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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-08
(45)【発行日】2023-03-16
(54)【発明の名称】海産無脊椎動物忌避剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 65/03 20090101AFI20230309BHJP
   A01P 17/00 20060101ALI20230309BHJP
   A01M 29/12 20110101ALI20230309BHJP
【FI】
A01N65/03
A01P17/00
A01M29/12
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019547547
(86)(22)【出願日】2018-10-12
(86)【国際出願番号】 JP2018038204
(87)【国際公開番号】W WO2019074117
(87)【国際公開日】2019-04-18
【審査請求日】2021-09-10
(31)【優先権主張番号】P 2017199562
(32)【優先日】2017-10-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、科学技術振興機構、CREST、海洋生物多様性変動機構の実証研究のための基盤技術開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100158724
【弁理士】
【氏名又は名称】竹井 増美
(72)【発明者】
【氏名】堀 正和
(72)【発明者】
【氏名】隠塚 俊満
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 克敏
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼岡 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼岡 明子
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/031637(WO,A1)
【文献】特開昭53-113012(JP,A)
【文献】特開平04-261109(JP,A)
【文献】林 育夫 ほか,海藻より抽出された摂食阻害物質が小型植食性巻貝エゾサンショウガイ Homalopoma amussitatum の摂餌活動に,Venus the Japanese Journal of Malacology,1996年,Vol.55, No.4,pp.307-316
【文献】OHTA, Keiichi et al.,A Screening Procedure for Repellents against a Sea Snail,Agricultural and Biological Chemistry,1978年,Vol.42, No.8,pp.1491-1493
【文献】POORE, A. G. et al.,Preference-performance relationships and effects of host plant choice in an herbivorous marine amphi,Ecological Monographs,1999年,Vol.69, No.4,pp.443-464
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 65/00
A01P 17/00
A01M
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海藻の水、緩衝水溶液、食塩水、海水、炭素数1~6のアルコールおよび炭素数1~6の飽和脂肪酸からなる群より選択される1種以上による抽出物を含有する、海産無脊椎動物忌避剤であって、前記海藻の抽出物がマクリ抽出物であり、海産無脊椎動物がSenticaudata亜目(ヨコエビ類)またはチグサガイである、海産無脊椎動物忌避剤
【請求項2】
海藻の水、緩衝水溶液、食塩水、海水、炭素数1~6のアルコールおよび炭素数1~6の飽和脂肪酸からなる群より選択される1種以上による抽出物を含有する、海産無脊椎動物忌避剤であって、前記海藻の抽出物がヤハズグサおよびシワヤハズからなる群より選択される1種以上の抽出物であり、海産無脊椎動物がチグサガイである、海産無脊椎動物忌避剤。
【請求項3】
海藻の水、緩衝水溶液、食塩水、海水、炭素数1~6のアルコールおよび炭素数1~6の飽和脂肪酸からなる群より選択される1種以上による抽出物を含有する、海産無脊椎動物忌避剤であって、前記海藻抽出物がマクリ抽出物及びヤハズグサ抽出物の混合物であり、海産無脊椎動物が軟甲鋼、腹足鋼、多毛鋼、ヨコエビ亜目、ワレカラ亜目、タナイス目および等脚目に属する無脊椎動物からなる群より選択される1種以上である、海産無脊椎動物忌避剤。
【請求項4】
請求項1~の何れか1項記載の忌避剤を物品に塗布又は含浸する、あるいは物品を構成する基材に混練することを含む、物品の海産無脊椎動物忌避処理方法。
【請求項5】
請求項1~の何れか1項記載の忌避剤が、塗布又は含浸されている、あるいは物品を構成する基材に混練されていることを特徴とする、海産無脊椎動物忌避性物品。
【請求項6】
請求項1~の何れか1項記載の忌避剤を海水中に溶出させることを含む、海産無脊椎動物の忌避方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海産無脊椎動物忌避剤に関する。より詳細には、本発明は、マクリ、ヤハズグサ等の海藻抽出物を含有する海産無脊椎動物忌避剤に関する。
【背景技術】
【0002】
