償電流値を小さくする処理部を備える
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、操舵状態が切り込み状態である場合に、操舵トルクに基づいて演算された切り込み時電流値をアシスト電流値として出力し、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵トルクに基づいて演算された戻し時電流値をアシスト電流値として出力する車両用操舵装置(電動パワーステアリング装置)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2010-274822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の電動パワーステアリング装置では、操舵トルクに基づきアシスト電流値を決定しており、操舵速度に関連する値が加味されていないため、操舵速度によって操舵力にばらつきが生じるおそれがある。
【0005】
ここで、操舵速度に関連する値を加味してアシスト電流値を決定することが考えられる。しかしながら、切り込み操舵時と戻し操舵時とで、操舵速度に関連する値を同様に加味してアシスト電流値を決定した場合、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じたばらつきを適切に抑制することができないおそれがある。例えば、切り込み操舵において操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができたとしても、戻し操舵において操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができないおそれがある。
【0006】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、電動パワーステアリング装置であって、運転者によって操舵されるステアリング部材に連結され、運転者によるステアリング部材の操舵に伴って回転するステアリングシャフトと、ステアリングシャフトに回転トルクを付与する電動モータと、ステアリング部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部と、操舵トルクに基づいてアシストベース電流値を演算するアシストベース電流演算部と、ステアリング部材の操舵速度に関連する値に基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値を演算する静止摩擦補償電流演算部と、静止摩擦補償電流値によってアシストベース電流値を補正し、制御電流値を演算する制御電流演算部と、制御電流値に基づき電動モータを制御するモータ制御部と、ステアリング部材の操舵状態を判定する操舵状態判定部と、を備え、静止摩擦補償電流値は、操舵トルクが増加するときにはアシストベース電流値を増加させるように設定され、操舵トルクが減少するときにはアシストベース電流値を減少させるように設定され、静止摩擦補償電流値は、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも大きいことを特徴とする。
【0008】
この発明では、操舵速度に関連する値に基づき制御電流値を演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。また、切り込み操舵と戻し操舵のそれぞれにおいて、適切な静止摩擦補償電流値を設定することができるので、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。特に、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値が大きくなるようにしたので、ステアリング部材を切り込んだ後の戻し操舵の際に制御電流値を速やかに低下させ、操舵トルクの急減を防止することができる。その結果、戻しの操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、戻し操舵の際の操舵フィーリングを向上することができる。
【0009】
本発明は、操舵速度に関連する値が、操舵トルクの時間変化率であり、静止摩擦補償電流演算部が、車速検出部で検出された車速の増加に応じて増加する車速係数、及び、操舵トルクの時間変化率に基づいて、静止摩擦補償電流値を演算し、車速係数が、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値が大きくなるように設定されることを特徴とする。
【0010】
この発明では、車速の増加に応じて増加する車速係数に基づいて、静止摩擦補償電流値を演算するので、車速に応じた操舵力のばらつきを抑制することができ、操舵フィーリングをさらに向上することができる。
【0011】
本発明は、ステアリング部材の操舵角を検出する操舵角検出部をさらに備え、静止摩擦補償電流演算部が、操舵角が所定角度以上の場合に、操舵角が所定角度未満の場合に比べて、静止摩擦補償電流値を小さくする処理部を備えることを特徴とする。
【0012】
この発明では、操舵角が所定角度未満の場合に、戻し操舵の際の操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵角が所定角度以上の場合に、運転者に対する反力感が大きくなり過ぎることを抑制できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の第1実施形態に係る電動パワーステアリング装置の構成図である。