自然界において生物多様性は生態系の機能を制御する役割を担うことが知られており、我々人類が自然界から受ける生態系サービスを持続的に利用し続けるために無くてはならないものである。しかしながら、地球上の生物は現在6回目の大量絶滅期を迎えており、少なくとも現存種の50%以上が絶滅する見込みであると言われるようになった。このことから、生物多様性の損失に伴う生態系の機能の変化や消失の影響を明らかし、生態系機能やサービスの変化に関して将来予測を行うことが早急の課題となり、生物多様性を操作してその検証実験を実施する必要性が生じた。その操作には薬剤等の投与が用いられることが多いが、その多くは農薬として開発された人工化合物であり、殺傷能力も高いことから、特に開放的な海洋で使用した際には自然界への広範囲な悪影響が強く懸念されている。そのため、より毒性が少なく、動物に忌避行動などを誘発することにより生物多様性を操作することができ、かつ安全な物質の開発が待たれている。
【0003】
水産利用加工や増養殖などの産業においても、水産物の洗浄や養殖魚の消毒等には、自然界や人体への悪影響が懸念される薬剤が使用された経緯があるため、より安全な薬剤の開発が進められている状況にある。
【0004】
そもそも自然界では、植物と動物間の生物間相互作用とその進化の過程において、植物には、動物からの摂食を阻害する化学防御物質を獲得した種もあり、それぞれの植物が種特有の化合物を持つことが多い。このような自然界に存在する化学的忌避物質は、人工化合物と比較して、環境にやさしい化学物質であると考えることができる。
【0005】
マクリ(Digenea simplex)は、フジマツモ科マクリ属の紅藻の一種である。マクリは回虫駆除のための生薬として古来より使用されている。その主成分はイミノ酸の一種であるカイニン酸である。カイニン酸は、カイニン酸型グルタミン酸受容体のアゴニストとして作用することが知られている。
【0006】
シワヤハズ(Dictyopteris undulata)は、アミジグサ科ヤハズグサ属の褐藻の一種である。シワヤハズに含まれるテルペノイドであるゾナロールが潰瘍性大腸炎を抑制することが報告されている(非特許文献1)。また、シワヤハズに含まれるクロマゾナロールがエゾアワビの摂食を阻害することが報告されている(非特許文献2)。
【0007】
しかしながら、マクリやシワヤハズ等海藻の抽出物を海産無脊椎動物の忌避剤として使用することは知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Yamada, S. et al. (2014) Marine hydroquinone zonarol prevents inflammation and apoptosis in dextran sulfate sodium-induced mice ulcerative colitis” PloS one 9.11: e113509
【文献】谷口和也ほか(1993)褐藻シワヤハズのエゾアワビに対する摂食阻害物質、日本水産学会誌59:339-343
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、自然界に存在する化合物を使用した海産無脊椎動物の忌避剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討の結果、マクリ属及びヤハズグサ属の海藻の抽出物中に、海産無脊椎動物に対し忌避効果を有する成分が含まれていることを見出した。マクリ属海藻及びヤハズグサ属海藻は、薬効を有する化学物質を含有することが知られているが(マクリ属海藻:カイニン酸、ヤハズグサ属海藻:ゾナロール、クロマゾナロール)、成分分析によれば、これらのいずれの物質にも相当しない画分に海産無脊椎動物への忌避作用としての有効成分が含まれていた。マクリ属海藻抽出物とヤハズグサ属海藻抽出物は、忌避作用スペクトルが異なり、マクリ属海藻抽出物は、節足動物門に属する海産無脊椎動物に対する忌避効果に優れ、ヤハズグサ属海藻抽出物は、軟体動物門に属する海産無脊椎動物に対する忌避効果に優れていた。さらに、マクリ属海藻抽出物とヤハズグサ属海藻抽出物とを組み合わせることにより、広範な忌避作用スペクトルを達成することができた。
【0011】
発明者らは、上記知見に基づき更に検討を加え、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は下記の通りである:
【0012】
[1]海藻抽出物を含有する、海産無脊椎動物忌避剤。
[2]海藻が、マクリ属に属する紅藻、又はヤハズグサ属に属する褐藻である、[1]記載の忌避剤。
[3]海藻が、マクリ属に属する紅藻であり、海産無脊椎動物が、節足動物門に属する海産無脊椎動物である、[2]記載の忌避剤。
[4]海藻が、ヤハズグサ属に属する褐藻であり、海産無脊椎動物が、軟体動物門に属する海産無脊椎動物である、[2]記載の忌避剤。
[5]海藻抽出物が、マクリ属に属する紅藻の抽出物、及びヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物を含む、[1]記載の忌避剤。
[6][1]~[5]の何れか記載の忌避剤を物品に塗布又は含浸する、あるいは物品を構成する基材に混練することを含む、物品の海産無脊椎動物忌避処理方法。
[7][1]~[5]の何れか記載の忌避剤が、塗布又は含浸されている、あるいは物品を構成する基材に混練されていることを特徴とする、海産無脊椎動物忌避性物品。
[8][1]~[5]の何れか記載の忌避剤を海水中に溶出させることを含む、海産無脊椎動物の忌避方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、天然化合物を有効成分として含有する海産無脊椎動物忌避剤が提供される。本発明の忌避剤は、天然海藻抽出物又はその分画成分を有効成分としているので、人体や環境への安全性が高い。