図2】本発明の第1実施形態に係る電動パワーステアリング装置のブロック図である。
図3】本発明の第1実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部の機能ブロック図である。
図4A】本実施形態の比較例に係る電動パワーステアリング装置の操舵角のタイムチャートである。
図4B】本実施形態の比較例に係る電動パワーステアリング装置の操舵力のタイムチャートである。
図5】本発明の第2実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部の機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<第1実施形態>
図1図4Bを参照して、本発明の第1実施形態に係る電動パワーステアリング装置100について説明する。
【0016】
図1は、電動パワーステアリング装置100の構成図である。図1に示すように、電動パワーステアリング装置100は、運転者によって操舵されるステアリング部材としてのステアリングホイール1に連結され、運転者によるステアリングホイール1の操舵(以下、「ステアリング操舵」と称する。)に伴って回転する入力シャフト2と、車輪6を転舵するラック軸5と、ラック軸5に連係する出力シャフト3と、入力シャフト2と出力シャフト3を連結するトーションバー4と、を備える。入力シャフト2、出力シャフト3、及びトーションバー4によってステアリングシャフト7が構成される。
【0017】
出力シャフト3の下部には、ラック軸5に形成されたラックギヤ5aと噛み合うピニオンギヤ3aが形成される。ステアリングホイール1が操舵されると、ステアリングシャフト7が回転し、その回転がピニオンギヤ3a及びラックギヤ5aによってラック軸5の直線運動に変換され、ナックルアーム14を介して車輪6が転舵される。
【0018】
電動パワーステアリング装置100は、運転者によるステアリングホイール1の操舵を補助するための動力源である電動モータ10と、電動モータ10の回転を出力シャフト3に減速して伝達する減速機11と、運転者によるステアリング操舵に伴う入力シャフト2と出力シャフト3との相対回転によってトーションバー4に作用する操舵トルクを検出するトルクセンサ12と、電動モータ10を制御するコントローラ30と、をさらに備える。
【0019】
電動モータ10には、電動モータ10の回転角度を取得するモータ回転角センサ10aが設けられる。モータ回転角センサ10aは、レゾルバによって構成される。
【0020】
減速機11は、電動モータ10の出力軸に連結されるウォームシャフト11aと、出力シャフト3に連結されウォームシャフト11aに噛み合うウォームホイール11bと、を有する。電動モータ10が出力するトルクは、ウォームシャフト11aからウォームホイール11bに伝達されて出力シャフト3に付与される。
【0021】
トルクセンサ12は、ステアリングホイール1から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部である。運転者によるステアリング操舵に伴って入力シャフト2に付与される操舵トルクはトルクセンサ12によって検出され、トルクセンサ12はその操舵トルクに対応する信号をコントローラ30に出力する。トルクセンサ12は、トーションバー4に付与される操舵トルクを入力シャフト2と出力シャフト3の相対回転に基づいて検出する。
【0022】
トルクセンサ12は、入力シャフト2と出力シャフト3の相対回転がない場合には、操舵トルクとして0[Nm]を出力する。また、トーションバー4が右側にねじれている場合には+(正)の符号の操舵トルクを出力し、ステアリングホイール1が左側にねじれている場合には-(負)の符号の操舵トルクを出力する。
【0023】
コントローラ30は、後述するように、トルクセンサ12からの検出結果に基づいて電動モータ10に対する制御電流値(目標電流値)を演算し、電動モータ10によって所定のトルクを発生させるように、電動モータ10の駆動を制御する。電動モータ10は、減速機11を介して、ステアリングシャフト7に回転トルクを付与する。このように、電動パワーステアリング装置100は、ステアリングホイール1から入力シャフト2に入力される操舵トルクをトルクセンサ12によって検出し、その検出結果に基づいてコントローラ30が電動モータ10を駆動することにより、運転者によるステアリングホイール1の操舵を補助する。
【0024】
入力シャフト2には、ステアリングホイール1の回転角度である操舵角を検出する操舵角検出部としての操舵角センサ15が設けられる。入力シャフト2の回転角度とステアリングホイール1の操舵角とは等しい。このため、操舵角センサ15にて入力シャフト2の回転角度を検出することによって、ステアリングホイール1の操舵角が得られる。操舵角センサ15の検出結果はコントローラ30に出力される。
【0025】
操舵角センサ15は、図示しないが、例えば、入力シャフト2と一体に回転するセンターギアと、センターギアに噛み合う2つのアウターギアと、を備え、2つのアウターギアの回転に伴う磁束の変化に基づいて、センターギアの回転角度、すなわち入力シャフト2の回転角度を演算するものである。
【0026】
操舵角センサ15は、ステアリングホイール1が中立位置の場合には操舵角として0[°]を出力する。また、ステアリングホイール1が中立位置から右方向に操舵される場合には、ステアリングホイール1の回転に応じて+(正)の符号の操舵角を出力する。一方、ステアリングホイール1が中立位置から左方向に操舵される場合には、ステアリングホイール1の回転に応じて-(負)の符号の操舵角を出力する。