【0014】
現在、タイラギやカキ等貝類の養殖で使用する飼育カゴなどの養殖施設では、フジツボ等の海産無脊椎動物の付着による貝類の成長阻害や斃死などが各地で深刻な問題となっており、その駆除に莫大なコストがかかっている。漁網防汚剤の活用が検討されているが、貝類への毒性が懸念されるため、その使用は限定的である。本発明の忌避剤は、それらの海産無脊椎動物の付着防止効果が期待でき、天然海藻由来の安全な物質であることから、安全性のニーズにもこたえることができる。また、本発明の忌避剤は、ワカメ、ヒジキ、ノリ等の海藻製品から海産無脊椎動物を除去する処理に使用できると期待でき、水産加工において有用である。貝類、海藻類、魚類等の養殖業に加え、発電所、工場等の海水パイプや、船底、バラスト等への海産無脊椎動物の付着の防止において、本発明の忌避剤は有効性が期待できる。このように、本発明の忌避剤は、海洋無脊椎動物やその付着による害を受ける産業分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、海産無脊椎動物忌避剤の忌避効果の評価方法を示す模式図である。
図2図2は、マクリ抽出液のヨコエビに対する忌避効果を示す図である。縦軸は各パッチにおけるヨコエビ残数を、横軸は溶解塔からの距離を示す。
図3図3は、マクリ抽出液とカイニン酸水溶液とのヨコエビに対する毒性効果の比較を示す図である。
図4図4は、様々な方法で保存したマクリ抽出液のヨコエビに対する毒性効果を示す図である。
図5図5は、マクリ抽出液濃度と死亡率との相関関係を示す図である。
図6図6は、ヤハズグサ抽出液濃度と死亡率との相関関係を示す図である。
図7図7は、シワヤハズ抽出液由来の各画分への曝露により、忌避行動が誘導されたチグサガイの割合を示す図である。
図8図8は、本発明の海産無脊椎動物忌避剤散布前後のアマモ場におけるベントス(出現した節足動物、軟体動物および環形動物)の個体数の変化を示す図である。図中の記号の意義は次の通りである。*:有意差あり p<0.05、**:有意差あり p<0.01、n.s.:有意差なし。
図9図9は、本発明の海産無脊椎動物忌避剤散布前後のアマモ場におけるベントス(出現した節足動物)の個体数の変化を示す図である。図中の記号の意義は次の通りである。*:有意差あり p<0.05、**:有意差あり p<0.01、n.s.:有意差なし。
図10図10は、本発明の海産無脊椎動物忌避剤散布前後のアマモ場におけるベントス(出現した軟体動物および環形動物)の個体数の変化を示す図である。図中の記号の意義は次の通りである。*:有意差あり p<0.05、**:有意差あり p<0.01、n.s.:有意差なし。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、海藻抽出物を含有する、海産無脊椎動物忌避剤(本明細書にて「本発明の忌避剤」と称することがある)を提供する。
【0017】
本発明において使用する海藻は、海産無脊椎動物を忌避する有効成分(以下、「海産無脊椎動物忌避成分」または「忌避成分」ということがある)を含有する海藻である。海産無脊椎動物忌避成分を含有する海藻としては、マクリ属(Digenea)に属する紅藻、ヤハズグサ属(Dictyopteris)に属する褐藻等を挙げることができるが、これらに限定されない。マクリ属に属する紅藻としては、マクリ(Digenea simplex)等を挙げることができるが、これに限定されない。ヤハズグサ属に属する褐藻としては、エゾヤハズ(Dictyopteris divaricata)、シワヤハズ(Dictyopteris undulata)、ヤハズグサ(Dictyopteris latiuscula)、ヘラヤハズ(Dictyopteris prolifera)、ウラボシヤハズ(Dictyopteris membranacea)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0018】
抽出に付す前の海藻は、抽出作業の直前に採取してもよいし、予め採取し、乾燥保存したものであってもよい。また、海藻は、適度に細断又は粉砕した状態にして抽出に用いることが望ましい。あるいは、磨砕、擂潰、粉末化等した状態にして抽出に用いてもよい。
【0019】
抽出に用いる溶媒としては、水性溶媒、有機溶媒、又はその混合物を挙げることができる。水性溶媒としては、水、緩衝水溶液(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等)、食塩水、海水等が挙げられるが、これらに限定されない。有機溶媒としては、C1-6アルコール(メタノール、エタノール、ブタノール、プロパノール、イソプロパノール等)、C1-6飽和脂肪酸(酢酸等)等の親水性有機溶媒、C1-6アルキルエーテル(ジエチルエーテル、ジメチルエーテル、エチルメチルエーテル等)、ハロメタン(クロロメタン、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素等)等の非親水性有機溶媒、又はその混合物を挙げることができるが、これらに限定されない。抽出に用いる溶媒は、好ましくは、水性溶媒、親水性有機溶媒、またはそれらの混合物であり、より好ましくは、水性溶媒、メタノール、エタノール、酢酸、又はそれらの混合物である。
【0020】
抽出溶媒の使用量は、乾燥した海藻1重量部に対して、通常1~10重量部、好ましくは、1.5~5重量部、より好ましくは2~3重量部であるが、これらに限定されない。
【0021】
抽出時間は、通常0.5~48時間、好ましくは1~24時間であるが、これらに限定されない。
【0022】
海藻に抽出溶媒を添加し、静置することによっても、抽出を行うことができるが、ホモジナイザー等により撹拌する方が、高い抽出効率が期待できる。
【0023】
抽出操作後、混合物を遠心分離やろ過等に付すことによって、不溶物を除去し、上清を回収することにより、海藻の抽出物を得ることができる。この抽出物をそのまま、あるいは必要に応じて濃縮又は乾燥して、本発明の海産無脊椎動物忌避剤として用いることができる。上記の溶媒で抽出された抽出液は、その純度においても、海産無脊椎動物忌避剤として有用であるが、更に、生化学分野において周知の精製工程(逆相クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、透析、限外濾過、液-液分配等)に付し、海産無脊椎動物忌避成分を分画してもよい。各画分中の海産無脊椎動物忌避活性は、後述の実施例に記載した方法により評価することができる。本発明において、海藻を抽出溶媒で直接抽出処理することにより得られる抽出物(一次抽出物)のみならず、一次抽出物を更なる精製工程に付して得られる産物も、海藻抽出物に包含される。
【0024】
以下に、マクリ属に属する紅藻の抽出物、及びヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物からの忌避成分の精製の例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
(マクリ属に属する紅藻の抽出液からの忌避成分の精製)
後述の実施例に記載したように、マクリ属に属する紅藻の抽出液を、分画分子量3500の透析膜を使用して透析すると、忌避成分は透析外液へと移行する。このことから、マクリ属に属する紅藻中に含まれる忌避成分の分子量は3500を下回ると見積もられる。即ち、マクリ属に属する紅藻の抽出物を、分子量サイズによって分離する精製手段に付し、分子量3500未満の成分を含む画分を分取することにより、忌避成分を精製することができる。本発明は、このような工程を含む、マクリ属に属する紅藻の海産無脊椎動物忌避成分の精製方法、および海産無脊椎動物忌避剤の製造方法をも提供する。分子量サイズによって分離する精製手段としては、透析、限外濾過、ゲル濾過クロマトグラフィー等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0026】
後述の実施例に記載したように、マクリ属に属する紅藻に含まれる忌避成分は、蒸留水によって抽出されるので、水溶性であるが、蒸留水で平衡化した活性炭カラムに吸着し、酢酸酸性メタノール(pH 3.0)によって溶出されるので、一定の疎水性を有する物質であると推測される。即ち、マクリ属に属する紅藻の抽出物(好ましくは、水性溶媒による抽出物)を、水性溶媒等により平衡化した疎水性カラムに付すことにより、忌避成分を疎水性カラムに吸着させ、その後、有機溶媒(例、酢酸酸性メタノール(pH 3.0))で吸着した忌避成分を疎水性カラムから溶出することにより、忌避成分を精製することができる。本発明は、このような工程を含む、マクリ属に属する紅藻の海産無脊椎動物忌避成分の精製方法、海産無脊椎動物忌避剤の製造方法をも提供する。精製に用いるカラムの種類としては、活性炭カラム、オクタデシルシリル基修飾シリカゲル(ODS)カラム、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)カラム、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)カラム等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0027】
上述した2つの精製工程(分子量サイズによる分離、及び疎水性カラムによる分離)を組み合わせて行ってもよい。この場合、組み合わせる順番は特に限定されず、分子量サイズによる分離を行った後で、疎水性カラムによる分離を行ってもよいし、疎水性カラムによる分離を行った後で、分子量サイズによる分離を行ってもよい。2つの精製工程を組み合わせることにより、忌避成分のより高度な精製が期待できる。
【0028】
即ち、好ましい一態様において、
(A)マクリ属に属する紅藻の抽出物を、分子量サイズによって分離する精製手段に付し、分子量3500未満の成分を含む画分を分取し、
(B)(A)で得た分子量3500未満の成分を含む画分を、疎水性カラムに付し、忌避成分を疎水性カラムに吸着させ、その後、有機溶媒(例、酢酸酸性メタノール(pH 3.0))で吸着した忌避成分を疎水性カラムから溶出することにより、忌避成分を精製する。
【0029】
また、別の好ましい一態様において、
(B’)マクリ属に属する紅藻の抽出物を、疎水性カラムに付し、忌避成分を疎水性カラムに吸着させ、その後、有機溶媒(例、酢酸酸性メタノール(pH 3.0))で吸着した忌避成分を疎水性カラムから溶出すること、
(A’)(B’)で得た、忌避成分を含有する画分を、分子量サイズによって分離する精製手段に付し、分子量3500未満の成分を含む画分を分取することにより、忌避成分を精製する。
【0030】
なお、上記(A)または(B')の精製工程で得た画分を、直接(B)または(A')の精製工程に付してもよいし、濃縮や溶媒置換等の処理を加えた上で、(B)または(A')の精製工程に付してもよい。
【0031】
本発明において、最終工程で得られた画分について、節足動物門に属する海産無脊椎動物(例、ヨコエビ)に対する忌避作用を評価してもよい。海産無脊椎動物忌避活性は、後述の実施例に記載した方法により評価することができる。
【0032】
(ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出液からの忌避成分の精製)