【0027】
コントローラ30には、自車両の走行速度(以下、車速と記す)を検出する車速検出部としての車速センサ16の検出結果が入力される。
【0028】
コントローラ30は、動作回路としてのCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等の記憶部及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)、その他の周辺回路を備えたマイクロコンピュータで構成される。コントローラ30は、複数のマイクロコンピュータで構成することも可能である。なお、動作回路としては、CPUに代えてまたはCPUとともに、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、ASIC(application specific integrated circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)などを用いることができる。
【0029】
コントローラ30のCPUは、電動モータ10の動作を制御し、コントローラ30のROMには、CPUの処理動作に必要な制御プログラムや設定値等が記憶され、コントローラ30のRAMには、トルクセンサ12、操舵角センサ15、車速センサ16等の各種センサが検出した情報が一時的に記憶される。
【0030】
図2及び図3を参照して、コントローラ30による電動モータ10の制御について説明する。図2は、電動パワーステアリング装置100のブロック図であり、図3は、静止摩擦補償電流演算部130の機能ブロック図である。
【0031】
図2に示すように、コントローラ30は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクTを時間微分して、ステアリングホイール1の操舵速度に関連する値である操舵トルクTの時間変化率Tv(以下、トルク変化率Tvとも記す)を演算する微分器111と、ステアリングホイール1の操舵状態を判定する操舵状態判定部110と、を備える。
【0032】
操舵状態判定部110は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクTの符号と、微分器111で演算されたトルク変化率Tvの符号とが同一の場合、操舵状態が切り込み状態であると判定する。操舵状態判定部110は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクTの符号と、微分器111で演算されたトルク変化率Tvの符号とが同一でない場合、操舵状態が戻し状態であると判定する。
【0033】
また、コントローラ30は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクT及び車速センサ16で検出された車速vに基づいてアシストベース電流値Iaを演算するアシストベース電流演算部121と、トルク変化率Tv及び車速vに基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値Ifを演算する静止摩擦補償電流演算部130と、静止摩擦補償電流値If及びその他の各種電流値によってアシストベース電流値Iaを補正し、電動モータ10に対する制御電流値Isumを演算する制御電流演算部180と、電動モータ10の検出電流値が制御電流値Isumに一致するように、電動モータ10に供給する電流を制御することにより電動モータ10を制御するモータ制御部9と、を備える。その他の各種電流値としては、図示しないが、例えば、クーロン摩擦補償電流値、粘性摩擦補償電流値、慣性補償電流値、戻し電流値等がある。
【0034】
静止摩擦補償電流値Ifは、例えば、次式で演算することができる。
If=If1+If2
If1=f1×Tv
If2=f2×a
【0035】
If1は基準静止摩擦補償電流値であり、If2は補正静止摩擦補償電流値である。f1は車速vの増加に応じて増加する第1車速係数であり、f2は、車速vの増加に応じて増加する第2車速係数である。aは符号係数である。符号係数aは、トルク変化率Tvに基づいて、an,0(ゼロ),apのいずれかが設定される。anは、任意に定められる負の値であり、予めコントローラ30の記憶部に記憶されている。apは、任意に定められる正の値であり、予めコントローラ30の記憶部に記憶されている。基準静止摩擦補償電流値If1は、ステアリング系の静止摩擦に比例する線形成分を補償する項であり、本実施形態では、第1車速係数f1にトルク変化率Tvを乗じることにより求める。
【0036】
電動モータ10の検出電流とステアリングシャフト7でのモータ出力トルクとの関係は、電動モータ10、減速機11の摩擦等の影響によって非線形になる。このため、本実施形態では、基準静止摩擦補償電流値If1に、非線形成分を補償するための補正静止摩擦補償電流値If2を加算する。補正静止摩擦補償電流値If2は、電動モータ10及び減速機11の非線形成分を補償する項であり、本実施形態では、第2車速係数f2に符号係数aを乗じることにより求める。
【0037】
図3に示すように、静止摩擦補償電流演算部130は、基準静止摩擦補償電流演算部141と、補正静止摩擦補償電流演算部142と、加算部143と、リミッタ149と、を有する。
【0038】
基準静止摩擦補償電流演算部141は、第1車速係数f1及びトルク変化率Tvに基づいて、基準静止摩擦補償電流値If1を演算する。補正静止摩擦補償電流演算部142は、第1車速係数f1とは異なる第2車速係数f2、及びトルク変化率Tvによって設定される符号係数aに基づいて補正静止摩擦補償電流値If2を演算する。
【0039】
基準静止摩擦補償電流演算部141は、第1車速係数f1を設定する第1車速係数設定部141aと、第1車速係数設定部141aで設定された第1車速係数f1に、微分器111で演算されたトルク変化率Tvを乗算して、基準静止摩擦補償電流値If1を演算する乗算部141bと、を備える。
【0040】
補正静止摩擦補償電流演算部142は、第2車速係数f2を設定する第2車速係数設定部142aと、補正静止摩擦補償電流値If2の符号を設定するための符号係数aを設定する設定部である符号設定部142bと、第2車速係数設定部142aで設定された第2車速係数f2に符号設定部142bで設定された符号係数a(an,0,apのいずれか)を乗算して、補正静止摩擦補償電流値If2を演算する乗算部142cと、を備える。
【0041】
第1車速係数f1及び第2車速係数f2は、車速センサ16で検出された車速vの増加に応じて増加する係数であり、コントローラ30の記憶部に記憶される第1車速特性Cv11,Cv12及び第2車速特性Cv21,Cv22に基づいて演算される。コントローラ30の記憶部には、ステアリングホイール1の切り込み操舵時に参照される切り込み操舵時用の第1車速特性Cv11、及び、ステアリングホイール1の戻し操舵時に参照される戻し操舵時用の第1車速特性Cv12がテーブル形式で記憶されている。車速vが同じ場合、第1車速特性Cv12は、第1車速特性Cv11よりも第1車速係数f1が大きくなるように設定されている。また、第1車速特性Cv12は、車速vに対する第1車速係数f1の増加率(すなわち車速vの増加量に対する第1車速係数f1の増加量)が、第1車速特性Cv11よりも大きくなるように設定されている。
【0042】
コントローラ30の記憶部には、ステアリングホイール1の切り込み操舵時に参照される切り込み操舵時用の第2車速特性Cv21、及び、ステアリングホイール1の戻し操舵時に参照される戻し操舵時用の第2車速特性Cv22がテーブル形式で記憶されている。車速vが同じ場合、第2車速特性Cv22は、第2車速特性Cv21よりも第2車速係数f2が大きくなるように設定されている。また、第2車速特性Cv22は、車速vに対する第2車速係数f2の増加率(すなわち車速vの増加量に対する第2車速係数f2の増加量)が、第2車速特性Cv21よりも大きくなるように設定されている。
【0043】
操舵状態判定部110により、ステアリングホイール1の操舵状態が切り込み状態であると判定された場合における第1車速係数f1及び第2車速係数f2の演算方法について説明する。操舵状態が切り込み状態である場合、第1車速係数設定部141aは、切り込み操舵時用の第1車速特性Cv11を参照し、車速センサ16で検出された車速vに基づいて、第1車速係数f1を設定する。操舵状態が切り込み状態である場合、第2車速係数設定部142aは、切り込み操舵時用の第2車速特性Cv21を参照し、車速センサ16で検出された車速vに基づいて、第2車速係数f2を設定する。
【0044】
操舵状態判定部110により、ステアリングホイール1の操舵状態が戻し状態であると判定された場合における、第1車速係数f1及び第2車速係数f2の演算方法について説明する。操舵状態が戻し状態である場合、第1車速係数設定部141aは、戻し操舵時用の第1車速特性Cv12を参照し、車速センサ16で検出された車速vに基づいて、第1車速係数f1を設定する。操舵状態が戻し状態である場合、第2車速係数設定部142aは、戻し操舵時用の第2車速特性Cv22を参照し、車速センサ16で検出された車速vに基づいて、第2車速係数f2を設定する。
【0045】
符号設定部142bは、トルク変化率Tvに基づいて、第2車速係数f2に乗算する符号係数aを設定する。符号設定部142bは、トルク変化率Tvの絶対値|Tv|が予め定められた閾値T0未満である場合、符号係数aを「0(ゼロ)」に設定する。符号設定部142bは、トルク変化率Tvが予め定められた閾値(+T0)以上である場合、符号係数aを「ap(>0)」に設定する。符号設定部142bは、トルク変化率Tvが予め定められた閾値(-T0)以下である場合、符号係数aを「an(<0)」に設定する。
【0046】
このように、符号係数aは、トルク変化率Tvの絶対値|Tv|が閾値T0未満である場合、0(ゼロ)に設定されるので、補正静止摩擦補償電流値If2も0(ゼロ)となる。つまり、トルク変化率Tvの閾値T0は、補正静止摩擦補償電流値If2を0にするか否かを決定するために用いられるものであり、補正静止摩擦補償電流値If2の不感帯を設定する値に相当する。
【0047】
乗算部141bは、第1車速係数f1にトルク変化率Tvを乗算することにより、基準静止摩擦補償電流値If1を演算する。乗算部142cは、第2車速係数f2に符号係数aを乗算することにより、補正静止摩擦補償電流値If2を演算する。
【0048】
加算部143は、基準静止摩擦補償電流演算部141で演算された基準静止摩擦補償電流値If1に、補正静止摩擦補償電流演算部142で演算された補正静止摩擦補償電流値If2を加算する。加算部143での演算結果は、リミッタ149により上下限処理がなされ、静止摩擦補償電流値Ifとして出力される。
【0049】