後述の実施例に記載したように、ヤハズグサ属に属する褐藻に含まれる忌避成分は、蒸留水によって抽出されるので、水溶性であるが、該忌避成分はメタノールによっても抽出されること、水およびメタノールの混合液(容積比50:50)/ジエチルエーテルによる液-液分配では主にエーテル層に分配されること、及びシリカゲルカラムに吸着し、ジエチルエーテルやメタノールで溶出されることから、一定の疎水性を有する物質であると推測される。即ち、ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物(好ましくは、水性溶媒、メタノール、又はその混合液による抽出物)を、水性溶媒又はメタノール濃度が50 %(v/v)以下である水性溶媒/メタノール混合液と、ジエチルエーテルと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒との間で液-液分配を行い、有機溶媒層を回収することにより、忌避成分を精製することができる。好ましくは、水およびメタノールの混合液(容積比50:50)とジエチルエーテルによる液-液分配を行い、ジエチルエーテル層を回収する。また、ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物を、シリカゲルカラムに付し、忌避成分をシリカゲルカラムに吸着させ、吸着した忌避成分を有機溶媒で溶出することにより、忌避成分を精製することができる。忌避成分は、ヘキサンではシリカゲルカラムから溶出され難く、ジエチルエーテルやメタノールで溶出されるので、ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物は、ヘキサンと同等かそれよりも低い極性の有機溶媒に溶解した上で、シリカゲルカラムに付すことにより、忌避成分をシリカゲルカラムに吸着させることができる。忌避成分が吸着したシリカゲルカラムを、ヘキサンと同等かそれよりも低い極性の有機溶媒により洗浄した上で、溶媒の極性を漸進的に又は段階的に上昇させると、溶媒の極性がジエチルエーテルやメタノールと同等程度となった時点で、忌避成分がシリカゲルカラムから溶出される。本発明は、このような工程を含む、ヤハズグサ属に属する褐藻の海産無脊椎動物忌避成分の精製方法、および海産無脊椎動物忌避剤の製造方法をも提供する。
【0033】
上述した2つの精製工程(液-液分配、及びシリカゲルカラムによる分離)を組み合わせて行ってもよい。この場合、組み合わせる順番は特に限定されず、液-液分配を行った後で、シリカゲルカラムによる分離を行ってもよいし、シリカゲルカラムによる分離を行った後で、液-液分配を行ってもよい。2つの精製工程を組み合わせることにより、忌避成分のより高度な精製が期待できる。
【0034】
即ち、好ましい一態様において、
(A)ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物を、水性溶媒又はメタノール濃度が50 %(v/v)以下である水性溶媒/メタノール混合液と、ジエチルエーテルと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒との間の液-液分配に付し、有機溶媒層を回収し、
(B)(A)で得た有機溶媒層画分を、ヘキサンと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒に転溶し、シリカゲルカラムに付し、ヘキサンと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒によりシリカゲルカラムを洗浄し、溶媒の極性を漸進的に又は段階的に上昇させて、忌避成分をシリカゲルカラムから溶出することにより、忌避成分を精製する。
【0035】
また、別の好ましい態様において、
(B’)ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物を、ヘキサンと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒に溶解し、シリカゲルカラムに付し、ヘキサンと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒によりシリカゲルカラムを洗浄し、溶媒の極性を漸進的に又は段階的に上昇させて、忌避成分をシリカゲルカラムから溶出すること、
(A’)(B’)で得た、忌避成分を含有する画分を、水性溶媒又はメタノール濃度が50 %(v/v)以下である水性溶媒/メタノール混合液と、ジエチルエーテルと同等かそれよりも低い極性を有する有機溶媒との間の液-液分配に付し、有機溶媒層を回収することにより、忌避成分を精製する。
【0036】
なお、上記(A)または(B')の精製工程で得た画分を、直接(B)または(A')の精製工程に付してもよいし、濃縮や溶媒置換等の処理を加えた上で、(B)または(A')の精製工程に付してもよい。
【0037】
本発明において、最終工程で得られた画分について、軟体動物門に属する海産無脊椎動物(例、チグサガイ等の巻貝)に対する忌避作用を評価してもよい。海産無脊椎動物忌避活性は、後述の実施例に記載した方法により評価することができる。
【0038】
上記海藻抽出物は、海産無脊椎動物に対して毒性を有し、海産無脊椎動物が該抽出物に対して忌避行動を取るため、海産無脊椎動物忌避剤として有用である。
ここで、「海産無脊椎動物」とは、無顎類、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類といった脊椎を有する動物以外の動物であって、海洋に棲息する動物をいい、たとえば、節足動物門(Arthropoda)、軟体動物門(Mollusca)、刺胞動物門(Cnidaria)、環形動物門(Annelida)等に属する海洋性の無脊椎動物が挙げられる。
マクリ属に属する紅藻の抽出物は、節足動物門に属する海産無脊椎動物に対する忌避効果に優れるため、節足動物門に属する海産無脊椎動物の忌避剤として有用である。節足動物門に属する海産無脊椎動物としては、甲殻亜門(Crustacea)(顎脚綱(Maxillopoda)(カイアシ亜綱(Copepoda)(カイアシ類)、貝虫亜綱(Ostracoda)(貝虫類)、鞘甲亜綱(Thecostraca)(フジツボ亜目(Balanomorpha)、エボシガイ亜目(Lepadomorpha)、カメノテ属(Capitulum)等))、軟甲綱(Malacostraca)(トゲエビ亜綱(Hoplocarida)(シャコ目(Stomatopoda)等)、真軟甲亜綱(Eumalacostraca)(Senticaudata亜目(ヨコエビ類)、タナイス目(Tanaidacea)、等脚(ワラジムシ)目(Isopoda)等))等)を挙げることができるが、これらに限定されない。
ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物は、軟体動物門に属する海産無脊椎動物に対する忌避効果に優れるため、軟体動物門に属する海産無脊椎動物の忌避剤として有用である。軟体動物門に属する海産無脊椎動物としては、多板綱(Polyplacophora)(ヒザラガイ類)、腹足綱(Gastropoda)(カサガイ目(Nacellidae)、チグサガイ(Cantharidus japonicus)等)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0039】
マクリ属に属する紅藻の抽出物は、節足動物門に属する海産無脊椎動物に対する忌避効果に優れ、ヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物は、軟体動物門に属する海産無脊椎動物に対する忌避効果に優れるため、マクリ属海藻抽出物とヤハズグサ属海藻抽出物とを組み合わせることにより、海産無脊椎動物に対する広範な忌避作用スペクトル(節足動物門及び軟体動物門)を達成することができる。従って、一態様において、本発明の忌避剤は、マクリ属に属する紅藻の抽出物、及びヤハズグサ属に属する褐藻の抽出物を含有する。
【0040】
本発明の忌避剤の使用の一態様において、本発明の忌避剤を物品に塗布または含浸し、あるいは物品を構成する基材に混練することにより、当該物品を海産無脊椎動物忌避処理し、海産無脊椎動物忌避性物品を得ることができる。本発明の忌避剤により処理し得る対象物品としては、特に限定されないが、海産無脊椎動物の接近や付着を回避することが必要とされる物品、例えば、ワカメ、ヒジキ、ノリ、コンブ等の海藻、タイラギやカキ等の二枚貝、魚類等の養殖において海中に浸漬して使用する設備(飼育カゴ、隔離網、ロープ、ブイ、取水・排水管など)や、船舶の船底面や船側面、バラスト、海中に浸漬する建造物(発電所、工場等の海水パイプ、海中魚礁、港湾設備のコンクリート建造物など)等を挙げることができるが、これらに限定されない。ワカメ、ヒジキ、ノリ、コンブ等の海藻の養殖において、本発明の忌避剤で処理した設備を使用することにより、植食性動物プランクトン等の植食性無脊椎動物の接近を回避し、植食性無脊椎動物による食害を防ぐことが期待できる。また、タイラギやカキ等の養殖、あるいは魚類の養殖において、本発明の忌避剤で処理した設備を使用することにより、フジツボ等の海産無脊椎動物の付着による養殖水産物の成長阻害や斃死の防止や、魚類に付着する寄生性甲殻類の忌避などが期待できる。
【0041】
本発明の忌避剤の使用の一態様において、本発明の忌避剤を海水中に溶出させることにより、海産無脊椎動物を忌避する。本発明の忌避剤を海水中に溶出させる方法としては、本発明の忌避剤の散布、本発明の忌避剤を塗布、浸漬又は混練した物品の海水中への投入等が挙げられるがこれらに限定されない。海産無脊椎動物の接近を回避することが必要とされる海中の領域、例えば、ワカメ、ヒジキ、ノリ、コンブ等の海藻、タイラギやカキ等の二枚貝、魚類等の養殖場、海中に浸漬する建造物(発電所、工場、港湾設備等)の周辺海域、磯焼け海域等において、本発明の忌避剤を海水中に溶出させることにより、当該領域から海産無脊椎動物を除去し、当該領域への海産無脊椎動物の接近を防ぐことが期待できる。ワカメ、ヒジキ、ノリ、コンブ等の海藻の養殖場において、本発明の忌避剤を海水中に溶出させることにより、植食性無脊椎動物の接近を回避し、植食性無脊椎動物による食害を防ぐことが期待できる。また、海藻中に生息する海産無脊椎動物を除去することができるので、海藻への海産無脊椎動物の混入を抑制し、収穫される海藻の品質の向上が期待できる。また、磯焼け海域において、本発明の忌避剤を海水中に溶出させることにより、当該領域から植食性無脊椎動物を駆除する効果が期待できる。
【実施例
【0042】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示を示すものにすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0043】
[試験例1] 本発明の忌避剤の忌避効果の評価方法の構築
10t水槽で、流水環境を作成した。30cm四方のアマモの人工群落を作り、忌避剤溶解塔から1m間隔で3列(各列3個ずつ)設置した(図1)。各パッチ(群落)にヨコエビを50匹ずつ投入し、溶解塔から忌避剤(マクリ水抽出物、濃縮なし)を流布し、2時間後の各パッチにおけるヨコエビの残数を計測した。
【0044】
結果を図2に示す。忌避剤を流布した場合、溶解塔から距離が離れるほど、ヨコエビ残数が増加した。一方、忌避剤を流布しない場合は、このような相関関係は認められなかった。従って、この方法を用いて、忌避効果を評価し得ることが示された。
【0045】
[試験例2] マクリ抽出液中の忌避成分の探索
カイニン酸はマクリに含まれるイミノ酸の一種で、回虫駆除薬として知られている。カイニン酸がマクリ抽出液に含まれる忌避成分の候補として考えられたため、マクリ抽出液の忌避効果を、カイニン酸純物質と比較した。