静止摩擦補償電流演算部130で演算された静止摩擦補償電流値Ifは、その他の各種電流値とともにアシストベース電流値Iaに加算され、制御電流値Isumが演算される(図2参照)。
【0050】
このように、本実施形態では、操舵速度に関連する値であるトルク変化率Tvに基づき制御電流値Isumを演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。さらに、本実施形態では、切り込み状態と戻し状態とで、同じ車速v及び同じトルク変化率Tvの場合において第1車速係数f1及び第2車速係数f2に異なる値を採用した。
【0051】
本実施形態では、第1車速係数f1及び第2車速係数f2は、それぞれ操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるように設定される。ここで、切り込み状態と戻し状態とで、第1車速係数f1及び第2車速係数f2に同じ値を採用した場合を本実施形態の比較例として説明する。
【0052】
本実施形態の比較例では、第1車速特性Cv11及び第2車速特性Cv21がコントローラの記憶部に記憶されているが、第1車速特性Cv12及び第2車速特性Cv22は記憶されていない。本実施形態の比較例に係るコントローラは、ステアリングホイール1の操舵状態にかかわらず、第1車速特性Cv11を参照して、車速vに基づき第1車速係数f1を設定するとともに、第2車速特性Cv21を参照して、車速vに基づき第2車速係数f2を設定する。
【0053】
図4A及び図4Bを参照して、本実施形態の比較例において、ステアリングホイール1を中立位置から一方(右方)に切り込み操舵を行い、所定の操舵角θa[°]で保舵した後、他方(左方)に戻し操舵を行った場合の操舵力の変化について説明する。図4Aは、本実施形態の比較例に係る電動パワーステアリング装置の操舵角θのタイムチャートであり、図4Bは、本実施形態の比較例に係る電動パワーステアリング装置の操舵力のタイムチャートである。
【0054】
図4A及び図4Bにおいて、実線で示す特性はトルク変化率TvがTvaで切り、戻し操舵を行ったときの特性であり、一点鎖線で示す特性はトルク変化率TvがTvbで切り、戻し操舵を行ったときの特性であり、破線で示す特性はトルク変化率TvがTvcで切り、戻し操舵を行ったときの特性である。Tva,Tvb,Tvcの大小関係は、Tva<Tvb<Tvcである。
【0055】
トルク変化率TvがTvaで切り込み操舵及び戻し操舵をする場合について説明する。ステアリングホイール1に対して切り込み操舵がなされると(時点t0)、操舵角θの増加に応じて操舵力が増加する。ステアリングホイール1が所定の操舵角θaまで回動されると、切り込み操舵が終了する(時点t1)。切り込み操舵が終了すると、所定の操舵角θaでステアリングホイール1が保舵される(時点t1から時点t2)。ここで、切り込み操舵が終了し、保舵に移行する際、操舵力は、Faまで上昇した後、Fbまで減少し、保舵されている間は、操舵力FがFbに維持される。
【0056】
ステアリングホイール1に対して戻し操舵がなされると(時点t2)、操舵角θの減少に応じて操舵力が減少する。ステアリングホイール1が所定の操舵角θb(θb<θa)まで回動されると、戻し操舵が終了する(時点t3)。戻し操舵が終了すると、所定の操舵角θbでステアリングホイール1が保舵される。ここで、戻し操舵が終了し、保舵に移行する際、操舵力は、Fc1まで減少した後、Fdまで増加し、保舵されている間は、操舵力FがFdに維持される。
【0057】
ここで、図示するように、切り込み操舵から保舵に移行する際の操舵力の最大値は、操舵速度にかかわらず、ほぼFaとなり、同じ結果となった。これに対して、戻し操舵から保舵に移行する際の操舵力の最小値は、操舵速度に応じてばらつきが生じる結果となった。比較例では、トルク変化率TvがTvaのときには、操舵力の最小値がFc1[N]となり、トルク変化率TvがTvbのときには、操舵力の最小値がFc1[N]よりも小さいFc2[N]となった。また、トルク変化率TvがTvcのときには、操舵力の最小値がFc2よりも小さいFc3[N]となった。
【0058】
このように、トルク変化率Tvに応じて操舵力にばらつきが生じるのは、戻し操舵が行われる際、戻し操舵に対してラック軸5の戻り動作に遅れが生じるためである。戻し操舵が行われると、トーションバー4のねじれが解消されるように入力シャフト2が回動する。操舵速度が速いほど、トーションバー4のねじれが大きく解消し、入力シャフト2と出力シャフト3とのねじれ角の差が小さくなり、操舵力の最小値が小さくなる。
【0059】
したがって、トルク変化率Tvに応じた操舵力のばらつきを抑制するためには、戻し操舵が行われる際、戻し操舵に対するラック軸5の応答性を良くすればよい。戻し操舵に対するラック軸5の応答性を向上するためには、戻し操舵の際に切り込み操舵のときよりも静止摩擦補償を強く効かせ、電動モータ10の制御電流値Isumを速やかに小さくすればよい。
【0060】
そこで、本実施形態では、上述のとおり、同じ車速v及び同じトルク変化率Tvの場合における切り込み状態と戻し状態とで、第1車速係数f1及び第2車速係数f2のそれぞれに異なる値を採用した。これにより、本実施形態では、同じ車速v及び同じトルク変化率Tvの場合において、戻し操舵時の静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が、切り込み操舵時の静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|よりも大きくなる。
【0061】