マクリ抽出液及びカイニン酸純物質の水溶液のそれぞれに、ヨコエビを72時間曝露し、死亡率を調べた。マクリ抽出液中のカイニン酸濃度が、カイニン酸純物質の水溶液の濃度と同一になるように、マクリ抽出液の濃度を調整し、マクリ抽出液とカイニン酸純物質の水溶液のヨコエビ死亡率への影響を比較した。
【0046】
結果を図3に示す。マクリ抽出液はヨコエビに対して強力な毒性効果を示した。一方、カイニン酸純物質によっては、ヨコエビは殺傷されなかった。従って、マクリ抽出液のヨコエビに対する毒性効果は、マクリに含まれるカイニン酸以外の物質による可能性が高いことが示された。
【0047】
[試験例3] マクリ抽出液中の忌避成分の安定性の評価
マクリ抽出液(10 g/L)(乾燥藻体重量/体積)を、常温、乾燥、及び冷凍の各条件で30日間保存し、その忌避効果を保存前(保存0日)のものと比較した。忌避効果の評価は、試験例2と同様に、ヨコエビをマクリ抽出液に72時間曝露し、死亡率を調べることにより行った。
【0048】
結果を図4に示す。マクリ抽出液のヨコエビに対する毒性効果は、保存方法に関わらず安定であった。
【0049】
[試験例4] 抽出液の作成及び忌避活性の評価
(マクリ抽出液の作成)
乾燥マクリ100gを凍結粉砕し、超純水を加え、混合物をろ過した。ろ液を15000Gで10分間遠心分離後、上澄みを採取することによりマクリ抽出液(100 g/L)(乾燥藻体重量/体積)を得た。
【0050】
(ヤハズグサ抽出液の作成)
乾燥ヤハズグサ100gを凍結粉砕し、ろ過海水を加え、混合物をろ過した。ろ液を15000Gで10分間遠心分離後、上澄みを採取することによりヤハズグサ抽出液(100 g/L)(乾燥藻体重量/体積)を得た。
【0051】
(忌避活性の評価)
以下の表に記載した通り、マクリ抽出液及びヤハズグサ抽出液を段階的に希釈した抽出液を調製した。なお、表中「DW」は蒸留水を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
暗所、20℃にて、ヨコエビ(n=12)及びチグサガイ(n=15)を、段階的に希釈した抽出液に24時間曝露し、生死をカウントした。ロジスティック回帰分析により、ヨコエビ及びチグサガイの各死亡率と抽出液濃度との関係を調べた。
【0054】
マクリ抽出液についての結果を表2及び図5に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
表2中、上段にヨコエビに対する効果、下段にチグサガイに対する効果を示す。
【0057】
ヨコエビ及びチグサガイの双方について、マクリ抽出液の濃度が高いほど、死亡率が高いことが示された。マクリ抽出液はヨコエビにもチグサガイにも毒性を示したが、両者の死亡曲線間には有意な差が認められ(F検定:p<0.0001)、その効果が種間で異なることが示された。
【0058】
ヤハズグサ抽出液についての結果を表3及び図6に示す。
【0059】
【表3】
【0060】
表3中、上段にヨコエビに対する効果、下段にチグサガイに対する効果を示す。
【0061】
ヤハズグサ抽出液の濃度が高くなるほどチグサガイの死亡率は高くなるが(p<0.0001)、ヨコエビの死亡率とヤハズグサの濃度の間には関係性が認められなかった(p=0.53)。従って、ヤハズグサ抽出液の忌避成分はチグサガイには有効であるが、ヨコエビには効果がないことが示唆された。
【0062】
[試験例5] マクリからの忌避成分の精製
乾燥マクリ(150g)を液体窒素で急速凍結し、ホモジナイザーを用いて粉末とした。粉末としたマクリに藻体重量の3倍量の蒸留水(450 ml)を加え、ホモジナイザーで十分に撹拌した。得られたホモジネートを、高速遠心分離器を用いて、3000rpmで5分間遠心分離し、上清と藻体残渣とに分けた。上清を1.5 mlチューブに移し、更に12000rpmで5分間遠心分離し、上清を回収した。藻体残渣に、再度蒸留水(300 ml)を加え、ホモジナイズして遠心分離し、この操作を2回繰り返し、合計3回藻体から有効成分の抽出を行い、抽出液を合わせた(抽出液1、600ml)。
【0063】
得られたマクリ抽出液(600 ml)を、300 mlずつ2つに分け、300 mlのマクリ抽出液を、2000 mlの蒸留水に対して、室温にて一晩透析した。分画分子量3500の透析膜を使用した。透析内液(700 ml)をヨコエビに対する毒性評価用に保存した(抽出液2)。透析外液(2000 ml x 2)を多検体濃縮装置(60℃、35 mber、260 rpm)を用いて、50 mlに濃縮した(抽出液3、毒性評価は1/10希釈で実施)。
【0064】
活性炭カラムクロマトグラフィーにより、更なる精製を行った。よく水洗いした活性炭150 cm3をカラムに充填した。浮いた活性炭は除去した。450 mlの蒸留水でカラムを洗浄した。濃縮透析外液(50 ml)を70 mlに希釈した上で、カラムにアプライした。450 mlの蒸留水でカラムを洗浄した。非吸着画分(450 ml)をヨコエビに対する毒性評価用に保存した(抽出液4)。450 mlの酢酸酸性メタノール(pH 3.0)で溶出し、溶出画分(450 ml)を50 mlに減圧濃縮した(抽出液5、毒性評価は1/10希釈で実施)。
【0065】
得られた抽出液1~抽出液5について、濃度をそろえた上で、試験例4に準じ、ヨコエビに対する毒性試験を行った(n=7、20℃、暗条件)。ウェル内のヨコエビの全個体を死亡させたときの最大希釈率は以下の通りであった。
【0066】
【表4】
【0067】
この結果から、マクリ抽出液中のヨコエビ忌避成分が、抽出液5に濃縮されたことが示唆された。
【0068】
[試験例6] シワヤハズからの忌避成分の精製
乾燥シワヤハズのメタノール抽出液155 ml(0.5 g/ml)にジエチルエーテル (155 ml)及び蒸留水(155 ml)を添加し、5分間振とう抽出を行った。上層(エーテル層)と下層(水、メタノール層)に分離し、下層(水、メタノール層)にジエチルエーテル (155 ml)を添加し、再抽出を行った。水、メタノール層は、活性評価用に保存した。
【0069】
エーテル層を合わせ、ロータリーエバポレーター及び窒素吹き付けで濃縮、乾固した。残渣をヘキサンに溶解し、15.5 mlにメスアップした(68 mg/ml)。該ヘキサン溶液を窒素吹き付けで更に濃縮し、5 mlにメスアップした(乾燥藻体 15 g/ml相当)(エーテル層A)。
【0070】
シリカゲルカラムクロマトグラフィーによる更なる精製を行った。Sep-Pak Silica 35cc Vac Cartridge, 10 g (Waters製)を3連で用いた。メタノール50 ml、ジクロロメタン50ml、ジエチルエーテル50 ml及びヘキサン50 mlをカラムに通して安定化させた。ヘキサンに転溶したエーテル層Aを0.33 ml添加し、ヘキサン50 ml、ジエチルエーテル50 ml、ジクロロメタン50 ml、及びメタノール50 mlで順次溶出し、以下の画分を得た。
【0071】
【表5】
【0072】
各画分を30 mlの蒸留水に転溶し、一部を活性測定に供した。これらの活性測定用溶液は乾燥藻体0.5 g/ml相当の濃度に統一した。
【0073】
[試験例7] シワヤハズ抽出液のメタノール画分の巻貝に対する致死活性の評価
(材料)
・シワヤハズ抽出液のメタノール画分(A-4)
蒸留水に転溶し、乾燥藻体0.5 g/ml相当の濃度に調整した。
・チグサガイ
瀬戸内海区水産研究所の蓄養水槽より42個体を採取した。
【0074】
(方法)
(1)メタノール画分を、乾燥藻体10 g/L、7.5 g/L、5 g/L、2.5 g/L、1 g/L相当の濃度となるように、蒸留水(MilliQ)及びろ過海水で希釈した。海水の濃度は90%に統一した。
(2)試験管7本に(1)の溶液を7 mlずつ分注し、チグサガイを1個体ずつ入れて綿栓をした。
(3)コントロール(0 g/L)として、蒸留水5 mlとろ過海水45 mlを混合したものを試験管7本に7 mlずつ分注し、チグサガイを1個体ずつ入れて綿栓をした。
(4)20℃の暗所に24時間静置し、チグサガイの死亡個体数と生存個体数を計数した。試験管の壁面又は綿栓に足で付着している個体を生存個体、それ以外の個体(粘液のみでぶら下がっている個体、付着せずに底に転がっている個体)を死亡個体とした。
【0075】
(結果)
24時間後の死亡個体数及び生存個体数を以下の表に示す。
【0076】
【表6】
【0077】
シワヤハズ抽出液のメタノール画分は、10 g/Lの濃度で高い致死活性を示し、7.5 g/Lの濃度でも活性を示したが、5 g/L以下の濃度では、致死活性が認められなかった。
【0078】
なお、データは示していないが、シワヤハズ抽出液の他の画分についてもチグサガイに対する致死活性を評価したところ、ジエチルエーテル画分(A-2)およびジクロロメタン画分(A-3)についてはやや低い致死活性が認められたが、ヘキサン画分(A-1)については、致死活性は認められなかった。
【0079】
[試験例8] シワヤハズ抽出液の巻貝に対する致死活性と忌避効果との相関
曝露溶液の巻貝に対する致死活性と巻貝が曝露溶液から逃げる行動(忌避行動)との関係を調べるため、以下の試験を行った。
【0080】
チグサガイに対して高い致死活性が認められたシワヤハズのメタノール画分、やや低い活性が認められたジクロロメタン画分、ジエチルエーテル画分、活性が認められなかったヘキサン画分の溶液(それぞれ乾燥藻体10 g/L相当の濃度、海水90%になるように希釈したもの)を7 mlずつ7本の試験管に分注して、チグサガイを1個体ずつ入れ、1、3、5、10、60分後に溶液の外に移動している個体(忌避個体)を計数した。
【0081】
結果を図7に示す。致死活性が認められた溶液で顕著にチグサガイの忌避行動が認められた。ジエチルエーテル画分は、致死活性においてはメタノール画分より低かったものの、メタノール画分と同等以上の忌避効果を有する可能性が示された。
【0082】
[試験例9] 野外散布による忌避効果の評価
マクリからの抽出物(乾燥藻体重量換算濃度で、100 g/L)とヤハズグサからの抽出物(乾燥藻体重量換算濃度で、100 g/L)とを1:1の体積比で混合した忌避物質液を調製し、野外のアマモ場において、忌避物質液を48時間連続的にマクリ及びヤハズグサのそれぞれを最大濃度:0.78 μg/L(乾燥藻体重量換算濃度)で添加した実験区(lm×lm)および海水を添加したコントロール区(lm×lm)でベントス個体数(海産無脊椎動物の個体数)を比較した。
【0083】
結果を図8-10に示す。コントロール区と実験区ごとに、各6つの複製区の平均値と標準偏差のエラーバーを示している。個体数について、試験開始時と48時間後で有意差があるか、尤度比検定(説明変数に時間の効果を入れたモデルと切片のみモデルを比較)により解析を行った。
【0084】
実験区で有意に海産無脊椎動物個体数が減少するデータが得られた。実験区において、節足動物門と軟体動物門の両方の個体数が有意に減少した。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明により、海藻から抽出された天然化合物を有効成分として含有する海産無脊椎動物忌避剤が提供される。
【0086】
本願は、日本国で出願された特願2017-199562を基礎としており、その内容は本明細書にすべて包含されるものである。
図1
図2
図3
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図5
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図10