ここで、静止摩擦補償電流値Ifは、操舵トルクTが増加するときにはアシストベース電流値Iaを増加させるように設定され、操舵トルクTが減少するときにはアシストベース電流値Iaを減少させるように設定される。
【0062】
アシストベース電流値Iaは、ステアリングホイール1が一方(右方)に回転する場合には正の値である。これに対して、静止摩擦補償電流値Ifは、ステアリングホイール1が一方(右方)に回転する場合であって、操舵トルクTが増加するとき(すなわちトルク変化率Tvが正の値のとき)には正の値となり、操舵トルクTが減少するとき(すなわちトルク変化率Tvが負の値のとき)には負の値となる。
【0063】
一方、アシストベース電流値Iaは、ステアリングホイール1が他方(左方)に回転する場合には負の値である。これに対して、静止摩擦補償電流値Ifは、ステアリングホイール1が他方(左方)に回転する場合であって、操舵トルクTの絶対値|T|が増加するとき(すなわちトルク変化率Tvが負の値のとき)には負の値となり、操舵トルクTの絶対値|T|が減少するとき(すなわちトルク変化率Tvが正の値のとき)には正の値となる。
【0064】
例えば、中立位置よりも一方側(右側)における所定の操舵角で保舵された状態のステアリングホイール1をさらに一方(右方)に切り込む操舵を行うと、操舵トルクTが増加するので、アシストベース電流値Ia及び静止摩擦補償電流値Ifは、ともに正の値となる。つまり、静止摩擦補償電流値Ifは、アシストベース電流値Iaを増加させるように補正する。一方、中立位置よりも一方側(右側)における所定の操舵角で保舵された状態のステアリングホイール1を他方(左方)に戻す操舵を行うと、操舵トルクTが減少するので、アシストベース電流値Iaが正の値であるのに対し、静止摩擦補償電流値Ifは負の値となる。つまり、静止摩擦補償電流値Ifは、アシストベース電流値Iaを減少させるように補正する。
【0065】
そして、第1車速係数f1及び第2車速係数f2は、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合によりも大きくなる。このため、静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|は、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも大きくなる。換言すれば、操舵状態にかかわらずに静止摩擦補償電流値Ifを演算する場合(上記比較例)に比べて、操舵状態が戻し状態であるときの静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|を大きくすることができ、制御電流値Isumを小さくできる。
【0066】
このように、本実施形態では、ステアリングホイール1の戻し操舵の際、切り込み操舵を行う場合に比べて、静止摩擦補償を強く効かせ、電動モータ10の制御電流値Isumを速やかに小さくすることができる。操舵トルクTが急激に低下する前に、制御電流値Isumを低下させることにより、ラック軸5の応答性を向上させ、操舵トルクTの急激な低下を抑えることができる。
【0067】
上述した実施形態によれば、次の作用効果を奏する。
【0068】
(1)コントローラ30は、操舵トルクTに基づいてアシストベース電流値Iaを演算し、ステアリングホイール1の操舵速度に関連するトルク変化率Tvに基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値Ifを演算し、静止摩擦補償電流値Ifによってアシストベース電流値Iaを補正し、制御電流値Isumを演算し、制御電流値Isumに基づき電動モータ10を制御する。また、コントローラ30は、ステアリングホイール1の操舵状態を判定する。そして、コントローラ30は、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるように、静止摩擦補償電流値Ifを演算する。
【0069】
このように、本実施形態では、操舵速度に関連するトルク変化率Tvに基づき制御電流値Isumを演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。また、本実施形態では、切り込み操舵時用の車速特性Cv11,Cv21及び戻し操舵時用の車速特性Cv12,Cv22を設定した。切り込み操舵時と戻し操舵時のそれぞれで車速特性を個別に設定することにより、切り込み操舵と戻し操舵のそれぞれにおいて適切な静止摩擦補償電流値Ifを設定することができる。したがって、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。
【0070】
特に、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるようにしたので、ステアリングホイール1を切り込んだ後の戻し操舵の際に制御電流値Isumを速やかに低下させ、操舵トルクTの急減を防止することができる。その結果、戻しの操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、戻し操舵の際の操舵フィーリングを向上することができる。
【0071】
(2)車速vの増加に応じて増加する車速係数(第1車速係数f1及び第2車速係数f2)に基づいて、静止摩擦補償電流値Ifを演算するので、車速vに応じた操舵力のばらつきを抑制することができ、操舵フィーリングをさらに向上することができる。
【0072】
<第2実施形態>
図5を参照して、本発明の第2実施形態に係る電動パワーステアリング装置100について説明する。以下では、上記第1実施形態と異なる点を中心に説明し、図中、上記第1実施形態で説明した構成と同一の構成または相当する構成には同一の符号を付して説明を省略する。
【0073】
本第2実施形態では、ステアリングホイール1の操舵角θが小さいときにのみ、静止摩擦補償電流値Ifを加味して制御電流値Isumを演算し、ステアリングホイール1の操舵角θが大きいときには、静止摩擦補償電流値Ifを加味せず制御電流値Isumを演算する。以下、詳しく説明する。
【0074】
図5は、本発明の第2実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部230の機能ブロック図である。図5に示すように、本第2実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部230は、操舵角θの絶対値|θ|が所定角度θ0以上の場合に、操舵角θの絶対値|θ|が所定角度θ0未満の場合に比べて、静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|を小さくする処理部としての舵角ゲイン処理部248を備える。
【0075】
舵角ゲイン処理部248は、操舵角センサ15で検出された操舵角θに基づいて舵角ゲインGaを演算する舵角ゲイン演算部248aと、加算部143から出力される出力値(If1+If2)に、舵角ゲイン演算部248aで演算された舵角ゲインGaを乗算する乗算部248bと、を備える。
【0076】
舵角ゲインGaは、操舵角センサ15で検出された操舵角θが大きくなるにしたがって、小さくなる値であり、コントローラ30の記憶部に記憶される舵角ゲイン特性Ganに基づいて演算される。コントローラ30の記憶部には、舵角ゲイン特性Ganが、テーブル形式で記憶されている。舵角ゲイン特性Ganは、操舵角θの絶対値|θ|が0[°]以上θ0°未満の範囲では舵角ゲインGaが最大ゲインGa0(>0)となり、操舵角θの絶対値|θ|がθ0[°]以上θ1[°]未満の範囲では、操舵角θの絶対値|θ|の増加に応じて舵角ゲインGaが減少し、操舵角θの絶対値|θ|がθ1[°]以上では、0(ゼロ)となる特性である。なお、θ1は0よりも大きく、θ2はθ1よりも大きい(0<θ1<θ2)。
【0077】
舵角ゲイン演算部248aは、舵角ゲイン特性Ganを参照し、操舵角θに基づいて、舵角ゲインGaを演算する。
【0078】
このような第2実施形態によれば、操舵角θの絶対値|θ|が所定角度θ0未満の場合に、戻し操舵の際の操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵角θが所定角度θ0以上の場合、すなわちセルフアライニングトルクが強く作用するような場合、運転者に対する反力感が大きくなり過ぎることを抑制できる。
【0079】
次のような変形例も本発明の範囲内であり、変形例に示す構成と上述の実施形態で説明した構成を組み合わせたり、上述の異なる実施形態で説明した構成同士を組み合わせたり、以下の異なる変形例で説明する構成同士を組み合わせることも可能である。
【0080】
<変形例1>
上記実施形態では、操舵速度に関連する値として、操舵トルクTの時間変化率Tvを用いる例について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、操舵速度に関連する値として、ステアリングホイール1の角速度を用いてもよい。ステアリングホイール1の角速度は、微分器によって、操舵角センサ15で検出された操舵角θを時間微分することにより演算される。
【0081】
<変形例2>
上記実施形態では、切り込み状態と戻し状態とで、同じ車速v及び同じトルク変化率Tvの場合において第1車速係数f1及び第2車速係数f2に異なる値を採用する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、切り込み状態と戻し状態とで、同じ車速v及び同じトルク変化率Tvの場合において第1車速係数f1及び第2車速係数f2の一方を同じ値となるようにしてもよい。つまり、第1車速特性Cv12及び第2車速特性Cv22の一方を省略してもよい。
【0082】
<変形例3>
上記実施形態では、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるように車速係数を設定する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるように、加算部143での演算結果に所定のゲインを乗じてもよい。この場合、車速特性Cv12,Cv22は省略することができる。
【0083】
<変形例4>
上記実施形態では、ピニオンギヤ3aが形成された出力シャフト3に電動モータ10の駆動力を付与する、いわゆる1ピニオンタイプの電動パワーステアリング装置100を例に説明したが、本発明はこれに限定されない。本発明は、出力シャフト3とは別に、ラック軸5に対して電動モータ10の回転を伝えるアシストピニオンを有するシャフトを設けた、いわゆる2ピニオンタイプの電動パワーステアリング装置にも適用できる。また、本発明は、トルクセンサ12及びアシスト機構がラック軸5から離れ車室内に配置される、いわゆるコラムタイプの電動パワーステアリング装置にも適用できる。
【0084】
以上のように構成された本発明の実施形態の構成、作用、および効果をまとめて説明する。
【0085】
電動パワーステアリング装置100は、運転者によって操舵されるステアリング部材(ステアリングホイール1)に連結され、運転者によるステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵に伴って回転するステアリングシャフト7と、ステアリングシャフト7に回転トルクを付与する電動モータ10と、ステアリング部材(ステアリングホイール1)から入力される操舵トルクTを検出するトルク検出部(トルクセンサ12)と、操舵トルクTに基づいてアシストベース電流値Iaを演算するアシストベース電流演算部121と、ステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵速度に関連する値(トルク変化率Tv)に基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値Ifを演算する静止摩擦補償電流演算部130,230と、静止摩擦補償電流値Ifによってアシストベース電流値Iaを補正し、制御電流値Isumを演算する制御電流演算部180と、制御電流値Isumに基づき電動モータ10を制御するモータ制御部9と、ステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵状態を判定する操舵状態判定部110と、を備え、静止摩擦補償電流値Ifは、操舵トルクTが増加するときにはアシストベース電流値Iaを増加させるように設定され、操舵トルクTが減少するときにはアシストベース電流値Iaを減少させるように設定され、静止摩擦補償電流値Ifは、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも大きい。
【0086】
この構成では、操舵速度に関連する値(トルク変化率Tv)に基づき制御電流値Isumを演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。また、切り込み操舵と戻し操舵のそれぞれにおいて、適切な静止摩擦補償電流値Ifを設定することができるので、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。特に、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifが大きくなるようにしたので、ステアリング部材(ステアリングホイール1)を切り込んだ後の戻し操舵の際に制御電流値Isumを速やかに低下させ、操舵トルクTの急減を防止することができる。その結果、戻しの操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、戻し操舵の際の操舵フィーリングを向上することができる。
【0087】
電動パワーステアリング装置100は、操舵速度に関連する値が、操舵トルクTの時間変化率(トルク変化率Tv)であり、静止摩擦補償電流演算部130,230が、車速検出部(車速センサ16)で検出された車速vの増加に応じて増加する車速係数(第1車速係数f1、第2車速係数f2)、及び、操舵トルクTの時間変化率(トルク変化率Tv)に基づいて、静止摩擦補償電流値Ifを演算し、車速係数(第1車速係数f1、第2車速係数f2)が、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifが大きくなるように設定される。
【0088】
この構成では、車速vの増加に応じて増加する車速係数(第1車速係数f1、第2車速係数f2)に基づいて、静止摩擦補償電流値Ifを演算するので、車速vに応じた操舵力のばらつきを抑制することができ、操舵フィーリングをさらに向上することができる。
【0089】
電動パワーステアリング装置100は、ステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵角θを検出する操舵角検出部(操舵角センサ15)をさらに備え、静止摩擦補償電流演算部230が、操舵角θが所定角度θ0以上の場合に、操舵角θが所定角度θ0未満の場合に比べて、静止摩擦補償電流値Ifを小さくする処理部(舵角ゲイン処理部248)を備える。
【0090】
この構成では、操舵角θが所定角度θ0未満の場合に、戻し操舵の際の操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵角θが所定角度θ0以上の場合に、運転者に対する反力感が大きくなり過ぎることを抑制できる。
【0091】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【符号の説明】
【0092】
1・・・ステアリングホイール(ステアリング部材)、7・・・ステアリングシャフト、9・・・モータ制御部、10・・・電動モータ、12・・・トルクセンサ(トルク検出部)、15・・・操舵角センサ(操舵角検出部)、16・・・車速センサ(車速検出部)、30・・・コントローラ、100・・・電動パワーステアリング装置、110・・・操舵状態判定部、121・・・アシストベース電流演算部、130,230・・・静止摩擦補償電流演算部、180・・・制御電流演算部、248・・・舵角ゲイン処理部(処理部)、Ia・・・アシストベース電流値、If・・・静止摩擦補償電流値、Isum・・・制御電流値、T・・・操舵トルク、f1・・・第1車速係数(車速係数)、f2・・・第2車速係数(車速係数)、v・・・車速、θ・・・操舵角、θ0・・・所定角度
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5